説明

磁壁移動型の磁気記録素子及び磁気記録方法

【課題】磁壁の移動が可能となる閾値電流密度を、従来技術であるスピントルクを利用して電流で磁壁移動を行った場合と比較して低減する磁壁移動型の磁気記録素子構造及び閾値電流密度を低減化させる磁気記録方法を提供すること。
【解決手段】本発明の磁壁移動型の磁気記録素子は、金属層/磁性層/非伝導層の3層膜から構成される実効磁場発生構造を持ち、前記磁性層に電流を流したときに発生する実効磁場とスピントルクを用いて前記磁性層中の磁壁の位置を制御することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電流による磁壁移動を通じて磁化方向が制御される磁壁移動型の磁気記録素子及び磁気記録方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子のスピンの向きを情報の記録ビットとして用いる磁性材料は、高性能の不揮発性メモリへ応用できるとして期待が高まっている。近年スピントルクと呼ばれる現象(非特許文献1)が発見され、それによって電気的に磁性体中の磁化を制御する技術が開発されつつある。
【0003】
スピントルクを用いると、例えば、強磁性体細線に電流を流すことで、細線中の磁化構造を電子の流れに沿って移動させることができる。磁化構造とは、領域内の磁化が同じ方向を向いている磁区と、磁区と磁区の境界である磁壁から形成される。電流印加によって、磁区や磁壁を所定の場所に移動させることができれば、磁性体を用いた不揮発性記録素子の書き込み技術に利用できる。
【0004】
スピントルクを利用した次世代メモリの1つとして、強磁性体細線を用いた磁壁移動メモリが提案されている(特許文献1、2、非特許文献2、3)。図1、2に磁壁移動メモリの素子形態例の模式図を示した。図1は3端子磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)(特許文献2)と呼ばれている構造で、情報の読み出しは記録層/絶縁層/参照層からなるトンネル磁気抵抗素子で行う。記録層の磁化状態が参照層のそれと比較して平行あるいは反平行の時、トンネル磁気抵抗素子の抵抗が変化する。磁化状態が平行のときに抵抗は低くなり、反平行の時に大きくなるため、メモリとして利用できる。一方、情報の書き込み時には、記録層に電流を流し、スピントルクを利用して記録層の磁壁の位置、すなわち磁化状態を制御する。電流の向きを変えることで、記録層の磁化状態を下(ビット0)か上(ビット1)に設定できる。
【0005】
また、図2は高記録密度の磁壁移動シフトレジスタ(特許文献1、非特許文献2)の素子形態例の模式図である。情報の読み込みは3端子MRAMと同じでトンネル磁気抵抗素子を用いる。記録層の細線には多数の磁区を挿入し、スピントルクを利用して電流で磁化パターンを移動させ、情報の読み書きを行う。
【0006】
磁壁移動メモリの実用化に向けて課題の一つとなっているのが、情報操作を行う際に要求される電力、すなわち磁壁を動かす電流密度が大きい点である。大きな電流密度は、実用化に向けて消費電力だけでなく、信頼性、動作速度にも負の影響を及ぼすことが指摘されている。従来技術であるスピントルクを用いて、情報の書き込みに必要な電流密度を飛躍的に低減できる物質・材料は現在のところ見つかっていない。
【0007】
従来、磁壁移動メモリなどで用いる記録層には、磁化制御を行う磁性層とそれをはさむ下地層、キャップ層を成膜した構造が用いられていた。下地層には、磁性層の平坦化を目的とした材料以外にも、特異な磁気的特性発現を狙った物質が用いられる場合もある。例えば、磁性層の垂直磁気異方性出現を狙って下地層にPtを利用する場合がある。また、キャップ層は主に、磁性層の酸化防止など、保護のために用いられてきた。しかしながら、磁性層における磁壁移動機構に直接影響を及ぼす膜構成は用いられてこなかった。
【0008】
一方で近年、極薄薄膜に電流を印加することで誘起される現象が発見された(非特許文献3)。極薄の強磁性体薄膜の下端に金属、上端に酸化物などを配置すると、強磁性体薄膜中には電場が発生する。この電場は、強磁性体薄膜と上下両端の界面における電荷の蓄積の違いによるところが大きい。強磁性体薄膜を極薄にすることで、電場が強磁性体中にも印加される。強磁性体は金属であるため、膜厚が大きいと電子のスクリーニング効果によって電場は打ち消されてしまう。強磁性体薄膜内に電場が発生している状況において、電場と直行する方向に電流を流すと、あたかも薄膜内には磁場が発生しているような挙動を電子が示す。このとき、磁場の向きは電場、電流に直行する方向に印加される。このような、薄膜内の電場と電流の印加によって発生した磁場は電流誘起実効磁場と呼ばれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】米国特許第6834005号
【特許文献2】特開2010−10485号 公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】J.A.Katine et al.,Phys.Rev.Lett.84(2000)3149.
【非特許文献2】S.S.P.Parkin et al.,Science320,190(2008).
【非特許文献3】I.M.Miron et al.,Nat.Mater.9,230(2010).
【非特許文献4】S.Fukami et al.,Appl.Phys.Lett.98,082504(2011).
【非特許文献5】G.Tatara and H.Kohno,Phys.Rev.Lett.92,086601(2004).
【非特許文献6】K.Obata and G.Tatara,Phys.Rev.B.77,214429(2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、従来における前記諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、磁壁の移動が可能となる閾値電流密度を、従来技術であるスピントルクを利用して電流で磁壁移動を行った場合と比較して低減する磁壁移動型の磁気記録素子構造及び閾値電流密度を低減化させる磁気記録方法を提供することを目的とする。

【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 磁壁移動型の磁気記録素子であって、金属層、磁性層、非伝導層の3層膜から構成され、前記磁性層中に電流を流したときに発生する実効磁界及びスピントルクで、前記磁性層中の磁壁の位置を電流で制御することを特徴とする磁壁移動型の磁気記録素子。
<2> 磁性層の厚みが0.3nm〜1.5nmである前記<1>に記載の磁壁移動型の磁気記録素子。
<3> 磁性層がCoFeで示される合金、金属層がTa、非伝導層がMgOで形成される前記<1>から<2>のいずれかに記載の磁壁移動型の磁気記録素子。
<4> CoFeにおけるx、y、zが、z/(x+y+z)<0.3で、かつ、0.5≦y/xの関係を満足する数値である前記<3>に記載の磁壁移動型の磁気記録素子。
<5> 磁壁の移動距離が30nm〜3μmである前記<1>から<4>のいずれかに記載の磁壁移動型の磁気記録素子。
<6> 前記<1>から<5>のいずれかに記載の磁壁移動型の磁気記録素子を用いた磁気記録方法であって、磁性層に電流を流すことにより生じる実効磁場及びスピントルクにより、前記磁性層中の磁壁の位置を制御して情報の書き込みを行うことを特徴とする磁気記録方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来技術における前記諸問題を解決することができ、磁壁の移動が可能となる閾値電流密度を、従来技術であるスピントルクを利用して電流で磁壁移動を行った場合と比較して低減する磁壁移動型の磁気記録素子構造及び閾値電流密度を低減化させる磁気記録方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】3端子MRAMの模式図である。
【図2】磁壁移動シフトレジスタの模式図である。
【図3】薄膜構造の模式図である。
【図4】強磁性細線の模式図である。
【図5】CoFeB強磁性細線のホール抵抗の印加垂直磁場依存性を示す図である。
【図6】CoFeB強磁性細線における電流誘起実効磁場の測定結果を示す図である。
【図7】CoFeB強磁性細線において、正負の電流を交互に印加すると、ホールクロス部分の磁化が反転する現象が観測されることを示す図である。
【図8】CoFeB強磁性細線において、ホールクロス部分の磁化の反転確率の電流依存性を示す図である。
【図9】スピントルクを用いた時の、磁壁の位置と磁壁内磁化の角度の時間依存性の計算結果を示す図である。
【図10】スピントルクと面内実効磁界を同時に印加した時の、磁壁の位置と磁壁内磁化の角度の時間依存性の計算結果を示す図である。
【図11】スピントルクと面内実効磁界を同時に用い、2つのポテンシャル間を磁壁が行き来する様子を計算で再現した結果を示す図である。
【図12】スピントルクのみを用いた時と、スピントルクと面内実効磁界を同時に用いた時の磁壁の位置の時間依存性の計算結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(磁気記録素子)
本発明の磁気記録素子は、少なくとも実効磁場発生構造を有し、必要に応じてその他の層を有する。
【0016】
<実効磁場発生構造>
前記実効磁場発生構造は、金属層/磁性層/非伝導層の3層膜から構成される。前記磁性層の膜厚が十分に薄く、前記金属層と前記非伝導層の伝導率は1桁以上違う物質が好ましい。前記実効磁場発生構造において、前記磁性層に電流を流したときに、前記磁性層中には実効磁場が発生する。なお、前記実効磁場としては、前述の電流誘起実効磁場と呼ばれる実効磁場が該当する。
【0017】
前記磁性層は磁化方向が膜面に垂直な垂直磁化材料が好ましい。多層膜の構成は、極薄(膜厚1.5nm以下)の前記磁性層に垂直磁気異方性を誘起できる材料が好ましい。前記非伝導層にはMgOやAlが適している。前記非伝導層にMgOを用いた場合、前記磁性層にはBを含むアモルファス遷移金属合金(例えばCoFeBやFeBなど)が利用でき、より好ましくはCoFeBである。前記金属層には前記磁性層をアモルファス状に成長できる材料が必要であり、TaやSiOなどが利用できる。前記非伝導層にAlを用いた場合、前記磁性層にはCoやCoFe合金、CoPt合金が利用でき、前記金属層には前記磁性層に垂直磁気異方性を誘起できるPtが好ましい。
【0018】
前記磁性層の膜厚は1.5nm以下、0.3nm以上の範囲が好ましい。0.3nm未満の膜厚では、前記磁性層が磁化を示さない可能性が大きく、1.5nmを超える膜厚では、電流誘起実効磁場が小さくなり、磁化制御に影響を与えられなくなるためである。
前記金属層の膜厚は均一な膜を形成するために1nm以上でかつ、前記磁性層への平坦性に悪影響を及ぼさない10nm以下が好ましい。
前記非伝導層の膜厚は均一な膜を形成するために1nm以上でかつ、任意的に前記非伝導層上に配される保護層への平坦性に悪影響を及ぼさない100nm以下が好ましい。
【0019】
前記磁性層のCoFeB合金の成分組成は、CoFeB合金の成分組成の原子量比をx:y:zとしたときに、z/(x+y+z)<0.3で、かつ、0.5≦y/xの関係を保つことが好ましく、より好ましくはx:y:z=2:2:1である。Bが原子量比30%以上では磁性が大きく減少し、FeとCoの比y/xが0.5未満では電流誘起実効磁場が減少する。
【0020】
前記実効磁場発生構造は、半導体やガラス基板に積層するのが好ましく、より好ましくはシリコン基板である。また、前記実効磁場発生構造には、膜の劣化を防ぐ保護層を最後に積層することが好ましく、用いる材料に特に制限はないが、前記磁性層の垂直磁気異方性を妨げない材料が好ましく、例えば、TaやAlが好ましい。
【0021】
前記実効磁場発生構造の層構成としては、例えば、前記基板上に、前記金属層/前記磁性層/前記非伝導層/前記保護層の順で構成されることが好ましいが、前記磁性層に垂直磁気異方性を同様に誘起できる観点から、前記基板上に、前記非伝導層/前記磁性層/前記金属層/前記保護層の順で構成された構造でも同様の効果が得られる。
【0022】
前記実効磁場発生構造を構成する諸層の形成方法としては、特に制限はなく、スパッタ法、蒸着法等の一般的な薄膜成膜方法が挙げられるが、スパッタ法が好ましい。
【0023】
前記実効磁場発生構造としては、特に制限はないが、前記層構成をなした後、熱処理を行うことが好ましい。ただし、前記熱処理を行わないでも、前記磁性層が垂直磁気異方性を示す場合には、前記熱処理を行う必要はない。
前記熱処理の温度としては、100℃〜500℃が好ましく、保持時間としては、30分〜2時間が好ましい。中でも、300℃で1時間保持することが特に好ましい。
【0024】
前記磁気記録素子としては、特に制限はないが、細線状に形成される。
この細線状の磁気記録素子の形成方法としては、特に制限はなく、一般的に利用されている薄膜微細加工方法を適用することができ、例えば、電子リソグラフィー、フォトリソグラフィー等のパターン作製方法とイオンミリング法、反応性エッチング法等のエッチング法を組み合わせた方法が挙げられる。
前記細線の細線幅としては、特に制限はないが、幅方向の磁化構造が均一となるように、20nm〜600nmが好ましい。
【0025】
(磁気記録方法)
本発明の磁気記録方法は、本発明の前記実効磁場発生構造を用いた磁気記録方法であって、前記磁性層に電流を流すことにより生じる前記実効磁場及び前記スピントルクにより、前記磁性層中の前記磁壁の位置を制御して情報の書き込みを行う。
【実施例】
【0026】
(実施例1)
図3に示す層構成で実施例1に係る磁気記録素子を製造した。具体的には、スパッタ法を用いてシリコン基板の上に金属層1nm Ta/磁性層1nm Co40Fe4020/非伝導層2nm MgO/保護層5nm Taの多層膜を積層して、前記磁気記録素子を製造した。
【0027】
また、図4に、実施例1に係る磁気記録素子の全体構造の模式図を示した。ここでは、図3に示す層構造で、電子線リソグラフィーとArイオンエッチングの微細加工技術を用いて、実施例1に係る磁気記録素子を十字型の細線状に製造している。細線の各終端付近の名称を図4に示した。細線(終端1と終端2を結ぶ細線)幅は400nm、細線と直交するホール電圧測定細線(終端3と終端4を結ぶ細線)の幅は100nmである。細線に電流を印加できるよう終端1に定電流源を接続し、終端2は接地する。細線には最大で直流1mAまで印加でき、それ以上の電流を流すとエレクトロマイグレーションにより細線がダメージを受ける。細線の磁化状態を推測するため、ホール電圧測定を行う。ホール電圧は、終端3と終端4の電位差を測定することで得られる。ホール電圧を、終端1−2間に印加した電流で割った値をホール抵抗とする。ホール抵抗からは細線の領域5にあたる部分の磁化方向が推測できる。作製した細線は、膜面垂直方向に磁場を印加できる電磁石の中に配置する。磁場は−3,000Oe〜3,000Oeの範囲で印加した。
【0028】
図5には、膜面垂直方向に磁場を印加したときの、ホール抵抗の変化の様子を示す。ホール抵抗が最大(最小)のとき、細線の領域5にあたる部分の磁化が下(上)を向いている。 図5の結果から、CoFeB細線の保磁力は160Oeであった。これは細線中の磁壁を、膜面垂直方向の磁場で移動させるのに必要な磁場が160Oeであることを示唆している。
【0029】
図6に、CoFeB細線に電流を流したときの電流誘起実効磁場を測定した結果を示す。電流を500μA印加すると、180Oeの実効磁場が発生していることがわかる。
【0030】
図7には、電流を用いて細線の図4領域5にあたる部分の磁化反転を行った結果を示す。上三角、下三角はそれぞれ各グラフの上端に記載した電流を印加した時、丸は低電流(20μA)印加した時のホール抵抗を表す。上三角、下三角の違いは電流の向きの違いで、上三角は電流が図4において左から右に、下三角はその逆の時を示す。正と負の電流を印加して、ホール抵抗がそれぞれどのように変化するかを繰り返し調べた結果を示す(横軸の試行回数は、正負両方の電流印加を行った場合を1回と数える)。電流が590μAで試行回数が3、4回目の時、ホール抵抗が正、負の電流印加後にそれぞれ最大値と最小値を交互に取っている。これは電流印加によって、領域5に相当する部分の磁化が反転していることを表している。電流を740μAまで増加すると、電流によって磁化反転が誘起される回数が増える。
【0031】
図8に、磁化反転の成功確率を電流に対して調べた結果を示す。磁化反転の成功確率は、電流を正負交互に印加して、磁化方向がそれぞれ反転した場合を成功とみなし、前記試行回数を20としたときの確率を計算した。 電流値が670μAで磁化反転の成功確率は、5割を超える。電流が670μAのとき、細線を流れる電流密度は4.5×10A/cmとなる。これは、スピントルクのみで磁化反転を行った場合[非特許文献4](6.2×10A/cm)と比較して72%の値となっている。 即ち、従来技術であるスピントルクを利用して電流で磁壁移動を行った場合と比較して、実施例1に係る磁気記録素子では、閾値電流密度を28%低減することができている。
【0032】
実施例1の結果により、スピントルクと電流誘起実効磁場を考慮した強磁性体細線中の磁壁の運動を計算した。磁化ダイナミクスを記述できるLandau−Lifshitz−Gilbert(LLG)方程式(非特許文献5)にスピントルク項と電流誘起実効磁場項を導入し、細線中の磁壁の運動を計算した。図9には、従来技術であるスピントルクを用いて磁壁を駆動した場合の磁壁の位置と磁壁内の磁化の角度の時間変化を示す。 磁壁が動くためには、磁壁内磁化の角度が45°を超えなければならない。スピントルクでは、ある閾値電流密度を越える電流を印加すると、磁壁内磁化が回転し、それに伴って磁壁が移動する。図9では、スピントルク量(電流密度に比例する物理量)が22m/sを超えたとき、磁壁が移動する。
【0033】
一方、細線に電流を印加し、更に面内に電流誘起実効磁界が発生した場合の磁壁の運動の様子を図10に示した。ここではわずか6m/sのスピントルク量と120Oeの実効磁界印加で、磁壁内角度が45°を超え、磁壁が運動している様子がわかる。このように、実効磁界を利用すれば、磁壁を動かすのに必要な電流密度が、スピントルク単独で駆動した場合と比較して大きく低下することが理論的に予測され、実施例でも実証された。
【0034】
図11には、上記の計算手法を用いて、正負の電流を印加することで磁化反転を誘起できることを示す。まず磁壁が安定状態となる2つのポテンシャルを用意する。ここで2つのポテンシャルとは、実験で用いた細線十字部分の外側に存在していると考えられる磁壁のピニング(束縛)サイトである。電流を印加すると磁壁がひとつのポテンシャルからもう一方に移動する。また、逆向きの電流を印加すると、磁壁が元のポテンシャルに戻る様子を示した。電流誘起実効磁界を用いた磁壁移動技術の特徴は、磁壁がポテンシャル間を移動する間に、磁壁内の磁化の角度がちょうど180°反転することである。
【0035】
磁壁のピニングポテンシャルは、細線の形状や前記磁性層の磁気特性を局所的に変化させることで生じる。細線中に幅や膜厚が異なる箇所を作製することでピニングポテンシャルを導入することが可能である。また、細線中の結晶磁気異方性や磁化を局所的に変化させることでもピニングポテンシャルを形成することができる。
【0036】
磁壁の移動距離は、前記LLG方程式の解から磁壁幅(Δ)を磁気緩和定数(α)で割り、πをかけたもの(πΔ/α)と算出される(非特許文献6)。前記磁性層にCoFeBを用いた場合、磁気緩和定数は0.01以上、0.1以下の範囲にあることが実験から明らかになっている。また、垂直磁化膜の磁壁幅は5nm以上、50nm以下の範囲にあることが予測される。よって、磁壁の移動距離は、150nm以上、15μm以下の範囲になることが考えられる。一方でピニングによって移動距離が減少するので、強いピニングを持った細線では移動距離が5分の1程度になる。よって磁壁の移動距離は、30nm以上、15μm以下の範囲になることが考えられる。
【0037】
従来技術であるスピントルクのみを用いた場合、磁壁の移動距離は電流の印加時間や細線中の磁壁のピニングポテンシャルに依存する。そのため、移動距離の制御が難しい。本発明である電流誘起実効磁場を用いれば、磁壁の移動距離は電流印加時間やピニングポテンシャルに依存することなく、磁性層の物質定数(磁壁幅と磁気緩和定数)で決定されるため、移動距離の制御が容易である。図12にこの違いを表した計算結果を示す。
同じ電流(μ=−28m/s)を細線に流した場合、電流誘起実効磁場がない場合、磁壁は電流を印加している間、移動し続ける。一方、実効磁場が存在する場合、磁壁の移動は−230nmで止まっている。この点は、磁壁の位置制御が情報の書き込み手段となる磁壁移動メモリなどに応用するに当たって非常に有効である。磁壁の移動距離はスピントルクのみの場合と比較して小さくなることが予測されるが、メモリ素子への応用を考慮した場合、十分に大きな距離を移動しており、さらに移動距離のばらつきを抑制できるため、非常に有効である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁壁移動型の磁気記録素子であって、
金属層、磁性層、非伝導層の3層膜から構成され、
前記磁性層中に電流を流したときに発生する実効磁界及びスピントルクで、
前記磁性層中の磁壁の位置を電流で制御することを特徴とする
磁壁移動型の磁気記録素子。
【請求項2】
磁性層の厚みが0.3nm〜1.5nmである請求項1に記載の磁壁移動型の磁気記録素子。
【請求項3】
磁性層がCoFeで示される合金、金属層がTa、非伝導層がMgOで形成される請求項1から2のいずれかに記載の磁壁移動型の磁気記録素子。
【請求項4】
CoFeにおけるx、y、zが、z/(x+y+z)<0.3で、かつ、0.5≦y/xの関係を満足する数値である請求項3に記載の磁壁移動型の磁気記録素子。
【請求項5】
磁壁の移動距離が30nm〜3μmである請求項1から4のいずれかに記載の磁壁移動型の磁気記録素子。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の磁壁移動型の磁気記録素子を用いた磁気記録方法であって、
磁性層に電流を流すことにより生じる実効磁場及びスピントルクにより、前記磁性層中の磁壁の位置を制御して情報の書き込みを行うことを特徴とする磁気記録方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−26441(P2013−26441A)
【公開日】平成25年2月4日(2013.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−159930(P2011−159930)
【出願日】平成23年7月21日(2011.7.21)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】