説明

減速走行下における触媒劣化診断方法

【課題】内燃機関の排気通路における触媒の劣化診断において、コストの高騰を伴うことなく、中低速での加減速運転の多い一般道路走行を含めた走行時に、触媒の劣化状態の診断を可能にする。
【解決手段】内燃機関の排気通路に備えられた三元触媒の下流側に、排気ガス中の酸素濃度を検出する酸素センサを備え、減速運転域での燃料カット制御後に生じさせた空燃比リッチスパイク時における、酸素濃度の経時的変化量を計測し、前記経時的変化量から前記触媒の酸素吸蔵能力を評価し、前記酸素吸蔵能力を触媒劣化指標として、前記触媒の劣化判定の基準となる閾値と比較することによって、前記触媒の劣化を診断する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンのように燃料を燃焼させて回転力を得る内燃機関における排気管に装着される三元触媒のような排気ガスを浄化する触媒が劣化しているか否かを診断する触媒劣化診断方法に関するものであり、特に、従来の所定回転域における定常走行時に限らずに、一般走行における減速運転域において診断が可能な触媒劣化診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば内燃機関の排気管に排気ガスの浄化のために備えられた三元触媒のような触媒では、助触媒として添加しているセリア(CeO)が持つ酸素吸蔵能力(OSC)により、突発的な空燃比変動に対して、理論空燃比近傍での酸化反応と還元反応の両立を持続可能とし、高い浄化性能を実現している。
【0003】
ところが、前記触媒機能が低下し、或いは正常に機能していない場合には排気ガス中の炭化水素、一酸化炭素、窒素酸化物などの有害物が排出されてしまうことになる。そのため、車両に備えられた触媒が劣化しているか否かの診断を走行時に実行することが行われている。
【0004】
前記触媒の診断方法として、触媒が劣化すると、浄化性能の低下とともにセリアによるOSCも低下し、触媒層に十分な酸素が蓄えられなくなり、触媒の下流に酸素分子が放出され易くなることに着目して触媒が備えられた内燃機関の排気通路における前記触媒の上流(入口)側と下流(出口)側に排気ガス中の酸素濃度を検出する上流側酸素濃度検出手段と下流側酸素濃度検出手段をそれぞれ備え、内燃機関の所定条件による運転時に、前記上流側酸素濃度検出手段と下流側酸素濃度検出手段により検出した前記排気通路における触媒の上流側と下流側において検出した排気ガス中の酸素濃度変化を比較することによりOSCの低下を検知して前記触媒の劣化を診断する方法が一般に採用されており、これらの技術に関連する技術が例えば特開平5―163989号公報、特開2001−342824号公報などに多数が提示されている。
【0005】
しかしながら、前記公報に提示されている従来の診断方法は、触媒前後での酸素濃度変動の回数を計測して比較し、劣化により触媒後の変動数が増加して、ある閾値を超えた時点で故障と判断する方法であり、この診断方法を用いて安定した診断結果を得るためには、例えば、診断条件として車速70km/h程度で定常走行しているときに診断を実行する必要があり、一般道走行での法定速度が60km/h上限であることから、このような高速走行を行う機会の少ない我が国の交通事情において、触媒診断の実行率を上げるという観点から、このような診断条件は適してないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−163989号公報
【特許文献2】特開2001−342824号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記のような問題点を解決しようとするものであり、前記触媒が備えられた内燃機関の排気通路における前記触媒の下流側に備えられた排気ガス中の酸素濃度を検出する下流側酸素濃度検出手段を用いることにより、コストの高騰を伴うことなく、中低速での加減速運転の多い一般道路走行を含めた走行時において、触媒の劣化状態の診断を可
能にする方法の構築を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
そこで、本発明における内燃機関における減速走行下における触媒劣化判定方法は、内燃機関の排気通路に排気ガスを浄化する触媒を設け、
前記排気通路に設けられた触媒の下流側に、排気ガス中の酸素濃度を検出する酸素濃度検出手段を備え、
減速運転域での燃料カット制御後に生じさせた空燃比リッチスパイク時における、
前記酸素濃度検出手段から検出される酸素濃度の経時的変化量を計測し、
前記酸素濃度の経時的変化量から前記触媒の酸素吸蔵能力を評価し、
前記酸素吸蔵能力を触媒劣化指標として、前記触媒の劣化判定の基準となる閾値と比較することによって、前記触媒の劣化を診断することを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、酸素濃度の検出時期についての運転条件を減速時における空燃比リッチスパイク時とすることにより、リーン雰囲気における触媒層がHOによって一時的被毒状態となる場合をなくし、下流側酸素濃度検出手段により検知する酸素濃度の変化を触媒の作用面積による減少なのか触媒の熱劣化等による触媒の不活性化による減少なのかが区別ができるようにした。
【0010】
また、本発明においては、前記排気ガスを浄化する触媒が三元触媒であるとともに、前記酸素濃度検出手段が、酸素濃度を電圧により検知する酸素センサであって、酸素濃度の経時的変化量を、前記酸素センサにより検出した電圧の経時的な応答の変化を基に計測される前記触媒の酸素吸蔵能力を触媒劣化指標とする。
また、前記燃料カット制御後に空燃比リッチスパイクが生じたことを、前記酸素センサの信号の応答から判断することを特徴としている。
このように、本発明において、前記酸素センサにより検出された電圧の経時的変化から空燃比リッチスパイクの発生や三元触媒の酸素吸蔵能を評価することを可能とし、正確かつ容易な前記触媒の劣化診断法を実現した。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、新たな診断用センサを必要とせず、複雑な装置を追加しなくても、低コストで、三元触媒装置の劣化診断を高速域の定常走行時だけでなく、一般道路走行を含めた走行時において必然的に生じる減速域において診断を実行することにより、高い診断実行率を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】減速域での酸素センサの信号挙動を用いた触媒および酸素センサの診断フロー。
【図2】減速時の燃料カット制御を利用した触媒診断方法の概要。
【図3】Redoxファクターによる触媒Oストレイジ能・Oセンサ応答診断フロー。
【図4】Redoxファクターによる触媒Oストレイジ能の診断。
【図5】供試車両および実験装置。
【図6】新品触媒の排出量を基準値1とする排出割合によって表したTHC(全炭化水素)およびNOxの排気特性。
【図7】JE05モード走行での触媒劣化診断実施例。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、図面を参照しながら本発明を実施するための形態を説明する。
【0014】
図1は、内燃機関の減速域における酸素濃度検出手段(酸素センサ)の信号挙動を用いた触媒および酸素濃度検出手段の故障診断のフロー図である。具体的には、走行条件が定常走行或いは加速走行状態から減速走行状態へ移行すると、運転者はアクセルペダルから足を離すことから、これが引き金となって空燃比フィードバック制御が停止し、同時に燃料カット制御が開始される。減速状態が続き所定のエンジン回転速度以下となると、空燃比のリッチ化制御が実行され、その後に空燃比フィードバック制御が回復する。
【0015】
本発明の形態では、前記空燃比の変化を前記触媒の下流側酸素濃度検知手段からの検知信号の変化として読み取り、この情報を基にして、酸素濃度検知用センサの応答診断および触媒の酸素吸蔵能(触媒Oストレイジ能)の診断を実行する。先ず、酸素濃度検知用センサの応答診断を実行する。この診断の結果、異常を検出した場合には、酸素濃度検知用センサの故障と判定し、触媒診断を実行せずに終了する。酸素濃度検知用センサの応答が正常の場合には、触媒の酸素吸蔵能の診断を行い、その診断の結果、触媒Oストレイジ能が異常と判定された場合には、触媒の故障と判定し、触媒Oストレイジ能が正常と判定された場合には触媒の正常判定を行い、触媒劣化診断を終了する。
【0016】
さらに、詳述すると、減速時の燃料カット制御が行われると、減速時の燃料カット状態から通常運転に復帰させるタイミングでスパイク状の燃料噴射を行う。そのとき、三元触媒後の酸素センサに、図2に示すような信号の応答が表れる。
【0017】
即ち、新品の触媒については、図記Iで示す通常運転を行うとき、理論空燃比近傍で運
転しているためエンジンから排出された酸化要素(O、NOx等)と還元要素(CO、H
C(炭化水素)等)および化学的に安定した反応生成物(CO、HO等)が触媒に入り
、触媒層での酸化還元反応の後に触媒下流に反応生成物を主とするガスが排出される(図2(a))。
【0018】
このため、触媒下流側酸素濃度検出手段からは理論空燃比近傍の安定した電圧が出力されることになり、次に、燃料カット制御(図記II)を行うと、エンジンから空気(N+O
)が排出されるため、触媒層では酸素と還元要素が反応して反応生成物に転換されてい
く。同時に触媒層への酸素吸着が進行して飽和状態となり、その時点で触媒通過後ガスの酸素濃度が高くなる。
【0019】
その後、スパイク状の燃料噴射を実行(図記III)すると、エンジンから排出された還元
要素(CO、HC等)が触媒層に吸着された酸素と反応し、触媒からは完全燃焼状態のガスが排出される。このため、触媒通過後の還元要素濃度は減少し、酸素センサ信号は理論空燃比近傍の値を保持することとなる。
【0020】
この現象は触媒層に吸着された酸素が触媒に導入された還元要素を完全酸化できなくなるまで継続し、その後、還元要素が過剰になって触媒から還元要素が排出されることとなる(図IV)。このIII状態が継続している時間Tは触媒のOSCに由来するため、劣化し
た触媒(図2(b))では、III状態の時間Tが短くなる。また、このIII状態では、酸素
センサの信号に肩部が現れ、この肩部の時間を計測することでIII状態の継続時間を知る
ことができる。
【0021】
本診断方法では車速40km/h程度からの減速で実行可能であり、過渡運転の多い一般道路走行において、診断実行の機会が多くなる。また、減速域での診断であることから、診断による走行性能、排出ガス性能および燃費性能への悪影響を抑制できる。
【0022】
また、排出ガス流量が変動する実用運転状態における触媒層内の酸化・還元雰囲気状態の推移を定量的に表すため、下記の式によって与えられるRedoxファクター(mol
/秒)によって評価する(図4)することにより、触媒酸素吸蔵能(触媒Oストレイジ能)の評価が可能である。
【0023】
尚、前記Redoxファクターは、排出ガスサンプル点における排出ガス中の単位時間当たりの化学量論的正負酸素分子のモル数を表している。

【実施例】
【0024】
次に本発明の実施例に基づいて、本発明がきわめて有効であることを実証する。
【0025】
〔供試車両および実験装置〕
実験に用いた車両の主要諸元を図5に示す。劣化触媒は950℃の熱負荷を電気炉で一定時間与えることにより製作した。欧州OBD規制ではCNGトラックが対象となっていること、また世界規模で導入台数の増加が予想されることから、試験車両はCNGトラックとした。触媒診断の評価試験は、日本国内向けCNGトラックを用い、一般路上走行に近くなるように、JE05試験モードを、シャシダイナモメータ台上で運転して実施した。
【0026】
〔劣化処理触媒の排気特性〕
供試触媒の熱劣化履歴とJE05モード走行エミッションの関係について以下に示す。日本のOBD規制ではNMHC(非メタン炭化水素)で故障診断の閾値を規定しているが、本研究では、天然ガスの主成分がメタンであることから、メタンを除外するNMHCでの評価は適切ではないと考え、THC(全炭化水素)で評価を行った。新品触媒の排出量を基準値1とする排出割合によってTHCおよびNOxの排気特性を比較した結果を図6に示す。THCは新品から熱劣化30時間までは急激な増加傾向を示し、その後は横ばい状態となった、また、NOxは熱劣化30時間まで排出量増加はなく、その後は徐々に増加した。熱劣化300時間では、新品と比較してTHCは約35倍、NOxは約2.5倍の排出量となった。
【0027】
〔診断方法の検証〕
図7にJE05モード走行での診断実施例を示す。本診断方法では、減速域での燃料カット後に、燃料噴射による空燃比リッチスパイクを発生させる。このとき新品触媒(図7(a))では、OSCの働きにより触媒後の酸素センサ信号に肩部を伴う二段応答が認められ
る。これに対し、950℃の熱負荷を500時間与えた劣化触媒(図7(b))では、肩部が
ほとんど認められず早い応答となる。これらの結果から、肩部の時間(T、T)を検知することにより、触媒の劣化診断が可能であることがわかる。
【0028】
また、本触媒劣化診断方法をJE05モード走行時に実行しても、THCおよびCO排出量はほとんど変化しなかった。これは排気ガス流量が少ない減速域で触媒診断を実行
するため、リッチスパイクを発生させても、エミッションや燃費への影響が少ないものと考えられる。以上より、本触媒劣化診断方法は、一般道路走行の減速域における触媒診断法として有効である。
【0029】
以上のように、触媒の劣化診断を、減速域において実行する方法を開発した。
この方法は、燃料カット後に燃料噴射による空燃比リッチスパイクを発生させ、それによって触媒後の酸素センサの信号に現れる肩部の時間を計測することによって、触媒の酸素吸蔵能力を評価し、これを触媒劣化の指標とする。今後、世界的に、故障診断実行率に関する法規制の強化が予測されることから、本発明の必要性が増すものと考える。
【0030】
なお、本実施をするための形態においては、酸素濃度検出手段として、電圧により酸素量を検出する酸素センサを用いたが、排気ガス中の酸素濃度を定量的に検知できるセンサであれば、他の手段を用いてもよい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関の排気通路に排気ガスを浄化する触媒を設け、
前記排気通路に設けられた触媒の下流側に、排気ガス中の酸素濃度を検出する酸素濃度検出手段を備え、
減速運転域での燃料カット制御後に生じさせた空燃比リッチスパイク時における、
前記酸素濃度検出手段から検出される酸素濃度の経時的変化量を計測し、
前記酸素濃度の経時的変化量から前記触媒の酸素吸蔵能力を評価し、
前記酸素吸蔵能力を触媒劣化指標として、前記触媒の劣化判定の基準となる閾値と比較することによって、前記触媒の劣化を診断することを特徴とする減速走行下における触媒劣化診断方法。
【請求項2】
前記排気ガスを浄化する触媒が三元触媒であることを特徴とする請求項1に記載の減速走行下における触媒劣化診断方法。
【請求項3】
前記酸素濃度検出手段は、酸素濃度を電圧により検知する酸素センサであって、
酸素濃度の経時的変化量を、前記酸素センサにより検出した電圧の経時的な応答の変化を基に計測される前記触媒の酸素吸蔵能力を
触媒劣化指標とする請求項1または2に記載の減速走行下における触媒劣化診断方法。
【請求項4】
前記燃料カット制御後に空燃比リッチスパイクが生じたことを、
前記酸素センサの信号の応答から判断する請求項1、2または3に記載の減速走行下における触媒劣化診断方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−83196(P2013−83196A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−223407(P2011−223407)
【出願日】平成23年10月7日(2011.10.7)
【出願人】(301028761)独立行政法人交通安全環境研究所 (55)
【出願人】(000153122)株式会社ニッキ (296)
【Fターム(参考)】