説明

動圧軸受装置

【課題】 ハウジングへの蓋部材の組み付けを能率良くかつ高精度に行う。
【解決手段】 軸部材2のフランジ部2bの下側端面2b2との間にスラスト軸受隙間を形成するスラスト受け面11aを有する蓋部材10に、スリーブ部材8の下側端面8cと当接する当接面12aを形成し、かつ蓋部材10の外周面10aとこれに対向するハウジング7の内周面7aとの間に接着剤溜りC1を形成すると共に、接着剤溜りC1の上端側(軸受内部側)で接着剤溜りC1と隣接して、接着剤溜りC1よりも径方向隙間を狭めた接着隙間C4を形成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受隙間に生じる流体の動圧作用により圧力を発生させて軸部材を非接触支持する動圧軸受装置に関するものである。この軸受装置は、情報機器、例えばHDD等の磁気ディスク装置、CD−ROM、CD−R/RW、DVD−ROM/RAM等の光ディスク装置、MD、MO等の光磁気ディスク装置等のスピンドルモータ、レーザビームプリンタ(LBP)のポリゴンスキャナモータ、その他の小型モータ用として好適である。
【背景技術】
【0002】
上記各種モータには、高回転精度の他、高速化、低コスト化、低騒音化等が求められている。これらの要求性能を決定づける構成要素の1つに当該モータのスピンドルを支持する軸受があり、近年では、上記要求性能に優れた特性を有する動圧軸受の使用が検討され、あるいは実際に使用されている。
【0003】
例えば、HDD等のディスク駆動装置のスピンドルモータに組み込まれる動圧軸受装置では、軸部材をラジアル方向で支持するラジアル軸受部およびスラスト方向で支持するスラスト軸受部の双方を動圧軸受で構成する場合がある。この種の動圧軸受装置におけるスラスト軸受部としては、軸部材のフランジ部端面と、これに対向する面、例えば軸受部材の開口部を封口する蓋部材の端面(スラスト受け面)との何れか一方に例えば動圧溝などの動圧発生部を形成すると共に、両端面間にスラスト軸受隙間を形成するものが知られている(例えば、特許文献1参照)。また、蓋部材はプレート状をなし、軸受部材の一端開口部に、例えば接着等の手段によって固定される(例えば、特許文献2参照)。
【特許文献1】特開2003−239951号公報
【特許文献2】特開2003−343562号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
蓋部材を軸受部材に接着固定する際、通常は、蓋部材を軸受部材の一端開口部に圧入して仮固定した後、両部材間の径方向隙間に接着剤を供給している。
【0005】
ところで、特許文献1や2に記載された構造では、軸受部材に対する蓋部材の軸方向位置がスラスト軸受隙間の幅寸法精度を決定づける。そのため、蓋部材を軸受部材の開口部に仮固定する際には、蓋部材の仮固定位置を治具等を用いて精度良く管理する必要があり、工程が複雑化する。
【0006】
そこで、本発明では、軸受部材への蓋部材の組み付けを能率良くかつ高精度に行うことのできる動圧軸受装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明に係る動圧軸受装置は、軸受部材と、軸受部材の内周に挿入され、軸受部材との間で相対回転する軸部材と、スラスト軸受隙間に生じる流体の動圧作用で圧力を発生させて軸部材をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部と、軸受部材の一端に接着固定され、かつ軸部材の端面との間にスラスト軸受隙間を形成するスラスト受け面を有する蓋部材とを備えた動圧軸受装置において、蓋部材に、スラスト受け面との間に軸方向の段差を有し、かつ軸受部材と軸方向で当接する当接面が設けられると共に、蓋部材とこれに対向する軸受部材との間に接着剤溜りが形成され、接着剤溜りに隣接して、接着剤溜りよりも径方向隙間を狭めた接着隙間が形成されることを特徴とする。
【0008】
上述のように、本発明では、蓋部材に、軸部材の端面との間でスラスト軸受隙間を形成するスラスト受け面に対して軸方向の段差を有する当接面を設け、この当接面を軸受部材に軸方向で当接させている。従って、蓋部材の軸受部材への組付け時には、位置決め用の治具を用いることなく、当接面が軸受部材に当接するまで蓋部材を軸方向に押し進めるだけで、容易に軸受部材に対する蓋部材、さらにはスラスト受け面の軸方向位置決めを行うことができ、高精度のスラスト軸受隙間が形成可能となる。
【0009】
このようにして、蓋部材の軸受部材に対する軸方向の位置決めを行った後、蓋部材とこれに対向する軸受部材との隙間に供給された接着剤により、蓋部材を軸受部材に接着固定する。上記隙間に接着剤を供給する方法としては、例えば予め軸受部材の、蓋部材との対向面に接着剤を塗布してから、蓋部材を軸方向当接位置まで押し込む方法や、軸方向当接位置まで蓋部材を押し込んだ後、軸受外部から上記隙間に接着剤を注入する方法等が考えられる。
【0010】
しかしながら、前者の方法では、蓋部材の押し込みに伴い、塗布済の接着剤がどうしても蓋部材の押込み方向前方に掻き出されるため、接着剤の塗布状態によっては、接着剤が上記隙間に均一に行き届かない可能性がある。後者の方法では、蓋部材とこれに対向する軸受部材との隙間が非常に狭いため、上記隙間の外部開口側から奥側(蓋部材と軸受部材との当接箇所側)にまで接着剤を十分に行き届かせることが難しい。接着剤が均一に充填されないと、両部材間で安定した固定力を得ることができないおそれがある。また、上記隙間に接着剤の未充填箇所があると、そこから軸受内部に充満させた油が軸受外部に漏れ出すおそれがある。
【0011】
そこで、本発明では、蓋部材とこれに対向する軸受部材との間に接着剤溜りを形成し、かつ接着剤溜りに隣接して、接着剤溜りよりも径方向隙間を狭めた接着隙間を形成した。これによれば、一旦接着剤溜りに溜められた接着剤が、例えば毛細管力等の引き込み力によって接着剤溜りよりも狭い接着隙間に引き込まれるため、接着剤を接着隙間に漏れなく均一に行き届かせることができる。これにより、蓋部材と軸部材との間が完全にシールされ、接着剤の未充填箇所から軸受内部の油が外部に漏れ出す事態を避けることができる。また、接着剤が接着隙間に漏れなく均一に充填されることで、両部材間で所要の固定力を安定して得ることができる。また、接着剤溜りに溜められた接着剤は、固化した状態では、蓋部材と軸方向で係合するので、蓋部材の抜止めとしても作用する。
【0012】
接着剤溜りは、例えばテーパ状の空間を介して接着隙間とつなげることができる。これによれば、接着剤溜りから接着隙間への接着剤の流動がよりスムーズに行われるため、より確実に接着隙間を接着剤で充填することが可能となる。
【0013】
接着隙間の開口部には、例えば接着剤を保持する保持空間を形成することができる。これによれば、例えば接着剤の供給量が過剰となり、接着隙間に保持し切れない接着剤が接着隙間の開口部から蓋部材の挿入方向前方(蓋部材と軸受部材との当接部側)に溢れ出ようとする場合、この余剰の接着剤が保持空間で捕捉され、この保持空間に保持される。そのため、溢れ出た接着剤が蓋部材の当接面とこれに当接する軸受部材との間に入り込むのを防ぎ、蓋部材の軸方向位置決めを精度良く行うことができる。また、蓋部材の当接面と当接する軸受部材の当接箇所に、軸受内部での円滑な流体循環を図るための循環溝を形成し、あるいは動圧溝を形成した場合でも、保持空間で余剰の接着剤を保持することで、蓋部材の挿入方向前方に溢れ出た接着剤がこれらの溝を塞ぐ事態を避けることができる。
【0014】
上記保持空間は、例えば接着隙間に向かうにつれて径方向寸法を縮小する形状を採ることもできる。この構成によれば、接着隙間から蓋部材の挿入方向前方(蓋部材と軸受部材との当接部側)へ溢れ出ようとする接着剤が、保持空間に生じる毛細管力により接着隙間側へ引き込まれる。そのため、互いに当接する両部材間に接着剤が侵入するのをより確実に防ぐことができる。
【0015】
蓋部材とこれに対向する軸受部材の間は、例えば接着剤溜りの軸方向一端側に接着隙間が形成され、軸方向他端側に蓋部材と軸受部材の圧入部が設けられた構成とすることができる。あるいは、接着隙間が、接着剤溜りの軸方向両端に形成された構成を採ることもできる。
【0016】
軸受部材は、例えばラジアル軸受隙間に面するスリーブ部材と、スリーブ部材を内周に固定するハウジングとを備えることもできる。この場合、蓋部材の当接面は、スリーブ部材の軸方向端面と当接する。
【0017】
上述の動圧軸受装置は、例えば動圧軸受装置と、ロータマグネットと、ステータコイルとを備えたモータとして提供することが可能である。
【発明の効果】
【0018】
このように、本発明によれば、接着隙間から接着剤が溢れ出るのを抑えて、この種の動圧軸受装置のスラスト軸受隙間を高精度かつ簡易に設定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0020】
図1は、本発明の一実施形態に係る動圧軸受装置1を組込んだ情報機器用スピンドルモータの一構成例を概念的に示している。この情報機器用スピンドルモータは、HDD等のディスク駆動装置に用いられるもので、軸部材2を軸受部材に対して回転自在に非接触支持する動圧軸受装置1と、軸部材2に取付けられたディスクハブ3と、例えば半径方向のギャップを介して対向させたステータコイル4およびロータマグネット5と、ブラケット6とを備えている。ステータコイル4はブラケット6の外周に取付けられ、ロータマグネット5は、ディスクハブ3の内周に取付けられる。また、ブラケット6は、その内周に動圧軸受装置1を装着している。ディスクハブ3は、その外周に磁気ディスク等のディスク状情報記録媒体(以下、単にディスクという。)Dを一枚または複数枚保持している。このように構成された情報機器用スピンドルモータにおいて、ステータコイル4に通電すると、ステータコイル4とロータマグネット5との間の磁力でロータマグネット5が回転し、これに伴って、ディスクハブ3およびディスクハブ3に保持されたディスクDが軸部材2と一体に回転する。
【0021】
図2は、動圧軸受装置1を示している。この動圧軸受装置1は、軸受部材を構成するハウジング7およびスリーブ部材8と、ハウジング7の一端開口部を封口する蓋部材10と、スリーブ部材8の内周に挿入された軸部材2とを主に備えている。なお、説明の便宜上、ハウジング7の一端を封口する蓋部材10の側を下側、蓋部材10と反対の側を上側として以下説明を行う。
【0022】
軸部材2は、例えば、ステンレス鋼等の金属材料で形成され、あるいは、金属材料と樹脂材料とのハイブリッド構造とされ、軸部2aと、軸部2aの下端に一体または別体に設けられたフランジ部2bを備えている。
【0023】
スリーブ部材8は、例えば、銅やアルミ(アルミ合金)等の軟質金属材料、あるいは焼結金属材料で形成されている。この実施形態において、スリーブ部材8は、焼結金属からなる多孔質体、特に銅を主成分とする焼結金属の多孔質体で円筒状に形成され、後述するハウジング7の内周面7aに固定される。
【0024】
スリーブ部材8の内周面8aの全面又は一部円筒領域には、ラジアル動圧発生部としての動圧溝が形成される。この実施形態では、例えば図3(a)に示すへリングボーン形状の動圧溝8a1、8a2が軸方向に離隔して2箇所形成される。上側の動圧溝8a1の形成領域では、動圧溝8a1が、軸方向中心m(上下の傾斜溝間領域の軸方向中央)に対して軸方向非対称に形成されており、軸方向中心mより上側領域の軸方向寸法X1が下側領域の軸方向寸法X2よりも大きくなっている。
【0025】
スリーブ部材8の外周面8bには、1本又は複数本の軸方向溝8b1が軸方向全長に亘って形成される。この実施形態では、3本の軸方向溝8b1を円周方向等間隔に形成している。
【0026】
スリーブ部材8の下側端面8cの全面または一部の環状領域には、スラスト動圧発生部として、例えば図3(b)に示すように、スパイラル形状の動圧溝8c1が形成される。
【0027】
スリーブ部材8の上側端面8dの、径方向の略中央部には、図3(a)に示すように、V字断面の円周溝8d1が全周に亘って形成される。円周溝8d1によって区画された上側端面8dの内径側領域には、一本又は複数本の半径方向溝8d2が形成される。この半径方向溝8d2は、スリーブ部材8をシール部9に軸方向に当接した状態では、図2に示すように、円周溝8d1とスリーブ部材8の内周面8a上端との間を連通する。
【0028】
ハウジング7は、例えば液晶ポリマー(LCP)やポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等をベース樹脂とする樹脂組成物で円筒状に射出成形される。ハウジング7の上端内径側には、図2に示すように、シール部9がハウジング7と一体に形成される。
【0029】
蓋部材10は、図2に示すように、円盤状の底部11の外周部を軸方向に突出させた形態をなし、金属材料、好ましくは黄銅等の軟質金属で一体に形成される。蓋部材10のうち、外周突出部12よりも内径側の底部11の端面には、環状のスラスト受け面11aが形成される。このスラスト受け面11aには、スラスト動圧発生部として、図示は省略するが、スパイラル状の動圧溝が形成される。外周突出部12の軸方向端面は環状の当接面12aであり、スリーブ部材8の下側端面8cとその全周で当接する。
【0030】
蓋部材10の外周面10aには、凹部10bが形成される。凹部10bは、この実施形態では、軸方向略中央部に位置し、環状に形成される。凹部10bによって区画された外周面10aのうち、凹部10bの下方に位置する第1外周面10a1の外径寸法Do1は、蓋部材10を接着固定するハウジング7の内周面7aに比べて若干大径となっている。これに対して、凹部10bの上方に位置する第2外周面10a2の外径寸法Do2は、ハウジング7の内周面7aに比べて若干小径となっている。凹部10bの軸方向両端には、第1外周面10a1および第2外周面10a2にそれぞれ隣接し、かつ両外周面10a1、10a2に向かうにつれて漸次拡径する第1テーパ面10c1、第2テーパ面10c2がそれぞれ形成される。また、第2外周面10a2と当接面12aとの間には、下方に向かうにつれて漸次拡径する第3テーパ面10c3が形成される。
【0031】
蓋部材10は、例えば切削加工等により、蓋部材10を図4に示す形状に粗成形した後、プレス加工により仕上げ成形される。これにより、スラスト受け面11a、当接面12aが最終的な面精度に仕上げられると共に、両面11a、12a間の軸方向段差が最終寸法に仕上げられる。この際、プレス型のスラスト受け面11aの成形部に、スラスト受け面11aの動圧溝形状に対応した溝型を形成しておけば、プレスと同時にスラスト受け面11aに動圧溝を成形することが可能となる。
【0032】
このようにして、蓋部材10のスラスト受け面11aと当接面12aとを、共にプレス加工で成形することで、切削加工等による面仕上げに比べて高精度な仕上げ面を得ることができる。この時、上記両面11a、12aのプレス成形は、共通のプレス型に設けた成形部により同時に行うことができるので、この成形部間の距離を精度良く管理すれば、両面11a、12a間の軸方向段差を高精度に仕上げることができる。プレス加工による面仕上げは、切削加工による面仕上げに比べて、加工時間の短縮化、切粉の発生を抑制することに伴う加工後の洗浄工程の簡略化等のメリットを得ることができるので、コストダウンと共に生産性の向上を図ることもできる。
【0033】
上記手順で製作した蓋部材10は、図2に示すように、スリーブ部材8を、シール部9の下側端面9aと当接する位置でハウジング7の内周面7aに固定した上で、ハウジング7の内周面7aに接着固定される。具体的には、蓋部材10の接着固定は以下の手順で行われる。なお、スリーブ部材8の内周への軸部材2の挿入は、蓋部材10の固定作業前であれば、ハウジング7へのスリーブ部材8の固定前あるいは固定後、どちらの段階で行ってもよい。
【0034】
まず、ハウジング7の内周面7aのうち、蓋部材10の外周面10aとの対向領域に接着剤を塗布する。次いで、ハウジング7の下端開口部に当てがった蓋部材10を、当接面12aがスリーブ部材8の下側端面8cに当接するまで押し進める。このとき、例えば図5に示すように、蓋部材10の凹部10bとこれに対向するハウジング7の内周面7aとの間に接着剤溜りC1が形成される。また、蓋部材10の第3テーパ面10c3とこれに対向するハウジング7の内周面7aとの間に、上方に向けて軸方向寸法が漸次拡大する接着剤の保持空間C2が形成される。
【0035】
凹部10bより下側の第1外周面10a1は、この面に対向するハウジング7の内周面7aに比べて若干大径であるため、上記蓋部材10の押込み時、第1外周面10a1と内周面7aとの間には圧入領域C3が形成される。一方で、凹部10bより上側の第2外周面10a2は、この面に対向するハウジング7の内周面7aに比べて若干小径であるため、上記蓋部材10の押込み時、第2外周面10a2と内周面7aとの間には、接着剤が介在可能な隙間(接着隙間)C4が形成される。
【0036】
蓋部材10の前進に伴って、上記圧入領域C3に面する内周面7aに塗布された接着剤Mが上方に掻き出され、図5に示すように、接着剤溜りC1に溜められる。このとき、接着剤溜りC1上端側の第2テーパ面10c2とハウジング7の内周面7aとの間のテーパ状空間にある接着剤Mは、上方への毛細間力により接着隙間C4へと引き込まれる。このように、予め内周面7aに塗布された接着剤Mに加えて、接着剤溜りC1側の接着剤Mが接着隙間C4に引き込まれることによって、接着隙間C4が接着剤Mで漏れなく均一に充填され、蓋部材10とハウジング7との間が完全にシールされる。また、両部材10、7間で所要の固定力を安定して得ることができる。
【0037】
接着剤Mの内周面7aへの塗布量が過剰な場合には、接着隙間C4から余剰の接着剤Mがスリーブ部材8側へ溢れ出るが、その余剰分は、接着隙間C4の上端部に形成された保持空間C2によって捕捉され、この保持空間C2に保持される。そのため、余剰の接着剤Mがそれ以上軸受内部側(スリーブ部材8側)へ進むことはない。また、この実施形態では、保持空間C2をテーパ状の空間とした(図5参照)ので、テーパ状空間の下方への毛細管力によって接着剤Mが接着隙間C4側に引き込まれる。その結果、接着剤Mがスリーブ部材8側に溢れ出すのを確実に防ぎ、さらには互いに当接する蓋部材10の当接面12aと、スリーブ部材8の下側端面8cとの間に接着剤Mが侵入する事態を避けて、蓋部材10の軸方向位置決めを正確に行うことができる。
【0038】
この実施形態では、下側端面8cに動圧溝8c1が形成されており、当接面12aは、隣接する動圧溝8c1間の山の領域8c2(図3(b)参照)と当接する。このような場合であっても、保持空間C2で接着剤Mの余剰分を保持あるいは接着隙間C4側に引き込むことで、当接面12aと動圧溝8c1の底面8c11との隙間に接着剤Mが侵入するのを防ぐことができる。
【0039】
また、この実施形態では、接着剤溜りC1の下方に圧入領域C3を確保することで、蓋部材10とハウジング7との同軸度が確保され、かつこの圧入領域C3よりも上方(軸受内部側)に接着剤溜りC1を設けることにより、さらなるシール効果を得ることができる。また、接着剤溜りC1に溜まった接着剤Mは、軸方向で蓋部材10と係合して、蓋部材10の抜止めとして作用するので、ハウジング7と蓋部材10との間の固定力をさらに高めることができる。
【0040】
上述のようにして蓋部材10をハウジング7に接着固定した後、ハウジング7の内部空間に潤滑油を充満させることで、動圧軸受装置1が完成する。このとき、シール部9によって密封されたハウジング7の内部空間に充満した潤滑油の油面は、シール部9の内周に形成され、上方に向かうにつれて漸次拡径するテーパ面9bと、軸部材2の軸部2aの外周面2a1との間に形成されたシール空間S内に維持される。
【0041】
上述の如く構成された動圧軸受装置1において、軸部材2を回転させると、スリーブ部材8の内周面8aの動圧溝8a1、8a2の形成領域(上下2箇所)と、これら動圧溝8a1、8a2の形成領域にそれぞれ対向する軸部2aの外周面2a1との間のラジアル軸受隙間に、潤滑油の動圧作用による圧力が発生し、軸部材2の軸部2aがラジアル方向に回転自在に非接触支持される。これにより、軸部材2をラジアル方向に回転自在に非接触支持する第1ラジアル軸受部R1と第2ラジアル軸受部R2とが形成される(図2参照)。また、スリーブ部材8の下側端面8cに形成される動圧溝8c1の形成領域と、この動圧溝8c1の形成領域に対向するフランジ部2bの上側端面(スラスト受け面)2b1との間のスラスト軸受隙間、および蓋部材10のスラスト受け面11aに形成される動圧溝の形成領域と、この領域と対向するフランジ部2bの下側端面(スラスト受け面)2b2との間のスラスト軸受隙間に、潤滑油の動圧作用による圧力がそれぞれ発生し、軸部材2のフランジ部2bが両スラスト方向に回転自在に非接触支持される。これにより、軸部材2をスラスト方向に回転自在に非接触支持する第1スラスト軸受部T1と第2スラスト軸受部T2とが形成される。
【0042】
このように、ハウジング7内を潤滑油で満たした状態で、軸部材2を回転させると、図5に示すように、スリーブ部材8の下側端面8cとフランジ部2bの上側端面2b1との間、およびフランジ部2bの下側端面2b2と蓋部材10のスラスト受け面11aとの間にそれぞれスラスト軸受隙間が形成される。このとき、両スラスト軸受隙間の総和は、蓋部材10のスラスト受け面11aと当接面12aとの間の軸方向段差からフランジ部2bの軸方向幅を減じたものに等しい。すなわち、フランジ部2bの軸方向幅、およびスラスト受け面11aと当接面12aの間の軸方向段差を高精度に設定することにより、組立て時に蓋部材10をスリーブ部材8に当接するまで押し進めるだけで、両スラスト軸受隙間の総和が適正に管理される。
【0043】
また、上述のように、第1ラジアル軸受部R1の動圧溝8a1は、軸方向中心mに対して軸方向非対称(X1>X2)に形成されているため(図3(a)参照)、軸部材2の回転時、動圧溝8a1による潤滑油の引き込み力(ポンピング力)は上側領域が下側領域に比べて相対的に大きくなる。そして、この引き込み力の差圧によって、スリーブ部材8の内周面8aと軸部2aの外周面2a1との間の隙間に満たされた潤滑油が下方に流動し、第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間→動圧溝8c1→軸方向溝8b1→円周溝8d1→半径方向溝8d2という経路を循環して、スリーブ部材8の内周面8aと軸部2aの外周面2a1との間の隙間に戻り、第1ラジアル軸受部R1のラジアル軸受隙間に再び引き込まれる。このように、潤滑油がハウジング7の内部空間を流動循環するように構成することで、軸受内部の圧力バランスが調整される。また、軸受内部空間の潤滑油の好ましくない流れ、例えば潤滑油の圧力が局部的に負圧になる現象を防止して、負圧発生に伴う気泡の生成、気泡の生成に起因する潤滑油の漏れや振動の発生等の問題を解消することができる。また、蓋部材10の固定時、保持空間C2によってスリーブ部材8側に溢れ出ようとする接着剤Mを保持することで、接着剤Mが動圧溝8c1や軸方向溝8b1を塞ぐ事態を避けて、上記循環経路を流れる潤滑油の円滑な流れが阻害されるのを防ぐことができる。
【0044】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明は、この実施形態に限定されるものではない。
【0045】
以上の実施形態では、蓋部材10をハウジング7の下端に圧入接着した場合を説明したが、スリーブ部材8の下側端面8cに当接する当接面12aを備えた蓋部材10で軸方向の位置決めを行うのであれば、特に圧入は必要ない。例えば、蓋部材10をハウジング7にルーズ嵌合した状態で位置決めを行った上で、蓋部材10の外周面10aとハウジング7の内周面7aとの隙間に軸受外部側から接着剤Mを供給する方法を採ることもできる。
【0046】
この場合、蓋部材10の下方に位置する第1外周面10a1の外径寸法Do1は、ハウジング7の内周面7aとの間で圧入領域C3を設ける必要がないため、上側の第2外周面10a2の外径寸法Do2とほぼ同じでよい。そして、蓋部材10を、当接面12aが下側端面8cに当接するまで押し進める。このとき、例えば図6に示すように、接着剤溜りC1と上端側で隣接する接着隙間C4に加えて、接着剤溜りC1と下端側(第1外周面10a1とハウジング7の内周面7aとの間)で隣接する接着隙間C5が形成される。この場合にも、接着剤溜りC1、さらには保持空間C2を設けることで、接着剤Mを接着隙間C4、C5に漏れなく均一に充填できる。また、接着剤Mが供給過多である場合には、余剰の接着剤Mを保持空間C2に保持して、かかる悪影響を回避することができる。
【0047】
また、以上の実施形態では、接着剤の保持空間C2として、蓋部材10の第3テーパ面10c3とハウジング7の内周面7aとの間にテーパ状空間を形成した場合を説明したが、これ以外にも、任意の空間形状を採用することが可能である。接着剤Mを保持可能な空間として、例えば図示は省略するが、当接面12aと第2外周面10a2とをR面を介してつなげた形状とし、このR面と内周面7aとの間に保持空間C2を形成することもできる。また、蓋部材10の側だけでなく、ハウジング7の内周面7aの側にも、保持空間C2を形成するためのテーパ面などを設けることも可能である。
【0048】
また、以上の実施形態では、シール部9を、ハウジング7と一体に形成した場合を説明したが、この他にも、例えば図示は省略するが、シール部9を、ハウジング7とは別体に形成し、後付けでハウジング7に装着することもできる。その場合には、先にスリーブ部材8をハウジング7の内周面7aに位置決め固定してから、次に別体としてのシール部9をハウジング7に固定してもよいし、これとは逆の順に、シール部9をハウジング7に固定した後、スリーブ部材8を固定してもよい。
【0049】
また、以上の実施形態では、スリーブ部材8の内周面8aに動圧溝を形成する場合を説明したが、内周面8aと対向する軸部2aの外周面2a1に動圧溝を形成することもできる。その場合には、スリーブ部材8内周への動圧溝加工が不要となるため、軸受部材を複数の部材(スリーブ部材8やハウジング7など)で構成する必要はなく、軸受部材を単一部材で構成することができる。これにより、部品点数の削減と、それに伴う組付け作業を省略して、斯かるコストを削減することができる。
【0050】
また、以上の実施形態では、ラジアル軸受部R1、R2およびスラスト軸受部T1、T2として、へリングボーン形状やスパイラル形状の動圧溝により潤滑流体の動圧作用を発生させる構成を例示しているが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0051】
例えば、ラジアル軸受部R1、R2として、いわゆるステップ軸受や多円弧軸受を採用してもよい。
【0052】
図7は、ラジアル軸受部R1、R2の一方又は双方をステップ軸受で構成した場合の一例を示している。この例では、スリーブ部材8の内周面8aのラジアル軸受隙間に面する領域(ラジアル軸受面となる領域)に、複数の軸方向溝形状の動圧溝8a3が円周方向所定間隔に設けられている。
【0053】
図8は、ラジアル軸受部R1、R2の一方又は双方を多円弧軸受で構成した場合の一例を示している。この例では、スリーブ部材8の内周面8aのラジアル軸受面となる領域が、3つの円弧面8a4、8a5、8a6で構成されている(いわゆる3円弧軸受)。3つの円弧面8a4、8a5、8a6の曲率中心は、それぞれ、スリーブ部材8(軸部2a)の軸中心Oから等距離オフセットされている。3つの円弧面8a4、8a5、8a6で区画される各領域において、ラジアル軸受隙間は、円周方向の両方向に対して、それぞれ楔状に漸次縮小した形状を有している。そのため、スリーブ部材8と軸部2aとが相対回転すると、その相対回転の方向に応じて、ラジアル軸受隙間内の潤滑流体が楔状に縮小した最小隙間側に押し込まれて、その圧力が上昇する。このような潤滑流体の動圧作用によって、スリーブ部材8と軸部2aとが非接触支持される。なお、3つの円弧面8a4、8a5、8a6の相互間の境界部に、分離溝と称される、一段深い軸方向溝を形成してもよい。
【0054】
図9は、ラジアル軸受部R1、R2の一方又は双方を多円弧軸受で構成した場合の他の例を示している。この例においても、スリーブ部材8の内周面8aのラジアル軸受面となる領域が、3つの円弧面8a7、8a8、8a9で構成されているが(いわゆる3円弧軸受)、3つの円弧面8a7、8a8、8a9で区画される各領域において、ラジアル軸受隙間は、円周方向の一方向に対して、それぞれ楔状に漸次縮小した形状を有している。このような構成の多円弧軸受は、テーパ軸受と称されることもある。また、3つの円弧面8a7、8a8、8a9の相互間の境界部に、分離溝と称される、一段深い軸方向溝8a10、8a11、8a12が形成されている。そのため、スリーブ部材8と軸部2aとが所定方向に相対回転すると、ラジアル軸受隙間内の潤滑流体が楔状に縮小した最小隙間側に押し込まれて、その圧力が上昇する。このような潤滑流体の動圧作用によって、スリーブ部材8と軸部2aとが非接触支持される。
【0055】
図10は、ラジアル軸受部R1、R2の一方又は双方を多円弧軸受で構成した場合の他の例を示している。この例では、図8に示す構成において、3つの円弧面8a7、8a8、8a9の最小隙間側の所定領域θが、それぞれ、スリーブ部材8(軸部2a)の軸中心Oを曲率中心とする同心かつ同径の円弧で構成されている。従って、各所定領域θにおいて、ラジアル軸受隙間(最小隙間)は一定になる。このような構成の多円弧軸受は、テーパ・フラット軸受と称されることもある。
【0056】
以上の各例における多円弧軸受は、いわゆる3円弧軸受であるが、これに限らず、いわゆる4円弧軸受、5円弧軸受、さらに6円弧以上の数の円弧面で構成された多円弧軸受を採用してもよい。また、ラジアル軸受部をステップ軸受や多円弧軸受で構成する場合、ラジアル軸受部R1、R2のように、2つのラジアル軸受部を軸方向に離隔して設けた構成とする他、スリーブ部材8の内周面8aの上下領域に亘って1つのラジアル軸受部を設けた構成としてもよい。
【0057】
また、スラスト軸受部T1、T2の一方又は双方は、例えば、スラスト軸受面となる領域に、複数の半径方向溝形状の動圧溝を円周方向所定間隔に設けた、いわゆるステップ軸受、いわゆる波型軸受(ステップ型が波型になったもの)等で構成することもできる。
【0058】
また、以上の実施形態では、動圧軸受装置1の内部に充満し、スリーブ部材8と軸部材2との間のラジアル軸受隙間や、スリーブ部材8およびハウジング7と軸部材2との間のスラスト軸受隙間に動圧作用を生じる流体として、潤滑油を例示したが、それ以外にも各軸受隙間に動圧作用を生じ得る流体、例えば空気等の気体や、磁性流体等の流動性を有する潤滑剤、あるいは潤滑グリース等を使用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の一実施形態に係る動圧軸受装置を組み込んだ情報機器用スピンドルモータの断面図である。
【図2】動圧軸受装置の断面図である。
【図3】(a)はスリーブ部材の断面図、(b)はスリーブ部材の下端面図である。
【図4】ハウジングの一端に固定される蓋部材の正面断面図である。
【図5】蓋部材とハウジングとの接着隙間周辺の拡大断面図である。
【図6】固定方法を異ならせた場合の接着隙間周辺の拡大断面図である。
【図7】ラジアル軸受部の他の構成例を示す断面図である。
【図8】ラジアル軸受部の他の構成例を示す断面図である。
【図9】ラジアル軸受部の他の構成例を示す断面図である。
【図10】ラジアル軸受部の他の構成例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0060】
1 動圧軸受装置
2 軸部材
3 ディスクハブ
4 ステータコイル
5 ロータマグネット
7 ハウジング
8 スリーブ部材
8a1、8a2 動圧溝
8b1 軸方向溝
8c1 動圧溝
8d1 円周溝
8d2 半径方向溝
9 シール部
10 蓋部材
10a1 第1外周面
10a2 第2外周面
10b 凹部
10c1、10c2、10c3 テーパ面
11a スラスト受け面
12a 当接面
C1 接着剤溜り
C2 保持空間
C3 圧入領域
C4、C5 接着隙間
R1、R2 ラジアル軸受部
T1、T2 スラスト軸受部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受部材と、軸受部材の内周に挿入され、軸受部材との間で相対回転する軸部材と、スラスト軸受隙間に生じる流体の動圧作用で圧力を発生させて軸部材をスラスト方向に非接触支持するスラスト軸受部と、軸受部材の一端に接着固定され、かつ軸部材の端面との間にスラスト軸受隙間を形成するスラスト受け面を有する蓋部材とを備えた動圧軸受装置において、
蓋部材に、スラスト受け面との間に軸方向の段差を有し、かつ軸受部材と軸方向で当接する当接面が設けられると共に、蓋部材とこれに対向する軸受部材との間に接着剤溜りが形成され、接着剤溜りに隣接して、接着剤溜りよりも径方向隙間を狭めた接着隙間が形成されることを特徴とする動圧軸受装置。
【請求項2】
接着剤溜りは、テーパ状の空間を介して接着隙間とつながる請求項1記載の動圧軸受装置。
【請求項3】
接着隙間の開口部に、接着剤を保持する保持空間が形成される請求項1記載の動圧軸受装置。
【請求項4】
保持空間が、接着隙間に向かうにつれて径方向寸法を縮小する請求項3記載の動圧軸受装置。
【請求項5】
接着剤溜りの軸方向一端側に接着隙間が形成され、軸方向他端側に蓋部材と軸受部材の圧入部が設けられる請求項1記載の動圧軸受装置。
【請求項6】
接着隙間が、接着剤溜りの軸方向両端に形成される請求項1記載の動圧軸受装置。
【請求項7】
軸受部材は、ラジアル軸受隙間に面するスリーブ部材と、スリーブ部材を内周に固定するハウジングとを備える請求項1記載の動圧軸受装置。
【請求項8】
請求項1〜7の何れかに記載した動圧軸受装置と、ロータマグネットと、ステータコイルとを備えたモータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−194384(P2006−194384A)
【公開日】平成18年7月27日(2006.7.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−8118(P2005−8118)
【出願日】平成17年1月14日(2005.1.14)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】