説明

燃料電池用セパレータ材料、それを用いた燃料電池用セパレータ、燃料電池スタック、及び燃料電池セパレータ用材料の製造方法

【課題】Auを含む表面層をステンレス基材上に強固かつ均一に形成させることができ、燃料電池用セパレータに要求される耐食性、導電性及び耐久性も確保できる燃料電池用セパレータ材料を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼基材2の表面に、CrとAuとを含み、Feが10質量%以下含まれる表面層6が形成され、表面層のどの深さにおいても、金属状態のCrの含有量が25質量%以下である燃料電池用セパレータ材料である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面にAu又はAu合金(Auを含む層)が形成された燃料電池用セパレータ材料、それを用いた燃料電池用セパレータ、燃料電池スタック、及び燃料電池セパレータ用材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子型の燃料電池用セパレータは電気伝導性を有し、各単セルを電気的に接続し、各単セルで発生したエネルギー(電気)を集電すると共に、各単セルへ供給する燃料ガス(燃料液体)や空気(酸素)の流路が形成されている。このセパレータは、インターコネクタ、バイポーラプレート、集電体とも称される。
このような燃料電池用セパレータとして、従来はカーボン板にガス流通路を形成したものが使用されていたが、材料コストや加工コストが大きいという問題がある。一方、カーボン板の代わりに金属板を用いる場合、高温で酸化性の雰囲気に曝されるために腐食や溶出が問題となる。このようなことから、ステンレス鋼板の表面にAu,Ru、Rh、Cr、Os、Ir及びPt等から選ばれる貴金属とAuとの合金をスパッタ成膜して導電部分を形成する技術が知られている(特許文献1)。
【0003】
一方、ステンレス鋼基材の酸化被膜の上に、Ti,Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W等からなる中間層を介してAu膜を形成する燃料電池用セパレータが知られている(特許文献2)。この中間層は、基材酸化膜との密着性、すなわちO(酸素原子)との結合性が良いとともに、金属または半金属から形成されているためにAu膜との密着性、結合性が良いとされている。
又、ステンレス鋼板の表面に、下地処理を施さずに酸性浴にて金めっきを施す燃料電池用金属製セパレータが報告されている(特許文献3)。
【0004】
又、固体高分子型燃料電池において、アノードに供給する燃料ガスとして、取扱いが容易なメタノールを使用するダイレクトメタノール型燃料電池(DMFC(direct methanol fuel cell))も開発されている。DMFCは、メタノールから直接エネルギー(電気)を取り出すことができるため、改質器などが不要で燃料電池の小型化に対応でき、携帯機器の電源としても有望視されている。
DMFCの構造としては、以下の2つが提案されている。まず第1の構造は、単セル(固体高分子型電解質膜を燃料極と酸素極で挟み込んだ膜電極接合体(以下、MEAという)を積層した積層型(アクティブ型)構造である。第2の構造は、単セルを平面方向に複数個配置した平面型(パッシブ型)構造である。これらの構造は、いずれも単セルを複数個直列に繋いだもの(以下、スタックという)であるが、このうち、パッシブ型構造は、燃料ガス(燃料液体)や空気などをセル内に供給するための能動的な燃料移送手段を必要としないため、更なる燃料電池の小型化が有望視されている。
【0005】
そして、DMFC用集電体に要求される条件は、水素ガスを用いる固体高分子型燃料電池用セパレータと比較すると多い。すなわち、通常の固体高分子型燃料電池用セパレータに要求される硫酸水溶液への耐食性に加え、燃料であるメタノール水溶液への耐食性、及び蟻酸水溶液への耐食性が必要である。蟻酸は、アノード触媒上でメタノールから水素イオンが生成する際に発生する副生成物である。
このようにDMFC作動環境下では、従来の固体高分子型燃料電池用セパレータに用いる材料をそのまま適用できるとは限らない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001−297777号公報
【特許文献2】特開2004−185998号公報
【特許文献3】特開2004−296381号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記した特許文献1記載の技術の場合、密着性の良いAu合金膜を得るためには、ステンレス鋼表面の酸化皮膜を取り除く処理が必要であり、酸化被膜の除去が不充分な場合は貴金属膜の密着性が低下するという問題がある。
又、特許文献2に記載されているように、単に中間層を設けるだけでは十分な密着性が得られず、そのため燃料電池のセパレータとしての十分な導電性や耐食性も得られない。特に、燃料電池の動作環境下での耐食性を向上させる点で不十分である。
一方、特許文献3記載の技術の場合、湿式の金めっきの電着形状が粒状であるため、金めっきの付着量が少ないと基材表面の一部に非めっき部分となる部分が生じる。そのため、基材表面全体を均一に金めっきするためには、Auの付着量を多くする必要がある。
【0008】
すなわち、本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、Auを含む表面層をステンレス基材上に強固かつ均一に形成させることができ、燃料電池用セパレータに要求される耐食性、導電性及び耐久性も確保できる燃料電池用セパレータ材料、それを用いた燃料電池用セパレータ、燃料電池スタック、及び燃料電池セパレータ用材料の製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは種々検討した結果、ステンレス鋼基材の表面に所定の金属と酸素とを含む中間層を形成させ、中間層の上にAuを含む層を形成させることで、含Au(合金)層をステンレス鋼基材上に強固かつ均一に形成可能であり、燃料電池用セパレータに要求される導電性と耐食性を確保できることを見出した。
すなわち、上記の目的を達成するために、本発明の燃料電池用セパレータ材料は、ステンレス鋼基材の表面に、CrとAuとを含み、Feが10質量%以下含まれる表面層が形成され、前記表面層のどの深さにおいても、金属状態のCrの含有量が25質量%以下である。
【0010】
前記表面層の最表面はAuを10質量%以上含み、かつ前記表面層はAuを20質量%以上含む厚み3nm以上のAu含有領域を含むことが好ましい。
前記表面層と前記ステンレス鋼基材との間に、Crを20質量%以上含み、Oを20質量%以上50質量%未満含む中間層が存在することが好ましい。
前記表面層は、金属状態のCrを10質量%以上含む厚み3nm〜15nmのCr含有領域を含むことが好ましい。
本発明の燃料電池用セパレータ材料は固体高分子形燃料電池又はダイレクトメタノール型固体高分子形燃料電池に用いられることが好ましい。
【0011】
本発明の燃料電池用セパレータは、前記燃料電池用セパレータ材料を用い、前記ステンレス鋼基材に予めプレス加工による反応ガス流路及び/又は反応液体流路を形成した後、前記表面層又はAu単独層を形成して成る。
【0012】
本発明の燃料電池用セパレータは、前記燃料電池用セパレータ材料を用いた燃料電池用セパレータであって、前記ステンレス鋼基材に前記表面層又はAu単独層を形成した後、プレス加工による反応ガス流路及び/又は反応液体流路を形成して成る。
【0013】
本発明の燃料電池スタックは、前記燃料電池用セパレータ材料、又は前記燃料電池用セパレータを用いたものである。
【0014】
本発明の燃料電池セパレータ用材料の製造方法は、ステンレス鋼基材表面に乾式めっきにより前記第1成分を1nm以上被覆した後,乾式めっきによりAu又はAu合金を1nm以上被覆する。
前記乾式めっきがスパッタ法であることが好ましい。
前記Au又はAu合金を乾式めっきした後、100℃〜200℃の温度で数分〜200時間の熱処理を行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、Auを含む表面層をステンレス基材上に強固かつ均一に形成させることができ、燃料電池用セパレータに要求される耐食性、導電性及び耐久性も確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る燃料電池用セパレータ材料の構成を示す模式図である。
【図2】本発明の第2の実施形態に係る燃料電池用セパレータ材料の構成を示す模式図である。
【図3】実施例2に係る燃料電池用セパレータ材料のXPS分析結果を示す図である。
【図4】比較例12に係る燃料電池用セパレータ材料のXPS分析結果を示す図である。
【符号の説明】
【0017】
2 ステンレス鋼基材
2a 中間層
6 表面層
8 Au単独層
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態に係る燃料電池用セパレータ材料について説明する。なお、本発明において%とは、特に断らない限り、質量%を示すものとする。
又、本発明において「燃料電池用セパレータ」とは、電気伝導性を有し、各単セルを電気的に接続し、各単セルで発生したエネルギー(電気)を集電すると共に、各単セルへ供給する燃料ガス(燃料液体)や空気(酸素)の流路が形成されたものをいう。セパレータは、インターコネクタ、バイポーラプレート、集電体とも称される。
従って、燃料電池用セパレータとして、板状の基材表面に凹凸状の流路を設けたセパレータの他、上記したパッシブ型DMFC用セパレータのように板状の基材表面にガスやメタノールの流路孔が開口したセパレータを含む。
さらに、固体高分子形燃料電池としては、固体高分子を膜材料に用いて電極で挟んだ構造を有するものであればよく、用いる燃料にも特に限定はないが、燃料としては例えば水素やメタノールが挙げられる。
【0019】
<第1の実施形態>
以下、本発明の第1の実施形態に係る燃料電池用セパレータ材料について説明する。図1に示すように、第1の実施形態に係る燃料電池用セパレータ材料は、ステンレス鋼基材2の表面に中間層2aが形成され、中間層2aの上に表面層6が形成されてなる。
【0020】
<ステンレス鋼基材>
燃料電池用セパレータ材料としては、耐食性が要求され、導電性膜となる表面層(Au単独層)には耐食性と導電性が求められる。このため、基材には耐食性に優れたステンレス鋼材を用いる。
ステンレス鋼基材2の材質は、ステンレス鋼であれば特に制限されないが、高耐食性のステンレス鋼が望ましく、高耐食性ステンレス鋼の多くは、CrまたはNi濃度が高いものが多い(例:SUS316L)。又、ステンレス鋼基材2の形状も特に制限されず、第1成分及び金をスパッタできる形状であればよいが、セパレータ形状にプレス成形することを考えると、ステンレス鋼基材の形状は板材であることが好ましく、ステンレス鋼基材全体の厚みが50μm以上の板材であることが好ましい。
なお、後述する中間層2aに含まれるO(酸素)は、ステンレス鋼基材2を空気中に放置したり、スパッタによりステンレス鋼基材2表面に被膜を形成する際に真空中に放置することにより自然形成されるが、Oの範囲が20質量%以上50質量%未満になるのであれば酸化雰囲気で積極的にOをステンレス鋼基材2表面に形成させてもよい。
【0021】
<表面層>
ステンレス基材2の表面に(必要に応じて中間層2aを介して)、CrとAuとを含み、Feが10質量%以下含まれる表面層6が形成される。この表面層6は、ステンレス基材にAuの特性(耐食性、導電性等)や耐水素脆性を付与するためのものである。なお、Feが10質量%を超えて含まれる領域は、ステンレス鋼基材2(またはステンレス鋼基材2上に形成される後述する中間層2a)であるとみなす。
Crは、a)酸素と結合しやすい、b)Auと合金を構成する、c)水素を吸収し難い、d)耐食性が良いという性質を有しており、表面層に上記した機能を付与するとともに、必要に応じて中間層を形成して表面層とステンレス基材との密着性を向上させる。
Crは電位-pH図からAuより易酸化性であり、また水素を吸収しにくい特性があるので、これを利用してCrを以下の中間層の構成元素として用いると好ましい。
【0022】
表面層は、後述するXPS(X線光電子分光)分析により確認することができ、XPS(X線光電子分光分析装置)分析により、1)CrとAuとが検出され、2)表面層のどの深さにおいても、金属状態のCrの含有量が25質量%以下であることが検出され、3)さらに、Feが10質量%以下含まれることが必要である。
ここで、上記2)において、「金属状態のCr」とは、金属Crであり、酸化Crを含まない。又、上記2)の規定理由は、表面層に金属状態のCrの含有量が25質量%を超えて含まれる部分があると、燃料電池の実環境における電位(1.0 V vs. SHE)を印加した腐食試験(定電位試験)を行った際、Crが溶出または酸化して表面層が剥がれたり、Crが酸化して試験後の接触抵抗が高くなるからである。また、大気から燃料電池に混入すると考えられるClを含有した腐食液での耐食性において、Crが腐食を起こして表面層が剥がれたり、Crが酸化して試験後の接触抵抗が高くなるからである。
【0023】
表面層の厚みは1〜100nmであることが好ましい。表面層の厚みが1nm未満であると、ステンレス基材上に燃料電池用セパレータに要求される耐食性を確保できなくなる場合がある。表面層の厚みがより好ましくは2nm以上、さらには好ましくは4nm以上である。表面層の厚みが100nmを超えると省金化が図られずコストアップとなる場合がある。
【0024】
表面層の最表面はAuを10質量%以上含み、かつ表面層はAuを20質量%以上含む厚み3nm以上のAu含有領域を含むことが好ましい。表面層に上記Au含有領域が存在すると、表面層にAuが多く含まれるので、燃料電池用セパレータに要求される耐食性がさらに向上する。表面層の最表面のAu量は、XPS(X線光電子分光)分析における深さ方向の測定データから求めることができる。
【0025】
表面層は、金属状態のCrを10質量%以上含む厚み3nm〜15nmのCr含有領域を含む。ここで、Cr含有領域は表面層の一部の厚みである。
【0026】
<中間層>
表面層とステンレス鋼基材2との間に、Crと酸素とを含む中間層2aを形成することにより、表面層とステンレス鋼基材2との密着性を向上させることができる。
中間層2aは、Crを20質量%以上含む。中間層2aにおけるCrの含有量が20質量%未満であると、表面層との密着性が劣る傾向にある。ここで、Crを20質量%以上含むとは、金属状態のCrと酸化Crとの合計を20質量%以上含むことである。
さらに、中間層2aは、Oを20質量%以上50質量%未満の割合で含有する。中間層2aがOを含むことで、燃料電池の動作環境下で良好な導電性と耐食性を得ることができる。中間層2aのOが20質量%未満であると耐食性が劣り、中間層2aからCrが溶出して接触抵抗も増加する。一方、中間層2aのOが50質量%以上存在するとAuの密着性が低下し、導電性が劣化する。
【0027】
中間層のOを20質量%以上50質量%未満に制御する方法としては、Crを含むターゲットを用いた乾式めっき(スパッタ)で表面層を形成することが好ましい。スパッタは、スパッタ粒子のエネルギーが大きく、ステンレス鋼基材表面の酸化皮膜を取り除かなくても、Oと結合する金属Crが存在すれば密着性の良い成膜が行える。そして、もともと基材表面にあるOや、真空引き後にスパッタ成膜室内に存在するOが、スパッタで成膜したCrと結合することで、密着性、導電性及び耐食性が良好な中間層を成膜することができる。
なおCrは水素を吸収しにくく、燃料電池の発電に水素を用いても、中間層の水素脆化は起きない。
【0028】
中間層2aが1nm以上の厚みで存在することが好ましい。この場合、燃料電池用セパレータ材料の断面をXPSで分析したとき、Crを20質量%以上含み、Oを20質量%以上50質量%未満含む領域が厚み方向に1nm以上存在することになる。このような組成を有する中間層の厚みの上限は限定されないが、Crのコストの点から100nm以下であることが好ましい。
ここでXPS分析は、装置上で分析したい領域及び元素を指定し、その領域における指定元素の濃度を検出するものである。指定する元素は、Au、O、Fe、Cr、Ni等である。
なお、XPS分析で厚み方向に1nmの距離とは、走査距離の実寸である。
【0029】
<燃料電池用セパレータ材料の製造>
燃料電池用セパレータ材料の中間層の形成方法としては、ステンレス鋼基材の表面酸化膜を除去せずに、この基材にCrをターゲットとしてスパッタ成膜することにより、OとCrが結合し、中間層を形成することができる。又、ステンレス鋼基材2の表面酸化膜を除去後、Crの酸化物をターゲットとしてスパッタ成膜することや、ステンレス鋼基材2の表面酸化膜を除去後、Crをターゲットとし酸化雰囲気でスパッタ成膜することによっても中間層を形成することができる。
なお、スパッタの際、ステンレス鋼基基材の表面酸化膜を適度に除去し、基材表面のクリーニングを目的として逆スパッタ(イオンエッチング)を行ってもよい。逆スパッタは、例えばRF100W程度の出力で、アルゴン圧力0.2Pa程度としてアルゴンガスを基材に照射して行うことができる。
中間層を成膜した後、表面層を形成するためのAuスパッタを行うと、Au原子が中間層に入り込み、AuとCrとを含む表面層が中間層の表面に成膜されるようになる。又、CrAuを含む合金ターゲットを用いてステンレス鋼基材表面にスパッタ成膜して表面層を成膜してもよい。
【0030】
そして、表面層のどの深さにおいても、金属状態のCrの含有量を25質量%以下とする方法として、酸化処理が挙げられる。この酸化処理としては、スパッタ雰囲気を酸化雰囲気(大気等)としつつ、基材2を加熱したり、スパッタ後に酸化雰囲気で加熱する熱処理を行う(例えば大気加熱等)ことが挙げられる。熱処理の条件としては、例えば100〜150℃では,数時間から200時間,151℃から200℃までは数分から80時間が好ましい。熱処理時間は、表面層の厚みや構造に応じて上記範囲で適宜変化する。
【0031】
<第2の実施形態>
次に、本発明の第2の実施形態に係る燃料電池用セパレータ材料について説明する。図2に示すように、第2の実施形態に係る燃料電池用セパレータ材料は、ステンレス基材2の表面に中間層2aを介して表面層6が形成され、表面層6の最表面にAu単独層8が形成されている。ステンレス基材2及び表面層6は、第1の実施形態と同一であるので説明を省略する。
Au単独層は、XPS分析によりAuの濃度がほぼ75%質量以上の部分であり、Au単独層の厚みが1nm以上であることが必要となる。Au単独層8は、表面層を成膜する際のAuのスパッタ条件(スパッタ時間、出力)等を変えることにより、適宜形成することができる。
【0032】
本発明の実施形態に係る燃料電池用セパレータ材料によれば、Auを含む層(表面層)をステンレス上に強固かつ均一に形成させることができ、この層が導電性、耐食性及び耐久性を有することから、燃料電池用セパレータ材料として好適である。又、本発明の実施形態によれば、表面層をスパッタ成膜すればこの層が均一な層となるので、湿式の金めっきに比べて表面が平滑となり、Auを無駄に使用しなくて済むという利点がある。
【0033】
本発明の燃料電池用セパレータにおいて、プレス加工による反応ガス流路及び/又は反応液体流路が予め前記ステンレス鋼基材に形成されていると好ましい。このようにすると、後工程で反応ガス流路(反応液体流路)を形成する必要がなく、中間層や表面層等を形成する前のステンレス鋼基材をプレス加工することで、容易に反応ガス流路(反応液体流路)を形成できるので、生産性が向上する。
又、本発明の燃料電池用セパレータにおいて、ステンレス鋼基材表面に表面層又はAu単独層を形成した燃料電池用セパレータ材料に対し、後からプレス加工によって反応ガス流路及び/又は反応液体流路を形成してもよい。本発明の燃料電池用セパレータ材料は表面層やAu単独層がステンレス鋼基材表面に強固に密着しているので、被膜形成後にプレス加工しても被膜が剥がれずに反応ガス流路(反応液体流路)を形成でき、生産性が向上する。
【0034】
なお、反応ガス流路(反応液体流路)形成のためのプレス加工をするためには、燃料電池用セパレータ材料として、ステンレス鋼基材の厚みを50μm以上とすることが好ましい。ステンレス鋼の厚みの上限は限定されないが、コストの点から200μm以下とすることが望ましい。
【0035】
<燃料電池用スタック>
本発明の燃料電池用スタックは、本発明の燃料電池用セパレータ材料、又は本発明の燃料電池用セパレータを用いてなる。
【実施例】
【0036】
<試料の作製>
ステンレス鋼基材として、厚み100μmのステンレス鋼材(SUS316L)を用いた。
【0037】
次に、ステンレス鋼基材の、ステンレス鋼酸化物層の表面に、スパッタ法を用いて所定の目標厚みとなるように、それぞれCr(金属膜)を成膜した。なお、スパッタの際、基材表面のクリーニングを目的として逆スパッタ(イオンエッチング)を行ってもよい。ターゲットには純Crを用いた。次に、スパッタ法を用いて所定の目標厚みとなるようにAuを成膜した後、160℃で所定時間の大気加熱処理(大気雰囲気での加熱処理)を行って実施例1〜8の試料を作製した。ターゲットには純Auを用いた。
【0038】
比較例11として、スパッタ時にAu膜のみ成膜した試料を作製した。
比較例12,15として、Au膜成膜後の大気加熱処理をしないで試料を作製した。
比較例13として、このCr膜の厚みと加熱温度では過剰である80時間を超えた大気加熱処理をして試料を作製した。
比較例14として、スパッタ時のCr膜の目標厚みを0.5nmに低減して成膜し、試料を作製した。
比較例16として、スパッタ時のAu膜の目標厚みを1nmに低減して成膜し、試料を作製した。
比較例17として、このCr膜の厚みと加熱温度では過剰である60時間を超えた大気加熱処理をして試料を作製した。
比較例18として、スパッタ時のCr膜の目標厚みを15nm(Auに対してCrの厚みが極端に厚い)に増やして成膜し、加熱時間を48時間として試料を作製した。
【0039】
目標厚みは以下のように定めた。まず、予め銅箔材にスパッタでCrを成膜し、蛍光X線膜厚計(Seiko Instruments製SEA5100、コリメータ0.1mmΦ)で実際の厚みを測定し、このスパッタ条件におけるスパッタレート(nm/min)を把握した。そして、スパッタレートに基づき、厚み1nmとなるスパッタ時間を計算し、この条件でスパッタを行った。なお、目標厚みを定める際の基材として銅を用いた理由は、基材がステンレスであると、基材にもCrが存在する為、正確なCrの量が求められないためである。
Cr及びAuのスパッタは、株式会社アルバック製のスパッタ装置を用い、出力DC50W アルゴン圧力0.2Paの条件で行った。
【0040】
<層構造の測定>
得られた試料は、XPS分析の深さ(Depth)プロファイルによりAu,Cr,O,Fe及びNi濃度を分析することにより、層構造を測定した。XPSとしては、アルバック・ファイ株式会社製5600MCを用い、到達真空度:6.5×10-8Pa、励起源:単色化AlK?、出力:300 W、検出面積:800μmφ、入射角:45度、取り出し角:45度、中和銃なし、とした。
又、スパッタ条件
イオン種:Ar+
加速電圧:3kV
掃引領域:3mm×3mm
レート:3.7nm/min(SiO2換算)
で、測定した。
【0041】
なお、XPSによる濃度検出は、指定元素の合計100質量%として、各元素の濃度(質量%)を分析した。又、XPS分析で厚み方向に1nmの距離とはXPS分析によるチャート(図3、図4)の横軸の距離(SiO2換算での距離)である。
またCrのピークは,金属状態のCr(Cr(M))と酸化状態のCr(Cr(O))に分離した。また、図3、図4においてCr2pは、全Cr(Cr(M)と Cr(O)の合計量)を表す。
【0042】
図3は実施例2のXPSチャートを示す。ステンレス鋼基材2の表面に、CrとAuとを含み、かつFeが10質量%以下の表面層6が形成されていることがわかる。又、表面層6の中に、Cr(金属状態)を10質量%以上含む厚み3nm〜15nmのCr含有領域を含むことがわかる。さらに、表面層6のどの深さにおいても、金属状態のCr(Cr(M))の含有量が25質量%以下であることがわかる。
又、表面層6よりステンレス鋼基材2に向かう深さ方向に、Cr(金属Crと酸化Crの合計)を20質量%以上含み、Oを20質量%以上50質量%未満含む領域が存在し、この領域が中間層2aと規定される。
さらに、表面層6の最表面はAuを10質量%以上含んでいる。又、表面層6は、Auを20質量%以上含む厚み3nm以上のAu含有領域6yを含むことがわかる。
【0043】
一方、図4は比較例12のXPSチャートを示す。ステンレス鋼基材2の表面に、CrとAuとを含み、かつFeが10質量%以下の表面層6が形成されているが、表面層6中の金属状態のCr(Cr(M))の含有量が25質量%を超えていることがわかる。
【0044】
<評価>
各試料について以下の評価を行った。
A.密着性
各試料の最表層の表面層に1mm間隔で碁盤の目を罫書いた後、粘着性テープをはり付け、さらに各試験片を180°曲げて元の状態に戻し、曲げ部のテープを急速にかつ強く引き剥がす剥離試験を行った。
剥離が全くない場合を○とし、一部でも剥離があると目視で認められた場合を×とした。
【0045】
B.接触抵抗と耐食性
接触抵抗の測定は、試料全面に荷重を加える方法で行った。まず、40×50mmの板状の試料の片側にカーボンペーパーを積層し、さらにその試料とカーボンペーパーの外側とにそれぞれCu/Ni/Au板を積層した。Cu/Ni/Au板は厚み10mmの銅板に1.0μm厚のNi下地めっきをし、Ni層の上に0.5μmのAuめっきした材料であり、Cu/Ni/Au板のAuめっき面が試料やカーボンペーパーに接するように配置した。
さらに、Cu/Ni/Au板の外側にそれぞれテフロン(登録商標)板を配置し、各テフロン(登録商標)板の外側からロードセルで圧縮方向に10kg/cmの荷重を加えた。この状態で、2枚のCu/Ni/Au板の間に電流密度100mA/cmの定電流を流した時、Cu/Ni/Au板間の電気抵抗を4端子法で測定した。
【0046】
又、接触抵抗は、以下の3つの条件により試料を試験した前後でそれぞれ測定した。
条件1:硫酸水溶液への試料の浸漬試験(浴温90℃、硫酸濃度0.5g/L、浸漬時間240時間、液量1000cc)
条件2:硫酸(0.5g/L)+塩化ナトリウム(10ppm)水溶液への試料の浸漬試験(浴温90℃、浸漬時間240時間、液量1000cc)
条件3:硫酸水溶液中での定電位試験(浴温90℃,硫酸濃度0.5g/L,液量1000cc,対極Pt,参照極Ag/AgCl,電位 0.8 V vs Ag/AgCl,試験時間24時間)
又、燃料電池用セパレータに求められる代表的な特性は、低接触抵抗(10mΩ・cm以下)、使用環境での耐食性(耐食試験後も低接触抵抗で、有害なイオンの溶出がない(≦0.1mg/L))の2つである。なお、イオンの溶出はICPで分析した。
【0047】
表1〜表2に結果を示す。なお、表1において、表面層、Au含有領域及び中間層の厚みは、いずれもXPS分析を3箇所について行った値の平均値とした。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
表1〜表2から明らかなように、ステンレス鋼基材の表面に、金属状態のCrの含有量が25質量%以下である表面層が存在する実施例1〜8の場合、各層の密着性に優れ、耐食試験前後及び定電位試験前後で試料の接触抵抗が変化せず、金属の溶出も少なく、導電性と耐久性が優れたものとなった。
【0051】
一方、Auのみをスパッタした比較例11の場合、表面層が形成されずに密着性が劣化した。
又、Auスパッタ後に大気加熱処理をしなかった比較例12、15の場合、条件2及び3(硫酸+塩化ナトリウム水溶液での耐食試験、及び定電位試験)の試験後に試料の接触抵抗が大幅に増大した。これは、表面層中の金属Crの含有量が25質量%を超えたために、定電位試験で金属Crが溶出または酸化して表面層が剥がれたり、Crが酸化して試験後の接触抵抗が高くなったからである。また、Clを含む塩化ナトリウム水溶液中で金属Crが腐食し、表面層が剥がれたり、Crが酸化して試験後の接触抵抗が高くなったからである。
【0052】
Auスパッタ後に、このCr膜の厚みと加熱温度では大気加熱処理の時間を過剰にとった比較例13,17の場合、表面層中のAu含有領域の厚みが3nm未満となり、耐食試験を行う前に既に接触抵抗が高く、耐食性に劣った。これは、加熱処理を過剰に行ったために表面層中にAuが拡散し、Auを20質量%以上含むAu含有領域の厚みが薄くなったためである。
Cr膜の目標厚みを0.5nmに低減してスパッタした比較例14の場合、表面層の密着性が劣化した。
Au膜の目標厚みを1.0nmに低減してスパッタした比較例16の場合も、耐食試験を行う前に既に接触抵抗が高く、耐食性に劣った。これは、Auを20質量%以上含むAu含有領域の厚みが薄くなったためである。
Cr膜の目標厚みを15nmに増やしてスパッタした比較例18の場合、このCr膜の厚みと加熱温度では大気加熱処理の時間が不足し、表面層中の金属Crの含有量が25質量%を超えた。このため、定電位試験で金属Crが溶出または酸化して表面層が剥がれたり、Crが酸化して試験後の接触抵抗が高くなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼基材の表面に、CrとAuとを含み、Feが10質量%以下含まれる表面層が形成され、
前記表面層のどの深さにおいても、金属状態のCrの含有量が25質量%以下である燃料電池用セパレータ材料。
【請求項2】
前記表面層の最表面はAuを10質量%以上含み、かつ前記表面層はAuを20質量%以上含む厚み3nm以上のAu含有領域を含む請求項1に記載の燃料電池用セパレータ材料。
【請求項3】
前記表面層と前記ステンレス鋼基材との間に、Crを20質量%以上含み、Oを20質量%以上50質量%未満含む中間層が存在する請求項2に記載の燃料電池用セパレータ材料。
【請求項4】
前記表面層は、金属状態のCrを10質量%以上含む厚み3nm〜15nmのCr含有領域を含む請求項1〜3のいずれか記載の燃料電池用セパレータ材料。
【請求項5】
固体高分子形燃料電池に用いられる請求項1〜4のいずれか記載の燃料電池用セパレータ材料。
【請求項6】
ダイレクトメタノール型固体高分子形燃料電池に用いられる請求項1〜4のいずれか記載の燃料電池用セパレータ材料。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の燃料電池用セパレータ材料を用いた燃料電池用セパレータであって、前記ステンレス鋼基材に予めプレス加工による反応ガス流路及び/又は反応液体流路を形成した後、前記表面層を形成して成る燃料電池用セパレータ。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の燃料電池用セパレータ材料を用いた燃料電池用セパレータであって、前記ステンレス鋼基材に前記表面層を形成した後、プレス加工による反応ガス流路及び/又は反応液体流路を形成して成る燃料電池用セパレータ。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれかに記載の燃料電池用セパレータ材料、又は請求項7若しくは8記載の燃料電池用セパレータを用いた燃料電池スタック。
【請求項10】
ステンレス鋼基材表面に乾式めっきにより前記第1成分を1nm以上被覆した後,乾式めっきによりAu又はAu合金を1nm以上被覆する請求項1〜6のいずれかに記載の燃料電池セパレータ用材料の製造方法。
【請求項11】
前記乾式めっきがスパッタ法である請求項10に記載の燃料電池セパレータ用材料の製造方法。
【請求項12】
前記Au又はAu合金を乾式めっきした後、100℃〜200℃の温度で数分〜200時間の熱処理を行う請求項10又は11記載の燃料電池用セパレータ材料の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−174145(P2011−174145A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−39931(P2010−39931)
【出願日】平成22年2月25日(2010.2.25)
【出願人】(502362758)JX日鉱日石金属株式会社 (482)
【Fターム(参考)】