説明

軸受装置

【課題】 軸受面の面精度を確保し、かつモーメント耐力を高めた軸受装置を低コストに提供する。
【解決手段】 樹脂部5に軸方向厚肉部5aを設け、軸受部材3の型成形後、電鋳部4とマスター軸6とを分離して、樹脂部5の軸方向厚肉部5aとそれ以外の部分との間で生じる内周面5bの成形収縮量差を生じ、予め電鋳加工で形成された電鋳部4の円筒状内周面3a’の一部を外径側に変形(後退)させて、軸受面3a、3a間の領域に軸受面3aより大径の逃げ部9を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受面となる軸受部材の内周面を円筒状の金属部で構成した軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受装置は自動車、一般機器、精密機器、電気、電子といった各分野で機構部品として広く用いられている。特に回転体を支持する滑り軸受や流体軸受等では、その軸受面精度が軸受性能を大きく左右することから、高い軸受面精度を得るため、従来から多種多様の提案がなされている。
【0003】
例えば、特開2003−56552号公報(特許文献1)では、電鋳部をインサート部品として一体に型成形した軸受部材(電鋳軸受部材)が提案されている。この軸受部材は、電鋳部の成形母体となるマスター軸のマスキング部以外の領域に電鋳殻である円筒状の電鋳部を形成し、この電鋳部をインサート部品として軸受部材を型成形した後、軸受部材の電鋳部をマスター軸から分離することで、分離面となる電鋳部の内周面をそのまま軸受面として使用可能としたことを特徴とするものである。
【特許文献1】特開2003−56552号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この種の軸受は、例えばHDD等のディスク駆動装置をはじめとする情報機器用のスピンドルモータに組込まれて使用する場合も少なくない。特に最近では、ディスク容量の増大化要求に応える形で、ディスクハブを介して軸部材に保持・回転されるディスク状情報記憶媒体(以下、単にディスクという。)の枚数が増加する傾向にあり、これに伴い、この種の軸受に高いモーメント耐力(モーメント剛性ともいう。)が要求される。
【0005】
モーメント耐力を向上させるための一手段として、例えば軸受部材の軸受面を軸方向に離隔して複数形成する構成が考えられる。この場合、軸受面間の領域は、軸受面より大径の逃げ部となる。これによれば、軸部材をできるだけ軸方向に離隔した位置で支持しつつも、その軸受面積を必要以上に増加せずに済む。そのため、ロストルクや摺動摩擦の増加を避けつつ、モーメント耐力を高めることができる。
【0006】
しかしながら、上記複数の軸受面および逃げ部を金属部の内周面に形成し、かつそれらを精度良く仕上げることは容易ではなく、そのため、かかる加工工程が複雑化し、高コスト化を招く。金属部を電鋳加工で形成する場合には、その外周に大径部を設けたマスター軸を使用することで、軸受面および逃げ部を設けた電鋳部を形成することができるが、これだと、軸受面間の領域を逃げ部として機能させるために、大径部を有するマスター軸を抜いて、代わりに軸方向で均一径の軸部材を使用する必要が生じる。また、この場合、マスター軸は無理抜きとなるため、無理抜きの際、逃げ部両端の軸受面を傷付けてその面精度を低下させる可能性があり好ましくない。
【0007】
本発明の課題は、軸受面の面精度を確保しつつモーメント耐力を高めた軸受装置を低コストに提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明は、円筒状の金属部をインサート部品とする樹脂の型成形品で、かつ金属部の内周面で軸受面を構成する軸受部材と、軸受部材の内周に挿入される軸部材とを備え、樹脂部の肉厚を軸方向で不均一にし、これにより生じる樹脂部の成形収縮量差で金属部を変形させ、金属部の内周面に、軸方向に離隔した複数の軸受面と、隣接する軸受面間に位置し、内径寸法が軸受面より大きい逃げ部とを形成したことを特徴とする軸受装置を提供する。
【0009】
上述のように、金属部の内周面に、軸方向に離隔した複数の軸受面と、隣接する軸受面間に位置し、内径寸法が軸受面より大きい逃げ部とを形成することで、モーメント耐力を改善し、かつロストルクや摺動摩擦を可及的に小さく抑えつつも、モーメント耐力を向上させることができる。また、軸受部材の型成形と同時に、軸受面および逃げ部が金属部の内周に形成されるので、金属部の内周面を、別途機械加工や塑性加工等により一部大径にするための加工を省略して、加工コストを低減することができる。
【0010】
また、金属部が電鋳加工で形成された電鋳部である場合には、マスター軸の外周面形状を単に軸方向で均一径形状とすることができるので、マスター軸を無理抜きすることなく、軸受面の面精度を確保することができる。また、マスター軸に大径部を設けた場合、マスター軸の外周面に形成される段差部分において金属イオンの析出量が増し、均一厚さの電鋳部を形成することが難しくなる可能性がある。これに対して、上述のように軸方向均一径のマスター軸を使用し、金属部の内周面を変形させることで、かかる不具合が解消され、マスター表面形状が電鋳部の内周面にミクロンオーダーで高精度に転写される。従って、特段の後加工を施すことなく、高い面精度を有する軸受面および逃げ部を低コストに得ることができる。
【0011】
上記逃げ部は、具体的には、樹脂部のうち、逃げ部の外径側部分を各軸受面の外径側部分よりも厚肉に成形することによって所定の軸方向位置に形成することができる。
【0012】
上記逃げ部を備えた軸受装置は、例えば滑り軸受や流体真円軸受を構成する他、軸受部材の軸受面と、これに対向する軸部材の外周面との間の軸受隙間に、動圧発生部を設けた、いわゆる動圧軸受を構成することもできる。
【0013】
動圧発生部として、例えば軸受部材の軸受面に複数の円弧面を形成したものが考えられ、この場合には、いわゆる多円弧軸受が構成可能である。
【0014】
複数の円弧面は、例えば樹脂部の円周方向複数箇所でウェルドを生じさせ、ウェルドと他の部分との間で生じる樹脂部内周面の成形収縮量差で軸受面を変形させて、軸受部材の軸受面に形成することができる。あるいは、樹脂部を円周方向複数箇所で肉厚に形成し、周方向厚肉部と他の部分との間で生じる成形収縮量差で軸受面を変形させて、軸受部材の軸受面に複数の円弧面を形成することもできる。
【0015】
上記構成の軸受装置は、例えばこの軸受装置を備えたモータとして好適に提供可能である。
【発明の効果】
【0016】
以上のように、本発明によれば、軸受面の面精度を確保し、かつモーメント耐力を高めた軸受装置を低コストに提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態を図1〜図8に基づいて説明する。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係る軸受装置1の断面図を示す。同図において、軸受装置1は、軸部材2と、軸部材2を内周に挿入可能な軸受部材3とを備える。このうち軸受部材3は、電鋳部4と、電鋳部4を樹脂でモールドした樹脂部5とを備える。
【0019】
軸受部材3の内周面の全面又は軸方向の一部領域に設けられる軸受面3aは電鋳部4の内周面で構成され、この実施形態では、軸受面3aは軸方向に離隔して2箇所形成される。軸方向に離隔して形成された軸受面3a、3a間には、その径方向寸法を軸受面3aの径方向寸法に比べて大径とする逃げ部9が形成される。樹脂部5は、外径側に張り出したフランジ状の軸方向厚肉部5aを一体に有する。軸方向厚肉部5aの軸方向位置は、軸受部材3の内周に形成された逃げ部9の軸方向位置と一致している。
【0020】
この実施形態では、軸受面3aは、例えば図2に示すように、複数の円弧面3bで構成される。この円弧面3bは、回転軸心Oからそれぞれ等距離オフセットした点を中心とする偏心円弧面であり、円周方向で等間隔に3面形成される。この偏心円弧面3bは、対向する軸部材2の真円状外周面2aとの間に、後述するラジアル軸受部Rのラジアル軸受隙間3cを形成する。各ラジアル軸受隙間3cは、その隙間が最大となる偏心円弧面3b、3b間のつなぎ目部分から互いに離隔する方向に対して漸次縮小した形状をなす。なお、図2では、軸受部材3と軸部材2との間の径方向隙間の形状を理解し易くするため、その隙間寸法を、軸部材2の径方向寸法に比べて大きく(誇張して)描いている。
【0021】
上記構成の軸受装置1において、軸部材2の相対回転時、軸受部材3の軸受面3aに形成された複数の円弧面3bはラジアル軸受面として、軸部材2の外周面2aとラジアル軸受隙間3cを介して対向し、多円弧軸受(テーパ軸受とも称される)を構成する。軸部材2の回転に伴い、ラジアル軸受隙間3c内に満たされた潤滑油が隙間3cの漸次縮小方向に押し込まれて、その圧力が上昇する。このような円弧面3b(くさび状隙間)の動圧作用によって、軸部材2をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部Rが軸方向2箇所に構成される。
【0022】
また、軸部材2の相対回転時、軸受部材3の内周面には、軸受面3aが軸方向に離隔して2箇所形成され、かつ軸受面3a、3a間に軸受面3aより大径の逃げ部9が形成されているので、軸部材2をできるだけ軸方向に離隔した位置で非接触支持しつつも、その軸受面積を必要以上に増加せずに済む。そのため、ロストルクの増加を避けつつ、モーメント耐力を高めることができる。
【0023】
以下、軸受装置1の製造工程を、軸受部材3の製造工程を中心に説明する。
【0024】
軸受部材3は、電鋳加工で使用するマスター軸6の所要領域をマスキングする工程、電鋳加工を行って非マスキング部に電鋳殻である電鋳部4を形成する工程、電鋳部4およびマスター軸6をインサート部品として軸受部材3の型成形(インサート成形)を行う工程、および電鋳部4とマスター軸6とを分離する工程を経て製作される。
【0025】
電鋳部4の成形母体となるマスター軸6は、例えば焼入処理をしたステンレス鋼で断面輪郭真円状に、かつ軸方向で均一径に形成される。マスター軸6の材料としては、ステンレス鋼以外にも、例えばクロム系合金やニッケル系合金など、マスキング性、導電性、耐薬品性を有するものであれば金属、非金属を問わず任意に選択可能である。マスター軸6を軸部材2として使用する場合には、上記特性の他、軸受の構成部品として求められる、機械的強度、剛性、摺動性、耐熱性等を満たす材料であることが望ましい。この場合、マスター軸6の外表面の少なくとも電鋳部4の形成予定領域に、電鋳部4との間の摩擦力を減じるための表面処理、例えばフッ素系の樹脂コーティングを施すのが望ましい。
【0026】
マスター軸6は、むく軸(中実軸)の他、中空軸あるいは中空部に樹脂を充填した中実軸であってもよい。また、マスター軸6の外周面精度は、軸受部材3の軸受面3aとなる電鋳部4の内周面の面精度を直接左右するので、なるべく高精度に仕上げておくことが望ましい。
【0027】
マスター軸6の外表面には、図3に示すように、電鋳部4の形成予定領域を除き、マスキングが施される。マスキング部8形成用の被覆材としては、非導電性、および電解質溶液に対する耐食性を有する材料が選択使用される。
【0028】
電鋳加工は、NiやCu等の金属イオンを含んだ電解質溶液にマスター軸6を浸漬し、電解質溶液に通電して目的の金属をマスター軸6の外表面のうち、マスキング部8以外の領域に電解析出させることにより行われる。電解質溶液には、カーボンなどの摺動材、あるいはサッカリン等の応力緩和材を必要に応じて含有させてもよい。析出金属の種類は、軸受の軸受面に求められる硬度、あるいは潤滑油に対する耐性(耐油性)など、必要とされる特性に応じて適宜選択される。
【0029】
以上の工程を経ることにより、図4に示すように、マスター軸6外周のマスキング部8以外の領域に円筒状の電鋳部4を形成した電鋳軸7が製作される。この段階で、マスター軸6の外周面と密着状態にある電鋳部4の内周面は軸方向均一定の円筒面形状をなす。なお、電鋳部4の厚みは、これが薄すぎると内周面(軸受面3a)の耐久性低下等につながり、厚すぎるとマスター軸6からの剥離性が低下する可能性があるので、求められる軸受性能や軸受サイズ、さらには用途等に応じて最適な厚み、例えば10μm〜200μmの範囲に設定される。
【0030】
上記工程を経て製作された電鋳軸7は、軸受部材3をインサート成形する成形型内にインサート部品として供給配置される。
【0031】
図5は、軸受部材3のインサート成形工程を概念的に示すもので、固定型11、および可動型12からなる金型には、ランナ13および点状ゲート14と、キャビティ15とが設けられる。点状ゲート14は、同図に示すように、成形金型の、樹脂部5の軸方向一端面に対応する位置に形成され、かつこの実施形態では、図6に示すように、円周方向等間隔に3箇所形成される。各点状ゲート14のゲート面積は、充填する溶融樹脂の粘度や、成形品の形状に合わせて適切な値に設定される。
【0032】
上記構成の金型において、電鋳軸7を位置決め配置した状態で可動型12を固定型11に接近させて型締めする。次に、型締めした状態で、スプール(図示は省略する)、ランナ13、および点状ゲート14を介してキャビティ15内に溶融樹脂Pを射出・充填し、軸方向厚肉部5aを有する樹脂部5を電鋳軸7と一体に成形する。この際、各点状ゲート14からキャビティ15内に送り込まれた溶融樹脂Pは、各点状ゲート14からそれぞれ円周方向(図6中矢印の方向)に向けて流動し、各点状ゲート14、14間の中間位置(図6中、16で示す位置)で合流する。そのため、この中間位置では、いわゆるウェルド(ウェルドライン)が円周方向等間隔に3箇所生じる
【0033】
樹脂材料は、例えば液晶ポリマー(LCP)、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリアミド樹脂等の高機能結晶性ポリマーが使用可能であるが、この中でも特にウェルドを生じ易い液晶ポリマー(LCP)が好適である。もちろんこれらは一例にすぎず、軸受の用途や使用環境に適合した樹脂材料が任意に選択可能である。必要に応じて強化材(繊維状、粉末状等の形態は問わない)や潤滑剤、導電化剤等の各種充填材を加えてもよい。
【0034】
型開き後、マスター軸6、電鋳部4、および樹脂部5が一体となった成形品を金型11、12から脱型する。この成形品は、その後の分離工程において電鋳部4および樹脂部5からなる軸受部材3(図1を参照)と、マスター軸6とに分離される。これにより、電鋳部4の内周面(マスター軸6との分離面)の全面又は軸方向の一部領域を軸受面3aとする軸受部材3が得られる。また、樹脂部5に連結した点状ゲート14は、型開きに伴い樹脂部5と分断され、完成品としての軸受部材3の軸方向一端面に点状ゲート跡14’として残る。
【0035】
ところで、電鋳部4を薄肉円筒状に形成する場合、マスター軸6と分離する前の電鋳部4には、その内周面がマスター軸6から剥がれる方向に変位するのを妨げる向きの内部応力(残留応力)が生じる場合が多い。この残留応力は、例えば電鋳軸7に衝撃を与える等して電鋳部4の内周面とマスター軸6の外周面との間の密着状態を解消することにより解放される。この応力解放に伴い電鋳部4の内周面(軸受面3a)とマスター軸6の外周面との間に径方向の隙間が形成されるので、両者を分離することが可能となる。
【0036】
分離工程では、この原理を利用して軸受部材3とマスター軸6との分離が行われる。具体的には、電鋳軸7あるいは軸受部材3に衝撃を与え、電鋳部4の内周面を半径方向に拡径させて、マスター軸6の外周面との間に微小隙間(半径寸法で1μm〜数十μm程度)を形成する。この微小隙間は、本実施形態のように、マスター軸6をそのまま軸受装置1の軸部材2として使用する場合、軸受部材3と軸部材2との間のラジアル軸受隙間3c(図2を参照)として機能する。また、電鋳部4の分離手段としては、上記手段以外に、例えば電鋳部4とマスター軸6とを加熱(又は冷却)し、両者間に熱膨張量差を生じさせることによる方法、あるいは両手段(衝撃と加熱)を併用する手段等が使用可能である。なお、電鋳部4の拡径量は、例えば電鋳部4の肉厚や、電鋳部4の成形条件(電解液濃度、電流密度等)を変更することによって適宜調整することができる。
【0037】
このように、電鋳部4の内周面がマスター軸6との分離に伴い拡径するが、これと同時に、樹脂部5の成形(固化)に伴い樹脂部5内部に生じた残留応力が解放され、図7に示すように、樹脂部5の内周面5b(図7中実線部分)が外径方向への収縮(図7中1点鎖線部分)を生じる。この径方向収縮に伴い、樹脂部5の内周面5bと密着した電鋳部4も外径側に変位する。この場合、径方向への収縮量は、特に樹脂部5の軸方向厚肉部5aにおいて大となるため、図7に示すように、予めマスター軸6の外周面に倣って径一定に形成された電鋳部4の円筒状内周面3a’のうち、軸方向厚肉部5aと軸方向に一致する領域では、他所に比べて外径側への後退量が大きくなる。これにより、電鋳部4の円筒状内周面3a’(図7中実線部分)が一部外径側に変形し、見かけ上変形しない軸方向両端に軸受面3a、3aが形成されると共に、軸受面3a、3a間の後退領域に、その径方向寸法を軸受面3aの径方向寸法と比べて大径とした逃げ部9(図7中1点鎖線部分)が形成される。
【0038】
このように、軸受部材3の型成形後、電鋳部4とマスター軸6とを分離して、樹脂部5の軸方向厚肉部5aとそれ以外の周方向他所との間で生じる内周面5bの成形収縮量差を生じ、予め電鋳加工で形成された電鋳部4の円筒状内周面3a’の一部を外径側に変形(後退)させて逃げ部9を形成することで、軸受部材3の型成形と同時に軸受面3aおよび逃げ部9を形成することができる。これにより、軸受部材3の円筒状内周面3a’を、別途機械加工や塑性加工等により一部大径にするための加工が不要となるので、かかる工程を省略して、加工コストを低減することができる。
【0039】
また、この実施形態では、ウェルド発生領域16において、その径方向収縮量が周方向において最大となるため、例えば図8に示すように、予めマスター軸6の外周面に倣って形成された電鋳部4の真円状内周面3a’のうち、ウェルド発生領域16と周方向に一致する領域では、他所に比べて外径側への後退量が大きくなる。これにより、電鋳部4の真円状内周面3a’(図8中実線部分)が一部外径側に後退し、複数の円弧面3bを連続させた形状(図8中1点鎖線部分)に変形する。
【0040】
このように、軸受部材3の型成形後、電鋳部4とマスター軸6とを分離して、樹脂部5のウェルド発生領域16とそれ以外の周方向他所との間で成形時収縮差を生じることで、予め電鋳加工で形成された電鋳部4の真円状内周面3a’の一部を外径側に後退させ、複数の円弧面3bで構成された軸受面3aを形成することができる。これにより、軸方向で径一定の真円状外周面を有するマスター軸6を使用した場合であっても、軸受部材3の内周面に逃げ部9、および軸受面3a(複数の円弧面3b)を同時に形成することができる。従って、別途逃げ部9や軸受面3aを形成するための加工を施さずに済み、かかる加工コストを大幅に低減することができる。
【0041】
また、この実施形態では、マスター軸6をそのまま軸部材2として使用した場合を説明したが、マスター軸6は、その外周面形状を軸方向で径一定の断面真円状とするものが使用されるので、例えば、マスター軸6とは別に製作した軸状の部材を軸部材2として用いることもできる。これによれば、一度高精度に製作したマスター軸6を繰返し転用することができるので、マスター軸6の製作コストを抑え、軸受装置1のさらなる低コスト化を図ることが可能となる。
【0042】
以上、本発明に係る軸受装置1の一実施形態を説明したが、本発明は上記実施形態に限らず他の構成を採ることも可能である。
【0043】
図9は、軸受装置1の他の構成例を示す断面図である。同図における軸受装置1’は、特に軸方向厚肉部5aの軸方向両端の形状を、図1に示す形態とは異ならせた点を特徴とするものである。すなわち、図1に示す軸方向厚肉部5aは、段差を介して樹脂部5の軸方向両端とつながった形状をなすものであるが、図2に示す軸方向厚肉部5aは、その軸方向両端に、例えばテーパ状に漸次縮径する縮径部5cを設け、樹脂部5の軸方向両端と比較的滑らかにつながった形状をなす。
【0044】
軸方向厚肉部5aの外周面形状は、樹脂部5の成形時収縮に伴い軸受部材3の内周面が外径側に後退する際、ある程度倣う面形状となるため、例えばテーパ状の縮径部5cを設けた場合、内周面に形成される逃げ部9も、その軸方向両端を比較的緩やかに縮径させて軸受面3a、3aとそれぞれつながった形状をなす。これにより、逃げ部9は、潤滑油の溜り部として作用すると共に、ラジアル軸受隙間3cにおいて潤滑油が不足した際には、テーパ状の縮径部を介して速やかに潤滑油を供給することができる。これにより、潤滑油の供給能力を一層高め、より優れた軸受性能を発揮することが可能となる。もちろん、縮径部5cを断面円弧状などの曲面形状とし、逃げ部9とその軸方向両端の軸受面3a、3aとをより滑らかにつなげることも可能である。
【0045】
また、以上の実施形態では、ウェルドを利用した樹脂部5の外径方向への成形時収縮差でもって、軸受面3aに複数の円弧面3bを形成した場合を説明したが、これ以外の方法により円弧面3bを形成することも可能である。
【0046】
図10は、軸受装置1の他の構成例を示す断面図である。同図における軸受装置1’は、樹脂部5の軸受面3aの外径側に位置する部分の形状を、図1に示す形態とは異ならせた点を特徴とするものである。すなわち、樹脂部5は、その軸受面3a外径側の肉厚を周方向で異ならせた形状をなし、例えば他所に比べて肉厚な部分(周方向厚肉部)5dを周方向等間隔に3箇所設けた形状をなす。
【0047】
この場合、樹脂部5の径方向への成形収縮量は、特に周方向厚肉部5dで大となり、図10に示すように、電鋳部4の真円状内周面3a’における外径側への後退量も周方向厚肉部5dの内径側で最大となる。これにより、真円状の内周面3a’(図10中1点鎖線部分)が複数の円弧面3b(図10中実線部分)形状に変形する。もちろん、この周方向厚肉部5dは、軸方向厚肉部5aとは、その形成位置(周方向厚肉部5dは軸受面3aの外径側、軸方向厚肉部5aは逃げ部9の外径側)が異なるため、図10に示すように、軸方向厚肉部5aと、周方向厚肉部5dとを同時に設けることもできる。
【0048】
なお、何れの形態を採用する場合でも、軸受面3aを構成する電鋳部4の肉厚と、この電鋳部4の外径側に位置する樹脂部5の肉厚との比率(肉厚比)は、軸受部材3の真円状内周面3a’の変形量(外径側への後退量)に影響を及ぼすことから、この肉厚比を適宜調整して外径側への後退量を制御することも可能である。
【0049】
また、電鋳部4の軸方向への抜止めを狙ったものとして、例えば図11に示す構成を挙げることができる。これは、電鋳部4の軸方向端部4aをフランジ状に塑性変形させた状態で軸受部材3をインサート成形したもので、この場合、フランジ状の端部4aが電鋳部4の軸方向の抜止めとして作用する。端部4aの塑性変形は、例えば図示は省略するが、樹脂部5のインサート成形時、より詳しくは金型11、12の型締め時に、金型11、12の型締め力によって電鋳部4の軸方向端部のみを外径側に塑性変形させるよう、金型11、12の形状を工夫する等して対応することができる。なお、この種の塑性変形は、マスキング部8の厚みが薄い場合など、電鋳部4の軸方向端部がマスキング部8側に突出し、かつマスター軸6の外周面と径方向に離隔した状態で形成される場合に特に有効である。なお、同様に図示は省略するが、上記塑性変形時、電鋳部4の端部(抜止め部)の外周面形状を、ランダムな凹凸を有する形状とすることで、高い回り止め効果が得られる。
【0050】
以上の実施形態では、円筒状の金属部として、電鋳部4を使用した場合を説明したが、本発明は、もちろん電鋳部4以外の円筒状金属部にも採用することができる。その場合、軸部材2と別体に形成された円筒状の金属部は、上記同様の方法でインサート部品として樹脂部5と一体に型成形され、樹脂部5に設けた軸方向厚肉部5aにより外径側に一部変形することで、軸受面3aより大径の逃げ部9を形成可能となる。また、使用可能な金属部の材質や厚みは、樹脂部5の成形収縮に伴う外径側への変形量の他、軸部材との摺動特性等を考慮して適宜選択するのが好ましい。
【0051】
以上に説明したラジアル軸受部Rの多円弧軸受は、何れもいわゆる3円弧軸受であるが、これに限らず、いわゆる4円弧軸受、5円弧軸受、さらには6円弧以上の数の円弧面3bで構成された多円弧軸受を採用してもよい。この場合には、点状ゲート14や、あるいは周方向厚肉部5dを、円弧面3bの数に合わせて設けることで対応が可能となる。
【0052】
また、以上の実施形態では、軸受装置1、1’の内部に充満し、ラジアル軸受隙間に動圧作用を生じる流体として、潤滑油を例示したが、それ以外にも軸受隙間に動圧作用を生じ得る流体、例えば空気等の気体や、磁性流体等の流動性を有する潤滑剤、あるいは潤滑グリース等を使用することもできる。
【0053】
また、以上の実施形態では、複数の円弧面3bを、樹脂部5の周方向における成形収縮量差でもって軸受面3aに形成した場合を説明したが、何もこの方法に限るものではなく、例えばマスター軸6の外周面形状を、複数の円弧面3bに倣った形状とし、その形状を転写することで軸受面3aに形成することもできる。この場合、軸部材2には、マスター軸6とは別体の断面真円状軸が使用される。これとは逆に、軸受面3aを断面真円状に形成し、これにマスター軸6とは別体で、かつ外周面に円弧面3bを形成した軸を組合わせることで、多円弧軸受を構成することもできる。あるいは、動圧軸受に限らず、軸受面3aと、これに対向する軸部材2の外周面2aとを何れも断面真円状として、両面3a、2a間に真円軸受を構成することもできる。
【0054】
以上説明した軸受装置1、1’は、例えば情報機器用のモータに組み込んで使用可能である。以下、軸受装置1を上記モータ用の軸受に適用した構成例を、図12に基づいて説明する。なお、図1、図2に示す実施形態と構成・作用を同一にする部位および部材については、同一の参照番号を付し、重複説明を省略する。
【0055】
図12は、軸受装置1を組み込んだモータ21の断面図を示している。このモータ21は、例えばHDD等のディスク駆動装置用のスピンドルモータとして使用されるものであって、軸部材22を回転自在に非接触支持する軸受装置1と、軸部材22に装着されたロータ(ディスクハブ)24と、例えば半径方向のギャップを介して対向させたステータコイル25およびロータマグネット26とを備えている。ステータコイル25は、ブラケット27の外周に取付けられ、ロータマグネット26はディスクハブ24の内周に取付けられている。ディスクハブ24には、磁気ディスク等のディスクDが一又は複数枚保持されている。ステータコイル25に通電すると、ステータコイル25とロータマグネット26との間の電磁力でロータマグネット26が回転し、それによって、ディスクハブ24及びディスクハブ24に保持されたディスクDが軸部材22と一体に回転する。
【0056】
この実施形態において、軸受装置1は、軸受部材3と、軸受部材3の内周に挿入される軸部材22と、軸受部材3の一端に装着され、軸部材22の下端と接触するスラストプレート23とを備えている。そして、軸部材22の回転時、軸部材22の外周面と軸受部材3の軸受面3aとのラジアル軸受隙間には、図示は省略するが、くさび状のラジアル軸受隙間に生じる潤滑油の動圧作用で軸部材22をラジアル方向に回転自在に非接触支持するラジアル軸受部Rが形成され、同時に、軸部材22の下端とスラストプレート23の上端面との間に、軸部材22をスラスト方向に回転自在に支持するスラスト軸受部Tが形成される。
【0057】
図12では、スラスト軸受部Tをいわゆるピボット軸受で構成した場合を例示しているが、この他にも、動圧溝等の動圧発生手段で軸部材22をスラスト方向に非接触支持する動圧軸受も使用可能である。
【0058】
本発明の軸受装置は、以上の例示に限らず、モータの回転軸支持用として広く適用可能である。この軸受装置は、上記のとおり、高いモーメント耐力を有するので、上記HDD等の磁気ディスク駆動用のスピンドルモータをはじめとして、高回転精度が要求される情報機器用の小型モータ、例えば光ディスクの光磁気ディスク駆動用のスピンドルモータ、あるいはレーザビームプリンタのポリゴンスキャナモータ等における回転軸支持用としても好適に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0059】
【図1】本発明の一実施形態に係る軸受装置の断面図である。
【図2】軸受装置のA−A断面図である。
【図3】マスキングを施した状態のマスター軸を示す斜視図である。
【図4】電鋳軸の斜視図である。
【図5】軸受部材の型成形工程を概念的に示す図である。
【図6】軸受部材の型成形工程を概念的に示す図である。
【図7】樹脂部の成形時収縮を模式的に示す図である。
【図8】樹脂部の成形時収縮を模式的に示す図である。
【図9】軸受装置の他の構成例を概念的に示す図である。
【図10】軸受装置の他の構成例を概念的に示す図である。
【図11】軸受部材の他の構成例を示す断面図である。
【図12】軸受装置を備えたモータの一構成例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0060】
1 軸受装置
2 軸部材
2a 外周面
3 軸受部材
3a 軸受面
3a’ 円筒状内周面
3b 偏心円弧面
3c ラジアル軸受隙間
4 電鋳部
5 樹脂部
5a 軸方向厚肉部
6 マスター軸
7 電鋳軸
8 マスキング部
14 点状ゲート
16 ウェルド発生領域
21 モータ
22 軸部材
25 ステータコイル
26 ロータマグネット
R ラジアル軸受部
T スラスト軸受部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状の金属部をインサート部品とする樹脂の型成形品で、かつ金属部の内周面で軸受面を構成する軸受部材と、軸受部材の内周に挿入される軸部材とを備え、
樹脂部の肉厚を軸方向で不均一にし、これにより生じる樹脂部の成形収縮量差で金属部を変形させ、金属部の内周面に、軸方向に離隔した複数の軸受面と、隣接する軸受面間に位置し、内径寸法が軸受面より大きい逃げ部とを形成したことを特徴とする軸受装置。
【請求項2】
樹脂部のうち、逃げ部の外径側部分を各軸受面の外径側部分よりも厚肉に成形した請求項1記載の軸受装置。
【請求項3】
軸受部材の軸受面と、これに対向する軸部材の外周面との間の軸受隙間に動圧発生部を設けた請求項1記載の軸受装置。
【請求項4】
動圧発生部として、軸受部材の軸受面に複数の円弧面を形成した請求項3記載の軸受装置。
【請求項5】
樹脂部の円周方向複数箇所でウェルドを生じさせ、ウェルドと他の部分との間で生じる樹脂部内周面の成形収縮量差で軸受面を変形させて、軸受面に複数の円弧面を形成した請求項4記載の軸受装置。
【請求項6】
樹脂部を円周方向複数箇所で肉厚に成形し、周方向厚肉部と他の部分との間で生じる成形収縮量差で軸受面を変形させて、軸受面に複数の円弧面を形成した請求項4記載の軸受装置。
【請求項7】
金属部が、電鋳加工で形成された電鋳部である請求項1〜6の何れか記載の軸受装置。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか記載の軸受装置を備えたディスク装置のスピンドルモータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2006−322523(P2006−322523A)
【公開日】平成18年11月30日(2006.11.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−145803(P2005−145803)
【出願日】平成17年5月18日(2005.5.18)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【出願人】(501251219)株式会社アクトワン (23)
【Fターム(参考)】