説明

走査電子顕微鏡

【課題】
タンパク質等の高分子構造におけるカイラリティ分布や、磁区構造の解析を高分解能で行うことが可能な走査電子顕微鏡を提供する。
【解決手段】
レーザー201と半導体202を備えたスピン偏極電子源等を搭載した走査電子顕微鏡を用いて、スピン偏極電子線203を照射した試料208からの反射電子209の強度やスピン偏極度を反射電子検出器210などを用いて測定することにより、試料208内部の高分子のカイラリティ構造や磁化ベクトルを可視化することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走査電子顕微鏡、特に磁区構造、分子構造等の評価・解析に用いる走査電子顕微鏡に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質に代表される高分子化合物の構造解析の需要は多く、更に単なる構造解析だけではなく各タンパク質の性質や機能を分析して応用するための研究が盛んに行われている。タンパク質の場合、構成しているアミノ酸の種類に着目した1次構造と、それらのアミノ酸の繋がり方に着目した2次構造がある。2次構造には大きく分けて螺旋構造をとるアルファへリックスと板状構造をとるベータシートがあり、その見極めや、両者がどのような分布を取りながら構造変化していくか、或は不純物近辺と離れた場所での各構造の割合を調べていく必要がある。タンパク質のみならず、このような構造解析は今後ますます需要が増えると思われる。
【0003】
一方、磁気記録の分野において、ハードディスクのビット長が30nmレベルに達している現在、微小なビットの歪みが深刻なノイズになる可能性があり、これまで以上に正確にビット形状を制御した記録が必要である。そのため、電子線を用いた高分解能磁区観察に期待が寄せられる。例えば、垂直磁気記録、或は面内磁気記録の両方において、このようなビット形状の評価は重要であり、短時間で大量のビット形状を高分解能で評価が可能な磁区観察手法が必要とされており、種々の手法が検討されている(例えば、特許文献1、非特許文献1を参照)。
【0004】
【特許文献1】特開平11−176371号公報
【非特許文献1】ジャーナル オブ フィジックス ディー、アプライド フィジックス 第35巻、第2327頁から第2331頁(2002)(E Bauer et al, “Spin-polarized low energy electron microscopy of ferromagnetic thin films”, Journal of Physics D: Applied Physics 35、p2327-2331(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
タンパク質の微細構造解析法として最も知られているのはX線回折である。これは分解能良くデータを取得できる反面、タンパク質を結晶化せざるを得ず、大変な労力がかかりまた得られる情報にも制限ができてしまう。他方、3次元透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy: TEM)を使って構造解析を行う場合もあるが、試料サイズに制限があり、視野の広さが限られてしまう。つまりタンパク質構造の分布のマッピングという点では、現状の装置では難しい。
【0006】
右巻きと左巻き等、鏡面対象の関連にある構造をカイラリティと呼ぶ。アルファヘリックスとベータシートを見分ける大きなポイントは、アルファヘリックスは螺旋構造であるためカイラリティがあり、ベータシートにはそれがないことである。このようなカイラリティ構造を調べる方法としては、偏光を用いる手法が知られている。これは、試料の分子構造がカイラリティを持っていると、左右の円偏光ではその透過率や反射率に差が生じるものである。これを円二色性(ダイクロイズム)と呼んでいる。また、左右円偏光で試料内での透過条件に差が生じ、結果として位相の差が生じる場合がある。これは直線偏光を用いた場合の偏光面の回転という現象でも知られており、ファラデー効果やオプティカルローテーションと言う名称で知られている。このような光を用いた構造解析は、例えば糖度計にも使われているが、空間分可能が光の波長で制限されるため、微視的に分子構造のマッピングをするようなことはできない。
【0007】
一方、現状の高分解能磁区観察装置において、最も汎用的に使われているのは磁気力顕微鏡(Magnetic Force Microscopy: MFM)であるが、この手法では磁化の向きまでは特定できず、また磁区構造が微細で複雑になるにつれ、現実の磁化分布と取得データの関連付けが難しくなる。またローレンツ電顕、ホログラフィー電顕などの透過型電子顕微鏡においても、10nmレベルの分解能が期待できる。しかしこれらの技術では試料を薄膜化する必要があり、試料作製に手間がかかる上、薄膜化の過程で実際の磁区構造が壊される可能性もある、等の問題点がある。
【0008】
その点、上述した非特許文献1に記載のスピン偏極低エネルギー電子顕微鏡(Spin-Polarized Low Energy Electron Microscopy:SPLEEM)は高分解能(10nmレベル)と高速撮影が両立でき(撮影時間数十秒)、しかも磁化ベクトルの向きも決定できる。
【0009】
しかし、SPLEEMでは、スピン偏極した電子線を磁性体試料表面に、低いエネルギー(100V以下)で一括照射するもので、走査型電子顕微鏡のように電子線を走査する機構や試料表面上で細く絞る機構はない。照射する電子線のスピンと、試料表面の磁化ベクトルの向きの相対関係によって、反射率、透過率等が違ってくるので、反射電子を結像することにより、試料表面の磁化の情報を得ることができる。しかもスピン偏極電子線の透過率・反射率の変化は、前述の高分子の構造解析にも適用できる。つまり、光における円偏光や直線偏向は、電子線におけるスピン偏極度と相関があり、前述の円2色性やオプティカルローテーション等の現象は、スピン偏極電子線においても透過率・反射率の変化、或いはスピン偏極ベクトルの変化に焼きなおして考えることができ、そのような実験もされている(例えばフィジカル レビュー レターズ、第74巻、第4803頁から第4806頁(1995)(Physical Review Letters Vol. 74, pp.4803-4806(1995))。従って、SPLEEMは高分解能な分子構造解析にも有望なツールといえる。
【0010】
しかしながら、この手法の大きな弱点は、検出系の複雑さにある。一括照射タイプであるために、反射電子を搬送・結像する光学系は複雑になり、結果として装置全体が大掛かりになり、製作費用も高額になる。
【0011】
図9にSPLEEMのレンズ系の一例を示す。円偏光した光を照射するレーザー901、半導体902を有し、電子レンズ系903は、試料906から反射した電子908をスクリーン909上に結像させるために、詳細な調整が必要であり、そのため多くの電子レンズを搭載せざるを得ず、それらのレンズ系の制御装置904や905の安定度も高いレベルのものが必要である。また、その操作が困難である。
【0012】
SPLEEM同様、スピン偏極電子線を利用した装置として、特許文献1に示したスピン偏極走査電子顕微鏡(スピンSEM)が知られている。この手法のSPLEEMとの大きな違いは、試料に照射する電子線はスピン偏極しておらず、反射電子ではなく磁性体試料から放出される2次電子を収集し、そのスピン偏極度を解析することである。従って反射電子は排除し試料からの2次電子のみを収集する電子光学系を有する。ここにおいても10nmレベルの高分解能が期待できるが、像取得時間が30分程度かかり、多くの磁気デバイスの評価・解析には無理がある。また原理上分子構造のカイラリティ測定などには用いることができない。
【0013】
本発明は、上記の課題を解決し、磁区構造、分子構造の評価・解析に用いることができる走査電子顕微鏡を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明においては、試料台上の試料を電子線で走査することにより試料の解析を行う走査電子顕微鏡であって、スピン偏極電子線を発生するスピン偏極電子源と、スピン偏極電子線を集束する集束レンズ系と、スピン偏極電子線を偏向し、試料上で走査する走査部と、試料上でスピン偏極電子線を走査することにより、試料から得られる反射電子を検出する検出部と、制御部を備える走査電子顕微鏡を提供する。
【0015】
スピン偏極電子源は、例えば、半導体に円偏光したレーザーを照射してスピン偏極電子線を得る構成とする。また、検出部は、反射電子の強度を検出する反射電子検出器、或いは、反射電子のスピン偏極度を測定するスピン検出器で構成する。更には、検出部は、反射電子の強度を検出する反射電子検出器と、反射電子のスピン偏極度を測定するスピン検出器とから構成し、試料から放出する反射電子の軌道上に偏向電極を配し、偏向電極に印加する電圧によって、反射電子の到達先を、反射電子検出器、或いはスピン検出器とする。
【0016】
好適には、スピン偏極電子線と試料間の電子光学系に、スピン回転部を設置する構成とする。このスピン回転部は、二つのスピン回転器からなり、スピン偏極電子線が最初に通過するスピン回転器は電磁場を直交させるウィーンフィルタタイプで構成すると良い。
【0017】
この装置構成において、制御部で、試料上の各測定点において、照射するレーザーの円偏光の向きを反転させ、試料から放出される反射電子のスピン偏極度を反転させて得た、検出部からのデータと、反転させる前のデータの差をとることにより、形状像に関してはキャンセルされ、磁化情報だけを得ることができる。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、本発明によるスピン偏極電子線を用いた走査電子顕微鏡を用いれば、様々な試料の分子構造におけるカイラリティや、磁性体試料の磁化のマッピングができる装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明においては、上述した分子構造解析並びに高分解能磁区観察機能を同時に満たすため、以下の走査電子顕微鏡を構成する。
【0020】
まず、電子源は例えばGaAs等の半導体に円偏光を照射するタイプのスピン偏極電子源を用いる。この場合、左右の円偏光を切り替えることにより、放出電子線のスピン偏極度を反転させることができる。
【0021】
その後、放出されたスピン偏極電子線が導かれる光学系に、電子線のスピン偏極度を回転させるスピン回転器を搭載する。試料に照射するスピン偏極度の向きを任意に回転させることにより、任意の方向の磁化成分のマッピング、或いは任意の方向を軸としたカイラリティ構造のマッピングが可能となる。スピン回転器はその内部に磁場を発生させてラーモア歳差運動により電子スピンを回転させるが、それは磁場印加方向に垂直な面内での回転となる。もし任意の立体角方位にスピン偏極度を回転させる機能を持たせたければ、スピン偏極度の回転軸が2つ必要なので、磁場印加方向を変えたスピン回転器を直列に2個並べる必要がある。スピン回転器には様々なタイプがあるが、例えば電場と磁場が電子軌道に直交しているウィーンフィルタタイプのものが適当である。或は、2個のうち1個は電子の軌道方向に磁場を印加する磁気コイルタイプのものでもいい。但し、前述のGaAs等の半導体に円偏光を照射するタイプのスピン偏極電子源からのスピン偏極電子線は、電子軌道方向にスピン偏極度が向いているため、その方向に磁場を印加する磁気コイルタイプのスピン回転器ではそのままの状態では、スピン偏極度の回転は起こらない。その点で2個のスピン回転器の内の前段のものには向かない。その後電子は光学系により搬送され、走査用偏向電極を通過した後、対物レンズで収束され、試料表面に照射される。この際、電子は放出されてからスピン回転器や走査用偏向電極を通過する際は、数kV程度に加速されることが望ましいが、試料に照射される際には100V以下までに減速される必要がある。これはSPLEEM同様、照射電子が試料内部の磁化を反映した反射をするには、低いエネルギーの方が有利であるからである。
【0022】
試料に照射された電子は、一部は試料の内部へ入り込み、一部は反射される。この際の反射率は、試料表面と入射電子のスピン偏極度の相対角に依存する。この現象は前述のSPLEEMにも利用されており、反射電子の量を検出すれば試料表面上の磁化方向が判る。そこで、入射する電子が反射する方向に、電子検出器を配置しておき、走査ポイントごとにその電子検出器からの信号を保存する。そして走査ポイントごとにその信号を表示していくと、反射電子像が完成するが、その像は試料表面の凹凸だけでなく磁化方向も反映している。
【0023】
ここで、電子源である半導体に照射する円偏向の向きを反転させる、あるいはスピン回転器の強度を変える等により、試料に照射する電子のスピン偏極度を反転させる。そして同様に反射電子像を取得する。入射電子のスピン偏極度を反転させて取得した反射電子像は、前回のものと比べて、形状像に関しては同じ情報であるが、磁化方向に関しては逆の符号を持つ信号となっている。従って、この2回の測定データの差をとれば、形状像に関してはキャンセルされ、磁化情報だけが残る。この手法により、本発明の走査電子顕微鏡は、SPLEEMのような複雑な検出系の電子光学系を必要とせずに、同様の信号を得ることができる。なお、スピン偏極度の反転並びにデータの差を取る操作は、前述のように一画像取得後でもいいが、1ピクセル取得毎でも1ライン取得毎でも良い。
【0024】
また、前述の例では反射電子の強度を検出したが、スピン偏極度を検出しても良い。磁化を持つ試料にスピン偏極電子線が反射する際にはスピン偏極度の回転が起こる。従って反射電子のスピン偏極ベクトルを解析することによっても、試料の磁化情報を得ることができる。
【0025】
これまで、試料が磁性体である場合に磁化ベクトルの情報を得ることを前提としてきたが、タンパク質等の高分子が持つカイラリティ構造に関する情報を得ることもできる。これも前述のSPLEEMと同様に、円偏光した光を照射した場合における反射率、透過率の違い、或いは位相のずれ、といったものが、スピン偏極電子線を照射した場合においても、反射率の変化や反射電子のスピン偏極度の回転といった現象に現れる。従って、前述の走査電子顕微鏡において、反射電子の強度やスピン偏極度を検出することにより、タンパク質等の高分子が持つカイラリティ構造に関する情報を得ることもできる。
【0026】
以下、図面を参照して本発明の最良の実施の形態を説明する。
【実施例1】
【0027】
図1に、第1の実施例の走査電子顕微鏡のチャンバ並びに真空排気系統図を示す。装置全体は走査電子顕微鏡をベースにしており、観察試料は、試料導入チャンバ101より挿入され、その中の試料ステージ103に試料102がセットされる。試料挿入後、試料導入チャンバ101全体を、ターボポンプ104とロータリーポンプ105で排気するようになっており、到達真空度は、例えば10のマイナス5乗Paレベルが適当である。その後試料102は試料準備チャンバ107に挿入され、その中の試料ステージ109にセットされる。このチャンバ107では、例えば試料表面の汚れを取るアルゴンイオンミリングといったクリーニングなど、観察前に必要な前処理を行う。それに必要な、例えばイオン銃108等が搭載されている。また、真空排気装置としては、イオンポンプ110、ターボポンプ111、ロータリーポンプ112等が搭載されており、到達真空度は例えば10のマイナス7乗Paレベルが適当である。
【0028】
前処理が終わった試料102は、観察チャンバ114へ搬送され、その中の試料ステージ115にセットされる。このチャンバ114もイオンポンプ116、ターボポンプ117、ロータリーポンプ118等が搭載されており、到達真空度は例えば10のマイナス7乗Paレベルが適当である。また、そのチャンバ114からの信号を受信するデータ収集装置119、電子線の制御をする電子線制御装置120、それら2つと結びついている画像表示部121などがこのチャンバ114に接続されている。また、スピン偏極電子源122や反射電子検出器123等も本チャンバに搭載されているが、詳細は後述する。
【0029】
上述の説明においては、試料102が磁性体である場合を想定したが、例えばタンパク質などの生体である場合、あらかじめ凍結させておく必要がある。その場合は試料準備チャンバ107に試料凍結装置が必要となる。これは例えば通常の生体TEM観察に使うようなものでよい。
【0030】
図2に第1の実施例における観察チャンバ114内のスピン偏極電子線と試料、電子検出器の位置関係の一例を示す。電子源はスピン偏極電子源であり、電子線制御装置200によってコントロールされる。例えば円偏光でGaAs等の半導体202を励起するタイプが考えられるが、電子線制御装置200によって励起光の波長や円偏光の向きを制御できるようにする。本実施例では、円偏光した光がレーザー201から出射して半導体202に照射され、そこからスピン偏極電子線203が放出される。スピン偏極電子線203は静電レンズ204で加速された後、スピン回転器205を通過する。ここで、静電レンズ204で1kV以上に加速しないと、放出された電子線の進行方向の制御がうまくいかず広がってしまい、すべての電子を試料に到達させることができない可能性がある。スピン回転器205の効用に関しては後述するが、スピン回転器205は2つあると全方位への回転が可能となる。スピン回転器205には電子軌道とお互いが直交する電磁場を印加するウィーンフィルタタイプのものと、電子の軌道方向に磁場をかけるタイプのものがある。また、これらのスピン回転器205は電子線が試料に照射される前であればどの部分に搭載しても良い。スピン回転器205でスピン偏極度の角度を調整した後、スピン偏極電子線は走査用偏向電極206を通過し、走査信号に応じて偏向する。その後、静電電極207で減速され、100V以下の加速度になった後に試料208に照射される。この際、照射されたスピン偏極走査電子線のうち、一部は反射されて反射電子209となる。また一部は試料内部に入り込み、内部の電子を励起し、2次電子を発生させる。
【0031】
本実施例では、反射電子209を信号として活用するものであるので、2次電子と切り分けをしなくてはいけない。それには以下の2つの手段が有効である。一つはエネルギーによる選別で、反射電子は基本的には入射電子と同じエネルギーを持つ。一方、2次電子はゼロから20eVくらいまで、低エネルギーで広い範囲で分布している。もう一つは出射方向で判断する方法で、反射電子の場合、多数のものが試料表面法線方向に対して入射電子と対称な方向へ飛んでいくのに対し、2次電子は試料表面法線方向を中心とした様々な方向へ放出される。従って、本実施例では試料の傾斜角を考慮して反射電子の軌道を想定し、反射電子検出器210を配置している。この電子検出器を半導体検出器にすると、入射電子のエネルギーによって信号を選別できるので、より正確に2次電子と反射電子の区別をすることができる。
【0032】
本実施例に示すように、スピン偏極電子線、磁性体試料または高分子試料、そして電子検出器をこのような配置にセットし、反射電子の強度をマッピングすることにより、試料の磁化の向きや、カイラリティ構造の有無を可視化することができる。ここで、試料208は、反射電子を検出するために電子線203に対して角度を持たせて傾けている。これは通常のSEMの試料ステージが持つチルト機構を使えばよいもので、その傾斜角度は電子線203の照射する方向と反射電子検出器210の位置により決まる。
【実施例2】
【0033】
第2の実施例の走査電子顕微鏡の構成を図3に示す。図3の実施例では、図2の実施例における電子検出器210をスピン検出器310に置き換えたものである。その他の構成要素である、番号300〜309は図2の番号200〜209に対応している。311はスピン回転器である。
【0034】
スピン偏極電子線が磁化を持つもの或いはカイラリティ構造を持つものに散乱される際に、その偏極度の向きが回転するため、反射電子309が持つスピン偏極度の向きをスピン検出器310で検出してやれば、試料308の磁化或いはカイラリティ構造に関する知見が得られる。また、スピン検出器310は入射電子軌道に垂直な2成分しか検出できない。しかし、その直前にスピン回転器311を配置し、直前でスピン偏極ベクトルを90度回転させてやれば、入射電子軌道に平行な成分も検出できる。従って、スピン回転器311をON-OFFさせて2組データを取れば、全3成分のスピン偏極ベクトルを検出することができる。
【0035】
図4に、上述した各実施例における走査型電子顕微鏡において、一次電子線として試料に照射されるスピン偏極電子線の、スピン回転器によるスピン偏極ベクトル回転の模式図を示す。このスピン回転器を用いることにより、試料の任意の方向の磁化成分のマッピング、或いは任意の方向を軸としたカイラリティ構造のマッピングが可能となる。
【0036】
ここではスピン偏極電子線400の進行方向にスピン偏極ベクトル401が向いているものとしているが、図2のような装置構成において、半導体202に円偏光で励起されたGaAsを用いた場合などで実現可能な向きである。そのスピン偏極電子線400は、磁力線402と電気力線403がお互いと電子軌道に直交するタイプ、いわゆるウィーンフィルタタイプのスピン回転器404を通過する。この際、ローレンツ力と静電気力がキャンセルするように電磁場の大きさを調整するので、スピン偏極電子線405はほぼ直進してスピン回転器404を通過する。
【0037】
一方、スピン偏極ベクトル406は、ラーモア歳差運動をするため、磁力線402に垂直な面内である角度回転する。その後スピン偏極電子線405は2つ目のスピン回転器409に導かれる。このスピン回転器409は、やはり電気力線407と磁力線408がお互いと電子軌道に直交するように印加されているが、一つ目のスピン回転器404とは電磁場の方向が90°回転している。このため、二つ目のスピン回転器409でのスピン偏極ベクトル406の回転は、一つ目のスピン回転器404における回転面とは違う回転面で行われることになり、この2回の回転により、スピン偏極ベクトル411は全方位任意の方向へ回転できることになる。また、スピン偏極電子線410は直進を続けることになる。
【0038】
図5に他の構成のスピン回転器によるスピン偏極ベクトル回転の模式図を示す。図4と同様、スピン偏極電子線500の進行方向にスピン偏極ベクトル501が向いているものとしている。スピン偏極電子線500は、磁力線502と電気力線503がお互いと電子軌道に直交するウィーンフィルタタイプのスピン回転器504を通過し、磁力線502に垂直な面内でスピン偏極ベクトル506は回転する。その後、スピン偏極電子線505は磁力線507が電子軌道に平行なタイプのスピン回転器508に導かれる。このスピン回転器内で、磁力線507と電子軌道が平行なためローレンツ力は殆ど働かず、スピン偏極電子線509は直進する。その間、スピン偏極ベクトル510は磁力線507に垂直な面内で回転する。この2つのスピン回転器504と508の組み合わせでも、スピン偏極電子の軌道を変えずに全方位にスピン偏極度を回転させることができる。
【0039】
図6に上述した各実施例における、試料近辺での電子レンズ系の詳細図を示す。同図において、スピン偏極電子源から走査用偏向電極までのスピン偏極電子線光学系の纏まりを601で表している。そこから出射したスピン偏極電子線602は、偏向磁極603に入射する。ここでは紙面垂直方向に磁場がかかっており、電子線はローレンツ力により適当な角度だけ偏向させられ、静電レンズ604を通過してエネルギーを調節した後、試料ステージ606上の試料605に垂直に入射する。そして反射電子607の軌道も試料表面垂直方向になり、再び偏向磁極603に入射する。やはりそこでローレンツ力を受けるが、試料605に照射する電子と進行方向が逆なので、偏向する方向も逆になり、反射電子607は、反射電子検出器608に到達する。この方式では照射用のスピン偏極電子線602と信号である反射電子607が対称な位置関係にあり、レンズ構成のバランスが良くなる、といった特長がある。反射電子検出器608を図3に示したようなスピン検出器、或いはスピン回転器とスピン検出器で置き換えても良い。
【実施例3】
【0040】
図7に、試料近辺における電子レンズ系の別の実施例を示す。スピン偏極電子源から走査用偏向電極までのスピン偏極電子線光学系の纏まりを701で表している。そこから出射したスピン偏極電子線702は、試料ステージ704にセットされた試料703に照射され、反射電子705が発生する。反射電子705は、球面偏向電極706に入射するが、この球面偏向電極706の外側球面電極には反射電子が通過できる程度の穴710が開けてある。そして球面偏向電極706をOFF、つまり内側と外側の電極の電位を同じにした場合、入射した反射電子705は直進し、外側球面電極の穴710を通過して、球面偏向電極706の奥に配置している反射電子検出器707に入射する。従ってこの場合は、反射電子705の強度を測定することができる。また、球面偏向電極706をONにした場合、入射した反射電子705は偏向し、スピン回転器708或いはスピン検出器709に入射する。つまりこの場合は反射電子705のスピン偏極度を測定することができる。このように、試料の種類や実験の目的に応じて、球面偏向電極706のON-OFFにより、測定項目を選べることができる。
【0041】
図8は、上述した各実施例における電子レンズ系や検出部と、制御部であるデータ収集装置や画像表示部の関係を示している。電子レンズ系や検出器は、図7の例と同じ構成で図示した。番号801〜809は図7の番号701〜709に対応している。反射電子検出器807やスピン検出器809からの信号は、例えば、パーソナルコンピュータ(PC)に内蔵される中央処理装置(CPU)や記憶部で構成されるデータ収集装置810に送られ、保存される。それらのデータは、電子線制御装置812からの信号と併せる事により画像表示部811で画像として表示される。画像表示部811では、その表示領域を反射電子検出器807からの信号とスピン検出器809からの信号を分けて表示できるようにしておくと便利である。
【0042】
また、データ収集装置810において、先に説明したように、電子源である半導体に照射する円偏向の向きを反転させる、あるいはスピン回転器の強度を変える等により、電子のスピン偏極度を反転させて取得した反射電子像を蓄積し、2回の測定データの差を取る処理を実行する。この2回の測定データの差をとれば、形状像に関してはキャンセルされ、磁化情報だけが残り、この磁化情報を画像表示部811に表示することが可能である。なお、スピン偏極度の反転並びにデータの差を取る操作は、前述のように一画像取得後でもいいが、1ピクセル取得毎でも1ライン取得毎でも良く、電子線制御装置812とデータ収集装置810などの制御部の制御により何れも実行可能であることは言うまでもない。
【0043】
以上詳述してきたように、本発明によれば、磁性体の磁化分布解析、或いはタンパク質等の分子構造解析可能な走査電子顕微鏡を、レンズ系を格段に簡素した構成で、且つ簡便な方法で提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明における走査電子顕微鏡のチャンバ構成の一実施例を示す図である。
【図2】第1の実施例に係わる走査電子顕微鏡の、電子線、試料、検出器の位置関係を示す図である。
【図3】第2の実施例に係わる走査電子顕微鏡の、電子線、試料、検出器の位置関係を示す図である。
【図4】各実施例における、電子線のスピン偏極度を全方位に回転できるスピン回転器の一構成例を示す図である。
【図5】各実施例における、電子線のスピン偏極度を全方位に回転できるスピン回転器の一構成例を示す図である。
【図6】各実施例における走査電子顕微鏡の、電子線、試料、検出器の位置関係を説明するための図である。
【図7】第3の実施例に係わる走査電子顕微鏡の、電子線、試料、検出器の位置関係を示す図である。
【図8】各実施例における走査電子顕微鏡の、電子レンズ系とデータ収集装置、画像表示部、電子線制御装置の関係を説明するための図である。
【図9】従来のSPLEEMの電子レンズ系の一例を示す図である。
【符号の説明】
【0045】
101…試料導入チャンバ、102…試料、103…試料ステージ、104…ターボポンプ、105…ロータリーポンプ、106…ゲートバルブ、107…試料準備チャンバ、108…イオン銃等表面処理装置、109…試料ステージ、110…イオンポンプ、111…ターボポンプ、112…ロータリーポンプ、113…ゲートバルブ、114…観察チャンバ、115…試料ステージ、116…イオンポンプ、117…ターボポンプ、118…ロータリーポンプ、119…データ収集装置、120…電子線制御装置120、121…画像表示部、122…スピン偏極電子源、123…反射電子検出器
200…電子線制御装置、201…レーザー、202…半導体、203…スピン偏極電子線、204…静電レンズ、205…スピン回転器、206…走査用偏向電極、207…静電電極、208…試料、209…反射電子、210…反射電子検出器、
300…電子線制御装置、301…レーザー、302…半導体、303…スピン偏極電子線、304…静電レンズ、305…スピン回転器、306…走査用偏向電極、307…静電電極、308…試料、309…反射電子、310…スピン回転器、311…スピン検出器、
400…スピン偏極電子線、401…スピン偏極ベクトル、402…磁力線、403…電気力線、404…ウィーンフィルタタイプ、405…スピン偏極電子線、406…スピン偏極ベクトル、407…電気力線、408…磁力線、409…スピン回転器、410…スピン偏極電子線、411…スピン偏極ベクトル
500…スピン偏極電子線、501…スピン偏極ベクトル、502…磁力線、503…電気力線、504…ウィーンフィルタタイプ、505…スピン偏極電子線、506…スピン偏極ベクトル、507…磁力線、508…磁力線が電子軌道に平行なタイプのスピン回転器、509…スピン偏極電子線、510…スピン偏極ベクトル
601…スピン偏極電子線光学系の纏まり、602…スピン偏極電子線、603…偏向磁極、604…静電レンズ、605…試料、606試料ステージ、607…反射電子、608…反射電子検出器、
701…スピン偏極電子線光学系の纏まり、702…スピン偏極電子線、703…試料、704…試料ステージ、705…反射電子、706…球面偏向電極、707…反射電子検出器、708…スピン回転器、709…スピン検出器、
801…スピン偏極電子線光学系の纏まり、802…スピン偏極電子線、803…試料、804…試料ステージ、805…反射電子、806…球面偏向電極、807…反射電子検出器、808…スピン回転器、809…スピン検出器、810…データ収集装置、811…画像表示部、812…電子線制御装置、
901…レーザー、902…半導体、903…電子レンズ系、904…電子レンズ制御系、905…電子レンズ制御系、906…試料、907…試料ステージ、908…反射電子、909…スクリーン909。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料台上の試料を電子線で走査することにより、試料の解析を行う走査電子顕微鏡であって、
スピン偏極電子線を発生するスピン偏極電子源と、
前記スピン偏極電子線を集束する集束レンズ系と、
前記スピン偏極電子線を偏向し、前記試料上で走査する走査部と、
前記試料上で前記スピン偏極電子線を走査することにより、前記試料から得られる反射電子を検出する検出部とを備える、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記スピン偏極電子源は、半導体に円偏光したレーザーを照射して前記スピン偏極電子線を得る、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項3】
請求項2に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記試料上の各測定点において、照射する前記レーザーの円偏光の向きを反転させ、前記試料から放出される前記反射電子のスピン偏極度を反転させて得た、前記検出部からのデータと、反転させる前のデータの差をとる、
ことを特徴とする走査型電子顕微鏡。
【請求項4】
請求項1に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記スピン偏極電子源から放出された前記スピン偏極電子線は、1kV以上に加速された後、前記試料に照射される直前に100V以下に減速される、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項5】
請求項1に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記スピン偏極電子線と前記試料間の電子光学系に、スピン回転部を設置した、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項6】
請求項5に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記スピン回転部は、二つのスピン回転器からなり、前記スピン偏極電子線が最初に通過する前記スピン回転器は電磁場を直交させるウィーンフィルタタイプである、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項7】
請求項1に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記検出部は、前記反射電子の強度を検出する反射電子検出器からなる、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項8】
請求項1に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記検出部は、前記反射電子のスピン偏極度を測定するスピン検出器からなる、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項9】
請求項1に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記検出部は、前記反射電子の強度を検出する反射電子検出器と、前記反射電子のスピン偏極度を測定するスピン検出器とからなり、
前記試料から放出する前記反射電子の軌道上に偏向電極を配し、前記偏向電極に印加する電圧によって、前記反射電子の到達先を、前記反射電子検出器、或いは前記スピン検出器とする、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項10】
請求項7に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記試料と前記反射電子検出器の間には電極や磁極等の電子光学系が全く設置されない、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項11】
請求項8に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記試料と前記スピン検出器の間にスピン回転器を配置する、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項12】
請求項11に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記スピン回転器は、電磁場を直交させるウィーンフィルタタイプである、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項13】
請求項11に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記試料と前記スピン回転器の間には電極や磁極等の電子光学系が全く設置されない、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項14】
請求項1に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記試料台は、前記スピン偏極電子線に対し、前記試料表面を斜めに設置する、
ことを特徴とする走査型電子顕微鏡。
【請求項15】
請求項1に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記検出部の前記反射電子の導入面が、前記試料台に面している、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。
【請求項16】
請求項15に記載の走査電子顕微鏡であって、
前記検出部は反射電子検出器であり、前記反射電子検出器と前記試料台との間には、電極や磁極等の電子光学系が全く設置されない、
ことを特徴とする走査電子顕微鏡。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−3450(P2010−3450A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−159251(P2008−159251)
【出願日】平成20年6月18日(2008.6.18)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】