説明

モータの制御方法及び装置

【課題】 モータの出力をできるだけ大きなトルクで減速し、しかも、位置決め時のオーバーシュートが小さく、高速に位置決めできる定位置停止制御装置を実現する。
【解決手段】 モータMの回転子の回転速度がオリエンテーション速度になった後、制御部7は、位置ループ速度指令vcにより指令された速度と2乗速度v2との偏差を速度制御器4に与える。速度制御器4から出力されたトルク指令tcに、制御部7が決定したトルク加算指令acを加算部ADで加算して得た加算トルク指令atcをトルク制御器6に与える。オリエンテーション制御に用いる物理変数を用いて定めたスライディングカーブに沿って回転子の位置及び速度を制御することにより、回転子を目標位置に停止させるスライディングモード制御によりトルク制御器の入力を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータの回転子を定位置で停止するモータの制御方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工作機械の主軸などに用いられるモータに関して、モータの回転子を所望位置に位置決め停止するための公知技術として、一定の速度(オリエンテーション速度)まで速度制御で運転し、制御モードを速度制御から位置制御に切り替えて、指令停止位置に基づいて位置制御を行うものがある。
【0003】
図6は、従来のモータの制御装置の構成の一例を示したものである。図7は、従来のモータの制御装置の動作を示す動作波形図である。モータMの回転子の位置は、エンコーダ装置等の位置センサSにより検出する。位置センサSの出力は速度検出器SDに入力され、速度検出器SDは位置センサSの出力に基づいて回転子の速度(速度に相当する信号)を検出して出力する。この従来の装置では、モータMが速度制御で回転している場合は、スイッチS1はa側になっており、回転速度指令と回転子の速度との偏差を速度制御器SCに通してトルク指令をトルク制御器TCに出力し、トルク制御器TCはトルク指令に基づいてモータMのトルクがトルク指令通りになるようにモータMを制御する電流指令を出力する。なおこの例ではトルク制御器内に電流指令に従ってモータ電流を制御する制御部が実装されているものとする。モータを停止するために、上位コントローラからオリエンテーション速度指令が出力されると、スイッチS1をb側、スイッチS2をa側にして、オリエンテーション速度指令で速度制御をする。これにより、図7に示すように、モータ回転速度は徐々に低下してきてオリエンテーション速度で一定回転する。位置制御系は、モータ1回転内のどこの位置で回転子を停止させるかを示す位置指令と位置センサSにより検出した回転子の位置の位置偏差を取り、位置制御器PCに入力する。位置制御器PCは位置偏差に基づいて、位置ループからの速度指令を算出する。位置ループからの速度指令がオリエンテーション速度指令以下になると、スイッチS2をb側に切り替えて位置制御を行う。以後は位置制御器PCからの速度指令に基づいて、モータMは位置制御されて、モータの回転子の位置が指令停止位置になるとモータは停止する。モータMが停止するとオリエンテーション完了信号が出力されて、定位置停止制御が完了する。
【0004】
従来の技術で、位置決めに要する時間を短くしようとして位置制御器PCのゲインを大きくすると、トルクが飽和し、モータMの追従が困難になってオーバーシュートを生じてしまう。このため、位置制御ゲインはオーバーシュートを生じない適度な値にせざるを得ず、位置決めに要する時間を短くできないという問題があった。工作機械では、生産性向上のために加工能率の向上が不可欠であり、定位置に停止するまでの時間の短縮を強く求められている。
【0005】
この位置決めに要する時間を短縮する従来の技術としては、特許文献1に示すような方法がある。この方法では、位置制御器の伝達関数を平方根の関数で構成することにより、位置決めに要する時間を短縮している。しかしこの技術を、ソフトウエアを用いて制御装置で実現しようとした場合には、平方根の演算には多くの処理時間が必要になり、現実的ではないという問題がある。
【0006】
別の位置決めに要する時間を短くする従来の技術としては、特許文献2に示すような技術がある。この技術では、加速度検出手段により検出された加速度を元に加速度指令を作成し、移動指令に関連づけられる加速度が回転軸の加速度以下になるようにモータの制御が行われる。しかしながら、特許文献2には、この技術を具体的に適用する場合に、どのように移動指令を算出するかが明記されていない。そのため該文献を見ただけでは、この技術を直ちに実施できない状況にある。また、特許文献2に記載の技術では、処理演算に相当の時間がかかることが想定される。
【0007】
一方、モータの位置決め制御の手法としてスライディングモード制御がある。スライディングモード制御を、磁気浮上式鉄道用のリニアモータの位置決めに適用した例が非特許文献1に記載されている。非特許文献1では、一定のブレーキ力を受けて走行している車両をスライディングモード制御を用いて定位置に停止させている。この例では、車両の走行状態が、モデルとしてスライディングカーブに設定されており、このスライディングカーブに従って車両を停止させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平5−228794公報
【特許文献2】特開2007−172080公報
【非特許文献1】平成2年電気学会全国大会 738 「スライディングモードを用いた推進、浮上兼用式LIMの位置制御」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
制御系にスライディングモード制御を適用することは、一般的には、ロバスト性などの向上が期待できる。しかし、非特許文献1に示された技術では、スライディングカーブの演算を中心に処理アルゴリズムが組まれており、内部の物理変数を陽に(明示的に)取り扱っていない。これに対し、従来のモータ制御装置では、制御各部の物理変数を陽に取り扱っている。製品としてのモータ制御装置は、速度を制限したり、トルクを制限したり、実際の機械系に合わせて共振を抑制するフィルタを設けたりする関係で、その制御各部の物理変数を陽に取扱うことが必要になる。しかし、非特許文献1の技術では、制御各部の物理変数を陽に取り扱うことができず、製品としてのモータ制御装置に搭載することは困難であった。
【0010】
本発明の目的は、モータをできるだけ大きなトルクで減速し、しかも、位置決め時のオーバーシュートが小さく、高速に位置決めできるモータの制御方法及び装置を提供することにある。
【0011】
上記目的に加えて、本発明の他の目的は、オリエンテーション制御に用いる物理変数を用いて定めたスライディングカーブに沿って回転子の位置及び速度を制御するスライディングモード制御を用いることを可能にしたモータの制御方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明のモータの制御方法は、スライディングモード制御を行ってモータを制御し且つモータの回転子を定位置に停止させる。速度制御では、回転速度指令により指令された指令速度とモータの回転子の回転速度との偏差を速度制御器に通して得たトルク指令をトルク制御器に与えて、回転子の回転速度が回転速度指令通りになるようにモータの速度を制御する。オリエンテーション制御では、オリエンテーション速度指令が出力されると、オリエンテーション速度指令により指令されたオリエンテーション速度とモータの速度との偏差を速度制御器に通して得たトルク指令をトルク制御器に与えて、回転子の回転速度がオリエンテーション速度になるように回転子の速度を制御する。そして回転子の回転速度がオリエンテーション速度になると、スライディングモード制御に切換え、回転子の1回転内のどこの位置で停止させるかを示す位置指令により指令された指令位置と回転子の位置との位置偏差を取る。この位置偏差を位置制御器に通して得た位置ループ速度指令と回転速度を2乗して符合化した2乗速度との偏差を速度制御器に出力して得たトルク指令をトルク制御器に入力する。本発明では、オリエンテーション制御に用いる物理変数を用いて定めたスライディングカーブに沿って回転子の位置及び速度を制御することにより回転子を目標位置に停止させるスライディングモード制御を行う。スライディングカーブは、トルク制御器に入力されるトルク指令を作るために使用されるもので、オリエンテーション制御に利用される物理変数を用いて定められ、スライディングモード制御を可能にする。
【0013】
例えば、位置偏差が予め定めた値より大きいときには、位置制御器のゲインを減速トルクに比例し且つモータ及び機械系のイナーシャに反比例する値とした上で、モータの最大トルクから制御余裕分を差し引いた値のトルクを得るためのトルク加算指令をトルク指令に加算した加算トルク指令をトルク制御器に与え、位置偏差が予め定めた値以下になると、トルク加算指令をゼロまたはゼロに近い値とし、位置制御器のゲインを定常偏差を補償する値とするように定めることができる。このようにすると既存のモータ制御システムの構成を大きく変えることなく、既存のモータ制御システムにスライディングモード制御を適用することができる。
【0014】
より具体的には、スライディングモード制御では、減速トルクを一定としてスライディングカーブを設定する。トルク制御器に与える加算トルク指令Tcmdを、Tcmd=T+KSとする。但しTはトルク加算指令であり、Kは速度制御器のゲインであり、Sは速度制御器の入力を決定する位置制御器を含むループ内の物理変数で構成されるスライディングカーブの関数である。この関数Sは、vを回転速度とし、Δxを位置偏差とし、Cを位置制御器のゲインとしたときに、S=CΔx±v2と表される。但しこの式中の+はv<0のときで、−はv≧0のときである。ここでxを前述の予め定めた値とし、T1を減速トルクとし、Jをモータ及び機械系のイナーシャとしたときに、位置制御器のゲインCは、Δx>xのときには、C=2(T1/J)であり、Δx≦xのときにはC=Cである。但しCは定常偏差の補償のための位置制御器のゲインである。このように具体化すると、スライディングモード制御内の変数を、位置制御器のゲイン、位置偏差、トルク加算などの従来の制御装置で使用しているパラメータに対応させることができる。したがって既存のモータの制御装置を用いてスライディングモード制御を行うことができる。
【0015】
なお速度制御器は、速度制御及びオリエンテーション制御では、比例積分制御を行い、スライディングモード制御では回転子が目標位置に達する所定の前の時期までは比例制御を行い、以後比例積分制御を行うようにするのが好ましい。
【0016】
位置制御器に入力する位置指令の定め方は任意である。しかし次のように位置指令を定めると、モータ1回転内の位置に最短に位置決めすることができるようになる。すなわち次の2式を満足する最小のnを求める。
【0017】
n≧((二乗速度)/(位置制御器のゲイン)+位置フィードバック−位置のシフト量)/(2π×a)
n<((二乗速度)/(位置制御器のゲイン)+位置フィードバック−位置のシフト量)/(2π×a)+1
ただし、a:回転子一回転当たりの回転子位置検出器の分解能である。そして位置指令を、「位置指令=n×2π+位置のシフト量」の式を用いて決定する。
【0018】
本発明のモータの制御方法を実施するモータの制御装置は、速度検出器と、第1の選択手段と、位置検出器と、位置ループと、第2の選択手段と、速度制御器と、加算部と、トルク制御器と制御部とを備えている。速度検出器は、モータの回転子の回転速度を検出して回転速度及び回転速度を2乗して符号化した2乗速度を出力する。第1の選択手段は、速度検出器の出力を選択する。位置検出器は、回転子の回転位置を検出する。なお速度検出器と位置検出器の検出部(センサ部)は、共通に使用できるものを用いても良い。位置ループは、回転子の1回転内のどこの位置で回転子を停止させるかを示す位置指令によって指令された位置と回転位置との位置偏差を求める位置偏差演算部及び位置偏差を入力として位置ループ速度指令を出力する位置制御器を含んで構成される。第2の選択手段は、上位コントローラが出力する回転速度指令、オリエンテーション速度を指令するオリエンテーション速度指令及び位置ループ速度指令から一つの速度指令を選択する。速度偏差演算部は、第2の選択手段が選択した一つの速度指令により指令された指令速度と第1の選択手段が選択した回転速度または2乗速度との速度偏差を求める。速度制御器は、速度偏差演算部の出力を入力としてトルク指令を発生する。加算部は、トルク指令にトルク加算指令を加算して加算トルク指令を出力する。トルク制御器は、加算トルク指令を入力として電流指令を出力する。そして制御部は、定常制御運転時には、第1の選択手段が回転速度を選択し且つ第2の選択手段が回転速度指令を選択する。そして制御部は、オリエンテーション指令が入力された時には、第1の選択手段が回転速度を選択し且つ第2の選択手段がオリエンテーション速度指令を選択してオリエンテーション速度指令と回転速度との偏差を速度制御器に通して得たトルク指令をトルク制御器に与えて、回転子の回転速度がオリエンテーション速度になるように回転子の速度を制御する。その後、回転子の回転速度がオリエンテーション速度になった後、制御部は、第1の選択手段が2乗速度を選択し且つ第2の選択手段が位置ループ速度指令を選択し、位置ループ速度指令により指令された速度と2乗速度との偏差を速度制御器に通して得たトルク指令をトルク制御器に与えて、オリエンテーション制御に利用される物理変数を用いて定めたスライディングカーブに沿って回転子の位置及び速度を制御することにより回転子を目標位置に停止させるスライディングモード制御が実施されるようにトルク制御器の入力を調整する。
【0019】
本発明のモータの制御装置によれば、オリエンテーション制御に利用される物理変数を用いて定めたスライディングカーブに沿って回転子の位置及び速度を制御するので、既存のモータの制御装置の構成と同様の構成を用いて、スライディングモード制御を用いた停止動作を簡単に実現することができる。
【0020】
この場合のスライディングカーブは、位置偏差が予め定めた値より大きいときには、位置制御器のゲインを減速トルクに比例し且つモータ及び機械系のイナーシャに反比例する値とした上で、モータの最大トルクから制御余裕分を差し引いた値のトルクを得るためのトルク加算指令をトルク指令に加算した加算トルク指令をトルク制御器に与え、位置偏差が予め定めた値以下になると、トルク加算指令をゼロまたはゼロに近い値とし、位置制御器のゲインを定常偏差を補償する値とするように構成されている。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明のモータの制御方法を実施するモータの制御装置の構成を示すブロック図である。
【図2】図1の実施の形態の動作状態を説明するために用いる動作波形を示す図である。
【図3】スライディングモード制御を説明するための図である。
【図4】(A)乃至(G)は、図1の実施の形態の動作を説明するために用いる定位置停止制御のシミュレーション結果を示すタイムチャートである。
【図5】(A)乃至(F)は、従来の方法により定位置停止制御を行った場合のシミュレーション結果を示すタイムチャートである。
【図6】従来のモータの制御装置の構成の一例を示すブロック図である。
【図7】従来のモータの制御装置の動作を示す動作波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。図1は、本発明のモータの制御方法を実施するモータの制御装置1の構成を示すブロック図である。図2は、図1の実施の形態の動作状態を説明するために用いる動作波形を示す図である。図3は、スライディングモード制御を説明するための図であり、図4(A)乃至(G)は、図1の実施の形態の動作を説明するために用いる定位置停止制御のシミュレーション結果を示すタイムチャートである。本実施の形態のモータの制御装置1は、速度検出器2と、位置検出器を構成するエンコーダ3と、速度制御器4と、位置制御器5と、トルク制御器6と、制御部7と、第1の選択手段SW1と、第2の選択手段SW2と、位置偏差演算部SB1及び速度偏差演算部SB2と、加算部ADとを備えている。速度検出器2は、エンコーダ3からの出力に基づいてモータMの回転子の回転速度を検出して回転速度v及び回転速度を2乗して符号化した2乗速度v2[図4(D)参照]を出力する。第1の選択手段SW1は、後述する制御部7からの指令に基づいて速度検出器2の出力を選択する。位置検出器を構成するエンコーダ3は、モータMの回転子の回転位置を検出する。本実施の形態では、エンコーダ3が速度検出器2の検出部(センサ部)として利用されている。位置偏差演算部SB1は、回転子の1回転内のどこの位置で回転子を停止させるかを示す位置指令pc[図4B)参照]によって指令された位置とエンコーダ3が出力する回転位置との位置p[図4(C)参照]との位置偏差d1[図4(G)参照]を求める。この位置指令pcは、図示しない上位コントローラから出力されている。位置制御器5は、この位置偏差d1を入力として位置ループ速度指令vcを出力する。本実施の形態では、位置偏差演算部SB1と位置制御器5とを含むループが位置ループを構成している。
【0023】
第2の選択手段SW2は、制御部7からの切換指令に応じて接点s1及びs2を切り換えて、図示しない上位コントローラが出力する回転速度指令rsc[図4(E)参照]、オリエンテーション速度を指令するオリエンテーション速度指令oc[図4(A)参照]及び位置ループ速度指令rscから一つの速度指令を選択する。速度偏差演算部SB2は、第2の選択手段SW2が選択した一つの速度指令により指令された指令速度と第1の選択手段SW1が選択した回転速度または2乗速度v2[図4(D)参照]との速度偏差d2を求める。
【0024】
速度制御器4は、速度偏差演算部SB2の出力(d2)を入力としてトルク指令tcを発生する。加算部ADは、トルク指令tcにトルク加算指令ac[図4(F)参照]を加算して加算トルク指令atcを出力する。トルク制御器6は、加算トルク指令atcを入力として電流指令icを出力する。電流指令icは、モータMに内蔵されたモータ駆動部に入力されて、モータMは駆動制御される。
【0025】
制御部7は、図示しない上位コントローラから出力される回転速度指令rscに基づいてモータMが運転される定常制御運転時には、第1の選択手段SW1の接点s3が回転速度vを選択し且つ第2の選択手段SW2の接点s1が回転速度指令rscを選択するように、第1の選択手段SW1及び第2の選択手段SW2に切換指令を出力する。速度偏差演算部SB2は、回転速度指令rscによって指令された回転速度と速度検出器2から出力された回転速度vとの速度偏差d2を速度制御器4に出力する。このとき加算部ADは、特に何も加算せず、速度制御器4から出力されたトルク指令tcをそのままトルク制御器6に出力する。したがって定常制御運転時には、上位コントローラからの回転速度指令rscに従って速度制御が実施される。
【0026】
そして制御部7は、モータMを定位置に停止させるときには、第1の選択手段SW1の接点s3が回転速度vを選択し且つ第2の選択手段SW2の接点s1及びs2がオリエンテーション速度指令ocを選択する切換指令を第1の選択手段SW1及び第2の選択手段SW2に出力する。速度偏差演算部SB2は、オリエンテーション速度指令ocによって指令されたオリエンテーション速度と速度検出器2から出力された回転速度vとの速度偏差d2を速度制御器4に出力する。このとき加算部ADは、特に何も加算せず、速度制御器4から出力されたトルク指令tcをそのままトルク制御器6に出力する。したがってオリエンテーション制御時には、上位コントローラからのオリエンテーション速度指令ocによって指令されたオリエンテーション速度まで速度を徐々に減少させる。
【0027】
その後、回転子の回転速度がオリエンテーション速度になった後、制御部7は、第1の選択手段SW1の接点s3が2乗速度v2を選択し且つ第2の選択手段SW2の接点s1及びs2が位置ループ速度指令vcを選択し、位置ループ速度指令vcにより指令された速度と2乗速度v2との偏差を速度制御器4に与える。速度制御器4から出力されたトルク指令tcに、制御部7が決定したトルク加算指令acを加算部ADで加算して得た加算トルク指令atcをトルク制御器6に与える。
【0028】
本発明では、オリエンテーション制御に利用される物理変数を用いて定めたスライディングカーブに沿って回転子の位置及び速度を制御することにより回転子を目標位置に停止させるスライディングモード制御が実施されるようにトルク制御器の入力を調整する。ここでスライディングカーブは、トルク制御器に入力されるトルク指令を作るために使用されるもので、オリエンテーション制御に利用される物理変数を用いて定められ、スライディングモード制御を可能にする。
【0029】
この場合のスライディングカーブは、次の2つの条件を満たすように定める。第1の条件は、位置偏差d1が予め定めた値より大きいときには、位置制御器5のゲインCを減速トルクTに比例し且つモータのイナーシャJに反比例する値とした上で、モータMの最大トルクから制御余裕分を差し引いた値のトルクを得るためのトルク加算指令acをトルク指令tcに加算した加算トルク指令atcをトルク制御器6に与えることである。そして第2の条件は、位置偏差d1が予め定めた値以下になると、トルク加算指令acをゼロまたはゼロに近い値[図4(F)参照]として、位置制御器5のゲインCを、定常偏差を補償する値とすることである。
【0030】
本実施の形態で用いた具体的なスライディングモード制御について、詳細に説明する。本実施の形態で用いるスライディングモード制御では、減速トルクを一定としてスライディングカーブを設定し、このカーブに追従するようにモータの位置と速度を制御する。一定の減速トルクを−T1としたときに、減速しているモータの運動方程式は、以下のように表すことができる。
【0031】
J・dΔv/dt−T1=0 ・・・・・・・(1)
ただし上記式(1)において、Jはモータのイナーシャであり、Δvは速度偏差である。位置偏差をΔxとすると、Δv=dΔx/dtゆえ、上記(1)式は、以下のようになる。
【0032】
C1Δx−Δv2=0 ・・・・・・(2)
ただし、上記式(2)において、C1=2(T1/J)である。
【0033】
従って、スライディングカーブSは以下のように表すことができる。
【0034】
S=CΔx±v2 ・・・・・・(3)
上記式(3)において、「+」はv<0の場合であり、「−」はv≧0の場合である。
【0035】
また上記式(3)において、Δx>xの場合には、C=2(T1/J)であり、Δx≦xの場合には、C=Cである。ここでx[図4(A)参照]は目標位置に近い位置に対応する予め定めた値である。Cは定常偏差の補償のための微小値である。目標位置に近い予め定めた位置に対応する値x近傍までは、減速トルク−T1を中心に制御し、予め定めた値x以降では減速トルク=0となるため、計算上のCの値は0になるが、本実施の形態では、定常偏差の補償として微小値CにCを設定する。従って加算トルク指令は、以下のように表すことができる。
【0036】
Tcmd=T+KS ・・・・・・・(4)
すなわちTcmd=T+KS=T+K(CΔx±v2)となる。
【0037】
上記(4)式において、Δx>xの場合には、T=−T1であり、Δx≦xの場合には、T=0である。そしてKは定数である。
【0038】
図3に、本実施の形態の制御で用いたスライディングカーブを示す。図3に示した位相面軌跡は、モータを任意の位置から目標位置に動かした時の位置偏差と速度の軌跡である。図3に示されるように、スライディングモード制御を実施すると、モータの回転子はスライディングカーブに沿って停止位置へと動いていく。
【0039】
本実施の形態では、スライディングモード制御システムと従来のモータ制御システムとを比較し、次のように両者の物理変数を対応させることにより、既存のモータ制御システムの構成を大きく変えることなく、既存のモータ制御システムにスライディングモード制御を適用することを可能にした。
【0040】
・変数Tをトルク加算とする。
【0041】
・変数Cを位置制御器5のゲインとする。
【0042】
・変数Δxを位置偏差とする。
【0043】
・変数Kを速度制御器4のゲインとする。
【0044】
・変数±v2を速度の2乗速度とする。
【0045】
これにより、スライディングモード制御のための変数を、位置制御器5のゲイン、位置偏差、トルク加算などの従来の制御装置で使用している物理変数に対応させて制御を行うことができる。
【0046】
なおモータの可動子の位置が目標位置近傍にない場合は、
トルク加算量T1をT1=モータの最大トルク×90%とし、
位置制御器5のゲインCをC=2(T1/J)とするのが好ましい。
【0047】
ただし、Jはモータ及び機械系のイナーシャであり、Kは速度制御器のゲインである。トルク加算量T1は、制御余裕10%を確保した上で、できるだけ大きなトルクで運転できるように、最大トルクの90%とする。また、速度制御器4は比例制御で構成し、スライディングカーブに沿った運転ができるようにする。この速度制御ゲインKは、実験などにより最適な値を求める。
【0048】
また位置偏差が小さくなり、目標位置近傍の値xになった場合は、
トルク加算量をT=0とし、
位置制御器5のゲインCをC=Cとし、
速度制御器4のゲインKをK=Kとする。
【0049】
ただし、C及びKは、定常偏差を抑制し、位置決め誤差がでないようにするために必要な値を実験により事前に定めたものである。なおこの場合には、速度制御器4を比例積分制御で構成するのが好ましい。この変更は制御部7からの指令に基づいて行えるように、速度制御器4の構成を予め定めておけばよい。なお制御系をソフトウエアで実現する場合には、プログラムでこの変更は容易に実現可能である。このようにすると定常偏差を抑制し、位置決め誤差がでないようにして、定位置停止制御をすることができる。
【0050】
また、図2に示すように、スライディングモード制御に切り換わった後は、速度指令を上位コントローラからの速度制限指令値以下に制限し、また、トルク指令を、オリエンテーション速度に至る少し前からスライディングモード制御に切り換わるまで90%に制限する。このとき速度制御器4は比例積分制御を行うものとする。そして、スライディングモード制御に切り換わった後の目標値近傍までは、加速方向のトルク指令を0%に制限し、減速方向のトルク指令を100%として、モータ速度がオリエンテーション速度より上昇しないようにする。このとき速度制御器4は、比例制御を行うものとする。また停止の少し前からはトルク制限を100%に戻し、速度制御器4は比例積分制御を行うものとする。このように速度指令やトルク指令を制限することにより、スライディングモード制御の動作をスムーズにすることができる。停止した後は、オリエンテーション完了指令cpを出力する。
【0051】
なおスライディングモード制御に切り替わった時の位置指令pcは以下のように算出する。
【0052】
まず、次の2式を満足する最小のnを求める。
【0053】
n≧((二乗速度)/(位置制御器のゲイン)+位置フィードバック−位置のシフト量)/(2π×a)
n<((二乗速度)/(位置制御器のゲイン)+位置フィードバック−位置のシフト量)/(2π×a)+1
ただし、aは回転子一回転当たりのエンコーダパルス分解能である。そして、位置指令pcを以下のように定める。
【0054】
位置指令=n×2π+位置のシフト量
このように位置指令を与えることにより、モータ1回転内の位置に最短に位置決めすることができるようになる。上記式に従って、位置指令pcが図示しない上位コントローラから出力される。
【0055】
図5(A)乃至(F)は、従来の方法により定位置停止制御を行った場合のシミュレーション結果を示すタイムチャートである。図4(G)の位置偏差信号d1と図5(F)の位置偏差信号d1とを対比すると判るように、本実施の形態のほうが、早期に位置偏差信号d1が0になっている(定位置に停止している)ことが判る。
【0056】
上記実施の形態の主要部は、すべてソフトウエアによって実現できるのは勿論である。
【0057】
上記実施の形態において、制御部7は、オリエンテーション制御の際に、加速度を算出し、加速度の最大値に基づいて位置制御器5のゲインCを決定するオートチューニング機能を有しているのが好ましい。制御部7が、このようなオートチューニング機能を有していれば、モータMの負荷イナーシャが変わったことを高速に検出し、モータMの負荷イナーシャが変わった場合でも高速に定位置停止制御ができるモータの制御装置を実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば、スライディングモード制御の際の制御各部の物理変数(パラメータ)を既存のモータ制御システムの物理変数(パラメータ)に対応させて取扱うため、制御系の物理変数(パラメータ)の意味づけを適切に行うことができ、定位置停止制御にスライディングモード制御を適用することが可能になった。また本発明によれば、従来のモータ制御システムにおける定常偏差の抑制機能もそのまま利用することができる。更に、本発明によれば、回転子の位置の軌道をモータ制御装置の制御系にスライディングカーブとして内在させるため、一定の目標位置を位置指令として与えてモータの位置決めを行う場合でも、オーバーシュートを抑制し、高速な定位置停止制御を実現できる。また位置指令も、モータ1回転内の位置に最短で位置決めができるように算出することができ、例えば、主軸モータの制御に本発明を適用した場合には、位置決め停止に要する時間を大幅に短縮できる。
【符号の説明】
【0059】
1 モータの制御装置
2 速度検出器
3 エンコーダ
4 速度制御器
5 位置制御器
6 トルク制御器
7 制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転速度指令により指令された指令速度とモータの回転子の回転速度との偏差を速度制御器に通して得たトルク指令をトルク制御器に与えて、前記回転子の前記回転速度が前記回転速度指令通りになるように前記モータの速度を速度制御し、
オリエンテーション速度指令が出力されると、オリエンテーション速度指令により指令されたオリエンテーション速度と前記モータの速度との偏差を前記速度制御器に通して得たトルク指令を前記トルク制御器に与えて、前記回転子の前記回転速度が前記オリエンテーション速度になるように前記回転子の速度をオリエンテーション制御し、
前記回転子の前記回転速度がオリエンテーション速度になると、前記回転子の1回転内のどこの位置で停止させるかを示す位置指令により指令された指令位置と前記回転子の位置との位置偏差を取り、前記位置偏差を位置制御器に通して得た位置ループ速度指令と前記回転速度を2乗して符号化した2乗速度との偏差を前記速度制御器に出力して得たトルク指令を前記トルク制御器に入力し、オリエンテーション制御に利用する物理変数を用いて定めたスライディングカーブに沿って前記回転子の位置及び速度を制御することにより前記回転子を目標位置に停止させるスライディングモード制御が実施されるように前記トルク制御器の入力を調整することを特徴とするモータの制御方法。
【請求項2】
前記スライディングモード制御では、前記位置偏差が予め定めた値より大きいときには、前記位置制御器のゲインを減速トルクに比例し且つ前記モータのイナーシャに反比例する値とした上で、前記モータの最大トルクから制御余裕分を差し引いた値のトルクを得るためのトルク加算指令を前記トルク指令に加算した加算トルク指令を前記トルク制御器に与え、
前記位置偏差が予め定めた値以下になると、前記トルク加算指令をゼロまたはゼロに近い値とし、前記位置制御器のゲインを定常偏差を補償する値とする請求項1に記載のモータの制御方法。
【請求項3】
前記スライディングモード制御では、減速トルクを一定として前記スライディングカーブを設定し、
前記トルク制御器に与える前記加算トルク指令TcmdをTcmd=T+KSとし、但しTは前記トルク加算指令であり、Kは前記速度制御器のゲインであり、前記Sは前記速度制御器の入力を決定する位置制御器を含むループ内の物理変数で構成されるスライディングカーブの関数であり、
前記関数Sは、vを前記回転速度とし、Δxを前記位置偏差とし、Cを前記位置制御器のゲインとしたときに、S=CΔx±v2と表され、但し+はv<0のときで、−はv≧0のときであり、
を前記予め定めた値とし、T1を減速トルクとし、Jを前記モータのイナーシャとしたときに、前記ゲインCは、Δx>xのときにはC=2(T1/J)であり、Δx≦xのときにはC=Cであり、但しCは定常偏差の補償のための前記位置制御器のゲインである請求項2に記載のモータの制御方法。
【請求項4】
前記速度制御器は、前記速度制御及び前記オリエンテーション制御では、比例積分制御を行い、前記スライディングモード制御では前記回転子が前記目標位置に達する所定の前の時期まで比例制御を行い、以後比例積分制御を行う請求項1に記載のモータの制御方法。
【請求項5】
次の2式を満足する最小のnを求め、
n≧((二乗速度)/(位置制御器のゲイン)+位置フィードバック−位置のシフト量)/(2π×a)
n<((二乗速度)/(位置制御器のゲイン)+位置フィードバック−位置のシフト量)/(2π×a)+1
ただし、a:回転子一回転当たりの回転子位置検出器の分解能であり、
前記位置指令を
位置指令=n×2π+位置のシフト量
として決定する請求項1,2または3に記載のモータの制御方法。
【請求項6】
モータの前記回転子の回転速度を検出して前記回転速度及び前記回転速度を2乗して符号化した2乗速度を出力する速度検出器と、
前記速度検出器の出力を選択する第1の選択手段と、
前記回転子の回転位置を検出する位置検出器と、
前記回転子の1回転内のどこの位置で前記回転子を停止させるかを示す位置指令によって指令された位置と前記回転位置との位置偏差を求める位置偏差演算部及び前記位置偏差を入力として位置ループ速度指令を出力する位置制御器を含む位置ループと、
上位コントローラが出力する回転速度指令、オリエンテーション速度を指令するオリエンテーション速度指令及び前記位置ループ速度指令から一つの速度指令を選択する第2の選択手段と、
前記第2の選択手段が選択した前記一つの速度指令により指令された指令速度と前記第1の選択手段が選択した前記回転速度または前記2乗速度との速度偏差を求める速度偏差演算部と、
前記速度偏差演算部の出力を入力としてトルク指令を発生する速度制御器と、
前記トルク指令にトルク加算指令を加算して加算トルク指令を出力する加算部と、
前記加算トルク指令を入力として電流指令を出力するトルク制御器とを具備し、
定常制御運転時には、前記第1の選択手段が前記回転速度を選択し且つ前記第2の選択手段が前記回転速度指令を選択し、オリエンテーション指令が入力されたときには前記第1の選択手段が前記回転速度を選択し且つ前記第2の選択手段が前記オリエンテーション速度指令を選択して前記オリエンテーション速度指令と前記回転速度との偏差を前記速度制御器に通して得たトルク指令を前記トルク制御器に与えて、前記回転子の前記回転速度が前記オリエンテーション速度になるように前記回転子の速度をオリエンテーション制御し、その後前記回転子の前記回転速度が前記オリエンテーション速度になった後、前記第1の選択手段が前記2乗速度を選択し且つ前記第2の選択手段が前記位置ループ速度指令を選択し、前記位置ループ速度指令により指令された速度と前記2乗速度との偏差を前記速度制御器に通して得たトルク指令を前記トルク制御器に与え、オリエンテーション制御に利用する物理変数を用いて定めたスライディングカーブに沿って前記回転子の位置及び速度を制御することにより前記回転子を目標位置に停止させるスライディングモード制御が実施されるように前記トルク制御器の入力を調整する制御部とを備えていることを特徴とするモータの制御装置。
【請求項7】
前記スライディングモード制御では、前記位置偏差が予め定めた値より大きいときには、前記位置制御器のゲインを減速トルクに比例し且つ前記モータのイナーシャに反比例する値とした上で、前記モータの最大トルクから制御余裕分を差し引いた値のトルクを得るための前記トルク加算指令を前記トルク指令に加算した加算トルク指令を前記トルク制御器に与え、
前記位置偏差が予め定めた値以下になると、前記トルク加算指令をゼロまたはゼロに近い値とし、前記位置制御器のゲインを定常偏差を補償する値とするように構成されている請求項6に記載のモータの制御装置。
【請求項8】
前記スライディングモード制御では、減速トルクを一定として、前記トルク制御器に与える前記加算トルク指令TcmdをTcmd=T+KSと定め、但しTは前記トルク加算指令であり、Kは前記速度制御器のゲインであり、前記Sは前記位置制御器及び前記速度制御器を含むループで構成されるスライディングカーブの関数であり、
前記関数Sは、vを前記回転速度とし、Δxを前記位置偏差と、Cを前記位置制御器のゲインとしたときに、S=CΔx±v2と表され、但し+はv<0のときで、−はv≧0のときであり、
を前記予め定めた値とし、T1を減速トルクとし、Jを前記モータのイナーシャとしたときに、前記ゲインCは、Δx>xのときにはC=2(T1/J)であり、Δx≦xのときにはC=Cであり、但しCは定常偏差の補償のための前記位置制御器のゲインである請求項7に記載のモータの制御装置。
【請求項9】
前記制御部は、前記速度制御器に、前記速度制御及び前記オリエンテーション制御では、比例積分制御を行い、前記スライディングモード制御では前記回転子が前記目標位置に達する所定の前の時期まで比例制御を行い、以後比例積分制御を行わせるように構成されている請求項6に記載のモータの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−176906(P2011−176906A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−37128(P2010−37128)
【出願日】平成22年2月23日(2010.2.23)
【出願人】(000180025)山洋電気株式会社 (170)
【Fターム(参考)】