説明

上り坂上一時停止時に後退が抑止される車輌

【課題】車輪と路面の間の摩擦係数の把握精度の限界に対処し、上り坂での一時停止からの発進時に駆動輪に路面に対するグリップ限界越えを起こさせないよう、駆動力を優先的に使用して車輌を上り坂にて一時停止状態に保持する。
【解決手段】車輌が上り坂にて一時停止したとき、車輌の後退を抑止するために駆動輪に付与する駆動力と各輪に付与する制動力の大きさを車輪と路面の間のグリップ限界の大きさの推定に基づいて制御し、グリップ限界に対し残す余裕の大きさまたは比率を全ての車輪に於いて一様にする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上り坂にて車輌が一時停止したときに車輌の後退を抑止する制御に係る。
【背景技術】
【0002】
ブレーキ力を保持する機能を有する車輌に於いて、クリープ現象によって坂道発進時の車輌の後退を防止できない状況下でのみにブレーキ力を保持して坂道発進を補助することを目的として、マスタシリンダとホイールシリンダとの間に一方向弁と保持バルブとを設け、保持バルブが閉状態とされるとブレーキ力が保持されるようにし、ECUにより車輌が停車中であり且つエンジン回転数が所定値以下であると判断されたときには、保持バルブを閉状態とすることによりブレーキ力を保持し、車輌の走行開始が検知されると、保持バルブを開状態とすることによりブレーキ力の保持を解除するようにすることが下記の特許文献1に記載されている。
【特許文献1】特開平11-310119
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
車輌が上り坂で一時停止され、その後発進されるときには、車輌の総質量に作用する慣性力と車輪の駆動系に作用している静摩擦抵抗力に打ち勝つ力に加えて、車輌の総重量に上り坂の勾配角の正弦(sin)の値をかけた後退方向の力に打ち勝たなければならないので、平地での発進時に比してより大きな駆動力を要する。その上に上り坂での一時停止からの発進時に当たって制動の解除が遅れると、駆動輪が路面に対するグリップ限界を越えやすい。グリップ限界越えで一旦滑りが生ずると、車輪と路面の間の摩擦係数は大きく低下するので、滑りは一層激しくなる。従って、上り坂での一時停止からの発進時には、駆動輪に路面に対するグリップ限界越えを起こさせないことが重要である。
【0004】
本発明は、上記の事情に着目し、上り坂での一時停止からの発進時に駆動輪に路面に対するグリップ限界越えを起こさせないようにすることを第一の課題としている。
【0005】
路面に対する車輪(タイヤ)のグリップ限界を把握するには、車輪の接地荷重と車輪と路面の間の摩擦係数の値を把握する必要があるが、後者の値を高精度に把握することは極めて困難である。そこで、本発明は、上記の第一の課題を達成するに当って、車輪と路面の間の摩擦係数の値の把握に当っての精度上の限界の問題に対処することを第二の課題としている。
【0006】
車輌を上り坂にて一時停止状態に保持するには、駆動手段による駆動力と制動手段による制動力とが使用できる。この場合、駆動力をより多く使用しておけば、必要とされる制動力はより小さくなる(或いは0で済む)ので、発進に当っての制動力解除のタイミング制御はより容易になるが、駆動力が路面に対する車輪のグリップ限界に近い状態であると、発進に際してグリップ限界越えを起こす恐れがある。本発明は、この点に鑑み、そのようなグリップ限界越えを起こすことがないように駆動力を使用して車輌を上り坂にて一時停止状態に保持することを第三の課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の第一の課題を解決するものとして、本発明は、一対の前輪および一対の後輪と、前記前輪および前記後輪の少なくとも一方を駆動する駆動手段と、前記前輪および前記後輪を制動する制動手段と、前記駆動手段および前記制動手段の作動を制御する制御手段とを有する車輌にして、車輌が上り坂にて一時停止したとき、前記制御手段は車輌の後退を抑止するために前記前輪および前記後輪のうちの駆動される車輪に付与する駆動力と前記前輪および前記後輪に付与する制動力の大きさを前記前輪および前記後輪と路面の間のグリップ限界の大きさの推定に基づいて制御するようになっていること特徴とする車輌を提案するものである。尚、ここで、グリップ限界とは、一義的には、車輪の接地荷重と車輪と路面の間の摩擦係数の積であって、一般に摩擦円と称されているものの半径に相当するパラメータであるが、通常の4輪自動車等では車輪の接地荷重は4輪の間で大きく異なるものではないので、特に本件では、厳格に車輪の接地荷重と車輪と路面の間の摩擦係数の積を意味するだけでなく、車輪と路面の間の摩擦係数に比例的な値、即ち、4輪の接地荷重を同一としたときの車輪の接地荷重と車輪と路面の間の摩擦係数の積に相当する値をも含むものとする。
【0008】
また、上記の第二の課題を解決するものとして、本発明は、上記の如く車輌が上り坂にて一時停止したとき、前記制御手段が車輌の後退を抑止するために前輪および後輪のうちの駆動される車輪に付与する駆動力と前輪および後輪に付与する制動力の大きさを、前輪および後輪と路面の間のグリップ限界の推定された大きさに基づいて制御するに当って、前記の車輌後退抑止のための駆動力と制動力の大きさを、その合計が推定グリップ限界に対し残す余裕の大きさ、または該合計が推定グリップ限界に対してなす比率、が全ての車輪に於いて一様になるよう制御するようになっていること特徴とする車輌を提案するものである。
【0009】
また、上記の第三の課題を解決するものとして、本発明は、車輌が上り坂にて一時停止したとき、前記制御手段が車輌の後退を抑止するために前輪および後輪のうちの駆動される車輪に付与する駆動力と前輪および後輪に付与する制動力の大きさを前輪および後輪と路面の間のグリップ限界の推定された大きさに基づいて制御するに当って、駆動力を制動力に対し優先させて制御されるようになっていること特徴とする車輌を提案するものである。
【発明の効果】
【0010】
上記の通り、一対の前輪および一対の後輪と、これら前輪および後輪の少なくとも一方を駆動する駆動手段と、前輪および後輪を制動する制動手段と、前記駆動手段および前記制動手段の作動を制御する制御手段とを有する車輌に於いて、車輌が上り坂にて一時停止したとき、前記制御手段が車輌の後退を抑止するために前輪および後輪のうちの駆動される車輪に付与する駆動力と前輪および後輪に付与する制動力の大きさを前輪および後輪の間のグリップ限界の大きさの推定に基づいて制御するようになっていれば、各車輪の接地点に於けるグリップ限界の大きさを予め推定把握して車輌の後退を抑止するために前輪および後輪に作用させる駆動力および制動力の大きさが制御されるので、駆動力または制動力が掛けられた車輪に不用意にグリップ限界越えを起こす事態の発生を回避することができる。
【0011】
車輪と路面の間の摩擦係数を推定する方法としては、車輪に作用する制動力または駆動力の大きさに対して車輪に生ずる滑りを検出する方法、車輪のセルフアライニングトルク(SAT)に基づく方法(例えば、特開2004−276710)等があるが、車輪の接地点に於けるグリップ限界の大きさを見積もるに当たって生ずる誤差には、大別して、路面の状態が不安定であることによる外乱誤差と、制動力や駆動力を発生する手段や滑りを検出する手段等における精度に基づく内在誤差とがあり、前者の外乱誤差に対しては、それ自身の大きさの限界を適当に見極めておくことにより対処することができ、後者の内在誤差に対しては、推定すべき対象であるグリップ限界の値が大きくなればそれに比例して大きくなるとして対処することができると考えられる。
【0012】
そこで、上記の如く、上り坂にて一時停止した車輌の後退を抑止するために前輪および後輪のうちの駆動される車輪に付与する駆動力と前輪および後輪に付与する制動力の大きさを車輪のグリップ限界の大きさの推定に基づいて制御するに当たって、駆動力と制動力の合計が、推定されたグリップ限界に対し残す余裕の大きさが全ての車輪に於いて一様になるよう制御されるか、または該合計が推定されたグリップ限界に対し残す余裕の大きさの該推定グリップ限界に対する比率が全ての車輪に於いて一様になるよう制御されれば、これらの誤差のために何れかの車輪に於いて他に大きく先んじてグリップ限界を越える事態が生ずることを回避することができると考えられる。
【0013】
上記の如くスリップ限界の推定に基づいて、上り坂での車輌一時停止に於ける車輌後退抑止のための駆動力と制動力の大きさを制御するとき、これが駆動力を制動力に対し優先させて行われれば、上り坂での車輌一時停止の保持力に駆動力を最大限に使用し、制動力解除のタイミングにより大きな余裕が得られ、滑らかな坂路発進を行わせることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
図1は、本発明を後輪駆動の4輪自動車に於いて実施した場合の例について、車輌が上り坂にて一時停止されている状態を示す概略図である。図示の車輌はエンジンまたはエンジンと電動発電機とバッテリの組合せよりなるハイブリット式の動力源装置PUにより一対の後輪が駆動されるようになっている後輪駆動車の例である。制動は、各車輪に対し設けられたホイールシリンダを含む制動装置により行なわれるようになっている。
【0015】
4輪にはそれぞれ個別に接地荷重が作用し、また一対の後輪はディファレンシャル装置を介して動力源装置PUにより差動的に駆動され、また4輪はそれぞれに設けられたホイールシリンダにより個別に制動されるようになっているが、ここでの制御には車輪と路面の間の摩擦係数の推定が関与しており、一般の車輌走行路に於いて左右の車輪に対し路面の摩擦係数の差を考慮するほど高精度にて車輪と路面の間の摩擦係数を推定することは困難であるので、今簡単のため、接地荷重は一対の前輪および一対の後輪に対する値をそれぞれまとめてWf,Wrとし、制動力は一対の前輪および一対の後輪に対する値をそれぞれまとめてFbf,Fbrとし、一対の後輪に対する駆動力をまとめてFdrとし、また後述の前輪駆動車または4輪駆動車の例では一対の前輪に対する駆動力をまとめてFdfとする。また車輪の接地荷重Wf,Wrは左右一対の前輪および左右一対の後輪について車高センサHSf,HSr等により車輪の上下ストローク方向の荷重として検出されるものとする。
【0016】
上り坂での車輌一時停止中の動力源装置PUおよび制動装置の作動はマイクロコンピュータを備えた電子制御装置ECUによって制御される。電子制御装置には、上記の車高センサHSf,HSr等よりWfおよびWrの値を示す信号が供給されるほか、GセンサGSより坂の勾配角θを示す信号、図には示されていない車速センサより車速(または車輪速)を示す信号、その他の車輌の運行状態を示す各種の信号が供給されるようになっている。
【0017】
図2の(A)および(B)は、4輪自動車の前後左右の4輪の接地点におけるグリップ限界に当る摩擦円とそれに対する制駆動力(ここでは制動力または駆動力またはこれら両方を意味するものとする)の余裕配分の2つの取り方を示す車輌の概略平面図である。上記の通り一対の前輪および一対の後輪をまとめて取り扱う便宜上、個々の前輪および後輪に対する摩擦円の半径は、以下に前輪および後輪のグリップ限界として取り扱う値RfおよびRrに対比すれば、Rf/2およびRr/2でありで、これらに関する後述の均一グリップ限界余裕ΔRも各輪についてはΔR/2である。また一対の前輪のおよび一対の後輪を対象とする制駆動力もFtfおよびFtrも、各輪についてはFtf/2およびFtr/2である。
【0018】
以下に図3のフローチャートを参照して、図1に示した後輪駆動車の場合について、上り坂での一時停止時の後退抑止制御を一つの実施の形態について説明する。かかるフローチャートに沿った制御は、電子制御装置ECUのマイクロコンピュータによりそこに組み込まれた制御プログラムに従って行われ、車輌の運行中数10〜数100ミリセカンドの周期にて繰り返されてよい。
【0019】
車輌の運行開始と共に制御が開始されると、ステップ10にて、車輌が上り坂上にあって車輌に後退が生じたか否かが判断される。運転者が一時停止の当初から十分にブレーキペダルを踏み込んでいる場合の如く、車輌に後退は生じず、答がノー(N)であれば、本発明による制御は必要とされないので、その回の制御はこれにて終了する。答がイエス(Y)になると、制御はステップ20へ進む。
【0020】
ステップ20に於いては、車高センサHSf、HSrからの信号に基づき、前輪および後輪に於ける車輪の上下ストローク方向の接地荷重Wf,Wrが検出される。
【0021】
次いで、ステップ30に於いて、WfおよびWrに基づいて車輌の後退を抑止するに必要な力Ftの値が(Wf+Wr)tanθとして求められる。これは車輌の重心に作用する重力による力Wtの坂路に沿う方向の成分に相当する。
【0022】
次いで、制御はステップ40 へ進み、車輪と路面の間の摩擦係数μの推定が行われる。これは、一例として、図9に示す如きフローチャートによるサブルーチン演算を、図3のフローチャートによる制御の開始と同時に開始して同じく数10〜数100ミリセカンド程度の周期にて常時行っておくことにより得られるようになっていてよい。図9については後程説明する。
【0023】
次いで、制御はステップ50へ進み、前輪および後輪の接地点に於けるグリップ限界、即ち、摩擦円の半径RfおよびRr、の推定が行われる。これらはステップ20にて検出された前輪および後輪の路面に垂直な接地荷重WfおよびWrのそれぞれにステップ40にて得られた路面との摩擦係数μを乗じた値である。
【0024】
次いで、制御はステップ60へ進み、図2の(A)に示す如く、前後左右の全ての車輪に於ける制駆動力を摩擦円に対し均一な余裕ΔRを残すものとするときのΔRの大きさが、
ΔR=(Rf+Rr−Ft)/2
として求められる。
【0025】
次いで、制御はステップ70へ進み、前輪および後輪の制駆動力FtfおよびFtrが以下の通り求められる。
Ftf=Rf−ΔR
Ftr=Rr−ΔR
【0026】
次いで制御はステップ80へ進み、ここでは後輪駆動車であることから、後輪駆動力をFtrに制御することが行われ、次いで、制御はステップ90へ進み、前輪の制動力をFtfに制御することが行われる。
【0027】
図4は、同じく図1に示した後輪駆動車の場合についての、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の他の一つの実施の形態を示す図3に類似のフローチャートである。このフローチャートに於いては、図3のフローチャートに於けるステップと同じステップは図3に於けると同じステップ番号により示されており、図4に示す実施の形態は、図3に示した実施の形態と比較して、ステップ65および75に於いてのみ異なっている。この場合、ステップ65に於いては、図2の(B)に示す如く、前後左右の全ての車輪に於ける制駆動力を摩擦円に対し均一な余裕率αのものとするときのαの値が、
α=Ft/(Rf+Rr)
として求められる。
【0028】
そして、次のステップ75に於いて、前輪および後輪における制駆動力FtfおよびFtrがそれぞれ以下の通り算出される。
Ftf=αRf
Ftr=αRr
【0029】
図5は、前輪駆動車の場合についての、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の一つの実施の形態を示す図3に類似のフローチャートである。このフローチャートに於いては、図3のフローチャートに於けるステップと同じステップは図3に於けると同じステップ番号により示されており、図5に示す実施の形態は、図3に示した実施の形態と比較して、ステップ85および95に於いてのみ異なっている。この場合、車輌が前輪駆動であることから、ステップ85に於いて前輪の駆動力がFtfに制御され、ステップ95に於いて後輪の制動力がFtrに制御される。
【0030】
図6は、前輪駆動車の場合についての、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の他の一つの実施の形態を示す図4に類似のフローチャートである。このフローチャートに於いては、図4のフローチャートに於けるステップと同じステップは図4に於けると同じステップ番号により示されており、図6に示す実施の形態は、図4に示した実施の形態と比較して、ステップ85および95に於いてのみ異なっている。この場合、車輌が前輪駆動であることから、ステップ85に於いて前輪の駆動力がFtfに制御され、ステップ95に於いて後輪の制動力がFtrに制御される。
【0031】
図7は、4輪駆動車の場合についての、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の一つの実施の形態を示す図3または図5に類似のフローチャートである。このフローチャートに於いては、図3または図5のフローチャートに於けるステップと同じステップは図3または図5に於けると同じステップ番号により示されており、図7に示す実施の形態は、図3または図5に示した実施の形態と比較して、ステップ100〜170に於いてのみ異なっている。この場合、ステップ100に於いて、ステップ70にて算出された前輪および後輪の制駆動力よりその比(前後比)がSfr=Ftf/Ftrとして算出される。
【0032】
次いで、制御はステップ110へ進み、上に算出された制駆動力の前後比Sfrが4輪駆動のセンターディファレンシャルの前後比Scfrより大きいか否かが判断される。答がイエスであれば、制御はステップ120へ進み、前輪および後輪の駆動力FdfおよびFdrがそれぞれ以下の通り算出される。
Fdf=FtrScfr
Fdr=Ftr
そしてさらに次のステップ130にて、前輪および後輪の制動力FbfおよびFbrがそれぞれ以下の通り算出される。
Fbf=Ftf−Fdf
Fbr=0
【0033】
ステップ110の答がノーであれば、制御はステップ140へ進み、前輪および後輪の駆動力FdfおよびFdrがそれぞれ以下の通り算出される。
Fdf=Ftf
Fdr=FtfScfr
そしてさらに次のステップ150にて、前輪および後輪の制動力FbfおよびFbrがそれぞれ以下の通り算出される。
Fbf=0
Fbr=Ftr−Fdr
【0034】
いずれにしても、次いで制御はステップ160へ進み、上に算出されたFdfおよびFdrに基づいて、前輪および後輪の駆動力がそれぞれFdfおよびFdrに制御される。そしてさらに制御はステップ170へ進み、上に算出されたFbfおよびFbrに基づいて、前輪および後輪の制動力がそれぞれFbfおよびFbrに制御される。
【0035】
図8は、4輪駆動車の場合についての、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の他の一つの実施の形態を示す図7に類似のフローチャートである。このフローチャートに於いては、図7のフローチャートに於けるステップと同じステップは図7に於けると同じステップ番号により示されており、図8に示す実施の形態は、図7に示した実施の形態と比較して、図7のステップ60および70が図8に於いてはステップ65および75となっていることに於いてのみ異なっている。この場合、ステップ60および70に対比したステップ65および75の違いについては図4について説明済みであるので、図8の実施の形態についてのこれ以上の重複的説明は明細書の冗長化を避けるため省略する。
【0036】
図9は、図3〜図8のステップ40にて行われる路面と車輪の間の摩擦係数μの推定のためのサブルーチンの一例を示すフローチャートである。ただ、図3〜図8のフローチャートによる制御は車輌が上り坂にて一時停止されたとき実行される制御であるのに対し、路面と車輪の間の摩擦係数の推定は車輌の走行中に行われざるを得ないので、図3のステップ40に関して上に説明した通り、かかるサブルーチンによる路面と車輪の間の摩擦係数の推定は、図3〜図8のフローチャートによる制御の開始と同時に開始され、これらのフローチャートによる制御と同じく数10〜数100ミリセカンド程度の周期にて常時行われるものとする。
【0037】
図9のサブルーチンに於いては、先ずステップ210にて車輪に制動力または駆動力が付与されているとき、車速と車輪速との間の滑りに基づいて検出される路面と車輪の間の摩擦係数がμtracとして検出され記憶される。この場合、摩擦係数は、車速として車速センサにより検出される各時点の近傍を含む或る適当な微小期間内の平均車速を用い、これに対して適当に選択された一輪の回転速度の各瞬間の値を対比させることにより検出されてよい。
【0038】
次いで、制御はステップ220へ進み、車輪のセルフアライニングトルク(SAT)に基づく方法(例えば、特開2004−276710)による摩擦係数がμsatとして検出され記憶される。
【0039】
次いで、ステップ230に於いて、アンチロックブレーキシステム(ABS)、トラクションコントロールシステム(TRC)またはビークルスタビリティコントロールシステム(VSC)のいずれかが作動しているか否かが判断される。そして、答がイエスであれば、上記のSATによる摩擦係数の推定には大きな誤差が含まれる可能性が高いので、制御は240へ進み、摩擦係数の最終推定値μとしては制駆動力に基づく検出値μtracが用いられる。これに対し、ステップ230の答がノーであるときには、ステップ250に於いて上に検出されたμtracとμsatのいずれか大きい方を今回のフローに於けるμ推定値μn+1として採用し、次いでステップ260に於いて今回のフローに於けるμ推定値μn+1と前回のフローに於けるμ推定値μnの内の大きい方がμの最終推定値として採用され記憶される。以上のいずれにしても、最後にステップ270に於いて今回採用されたμの最終推定値が次回のμの値μnとして記憶される。
【0040】
以上に於いては本発明をいくつかの実施の形態について詳細に説明したが、これらの実施の形態について本発明の範囲内にて種々の変更が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明を後輪駆動の4輪自動車に於いて実施した場合の例について、車輌が上り坂にて一時停止されている状態を示す概略図。
【図2】(A)および(B)は、4輪自動車の前後左右の4輪の接地点におけるグリップ限界に当る摩擦円とそれに対する制駆動力の余裕配分の2つの取り方を示す車輌の概略平面図。
【図3】後輪駆動車の場合について、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の一つの実施の形態を示すフローチャート。
【図4】後輪駆動車の場合について、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の他の一つの実施の形態を示すフローチャート。
【図5】前輪駆動車の場合について、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の一つの実施の形態を示すフローチャート。
【図6】前輪駆動車の場合について、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の他の一つの実施の形態を示すフローチャート。
【図7】4輪駆動車の場合について、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の一つの実施の形態を示すフローチャート。
【図8】4輪駆動車の場合について、上り坂での一時停止時の後退抑止制御の他の一つの実施の形態を示すフローチャート。
【図9】路面と車輪の間の摩擦係数μの推定のためのサブルーチンの一例を示すフローチャート。
【符号の説明】
【0042】
PU…動力源装置、HSf,HSr…車高センサ、ECU…電子制御装置、GS…Gセンサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の前輪および一対の後輪と、前記前輪および前記後輪の少なくとも一方を駆動する駆動手段と、前記前輪および前記後輪を制動する制動手段と、前記駆動手段および前記制動手段の作動を制御する制御手段とを有する車輌にして、車輌が上り坂にて一時停止したとき、前記制御手段は車輌の後退を抑止するために前記前輪および前記後輪のうちの駆動される車輪に付与する駆動力と前記前輪および前記後輪に付与する制動力の大きさを前記前輪および前記後輪と路面の間のグリップ限界の大きさの推定に基づいて制御するようになっていること特徴とする車輌。
【請求項2】
前記の車輌後退抑止のための駆動力と制動力の大きさは、その合計が前記の推定されたグリップ限界に対し残す余裕の大きさが全ての車輪に於いて一様になるよう制御されることを特徴とする請求項1に記載の車輌。
【請求項3】
前記の車輌後退抑止のための駆動力と制動力の大きさは、その合計が前記の推定されたグリップ限界に対し残す余裕の大きさの該推定グリップ限界に対する比率が全ての車輪に於いて一様になるよう制御されることを特徴とする請求項1に記載の車輌。
【請求項4】
前記の車輌後退抑止のための駆動力と制動力の大きさの制御は、駆動力を制動力に対し優先させて行われることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の車輌。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−230477(P2007−230477A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−57536(P2006−57536)
【出願日】平成18年3月3日(2006.3.3)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】