説明

可変減衰力ダンパーの制御装置

【課題】 車両が段差を乗り越える場合の乗り心地性能を高める。
【解決手段】 スカイフック制御されるサスペンション装置のダンパーの減衰力をバネ上速度およびゲインの積により設定するものにおいて、路面の段差により生じるバネ上速度の絶対値が所定値以上の場合に、(1)に示すように段差に乗り上げてバネ上速度が正になったときには、(3)に示すように段差を乗り下げてバネ上速度が負になったときよりもゲインを大きく設定する。これにより、段差の乗り上げ時にダンパーの減衰力を通常のスカイフック制御よりも増加させてバネ上速度の増加を許容することで、乗員がシートから浮き上がるような違和感を解消して乗り心地を高めることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両のサスペンション装置に設けられたダンパーの減衰力を、制御手段により車両の運動状態に応じて可変制御する可変減衰力ダンパーの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
サスペンション装置用の可変減衰力ダンパーの粘性流体として、磁界の作用で粘性が変化する磁気粘性流体(MRF: Magneto-Rheological Fluids )を採用し、シリンダに摺動自在に嵌合するピストンに、その流体通路中の磁気粘性流体に磁界を作用させるためのコイルを設けたものが、下記特許文献1により公知である。この可変減衰力ダンパーによれば、コイルに通電して発生した磁界で流体通路中の磁気粘性流体の粘性を変化させることで、ダンパーの減衰力を任意に制御することができる。
【0003】
また車両が段差を乗り下げるときの乗り心地性能を改善するために、下向きの加速度が検出されたときにダンパーの減衰力の増大制御を禁止するものが、下記特許文献2により公知である。
【特許文献1】特開昭60−113711号公報
【特許文献2】特開平7−237420号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、周知のスカイフック制御が行われる車両が路面の段差を乗り超える場合、「発明を実施するための最良の形態」の欄で後から詳述するように、段差に乗り上げる場合と段差を乗り下げる場合とで乗員の感覚が異なるため、それら両方の場合でスカイフック制御制御のゲインを一律に設定すると、乗員が違和感を感じて乗り心地性能が低下する可能性がある。
【0005】
本発明は前述の事情に鑑みてなされたもので、車両が段差を乗り越える場合の乗り心地性能を高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に記載された発明によれば、車両のサスペンション装置に設けられたダンパーの減衰力をバネ上速度およびゲインの積により設定する可変減衰力ダンパーの制御装置であって、路面の段差により生じるバネ上速度の絶対値が所定値以上のときに、バネ上速度の符号に応じて前記ゲインを変更することを特徴とする可変減衰力ダンパーの制御装置が提案される。
【0007】
また請求項2に記載された発明によれば、請求項1の構成に加えて、バネ上速度が正のときには、バネ上速度が負のときよりもゲインを大きく設定することを特徴とする可変減衰力ダンパーの制御装置が提案される。
【発明の効果】
【0008】
請求項1の構成によれば、サスペンション装置のダンパーの減衰力をバネ上速度およびゲインの積により設定する際に、路面の段差により生じるバネ上速度の絶対値が所定値以上になるとバネ上速度の符号に応じて前記ゲインを変更するので、大きな段差の乗り上げ時と乗り下げ時とで異なる乗員の感覚の違いを、ダンパーの減衰力を変化させることで解消することができる。
【0009】
請求項2の構成によれば、バネ上速度が正のときにバネ上速度が負のときよりもゲインを大きく設定するので、段差の乗り上げ時にダンパーの減衰力を増加させてバネ上速度の増加を許容することで、乗員がシートから浮き上がるような違和感を解消して乗り心地を高めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を、添付の図面に示した本発明の実施例に基づいて説明する。
【0011】
図1〜図6は本発明の一実施例を示すもので、図1は車両のサスペンション装置の正面図、図2は可変減衰力ダンパーの拡大断面図、図3はサスペンションのモデルを示す図、図4はスカイフック制御の説明図、図5は車両が段差に乗り上げた状態および段差を乗り下げた状態を示す図、図6は車両が段差に乗り上げたときおよび段差を乗り下げたときのバネ上速度を示すグラフである。
【0012】
図1に示すように、四輪の自動車の車輪Wを懸架するサスペンション装置Sは、車体11にナックル12を上下動自在に支持するサスペンションアーム13と、サスペンションアーム13および車体11を接続する可変減衰力のダンパー14と、サスペンションアーム13および車体11を接続するコイルバネ15とを備える。ダンパー14の減衰力を制御する電子制御ユニットUには、バネ上加速度を検出するバネ上加速度センサSaからの信号と、ダンパー14の変位(ストローク)を検出するダンパー変位センサSbからの信号とが入力される。
【0013】
図2に示すように、ダンパー14は、下端がサスペンションアーム13に接続されたシリンダ21と、シリンダ21に摺動自在に嵌合するピストン22と、ピストン22から上方に延びてシリンダ21の上壁を液密に貫通し、上端を車体に接続されたピストンロッド23と、シリンダの下部に摺動自在に嵌合するフリーピストン24とを備えており、シリンダ21の内部にピストン22により仕切られた上側の第1流体室25および下側の第2流体室26が区画されるとともに、フリーピストン24の下部に圧縮ガスが封入されたガス室27が区画される。
【0014】
ピストン22にはその上下面を連通させるように複数の流体通路22a…が形成されており、これらの流体通路22a…によって第1、第2流体室25,26が相互に連通する。第1、第2流体室25,26および流体通路22a…に封入される磁気粘性流体は、オイルのような粘性流体に鉄粉のような磁性体微粒子を分散させたもので、磁界を加えると磁力線に沿って磁性体微粒子が整列することで粘性流体が流れ難くなり、見かけの粘性が増加する性質を有している。ピストン22の内部にコイル28が設けられており、電子制御ユニットUによりコイル28への通電が制御される。コイル28に通電されると矢印で示すように磁束が発生し、流体通路22a…を通過する磁束により磁気粘性流体の粘性が変化する。
【0015】
ダンパー14が収縮してシリンダ21に対してピストン22が下動すると、第1流体室25の容積が増加して第2流体室26の容積が減少するため、第2流体室26の磁気粘性流体がピストン22の流体通路22a…を通過して第1流体室25に流入し、逆にダンパー14が伸長してシリンダ21に対してピストン22が上動すると、第2流体室26の容積が増加して第1流体室25の容積が減少するため、第1流体室25の磁気粘性流体がピストン22の流体通路22a…を通過して第2流体室26に流入し、その際に流体通路22a…を通過する磁気粘性流体の粘性抵抗によりダンパー14が減衰力を発生する。
【0016】
このとき、コイル28に通電して磁界を発生させると、ピストン22の流体通路22a…に存在する磁気粘性流体の見かけの粘性が増加して該流体通路22aを通過し難くなるため、ダンパー14の減衰力が増加する。この減衰力の増加量は、コイル28に供給する電流の大きさにより任意に制御することができる。
【0017】
尚、ダンパー14に衝撃的な圧縮荷重が加わって第2流体室26の容積が減少するとき、ガス室27を縮小させながらフリーピストン24が下降することで衝撃を吸収する。またダンパー14に衝撃的な引張荷重が加わって第2流体室26の容積が増加するとき、ガス室27を拡張させながらフリーピストン24が上昇することで衝撃を吸収する。更に、ピストン22が下降してシリンダ21内に収納されるピストンロッド23の容積が増加したとき、その容積の増加分を吸収するようにフリーピストン24が下降する。
【0018】
しかして、電子制御ユニットUは、バネ上加速度センサSaで検出したバネ上加速度およびダンパー変位センサSbで検出したダンパー変位等に基づいて、各車輪W…の合計4個のダンパー14…の減衰力を個別に制御することで、路面の凹凸を乗り越える際の車両の動揺を抑えて乗り心地を高めるスカイフック制御のような乗り心地制御と、車両の旋回時のローリングや車両の急加速時や急減速時のピッチングを抑える操縦安定制御とを、車両の運転状態に応じて選択的に実行する。
【0019】
次に、図3および図4に基づいて、車両の動揺を抑えて乗り心地を高めるためのスカイフック制御について説明する。
【0020】
図3に示すサスペンション装置のモデルから明らかなように、路面にタイヤの仮想的なバネ17を介してバネ下質量18が接続され、バネ下質量18にダンパー14およびコイルバネ15を介してバネ上質量19が接続される。ダンパー14の減衰力はコイル28への通電により可変である。バネ上質量19の変位X2の変化率dX2/dtは、バネ上加速度センサSaで検出したバネ上加速度の出力を積分したバネ上速度に相当する。またバネ上質量19の変位X2およびバネ下質量18の変位X1の差の変化率d(X2−X1)/dtは、ダンパー変位センサSbの出力を微分したダンパー速度に相当する。
【0021】
dX2/dt×d(X2−X1)/dt>0
のとき、つまりバネ上速度とダンパー速度とが同方向(同符号)であるとき、ダンパー14は減衰力を増加させる方向に制御される。一方、
dX2/dt×d(X2−X1)/dt≦0
のとき、つまりバネ上速度とダンパー速度とが逆方向(逆符号)であるとき、ダンパー14は減衰力を減少させる方向に制御される。
【0022】
従って、図4に示すように車輪Wが路面の突起を乗り越す場合を考えると、(1)に示すように車輪Wが突起の前半に沿って上昇する間は、車体11が上向きに移動してバネ上速度(dX2/dt)が正値になり、ダンパー14が圧縮されてダンパー速度d(X2−X1)/dtが負値になるため、両者が逆符号となってダンパー14は圧縮方向の減衰力を減少させるように制御される。
【0023】
また(2)に示すように車輪Wが突起の頂点を乗り越した直後は、車体11が慣性で依然として上向きに移動してバネ上速度(dX2/dt)が正値になり、車体11の上昇によりダンパー14が伸長されてダンパー速度d(X2−X1)/dtが正値になるため、両者が同符号となってダンパー14は伸長方向の減衰力を増加させるように制御される。
【0024】
また(3)に示すように車輪Wが突起の後半に沿って下降する間は、車体11が下向きに移動してバネ上速度(dX2/dt)が負値になり、車輪Wが車体11よりも速く下降することによりダンパー14が伸長されてダンパー速度d(X2−X1)/dtが正値になるため、両者が逆符号となってダンパー14は伸長方向の減衰力を減少させるように制御される。
【0025】
また(4)に示すように車輪Wが突起を完全に乗り越した直後は、車体11が慣性で依然として下向きに移動してバネ上速度(dX2/dt)が負値になり、車輪Wが下降を停止することによりダンパー14が圧縮されてダンパー速度d(X2−X1)/dtが負値になるため、両者が同符号となってダンパー14は圧縮方向の減衰力を増加させるように制御される。
【0026】
上述したスカイフック制御において、ダンパー14に発生させるべき目標減衰力は、バネ上速度とゲインとにより、
目標減衰力=ゲイン×バネ上速度
で算出される。
【0027】
ところで、図5の右側に示すように車両が路面の段差に乗り上げたとき、図4の(1)で説明したのと同じように、車体11が上向きに移動してバネ上速度(dX2/dt)が正値になり、ダンパー14が圧縮されてダンパー速度d(X2−X1)/dtが負値になるため、両者が逆符号となってダンパー14は圧縮方向の減衰力を減少させるように制御されるため、車体11は上方への移動を抑制される。このとき、シートに着座した乗員は慣性で上方に移動しようとするが、車体11は上方への移動を抑制されるため、乗員はシートから浮き上がるような感覚を受けて違和感を感じることが多い。
【0028】
逆に図5の左側に示すように、車両が路面の段差を乗り下げたとき、図4の(3)で説明したのと同じように、車体11が下向きに移動してバネ上速度(dX2/dt)が負値になり、車輪Wが車体11よりも速く下降することによりダンパー14が伸長されてダンパー速度d(X2−X1)/dtが正値になるため、両者が逆符号となってダンパー14は伸長方向の減衰力を減少させるように制御されるため、車体11は下方への移動を抑制される。このとき、シートに着座した乗員は慣性で下方に移動しようとするが、車体11は下方への移動を抑制されるため、乗員はシートに押し付けられるような感覚を受けるが、段差に乗り上げた場合のシートから浮き上がるような感覚に比べて乗員は殆ど違和感を受けることはない。
【0029】
尚、車両が段差に乗り上げたか段差を乗り下げたかは、図6に示すようにバネ上速度の符号により判定することができる。即ち、車両が段差に乗り上げると正のバネ上速度が検出され、車両が段差を乗り下げると負のバネ上速度が検出されるからである。
【0030】
このように、車両が路面の段差に乗り上げた場合に、スカイフック制御により車体11の上方への移動を強く抑制すると、かえって乗員に違和感を与えてしまう可能性があるため、このような場合にはスカイフック制御を弱めることが望ましい。
【0031】
具体的には、車両が大きな段差に乗り上げて所定値以上のバネ上速度が検出されたとき、ダンパー14の目標減衰力を算出する際に使用する前記ゲインを、通常時のゲイン(車両が段差を乗り下げたときのゲインを含む)に比べて増加方向に補正することで、ダンパー14の減衰力を増加させる。車両が段差に乗り上げた瞬間の状況は図4の(1)と同じであり、このときダンパー14はスカイフック制御により圧縮方向の減衰力を減少させるように制御されて車輪Wの突き上げが車体11を押し上げないように作用するが、本実施例ではダンパー14の減衰力が通常のスカイフック制御よりも増加方向に補正されて圧縮方向に変形し難くなるため、車輪Wの突き上げが車体11を押し上げるように作用して車体11の上方への移動量が増加することになる。その結果、慣性で上方に移動する乗員がシートから浮きがるような感覚を受け難くなり、違和感を解消して乗り心地性能を高めることができる。
【0032】
以上のように、路面の段差により生じるバネ上速度の絶対値が所定値以上になるとバネ上速度の符号に応じて目標減衰力を算出するためのゲインを変更するので、大きな段差の乗り上げ時と乗り下げ時とで異なる乗員の感覚の違いを、ダンパー14の減衰力を変化させることで解消することができる。
【0033】
以上、本発明の実施例を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0034】
例えば、実施例ではダンパー14…の減衰力を磁気粘性流体を用いて可変制御しているが、減衰力を可変制御する手法は任意である。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】車両のサスペンション装置の正面図
【図2】可変減衰力ダンパーの拡大断面図
【図3】サスペンションのモデルを示す図
【図4】スカイフック制御の説明図
【図5】車両が段差に乗り上げた状態および段差を乗り下げた状態を示す図
【図6】車両が段差に乗り上げたときおよび段差を乗り下げたときのバネ上速度を示すグラフ
【符号の説明】
【0036】
14 ダンパー
S サスペンション装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のサスペンション装置(S)に設けられたダンパー(14)の減衰力をバネ上速度およびゲインの積により設定する可変減衰力ダンパーの制御装置であって、
路面の段差により生じるバネ上速度の絶対値が所定値以上のときに、バネ上速度の符号に応じて前記ゲインを変更することを特徴とする可変減衰力ダンパーの制御装置。
【請求項2】
バネ上速度が正のときには、バネ上速度が負のときよりもゲインを大きく設定することを特徴とする、請求項1に記載の可変減衰力ダンパーの制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−273224(P2006−273224A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−98166(P2005−98166)
【出願日】平成17年3月30日(2005.3.30)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】