説明

化合物半導体素子の製造方法

【課題】 急峻なヘテロ接合を有する高品質なIII−V族化合物半導体素子を提供する。
【解決手段】 SbとAsを含むIII−V族化合物半導体からなる第1の半導体層と、Sbを含まず、Asを含むIII−V族化合物半導体からなる第2の半導体層とのヘテロ接合を有する化合物半導体素子を、分子線エピタキシー法により製造する方法であって、前記第1の半導体層を形成する工程においてAs分子線の分子種としてAs4を用い、前記第2の半導体層を形成する工程においてAs分子線の分子種としてAs2を用いることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、III−V族化合物半導体を用いた半導体素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体レーザや発光ダイオード等の、III−V族化合物半導体を用いた半導体素子は、現代社会を支えるキーデバイスとなっているが、近年、上記分野において、GaAsにSb、Nなどを混晶化することにより、光ファイバー通信に重要な波長である1.3μmや1.55μm、あるいはそれよりも長波長で発光するバンドギャップの小さい半導体材料が得られること、及び安価なGaAs基板に格子整合できること等が分かった。このため、GaAsにSb、Nなどを混晶化した材料が、発光デバイスへの適用の観点から注目されている。
【0003】
このような中、特許文献1には、半導体レーザや発光ダイオードといった光通信用半導体発光素子の発光層として用いることのできるGaAs1-x-ySbxy(0<X≦0.3かつ0<Y≦0.015)から成る混晶半導体材料が提案されている。この技術に係る混晶半導体材料を半導体レーザの活性層として用いると、GaAs基板上に波長1.3μmを超える長波長の半導体レーザが実現できるとされる。
【0004】
【特許文献1】特許第3209266号公報
【0005】
この技術を更に説明する。従来、この波長域での半導体レーザは、InP基板上に形成されていたが、上記特許文献1の半導体レーザでは、GaAs基板上に活性層としてGaAsSbNが形成されている。この構造によると、InP基板上に活性層が形成された従来の構造の半導体レーザよりも数倍のヘテロ障壁が得られ、その結果、量子井戸層に注入キャリアを効率よく閉じこめることができるので、半導体レーザの環境温度が変化しても閾値が変わらず、安定した光出力が得られるとされる。つまり、温度変化に対する半導体レーザの発振閾電流値の変化が小さい優れた温度特性が得られ、半導体レーザの温度を一定に保つための装置や光出力を一定に保つ装置を必要としない。このため、レ−ザ装置や応用システムのコストを大幅に削減できる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
GaAsSbN混晶について、本発明者が鋭意研究を行ったところ、GaAsSbN混晶半導体層と、これに隣接するSbを含まない半導体層とのヘテロ接合部分に問題があった。具体的には、半導体レーザの量子井戸活性層の井戸層であるGaAsSbN混晶そのものの結晶性が良好であっても、障壁層であるGaAs層とのヘテロ接合部分において、Sbが偏析しやすいために隣接するSbを含めたくない層に結晶組成分のダレが生じ、急峻なヘテロ接合が得られないという問題がある。
【0007】
所望の発光波長を得るためにGaAsSbN混晶中のSbの組成比を増加させると、それだけSbの偏析が大きくなるので、ヘテロ接合の急峻性が一層悪くなり、その結果発光効率が大幅に低下するとともに、発光の半値全幅が大幅に広がるという発光性能の低下が生じる。よって、ヘテロ接合の急峻性に劣る混晶を用いると、良好な発光特性を有する半導体素子を実現できない。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための本発明は、SbとAsを含むIII−V族化合物半導体からなる第1の半導体層と、Sbを含まず、Asを含むIII−V族化合物半導体からなる第2の半導体層とのヘテロ接合を有する化合物半導体素子を、分子線エピタキシー法により製造する方法であって、前記第1の半導体層を形成する工程においてAs分子線の分子種としてAs4を用い、前記第2の半導体層を形成する工程においてAs分子線の分子種としてAs2を用いることを特徴とする。
【0009】
分子線エピタキシー法を用いる場合、As源としてAs2(Asの2原子分子)またはAs4(Asの4原子分子)のいずれか一方のみを用いることが一般的である。ここで、As分子線の分子種としてAs2を用いた場合、その反応性が高いので、結晶成長の表面においてAsとIII族元素とが結合しやすいために、SbとIII族元素とが結合しにくくなる。このため、所望量のSbをIII族元素と結合させて第1の半導体層に取り込むことができにくくなるという問題がある。この問題を解消するために、Sbを過剰に供給すると、Sbの偏析が生じ、偏析したSbが隣接した第2の半導体層(Sbを含まない層)に取り込まれるので、急峻なヘテロ接合が形成されなくなるという問題が新たに生じる。
【0010】
他方、As分子線の分子種としてAs4を用いた場合、その反応性がAs2よりも低いため、As2を用いる場合よりも結晶成長の表面においてSbとIII族元素とが結合しやすくなる。よって、所望量のSbを第1の半導体層に取り込ませることが可能になる。しかし、隣接した第2の半導体層(Sbを含まない層)の形成時に、第1の半導体層に取り込まれずに結晶成長の表面に残存したSbが、反応性の低いAs4と競合してIII族元素と結合するので、残存Sbが第2の半導体層中に取り込まれる。これにより、急峻なヘテロ接合の形成が阻害される。
【0011】
ここにおいて、上記本発明では、第1の半導体層(Sbを含む層)の成長時には、反応性の低いAs4を用いることにより、第1の半導体層に効率よくSbを取り込むことができる。他方、第2の半導体層(Sbを含まない層)の成長時には、反応性の高いAs2を用いて、残存するSbよりもAs2が優先的にIII族元素と結合させる。よって、Sbが第2の半導体層(Sbを含まない層)に取り込まれることがないので、急峻なヘテロ接合を有する半導体素子を実現することができる。
【0012】
前記第1の半導体層がGaAsSbであり、前記第2の半導体層がGaAsであり、前記化合物半導体素子を、GaAs基板上に作製する構成とすることができる。
【0013】
前記半導体素子が、前記第1の半導体層を井戸層とし、前記第2の半導体層を障壁層とする量子井戸半導体レーザである構成とすることができる。
【発明の効果】
【0014】
上記本発明によると、ヘテロ結合の急峻性に優れたIII−V族半導体素子が得られる。このため、上記方法では、発振閾値電流を低減でき、発光効率を向上し得た半導体レーザが実現できる。また、その他の半導体素子に適用した場合においても、素子特性を大幅に改善できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明を実施するための最良の形態を、実施例を用いて詳細に説明する。
【0016】
(実施例1)
図1に、GaAs基板の上に形成された、GaAsを障壁層とし、GaAsSbNを井戸層とした、単一量子井戸構造を活性層として有する、実施例1に係る半導体レーザ素子を示す。本実施例では、GaAsSbN井戸層を成長する際には、As4をAs分子線の分子種として用い、GaAs障壁層を成長する際には、As4をAs分子線の分子種として用いる点に特徴がある。
【0017】
図1を用いて、実施例1の半導体レーザ素子の構造を詳細に説明する。ここで、各部は、
p型側電極金属101・・・Ti/Pt/Au
電流狭窄層102・・・ポリイミド
コンタクト層103・・・p型GaAs,0.5μm
上クラッド層104・・・p型Al0.5Ga0.5As,1μm
上ガイド層105・・・i(真性)−Al0.15Ga0.85As,0.1μm
活性層106・・・i−GaAs0.803Sb0.190.007,7nm井戸層/i−GaAs障壁層,5nmからなる単一量子井戸構造
下ガイド層107・・・i(真性)−Al0.15Ga0.85As,0.1μm
下クラッド層108・・・n型Al0.5Ga0.5As,1μm
基板109・・・n型GaAs
n型側電極金属110・・・AuGe/Ni
である。
【0018】
この半導体レーザ素子を作製するにあたり、まず半導体各層を、金属Ga、金属Al、固体As(As2、As4)固体Sb(Sb2)、そして窒素プラズマを用いた原子状N、を原料とした分子線エピタキシャル装置を用いた。なお、As分子線の発生源としては、2つのクラッキングセルを用いた。具体的には、1つのクラッキングセルはAs2を得るためにクラッキング部の温度を900℃以上とし、もう一方のクラッキングセルはAs4を得るためにクラッキング部の温度を600℃以下とした。
【0019】
結晶成長条件は、GaAs基板109上に、上下クラッド層104、108は600℃、上下ガイド層105、107及び活性層106を450℃で、各層を順次結晶成長した。p型層のドーパントとしてはBeを用い、n型層のドーパントとしてはSiを用いた。As分子線の分子種として、GaAsSbN井戸層のみにAs4を用い、GaAs障壁層等の他の層にはAs2を用いた。
【0020】
活性層106は、次のようにして作製した。Ga、As4、N、Sbを供給し、As2は供給しないで、GaNAsSb層(井戸層)を形成する。次に井戸層の上に、Ga、As2を供給し、SbとNとAs4とを供給しないで、GaAs層(障壁層)を積層する。この工程を複数回繰り返すことにより、ヘテロ接合を有する活性層106が形成される。As4と、Sb、N及びAs2が交互に供給されており、同時に供給されないことが、この活性層の結晶成長方法の特徴である。
【0021】
各半導体層を結晶成長した後、結晶基板を結晶成長装置から取り出し、公知のホトリソグラフィ法及び公知のウエットエッチング法により、幅3μmのリッジ導波路に加工し、リッジ導波路の両脇をポリイミド102で埋めた後、基板を厚さ100μmにまで薄層化し、上下に電極101、110を蒸着した。その後、チップ状に分割し、実施例1に係る半導体素子100を作製した。
【0022】
共振器長1000μmにへき開し、上下の電極101、110を通して電流を流すと、発振しきい値電流密度400[A/cm2]にて、波長1.31μmでレーザ発振を生じた。
【0023】
(比較例1、2)
全ての層をAs分子線の分子種としてAs4のみ(比較例1)、As2のみ(比較例2)を用いて結晶成長させたこと以外は、上記実施例1と同様にして、半導体レーザ素子を作製した。
【0024】
それぞれの半導体レーザ素子は波長1.31μmにてレーザ発振し、その発振しきい値電流密度は、比較例1においては1000[A/cm2]、比較例2においては1500[A/cm2]であった。
【0025】
以下、実施例1、比較例1、2を参照しながら本願発明の作用と効果について説明する。
【0026】
通常、分子線エピタキシー法により、Asを含むIII−V族化合物半導体を成長する場合、Asの分子線として、固体Asを250℃程度(650℃以下)に加熱して得られるAs4(Asの4原子分子)からなる分子線、または上記のように得られたAs4分子線をさらに高温(900℃程度以上)で分解すること、または、AsH3(アルシン)を高温(900℃程度以上)で分解することにより得られるAs2(Asの2原子分子)からなる分子線が用いられる。いずれのAs分子線を用いるかは、成長する材料系、積層構造や、使用する装置に応じてより好ましいものが選択されるが、選択した一方のAs分子線のみを適用するのが一般的である。
【0027】
比較例1、2は、一般的な方法として、As分子線の分子種としてそれぞれAs2またはAs4のいずれか一方のみを用いた場合に相当する。いずれか一方のみのAs分子線を用いてGaAsSbN井戸層/GaAs障壁層からなる量子井戸活性層を結晶成長した場合、使用する分子線に応じて、GaAsSbN/GaAsヘテロ接合の急峻性に影響を及ぼす。ヘテロ接合の急峻性が劣化すると、発光特性が劣化するので、As分子線の分子種と、ヘテロ接合の急峻性について以下に考察する。
【0028】
まず、As分子線の分子種としてAs2を用いた場合(比較例2)、その反応性が高いため結晶成長の表面においてGaとの結合を形成しやすいために、SbとGaとが結合しにくくなる。このため、所望量のSbをGaと結合させてGaAsSbN層に取り込ませるためには、Sbを過剰に供給する必要があるが、Sbの偏析が生じ、偏析したSbが隣接したGaAs層(Sbを含まない層)に取り込まれるので、急峻なヘテロ接合が形成されない。
【0029】
また、As分子線の分子種としてAs4を用いた場合(比較例1)、その反応性がAs2よりも低いため、As2を用いる場合よりも結晶成長の表面においてSbとGaとが結合しやすく、所望量のSbがGaAsSbN層に取り込ませることができる。しかし、隣接したGaAs層(Sbを含まない層)の形成時に、GaAsSbN層に取り込まれずに結晶成長の表面に残存したSbが、反応性の低いAs4と競合してIII族元素と結合するため、残存SbがGaAs層中に取り込まれる。よって、急峻なヘテロ接合が形成されない。
【0030】
これに対し、実施例1では、GaAsSbN層の成長時には、反応性の低いAs4を用いることにより、効率よくGaAsSbN層にSbを取り込むことができる。また、GaAs層の成長時には、反応性の高いAs2を用いることにより、残存したSbよりもAs2が優先的にGaと結合させることができるので、残存SbがGaAs層に取り込まれることがない。
【0031】
これにより、実施例1では、急峻なGaAsSbN層/GaAs層ヘテロ接合が形成できるので、良好な発光特性を有する半導体レーザ素子が得られる。
【0032】
(その他の事項)
上記実施例では半導体レーザを作製したが、本発明は、発光ダイオード、フォトダイオードなどの発光/受光デバイスだけでなく、バイポーラトランジスタなどの電子デバイスにも適用することができる。
【0033】
また、III族元素としては、Ga、Al、Tl、In等を用いることができ、As、Sb以外のV族元素としては、N、P等を用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
以上に説明したように、本発明によると、急峻なヘテロ接合を有するIII−V族化合物半導体素子を実現でき、これを用いることにより特性のよい半導体素子(例えば、発光特性に優れた半導体レーザ素子)を提供できる。したがって、産業上の意義は大きい。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】本発明に係る半導体レーザ素子の斜視図である。
【符号の説明】
【0036】
100 半導体レーザ素子
101 p型側電極金属
102 電流狭窄層
103 コンタクト層
104 上クラッド層
105 上ガイド層
106 井戸層
107 下ガイド層
108 下クラッド層
109 基板
110 n型側電極金属

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SbとAsを含むIII−V族化合物半導体からなる第1の半導体層と、Sbを含まず、Asを含むIII−V族化合物半導体からなる第2の半導体層とのヘテロ接合を有する化合物半導体素子を、分子線エピタキシー法により製造する方法であって、
前記第1の半導体層を形成する工程においてAs分子線の分子種としてAs4を用い、
前記第2の半導体層を形成する工程においてAs分子線の分子種としてAs2を用いることを特徴とする化合物半導体素子の製造方法。
【請求項2】
前記第1の半導体層がGaAsSbであり、
前記第2の半導体層がGaAsであり、
前記化合物半導体素子を、GaAs基板上に作製することを特徴とする請求項1に記載の化合物半導体素子の製造方法。
【請求項3】
前記半導体素子が、前記第1の半導体層を井戸層とし、前記第2の半導体層を障壁層とする量子井戸半導体レーザであることを特徴とする化合物半導体素子の製造方法。



【図1】
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【公開番号】特開2007−35968(P2007−35968A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−217896(P2005−217896)
【出願日】平成17年7月27日(2005.7.27)
【出願人】(000005049)シャープ株式会社 (33,933)
【Fターム(参考)】