説明

舶用エンジン制御装置および方法

【課題】船舶の経年変化に合わせた効率のよい主機の運転を行う。
【解決手段】船体、主機、プロペラを含む制御対象10をシミュレートするオブザーバ12を設ける。主機を制御するための制御部11からのガバナ指令uをオブザーバ12の入力とする。主機の実回転数Neをオブザーバ12にフィードバックする。オブザーバ12において推定される経年劣化前の船速Vmoをメモリ13に保存する。経年劣化後にオブザーバ12で推定される船速Vmと経年劣化前の船速Vmoの差に基づいて制御パラメータを補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶主機の運転を制御するエンジン制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶主機のガバナ制御では、プロペラ回転数(主機回転数)を一定値に維持するPID制御が広く採用される。また、レーシング時における過回転を防止するために機関のシミュレーションモデルに基づきPID制御パラメータを変更する構成も知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−200131号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、外乱による回転数変動をシミュレーションで予測しPID制御パラメータを変更することは提案されているものの、経年的な船体抵抗の増加、プロペラ効率の低下、エンジン性能の劣化等に対応して制御を変更する構成は採られていない。
【0005】
本発明は、船舶の経年変化に合わせた効率のよい主機の運転を行うことを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の舶用エンジン制御装置は、船舶の主機の運転を制御する制御部と、主機および船体を含む船舶を制御対象とし、制御部からの操作量を入力とするオブザーバと、制御対象の経年変化の影響を受ける物理量をオブザーバで推定し、物理量の経年変化前の値と経年変化後の値に基づいて制御部の制御パラメータを変更する補正手段とを備えたことを特徴としている。
【0007】
補正手段は、物理量の経年変化前の値と、経年変化後の値に基づいてオブザーバのシミュレータを経年変化後の制御対象に対応した数値モデルに変更することが好ましい。これにより、より正確に制御対象の経年変化を推定できる。
【0008】
また、船舶のエンジン制御装置は、物理量の経年変化前の値を記録するメモリを備えることが好ましく、補正手段は、このメモリに記録された物理量の値と、経年変化後に推定される物理量の値に基づいて制御パラメータの変更を行う。物理量は例えば船速であり、補正手段は経年変化前後の船速の差に対応して制御パラメータを変更する。制御部は例えばPID制御を行い、補正手段は上記船速差が大きいほどPゲインおよび/またはDゲインを大きい値に変更する。また、補正手段は、例えば上記船速差が大きいほど、Iゲインを小さい値に変更する。またエンジン制御装置では、例えば主機の回転数が検出され、オブザーバにフィードバックされる。
【0009】
本発明の船舶は、上記エンジン制御装置を備えたことを特徴としている。
【0010】
本発明の舶用エンジン制御方法は、主機および船体を含む船舶を制御対象とし、主機の運転を制御する制御部からの操作量を入力とするオブザーバにおいて制御対象の経年変化の影響を受ける物理量を推定し、物理量の経年変化前の値と経年変化後の値に基づいて主機の運転を制御する制御部の制御パラメータを変更することを特徴としている。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、船舶の経年変化に合わせた効率のよい主機の運転を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態であるエンジン制御装置の構成を示すブロック図である。
【図2】制御対象とオブザーバの関係を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について添付図面を参照して説明する。
図1は、本発明の一実施形態である舶用エンジン制御装置の構成を示す制御ブロック図である。
【0014】
制御対象10には、主機、プロペラ、船体などが含まれ、主機には制御部11からガバナ指令uが与えられる。制御部11は、例えば回転数一定とするPID制御を行うガバナである。また、主機の出力軸(図示せず)には、主機の実回転数Neを計測するセンサ(図示せず)が設けられ、実回転数Neは制御部11の入力側に負フィードバックされる。すなわち、制御部11には目標回転数Noと実回転数Neの偏差が入力され、PID演算を経てガバナ指令uが出力される。
【0015】
また、本実施形態のエンジン制御装置は、制御対象10を数値モデル化したオブザーバ12を備える。図2は、制御対象10とオブザーバ12の詳細な関係を示すブロック図である。図2に示されるように、オブザーバ12は、ガバナ指令uを入力とし、回転数Nや船速(対水船速)Vなどを状態変数とする。本実施形態では、実回転数Neが計測されているので、オブザーバ12では、実回転数Neとシミュレータの出力である回転数Nmの差がシミュレータにフィードバックされて各状態変数が推定される。なお、図2のA、B、C、Kは各変数に作用する演算子である。
【0016】
また、エンジン制御装置は、メモリ13と補正演算部14を備える。補正演算部14はオブザーバ12からの出力とメモリ13に保存されたデータを用いて制御部11の制御パラメータを実船の経年変化に対応して補正する補正量を算出する演算部である。本実施形態では、制御部11がPID制御を行うことから、補正対象となる制御パラメータは、PIDゲインであり、制御部11のPIDゲインは補正演算部14で算出された補正量に基づいて更新される。
【0017】
メモリ13には、前回の制御パラメータ更新時にオブザーバ12で算出された船速Vmoが記録されている。次に制御パラメータの更新を行うときには、船速Vmoが算出されたときと同じ条件の下、例えば回転数や燃料投入量を前回と同じ値にして船を航行させ、現在の船速Vmをオブザーバで算出する。補正演算部14には、オブザーバ12で推定される現在の船速Vmとメモリ13に記憶されている過去の船速Vmoが入力され、これらの値に基づいて制御部11の制御パラメータの補正量が算出される。
【0018】
経年的に船体抵抗は増大し、プロペラ効率は低下するので、海象や燃料供給量が同一であっても、船速は前回の更新時(例えば新造時)よりも遅くなる。したがって、オブザーバ12で推定される現在船速Vmは、過去の船速Vmoよりも遅くなる。
【0019】
補正演算部14では、例えば過去の船速Vmoと現在の船速Vmの差(Vmo−Vm)が補正量として算出され、制御部11では、(Vmo−Vm)の値が大きいほどPゲイン、Dゲインが大きく設定され、かつ/またはIゲインは小さく設定される。すなわち、経年変化が起こると船体抵抗が増大しプロペラ効率が低下するので、新造時と同様の応答性を得るには、差(Vmo−Vm)の値が大きいほどPおよび/またはDのゲインを大きく取る必要がある。例えばP、Dのゲインは(Vmo−Vm)の増大に比例して増大され、Iゲインは逆比例して低減される。
【0020】
また、このとき補正演算部14では、入力されたVmo、Vmに基づきオブザーバ12における状態方程式についても制御対象の経年変化に合わせて補正が行われ、オブザーバ12のシミュレータ(数値モデル)が現在の制御対象に対応するものに更新される。
【0021】
例えば、(N,V)を回転数Nおよび速度Vを成分とする状態ベクトル(tは転置を表す)、(N’,V’)を(N,V)の時間に関する一階微分、ガバナ指令uを入力とするとともに、状態ベクトル(N,V)、入力uにそれぞれ演算される2×2行列、2×1行列の要素を{Aij},{B}としてシステムの状態方程式(一部)を
【数1】


と表すとき、A12がプロペラ回転の抵抗を含む要素、A22が船体抵抗を含む要素となる。このときA12およびA22は、例えばそれぞれA12・Vmo/VmおよびA22・Vmo/Vmに更新される。なお、その他の要素はそのままの値に維持される。また、上記状態方程式において主機等に関わる変数は省略されているが、主機バルブの劣化なども考慮する構成とすることもできる。
【0022】
以上のように、本実施形態によれば、船速を実測することなく船体やプロペラ等の経年変化を推定し、これに合わせて制御パラメータを更新することができるので、船舶の経年変化に合わせた効率のよい主機の運転を常時行うことができる。また、これによりシーマージンを小さくすることができ、新造時の燃費も改善される。
【0023】
なお、ガバナ指令uから経年変化前の船速が十分な精度でシミュレートできる場合には、メモリに保存された過去の船速ではなく、シミュレートされた経年変化前の船速と、本実施形態のオブザーバで推定される現在の船速を比較して制御部やオブザーバの更新を行うこともできる。
【0024】
また、観測される状態変数は回転数に限定されず、例えばプロペラシャフトのトルクなどであってもよいし、複数の物理量であってもよい。また、経年変化を推定するための物理量として、本実施形態では船速の推定値を用いたが、例えばトルクやスラストをオブザーバで推定し、これに基づいて経年変化を推定して制御パラメータを更新することも可能である。
【0025】
本実施形態ではPID制御を例に説明を行ったが、それ以外の制御方式において、推定される船体やプロペラの経年変化に合わせて、経年変化前の応答性が得られるように制御パラメータを更新することも可能である。
【符号の説明】
【0026】
10 制御対象
11 制御部(PID演算部)
12 オブザーバ
13 メモリ
14 補正演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
船舶の主機の運転を制御する制御部と、
前記主機および船体を含む船舶を制御対象とし、前記制御部からの操作量を入力とするオブザーバと、
前記制御対象の経年変化の影響を受ける船速を前記オブザーバで推定し、前記船速の経年変化前の値と経年変化後の値に基づいて前記制御部の制御パラメータを変更する補正手段とを備え、
前記補正手段が前記経年変化前後の船速の差に対応して前記制御パラメータを変更し、
前記制御部がPID制御を行い、前記補正手段は前記差が大きいほど、Pゲインおよび/またはDゲインを大きい値に変更する
ことを特徴とする船舶のエンジン制御装置。
【請求項2】
前記補正手段は前記差が大きいほど、Iゲインを小さい値に変更することを特徴とする請求項1に記載の船舶のエンジン制御装置。
【請求項3】
前記補正手段は、前記船速の経年変化前の値と、経年変化後の値に基づいて前記オブザーバのシミュレータを経年変化後の制御対象に対応した数値モデルに変更することを特徴とする請求項2に記載の船舶のエンジン制御装置。
【請求項4】
前記船速の経年変化前の値を記録するメモリを備え、前記補正手段は、前記メモリに記録された前記船速の値と、経年変化後に推定される前記船速の値に基づいて前記制御パラメータの変更を行うことを特徴とする請求項1または請求項2の何れか一項に記載の船舶のエンジン制御装置。
【請求項5】
前記主機の回転数が検出され、前記オブザーバにフィードバックされることを特徴とする請求項1〜4の何れか一項に記載の船舶のエンジン制御装置。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか一項に記載のエンジン制御装置を備えることを特徴とする船舶。
【請求項7】
主機および船体を含む船舶を制御対象とし、前記主機の運転を制御する制御部からの操作量を入力とするオブザーバにおいて前記制御対象の経年変化の影響を受ける船速を推定し、前記船速の経年変化前の値と経年変化後の値に基づいて前記主機の運転を制御する制御部の制御パラメータを前記経年変化前後の船速の差に対応して変更し、前記制御部がPID制御を行い、前記補正手段は前記差が大きいほど、Pゲインおよび/またはDゲインを大きい値に変更することを特徴とする船舶のエンジン制御方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−91786(P2012−91786A)
【公開日】平成24年5月17日(2012.5.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−283318(P2011−283318)
【出願日】平成23年12月26日(2011.12.26)
【分割の表示】特願2010−82161(P2010−82161)の分割
【原出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000005902)三井造船株式会社 (1,723)
【Fターム(参考)】