説明

プラズマ処理装置

【課題】直径300mm以上の基板などの大型の被処理物を処理することができ、しかも均一でプラズマポテンシャルの低い高密度プラズマを生成することができるプラズマ処理装置を提供する。
【解決手段】プラズマ処理装置は、被処理物が収容されるプラズマ生成室1と、互いに対向する少なくとも1対の端面5a,5bを有する磁路構造体5と、磁路構造体5に巻きつけられたアンテナコイル11と、アンテナコイル11に高周波電流を供給する高周波発生源とを備え、プラズマ生成室1は、端面5a,5bの間に配置されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大型の基板などを処理するプラズマ処理装置に関するものであり、特に直径が300mm以上の大径のウエハ、大面積のフラットパネルディスプレイ、シート状の材料などを処理するドライエッチング装置、プラズマCVD装置、スパッタ装置、イオンビーム装置などに好適に適用可能なプラズマ処理装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
プラズマの物理的・化学的性質を利用して薄膜の堆積やエッチングなどを行う技術は、従来から、半導体デバイス製造装置やプラズマディスプレイ製造装置などに応用されている。非特許文献1には、一般的なプラズマ生成装置の例が開示されている。この非特許文献1に記載されているプラズマ生成装置は、プラズマ生成室の外部に配置されたコイル状のアンテナを有しており、このアンテナに高周波電流を流すことでプラズマ生成室内にプラズマを生成する。この例では、円筒状のヘリカルコイルや平面状のスパイラルコイルがアンテナとして用いられている。このプラズマ生成装置では、アンテナはプラズマ生成室の外部に配置されているが、アンテナをプラズマ生成室の内部に配置するタイプもある。いずれのタイプも、プラズマを発生させる原理は同じである。
【0003】
上述したような、コイル状のアンテナに高周波電流を流すタイプのプラズマ生成装置は、簡単な構造であるにもかかわらず、プラズマ密度1011/cm以上の高密度プラズマを生成できるため、速い処理速度が得られ、その結果、加工時間を短くできるという利点があるため、産業上広く用いられている。
【0004】
一般に、無磁場における高周波放電は、電界型放電(E放電)と磁界型放電(H放電)とに区分される。前者はアンテナ表面の電荷が形成する静電界Eによって放電するものであり、この放電により生成されるプラズマは容量結合プラズマ(または静電結合プラズマ)と呼ばれている。例えば、2枚の平行板電極に高周波電圧を印加して生成されるプラズマは、この容量結合プラズマである。一方、後者は、アンテナに流れる電流が作る磁界Hによって放電するものであり、この放電により生成されるプラズマは誘電結合プラズマと呼ばれている。上述したコイル状のアンテナを用いたプラズマ生成装置で生成されるプラズマは、この誘電結合プラズマを主に利用したものである。
【0005】
ここで、誘導結合プラズマを発生させる原理について、平面状のスパイラルコイルを用いた上記プラズマ生成装置を参照して説明する。コイルに高周波電流を流すと、アンペールの法則(式1)より、コイルの周りに高周波磁界が発生する。
∇×H=J+∂D/∂t (式1)
ただし、H:磁界、J:電流密度、D:変位電流
【0006】
この高周波磁界Hは、次の(式2)から分かるように、プラズマ生成室内の磁束密度の経時的変化をもたらす。さらに、ファラデーの電磁誘導の法則(式3)より、磁束密度の変化が電界の変化をもたらす。そして、この電界によって、プラズマ生成室内の電子が加速される。
B=μH (式2)
∇×E=−∂B/∂t (式3)
ただし、B:磁束密度、μ:プラズマ生成室内の媒質の透磁率(=μrμ0≒μ0,μr:比透磁率,μ0:真空の透磁率)、E:電界
【0007】
このようにして、スパイラルコイルを流れる電流により発生した磁界を打ち消すように、プラズマ生成室内の電子が、スパイラルコイルに流れる電流の向きとは逆回りに回転運動する。そして、このプラズマ生成装置の周方向に運動する電子と気体の分子や原子とが衝突することで解離や電離が起こり、プラズマが生成され、維持される。
【0008】
最近では、半導体デバイスの集積回路の大規模化にともない、製造すべき高性能半導体チップの寸法が大きくなっている。半導体デバイスでは、Siウエハの直径を大きくしたほうが、1枚のSiウエハから切り出せる半導体チップの数を多くでき、かつ、利用できない半端な切れ端の面積を相対的に小さくできるので、低コスト化できる。したがって、Siウエハは更に大径化することが望まれており、フラットパネルディスプレイも大型化の一途をたどっている。また、一般に真空プロセスを含む基板処理では、真空排気時間や大気開放時間、プロセス時間が長いため、1回あたりに処理できる基板の面積が大きいほど処理コストは安くなる。
【0009】
一方、誘導結合プラズマを用いるプラズマ処理装置において、基板が大きくなると、均一なプラズマの生成空間を広くするためにアンテナコイルの長さを長くしなければならない。しかしながら、コイルの長さが長くなると、コイルの給電側端子の電圧が数kV以上と高くなるため、コイルとプラズマとの間で容量結合が起こる。このような容量結合が起こると、プラズマ中の電子が静電界によりアンテナコイルに引き寄せられ、プラズマ生成室の壁面と衝突して死滅する電子の量が多くなる。この結果、プラズマ中の電子密度が低くなるため、生成されるラジカルやイオンの量が減り、処理時間が長くなるという問題があった。また、プラズマ生成室の壁近傍での電子密度が減少すると正電荷と負電荷のバランスが崩れ、相対的に正電荷密度が電子密度よりも高くなる。すると、ポアソンの方程式(式4)から、正イオンによる空間電位が形成され、プラズマポテンシャルが高くなる、すなわち、シース電圧が高くなる。
V=ρ/ε (式4)
ただし、V:空間電位,ρ:電荷密度,ε:真空の誘電率
このため、正イオンがアンテナコイルに向かってプラズマ生成室の壁面に衝突するようになり、壁面の原子や分子がスパッタされて基板などの被処理物を汚染してしまう問題があった。さらに、正イオンの衝突により、壁面に付着していたラジカルが再脱離してプラズマの組成を乱すが、壁面に付着している物質の種類や厚みは、装置の運転履歴、壁面の温度に依存するため、プロセス制御パラメータが同じでも、加工結果が異なるという現象を引き起こし、ロット間ばらつきが大きくなるという問題もあった。
【0010】
特許文献2には、高周波磁界の磁束線をプラズマ生成室の上面から側面に導くように構成された磁路構造体を有する誘導結合プラズマ生成装置が開示されている。このプラズマ生成装置では、磁束線がプラズマ生成室の上面から側面に導かれるようになっており、磁束線は帰路経路である側面リターン部および上面リターン部(特許文献2では背面リターン部)を通って上面に戻るようになっている。これによって、均一なプラズマを広い領域に形成することを可能としている。しかしながら、一般に、磁束密度は磁路構造体の空隙が小さいところに集中するため、空隙が大きいところの磁束密度は低くなる。したがって、このプラズマ生成装置の構成では、プラズマ生成室の周辺部のプラズマ密度が相対的に高く、中心部のプラズマ密度が低くなる。このため、プラズマ領域の拡大と均一なプラズマの形成とを同時に実現するのは困難であった。
【0011】
【非特許文献1】菅井秀郎編著「プラズマエレクトロニクス」、オーム社、2000年8月25日、p.116−117
【特許文献2】特開2003−323998号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上述した従来の問題点に鑑みてなされたもので、直径300mm以上の円形基板や1辺の長さ300mm以上の長方形基板、幅300mm以上のロールシートなど、大型の被処理物を処理することができ、しかも均一でプラズマポテンシャルの低いプラズマを生成することができるプラズマ処理装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述した目的を達成するために、本発明は、被処理物が収容されるプラズマ生成室と、互いに対向する少なくとも1対の端面を有する磁路構造体と、前記磁路構造体に巻きつけられたアンテナコイルと、前記アンテナコイルに高周波電流を供給する高周波発生源とを備え、前記プラズマ生成室は、前記端面の間に配置されていることを特徴とするプラズマ処理装置を提供する。
【0014】
本発明の好ましい態様は、前記被処理物を、前記端面と平行に配置するように構成されたことを特徴とする。
本発明の好ましい態様は、前記端面間の距離を局所的に調整することで、前記プラズマ生成室内のプラズマ密度分布を制御することを特徴とする。
本発明の好ましい態様は、前記プラズマ生成室の高さは、1mm以上10mm以下であることを特徴とする。
空隙の磁気抵抗は、端面間の距離(空隙の大きさ)に比例して大きくなる。プラズマ生成室の高さを1mm以上10mm以下と小さくすることで、アンテナコイルが発生する磁界を効率よくプラズマ生成室に伝達することができる。したがって、高いプラズマ密度を得ることができ、高い基板処理速度を得ることができる。
【0015】
本発明によれば、アンテナコイルに高周波電流を流すことで、アンテナコイル内部に高周波磁界が発生し、この高周波磁界が磁路構造体中を通ってプラズマ生成室に伝達される。プラズマ生成室内では、高周波磁界に誘導された電界により、プラズマ生成室内の電子が加速され、これにより密度の均一な安定なプラズマが生成される。
【0016】
本発明では、磁路構造体の中を通過するのは高周波磁界だけで、磁路構造体の端面間には電位差はほとんど発生しない。したがって、磁路構造体の端面の間では、磁束密度だけが変化し、電界の変化はほとんど生じない。このため、プラズマ生成室内では磁束密度の変化により誘導される電界で誘導結合プラズマが生成される。このプラズマは、磁路構造体と静電結合しないため、電子がプラズマ生成室の壁面に衝突しないので、死滅する電子の数が大幅に減少し、高周波発生源からアンテナコイルに供給した電力をプラズマ生成のために有効に利用できる。さらに、プラズマポテンシャルを低く安定に維持できるので、正イオンがプラズマ生成室の壁面に衝突することがなくなり、壁面材料や壁面付着物からのスパッタ物による基板汚染の問題や、再脱離したラジカルによるロット間ばらつき増大の問題を抑制できる。
【0017】
また、磁路構造体の端面の面積を大きくすれば、大面積のプラズマを容易に生成することができる。磁路構造体の両端面が平行であれば、端面の間の空隙には均一な磁界が作られるので、大面積で均一なプラズマを作ることができる。さらに、端面間の距離(空隙の大きさ)を局所的に調整することで、プラズマ生成室内のプラズマ密度分布を制御することもできる。すなわち、端面の形状を微調整することで、大面積に渡ってプラズマ密度の均一性をより一層向上できるのはもちろんのこと、プラズマ生成室内に局所的にプラズマを生成することもできるし、プラズマ密度分布に密度勾配を設けることもできる。
【0018】
本発明の好ましい態様は、前記端面は、前記プラズマ生成室の壁面を構成していることを特徴とする。
本発明によれば、端面間の距離(空隙の大きさ)を小さくすることができるので、磁束密度を高めることができる。
【0019】
本発明の好ましい態様は、前記アンテナコイルに高周波電流を供給する際に前記プラズマ生成室に電子を供給するための電子供給機構をさらに備えたことを特徴とする。
上述した非特許文献1に記載のプラズマ生成装置では、アンテナコイルに電力を投入すると、電子がアンテナコイルと容量結合して高エネルギ電子がプラズマ生成室の壁面に衝突する。これにより、大量の2次電子が生じ、プラズマは容易に点火する。一方、アンテナコイルから高周波磁界だけをプラズマ生成室に導入する方式を採るプラズマ生成装置では、容量結合プラズマは生じることがない。したがって、アンテナコイルに電力を投入した直後にはプラズマ生成室中のごく少数の電子が誘導結合して径方向の電界で回転運動するが、このとき、電子と気体分子との衝突頻度は小さいため十分な電子なだれが起きず、安定した放電に至らないことがあった。本発明によれば、高周波電流の供給時に大量の電子をプラズマ生成室に供給することにより、気体分子と衝突して発生する電子の数を、壁と衝突して死滅する電子の数よりも多くすることができ、これによって安定した放電を起こすことができる。また、それ以降、電子供給機構からの電子供給を停止しても、安定なプラズマを維持できる。
【発明の効果】
【0020】
上述したように、本発明によれば、均一でプラズマポテンシャルの低いプラズマを広い領域に亘って生成することが可能となる。したがって、300mm以上の寸法を持つ大面積の基板を処理することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
図1は本発明による誘導結合プラズマ処理装置の一実施の形態を示す斜視図である。図2は図1に示すプラズマ処理装置の断面図である。図3は図1のIII−III線断面図である。
図1乃至図3に示すように、このプラズマ処理装置は、プラズマ生成室1及び2つのローラ室2A,2Bを有する真空チャンバ3と、プラズマ生成室1を挟むように配置されたU字形の磁路構造体5とを備えている。プラズマ生成室1はローラ室2A,2Bの間に位置しており、プラズマ室とこれらのローラ室2A,2Bとは互いに連通している。プラズマ生成室1は扁平な形状を有しており、その高さは1mm以上10mm以下である。ローラ室2A,2Bには繰り出しローラ6及び巻取りローラ7がそれぞれ配置されており、繰り出しローラ6から繰り出されたシート材(被処理物)10は、プラズマ生成室1を通って巻取りローラ7に巻き取られるようになっている。本実施形態では、シート材10はプラスチックフィルムであり、その幅は約1mである。
【0022】
磁路構造体5はフェライトなどの磁性体から構成されている。この磁路構造体5は、図1に示すように、円柱状の中心部5Cと、中心部5Cの両端から互いに平行に延びるアーム部5A,5Bとから基本的に構成されている。磁路構造体5の両端面(アーム部5A,5Bの各端面)5a,5bは互いに平行に対向しており、空隙の大きさ(端面5a,5b間の距離)は30mmである。上記プラズマ生成室1は端面5a,5bの間に位置しており、プラズマ生成室1およびシート材10は端面5a,5bと平行に配置される。磁路構造体5の中心部5Cには、アンテナコイル11が1ターン以上(本実施形態では3ターン)巻きつけられている。アンテナコイル11には、インピーダンス整合器12と高周波発生源13が接続されている。
【0023】
本実施形態のプラズマ処理装置は、シート材10の表面にDLC膜(Diamond Like Carbon film)をコーティングすることで、シート材10の気密性を高めることを目的としている。真空チャンバ3にはガス供給口15が設けられており、ここからプロセスガスとしてのメタンガスがプラズマ生成室1内に導入される。真空チャンバ3は真空ポンプ(例えばターボ分子ポンプ)16により排気されている。排気速度は5,000L/sであり、プロセスガスを導入しない状態では10−3Pa以下に排気されている。
【0024】
図示しないマスフローコントローラにより流量が調整されたメタンガスは、ガス供給口15からプラズマ生成室1に供給される。真空ポンプ16は、プラズマ生成室1内の圧力が1Paに維持されるように真空チャンバ3を真空排気する。そして、高周波発生源13から500kHz、5,000Wの高周波電力をアンテナコイル11に与える。すると、プラズマ生成室1でプラズマが発生し、メタンが分解され、ラジカルやイオンとなってシート材10にDLC膜を形成する。
【0025】
このように、磁路構造体5を利用して誘導結合プラズマを生成することで、広い空間内に高密度の均一なプラズマを作ることができ、大面積の被処理物を高速に処理できる。なお、この例では高周波発生源13の周波数を500kHzとしたが、100kHz〜100MHzの範囲で選択すればよい。
【0026】
H放電のみの誘導結合プラズマ生成装置の場合には、端面5a,5bを垂直に貫く磁束成分だけがプラズマ生成室1内に浸透する。そして、その電磁誘導により回転電界が発生し、電子は扁平なプラズマ生成室1内でz軸(図3参照)の周りに回転する。このとき、電子と、アンテナコイル11や磁路構造体5との間で静電気的結合力は働かないから、z軸方向に電子を加速する力は働かない。厳密には、プラズマポテンシャルと壁面ポテンシャルの間には数ボルト程度の電位差が生じ、両極性拡散現象によりイオンおよび電子が壁に向かって拡散して死滅する粒子損失があるが、圧力と高周波電源の周波数を適切に選ぶことで、プラズマ中で電離して生成されるイオンと電子の生成レートを相対的に高くすることができる。その結果、プラズマ生成室1の上下の壁面に電子が衝突して消滅する確率が著しく減少するので、扁平なプラズマ生成室1内でもプラズマを生成することができる。したがって、磁路構造体5の端面5a,5b間の距離を短くでき、強い磁界をプラズマ生成室1に浸透させることができるので、高密度プラズマを生成でき、シート材10を高速に処理できる。また、プラズマポテンシャルが低いことから、プラズマ生成室1の内壁に付着したラジカルが再脱離してプラズマの組成を乱すようなことがない。したがって、ロット間ばらつきが大きくなることもなく、長時間安定な成膜プロセスを実現できる。また、シート材10に図示しない電源により基板バイアス電圧を印加すれば、プラズマ中のイオンを加速してシート材10に衝突させることができる。その結果、DLC膜の密着強度を高めることができるが、この場合も、プラズマポテンシャルが低いので、基板バイアス電圧の設定電圧を制御しやすい利点がある。
【0027】
磁路構造体5の材料としては、高周波特性が良好な、つまり、ヒステリシス損および渦電流損の少ない高透磁率材料が用いられる。ヒステリシス損を小さくするためには、結晶粒の磁区の磁化の向きが反転するために必要なエネルギを小さくすればよく、渦電流損を小さくするためには、磁束が通る向きと垂直な方向の電気抵抗を高くすればよい。具体的には、結晶の抵抗値が高い、すなわち絶縁体の性質を持つ磁性体で、かつヒステリシス損の低いフェリ磁性体であるソフトフェライトを用いることが好ましい。より具体的には、スピネル型フェライトセラミックであるMn−Zn系フェライトセラミックやNi−Zn系フェライトセラミックが好適に用いられる。高周波特性をより改善するためには、例えば、酸化カルシウム(CaO)と酸化ケイ素(SiO)を同時に添加し、これらの絶縁物を粒界に偏析させることで比抵抗を大きくし、渦電流損を小さくすることが好ましい。
【0028】
ヒステリシス損を低減させるには磁区の反転エネルギを低くすることが有効であるため、結晶粒径を大きくしたほうがよい。これは、結晶粒径が大きいと、磁壁間の距離が長くなるので、磁気モーメントが連続的になだらかに反転できるためである。しかし、結晶粒径を大きくすると、渦電流損が大きくなるので、粒径は100μm以下とするのがよい。ただし、1μmよりも結晶粒径が小さくなると磁壁のない状態のほうが安定となり、1つの磁区しか持たない単磁区粒子状態をとるようになる。単磁区粒子状態では、磁気モーメントが反転しない限り磁化反転できなくなるのでヒステリシス損が増大する。この場合は粒径を小さくしたほうが反転エネルギが低くなるため、ヒステリシス損を小さくできる。一方、粒径が3nm以下と極端に微細になると、超常磁性(スーパーパラ)となり磁性が消失するので磁性体として用いることができなくなる。したがって、結晶粒径を1μm以下とする場合は3nm〜1μm、好ましくは3nm〜100nm、さらに好ましくは3nm〜10nmとするのがよい。そうすれば、ヒステリシス損と渦電流損の両方を小さくすることができる。
【0029】
しかしながら、結晶粒径を小さくすると、飽和磁束密度が小さくなり、磁路構造体の中に高い磁束密度を通すことができなくなる。そこで、渦電流損とヒステリシス損を最小にしつつ、かつ、飽和磁束密度を高くして高い磁束密度を通すことを両立するために、単位結晶を、アスペクト比5以上のウィスカー状または繊維状などの異方性にして、結晶の長手方向と磁界の向きとが平行に近くなるように結晶を配向させることがより好ましい。
【0030】
ここまでは、ヒステリシス損の少ないフェリ磁性体を用いて、ヒステリシス損、渦電流損が少なく、飽和磁束密度の高い磁路構造体を作る方法を記載したが、高い飽和磁束密度を持つ強磁性材料、好ましくは軟磁性材料を用いてもよい。材料として、鉄、コバルト、ニッケル、モリブデン、ホウ素、シリコン、炭素などを用いることができる。この場合には、結晶を1μm以下に微細化し、前述したように、例えば、酸化カルシウム(CaO)と酸化ケイ素(SiO)を同時に添加し、これらの絶縁物を粒界に偏析させることで比抵抗を大きくすることでき、その結果、渦電流損を小さくすることができる。また、結晶をアモルファス化することでも比抵抗が大きくなるので、渦電流損を小さくできる。
【0031】
内部損失により磁路構造体5の温度が上がることを防止するために、図4に示すように、磁路構造体5の内部に流路8を設け、その中に水、油などの冷却媒体を通して磁路構造体5を冷却することが好ましい。磁路構造体5を焼結により形成する場合は、あらかじめ中子を粉末の中に配置しておき、圧縮成形後、中子を除去することで流路を形成することができる。
【0032】
磁路構造体5は、光造形法によっても形成することができる。光造形法とは、粉末にレーザ光を当てて粉末を一層ずつ固化させ、固化した層を積層することで所望の形状の構造物を成形する手法である。成形しようとする構造物の3次元モデルは予めコンピュータに入力され、レーザ光は3次元モデルの水平方向にスライスされた輪切り形状に沿って粉末をスキャンする。したがって、3次元モデルに予め流路を組み込んでおけば、磁路構造体5の内部に流路を作りこむことができる。光造形法を使えば、3次元的な複雑な形状の流路を作ることができるので、冷却効率をさらに高めることができる。
【0033】
高周波発生源13が出力した電力を効率よくプラズマに送るためには、磁路構造体5の空隙の大きさ(端面5a,5b間の距離)をできるだけ小さくすることが好ましい。なぜならば、磁束密度は空隙の大きさに反比例して小さくなるからである。したがって、空隙を小さくするために、磁路構造体5の端面5a,5bをプラズマ生成室1の壁面の一部分として利用することにより、空隙を小さくすることができる。図5はその例を示したものである。すなわち、図5において、磁路構造体5の両端面5a,5bは、プラズマ生成室1の上面及び下面をそれぞれ構成している。
【0034】
図6は、磁路構造体5の端面5a,5bの変形例を示す断面図である。互いに対向する端面5a,5bを平面とすることで均一なプラズマを形成することができるが、ガスの種類や処理の目的によっては、イオン密度やラジカル密度の空間分布を積極的に変化させたい場合がある。このようなプラズマ密度の空間的制御は、図6に示すように、磁路構造体5の端面5a(及び/又は端面5b)に階段部5cを形成することによって実現できる。すなわち、空隙が小さい領域では磁束密度が高いので、誘導される電界強度が強くなり、生成されるプラズマ密度が高くなる。逆に、空隙が大きい領域ではプラズマ密度が低くなる。このように、空隙の大きさを局所的に変えることで、プラズマ密度の分布を積極的に制御できる。なお、図6に示す例では、空隙の大きさを変化させるために端面5aを階段状に形成したが、端面5aの形状はこれに限るものではない。例えば、滑らかな曲面形状や、長さが異なる複数の針状突起を端面5a(及び/又は端面5b)に形成してもよい。さらには、図7に示すように、端面5a(及び/又は端面5b)に複数の円柱状の突起5dを形成し、突起5dの部分だけにプラズマを形成するようにしてもよい。さらに、プラズマ生成室1の上側内面及び下側内面の一方または両方に突起を形成し、当該突起の部分だけにプラズマを形成するようにすれば、さらにプラズマを形成する領域を局所化できる。
【0035】
さらには、磁路構造体5に複数対の端面(複数の空隙)を設け、各対の端面間にプラズマを形成してもよい。図8は、このような構成を持つプラズマ処理装置の構成例を示す平面図である。この例では、磁路構造体5のアーム5A,5Bが3つに分割されており、1つのアンテナコイル11が発生する磁束が3つの並列な磁気回路に分配されようになっている。このような構成によれば、各対の端面間にプラズマを形成することができる。
【0036】
また、アンテナコイル11が発生する磁界のみをプラズマ生成室1に供給した場合、プラズマ生成室1内ではH放電のみが起こるため、電子が不十分で放電を開始するのが困難な場合がある。このような場合には、放電を容易に開始するため、電子供給機構を設けることが好ましい。具体的には、ホローカソード電子源やフィラメントなどの電子供給機構を真空チャンバ3に設け、アンテナコイル11に高周波電流を供給する際に電子供給機構により電子をプラズマ生成室1内に供給する。
【0037】
図9はプラズマ処理装置に組み込まれた電子供給機構を示す模式図である。この電子供給機構20は、プラズマ生成室1の側壁に設けられたタングステンフィラメント22と、このタングステンフィラメント22に接続された電源23とを備えている。電源23からはタングステンフィラメント22に20A程度の電流が供給され、これによりプラズマ生成室1内に熱電子が供給される。
【0038】
図10は電子供給機構の他の構成例を示す模式図である。この構成例は、RF(Radio
Frequency)放電を利用した電子供給機構である。図10に示すように、この電子供給機構20は、石英ガラスなどの誘電体で構成されたケーシング24と、このケーシング24の周りに配置されたアンテナコイル25と、このアンテナコイル25に高周波電力を供給する整合器26および高周波発生源27と、ケーシング24の内部に配置された2枚の電極28,29と、これらの電極28,29に電圧を印加する電源23とを備えている。アンテナコイル25は3回程度ケーシング24の周りに巻かれており、このアンテナコイル25には、たとえば13.56MHzの高周波電力が供給される。
【0039】
ケーシング24はプラズマ生成室1の側壁に設けられており、ケーシング24の内部はプラズマ生成室1に連通している。ケーシング24内には、図示しないマスフローコントローラにより流量が調整された微量のArガスが導入口24aを通じて導入される。このとき、アンテナコイル25には高周波電力が供給され、これにより、ケーシング24内で誘導結合放電させる。そして、電極28,29に電圧を印加することで、プラズマ中に生成された電子が引き出される。プラズマ生成室側の電極29には小さなスキマー29aが設けてあり、このスキマー29aを通して、加速された電子がプラズマ生成室1に放出される。
【0040】
図11は電子供給機構のさらに他の構成例を示す模式図である。図11に示すように、ケーシング24の2つの側壁は誘電体板32,33により構成されている。プラズマ生成室側の誘電体板33には電極29が配置されており、誘電体板32の裏側には、らせん状に延びるアンテナコイル35が配置されている。ケーシング24には導入口24aが設けられており、この導入口24aを通じてケーシング24内に微量のArガスが導入される。その他の構成は、図10に示す電子供給機構とほぼ同一である。本構成例によれば、ケーシング24を金属により形成することができるので、製作が容易になり好ましい。
【0041】
図12は電子供給機構のさらに他の構成例を示す模式図である。この電子供給機構20は、いわゆるホローカソード電子源と呼ばれるものである。図12に示すように、ケーシング24のプラズマ生成室側の側壁は誘電体板33により構成されており、この誘電体板33には電極29が配置されている。ケーシング24は金属により形成されており、電極29とケーシング24には電源23が接続されている。そして、ケーシング24にマイナス電圧を印加し、電極29を接地電位とすることで、ホローカソードプラズマを生成し、電子を引き出すことができる。これらの電子供給機構20を用いることで、プラズマ生成室1内の気体分子と衝突して発生する電子の数が増えるので、安定した放電を起こすことができる。
【0042】
これまで本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されず、その技術的思想の範囲内において種々異なる形態にて実施されてよいことは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明による誘導結合プラズマ処理装置の一実施の形態を示す斜視図である。
【図2】図1に示すプラズマ処理装置の断面図である。
【図3】図1のIII−III線断面図である。
【図4】磁路構造体の変形例を示す断面図である。
【図5】磁路構造体の他の変形例を示す断面図である。
【図6】磁路構造体の他の変形例を示す断面図である。
【図7】磁路構造体の端面の変形例を示す斜視図である。
【図8】本発明の一実施形態におけるプラズマ処理装置の他の構成例を示す平面図である。
【図9】本発明の一実施形態に係るプラズマ処理装置に組み込まれた電子供給機構を示す模式図である。
【図10】電子供給機構の他の構成例を示す模式図である。
【図11】電子供給機構の他の構成例を示す模式図である。
【図12】電子供給機構の他の構成例を示す模式図である。
【符号の説明】
【0044】
1 プラズマ生成室
2A,2B ローラ室
3 真空チャンバ
5 磁路構造体
5a,5b 端面
5c 階段部
5d 突起
6 繰り出しローラ
7 巻取りローラ
8 流路
10 シート材(被処理物)
11 アンテナコイル
12 インピーダンス整合器
13 高周波発生源
15 ガス供給口
16 真空ポンプ
20 電子供給機構
22 タングステンフィラメント
23 電源
24 ケーシング
24a 導入口
25,35 アンテナコイル
26 整合器
27 高周波発生源
28,29 電極
29a スキマー
32,33 誘電体板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被処理物が収容されるプラズマ生成室と、
互いに対向する少なくとも1対の端面を有する磁路構造体と
前記磁路構造体に巻きつけられたアンテナコイルと、
前記アンテナコイルに高周波電流を供給する高周波発生源とを備え、
前記プラズマ生成室は、前記端面の間に配置されていることを特徴とするプラズマ処理装置。
【請求項2】
前記被処理物を、前記端面と平行に配置するように構成されたことを特徴とする請求項1に記載のプラズマ処理装置。
【請求項3】
前記端面間の距離を局所的に調整することで、前記プラズマ生成室内のプラズマ密度分布を制御することを特徴とする請求項1に記載のプラズマ処理装置。
【請求項4】
前記プラズマ生成室の高さは、1mm以上10mm以下であることを特徴とする請求項1に記載のプラズマ処理装置。
【請求項5】
前記端面は、前記プラズマ生成室の壁面を構成していることを特徴とする請求項1に記載のプラズマ処理装置。
【請求項6】
前記アンテナコイルに高周波電流を供給する際に前記プラズマ生成室に電子を供給するための電子供給機構をさらに備えたことを特徴とする請求項1に記載のプラズマ処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−294483(P2006−294483A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−115399(P2005−115399)
【出願日】平成17年4月13日(2005.4.13)
【出願人】(000000239)株式会社荏原製作所 (1,477)
【Fターム(参考)】