説明

剛性同定装置およびそれを備えたモータ制御装置

【課題】 非剛性パラメータが分からない場合にも、微小動作のみで負荷が低剛性に連結したモータの剛性を高精度に同定することができる剛性同定装置およびそれを備えたモータ制御装置を提供する。
【解決手段】 剛性同定器107が、トルク指令とモータ位置との乗算値である位置トルク指令乗算値を算出する位置トルク指令乗算器108と、モータ位置の振幅であるモータ位置振幅を算出する位置振幅演算器109と、前記位置トルク指令乗算値と前記モータ位置振幅に基づいて剛性同定値を算出して出力する剛性演算器110と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負荷が低剛性に連結したモータの剛性を同定する剛性同定装置およびそれを備えたモータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の剛性同定装置は、ハンマによりロボットに同定用入力信号を入力し、その加速度を周波数解析した結果と既知の非剛性パラメータを用いてロボットの剛性を同定している(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
図4は、従来の剛性同定装置である。図において、401はハンマ、402はロボット、403はセンサ、404は周波数解析部、405はメモリ、406は同定部である。ハンマ401によりロボット402に同定用入力信号を入力する。ロボット402の加速度をセンサ403が検出し出力する。周波数解析部404は前記加速度を入力し解析結果を出力する。メモリ405は慣性モーメントや粘性摩擦など既知の非剛性パラメータを出力する。同定部406は前記解析結果と前記非剛性パラメータを入力し、ロボット402の減速機の剛性である剛性パラメータを算出し出力する。
【0004】
このように、従来の剛性同定装置は、ハンマによりロボットに同定用入力信号を入力し、その加速度を周波数解析した結果と既知の非剛性パラメータを用いてロボットの剛性を同定するのである。
【特許文献1】特開平09−123077号公報(第5−7頁、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の剛性同定装置は、同定用入力信号を入力したときの周波数解析結果と既知の非剛性パラメータを用いて剛性同定する構成となっていて、別途用意された既知である、ロボットの各リンクの慣性モーメントおよび粘性摩擦などの非剛性パラメータが正確に分かっていないと、剛性同定が正確に実施できない問題があった。また、ロボットに大きな動作をさせずにその剛性を同定したい場合に、小さな動作のみでは剛性を同定できない問題もあった。
本発明はこのような問題点に鑑みてなされたものであり、非剛性パラメータが分からない場合にも、微小動作のみで負荷が低剛性に連結したモータの剛性を高精度に同定することができる剛性同定装置およびそれを備えたモータ制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記問題を解決するため、本発明は、次のように構成したのである。
【0007】
請求項1記載の発明は、位置指令あるいは速度指令に基づいてモータを駆動し、かつ、トルク指令とモータ位置に基づいて負荷が連結した前記モータである制御対象の剛性同定値を算出して出力する剛性同定器を備えた剛性同定装置において、前記位置指令あるいは前記速度指令を、周期的信号として前記モータを駆動し、前記負荷の位置振幅を、前記モータ位置の振幅より小さくするようにしたものである。
【0008】
また、請求項2記載の発明は、請求項1記載における前記剛性同定器が、前記トルク指令と前記モータ位置との乗算値である位置トルク指令乗算値を算出する位置トルク指令乗算器と、前記モータ位置の振幅であるモータ位置振幅を算出する位置振幅演算器と、前記位置トルク指令乗算値と前記モータ位置振幅に基づいて、前記剛性同定値を算出して出力する剛性演算器と、を備えるものである。
【0009】
また、請求項3記載の発明は、請求項1記載における前記周期的信号が、特定の周波数および振幅をもつ正弦波信号であるものである。
【0010】
また、請求項4記載の発明は、請求項1記載における前記位置指令あるいは前記速度指令の振幅は、前記モータ位置の振幅が前記負荷の可動範囲より小さくなるものである。
【0011】
また、請求項5記載の発明は、請求項1記載における前記剛性演算器が、前記トルク指令の基本周波数成分と前記モータ位置の基本周波数成分との乗算値の1周期間平均値に基づいて、前記剛性同定値を算出するものである。
【0012】
また、請求項6記載の発明は、前記モータへの給電を制御するモータ制御装置であって、請求項1乃至5記載の剛性同定装置を備えるものである。
【発明の効果】
【0013】
請求項1乃至4記載の発明によると、非剛性パラメータが分からない場合にも、負荷が低剛性に連結したモータの剛性を微小動作のみで、一定トルク外乱、ノイズ、非線形ダイナミクス、過渡応答などの影響をほとんど受けることなく、高精度に短時間に同定することができる。また、任意の周期的指令を用いて、負荷が低剛性に連結したモータの剛性を微小動作のみで、一定トルク外乱、ノイズ、非線形ダイナミクス、過渡応答などの影響をほとんど受けることなく、高精度に短時間に同定することができる。
【0014】
また、請求項5記載の発明によると、非剛性パラメータが分からない場合にも、任意の周期的指令を用いて、負荷が低剛性に連結したモータの剛性を微小動作のみで、一定トルク外乱、ノイズ、非線形ダイナミクス、過渡応答などの影響をほとんど受けることなく、高精度に短時間に同定することができる。
【0015】
また、請求項6記載の発明によると、非剛性パラメータが分からない場合にも、任意の周期的指令を用いて、負荷が低剛性に連結したモータの剛性を微小動作のみで、一定トルク外乱、ノイズ、非線形ダイナミクス、過渡応答などの影響をほとんど受けることなく、高精度に短時間に同定することができる剛性同定装置を備えるため、その剛性同定値に基づいて高精度で応答性の高い、モータ制御をすることができる。また、制御ゲイン調整等にかかる時間の短縮を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。
【実施例1】
【0017】
図1は、本発明の第1実施例を示す速度制御に基づいた剛性同定装置である。図において、101は速度指令発生器、102は速度制御器、103はトルク制御器、104は制御対象、105は位置検出器、106は微分器、107は剛性同定器、108は位置トルク指令乗算器、109は位置振幅演算器、110は剛性演算器である。
【0018】
速度指令発生器101は、速度指令を出力する。速度制御器102は、前記速度指令とモータ速度を入力しトルク指令を出力する。トルク制御器103は、前記トルク指令を入力しモータ駆動信号を出力する。制御対象104は、前記モータ駆動信号により駆動され、モータ位置は、位置検出器105が検出し出力する。微分器106は、前記モータ位置を入力し前記モータ速度を出力する。
【0019】
剛性同定器107は、前記トルク指令と前記モータ位置を入力し剛性同定値を算出し出力する。剛性同定器107において、位置トルク指令乗算器108は、前記トルク指令と前記モータ位置を入力し、その乗算値である位置トルク指令乗算値を出力する。位置振幅演算器109は、前記モータ位置を入力し、その振幅であるモータ位置振幅を出力する。剛性演算器110は、前記位置トルク指令乗算値と前記モータ位置振幅を入力し、制御対象104の剛性である前記剛性同定値を算出し出力する。
本発明が従来技術と異なる部分は、位置トルク指令乗算器108と位置振幅演算器109と剛性演算器110とを有する、剛性同定器107を備えた部分であり、センサや別途用意された既知である非剛性パラメータを用いずに、微小動作のみで負荷が低剛性に連結したモータの剛性を高精度に同定するものである。
【0020】
以下、剛性同定器107が、剛性同定値を算出する仕組みを説明する。
【0021】
制御対象104は、負荷が低剛性にモータに連結したものとし、モータ慣性モーメントをJm、負荷慣性モーメントをJl、モータ粘性摩擦をD、負荷粘性摩擦をcl、前記モータと前記負荷との間の剛性であるモータ負荷間剛性をk、前記モータと前記負荷との間の粘性摩擦であるモータ負荷間粘性摩擦をc、トルク指令をTref、モータ位置をθm、負荷位置をθl、一定トルク外乱をwとすると、トルク制御器103、制御対象104、位置検出器105を含む開ループ系の運動方程式は式(1)、式(2)と表される。
【0022】
【数1】


【数2】

【0023】
以下の(8)式までの同定式導出において、前記速度指令は速度指令周波数ωの周期的な信号である正弦波とし、モータ位置θm、負荷位置θl、トルク指令Trefは、その周波数成分のうち周波数ωにおけるものである基本周波数成分のみを考える。前記速度指令周波数を前記開ループ系の固有周波数より十分に大きくなるように設定した場合、θl<<θmの関係が成り立ち、式(1)は式(3)と近似できる。
【0024】
【数3】

【0025】
定常状態において前記モータ位置は式(4)と表される。
【0026】
【数4】

【0027】
ただし、Aはモータ位置振幅、ωは速度指令周波数である。式(4)を式(3)に代入するとトルク指令Trefは式(5)で表される。
【0028】
【数5】

【0029】
モータ位置θmとトルク指令Trefの乗算値である位置トルク指令乗算値は式(4)、式(5)より式(6)と求められる。
【0030】
【数6】

【0031】
式(6)の1周期間平均値は、式(6)における定数項となり、式(7)で表される。ここで1周期間平均値とは、1周期間の時間平均値である。
【0032】
【数7】

【0033】
ただし、バーは1周期間平均値を示す。式(7)を書き換えると式(8)を得る。
【0034】
【数8】

【0035】
剛性演算器110は、式(8)により前記剛性同定値を算出する。式(8)は負荷慣性モーメントJlを含まないので、負荷慣性モーメントJlがわからなくても前記剛性同定値を算出できる。また、式(8)はトルク指令Trefとモータ位置θmを用いるので、任意の線形制御を用いた場合に適用できる。例えば、速度制御器102をP、PI、I−P、PID制御としても良い。
【0036】
また、トルク指令Trefおよびモータ位置θmの基本周波数成分を用いるので、速度指令周波数以外の周波数成分を持つ外乱とノイズおよび重力などによる一定トルク外乱の影響を抑制し、定常状態を待つことなく短時間に剛性同定値を算出することができる。
【実施例2】
【0037】
図2は、本発明の第2実施例を示す位置制御に基づいた剛性同定装置である。図において、102は速度制御器、103はトルク制御器、104は制御対象、105は位置検出器、106は微分器、107は剛性同定器、108は位置トルク指令乗算器、109は位置振幅演算器、110は剛性演算器、201は位置指令発生器、202は位置制御器である。
【0038】
位置指令発生器201は、位置指令を出力する。位置制御器202は、前記位置指令とモータ位置を入力し速度指令を出力する。速度制御器102は、前記速度指令とモータ速度を入力しトルク指令を出力する。トルク制御器103は、前記トルク指令を入力しモータ駆動信号を出力する。制御対象104は、前記モータ駆動信号により駆動され前記モータ位置は位置検出器105が検出し出力する。微分器106は、前記モータ位置を入力し前記モータ速度を出力する。剛性同定器107は、前記トルク指令と前記モータ位置を入力し剛性同定値を算出し出力する。
【0039】
なお、第1実施例と第2実施例とでは、速度制御に基づくものであるか位置制御に基づくものであるかの部分で異なり、それぞれ用いる剛性同定器107の構成は同じであるので、ここではその詳細な説明を省略する。また、各指令発生器から出力される指令が、速度指令であるか位置指令であるかの部分で異なるが、剛性同定器107はトルク指令とモータ位置に基づいて剛性同定値を算出する点で同じであるため、前述した(8)式までの同定式の導出は同じであり、第1実施例と第2実施例とに適用できる。
【0040】
以下、本実施例のシミュレーション結果を示す。
【0041】
本シミュレーションに用いた数値は次の通りである。
Jm=2.09×10^−4[kg・m^2]、Jl=1.90×10^−4[kg・m^2]、D=0.01[N・m・s/rad]、cl=0.01[N・m・s/rad]、c=0.001[N・m・s/rad]、ωn=20(2π)[rad/s]、Kp=40 [s^−1]、Kv=40(2π) [s^−1]、Kvj=Kv・Jm、Ti=0.020 [s]、 r0=0.1 [rad]、ω=80(2π)[rad/s]、Trat=1.27 [N・m]
ただし、位置制御器202をP制御、速度制御器102をPI制御とし、ωnは負荷の固有周波数、Kpは位置比例制御ゲイン、Kvは正規化速度比例制御ゲイン、Kvjは速度比例制御ゲイン、Tiは速度制御積分時間、r0は位置指令振幅、Tratは定格トルクとする。また、剛性真値k*は、負荷の固有周波数ωnを用いてk*=ωn^2*Jlと表される。
なお、シミュレーションに用いたこれら数値は、実機への適用に即したものであり、本発明を実機へ適用した場合においても、このシミュレーション結果に相当する効果を奏するものである。
【0042】
図3は、本発明の第2実施例を示す一定トルク外乱を変化させた場合の剛性同定結果である。図において、剛性同定誤差ek(%)は、剛性同定値kと剛性真値k*を用いて式(9)により算出した。
【0043】
【数9】

(9)
【0044】
一定トルク外乱定格トルク比w/Tratを0%から50%まで変化させた場合、式(9)により算出した剛性同定誤差は5%以下であり、本発明によると一定トルク外乱の影響を受けず、高精度の剛性同定が実施できることがわかる。
【0045】
また、この場合、モータ位置振幅Aは、常に0.004rad程度(17bit位置検出器で80pulse程度)であり、トルク指令振幅は、定格トルクTratの20%程度であった。(図示しない)従って、可動範囲の限定された負荷の連結したモータの剛性同定にも応用でき、また負荷慣性モーメントがより大きな場合にも応用できることがわかる。
【0046】
また、この場合、負荷位置振幅のモータ位置振幅に対する比は、10%以下であった(図示しない)ので、式(3)の導出に用いた仮定θl<<θmが成り立っていることが分かる。
【0047】
また、式(8)は、トルク指令Trefとモータ位置θmを用いるので、任意の線形制御を用いた場合に適用できる。例えば、位置制御器202および速度制御器102をP、PI、I−P、PID制御としても良い。
【0048】
このように、トルク指令とモータ位置を入力し位置トルク指令乗算値を出力する位置トルク指令乗算器と、前記モータ位置を入力しモータ位置振幅を出力する位置振幅演算器と、前記位置トルク指令乗算値と前記モータ位置振幅を入力し剛性同定値を算出し出力する剛性演算器を備える構成をしているので、位置指令と異なる周波数成分を持つ外乱、ノイズおよび重力などによる一定トルク外乱の影響を抑制し、負荷慣性モーメントがわからない場合にも、負荷の連結したモータの剛性を高精度に同定することができ、前記剛性同定値を用いて高精度の制御を実施できる。
なお、速度指令発生器101あるいは位置指令発生器201から発生する、速度指令あるいは位置指令の周波数および振幅は、負荷位置振幅がモータ位置振幅より十分に小さくなるように、たとえば、負荷位置振幅がモータ位置振幅の10%となるように設定すればよい。
【産業上の利用可能性】
【0049】
負荷が低剛性に連結したモータの剛性を微小動作のみで同定することができるので、半導体製造装置、産業用ロボットなどの一般産業用機械の制御ゲイン自動調整に広く適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の第1実施例を示す速度制御に基づいた剛性同定装置
【図2】本発明の第2実施例を示す位置制御に基づいた剛性同定装置
【図3】本発明の第2実施例を示す一定トルク外乱を変化させた場合の剛性同定結果
【図4】従来の剛性同定装置
【符号の説明】
【0051】
101 速度指令発生器
102 速度制御器
103 トルク制御器
104 制御対象
105 位置検出器
106 微分器
107 剛性同定器
108 位置トルク指令乗算器
109 位置振幅演算器
110 剛性演算器
201 位置指令発生器
202 位置制御器
401 ハンマ
402 ロボット
403 センサ
404 周波数解析部
405 メモリ
406 同定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
位置指令あるいは速度指令に基づいてモータを駆動し、かつ、トルク指令とモータ位置に基づいて負荷が連結した前記モータである制御対象の剛性同定値を算出して出力する剛性同定器を備えた剛性同定装置において、
前記位置指令あるいは前記速度指令を周期的信号として前記モータを駆動し、
前記負荷の位置振幅を前記モータ位置の振幅より小さくするようにしたことを特徴とする剛性同定装置。
【請求項2】
前記剛性同定器が、前記トルク指令と前記モータ位置との乗算値である位置トルク指令乗算値を算出する位置トルク指令乗算器と、
前記モータ位置の振幅であるモータ位置振幅を算出する位置振幅演算器と、
前記位置トルク指令乗算値と前記モータ位置振幅に基づいて、前記剛性同定値を算出して出力する剛性演算器と、を備えることを特徴とする請求項1記載の剛性同定装置。
【請求項3】
前記周期的信号が、特定の周波数および振幅をもつ正弦波信号であることを特徴とする請求項1記載の剛性同定装置。
【請求項4】
前記位置指令あるいは前記速度指令の振幅は、前記モータ位置の振幅が前記負荷の可動範囲より小さくなるものであることを特徴とする請求項1記載の剛性同定装置。
【請求項5】
前記剛性演算器が、前記トルク指令の基本周波数成分と前記モータ位置の基本周波数成分との乗算値の1周期間平均値に基づいて、前記剛性同定値を算出することを特徴とする請求項1記載の剛性同定装置。
【請求項6】
前記モータへの給電を制御するモータ制御装置であって、請求項1乃至5記載の剛性同定装置を備えることを特徴とするモータ制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−59426(P2008−59426A)
【公開日】平成20年3月13日(2008.3.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−237457(P2006−237457)
【出願日】平成18年9月1日(2006.9.1)
【出願人】(000006622)株式会社安川電機 (2,482)
【Fターム(参考)】