車両のスリップ状態取得装置、並びに、そのスリップ状態取得装置を用いた車両のトラクション制御装置及びアンチスキッド制御装置
【課題】 全輪駆動車両において、車輪のスリップ状態をより適切に取得することができる車両のスリップ状態取得装置を用いた車両のトラクション制御装置等を提供すること。
【解決手段】 この装置は、車輪の加速スリップ量(車輪速度Vw−前後加速度センサ出力に基づく推定車体速度Vrefacc)がしきい値Sth以上となった場合にその車輪に対してトラクション制御を実行する。Sthは原則的に基本しきい値Sthbaseに設定される。一方、「0<アクセル操作量<所定の微小値」と、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin(最小車輪速度Vwminの時間微分値)>前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup(前後加速度センサ検出値に所定値を加えた値)」の2つの条件が所定時間T1に亘って成立したとき、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していると判定して、Sthを値β1だけ小さくする。
【解決手段】 この装置は、車輪の加速スリップ量(車輪速度Vw−前後加速度センサ出力に基づく推定車体速度Vrefacc)がしきい値Sth以上となった場合にその車輪に対してトラクション制御を実行する。Sthは原則的に基本しきい値Sthbaseに設定される。一方、「0<アクセル操作量<所定の微小値」と、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin(最小車輪速度Vwminの時間微分値)>前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup(前後加速度センサ検出値に所定値を加えた値)」の2つの条件が所定時間T1に亘って成立したとき、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していると判定して、Sthを値β1だけ小さくする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用される車両のスリップ状態取得装置、並びに、そのスリップ状態取得装置を用いた車両のトラクション制御装置及びアンチスキッド制御装置に関する。なお、本明細書では、車体前後方向の車体加速度は、車両が駆動状態(加速状態)にある場合に正の値、車両が制動状態(減速状態)にある場合に負の値を採るものとする。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両が駆動状態にあって車輪に発生する加速方向のスリップ(以下、単に「加速スリップ」と称呼する。)の程度が所定の加速スリップしきい値以上になったとき、加速スリップが発生していると判定し、トラクション制御を開始・実行するトラクション制御装置が広く知られている。トラクション制御では、例えば、上記車輪に所定の制動力が付与される。これにより、上記車輪の加速スリップが抑制されて同車輪のトラクションが良好に維持され得る。
【0003】
また、車両が制動状態にあって車輪に発生する減速方向のスリップ(以下、単に「減速スリップ」と称呼する。)の程度が所定の減速スリップしきい値以上になったとき、減速スリップが発生していると判定し、アンチスキッド制御(以下、「ABS制御」とも云う。)を開始・実行するABS制御装置も広く知られている。ABS制御では、上記車輪に付与される制動力が低減・調整される。これにより、上記車輪の減速スリップが抑制されて制動距離の増加が抑制され得る。
【0004】
係るトラクション制御、或いはABS制御を正確に開始・実行するためには、加速スリップ、或いは減速スリップの程度を正確に推定する必要がある。一般に、加速スリップの程度は、例えば、車輪速度から車両の車体速度を減じた値(以下、「加速スリップ量」と称呼する。)で表され得、減速スリップの程度は、例えば、車両の車体速度から車輪速度を減じた値(以下、「減速スリップ量」と称呼する。)で表され得る。従って、加速スリップ、或いは減速スリップの程度を正確に推定するためには、車両の車体速度を正確に推定する必要がある。
【0005】
一般に、車体速度は、各車輪速度に基づいて推定され得る。しかしながら、上記全輪駆動車両において車両が過度に駆動されると、全ての車輪に同時に加速スリップが発生する場合がある。この場合、車両の車体速度を各車輪速度から正確に推定することは非常に困難である。このため、車体前後方向の車体加速度を前後加速度センサにより検出し、同検出された車体加速度(以下、「車体加速度検出値」と云う。)を時間積分することで車両の車体速度を推定する技術が知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【特許文献1】特開平2−306865号公報
【0006】
ところで、一般に、加速度センサの出力特性には誤差が発生し得、その誤差の大きさ・方向は個体毎に或る程度ばらつく。従って、個体によって、車体加速度検出値が真の車体加速度より大きくなる場合と小さくなる場合とが発生し得る。車体加速度検出値が真の車体加速度より小さくなる場合、車体加速度検出値を時間積分して得られる車体速度も真の車体速度より小さめに推定されるから、上記加速スリップ量は大きめに算出される。
【0007】
従って、このように車体加速度検出値そのものに基づいて車体速度が推定される場合、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達し易くなる。従って、加速スリップが発生していると判定されるべきでない早い段階で加速スリップが発生していると判定され、この結果、トラクション制御が開始されるべきでない早い段階でトラクション制御が開始されるという誤作動が発生し得る。
【0008】
このようなトラクション制御に係わる誤作動の発生を防止するため、上記特許文献1には、車体加速度検出値に所定値(正の値)を加えた値(以下、「車体加速度かさ上げ値」と称呼する。)を時間積分することで車両の車体速度を推定していく技術が記載されている。これにより、車体加速度かさ上げ値が常に真の車体加速度以上の値に算出され得、従って、車体速度が常に真の車体速度以上の値に推定され得る。この結果、上記加速スリップ量が小さめに算出されて上記トラクション制御に係わる誤作動の発生が防止され得る。
【0009】
以下、トラクション制御に係わる誤作動発生防止のため、全輪駆動車両に対してこのように車体加速度かさ上げ値に基づいて車体速度が推定される場合を考える。この場合、上述のように、上記加速スリップ量が小さめに算出されるから同加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達し難くなる傾向がある。
【0010】
この場合であっても、運転者がアクセルペダルを大きく踏み込むこと等により全輪の車輪速度(従って、加速スリップ量)が急激に増大する場合は、全輪の加速スリップ量が直ちに上記加速スリップしきい値に達し得る。この結果、全輪に対して加速スリップが発生していると直ちに判定され得、全輪に対してトラクション制御が直ちに開始され得る。
【0011】
一方、路面摩擦係数の比較的低い路面(以下、「低μ路面」と称呼する。)を走行中であって運転者がアクセルペダルを僅かに踏み込んだ場合も全輪に同時に加速スリップが発生し得る。この場合、全輪の車輪速度(従って、加速スリップ量)の増大速度が非常に小さい。更には、上述したように、車体加速度かさ上げ値に基づいて車体速度が推定されることに起因して加速スリップ量が小さめに算出されていく。
【0012】
この結果、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達する時期が大きく遅れるか、同加速スリップ量が同加速スリップしきい値に達し得ない事態が発生し得る。換言すれば、加速スリップが発生していると判定されるタイミングが大きく遅れる(即ち、トラクション制御が開始されるタイミングが大きく遅れる)か、或いは加速スリップが発生していると判定され得ない(即ち、トラクション制御が開始され得ない)という事態が発生し得る。
【0013】
他方、係る低μ路面走行中では車輪のトラクションが発生し難いから、適切なタイミングでトラクション制御が開始・実行されることが特に要求されている。以上のことから、全輪駆動車両が駆動状態にある場合において、(特に、低μ路走行中において)適切なタイミングで加速スリップが発生していると判定され得ない(従って、トラクション制御が開始され得ない)場合があるという問題がある。
【0014】
以上のような問題は、減速スリップ(従ってABS制御)についても同様に発生する。即ち、上述した加速度センサの出力特性のばらつきにより、車体加速度検出値が真の車体加速度より大きくなる場合、車体加速度検出値を時間積分して得られる車体速度は真の車体速度より大きめに推定されるから、上記減速スリップ量は大きめに算出される。
【0015】
従って、このように車体加速度検出値そのものに基づいて車体速度が推定される場合、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達し易くなる。従って、減速スリップが発生していると判定されるべきでない早い段階で減速スリップが発生していると判定され、この結果、ABS制御が開始されるべきでない早い段階でABS制御が開始されるという誤作動が発生し得る。
【0016】
このようなABS制御に係わる誤作動の発生を防止するため、車体加速度検出値から所定値(正の値)を減じた値(以下、「車体加速度かさ下げ値」と称呼する。)を時間積分することで車両の車体速度を推定していく技術も知られている。これにより、車体加速度かさ下げ値が常に真の車体加速度以下の値に算出され得、従って、車体速度が常に真の車体速度以下の値に推定され得る。この結果、上記減速スリップ量が小さめに算出されて上記ABS制御に係わる誤作動の発生が防止され得る。
【0017】
以下、ABS制御に係わる誤作動発生防止のため、全輪駆動車両に対してこのように車体加速度かさ下げ値に基づいて車体速度が推定される場合を考える。この場合、上述のように、上記減速スリップ量が小さめに算出されるから同減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達し難くなる傾向がある。
【0018】
この場合であっても、運転者がブレーキペダルを大きく踏み込むこと等により全輪の車輪速度が急激に減少する(従って、減速スリップ量が急激に増大する)場合は、全輪の減速スリップ量が直ちに上記減速スリップしきい値に達し得る。この結果、全輪に対して減速スリップが発生していると直ちに判定され得、全輪に対してABS制御が直ちに開始され得る。
【0019】
一方、上記低μ路面を走行中であって運転者がブレーキペダルを僅かに踏み込んだ場合も全輪に同時に減速スリップが発生し得る。この傾向は、全輪駆動車両に特に発生し易い。この場合、全輪の車輪速度の減少速度(従って、減速スリップ量の増大速度)が非常に小さい。更には、上述したように、車体加速度かさ下げ値に基づいて車体速度が推定されることに起因して減速スリップ量が小さめに算出されていく。
【0020】
この結果、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達する時期が大きく遅れるか、同減速スリップ量が同減速スリップしきい値に達し得ない事態が発生し得る。換言すれば、減速スリップが発生していると判定されるタイミングが大きく遅れる(即ち、ABS制御が開始されるタイミングが大きく遅れる)か、或いは減速スリップが発生していると判定され得ない(即ち、ABS制御が開始され得ない)という事態が発生し得る。
【0021】
他方、係る低μ路面走行中では制動距離が特に増大し易いから、適切なタイミングでABS制御が開始・実行されることが特に要求されている。以上のことから、全輪駆動車両が制動状態にある場合において、(特に、低μ路走行中において)適切なタイミングで減速スリップが発生していると判定され得ない(従って、ABS制御が開始され得ない)場合があるという問題がある。
【0022】
以上のことから、係る問題に対処するためには、全輪駆動車両において、車両が駆動状態にあるか制動状態にあるかにかかわらず(特に、低μ路面走行中において)車輪のスリップ状態をより適切に取得することが望まれているところである。
【発明の開示】
【0023】
本発明は係る要求に対処するためになされたものであって、その目的は、全輪駆動車両において、車輪のスリップ状態をより適切に取得することができる車両のスリップ状態取得装置、並びに、そのスリップ状態取得装置を用いた車両のトラクション制御装置及びアンチスキッド制御装置を提供することにある。
【0024】
本発明に係る車両のスリップ状態取得装置は、車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサとを備える全輪駆動車両に適用される。
【0025】
本発明に係る車両のスリップ状態取得装置の特徴は、前記車輪速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第1車体加速度取得手段と、前記前後加速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第2車体加速度取得手段と、前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度と前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度との比較結果に基づいて車輪のスリップ状態を取得するスリップ状態取得手段とを備えたことにある。
【0026】
ここにおいて、第1車体加速度取得手段は、例えば、車両が駆動状態にある場合には車輪速度センサ出力から得られる全車輪の車輪速度のうちの最小値等を時間微分した値を、車両が制動状態にある場合には車輪速度センサ出力から得られる全車輪の車輪速度のうちの最大値等を時間微分した値を「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」として取得する。
【0027】
また、第2車体加速度取得手段は、例えば、車両が駆動状態にある場合には前後加速度センサ出力に対応する車体加速度検出値に所定値を加えた値(即ち、上記車体加速度かさ上げ値)を、車両が制動状態にある場合には同車体加速度検出値から所定値を減じた値(即ち、上記車体加速度かさ下げ値)を「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」として取得する。なお、第2車体加速度取得手段は、常に、車体加速度検出値そのものを「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」として取得してもよい。
【0028】
例えば、車両が駆動状態にある場合において或る車輪の加速スリップ量が増大することは、その車輪の車輪速度の増加勾配(従って、車輪速度の時間微分値(正の値))が車体速度の増加勾配(従って、車体加速度(正の値))よりも大きいことを意味する。換言すれば、車両が駆動状態にある場合において或る車輪の加速スリップ量が増大すると、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(正の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(正の値)」よりも大きくなる傾向がある。
【0029】
同様に、車両が制動状態にある場合において或る車輪の減速スリップ量が増大することは、その車輪の車輪速度の減少勾配(従って、車輪速度の時間微分値(負の値))が車体速度の減少勾配(従って、車体加速度(負の値))よりも小さいことを意味する。換言すれば、車両が制動状態にある場合において或る車輪の減速スリップ量が増大すると、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」よりも小さくなる(絶対値が大きくなる)傾向がある。
【0030】
従って、係る観点に基づき、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」と「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」との比較結果に基づいて車輪のスリップ状態を適切に取得することができる。
【0031】
より具体的には、車両が駆動状態にある場合、前記スリップ状態取得手段は、前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(正の値)が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(正の値)よりも大きいことを条件に、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成される。
【0032】
上述したように、車両が駆動状態にある場合、トラクション制御に係わる誤作動の発生防止の観点から、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」は、上記車体加速度かさ上げ値に設定される場合が多い。この場合、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」は、真の車体加速度以上の値となり得る。
【0033】
即ち、車両が駆動状態にある場合において「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きいという条件が成立することは、加速スリップ量が確実に増大していることを意味する。従って、係る条件が成立する場合、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達することを待つことなく、加速スリップが発生していると判定することができる。換言すれば、上述した従来の装置に比してより早期、且つ適切な時期に加速スリップが発生していると判定することができる。
【0034】
上記本発明に係る車両のスリップ状態取得装置においては、前記車両のアクセル操作量に対応する値を取得するアクセル操作量対応値センサを備えた車両に適用され、前記スリップ状態取得手段は、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きく、且つ、前記取得されたアクセル操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さいことを条件に、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成されることが好適である。ここにおいて、アクセル操作量対応値とは、例えば、アクセル操作量そのもの、スロットル弁開度等である。
【0035】
上述したように、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達することで加速スリップが発生していることを判定する従来の装置では、上述した「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において加速スリップが発生していることを判定するタイミングが大きく遅れる等の問題が特に発生し得る。
【0036】
これに対し、上記「加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合であっても、上述した「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きくなるという条件は同現象発生後において直ちに成立し得る。換言すれば、アクセル操作量が小さい値であって、且つ、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きいことは、上記「加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることを意味する。
【0037】
従って、上記のように構成すれば、上記「加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達することを待つことなく、適切な時期に加速スリップが発生していると判定することができる。
【0038】
また、上記本発明に係る車両のスリップ状態取得装置においては、前記スリップ状態取得手段は、前記条件が所定時間に亘って成立し続けたとき、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成されることが好適である。
【0039】
これによれば、上述した「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きい(且つ、アクセル操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さい)という条件が所定時間に亘って連続的に安定して成立し続けた場合に限って加速スリップが発生していると判定される。従って、加速スリップが発生していない場合に加速スリップが発生しているとの誤判定がなされる事態の発生が抑制され得る。
【0040】
また、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置の何れかを用いた本発明に係る車両のトラクション制御装置は、車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサとを備えた全輪駆動車両に適用される。
【0041】
この本発明に係る車両のトラクション制御装置は、少なくとも前記前後加速度センサの出力に基づいて前記車両の推定車体速度を取得する推定車体速度取得手段と、前記車輪速度センサの出力に基づく車輪速度から前記取得された推定車体速度を減じた値(即ち、加速スリップ量)に基づく値が所定のしきい値(即ち、上記加速スリップしきい値)以上になったとき、トラクション制御を開始・実行するトラクション制御手段とを備え、前記トラクション制御手段は、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定されているとき、上記加速スリップしきい値を小さくするように構成される。
【0042】
ここにおいて、前記推定車体速度取得手段は、例えば、車両が駆動状態にある場合には、上記車体加速度かさ上げ値を時間積分していくことで、車両が制動状態にある場合には、上記車体加速度かさ下げ値を時間積分していくことで推定車体速度を取得するように構成される。
【0043】
また、前記推定車体速度取得手段は、更に、車輪速度センサ出力にも基づいて推定車体速度を取得してもよい。この場合、推定車体速度は、例えば、車両が駆動状態にある場合には、車輪速度センサ出力から得られる全車輪の車輪速度のうちの最小値等と、上記車体加速度かさ上げ値を時間積分していくことで得られる値との小さい方に設定され、車両が制動状態にある場合には、車輪速度センサ出力から得られる全車輪の車輪速度のうちの最大値等と、上記車体加速度かさ下げ値を時間積分していくことで得られる値との大きい方に設定される。
【0044】
これによれば、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定されているとき(即ち、トラクション制御が開始されるべきとき)、上記加速スリップしきい値が小さくされるから、トラクション制御が開始され易くなる。即ち、特に、上述した「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、従来の装置に比してトラクション制御がより早期、且つ適切な時期に開始され易くなる。以上、車両が駆動状態にある場合について説明した。
【0045】
他方、車両が制動状態にある場合では、前記スリップ状態取得手段は、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」よりも小さい(絶対値が大きい)ことを条件に、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成される。
【0046】
上述したように、車両が減速状態にある場合、ABS制御に係わる誤作動の発生防止の観点から、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」は、上記車体加速度かさ下げ値に設定される場合が多い。この場合、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」は、真の車体加速度以下の値となり得る。
【0047】
即ち、車両が制動状態にある場合において「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも小さいという条件が成立することは、減速スリップ量が確実に増大していることを意味する。従って、係る条件が成立する場合、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達することを待つことなく、減速スリップが発生していると判定することができる。換言すれば、上述した従来の装置に比してより早期、且つ適切な時期に減速スリップが発生していると判定することができる。
【0048】
上記本発明に係る車両のスリップ状態取得装置においては、前記車両のブレーキ操作部材の操作量に対応する値を取得するブレーキ操作量対応値センサを備えた車両に適用され、前記スリップ状態取得手段は、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも小さく、且つ、前記取得されたブレーキ操作部材の操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さいことを条件に、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成されることが好適である。ここにおいて、ブレーキ操作部材の操作量対応値とは、例えば、ブレーキ操作部材(例えば、ブレーキペダル等)の操作ストローク、ブレーキ操作部材の操作力、マスタシリンダ液圧等である。
【0049】
上述したように、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達することで減速スリップが発生していることを判定する従来の装置では、上述した「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において減速スリップが発生していることを判定するタイミングが大きく遅れる等の問題が特に発生し得る。
【0050】
これに対し、上記「減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合であっても、上述した「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」よりも小さくなるという条件は同現象発生後において直ちに成立し得る。換言すれば、ブレーキペダル操作量が小さい値であって、且つ、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも小さいことは、上記「減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることを意味する。
【0051】
従って、上記のように構成すれば、上記「減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達することを待つことなく、適切な時期に減速スリップが発生していると判定することができる。
【0052】
また、上記本発明に係る車両のスリップ状態取得装置においては、前記スリップ状態取得手段は、前記条件が所定時間に亘って成立し続けたとき、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成されることが好適である。
【0053】
これによれば、上述した「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」よりも小さい(且つ、ブレーキ操作部材の操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さい)という条件が所定時間に亘って連続的に安定して成立し続けた場合に限って減速スリップが発生していると判定される。従って、減速スリップが発生していない場合に減速スリップが発生しているとの誤判定がなされる事態の発生が抑制され得る。
【0054】
また、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置の何れかを用いた本発明に係る車両のABS制御装置は、車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサとを備えた全輪駆動車両に適用される。
【0055】
この本発明に係る車両のABS制御装置は、少なくとも前記前後加速度センサの出力に基づいて前記車両の推定車体速度を取得する推定車体速度取得手段と、前記取得された推定車体速度から前記車輪速度センサの出力に基づく車輪速度を減じた値(即ち、減速スリップ量)に基づく値が所定のしきい値(即ち、上記減速スリップしきい値)以上になったとき、ABS制御を開始・実行するABS制御手段とを備え、前記ABS制御手段は、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定されているとき、上記減速スリップしきい値を小さくするように構成される。
【0056】
これによれば、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定されているとき(即ち、ABS制御が開始されるべきとき)、上記減速スリップしきい値が小さくされるから、ABS制御が開始され易くなる。即ち、特に、上述した「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、従来の装置に比してABS制御がより早期、且つ適切な時期に開始され易くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0057】
以下、本発明による車両のスリップ状態取得装置を含んだ、車両のトラクション制御装置及びABS制御装置のそれぞれの実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0058】
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態に係るスリップ状態取得装置を含んだトラクション制御装置10を搭載した車両の概略構成を示している。この車両は、4輪総てが駆動輪である4輪駆動方式の車両である。
【0059】
この運動制御装置10は、駆動力を発生するとともに同駆動力を駆動輪FL,FR,RL,RRにそれぞれ伝達する駆動力伝達機構部20と、車輪にブレーキ液圧による制動力を発生させるためのブレーキ液圧制御装置30と、各種センサ等から構成されるセンサ部40と、電気制御装置50とを含んで構成されている。
【0060】
駆動力伝達機構部20は、駆動力を発生するエンジン21と、同エンジン21の吸気管21a内に配置されるとともに吸気通路の開口断面積を可変とするスロットル弁THの開度TAを制御するDCモータからなるスロットル弁アクチュエータ22と、エンジン21の図示しない吸気ポート近傍に燃料を噴射するインジェクタを含む燃料噴射装置23と、エンジン21の出力軸に入力軸が接続された変速機24を備える。
【0061】
また、駆動力伝達機構部20は、変速機24の出力軸から伝達される駆動力を適宜配分し同配分された駆動力をそれぞれ前輪側プロペラシャフト25及び後輪側プロペラシャフト26に伝達するトランスファ27と、前輪側プロペラシャフト25から伝達される前輪側駆動力を適宜分配し同分配された前輪側駆動力を前輪FL,FRにそれぞれ伝達する前輪側ディファレンシャル28と、後輪側プロペラシャフト26から伝達される後輪側駆動力を適宜分配し同分配された後輪側駆動力を後輪RR,RLにそれぞれ伝達する後輪側ディファレンシャル29とを含んで構成されている。
【0062】
ブレーキ液圧制御装置30は、その概略構成を表す図2に示すように、ブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧を発生するブレーキ液圧発生部32と、車輪RR,FL,FR,RLにそれぞれ配置されたホイールシリンダWrr,Wfl,Wfr,Wrlに供給するブレーキ液圧をそれぞれ調整可能なRRブレーキ液圧調整部33,FLブレーキ液圧調整部34,FRブレーキ液圧調整部35,RLブレーキ液圧調整部36と、還流ブレーキ液供給部37とを含んで構成されている。
【0063】
ブレーキ液圧発生部32は、ブレーキペダルBPの作動により応動するバキュームブースタVBと、同バキュームブースタVBに連結されたマスタシリンダMCとから構成されている。バキュームブースタVBは、エンジン21の吸気管内の空気圧力(負圧)を利用してブレーキペダルBPの操作力を所定の割合で助勢し同助勢された操作力をマスタシリンダMCに伝達するようになっている。
【0064】
マスタシリンダMCは、第1ポート、及び第2ポートからなる2系統の出力ポートを有していて、リザーバRSからのブレーキ液の供給を受けて、前記助勢された操作力に応じた第1マスタシリンダ液圧Pmを第1ポートから発生するようになっているとともに、同第1マスタシリンダ液圧と略同一の液圧である前記助勢された操作力に応じた第2マスタシリンダ液圧Pmを第2ポートから発生するようになっている。
【0065】
これらマスタシリンダMC及びバキュームブースタVBの構成及び作動は周知であるので、ここではそれらの詳細な説明を省略する。このようにして、マスタシリンダMC及びバキュームブースタVB(ブレーキ液圧発生手段)は、ブレーキペダルBPの操作力に応じた第1マスタシリンダ液圧及び第2マスタシリンダ液圧をそれぞれ発生するようになっている。
【0066】
マスタシリンダMCの第1ポートと、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の各々との間には、常開リニア電磁弁PC1が介装されている。同様に、マスタシリンダMCの第2ポートと、FRブレーキ液圧調整部35の上流部及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の各々との間には、常開リニア電磁弁PC2が介装されている。係る常開リニア電磁弁PC1,PC2の詳細については後述する。
【0067】
RRブレーキ液圧調整部33は、2ポート2位置切換型の常開電磁開閉弁である増圧弁PUrrと、2ポート2位置切換型の常閉電磁開閉弁である減圧弁PDrrとから構成されている。増圧弁PUrrは、RRブレーキ液圧調整部33の上流部と後述するホイールシリンダWrrとを連通、或いは遮断できるようになっている。減圧弁PDrrは、ホイールシリンダWrrとリザーバRS1とを連通、或いは遮断できるようになっている。この結果、増圧弁PUrr、及び減圧弁PDrrを制御することでホイールシリンダWrr内のブレーキ液圧(ホイールシリンダ液圧Pwrr)が増圧・保持・減圧され得るようになっている。
【0068】
加えて、増圧弁PUrrにはブレーキ液のホイールシリンダWrr側からRRブレーキ液圧調整部33の上流部への一方向の流れのみを許容するチェック弁CV1が並列に配設されていて、これにより、操作されているブレーキペダルBPが開放されたときホイールシリンダ液圧Pwrrが迅速に減圧されるようになっている。
【0069】
同様に、FLブレーキ液圧調整部34,FRブレーキ液圧調整部35、RLブレーキ液圧調整部36は、それぞれ、増圧弁PUfl及び減圧弁PDfl,増圧弁PUfr及び減圧弁PDfr,増圧弁PUrl及び減圧弁PDrlから構成されており、これらの増圧弁及び減圧弁が制御されることにより、ホイールシリンダWfl,ホイールシリンダWfr及びホイールシリンダWrl内のブレーキ液圧(ホイールシリンダ液圧Pwfl,Pwfr,Pwrl)をそれぞれ増圧、保持、減圧できるようになっている。また、増圧弁PUfl,PUfr及びPUrlの各々にも、上記チェック弁CV1と同様の機能を達成し得るチェック弁CV2,CV3及びCV4がそれぞれ並列に配設されている。
【0070】
還流ブレーキ液供給部37は、直流モータMTと、同モータMTにより同時に駆動される2つの液圧ポンプ(ギヤポンプ)HP1,HP2を含んでいる。液圧ポンプHP1は、減圧弁PDrr,PDflから還流されてきたリザーバRS1内のブレーキ液を汲み上げ、同汲み上げたブレーキ液をチェック弁CV8を介してRRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部に供給するようになっている。
【0071】
同様に、液圧ポンプHP2は、減圧弁PDfr,PDrlから還流されてきたリザーバRS2内のブレーキ液を汲み上げ、同汲み上げたブレーキ液をチェック弁CV11を介してFRブレーキ液圧調整部35及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部に供給するようになっている。なお、液圧ポンプHP1,HP2の吐出圧の脈動を低減するため、チェック弁CV8と常開リニア電磁弁PC1との間の液圧回路、及びチェック弁CV11と常開リニア電磁弁PC2との間の液圧回路には、それぞれ、ダンパDM1,DM2が配設されている。
【0072】
次に、常開リニア電磁弁PC1について説明する。常開リニア電磁弁PC1の弁体には、図示しないコイルスプリングからの付勢力に基づく開方向の力が常時作用しているとともに、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力から第1マスタシリンダ液圧Pmを減じることで得られる差圧(以下、単に「実差圧」と云うこともある。)に基づく開方向の力と、常開リニア電磁弁PC1への通電電流(従って、指令電流Id)に応じて比例的に増加する吸引力に基づく閉方向の力が作用するようになっている。
【0073】
この結果、図3に示したように、上記吸引力に相当する指令差圧ΔPdが指令電流Idに応じて比例的に増加するように決定される。ここで、I0はコイルスプリングの付勢力に相当する電流値である。そして、常開リニア電磁弁PC1は、係る指令差圧ΔPdが上記実差圧よりも大きいときに閉弁してマスタシリンダMCの第1ポートと、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部との連通を遮断する。一方、常開リニア電磁弁PC1は、指令差圧ΔPdが同実差圧よりも小さいとき開弁してマスタシリンダMCの第1ポートと、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部とを連通する。
【0074】
この結果、(液圧ポンプHP1から供給されている)RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部のブレーキ液が常開リニア電磁弁PC1を介してマスタシリンダMCの第1ポート側に流れることで同実差圧が指令差圧ΔPdに一致するように調整され得るようになっている。なお、マスタシリンダMCの第1ポート側へ流入したブレーキ液はリザーバRS1へと還流される。
【0075】
換言すれば、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)が駆動されている場合、常開リニア電磁弁PC1への指令電流Idに応じて上記実差圧(の許容最大値)が制御され得るようになっている。このとき、RRブレーキ液圧調整部33の上流部、及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力は、第1マスタシリンダ液圧Pmに実差圧(従って、指令差圧ΔPd)を加えた値(Pm+ΔPd)となる。
【0076】
他方、常開リニア電磁弁PC1を非励磁状態にすると(即ち、指令電流Idを「0」に設定すると)、常開リニア電磁弁PC1はコイルスプリングの付勢力により開状態を維持するようになっている。このとき、実差圧が「0」になって、RRブレーキ液圧調整部33の上流部、及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力が第1マスタシリンダ液圧Pmと等しくなる。
【0077】
常開リニア電磁弁PC2も、その構成・作動について常開リニア電磁弁PC1のものと同様である。従って、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)が駆動されている場合、常開リニア電磁弁PC2への指令電流Idに応じて、FRブレーキ液圧調整部35の上流部、及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の圧力は、第2マスタシリンダ液圧Pmに指令差圧ΔPdを加えた値(Pm+ΔPd)となる。他方、常開リニア電磁弁PC2を非励磁状態にすると、FRブレーキ液圧調整部35の上流部、及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の圧力が第2マスタシリンダ液圧Pmと等しくなる。
【0078】
加えて、常開リニア電磁弁PC1には、ブレーキ液の、マスタシリンダMCの第1ポートから、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部への一方向の流れのみを許容するチェック弁CV5が並列に配設されている。これにより、常開リニア電磁弁PC1への指令電流Idに応じて実差圧が制御されている間においても、ブレーキペダルBPが操作されることで第1マスタシリンダ液圧PmがRRブレーキ液圧調整部33の上流部、及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力よりも高い圧力になったとき、ブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧(即ち、第1マスタシリンダ液圧Pm)そのものがホイールシリンダWrr,Wflに供給され得るようになっている。また、常開リニア電磁弁PC2にも、上記チェック弁CV5と同様の機能を達成し得るチェック弁CV6が並列に配設されている。
【0079】
以上、説明した構成により、ブレーキ液圧制御装置30は、右後輪RRと左前輪FLとに係わる系統と、左後輪RLと右前輪FRとに係わる系統の2系統の液圧回路から構成されている。ブレーキ液圧制御装置30は、全ての電磁弁が非励磁状態にあるときブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧(即ち、マスタシリンダ液圧Pm)をホイールシリンダW**にそれぞれ供給できるようになっている。
【0080】
なお、各種変数等の末尾に付された「**」は、同各種変数等が各車輪FR等のいずれに関するものであるかを示すために同各種変数等の末尾に付される「fl」,「fr」等の包括表記であって、例えば、ホイールシリンダW**は、左前輪用ホイールシリンダWfl,
右前輪用ホイールシリンダWfr, 左後輪用ホイールシリンダWrl, 右後輪用ホイールシリンダWrrを包括的に示している。
【0081】
他方、この状態において、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)を駆動するとともに、常開リニア電磁弁PC1,PC2を指令電流Idをもってそれぞれ励磁すると、マスタシリンダ液圧Pmよりも指令電流Idに応じて決定される指令差圧ΔPdだけ高いブレーキ液圧をホイールシリンダW**にそれぞれ供給できるようになっている。
【0082】
加えて、ブレーキ液圧制御装置30は、増圧弁PU**、及び減圧弁PD**を制御することでホイールシリンダ液圧Pw**を個別に調整できるようになっている。即ち、ブレーキ液圧制御装置30は、運転者によるブレーキペダルBPの操作にかかわらず、各車輪に付与される制動力を車輪毎に個別に調整できるようになっている。これにより、ブレーキ液圧制御装置30は、後述する電気制御装置50からの指示により、後述するようにトラクション制御を達成できるようになっている。
【0083】
再び図1を参照すると、センサ部40は、車輪FL,FR,RL及びRRの車輪速度に応じた周波数を有する信号をそれぞれ出力する電磁ピックアップ式の車輪速度センサ41fl,41fr,41rl及び41rrと、運転者により操作されるアクセルペダルAPの操作量を検出し、同アクセルペダルAPの操作量Accp(アクセル操作量対応値)を示す信号を出力するアクセル開度センサ42(アクセル操作量対応値センサ)と、(第1)マスタシリンダ液圧を検出し、マスタシリンダ液圧Pm(ブレーキ操作部材の操作量対応値)を示す信号を出力するマスタシリンダ液圧センサ43(ブレーキ操作量対応値センサ。図2も参照)と、車体前後方向の車体加速度を検出し、車体加速度検出値Gxを示す信号を出力する前後加速度センサ44とを備えている。
【0084】
車体加速度検出値Gxは、(前進している)車両が加速状態にある場合に正の値、(前進している)車両が減速状態にある場合に負の値を採るように設定されている。
【0085】
電気制御装置50は、互いにバスで接続されたCPU51、CPU51が実行するルーチン(プログラム)、テーブル(ルックアップテーブル、マップ)、定数等を予め記憶したROM52、CPU51が必要に応じてデータを一時的に格納するRAM53、電源が投入された状態でデータを格納するとともに同格納したデータを電源が遮断されている間も保持するバックアップRAM54、及びADコンバータを含むインターフェース55等からなるマイクロコンピュータである。インターフェース55は、前記センサ等41〜44と接続され、センサ等41〜44からの信号をCPU51に供給するとともに、同CPU51の指示に応じてブレーキ液圧制御装置30の各電磁弁及びモータMT、スロットル弁アクチュエータ22、及び燃料噴射装置23に駆動信号を送出するようになっている。
【0086】
これにより、スロットル弁アクチュエータ22は、原則的に、スロットル弁THの開度TAがアクセルペダルAPの操作量Accpに応じた開度になるように同スロットル弁THを駆動するとともに、燃料噴射装置23は、筒内(シリンダ内)に吸入された空気量である筒内吸入空気量に対して所定の目標空燃比(例えば、理論空燃比)を得るために必要な量の燃料を噴射するようになっている。
【0087】
(トラクション制御の概要)
次に、上記構成を有する本発明の第1実施形態に係るトラクション制御装置10(以下、「本装置」と云うこともある。)が実行するトラクション制御の概要について説明する。トラクション制御は、車両が駆動状態にある場合においてそのトラクションを効率よく発生させるため、車輪の過剰な加速スリップの発生を防止する制御である。
【0088】
具体的には、本装置は、加速スリップ量S**を車輪毎に個別に算出し、加速スリップ量S**が加速スリップしきい値Sth以上となった車輪に対して後述する所定のブレーキ液圧に基づく制動力を付与する(即ち、トラクション制御を開始・実行する)。加速スリップしきい値Sthは、原則的に、所定の基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)と等しい値に設定されるが、後述するように特定の場合に限って他の値に設定される。ここで、加速スリップ量S**は、下記(1)式に従って算出される。
【0089】
S**=Vw**−Vrefacc ・・・(1)
【0090】
上記(1)式において、Vw**は、車輪速度センサ41**の出力に基づいて後述するように取得される車輪速度である。また、Vrefaccは、トラクション制御用の車体前後方向の推定車体速度であり、下記(2)式に従って算出される。
【0091】
Vrefacc=min(Vwmin,Vgup) ・・・(2)
【0092】
上記(2)式において、Vwminは、車輪速度Vw**のうちの最小値(最小車輪速度)である。Vgupは、前後加速度センサ44により検出される車体加速度検出値Gxに正の定数α1を加えた値である車体加速度かさ上げ値Gupの時間積分値(かさ上げ値に基づく車体速度)である。即ち、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccは、最小車輪速度Vwminと、かさ上げ値に基づく車体速度Vgupの小さい方の値に設定される。
【0093】
ここで、定数α1は、前後加速度センサ44の出力特性における個体毎のばらつきを考慮しても車体加速度かさ上げ値Gupを常に真の車体加速度以上の値とするための値に設定されている。従って、上記かさ上げ値に基づく車体速度Vgupは常に真の車体速度Vreal以上の値に維持されていく。
【0094】
トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが上記(2)式に従って算出される理由は以下のとおりである。即ち、車両が比較的穏やかな加速状態にある場合(具体的には、最小車輪速度Vwminに対応する車輪の加速スリップの程度が小さい場合)、真の車体速度Vrealは最小車輪速度Vwminに近い値となる傾向がある。この結果、最小車輪速度Vwminがかさ上げ値に基づく車体速度Vgupよりも小さくなる。従って、上記(2)式によれば、車両が比較的穏やかな加速状態にある場合、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが最小車輪速度Vwminと等しい値に設定されるから、同推定車体速度Vrefaccが精度良く算出され得る。
【0095】
一方、車両が比較的急激な加速状態にある場合(具体的には、4輪全ての加速スリップの程度が大きい場合(従って、最小車輪速度Vwminに対応する車輪の加速スリップの程度が大きい場合))、最小車輪速度Vwminが真の車体速度Vrealに対して大きい側に大きく乖離することでかさ上げ値に基づく車体速度Vgupが最小車輪速度Vwminよりも小さくなる場合がある。
【0096】
このような場合、上記(2)式によれば、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが、最小車輪速度Vwminよりも真の車体速度Vrealに近い値であるかさ上げ値に基づく車体速度Vgupと等しい値に算出され得る。従って、上記(2)式によれば、車両が比較的急激な加速状態にある場合、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが常に最小車輪速度Vwminと等しい値に算出される場合よりも同推定車体速度Vrefaccが精度良く算出され得る。
【0097】
更には、上述したように、上記かさ上げ値に基づく車体速度Vgupは常に真の車体速度Vreal以上の値に維持されているから、この場合、上記(1)式に従って算出される加速スリップ量S**が小さめに算出されることになる。この結果、上記(2)式によれば、車両が比較的急激な加速状態にある場合、上述したような「トラクション制御が開始されるべきでない早い段階でトラクション制御が開始される」という誤作動の発生が防止され得る。以上が、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが上記(2)式に従って算出される理由である。
【0098】
(加速スリップしきい値の低減)
上述したように、トラクション制御は、原則的に、加速スリップ量S**が上記加速スリップしきい値Sth(=基本加速スリップしきい値Sthbase)以上となった車輪に対して開始・実行される。しかしながら、このように、加速スリップしきい値Sthを常に基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)に設定すると、上述した「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、トラクション制御が開始されるタイミングが大きく遅れる(或いは、トラクション制御が開始されない)という問題が発生し得る。以下、このことを図4(a)を参照しながら説明する。
【0099】
図4(a)は、低μ路面走行中であって、且つ、運転者がアクセルペダルAPを僅かに踏み込んだ場合(アクセルペダル操作量Accp<微小値Accprefが成立する場合)において、時刻t1にて全輪(4輪)に同時に加速スリップが発生開始する場合における、真の車体速度Vreal、かさ上げ値に基づく車体速度Vgup、最小車輪速度Vwmin、及びトラクション制御用の推定車体速度Vrefaccの変化の例を示したタイムチャートである。上述したように、かさ上げ値に基づく車体速度Vgupは、常に、真の車体速度Vreal以上の値に算出されている。
【0100】
この例では、時刻t1以降、全輪の車輪速度Vw**(従って、最小車輪速度Vwmin)が真の車体速度Vrealから徐々に大きい側に乖離していく場合を示している。この結果、時刻t1以前から時刻t2までの間は最小車輪速度Vwminがかさ上げ値に基づく車体速度Vgupよりも小さくなり、時刻t2以降はかさ上げ値に基づく車体速度Vgupが最小車輪速度Vwminよりも小さくなっている。
【0101】
従って、太い実線で示したように、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccは、時刻t1以前から時刻t2までの間は最小車輪速度Vwminと等しい値に設定され、時刻t2以降はかさ上げ値に基づく車体速度Vgupと等しい値に設定されている。この結果、上記(1)式に従って算出される全輪の加速スリップ量S**は、時刻t1以前から時刻t2までの間は略「0」に維持され、時刻t2以降、徐々に増大していく。
【0102】
ここで、この例では、真の加速スリップ量(即ち、車輪速度Vw**から真の車体速度Vrealを減じた値)は時刻t3にて加速スリップしきい値Sth(=基本加速スリップしきい値Sthbase)に達している。即ち、本来、トラクション制御は時刻t3にて開始されるべきである。
【0103】
これに対し、上記(1)式に従って算出される全輪の加速スリップ量S**は、かさ上げ値に基づく車体速度Vgupが真の車体速度Vreal以上の値に算出されることに起因して上記真の加速スリップ量よりも小さめに算出されるから、時刻t3よりも後の時刻t4にて加速スリップしきい値Sth(=基本加速スリップしきい値Sthbase)に達する。従って、加速スリップしきい値Sthが常に基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)に設定されるものとすると、実際には、時刻t4にてトラクション制御が開始される。
【0104】
ここで、この例では、低μ路面走行中であって、且つ、運転者がアクセルペダルAPを僅かに踏み込んだ場合が示されているから、全輪の車輪速度Vw**(従って、最小車輪速度Vwmin)の増大速度(即ち、車輪速度**が真の車体速度Vrealから乖離していく速度)が非常に小さい。従って、時刻t4は時刻t3から大きく遅れた時点となり、この結果、トラクション制御が開始されるタイミングが大きく遅れてしまう。
【0105】
このように、加速スリップしきい値Sthを常に基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)に設定すると、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、トラクション制御が開始されるタイミングが大きく遅れるという問題が発生する。
【0106】
この問題に対処するための一つの手法としては、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることを判定し、同現象が発生していると判定されている場合(従って、加速スリップが発生していると判定されている場合)、加速スリップしきい値Sthを小さくすることが考えられる。以下、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることの判定方法について説明する。
【0107】
車両が駆動状態にある場合において或る車輪の加速スリップ量S**が増大することは、その車輪の車輪速度Vw**(=Vwmin)の増加勾配(即ち、図4(a)におけるVwminを示す線の傾き(正の値))が、真の車体速度Vrealの増加勾配(即ち、図4(a)におけるVrealを示す線の傾き(正の値))よりも大きいことを意味する。換言すれば、車両が駆動状態にある場合において或る車輪の加速スリップ量S**が増大すると、最小車輪速度Vwminの時間微分値(以下、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」と称呼する)が真の車体加速度よりも大きくなる。
【0108】
他方、上述したように、車体加速度かさ上げ値Gupは、常に、真の車体加速度以上の値に設定されている。以上のことから、車両が駆動状態にある場合において「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」が車体加速度かさ上げ値Gup(以下、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」とも云う。)よりも大きいという条件が成立することは、加速スリップ量S**が確実に増大していることを意味する。
【0109】
また、運転者がアクセルペダルAPを僅かに踏み込んでいることは「0<アクセルペダル操作量Accp<上記微小値Accpref」が成立していることで判定され得る。以上より、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることは、「0<Accp<Accpref」と「DVwmin>Gup」の2つの条件が成立することで判定され得る。
【0110】
更には、上記現象が発生していることをより確実、且つ精度良く判定するためには、上記2つの条件が或る程度の期間に亘って連続的に成立していることをその判定条件に加えることが好ましいと考えられる。
【0111】
以上のことから、本装置は、上記2つの条件が所定時間T1以上に亘って連続的に成立している場合に「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している(加速スリップが発生している)と判定する。そして、本装置は、上記現象が発生していると判定している間に限って、加速スリップしきい値Sthを、基本加速スリップしきい値Sthbaseから値β1(正の定数)を減じた値(Sthbase−β1)に変更する。以下、このことを図4(b)を参照しながら説明する。
【0112】
図4(b)は、上述した図4(a)と同じ状況(即ち、時刻t1から「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作(0<Accp<Accpref)により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生開始する状況)での、真の車体速度Vreal、かさ上げ値に基づく車体速度Vgup、最小車輪速度Vwmin、及びトラクション制御用の推定車体速度Vrefaccの変化の例を示したタイムチャートである。
【0113】
この例では、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」(即ち、最小車輪速度Vwminを示す線の傾き)は、全輪の加速スリップが開始される時刻t1以前から時刻t5までの間は「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」(即ち、かさ上げ値に基づく車体速度Vgupを示す線の傾き)よりも小さく、時刻t5以降は「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」よりも大きくなっている。
【0114】
従って、この場合、本装置は、「0<Accp<Accpref」と「DVwmin>Gup」の2つの条件が上記所定時間T1に亘って連続的に成立する時点である時刻t6にて、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している(加速スリップが発生している)と判定する。
【0115】
そして、本装置は、時刻t6以降、加速スリップしきい値Sthを、基本加速スリップしきい値Sthbaseから値(Sthbase−β1)に変更する。この結果、全輪の加速スリップ量S**は、図4(a)における時刻t3とほぼ同時刻である時刻t7にて加速スリップしきい値(Sthbase−β1)に達し得る。従って、本装置は、上述した「本来トラクション制御が開始されるべき時刻」である時刻t3とほぼ同時刻である時刻t7にてトラクション制御を開始する。
【0116】
以上のようにして、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、加速スリップしきい値Sthが小さくされることで、トラクション制御が適切な時期に開始され得る。以上、トラクション制御の概要、及び加速スリップしきい値の低減について説明した。
【0117】
(実際の作動)
次に、以上のように構成された本発明の第1実施形態に係るトラクション制御装置10の実際の作動について、電気制御装置50のCPU51が実行するルーチンをフローチャートにより示した図5〜図8を参照しながら説明する。
【0118】
CPU51は、図5に示した車輪速度等の算出を行うルーチンを所定時間(実行間隔時間Δt。例えば、6msec)の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ500から処理を開始し、ステップ505に進んで、車輪**の現時点での車輪速度(車輪**の外周の速度)Vw**をそれぞれ算出する。具体的には、CPU51は車輪速度センサ41**の出力値の変動周波数に基づいて車輪速度Vw**をそれぞれ算出する。
【0119】
次いで、CPU51はステップ510に進み、最小車輪速度(今回値)Vwminを上記算出された車輪速度Vw**のうちの最小値に設定し、続くステップ515にて、同最小車輪速度Vwminと、最小車輪速度前回値Vwminbと、ステップ515内に記載の式に基づいて最小車輪速度Vwminの時間微分値である「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」を算出する。ここで、最小車輪速度前回値Vwminbは、前回本ルーチン実行時において後述するステップ540にて設定されている値である。このステップ515が、第1車体加速度取得手段に相当する。
【0120】
続いて、CPU51はステップ520に進み、前後加速度センサ44により検出される車体加速度検出値Gxに上記正の定数α1を加えることで車体加速度かさ上げ値(即ち、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」)を算出する。このステップ520が、第2車体加速度取得手段に相当する。
【0121】
次に、CPU51はステップ525に進んで、その時点でのVgupの値に「Gup・Δt」を加えることで「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」の時間積分値である「かさ上げ値に基づく車体速度Vgup」を更新する。
【0122】
次いで、CPU51はステップ530に進み、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccを、上記最小車輪速度Vwminと、上記「かさ上げ値に基づく車体速度Vgup」のうちの小さい方の値に設定する。
【0123】
そして、CPU51はステップ535に進んで、車輪速度**から上記推定車体速度Vrefaccを減じることで加速スリップ量S**を車輪毎に算出し、続くステップ540にて最小車輪速度前回値Vwminbを上記最小車輪速度(今回値)Vwminの値に設定し、ステップ595に進んで本ルーチンを一旦終了する。以降も、CPU51は本ルーチンを実行間隔時間Δtの経過毎に繰り返し実行することで各種値を逐次更新していく。
【0124】
また、CPU51は、図6に示した低μ路上全輪加速スリップ判定、及びしきい値の選択を行うルーチンを所定時間(例えば、6msec)の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ600から処理を開始し、ステップ605に進んで、アクセル開度センサ42から得られる現時点でのアクセル操作量Accpが「0」より大きくて上記微小値Accprefよりも小さいか否かを判定し、「Yes」と判定する場合、ステップ610に進む。
【0125】
CPU51はステップ610に進むと、先のステップ515にて算出されている「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」が先のステップ520にて算出されている「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」よりも大きいか否かを判定する。CPU51はステップ610でも「Yes」と判定する場合(即ち、ステップ605、610の条件が共に成立している場合。従って、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合)、ステップ615に進む。ここにおいて、ステップ605、610がスリップ状態取得手段に相当する。
【0126】
いま、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していないものとすると、CPU51はステップ605、610の何れかにて「No」と判定してステップ630に進み、カウンタNの値を「0」にクリアする。そして、CPU51はステップ635に進んで加速スリップしきい値Sthを上記基本加速スリップしきい値Sthbaseに設定し、ステップ695に進んで本ルーチンを一旦終了する。以降、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していない限りにおいて、加速スリップしきい値Sthが上記基本加速スリップしきい値Sthbaseに維持される。
【0127】
一方、この状態から、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生したものとすると、CPU51はステップ605、610に進んだとき共に「Yes」と判定してステップ615に進むようになり、カウンタNの値(現時点では「0」)を「1」だけインクリメントする。即ち、カウンタNの値は、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していると判定される継続時間を表す。
【0128】
次いで、CPU51はステップ620に進み、カウンタNの値が上記所定時間T1(図4(b)を参照)に相当する判定基準値N1に達したか否かを判定する。現時点では、カウンタNの値は判定基準値N1よりも小さいからCPU51はステップ620にて「No」と判定して上述したステップ635に進む。従って、以降、カウンタNの値が判定基準値N1に達するまでの間(即ち、上記現象が発生している状態で所定時間T1が経過するまでの間)、加速スリップしきい値Sthが上記基本加速スリップしきい値Sthbaseに維持される。
【0129】
そして、上記現象が発生している状態で所定時間T1が経過したものとすると、CPU51はステップ620に進んだとき「Yes」と判定してステップ625に進むようになり、加速スリップしきい値Sthを値「Sthbase−β1」に設定して本ルーチンを一旦終了する。以降、上記現象が継続している限り(従って、N≧N1が成立する限り)において加速スリップしきい値Sthが値「Sthbase−β1」に維持される。以上のようにして、加速スリップしきい値Sthが、基本加速スリップしきい値Sthbaseと、値(Sthbase−β1)のいずれかの値に逐次選択されていく。
【0130】
また、CPU51は、図7に示したトラクション制御開始・終了判定を行うルーチンを所定時間(例えば、6msec)の経過毎に、車輪毎に、繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ700から処理を開始し、ステップ705に進んで、フラグTRC**の値が「0」であるか否かを判定する。ここで、フラグTRC**は、その値が「1」のとき車輪**についてトラクション制御実行中であることを示し、その値が「0」のとき車輪**についてトラクション制御非実行中であることを示す。
【0131】
いま、車輪**についてトラクション制御非実行中であって、且つ後述するトラクション制御開始条件が成立していないものとすると、CPU51はステップ705にて「Yes」と判定して、ステップ710に進み、先のステップ535にて算出されている車輪**についての加速スリップ量S**が先のステップ625、635の何れかで設定されている加速スリップしきい値Sth以上であって、且つ、アクセル操作量Accpが「0」よりも大きいか否か(即ち、トラクション制御開始条件が成立しているか否か)を判定し、ここでは「No」と判定してステップ795に進んで本ルーチンを一旦終了する。以降、車輪**についてトラクション制御開始条件が成立しない限りにおいてフラグTRC**の値は「0」に維持される。
【0132】
一方、この状態から、車輪**についてトラクション制御開始条件が成立したものとすると、CPU51はステップ710に進んだとき「Yes」と判定してステップ715に進むようになり、フラグTRC**の値を「0」から「1」に変更してステップ795に進んで本ルーチンを一旦終了する。
【0133】
以降、フラグTRC**の値が「1」になっているから、CPU51はステップ705に進んだとき「No」と判定してステップ720に進むようになり、車輪**についてトラクション制御終了条件が成立しているか否かを判定する。ここで、トラクション制御終了条件は、例えば、アクセル操作量Accpが「0」になったとき、加速スリップ量S**が上記加速スリップしきい値Sthよりも小さい所定の終了基準値未満となったとき等に成立する。
【0134】
現時点は、車輪**についてトラクション制御開始条件が成立した直後であるから、車輪**についてトラクション制御終了条件が成立していない。従って、CPU51はステップ720に進んだとき「No」と判定してステップ795に進んで本ルーチンを一旦終了する。以降、車輪**についてトラクション制御終了条件が成立しない限りにおいてフラグTRC**の値は「1」に維持される。
【0135】
一方、この状態から、車輪**についてトラクション制御終了条件が成立したものとすると、CPU51はステップ720に進んだとき「Yes」と判定してステップ725に進むようになり、フラグTRC**の値を「1」から「0」に再び変更する。
【0136】
以降、フラグTRC**の値が「0」になっているから、CPU51はステップ705に進んだとき再び「Yes」と判定してステップ710に進むようになり、車輪**についてトラクション制御開始条件が成立しているか否かを再びモニタするようになる。このようにして、フラグTRC**の値が、車輪毎に、「0」と「1」の何れかの値に逐次選択されていく。
【0137】
更に、CPU51は、図8に示したトラクション制御を実行するためのルーチンを所定時間(例えば、6msec)の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ800から処理を開始し、ステップ805に進んで、全ての車輪についてフラグTRC**が「0」であるか否か(即ち、全ての車輪についてトラクション制御非実行中であるか否か)を判定し、「Yes」と判定する場合、ステップ825に進んでブレーキ液圧制御装置30(図2を参照)の総ての電磁弁を非励磁状態とし、モータMTを非駆動状態とする指示を行い、ステップ895に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。
【0138】
一方、CPU51はステップ805にて「No」と判定する場合、ステップ810に進んで、先のステップ535にて算出されている加速スリップ量S**とステップ810内に記載のテーブルとに基づいて目標液圧Pwt**を車輪毎に決定する。これにより、加速スリップ量S**が加速スリップしきい値Sthより大きい車輪**については、加速スリップ量S**が大きくなるほど目標液圧Pwt**がより大きい値に設定され、加速スリップ量S**が加速スリップしきい値Sth以下の車輪**については目標液圧Pwt**が「0」に設定される。
【0139】
続いて、CPU51はステップ815に進み、車輪**のホイールシリンダ液圧Pw**がそれぞれ上記設定された目標液圧Pwt**になるように、ブレーキ液圧制御装置30の電磁弁、モータMTへの制御指示を行う。これにより、ブレーキ液圧による制動力の付与に基づくトラクション制御が達成される。
【0140】
続いて、CPU51はステップ820に進んで、上記加速スリップ量S**のうちの最大値に応じた分だけエンジン21の出力を低下する指示を行う。これにより、上記最大値が「0」でない場合、トラクション制御に基づくエンジン出力低減制御が実行される。そして、CPU51はステップ895に進んで本ルーチンを一旦終了する。このようにして、車輪毎に、ブレーキ液圧による制動力の付与に基づくトラクション制御と、トラクション制御に基づくエンジン出力低減制御とが実行されていく。
【0141】
以上、説明したように、本発明の第1実施形態に係るトラクション制御装置によれば、車輪**の加速スリップ量S**が加速スリップしきい値Sth以上となった場合にトラクション制御を実行する。ここで、加速スリップしきい値Sthは、原則的に、基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)に設定する。一方、「0<アクセル操作量Accp<微小値Accpref」と、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin(即ち、図4における最小車輪速度Vwminを示す線の傾き)>前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup(即ち、図4におけるかさ上げ値に基づく車体速度Vgupを示す線の傾き)」の2つの条件が所定時間T1に亘って成立し続けたとき、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量S**が緩やかに増大していく現象」が発生している(加速スリップが発生している)と判定して、加速スリップしきい値Sthを、基本加速スリップしきい値Sthbaseから値β1(正の定数)を減じた値(Sthbase−β1)に変更する。
【0142】
これにより、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、加速スリップしきい値Sthが小さくされることで、トラクション制御が適切な時期に開始され得る。
【0143】
本発明は上記第1実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記第1実施形態においては、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」として、最小車輪速度Vwminの時間微分値DVwminを採用しているが、車輪速度Vw**のうち2番目に小さい値の時間微分値を採用してもよい。
【0144】
また、上記第1実施形態においては、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」として、車体加速度かさ上げ値Gup(=車体加速度検出値Gx+正の定数α1)を採用しているが、車体加速度検出値Gxそのものを採用してもよい。
【0145】
また、上記第1実施形態においては、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量S**が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において加速スリップしきい値Sthを小さくする量を値β1(正の定数)で一定としているが、加速スリップの程度に応じて可変としてもよい。例えば、加速スリップの程度として「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」から「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」を減じた値(DVwmin−Gup)(>0)を採用し、値(DVwmin−Gup)が大きいほど値β1を大きくすることが好適である。
【0146】
また、上記第1実施形態においては、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量S**が緩やかに増大していく現象」が発生している場合においてトラクション制御が開始され易くするために加速スリップしきい値Sthを小さくしているが、これに代えて、或いは、これに加えて、上記値α1(>0)を小さくしてもよい。上記値α1を小さくすると車体加速度かさ上げ値Gupが小さくなるから、かさ上げ値に基づく車体速度Vgup(従って、推定車体速度Vrefacc)が小さくなって加速スリップ量S**(=Vw**−Vrefacc)が大きめに算出される(図4を参照)。この結果、トラクション制御開始条件が成立し易くなってトラクション制御が開始され易くなるからである。
【0147】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係るABS制御装置について説明する。この第2実施形態は、トラクション制御に代えてABS制御を実行する点のみが上記第1実施形態と異なっている。従って、以下、係る相違点を中心に説明する。
【0148】
(ABS制御の概要)
本発明の第2実施形態に係るABS制御装置(以下、「本装置」とも称呼する。)が実行するABS制御の概要について説明する。ABS制御は、車両が制動状態にある場合においてその制動距離の増加を抑制する等のため、車輪の過剰な減速スリップの発生を防止する制御である。
【0149】
具体的には、本装置は、減速スリップ量L**を車輪毎に個別に算出し、減速スリップ量L**が減速スリップしきい値Lth以上となった車輪に対してブレーキ液圧の低減・調整を行う(即ち、ABS制御を開始・実行する)。減速スリップしきい値Lthは、原則的に、所定の基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)と等しい値に設定されるが、後述するように特定の場合に限って他の値に設定される。ここで、減速スリップ量L**は、下記(3)式に従って算出される。
【0150】
L**=Vrefdec−Vw** ・・・(3)
【0151】
上記(3)式において、Vrefdecは、ABS制御用の車体前後方向の推定車体速度であり、下記(4)式に従って算出される。
【0152】
Vrefdec=max(Vwmax,Vgdown) ・・・(4)
【0153】
上記(4)式において、Vwmaxは、車輪速度Vw**のうちの最大値(最大車輪速度)である。Vgdownは、前後加速度センサ44の出力に対応する車体加速度検出値Gxから正の定数α2を減じた値である車体加速度かさ下げ値Gdownの時間積分値(かさ下げ値に基づく車体速度)である。即ち、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecは、最大車輪速度Vwmaxと、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownの大きい方の値に設定される。
【0154】
ここで、定数α2は、前後加速度センサ44の出力特性における個体毎のばらつきを考慮しても車体加速度かさ下げ値Gdownを常に真の車体加速度以下の値とするための値に設定されている。従って、上記かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownは常に真の車体速度Vreal以下の値に維持されていく。
【0155】
ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが上記(4)式に従って算出される理由は以下のとおりである。即ち、車両が比較的穏やかな減速状態にある場合(具体的には、最大車輪速度Vwmaxに対応する車輪の減速スリップの程度が小さい場合)、真の車体速度Vrealは最大車輪速度Vwmaxに近い値となる傾向がある。この結果、最大車輪速度Vwmaxがかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownよりも大きくなる。従って、上記(4)式によれば、車両が比較的穏やかな減速状態にある場合、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが最大車輪速度Vwmaxと等しい値に設定されるから、同推定車体速度Vrefdecが精度良く算出され得る。
【0156】
一方、車両が比較的急激な減速状態にある場合(具体的には、4輪全ての減速スリップの程度が大きい場合(従って、最大車輪速度Vwmaxに対応する車輪の減速スリップの程度が大きい場合))、最大車輪速度Vwmaxが真の車体速度Vrealに対して小さい側に大きく乖離することでかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownが最大車輪速度Vwmaxよりも大きくなる場合がある。
【0157】
このような場合、上記(4)式によれば、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが、最大車輪速度Vwmaxよりも真の車体速度Vrealに近い値であるかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownと等しい値に算出され得る。従って、上記(4)式によれば、車両が比較的急激な減速状態にある場合、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが常に最大車輪速度Vwmaxと等しい値に算出される場合よりも同推定車体速度Vrefdecが精度良く算出され得る。
【0158】
更には、上述したように、上記かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownは常に真の車体速度Vreal以下の値に維持されているから、この場合、上記(3)式に従って算出される減速スリップ量L**が小さめに算出されることになる。この結果、上記(4)式によれば、車両が比較的急激な減速状態にある場合、上述したような「ABS制御が開始されるべきでない早い段階でABS制御が開始される」という誤作動の発生が防止され得る。以上が、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが上記(4)式に従って算出される理由である。
【0159】
(減速スリップしきい値の低減)
上述したように、ABS制御は、原則的に、減速スリップ量L**が上記減速スリップしきい値Lth(=基本減速スリップしきい値Lthbase)以上となった車輪に対して開始・実行される。しかしながら、このように、減速スリップしきい値Lthを常に基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)に設定すると、上述した「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、ABS制御が開始されるタイミングが大きく遅れる(或いは、ABS制御が開始されない)という問題が発生し得る。以下、このことを図9(a)を参照しながら説明する。
【0160】
図9(a)は、低μ路面走行中であって、且つ、運転者がブレーキペダルBPを僅かに踏み込んだ場合(マスタシリンダ液圧Pm<微小値Pmrefが成立する場合)において、時刻t1にて全輪(4輪)に同時に減速スリップが発生開始する場合における、真の車体速度Vreal、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdown、最大車輪速度Vwmax、及びABS制御用の推定車体速度Vrefdecの変化の例を示したタイムチャートである。上述したように、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownは、常に、真の車体速度Vreal以下の値に算出されている。
【0161】
この例では、時刻t1以降、全輪の車輪速度Vw**(従って、最大車輪速度Vwmax)が真の車体速度Vrealから徐々に小さい側に乖離していく場合を示している。この結果、時刻t1以前から時刻t2までの間は最大車輪速度Vwmaxがかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownよりも大きくなり、時刻t2以降はかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownが最大車輪速度Vwmaxよりも大きくなっている。
【0162】
従って、太い実線で示したように、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecは、時刻t1以前から時刻t2までの間は最大車輪速度Vwmaxと等しい値に設定され、時刻t2以降はかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownと等しい値に設定されている。この結果、上記(3)式に従って算出される全輪の減速スリップ量L**は、時刻t1以前から時刻t2までの間は略「0」に維持され、時刻t2以降、徐々に増大していく。
【0163】
ここで、この例では、真の減速スリップ量(即ち、真の車体速度Vrealから車輪速度Vw**を減じた値)は時刻t3にて減速スリップしきい値Lth(=基本減速スリップしきい値Lthbase)に達している。即ち、本来、ABS制御は時刻t3にて開始されるべきである。
【0164】
これに対し、上記(3)式に従って算出される全輪の減速スリップ量L**は、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownが真の車体速度Vreal以下の値に算出されることに起因して上記真の減速スリップ量よりも小さめに算出されるから、時刻t3よりも後の時刻t4にて減速スリップしきい値Lth(=基本減速スリップしきい値Lthbase)に達する。従って、減速スリップしきい値Lthが常に基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)に設定されるものとすると、実際には、時刻t4にてABS制御が開始される。
【0165】
ここで、この例では、低μ路面走行中であって、且つ、運転者がブレーキペダルBPを僅かに踏み込んだ場合が示されているから、全輪の車輪速度Vw**(従って、最大車輪速度Vwmax)の減少速度(即ち、車輪速度**が真の車体速度Vrealから乖離していく速度)が非常に小さい。従って、時刻t4は時刻t3から大きく遅れた時点となり、この結果、ABS制御が開始されるタイミングが大きく遅れてしまう。
【0166】
このように、減速スリップしきい値Lthを常に基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)に設定すると、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、ABS制御が開始されるタイミングが大きく遅れるという問題が発生する。
【0167】
この問題に対処するための一つの手法としては、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることを判定し、同現象が発生していると判定されている場合(従って、減速スリップが発生していると判定されている場合)、減速スリップしきい値Lthを小さくすることが考えられる。以下、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることの判定方法について説明する。
【0168】
車両が制動状態にある場合において或る車輪の減速スリップ量L**が増大することは、その車輪の車輪速度Vw**(=Vwmax)の増加勾配(即ち、図9(a)におけるVwmaxを示す線の傾き(負の値))が、真の車体速度Vrealの増加勾配(即ち、図9(a)におけるVrealを示す線の傾き(負の値))よりも小さい(絶対値が大きい)ことを意味する。換言すれば、車両が制動状態にある場合において或る車輪の減速スリップ量L**が増大すると、最大車輪速度Vwmaxの時間微分値(以下、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax」と称呼する)が真の車体加速度よりも小さく(絶対値が大きく)なる。
【0169】
他方、上述したように、車体加速度かさ下げ値Gdownは、常に、真の車体加速度以下の値に設定されている。以上のことから、車両が制動状態にある場合において「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax」が車体加速度かさ下げ値Gdown(以下、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown」とも云う。)よりも小さい(絶対値が大きい)という条件が成立することは、減速スリップ量L**が確実に増大していることを意味する。
【0170】
また、運転者がブレーキペダルBPを僅かに踏み込んでいることは「0<マスタシリンダ液圧Pm<上記微小値Pmref」が成立していることで判定され得る。以上より、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることは、「0<Pm<Pmref」と「DVwmax<Gdown」の2つの条件が成立することで判定され得る。
【0171】
更には、上記現象が発生していることをより確実、且つ精度良く判定するためには、上記2つの条件が或る程度の期間に亘って連続的に成立していることをその判定条件に加えることが好ましいと考えられる。
【0172】
以上のことから、本装置は、上記2つの条件が所定時間T2以上に亘って連続的に成立している場合に「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している(減速スリップが発生している)と判定する。そして、本装置は、上記現象が発生していると判定している間に限って、減速スリップしきい値Lthを、基本減速スリップしきい値Lthbaseから値β2(正の定数)を減じた値(Lthbase−β2)に変更する。以下、このことを図9(b)を参照しながら説明する。
【0173】
図9(b)は、上述した図9(a)と同じ状況(即ち、時刻t1から「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作(0<Pm<Pmref)により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生開始する状況)での、真の車体速度Vreal、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdown、最大車輪速度Vwmax、及びABS制御用の推定車体速度Vrefdecの変化の例を示したタイムチャートである。
【0174】
この例では、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax」(即ち、最大車輪速度Vwmaxを示す線の傾き)は、全輪の減速スリップが開始される時刻t1以前から時刻t5までの間は「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown」(即ち、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownを示す線の傾き)よりも大きく、時刻t5以降は「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown」よりも小さくなっている。
【0175】
従って、この場合、本装置は、「0<Pm<Pmref」と「DVwmax<Gdown」の2つの条件が上記所定時間T2に亘って連続的に成立する時点である時刻t6にて、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している(減速スリップが発生している)と判定する。
【0176】
そして、本装置は、時刻t6以降、減速スリップしきい値Lthを、基本減速スリップしきい値Lthbaseから値(Lthbase−β2)に変更する。この結果、全輪の減速スリップ量L**は、図9(a)における時刻t3とほぼ同時刻である時刻t7にて減速スリップしきい値(Lthbase−β2)に達し得る。従って、本装置は、上述した「本来ABS制御が開始されるべき時刻」である時刻t3とほぼ同時刻である時刻t7にてABS制御を開始する。
【0177】
以上のようにして、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、減速スリップしきい値Lthが小さくされることで、ABS制御が適切な時期に開始され得る。以上、ABS制御の概要、及び減速スリップしきい値の低減について説明した。
【0178】
(第2実施形態の実際の作動)
以下、第2実施形態に係るABS制御装置の実際の作動について説明する。この装置のCPU51は、第1実施形態のCPU51が実行する図5〜図8に示したルーチンに代えて、図5〜図8にそれぞれ対応する図10〜図13にフローチャートにより示したルーチンを所定時間の経過毎にそれぞれ繰り返し実行する。
【0179】
ここで、図10に示したルーチンのステップ1005〜1040は、図5に示したルーチンのステップ505〜540にそれぞれ対応している。従って、図10のルーチンについての詳細な説明は省略する。図10のルーチンの繰り返し実行により、各種値が逐次更新されていく。
【0180】
また、図11に示したルーチンのステップ1105〜1135は、図6に示したルーチンのステップ605〜635にそれぞれ対応している。従って、図11のルーチンについての詳細な説明も省略する。図11のルーチンの繰り返し実行により、減速スリップしきい値Lthが、基本減速スリップしきい値Lthbaseと、値(Lthbase−β2)のいずれかの値に逐次選択されていく。
【0181】
なお、ステップ1120の値M1は、上記所定時間T2(図9(b)を参照)に相当する判定基準値である。また、カウンタMの値は、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していると判定される継続時間を表すカウンタである。
【0182】
また、図12に示したルーチンのステップ1205〜1225(ステップ1217を除く。)は、図7に示したルーチンのステップ705〜725にそれぞれ対応している。従って、図12のルーチンについての詳細な説明も省略する。図12のルーチンの繰り返し実行により、フラグABS**の値が、車輪毎に、「0」と「1」の何れかの値に逐次選択されていく。フラグABS**は、その値が「1」のとき車輪**についてABS制御実行中であることを示し、その値が「0」のとき車輪**についてABS制御非実行中であることを示す。
【0183】
ステップ1210に記載の条件はABS制御開始条件である。また、ステップ1220におけるABS制御終了条件は、例えば、マスタシリンダ液圧Pmが「0」になったとき、ABS制御開始後所定時間が経過したとき等に成立する。また、ステップ1217のT**は、車輪**についてのABS制御開始時点からの経過時間であり、車輪**についてABS制御開始条件が成立した時点(ステップ1210にて「Yes」と判定された時点)で「0」にクリアされる。
【0184】
更に、この装置のCPU51は、図13に示したABS制御を実行するためのルーチンを所定時間(例えば、6msec)の経過毎に、車輪毎に、繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ1300から処理を開始し、ステップ1305に進んで、フラグABS**が「1」であるか否か(即ち、車輪**についてABS制御実行中であるか否か)を判定し、「No」と判定する場合、ステップ1395に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。この場合、車輪**についてABS制御は実行されない。
【0185】
一方、「Yes」と判定する場合、CPU51はステップ1310に進んで、車輪**についてのABS制御開始時点からの経過時間T**に応じて増圧弁PU**、減圧弁PD**を適宜開閉制御して、車輪**についてのホイールシリンダ液圧Pw**に対してステップ1310内に記載のように増圧・保持・減圧制御を行う。これにより、車輪**についてABS制御が達成される。
【0186】
以上、説明したように、本発明の第2実施形態に係るABS制御装置によれば、車輪**の減速スリップ量L**が減速スリップしきい値Lth以上となった場合にABS制御を実行する。ここで、減速スリップしきい値Lthは、原則的に、基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)に設定する。一方、「0<マスタシリンダ液圧Pm<微小値Pmref」と、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax(即ち、図9における最大車輪速度Vwmaxを示す線の傾き(負の値))<前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown(即ち、図9におけるかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownを示す線の傾き(負の値))」の2つの条件が所定時間T2に亘って成立し続けたとき、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量L**が緩やかに増大していく現象」が発生している(減速スリップが発生している)と判定して、減速スリップしきい値Lthを、基本減速スリップしきい値Lthbaseから値β2(正の定数)を減じた値(Lthbase−β2)に変更する。
【0187】
これにより、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、減速スリップしきい値Lthが小さくされることで、ABS制御が適切な時期に開始され得る。
【0188】
本発明は上記第2実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記第2実施形態においては、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」として、最大車輪速度Vwmaxの時間微分値DVwmaxを採用しているが、車輪速度Vw**のうち2番目に大きい値の時間微分値を採用してもよい。
【0189】
また、上記第2実施形態においては、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」として、車体加速度かさ下げ値Gdown(=車体加速度検出値Gx−正の定数α2)を採用しているが(図10のステップ1020を参照)、車体加速度検出値Gxそのものを採用してもよい。
【0190】
また、上記第2実施形態においては、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量L**が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において減速スリップしきい値Lthを小さくする量を値β2(正の定数)で一定としているが、減速スリップの程度に応じて可変としてもよい。例えば、減速スリップの程度として「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax」から「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown」を減じた値(DVwmax−Gdown)(<0)を採用し、値(DVwmax−Gdown)が小さい(絶対値が大きい)ほど値β2を大きくすることが好適である。
【0191】
また、上記第2実施形態においては、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量L**が緩やかに増大していく現象」が発生している場合においてABS制御が開始され易くするために減速スリップしきい値Lthを小さくしているが、これに代えて、或いは、これに加えて、上記値α2(>0)を小さくしてもよい。上記値α2を小さくすると車体加速度かさ下げ値Gdownが大きくなるから、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdown(従って、推定車体速度Vrefdec)が大きくなって減速スリップ量L**(=Vrefdec−Vw**)が大きめに算出される(図9を参照)。この結果、ABS制御開始条件が成立し易くなってABS制御が開始され易くなるからである。
【0192】
更には、上記第1実施形態に係るトラクション制御装置と上記第2実施形態に係るABS制御装置とを共に備えることが好適である。この場合、電気制御装置のCPUは、図5〜図8のルーチンを実行することに加えて、図10〜図13のルーチンをも実行するように構成される。
【図面の簡単な説明】
【0193】
【図1】本発明の第1実施形態に係るトラクション制御装置を搭載した車両の概略構成図である。
【図2】図1に示したブレーキ液圧制御装置の概略構成図である。
【図3】図2に示した常開リニア電磁弁についての指令電流と指令差圧との関係を示したグラフである。
【図4】図4(a)は、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、加速スリップしきい値が低減されないとトラクション制御の開始時期が遅れることを説明するための図である。図4(b)は、図4(a)と同じ状況において、加速スリップしきい値が低減されることによる効果を説明するための図である。
【図5】図1に示したCPUが実行する車輪速度等を算出するためのルーチンを示したフローチャートである。
【図6】図1に示したCPUが実行する低μ路上全輪加速スリップ判定、及び加速スリップしきい値の選択を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図7】図1に示したCPUが実行するトラクション制御の開始・終了判定を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図8】図1に示したCPUが実行するトラクション制御を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図9】図9(a)は、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、減速スリップしきい値が低減されないとABS制御の開始時期が遅れることを説明するための図である。図9(b)は、図9(a)と同じ状況において、減速スリップしきい値が低減されることによる効果を説明するための図である。
【図10】第2実施形態に係るABS制御装置のCPUが実行する車輪速度等を算出するためのルーチンを示したフローチャートである。
【図11】第2実施形態に係るABS制御装置のCPUが実行する低μ路上全輪減速スリップ判定、及び減速スリップしきい値の選択を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図12】第2実施形態に係るABS制御装置のCPUが実行するABS制御の開始・終了判定を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図13】第2実施形態に係るABS制御装置のCPUが実行するABS制御を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【符号の説明】
【0194】
10…車両のトラクション制御装置、30…ブレーキ液圧制御装置、41**…車輪速度センサ、42…アクセル開度センサ、43…マスタシリンダ液圧センサ、44…前後加速度センサ、50…電気式制御装置、51…CPU
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用される車両のスリップ状態取得装置、並びに、そのスリップ状態取得装置を用いた車両のトラクション制御装置及びアンチスキッド制御装置に関する。なお、本明細書では、車体前後方向の車体加速度は、車両が駆動状態(加速状態)にある場合に正の値、車両が制動状態(減速状態)にある場合に負の値を採るものとする。
【背景技術】
【0002】
従来より、車両が駆動状態にあって車輪に発生する加速方向のスリップ(以下、単に「加速スリップ」と称呼する。)の程度が所定の加速スリップしきい値以上になったとき、加速スリップが発生していると判定し、トラクション制御を開始・実行するトラクション制御装置が広く知られている。トラクション制御では、例えば、上記車輪に所定の制動力が付与される。これにより、上記車輪の加速スリップが抑制されて同車輪のトラクションが良好に維持され得る。
【0003】
また、車両が制動状態にあって車輪に発生する減速方向のスリップ(以下、単に「減速スリップ」と称呼する。)の程度が所定の減速スリップしきい値以上になったとき、減速スリップが発生していると判定し、アンチスキッド制御(以下、「ABS制御」とも云う。)を開始・実行するABS制御装置も広く知られている。ABS制御では、上記車輪に付与される制動力が低減・調整される。これにより、上記車輪の減速スリップが抑制されて制動距離の増加が抑制され得る。
【0004】
係るトラクション制御、或いはABS制御を正確に開始・実行するためには、加速スリップ、或いは減速スリップの程度を正確に推定する必要がある。一般に、加速スリップの程度は、例えば、車輪速度から車両の車体速度を減じた値(以下、「加速スリップ量」と称呼する。)で表され得、減速スリップの程度は、例えば、車両の車体速度から車輪速度を減じた値(以下、「減速スリップ量」と称呼する。)で表され得る。従って、加速スリップ、或いは減速スリップの程度を正確に推定するためには、車両の車体速度を正確に推定する必要がある。
【0005】
一般に、車体速度は、各車輪速度に基づいて推定され得る。しかしながら、上記全輪駆動車両において車両が過度に駆動されると、全ての車輪に同時に加速スリップが発生する場合がある。この場合、車両の車体速度を各車輪速度から正確に推定することは非常に困難である。このため、車体前後方向の車体加速度を前後加速度センサにより検出し、同検出された車体加速度(以下、「車体加速度検出値」と云う。)を時間積分することで車両の車体速度を推定する技術が知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【特許文献1】特開平2−306865号公報
【0006】
ところで、一般に、加速度センサの出力特性には誤差が発生し得、その誤差の大きさ・方向は個体毎に或る程度ばらつく。従って、個体によって、車体加速度検出値が真の車体加速度より大きくなる場合と小さくなる場合とが発生し得る。車体加速度検出値が真の車体加速度より小さくなる場合、車体加速度検出値を時間積分して得られる車体速度も真の車体速度より小さめに推定されるから、上記加速スリップ量は大きめに算出される。
【0007】
従って、このように車体加速度検出値そのものに基づいて車体速度が推定される場合、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達し易くなる。従って、加速スリップが発生していると判定されるべきでない早い段階で加速スリップが発生していると判定され、この結果、トラクション制御が開始されるべきでない早い段階でトラクション制御が開始されるという誤作動が発生し得る。
【0008】
このようなトラクション制御に係わる誤作動の発生を防止するため、上記特許文献1には、車体加速度検出値に所定値(正の値)を加えた値(以下、「車体加速度かさ上げ値」と称呼する。)を時間積分することで車両の車体速度を推定していく技術が記載されている。これにより、車体加速度かさ上げ値が常に真の車体加速度以上の値に算出され得、従って、車体速度が常に真の車体速度以上の値に推定され得る。この結果、上記加速スリップ量が小さめに算出されて上記トラクション制御に係わる誤作動の発生が防止され得る。
【0009】
以下、トラクション制御に係わる誤作動発生防止のため、全輪駆動車両に対してこのように車体加速度かさ上げ値に基づいて車体速度が推定される場合を考える。この場合、上述のように、上記加速スリップ量が小さめに算出されるから同加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達し難くなる傾向がある。
【0010】
この場合であっても、運転者がアクセルペダルを大きく踏み込むこと等により全輪の車輪速度(従って、加速スリップ量)が急激に増大する場合は、全輪の加速スリップ量が直ちに上記加速スリップしきい値に達し得る。この結果、全輪に対して加速スリップが発生していると直ちに判定され得、全輪に対してトラクション制御が直ちに開始され得る。
【0011】
一方、路面摩擦係数の比較的低い路面(以下、「低μ路面」と称呼する。)を走行中であって運転者がアクセルペダルを僅かに踏み込んだ場合も全輪に同時に加速スリップが発生し得る。この場合、全輪の車輪速度(従って、加速スリップ量)の増大速度が非常に小さい。更には、上述したように、車体加速度かさ上げ値に基づいて車体速度が推定されることに起因して加速スリップ量が小さめに算出されていく。
【0012】
この結果、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達する時期が大きく遅れるか、同加速スリップ量が同加速スリップしきい値に達し得ない事態が発生し得る。換言すれば、加速スリップが発生していると判定されるタイミングが大きく遅れる(即ち、トラクション制御が開始されるタイミングが大きく遅れる)か、或いは加速スリップが発生していると判定され得ない(即ち、トラクション制御が開始され得ない)という事態が発生し得る。
【0013】
他方、係る低μ路面走行中では車輪のトラクションが発生し難いから、適切なタイミングでトラクション制御が開始・実行されることが特に要求されている。以上のことから、全輪駆動車両が駆動状態にある場合において、(特に、低μ路走行中において)適切なタイミングで加速スリップが発生していると判定され得ない(従って、トラクション制御が開始され得ない)場合があるという問題がある。
【0014】
以上のような問題は、減速スリップ(従ってABS制御)についても同様に発生する。即ち、上述した加速度センサの出力特性のばらつきにより、車体加速度検出値が真の車体加速度より大きくなる場合、車体加速度検出値を時間積分して得られる車体速度は真の車体速度より大きめに推定されるから、上記減速スリップ量は大きめに算出される。
【0015】
従って、このように車体加速度検出値そのものに基づいて車体速度が推定される場合、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達し易くなる。従って、減速スリップが発生していると判定されるべきでない早い段階で減速スリップが発生していると判定され、この結果、ABS制御が開始されるべきでない早い段階でABS制御が開始されるという誤作動が発生し得る。
【0016】
このようなABS制御に係わる誤作動の発生を防止するため、車体加速度検出値から所定値(正の値)を減じた値(以下、「車体加速度かさ下げ値」と称呼する。)を時間積分することで車両の車体速度を推定していく技術も知られている。これにより、車体加速度かさ下げ値が常に真の車体加速度以下の値に算出され得、従って、車体速度が常に真の車体速度以下の値に推定され得る。この結果、上記減速スリップ量が小さめに算出されて上記ABS制御に係わる誤作動の発生が防止され得る。
【0017】
以下、ABS制御に係わる誤作動発生防止のため、全輪駆動車両に対してこのように車体加速度かさ下げ値に基づいて車体速度が推定される場合を考える。この場合、上述のように、上記減速スリップ量が小さめに算出されるから同減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達し難くなる傾向がある。
【0018】
この場合であっても、運転者がブレーキペダルを大きく踏み込むこと等により全輪の車輪速度が急激に減少する(従って、減速スリップ量が急激に増大する)場合は、全輪の減速スリップ量が直ちに上記減速スリップしきい値に達し得る。この結果、全輪に対して減速スリップが発生していると直ちに判定され得、全輪に対してABS制御が直ちに開始され得る。
【0019】
一方、上記低μ路面を走行中であって運転者がブレーキペダルを僅かに踏み込んだ場合も全輪に同時に減速スリップが発生し得る。この傾向は、全輪駆動車両に特に発生し易い。この場合、全輪の車輪速度の減少速度(従って、減速スリップ量の増大速度)が非常に小さい。更には、上述したように、車体加速度かさ下げ値に基づいて車体速度が推定されることに起因して減速スリップ量が小さめに算出されていく。
【0020】
この結果、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達する時期が大きく遅れるか、同減速スリップ量が同減速スリップしきい値に達し得ない事態が発生し得る。換言すれば、減速スリップが発生していると判定されるタイミングが大きく遅れる(即ち、ABS制御が開始されるタイミングが大きく遅れる)か、或いは減速スリップが発生していると判定され得ない(即ち、ABS制御が開始され得ない)という事態が発生し得る。
【0021】
他方、係る低μ路面走行中では制動距離が特に増大し易いから、適切なタイミングでABS制御が開始・実行されることが特に要求されている。以上のことから、全輪駆動車両が制動状態にある場合において、(特に、低μ路走行中において)適切なタイミングで減速スリップが発生していると判定され得ない(従って、ABS制御が開始され得ない)場合があるという問題がある。
【0022】
以上のことから、係る問題に対処するためには、全輪駆動車両において、車両が駆動状態にあるか制動状態にあるかにかかわらず(特に、低μ路面走行中において)車輪のスリップ状態をより適切に取得することが望まれているところである。
【発明の開示】
【0023】
本発明は係る要求に対処するためになされたものであって、その目的は、全輪駆動車両において、車輪のスリップ状態をより適切に取得することができる車両のスリップ状態取得装置、並びに、そのスリップ状態取得装置を用いた車両のトラクション制御装置及びアンチスキッド制御装置を提供することにある。
【0024】
本発明に係る車両のスリップ状態取得装置は、車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサとを備える全輪駆動車両に適用される。
【0025】
本発明に係る車両のスリップ状態取得装置の特徴は、前記車輪速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第1車体加速度取得手段と、前記前後加速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第2車体加速度取得手段と、前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度と前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度との比較結果に基づいて車輪のスリップ状態を取得するスリップ状態取得手段とを備えたことにある。
【0026】
ここにおいて、第1車体加速度取得手段は、例えば、車両が駆動状態にある場合には車輪速度センサ出力から得られる全車輪の車輪速度のうちの最小値等を時間微分した値を、車両が制動状態にある場合には車輪速度センサ出力から得られる全車輪の車輪速度のうちの最大値等を時間微分した値を「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」として取得する。
【0027】
また、第2車体加速度取得手段は、例えば、車両が駆動状態にある場合には前後加速度センサ出力に対応する車体加速度検出値に所定値を加えた値(即ち、上記車体加速度かさ上げ値)を、車両が制動状態にある場合には同車体加速度検出値から所定値を減じた値(即ち、上記車体加速度かさ下げ値)を「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」として取得する。なお、第2車体加速度取得手段は、常に、車体加速度検出値そのものを「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」として取得してもよい。
【0028】
例えば、車両が駆動状態にある場合において或る車輪の加速スリップ量が増大することは、その車輪の車輪速度の増加勾配(従って、車輪速度の時間微分値(正の値))が車体速度の増加勾配(従って、車体加速度(正の値))よりも大きいことを意味する。換言すれば、車両が駆動状態にある場合において或る車輪の加速スリップ量が増大すると、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(正の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(正の値)」よりも大きくなる傾向がある。
【0029】
同様に、車両が制動状態にある場合において或る車輪の減速スリップ量が増大することは、その車輪の車輪速度の減少勾配(従って、車輪速度の時間微分値(負の値))が車体速度の減少勾配(従って、車体加速度(負の値))よりも小さいことを意味する。換言すれば、車両が制動状態にある場合において或る車輪の減速スリップ量が増大すると、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」よりも小さくなる(絶対値が大きくなる)傾向がある。
【0030】
従って、係る観点に基づき、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」と「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」との比較結果に基づいて車輪のスリップ状態を適切に取得することができる。
【0031】
より具体的には、車両が駆動状態にある場合、前記スリップ状態取得手段は、前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(正の値)が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(正の値)よりも大きいことを条件に、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成される。
【0032】
上述したように、車両が駆動状態にある場合、トラクション制御に係わる誤作動の発生防止の観点から、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」は、上記車体加速度かさ上げ値に設定される場合が多い。この場合、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」は、真の車体加速度以上の値となり得る。
【0033】
即ち、車両が駆動状態にある場合において「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きいという条件が成立することは、加速スリップ量が確実に増大していることを意味する。従って、係る条件が成立する場合、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達することを待つことなく、加速スリップが発生していると判定することができる。換言すれば、上述した従来の装置に比してより早期、且つ適切な時期に加速スリップが発生していると判定することができる。
【0034】
上記本発明に係る車両のスリップ状態取得装置においては、前記車両のアクセル操作量に対応する値を取得するアクセル操作量対応値センサを備えた車両に適用され、前記スリップ状態取得手段は、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きく、且つ、前記取得されたアクセル操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さいことを条件に、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成されることが好適である。ここにおいて、アクセル操作量対応値とは、例えば、アクセル操作量そのもの、スロットル弁開度等である。
【0035】
上述したように、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達することで加速スリップが発生していることを判定する従来の装置では、上述した「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において加速スリップが発生していることを判定するタイミングが大きく遅れる等の問題が特に発生し得る。
【0036】
これに対し、上記「加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合であっても、上述した「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きくなるという条件は同現象発生後において直ちに成立し得る。換言すれば、アクセル操作量が小さい値であって、且つ、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きいことは、上記「加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることを意味する。
【0037】
従って、上記のように構成すれば、上記「加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、加速スリップ量が上記加速スリップしきい値に達することを待つことなく、適切な時期に加速スリップが発生していると判定することができる。
【0038】
また、上記本発明に係る車両のスリップ状態取得装置においては、前記スリップ状態取得手段は、前記条件が所定時間に亘って成立し続けたとき、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成されることが好適である。
【0039】
これによれば、上述した「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも大きい(且つ、アクセル操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さい)という条件が所定時間に亘って連続的に安定して成立し続けた場合に限って加速スリップが発生していると判定される。従って、加速スリップが発生していない場合に加速スリップが発生しているとの誤判定がなされる事態の発生が抑制され得る。
【0040】
また、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置の何れかを用いた本発明に係る車両のトラクション制御装置は、車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサとを備えた全輪駆動車両に適用される。
【0041】
この本発明に係る車両のトラクション制御装置は、少なくとも前記前後加速度センサの出力に基づいて前記車両の推定車体速度を取得する推定車体速度取得手段と、前記車輪速度センサの出力に基づく車輪速度から前記取得された推定車体速度を減じた値(即ち、加速スリップ量)に基づく値が所定のしきい値(即ち、上記加速スリップしきい値)以上になったとき、トラクション制御を開始・実行するトラクション制御手段とを備え、前記トラクション制御手段は、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定されているとき、上記加速スリップしきい値を小さくするように構成される。
【0042】
ここにおいて、前記推定車体速度取得手段は、例えば、車両が駆動状態にある場合には、上記車体加速度かさ上げ値を時間積分していくことで、車両が制動状態にある場合には、上記車体加速度かさ下げ値を時間積分していくことで推定車体速度を取得するように構成される。
【0043】
また、前記推定車体速度取得手段は、更に、車輪速度センサ出力にも基づいて推定車体速度を取得してもよい。この場合、推定車体速度は、例えば、車両が駆動状態にある場合には、車輪速度センサ出力から得られる全車輪の車輪速度のうちの最小値等と、上記車体加速度かさ上げ値を時間積分していくことで得られる値との小さい方に設定され、車両が制動状態にある場合には、車輪速度センサ出力から得られる全車輪の車輪速度のうちの最大値等と、上記車体加速度かさ下げ値を時間積分していくことで得られる値との大きい方に設定される。
【0044】
これによれば、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定されているとき(即ち、トラクション制御が開始されるべきとき)、上記加速スリップしきい値が小さくされるから、トラクション制御が開始され易くなる。即ち、特に、上述した「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、従来の装置に比してトラクション制御がより早期、且つ適切な時期に開始され易くなる。以上、車両が駆動状態にある場合について説明した。
【0045】
他方、車両が制動状態にある場合では、前記スリップ状態取得手段は、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」よりも小さい(絶対値が大きい)ことを条件に、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成される。
【0046】
上述したように、車両が減速状態にある場合、ABS制御に係わる誤作動の発生防止の観点から、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」は、上記車体加速度かさ下げ値に設定される場合が多い。この場合、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」は、真の車体加速度以下の値となり得る。
【0047】
即ち、車両が制動状態にある場合において「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも小さいという条件が成立することは、減速スリップ量が確実に増大していることを意味する。従って、係る条件が成立する場合、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達することを待つことなく、減速スリップが発生していると判定することができる。換言すれば、上述した従来の装置に比してより早期、且つ適切な時期に減速スリップが発生していると判定することができる。
【0048】
上記本発明に係る車両のスリップ状態取得装置においては、前記車両のブレーキ操作部材の操作量に対応する値を取得するブレーキ操作量対応値センサを備えた車両に適用され、前記スリップ状態取得手段は、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも小さく、且つ、前記取得されたブレーキ操作部材の操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さいことを条件に、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成されることが好適である。ここにおいて、ブレーキ操作部材の操作量対応値とは、例えば、ブレーキ操作部材(例えば、ブレーキペダル等)の操作ストローク、ブレーキ操作部材の操作力、マスタシリンダ液圧等である。
【0049】
上述したように、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達することで減速スリップが発生していることを判定する従来の装置では、上述した「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において減速スリップが発生していることを判定するタイミングが大きく遅れる等の問題が特に発生し得る。
【0050】
これに対し、上記「減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合であっても、上述した「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」よりも小さくなるという条件は同現象発生後において直ちに成立し得る。換言すれば、ブレーキペダル操作量が小さい値であって、且つ、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」よりも小さいことは、上記「減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることを意味する。
【0051】
従って、上記のように構成すれば、上記「減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、減速スリップ量が上記減速スリップしきい値に達することを待つことなく、適切な時期に減速スリップが発生していると判定することができる。
【0052】
また、上記本発明に係る車両のスリップ状態取得装置においては、前記スリップ状態取得手段は、前記条件が所定時間に亘って成立し続けたとき、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成されることが好適である。
【0053】
これによれば、上述した「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」が「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度(負の値)」よりも小さい(且つ、ブレーキ操作部材の操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さい)という条件が所定時間に亘って連続的に安定して成立し続けた場合に限って減速スリップが発生していると判定される。従って、減速スリップが発生していない場合に減速スリップが発生しているとの誤判定がなされる事態の発生が抑制され得る。
【0054】
また、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置の何れかを用いた本発明に係る車両のABS制御装置は、車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサとを備えた全輪駆動車両に適用される。
【0055】
この本発明に係る車両のABS制御装置は、少なくとも前記前後加速度センサの出力に基づいて前記車両の推定車体速度を取得する推定車体速度取得手段と、前記取得された推定車体速度から前記車輪速度センサの出力に基づく車輪速度を減じた値(即ち、減速スリップ量)に基づく値が所定のしきい値(即ち、上記減速スリップしきい値)以上になったとき、ABS制御を開始・実行するABS制御手段とを備え、前記ABS制御手段は、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定されているとき、上記減速スリップしきい値を小さくするように構成される。
【0056】
これによれば、上述した本発明に係る車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定されているとき(即ち、ABS制御が開始されるべきとき)、上記減速スリップしきい値が小さくされるから、ABS制御が開始され易くなる。即ち、特に、上述した「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、従来の装置に比してABS制御がより早期、且つ適切な時期に開始され易くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0057】
以下、本発明による車両のスリップ状態取得装置を含んだ、車両のトラクション制御装置及びABS制御装置のそれぞれの実施形態について図面を参照しつつ説明する。
【0058】
(第1実施形態)
図1は、本発明の第1実施形態に係るスリップ状態取得装置を含んだトラクション制御装置10を搭載した車両の概略構成を示している。この車両は、4輪総てが駆動輪である4輪駆動方式の車両である。
【0059】
この運動制御装置10は、駆動力を発生するとともに同駆動力を駆動輪FL,FR,RL,RRにそれぞれ伝達する駆動力伝達機構部20と、車輪にブレーキ液圧による制動力を発生させるためのブレーキ液圧制御装置30と、各種センサ等から構成されるセンサ部40と、電気制御装置50とを含んで構成されている。
【0060】
駆動力伝達機構部20は、駆動力を発生するエンジン21と、同エンジン21の吸気管21a内に配置されるとともに吸気通路の開口断面積を可変とするスロットル弁THの開度TAを制御するDCモータからなるスロットル弁アクチュエータ22と、エンジン21の図示しない吸気ポート近傍に燃料を噴射するインジェクタを含む燃料噴射装置23と、エンジン21の出力軸に入力軸が接続された変速機24を備える。
【0061】
また、駆動力伝達機構部20は、変速機24の出力軸から伝達される駆動力を適宜配分し同配分された駆動力をそれぞれ前輪側プロペラシャフト25及び後輪側プロペラシャフト26に伝達するトランスファ27と、前輪側プロペラシャフト25から伝達される前輪側駆動力を適宜分配し同分配された前輪側駆動力を前輪FL,FRにそれぞれ伝達する前輪側ディファレンシャル28と、後輪側プロペラシャフト26から伝達される後輪側駆動力を適宜分配し同分配された後輪側駆動力を後輪RR,RLにそれぞれ伝達する後輪側ディファレンシャル29とを含んで構成されている。
【0062】
ブレーキ液圧制御装置30は、その概略構成を表す図2に示すように、ブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧を発生するブレーキ液圧発生部32と、車輪RR,FL,FR,RLにそれぞれ配置されたホイールシリンダWrr,Wfl,Wfr,Wrlに供給するブレーキ液圧をそれぞれ調整可能なRRブレーキ液圧調整部33,FLブレーキ液圧調整部34,FRブレーキ液圧調整部35,RLブレーキ液圧調整部36と、還流ブレーキ液供給部37とを含んで構成されている。
【0063】
ブレーキ液圧発生部32は、ブレーキペダルBPの作動により応動するバキュームブースタVBと、同バキュームブースタVBに連結されたマスタシリンダMCとから構成されている。バキュームブースタVBは、エンジン21の吸気管内の空気圧力(負圧)を利用してブレーキペダルBPの操作力を所定の割合で助勢し同助勢された操作力をマスタシリンダMCに伝達するようになっている。
【0064】
マスタシリンダMCは、第1ポート、及び第2ポートからなる2系統の出力ポートを有していて、リザーバRSからのブレーキ液の供給を受けて、前記助勢された操作力に応じた第1マスタシリンダ液圧Pmを第1ポートから発生するようになっているとともに、同第1マスタシリンダ液圧と略同一の液圧である前記助勢された操作力に応じた第2マスタシリンダ液圧Pmを第2ポートから発生するようになっている。
【0065】
これらマスタシリンダMC及びバキュームブースタVBの構成及び作動は周知であるので、ここではそれらの詳細な説明を省略する。このようにして、マスタシリンダMC及びバキュームブースタVB(ブレーキ液圧発生手段)は、ブレーキペダルBPの操作力に応じた第1マスタシリンダ液圧及び第2マスタシリンダ液圧をそれぞれ発生するようになっている。
【0066】
マスタシリンダMCの第1ポートと、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の各々との間には、常開リニア電磁弁PC1が介装されている。同様に、マスタシリンダMCの第2ポートと、FRブレーキ液圧調整部35の上流部及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の各々との間には、常開リニア電磁弁PC2が介装されている。係る常開リニア電磁弁PC1,PC2の詳細については後述する。
【0067】
RRブレーキ液圧調整部33は、2ポート2位置切換型の常開電磁開閉弁である増圧弁PUrrと、2ポート2位置切換型の常閉電磁開閉弁である減圧弁PDrrとから構成されている。増圧弁PUrrは、RRブレーキ液圧調整部33の上流部と後述するホイールシリンダWrrとを連通、或いは遮断できるようになっている。減圧弁PDrrは、ホイールシリンダWrrとリザーバRS1とを連通、或いは遮断できるようになっている。この結果、増圧弁PUrr、及び減圧弁PDrrを制御することでホイールシリンダWrr内のブレーキ液圧(ホイールシリンダ液圧Pwrr)が増圧・保持・減圧され得るようになっている。
【0068】
加えて、増圧弁PUrrにはブレーキ液のホイールシリンダWrr側からRRブレーキ液圧調整部33の上流部への一方向の流れのみを許容するチェック弁CV1が並列に配設されていて、これにより、操作されているブレーキペダルBPが開放されたときホイールシリンダ液圧Pwrrが迅速に減圧されるようになっている。
【0069】
同様に、FLブレーキ液圧調整部34,FRブレーキ液圧調整部35、RLブレーキ液圧調整部36は、それぞれ、増圧弁PUfl及び減圧弁PDfl,増圧弁PUfr及び減圧弁PDfr,増圧弁PUrl及び減圧弁PDrlから構成されており、これらの増圧弁及び減圧弁が制御されることにより、ホイールシリンダWfl,ホイールシリンダWfr及びホイールシリンダWrl内のブレーキ液圧(ホイールシリンダ液圧Pwfl,Pwfr,Pwrl)をそれぞれ増圧、保持、減圧できるようになっている。また、増圧弁PUfl,PUfr及びPUrlの各々にも、上記チェック弁CV1と同様の機能を達成し得るチェック弁CV2,CV3及びCV4がそれぞれ並列に配設されている。
【0070】
還流ブレーキ液供給部37は、直流モータMTと、同モータMTにより同時に駆動される2つの液圧ポンプ(ギヤポンプ)HP1,HP2を含んでいる。液圧ポンプHP1は、減圧弁PDrr,PDflから還流されてきたリザーバRS1内のブレーキ液を汲み上げ、同汲み上げたブレーキ液をチェック弁CV8を介してRRブレーキ液圧調整部33及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部に供給するようになっている。
【0071】
同様に、液圧ポンプHP2は、減圧弁PDfr,PDrlから還流されてきたリザーバRS2内のブレーキ液を汲み上げ、同汲み上げたブレーキ液をチェック弁CV11を介してFRブレーキ液圧調整部35及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部に供給するようになっている。なお、液圧ポンプHP1,HP2の吐出圧の脈動を低減するため、チェック弁CV8と常開リニア電磁弁PC1との間の液圧回路、及びチェック弁CV11と常開リニア電磁弁PC2との間の液圧回路には、それぞれ、ダンパDM1,DM2が配設されている。
【0072】
次に、常開リニア電磁弁PC1について説明する。常開リニア電磁弁PC1の弁体には、図示しないコイルスプリングからの付勢力に基づく開方向の力が常時作用しているとともに、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力から第1マスタシリンダ液圧Pmを減じることで得られる差圧(以下、単に「実差圧」と云うこともある。)に基づく開方向の力と、常開リニア電磁弁PC1への通電電流(従って、指令電流Id)に応じて比例的に増加する吸引力に基づく閉方向の力が作用するようになっている。
【0073】
この結果、図3に示したように、上記吸引力に相当する指令差圧ΔPdが指令電流Idに応じて比例的に増加するように決定される。ここで、I0はコイルスプリングの付勢力に相当する電流値である。そして、常開リニア電磁弁PC1は、係る指令差圧ΔPdが上記実差圧よりも大きいときに閉弁してマスタシリンダMCの第1ポートと、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部との連通を遮断する。一方、常開リニア電磁弁PC1は、指令差圧ΔPdが同実差圧よりも小さいとき開弁してマスタシリンダMCの第1ポートと、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部とを連通する。
【0074】
この結果、(液圧ポンプHP1から供給されている)RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部のブレーキ液が常開リニア電磁弁PC1を介してマスタシリンダMCの第1ポート側に流れることで同実差圧が指令差圧ΔPdに一致するように調整され得るようになっている。なお、マスタシリンダMCの第1ポート側へ流入したブレーキ液はリザーバRS1へと還流される。
【0075】
換言すれば、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)が駆動されている場合、常開リニア電磁弁PC1への指令電流Idに応じて上記実差圧(の許容最大値)が制御され得るようになっている。このとき、RRブレーキ液圧調整部33の上流部、及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力は、第1マスタシリンダ液圧Pmに実差圧(従って、指令差圧ΔPd)を加えた値(Pm+ΔPd)となる。
【0076】
他方、常開リニア電磁弁PC1を非励磁状態にすると(即ち、指令電流Idを「0」に設定すると)、常開リニア電磁弁PC1はコイルスプリングの付勢力により開状態を維持するようになっている。このとき、実差圧が「0」になって、RRブレーキ液圧調整部33の上流部、及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力が第1マスタシリンダ液圧Pmと等しくなる。
【0077】
常開リニア電磁弁PC2も、その構成・作動について常開リニア電磁弁PC1のものと同様である。従って、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)が駆動されている場合、常開リニア電磁弁PC2への指令電流Idに応じて、FRブレーキ液圧調整部35の上流部、及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の圧力は、第2マスタシリンダ液圧Pmに指令差圧ΔPdを加えた値(Pm+ΔPd)となる。他方、常開リニア電磁弁PC2を非励磁状態にすると、FRブレーキ液圧調整部35の上流部、及びRLブレーキ液圧調整部36の上流部の圧力が第2マスタシリンダ液圧Pmと等しくなる。
【0078】
加えて、常開リニア電磁弁PC1には、ブレーキ液の、マスタシリンダMCの第1ポートから、RRブレーキ液圧調整部33の上流部及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部への一方向の流れのみを許容するチェック弁CV5が並列に配設されている。これにより、常開リニア電磁弁PC1への指令電流Idに応じて実差圧が制御されている間においても、ブレーキペダルBPが操作されることで第1マスタシリンダ液圧PmがRRブレーキ液圧調整部33の上流部、及びFLブレーキ液圧調整部34の上流部の圧力よりも高い圧力になったとき、ブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧(即ち、第1マスタシリンダ液圧Pm)そのものがホイールシリンダWrr,Wflに供給され得るようになっている。また、常開リニア電磁弁PC2にも、上記チェック弁CV5と同様の機能を達成し得るチェック弁CV6が並列に配設されている。
【0079】
以上、説明した構成により、ブレーキ液圧制御装置30は、右後輪RRと左前輪FLとに係わる系統と、左後輪RLと右前輪FRとに係わる系統の2系統の液圧回路から構成されている。ブレーキ液圧制御装置30は、全ての電磁弁が非励磁状態にあるときブレーキペダルBPの操作力に応じたブレーキ液圧(即ち、マスタシリンダ液圧Pm)をホイールシリンダW**にそれぞれ供給できるようになっている。
【0080】
なお、各種変数等の末尾に付された「**」は、同各種変数等が各車輪FR等のいずれに関するものであるかを示すために同各種変数等の末尾に付される「fl」,「fr」等の包括表記であって、例えば、ホイールシリンダW**は、左前輪用ホイールシリンダWfl,
右前輪用ホイールシリンダWfr, 左後輪用ホイールシリンダWrl, 右後輪用ホイールシリンダWrrを包括的に示している。
【0081】
他方、この状態において、モータMT(従って、液圧ポンプHP1,HP2)を駆動するとともに、常開リニア電磁弁PC1,PC2を指令電流Idをもってそれぞれ励磁すると、マスタシリンダ液圧Pmよりも指令電流Idに応じて決定される指令差圧ΔPdだけ高いブレーキ液圧をホイールシリンダW**にそれぞれ供給できるようになっている。
【0082】
加えて、ブレーキ液圧制御装置30は、増圧弁PU**、及び減圧弁PD**を制御することでホイールシリンダ液圧Pw**を個別に調整できるようになっている。即ち、ブレーキ液圧制御装置30は、運転者によるブレーキペダルBPの操作にかかわらず、各車輪に付与される制動力を車輪毎に個別に調整できるようになっている。これにより、ブレーキ液圧制御装置30は、後述する電気制御装置50からの指示により、後述するようにトラクション制御を達成できるようになっている。
【0083】
再び図1を参照すると、センサ部40は、車輪FL,FR,RL及びRRの車輪速度に応じた周波数を有する信号をそれぞれ出力する電磁ピックアップ式の車輪速度センサ41fl,41fr,41rl及び41rrと、運転者により操作されるアクセルペダルAPの操作量を検出し、同アクセルペダルAPの操作量Accp(アクセル操作量対応値)を示す信号を出力するアクセル開度センサ42(アクセル操作量対応値センサ)と、(第1)マスタシリンダ液圧を検出し、マスタシリンダ液圧Pm(ブレーキ操作部材の操作量対応値)を示す信号を出力するマスタシリンダ液圧センサ43(ブレーキ操作量対応値センサ。図2も参照)と、車体前後方向の車体加速度を検出し、車体加速度検出値Gxを示す信号を出力する前後加速度センサ44とを備えている。
【0084】
車体加速度検出値Gxは、(前進している)車両が加速状態にある場合に正の値、(前進している)車両が減速状態にある場合に負の値を採るように設定されている。
【0085】
電気制御装置50は、互いにバスで接続されたCPU51、CPU51が実行するルーチン(プログラム)、テーブル(ルックアップテーブル、マップ)、定数等を予め記憶したROM52、CPU51が必要に応じてデータを一時的に格納するRAM53、電源が投入された状態でデータを格納するとともに同格納したデータを電源が遮断されている間も保持するバックアップRAM54、及びADコンバータを含むインターフェース55等からなるマイクロコンピュータである。インターフェース55は、前記センサ等41〜44と接続され、センサ等41〜44からの信号をCPU51に供給するとともに、同CPU51の指示に応じてブレーキ液圧制御装置30の各電磁弁及びモータMT、スロットル弁アクチュエータ22、及び燃料噴射装置23に駆動信号を送出するようになっている。
【0086】
これにより、スロットル弁アクチュエータ22は、原則的に、スロットル弁THの開度TAがアクセルペダルAPの操作量Accpに応じた開度になるように同スロットル弁THを駆動するとともに、燃料噴射装置23は、筒内(シリンダ内)に吸入された空気量である筒内吸入空気量に対して所定の目標空燃比(例えば、理論空燃比)を得るために必要な量の燃料を噴射するようになっている。
【0087】
(トラクション制御の概要)
次に、上記構成を有する本発明の第1実施形態に係るトラクション制御装置10(以下、「本装置」と云うこともある。)が実行するトラクション制御の概要について説明する。トラクション制御は、車両が駆動状態にある場合においてそのトラクションを効率よく発生させるため、車輪の過剰な加速スリップの発生を防止する制御である。
【0088】
具体的には、本装置は、加速スリップ量S**を車輪毎に個別に算出し、加速スリップ量S**が加速スリップしきい値Sth以上となった車輪に対して後述する所定のブレーキ液圧に基づく制動力を付与する(即ち、トラクション制御を開始・実行する)。加速スリップしきい値Sthは、原則的に、所定の基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)と等しい値に設定されるが、後述するように特定の場合に限って他の値に設定される。ここで、加速スリップ量S**は、下記(1)式に従って算出される。
【0089】
S**=Vw**−Vrefacc ・・・(1)
【0090】
上記(1)式において、Vw**は、車輪速度センサ41**の出力に基づいて後述するように取得される車輪速度である。また、Vrefaccは、トラクション制御用の車体前後方向の推定車体速度であり、下記(2)式に従って算出される。
【0091】
Vrefacc=min(Vwmin,Vgup) ・・・(2)
【0092】
上記(2)式において、Vwminは、車輪速度Vw**のうちの最小値(最小車輪速度)である。Vgupは、前後加速度センサ44により検出される車体加速度検出値Gxに正の定数α1を加えた値である車体加速度かさ上げ値Gupの時間積分値(かさ上げ値に基づく車体速度)である。即ち、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccは、最小車輪速度Vwminと、かさ上げ値に基づく車体速度Vgupの小さい方の値に設定される。
【0093】
ここで、定数α1は、前後加速度センサ44の出力特性における個体毎のばらつきを考慮しても車体加速度かさ上げ値Gupを常に真の車体加速度以上の値とするための値に設定されている。従って、上記かさ上げ値に基づく車体速度Vgupは常に真の車体速度Vreal以上の値に維持されていく。
【0094】
トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが上記(2)式に従って算出される理由は以下のとおりである。即ち、車両が比較的穏やかな加速状態にある場合(具体的には、最小車輪速度Vwminに対応する車輪の加速スリップの程度が小さい場合)、真の車体速度Vrealは最小車輪速度Vwminに近い値となる傾向がある。この結果、最小車輪速度Vwminがかさ上げ値に基づく車体速度Vgupよりも小さくなる。従って、上記(2)式によれば、車両が比較的穏やかな加速状態にある場合、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが最小車輪速度Vwminと等しい値に設定されるから、同推定車体速度Vrefaccが精度良く算出され得る。
【0095】
一方、車両が比較的急激な加速状態にある場合(具体的には、4輪全ての加速スリップの程度が大きい場合(従って、最小車輪速度Vwminに対応する車輪の加速スリップの程度が大きい場合))、最小車輪速度Vwminが真の車体速度Vrealに対して大きい側に大きく乖離することでかさ上げ値に基づく車体速度Vgupが最小車輪速度Vwminよりも小さくなる場合がある。
【0096】
このような場合、上記(2)式によれば、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが、最小車輪速度Vwminよりも真の車体速度Vrealに近い値であるかさ上げ値に基づく車体速度Vgupと等しい値に算出され得る。従って、上記(2)式によれば、車両が比較的急激な加速状態にある場合、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが常に最小車輪速度Vwminと等しい値に算出される場合よりも同推定車体速度Vrefaccが精度良く算出され得る。
【0097】
更には、上述したように、上記かさ上げ値に基づく車体速度Vgupは常に真の車体速度Vreal以上の値に維持されているから、この場合、上記(1)式に従って算出される加速スリップ量S**が小さめに算出されることになる。この結果、上記(2)式によれば、車両が比較的急激な加速状態にある場合、上述したような「トラクション制御が開始されるべきでない早い段階でトラクション制御が開始される」という誤作動の発生が防止され得る。以上が、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccが上記(2)式に従って算出される理由である。
【0098】
(加速スリップしきい値の低減)
上述したように、トラクション制御は、原則的に、加速スリップ量S**が上記加速スリップしきい値Sth(=基本加速スリップしきい値Sthbase)以上となった車輪に対して開始・実行される。しかしながら、このように、加速スリップしきい値Sthを常に基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)に設定すると、上述した「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、トラクション制御が開始されるタイミングが大きく遅れる(或いは、トラクション制御が開始されない)という問題が発生し得る。以下、このことを図4(a)を参照しながら説明する。
【0099】
図4(a)は、低μ路面走行中であって、且つ、運転者がアクセルペダルAPを僅かに踏み込んだ場合(アクセルペダル操作量Accp<微小値Accprefが成立する場合)において、時刻t1にて全輪(4輪)に同時に加速スリップが発生開始する場合における、真の車体速度Vreal、かさ上げ値に基づく車体速度Vgup、最小車輪速度Vwmin、及びトラクション制御用の推定車体速度Vrefaccの変化の例を示したタイムチャートである。上述したように、かさ上げ値に基づく車体速度Vgupは、常に、真の車体速度Vreal以上の値に算出されている。
【0100】
この例では、時刻t1以降、全輪の車輪速度Vw**(従って、最小車輪速度Vwmin)が真の車体速度Vrealから徐々に大きい側に乖離していく場合を示している。この結果、時刻t1以前から時刻t2までの間は最小車輪速度Vwminがかさ上げ値に基づく車体速度Vgupよりも小さくなり、時刻t2以降はかさ上げ値に基づく車体速度Vgupが最小車輪速度Vwminよりも小さくなっている。
【0101】
従って、太い実線で示したように、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccは、時刻t1以前から時刻t2までの間は最小車輪速度Vwminと等しい値に設定され、時刻t2以降はかさ上げ値に基づく車体速度Vgupと等しい値に設定されている。この結果、上記(1)式に従って算出される全輪の加速スリップ量S**は、時刻t1以前から時刻t2までの間は略「0」に維持され、時刻t2以降、徐々に増大していく。
【0102】
ここで、この例では、真の加速スリップ量(即ち、車輪速度Vw**から真の車体速度Vrealを減じた値)は時刻t3にて加速スリップしきい値Sth(=基本加速スリップしきい値Sthbase)に達している。即ち、本来、トラクション制御は時刻t3にて開始されるべきである。
【0103】
これに対し、上記(1)式に従って算出される全輪の加速スリップ量S**は、かさ上げ値に基づく車体速度Vgupが真の車体速度Vreal以上の値に算出されることに起因して上記真の加速スリップ量よりも小さめに算出されるから、時刻t3よりも後の時刻t4にて加速スリップしきい値Sth(=基本加速スリップしきい値Sthbase)に達する。従って、加速スリップしきい値Sthが常に基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)に設定されるものとすると、実際には、時刻t4にてトラクション制御が開始される。
【0104】
ここで、この例では、低μ路面走行中であって、且つ、運転者がアクセルペダルAPを僅かに踏み込んだ場合が示されているから、全輪の車輪速度Vw**(従って、最小車輪速度Vwmin)の増大速度(即ち、車輪速度**が真の車体速度Vrealから乖離していく速度)が非常に小さい。従って、時刻t4は時刻t3から大きく遅れた時点となり、この結果、トラクション制御が開始されるタイミングが大きく遅れてしまう。
【0105】
このように、加速スリップしきい値Sthを常に基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)に設定すると、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、トラクション制御が開始されるタイミングが大きく遅れるという問題が発生する。
【0106】
この問題に対処するための一つの手法としては、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることを判定し、同現象が発生していると判定されている場合(従って、加速スリップが発生していると判定されている場合)、加速スリップしきい値Sthを小さくすることが考えられる。以下、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることの判定方法について説明する。
【0107】
車両が駆動状態にある場合において或る車輪の加速スリップ量S**が増大することは、その車輪の車輪速度Vw**(=Vwmin)の増加勾配(即ち、図4(a)におけるVwminを示す線の傾き(正の値))が、真の車体速度Vrealの増加勾配(即ち、図4(a)におけるVrealを示す線の傾き(正の値))よりも大きいことを意味する。換言すれば、車両が駆動状態にある場合において或る車輪の加速スリップ量S**が増大すると、最小車輪速度Vwminの時間微分値(以下、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」と称呼する)が真の車体加速度よりも大きくなる。
【0108】
他方、上述したように、車体加速度かさ上げ値Gupは、常に、真の車体加速度以上の値に設定されている。以上のことから、車両が駆動状態にある場合において「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」が車体加速度かさ上げ値Gup(以下、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」とも云う。)よりも大きいという条件が成立することは、加速スリップ量S**が確実に増大していることを意味する。
【0109】
また、運転者がアクセルペダルAPを僅かに踏み込んでいることは「0<アクセルペダル操作量Accp<上記微小値Accpref」が成立していることで判定され得る。以上より、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることは、「0<Accp<Accpref」と「DVwmin>Gup」の2つの条件が成立することで判定され得る。
【0110】
更には、上記現象が発生していることをより確実、且つ精度良く判定するためには、上記2つの条件が或る程度の期間に亘って連続的に成立していることをその判定条件に加えることが好ましいと考えられる。
【0111】
以上のことから、本装置は、上記2つの条件が所定時間T1以上に亘って連続的に成立している場合に「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している(加速スリップが発生している)と判定する。そして、本装置は、上記現象が発生していると判定している間に限って、加速スリップしきい値Sthを、基本加速スリップしきい値Sthbaseから値β1(正の定数)を減じた値(Sthbase−β1)に変更する。以下、このことを図4(b)を参照しながら説明する。
【0112】
図4(b)は、上述した図4(a)と同じ状況(即ち、時刻t1から「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作(0<Accp<Accpref)により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生開始する状況)での、真の車体速度Vreal、かさ上げ値に基づく車体速度Vgup、最小車輪速度Vwmin、及びトラクション制御用の推定車体速度Vrefaccの変化の例を示したタイムチャートである。
【0113】
この例では、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」(即ち、最小車輪速度Vwminを示す線の傾き)は、全輪の加速スリップが開始される時刻t1以前から時刻t5までの間は「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」(即ち、かさ上げ値に基づく車体速度Vgupを示す線の傾き)よりも小さく、時刻t5以降は「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」よりも大きくなっている。
【0114】
従って、この場合、本装置は、「0<Accp<Accpref」と「DVwmin>Gup」の2つの条件が上記所定時間T1に亘って連続的に成立する時点である時刻t6にて、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している(加速スリップが発生している)と判定する。
【0115】
そして、本装置は、時刻t6以降、加速スリップしきい値Sthを、基本加速スリップしきい値Sthbaseから値(Sthbase−β1)に変更する。この結果、全輪の加速スリップ量S**は、図4(a)における時刻t3とほぼ同時刻である時刻t7にて加速スリップしきい値(Sthbase−β1)に達し得る。従って、本装置は、上述した「本来トラクション制御が開始されるべき時刻」である時刻t3とほぼ同時刻である時刻t7にてトラクション制御を開始する。
【0116】
以上のようにして、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、加速スリップしきい値Sthが小さくされることで、トラクション制御が適切な時期に開始され得る。以上、トラクション制御の概要、及び加速スリップしきい値の低減について説明した。
【0117】
(実際の作動)
次に、以上のように構成された本発明の第1実施形態に係るトラクション制御装置10の実際の作動について、電気制御装置50のCPU51が実行するルーチンをフローチャートにより示した図5〜図8を参照しながら説明する。
【0118】
CPU51は、図5に示した車輪速度等の算出を行うルーチンを所定時間(実行間隔時間Δt。例えば、6msec)の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ500から処理を開始し、ステップ505に進んで、車輪**の現時点での車輪速度(車輪**の外周の速度)Vw**をそれぞれ算出する。具体的には、CPU51は車輪速度センサ41**の出力値の変動周波数に基づいて車輪速度Vw**をそれぞれ算出する。
【0119】
次いで、CPU51はステップ510に進み、最小車輪速度(今回値)Vwminを上記算出された車輪速度Vw**のうちの最小値に設定し、続くステップ515にて、同最小車輪速度Vwminと、最小車輪速度前回値Vwminbと、ステップ515内に記載の式に基づいて最小車輪速度Vwminの時間微分値である「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」を算出する。ここで、最小車輪速度前回値Vwminbは、前回本ルーチン実行時において後述するステップ540にて設定されている値である。このステップ515が、第1車体加速度取得手段に相当する。
【0120】
続いて、CPU51はステップ520に進み、前後加速度センサ44により検出される車体加速度検出値Gxに上記正の定数α1を加えることで車体加速度かさ上げ値(即ち、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」)を算出する。このステップ520が、第2車体加速度取得手段に相当する。
【0121】
次に、CPU51はステップ525に進んで、その時点でのVgupの値に「Gup・Δt」を加えることで「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」の時間積分値である「かさ上げ値に基づく車体速度Vgup」を更新する。
【0122】
次いで、CPU51はステップ530に進み、トラクション制御用の推定車体速度Vrefaccを、上記最小車輪速度Vwminと、上記「かさ上げ値に基づく車体速度Vgup」のうちの小さい方の値に設定する。
【0123】
そして、CPU51はステップ535に進んで、車輪速度**から上記推定車体速度Vrefaccを減じることで加速スリップ量S**を車輪毎に算出し、続くステップ540にて最小車輪速度前回値Vwminbを上記最小車輪速度(今回値)Vwminの値に設定し、ステップ595に進んで本ルーチンを一旦終了する。以降も、CPU51は本ルーチンを実行間隔時間Δtの経過毎に繰り返し実行することで各種値を逐次更新していく。
【0124】
また、CPU51は、図6に示した低μ路上全輪加速スリップ判定、及びしきい値の選択を行うルーチンを所定時間(例えば、6msec)の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ600から処理を開始し、ステップ605に進んで、アクセル開度センサ42から得られる現時点でのアクセル操作量Accpが「0」より大きくて上記微小値Accprefよりも小さいか否かを判定し、「Yes」と判定する場合、ステップ610に進む。
【0125】
CPU51はステップ610に進むと、先のステップ515にて算出されている「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」が先のステップ520にて算出されている「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」よりも大きいか否かを判定する。CPU51はステップ610でも「Yes」と判定する場合(即ち、ステップ605、610の条件が共に成立している場合。従って、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合)、ステップ615に進む。ここにおいて、ステップ605、610がスリップ状態取得手段に相当する。
【0126】
いま、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していないものとすると、CPU51はステップ605、610の何れかにて「No」と判定してステップ630に進み、カウンタNの値を「0」にクリアする。そして、CPU51はステップ635に進んで加速スリップしきい値Sthを上記基本加速スリップしきい値Sthbaseに設定し、ステップ695に進んで本ルーチンを一旦終了する。以降、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していない限りにおいて、加速スリップしきい値Sthが上記基本加速スリップしきい値Sthbaseに維持される。
【0127】
一方、この状態から、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生したものとすると、CPU51はステップ605、610に進んだとき共に「Yes」と判定してステップ615に進むようになり、カウンタNの値(現時点では「0」)を「1」だけインクリメントする。即ち、カウンタNの値は、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していると判定される継続時間を表す。
【0128】
次いで、CPU51はステップ620に進み、カウンタNの値が上記所定時間T1(図4(b)を参照)に相当する判定基準値N1に達したか否かを判定する。現時点では、カウンタNの値は判定基準値N1よりも小さいからCPU51はステップ620にて「No」と判定して上述したステップ635に進む。従って、以降、カウンタNの値が判定基準値N1に達するまでの間(即ち、上記現象が発生している状態で所定時間T1が経過するまでの間)、加速スリップしきい値Sthが上記基本加速スリップしきい値Sthbaseに維持される。
【0129】
そして、上記現象が発生している状態で所定時間T1が経過したものとすると、CPU51はステップ620に進んだとき「Yes」と判定してステップ625に進むようになり、加速スリップしきい値Sthを値「Sthbase−β1」に設定して本ルーチンを一旦終了する。以降、上記現象が継続している限り(従って、N≧N1が成立する限り)において加速スリップしきい値Sthが値「Sthbase−β1」に維持される。以上のようにして、加速スリップしきい値Sthが、基本加速スリップしきい値Sthbaseと、値(Sthbase−β1)のいずれかの値に逐次選択されていく。
【0130】
また、CPU51は、図7に示したトラクション制御開始・終了判定を行うルーチンを所定時間(例えば、6msec)の経過毎に、車輪毎に、繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ700から処理を開始し、ステップ705に進んで、フラグTRC**の値が「0」であるか否かを判定する。ここで、フラグTRC**は、その値が「1」のとき車輪**についてトラクション制御実行中であることを示し、その値が「0」のとき車輪**についてトラクション制御非実行中であることを示す。
【0131】
いま、車輪**についてトラクション制御非実行中であって、且つ後述するトラクション制御開始条件が成立していないものとすると、CPU51はステップ705にて「Yes」と判定して、ステップ710に進み、先のステップ535にて算出されている車輪**についての加速スリップ量S**が先のステップ625、635の何れかで設定されている加速スリップしきい値Sth以上であって、且つ、アクセル操作量Accpが「0」よりも大きいか否か(即ち、トラクション制御開始条件が成立しているか否か)を判定し、ここでは「No」と判定してステップ795に進んで本ルーチンを一旦終了する。以降、車輪**についてトラクション制御開始条件が成立しない限りにおいてフラグTRC**の値は「0」に維持される。
【0132】
一方、この状態から、車輪**についてトラクション制御開始条件が成立したものとすると、CPU51はステップ710に進んだとき「Yes」と判定してステップ715に進むようになり、フラグTRC**の値を「0」から「1」に変更してステップ795に進んで本ルーチンを一旦終了する。
【0133】
以降、フラグTRC**の値が「1」になっているから、CPU51はステップ705に進んだとき「No」と判定してステップ720に進むようになり、車輪**についてトラクション制御終了条件が成立しているか否かを判定する。ここで、トラクション制御終了条件は、例えば、アクセル操作量Accpが「0」になったとき、加速スリップ量S**が上記加速スリップしきい値Sthよりも小さい所定の終了基準値未満となったとき等に成立する。
【0134】
現時点は、車輪**についてトラクション制御開始条件が成立した直後であるから、車輪**についてトラクション制御終了条件が成立していない。従って、CPU51はステップ720に進んだとき「No」と判定してステップ795に進んで本ルーチンを一旦終了する。以降、車輪**についてトラクション制御終了条件が成立しない限りにおいてフラグTRC**の値は「1」に維持される。
【0135】
一方、この状態から、車輪**についてトラクション制御終了条件が成立したものとすると、CPU51はステップ720に進んだとき「Yes」と判定してステップ725に進むようになり、フラグTRC**の値を「1」から「0」に再び変更する。
【0136】
以降、フラグTRC**の値が「0」になっているから、CPU51はステップ705に進んだとき再び「Yes」と判定してステップ710に進むようになり、車輪**についてトラクション制御開始条件が成立しているか否かを再びモニタするようになる。このようにして、フラグTRC**の値が、車輪毎に、「0」と「1」の何れかの値に逐次選択されていく。
【0137】
更に、CPU51は、図8に示したトラクション制御を実行するためのルーチンを所定時間(例えば、6msec)の経過毎に繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ800から処理を開始し、ステップ805に進んで、全ての車輪についてフラグTRC**が「0」であるか否か(即ち、全ての車輪についてトラクション制御非実行中であるか否か)を判定し、「Yes」と判定する場合、ステップ825に進んでブレーキ液圧制御装置30(図2を参照)の総ての電磁弁を非励磁状態とし、モータMTを非駆動状態とする指示を行い、ステップ895に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。
【0138】
一方、CPU51はステップ805にて「No」と判定する場合、ステップ810に進んで、先のステップ535にて算出されている加速スリップ量S**とステップ810内に記載のテーブルとに基づいて目標液圧Pwt**を車輪毎に決定する。これにより、加速スリップ量S**が加速スリップしきい値Sthより大きい車輪**については、加速スリップ量S**が大きくなるほど目標液圧Pwt**がより大きい値に設定され、加速スリップ量S**が加速スリップしきい値Sth以下の車輪**については目標液圧Pwt**が「0」に設定される。
【0139】
続いて、CPU51はステップ815に進み、車輪**のホイールシリンダ液圧Pw**がそれぞれ上記設定された目標液圧Pwt**になるように、ブレーキ液圧制御装置30の電磁弁、モータMTへの制御指示を行う。これにより、ブレーキ液圧による制動力の付与に基づくトラクション制御が達成される。
【0140】
続いて、CPU51はステップ820に進んで、上記加速スリップ量S**のうちの最大値に応じた分だけエンジン21の出力を低下する指示を行う。これにより、上記最大値が「0」でない場合、トラクション制御に基づくエンジン出力低減制御が実行される。そして、CPU51はステップ895に進んで本ルーチンを一旦終了する。このようにして、車輪毎に、ブレーキ液圧による制動力の付与に基づくトラクション制御と、トラクション制御に基づくエンジン出力低減制御とが実行されていく。
【0141】
以上、説明したように、本発明の第1実施形態に係るトラクション制御装置によれば、車輪**の加速スリップ量S**が加速スリップしきい値Sth以上となった場合にトラクション制御を実行する。ここで、加速スリップしきい値Sthは、原則的に、基本加速スリップしきい値Sthbase(一定値)に設定する。一方、「0<アクセル操作量Accp<微小値Accpref」と、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin(即ち、図4における最小車輪速度Vwminを示す線の傾き)>前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup(即ち、図4におけるかさ上げ値に基づく車体速度Vgupを示す線の傾き)」の2つの条件が所定時間T1に亘って成立し続けたとき、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量S**が緩やかに増大していく現象」が発生している(加速スリップが発生している)と判定して、加速スリップしきい値Sthを、基本加速スリップしきい値Sthbaseから値β1(正の定数)を減じた値(Sthbase−β1)に変更する。
【0142】
これにより、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、加速スリップしきい値Sthが小さくされることで、トラクション制御が適切な時期に開始され得る。
【0143】
本発明は上記第1実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記第1実施形態においては、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」として、最小車輪速度Vwminの時間微分値DVwminを採用しているが、車輪速度Vw**のうち2番目に小さい値の時間微分値を採用してもよい。
【0144】
また、上記第1実施形態においては、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」として、車体加速度かさ上げ値Gup(=車体加速度検出値Gx+正の定数α1)を採用しているが、車体加速度検出値Gxそのものを採用してもよい。
【0145】
また、上記第1実施形態においては、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量S**が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において加速スリップしきい値Sthを小さくする量を値β1(正の定数)で一定としているが、加速スリップの程度に応じて可変としてもよい。例えば、加速スリップの程度として「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmin」から「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gup」を減じた値(DVwmin−Gup)(>0)を採用し、値(DVwmin−Gup)が大きいほど値β1を大きくすることが好適である。
【0146】
また、上記第1実施形態においては、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量S**が緩やかに増大していく現象」が発生している場合においてトラクション制御が開始され易くするために加速スリップしきい値Sthを小さくしているが、これに代えて、或いは、これに加えて、上記値α1(>0)を小さくしてもよい。上記値α1を小さくすると車体加速度かさ上げ値Gupが小さくなるから、かさ上げ値に基づく車体速度Vgup(従って、推定車体速度Vrefacc)が小さくなって加速スリップ量S**(=Vw**−Vrefacc)が大きめに算出される(図4を参照)。この結果、トラクション制御開始条件が成立し易くなってトラクション制御が開始され易くなるからである。
【0147】
(第2実施形態)
次に、本発明の第2実施形態に係るABS制御装置について説明する。この第2実施形態は、トラクション制御に代えてABS制御を実行する点のみが上記第1実施形態と異なっている。従って、以下、係る相違点を中心に説明する。
【0148】
(ABS制御の概要)
本発明の第2実施形態に係るABS制御装置(以下、「本装置」とも称呼する。)が実行するABS制御の概要について説明する。ABS制御は、車両が制動状態にある場合においてその制動距離の増加を抑制する等のため、車輪の過剰な減速スリップの発生を防止する制御である。
【0149】
具体的には、本装置は、減速スリップ量L**を車輪毎に個別に算出し、減速スリップ量L**が減速スリップしきい値Lth以上となった車輪に対してブレーキ液圧の低減・調整を行う(即ち、ABS制御を開始・実行する)。減速スリップしきい値Lthは、原則的に、所定の基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)と等しい値に設定されるが、後述するように特定の場合に限って他の値に設定される。ここで、減速スリップ量L**は、下記(3)式に従って算出される。
【0150】
L**=Vrefdec−Vw** ・・・(3)
【0151】
上記(3)式において、Vrefdecは、ABS制御用の車体前後方向の推定車体速度であり、下記(4)式に従って算出される。
【0152】
Vrefdec=max(Vwmax,Vgdown) ・・・(4)
【0153】
上記(4)式において、Vwmaxは、車輪速度Vw**のうちの最大値(最大車輪速度)である。Vgdownは、前後加速度センサ44の出力に対応する車体加速度検出値Gxから正の定数α2を減じた値である車体加速度かさ下げ値Gdownの時間積分値(かさ下げ値に基づく車体速度)である。即ち、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecは、最大車輪速度Vwmaxと、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownの大きい方の値に設定される。
【0154】
ここで、定数α2は、前後加速度センサ44の出力特性における個体毎のばらつきを考慮しても車体加速度かさ下げ値Gdownを常に真の車体加速度以下の値とするための値に設定されている。従って、上記かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownは常に真の車体速度Vreal以下の値に維持されていく。
【0155】
ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが上記(4)式に従って算出される理由は以下のとおりである。即ち、車両が比較的穏やかな減速状態にある場合(具体的には、最大車輪速度Vwmaxに対応する車輪の減速スリップの程度が小さい場合)、真の車体速度Vrealは最大車輪速度Vwmaxに近い値となる傾向がある。この結果、最大車輪速度Vwmaxがかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownよりも大きくなる。従って、上記(4)式によれば、車両が比較的穏やかな減速状態にある場合、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが最大車輪速度Vwmaxと等しい値に設定されるから、同推定車体速度Vrefdecが精度良く算出され得る。
【0156】
一方、車両が比較的急激な減速状態にある場合(具体的には、4輪全ての減速スリップの程度が大きい場合(従って、最大車輪速度Vwmaxに対応する車輪の減速スリップの程度が大きい場合))、最大車輪速度Vwmaxが真の車体速度Vrealに対して小さい側に大きく乖離することでかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownが最大車輪速度Vwmaxよりも大きくなる場合がある。
【0157】
このような場合、上記(4)式によれば、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが、最大車輪速度Vwmaxよりも真の車体速度Vrealに近い値であるかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownと等しい値に算出され得る。従って、上記(4)式によれば、車両が比較的急激な減速状態にある場合、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが常に最大車輪速度Vwmaxと等しい値に算出される場合よりも同推定車体速度Vrefdecが精度良く算出され得る。
【0158】
更には、上述したように、上記かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownは常に真の車体速度Vreal以下の値に維持されているから、この場合、上記(3)式に従って算出される減速スリップ量L**が小さめに算出されることになる。この結果、上記(4)式によれば、車両が比較的急激な減速状態にある場合、上述したような「ABS制御が開始されるべきでない早い段階でABS制御が開始される」という誤作動の発生が防止され得る。以上が、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecが上記(4)式に従って算出される理由である。
【0159】
(減速スリップしきい値の低減)
上述したように、ABS制御は、原則的に、減速スリップ量L**が上記減速スリップしきい値Lth(=基本減速スリップしきい値Lthbase)以上となった車輪に対して開始・実行される。しかしながら、このように、減速スリップしきい値Lthを常に基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)に設定すると、上述した「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、ABS制御が開始されるタイミングが大きく遅れる(或いは、ABS制御が開始されない)という問題が発生し得る。以下、このことを図9(a)を参照しながら説明する。
【0160】
図9(a)は、低μ路面走行中であって、且つ、運転者がブレーキペダルBPを僅かに踏み込んだ場合(マスタシリンダ液圧Pm<微小値Pmrefが成立する場合)において、時刻t1にて全輪(4輪)に同時に減速スリップが発生開始する場合における、真の車体速度Vreal、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdown、最大車輪速度Vwmax、及びABS制御用の推定車体速度Vrefdecの変化の例を示したタイムチャートである。上述したように、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownは、常に、真の車体速度Vreal以下の値に算出されている。
【0161】
この例では、時刻t1以降、全輪の車輪速度Vw**(従って、最大車輪速度Vwmax)が真の車体速度Vrealから徐々に小さい側に乖離していく場合を示している。この結果、時刻t1以前から時刻t2までの間は最大車輪速度Vwmaxがかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownよりも大きくなり、時刻t2以降はかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownが最大車輪速度Vwmaxよりも大きくなっている。
【0162】
従って、太い実線で示したように、ABS制御用の推定車体速度Vrefdecは、時刻t1以前から時刻t2までの間は最大車輪速度Vwmaxと等しい値に設定され、時刻t2以降はかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownと等しい値に設定されている。この結果、上記(3)式に従って算出される全輪の減速スリップ量L**は、時刻t1以前から時刻t2までの間は略「0」に維持され、時刻t2以降、徐々に増大していく。
【0163】
ここで、この例では、真の減速スリップ量(即ち、真の車体速度Vrealから車輪速度Vw**を減じた値)は時刻t3にて減速スリップしきい値Lth(=基本減速スリップしきい値Lthbase)に達している。即ち、本来、ABS制御は時刻t3にて開始されるべきである。
【0164】
これに対し、上記(3)式に従って算出される全輪の減速スリップ量L**は、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownが真の車体速度Vreal以下の値に算出されることに起因して上記真の減速スリップ量よりも小さめに算出されるから、時刻t3よりも後の時刻t4にて減速スリップしきい値Lth(=基本減速スリップしきい値Lthbase)に達する。従って、減速スリップしきい値Lthが常に基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)に設定されるものとすると、実際には、時刻t4にてABS制御が開始される。
【0165】
ここで、この例では、低μ路面走行中であって、且つ、運転者がブレーキペダルBPを僅かに踏み込んだ場合が示されているから、全輪の車輪速度Vw**(従って、最大車輪速度Vwmax)の減少速度(即ち、車輪速度**が真の車体速度Vrealから乖離していく速度)が非常に小さい。従って、時刻t4は時刻t3から大きく遅れた時点となり、この結果、ABS制御が開始されるタイミングが大きく遅れてしまう。
【0166】
このように、減速スリップしきい値Lthを常に基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)に設定すると、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、ABS制御が開始されるタイミングが大きく遅れるという問題が発生する。
【0167】
この問題に対処するための一つの手法としては、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることを判定し、同現象が発生していると判定されている場合(従って、減速スリップが発生していると判定されている場合)、減速スリップしきい値Lthを小さくすることが考えられる。以下、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることの判定方法について説明する。
【0168】
車両が制動状態にある場合において或る車輪の減速スリップ量L**が増大することは、その車輪の車輪速度Vw**(=Vwmax)の増加勾配(即ち、図9(a)におけるVwmaxを示す線の傾き(負の値))が、真の車体速度Vrealの増加勾配(即ち、図9(a)におけるVrealを示す線の傾き(負の値))よりも小さい(絶対値が大きい)ことを意味する。換言すれば、車両が制動状態にある場合において或る車輪の減速スリップ量L**が増大すると、最大車輪速度Vwmaxの時間微分値(以下、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax」と称呼する)が真の車体加速度よりも小さく(絶対値が大きく)なる。
【0169】
他方、上述したように、車体加速度かさ下げ値Gdownは、常に、真の車体加速度以下の値に設定されている。以上のことから、車両が制動状態にある場合において「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax」が車体加速度かさ下げ値Gdown(以下、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown」とも云う。)よりも小さい(絶対値が大きい)という条件が成立することは、減速スリップ量L**が確実に増大していることを意味する。
【0170】
また、運転者がブレーキペダルBPを僅かに踏み込んでいることは「0<マスタシリンダ液圧Pm<上記微小値Pmref」が成立していることで判定され得る。以上より、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していることは、「0<Pm<Pmref」と「DVwmax<Gdown」の2つの条件が成立することで判定され得る。
【0171】
更には、上記現象が発生していることをより確実、且つ精度良く判定するためには、上記2つの条件が或る程度の期間に亘って連続的に成立していることをその判定条件に加えることが好ましいと考えられる。
【0172】
以上のことから、本装置は、上記2つの条件が所定時間T2以上に亘って連続的に成立している場合に「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している(減速スリップが発生している)と判定する。そして、本装置は、上記現象が発生していると判定している間に限って、減速スリップしきい値Lthを、基本減速スリップしきい値Lthbaseから値β2(正の定数)を減じた値(Lthbase−β2)に変更する。以下、このことを図9(b)を参照しながら説明する。
【0173】
図9(b)は、上述した図9(a)と同じ状況(即ち、時刻t1から「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作(0<Pm<Pmref)により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生開始する状況)での、真の車体速度Vreal、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdown、最大車輪速度Vwmax、及びABS制御用の推定車体速度Vrefdecの変化の例を示したタイムチャートである。
【0174】
この例では、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax」(即ち、最大車輪速度Vwmaxを示す線の傾き)は、全輪の減速スリップが開始される時刻t1以前から時刻t5までの間は「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown」(即ち、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdownを示す線の傾き)よりも大きく、時刻t5以降は「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown」よりも小さくなっている。
【0175】
従って、この場合、本装置は、「0<Pm<Pmref」と「DVwmax<Gdown」の2つの条件が上記所定時間T2に亘って連続的に成立する時点である時刻t6にて、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している(減速スリップが発生している)と判定する。
【0176】
そして、本装置は、時刻t6以降、減速スリップしきい値Lthを、基本減速スリップしきい値Lthbaseから値(Lthbase−β2)に変更する。この結果、全輪の減速スリップ量L**は、図9(a)における時刻t3とほぼ同時刻である時刻t7にて減速スリップしきい値(Lthbase−β2)に達し得る。従って、本装置は、上述した「本来ABS制御が開始されるべき時刻」である時刻t3とほぼ同時刻である時刻t7にてABS制御を開始する。
【0177】
以上のようにして、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、減速スリップしきい値Lthが小さくされることで、ABS制御が適切な時期に開始され得る。以上、ABS制御の概要、及び減速スリップしきい値の低減について説明した。
【0178】
(第2実施形態の実際の作動)
以下、第2実施形態に係るABS制御装置の実際の作動について説明する。この装置のCPU51は、第1実施形態のCPU51が実行する図5〜図8に示したルーチンに代えて、図5〜図8にそれぞれ対応する図10〜図13にフローチャートにより示したルーチンを所定時間の経過毎にそれぞれ繰り返し実行する。
【0179】
ここで、図10に示したルーチンのステップ1005〜1040は、図5に示したルーチンのステップ505〜540にそれぞれ対応している。従って、図10のルーチンについての詳細な説明は省略する。図10のルーチンの繰り返し実行により、各種値が逐次更新されていく。
【0180】
また、図11に示したルーチンのステップ1105〜1135は、図6に示したルーチンのステップ605〜635にそれぞれ対応している。従って、図11のルーチンについての詳細な説明も省略する。図11のルーチンの繰り返し実行により、減速スリップしきい値Lthが、基本減速スリップしきい値Lthbaseと、値(Lthbase−β2)のいずれかの値に逐次選択されていく。
【0181】
なお、ステップ1120の値M1は、上記所定時間T2(図9(b)を参照)に相当する判定基準値である。また、カウンタMの値は、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生していると判定される継続時間を表すカウンタである。
【0182】
また、図12に示したルーチンのステップ1205〜1225(ステップ1217を除く。)は、図7に示したルーチンのステップ705〜725にそれぞれ対応している。従って、図12のルーチンについての詳細な説明も省略する。図12のルーチンの繰り返し実行により、フラグABS**の値が、車輪毎に、「0」と「1」の何れかの値に逐次選択されていく。フラグABS**は、その値が「1」のとき車輪**についてABS制御実行中であることを示し、その値が「0」のとき車輪**についてABS制御非実行中であることを示す。
【0183】
ステップ1210に記載の条件はABS制御開始条件である。また、ステップ1220におけるABS制御終了条件は、例えば、マスタシリンダ液圧Pmが「0」になったとき、ABS制御開始後所定時間が経過したとき等に成立する。また、ステップ1217のT**は、車輪**についてのABS制御開始時点からの経過時間であり、車輪**についてABS制御開始条件が成立した時点(ステップ1210にて「Yes」と判定された時点)で「0」にクリアされる。
【0184】
更に、この装置のCPU51は、図13に示したABS制御を実行するためのルーチンを所定時間(例えば、6msec)の経過毎に、車輪毎に、繰り返し実行している。従って、所定のタイミングになると、CPU51はステップ1300から処理を開始し、ステップ1305に進んで、フラグABS**が「1」であるか否か(即ち、車輪**についてABS制御実行中であるか否か)を判定し、「No」と判定する場合、ステップ1395に直ちに進んで本ルーチンを一旦終了する。この場合、車輪**についてABS制御は実行されない。
【0185】
一方、「Yes」と判定する場合、CPU51はステップ1310に進んで、車輪**についてのABS制御開始時点からの経過時間T**に応じて増圧弁PU**、減圧弁PD**を適宜開閉制御して、車輪**についてのホイールシリンダ液圧Pw**に対してステップ1310内に記載のように増圧・保持・減圧制御を行う。これにより、車輪**についてABS制御が達成される。
【0186】
以上、説明したように、本発明の第2実施形態に係るABS制御装置によれば、車輪**の減速スリップ量L**が減速スリップしきい値Lth以上となった場合にABS制御を実行する。ここで、減速スリップしきい値Lthは、原則的に、基本減速スリップしきい値Lthbase(一定値)に設定する。一方、「0<マスタシリンダ液圧Pm<微小値Pmref」と、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax(即ち、図9における最大車輪速度Vwmaxを示す線の傾き(負の値))<前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown(即ち、図9におけるかさ下げ値に基づく車体速度Vgdownを示す線の傾き(負の値))」の2つの条件が所定時間T2に亘って成立し続けたとき、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量L**が緩やかに増大していく現象」が発生している(減速スリップが発生している)と判定して、減速スリップしきい値Lthを、基本減速スリップしきい値Lthbaseから値β2(正の定数)を減じた値(Lthbase−β2)に変更する。
【0187】
これにより、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合、減速スリップしきい値Lthが小さくされることで、ABS制御が適切な時期に開始され得る。
【0188】
本発明は上記第2実施形態に限定されることはなく、本発明の範囲内において種々の変形例を採用することができる。例えば、上記第2実施形態においては、「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度」として、最大車輪速度Vwmaxの時間微分値DVwmaxを採用しているが、車輪速度Vw**のうち2番目に大きい値の時間微分値を採用してもよい。
【0189】
また、上記第2実施形態においては、「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度」として、車体加速度かさ下げ値Gdown(=車体加速度検出値Gx−正の定数α2)を採用しているが(図10のステップ1020を参照)、車体加速度検出値Gxそのものを採用してもよい。
【0190】
また、上記第2実施形態においては、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量L**が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において減速スリップしきい値Lthを小さくする量を値β2(正の定数)で一定としているが、減速スリップの程度に応じて可変としてもよい。例えば、減速スリップの程度として「車輪速度センサ出力に基づく車体加速度DVwmax」から「前後加速度センサ出力に基づく車体加速度Gdown」を減じた値(DVwmax−Gdown)(<0)を採用し、値(DVwmax−Gdown)が小さい(絶対値が大きい)ほど値β2を大きくすることが好適である。
【0191】
また、上記第2実施形態においては、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量L**が緩やかに増大していく現象」が発生している場合においてABS制御が開始され易くするために減速スリップしきい値Lthを小さくしているが、これに代えて、或いは、これに加えて、上記値α2(>0)を小さくしてもよい。上記値α2を小さくすると車体加速度かさ下げ値Gdownが大きくなるから、かさ下げ値に基づく車体速度Vgdown(従って、推定車体速度Vrefdec)が大きくなって減速スリップ量L**(=Vrefdec−Vw**)が大きめに算出される(図9を参照)。この結果、ABS制御開始条件が成立し易くなってABS制御が開始され易くなるからである。
【0192】
更には、上記第1実施形態に係るトラクション制御装置と上記第2実施形態に係るABS制御装置とを共に備えることが好適である。この場合、電気制御装置のCPUは、図5〜図8のルーチンを実行することに加えて、図10〜図13のルーチンをも実行するように構成される。
【図面の簡単な説明】
【0193】
【図1】本発明の第1実施形態に係るトラクション制御装置を搭載した車両の概略構成図である。
【図2】図1に示したブレーキ液圧制御装置の概略構成図である。
【図3】図2に示した常開リニア電磁弁についての指令電流と指令差圧との関係を示したグラフである。
【図4】図4(a)は、「低μ路面走行中における僅かなアクセル操作により全輪の加速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、加速スリップしきい値が低減されないとトラクション制御の開始時期が遅れることを説明するための図である。図4(b)は、図4(a)と同じ状況において、加速スリップしきい値が低減されることによる効果を説明するための図である。
【図5】図1に示したCPUが実行する車輪速度等を算出するためのルーチンを示したフローチャートである。
【図6】図1に示したCPUが実行する低μ路上全輪加速スリップ判定、及び加速スリップしきい値の選択を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図7】図1に示したCPUが実行するトラクション制御の開始・終了判定を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図8】図1に示したCPUが実行するトラクション制御を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図9】図9(a)は、「低μ路面走行中における僅かなブレーキペダル操作により全輪の減速スリップ量が緩やかに増大していく現象」が発生している場合において、減速スリップしきい値が低減されないとABS制御の開始時期が遅れることを説明するための図である。図9(b)は、図9(a)と同じ状況において、減速スリップしきい値が低減されることによる効果を説明するための図である。
【図10】第2実施形態に係るABS制御装置のCPUが実行する車輪速度等を算出するためのルーチンを示したフローチャートである。
【図11】第2実施形態に係るABS制御装置のCPUが実行する低μ路上全輪減速スリップ判定、及び減速スリップしきい値の選択を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図12】第2実施形態に係るABS制御装置のCPUが実行するABS制御の開始・終了判定を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【図13】第2実施形態に係るABS制御装置のCPUが実行するABS制御を行うためのルーチンを示したフローチャートである。
【符号の説明】
【0194】
10…車両のトラクション制御装置、30…ブレーキ液圧制御装置、41**…車輪速度センサ、42…アクセル開度センサ、43…マスタシリンダ液圧センサ、44…前後加速度センサ、50…電気式制御装置、51…CPU
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、
前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサと、
を備えるとともに、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用される車両のスリップ状態取得装置であって、
前記車輪速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第1車体加速度取得手段と、
前記前後加速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第2車体加速度取得手段と、
前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度と前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度との比較結果に基づいて車輪のスリップ状態を取得するスリップ状態取得手段と、
を備えた車両のスリップ状態取得装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記スリップ状態取得手段は、
前記車両が駆動状態にあって前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度よりも大きいことを条件に、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記車両のアクセル操作量に対応する値を取得するアクセル操作量対応値センサを備えた車両に適用され、
前記スリップ状態取得手段は、
前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度よりも大きく、且つ、前記取得されたアクセル操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さいことを条件に、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項4】
請求項2又は請求項3に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記スリップ状態取得手段は、
前記条件が所定時間に亘って成立し続けたとき、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項5】
車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、
前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサと、
を備えるとともに、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用され、
少なくとも前記前後加速度センサの出力に基づいて前記車両の推定車体速度を取得する推定車体速度取得手段と、
前記車輪速度センサの出力に基づく車輪速度から前記取得された推定車体速度を減じた値に基づく値が所定のしきい値以上になったとき、トラクション制御を開始・実行するトラクション制御手段と、
を備えた車両のトラクション制御装置において、
前記トラクション制御手段は、
請求項2乃至請求項4の何れか一項に記載の車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定されているとき、前記しきい値を小さくするように構成された車両のトラクション制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記スリップ状態取得手段は、
前記車両が制動状態にあって前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度よりも小さいことを条件に、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項7】
請求項6に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記車両のブレーキ操作部材の操作量に対応する値を取得するブレーキ操作量対応値センサを備えた車両に適用され、
前記スリップ状態取得手段は、
前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度よりも小さく、且つ、前記取得されたブレーキ操作部材の操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さいことを条件に、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項8】
請求項6又は請求項7に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記スリップ状態取得手段は、
前記条件が所定時間に亘って成立し続けたとき、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項9】
車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、
前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサと、
を備えるとともに、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用され、
少なくとも前記前後加速度センサの出力に基づいて前記車両の推定車体速度を取得する推定車体速度取得手段と、
前記取得された推定車体速度から前記車輪速度センサの出力に基づく車輪速度を減じた値に基づく値が所定のしきい値以上になったとき、アンチスキッド制御を開始・実行するアンチスキッド制御手段と、
を備えた車両のアンチスキッド制御装置において、
前記アンチスキッド制御手段は、
請求項6乃至請求項8の何れか一項に記載の車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定されているとき、前記しきい値を小さくするように構成された車両のアンチスキッド制御装置。
【請求項10】
車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、
前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサと、
を備えるとともに、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用される車両のスリップ状態取得用プログラムであって、
前記車輪速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第1車体加速度取得ステップと、
前記前後加速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第2車体加速度取得ステップと、
前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度と前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度との比較結果に基づいて車輪のスリップ状態を取得するスリップ状態取得ステップと、
を備えた車両のスリップ状態取得用プログラム。
【請求項1】
車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、
前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサと、
を備えるとともに、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用される車両のスリップ状態取得装置であって、
前記車輪速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第1車体加速度取得手段と、
前記前後加速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第2車体加速度取得手段と、
前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度と前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度との比較結果に基づいて車輪のスリップ状態を取得するスリップ状態取得手段と、
を備えた車両のスリップ状態取得装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記スリップ状態取得手段は、
前記車両が駆動状態にあって前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度よりも大きいことを条件に、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項3】
請求項2に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記車両のアクセル操作量に対応する値を取得するアクセル操作量対応値センサを備えた車両に適用され、
前記スリップ状態取得手段は、
前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度よりも大きく、且つ、前記取得されたアクセル操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さいことを条件に、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項4】
請求項2又は請求項3に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記スリップ状態取得手段は、
前記条件が所定時間に亘って成立し続けたとき、前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項5】
車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、
前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサと、
を備えるとともに、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用され、
少なくとも前記前後加速度センサの出力に基づいて前記車両の推定車体速度を取得する推定車体速度取得手段と、
前記車輪速度センサの出力に基づく車輪速度から前記取得された推定車体速度を減じた値に基づく値が所定のしきい値以上になったとき、トラクション制御を開始・実行するトラクション制御手段と、
を備えた車両のトラクション制御装置において、
前記トラクション制御手段は、
請求項2乃至請求項4の何れか一項に記載の車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に加速方向のスリップが発生していると判定されているとき、前記しきい値を小さくするように構成された車両のトラクション制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記スリップ状態取得手段は、
前記車両が制動状態にあって前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度よりも小さいことを条件に、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項7】
請求項6に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記車両のブレーキ操作部材の操作量に対応する値を取得するブレーキ操作量対応値センサを備えた車両に適用され、
前記スリップ状態取得手段は、
前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度が前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度よりも小さく、且つ、前記取得されたブレーキ操作部材の操作量対応値がゼロよりも大きく所定値よりも小さいことを条件に、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項8】
請求項6又は請求項7に記載の車両のスリップ状態取得装置において、
前記スリップ状態取得手段は、
前記条件が所定時間に亘って成立し続けたとき、前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定するように構成された車両のスリップ状態取得装置。
【請求項9】
車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、
前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサと、
を備えるとともに、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用され、
少なくとも前記前後加速度センサの出力に基づいて前記車両の推定車体速度を取得する推定車体速度取得手段と、
前記取得された推定車体速度から前記車輪速度センサの出力に基づく車輪速度を減じた値に基づく値が所定のしきい値以上になったとき、アンチスキッド制御を開始・実行するアンチスキッド制御手段と、
を備えた車両のアンチスキッド制御装置において、
前記アンチスキッド制御手段は、
請求項6乃至請求項8の何れか一項に記載の車両のスリップ状態取得装置により前記車輪に減速方向のスリップが発生していると判定されているとき、前記しきい値を小さくするように構成された車両のアンチスキッド制御装置。
【請求項10】
車両の車輪速度を表す信号を出力する車輪速度センサと、
前記車両の車体前後方向の車体加速度を表す信号を出力する前後加速度センサと、
を備えるとともに、駆動源の駆動力が全ての車輪へ伝達される全輪駆動車両に適用される車両のスリップ状態取得用プログラムであって、
前記車輪速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第1車体加速度取得ステップと、
前記前後加速度センサの出力に基づいて車体前後方向の車体加速度を取得する第2車体加速度取得ステップと、
前記取得された前記車輪速度センサ出力に基づく車体加速度と前記取得された前記前後加速度センサ出力に基づく車体加速度との比較結果に基づいて車輪のスリップ状態を取得するスリップ状態取得ステップと、
を備えた車両のスリップ状態取得用プログラム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2006−231941(P2006−231941A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−45084(P2005−45084)
【出願日】平成17年2月22日(2005.2.22)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年2月22日(2005.2.22)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】
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