説明

車両の制御装置及び制御方法

【課題】エンジンの自動停止、自動再始動を行う車両において、停車維持制御を行うべき時期とエンジンの再始動を行わせるべき時期とが少なくとも一部重なった場合でも、運転者の発進意思を尊重しつつエンジンの再始動と制動力の増加とを有効に両立させることができる車両の制御装置及び制御方法を提供する。
【解決手段】エンジン停止中の車両ずり下がり防止制御において、運転者の発進意思ありと判定された場合(S15で肯定判定)は、エンジンの再始動を開始させた(S16)後、使用できる電力以下で制御目標圧までブレーキ加圧を行う(S18)。一方、運転者の発進意思なしと判定された場合(S15で肯定判定)は、制御目標圧までブレーキ加圧を行った(S22)後、エンジンの再始動を開始させる(S23)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エンジンの自動停止、自動再始動を行う車両の制御装置及び制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
周知のように、信号待ちのような停車中にエンジンを自動停止するとともに、運転者の発進操作に応じてエンジンを自動再始動することで、燃料消費の節約や排気エミッションの向上を図るエンジン自動停止再始動装置が実用されている。そして近年には、停車以前の車両の減速中からエンジンを停止させる装置も提案されている。
【0003】
そして従来、特許文献1に記載のように、ブレーキ踏み量が第1の所定値S1である場合は、運転者が車両を停止させるものと予測して、エンジンの回転の迅速な停止処理を行う。その過程又は回転の停止後にブレーキの踏み量が減少して第2の所定値S2以下になった場合は、運転者が車両を再加速させるものと予測して燃料の供給を再開し、スタータモータを作動させて、エンジンを所定の回転数以上に回転させる車両の制御装置が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−63001号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、トルクコンバータ付き自動変速機を搭載するAT車では、エンジンのアイドル時にも、クリープ現象による車両前方向への推力が発生している。なお、クリープ現象とは、AT車において、シフトレバーが走行位置にあるときにアクセルペダルを踏み込まなくても車両がゆっくりと前進する現象であり、この現象は、エンジンのアイドル時にもトルクコンバータが若干の動力を駆動輪側に伝達するために発生する。
【0006】
登坂路での停車中も、エンジンが運転されていれば、クリープ現象によるトルク(クリープトルク)が作用しているため、比較的小さいブレーキ踏み量で車両のずり下がりを防止することができる。しかしながら、このときのエンジンが自動停止されていれば、クリープトルクが作用しないため、ブレーキ踏み量が小さいと、重力に抗し切れずに車両が坂路をずり下がることがある。
【0007】
特許文献1では、ブレーキの踏み量が第2の所定値S2以下となった場合、エンジンの始動を許可していた。そのため、登坂路でブレーキをゼロ近くまで緩めると、エンジンが始動されることがあった。この場合、車両停止前にエンジンを始動できないと、低下したブレーキ力(制動力)のみでは車両を坂路に停止状態に維持できず、車両がずり下がることがある。
【0008】
この場合、ブレーキを加圧して車両を停車状態に維持する停車維持制御を行うことが有効だが、エンジン再始動とブレーキ加圧が重なると、電力使用量が大きくなるため、エンジン再始動とブレーキ加圧の両方とも十分に機能させることができなくなるという問題がある。
【0009】
本発明は、こうした実情に鑑みてなされたものであり、その目的の一つは、エンジンの自動停止、自動再始動を行う車両において、停車維持制御を行うべき時期とエンジンの再始動を行わせるべき時期とが少なくとも一部重なった場合でも、運転者の発進意思を尊重しつつエンジンの再始動と制動力の増加とを有効に両立させることができる車両の制御装置及び制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、車両のエンジン(12)を自動的に停止させるための停止制御及び前記エンジン(12)を自動的に再始動させるための再始動制御を行う車両の制御装置であって、制動手段(32a〜32d)が車両の車輪(FR,FL,RR,RL)に付与する制動力を、電力により増加させる電動手段(41、35a、35b)と、前記エンジン(12)の停止状態での前記車両の停車に合わせて制動力を増加させる停車維持制御を、前記電動手段(41、35a、35b)を制御して行う制動制御手段(55、S18、S22)と、車両に設けられた運転操作系の検出手段(SW1)の検出結果に基づき運転者に発進の意思があるか否かを判定する判定手段(55、S15)とを有し、前記制動制御手段(55、S18、S22)は、前記判定手段(55、S15)が発進の意思があると判定した場合は、前記エンジン(12)の再始動に支障の無い電力範囲で制動力を増加するように前記電動手段(41、35a、35b)を制御し、一方、前記判定手段(55、S15)が発進の意思がないと判定した場合は、前記エンジン(12)の再始動よりも車両の停止維持を優先した制動力の増加を行うように前記電動手段(41、35a、35b)を制御することを要旨とする。
【0011】
上記構成によれば、判定手段が発進の意思があると判定した場合は、エンジンの再始動に支障の無い電力範囲で制動力を増加するように電動手段が制御される。一方、判定手段が発進の意思がないと判定した場合は、エンジンの再始動よりも車両の停止維持を優先した制動力の増加を行うように電動手段が制御される。よって、停車維持制御を行うべき時期とエンジンの再始動を行わせるべき時期とが少なくとも一部重なった場合でも、運転者の発進意思を尊重しつつエンジンの再始動と制動力の増加とを有効に両立させることができる。
【0012】
本発明に係る車両の制御装置では、増加前の制動力(Apmc)が路面勾配(θ)に応じて車両の前後方向に作用する重力相当分の力(Ag)未満であるか否かを判定する第2の判定手段(55、S12)をさらに有し、前記制動制御手段(55、S18、S22)は、増加前の制動力(Apmc)が前記重力相当分の力(Ag)未満である場合には、前記停車維持制御を実施し、増加前の制動力(Apmc)が前記重力相当分の力(Ag)以上の場合には、前記停車維持制御を実施しないことが好ましい。
【0013】
上記構成によれば、増加前の制動力が路面勾配に応じて車両の前後方向に作用する重力相当分の力未満である場合には、停車維持制御を実施し、増加前の制動力が前記重力相当分の力以上の場合には、前記停車維持制御を実施しない。よって、増加前の制動力と路面勾配とから車両のずり下がりが発生すると予測される場合には、制動力を増加させる停車維持制御を行って、車両のずり下がりを最小限に抑制でき、車両のずり下がりが発生しないと予測される場合には、不要な停車維持制御が行われることはない。よって、停車維持制御を必要なときに好適に行うことができる。
【0014】
本発明に係る車両の制御装置では、前記制動制御手段(55、S18、S22)は、前記判定手段(55、S15)が発進の意思がないと判定した場合には、車両の停止維持を優先した制動力の増加を前記電動手段(41、35a、35b)に指示し、前記電動手段(41、35a、35b)による前記制動力が増加した後、前記エンジン(12)の再始動を許可することが好ましい。
【0015】
上記構成によれば、発進の意思がないと判定された場合は、車両の停止維持を優先した制動力の増加を電動手段に指示し、電動手段による制動力が増加した後、エンジンの再始動が許可される。よって、運転者に発進の意思がない場合は、制動力の増加が優先されるため、車両のずり下がりを効果的に抑制することができる。
【0016】
本発明に係る車両の制御装置では、前記制動制御手段(55、S18、S22)は、前記制動力の増加のために前記電動手段(41、35a、35b)に供給する電力を、前記エンジン(12)を再始動させる際に電動機(72)が電力を消費した残りの電力以下に設定することが好ましい。
【0017】
上記構成によれば、制動力の増加のために電動手段に供給する電力は、エンジンを再始動させる際に電動機が電力を消費した残りの電力以下に設定される。よって、エンジンの再始動を優先しつつ再始動中に制動力の増加も行うことができる。
【0018】
本発明に係る車両の制御装置では、前記制動制御手段(55、S18、S22)は、前記エンジン(12)を再始動させる電動機(72)の駆動初期における電流ピークの発生時期(PT)を少なくとも避けた時期に、前記制動力の増加のための電力を前記電動手段(41、35a、35b)に供給することが好ましい。
【0019】
上記構成によれば、エンジンを再始動させる電動機の駆動初期における電流ピークの発生時期を少なくとも避けた時期に、制動力の増加のための電力を電動手段に供給する。よって、制動力の増加のために相対的に大きな電力を電動手段に供給できる。
【0020】
本発明は、車両のエンジン(12)を自動的に停止させるための停止制御及び前記エンジン(12)を自動的に再始動させるための再始動制御を行う車両の制御方法であって、 制動手段(32a〜32d)により車両の車輪(FR,FL,RR,RL)に付与される制動力を、電力により増加させる電動手段(41、35a、35b)を制御して、前記エンジン(12)の停止状態での前記車両の停車に合わせて前記制動力を増加させる停車維持制御を、行う制動制御ステップ(55、S18、S22)と、前記エンジン(12)の停止中に再始動要求を受け付けると、車両に設けられた運転操作系の検出手段(SW1)の検出結果に基づき運転者に発進の意思があるか否かを判定する判定ステップ(55、S15)とを有し、前記制動制御ステップ(55、S18、S22)は、前記停車維持制御の開始条件成立したときに前記再始動要求を受け付けた場合、前記判定ステップ(55、S15)において発進の意思があると判定された場合は、エンジン(12)の再始動に支障の無い電力範囲で制動力を増加するように前記電動手段(41、35a、35b)を制御し、一方、前記判定ステップ(55、S15)において発進の意思がないと判定された場合は、前記エンジン(12)の再始動よりも車両の停止維持を優先した制動力の増加を行うように前記電動手段(41、35a、35b)を制御することを要旨とする。上記構成によれば、上記車両の制御装置に係る発明と同様の作用効果を得ることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、エンジンの自動停止、自動再始動を行う車両において、停車維持制御を行うべき時期とエンジンの再始動を行わせるべき時期とが少なくとも一部重なった場合でも、運転者の発進意思を尊重しつつエンジンの再始動と制動力の増加とを有効に両立させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】一実施形態の制御装置を搭載する車両の一例を示すブロック図。
【図2】制動装置の一例を示すブロック図。
【図3】登坂路で停車する車両に働く力を示す模式側面図。
【図4】勾配加速度とリニア電磁弁に対する電流値との関係を示すマップ。
【図5】停車維持・再始動制御ルーチンを示すフローチャート(主要部)。
【図6】停車維持・再始動制御ルーチンを示すフローチャート(一部)。
【図7】エンジン停止制御ルーチンを示すフローチャート。
【図8】通常のずり下がり防止制御を説明するタイミングチャート。
【図9】発進意思ありの場合の停車維持・再始動制御を説明するタイミングチャート。
【図10】発進意思なしの場合の停車維持・再始動制御を示すタイミングチャート。
【図11】ポンプモータとスタータモータの各駆動電力を示し、(a)発進意思ありの場合のグラフ、(b)発進意思なしの場合のグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図1〜図11に従って説明する。なお、以下における本明細書中の説明においては、車両の進行方向(前進方向)を前方(車両前方)として説明する。
【0024】
本実施形態の車両は、燃費性能やエミッション性能を向上させるべく、車両走行中に所定の停止条件の成立に応じてエンジンを自動的に停止させ、その後、所定の始動条件の成立に応じてエンジンを自動的に再始動させる、いわゆるアイドルストップ機能を有している。そのため、この車両では、運転手によるブレーキ操作による減速中又は停車中に、エンジンが自動的に停止される。
【0025】
次に、アイドルストップ機能を有する車両の一例について説明する。
図1に示すように、車両は、複数(本実施形態では4つ)ある車輪(右前輪FR、左前輪FL、右後輪RR及び左後輪RL)のうち、前輪FR,FLが駆動輪として機能する、いわゆる前輪駆動車である。こうした車両には、運転手によるアクセルペダル11の操作量に応じた駆動力を発生するエンジン12を有する駆動力発生装置13と、該駆動力発生装置13で発生した駆動力を前輪FR,FLに伝達する駆動力伝達装置14とを備えている。また、車両には、快適設備の一例としてのオーディオ60(ナビゲーション装置も含む。)と、快適設備の一例としての温度調整装置61と、運転手によるブレーキペダル15の操作量に応じた制動力を各車輪FR,FL,RR,RLに付与するための制動装置16とが設けられている。
【0026】
駆動力発生装置13は、エンジン12から外部に向けて延設された吸気管70と、該吸気管70内に配置され、且つその開口断面積を可変させるスロットル弁71とを備えている。このスロットル弁71は、図示しないアクチュエータで発生する駆動力によって作動する。また、エンジン12の吸気ポート(図示略)近傍には、燃料を噴射するインジェクタを有する図示しない燃料噴射装置が設けられている。また、駆動力発生装置13には、エンジン12を始動させる際に作動する電動機の一例としてのスタータモータ72が設けられている。
【0027】
こうした駆動力発生装置13は、図示しないCPU、ROM及びRAMなどを有するエンジン用ECU17(「エンジン用電子制御装置」ともいう。)の制御に基づき駆動する。このエンジン用ECU17には、アクセルペダル11の近傍に配置され、且つ運転手によるアクセルペダル11の操作量、即ちアクセル開度を検出するためのアクセル開度センサSE1が電気的に接続されている。そして、エンジン用ECU17は、アクセル開度センサSE1からの検出信号に基づきアクセル開度を演算し、該演算したアクセル開度などに基づき駆動力発生装置13を制御する。
【0028】
駆動力伝達装置14は、自動変速機18と、該自動変速機18の出力軸から伝達された駆動力を適宜配分して前輪FR,FLに伝達するディファレンシャルギヤ19と、自動変速機18を制御する図示しないAT用ECUとを備えている。自動変速機18は、流体継手の一例としてトルクコンバータ(図示略)を有する流体式駆動力伝達機構20と、変速機構21とを備えている。
【0029】
なお、本実施形態の車両においてエンジン12から駆動輪(前輪FR,FL)へのトルク伝達経路には、トルクコンバータが設けられているため、クリープ現象が発生する。このクリープ現象とは、自動変速機18を有する車両において、シフトレバーが走行位置にあるときにアクセルペダル11を踏み込まなくても車両がゆっくりと前進する現象であり、この現象は、エンジン12のアイドル時にも、トルクコンバータが若干の駆動力を前輪FR,FL側に伝達するために発生する。そして、前輪FR,FL側に伝達される若干の動力のことを、「クリープトルク」という。
【0030】
オーディオ60は、車両の乗員による操作に応じた音楽などの情報を、乗員に提供するための機器である。こうしたオーディオ60は、車両に搭載される図示しないバッテリから供給される電力に基づき作動する。
【0031】
温度調整装置61は、車内の温度を調整するための空調装置である。こうした温度調整装置61は、エンジン12で発生した駆動力に基づき作動するコンプレッサ62と、エンジン12とコンプレッサ62との動力伝達経路上に配置される接・断機構63とを備えている。接・断機構63は、コンプレッサ62への駆動力の伝達を許可したり切断したりすべく作動する機構である。すなわち、コンプレッサ62は、接・断機構63を介してエンジン12で発生した駆動力が伝達される場合に作動する。
【0032】
こうしたオーディオ60及び温度調整装置61は、図示しないCPU、ROM及びRAMなどを有するアイドルストップ用ECU65(「アイドルストップ用電子制御装置」ともいう。)によって制御される。具体的には、アイドルストップ用ECU65は、上記バッテリからオーディオ60に供給する電力量を制御したり、接・断機構63を制御したりする。
【0033】
制動装置16は、図1及び図2に示すように、マスタシリンダ25、ブースタ26及びリザーバ27を有する液圧発生装置28と、2つの液圧回路29,30を有するブレーキアクチュエータ31(図2では二点鎖線で示す。)とを備えている。各液圧回路29,30は、液圧発生装置28のマスタシリンダ25にそれぞれ接続されている。そして、第1液圧回路29には、右前輪FR用のホイールシリンダ32a及び左後輪RL用のホイールシリンダ32dが接続されると共に、第2液圧回路30には、左前輪FL用のホイールシリンダ32b及び右後輪RR用のホイールシリンダ32cが接続されている。
【0034】
液圧発生装置28においてブースタ26は、エンジン12の駆動時に負圧が発生するインテークマニホールド70aに接続されている。そして、ブースタ26は、インテークマニホールド70a内に発生する負圧と大気圧との圧力差を利用し、運転手によるブレーキペダル15の操作力を助勢する。
【0035】
マスタシリンダ25は、運転手によるブレーキペダル15の操作(以下、「ブレーキ操作」ともいう。)に応じたマスタシリンダ圧PMCを発生する。その結果、マスタシリンダ25から液圧回路29,30を介してホイールシリンダ32a〜32d内にブレーキ液が供給される。すると、車輪FR,FL,RR,RLには、ホイールシリンダ32a〜32d内のホイールシリンダ圧PWCに応じた制動力が付与される。
【0036】
ブレーキアクチュエータ31において各液圧回路29,30は、管路33,34を通じてマスタシリンダ25にそれぞれ接続されており、各管路33,34の途中には、常開型のリニア電磁弁(調整弁)35a,35bがそれぞれ設けられている。リニア電磁弁35a,35bは、弁座、弁体、電磁コイル及び弁体を弁座から離間する方向に付勢する付勢部材(例えばコイルスプリング)を備えており、弁体は、後述するブレーキ用ECU55から電磁コイルに供給される電流値に応じて変位する。すなわち、ホイールシリンダ32a〜32d内のホイールシリンダ圧PWCは、リニア電磁弁35a,35bへの供給電流値に応じた液圧に維持される。
【0037】
また、管路33においてリニア電磁弁35aよりもマスタシリンダ25側の位置には、マスタシリンダ圧PMCを検出するためのマスタ圧センサSE8が設けられている。このマスタ圧センサSE8からは、マスタシリンダ圧PMCに応じた値の検出信号がブレーキ用ECU55に出力される。
【0038】
マスタシリンダ25に繋がる管路33,34から分岐して各ホイールシリンダ32a〜32dに接続された管路36a〜36dの途中には、常開型電磁弁よりなる増圧弁37a,37b,37c,37dと、常閉型電磁弁よりなる減圧弁38a,38b,38c,38dとが設けられている。増圧弁37a,37b,37c,37dは各ホイールシリンダ圧PWCの増圧を規制するときに作動され、減圧弁38a,38b,38c,38dは各ホイールシリンダ圧PWCを減圧させるときに作動される。
【0039】
また、液圧回路29,30には、ホイールシリンダ32a〜32dから減圧弁38a〜38dを介して流出したブレーキ液を一時貯留するリザーバ39,40と、ポンプモータ41の回転に基づき作動するポンプ42,43とが接続されている。各リザーバ39,40は、管路44,45を通じてポンプ42,43に接続されると共に、リニア電磁弁35a,35bよりもマスタシリンダ25側の位置で管路33,34に接続された管路46,47等を通じてマスタシリンダ25にそれぞれ接続されている。また、ポンプ42,43の吐出口から延びる管路48,49は、増圧弁37a〜37dとリニア電磁弁35a,35bとの間を繋ぐ連通路上の接続部50,51に接続されている。そして、ポンプ42,43は、ポンプモータ41が回転した場合に、リザーバ39,40及びマスタシリンダ25側から管路44,45,46,47を通じてブレーキ液を吸入し、吸入したブレーキ液を管路48,49へ吐出する。
【0040】
さて、こうした車両では、登坂路において停車する際に、エンジン12が運転されていれば、クリープ現象によるトルク、すなわちクリープトルクが作用するため、そのクリープトルクを利用して車両のずり下りに抗することができる。一方、登坂路での停車時にエンジン12が停止されていれば、クリープトルクは作用しないため、ブレーキペダル15を強く踏み込まなければ、車両が坂路をずり下ってしまうようになる。
【0041】
そこで本実施形態では、エンジン12の停止中の登坂走行時に、停車後の車両のずり下がりが発生するか否かを判定(予測)する「ずり下がり予測判定」を行うようにしている。そして、ずり下がりが発生すると判定されたときには、車両のずり下がり距離が「0」又は「許容距離Lp」のうちにずり下がりに抗しうる制御目標圧のブレーキ加圧が施されるように、ブレーキ加圧制御を開始する。例えばブレーキペダル15の踏み量が小さく、そのままでは停車後に路面勾配による車両のずり下がりが発生すると予測されたときには、車両のずり下がりが発生しないうちにブレーキ加圧が行われる。
【0042】
もちろん、エンジン12が再始動されれば、クリープトルクが作用するため、比較的小さいブレーキ踏み量でも、路面勾配に抗して車両を停止させることはできる。しかし、エンジン再始動回数が増え、エンジン12のアイドルストップによる燃費向上効果が低下する。そこで、本実施形態では、このようなエンジン再始動を行わなくても、ブレーキ加圧により「ずり下がり」を防止することにより、比較的高い燃費向上効果が期待される。そのため、本実施形態の車両の制御装置では、登坂路での停車時における車両のずり下がりが好適に防止される。
【0043】
ところで、停車時にずれ下がり防止のために行われるブレーキ加圧と、運転手がブレーキペダル15の踏み量を所定値未満としたことにより開始されるエンジン再始動とが、タイミング的に重なる場合がある。エンジン再始動は、車両に搭載されたスタータモータ72を駆動させることにより行われる。また、ブレーキ加圧は、ポンプモータ41及びリニア電磁弁35a,35bを駆動させることにより行われる。
【0044】
ブレーキ加圧とエンジン再始動の各タイミングが重なった場合、スタータモータ72とポンプモータ41とが共に供給電力不足になってエンジン再始動もブレーキ加圧も好適に行われなくなる事態が危惧される。そこで、本実施形態では、エンジン停止中において、ずり下がり防止のブレーキ加圧とエンジン再始動との実施タイミングを好適に調整する。
【0045】
次に、ブレーキアクチュエータ31の駆動を制御するブレーキ用ECU55(「ブレーキ用電子制御装置」ともいう。)について説明する。
図2に示すように、制動制御手段としてのブレーキ用ECU55の入力側インターフェースには、各車輪FR,FL,RR,RLの車輪速度を検出するための車輪速度センサSE3,SE4,SE5,SE6、及び車両の前後方向における加速度を検出するための加速度センサ(「Gセンサ」ともいう。)SE7が電気的に接続されている。また、ブレーキ用ECU55の入力側インターフェースには、ブレーキペダル15の近傍に配置され、且つブレーキペダル15が操作されているか否かを検出するためのブレーキスイッチSW1及びマスタ圧センサSE8が電気的に接続されている。ブレーキ用ECU55の出力側インターフェースには、各弁35a,35b,37a〜37d,38a〜38d及びポンプモータ41などが電気的に接続されている。なお、加速度センサSE7からは、車両の重心が後方に移動する際に正の値となるような信号が出力される一方、車両の重心が前方に移動する際に負の値となるような信号が出力される。
【0046】
また、ブレーキ用ECU55は、図示しないCPU、ROM及びRAMなどから構成されるデジタルコンピュータ、各弁35a,35b,37a〜37d,38a〜38dを作動させるための図示しない弁用ドライバ回路、及びポンプモータ41を作動させるための図示しないモータ用ドライバ回路を有している。デジタルコンピュータのROMには、各種制御処理(後述するアイドルストップ処理等)のプログラム、各種マップ(図4に示すマップ等)及び各種閾値などが予め記憶されている。また、RAMには、車両の図示しないイグニッションスイッチがオンである間、適宜書き換えられる各種の情報などがそれぞれ記憶される。
【0047】
図3は、登坂路で停車中の車両に作用する力の関係を示している。ここで登坂路の勾配(傾斜角)を「θ」とし、車両に作用する重力を「g」とすると、車両は重力gの作用により、「g・sinθ」の力Fgで後方に引かれることになる。この力Fgは、車両に作用する重力gの車両後方向の成分であり、路面勾配θに応じて変化する。
【0048】
また、図3に示すように、車両には、力Fgに抗する力としてマスタシリンダ圧PMCに応じた制動力Fpmcが働く。車両停止状態において、力Fgと制動力Fpmcとを比較し、Fg>Fpmcであると、ずり下がりが発生する可能性がある。
【0049】
本例では、力Fgを車体重量Mで除算して得られる車両後方への加速度を勾配加速度Agと定義し、制動力Fpmcを車体重量Mで除算して得られる加速度を制動加速度Apmcと定義する。加速度センサSE7からの検出信号に基づき勾配加速度Agは算出される。
【0050】
なお、車両ずり下がり防止制御を行う場合、ずり下がりの有無の判定に用いる勾配加速度Agを、停車する前(走行中)に取得しておく必要がある。本実施形態では、加速度センサSE7の検出信号に基づき算出した車体加速度Gから、車輪速度センサSE3〜SE6の検出信号に基づき算出される車体速度VSを時間微分して得られる車体速度微分値DVS(走行加速度に相当)を差し引くことにより、勾配加速度Agを演算するようにしている。
【0051】
また、ずり下がり防止制御では、車両停止前までに車両の制動力を取得する必要がある。加速度センサSE7からの検出信号に基づき演算される車体加速度Gは、マスタシリンダ圧PMCの変動、すなわち車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力の変動に伴い変動する。そこで、本実施形態では、マスタシリンダ圧(即ち、制動力)と車体加速度Gとに対応関係があることに着目し、車体加速度Gに基づきマスタシリンダ圧PMCに対応する値として制動加速度Apmcが取得される。この制動加速度Apmcは、マスタシリンダ圧PMCに応じた制動力Fpmcが車輪に付与されるとき、その制動力Fpmcを車体重量Mで除算して得られる加速度に相当する。詳しくは、車体加速度Gから、クリープトルクに相当する加速度成分であるクリープ加速度Acと、走行抵抗に相当する加速度成分である走行抵抗加速度Arと、勾配加速度Agとを除くことにより、制動加速度Apmcが算出される(Apmc=G―Ac+Ar+Ag)。そして、勾配加速度Agと制動加速度Apmcとを比較し、Apmc<Agである場合、ずり下がりが発生する可能性があると判定される。
【0052】
本実施形態では、車両のずり下がりを防止するためにブレーキ加圧を行う。ブレーキ加圧は、リニア電磁弁35a,35bに供給する電流値を制御して、ホイールシリンダ圧PWCを、ずり下がりを防止しうる制御目標圧P1(図8〜図10参照)に調整することにより行う。このため、ホイールシリンダ圧PWCを制御目標圧P1に調整するためにリニア電磁弁35a,35bに供給すべき電流値は、路面勾配θ、すなわち車両後方へ働く力Fgに応じた値に変化させる必要がある。本例では、力Fgを車体重量Mで除算して得られる車両後方への加速度を勾配加速度Agと定義する。加速度センサSE7からの検出信号に基づき勾配加速度Agを算出し、この勾配加速度Agに応じた電流値をリニア電磁弁35a,35bに与えるようにしている。
【0053】
次に、ブレーキ用ECU55のROMに記憶される各種マップについて図4に基づき説明する。
図4に示すマップは、勾配加速度Agの絶対値と、リニア電磁弁35a,35bに対する電流値Iとの関係を示している。「勾配加速度Ag」とは、路面勾配θの坂路で停車中(つまり走行加速度がゼロ)のときに、加速度センサSE7の検出信号に基づき算出される車体加速度G又は該車体加速度Gに相当する値である。また、「リニア電磁弁35a,35bに対する電流値I」とは、エンジン12からの駆動力が前輪FR,FLに伝達されない場合に、車両の停車を維持するために必要な最低限度の制動力を各車輪FR,FL,RR,RLに付与するために必要な電流値Ixに対してオフセット値αを加算した値である。そのため、図3に示すように、リニア電磁弁35a,35bに対する電流値Iは、勾配加速度Agの絶対値が大きいほど、大きな値に設定される。
【0054】
本実施形態の車両において、エンジン用ECU17、ブレーキ用ECU55及びアイドルストップ用ECU65を含むECU同士は、図1に示すように、各種情報及び各種制御指令を送受信できるようにバス56を介してそれぞれ接続されている。例えば、エンジン用ECU17からは、アクセルペダル11のアクセル開度に関する情報などや、各種の要求が、ブレーキ用ECU55に適宜送信される。一方、ブレーキ用ECU55からは、エンジン12の自動的な停止を許可する旨の停止指令、エンジン12の自動的な再始動を許可する旨の再始動指令などがエンジン用ECU17に送信される。また、アイドルストップ用ECU65は、オーディオ60及び温度調整装置61に関する情報をエンジン用ECU17及びブレーキ用ECU55に送信する。この情報には、オーディオ60及び温度調整装置61へ供給中の電力の情報(供給電力情報)が含まれる。
【0055】
さて、ブレーキ用ECU55は、予め設定された所定周期(例えば0.01秒周期)毎にアイドルストップ制御ルーチンを実行する。このアイドルストップ制御ルーチンは、燃費向上および環境上の効果などを期待し、エンジン12を自動的に停止させるエンジン停止制御ルーチン(図7)と、エンジン12を自動的に再始動させるエンジン再始動制御及びずり下がり防止制御を含む停車維持・再始動制御ルーチン(図5及び図6の一部)とを含む。ずり下がり防止制御とは、エンジン自動停止後、エンジン停止状態で車両が停車するまでにブレーキ加圧を行って制動力を増加させることにより、車両ずり下がりを防止する制御である。ずり下がり防止は、ホイールシリンダ圧PWCを制御目標圧P1に増圧するブレーキ加圧と、エンジン再始動までその制御目標圧P1にホイールシリンダ圧PWCを保持するブレーキ保持との各制御を含む。
【0056】
まず、図7を用いてエンジン停止制御ルーチンについて説明する。
ステップS101では、車両の走行中にアイドルストップ条件が成立するか否かを判定する。本実施形態では、アイドルストップ条件とは、車体速度VSが車速閾値V1(例えば20km/h)以下の低速域にあること(VS≦V1)、ブレーキペダル15が操作されてブレーキスイッチSW1がオン状態にあること(ブレーキスイッチオン)、マスタシリンダ圧PMCが規定圧Ps以上であること(PMC≧Ps)の各条件がアンド条件で成立することを指す。
【0057】
これら各条件がアンド条件で成立したことによりアイドルストップ条件が成立すると、ステップS102において、ブレーキ用ECU55はエンジン12の停止を許可する。すなわち、ブレーキ用ECU55は、停止指令をエンジン用ECU17に送る。そして、エンジン用ECU17は、停止指令を受け付けると、エンジン12を停止させる。一方、ステップS101でアイドルストップ条件が不成立の場合は、当該ルーチンを終了する。
【0058】
図8〜図10は、アイドルストップ制御が行われるときのタイミングチャートを示す。各図は、登坂路での車両が走行しているときに行われるアイドルストップ制御を示し、車体速度VS、エンジン回転速度、ブレーキ系の油圧、ずり下がり予測判定、ポンプモータ41の電流、リニア電磁弁35(35a,35b)の電流の推移を示している。なお、本実施形態では、車体速度VSには車輪速度を用いる。そして、車体速度VSは、車輪速度の時間微分値である車輪加速度を単位時間毎に積算した積算値を、前回の車輪速度に加算することにより求められる。
【0059】
図8〜図10は共通のエンジン停止制御を行い、エンジン停止後に行われる処理が図8〜図10で異なる。本実施形態では、エンジン停止後の車両の減速中に、停車後の車両のずり下がりが発生するか否かを判定し、ずり下がりが発生すると判定されたときには、ブレーキ用ECU55がブレーキ加圧(増圧)を行って、車輪FR,FL,RR,RLに与えられる制動力を増加させる。これにより、停車後の車両のずり下がりを防止するずり下がり防止制御が行われる。
【0060】
図8は、通常の車両ずり下がり制御を行うときのタイミングチャートである。まず、図8を用いて、通常のずり下がり防止制御を説明する。通常のずり下がり防止制御とは、ずり下がり制御の開始から終了までの制御期間中に、エンジン用ECU17からエンジン再始動要求を受け付けず、上記制御期間以外の期間でエンジン再始動要求を受け付ける場合におけるエンジン再始動制御である。
【0061】
これに対して、図9及び図10は、ずり下がり防止制御におけるブレーキ加圧と、エンジン再始動要求を受け付けたときに行うエンジン再始動の許可との実行タイミングが重なった場合の例である。特に図9は、そのエンジン再始動要求が運転者の発進の意思によるものであると判定された場合の例、図10はそのエンジン再始動要求が運転者の発進の意思以外によるものであると判定された場合の例である。運転者の発進意思以外の要求には、温度調整装置61などの快適設備に供給すべき電力の確保を目的とするものがある。
【0062】
まず、図8を参照して、通常のずり下がり防止制御について説明する。図8において、登坂路を走行中の時刻t1で、運転者がブレーキペダル15を踏み込んでマスタシリンダ圧PMCが上昇し、アイドルストップ条件(ブレーキスイッチオン、PMC≦Ps、VS≦V1)が成立すると、ブレーキ用ECU55はエンジン12の停止を許可し、エンジン用ECU17がエンジン12を停止することにより、エンジン回転速度は時刻t1から減少し、やがてゼロになる。
【0063】
ブレーキ操作によるマスタシリンダ圧PMCの増加により車輪FR,FL,RR,RLに与えられた制動力により、車両はエンジン停止状態で減速する。この車両のエンジン停止中において、ブレーキ用ECU55は、停車後の車両のずり下がりを防止するずり下がり防止制御と、エンジン再始動要求を受け付けたときにエンジン12の再始動を許可する再始動制御とを行う。但し、図8に示す通常のずり下がり防止制御の例では、ブレーキ加圧の実行期間内(後述する「ずり下がり予測あり」の場合)に、エンジン再始動要求を受け付けることはない。
【0064】
ブレーキ用ECU55は、停止指令の送信後、エンジン12を停止したエンジン用ECU17から停止通知信号を受信してエンジン12の停止を把握すると、このエンジン停止後、ずり下がり予測判定を行う。ずり下がり予測判定とは、停車後に車両のずり下がりが発生するか否かを予測するずり下がり予測と、ずり下がりを防止するためのブレーキ加圧を開始するブレーキ加圧開始条件が成立したか否かを判定するブレーキ加圧開始条件判定(以下単に「開始条件判定」ともいう。)とを含む判定処理である。
【0065】
ずり下がり予測では、ずり下がり発生条件である、勾配加速度Ag>制動加速度Apmcが成立するか否かが判定される。Ag>Apmcが成立すればずり下がりが発生すると予測され、Ag>Apmcが不成立であればずり下がりが発生しないと予測される。
【0066】
ブレーキ加圧開始条件判定では、エンジン停止後、停車までに要する予測時間Tを演算する。予測時間Tは、現時点から停車までに要する時間として求められる。予測時間Tは、車体速度VSを車体速度微分値DVSで除算して求められる(T=VS/DVS)。車体速度微分値DVSとは、車体速度VSを時間で微分した値である。
【0067】
ブレーキ加圧は、停車時点よりもブレーキ加圧に必要な加圧必要時間T1だけ早い時期に開始される。これは、停車までにずり下がりの抑制に必要な制動力を確保するためである。そのため、予測時間Tが加圧必要時間T1に達すると、ブレーキ加圧開始条件(T≦T1)が成立する。但し、本実施形態では、車両のずり下がり距離Lが許容距離La以下に抑えるようにずり下がり防止制御が行われる。この場合、停車時点からずり下がり距離Lが許容距離Laに至るまでに要する遅延許容時間Taの分だけ、ブレーキ加圧開始タイミングを遅くしてもよい。この遅延許容時間Taは、路面勾配θと遅延許容時間Taとの対応関係を示した図示しないマップを用いて求められる。そして、停車時点より早くブレーキ加圧を開始するために設定されるブレーキ開始時点から停車時点までの設定時間T2を、加圧必要時間T1から遅延許容時間Taを減算した値に設定する(T2=T1−Ta)。
【0068】
そして、予測時間T(=VS/DVS)が設定時間T2以下になると、ブレーキ加圧開始条件が成立したと判定するようにしている。もちろん、許容距離Laをゼロ(つまり遅延許容時間Ta=0)とし、予測時間Tが加圧必要時間T1以下(T≦T1)になると、ブレーキ加圧開始条件が成立したと判定する構成を採用してもよい。
【0069】
そして、ずり下がり発生条件Ag>Apmcが成立し、かつブレーキ加圧開始条件T≦T2が成立すると、ずり下がり予測条件が成立したことになる。ずり下がり予測判定フラグは、ずり下がり予測条件が不成立のうちはオフとされ、ずり下がり予測条件が成立するとオンされる。図8に示す例では、車両停止の時刻t3よりも設定時間T2(=T1−Ta)だけ早い時刻t2のタイミングでずり下がり予測判定フラグはオンする。
【0070】
ずり下がり予測判定フラグがオンすると、ブレーキ用ECU55は、ブレーキ加圧のためにポンプモータ41とリニア電磁弁35(35a,35b)へ電流を供給して、ポンプモータ41を駆動させるとともに、リニア電磁弁35を閉弁方向へ作動させて開度を小さくすることによりホイールシリンダ圧PWCを増圧させる。
【0071】
ここで、ブレーキ加圧のためにリニア電磁弁35に供給すべき電流値I1は、路面勾配θから決まる勾配加速度Agの絶対値に基づき、図4に示すマップを参照して、ブレーキ加圧開始前に事前に求められる。この電流値I1は、ポンプ42,43の駆動状態下で、リニア電磁弁35a,35bに供給すればホイールシリンダ圧PWCが制御目標圧P1まで加圧(増圧)可能な値である。
【0072】
また、ポンプモータ41の駆動時に供給される電流は、図8に示すように、駆動開始時に一旦大きく立ち上がってから下降して安定した電流値に収束するように変化する。このポンプモータ41の電流特性は、モータ一般の電流特性であり、スタータモータ72についても同様の電流特性を有している。
【0073】
例えばホイールシリンダ圧PWCが制御目標圧P1に達するのに十分な駆動時間だけポンプモータ41が駆動されると、ポンプモータ41への電流の供給が停止される。このポンプモータ41の駆動停止時にはブレーキ加圧は完了しているので、ずり下がり予測判定フラグがオンからオフへ切り換わる。そして、ずり下がり予測判定フラグがオフへ切り換わるタイミング(つまりブレーキ加圧終了のタイミング)で、リニア電磁弁35a,35bへ供給される電流が、電流値I1から電流値I2(>I1)へ変更される。この電流値I2は、本例では、勾配加速度Agの絶対値に応じて、図4に示すマップと同様な考え方で作成されたマップを参照して求められる。
【0074】
ブレーキ加圧によって、ホイールシリンダ圧PWCは、電流値Iに応じた圧力へ増加する。このため、車輪FR,FL,RR,RLに与えられる制動力が増加する。例えば、車両が停止する前の時刻t2近くから、運転者がブレーキペダル15の操作量(踏み量)を小さくし、マスタシリンダ圧PMCが低下しても、ホイールシリンダ圧PWCは加圧されている。このため、停車したときに、ホイールシリンダ圧PWCが制御目標圧P1に達していなくても、停車後の車両は、ずり下がり距離Lが許容距離La以下に収まるように停止する。
【0075】
そして、ホイールシリンダ圧PWCが制御目標圧P1に達すると、ポンプモータ41への電流供給が停止されるとともに、リニア電磁弁35a,35bへの供給電流がホイールシリンダ圧PWCを制御目標圧P1へ加圧(増加)させるときの電流値I1よりも高い、ブレーキ保圧用の電流値I2に切り換えられる。この結果、ポンプモータ41の駆動終了後も、ホイールシリンダ圧PWCは制御目標圧P1に保持される。
【0076】
なお、図8の例では、停車前後で運転者が一旦操作量を小さくしたブレーキペダル15を、停車後しばらくして再び踏み込んで、このとき制御目標圧P1よりも高いマスタシリンダ圧PMCまで上昇したため、このマスタシリンダ圧PMCに追従してホイールシリンダ圧PWCも増加している。そして、運転者がブレーキペダル15の踏込みを緩めてマスタシリンダ圧PMCが減少しても、リニア電磁弁35a,35bに電流値I2の電流が供給されているため、ホイールシリンダ圧PWCは制御目標圧P1に保持される。すなわち、ブレーキ保持され、車両はずり下がることなく坂路に停止維持される。
【0077】
その後、運転者が車両を発進させるために、ブレーキペダル15の踏込みを止めて、アクセルペダル11を操作し始めると(時刻t4)、その発進の意思のある操作を検知したエンジン用ECU17からブレーキ用ECU55へエンジン再始動要求が送られる。ブレーキ用ECU55は、エンジン再始動要求を受け付けると、エンジン12の再始動を許可する。こうしてエンジン用ECU17によりエンジン12が再始動され、時刻t4からエンジン回転速度がゼロから上昇し始める。エンジン回転速度が所定値に達するまで上昇すると、ブレーキ用ECU55は、リニア電磁弁35への電流の供給を停止する。この結果、ブレーキ保圧が解除される。ブレーキ保圧解除後、エンジン12の再始動が完了し、その後、ブレーキペダル15の踏込みを止めているので、クリープトルクにより車両は発進する。
【0078】
次に、ブレーキ用ECU55が実行する図5及び図6に示す停車維持・再始動制御ルーチンについて、図8〜10に示すタイミングチャートを参照しつつ説明する。
まずステップS11では、エンジン停止中であるか否かを判断する。エンジン停止中でなければ当該ルーチンを終了する。一方、エンジン停止中であれば、ステップS12に進む。
【0079】
ステップS12では、ずり下がり予測判定を行う。このずり下がり予測判定では、停車後に車両のずり下がりが発生するか否かを判定(予測)する。具体的には、ブレーキ用ECU55は、勾配加速度Agと制動加速度Apmcとを演算し、Ag>Apmcが成立するか否かを判定する。Ag>Apmcが成立した場合は、ずり下がりが発生すると予測し、Ag>Apmcが不成立の場合は、ずり下がりが発生しないと予測する。さらに、このずり下がり予測判定において、ブレーキ用ECU55は、車体速度VSを取得し、車体速度VSの時間微分を計算して車体速度微分値DVSを取得する。そして、車体速度VSを車体速度微分値DVSで除算し、停車までに要する予測時間T(=VS/DVS)を求める。そして、予測時間Tが設定時間T2以下であるか否かを判定し、T≦T2が成立すれば、ブレーキ加圧開始条件が成立したと判定し、T≦T2が不成立であれば、ブレーキ加圧開始条件が成立しないと判定する。そして、ずり下がり発生条件Ag<Apmcと、ブレーキ加圧開始条件T≦T2との両方が成立すると、ずり下がり予測条件が成立したと判定する。このずり下がり予測条件が不成立のうちは予測判定フラグはオフのままとされ、ずり下がり予測条件が成立すると、予測判定フラグはオフからオンに切り換えられる。なお、本実施形態では、Ag>Apmcが成立するか否かを判定するブレーキ用ECU55が、第2の判定手段としても機能する。また、ステップS12が、第2の判定ステップに相当する。
【0080】
次のステップS13では、ブレーキの制御目標圧P1を演算する。具体的には、ブレーキ用ECU55は、勾配加速度Agの絶対値を基に図4に示すマップを参照して、勾配加速度Agに応じた電流値I1を求める。この電流値I1は、ポンプ42,43が駆動された加圧状態下で、リニア電磁弁35a,35bに供給すれば、ホイールシリンダ圧PWCを制御目標圧P1としうる値である。もちろん、勾配加速度Agと制御目標圧との対応関係を示すマップをブレーキ用ECU55のROMに記憶しておき、勾配加速度Agを基にマップを参照して取得したに応じた制御目標圧P1から一義的に決まる電流値Iを取得してもよい。
【0081】
ステップS14では、エンジン再始動要求があったか否かを判断する。すなわち、ブレーキ用ECU55は、エンジン用ECU17からエンジン再始動要求を受け付けたか否かを判断する。ここで、エンジン再始動要求には、運転者に発進意思があるときの要求(以下「第1要求」ともいう。)と、オーディオ60及び温度調整装置61などの快適設備への供給電力を確保するための要求(以下「第2要求」ともいう。)とが含まれる。
【0082】
ここで、エンジン用ECU17はエンジン12を再始動するための再始動条件が成立するか否かを逐次判断しており、再始動条件が成立すると、ブレーキ用ECU55に対してエンジン再始動要求を送信する。再始動条件には、アクセルペダル11やブレーキペダル15などの運転操作系のセンサ類SE1,SW1、SE3〜SE8等の検出信号が所定の始動条件を満たした場合、オーディオ60及び温度調整装置61などの快適設備の駆動状態が所定の再始動条件を満たした場合などがある。エンジン用ECU17は、第1要求と第2要求とを区別することなく、エンジン再始動要求としてブレーキ用ECU55に送信する。
【0083】
ブレーキ用ECU55は、エンジン再始動要求があればステップS15に進み、エンジン再始動要求がなければステップS26(図6)に進む。
ここで、図6に示すステップS26以降の処理は、通常の車両ずり下がり防止制御であり、この通常の車両ずり下がり防止制御では、図8のタイミングチャートで示される処理が行われる。
【0084】
また、図5に示すステップS15〜S20の処理と、ステップS15,S21〜S25の処理は、エンジン再始動要求に応じて行うべきエンジン再始動と、ずり下がり防止制御におけるブレーキ加圧とが、実行タイミング上、重なった場合の処理を示す。詳しくは、ステップS15〜S20の処理は、エンジン再始動要求が運転者の発進意思に基づく第1要求であるときに行われる第1処理である。この第1処理の制御内容は、図9のタイミングチャートで示され、エンジン再始動をブレーキ加圧に優先して行う。また、ステップS15,S21〜S25の処理は、エンジン再始動要求が運転者の発進意思のない第2要求であるときに行われる第2処理である。この第2処理の制御内容は、図9のタイミングチャートで示され、エンジン再始動に優先してブレーキ加圧を先に行う。
【0085】
まず、エンジン再始動要求が運転者の発進意思に基づくものであるときに行われる第1処理について、図9のタイミングチャートを参照しつつ説明する。
ステップS15では、運転者の発進意思があるか否かを判定する。ここで、運転者の発進意思は、一例として、運転者がブレーキペダル15の踏込みを止めてブレーキスイッチSW1がオフであること(ブレーキスイッチオフ)、運転者がアクセルペダル11を操作し始めてアクセル開度が正の値をとることの各条件がアンド条件(以下「発進意思条件」ともいう。)で成立したことをもって判定する。もちろん、マスタシリンダ圧PMCの値やその値の変化速度をみたり、アクセル開度の値が規定値以上になったか否かをみたりするなどの条件のうち少なくとも一つを、上記発進意思判定条件の少なくとも一の条件と入れ替えたり、上記発進意思判定条件に追加したりしてもよい。つまり、発進意思の判定ができる限りにおいて条件を適宜組合せてもよい。ステップS15の判定で、発進意思があると判定された場合はステップS16に進み、発進意思がないと判定された場合はステップS21に進む。なお、本実施形態では、運転者の発進意思があるか否かを判定するブレーキ用ECU55が、判定手段としても機能する。また、ステップS15が、判定ステップに相当する。
【0086】
運転者の発進意思があると判定された場合は、ステップS16において、まずエンジン12の再始動を開始する。すなわち、ブレーキ用ECU55は、エンジン用ECU17に再始動指令を送ることにより、エンジン12の再始動を許可する。
【0087】
次のステップS17では、ずり下がり予測ありであるか否かを判定する。つまり、ブレーキ用ECU55は、ずり下がり予測判定フラグがオンであるか否かを判定する。ずり下がり予測あり(フラグオン)であればステップS18に進み、ずり下がり予測なし(フラグオフ)であればステップS19に進む。
【0088】
ステップS18において、使用できる電力以下で制御目標圧P1までブレーキ加圧する。詳しくは、ブレーキ加圧を行う場合、ブレーキ用ECU55は、ポンプモータ41に電流を供給してポンプモータ41を駆動させるとともに、リニア電磁弁35a,35bに制御目標圧P1に対応する電流値I1の電流を供給する(図9を参照)。この結果、図9に示すように、ホイールシリンダ圧PWCは制御目標圧P1に加圧される。このブレーキ加圧により、車両は停車後のずり下がり距離Lが許容距離La以下で停止する。制御目標圧P1までのブレーキ加圧が達成されると、ブレーキ用ECU55は、ポンプモータ41への供給電流を停止し、その駆動を停止させる。そして、ブレーキ加圧を終えると、ブレーキ用ECU55は、ずり下がり予測判定フラグをオンからオフへ切り換える。なお、本実施形態では、ブレーキ加圧を行うブレーキ用ECU55が、制動制御手段としても機能する。また、ステップS18が、制動制御ステップに相当する。
【0089】
そして、次のステップS19では、使用できる電力以下で制御目標圧P1にブレーキ保持する。すなわち、ブレーキ用ECU55は、リニア電磁弁35a,35bへの供給電流を電流値I1から電流値I2(>I1)へ変更する。この結果、ポンプ42,43の駆動が停止された後においても、ホイールシリンダ圧PWCが制御目標圧P1に保圧されることにより、車両は坂路に停止状態に保持される。また、ずり下がり予測なしの場合は、ブレーキ加圧は行われないものの、ホイールシリンダ圧PWCの保圧によりブレーキ保持される。
【0090】
次のステップS20では、エンジン再始動が完了したか否かを判定する。エンジン再始動が完了していなければ、エンジン再始動が完了するまでステップS19において使用できる電力以下でブレーキ保持を継続しつつ待機し、エンジン再始動が完了したら(S20で肯定判定)、ステップS32に進む。
【0091】
ステップS32では、ブレーキ減圧を行う。つまり、ブレーキ用ECU55は、リニア電磁弁35a,35bへの電流の供給を停止する。この結果、それまで保持されていたホイールシリンダ圧PWCの制御目標圧P1が解消され、停車維持のために車輪FR,FL,RR,RLに与えられていた制動力が解除される。このため、運転者がアクセルペダル11を踏み込めば、車両は発進する。また、運転者がアクセルペダル11をさほど踏み込んでいなくても、エンジン12のクリープトルクにより車両のずり下がりは抑制される。仮にずり下がったとしてもそのずり下がり速度は非常にゆっくりなので、運転者は余裕をもってブレーキペダル15を踏み込んで、そのずり下がりを止めることができる。
【0092】
ここで、図8に示すようにブレーキ加圧過程でポンプモータ41に供給される電流と、リニア電磁弁35a,35bに供給される電流値I1は、共に使用できる電力以下に抑えられる。使用できる電力とは、エンジン再始動のときに駆動されるスタータモータ72で消必要な電力を消費した残りの電力をいう。
【0093】
図11は、ポンプモータとスタータモータの駆動電力を示すグラフである。図11(a)は発進の意思なしの場合(つまりブレーキ加圧を優先する場合)であり、図11(b)は発進の意思ありの場合(つまりエンジン再始動を優先する場合)である。各図において、横軸は時間t、縦軸はモータ駆動電力を示す。各グラフにおいて、電力値Wbは、車両に搭載された図示しないバッテリーが供給可能な電力(バッテリー電力W)のうち、ブレーキ加圧とエンジン再始動に使用可能な電力である。この電力Wbには、オーディオ60や温度調整装置61等の快適設備、ランプなどで消費される電力など他の用途に使用される電力分は除かれている。
【0094】
快適設備及びランプの消費電力や各種モータ等の電動系の消費電力は、アイドルストップ用ECU65が管理している。アイドルストップ用ECU65は、バッテリー電力Wのうちエンジン再始動とブレーキ加圧とに使用可能な電力Wbを把握し、その電力Wbの情報を、定期的にあるいはブレーキ用ECU55からの要求がある度に、ブレーキ用ECU55へ送信する。
【0095】
また、ブレーキ用ECU55は、エンジン再始動時に駆動されるスタータモータ72のエンジン再始動時の電力特性(電力の経時変化特性)は、その時々のバッテリー電圧に依存するものの、車種によっておおよそ決まっている。図11のグラフ中に一点鎖線で示す電力の経時変化特性がバッテリー電圧から決まるスタータモータ72の電力特性を示す。
【0096】
図11(a)に示すグラフにおいて、電力Wbから、スタータモータ72の使用電力を除いた、同図にハッチングで示した範囲で示される残りの電力が、ブレーキ加圧のために使用できる電力(以下「ブレーキ加圧使用可能電力W1」という。)となる。
【0097】
ここで、スタータモータ72の駆動開始初期にはその消費電力は大きく上昇してピークを形成し、ピーク終了後に安定域の電力値に収まる。このスタータモータ駆動電力のピークが発生する期間は、結果として、ブレーキ加圧使用可能電力W1が小さくなる。また、ポンプモータ駆動電力もポンプモータ41の駆動開始初期にピークを形成するため、スタータモータ駆動電力のピーク発生期間と、ポンプモータ駆動電力のピーク発生期間は互いに回避させることが望ましい。そこで、本実施形態では、スタータモータ駆動電力のピーク発生期間を含むピーク回避期間PT(本例ではピーク発生期間に同じ)を設定し、ピーク回避期間PTを経過した後に、ポンプモータ41の駆動期間を設定している。
【0098】
このため、発進意思ありの場合はエンジン再始動が優先され、スタータモータ駆動電力には、エンジン12の再始動に必要な通常の電力が使用される。そして、エンジン再始動要求を受け付けたブレーキ用ECU55は、エンジン再始動を許可する旨の再始動指令をエンジン用ECU17へ送ってから、ピーク回避期間PTに相当する時間の経過後に、モータ用ドライバ回路を介してポンプモータ41へ電力(電流)を供給してその駆動を開始させる。この場合、エンジン再始動で使用される電力の残りのブレーキ加圧使用可能電力W1の範囲内でポンプモータ41及びリニア電磁弁35a,35bを駆動するものの、ピーク回避期間PTを避けた期間でポンプモータ41を駆動させるので、ピーク回避期間PTを駆動期間とする場合に比べ、相対的に大きな電流をポンプモータ41及びリニア電磁弁35a,35bに供給することができる。この結果、エンジン再始動が優先される場合でも、比較的速やかにホイールシリンダ圧PWCを制御目標圧P1に加圧することができる。なお、図11のグラフにおいて二点鎖線で示すラインは、ポンプモータ駆動電力とリニア電磁弁35a,35bの駆動電力との和を示す。
【0099】
次に発進意思なしの場合に行われる図5のステップS21〜25で示される第2処理について、図10に示すタイミングチャートを参照しつつ説明する。
図5におけるステップS15において、運転者の発進意思がないと判定された場合は、ステップS21において、ずり下がり予測ありであるか否かを判定する。つまり、ブレーキ用ECU55は、ずり下がり予測判定フラグがオンであるか否かを判定する。ずり下がり予測あり(フラグオン)であればステップS22に進み、ずり下がり予測なし(フラグオフ)であればステップS23に進む。
【0100】
ステップS22では、制御目標圧P1までブレーキ加圧する。詳しくは、このブレーキ加圧をする場合、ブレーキ用ECU55は、ポンプモータ41に電流を供給してポンプモータ41を駆動させるとともに、リニア電磁弁35a,35bに制御目標圧P1に応じた電流値I1の電流を供給する(図10を参照)。この結果、図10に示すように、ホイールシリンダ圧PWCは制御目標圧P1に加圧される。このため、車両は停車後のずり下がり距離Lが許容距離La以下で停止する。制御目標圧P1までのブレーキ加圧が達成されると、ブレーキ用ECU55は、ポンプモータ41への供給電流を停止し、その駆動を停止させる。そして、ブレーキ加圧を終えると、ブレーキ用ECU55は、ずり下がり予測判定フラグをオンからオフへ切り換える。
【0101】
次のステップS23では、エンジン12の再始動を開始する。すなわち、ブレーキ用ECU55は、エンジン用ECU17に再始動指令を送ることにより、エンジン12の再始動を許可する。この結果、この再始動指令を受け取ったエンジン用ECU17によって、エンジン12は再始動される。
【0102】
次のステップS24では、制御目標圧P1にブレーキ保持する。すなわち、ブレーキ用ECU55は、リニア電磁弁35a,35bへの供給電流を電流値I1から電流値I2(>I1)へ変更する。この結果、ポンプ42,43の駆動が停止された後においても、ホイールシリンダ圧PWCが制御目標圧P1に保圧されることにより、車両は坂路に停止状態に保持される。
【0103】
次のステップS25では、エンジン再始動が完了したか否かを判定する。エンジン再始動が完了していなければ、エンジン再始動が完了するまでステップS24においてブレーキ保持を継続しつつ待機し、エンジン再始動が完了したら(S25で肯定判定)、ステップS32に進む。
【0104】
ステップS32では、ブレーキ減圧を行う。つまり、ブレーキ用ECU55は、リニア電磁弁35a,35bへの電流の供給を停止する。この結果、それまで保持されていたホイールシリンダ圧PWCの制御目標圧P1が解消され、停車維持のために車輪FR,FL,RR,RLに与えられていた制動力が解除される。このため、運転者がアクセルペダル11を踏み込めば、車両は発進する。また、運転者がアクセルペダル11をさほど踏み込んでいなくても、エンジン12のクリープトルクにより車両のずり下がりは抑制される。
【0105】
運転者の発進意思なしの場合は、図10に示すように、ずり下がり予測判定フラグがオンしたほぼ同じタイミング(時刻t12)で、エンジン再始動要求があると、ポンプモータ41に通常の電流が供給されるとともに、リニア電磁弁35a,35bに必要な電流値I1が供給される。この結果、ホイールシリンダ圧PWCが制御目標圧P1に増加し、車両停止(時刻t13)後の車両のずり下がりが例えば許容距離La以下に抑えられる。このブレーキ加圧終了後、リニア電磁弁35a,35bへの供給電流が加圧時の電流値I1から保圧時の電流値I2へ少し増やされる。この結果、坂路上の車両は停止状態に維持される。
【0106】
これに前後してブレーキ加圧が終了すると、エンジン再始動が開始される。エンジン再始動が完了するまでの間、ホイールシリンダ圧PWCは制御目標圧P1に保圧されるので、坂路上の車両は停止状態に維持され、ずり下がることがない。そして、エンジン再始動完了後に、リニア電磁弁35a,35bへの通電が停止される。このとき、クリープトルクが発生しているので、仮に運転者がブレーキペダル15の踏込みを緩めても、車両はずり下がりにくい。
【0107】
次に図6のステップS26〜S32で示される通常のずり下がり制御を、図8のタイミングチャートを参照しつつ説明する。
エンジン再始動要求がない場合(S14で否定判定の場合)、ステップS26において、ずり下がり予測あり(ずり下がり予測フラグがオンである)か否かを判定する。ずり下がり予測ありの場合は、ステップS27において、制御目標圧P1までブレーキ加圧を行う。詳しくは、ブレーキ用ECU55は、ポンプモータ41に電流を供給してポンプ42,43を駆動するとともに、路面勾配θに応じた電流値I1をリニア電磁弁35a,35bに供給することにより、ホイールシリンダ圧PWCを制御目標圧P1とする。
【0108】
また、ブレーキ加圧を終えた後、ステップS28において、ホイールシリンダ圧PWCは制御目標圧P1に保圧される。そして、ステップS29において、エンジン再始動要求があるか否かを判定し、再始動要求が無ければエンジン再始動要求があるまでステップS28においてブレーキ保持を継続しつつ待機し、エンジン再始動要求があれば(S29で肯定判定)、ステップS30に進む。
【0109】
ステップS30では、エンジン12の再始動を開始する。すなわち、ブレーキ用ECU55は、エンジン用ECU17に再始動指令を送ることにより、エンジン12の再始動を許可する。この結果、この再始動指令を受け取ったエンジン用ECU17によって、エンジン12は再始動される。
【0110】
次のステップS31では、エンジン再始動が完了したか否かを判定する。エンジン再始動が完了していなければ、ブレーキ保持したまま待機し、エンジン再始動が完了したら(S31で肯定判定)、ステップS32に進む。
【0111】
ステップS32では、ブレーキ減圧を行う。つまり、ブレーキ用ECU55は、リニア電磁弁35a,35bへの電流の供給を停止する。この結果、ブレーキ保持が解除され、停車維持のために車輪FR,FL,RR,RLに与えられていた制動力が解除される。このため、運転者がアクセルペダル11を踏み込めば、車両は発進する。
【0112】
以上説明した本実施形態の車両の制御装置によれば、以下の効果が得られる。
(1)車両のずり下がり防止制御(停車維持制御)におけるブレーキ加圧を実行すべき期間(ずり下がり予測ありの期間)と、エンジン再始動要求によりエンジン再始動を行うべき期間とが少なくとも一部重なった場合でも、運転者の発進意思の有無を判定し、その判定結果に応じてエンジン12の再始動とブレーキ加圧のうち一方を他方に優先して実行させる。よって、運転者の発進意思を尊重しつつ、エンジン12の再始動とブレーキ加圧とを有効に両立させることができる。
【0113】
(2)運転者の発進意思ありの場合は、エンジン12の再始動を優先し、エンジン12の再始動に支障の無い電力範囲でブレーキ加圧を行うようにポンプモータ41及びリニア電磁弁35a,35b(電動手段)が制御される。よって、発進意思ありの場合は、エンジン再始動を優先しつつも、ブレーキ加圧を可能な範囲で再始動と並行して進めるので、エンジン再始動の完了により発生するクリープトルクの発生前におけるずり下がりを効果的に抑制できる。
【0114】
(3)運転者の発進意思なしの場合は、エンジン再始動よりもブレーキ加圧を優先し、ブレーキ加圧の後にエンジン12の再始動を行う。よって、停車後の車両のずり下がりを効果的に抑制できるうえ、エンジン12の再始動をより確実に行うことができる。
【0115】
(4)ブレーキ加圧前の制動加速度Apmcが、路面勾配θに応じて車両の前後方向に作用する重力相当分の力による加速度である勾配加速度Ag未満である場合には、ずり下がり制御を実施し、勾配加速度Ag以上の場合には、ずり下がり防止制御を実施しない。よって、ブレーキペダル15の踏み量による制動力と路面勾配とからずり下がりが発生すると予測される場合には、ブレーキ加圧を伴うずり下がり防止制御を行って、車両のずり下がりを最小限に抑制でき、ずり下がりが発生しないと予測される場合には、不要な停車維持制御が行われることはない。よって、停車維持制御を必要なときに好適に行い、無駄な電力消費を低減できる。
【0116】
(5)ブレーキ加圧のためにポンプモータ41及びリニア電磁弁35,35bに供給する電力は、エンジン12を再始動させる際にスタータモータ72が電力を消費した残りの電力以下に設定される。よって、エンジン12の再始動を優先しつつその再始動中にブレーキ加圧も、その時々のバッテリー電力の許容範囲内で行うことができる。
【0117】
(6)スタータモータ72の駆動初期における電流ピークの発生時期を含むように設定したピーク回避期間PTを避けた時期に、ポンプモータ41及びリニア電磁弁35,35bにブレーキ加圧のための電力を供給する。よって、ブレーキ加圧の際にポンプモータ41に相対的に大きな電力を供給できる。このため、ホイールシリンダ圧PWCを制御目標圧P1に比較的速やかに加圧でき、エンジン始動を優先する割に、ずり下がり防止の制動力を相対的に早めに発生させることができる。
【0118】
なお、上記各実施の形態は、以下のように変更して実施することもできる。
・前記実施形態では、発進意思ありの場合に、ポンプモータ41にピーク回避期間PTを避けて電流を供給したが、ピーク発生期間を含む期間に電流を供給してもよい。この場合、スタータモータ72の電流ピークとポンプモータ41の電流ピークの各発生時期をずらすのが好ましい。例えばポンプモータ41への電流供給がスタータモータ72への電力供給より先に開始され、ポンプモータ41の電流ピークの出現後にスタータモータ72の電流ピークが出現するタイミングになるように、ブレーキ用ECU55がポンプモータ41の駆動指令と再始動指令とを行うようにする。
【0119】
・前記実施形態では、発進意思ありの場合に、ポンプモータ41及びリニア電磁弁35a,35b共にピーク回避期間PTを避けて電流を供給したが、例えばポンプモータ41だけピーク回避期間PTを避け、リニア電磁弁35a,35bへの電流はピーク回避期間PTにも供給する構成としてもよい。
【0120】
・前記実施形態では、ずり下がり判定の際に制動加速度Apmcと勾配加速度Ag(閾値)とを比較したが、制動力と車両に作用する重力の車両前後方向成分(路面方向成分)の力Fg(閾値)とを比較したり、マスタシリンダ圧PMCと力Fgのマスタシリンダ圧換算値(閾値)とを比較したりしてもよい。
【0121】
・マスタシリンダ圧PMCを検出するマスタ圧センサSE8を備える車両においては、マスタ圧センサSE8により検出されるマスタシリンダ圧PMCを基に制動加速度Apmcを取得してもよい。ブレーキ用ECU55のメモリには、例えばマスタシリンダ圧PMCと制動加速度Apmc(又は制動力Fpmc)との対応関係を示す図示しないマップが記憶される。ブレーキ用ECU55は、マスタシリンダ圧PMCを基にマップを参照して制動加速度Apmc(又は制動力Fpmc)を取得し、制動加速度Apmcと勾配加速度Agとの比較(又は制動力Fpmcと力Fgとの比較)により、ずり下がりの有無を判定する構成としてもよい。
【0122】
・路面勾配θが大きいほど、上記許容距離Laに大きい値を設定してもよい。例えば路面勾配θが一定値に達するまでは、許容距離Laを「0」に設定するとともに、路面勾配θがその一定値を超えた後は、路面勾配θの増加に応じて許容距離Laを増大させる。
【0123】
・前記実施形態では、車体速度VS及び車体速度微分値DVSを用いたが、車輪速度及び車輪加速度を用いてもよい。車体速度は、車輪速度センサSE3〜SE6のうち少なくとも1つの値を用いて算出したものや、カーナビゲーションシステムで取得された値などを用いることが可能である。
【0124】
・車両が電動パーキングブレーキ装置を備えている場合、ブレーキ加圧時に、ブレーキアクチュエータ31の代わりに、電動パーキングブレーキ装置を用いて車輪FR,FL,RR,RLに対する制動力を増加させてもよい。この場合、電動パーキングブレーキ装置の駆動源が、電動手段に相当する。
【0125】
・車両は、2輪駆動車に限定されず、4輪駆動車などの他の駆動方式の車両にも同様に本発明の制御装置を適用することができる。
【符号の説明】
【0126】
12…エンジン、15…ブレーキペダル、17エンジン用ECU、18…自動変速機、20a…トルクコンバーター、25…マスタシリンダ、26…ブースタ、31…ブレーキアクチュエータ、32a〜32d…制動手段の一例であるホイールシリンダ、35a,35b…電動手段の一例であるリニア電磁弁、41…電動手段の一例であるポンプモータ、55…判定手段、第2の判定手段及び制動制御手段の一例としてのブレーキ用ECU、60…オーディオ、61…温度調整装置、72…電動機の一例であるスタータモータ、FR,FL,RR,RL…車輪、SE1…アクセル開度センサ、SW1…運転操作系の検出手段の一例であるブレーキスイッチ、SE3〜SE6…車速検出手段の一例である車輪速度センサ、SE7…加速度センサ、SE8…マスタ圧センサ、Tes…エンジン停止可能予想時間、T1…設定時間、θ…路面勾配、L…ずり下がり距離、La…許容距離、VS…車体速度、DVS…車体速度微分値、Fg…力、Ag…勾配加速度、Fpmc…制動力、Apmc…制動加速度、T…予測時間、PT…電流ピークの発生時期の一例であるピーク回避期間。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両のエンジン(12)を自動的に停止させるための停止制御及び前記エンジン(12)を自動的に再始動させるための再始動制御を行う車両の制御装置であって、
制動手段(32a〜32d)が車両の車輪(FR,FL,RR,RL)に付与する制動力を、電力により増加させる電動手段(41、35a、35b)と、
前記エンジン(12)の停止状態での前記車両の停車に合わせて制動力を増加させる停車維持制御を、前記電動手段(41、35a、35b)を制御して行う制動制御手段(55、S18、S22)と、
車両に設けられた運転操作系の検出手段(SW1)の検出結果に基づき運転者に発進の意思があるか否かを判定する判定手段(55、S15)とを有し、
前記制動制御手段(55、S18、S22)は、前記判定手段(55、S15)が発進の意思があると判定した場合は、前記エンジン(12)の再始動に支障の無い電力範囲で制動力を増加するように前記電動手段(41、35a、35b)を制御し、一方、前記判定手段(55、S15)が発進の意思がないと判定した場合は、前記エンジン(12)の再始動よりも車両の停止維持を優先した制動力の増加を行うように前記電動手段(41、35a、35b)を制御することを特徴とする車両の制御装置。
【請求項2】
増加前の制動力(Apmc)が路面勾配(θ)に応じて車両の前後方向に作用する重力相当分の力(Ag)未満であるか否かを判定する第2の判定手段(55、S12)をさらに有し、
前記制動制御手段(55、S18、S22)は、増加前の制動力(Apmc)が前記重力相当分の力(Ag)未満である場合には、前記停車維持制御を実施し、増加前の制動力(Apmc)が前記重力相当分の力(Ag)以上の場合には、前記停車維持制御を実施しないことを特徴とする請求項1に記載の車両の制御装置。
【請求項3】
前記制動制御手段(55、S18、S22)は、前記判定手段(55、S15)が発進の意思がないと判定した場合には、車両の停止維持を優先した制動力の増加を前記電動手段(41、35a、35b)に指示し、前記電動手段(41、35a、35b)による前記制動力が増加した後、前記エンジン(12)の再始動を許可することを特徴とする請求項1又は2に記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記制動制御手段(55、S18、S22)は、前記制動力の増加のために前記電動手段(41、35a、35b)に供給する電力を、前記エンジン(12)を再始動させる際に電動機(72)が電力を消費した残りの電力以下に設定することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の車両の制御装置。
【請求項5】
前記制動制御手段(55、S18、S22)は、前記エンジン(12)を再始動させる電動機(72)の駆動初期における電流ピークの発生時期(PT)を少なくとも避けた時期に、前記制動力の増加のための電力を前記電動手段(41、35a、35b)に供給することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の車両の制御装置。
【請求項6】
車両のエンジン(12)を自動的に停止させるための停止制御及び前記エンジン(12)を自動的に再始動させるための再始動制御を行う車両の制御方法であって、
制動手段(32a〜32d)により車両の車輪(FR,FL,RR,RL)に付与される制動力を、電力により増加させる電動手段(41、35a、35b)を制御して、前記エンジン(12)の停止状態での前記車両の停車に合わせて前記制動力を増加させる停車維持制御を、行う制動制御ステップ(55、S18、S22)と、
前記エンジン(12)の停止中に再始動要求を受け付けると、車両に設けられた運転操作系の検出手段(SW1)の検出結果に基づき運転者に発進の意思があるか否かを判定する判定ステップ(55、S15)とを有し、
前記制動制御ステップ(55、S18、S22)は、前記停車維持制御の開始条件成立したときに前記再始動要求を受け付けた場合、前記判定ステップ(55、S15)において発進の意思があると判定された場合は、エンジン(12)の再始動に支障の無い電力範囲で制動力を増加するように前記電動手段(41、35a、35b)を制御し、一方、前記判定ステップ(55、S15)において発進の意思がないと判定された場合は、前記エンジン(12)の再始動よりも車両の停止維持を優先した制動力の増加を行うように前記電動手段(41、35a、35b)を制御することを特徴とする車両の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−71790(P2012−71790A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−219786(P2010−219786)
【出願日】平成22年9月29日(2010.9.29)
【出願人】(301065892)株式会社アドヴィックス (1,291)
【Fターム(参考)】