説明

基板上に作製された半導体電子デバイス

【課題】IV族元素半導体、III−V族化合物半導体、II−V族化合物半導体、IV族化合物半導体、有機半導体、金属結晶もしくはそれらの誘導体又はガラスから成る基板上に作製された高耐圧電子デバイスおよび耐環境電子デバイスを提供する。
【解決手段】本発明においては、ダイオードやトランジスタ等の電子デバイス中で電子又は正孔が走行する領域に、既存の半導体デバイスに用いられている材料から成る基板上に必要に応じて酸化モリブデンから成るバッファ層を介して形成された高純度の酸化モリブデンが用いられる。これにより、高耐圧特性及び高耐環境特性を有する安価な電子デバイスが実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高耐圧電子デバイス及び耐環境電子デバイスに関し、より具体的には、窒化ガリウム(GaN)やシリコン・カーバイド(SiC)等の広禁制帯幅をもつ既存の半導体を用いて高い降伏電圧を有する電子デバイスや耐環境電子デバイスを作製しようとすることに伴う諸問題が解決できる既存の半導体電子デバイスに用いられている材料から成る基板上に作製された新しい半導体を用いた電界効果トランジスタ、バイポーラトランジスタ、サイリスタ等の高耐圧電子デバイス及び耐環境電子デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、バイポーラトランジスタ、電界効果トランジスタ、サイリスタ等のいわゆるパワー・デバイスと呼ばれる電子デバイスは、家電製品、自動車、工作機械、照明等きわめて広い範囲で使われるようになっている。それとともに、パワー・デバイスには高効率かつ高速に電力の変換・制御ができる特性が要求されるようになってきた。パワー・デバイスは、永年に渡り、シリコン(Si)を用いて作製されてきたが、Siを用いることの限界が予測されるようになってきた。その限界はSiの禁制帯幅が約1電子ボルト(eV)と小さいことから生じることが明らかにされている。そこで、その限界を克服するために、禁制帯幅の広いいわゆるワイドギャップ半導体を用いて、パワー・デバイスを実現する研究が広く行われるようになった。具体的には、約3.43eVの禁制帯幅をもつ窒化ガリウム(GaN)や約3.2eVの禁制帯幅をもつシリコン・カーバイド(SiC)等の半導体を用いたパワー・デバイスの開発である。
【0003】
一方、宇宙線や自動車のエンジンで発生する雑音、熱等々によって起こる電子デバイスの誤動作、故障も問題になってきた。雑音や熱などの厳しい環境に対して耐性を有する、いわゆる耐環境デバイスも、広い禁制帯幅をもつ半導体で形成するのが適切であることが明らかになっている。従って、この観点からもGaNやSiCを用いた電子デバイスの開発が進められている。しかし、GaNやSiCを用いた電子デバイスを実用化するには、解決すべき多くの問題がある。
【0004】
最も重要な問題は、適切な基板がないことである。GaNに関しては、窒素の平衡蒸気圧が高いために、実用にかなうバルク結晶の成長が今だ実現しておらず、従ってGaNの基板は存在せず、サファイア又はシリコン・カーバイド(SiC)が用いられている。しかし、サファイアとGaNの間には約16%の格子不整があるため、GaNを直接サファイア上に形成することはできない。そのため、窒化アルミニウム(AlN)をバッファ層として、まずサファイア基板上に形成した後、GaNを形成する方法がとられている。ところが、AlNはドーピングが困難な材料であり、かつ絶縁体である。従って、サファイア基板を用いることは、バイポーラトランジスタやサイリスタなど半導体の多層構造をとるデバイスの場合には、デバイス構造の設計及びデバイス作製プロセス上、きわめて不利である。一方、SiCもバルク結晶は2200〜2400℃の高温でなければ成長できず、それから作られる基板はきわめて高価になっている。従って、SiCを基板としたGaNを用いたデバイスおよびSiCを用いたデバイスはいずれも、基板が、ひいてはデバイス全体がきわめて高価なものになってしまう。
【0005】
次に重要な問題は、デバイスの形成が高温のプロセスによらなければならないことである。GaN又はSiCの結晶層を形成するには、1000℃以上の高温を必要とし、デバイス作製上、大きなエネルギーを必要とするだけでなく、異なる性質の結晶層が接する界面においては、原子の移動により組成が乱れたり、ドーパントの分布に変化が生じてしまう。
【0006】
このような状況下、従来技術における上述の問題を解決するために、本件出願人は、先に、酸化モリブデンを用いた電子デバイスを発明し、特許出願(下記特許文献)を行った。高純度でかつ良質の結晶を作製することにより、従来の報告とは異なり、酸化モリブデンが3.45〜3.85eVの禁制帯を有することを発見したためである。
【0007】
【特許文献1】特願2003−164854号
【0008】
特許文献1において説明されているように、従来技術における上述の問題は、電子デバイス中で電子が走行する領域に、酸化モリブデンを用いることにより解決される、ということが本願の発明者によりはじめて見出された。酸化モリブデンは従来触媒用材料として研究されているが、電界効果トランジスタ、バイポーラトランジスタ、サイリスタ等の電子デバイスへの応用は提案されていない。
【0009】
一般に、電子デバイスに用いる場合の半導体材料は、高純度の結晶性のものであり、そのような材料について禁制帯幅等の物性値を測定する必要がある。しかし、従来の研究においては、触媒を用途としているため、真空蒸着で作製した試料についての測定結果が示されているものと考えられる。真空蒸着で作製した材料は、通常非晶質で、構造的に乱れたものであることは、当業者にはよく知られている。更に、真空蒸着で作製される薄膜の厚さは、一般に100nm程度以下と薄く、1μmの厚さの薄膜を形成することは通常ありえない。そのような薄い材料の場合は、基板の影響を受け、禁制帯幅のような物性値も、薄膜の厚さや基板によって変化することとなる。上述の禁制帯幅の値は、そのような薄い材料を測定して得られたもので、酸化モリブデンの本質的な物性値とは限らない。100nm以上に厚く、かつ高純度の酸化モリブデンについて検討が行われなかったのは、酸化モリブデンを各種トランジスタやサイリスタのような電子デバイスに用いる意図が全くなかったためと考えられる。
【0010】
先の出願(特許文献1)の明細書には、本願発明者によりなされた実験および分析により得られた知見が詳述されているが、それをまとめると次のようになる。
(i)純度99.99%のモリブデン板を、純度99.9995%の酸素中で酸化し、その物性を評価するために、550℃で120分間酸化することにより作製された酸化モリブデンの光反射特性を実測した。この試料の酸化形成された酸化モリブデン層の厚さは10.2μmである。結果として、光の吸収は338nm以下の波長で起り、3.66eVという大きな禁制帯幅の値を得た。試料の厚さが10.2μmと厚いことから、基板の影響はなく、この禁制帯幅は酸化モリブデン固有の値と考えられる。
【0011】
(ii)酸化温度を450〜650℃と変化させて、酸化モリブデンを作製し、光反射特性から禁制帯幅を求めると、3.45〜3.85eVの実測値を得た。一般的に、禁制帯幅特性は、材料の化学組成(酸化モリブデン)のみならず、その結晶構造に依存して決まるものであり、この測定結果は、用いた材料が比較的純粋な結晶であったことを示している。なお、より結晶性を高めることにより、さらに大きな禁制帯幅が実現される可能性がある。
【0012】
(iii)上記光反射特性を示す酸化モリブデンの温度に対する電気抵抗を実測した。それによると、温度上昇とともに抵抗が減少することが示され、これは温度上昇とともにキャリヤが増加したことを意味し、そのような現象は半導体のみで起こることである(すなわち、電気抵抗の逆数である導電率を決めるキャリヤ密度以外の要因であるキャリヤ移動度は、格子振動によるキャリヤの散乱が温度上昇とともに激しくなるため減少し、金属や絶縁体のようにキャリヤの増加がなければ、導電率は減少し、抵抗は温度上昇とともに増加するため)ことから、試験に供された酸化モリブデンが明らかに半導体であることが判明した。
【0013】
(iv)酸化モリブデンの結晶は、650℃以下の温度でモリブデン板を酸化することにより得られる。さらに、この層の上にたとえば気相成長法により、酸化モリブデンのバッファ層を形成すれば、それより上には良質の酸化モリブデンの結晶層が気相成長法にて形成できる。従って、酸化モリブデンを用いた発光デバイスは、基本的にモリブデンを基板とし、650℃以下の温度で作製することが可能である。
【0014】
上述のように、本件出願人による先の特許出願(特許文献1)に係る発明の酸化モリブデンを用いることにより、高耐圧特性および高耐環境特性を有する電子デバイスが実現できた。
【0015】
しかしながら、先の出願においては、デバイスの基板として、モリブデンを用いることとしたが、モリブデン基板は従来、電子デバイスには用いられていないため、既存の電子デバイス製造プロセスにおいて互換性がなく、加えて一般に入手できるモリブデン板は結晶でないため、チップへの加工に新たな技術の開発を必要とする。また、モリブデン板が結晶でないため、その一部を酸化して形成される酸化モリブデンの結晶の質は悪く、電子デバイスの主要部を構成する良質の酸化モリブデン結晶層の形成前に少なくとも一層のバッファ層を形成する必要がある。
【0016】
従って、既存の電子デバイス作製プロセスと互換性があり、安価な基板上に形成された良質の結晶の酸化モリブデンを用いた電子デバイスを実現する必要がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、少なくともシリコン・カーバイド(SiC)の禁制帯幅3.2eVより大きな禁制帯幅をもち、既知の半導体では解決困難な上述の問題を解決するとともに、高耐圧性を有する電子デバイスあるいは耐環境性を有する電子デバイスを実現することを目的とする。同時に、これら電子デバイスを構成する良質の結晶層が形成できる安価な基板を提供することを目的とする。さらに、高温を必要とすることなしに、これらの電子デバイスを構成する結晶層を形成することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上述の課題は、本発明に従い、電子デバイス中で、電子又は正孔が走行する領域に、既存の電子デバイスに用いられている材料から成る基板上に作製された高純度の酸化モリブデンを用いることにより、解決される。
【0019】
本発明において、酸化モリブデンはIV族元素半導体、III−V族化合物半導体、II−VI族化合物半導体、IV族化合物半導体、有機半導体、金属結晶もしくはそれらの誘導体又はガラスから成る基板上に、基板温度700℃以下、多くの場合650℃以下で作製することができる。
【0020】
本発明においては、電子デバイスを構成する半導体材料のうち、少なくとも基板上に直接形成する第1層を、新しく開発された方法により形成する。第1の材料層を形成する方法は、基本的に以下の工程から成る。
【0021】
(半導体もしくはガラス等から成る)ターゲット基板およびソース金属板を準備する工程と、前記ターゲット基板およびソース金属板を洗浄する工程と、前記ターゲット基板およびソース金属板を堆積装置に設置する工程と、不活性ガス雰囲気下で、前記ターゲット基板を350℃以上650℃未満の所定の温度に、前記ソース金属板を500℃以上850℃未満の所定の温度に、それぞれ加熱する工程と、堆積装置内を酸化雰囲気に置換し、堆積装置内の状態を、所望の膜厚を形成するように所定の時間維持することによって金属酸化物を形成する工程とからなる。
【0022】
本発明による電子デバイスは、上記の方法によりターゲット基板上に作製した酸化モリブデンの第1の層の上に、具体的な電子デバイスを構成するのに必要な数の半導体層を、それぞれの層が有するべき特性を持つように形成することにより、実現される。
【0023】
第2層以後の酸化モリブデンの層は、上述の第1層を形成するのと同様に、気相成長により形成することができる。その際、各層の厚さは堆積速度やターゲット基板およびソース金属板の温度、酸素流量等によって制御できる。また、各層の電気的特性はドーピングを行ったり、ターゲット基板またはソース金属板の温度を変えることにより、制御することができる。更に、ソース金属の種類を増すことにより、三元以上の混晶半導体層を形成することも可能である。酸化モリブデン又は酸化モリブデンを含む混晶半導体の層は、上述の気相成長の方法により、基板温度700℃以下、多くの場合650℃以下で作製することができる。
【0024】
ターゲット基板は、シリコン、ゲルマニウム等のIV族元素半導体、ガリウム砒素、ガリウム燐、インジウム燐、ガリウム窒化物等のIII−V族化合物半導体、酸化亜鉛、硫化カドミウム、セレン化亜鉛、セレン化テルル等のII−VI族化合物半導体、炭化ケイ素等のIV族化合物半導体、有機半導体、金属結晶もしくはそれらの誘導体又はガラスから成るものでよい。
【0025】
上述したような主たる構成要素である酸化モリブデンの作製方法および基板材料の選択等を踏まえ、本発明の電子デバイスの基本構造、およびその好適な実施態様をまとめると、次のようになる。
【0026】
(i)本発明の半導体電子デバイスは、基本的に、IV族元素半導体、III−V族化合物半導体、IV族化合物半導体、有機半導体、金属結晶もしくはそれらの誘導体又はガラスから成る基板上に形成された酸化モリブデンから成る層を有する。
【0027】
(ii)本発明の電子デバイスは、抵抗素子、ダイオード、トランジスタ、ホール素子、サーミスタ、サイリスタまたはメモリ素子として用いることができる。
【0028】
(iii)本発明の電子デバイスにおいて、好適には、前記酸化モリブデンの禁制帯幅は、3.45eV以上であり、酸化モリブデンは気相成長法によって形成されるものであり、およびデバイス層はシリコン基板上に形成されるものである。
【0029】
(iv)本発明の半導体電子デバイスがサイリスタとして用いられる場合は、前記酸化モリブデンから成る層が、次のいずれかの積層構造を有する。
・第1のp形酸化モリブデン層、第1のn形酸化モリブデン層、第2のp形酸化モリブデン層及び第2のn形酸化モリブデン層を、この順序で前記基板上に積層した構造。
・酸化モリブデンのバッファ層、第1のp形酸化モリブデン層、第1のn形酸化モリブデン層、第2のp形酸化モリブデン層及び第2のn形酸化モリブデン層をこの順序で前記基板上に積層した構造。
・第1のn形酸化モリブデン層、第1のp形酸化モリブデン層、第2のn形酸化モリブデン層及び第2のp形酸化モリブデン層を、この順序で前記基板上に積層した構造。
・酸化モリブデンのバッファ層、第1のn形酸化モリブデン層、第1のp形酸化モリブデン層、第2のn形酸化モリブデン層及び第2のp形酸化モリブデン層を、この順序で前記基板上に積層した構造。
(v)本発明の半導体電子デバイスが、電界効果トランジスタとして用いられる場合は、次のような構造となる。
・前記酸化モリブデンの層が、少なくとも前記電界効果トランジスタのチャンネル層として用いられる。
・デバイス特性の向上が望まれる場合は、少なくとも1つの酸化モリブデンから成るバッファ層が、前記チャネル層と前記基板との間に含まれる。
(vi)本発明の半導体電子デバイスがバイポーラトランジスタとして用いられる場合は、次のような構造となる。
・前記酸化モリブデンの層が、前記バイポーラトランジスタのエミッタ、ベースおよびコレクタの少なくとも1つの領域において用いられる。
・デバイス特性の向上が望まれる場合は、少なくとも1つの酸化モリブデンから成るバッファ層が、前記コレクタと基板との間又は前記エミッタと基板との間に含まれる。
【発明の効果】
【0030】
本発明の高耐圧、高耐環境電界効果トランジスタにより、たとえば高性能の自動車のエンジン制御装置が、また高耐圧、高耐環境バイポーラトランジスタあるいはサイリスタにより、高性能の電車のモータ制御装置、原子力設備における電気機器をはじめとする多くの高電圧電気機器や厳しい環境下で使用される電気機器が実現可能となり、本発明においては特に、従来各種の半導体電子デバイスに用いられている材料から成る基板上に作製された酸化モリブデンを用いることから、従来用いられてきた半導体電子デバイスの作製技術が適用でき、デバイス構造の複雑さが無く、かつ850℃以下の低温での作製が可能であるため、応用可能性は著しく拡大し、産業上の利点は計り知れないものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、図面を参照して、本発明の好適な実施例について、具体的に説明する。
【0032】
図1は、本発明の第1の実施例である電界効果トランジスタ(FET)(100)の概略を示す図である。図1において、基板(101)はシリコンから成るが、材料としてはシリコンには限定されない。基板(101)の上には酸化モリブデンの層(102)がある。層(102)は以下のような工程で形成した。先ず、ターゲット基板(101)としてシリコン基板を、またソース金属板としてモリブデン板を準備した。次に、ターゲット基板(101)とソース金属板を洗浄し、乾燥させた後、堆積装置内に設置した。次に、窒素ガス雰囲気下で、前記ターゲット基板(101)が530℃に、またソース金属板が630℃となるように、堆積装置内を加熱した。次の工程では、前記ターゲット基板(101)およびソース金属板が所定の温度に達した後、堆積装置内に高純度酸素を流し、6時間保った。次の工程では雰囲気を再び窒素に変え、室温まで冷却した。層(102)の厚さは6.0μmである。層(102)には意図的にはドーピングを行っていないが、キャリヤ密度1.0×1016cm-3のn形を示す。酸素空孔がドナとして働くためと考えられる。層(102)はシリコン基板(101)と酸化モリブデンが異なる格子定数をもつことから生じる層(102)内の構造的乱れを、後に形成する上の層に受け継がないよう機能するバッファ層の役割を持つ。層(102)はデバイスの動作原理上は必ずしも必要なものではなく、デバイス特性を向上させるために形成したもので、省いてもよい。
【0033】
層(102)上にはより良質のn形酸化モリブデン層(103)がある。酸化モリブデン層(103)はたとえばターゲット基板温度600℃、ソース金属板温度670℃において、層(102)を形成したのと同様の気相成長法で形成したもので、電子密度6.0×1016cm-3のn形である。層(103)の厚さは0.2μmである。層(103)は電界効果トランジスタのチャネル層である。
【0034】
層(103)上には白金/金の二重層から成るショットキー電極(110)が形成され、これは電界効果トランジスタのゲートとして働く。層(103)上にはまた、電極(110)をはさんでソース電極(111)およびドレイン電極(112)が形成され、いずれも金/チタン/金の三層構造をもつ。
【0035】
ゲート長2.5μm、ゲート幅100μmとしてシミュレーションした結果、相互コンダクタンスは最大30mS/mmとなり、優れたFET特性が得られた。図2にシミュレーションにより得られた500℃における電流−電圧特性を示す。また、耐圧はソース・ゲート間の電流−電圧測定において、100V以上で変化がないことが明らかになった。これらのシミュレーションにおいて、酸化モリブデンの禁制帯幅は3.75eVとした。以上の結果から、酸化モリブデンを用いれば、優れた耐環境電界効果トランジスタが、高価格な基板や高温プロセスを必要とせず、実現できることが明らかとなった。
【0036】
図3は、本発明の第2の実施例であるバイポーラトランジスタ(200)の概略を示す。図3において、基板(201)はシリコンから成るが、材料としてはシリコンには限定されない。基板(201)の上には、酸化モリブデンの層(202)がある。層(202)は以下のような工程で形成した。先ず、ターゲット基板(201)としてシリコン基板を、またソース金属板としてモリブデン板を準備した。次に、ターゲット基板(201)及びソース金属板を洗浄し、乾燥させた後、堆積装置内に設置した。次に、窒素ガス雰囲気下で、前記ターゲット基板(201)が530℃に、またソース金属板が630℃となるように、堆積装置内を加熱した。次の工程では、前記ターゲット基板(201)およびソース金属板が所定の温度に達した後、堆積装置内に高純度酸素を流し、6時間保った。次の工程では雰囲気を再び窒素に変え、室温まで冷却した。層(202)の厚さは6.0μmである。層(202)には意図的にはドーピングを行っていないが、キャリヤ密度1.0×1016cm-3のn形を示す。酸素空孔がドナとして働くためと考えられる。層(202)はシリコン基板(201)と酸化モリブデンが異なる格子定数をもつことから生じる層(202)内の構造的乱れを、後に形成する上の層に受け継がないよう機能するバッファ層の役割を持つ。層(202)はデバイスの動作原理上は必ずしも必要なものではなく、デバイス特性を向上させるために形成したもので、省いてもよい。
【0037】
層(202)上にはより良質のn形酸化モリブデン層(203)がある。酸化モリブデン層(203)はたとえばターゲット基板温度600℃、ソース金属板温度670℃において、層(202)を形成したのと同様の気相成長法で形成したもので、電子密度6.0×1016cm-3のn形である。層(203)の厚さは450nmで、バイポーラトランジスタ(200)のコレクタとして働く。層(203)の上には亜鉛をドープしたp形酸化モリブデンの層(204)がある。層(204)は、ターゲット基板温度を550℃、ソース金属板温度を650℃とし、ソース金属板とターゲット基板間の640℃の位置にドーパント源の酸化亜鉛(ZnO)の粉末を置いて、層(202)を形成したのと同様の工程で作製した。層(204)は厚さ350nm、正孔密度2.0×1017cm-3のp形で、バイポーラトランジスタ(200)のベースとして働く。層(204)の上には、バイポーラトランジスタ(200)のエミッタとして働くn形の酸化モリブデン層(205)がある。層(205)はターゲット基板(201)の温度を630℃、ソース金属板の温度を700℃とし、層(202)を形成したのと同様の気相成長法で形成した。層(205)の厚さは400nm、電子密度3.0×1017cm-3のn形である。図3に示されるように、エミッタ層(205)はベース層(204)上にベース電極(211)が形成できるよう、層(204)の周辺部以外の部分に形成される。エミッタ層(205)上には、エミッタ電極(212)が形成される。エミッタ電極(212)はアルミニウム/チタン二重層で、ベース電極(211)はニッケル/チタン/金の三層構造で形成されている。コレクタ電極(210)は金から成り、層(202)およびシリコン基板(201)がともに導電性であることから、シリコン基板(201)の裏面に形成されている。
【0038】
図4は、図3に示したバイポーラトランジスタ(200)についてシミュレーションした500℃における電流−電圧特性を示す図である。図4は、酸化モリブデンを用いたバイポーラトランジスタが、500℃の高温でも、安定に動作することを示している。GaNを用いたバイポーラトランジスタでは、300℃で動作することがこれまでに確認されているが、酸化モリブデンを用いることにより、更に高温で動作するバイポーラトランジスタが実現されることになる。しかも、高価な基板を必要とせず、デバイス作製プロセスにおいても1000℃を超えるような高温の加熱処理を必要としない。
【0039】
図5は、第3の実施例であるサイリスタ(300)の構造の概念図である。図5には動作原理上主要な要素のみが示されている。図5において、サイリスタ(300)はシリコンの基板(301)を含むが、基板材料はシリコンには限定されない。基板(301)上にはバッファ層(302)、p形酸化モリブデンの層(303)、n形酸化モリブデンの層(304)、p形酸化モリブデンの層(305)及びn形酸化モリブデンの層(306)を含むが、これらの層はいずれも第1及び第2の実施例で述べたのと同様の気相成長法で作製した。バッファ層(302)はターゲット基板温度及びドーパント源である酸化亜鉛の温度をともに600℃とし、ソース金属板温度を680℃として形成した。厚さは6.0μmで、p形である。層(303)はターゲット基板温度を600℃、酸化亜鉛の温度を650℃、およびソース金属板温度を670℃として形成した。厚さは50nm、正孔密度は7.0×1017cm-3である。層(303)の上にはn形酸化モリブデンの層(304)がある。層(304)はターゲット基板温度540℃、ソース金属板温度640℃で形成され、電子密度2.0×1016cm-3、厚さ160nmである。層(304)の上にはp形酸化モリブデンの層(305)がある。層(305)はターゲット基板温度530℃、酸化亜鉛温度610℃、ソース金属板温度630℃で形成され、厚さ80nm、正孔密度7.0×1016cm-3である。層(305)の上にはその周辺部以外の部分に、n形酸化モリブデンの層(306)が形成されている。層(306)はターゲット基板温度630℃、ソース金属板温度700℃で形成され、厚さ60nm、電子密度は3.0×1017cm-3である。層(306)の上にはカソード電極(311)が、層(305)の露出した周辺部にはゲート電極(312)が、またシリコン基板裏面にはアノード電極(313)が形成されている。カソード電極(311)はアルミニウム/チタンの二重層で、ゲート電極(312)はニッケル/チタン/金の三重層で、アノード電極(313)は金で形成されている。
【0040】
図5にその構造が示されたサイリスタについて、酸化モリブデンの禁制帯幅を3.75eVとして動作のシミュレーションを行った結果、繰り返しオフ電圧は5200V、可制御オン電流は5000Aであった。SiCを用いた同型のサイリスタでは、繰り返しオフ電圧は4500V、可制御オン電流は4000Aであることが知られており、これと比較すると、酸化モリブデンを用いて作製したサイリスタは、SiCを用いたサイリスタよりも著しく優れた特性をもつことがわかる。なお、GaNを用いたサイリスタについては報告がなされていない。
【0041】
図6は、シミュレーションにより得られた耐圧とオン抵抗の関係を示す図である。図中の直線(1001)は禁制帯幅3.75eVをもつ酸化モリブデンを用いたサイリスタの場合であり、また直線(1002)はSiCを、直線(1003)はSiを用いた場合についての結果である。この図からも酸化モリブデンを用いることにより、SiやSiCを用いたサイリスタに比べ、きわめて優れたサイリスタが実現できることがわかる。
【0042】
以上のように、酸化モリブデンを用いることによって、高価な基板を必要とすることなく、しかも高温下での作製プロセスによらず、既存のサイリスタに比べ優れた特性を有するサイリスタが実現できることが明らかである。
なお、図5にはカソード電極が形成された最も上の層から、下に向かって各層の伝導形がnpnpとなる構造が示されているが、サイリスタとしては原理的にはpnpnでもさしつかえない。
また、バイポーラトランジスタは2つのpn接合を含むが、バイポーラトランジスタが形成できるということは、当然にpn接合1個を含むダイオードが形成できることは、当業者には明らかである。従って、pn接合ダイオードも本発明の技術的範囲に含まれる。
また、本発明の方法において、酸化モリブデンの層は、基板温度700℃以下、多くの場合650度以下で作製することができるが、電子デバイスの構造又はその製造プロセス上、特に制約がなければ、これ以上の温度で作製することは可能である。
【0043】
以上のように、主としてトランジスタおよびサイリスタに本発明に係る従来各種の半導体電子デバイスに用いられている材料から成る基板上に作製された高純度酸化モリブデンを応用する例を詳細に説明してきたが、本発明の技術的範囲はこれらに限定されるものではない。本発明の高純度酸化モリブデンは、その大きい禁制帯幅、および/又は製造の容易さを利する。加えて、GaNを用いた電子デバイスやSiCを用いた電子デバイスで問題となっている基板に関する諸問題、特にサファイア基板を用いた場合、絶縁性であるため、その上に電極が形成できず、デバイス構造及び作製プロセスが複雑になることや、基板が高価であったり、大口径化が困難であるといった問題が本発明により解決される。これらの点は、当業者には周知のデバイスおよび今後開発されるデバイスにも広く適用することが可能である。これらも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の第1の実施例である電界効果トランジスタの構造を概念的に示す図である。
【図2】図1にその構造が示された電界効果トランジスタについて、シミュレーションにより得られた500℃における電流−電圧特性を示す図である。
【図3】本発明の第2の実施例であるバイポーラトランジスタの構造を概念的に示す図である。
【図4】図3にその構造が示されたバイポーラトランジスタについて、シミュレーションにより得られた500℃における電流−電圧特性を示す図である。
【図5】本発明の第3の実施例であるサイリスタの構造を概念的に示す図である。
【図6】酸化モリブデンを用いたサイリスタについて、シミュレーションにより得られた耐圧とオン抵抗の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0045】
100 電界効果トランジスタ
101 基板
102 層
103 酸化モリブデン層
110 ショットキー電極
111 ソース電極
112 ドレイン電極
200 バイポーラトランジスタ
201 基板
202 層
203 n形酸化モリブデン層、層
204 p形酸化モリブデン層、層
205 n形酸化モリブデン層、層
210 コレクタ電極
211 ベース電極
212 エミッタ電極
300 サイリスタ
301 基板
302 層
303 p形酸化モリブデン層、層
304 n形酸化モリブデン層、層
305 p形酸化モリブデン層、層
306 n形酸化モリブデン層、層
311 カソード電極
312 ゲート電極
313 アノード電極
1001,1002,1003 直線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
半導体電子デバイスであって、
IV族元素半導体、III−V族化合物半導体、II−VI族化合物半導体、IV族化合物半導体、有機半導体、金属結晶もしくはそれらの誘導体又はガラスから成る基板上に形成された酸化モリブデンから成る層を有することを特徴とする半導体電子デバイス。
【請求項2】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記デバイスが、抵抗素子、ダイオード、トランジスタ、ホール素子、サーミスタ、バリスタ、サイリスタまたはメモリ素子である半導体電子デバイス。
【請求項3】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記酸化モリブデンの禁制帯幅が、3.45eV以上である半導体電子デバイス。
【請求項4】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記酸化モリブデンが、気相成長法によって形成されるものである半導体電子デバイス。
【請求項5】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
デバイス層がシリコン基板上に形成されている半導体電子デバイス。
【請求項6】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体電子デバイスがサイリスタであり、および
前記酸化モリブデンから成る層が、第1のp形酸化モリブデン層、第1のn形酸化モリブデン層、第2のp形酸化モリブデン層及び第2のn形酸化モリブデン層を、この順序で前記基板上に積層した構造を有する半導体電子デバイス。
【請求項7】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体電子デバイスがサイリスタであり、及び
前記酸化モリブデンから成る層が、酸化モリブデンのバッファ層、第1のp形酸化モリブデン層、第1のn形酸化モリブデン層、第2のp形酸化モリブデン層及び第2のn形酸化モリブデン層をこの順序で前記基板上に積層した構造を有する半導体電子デバイス。
【請求項8】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体電子デバイスがサイリスタであり、及び
前記酸化モリブデンから成る層が、第1のn形酸化モリブデン層、第1のp形酸化モリブデン層、第2のn形酸化モリブデン層及び第2のp形酸化モリブデン層を、この順序で前記基板上に積層した構造を有する半導体電子デバイス。
【請求項9】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体デバイスがサイリスタであり、及び
前記酸化モリブデンから成る層が、酸化モリブデンのバッファ層、第1のn形酸化モリブデン層、第1のp形酸化モリブデン層、第2のn形酸化モリブデン層及び第2のp形酸化モリブデン層を、この順序で前記基板上に積層した構造を有する半導体電子デバイス。
【請求項10】
請求項6ないし9のうちのいずれかに記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記基板が、シリコンから成るものである半導体電子デバイス。
【請求項11】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体電子デバイスが電界効果トランジスタであり、および
前記酸化モリブデンの層は、少なくとも該電界効果トランジスタのチャンネル層として用いられるものである半導体電子デバイス。
【請求項12】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体電子デバイスが電界効果トランジスタであり、および
前記酸化モリブデン層がシリコン基板上に形成されるものである半導体電子デバイス。
【請求項13】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体電子デバイスが電界効果トランジスタであり、および
少なくとも1つの酸化モリブデンから成るバッファ層が、前記チャネル層と前記基板との間に含まれる半導体電子デバイス。
【請求項14】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体電子デバイスがバイポーラトランジスタであり、及び
前記酸化モリブデンの層が、前記バイポーラトランジスタのエミッタ、ベースおよびコレクタの少なくとも1つの領域において用いられるものである半導体電子デバイス。
【請求項15】
請求項1に記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体電子デバイスがバイポーラトランジスタであり、および
前記酸化モリブデン層がシリコン基板上に形成されるものである半導体電子デバイス。
【請求項16】
請求項1記載の半導体電子デバイスにおいて、
前記半導体電子デバイスがバイポーラトランジスタであり、および
少なくとも1つの酸化モリブデンから成るバッファ層が、前記コレクタと基板との間又は前記エミッタと基板との間に含まれる半導体電子デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−202872(P2006−202872A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−11248(P2005−11248)
【出願日】平成17年1月19日(2005.1.19)
【出願人】(500293559)
【Fターム(参考)】