説明

車両の後輪トー角可変制御装置

【課題】路面状態やタイヤ特性、或いは車両重量に拘わらず、後輪トー角を適正に制御することで車両安定性を向上することのできる、車両の後輪トー角制御装置を提供する。
【解決手段】後輪トー角が可変制御される後輪トー角可変車両1に設けられ、後輪トー角θの制御に供される後輪トー角制御装置20において、前輪舵角δを検出する操舵角センサ14と、実車体すべり角βactを検出する対地センサ15と、操舵角センサ14の検出結果(δ)に基づき、目標車体すべり角βidealを設定する目標すべり角設定部22と、目標すべり角βidealと実車体すべり角βactとの差に基づき、目標後輪トー角を設定する目標後輪トー角設定部23とを備えるように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、後輪トー角が可変制御される後輪トー角可変車両に設けられ、前記後輪トー角の制御に供される後輪トー角制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
前輪のみを操舵する車両においては、低速で旋回走行する場合、前後輪のタイヤにはすべり角が殆ど生じないため、車体の進行方向は前輪舵角の2分の1となって、車体の向きと進行方向との間にはずれ(以下、車体すべり角と記す)が発生している。一方、高速で旋回走行する場合、各タイヤには、大きなコーナリングフォースを発生させるために大きなすべり角が必要となる。この場合、前輪はハンドルを大きく切ることですべり角を大きくすることができるが、後輪は遠心力によって車体後部がコーナー外側へ流されること、いわゆる「斜め走り」をすることによってすべり角を大きくせざるを得ない。そのため、車体すべり角は低速走行時と正負が逆になり、高速旋回時の車体すべり角は、車速が高くなるほど斜め走りが激しくなる。
【0003】
ここで、前輪のみを操舵する車両の車体すべり角βの定常値は次式で与えられる。
β={〔(1−m/l)・(l/l)・V〕/(1+AV)}・(δ・l/l)・・・(1)
但し、m:車両質量、l:ホイールベース、l、l:重心軸間距離、δ:前輪舵角、A:スタビリティファクタ、V:車速である。
そして、車体すべり角βの特性を、アンダーステア、ニュートラルステア、オーバーステアの各特性についてグラフにすると、図4のように表される。なお、図4の縦軸は車体すべり角β/前輪舵角δを表し、横軸は車速Vを表している。図から判るように、β/δは、車速が0のときにはステア特性に拘わらず2分の1であり、車速が高くなるに連れて負の値に変化してゆく。そして、式1及び図3から判るように、車体すべり角βは、いずれのステア特性においても車速Vに応じて減少する特性を持つ。
【0004】
このように、車速Vによって車体すべり角βが大きく変化した場合、ドライバの運転操作が困難となる。そこで、操作性の向上を図るべく、左右の後輪トー角を個別に変化させる後輪トー角制御装置が知られている(特許文献1参照)。この装置は、左右の後輪を支持する懸架装置におけるラテラルリンク、あるいはトレーリングリンクの車体との連結部に油圧シリンダなどの直線変位アクチュエータを設け、これを伸縮駆動する構成を採っている。
【0005】
特許文献1に記載の技術を始めとして、後輪操舵装置の簡易型として計画される従来の後輪トー角制御装置では、車両の旋回時における車両挙動に対応して後輪舵角を制御しており、前輪舵角、横加速度、あるいはヨーレイトに応じて後輪舵角の制御目標値を定めることが一般的であり、例えば車体すべり角が0になるように後輪舵角を制御するものが知られている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特公平8−25482号公報
【特許文献2】特許第3179271号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2に記載のパラメータを用いた後輪トー角制御装置によれば、前輪舵角を操作して横加速度、或いはヨーレイトを変化させることにより、運転者の意思が後輪トー角制御に反映される反面、実際の走行環境の変化、即ち、路面状態の変化や、タイヤ特性、積載荷重などの車両特性の変化に対応して車体すべり角を高精度に制御するのは困難であった。
【0007】
本発明は、このような従来技術の不都合を解消すべく案出されたものであり、その主な目的は、路面状態やタイヤ特性あるいは車両重量に拘わらず後輪トー角を適正に制御することにより、車両安定性の向上を実現した、車両の後輪トー角制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、請求項1の発明は、後輪トー角が可変制御される後輪トー角可変車両に設けられ、前記後輪トー角の制御に供される後輪トー角制御装置において、前輪舵角を検出する前輪舵角検出手段と、実車体すべり角を検出する実車体すべり角検出手段と、前記前輪舵角検出手段の検出結果に基づき、目標車体すべり角を設定する目標車体すべり角設定手段と、前記目標車体すべり角と前記実車体すべり角との差に基づき、目標後輪トー角を設定する目標後輪トー角設定手段とを備えるものとした。
【0009】
また、請求項2の発明は、請求項1の後輪トー角可変制御装置において、実車体すべり角検出手段を対地センサとするものとした。
【発明の効果】
【0010】
このような本発明によれば、路面状態やタイヤ特性あるいは車両重量の変化に拘わらず、車体すべり角が目標値となるように後輪トー角を適正に制御することができる。したがって、適正な車両の挙動制御が行われて車両安定性が向上するとともに、ドライバに違和感を与えることのない車両の操作性向上が実現される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら説明する。なお、説明にあたり、車輪やそれらに対して配置された部材、すなわち、タイヤやアクチュエータ等については、それぞれ数字の符号に左右を示す添字LまたはRを付して、例えば、後輪5L(左)、後輪5R(右)と記すとともに、総称する場合には、例えば、後輪5と記す。
【0012】
≪実施形態の構成≫
<自動車の概略構成>
図1は、実施形態に係る後輪トー角制御装置が適用された後輪トー角可変車両1の概要を示している。この後輪トー角可変車両1は、タイヤ2L,2Rが装着された前輪3L・3Rと、タイヤ4L,4Rが装着された後輪5L,5Rとを備えており、これら前輪3L,3Rおよび後輪5L,5Rが、それぞれサスペンションアームや、スプリング、ダンパ等からなる前輪懸架装置6L,6Rおよび後輪懸架装置7L,7Rによって車体に懸架されている。また、後輪トー角可変車両1は、ステアリングホイール8の操舵によって左右の前輪3L,3Rを直接転舵する前輪操舵装置9と、左右の後輪懸架装置7L,7Rにおける左右のトレーリングアーム10L,10Rに連結されて個別に変長されることにより、後輪5L,5Rのトー角を個別に変化させる左右のアクチュエータ11L,11Rとを備えている。
【0013】
後輪トー角可変車両1には、各種システムを統括制御するECU(Electronic Control Unit)12の他、車速センサ13や、ステアリングホイール8の操舵角を検知する操舵角センサ14(前輪舵角検出手段)、実車体すべり角、即ち車体の向きと実際の進行方向の角度差を検出する対地センサ15、各アクチュエータ11L,11Rの変位量から各後輪5L,5Rのトー角をそれぞれ検知する左右のトー角センサ16L,16Rが設置されており、これらの検出信号もECU12に入力する。ECU12は、これら各センサの出力に基づいて各アクチュエータ11L,11Rを変長させ、後輪5L,5Rのトー角を制御する。
【0014】
各アクチュエータ11L,11Rは、減速機付き電動モータとねじ機構とを組み合わせた回転運動/直線運動変換装置、あるいは流体圧でピストンロッドを直線駆動するシリンダ装置など、公知の適宜な直線変位アクチュエータを用いることができる。また各トー角センサ16L,16Rは、ポテンショメータなど、公知の変位センサを適用できるが、耐久性を考慮すると、電磁式など非接触センサが良い。対地センサ15は、直進方向および横方向の速度を測定する空間フィルタ式速度検出器を用いて横すべり角を測定する公知のセンサを適用することができる。
【0015】
このように構成された後輪トー角可変車両1によれば、左右のアクチュエータ11L,11Rを同時に対称的に変位させることにより、両後輪5L,5Rのトーイン/トーアウトを適宜な条件の下に自由に制御することができる上、左右のアクチュエータ11L,11Rの一方を伸ばして他方を縮めれば、両後輪5L,5Rを左右に転舵することも可能である。
【0016】
ECU12は、マイクロコンピュータやROM、RAM、周辺回路、入出力インタフェース、各種ドライバ等から構成されており、通信回線(本実施形態では、CAN(Controller Area Network))を介して各アクチュエータ11や各センサ13〜16等と接続されている。
【0017】
<後輪トー角制御装置の概略構成>
図2は実施形態に係る後輪トー角制御装置20の概略構成を示すブロック図である。図2に示すように、後輪トー角制御装置20は、車速センサ13と、操舵角センサ14と、対地センサ15と、左右のトー角センサ16L,16Rと、ECU12と、左右のアクチュエータ11L,11Rとから構成されている。
【0018】
ECU12は、車速センサ13や操舵角センサ14、対地センサ15、トー角センサ16L,16R等が接続する入力インタフェース21と、操舵角センサ14の検出値に基づき、目標車体すべり角βidealを設定する目標車体すべり角設定部22と、目標車体すべり角βidealと対地センサ15の検出値とから目標後輪トー角θidealを算出する目標後輪トー角設定部23と、目標後輪トー角θidealなどに基づいて各アクチュエータ11L,11Rの駆動信号を生成する駆動信号生成部24と、駆動信号生成部24が生成した駆動信号をアクチュエータ11L,11Rに出力する出力インタフェース25とから構成されている。
【0019】
<実施形態の作用>
次に、本実施形態に係る後輪トー角制御装置20による後輪トーの制御の手順について、図3を参照しながら説明する。後輪トー角可変車両1が運転を開始すると、ECU12は、所定の処理インターバル(例えば、10ms)をもって、図3のフローチャートに示す後輪トー角処理を実行する。
【0020】
後輪トー角制御を開始すると、先ずステップ1において、目標車体すべり角設定部22は、次式に表す処理を行って、即ち、車体すべり角伝達特性Gに前輪舵角δを乗算して目標車体すべり角βidealを設定する。
βideal=G・δ・・・(2)
車体すべり角伝達特性Gは、車両1の目標車体すべり角特性として予め設定された関数であり、車体すべり角β/前輪舵角δと車速Vとの関係(図3のグラフに相当)を表すものである。具体的には、車速センサ13の検出結果(車速V)に基づいて、前記車体すべり角β/前輪舵角δが算出される。目標車体すべり角設定部22は、この値に操舵角センサ14の検出値(前輪舵角δ)を乗算することにより、目標車体すべり角βidealを算出する。
【0021】
なお、車体すべり角伝達特性Gを用いる代わりにマップを用いて目標車体すべり角βidealを設定してもよい。この場合、目標車体すべり角設定部22が、ROMに格納されたマップを検索し、検索結果に前輪舵角δを乗算することにより、目標車体すべり角βidealが設定される。また、車速Vに拘わらず目標車体すべり角特性が一定となるように、車体すべり角伝達特性Gに所定の係数を用いてもよい。
【0022】
次に、ステップ2において、目標後輪トー角設定部23が、次式に基づき、目標後輪トー角θidealを求める。即ち、目標車体すべり角設定部22によって算出された目標車体すべり角βidealから対地センサ15の検出値(実車体すべり角βact)を減算し、この値に所定の係数Kを乗算することによって目標後輪トー角θidealを算出する。
θideal=K(βideal−βact)・・・(3)
【0023】
式3に式2を代入して得られるように、目標車体すべり角設定部22と目標後輪トー角設定部23とを経て算出される目標後輪トー角θidealは、次式で表されることになる。
θideal=K(G・δ−β)・・・(4)
【0024】
次に、ステップ3において、駆動信号生成部24が、左右のアクチュエータ11L,11Rを、左右の後輪5L,5Rを目標後輪トー角設定部23によって算出されたに目標後輪トー角θidealへ変化させるのに必要な左右のアクチュエータ11L,11Rの制御量を算出するとともに、これらの値に基づき、アクチュエータ駆動信号を生成する。アクチュエータ駆動信号は出力インタフェース25を介して左右のアクチュエータ11L,11Rに向けて出力される。
【0025】
駆動信号生成部24には、左右のトー角センサ16L,16Rによって検出された左右のアクチュエータ11L,11Rの実際の変位量(実トー角θact)を示す信号が入力されるので(図2参照)、ステップ4では、駆動信号生成部24が、θactがθidealと等しいか否か、すなわち、左右のアクチュエータ11L,11Rが駆動信号生成部24によって生成された信号通りに駆動している否かを判定する。θactがθidealと等しい場合(Yes)には、リターンに進み、上記手順が繰り返される。一方、θactがθidealと等しくない場合(No)には、θactがθidealとの差に基づいて、駆動信号生成部24がアクチュエータの駆動信号を生成する。このように、左右の後輪5L,5Rが目標後輪トー角θidealとなっているかのフィードバック制御されることにより、後輪5L,5Rのトー角の正確な制御が可能になるとともに、アクチュエータ11L,11Rの異常なども検出することも可能となる。
【0026】
このように、本実施形態によれば、路面状態やタイヤ特性あるいは車両重量の変化に拘わらず、車体すべり角βが目標値となるように後輪トー角θを適正に制御することができる。したがって、後輪トー角可変車両1の適正な挙動制御が行われて車両安定性が向上するとともに、車両の操作性もドライバに違和感を与えずに向上される。
【0027】
以上で具体的実施形態の説明を終えるが、本発明の態様はこれら実施形態に限られるも
のではない。例えば、上記実施形態では、実車体すべり角検出手段として対地センサを利用しているが、ヨーレイトと横加速度と車速とに基づいて実車体すべり角を算出してもよい。この場合、後輪トー角可変車両がヨーレイトセンサと横加速度センサとを更に備えるように構成し、実車体すべり角βactは次式により求めればよい。
βact=α/V−γ・・・(5)
但し、α:横加速度、γ:ヨーレイトである。
このような実施形態とすることにより、高価な対地センサを備えなくとも、対地センサ以外の比較的安価なセンサを利用し、これらセンサの検出値に基づいて算出することによって実際の車体すべり角に略等しい値を求めることができる。したがって、本発明をより低コストで実施することが可能である。
【0028】
また、上記実施形態では、後輪トー角制御装置を、両後輪におけるトレーリングアームにアクチュエータが連結された後輪トー角可変車両に適用しているが、それ以外の構成からなる後輪トー角可変車両に適用してもよい。さらに、後輪トー角を変化させるアクチュエータについても、左右の後輪にそれぞれ設けられる必要はなく、1つのアクチュエータで左右両後輪を同方向に駆動するような構成であってもよい。その他、本発明の主旨を逸脱しない範囲であれば、車両および後輪トー角制御装置の具体的構成や制御の具体的手法等は適宜変更可能である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】実施形態に係る後輪トー角制御装置が適用された後輪トー角可変車両の概略構成図
【図2】実施形態に係る後輪トー角制御装置の概略構成を示すブロック図
【図3】実施形態に係る後輪トー角制御の手順を示すフローチャート
【図4】横すべり角/操舵角と速度との関係を示すグラフ
【符号の説明】
【0030】
1 後輪トー角可変車両
11L,11R アクチュエータ
13 車速センサ
14 操舵角センサ(前輪舵角検出手段)
15 対地センサ(実車体すべり角検出手段)
16L,16R トー角センサ
20 後輪トー角制御装置
22 目標車体すべり角設定部
23 目標後輪トー角設定部
δ 前輪舵角
βact 実車体すべり角
βideal 目標車体すべり角
θideal 目標後輪トー角
G 車体すべり角伝達特性
K 係数

【特許請求の範囲】
【請求項1】
後輪トー角が可変制御される後輪トー角可変車両に設けられ、前記後輪トー角の制御に供される後輪トー角制御装置であって、
前輪舵角を検出する前輪舵角検出手段と、
実車体すべり角を検出する実車体すべり角検出手段と、
前記前輪舵角検出手段の検出結果に基づき、目標車体すべり角を設定する目標車体すべり角設定手段と、
前記目標車体すべり角と前記実車体すべり角との差に基づき、目標後輪トー角を設定する目標後輪トー角設定手段と
を備えたことを特徴とする後輪トー角制御装置。
【請求項2】
前記実車体すべり角検出手段が対地センサであることを特徴とする、請求項1に記載の後輪トー角制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−296700(P2008−296700A)
【公開日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−143927(P2007−143927)
【出願日】平成19年5月30日(2007.5.30)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】