説明

車両運動制御システム

【課題】既存の車両制御装置に対して大幅な変更を加えることなく、しかも互いの干渉を抑制して協調した動作を実現することのできる車両運動制御システムを提供する。
【解決手段】車両の挙動を制御する複数の車両制御装置としてのVSA及びRTCと、これらと通信線を介して接続される集中制御装置としての協調制御部17とを有し、VSA及びRTCと協調制御部はそれぞれ、規範ヨーレートを算出する規範ヨーレート算出部10,15,18を備えており、協調制御部が正常であるときは、VSA及びRTCの各々が、協調制御部から取得した規範ヨーレートに基づいて制御を行い、協調制御部が異常であるときは、VSA及びRTCの各々が、自装置内で算出された規範ヨーレートに基づいて制御を行うものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の挙動を制御する複数の車両制御装置と、この複数の車両制御装置の各々と通信線を介して接続される集中制御装置を備える車両運動制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
様々な状況下に於いて車両の操縦性、取扱性或いは取廻性を最適化するために、様々な制御装置が車両に搭載される。そのようなものとしては、少なくとも前輪舵角を制御入力として左右輪及び又は前後輪の制動力及び又は駆動力の配分を制御する装置(以下VSAと略)、少なくとも前輪舵角を制御入力として車両の後輪の舵角を制御する装置(以下RTCと略)等がある。特許文献1に記載されているVSA装置は、左右或いは前後のブレーキを自動的にかけることにより、制動力のバランスにより車両の挙動の乱れを通常の挙動に戻す働きをする。これは予め決めた車両運動に対する偏差をフィードバックすることによって成立させている。特に、特許文献1は、ドライバーの意志としての操舵角を、横加速度から求まる横すべり角速度の変化で規制することを開示している。
【特許文献1】特許第3214824号
【0003】
特許文献2に提案されている後輪トー角制御装置(RTC)では、従来から4輪操舵(4WS)として知られている形式のものに於いて、車両の横滑り角を零にすること(あるいは予め設定した値にすること)を目標値として車両の挙動を安定化するようにしている。その手法に関して、速度により前輪後輪の切れ角比を持ち替える(低速は逆相、高速では同相)等様々な手法が開示されているが、基本的にRTCあるいは4WSは、操舵角に対する実車両特性モデルのヨーレート応答の、理想車両特性モデルのヨーレート応答に対する偏差を最小化しようとするフィードバック制御を制御の基本としている。
【特許文献2】特許第3179271号
【0004】
上記VSAは原理的に制動力のバランスでヨーモーメントを発生するためタイヤの横すべり角が限界を越えた領域すなわち車両の限界域でも効果を発生できるが、ブレーキを頻繁にかけることは実用上許容できないことから、ある程度極端な事態(限界挙動)に対応して作動されることになる。一方、RTCは、後輪の微少横すべり角を用いてヨーモーメントを発生させるために通常領域(通常挙動)での制御に適する。従って、VSAとRTCを組み合わせれば、全走行領域において効果のある車両挙動安定化装置が実現することになる。
【0005】
そのようなことから、VSA、RTC等を含むものであって良い複数の制御装置を一体的なシステムに統合することにより、複数の制御装置により実現される複数の機能を協調的に実現することが考えられる。しかしながら、システム設計が複雑となり、しかも仕様の変更がある度にシステムプログラムを再設計する必要が生じ、多大な工数が必要となる。また、1つの制御装置の失陥が全体に対して影響を及ぼすため、システムの頑健性(ロバストネス)が低下する。更に、複数の制御装置を集中管理する部分に失陥が生ずると、システム全体がダウンする惧れがある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような従来技術の問題点に鑑み、本発明の主な目的は、既存の車両制御装置に対して大幅な変更を加えることなく、しかも互いの干渉を抑制して協調した動作を実現することのできる車両運動制御システムを提供することにある。
【0007】
本発明の第2の目的は、上記したようなシステムに於いて、集中制御装置が失陥した場合でも、各車両制御装置の作動を継続して維持できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような課題を解決するために、本発明においては、車両の挙動を制御する複数の車両制御装置(VSA及びRTC)と、該複数の車両制御装置の各々と通信線を介して接続される集中制御装置(協調制御部17)とを有し、前記複数の車両制御装置の各々と前記集中制御装置とはそれぞれ、規範ヨーレートを算出する規範ヨーレート算出部(10,15,18)を備えており、前記集中制御装置が正常であるときは、前記複数の車両制御装置の各々が、前記集中制御装置から取得した規範ヨーレートに基づいて制御を行い、前記集中制御装置が異常であるときは、前記複数の車両制御装置の各々が、自装置内で算出された規範ヨーレートに基づいて制御を行うものとした。
【0009】
これによると、集中制御装置の正常時は、各車両制御装置が、集中制御装置で算出された同一の規範ヨーレートに基づいて制御を行うため、車両制御装置相互の制御干渉を抑制することができる。一方、集中制御装置の異常時は、各車両制御装置が、自装置内で算出された規範ヨーレートに基づいて制御を行うため、各車両制御装置の動作を継続して維持することができる。
【0010】
この場合、複数の車両制御装置の各々が、集中制御装置の状態に応じて、集中制御装置からの規範ヨーレート及び自装置内の規範ヨーレート算出部で求めた規範ヨーレートのいずれかを選択する選択手段を有する構成とすると良い。特に、この選択手段は、集中制御装置から出力される選択信号に応じて選択動作を行う構成とすると良い。
【0011】
さらに、選択手段は、集中制御装置からのハイレベルの選択信号に応じて、集中制御装置からの制御信号を選択する構成とすると良い。この場合、集中制御装置の異常時には選択信号がローレベルとなるような選択信号出力回路を集中制御装置に設け、集中制御装置の正常時には選択信号がハイレベルに保持されるようにしておけば、各車両制御装置において、集中制御装置の正常時には集中制御装置から取得した規範ヨーレートに基づいて制御が行われ、集中制御装置の異常時には自装置内で算出された規範ヨーレートに基づいて制御制御が行われるようになる。
【発明の効果】
【0012】
このように本発明においては、既存の複数の車両制御装置を大幅な変更を加えることなく組み合わせても、集中制御装置が正常に動作しているときは、システム全体としての協調が達成され、集中制御装置が正常に動作できなくなったときでも、各車両制御装置が個々に所要の制御動作を行うことができるため、システムは、大きな問題を伴なうことなく、異常時に対する対策を含んだ協調制御を実現することができる。
【0013】
さらに、集中制御装置は、最小限の構成として規範ヨーレート算出部を備えていれば良く、集中制御装置の構成を簡略化することができるため、製造コストを低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に添付の図面を参照して本発明について詳細に説明する。
【0015】
図1は、車両挙動安定化制御装置(VSA)及び後輪トー角制御装置(RTC)を組み合わせた車両運動制御システムのブロック図である。VSA(車両制御装置)は、理想的な車両モデルからなる規範ヨーレート算出部10を有し、規範ヨーレート算出部10は、車速、前輪舵角及び横加速度に基づいて規範ヨーレートを出力する。規範ヨーレートと、車両14に於いて実測された実ヨーレートとの偏差がVSA制御部11に入力される。VSA制御部11から得られるVSA制御信号は、液圧制御量変換部12により、車両14の4輪のブレーキシリンダに加えられる液圧に対応する信号に変換され、車両14の4輪のブレーキシリンダに加えられる液圧が制御される。このようにして、車両14が規範ヨーレートに従って走行するように制御される。
【0016】
このように、VSA制御は、ブレーキを使用して車両の操縦性を制御するものであるため、出力の損失を伴なうことから、車両が限界的な条件下にあるときにのみ作動するようにするのが望ましい。そこで、制御介入閾値部13は、車速及び規範ヨーレートを考慮し、その限界的な領域をマップにより指定し、そのような領域内に車速及び規範ヨーレートが含まれるときにのみVSA制御が実行されるように、VSA制御部11に作用するようにしている。図2は、制御介入閾値部13が出力する制御介入閾値信号及びVSA制御部11により算出されるVSA制御計算値を示す。制御介入閾値信号がローである区間(時間)のみ、VSA制御計算値がVSA制御出力値として、VSA制御部11から出力される。
【0017】
一方、RTC(車両制御装置)は、理想的な車両モデルからなる規範ヨーレート算出部15を有し、規範ヨーレート算出部15は、車速及び前輪舵角に基づいて規範ヨーレートを出力する。規範ヨーレートと、車両14に於いて実測された実ヨーレートとの偏差が、RTC制御部16に入力され、RTC制御部16から得られるRTC制御信号は、車両14の、図示されない後輪転舵装置のアクチュエータに供給され、車両14が規範ヨーレートに従って走行するように、後輪が適宜転舵される。RTC制御は、ブレーキを使用する代わりに、後輪を僅かな角度で転舵するのみで、出力の損失が実質的に伴わないことから、格別制限なく定常的に実行される。
【0018】
ところで、規範ヨーレートは、車速をパラメータとして舵角や横加速度と規範ヨーレートとの相関関係を示すマップや計算式に基づいて算出することができる。RTCの規範ヨーレート算出部15では、車速及び舵角の2つの値から規範ヨーレートが求められ、一方、VSAの規範ヨーレート算出部10では、車速、舵角及び横加速度の3つの値から規範ヨーレートが求められ、ここでは例えば、車速及び舵角から求められる規範ヨーレートと、車速及び横加速度から求められる規範ヨーレートとのいずれかが、所定の選択規則(例えば値の大小)に基づいて選択される。このため、VSAの規範ヨーレート算出部10とRTCの規範ヨーレート算出部15とでは出力される規範ヨーレートが互いに異なる場合が生じる。なお、VSAとRTCとは別々に設計されるため、マップや計算式自体が異なる場合もあり、このような場合にも出力される規範ヨーレートが互いに異なるものとなる。
【0019】
図示されたシステムは、更に協調制御部(集中制御装置)17を有し、協調制御部17は、理想的な車両モデルからなる規範ヨーレート算出部18を有し、規範ヨーレート算出部18は、VSAの規範ヨーレート算出部10と同様に、車速、前輪舵角及び横加速度に基づいて規範ヨーレートを出力し、この規範ヨーレートは、協調制御信号としてVSA及びRTCに送られる。
【0020】
VSAは、規範ヨーレートと実ヨーレートとの偏差を求める減算器19と規範ヨーレート算出部10との間に選択スイッチ20を有し、選択スイッチ20の2つの入力には、規範ヨーレート算出部10からの信号(規範ヨーレート)及び協調制御部17からの協調制御信号(規範ヨーレート)が加えられる。また、選択スイッチ20には、協調制御部17の選択信号出力回路21から出力される選択信号が入力され、この選択信号に基づいて、規範ヨーレート算出部10からの信号及び協調制御部17からの協調制御信号のいずれかを選択するように選択スイッチ20が制御される。
【0021】
特に、本実施例では、選択スイッチ20は、協調制御部17から加えられる選択信号がハイレベルである場合には協調制御部17からの協調制御信号を選択し、選択信号がローレベルである場合には規範ヨーレート算出部10からの信号を選択する。特に、協調制御部17の異常時には選択信号がローレベルとなるようなフェイルセーフ構造を選択信号生成部22に設けておくことにより、システム全体として、高いロバストネスを実現することができる。
【0022】
図3は、協調制御部17の選択信号出力回路21におけるVSAに関連する部分を詳細に示す。協調制御部17は、制御中枢をなすCPU30と、CPU30に必要な電力を供給する電源回路33とを有する。CPU30の出力は、NOT回路31を介してトランジスタ32のベースに加えられる。トランジスタ32のベースには、電源回路33から抵抗R1を介してバイアス電流が加えられ、トランジスタ32のコレクタは、抵抗R2を介して電源回路33に接続されている。トランジスタ32のエミッタは接地されている。CPU30の出力ラインは抵抗R3を介して接地されている。
【0023】
このように構成された選択信号出力回路21では、トランジスタ32のコレクタが、選択スイッチ20のための選択信号を供給する。ここで、CPU30が正常であるときは、CPU30の出力がハイレベルに保持され、NOT回路31からの出力がローレベルとなり、トランジスタ32のコレクタからの出力、すなわち選択信号はハイレベルとなり、選択スイッチ20において協調制御部17からの協調制御信号が選択される。
【0024】
一方、電圧低下などの何らかの失陥が発生してCPU30が動作を停止すると、CPU30の出力が抵抗R3を介して接地されていることからローレベルとなり、NOT回路31からの出力がハイレベルとなり、トランジスタ32のコレクタからの出力、すなわち選択信号はローレベルとなり、選択スイッチ20において規範ヨーレート算出部10からの信号が選択される。
【0025】
これによりVSAにおいては、協調制御部17の正常時は、協調制御部17からの規範ヨーレートに基づいて制御が行われ、協調制御部17の異常時は、規範ヨーレート算出部10からの規範ヨーレートに基づいて制御が行われる。
【0026】
RTCは、規範ヨーレートと実ヨーレートとの偏差を求める減算器23と規範ヨーレート算出部15との間に選択スイッチ24を有し、選択スイッチ24の2つの入力には、規範ヨーレート算出部15からの信号(規範ヨーレート)及び協調制御部17からの協調制御信号(規範ヨーレート)が加えられ、RTCの選択スイッチ20と同様に、協調制御部17からの選択信号に基づき、規範ヨーレート算出部15からの信号及び協調制御部17からの協調制御信号のいずれかが選択される。
【0027】
これによりRTCにおいては、協調制御部17の正常時は、協調制御部17からの規範ヨーレートに基づいて制御が行われ、協調制御部17の異常時は、規範ヨーレート算出部15からの規範ヨーレートに基づいて制御が行われる。
【0028】
このようにして、協調制御部17自体に失陥が生じた場合、協調制御部17が何ら関与しない状態(協調制御部17が協調制御を行わない状態)とし、VSA及びRTCの各々が、それ自体の或いは既存の制御動作を行うようにしている。従って、協調制御部17自体に失陥が生じても、多少の制約を伴ない得るが、車両の挙動を破綻させることなく、その作動を継続させることができる。また、協調制御部17の正常時には、VSA及びRTCの各々が、協調制御部17で算出された同一の規範ヨーレートに基づいて制御を行うため、制御干渉を抑制することができる。
【0029】
以上本発明の特定の実施例について説明したが、本発明は上記に限定されない。例えば、上記実施例は、VSA及びRTCを含む車両運動制御システムについてのものであったが、本発明は他の制御装置、例えばEPS(電動パワーステアリング装置)などを構成要素とする車両運動制御システムについても適用可能である。また、制御装置の入力信号も、車速、前輪舵角、横加速度及び実ヨーレートに限らず、他の入力信号を含むものであって良い。更に、規範ヨーレートなどの信号の送受信に関し、本発明は特定の通信形態に依存するものではなく、CAN(Controller Area Network)、FlexRay等、どのような通信形態であっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明装置の全体構成を示すブロック図である。
【図2】図1に於ける制御介入閾値部の作動要領を示す波形図である。
【図3】図1に於ける協調制御部の選択信号出力回路におけるVSAに関連する部分を詳細に示す回路図である。
【符号の説明】
【0031】
10 規範ヨーレート算出部
11 VSA制御部
12 液圧制御量変換部
13 制御介入閾値部
14 車両
15 規範ヨーレート算出部
16 RTC制御部
17 協調制御部(集中制御装置)
18 規範ヨーレート算出部
20,24 選択スイッチ
21 選択信号出力回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の挙動を制御する複数の車両制御装置と、
該複数の車両制御装置の各々と通信線を介して接続される集中制御装置とを有し、
前記複数の車両制御装置の各々と前記集中制御装置とはそれぞれ、規範ヨーレートを算出する規範ヨーレート算出部を備えており、
前記集中制御装置が正常であるときは、前記複数の車両制御装置の各々が、前記集中制御装置から取得した規範ヨーレートに基づいて制御を行い、
前記集中制御装置が異常であるときは、前記複数の車両制御装置の各々が、自装置内で算出された規範ヨーレートに基づいて制御を行うことを特徴とする車両運動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−23787(P2010−23787A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−190681(P2008−190681)
【出願日】平成20年7月24日(2008.7.24)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】