説明

人工股関節及びその製造方法

【課題】人工股関節の耐久性を高める。
【解決手段】炭化水素ガス及び有機シリコンガスの混合ガスのプラズマを使用し、炭化水素ガスのガス種とイオン注入電圧とを変化させるイオン注入及びCVDの複合プロセスが、少なくとも摺動部が金属で形成された人工股関節の骨頭インプラント(1)と寛骨臼インプラント(2)に対して実施されることにより、各々の摺動部の表面にDLC膜(1a,2a)が成膜される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工股関節及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、人工股関節の骨頭インプラント及び寛骨臼インプラントは共に金属で作られていたが、両インプラントを寸法制御するのは極めて難しく、両インプラント間の摩擦抵抗が大きくなりやすい。また、両インプラントの摺動面間に発生する金属の磨耗粉により体内での金属イオンリリースが生じやすくなるという問題があり、ことに金属アレルギーのある患者には使用することができないという問題がある。
【0003】
これを回避するため、骨頭インプラントが金属で形成され、寛骨臼インプラントが超高分子量ポリエチレン(Ultra high molecular weight polyethylene:UHMWPE)で形成された人工股関節が一般に用いられるようになった。しかし、この金属−プラスチック式の人工股関節は、両者の摺動面で発生するポリエチレン磨耗粉が破骨細胞の形成を促進し、それにより局所的な骨の損失や骨溶解が発生し、骨頭を支持するステムの緩み、破壊へとつながることが問題となっている。
【0004】
ところで、無定形ダイアモンド(Diamond-like Carbon(DLC))は生体適合性がよく、磨耗や腐食に対する抵抗が高い。このDLCを上記人工股関節の骨頭インプラントに適用すると上記問題が解消するものと期待されるが、この無定形ダイアモンドは骨頭の金属に対する密着特性が低く、容易に剥がれ落ちるという問題がある。また、椎間インプラントにおいては、関節面に夫々DLC膜を形成し、摩擦係数の低減を図ることも試みられているが(例えば、特許文献4,5参照。)、この場合もDLC膜が関節面から剥がれ落ちやすいという問題を有している。
【0005】
その改善策として、シリコンの中間層を骨頭の金属とDLC膜との間に介在させることが提案され(例えば、特許文献1参照。)、また、イオンを骨頭の金属に注入して金属表面を改質したうえでDLC膜を形成することが提案され(例えば、特許文献2参照。)、さらに、炭化水素ガス及び有機シリコンガスの混合ガスのプラズマを使用し、炭化水素ガスのガス種とイオン注入電圧とを変化させて、イオン注入及びCVDを組み合わせた複合プロセスにより、骨頭の金属表面にDLC膜を成膜することが提案されている(例えば、特許文献3参照。)。
【0006】
前二者の方法によっては、DLC膜は依然としてインプラントの金属表面から剥がれやすく、また摺動面に生ずる摩擦抵抗も十分低減することができず、人工股関節に必要な耐久性を満足させるまでには至らないが、後者の方法によれば、人工股関節の骨頭インプラントにおけるDLC膜の界面接着強度を高め、摺動面における摩擦係数及び被磨耗物の磨耗量を低減することができる。
【0007】
【特許文献1】特公平6−60404号公報
【特許文献2】特開2001−26887号公報
【特許文献3】特開2006−219号公報
【特許文献4】特表2007−504847号公報
【特許文献5】特表2007−506444号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来の金属−プラスチック型の人工股関節は、骨頭の金属表面にDLC膜を形成したとしても相手方の寛骨臼インプラントがプラスチック製であることから耐久性を飛躍的に高めることができないという問題がある。
【0009】
したがって、本発明は上記不具合を解消することができる人工股関節及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、本発明は次のような構成を採用する。
【0011】
すなわち、請求項1に係る発明は、炭化水素ガス及び有機シリコンガスの混合ガスのプラズマを使用し、炭化水素ガスのガス種とイオン注入電圧とを変化させるイオン注入及びCVDの複合プロセスが、少なくとも摺動部が金属で形成された人工股関節の骨頭インプラント(1)と寛骨臼インプラント(2)に対して実施されることにより、各々の摺動部の表面にDLC膜(1a,2a)が成膜されたことを特徴とする人工股関節である。
【0012】
請求項2に記載されるように、請求項1に記載の人工股関節において、骨頭インプラント(1)と寛骨臼インプラントの少なくとも摺動部に使用される金属がCo−Cr系合金であるものとすることができる。
【0013】
請求項3に記載されるように、請求項1に記載の人工股関節において、骨頭インプラントと寛骨臼インプラントの少なくとも摺動部に使用される金属がCo−Cr系合金であるものとすることができる。
【0014】
また、請求項4に係る発明は、炭化水素ガス及び有機シリコンガスの混合ガスのプラズマを使用し、炭化水素ガスのガス種とイオン注入電圧とを変化させた、イオン注入及びCVDの複合プロセスを、少なくとも摺動部が金属で形成された人工股関節の骨頭インプラント(1)と寛骨臼インプラント(2)に対して実施することにより、各々の摺動部の表面にDLC膜(1a,2a)を成膜することを特徴とする人工股関節の製造方法である。
【0015】
請求項5に記載されるように、請求項4に記載の人工股関節の製造方法において、骨頭インプラント(1)と寛骨臼インプラント(2)の少なくとも摺動部に使用される金属をCo−Cr系合金とすることが可能である。
【0016】
請求項6に記載されるように、請求項4に記載の人工股関節の製造方法において、骨頭インプラントと寛骨臼インプラントの少なくとも摺動部に使用される金属をTi−Ti系合金とすることができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、人工股関節の骨頭インプラント(1)と寛骨臼インプラント(2)の少なくとも摺動部を金属で形成したうえで、炭化水素ガス及び有機シリコンガスの混合ガスのプラズマを使用し、炭化水素ガスのガス種とイオン注入電圧とを変化させて、イオン注入及びCVDを組み合わせた複合プロセスを実施することにより、骨頭インプラント(1)と寛骨臼インプラント(2)の各摺動部の表面に夫々DLC膜(1a,2a)を成膜することから、金属−金属型の強度が高く耐久性に優れた人工股関節とすることができる。しかも、両金属表面間にはDLC膜(1a,2a)が二層にわたって介在し、両金属表面のDLC膜(1a,2a)の界面接着強度が高いので、摺動面における摩擦係数を更に低減することができ、人工股関節の耐久性を更に高めることができる。また、骨頭インプラント(1)と寛骨臼インプラント(2)の精度不足、表面の粗さは二層からなるDLC膜(1a,2a)の厚さで補うことができ、しかも金属粉の発生を的確に防止し殊に金属アレルギーのある患者に対しても使用することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、図面を参照してこの発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0019】
図1に示すように、この人工股関節は大腿骨側の骨頭インプラント1と、寛骨臼インプラント2とを具備する。
【0020】
骨頭インプラント1は、人体の大腿骨3の骨髄内に埋設されるステム4と当初別体で形成された後、図2(B)に示すように、骨頭インプラント1の嵌合孔6内にステム4の嵌合突起4aが挿入されることによりステム4と一体化される。嵌合孔6と嵌合突起4aの嵌合面にはテーパが形成され、このテーパの作用により骨頭インプラント1がステム4に強固に固定される。
【0021】
骨頭インプラント1は、チタン材、ステンレス鋼等の所望の金属材料で形成することができるが、望ましくはCo−Cr系合金で形成される。
【0022】
図1及び図2(A)に示すように、寛骨臼インプラント2は、上記骨頭インプラント1が嵌まり込み得るカップ状に形成される。この寛骨臼インプラント2は、図示しない人体の寛骨臼内に埋設固定される。
【0023】
寛骨臼インプラント2は、骨頭インプラント1と同様に、チタン材、ステンレス鋼等の所望の金属材料で形成することができるが、望ましくはCo−Cr系合金で形成される。
【0024】
上述したように骨頭インプラント1と寛骨臼インプラント2は各々全体が金属で形成されるが、両インプラント1,2の互いに擦れ合う摺動部のみ金属で形成し、他部分は他の材料で形成することも可能である。
【0025】
上記骨頭インプラント1と上記寛骨臼インプラント2の互いに擦れ合う表面、すなわち各々の摺動部の表面には、図1及び図2(A)(B)に示すように、DLC膜1a,2aが形成される。
【0026】
各DLC膜1a,2aは、炭化水素ガス及び有機シリコンガスの混合ガスのプラズマを使用し、炭化水素ガスのガス種とイオン注入電圧を変化させて、イオン注入及びCVDの複合プロセスにより形成される。これにより、密着性の改善と残留応力の緩和が行われた各DLC膜1a,2aが、骨頭インプラント1と寛骨臼インプラント2の摺動部の金属表面に成膜される。
【0027】
なお、混合ガス中のシリコンは、同様の効果が得られるチタンなど他の物質に変更しても良い。
【0028】
骨頭インプラント1の摺動部の金属表面にDLC膜1aを形成するための具体的な処理装置は図3に示される。
【0029】
図3において、符号7は被コーティングインプラントのホルダを示し、このホルダ7に被処理物である骨頭インプラント1が一個ないし複数個保持される。ホルダ7はチャンバ8内に収納される。ホルダ7内の骨頭インプラント1にはプラズマ生成用の高周波パルス電源9とイオン注入の為の負の高電圧パルス電源10と電源相互の干渉防止回路11を介してチャンバ8外から給電されるようになっている。チャンバ8には炭化水素ガスとシリコンガスを夫々チャンバ内に供給するための管路12,13が連結されている。
【0030】
次に、上記処理装置により骨頭インプラント1の表面にDLC膜1aを成膜する方法について述べる。
【0031】
(1)まず、骨頭インプラント1をホルダ7に取り付け、チャンバ8内を真空引きし(真空排気系は図示せず)、原料ガス供給弁12a,13aを開けて管路12,13から炭化水素ガスと有機シリコンガスをチャンバ8内に導入する。
【0032】
(2)プラズマ発生用の高周波パルス電源9よりアンテナであるホルダ7及び骨頭インプラント1に高周波電圧を印加して、その近傍をプラズマ状態とする。
【0033】
(3)負の高電圧パルス発生電源10より、負の高電圧パルスを干渉防止回路11を介して骨頭インプラント1に加え、骨頭インプラント1の金属表面の全周に+イオンによるイオン誘引・注入を行う。
【0034】
これにより、骨頭インプラント1の金属表面の全周にプラズマ中からイオンが注入され、金属表面にシリコンと炭素の傾斜ミキシング層(図示せず)が形成される。同時にCVDによる成膜も行われるが、有機シリコンと炭化水素の適切な混合ガス種によりイオン注入とCVDによる成膜と膜質のコントロールが可能である。
【0035】
傾斜ミキシング層とは、各元素の存在比が傾斜的に変化する層のことであり、ここでは骨頭インプラント(Co−Cr合金)1にシリコンおよびカーボンイオンを注入することから、骨頭インプラント1の表面に近い領域ではカーボンの存在比が大きく、高エネルギーのイオンのみ深部(数10ナノメートル〜100ナノメートル)へ到達できることから、深部に行くに従い、シリコンないしカーボンの存在比は小さくなる。この存在比が傾斜した層では骨頭インプラント1の金属とシリコンとカーボンが混ざり合った状態で対象元素の存在比が傾斜している。
【0036】
(4)その後、成膜速度の大きな炭化水素ガスを用いて骨頭インプラント1の表面にDLC膜1aを成膜する。このプロセスにおいてもイオン注入が行われているため、成膜されるDLC膜1aの残留応力が緩和される。
【0037】
なお、上記イオンを骨頭インプラント1に誘引・注入する工程と、CVD法により骨頭インプラント1の表面にDLC膜1aを成膜する工程とは別個のチャンバにおいて行うことも可能であるが、この実施の形態では同じチャンバ8内で行っている。このように二つの工程を同じチャンバ8で真空状態を保持しながら連続して実行することによりDLC膜1aの形成を効率的に行うことができ、かつ成膜途上のDLC膜1aを大気にさらすことが無いので信頼性のある高い密着力を得ることが可能になる。
【0038】
かくして骨頭インプラント1の表面に形成されたDLC膜1aは、強固に骨頭インプラント1の金属表面に付着する。また、DLC膜1aの皮膜により骨頭インプラント1の表面の摩擦係数及び被磨耗物の磨耗量は顕著に低減する。
【0039】
寛骨臼インプラント2の摺動部の金属表面にDLC膜2aを形成するための具体的な処理装置は図4に示される。
【0040】
この寛骨臼インプラント2用の処理装置は、被コーティングインプラントである寛骨臼インプラント2を保持するためのホルダ5を有する。寛骨臼インプラント2は、その摺動部における凹状の金属面がチャンバ8内で露出するようにホルダ5に取り付けられる。このホルダ5を除き、この処理装置の他の構成は上記骨頭インプラント1の処理装置と同様であるから、図中同一部分は同一符号をもって示すに止めその詳細な説明は省略する。
【0041】
次に、上記処理装置により寛骨臼インプラント2の摺動部の金属表面にDLC膜2aを成膜する方法について述べる。
【0042】
(1)まず、寛骨臼インプラント2をホルダ5に取り付け、チャンバ8内を真空引きし(真空排気系は図示せず)、原料ガス供給弁12a,13aを開けて管路12,13から炭化水素ガスと有機シリコンガスをチャンバ8内に導入する。
【0043】
(2)プラズマ発生用の高周波パルス電源9よりアンテナであるホルダ5及び寛骨臼インプラント2に高周波電圧を印加して、その近傍をプラズマ状態とする。
【0044】
(3)負の高電圧パルス発生電源10より、負の高電圧パルスを干渉防止回路11を介して寛骨臼インプラント2に加え、寛骨臼インプラント2の凹状金属表面に+イオンによるイオン誘引・注入を行う。
【0045】
これにより、寛骨臼インプラント2の凹状金属表面にプラズマ中からイオンが注入され、金属表面にシリコンと炭素の傾斜ミキシング層(図示せず)が形成される。同時にCVDによる成膜も行われるが、有機シリコンと炭化水素の適切な混合ガス種によりイオン注入とCVDによる成膜と膜質のコントロールが可能である。
【0046】
傾斜ミキシング層とは、各元素の存在比が傾斜的に変化する層のことであり、ここでは寛骨臼インプラント(Co−Cr合金)2にシリコンおよびカーボンイオンを注入することから、寛骨臼インプラント2の表面に近い領域ではカーボンの存在比が大きく、高エネルギーのイオンのみ深部(数10ナノメートル〜100ナノメートル)へ到達できることから、深部に行くに従い、シリコンないしカーボンの存在比は小さくなる。この存在比が傾斜した層では寛骨臼インプラント2の金属とシリコンとカーボンが混ざり合った状態で対象元素の存在比が傾斜している。
【0047】
(4)その後、成膜速度の大きな炭化水素ガスを用いて寛骨臼インプラント2の凹状金属表面にDLC膜2aを成膜する。このプロセスにおいてもイオン注入が行われているため、成膜されるDLC膜2aの残留応力が緩和される。
【0048】
なお、上記イオンを寛骨臼インプラント2に誘引・注入する工程と、CVD法により寛骨臼インプラント2の凹状金属表面にDLC膜2aを成膜する工程とは別個のチャンバにおいて行うことも可能であるが、この実施の形態では同じチャンバ8内で行っている。このように二つの工程を同じチャンバ8で真空状態を保持しながら連続して実行することによりDLC膜2aの形成を効率的に行うことができ、かつ成膜途上のDLC膜2aを大気にさらすことが無いので信頼性のある高い密着力を得ることが可能になる。
【0049】
かくして寛骨臼インプラント2の凹状金属表面に形成されたDLC膜2aは、強固に寛骨臼インプラント2の金属表面に付着する。また、DLC膜2aの皮膜により寛骨臼インプラント2の摺動部である金属表面の摩擦係数及び被磨耗物の磨耗量は顕著に低減する。
【0050】
<実施例>
上記処理装置によるDLC膜の成膜方法の具体例について述べる。
【0051】
(1)骨頭インプラント1と寛骨臼インプラント2を各処理装置のホルダ7、5に夫々取り付け、アルゴンメタン混合プラズマによるスパッタクリーニングを行う。
【0052】
(2)次に、有機シリコンガスとメタンの適切な混合ガスのプラズマを用い、イオン注入電圧を−20kVと高くして、シリコンとカーボンイオンを注入する。メタンプラズマでは、イオン注入が支配的で堆積はほとんどない。これにより、Cを骨頭インプラント1と寛骨臼インプラント2に夫々埋め込みアンカー効果を作用させる。骨頭インプラント1と寛骨臼インプラント2の各摺動部の表面層と界面ミキシング層にはSiが分散して混入される。Siの存在により、SiとCあるいは、Siと骨頭インプラント1及び寛骨臼インプラント2の元素の間でそれぞれ化学反応が起こると推測される。もちろん、Cイオンの注入によっても骨頭インプラント1及び寛骨臼インプラント2の各元素とCの化学反応が起こり得る。高いエネルギーのSiイオンがあると化学反応がより促進されると考えられる。
【0053】
(3)有機シリコンガスとアセチレンの混合ガスのプラズマを用い、イオン注入電圧−20kVとすると、上記(2)の場合と同様に、SiとCの堆積が生じる。これにより、骨頭インプラント1及び寛骨臼インプラント2とDLC膜の界面にCの傾斜ミキシング層が形成される。
【0054】
(4)最後に、成膜速度がアセチレンに比べて5〜10倍大きいトルエンプラズマを用いて、高速成膜を行う。このプロセスでも5〜10kVのイオン注入を行って、各DLC膜1a,2aの残留応力を緩和する。このように、炭化水素ガスのガス種とイオン注入電圧を変化させることにより、DLC膜1a,2aの骨頭インプラント1及び寛骨臼インプラント2に対する密着性の改善とDLC膜1a,2aの残留応力の緩和が達成される。
【0055】
本発明により形成されたDLC膜1a,2aの性能は次に述べる実験結果から明らかとなる。
【0056】
<実験例1>
上記骨頭インプラント1及び寛骨臼インプラント2における各DLC膜1a,2aの接着強度についての試験結果について述べる。
【0057】
Co−Cr系合金の棒状の試験片を複数本用意し、第一の試験片のCo−Cr系合金端面にCVD法によりDLC膜を形成し、第二の試験片のCo−Cr系合金端面に炭化水素ガスのみを用いた炭素イオン注入と傾斜ミキシング層を形成したうえでDLC膜を形成し、第三の試験片のCo−Cr系合金端面に上記本発明の方法によりDLC膜を形成した。また、上記第一、第二及び第三の各試験片に接続するSUS304試験片を用意し、各試験片のSUS304端面にエポキシ系接着剤を塗布した。
【0058】
図5(A)に示すように上記第一、第二及び第三の各試験片14a,14b,14cのDLC膜15a,15b,15cに相手の試験片16を上記エポキシ系接着剤17で接着した後、引張試験機により同図(B)に示すように引張試験を行った。
【0059】
この試験の結果、同図(C)に示すように、第一と第二の試験片14a,14bのDLC膜15a,15bは、第一と第二の試験片14a,14bのSUS304端面から剥がれ相手方の試験片16にエポキシ系接着剤17に接着したまま移動した。分断時の引張力は第一の試験片14aの場合は約0.4MPa、第二の試験片14bの場合は約3MPaであった。第三の試験片14cのDLC膜15cは、同図(D)に示すように第三の試験片14c側に残留し、相手方の試験片16のエポキシ系接着剤17が第三の試験片14c側に移動した。分断時の引張力は約79MPaであった。
【0060】
<実験例2>
上記骨頭インプラント1と寛骨臼インプラント2の摺動部間の耐磨耗性についての試験結果について述べる。
【0061】
SKH51(高速度鋼)製のディスク状の試験片を複数個用意し、第一の試験片ではDLCの成膜処理を行わず、第二、第三の試験片ではSKH51表面に本発明と同様にしてDLC膜を形成した。
【0062】
また、SUS440C製9.5mmφのボールを複数個用意し、第一のボールではSKH51表面に本発明と同様にしてDLC膜を形成し、第二のボールではDLCの成膜処理を行わず、第三のボールではSKH51表面に本発明と同様にしてDLC膜を形成した。
【0063】
図6に示すように、ボール・オン・ディスク磨耗試験機の試料台に第一の試験片(ただし、図6では便宜上第二、第三の試験片が図示してある。)を固定し、試料台を10mm/minの速度で往復直線運動を繰り返した。このとき、往路ではボールへの荷重を10gから1000gまで直線的に増大させ、復路では荷重を1000gから10gに減少させた。摩擦係数(Friction coefficient)は、往路における荷重500g時の値を算出して測定値とした。
【0064】
同様な試験を第二の試験片(DLC)に対し第二のボール(Metal)を用いて行い、また、第三の試験片(DLC)に対し第三のボール(DLC)を用いて行った。
【0065】
この試験の結果を示す図7から明らかなように、DLC- Metal、Metal- DLCの場合に比べ、DLC-DLCの場合は摩擦係数が顕著に低減している。
【0066】
<実験例3>
上記骨頭インプラント1及び寛骨臼インプラント2におけるDLC膜5の残留応力について、図8に示す片持ち梁法による試験を行った。
【0067】
短冊状の石英基板(0.5mm厚さ×5mm幅×25mm長さ)の一端をSi基板に固定した試験片を複数個用意し、第一の試験片にDLCの成膜処理を行い、第二の試験片には炭素イオン注入と傾斜ミキシング層を形成したうえでDLC膜を形成し、第三の試験片には本発明の方法によりDLC膜を形成した。
【0068】
次のStoneyの式により、各試験片の残留応力σを求めた。また、上記実験例1における接着強度の測定結果との相関関係について検討した。
【0069】
σ=E・b2・δ/(3・(1−ν)・L2・d)
ただし、Eは基板のヤング率、bは基板の厚さ、δは変位、νは基板のポアソン比、Lは基板の長さ、dはDLC膜の膜厚をそれぞれ表す。
【0070】
図9に示すように、第一の試験片では残留応力が負の値であり膜の破壊原因となる引張応力が膜に作用しているため膜が破壊し易いことが確認され、基材との接着強度も低くインプラントとしては不適格であった。また、炭化水素ガスのみを用いたイオン注入と成膜とを行った第二の試験片では、残留応力が正の値であり膜には圧縮応力が作用していることから、破壊し難い膜が形成されているが、基材との接着強度が低くインプラントとしては満足の行くものではなかった。第三の試験片すなわち本発明によれば、残留応力が正の値であり膜には圧縮応力が作用していることから、破壊し難い膜が形成されており、かつ基材との接着強度が増大した。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明に係る人工股関節の全体の説明図である。
【図2】(A)は図1中、寛骨臼インプラントの断面図、(B)は図1中、骨頭インプラントの断面図である。
【図3】人工股関節の骨頭にDLC膜を形成するための装置の概念図である。
【図4】人工股関節の寛骨臼にDLC膜を形成するための装置の概念図である。
【図5】人工股関節のDLC膜の接着強度試験を示し、(A)は一方の試験片のDLC膜に他方の試験片を接着する前の状態を示す斜視図、(B)は接着後の状態を示す斜視図、(C)はDLC膜が試験片から剥がれた状態を示す斜視図、(D)は接着剤が試験片から剥がれた状態を示す斜視図である。
【図6】人工股関節のDLC膜に関し使用する磨耗試験機の概念図である。
【図7】磨耗試験の結果を示すグラフである。
【図8】残留応力試験の説明図である。
【図9】残留応力試験の結果を示すグラフであり、残留応力とDLC膜の接着強度との関係を示す。
【符号の説明】
【0072】
1…骨頭インプラント
2…寛骨臼インプラント
1a,2a…DLC膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化水素ガス及び有機シリコンガスの混合ガスのプラズマを使用し、炭化水素ガスのガス種とイオン注入電圧とを変化させるイオン注入及びCVDの複合プロセスが、少なくとも摺動部が金属で形成された人工股関節の骨頭インプラントと寛骨臼インプラントに対して実施されることにより、各々の摺動部の表面にDLC膜が成膜されたことを特徴とする人工股関節。
【請求項2】
請求項1に記載の人工股関節において、骨頭インプラントと寛骨臼インプラントの少なくとも摺動部に使用される金属がCo−Cr系合金であることを特徴とする人工股関節。
【請求項3】
請求項1に記載の人工股関節において、骨頭インプラントと寛骨臼インプラントの少なくとも摺動部に使用される金属がTi−Ti系合金であることを特徴とする人工股関節。
【請求項4】
炭化水素ガス及び有機シリコンガスの混合ガスのプラズマを使用し、炭化水素ガスのガス種とイオン注入電圧とを変化させた、イオン注入及びCVDの複合プロセスを、少なくとも摺動部が金属で形成された人工股関節の骨頭インプラントと寛骨臼インプラントに対して実施することにより、各々の摺動部の表面にDLC膜を成膜することを特徴とする人工股関節の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の人工股関節の製造方法において、骨頭インプラントと寛骨臼インプラントの少なくとも摺動部に使用される金属をCo−Cr系合金とすることを特徴とする人工股関節の製造方法。
【請求項6】
請求項4に記載の人工股関節の製造方法において、骨頭インプラントと寛骨臼インプラントの少なくとも摺動部に使用される金属をTi−Ti系合金とすることを特徴とする人工股関節の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−106485(P2009−106485A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−281343(P2007−281343)
【出願日】平成19年10月30日(2007.10.30)
【出願人】(000193612)瑞穂医科工業株式会社 (53)
【Fターム(参考)】