説明

車両の制御装置

【課題】エンジンE等の動力源から駆動輪3への動力伝達経路において少なくとも一対の動力伝達部材が互いに遊びをもって係合している場合に、その係合部分の遊びに起因してショックが発生することを、大幅なコストアップを招くことなく判定できるようにする。そのショックを抑えるように車両を制御して、乗り心地を向上させる。
【解決手段】遊びのある係合部分よりも動力伝達上流側にある入力軸24の回転速度Viの変化率から、その係合部分における動力伝達部材同士の非接触状態を判定する第1判定部61と、入力軸回転速度Vi及び後輪回転速度Vrの回転速度差Vから非接触状態を判定する第2判定部62と、非接触状態が判定されたときに前記係合部分の下流側及び下流側の回転速度差Vが小さくなるように、車両を制御する制御手段63と、を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両の制御装置に関し、動力源から駆動輪への動力伝達経路において少なくとも一対の動力伝達部材が互いに遊びをもって係合されている場合の車両制御に関する。
【背景技術】
【0002】
自動二輪車等の車両では、エンジン(動力源)から駆動輪までの動力伝達経路にギヤ、ドッグクラッチ、チェーン、スプロケット、スプライン等、種々の動力伝達部材が存在し、これらは動力伝達経路において隣接するもの同士が遊びをもって係合している。そのため、例えばエンジン回転速度の増減やエンジンブレーキ等によって前記遊びのある係合部分よりも動力伝達上流側の伝達部材と下流側の伝達部材との間に回転速度差が生じると、それらの伝達部材同士が遊びの範囲内で一瞬、非接触となりその後に再接触することがある。
【0003】
一例として車両の加速運転中にはエンジンからの増大する駆動力が伝達されるため、前記動力伝達上流側の伝達部材における回転方向一方の面が、下流側の伝達部材における回転方向他方の面に接触して押圧する状態になっている。この状態から車両が減速状態に移行すると上流側伝達部材が下流側伝達部材に対して回転方向他方に相対変位し、両伝達部材が一時的に非接触になった後に、当該上流側伝達部材の回転方向他方の面が下流側伝達部材の回転方向一方の面に接触(再接触)する。この際、両伝達部材同士の相対的な速度が大きければ、両者は衝突してそのショックが運転者に伝わり、不快感を与えるおそれがあった。
【0004】
この点について、動力伝達経路の上流側にある入力軸と下流側にある出力軸との相対回転位置及び/又は相対回転速度(回転速度差)に基づいて、それら入力軸及び/又は出力軸を加速或いは減速させるという技術が既に提案されている(例えば特許文献1を参照)。この技術によれば、前記のように遊びのある係合部分において動力伝達部材同士が非接触状態になれば、その後に再接触するまでの間に両部材同士の相対的な速度が小さくなるようにして、再接触の際のショックを和らげることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−321088号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで 前記従来例の技術では、遊びのある係合部分を境界として動力伝達上流側及び下流側の両方の回転速度を検出しなくてはならない。一例として前記特許文献1の段落0034等には、変速装置203の入力軸であるメインシャフト204に入力軸センサ401を設けるとともに、その出力軸であるドライブシャフト211に出力軸センサ402を設けることが記載されている。
【0007】
しかしながら、例えば自動二輪車において変速装置の出力軸にセンサを設ける場合は、その近傍にスプロケットが位置することからドライブチェーンのバタつきに対する対策が必要になる。すなわち、チェーンの振動に起因する誤検出を防ぐために、ダンパによってセンサをフローティング支持したり、バタつくチェーンとの接触を防ぐために、センサを剛性の高い金属製のカバーで覆ったりしなくてはならず、相応のコストアップが避けられない。
【0008】
そこで本発明の目的は、そのようなコストアップを招くことなく、前記の如く動力伝達経路における遊びに起因してショックが発生することを判定できるようにし、このショックを抑えるように車両を制御して、乗り心地を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成すべく、本発明に係る車両制御装置は、動力源から駆動輪への動力伝達経路において少なくとも一対の動力伝達部材が互いに遊びをもって係合している場合に、この遊びのある係合部分よりも動力伝達上流側にある入力軸の回転速度を検出する入力軸回転速度検出手段と、これにより検出された入力軸回転速度の変化率に基づいて、前記遊びのある係合部分において動力伝達部材同士が一時的に非接触になったこと(非接触状態)を判定する判定手段と、その非接触状態の判定に応じて前記入力軸及び、前記係合部分よりも動力伝達下流側にある出力軸の回転速度差が小さくなるように、車両を制御する制御手段と、を備えている。
【0010】
前記構成の制御装置を備えた車両では、その加速、減速等に伴い動力伝達経路において遊びのある係合部分の上流側及び下流側に回転速度差が生じ、その係合部分において伝達部材同士が遊びの範囲内で一時的に非接触になると、負荷及び慣性の減少によって上流側伝達部材の回転速度が急変し、例えば加速時であれば回転速度が急上昇する一方、減速時であれば急低下することになる。よって、入力軸回転速度の変化率が所定の閾値を超えたときに、前記伝達部材同士の非接触状態を判定することができる。
【0011】
こうして係合部分における非接触状態が判定されると、これに応じて制御手段は、当該係合部分の上流側の入力軸と下流側の出力軸との少なくとも一方を加速、若しくは減速させることによって、それら両軸間の回転速度差が小さくなるようにする。このことで、その後に係合部分において伝達部材同士が再接触するときの相対速度が小さくなり、ショックが和らげられる。
【0012】
つまり、車両の動力伝達経路における遊びのある係合部分よりも上流側の入力軸回転速度の変化率から、その係合部分における非接触状態ひいてはショックの発生を予測することができるので、従来までのように係合部分の動力伝達下流側でも回転速度を検出する必要がなくなり、そのためのセンサを省略すればコストアップを防止できる。特に、従来例(特許文献1)のように変速装置の出力軸にセンサを設けるものと比較すると、コストのかかるチェーンのバタ付き対策が不要であり、コストメリットが大きい。
【0013】
前記構成の車両制御装置において前記判定手段による判定の閾値は、所定の車両状態量に依存して変更するようにしてもよい。前記のように入力軸回転速度の変化率に基づく非接触状態の判定は、例えば車速、スロットル開度、駆動輪のスリップ状態、変速段、クラッチやブレーキの操作状態等々の車両状態の影響を受ける可能性があるので、これらに基づいて判定の閾値を変更することで、判定の精度を高めることができる。
【0014】
また、前記車両の動力源が多気筒エンジンである場合、前記加減速制御手段は、前記非接触状態が判定されたときには少なくとも1つの気筒で燃焼を休止させるものとしてもよい。この場合、前記判定の閾値は、エンジンの回転速度が相対的に低い場合にそれの高い場合に比べて、絶対値を大きくすることが好ましい。
【0015】
すなわち、多気筒エンジンにおいては少なくとも1つの気筒で燃焼を休止させることによって、効果的にエンジントルクを低下させることができ、これにより応答性よく入力軸回転を減速させることができる。但しエンジン回転速度の低いときには、そうして気筒休止によりエンジントルクを低下させると、車両の走行状態がギクシャクするような感じを受けることがあるから、判定閾値の絶対値を大きくして、気筒休止の頻度を低下させるのである。
【0016】
ここで前記判定手段としては、上述したように入力軸回転速度の変化率に基づいて非接触状態の判定を行う第1判定部と、従来までのように入力軸回転速度と出力軸回転速度との回転速度差に基づいて非接触状態を判定する第2判定部と、の2つの判定部を有していてもよい。これら2つの判定部により異なる指標で判定することで、非接触状態をより適切に判定可能になる。
【0017】
すなわち、第1判定部によれば入力軸回転速度の変化率に基づいて非接触状態を判定するので、駆動輪速度、即ち車両の走行速度や路面状況の影響を受け難い。また、例えば運転者がスロットルグリップを全開にしたときには、入力軸回転速度の急上昇によって可及的に早く非接触状態を判定できる可能性がある。一方で、運転者によるスロットルグリップの操作が控えめであると、非接触状態になっても入力軸回転速度の変化率があまり大きくはならないこともあり、これらも考慮すれば、第2判定部による判定も組み合わせる方が好ましいといえる。
【0018】
但し、上述したように自動二輪車において変速装置の出力軸にセンサを設けると、チェーンのバタつき対策にかなりのコストがかかるので、この場合には出力軸よりも動力伝達下流側にある回転軸(下流側軸)にセンサを設けて、回転速度を検出する下流側軸回転速度検出手段とするのが好ましい。例えば下流側軸を駆動輪の車軸として、ここに回転速度センサを設ければ、これをアンチロックブレーキシステムと共用することも可能になる。
【0019】
しかしながら自動二輪車の場合は、駆動輪である後輪の上流側にドライブチェーンやベルトが介在していることが多く、このチェーン等の弛みの影響も考慮しなくてはならない。すなわち、チェーン等の下流側にある駆動輪の回転速度と、その上流側にある変速装置の出力軸の回転速度との間には、チェーン等の弛みによって速度差が生じやすいので、入力軸回転速度と駆動輪回転速度との回転速度差に基づいて非接触状態を判定すると、誤判定が生じるおそれがある。
【0020】
この点を考慮して、第2判定部による判定時には第1判定部による判定時に比べて、前記入力軸ないし出力軸の加減速の度合いを弱めに制御してもよい。こうすれば、第2判定部によって非接触状態を誤判定した場合でも、これに応じた加減速の度合いが弱いことから、車両の走行状態がギクシャクする感じは受け難い。
【0021】
言い換えると、第1判定部による判定時には第2判定部による判定時に比べて、前記入力軸と出力軸との回転速度差がより小さくなるように、該入力軸ないし出力軸の加減速の度合いを強めにするのであり、こうすれば、第1判定部による判定時に効果的にショックを抑制することができる。
【0022】
一例として車両の動力源が複数の気筒を有する多気筒エンジンである場合、前記第1判定部による判定時には少なくとも1つの気筒で燃焼を休止させる一方、前記第2判定部による判定時には少なくとも1つの気筒で点火時期を遅角させるようにしてもよい。こうすれば、気筒休止や点火制御によって応答性よくエンジントルクを制御し、その回転、即ち、前記動力伝達経路における入力軸回転を減速させることができる。
【発明の効果】
【0023】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば、車両の動力伝達経路における遊びのある係合部分よりも上流側の入力軸回転速度の変化率から、その係合部分において非接触状態が発生したことを判定するようにしたから、当該係合部分の動力伝達下流側では回転速度を検出する必要がなくなり、センサを省略すればコストアップを防止することができる。そして、非接触状態の判定に応じて従来同様に車両を制御することでショックを抑制でき、乗り心地が向上する。
【0024】
また、従来までのように前記係合部分の上流側及び下流側の回転速度差に基づく判定も行うようにすれば、非接触状態の判定精度が向上する可能性がある。その場合に自動二輪車であれば下流側の回転速度は後輪において検出することで、センサに対するチェーンのバタつき対策が不要になり、コストアップは抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の第1実施形態に係る自動二輪車の左側面図である。
【図2】図1に示す自動二輪車の主に駆動系を説明する模式図である。
【図3】(a)は図2に示す駆動系のドッグクラッチの断面図、(b)はそのIIIb−IIIb断面図である。
【図4】図1に示す自動二輪車に搭載された車両制御装置の全体を示すブロック図である。
【図5】図4に示す車両制御装置の要部を説明するブロック図である。
【図6】図4に示す車両制御装置の減速走行から加速走行への移行時における制御を説明するフローチャートである。
【図7】図6に示す制御を説明するタイミングチャートであり、(a)は回転速度差に基づいて非接触状態を判定した場合を、(b)は入力軸回転速度の差分に基づいて判定した場合を、それぞれ示す。
【図8】差分閾値の補正について説明するイメージ図であり、(a)はスリップ率に応じた補正を、(b)はエンジン回転速度に応じた補正を、それぞれ示す。
【図9】図4に示す車両制御装置の加速走行から減速走行への移行時における制御を説明するフローチャートである。
【図10】入力軸回転速度の差分に基づく判定のみを行うようにした変形例に係る図6相当図である。
【図11】本発明の第2実施形態に係る車両制御装置の要部を説明する図4相当図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る実施形態を図面を参照して説明する。なお、以下の説明で用いる方向の概念は、自動二輪車に騎乗した運転者から見た方向を基準とする。
【0027】
(第1実施形態)
図1は本発明の第1実施形態に係る自動二輪車1(車両)の左側面図である。図1に示すように、この自動二輪車1は、従動輪である前輪2と、駆動輪である後輪3とを備えている。前輪2は略上下方向に延びるフロントフォーク4の下端部にて回転自在に支持されており、フロントフォーク4はブラケット(図示せず)を介してステアリング軸(図示せず)に支持されている。このステアリング軸は車体側のヘッドパイプ5によって回転自在に支持されている。
【0028】
前記のブラケットには左右へ延びるバー型のハンドル6が取り付けられており、このハンドル6によって運転者は、前記フロントフォーク4及び前輪2を操舵(ステア)することができる。ハンドル6の右端には、運転者の右手により把持されるスロットルグリップ7(図4参照)が設けられており、手首のひねりによりスロットルグリップ7を回転させることで後述するスロットル装置16が操作される。一方、ハンドル6の左端には運転者の左手により把持されるグリップの前方に、図示のようにクラッチレバー8が設けられている。
【0029】
前記のヘッドパイプ5からは左右一対のメインフレーム9が若干下方に傾斜しながら後方へ延びており、メインフレーム9の後部に左右一対のピボットフレーム10が接続されている。ピボットフレーム10には略前後方向に延びるスイングアーム11の前端部が支持されており、スイングアーム11の後端部に後輪3が回転自在に支持されている。ハンドル6の後方には燃料タンク12が設けられており、燃料タンク12の後方に運転者騎乗用のシート13が設けられている。
【0030】
前輪2と後輪3との間では、複数の気筒を有するエンジンE(動力源)がメインフレーム9及びピボットフレーム10に支持された状態で搭載されている。エンジンEには、その動力を変速して後輪3に伝達する変速装置14が接続されており、この変速装置14から出力される駆動力がチェーン15を介して後輪3に伝達される。エンジンEの吸気ポート(図示せず)にはスロットル装置16が接続され、その上流側にはエアクリーナ19が接続されて、燃料タンク12の下方に配置されている。また、シート13の下方には、スロットル装置16や点火装置48(図4参照)やインジェクタ47(図4参照)などを制御するECU17(電子制御ユニット)が配設されている。
【0031】
図2は、図1に示す自動二輪車1の主に駆動系を説明する模式図である。同図に示すようにエンジンEには、そのピストン20にコンロッド21によって連結されたクランク軸22が設けられ、このクランク軸22の端部に第1クラッチギヤ23が設けられている。第1クラッチギヤ23には、変速装置14の入力軸24に回転自在に外嵌された第2クラッチギヤ25が噛合されている。入力軸24の端部には前記第2クラッチギヤ25と対向するようにメインクラッチ26が固定されていて、このメインクラッチ26と第2クラッチギヤ25とで、エンジンEから変速装置14への動力伝達を遮断/接続するためのクラッチ34が構成されている。
【0032】
そして、前記のメインクラッチ26が第2クラッチギヤ25と接続された状態で、入力軸24がクランク軸22と連動して回転するようになる。この入力軸24には歯車列27を介して、その後方に並列に配置された出力軸28が変速自在に接続されている。すなわち歯車列27において接続される歯車の組み合わせが変わることによって(ギヤチェンジ)、入力軸24から出力軸28への回転の伝達比が変更される。ギヤチェンジは公知のドッグクラッチ30によって行われる。
【0033】
出力軸28の端部には駆動スプロケット31が設けられる一方、後輪3の車軸32には従動スプロケット33が設けられており、これらの駆動スプロケット31と従動スプロケット33との間にチェーン15が巻き掛けられている。後輪3の車軸32はスイングアーム11の後端部に支持されており、このスイングアーム11の上下への揺動によってチェーン15の弛み具合が変化する。具体的にこの例では、スイングアーム11の後端が上向きに揺動することによって、チェーン15の弛みが大きくなる傾向がある。
【0034】
図3(a)は図2に示す駆動系のドッグクラッチ30の断面図であり、(b)はそのIIIb−IIIb断面図である。図3(a)(b)に示すように、ドッグクラッチ30は、出力軸28の軸線方向に沿って近接/離遠可能に対向配置された一対の歯車36,37(動力伝達部材)を備えている。出力軸28の外周面には、軸線方向に溝切りされたスプライン28aが形成され、一方の歯車36はスプライン28aに噛み合った状態で出力軸28に外嵌されている。つまり、一方の歯車36は、出力軸28の軸線方向にスライド自在で且つ出力軸28と一体的に回転する。他方の歯車37は、出力軸28に対して相対回転可能に外嵌されている。
【0035】
一方の歯車36は、その軸方向端面にて他方の歯車37に向けて軸方向に突出した係合凸部36aを有している。他方の歯車37は、係合凸部36aと対向するように形成された係合凹部37aを有している。そして、シフトフォーク38により、一方の歯車36が出力軸28に沿ってスライドされることで、両歯車36,37の軸方向の距離が変更され、係合状態と非係合状態とが切り換えられる。係合凸部36aと係合凹部37aとが互いに係合した部分が本発明で言う係合部分の一例である。
【0036】
また、係合凸部36aと係合凹部37aとは互いに接離可能に遊びをもって係合される。具体的には、係合状態にある係合凸部36aと係合凹部37aとの間には隙間39が形成されており、係合状態にある係合凸部36aと係合凹部37aとは遊びの範囲内で相対回転可能となっている。よって、係合凹部37aの軸回転方向の一方の壁面37bが係合凸部36aに当接した状態で、他方の歯車37が入力軸24の歯車35により回転させられると、一方の歯車36も回転する。このようにして、動力伝達上流側の歯車37から動力伝達下流側の歯車36に回転動力が伝達されるようになっている。なお、以下では、係合凹部37aの軸回転方向の一方の壁面37bを加速側の壁面37bと称し、軸回転方向の他方の壁面37cを減速側の壁面37cと称することとする。
【0037】
図4は、図1に示す自動二輪車1に搭載された車両制御装置40の全体を示すブロック図である。同図に示すように、この車両制御装置40においてエアクリーナ19とエンジンEとの間に設けられたスロットル装置16は、吸気管41と、吸気管41の下流側に配置されたメインスロットル弁42と、吸気管41の上流側に配置されたサブスロットル弁43とを有している。メインスロットル弁42は、スロットルグリップ7とスロットルワイヤー44を介して接続されており、運転者によるスロットルグリップ7の操作に連動して開閉する。メインスロットル弁42には、メインスロットル弁42の開度を検出するスロットル開度センサ45が設けられている。なお、メインスロットル弁42はスロットルグリップ7に機械的に連動しているため、スロットル開度センサ45は、スロットルグリップ7の操作量を検出していることにもなる。
【0038】
サブスロットル弁43は、ECU17で制御されるモータからなる弁アクチュエータ46に接続されており、弁アクチュエータ46により駆動されて開閉する。また、スロットル装置16には、エンジンEの複数の気筒毎に対応して設けられた複数の吸気通路にそれぞれ燃料を噴射するための複数のインジェクタ47が設けられている。エンジンEには、その複数の気筒内の混合気にそれぞれ点火を行う複数の点火装置48が設けられている。また、吸気管41には、吸気通路を流れる吸気の圧力を検出する吸気圧センサ49が設けられている。
【0039】
エンジンEと変速装置40との間のクラッチ34には、ワイヤー等によってクラッチレバー8(図1も参照)が接続されている。このクラッチレバー8が運転者により把持されると、クラッチ34が動力を遮断する状態になり、クラッチレバー8が離されると動力を伝達する状態になる。クラッチレバー8には、運転者によりクラッチレバー8が把持されたか否かを検出可能なクラッチスイッチ50が設けられている。
【0040】
また、変速装置14には、入力軸24の回転速度Viを検出可能な入力軸センサ51が設けられているが、出力軸28の回転速度Voを検出可能なセンサは設けられておらず、出力側の回転速度は、自動二輪車1の後輪3の車軸32(図2を参照)に設けられた後輪軸センサ52によって検出される。こうして変速装置14の出力軸28にセンサを設けていないのは、駆動スプロケット31に巻き掛けられているチェーン15のバタつき対策を不要とし、コストの低減を図るためである。
【0041】
さらに、本実施形態では、前記したクラッチの操作と同様に自動二輪車1のブレーキ53の操作状況も検知できるようになっている。一例としてブレーキ53は、運転者によるブレーキレバー54等の操作に応じて作動し、前輪2及び/又は後輪3を制動するものであり、そのブレーキレバー54には、運転者による操作の有無を検出可能なブレーキスイッチ55が設けられている。
【0042】
スロットル開度センサ45、クラッチスイッチ50、入力軸センサ51、後輪軸センサ52及びブレーキスイッチ55は、それぞれECU17に接続されている。ECU17は、加減速制御機能部57と、スロットル制御部58と、燃料制御部59と、点火制御部60とを有している。加減速制御機能部57は、各センサ45,51,52及び各スイッチ50,55から入力される信号に基づいて、以下に詳述するように変速装置14の入力軸24を加減速するためのエンジンEの出力制御に関する演算を行う。スロットル制御部58は、加減速制御機能部57での演算結果に基づいて弁アクチュエータ46を駆動し、サブスロットル弁43の開度を制御する。燃料制御部59は、加減速制御機能部57での演算結果に基づいてインジェクタ47を制御する。点火制御部60は、加減速制御機能部57での演算結果に基づいて点火装置48を制御する。
【0043】
図5は車両制御装置40の要部を説明するブロック図である。同図に示すようにECU17の加減速制御機能部57は、以下に述べるようにショックを発生させるおそれのあるドッグクラッチ30の非接触状態を判定する第1及び第2判定部61,62と、この非接触状態の判定に応じて変速装置14の入力軸24を加減速させる加減速制御部63と、を有している。
【0044】
すなわち、この実施形態の自動二輪車1において変速装置14にはドッグクラッチ30が設けられており、上述したように一対の歯車36,37同士が係合凸部36a及び係合凹部37aの遊びの範囲内で相対回転可能になっていることから、例えば自動二輪車1が減速走行から加速走行に移行するときや反対に加速走行から減速走行に移行するときに、その係合凸部36a及び係合凹部37aが一瞬、非接触状態になった後に再接触することがあり、このときに歯車36,37同士の回転速度差が大きいと、両者の衝突によるショックが運転者に伝わり、不快感を与えるおそれがある。
【0045】
そこで、本実施形態では、前記第1、第2の判定部61,62により前記歯車36,37間の(つまりドッグクラッチ30における)非接触状態を判定して、加減速制御部63によりエンジントルクを調整し、変速装置14の入力軸24を加速若しくは減速させることにより、前記歯車36,37同士の回転速度差を小さくさせるようにしている。こうすれば、歯車36,37の係合凸部36a及び係合凹部37aの衝突のショックが和らげられる。
【0046】
より具体的に本実施形態において第1判定部61は、前記入力軸センサ51により検出される入力軸回転速度Viの変化率、即ちその差分ΔViが、所定の差分閾値ΔVi1よりも大きくなったときに、係合状態にある前記歯車36,37の係合凸部36a及び係合凹部37aが非接触状態になったことを判定する。非接触状態になると後輪3側から入力軸24への負荷が抜けて、該入力軸24の上流側における駆動系の慣性が急減するため、入力側の回転速度は急激な変化を示すようになり、このことによって非接触状態であると判定することができる。
【0047】
なお、本実施形態では入力軸回転速度Viの差分ΔViとして、入力軸センサ51により所定のサンプリング周期で取得された各値のうち時間的に隣接した2つの値の差(時間的に後の値から前の値を引いたもの)を用いているが、これに限定されることなく、例えば時間的に隣接していない2つの値の差であってもよいし、移動平均処理した差分値であってもよい。
【0048】
一方、第2判定部62は、入力軸センサ51で得られた入力軸回転速度Viから後輪軸センサ52で得られた後輪回転速度Vr(出力軸回転速度)を引き算し、入力側と出力側の回転速度差V(=Vi−Vr)に基づいて、それが所定の速度閾値V1を超えたときに前記の非接触状態であると判定する。なお、回転速度差Vを積分して歯車36,37の係合凸部36a及び係合凹部37aの相対位置を求め、これに基づいて非接触状態を判定するようにしてもよい。
【0049】
そして、加減速制御部63は、前記第1及び第2の少なくとも一方の判定部61,62によって前記ドッグクラッチ30における非接触状態が判定されたときに、主に点火制御によってエンジントルクを増減させ、入力軸24の回転を出力軸28との回転速度差が小さくなるように加速若しくは減速させる(加減速制御)。こうして点火制御を行うのは、燃料噴射量の制御等に比べてエンジン制御の応答性が高いからである。
【0050】
その際、第1判定部61による判定に応じて入力軸24の回転を減速させるのであれば、幾つかの気筒で点火を間引くか点火時期を大幅に遅角させて、エンジントルクを大幅に低下させることで、入力軸24の減速の度合いを強くする。また、入力軸24の回転を加速させるのであれば点火時期を最大限に進角させる。一方、第2判定部62による判定時には点火時期の遅角若しくは進角によってエンジントルクを制御し、入力軸24の回転を減速若しくは加速させるが、このときには第1判定部による判定時に比べると入力軸24の加減速の度合いは弱くなるようにする。
【0051】
このように2つの判定部61,62による判定時の加減速制御の程度を異ならせるのは以下のような理由に拠る。まず、第1判定部61によれば非接触状態において入力軸回転速度Viが急変すれば、可及的速やかに非接触状態を判定できるものであるが、例えば緩加速時等、非接触状態であっても入力軸回転速度Viの変化があまり大きくないときには判定できない可能性がある。
【0052】
一方、第2判定部62は、入力軸回転速度Viと後輪回転速度Vrとの回転速度差V(=Vi−Vr)に基づいて判定することから、チェーン15の撓み、伸び縮みの影響を受けて誤判定するおそれがあり、これにより頻繁に加減速制御が行われるとフィーリングの悪化を招く。これに対し誤判定しないように判定の閾値V1の絶対値を大きめに設定すると、加減速制御の開始が遅れてしまい、ショックを抑制しきれないおそれがあるし、そうならないように強めの加減速制御を行うと、今度はギクシャク感が起きやすくなる。
【0053】
そこで、この実施形態では第1及び第2の判定を組み合わせて、例えば第2判定部62による非接触状態の判定時には弱めの加減速制御を行うようにし、仮に誤判定によって頻繁に制御が実行されても、フィーリングはあまり悪化しないようにしている。これとともに、可及的速やかな判定が可能な第1判定部61による判定時には、強めの加減速制御を行うことで、第2判定部62において非接触状態を判定し損ねたときにもショックの発生を防止できるようにしている。
【0054】
−減速から加速のときの制御手順−
以下に一例として、自動二輪車1が減速走行から加速走行へ移行する際の車両制御装置40による制御手順を、図6、7に基づいて具体的に説明する。図6は、車両の減速走行から加速走行への移行時における制御手順のフローチャートである。図7は制御による入力軸回転速度Vi、出力軸回転速度Vo(この例では変速装置14の出力軸28の回転速度)、後輪回転速度Vrの変化を示すタイミングチャートである。
【0055】
図6のフローに示すように、まず、自動二輪車1の走行中において入力軸回転速度Viの差分ΔViが、正値である差分閾値ΔVi1+よりも大きいか否かが判定される(ステップS1)。差分閾値ΔVi1+は、通常の路面において後輪3がスリップし、路面から受ける力が急減したときには生じ得ないような大きな値に設定されており、このスリップ状態とは区別してドッグクラッチ30における非接触状態を判定することができる。
【0056】
但し、路面状態によっては後輪3のスリップが激しくなって、非接触状態と誤判定するおそれがあるので、後輪3のスリップ率を検出して、その値が高いほど差分閾値ΔVi1+を大きくなるように補正する。すなわち、予め実験等により設定した差分閾値ΔVi1+を、スリップ率の検出値をパラメータとする所定の式やテーブルによって補正する。このような差分閾値ΔVi1+の補正のイメージを図8(a)に示す。
【0057】
また、後輪3のスリップ率以外の車両状態量(例えば車速、エンジン回転速度、スロットル開度、変速装置14の変速段、クラッチやブレーキの操作状態等々)に依存して、差分閾値ΔVi1+を補正するようにしてもよい。特にエンジン回転速度が相対的に低い場合には、点火を間引いたり点火時期を大幅に遅角させると運転者がギクシャク感を受けやすいので、エンジン回転速度の低いときほど差分閾値ΔVi1+が大きくなるように補正して、間引き等の制御の頻度を低下させる。
【0058】
一例を図8(b)に示すように、エンジン回転速度が所定値Ne1よりも低いときには、それが低いほど徐々に差分閾値ΔVi1+が大きくなるようにし、一方、その所定値Ne1以上のエンジン回転速度であれば差分閾値ΔVi1+は概ね一定値に維持するようにしてもよい。なお、図示のようにエンジン回転速度によって補正する代わりに、例えばスロットル開度、車速、エンジンEの吸気圧等、エンジン回転の高低に対応する種々の車両状態量によって差分閾値ΔVi1+を補正することができる。
【0059】
そして、入力軸回転速度Viの差分ΔViが差分閾値ΔVi1+よりも大きい(ステップS1でYes)と判定されると、ドッグクラッチ30において係合状態にある歯車36,37の係合凸部36a及び係合凹部37aが非接触状態になったと判断し、加減速制御のための演算を行う(ステップS2)。このとき減速から加速への移行時なので、エンジントルクを低下させる減速制御である。また、第1判定部61による判定時であるから、強めの減速制御とするために点火の間引き制御とする。
【0060】
但し、本実施形態では、種々の要因から加減速制御を実行しない方がよい場合も想定されるため、引き続いて、加減速制御の実行を禁止する禁止条件が不成立であるか否かを判定する(ステップS3)。禁止条件は一例としてクラッチ34が遮断状態となっているときやブレーキ53が作動しているときであり、このような場合には無駄な加減速制御を行わないことで(ステップS5)、クラッチ34が接続状態に戻ったときやブレーキ53が解除されたときの加速性能を確保しやすい。
【0061】
前記の禁止条件が不成立であれば加減速制御として前記の間引き制御を実行する(ステップS4)。間引き制御について詳しくは、エンジンEが並列4気筒エンジンである場合について説明すると、4つの気筒のうち、例えば以下の表1に示すように予め決められたパターンで少なくとも1つの気筒の燃焼を休止させる。このパターンは、間引き制御を開始してから何番目に点火される気筒を休止させるかを示すもので、表には、加減速制御の強さの度合い、即ちエンジントルクの減少度合いが異なる2つのパターンを示している。
【0062】
【表1】

パターン1について説明すると、これは、間引き制御の開始後に最初に点火タイミングを迎える第1番目の気筒の点火を行わず、その後、第2〜第5番目までの気筒は順番に4回連続して点火を行った後に、第1番目に戻って第6番目の点火順の気筒を休止させる。このパターンでは休止気筒が1つずつずれていき、同じ気筒の燃焼が連続して休止することがない。点火の間引きによれば、点火時期の遅角に比べてエンジントルクを大幅に減少させて、入力軸回転速度Viを速やかに低下させることができる。
【0063】
一方、前記のステップS1でNoの場合には、続いて第2判定部62による非接触状態の判定を行う。すなわち、入力軸回転速度Viと後輪回転速度Vrとの回転速度差V(=Vi−Vr)が、正値である速度閾値V1+よりも大きいか否かを判定する(ステップS6)。この判定がYESであれば非接触状態であり、前記と同様に減速制御のための演算を行うのであるが、今度は第2判定部による判定時なので減速の程度は弱めにするべく、点火時期の遅角制御の演算を行う(ステップS7)。
【0064】
そして、前記ステップS3において禁止条件が不成立であるか否かを判定し、不成立であればステップS4において加減速制御(この場合は減速制御)を実行する。このとき、エンジンEの全ての気筒で点火時期を遅角させてもよいし、前記の間引き制御と同じく予め決められたパターンで1以上の気筒の点火時期を遅角させるようにしてもよい。こうして点火時期を遅角させる場合、間引き制御に比べて減速の程度が弱いことから、仮に非接触状態を誤判定したとしても運転者はギクシャク感を受け難い。
【0065】
また、その点火時期の遅角量については、入力側及び出力側の回転速度差Vに応じて、それが高いほど遅角量を大きくするようにしてもよい。すなわち、ドッグクラッチ30における歯車36,37同士の回転速度差が大きくて、それらの係合凸部36a、係合凹部36bの再接触の際のショックが大きくなるおそれがあるときに、強い減速制御によって入力軸回転速度Viを効果的に低下させ、前記係合凸部36a、係合凹部36bの相対的な速度を小さくすることができる。
【0066】
前記のステップS6においても判定がNoであれば、前記歯車36,37の係合凸部36a及び係合凹部36bが非接触状態ではなく、ショックの発生する心配はないと判断できるので、加減速制御は実行しない(ステップS5)。このようにドッグクラッチ30において非接触状態が判定され、再接触の際にショックが発生し得るときにのみ、加減速制御を行うようにしているので、無用な加減速制御によって運転フィーリングの損なわれることがない。
【0067】
−減速から加速のときの回転速度の変化−
次に、前述した加減速制御について、図7のタイムチャートを参照して時系列に説明する。なお、図7においては、入力軸センサ51の検出値に対して歯車35,37等による減速率を乗じた値を入力軸回転速度Viとして示し、同様に後輪軸センサ52の検出値に対して所定の減速率を除した値を後輪回転速度Vrとして示している。よって、係合凸部36aと係合凹部37aとが相対角変位していないときには入力軸回転速度Viと出力軸回転速度Voとが一致し、また、チェーン15を含めた駆動系の遊びがないものとすれば後輪回転速度Vrも一致する。
【0068】
まず、減速走行から比較的緩やかに加速走行に移行する場合は、運転者はあまり大きくスロットルグリップ7を開かないので、同図(a)の例えば時刻t0においてスロットルグリップ7が開かれると、やや遅れてエンジントルクが増大し入力軸回転速度Viが下降から上昇に転じる(時刻t1)。
【0069】
このときにドッグクラッチ30においては歯車36の係合凸部36aが歯車37の係合凹部37aにおける減速側の壁面37cから離れて加速側の壁面37bに向かって相対変位することになり、それらが一時的に非接触になるから、図に破線で示すように出力軸回転速度Voはあまり変化せず、実線で示す入力軸回転速度Viだけが立ち上がるようになる。この入力軸回転速度Viの立ち上がりはあまり急ではないから、その差分ΔViに基づく第1判定部61による判定は行われない。
【0070】
また、図に仮想線(二点鎖線)で示すように後輪回転速度Vrは、主にチェーン15の弛みの影響で入力軸回転速度Viや出力軸回転速度Voからずれるものであるが、減速から加速への移行時には一時的にそのずれが大きくなる。図には、移行時に後輪回転速度Vrが出力軸回転速度Voよりも低くなる向きにずれている場合を示しており、この場合には見かけ上、入力軸回転速度Viとの回転速度差Vが大きくなる。
【0071】
そして、図示の点Aにおいて回転速度差Vが速度閾値V1+を超えて、第2判定部62により非接触状態と判定されると(時刻t2)、前記の如く気筒の点火時期の遅角による減速制御が行われて、図示のように入力軸回転速度Viの上昇が抑えられ、やがて下降に転じるようになる。その後、歯車36の係合凸部36aが歯車37の係合凹部37aにおける加速側の壁面37bに再接触すると(時刻t3)、入力軸回転速度Viが急低下する一方、出力軸回転速度Voは急上昇し、遅れて後輪回転速度Vrも上昇するようになる。
【0072】
そうして歯車36、37の係合凸部36a及び係合凹部37aが再接触する時刻t3においては、前記の減速制御によって既に入力軸回転速度Viが低下されていて、出力軸回転速度Voとの回転速度差があまり大きくはないから、両者の再接触(衝突)によるショックはあまり大きくはならず、自動二輪車1の運転者が不快に感じることはない。
【0073】
次に、減速走行中に運転者がスロットルグリップ7を一気に全開近くまで開いて、急加速状態に移行する場合について説明する。同図(b)に示すように時刻t0においてスロットルグリップ7が開かれると、エンジントルクの急増によって入力軸回転速度Viが急上昇し(時刻t1〜)、ドッグクラッチ30において歯車36の係合凸部36aと歯車37の係合凹部37aとが非接触状態になるから、あまり変化しない出力軸回転速度Vo(破線)から離れて入力軸回転速度Vi(実線)が一気に立ち上がる。
【0074】
この図(b)には、前記した図(a)とは反対に後輪回転速度Vrが出力軸回転速度Voよりも高くなる向きにずれている場合を示している。この場合には、前記のように入力軸回転速度Viが一気に立ち上がっても、後輪回転速度Vrとの回転速度差Vはあまり大きくならないから、第2判定部62による非接触状態の判定は遅れがちになる。しかし、一気に立ち上がる入力軸回転速度Viの差分ΔViが差分閾値ΔVi1+を超えることによって(図の点Aに示す)第1判定部61により非接触状態が判定される(時刻t2)。
【0075】
この非接触状態の判定に応じて気筒の点火間引きによる強い減速制御が行われ、エンジントルクが一気に低下することによって、図示のように急激に立ち上がった入力軸回転速度Viが速やかに低下する。このため、時刻t3において歯車36の係合凸部36aが歯車37の係合凹部37aにおける加速側の壁面37bに再接触するときには、入力軸回転速度Viと出力軸回転速度Voとの回転速度差Vはあまり大きくなく、再接触(衝突)によるショックもあまり大きくはならない。
【0076】
以上より、自動二輪車1が減速走行から加速走行に移行するときには、変速装置14の入力軸回転速度Viの変化率(差分ΔVi)が大きいか、若しくは後輪回転速度Vrとの回転速度差Vが大きければ、当該変速装置14のドッグクラッチ30において係合する歯車36,37同士の非接触状態が判定され、点火制御によって入力軸回転が減速されることで、出力軸28との回転速度差が小さくなる。このことで、前記歯車36,37同士の再接触の際のショックを小さくすることができ、乗り心地が向上する。
【0077】
その非接触状態の判定は第1、第2の2つの判定部61,62により異なる指標で行い、それぞれの判定時における入力軸回転の減速度合いも異ならせているので、より適切な制御が可能になる。すなわち、入力軸回転速度Viと後輪回転速度Vrとの回転速度差Vに基づく第2判定部62による判定は、チェーン15の撓みの影響で誤判定の生じるおそれがあるから、これによる判定時には弱めの減速制御を行うようにし、仮に誤判定によって頻繁に制御が行われても、フィーリングの悪化を招かないようにしている。
【0078】
一方、入力軸回転速度Viの差分ΔViに基づいて第1判定部61により非接触状態が判定された場合は、強めの減速制御を行うことによって直ちに入力軸回転速度Viを低下させることができ、第2判定部62において非接触状態を判定し損ねた場合でも再接触の際のショックを効果的に抑えることができる。しかも、その判定の閾値(差分閾値)ΔVi1+が車両状態量に応じて補正され、例えば後輪3が激しくスリップしていても、これを非接触状態と誤判定し難くなる上に、ギクシャク感の生じやすいエンジン低回転域では判定の頻度が低くなる。
【0079】
−加速から減速のときの制御−
図9は、自動二輪車1が加速走行から減速走行へ移行するときの制御手順を示すフローチャートであり、まず、前記した図6のフローと同様に入力軸回転速度Viの差分ΔViが、負値である差分閾値ΔVi1-よりも小さいか否かを判定する(ステップS8)。ここで、ΔVi<ΔVi1-でYesと判定すれば非接触状態であるから、加減速制御のための演算を行う(ステップS9)。加速から減速への移行時なので加速制御であり、第1判定部61による判定時なので、点火時期は最大限に進角させるようにする。
【0080】
そして、加減速制御の実行を禁止する禁止条件についての判定を行い(ステップS10)、禁止条件が不成立であれば点火時期を最大限に進角させて、入力軸24の回転を加速させる(ステップS11:加減速制御の実行)。なお、禁止条件が成立していれば加減速制御は行わない(ステップS12)。
【0081】
一方、前記ステップS8においてNo、即ち入力軸回転速度Viの差分ΔViが差分閾値ΔVi1-以上であると判定すれば、今度は入力軸回転速度Viと後輪回転速度Vrとの回転速度差V(=Vi−Vr)が、負値である速度閾値V1-よりも小さいか否かを判定する(ステップS13)。この判定がYESであれば非接触状態なので、加速制御のための演算を行うが、今度は第2判定部による判定時なので、点火時期の進角量が小さくなるか、点火進角の頻度の少ないパターンになるように演算する(ステップS14)。
【0082】
そして、前記ステップS10において禁止条件が不成立である(Yes)と判定すれば、点火進角による弱めの加減速制御(この場合は加速制御)を実行する一方、禁止条件が成立していれば(No)、加減速制御は行わない(ステップS12)。なお、点火時期の進角量についても遅角量と同じく、入力側及び出力側の回転速度差Vに応じて変更するようにしてもよい。
【0083】
以上より、自動二輪車1が加速走行から減速走行に移行するときにも第1、第2の2つの判定部61,62によってそれぞれ、入力軸回転速度Viの変化率、若しくは後輪回転速度Vrとの回転速度差Vに基づいて、ドッグクラッチ30における非接触状態の判定を行い、入力軸回転の加速度合いが異なる適切な加減速制御を実行することができる。これにより入力軸24の回転を適切に加速させて、出力軸28との回転速度差を小さくすることができ、再接触の際のショックが小さくなって乗り心地が向上する。
【0084】
したがって、この第1の実施形態に係る車両制御装置40によれば、自動二輪車1の変速装置14においてドッグクラッチ30の、即ち、互いに遊びをもって係合する歯車36,37の係合凸部36a及び係合凹部37aの非接触状態を判定したときに、これを挟んで動力伝達の上流側及び下流側の回転速度差が小さくなるように、エンジントルクを制御することで、前記係合凸部36a及び係合凹部37aの再接触の際のショックがあまり大きくならないようにすることができ、乗り心地が向上する。
【0085】
また、前記の非接触状態を判定するための第1判定部61は、入力軸回転速度Viの変化率(差分ΔVi)に基づいて判定を行うものであり、従来までのように出力軸回転速度Voを検出する必要はないから、変速装置14の出力軸28にはセンサを設けておらず、このセンサを保護するためのチェーン15のバタつき対策が不要になることで、効果的にコストアップの抑制が図られている。
【0086】
一方で第2判定部62は、入力軸回転速度Viと後輪回転速度Vrとの回転速度差Vに基づいて非接触状態を判定するものであり、このように異なる指標による判定を組み合わせることで、判定精度が向上する。後輪3の車軸32に後輪軸センサ52を設けいるが、これに対するチェーン15のバタつき対策は不要なので、コストアップは抑制できるし、この後輪軸センサ52は、例えばアンチロックブレーキシステムと共用することも可能である。
【0087】
−変形例−
なお、この第1実施形態のように第1、第2の2つの判定部61,62を設ける必要は必ずしもなく、入力軸回転速度Viの変化率のみに基づいて非接触状態を判定する第1判定部61のみとしてもよい。この場合には、一例として図10に示すフローチャートのように、まず、入力軸回転速度Viの差分ΔViが、正値である差分閾値ΔVi1+よりも大きいか否か判定し(ステップT1)、ΔVi>ΔVi1+でYesであれば入力軸回転を減速させるべく、点火間引き若しくは点火遅角のための演算を行う(ステップT2)。そして、禁止条件についての判定を行って(ステップT3)不成立であれば加減速制御(この場合は減速制御)を実行する(ステップT4)。
【0088】
一方、前記ステップT1においてNo、即ち入力軸回転速度Viの差分ΔViが差分閾値ΔVi1+以下であると判定すれば、今度は負値である差分閾値ΔVi1-よりも小さいか否かを判定し(ステップT6)、ΔVi<ΔVi1-でYesであれば入力軸回転を加速させるべく、点火進角のための演算を行う(ステップT7)。そして、禁止条件についての判定を行って(ステップT3)不成立であれば加減速制御(この場合は減速制御)を実行する(ステップT4)。
【0089】
前記ステップT1,T6においていずれもNo、つまり、入力軸回転速度Viの差分ΔViが正値の差分閾値ΔVi1+以下であり、且つ負値の差分閾値ΔVi1-以上であれば、非接触状態ではないので、加減速制御は実行しない(ステップT5)。また、前記ステップT3において禁止条件が成立していると判定したときも加減速制御は実行しない(ステップT5)。
【0090】
(第2実施形態)
図11は本発明の第2実施形態に係る車両制御装置140の要部を説明するブロック図である。なお、第1実施形態と共通する構成については同一符号を付して説明を省略する。同図に示すように、本実施形態の車両制御装置140は、出力軸28(図2参照)を駆動する出力軸アシストモータ73と、後輪3(図1参照)のブレーキを作動させるブレーキアクチュエータ74とを備えている。車両制御装置140のECU117は、出力軸アシストモータ73を制御するモータ制御部70と、ブレーキアクチュエータ74を制御するブレーキ制御部71を有している。ECU117の加減速制御部63は、出力軸アシストモータ73又はブレーキアクチュエータ74を駆動して出力軸28を加減速することにより加減速制御を行う。
【0091】
以上の構成によれば、前記図6のフローにおいて点火間引きや点火遅角制御の代わりに、出力軸アシストモータ73を駆動して出力軸28を加速させる制御を行うことにより、減速から加速に移行する際における入力軸24と出力軸28との間の回転速度差を小さくすることができる。また、前記図9のフローにおいては点火時期の進角制御の代わりに、ブレーキアクチュエータ74を駆動して出力軸28を減速させる制御を行うことにより、加速から減速に移行する際においても入力軸24と出力軸28との間の回転速度差を小さくすることができる。
【0092】
よって、自動二輪車1が減速から加速に移行する際、及び加速から減速に移行する際の双方で、変速装置14のドッグクラッチ30において互いに係合する歯車36,37の係合凸部36a及び係合凹部37aが非接触状態になっても、それらが再接触する際に大きなショックが発生することはなく、乗り心地が向上する。
【0093】
(他の実施形態)
なお、上述した各実施形態や変形例は一例であり、以下に述べるような変更を適宜行ってもよい。例えば、前記実施形態等では自動二輪車1を例示しているが、動力源から駆動輪への動力伝達経路において少なくとも一対の動力伝達部材が互いに遊びをもって係合されているものであれば、他の車両であってもよい。
【0094】
また前記実施形態では、動力源としてエンジンEを搭載した車両を例示しているが、エンジンの代わりにモータを搭載した電気自動車、またはモータとエンジンの両方を搭載したハイブリッド車であってもよい。その場合には、入力軸24を加速、減速させる制御において応答性の高いモータを使用するのが好ましい。
【0095】
また、前述の実施形態等では、後輪3をチェーン15によって駆動する自動二輪車1を例示しているが、チェーン15の代わりにベルトやドライブシャフトで後輪3を駆動するようにした車両であってもよい。
【0096】
また、第1実施形態においては、第1判定部61による非接触状態の判定時には点火間引きを行う一方、第2判定部62による判定時には点火遅角を行うようにしているが、これは一例にすぎず、それ以外にも例えば第1、第2の両判定部61,62による判定時に点火の間引きを行うようにし、第1判定部61による判定時には間引きの頻度が高くなるようにしてもよい。反対にいずれの判定時にも点火時期の遅角を行うようにし、第1判定部61による判定時には遅角量を大きくしてもよい。
【0097】
さらに、点火間引きや点火遅角を行うだけではなく、例えば、インジェクタ47からの燃料の噴射量を低減又はゼロにすることでエンジントルクを低下させてもよいし、サブスロットル弁43で吸気量を減少させることでエンジントルクを低下させてもよい。
【0098】
また、前記実施形態等においては自動二輪車1が減速走行から加速走行に移行する場合や、反対に加速走行から減速走行に移行する場合について説明したが、このような場合に限らず、エンジンEのトルク変動や後輪3のスリップ等に起因して、ドッグクラッチ30において非接触状態が発生したときにも、本発明の制御は有効である。
【0099】
さらにまた、前記ドッグクラッチ30における非接触状態を入力軸回転速度Viの変化率(差分ΔVi)に基づいて判定したり、その入力軸回転速度Viと後輪回転速度Vrとの回転速度差Vに基づいて判定する以外に、例えば後輪回転速度Vrの変化率に基づいて判定することも可能である。
【0100】
また、前記実施形態等においては、ドッグクラッチ30の動力伝達上流側にある入力軸として変速装置14の入力軸24が例示されているが、クランク軸22をドッグクラッチ30の動力伝達上流側にある入力軸として用いてもよい。その場合には、入力軸センサとしてクランク軸センサを用いることができる。
【産業上の利用可能性】
【0101】
以上のように、本発明に係る車両制御装置は、動力伝達経路における遊びに起因するショックを抑えることができるとともに、そのためのコストアップを抑制でき、この効果の意義を発揮できる自動二輪車等の車両に広く適用すると有益である。
【符号の説明】
【0102】
E エンジン(動力源)
1 自動二輪車(車両)
3 後輪(駆動輪)
14 変速装置
24 その入力軸
28 その出力軸
30 ドッグクラッチ
32 後輪車軸(下流側軸)
36 歯車(動力伝達部材)
36a 係合凸部
37 歯車(動力伝達部材)
37a 係合凹部
40 車両制御装置
51 入力軸センサ(入力軸回転速度検出手段)
52 後輪軸センサ(回転速度センサ、下流側軸回転速度検出手段)
61 第1判定部(判定手段)
62 第2判定部(判定手段)
63 加減速制御部(制御手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力源から駆動輪への動力伝達経路において少なくとも一対の動力伝達部材が互いに遊びをもって係合している車両の制御装置であって、
前記遊びのある係合部分よりも動力伝達上流側にある入力軸の回転速度を検出する入力軸回転速度検出手段と、
前記検出された入力軸回転速度の変化率に基づいて、前記遊びのある係合部分において動力伝達部材同士が一時的に非接触になった非接触状態を判定する判定手段と、
前記非接触状態が判定されたとき、前記入力軸と、前記係合部分よりも動力伝達下流側にある出力軸と、の回転速度差が小さくなるように車両を制御する制御手段と、
を備えている車両制御装置。
【請求項2】
前記判定手段における判定の閾値が所定の車両状態量に依存して変更される、請求項1に記載の車両制御装置。
【請求項3】
前記動力源が複数の気筒を有する多気筒エンジンであり、
前記制御手段は、前記非接触状態が判定されたときに少なくとも1つの気筒で燃焼を休止させるものであり、
前記判定手段は、入力軸回転速度の変化率が所定の閾値を超えたときに非接触状態と判定するものであり、
前記判定の閾値は、前記エンジンの回転速度が相対的に低い場合に、それの高い場合に比べて絶対値が大きくなるように変更される、請求項1又は2のいずれかに記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記出力軸が変速装置の出力軸であり、この出力軸よりも動力伝達下流側にある下流側軸の回転速度を検出する下流側軸回転速度検出手段が設けられており、
前記判定手段は、前記非接触状態の判定を前記入力軸回転速度の変化率に基づいて行う第1判定部を有するとともに、その入力軸回転速度と前記検出された下流側軸の回転速度との回転速度差に基づいて前記非接触状態の判定を行う第2判定部も有しており、
前記制御手段は、前記第1及び第2判定部による判定結果に基づいて車両を制御する、請求項1〜3のいずれか1つに記載の車両制御装置。
【請求項5】
前記制御手段は、前記第1判定部による判定時には、第2判定部による判定時に比べて、前記入力軸と出力軸との回転速度差がより小さくなるように車両を制御する、請求項4に記載の車両制御装置。
【請求項6】
前記動力源が複数の気筒を有する多気筒エンジンであり、
前記制御手段は、前記第1判定部による判定時には少なくとも1つの気筒で燃焼を休止させる一方、前記第2判定部による判定時には少なくとも1つの気筒で点火時期を遅角させる、請求項5に記載の車両制御装置。
【請求項7】
前記下流側軸が前記駆動輪の車軸であり、ここに前記下流側軸回転速度検出手段として回転速度センサが設けられている、請求項4〜6のいずれか1つに記載の車両制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−26287(P2012−26287A)
【公開日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−162868(P2010−162868)
【出願日】平成22年7月20日(2010.7.20)
【出願人】(000000974)川崎重工業株式会社 (1,710)
【Fターム(参考)】