説明

モータ制御装置

【課題】制御遅延や電流応答遅延が発生しても遠心力低減効果が低下せず、適切な軸位置指令値を求めるのに大きな負担を必要としないモータ制御装置を提供する。
【解決手段】振れ回り抑制制御部30において、ローパスフィルタLPFによって軸変位検出値dqから軸の回転周波数に同期した直流成分の信号のみを抽出し、周期外乱オブザーバ50によって前記直流成分の信号に基づいて外乱を推定し、前記推定した外乱を抑制する軸変位指令値α*,β*を演算する。そして、前記振れ回り抑制制御部30で演算された軸変位指令値α*,β*を軸支持制御部20に入力する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁力によって軸支持を行うベアリングレスモータまたは磁気軸受モータに適用されるモータ制御装置に係り、特に、回転速度が変化しても振れ回りの少ない軸位置指令値で軸支持制御が可能なモータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
モータの軸を非接触で支持する技術として、磁気軸受やベアリングレスモータが知られている。図7に示すように、一般的なベアリングレスモータ2の制御装置1aでは、軸支持制御部20において、フィードバックにより軸支持制御が行なわれる。
【0003】
まず、ベアリングレスモータ2の軸変位α,βをギャップセンサ21により検出する。軸位置指令値α*,β*と前記軸変位検出値α,βとを減算器22a,22bにおいて各々比較し、この比較で得られた偏差をPIDアンプ(比例・積分・微分制御器)23a,23bに入力し、軸支持力指令値Fα*,Fβ*を演算する。この減算器22a,22b,PIDアンプ23a,23bによりフィルタ40aを構成している。
【0004】
軸支持変調器24により、軸支持力指令値Fα*,Fβ*の変調演算を行い、軸支持電流指令値i*,i*を求め、ACR(電流制御器)により指令値通りの電流を出力することでベアリングレスモータ2の軸支持を行なう。
【0005】
これら磁気軸受やベアリングレスモータ2の軸支持制御は機械的な軸受に比べ剛性が低いため、軸の振れ周りが発生しやすいことが問題となる。
【0006】
ここで、軸の振れ周りの発生原因を説明する。軸の振れ周りは、軸のアンバランスや負荷接続による重心の移動などにより、軸の幾何学的中心と重心にずれがあることに起因して発生する。
【0007】
図8は幾何学的中心O点と重心が一致していない軸が回転する様子を示している。重心が回転運動することにより、軸に遠心力が発生する。この時、軸支持制御部20ではPIDアンプ23a,23bにより向心力を発生させ、遠心力を打ち消すことにより軸支持を行なう。この向心力はPアンプ(比例制御器)により軸の位置が指令値から離れるほど大きくなり、Dアンプ(微分制御器)により軸の振れ回り速度が速くなるほど大きくなる。しかし、遠心力も回転中心からの重心の距離や回転速度の増加に伴って大きくなる。
【0008】
その結果、遠心力と向心力の釣り合いがとれるまで軸の位置が軸位置指令値α*,β*から離れてしまうため、軸の振れ回りが発生する。また、遠心力と向心力の釣り合いがとれた状態でも、図7におけるモータ制御装置1aでは向心力と軸変位が比例関係を保ち続けるため、軸変位α,βを小さくすると向心力が減少し、遠心力と向心力の釣り合いが崩れてしまう。そのため、軸の振れ回りを零にすることができない。
【0009】
この軸の振れ回りの問題を解決するため、ロータ浮上位置(5自由度ロータ変位)と各方向の変位指令とを一致させるように制御すると共に、ロータ重心位置が回転座標系原点に位置するようにラジアル方向並進変位指令を制御することで、磁気軸受が発生する擾乱を全周波数領域において低減する磁気軸受の低擾乱化制御装置が提案されている(特許文献1参照)。
【0010】
また、非特許文献1では、軸支持力指令値や軸位置指令値の軸に幾何学的中心と重心のずれ量となるオフセットを加算することで軸の振れ回りを抑制する方式が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2005−188545号公報(段落[0024]〜[0027])
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】「Magnetic Bearings and Bearingless Drives」.P74
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1は、図9に示すように、フィルタ40aに代えてフィルタ40bを適用し、フィルタ40bの入力として軸変位α,βではなく、軸支磁力指令値Fα*,Fβ*を使用した方式である。
【0014】
具体的には、PIアンプ42a,42bを用いて軸支持力指令値Fα*,Fβ*から遠心力を抽出し、この遠心力が零になるように軸位置指令値α*,β*に回転座標上のオフセットを加えるフィードバックを構成している。これにより、軸の回転中心O点を幾何学的中心から重心へと変化させ、軸に発生する遠心力を低下させることができる。
【0015】
しかしながら、この特許文献1におけるフィルタ40bは、回転速度増加により制御遅延や電流応答などの遅延の影響が無視できなくなると、遠心力低減効果が低下する問題があった。
【0016】
図10は、軸位置指令値α*,β*にオフセットを加算するフィルタ40cのブロック図を示す。非特許文献1では軸支磁力指令値(fNFBx,fNFBy)にオフセット(fdx,fdy)を加算しているが、これは図10に対して加算点の位置を変えただけであり、動作の特徴などは図10と同等である。このオフセットは回転座標上の固定値であるため、軸位置指令値α*,β*は軸の回転速度に同期して回転運動を行なう。このため、軸位置指令値α*,β*を回転させることと等価となる。
【0017】
例として、図11(a)に示すように、軸の幾何学的中心O点を基準として軸の重心とは点対称の位置を軸位置指令値α*,β*とする。その結果、図11(b)に示すように、この軸位置指令値α*,β*と軸の幾何学的中心O点が一致して回転するようになり、このとき、軸の回転基準は軸の重心と一致する。また、軸位置指令値α*,β*を適切に与えれば、フィルタ40b(図9)と同等の軸の振れ回りを小さくする効果を得ることもできる。
【0018】
この図10に示すフィルタ40c(非特許文献1)の特徴を以下に示す。
【0019】
特許文献1(図9)と異なり、フィードフォワード構造のため、原理的に安定している。また、高速運転時においても、軸位置指令値α*,β*を変化させることで制御遅延の影響を除去することができ、軸の振れ回り抑制効果が得られる。
【0020】
しかしながら、このフィルタ40c(非特許文献1)は、適切な軸位置指令値α*,β*を事前にシミュレーションや試験などにより求める必要があるが、これには、最適な軸位置指令値α*,β*を総当り的に確認しなければならなかった。
【0021】
また、回転数により制御遅延の影響が変化するため、回転数ごとに適切な軸位置指令値α*,β*を総当り的に確認する必要があり、確認に非常に長い時間を要していた。
【0022】
以上示したようなことから、制御遅延や電流応答遅延が発生しても遠心力低減効果が低下せず、適切な軸位置指令値α*,β*を求めるのに大きな負担を必要としないモータ制御装置を提供することが主な課題となる。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、前記従来の問題に鑑み、案出されたもので、その一態様は、 電磁力によって軸支持を行うベアリングレスモータまたは磁気軸受モータを制御するモータ制御装置であって、前記モータの軸変位検出値と軸変位指令値との偏差に応じた軸支持力指令値に基づいて生成するゲート信号により、軸支持側インバータを制御する軸支持制御部と、ローパスフィルタによって軸変位検出値から軸の回転周波数に同期した直流成分の信号のみを抽出し、周期外乱オブザーバによって前記直流成分の信号に基づいて外乱を推定し、前記推定した外乱を抑制する軸変位指令値を演算する振れ回り抑制制御部と、を備え、前記振れ回り抑制制御部で演算された軸変位指令値を軸支持制御部に入力することを特徴とする。
【0024】
また、その他の態様は、電磁力によって軸支持を行うベアリングレスモータまたは磁気軸受モータを制御するモータ制御装置であって、前記モータの軸変位検出値と軸変位指令値との偏差に応じた軸支持力指令値に基づいて生成するゲート信号により、軸支持側インバータを制御する軸支持制御部と、ローパスフィルタによって、軸支持力指令値から軸の回転周波数に同期した直流成分の信号のみを抽出し、周期外乱オブザーバによって前記直流成分の信号に基づいて外乱を推定し、前記推定した外乱を抑制する軸変位指令値を演算する振れ回り抑制制御部と、を備え、振れ回り抑制制御部で演算された軸変位指令値を軸支持制御部に入力することを特徴とする。
【0025】
また、その他の態様は、電磁力によって軸支持を行うベアリングレスモータまたは磁気軸受モータを制御するモータ制御装置であって、前記モータの軸変位検出値と軸変位指令値との偏差に応じた軸支持力指令値に基づいて生成するゲート信号により、軸支持側インバータを制御する軸支持制御部と、ローパスフィルタによって、軸支持力指令値から軸の回転周波数に同期した直流成分の信号のみを抽出し、周期外乱オブザーバによって前記直流成分の信号に基づいて外乱を推定し、前記推定した外乱を抑制する軸支持力指令値を演算する振れ回り抑制制御部と、を備え、前記振れ回り抑制制御部で演算された軸支持力指令値を、軸支持制御部の軸支持力指令値に加算することを特徴とする。
【0026】
また、その他の態様は、電磁力によって軸支持を行うベアリングレスモータまたは磁気軸受モータを制御するモータ制御装置であって、前記モータの軸変位検出値と軸変位指令値との偏差に応じた軸支持力指令値に基づいて生成するゲート信号により、軸支持側インバータを制御する軸支持制御部と、スイッチにおいて、軸変位検出値または軸支持力指令値のうち一方を入力し、ローパスフィルタによって軸変位検出値または軸支持力指令値から軸の回転周波数に同期した直流成分の信号のみを抽出し、周期外乱オブザーバによって前記直流成分の信号に基づいて外乱を推定し、前記推定した外乱を抑制する軸変位指令値を演算する振れ回り抑制制御部と、を備え、前記振れ回り抑制制御部で演算された軸変位指令値を軸支持制御部に入力することを特徴とする。
【0027】
また、前記振れ回り抑制制御部を複数並列に接続し、各々で算出された指令値を加算することを特徴とする。
【0028】
また、前記周期外乱オブザーバは、システム同定によって複素数で表現された実システムの伝達特性の逆関数を前記直流成分の信号に積算して、実システムの伝達特性が打ち消された値を算出し、この実システムの伝達特性が打ち消された値から、軸変位指令値が実システムを通過せず検出遅延だけを付加した値を減算して、外乱を推定しても良い。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、制御遅延や電流応答遅延が発生しても遠心力低減効果が低下せず、適切な軸位置指令値α*,β*を求めるのに大きな負担を必要としないモータ制御装置を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】実施形態1におけるモータ制御装置を示すブロック図である。
【図2】係数Qam,Qbm測定時のモータ制御装置を示すブロック図である。
【図3】実施形態2におけるモータ制御装置を示すブロック図である。
【図4】実施形態3におけるモータ制御装置を示すブロック図である。
【図5】実施形態4におけるモータ制御装置を示すブロック図である。
【図6】実施形態5におけるモータ制御装置を示すブロック図である。
【図7】従来のベアリングレスモータの制御装置を示すブロック図である。
【図8】幾何学的中心点と重心とが一致していない軸が回転する様子を示す図である。
【図9】特許文献1におけるフィルタ40bを示すブロック図である。
【図10】非特許文献1におけるフィルタ40cを示すブロック図である。
【図11】フィルタ40cを適用した場合における軸が回転する様子を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
[実施形態1]
本実施形態1におけるモータ制御装置1bのブロック図を図1に示す。本実施形態1におけるモータ制御装置1bは、図1に示すように、軸を回転駆動させる駆動制御部10と、軸変位を検出して軸支持力を発生させる軸支持制御部20と、外乱を抑制する補償値を軸変位指令値に重畳する振れ回り抑制制御部30と、を有する。
【0032】
駆動制御部10は、ロータリーエンコーダ11によりベアリングレスモータ2の軸の回転角度θを検出し、この回転角度θに基づいて速度検出器12により軸の回転角速度ωを検出する。次に、減算部13により、前記検出した軸の回転角速度ωと速度指令値ω*とを比較して角速度偏差Δωを求め、この角速度偏差ΔωをPIアンプ14に入力しq軸のトルク電流指令値imq*を算出する。また、d軸の励磁電流指令値Imd*は零で固定されている。
【0033】
電流検出器CT1により検出されたインバータ出力電流検出値を、dq変換器15においてdq変換することにより、実際のq軸のトルク電流検出値imqとd軸の励磁電流検出値imdに変換する。この実際のトルク電流検出値imq,励磁電流検出値imdと前記トルク電流指令値imq*,励磁電流検出値Imd*とを、減算器16a,16bにより比較して電流偏差ΔImq,ΔImdを求め、この電流偏差ΔImq,ΔImdから電流制御器ACRによりインバータ電圧指令値Vq*,Vd*を算出する。
【0034】
このインバータ電圧指令値Vq*,Vd*をdq逆変換機17により固定座標上のインバータ電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*に変換する。前記固定座標上のインバータ電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*はPWM変調器18によりON/OFFのゲート信号Gに変換され、このゲート信号Gに基づいてインバータINV1からベアリングレスモータ(または、磁気軸受モータ)2に電圧を出力する。
【0035】
軸支持制御部20は、ギャップセンサ21によりベアリングレスモータ(または、磁気軸受モータ)2の軸変位α,βを検出し、検出した軸変位α,βと軸変位指令値α*,β*とを減算器22a,22bにより比較して軸変位偏差Δα,Δβを求め、この軸変位偏差Δα,ΔβからPIDアンプ23a,23bにより軸支持力指令値Fα*,Fβ*を演算する。この軸支持力指令値Fα*,Fβ*は、トルク電流により発生する磁界との干渉を考慮し、軸支持変調器24により軸支持電流指令値i*,i*に変換される。
【0036】
電流検出器CT2により検出された軸支持側インバータINV2のインバータ出力電流検出値を、3相2相変換器25によりαβ座標上の軸支持電流検出値i,iに変換する。
【0037】
この軸支持電流検出値i,iと軸支持電流指令値i*,i*とを減算器26a,26bにより比較して電流偏差Δi,Δiを求め、この電流偏差Δi,Δiから、電流制御器ACRによりインバータ電圧指令値Vα*,Vβ*を求める。電流制御器ACRから出力されたαβ座標上のインバータ電圧指令値Vα*,Vβ*は、2相3相変換器27により、3相の電圧指令値に変換され、この3相の電圧指令値をPWM変調器28においてON/OFFのゲート信号Gmに変換し、このゲート信号Gmに基づいて軸支持側インバータINV2からベアリングレスモータ(または、磁気軸受モータ)2に電圧を出力する。
【0038】
本実施形態1における振れ回り抑制制御部30について説明する。
【0039】
まず、ギャップセンサ21により検出した軸変位α,βを、dq変換器31においてdq変換し、軸の回転に同期したdq座標上の軸変位dqに変換する。次に、ローパスフィルタLPFにおいて、軸変位dqから軸の回転に同期した軸変位(振れ回り)を示す直流成分の信号のみを抽出する。
【0040】
その後、抽出した軸変位(振れ回り)信号を周期外乱オブザーバ50に入力することで、軸変位指令値d*,q*を得る。
【0041】
最後に、dq逆変換器37において、dq座標上の軸変位指令値d*,q*をdq逆変換し、固定座標上の軸変位指令値α*,β*に変換する。この軸変位(振れ回り)を打ち消す固定座標上の軸変位指令値α*,β*を軸支持制御部20に入力し、この軸変位指令値α*,β*に基づいて軸支持を行うことで、軸変位(振れ回り)を抑制する。
【0042】
次に、周期外乱オブザーバ50の動作の詳細を説明する。
【0043】
まず、積算器33a〜33dにおいて、ローパスフィルタLPF1から出力された信号と係数Qam,Qbmとの積を取り、減算器34a,加算器34bにおいて減算・加算し、実システムの伝達特性を打ち消した信号ddn,qdnを出力する。係数Qam,Qbmは固定座標上の軸変位指令値α*,β*から実際の軸変位検出値α,βまでの伝達特性の逆関数であり、あらかじめ求めた値を用いる。本実施形態1では、テーブル32a,32bに角速度指令値ω*を入力し、角速度指令値ω*に対応した軸変位指令値α*,β*から軸変位検出値α,βまでの伝達特性の逆関数となる係数Qam,Qbmを出力する。この係数Qam,Qbmにより、位相遅れなどの伝達特性を打ち消すことができる。
【0044】
次に、外乱の推定を行う。外乱は、減算器35a,35bにより、次の2つの信号の偏差をとることで求める。
(1)dq座標上の軸変位指令値d*,q*が、軸支持制御部20やベアリングレスモータ(または、磁気軸受モータ)2を含む実システムを通り、係数Qam,Qbmとの積により実システムの伝達特性を打ち消した信号ddn,qdn
(2)dq座標上の軸変位指令値d*,q*が実システムを通らず、検出用LPFだけを適用した信号dLPF,qLPF
(1)は軸変位指令値d*,q*に実システム上の外乱が重畳した信号、(2)は軸変位指令値d*,q*に検出用LPF2を適用しただけであり外乱を含まない信号である。この2つの差分をとることで、外乱を求めることができる。
【0045】
前記検出用LPF2は、振れ回り抑制のためのdq座標上の軸変位指令値d*,q*を入力とし、軸の回転に同期した振動を抽出するために使用したLPF1と同じ特性を持たせることで軸変位指令値d*,q*に検出遅延だけを付加する。
【0046】
本実施形態では、積算器33a〜33dの積算結果を減算器34a,加算器34bにおいて減算・加算した信号ddn,qdnから、検出用LPF2から出力された信号dLPF,qLPFを減算器35a,35bにおいて減算することで外乱を抽出する。
【0047】
次に、減算器36a,36bにより、推定した外乱と外乱指令値Zとの外乱偏差をとる。基本的に外乱指令値Zは零で固定である。この演算により抽出した外乱偏差の符号を反転し、外乱を打ち消すようなdq座標上の軸変位指令値d*,q*を求める。また、dq座標上の軸変位指令値d*,q*は、検出用ローパスフィルタLPF2によりLPF処理を行い、dLPF、qLPFを求め、dq座標上の軸変位指令値d*,q*が実システムを通過した信号ddn,qdnと比較し外乱の推定に使用する。
【0048】
本実施形態1における振れ回り抑制制御部30を動作させるためには、係数Qam、Qbmをあらかじめ求める必要がある。係数Qam、Qbmの測定方法は、ガウス性ノイズ信号を入力し入出力のパワースペクトル密度の比から求めるなど、様々な方法がある。ここでは最も単純なシステム同定による方 法を説明する。
【0049】
まず、d軸を実部、q軸を虚部と定義する。これにより伝達特性である振幅変化と位相変化を複素数で表現する。
【0050】
次に、図2に示すように振れ回り抑制制御部30を開ループに変更する。d軸q軸変位指令値を零に設定しベアリングレスモータ(または、磁気軸受モータ)2を動作させ、そのとき測定したd軸q軸の変位検出値d、qをそれぞれdout0,qout0とする。dout0,qout0の測定後、スイッチS1,S2,S3をすべて上側に切り替え、d軸変位指令値をd1*に変更し、d軸q軸の軸変位検出値d、qを測定しdout1,qout1とする。以上の測定より、軸支持側インバータINV2の軸支持電流指令値i*,i*から軸支持電流検出値i,iまでの伝達特性Pam+jPbmは下記(1)式で表すことができる。
【0051】
【数1】

【0052】
Pamは入力指令値に対して同位相の出力を、Pbmは入力指令値に対して90deg位相進みの出力を表している。逆特性Qam+jQbmは、伝達特性Pam+jPbmの逆数になり、下記(2)式で表すことができる。
【0053】
【数2】

【0054】
軸変位の検出値がdout,qoutのとき、下記(3)式(積算器33a〜33d,減算器34a,加算器34b)の演算により伝達特性を打ち消すことができる。
【0055】
【数3】

【0056】
本実施形態1により、以下の効果が得られる。
【0057】
ベアリングレスモータ(または、磁気軸受モータ)2の軸変位(振れ回り)を抑制し、軸の回転を幾何学的中心にあわせることができる。また、適切な軸位置指令値α*,β*を求めるのに大きな負担を必要としない。
【0058】
また、従来のベアリングレスモータ(または、磁気軸受モータ)2の回転数が増加すると制御遅延による位相遅れの影響も大きくなり制御が不安定になりやすい。しかし、本実施形態1における制御法では、制御遅延も含めた伝達特性(係数Qam,Qbm)を測定するため、高速回転時においても安定して軸変位(振れ回り)を抑制できる。
【0059】
さらに、この制御には外乱オブザーバ補償部50があるため係数Qam,Qbmは高い精度を必要としない。外乱オブザーバ補償部50により係数Qam,Qbmの誤差を外乱として扱うことができ、誤差による影響は外乱オブザーバ補償部50内の偏差として現れ、補償される。そのため、負荷変動による伝達特性の変化が発生しても、変化が大きくなければ係数Qam,Qbmを変更する必要がなく、安定した振動変位(振れ回り)抑制を持続することが可能である。負荷変動などで大きな条件変動が発生した場合は、一旦モータ2を停止し係数Qam,Qbmを再測定するだけで対応可能である。
【0060】
通常は制御フィードバックの位相遅れが180degに達するとポジティブフィードバックとなり、制御により軸振動を拡大させてしまう。しかし、本実施形態1における制御法は、前記(1)〜(3)の演算により位相遅れを打ち消すことができるため、どのような条件であっても安定した軸変位(振れ回り)抑制が可能となる。
【0061】
また、本実施形態1では、係数Qam,Qbmをモータ2の回転数に応じて変化させている。これには、特定の回転数における軸変位(振れ回り)による伝達特性の大きな変化に対応させるため、モータ2の回転数増加による制御遅延の影響の増加を打ち消すため、という2つの理由がある。
【0062】
このため、係数Qam,Qbmは回転数ごとに測定する必要がある。しかし、前述の通り係数Qam,Qbmは高い精度を必要としない。よって、例えば、1000min-1毎など係数Qam,Qbmを粗い間隔で測定し、間の回転数に対応した係数Qam,Qbmは線形補間により求めても、軸変位(振れ回り)の抑制が可能である。
【0063】
また、軸に共振点が多数ある場合やシミュレーションのモデル化が困難な場合でも、試運転による係数Qam,Qbmの測定を行うことにより変位(振れ回り)抑制が可能となる。
【0064】
[実施形態2]
本実施形態2におけるモータ制御装置1cのブロック図を図3に示す。本実施形態2において、駆動制御部10,軸支持制御部20は実施形態1の構成と同様に構成されている。一方、振れ回り抑制制御部30は実施形態1と比較して以下の点で相違する。
【0065】
振れ回り抑制制御部30の入力を軸変位検出値α,βから軸支持力指令値Fα*,Fβ*に変更する。
【0066】
振れ回り抑制制御部30の変更箇所における作用について説明する。
【0067】
まず、PIDアンプ23a,23bで演算した軸支持力指令値Fα*,Fβ*を、dq変換器31においてdq変換し、軸の回転に同期したdq座標上の軸支持力指令値Fd*,Fq*に変換する。次に、ローパスフィルタLPF1において、軸支持力指令値Fd*,Fq*から軸の回転に同期した直流成分の信号のみを抽出する。
【0068】
次の周期外乱オブザーバ補償部50では、軸支持力指令値Fd*,Fq*のうち軸の回転に同期した成分(向心力)を零にするような軸変位指令値d*,q*が得られる。この軸変位指令値d*,q*に従い軸支持を行うことで、軸支持側の制御系は遠心力が発生しなくなるよう軸の振れ回りを促す。よって、軸の振れ回り運動の中心を幾何学的中心から重心へと変化させることができる。これにより、図10や特許文献1と同等のモータフレーム振動の低減や軸支持電流の低減といった効果が得られる。特許文献1と異なる点としては、制御遅延の影響を考慮するため高速回転時においても効果が得られることが挙げられる。
【0069】
本実施形態2で使用する係数Qam,Qbmは軸変位指令値α*,β*から軸支持力指令値Fα*,Fβ*までの伝達特性の逆関数となる係数であるため、実施形態1のものとは異なる値になる。しかし、図2において測定対象を軸支持力指令値Fd*,Fq*に変更することで測定が可能になる。
【0070】
また、本実施形態2におけるモータ制御装置1cでは、実施形態1の効果に加えて以下の効果を奏する。
【0071】
実施形態1では、軸の回転を幾何学的中心に合わせていたが、本実施形態2では、軸の回転を重心に合わせることが可能となる。
【0072】
ベアリングレスモータの軸変位(振れ回り)を抑制し、軸の回転を重心にあわせることができる。
【0073】
モータフレームの振動や軸支持電流を低減することができる。
【0074】
また、トラッキングフィルタ(非特許文献1の図3.26参照)を用いる方式とは異なり、低速回転時においても適用することができる。
【0075】
[実施形態3]
本実施形態3におけるモータ制御装置1dのブロック図を図4に示す。本実施形態3において、駆動制御部10は実施形態2と同様に構成されている。一方、軸支持制御部20,振れ回り抑制制御部30は実施形態2と比較して以下の点で相違する。
【0076】
振れ回り抑制制御部30の出力を軸変位指令値α*,β*から軸支持力指令値FαO*,FβO*に変更する。また、軸支持制御部20において、振れ回り抑制制御部30からの出力をPIDアンプ23a,23bの後段で加算する。
【0077】
その結果、実施形態2と同様に軸の振れ回り運動の中心を幾何学的中心から重心へと変化させる効果が得られる。加えて実施形態2に比べ以下の効果を奏する。
【0078】
振れ回り抑制制御部30からの出力の加算点がPIDアンプ23a,23bの後段になるため、PIDアンプ23a,23bでの演算遅延がなくなり安定性の向上が期待できる。
【0079】
また、振れ回り抑制制御部30の入力が10-6単位の軸変位検出値α,βではないため、係数Qam,Qbmは極端に大きな値にならず制御のデジタル化において桁あふれや桁落ちの心配がなくなる。
【0080】
さらに、PIDアンプ23a,23b後段にある振れ回り抑制制御器30の入力と出力の順序を入れ替えることにより、実施形態1と同様に軸の回転を幾何学的中心にあわせる効果が得られる。ただし、構成を変化させると係数Qam,Qbmの適切な値も変化する。
【0081】
[ 実施形態4]
本実施形態4におけるモータ制御装置1eのブロック図を図5に示す。本実施形態4において、駆動制御部10,軸支持制御部20は実施形態1と同様に構成されており、振れ回り抑制制御部30は複数並列に接続し、各々で算出された軸変位指令値α*,β*を加算器39a,39bにおいて加算する。
【0082】
また、振れ回り抑制制御部30に入力する位相信号θをn倍する。nは振れ回り抑制制御部30によって異なる値を用いる。
【0083】
本実施形態4により 、実施形態1に加え以下の効果が得られる。
【0084】
軸の振れ回りは、一般的に軸の幾何学的中心と重心にずれがあることに起因して発生し、軸の回転と同じ周波数の振動が最も大きくなる。しかし、負荷の共振やトルクリプルなどの外乱によって軸が振動することもあり、この場合は軸の振動周波数 が回転数の整数倍となる。本実施形態4では、このような軸振動も 抑制することが可能となる。
【0085】
また、加算器39a,39bにおいて、振れ回り抑制制御部30の出力を足し合わせることにより、複数の周波数の軸振動を抑制することができる。図5では2個並列であるが、並列数を増加させることも可能である。
【0086】
さらに、入力を軸支持力指令値Fd*,Fq*に変更することで実施形態2と組み合わせ、複数の周波数のモータフレーム振動を抑制することも可能となる。
【0087】
[ 実施形態5]
実施形態5におけるモータ制御装置1fのブロック図を図6に示す。本実施形態5において、駆動制御部10,軸支持制御部20は実施形態1と同様に構成されている。実施形態1との相違点は、振れ回り抑制制御部30の入力をスイッチS4により軸変位検出値a,βと軸支持力指令値Fα*,Fβ*とで切替可能にしたことである。また、係数Qam,Qbmも入力に合わせてスイッチS5,S6により切り替え可能に変更する。
【0088】
本実施形態5は、実施形態1と実施形態2を組み合わせ、軸を幾何学的中心で回転させる制御と軸を重心で回転させる制御を切り替えられるようにした方式である。
【0089】
これにより、運転目的に合わせて制御を簡単に変更できる。
【0090】
以上、本発明において、記載された具体例に対してのみ詳細に説明したが、本発明の技術思想の範囲で多彩な変形および修正が可能であることは、当業者にとって明白なことであり、このような変形および修正が特許請求の範囲に属することは当然のことである。
【0091】
例えば、実施形態1〜5では駆動制御部を有するモータ制御装置について説明したが、駆動制御部がなくモータを回転する機能を持たず、モータ軸の磁気浮上だけを行う装置にも本願発明は適用可能である。
【符号の説明】
【0092】
1a〜1f…モータ制御装置
2…ベアリングレスモータ(磁気軸受モータ
10…駆動制御部
20…軸支持制御部
30…振れ回り抑制制御部
50…周期外乱オブザーバ
INV1…駆動側インバータ
INV2…軸支持側インバータ
LPF1…ローパスフィルタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁力によって軸支持を行うベアリングレスモータまたは磁気軸受モータを制御するモータ制御装置であって、
前記モータの軸変位検出値と軸変位指令値との偏差に応じた軸支持力指令値に基づいて生成するゲート信号により、軸支持側インバータを制御する軸支持制御部と、
ローパスフィルタによって軸変位検出値から軸の回転周波数に同期した直流成分の信号のみを抽出し、周期外乱オブザーバによって前記直流成分の信号に基づいて外乱を推定し、前記推定した外乱を抑制する軸変位指令値を演算する振れ回り抑制制御部と、
を備え、前記振れ回り抑制制御部で演算された軸変位指令値を軸支持制御部に入力することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項2】
電磁力によって軸支持を行うベアリングレスモータまたは磁気軸受モータを制御するモータ制御装置であって、
前記モータの軸変位検出値と軸変位指令値との偏差に応じた軸支持力指令値に基づいて生成するゲート信号により、軸支持側インバータを制御する軸支持制御部と、
ローパスフィルタによって、軸支持力指令値から軸の回転周波数に同期した直流成分の信号のみを抽出し、周期外乱オブザーバによって前記直流成分の信号に基づいて外乱を推定し、前記推定した外乱を抑制する軸変位指令値を演算する振れ回り抑制制御部と、
を備え、振れ回り抑制制御部で演算された軸変位指令値を軸支持制御部に入力することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項3】
電磁力によって軸支持を行うベアリングレスモータまたは磁気軸受モータを制御するモータ制御装置であって、
前記モータの軸変位検出値と軸変位指令値との偏差に応じた軸支持力指令値に基づいて生成するゲート信号により、軸支持側インバータを制御する軸支持制御部と、
ローパスフィルタによって、軸支持力指令値から軸の回転周波数に同期した直流成分の信号のみを抽出し、周期外乱オブザーバによって前記直流成分の信号に基づいて外乱を推定し、前記推定した外乱を抑制する軸支持力指令値を演算する振れ回り抑制制御部と、
を備え、前記振れ回り抑制制御部で演算された軸支持力指令値を、軸支持制御部の軸支持力指令値に加算することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項4】
電磁力によって軸支持を行うベアリングレスモータまたは磁気軸受モータを制御するモータ制御装置であって、
前記モータの軸変位検出値と軸変位指令値との偏差に応じた軸支持力指令値に基づいて生成するゲート信号により、軸支持側インバータを制御する軸支持制御部と、
スイッチにおいて、軸変位検出値または軸支持力指令値のうち一方を入力し、ローパスフィルタによって軸変位検出値または軸支持力指令値から軸の回転周波数に同期した直流成分の信号のみを抽出し、周期外乱オブザーバによって前記直流成分の信号に基づいて外乱を推定し、前記推定した外乱を抑制する軸変位指令値を演算する振れ回り抑制制御部と、
を備え、前記振れ回り抑制制御部で演算された軸変位指令値を軸支持制御部に入力することを特徴とするモータ制御装置。
【請求項5】
前記振れ回り抑制制御部を複数並列に接続し、各々で算出された指令値を加算することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載のモータ制御装置。
【請求項6】
前記周期外乱オブザーバは、
システム同定によって複素数で表現された実システムの伝達特性の逆関数を前記直流成分の信号に積算して、実システムの伝達特性が打ち消された値を算出し、この実システムの伝達特性が打ち消された値から、軸変位指令値が実システムを通過せず検出遅延だけを付加した値を減算して、外乱を推定することを特徴とする請求項1〜5の何れか1項に記載のモータ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−139029(P2012−139029A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−289658(P2010−289658)
【出願日】平成22年12月27日(2010.12.27)
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】