説明

磁性半導体とその製造方法及び強磁性発現方法

【課題】酸化亜鉛薄膜の結晶性(品質)を維持したまま、キャリアを得るための不純物を添加せずにキャリヤ濃度を制御して、室温において飽和磁化と残留磁化が大きな値の強磁性を発現する酸化亜鉛薄膜からなる磁性半導体とその製造方法及び強磁性発現方法を提供する。
【解決手段】磁性半導体の製造方法は、遷移元素を添加した酸化亜鉛の原料ターゲット19から原料を飛散させて基板20上に薄膜を成膜する薄膜製造装置10を用い、原料ターゲット19と基板20との間にグリッド電極18を設置し、グリッド電極18に電圧を印加し、原料をグリッド電極18を通過させることで基板20上に薄膜を作製する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性半導体とその製造方法及び強磁性発現方法に関し、特に、半導体と磁性の2つの性質を持つ磁性半導体とその製造方法及び強磁性発現方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
半導体素子の微細化・高集積化と磁気記録素子の高記録密度化が急速に進み、近年、両者を融合した磁性半導体素子開発の重要性が一段と高まっている。図5に示すように、従来、演算と演算中の記憶は半導体素子が担う一方で、不揮発性メモリは磁気ディスクを中心に磁場(磁界)を用いる手法がとられてきた。しかし、高性能の磁性半導体素子が開発されれば、演算機能に加えて、磁場のみでなく電場や電流によって不揮発性メモリの制御が可能となり、磁性半導体が、演算から不揮発性メモリまで、すべてを統括して、今後のエレクトロニクス分野の大きな発展が期待できる。
【0003】
これまでの磁性半導体素子の検討は、主としてIII―V族の化合物半導体であるInMnAs/GaSb系の材料を中心に進められてきた。たとえば、薄膜トランジスタ(TFT)のチャネル部分にInMnAsを用いて作製して、ゲート電極に印加する電圧により、磁場を印加する際のヒステリシス曲線をシフトさせることが可能である。すなわち、磁場だけでなく電場によって不揮発性メモリの制御可能となる。しかしながら、GaMnAsやInMnAsのキュリー温度は室温以下(約25K)であり、磁性半導体としての動作は極低温に限られるという問題がある(例えば、非特許文献1参照)。そこで、極低温ではなく室温で磁性半導体の動作(強磁性)を発現する材料・素子の開発が強く望まれている。
【0004】
酸化亜鉛(ZnO)は、3d遷移元素を中心とする不純物を添加することにより、室温で強磁性を発現する材料として活発に検討されてきた。最初、酸化亜鉛系材料のキュリー温度が室温以上であることが第一原理計算によって示され(例えば、非特許文献2参照)、続いて、Fe、Co、Ni、V、Mn等を実際に酸化亜鉛薄膜に添加したZnMO(Mは3d遷移金属)が、室温以上で強磁性を示すことが報告された(例えば、非特許文献3参照)。しかし、低温での動作であったり、実測された酸化亜鉛薄膜の飽和磁化や残留磁化の値は必ずしも安定性で十分ではなかったりして、室温で大きな飽和磁化や残留磁化を持つ磁性半導体材料や素子の開発が望まれている。
【0005】
従来、酸化亜鉛薄膜は、図6の表に示すように、スパッタ法、分子線エピタキシー(MBE)法、パルスレーザ蒸着(PLD)法等によって成膜されてきた。第1のスパッタ法は最も汎用性の高い薄膜製造方法であるが、酸化亜鉛薄膜に関する限り、成膜中のスパッタ粒子の中に高エネルギー酸素イオン(O2−)が高濃度で存在しており、これらが成長中の膜に衝突して損傷を与え(例えば、非特許文献4参照)、酸化亜鉛薄膜は必ずしも高品質とはならない。従って、最終的なZnO磁性半導体膜が有する強磁性の飽和磁化や残留磁化の値は大きくならない。第2のMBE法では、酸化亜鉛薄膜の膜質に関しては最も良好なものが得られる。しかし、装置自体がきわめて高価であり、成膜する際のスループット(処理速度)が低く、かつ取り扱いが煩雑であり、量産で用いることは困難である。第3のPLD法に関しては、比較的単純な構造の装置を用いて容易に中程度の膜質の酸化亜鉛薄膜が得られるため、本研究で成膜手法として検討を行い、本発明に至った。
【0006】
これまで、酸化亜鉛薄膜に3d遷移元素を添加して強磁性を発現した例としては、PLD法を用いて酸化亜鉛薄膜中にバナジウム(V)元素を添加して室温で強磁性を観測した例がある。この場合、自由電子がV元素の軌道を共有することでV元素の磁気モーメント(スピン)がそろい、強磁性が発現すると考えられている。この報告の中で、電子(キャリヤ)濃度の増加に伴い強磁性が発現しやすくなることが明らかにされたが(例えば、非特許文献5参照)、飽和磁化の値は2.0×10−4(emu)と十分ではない。飽和磁化の値を増加させるためには電子濃度を増加させることが必要である。しかし、酸化亜鉛のn型不純物であるGaを用いる場合、数%のオーダでGaを添加しなければならない。このような高濃度の不純物は薄膜の結晶性を低下させ、強磁性を発現するために添加したV元素の磁気モーメント(スピン)がそろうことを逆に妨害する。すなわち、n型不純物を添加して飽和磁化を増大させる方法には限界がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】H.Ohno et al. Nature 408, 944 (2000)
【非特許文献2】K.Sato, Jpn. J. Appl. Phys. 39, L555 (2000)
【非特許文献3】Z.Yang et al. Appl. Phys. Lett. 92, 042111(2008)
【非特許文献4】H.Saeki et al. Solid State Comm. 120, 439(2001)
【非特許文献5】G.Rozgonyi et al. J. Vac. Sci. Technol. 6, 115(1969)
【非特許文献6】S.Doh et al. J. Vac. Sci. Technol. A17, 3003(1999)
【非特許文献7】T.Komiyama et al. e-J. Surf. Sci. Nanotech. 17, 294(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
酸化亜鉛磁性半導体においては、酸化亜鉛薄膜の結晶性(品質)を維持したまま、キャリアを得るための不純物を添加せずにキャリヤ濃度を制御して、室温において飽和磁化と残留磁化が大きな値の強磁性を発現する酸化亜鉛薄膜を得ることが課題である。
【0009】
本発明の目的は、上記の課題に鑑み、酸化亜鉛薄膜の結晶性(品質)を維持したまま、キャリアを得るための不純物を添加せずにキャリヤ濃度を制御して、室温において飽和磁化と残留磁化が大きな値の強磁性を発現する酸化亜鉛薄膜からなる磁性半導体とその製造方法及び強磁性発現方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る磁性半導体とその製造方法及び強磁性発現方法は、上記の目的を達成するため、次のように構成される。
【0011】
第1の磁性半導体の製造方法(請求項1に対応)は、遷移元素を添加した酸化亜鉛の原料ターゲットから原料を飛散させて基板上に薄膜を成膜する薄膜製造装置を用い、原料ターゲットと基板との間にグリッド電極を設置し、グリッド電極に電圧を印加し、原料をグリッド電極を通過させることで基板上に薄膜を作製することを特徴とする。
第2の磁性半導体の製造方法(請求項2に対応)は、上記の方法において、好ましくは、グリッド電極に印加する電圧を調整し、原料ターゲットから飛散される原料元素のグリッド電極の通過を制限することにより、基板上に到達する原料元素の量を調整することにより薄膜中に一定量の欠陥を導入し、この欠陥によりフェルミ準位を所望の位置に入れ、強磁性を発現させることを特徴とする。
第3の磁性半導体の製造方法(請求項3に対応)は、上記の方法において、好ましくは、グリッド電極を負電圧にし、原料ターゲットから飛散される酸素イオンがグリッド電極を通過する際に、この総量を制限することにより、基板上に到達する酸素イオンの量を亜鉛イオンの量より少なくして、薄膜中に一定量の酸素空孔を導入することを特徴とする。
第4の磁性半導体の製造方法(請求項4に対応)は、上記の方法において、好ましくは、薄膜製造装置は、パルスレーザ堆積(PLD)装置であることを特徴とする。
第1の磁性半導体(請求項5に対応)は、上記第1〜第4のいずれかの磁性半導体の製造方法によって作製されたことを特徴とする。
第2の磁性半導体(請求項6に対応)は、酸化亜鉛に遷移元素を添加し、酸素空孔が導入されて成る磁性半導体であって、酸素空孔の濃度によってフェルミ準位を調整することで強磁性を発現することを特徴とする。
第3の磁性半導体(請求項7に対応)は、上記の構成において、好ましくは、フェルミ準位を酸化亜鉛中の遷移元素の非結合軌道と、遷移元素と酸化亜鉛(母体半導体)との反結合軌道エネルギー準位の間に入るように調整することで強磁性を発現することを特徴とする。
第4の磁性半導体(請求項8に対応)は、上記の構成において、好ましくは、遷移元素は、バナジウムであることを特徴とする。
第1の強磁性発現方法(請求項9に対応)は、酸化亜鉛に遷移元素を添加し、酸素空孔が導入されて成る強磁性発現方法であって、酸素空孔の濃度によってフェルミ準位を調整することで強磁性を発現することを特徴とする。
第2の強磁性発現方法(請求項10に対応)は、上記の方法において、好ましくは、フェルミ準位を酸化亜鉛中の遷移元素の非結合軌道と、遷移元素と酸化亜鉛(母体半導体)との反結合軌道エネルギー準位の間に入るように調整することで強磁性を発現することを特徴とする。
第3の強磁性発現方法(請求項11に対応)は、上記の方法において、好ましくは、遷移元素は、バナジウムであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、酸化亜鉛薄膜の結晶性(品質)を維持した状態で、キャリアを得るための不純物を添加せずにキャリヤ濃度を制御して、室温において飽和磁化と残留磁化が大きな値の強磁性を発現する酸化亜鉛薄膜からなる磁性半導体とその製造方法及び強磁性発現方法を提供することができる。そして、これを用いることにより、演算(ロジック)素子、メモリ素子、不揮発性メモリ素子のすべてを実現させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の本実施形態に係る磁性半導体の製造方法を示した説明図である。
【図2】本発明の本実施形態に係る磁性半導体のバンド構造を示した説明図である。
【図3】グリッド電極に印加する電圧と、最終的に得られた磁性半導体薄膜のキャリヤ濃度との関係を示す図である。
【図4】グリッド電極に印加する電圧と、最終的に得られた磁性半導体薄膜の飽和磁化の値との関係を示す図である。
【図5】酸化亜鉛磁性半導体の応用例の概念を示した説明図である。
【図6】酸化亜鉛磁性半導体の製造方法の比較を示した表である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の好適な実施形態(実施例)を添付図面に基づいて説明する。
【0015】
(発明の概要、原理、製造方法)
本発明においては、酸化亜鉛中の固有欠陥を積極的に活用する手段が用いられている。このような固有欠陥を積極的に活用しようという新規の着想は、酸化亜鉛磁性半導体の開発においてではなく、酸化亜鉛発光素子の開発において、固有欠陥を低減しようとする検討過程の中から生まれた。
【0016】
従来、酸化亜鉛薄膜をPLD法により成膜すると、亜鉛と酸素の化学量論比が1:1からずれて、酸素濃度が低下し、酸素空孔や格子間亜鉛が生成する問題があった。そこで、これを防ぐために、PLDの成長室を低圧の酸素で満たして成膜する手法が一般的である。しかしながら、酸素雰囲気中のPLD法で成膜した酸化亜鉛中には格子歪が存在することが推定される。すなわち、成膜中に原料ターゲットから飛び出た中性原子やイオン(プルームと呼ばれる)が酸素雰囲気中の酸素分子と衝突して高エネルギーの酸素イオン(O2−)が生成し(非特許文献4参照)、これが成長中の膜表面に衝突して結晶格子を歪ませると考えられる。この格子歪は半導体中のフリーキャリヤの広がりを妨げ、このため、酸化亜鉛に添加した3d遷移元素の磁気モーメント(スピン)を揃える働きが妨害されると推定される。すなわち、酸化亜鉛薄膜中でフリーキャリヤに広がりを持たせるには、化学量論比の問題よりも、むしろ結晶中に格子歪が生じるのをいかにして抑えるかが重要である。
【0017】
我々は、PLD法による酸化亜鉛薄膜作成において、酸素雰囲気を用いずに、また不純物元素の添加をすることなく、グリッド電極を活用することにより膜中のフリーキャリヤ濃度が制御可能であることを見出した。すなわち、グリッド電極のバイアス電圧を制御することで、大きな飽和磁化と残留磁化の値を有する酸化亜鉛薄膜を得ることが可能となる。
【0018】
図1を用いて具体的に説明する。図1は、PLD薄膜成長装置の模式図である。PLD薄膜成長装置10は、PLD成長室11と、加熱用ランプ12と、YAGレーザ13と、ターゲット固定部14と、基板ホルダー15と、フローティング電源16と、絶縁体17で絶縁されたグリッド電極18を備えている。ターゲット固定部14には、ZnOターゲット19が固定され、基板ホルダー15には、サファイア基板20が固定される。グリッド電極18は、ターゲット19と基板20との中間に位置するように設置されている。
【0019】
図1に示すように、PLD成長室11の原料ターゲット19と基板20との間にメッシュ状の電極であるグリッド電極18を設置し、この電極に約−100Vから−200Vまでの電圧を印加し、原料ターゲット19からのプルーム(亜鉛や酸素等の中性原子とこれらのイオンから成る)をこの電極を通過させた後、基板20まで到達させて薄膜成長を行うものである。
【0020】
バイアス電圧を印加しながら薄膜を成長させる手法としては、既にスパッタ装置を用いて、基板位置にバイアス電圧を印加して酸化亜鉛薄膜を成長させた報告(非特許文献5)がある。同様に、スパッタ装置を用いて基板に印加する電圧を制御して酸化亜鉛の膜質を改善した報告もある(非特許文献6)。しかし、PLD法を用いて、ターゲット19と基板20との中間付近にグリッド電極18を設置し(非特許文献7)、この電圧を制御することで薄膜中に一定量の欠陥を導入し、この欠陥の性質を利用して所望の薄膜を得る手法自体は報告がない。
【0021】
図1で示したPLD薄膜成長装置10を用いて基板温度を約700℃に保ちながら、酸素雰囲気を用いずに酸化亜鉛薄膜を成長すると、薄膜中の亜鉛濃度が酸素濃度より大きくなる。ここで、グリッド電極に正の電圧を印加すると、プルーム中の亜鉛イオン(Zn2+)は電極を通過しにくくなり、その結果、亜鉛と酸素の化学量論比が1:1に近づく。しかし、グリッド電極に負の電圧を印加すると、プルーム中の酸素イオン(O2−)は電極を通過しにくくなり、その結果、さらに亜鉛過剰(酸素欠乏)の薄膜が生成する。原料ターゲット19と基板20は接地されている。従って、グリッド電極18に負の電圧を印加する場合を考えると、ターゲット19とグリッド電極18との間でプルーム中の亜鉛イオン(Zn2+)は加速されてグリッド電極18を通過するが、酸素イオン(O2−)は減速・逆方向に加速されてグリッド電極18を通過しにくい。すなわち、グリッド電極18を通過したプルーム中の酸素と亜鉛は化学量論比で1:1を超えて、亜鉛過剰となる。ここで、加速しながらグリッド電極18を通過した亜鉛イオン(Zn2+)に着目すると、グリッド電極18と基板20の間は逆向きの電界が存在しているため、グリッド電極18を通過した後は、減速しながら基板20に到達する。すなわち、亜鉛イオンの運動エネルギーは、ターゲット19を飛び出した時点の小さな値に戻り、亜鉛イオンが薄膜に損傷を与える可能性は低い。
【0022】
(強磁性のメカニズム)
次に、酸化亜鉛薄膜が強磁性を持つメカニズムについて述べる。酸化亜鉛原料のターゲット中に15%のバナジウム(V)元素を添加することにより、基板上に成長した酸化亜鉛薄膜中にも約15%のバナジウム元素を導入することが可能である。個々のバナジウム元素が持つ磁気モーメント(スピン)をそろえるために、酸化亜鉛中のフリーキャリア(自由電子)濃度を制御する必要がある。本発明では、n型不純物を用いずに、基板温度を700℃に保ちながら、グリッド電極に約−100Vから−200Vの負電圧を印加する。この結果、酸化亜鉛薄膜中の亜鉛と酸素の化学量論比は1:1からずれて亜鉛過剰となり、一定量の酸素空孔が薄膜中に導入される。この酸素空孔はn型不純物としての働きがあり、伝導体にフリーキャリヤが生成する。
【0023】
図2(a)に、バナジウムを添加した酸化亜鉛のバンド構造の模式図を示す(非特許文献2)。バンドギャップ中にはバナジウム元素の3d軌道に起因する5個のエネルギー準位が存在する。この内2個は非結合性軌道(e)であり、この軌道にある電子はバナジウム元素に局在し、他の3個は反結合性軌道(t)であり、この軌道は酸化亜鉛結晶中に広がっている。
【0024】
ここで薄膜に上向きの磁場が印加されると、おのおのの軌道に入る上向きと下向きの電子のエネルギーに差が生じて、バンド構造は図2(b)のように変化する。もともと、バナジウム元素の3d軌道には3個の電子が存在しており、上向きの3個の矢印で示すように、2個の電子が非結合軌道を占有し(e↑)、1個の電子が反結合軌道を占有して(t↑)上向きの磁気モーメントを発現する。この状態でフリーキャリヤの電子が存在すると、この電子は2個の反結合軌道に順次入り(t↑)、系全体のエネルギーを低下させ、磁場が取り除かれた後もバナジウム元素の非結合軌道電子が持つ個々のスピン(磁気モーメント)の向きをそろえ、強磁性が発現する。もし、おのおののバナジウム元素の磁気モーメントの方向がランダムな方向を向いて常磁性状態をとろうとすると、非結合軌道、及び反結合軌道を占める電子のエネルギーが増加するだけでなく、フリーキャリヤの広がりが小さくなって系全体のエネルギーを増加させてしまう。従って、常磁性でなく強磁性を発現する。
【0025】
このように、酸化亜鉛薄膜の持つ飽和磁化と残留磁化の大きさは、フリーキャリヤが反結合軌道に入ることにより安定化するエネルギーに大きくかかわる。すなわち、フェルミ準位の位置が重要であり、このフェルミ準位Efを図2(b)に示すt↑とe↓の間の位置に設定することで、多数のフリーキャリヤ電子によるエネルギーの安定化が起こり、大きな飽和磁化と残留磁化が実現できる。
【0026】
(フェルミ準位の設定方法)
次に、フェルミ準位Efを図2(b)に示す位置付近に設定する手法について述べる。図1に示すように、グリッド電極18を原料ターゲット19と基板20との間に設置し、グリッド電極18にある特定の負電圧を印加し、YAGレーザ13からパルス光を原料ターゲット19に照射しプルームを立たせて、このプルームがグリッド電極18を通過させた後、基板20表面に到達させる。このプルーム中には中性の原子やクラスターだけでなく、Zn2+やO2−などのイオンが含まれる。既に述べたように、酸化亜鉛薄膜中の亜鉛と酸素の比は、1:1からずれて、亜鉛過剰となり、薄膜中には酸素空孔が形成される。この酸素空孔はキャリヤとしての電子を供給する。従って、グリッド電極18に印加する負電圧を大きくするほど、酸素空孔が増加し、キャリヤとしての電子濃度も増加する。すなわち、グリッド電極18のバイアス電圧の調整により、薄膜のキャリヤ濃度は図3に示すように変化し、バイアス電圧を負の方向に大きくするとキャリヤ濃度が増加する。すなわち、フェルミ準位Efも増加する。最終的に、バイアス電圧を−50Vから−100Vに設定すると、フェルミ準位は、図2(b)に示すt↑とe↓の間の位置にきて、最終的には大きな強磁性が発現する。
【0027】
パルスレーザ蒸着(PLD)装置を用いて、グリッド電極18に電圧を印加しながら成膜することにより、一定量の欠陥を含む薄膜を成膜する。この欠陥により、半導体のフェルミ準位をバンドギャップ内の所望の位置(反結合性軌道と非結合性軌道のエネルギー準位の間)に設定する。自由電子が反結合性軌道を占めることでエネルギーを下げて、半導体中に添加した遷移元素の磁気モーメントの向きをそろえる。これにより、大きな飽和磁化と残留磁化の値を有する磁性半導体を実現させる。この磁性半導体を用いて、通常の半導体製造プロセスにより、演算(ロジック)素子、メモリ素子、不揮発性メモリ素子のすべてを実現させる。
【0028】
(実施例1)
図1は、実施例1として、酸化亜鉛磁性半導体の製造方法を説明するためのパルスレーザ蒸着(PLD)装置示す。酸化亜鉛粉末に15%のバナジウムを添加して焼結した原料ターゲット19を用いて、図1のターゲット位置14に設置する。基板20と原料ターゲット19との間にはモリブデン製のグリッド電極18を設置する。成長炉内を約10−5パスカル(Pa)に真空引きした後、グリッド電極18に−100Vの負電圧を印加し、基板温度を約700℃とし、YAGレーザ13から波長266nm(第4高調波)、エネルギー密度100mJ/パルスのレーザ光を原料ターゲット19に照射する。ターゲット19から原料の中性原子とイオンがプルームとなって飛び出す。プルームはグリッド電極18を通過した後に基板20に到達して、膜の成長が進む。グリッド電極18の負電圧のため、酸素イオンの一部はグリッド電極18による負の電場に反発されてグリッド電極18を通過できない。従って、基板20には亜鉛過剰(酸素不足)の原料が到達し、亜鉛過剰(酸素不足)の膜が成長する。この酸化亜鉛薄膜中の亜鉛と酸素の比は、1:1から約0.02%だけ亜鉛過剰となる。薄膜中の酸素空孔濃度と電子濃度は、いずれも、約3×1017個/cmとなる。
【0029】
図3は、グリッド電極18に印加するバイアス電圧に対する成膜した酸化亜鉛薄膜の室温でのキャリヤ濃度を示すグラフである。図3から分かるように、グリッド電極18に印加するバイアス電圧が負の方向に大きくなるとキャリヤ濃度は、増加することが分かる。そして、本方法で成膜した酸化亜鉛薄膜は、グリッド電極のバイアス電圧が−100Vのとき、室温においてキャリヤ濃度の値が約3×1017(個/cm)と十分に大きな値を示す。
【0030】
図4は、グリッド電極18に印加するバイアス電圧に対する成膜した酸化亜鉛薄膜の室温での飽和磁化Mを示すグラフである。図4から分かるように、グリッド電極18に印加するバイアス電圧が負の方向に大きくなると飽和磁化Mは、増加していることが分かる。そして、本方法で成膜した酸化亜鉛薄膜は、グリッド電極のバイアス電圧が−100Vのとき、室温において飽和磁化の値が8.0×10−4(emu)と十分に大きな値の強磁性を示す。グリッド電圧を−150Vとすると、キャリヤ濃度がさらに増加してフェルミ準位が上りすぎるため、飽和磁化は減少する。
【0031】
(実施例2)
図2は、実施例2としての、酸化亜鉛強磁性半導体のバンド構造を示す模式図である。
実施例1で得られた酸化亜鉛薄膜は、その電子濃度が約3×1017個/cmである。バナジウムを15%添加した酸化亜鉛のバンドギャップ内には、バナジウム元素の3d軌道に起因する5つのエネルギー準位が存在し、そのうちの2個は非結合軌道であり、バナジウム元素に局在化しており、他の3つの軌道は、母体の酸化亜鉛とバナジウム間の反結合軌道である。バナジウム元素の3d電子は3個であり、上向きの磁場が印加されたときに、これらは非結合軌道(2個)と反結合軌道(1個)を占める上向きの磁気モーメントを持つ電子となり、図中に上向きの3本の矢印で示す。
【0032】
はじめに、フェルミ準位Efが反結合軌道の準位よりも低い場合を考える。この場合、フリーキャリヤの広がりによる系のエネルギーを低下させる効果はない。外部磁場が取り除かれたとき、個々のバナジウム元素が持つ磁気モーメントの相互作用のみに着目すれば、磁気モーメントが同じ方向を向いているよりも、互いに逆方向を向く方がエネルギー的に低い状態である。すなわち、薄膜は強磁性を示さずに、反強磁性的となる。次に、フェルミ準位Efが反結合軌道の準位よりも高く、電子のスピンが逆向きの非結合軌道の準位よりも低い場合を考える。最大3個の反結合軌道が上向きの電子で占められる。外部磁場が取り除かれ磁場がなくなると、一般に、これらの反結合軌道のエネルギーは増加してしまうが、もし個々のバナジウム元素が持つ磁気モーメントが引き続き同じ方向を向けば、内部磁場のために反結合軌道のエネルギー増加は小さくてすむ。さらに、フリーキャリヤの広がりの効果も加わる。すなわち、反結合軌道を占める電子のエネルギーの増加を抑制するために、個々のバナジウム元素が持つ磁気モーメントが引き続き同じ向きの方向を保つことになり、薄膜は強磁性を示す。
【0033】
次に、フェルミ準位Efが下向きスピンの非結合軌道の準位よりも高い場合を考える。個々のバナジウム元素の非結合軌道には、2個の上向きスピンの電子だけでなく、下向きスピンの電子が最大2個存在する。すなわち、個々のバナジウム元素の持つトータルの磁気モーメントの値が小さくなり、仮にすべてのバナジウム元素の磁気モーメントが同じ方向を向いても、飽和磁化と残留磁化の値は小さくなる。
【0034】
以上のように、酸素空孔濃度と電子濃度を、それぞれ、約0.02%と、約3×1017個/cmとすることにより、薄膜中のフェルミ準位が、上向きスピンの最大の反結合軌道の準位よりも高く、下向きスピンの非結合軌道の準位よりも低い位置におさまり、室温において飽和磁化の値が約8.0×10−4(emu)と十分に大きな値の強磁性が得られる。
【0035】
なお、本実施形態では、添加する遷移元素としてバナジウムを用いて説明したが、それに限らず、他の遷移元素、例えば、Fe、Co、Ni、Mnを添加することによっても同様に磁性半導体を得ることができる。また、本実施形態では、キャリア濃度を調整するために導入する酸素空孔の濃度を調整することにより行ったが、亜鉛格子間原子の濃度を調整することによりキャリア濃度を調整するようにしてもよい。
【0036】
以上の実施形態で説明された構成、形状、大きさおよび配置関係については本発明が理解・実施できる程度に概略的に示したものにすぎず、また数値および各構成の組成(材質)等については例示にすぎない。従って本発明は、説明された実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示される技術的思想の範囲を逸脱しない限り様々な形態に変更することができる。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明に係る磁性半導体とその製造方法及び強磁性発現方法は、演算(ロジック)素子、記憶(メモリ)素子、不揮発性メモリ素子等とそれらの製造方法に利用され、これらを組み込むことにより、小型で消費電力を小さくすることが可能なパソコン(PC)、電子応用機器一般に利用される。
【符号の説明】
【0038】
10 PLD薄膜成長装置
11 PLD成長室
12 加熱用ランプ
13 YAGレーザ
14 ターゲット固定部
15 基板ホルダー
16 フローティング電源
17 絶縁体
18 グリッド電極
19 原料ターゲット
20 基板

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遷移元素を添加した酸化亜鉛の原料ターゲットから原料を飛散させて基板上に薄膜を成膜する薄膜製造装置を用い、
前記原料ターゲットと前記基板との間にグリッド電極を設置し、
前記グリッド電極に電圧を印加し、前記原料を前記グリッド電極を通過させることで前記基板上に前記薄膜を作製することを特徴とする磁性半導体の製造方法。
【請求項2】
前記グリッド電極に印加する電圧を調整し、前記原料ターゲットから飛散される原料元素の前記グリッド電極の通過を制限することにより、前記基板上に到達する原料元素の量を調整することにより前記薄膜中に一定量の欠陥を導入し、前記欠陥によりフェルミ準位を所望の位置に入れ、強磁性を発現させることを特徴とする請求項1記載の磁性半導体の製造方法。
【請求項3】
前記グリッド電極を負電圧にし、前記原料ターゲットから飛散される酸素イオンが前記
グリッド電極を通過する際に、この総量を制限することにより、前記基板上に到達する酸素イオンの量を亜鉛イオンの量より少なくして、前記薄膜中に一定量の酸素空孔を導入することを特徴とする請求項2記載の磁性半導体の製造方法。
【請求項4】
前記薄膜製造装置は、パルスレーザ堆積(PLD)装置であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の磁性半導体の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の磁性半導体の製造方法によって作製された磁性半導体。
【請求項6】
酸化亜鉛に遷移元素を添加し、酸素空孔が導入されて成る磁性半導体であって、
前記酸素空孔の濃度によってフェルミ準位を調整することで強磁性を発現することを特徴とする磁性半導体。
【請求項7】
前記フェルミ準位を前記酸化亜鉛中の遷移元素の非結合軌道と、前記遷移元素と前記酸化亜鉛(母体半導体)との反結合軌道エネルギー準位の間に入るように調整することで強磁性を発現することを特徴とする請求項6記載の磁性半導体。
【請求項8】
前記遷移元素は、バナジウムであることを特徴とする請求項6または7記載の磁性半導体。
【請求項9】
酸化亜鉛に遷移元素を添加し、酸素空孔が導入されて成る強磁性発現方法であって、
前記酸素空孔の濃度によってフェルミ準位を調整することで強磁性を発現することを特徴とする強磁性発現方法。
【請求項10】
前記フェルミ準位を前記酸化亜鉛中の遷移元素の非結合軌道と、前記遷移元素と前記酸化亜鉛(母体半導体)との反結合軌道エネルギー準位の間に入るように調整することで強磁性を発現することを特徴とする請求項9記載の強磁性発現方法。
【請求項11】
前記遷移元素は、バナジウムであることを特徴とする請求項9または10記載の強磁性発現方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−165969(P2011−165969A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−28002(P2010−28002)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】