酸化チタン薄膜、その製造方法、磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリ
【課題】従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜及びその製造方法と、それを用いた磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリを提供する。
【解決手段】TiO2粒子を混入させた原料溶液を基板2の表面に塗布して、TiO2粒子層を当該基板2の表面に形成し、水素雰囲気下において焼成処理することにより、基板2の表面に酸化チタン薄膜3を形成する。これにより、温度が約460K付近において非磁性半導体と常磁性金属とに相転移する従来におけるバルク体とは異なり、室温で相転移せずに、全ての温度領域において、Ti3O5粒子本体が常磁性金属の特性を常に維持することができるという従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜3を提供できる。
【解決手段】TiO2粒子を混入させた原料溶液を基板2の表面に塗布して、TiO2粒子層を当該基板2の表面に形成し、水素雰囲気下において焼成処理することにより、基板2の表面に酸化チタン薄膜3を形成する。これにより、温度が約460K付近において非磁性半導体と常磁性金属とに相転移する従来におけるバルク体とは異なり、室温で相転移せずに、全ての温度領域において、Ti3O5粒子本体が常磁性金属の特性を常に維持することができるという従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜3を提供できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化チタン薄膜、その製造方法、磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリに関し、例えばTi3+を含む酸化物(以下、これを単に酸化チタンと呼ぶ)に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、酸化チタンの代表であるTi2O3は、種々の興味深い物性を有する相転移材料であり、例えば金属―絶縁体転移や、常磁性―反強磁性転移が起こることが知られている。また、Ti2O3は、赤外線吸収や、熱電効果、磁気電気(ME)効果等も知られており、加えて、近年、磁気抵抗(MR)効果も見出されている。このような、様々な物性は、バルク体(〜μmサイズ)でのみ研究されており(例えば、非特許文献1参照)、そのメカニズムは未だ不明な部分も多い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Hitoshi SATO,他,JORNAL OF THE PHYSICAL SOCIETY OF JAPAN Vol.75,No.5,May,2006,pp.053702/1-4
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このような酸化チタンの従来における合成方法は、真空中において、約1600℃で焼成したり、約700℃でTiO2を炭素還元したり、約1000℃でTiO2,H2,TiCl4を焼成することでバルク体として合成されてきた。しかしながら、このような酸化チタンについては、バルク体のみならず、その他の合成方法により、新規物性の発現が期待されている。
【0005】
そこで、本発明は以上の点を考慮してなされたもので、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜及びその製造方法と、それを用いた磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリを提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる課題を解決するため本発明の請求項1は、TiO2粒子混入溶液からなるTiO2粒子層が成膜対象の表面に形成され、水素雰囲気下で焼成されることで、前記成膜対象の表面に形成されており、Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する結晶構造を有していることを特徴とするものである。
【0007】
また、本発明の請求項2は、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持し、少なくとも500K以上の温度領域で常磁性金属状態の斜方晶系の結晶構造となり、少なくとも300K以下の温度領域で常磁性金属状態の単斜晶系の結晶構造となることを特徴とするものである。
【0008】
また、本発明の請求項3は、TiO2粒子混入溶液からなるTiO2粒子層を成膜対象の表面に形成し、水素雰囲気下で焼成する焼成工程を備え、前記焼成工程によって、Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する結晶構造を有した酸化チタン薄膜を、前記成膜対象の表面に形成することを特徴とするものである。
【0009】
また、本発明の請求項4は、前記焼成工程では、1100〜1200℃で焼成することを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の請求項5は、支持体上に磁性材料を固定してなる磁性層を備え、前記磁性層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜であることを特徴とするものである。
【0011】
また、本発明の請求項6は、記録用の記録光が記録層に集光されることで、前記記録層に情報を記録し、読出用の読出光が前記記録層に集光されることで、前記記録層から戻ってくる戻り光の反射率の違いから、前記記録層に記録された情報を再生する光情報記録媒体において、前記記録層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜であることを特徴とするものである。
【0012】
また、本発明の請求項7は、支持体上に電荷蓄積材料を固定してなる電荷蓄積層を備え、前記電荷蓄積層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の請求項1及び3によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜を提供できる。
【0014】
また、本発明の請求項5によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜を磁性層として用いた磁気メモリを提供できる。
【0015】
また、本発明の請求項6によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜を記録層として用いた光情報記録媒体を提供できる。 また、本発明の請求項7によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜を電荷蓄積層として用いた電荷蓄積型メモリを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】酸化チタン薄膜体の構成を示す概略図である。
【図2】λ−Ti3O5の結晶構造とα−Ti3O5の結晶構造を示す概略図である。
【図3】本発明による製造方法により製造された酸化チタン薄膜体を示す写真である。
【図4】酸化チタン薄膜体のXRDパターンの解析結果を示すグラフである。
【図5】β−Ti3O5の結晶構造を示す概略図である。
【図6】酸化チタン薄膜の用途の説明に供するグラフである。
【図7】Ti3O5単結晶の温度変化によるβ相とα相の相転移を示すグラフである。
【図8】Ti3O5単結晶の電荷非局在ユニットの割合と温度との関係、ギブスの自由エネルギーと電荷非局在ユニットの割合との関係を示す概略図である。
【図9】本発明のλ相からなる試料の電荷非局在ユニットの割合と温度との関係、ギブスの自由エネルギーと電荷非局在ユニットの割合との関係を示す概略図である。
【図10】ギブスの自由エネルギーと電荷非局在ユニットの割合と温度との関係を示すグラフである。
【図11】光照射時における温度と電荷非局在ユニットの割合との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下図面に基づいて本発明の実施の形態を詳述する。
【0018】
(1)酸化チタン薄膜体の構成
図1において、1は酸化チタン薄膜体の一例を示し、この酸化チタン薄膜体1は、例えば石英ガラスからなる基板2と、この基板2の表面に成膜された酸化チタン薄膜3とを備えている。この実施の形態における酸化チタン薄膜3は、約1.5μm程度の厚みを有し、粒径が約7nm程度のナノサイズからなる複数のTiO2粒子(例えば、石原産業株式会社製の商品名「ST−01」)が焼結することにより形成されている。
【0019】
実際上、酸化チタン薄膜3は、擬ブルッカイト構造のTi3O5の組成を有し、温度が変化することにより結晶構造が相転移し得ると共に、全ての温度領域(例えば0〜800Kの温度領域)でパウリ常磁性を示し、常磁性金属の状態が保たれ得るようになされている。これにより本発明による酸化チタン薄膜3では、従来から知られているTi3O5からなるバルク体(以下、これを従来結晶と呼ぶ)が非磁性半導体に相転移する約460K未満の温度領域でも、常磁性金属的な状態を保てる、という従来にない特性を有している。
【0020】
実際上、この酸化チタン薄膜3は、約300K以下の温度領域において、Ti3O5が常磁性金属の状態を保った単斜晶系の結晶相(以下、これをλ相とも呼ぶ)となり得る。そして、この酸化チタン薄膜3は、約300Kを超えたあたりから相転移し始め、λ相と、常磁性金属状態の斜方晶系のα相とが混相した状態となり、約500Kを超えた温度領域において結晶構造がα相のみとなり得る。
【0021】
この実施の形態の場合、約300K以下の温度領域での酸化チタン薄膜3は、図2(A)に示すように、結晶構造が空間群C2/mに属し、格子定数がa=9.835(1)Å、b=3.794(1)Å、c=9.9824(9)Å、β=90.720(9)°、単位格子の密度d=3.988g/cm3からなるTi3O5(以下、これをλ−Ti3O5と呼ぶ)となり得る。これに対して、約500K以上の温度領域での酸化チタン薄膜3は、図2(B)に示すように、結晶構造が空間群Cmcmに属し、格子定数がa=3.798(2)Å、b=9.846(3)Å、c=9.988(4)Å、d=3.977g/cm3からなるα−Ti3O5となり得る。
【0022】
(2)酸化チタン薄膜の製造方法
次に、このような酸化チタン薄膜3の製造方法について以下説明する。具体的には、ナノサイズのTiO2粒子からなる粉末体を硝酸水溶液に混入させてゾル状の原料溶液を生成する。ここでは、例えば、粉末体を構成するTiO2粒子として、粒子径が約7nm程度のアナターゼ型の光触媒たるTiO2粒子(石原産業株式会社製の商品名「ST−01」)が用いられ、これらTiO2粒子が30wt%の濃度で硝酸水溶液に混入させたゾル状の原料溶液(石原産業株式会社製の商品名「STS−01」)を用いて、当該原料溶液を成膜対象である石英ガラスの基板2の表面に塗布して、原料溶液でなるTiO2粒子層を当該基板2の表面に形成する。
【0023】
次いで、TiO2粒子層で表面がコーティングされた基板2を、水素雰囲気下(約0.05L/min)において所定温度(約1100〜1200℃)で所定時間(約5時間)の間、焼成処理する。これにより、TiO2粒子の還元反応によって、Ti3+を含んだ酸化物であるTi3O5(Ti3+2Ti4+O5)の組成を有した酸化チタン粒子が生成されると共に、焼成処理の際にこれら複数の酸化チタン粒子が焼結して膜状となった酸化チタン薄膜3が基板2の表面に形成される。
【0024】
因みに、焼成処理において、水素雰囲気を0.05L/min、温度を約1200℃、焼成時間を5時間としてところ、図3に示すように、石英ガラスの基板2上に膜厚2μm程度の酸化チタン薄膜3が形成された酸化チタン薄膜体1を製造することができた。
【0025】
(3)酸化チタン薄膜の特性
上述した製造方法によって作製された酸化チタン薄膜3は、次のような特性を有する。
【0026】
(3−1)酸化チタン薄膜体のX線回折(XRD)測定
ここで、この酸化チタン薄膜体1について、室温でXRDパターンを測定したところ、図4に示すような解析結果が得られた。図4は、横軸に回折角を示し、縦軸に回折X線強度を示している。図4に示すように、このXRDパターンでは、基板材料たる石英ガラスを示すピークが現れていると共に、この石英ガラスを示すピークの他に、特徴的なピークが現れており、この特徴的なピークがα−Ti3O5のXRDパターン(図示せず)とは異なることが確認できた。このことから、酸化チタン薄膜3を構成する結晶構造がα−Ti3O5ではないことが確認できた。
【0027】
ここで、このXRDパターンは、特徴的なピークが、本願発明者らによるPCT/JP2009/69973(これを従来の製造方法とする(図6参照))で定義したλ−Ti3O5の特徴的なピークとほぼ一致していることから、上述した製造方法によって製造された酸化チタン薄膜3の結晶構造が、従来の製造方法で製造されたλ−Ti3O5であることが確認できた。
【0028】
因みに、従来結晶(従来から知られているTi3O5からなるバルク体)は、相転移物質であり、温度が約460Kよりも高いと、結晶構造がα−Ti3O5(α相)になり、約460Kよりも低いと、結晶構造がβ−Ti3O5(β相)になることが確認されている。すなわち、約460Kよりも低い温度領域での従来結晶は、図5に示すように、空間群C2/mに属する結晶構造を有し、格子定数がa=9.748(1)Å、b=3.8013(4)Å、c=9.4405(7)Å、β=91.529(7)°、d=4.249g/cm3からなるβ−Ti3O5となる。
【0029】
このように、本発明における酸化チタン薄膜3の組成物であるλ−Ti3O5は、図2(A)に示すように、β−Ti3O5の結晶構造とは異なる結晶構造を有することからも、β−Ti3O5とは異なることが分かる。
【0030】
なお、約460K付近の極めて狭い温度領域における従来結晶では、α相及びβ相と異なる結晶構造体となることが確認されており、このときの結晶構造体についてXRDパターンの解析を行い、当該XRDパターンの特徴的なピークを、図4におけるXRDパターンの特徴的なピークと照らし合わせると、本発明によるλ−Ti3O5のXRDパターンのピークとほぼ一致する。このことから本発明による酸化チタン薄膜3には、従来結晶において約460K付近の極めて狭い温度領域でのみ発現するλ−Ti3O5が、約0〜300Kの広い温度領域でも安定して発現していることが分かる。
【0031】
(3−2)酸化チタン薄膜におけるλ相及びα相の温度依存性
ここで本発明の酸化チタン薄膜3は、0〜800Kの温度領域において、そのうち低い温度領域で結晶相がλ相になり、例えば約300K付近を越えた辺りからα相が現れ始め、温度が上昇するに従って次第にλ相が減ってα相が増えてゆき、その後α相がλ相よりも多くなり、高い温度領域で結晶相がα相のみになる。また、酸化チタン薄膜3は、加熱されてα相のみになっても、再び低い温度領域まで冷却されると、λ相が回復することから、λ相及びα相が温度に依存して発現する。
【0032】
(3−3)酸化チタン薄膜の磁気特性
上述した従来結晶では、約460Kよりも低い温度領域になるとβ相となる。このとき従来結晶は、単斜晶系の結晶構造を有し、0K付近において格子欠陥によるキュリー常磁性となり僅かな磁化があるものの、460Kよりも低い温度領域において非磁性イオンになって非磁性半導体となり得る。
【0033】
ここで、上述したように本発明の酸化チタン薄膜3は、図4に示すようなXRDパターンの特徴的なピークが、本願発明者らによるPCT/JP2009/69973で定義したλ−Ti3O5の特徴的なピークとほぼ一致していることから、当該PCT/JP2009/69973で定義した同じ物質(λ−Ti3O5の)で形成されていることが確認できる。
【0034】
従って、本発明の酸化チタン薄膜3は、PCT/JP2009/69973により得られた物質(λ−Ti3O5)と同様に、従来結晶で形成されている場合と異なり、高温から温度を下げてゆくと、結晶構造が約460K付近においてβ−Ti3O5に相転移せずに、λ−Ti3O5に相転移してゆき、常磁性金属的な挙動を示し、全ての温度領域において、α−Ti3O5と近い常磁性金属の特性を常に維持できる。すなわち、本発明の酸化チタン薄膜3は、温度変化により結晶構造がα相からλ相に相転移することから、0〜800Kの全ての温度範囲でパウリ常磁性であり、常磁性金属的な挙動を示す状態が保たれている。
【0035】
(3−4)酸化チタン薄膜の電気伝導率
また、酸化チタン薄膜3は、含まれる結晶構造がλ−Ti3O5のとき、半導体であっても金属に近い電気抵抗率を有し、所定の温度領域で発現するα−Ti3O5についてもλ−Ti3O5とほぼ同じ電気抵抗率を有する。
【0036】
(3−5)酸化チタン薄膜の圧力効果
また、本発明による酸化チタン薄膜3は、圧力を加えることにより、含まれる結晶構造の一部がλ相からβ相に相転移する。酸化チタン薄膜3は、比較的弱い圧力でもλ相からβ相に相転移し、印加圧力を高くしてゆくと、λ相からβ相に相転移する割合が次第に高くなる。
【0037】
また、圧力が加えられて一部がβ相に相転移した結晶構造を含む酸化チタン薄膜3は、熱を与えて温度を上げてゆくと、所定の温度領域でλ相とβ相とがα相に相転移する。さらに、このようにα相に相転移した結晶構造を含む酸化チタン薄膜3は、冷却されて温度が再び下がると、再びλ相に相転移する。すなわち、本発明による酸化チタン薄膜3は、圧力を加えることにより、結晶構造をλ相からβ相に相転移させることができると共に、温度変化によって結晶構造をβ相からα相、さらにはα相から再びλ相に相転移させることができる。
【0038】
(3−6)酸化チタン薄膜の光照射効果
酸化チタン薄膜体1では、基板2の表面に形成した酸化チタン薄膜3に、所定の光が照射されると、光が照射された箇所が変色し、酸化チタン薄膜3がλ−Ti3O5からβ−Ti3O5に変化する。このように本発明による酸化チタン薄膜3は、所定の光が照射されることにより、室温でλ相からβ相に光誘起相転移するという特性を有する。
【0039】
(4)動作及び効果
以上の構成において、TiO2粒子を混入させた原料溶液を基板2の表面に塗布して、TiO2粒子層を当該基板2の表面に形成し、水素雰囲気下において焼成処理することにより、基板2の表面に酸化チタン薄膜3を形成する。
【0040】
このような製造方法によって基板2の表面に形成された酸化チタン薄膜3は、低温域でλ相となると共に、高温域でα相となり、さらに高温から温度を下げていった場合に460K以下になっても従来結晶のように非磁性半導体の特性を有するβ相には相転移せずに、常磁性金属的な状態が保たれた単斜晶系の結晶相であるλ相に相転移してゆく。かくして、本発明による酸化チタン薄膜3では、460K以下の低温域でも常磁性金属の特性を常に維持することができる。
【0041】
このように、本発明では、温度が約460K付近において非磁性半導体と常磁性金属とに相転移する従来におけるバルク体とは異なり、0〜800Kの全ての温度領域において、Ti3O5の組成が常磁性金属の特性を常に維持できるという従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜3を提供できる。
【0042】
このような酸化チタン薄膜3は、室温において圧力が加えられることにより、λ−Ti3O5の結晶構造を、β−Ti3O5の結晶構造に相転移させることができる。また、この酸化チタン薄膜3は、印加圧力を高くしてゆくと、λ相からβ相に相転移する割合が次第に高くなることから、印加圧力を調整することによりλ相とβ相との割合を調整することができる。さらに、この酸化チタン薄膜3では、圧力が加えられてβ相に相転移した場合であっても、熱を与えてゆくことにより、所定温度領域でβ相と残りのλ相とをα相に相転移させることができる。さらに加えて、この酸化チタン薄膜3では、温度を上げてα相に相転移させた場合であっても、冷却されて温度を下げることにより、α相を再びλ相に相転移させることができる。
【0043】
また、酸化チタン薄膜3では、室温において光を照射することにより、λ−Ti3O5の結晶構造を、β−Ti3O5からなる結晶構造に相転移させることができる。この場合であっても酸化チタン薄膜3では、熱を加えて温度を上げてゆくことにより、約460K以上の温度領域でλ相とβ相とをα相に相転移させることができると共に、冷却されて温度を下げることにより、α相を再びλ相に相転移させることができる。
【0044】
また、この酸化チタン薄膜3は、安全性の高いTiのみから構成することができ、さらに、安価なTiのみから形成されていることから、全体として材料費の低価格化を図ることができる。
【0045】
(5)酸化チタン薄膜の用途
このような酸化チタン薄膜3は、当該酸化チタン薄膜3の有する光特性や電気伝導特性、磁性特性を基に、以下のような用途に利用することができる。本発明による酸化チタン薄膜3は、図6に示すように、温度が約460Kよりも低いとき、常磁性金属の特性を有するλ相の結晶構造を有しており、例えば光や圧力、電磁、磁場等による外部刺激を与えることで、非磁性半導体の特性を有するβ相に結晶構造を変化させ、磁気特性を可変させることができる。
【0046】
ここで、図6においては、横軸を温度とし、縦軸を磁化率、電気伝導度又は反射率のいずれかとしている。本発明における酸化チタン薄膜3では、低温域から高温域まで常磁性金属を維持することから、低温域から高温域まで磁化率、電気伝導度及び反射率が比較的高く保たれている。これに対して外部刺激によって結晶構造が変化したβ相では、非磁性半導体の特性を有することから、α相やλ相と比べて磁化率、電気伝導度及び反射率が低くなっている。このように、この酸化チタン薄膜3では、外部刺激を与えることにより、磁化率、電気伝導度及び反射率を変化させることができる。
【0047】
また、この酸化チタン薄膜3は、外部刺激が与えられることでβ相に変化しても、温度を上げることにより、常磁性金属の特性を有するα相の結晶構造に変化し、その後に温度を低くしてゆくと、結晶構造をα相から再びλ相に変化させることができる。このように酸化チタン薄膜3は、外部刺激によって結晶構造をλ相からβ相に相転移させることができると共に、温度変化によってβ相からα相、α相から再びλ相に相転移させることができるという特性を有しており、このような特性を用いて光スイッチングや、磁気メモリ、電荷蓄積型メモリ、光情報記録媒体等に利用することができる。
【0048】
本発明による酸化チタン薄膜3は、原料溶液を基板2の表面に塗布して、平坦化したTiO2粒子層を基板2の表面に形成し、この状態のまま焼成処理するだけで、平坦化した表面を容易に形成でき、かくして記録面を平坦化した磁気メモリや、電荷蓄積型メモリ等を提供することができる。また、本発明による酸化チタン薄膜3を用いた磁気メモリや、電荷蓄積型メモリでは、酸化チタンを原料としているため、有毒性が低くなり、かつコスト低減も図ることもできる。
【0049】
さらに、具体的には、室温において酸化チタン薄膜3に所定の光による外部刺激を与え、当該外部刺激により常磁性金属であるλ相から非磁性半導体であるβ相に結晶構造を変化させるという特性を用いて、光スイッチングに利用することができる。
【0050】
また、酸化チタン薄膜3は、室温において光や圧力、電磁、磁場による外部刺激を与え、当該外部刺激により常磁性金属であるλ相から非磁性半導体であるβ相に結晶構造を変化させるという特性を用いて、磁気メモリに利用することができる。
【0051】
実際上、このような磁気メモリとして利用する場合には、成膜対象たる支持体に酸化チタン薄膜3を磁性層として形成する。磁気メモリは、光や圧力、電場、磁場による外部刺激が与えられると、当該外部刺激により常磁性金属であるλ−Ti3O5から非磁性半導体であるβ−Ti3O5に結晶構造を変化させることにより、磁性特性を変化させ、これを基に情報を記録し得る。これにより磁気メモリでは、例えば磁性層に照射されるレーザー光の反射率の変化から、記憶された情報を読み出せ得る。かくして、酸化チタン薄膜3を磁性層として用いた磁気メモリを提供できる。
【0052】
また、電気伝導特性を有する酸化チタン薄膜3を、絶縁体で覆う構造とした場合には、ホッピング伝導やトンネル伝導によって電荷を移動させることができる。従って、酸化チタン薄膜3は、例えば、フラッシュメモリー等の電荷蓄積型メモリのフローティングゲートのような電荷蓄積層に用いることができる。かくして、酸化チタン薄膜3を電荷蓄積層とした電荷蓄積型メモリを提供できる。
【0053】
さらに、酸化チタン薄膜3は、自身に磁性特性と電気伝導特性とを有することから、新規な磁気電気(ME)効果があり、これらME効果を用いる技術に利用することができる。また、酸化チタン薄膜3は、光特性と電気伝導特性とのカップリングにより、過渡光電流による高速スイッチングにも利用することができる。
【0054】
(6)酸化チタン薄膜の光誘起相転移現象
上述した「(3−6)酸化チタン薄膜の光照射効果」では、λ相の結晶構造を有する酸化チタン薄膜3に対し、所定の光強度を有した光を照射すると、当該光強度を与えた箇所が変色してβ相となる点について説明した。ここでは、酸化チタン薄膜3に対し、光の照射を繰り返し行った場合について以下説明する。
【0055】
この場合、所定の光が照射されることによりβ相となった酸化チタン薄膜3に対し、再び所定の光を照射すると、当該光を照射した照射箇所は、β相から再びλ相となる。次いで、この酸化チタン薄膜3に対し、再び所定の光を照射すると、当該光を照射した照射箇所は、λ相から再びβ相に戻る。このように酸化チタン薄膜3は、光が照射されるたびに、λ相からβ相、及びβ相からλ相に繰り返し相転移する。
【0056】
(7)酸化チタン薄膜の熱力学的解析
ここでは、λ−Ti3O5の生成機構を理解するために、ギブスの自由エネルギー対電荷非局在ユニットの割合(x)を、平均場理論モデルのSlichter and Drickamerモデルを用いて計算した。
【0057】
ここでは、図7に示すように、約460Kより低いときに結晶構造がβ−Ti3O5(β相)となる従来結晶(Ti3O5単結晶)において、β相とα相(半導体と金属)との1次の相転移を、電荷局在系(図7中、単に局在系と示す)と電荷非局在相系(図7中、単に非局在系と示す)との相転移であるとみなした。それに従い、電荷局在ユニット(Ti3+Ti4+Ti3+O5)と電荷非局在ユニット((Ti)3・1/3O5)との割合(x)を秩序パラメータと考えた。ここで、β相とα相の相転移におけるギブスの自由エネルギーGは、以下の数1のように記述される。
【0058】
【数1】
【0059】
なお、この場合、β相(電荷局在系)のギブスの自由エネルギーGをエネルギーの基準に取り、xは電荷非局在ユニットの割合、△Hは転移エンタルピー、△Sは転移エントロピー、Rは気体定数、γは相互作用パラメータ、Tは温度である。
【0060】
α相とβ相の転移エンタルピー△Hはほぼ13kJ mol-1、転移エントロピー△Sはほぼ29J K-1mol-1であると報告されている。次いで、これらの値を用いてギブスの自由エネルギーGを計算し、ギブスの自由エネルギーGと、電荷非局在ユニットの割合xと、温度との関係を調べたところ、図8(A)及び(B)に示すような関係が確認できた。
【0061】
ところでこれとは対照的に、λ−Ti3O5のギブスの自由エネルギーGと、電荷非局在ユニットの割合xのプロットを計算するには、薄膜のλ−Ti3O5の理解が必要である。ここでは、薄膜のλ−Ti3O5における転移エンタルピー△H:5kJ mol-1と転移エントロピー△S11J K-1mol-1を用いる。
【0062】
次に、これらの値を用いて上述した数1によりギブスの自由エネルギーGを計算し、このギブスの自由エネルギーGと、電荷非局在ユニットの割合xと、温度との関係を調べたところ、図9(A)及び(B)に示すような関係が確認できた。ここで図9(B)からλ−Ti3O5では、全温度領域でエネルギー障壁が電荷局在系(主にβ相)と電荷非局在系(主にα相とλ相)との間に存在することが確認できた。このエネルギー障壁の存在により、λ−Ti3O5は、α相に転移後、温度を下げた後もβ相に転移しないという、薄膜を形成するλ−Ti3O5の温度依存性を良く説明することができる。このエネルギー障壁を越えてλ相からβ相へ転移、β相からα相へ転移するためには、図10に示すように、パルス光やCW光等の外部刺激が必要になる。また図9(A)及び(B)からは、熱平衡状態において460K以下でβ相が真の安定相になることが分かる。
【0063】
このような熱力学的解析を基にして、今回の光誘起相転移が、532nmのパルスレーザー光の照射によって、一見安定なλ相から真に安定なβ相への相崩壊によって引き起こされたと考えることができる。ここで、λ相の光学吸収は金属吸収であることから、紫外光から近赤外光(355〜1064nmのレーザー光)がこの金属−半導体転移に有効であることが分かる。
【0064】
一方、α相からλ相への戻り反応は、光-熱過程によると考えられる。β相からλ相への光誘起逆相転移は、β相のバンドギャップにおいて、Tiのd軌道から、他のTiのd軌道への励起によって引き起こされ、その後、直接λ相に転移するか、熱的にα相へと加熱された後λ相へと急冷されることが分かった。
【0065】
(8)酸化チタン薄膜を記録層とした光情報記録媒体
粒径が小さく表面に凹凸の少ない本発明による酸化チタン薄膜3は、図6に示すように、パルス光によって結晶構造をλ相からβ相に相転移させることができると共に、光によってβ相からα相に相転移させ、温度が低下することでα相から再びλ相に相転移させることができるという特徴を有している。このことから酸化チタン薄膜3を光情報記録媒体の記録層として用いることができる。この場合、光情報記録媒体は、記録層の初期化、記録層に対する情報の記録、及び記録層からの情報の再生といった3段階を実行し得るようになされている。
【0066】
(8−1)光情報記録媒体の初期化
光情報記録媒体は、情報を記録する前準備として、当該光情報記録媒体の記録層全体又はその一部を初期化する。この場合、光情報記録媒体には、光情報記録再生装置の初期化光源から初期化光を記録層の片面側から照射することにより、記録層の初期化を行う。このとき初期化光は、初期化光照射前の照射部分がβ相又はλ相のいずれかであってもα相に転移するのに十分なエネルギーを有する。記録層では、初期化光が照射された部分においてβ相からα相、さらにα相からλ相に相転移させると共に、λ相からα相、さらにα相からλ相に相転移させ、初期化光が照射された部分を全てλ相とすることで、反射率を一様にする。
【0067】
すなわち光情報記録媒体は、例えば光を照射したときの戻り光の反射率と符号「0」又は「1」とを対応付ける場合、この段階では光情報記録媒体のいずれの箇所においても一様の符号「0」(又は符号「1」)となるため、情報が一切記録されていないことになる。
【0068】
(8−2)情報の記録
光情報記録媒体に情報を記録する際には、光情報記録再生装置によって所定の光強度からなる記録用の記録光が記録層内に集光される。光情報記録媒体では、記録光が照射されることにより、目標位置を中心とした局所的な範囲で記録層の結晶構造が変化してλ相からβ相に相転移し、記録光の焦点近傍(β相)と、その周囲(λ相)との屈折率が異なることとなる。この結果、光情報記録媒体の記録層にはλ相からβ相に相転移してなる記録マークが形成される。
【0069】
(8−3)情報の再生
光情報記録媒体に記録された情報を読み出す際には、光情報記録再生装置から所定の光強度でなる読出用の読出光が記録層内に集光される。光情報記録媒体は、記録層から戻ってくる戻り光を、光情報記録再生装置の受光素子により検出させ、記録層の結晶構造の相違(記録マークの有無)により生じる反射率の違いから、記録層に記録された情報を再生することができる。なお、ここで用いる読出光は、記録層に照射した際に、当該記録層がλ相からβ相に相転移されない程度の光強度を有している。因みに、上述した実施の形態においては、記録層がβ相となった状態を記録マークが形成された状態とした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、記録層がλ相となった状態を記録マークが形成された状態としてもよい。
【0070】
なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。例えば、成膜対象として石英ガラスからなる基板2を適用したが、本発明はこれに限らず、他の基板材料でなる基板や、板状以外のフィルム等その他種々の成膜対象を適用してもよい。
【0071】
また、上述した実施の形態においては、TiO2粒子を混入させたゾル状の原料溶液を用いてTiO2粒子層を基板2上に形成するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、TiO2粒子を混入させたTiO2粒子混入溶液として、ゲル状等その他種々の状態のTiO2粒子混入溶液を用いてTiO2粒子層を基板2上に形成するようにしてもよい。さらに、本発明では、Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する酸化チタン薄膜を形成できれば、焼成処理における焼成時間及び温度、水素雰囲気等の各種条件について、その他の種々の条件を適用しても良い。
【符号の説明】
【0072】
1 酸化チタン薄膜体
2 基板(成膜対象)
3 酸化チタン薄膜
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化チタン薄膜、その製造方法、磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリに関し、例えばTi3+を含む酸化物(以下、これを単に酸化チタンと呼ぶ)に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、酸化チタンの代表であるTi2O3は、種々の興味深い物性を有する相転移材料であり、例えば金属―絶縁体転移や、常磁性―反強磁性転移が起こることが知られている。また、Ti2O3は、赤外線吸収や、熱電効果、磁気電気(ME)効果等も知られており、加えて、近年、磁気抵抗(MR)効果も見出されている。このような、様々な物性は、バルク体(〜μmサイズ)でのみ研究されており(例えば、非特許文献1参照)、そのメカニズムは未だ不明な部分も多い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Hitoshi SATO,他,JORNAL OF THE PHYSICAL SOCIETY OF JAPAN Vol.75,No.5,May,2006,pp.053702/1-4
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このような酸化チタンの従来における合成方法は、真空中において、約1600℃で焼成したり、約700℃でTiO2を炭素還元したり、約1000℃でTiO2,H2,TiCl4を焼成することでバルク体として合成されてきた。しかしながら、このような酸化チタンについては、バルク体のみならず、その他の合成方法により、新規物性の発現が期待されている。
【0005】
そこで、本発明は以上の点を考慮してなされたもので、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜及びその製造方法と、それを用いた磁気メモリ、光情報記録媒体及び電荷蓄積型メモリを提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる課題を解決するため本発明の請求項1は、TiO2粒子混入溶液からなるTiO2粒子層が成膜対象の表面に形成され、水素雰囲気下で焼成されることで、前記成膜対象の表面に形成されており、Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する結晶構造を有していることを特徴とするものである。
【0007】
また、本発明の請求項2は、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持し、少なくとも500K以上の温度領域で常磁性金属状態の斜方晶系の結晶構造となり、少なくとも300K以下の温度領域で常磁性金属状態の単斜晶系の結晶構造となることを特徴とするものである。
【0008】
また、本発明の請求項3は、TiO2粒子混入溶液からなるTiO2粒子層を成膜対象の表面に形成し、水素雰囲気下で焼成する焼成工程を備え、前記焼成工程によって、Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する結晶構造を有した酸化チタン薄膜を、前記成膜対象の表面に形成することを特徴とするものである。
【0009】
また、本発明の請求項4は、前記焼成工程では、1100〜1200℃で焼成することを特徴とするものである。
【0010】
また、本発明の請求項5は、支持体上に磁性材料を固定してなる磁性層を備え、前記磁性層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜であることを特徴とするものである。
【0011】
また、本発明の請求項6は、記録用の記録光が記録層に集光されることで、前記記録層に情報を記録し、読出用の読出光が前記記録層に集光されることで、前記記録層から戻ってくる戻り光の反射率の違いから、前記記録層に記録された情報を再生する光情報記録媒体において、前記記録層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜であることを特徴とするものである。
【0012】
また、本発明の請求項7は、支持体上に電荷蓄積材料を固定してなる電荷蓄積層を備え、前記電荷蓄積層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の請求項1及び3によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜を提供できる。
【0014】
また、本発明の請求項5によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜を磁性層として用いた磁気メモリを提供できる。
【0015】
また、本発明の請求項6によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜を記録層として用いた光情報記録媒体を提供できる。 また、本発明の請求項7によれば、従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜を電荷蓄積層として用いた電荷蓄積型メモリを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】酸化チタン薄膜体の構成を示す概略図である。
【図2】λ−Ti3O5の結晶構造とα−Ti3O5の結晶構造を示す概略図である。
【図3】本発明による製造方法により製造された酸化チタン薄膜体を示す写真である。
【図4】酸化チタン薄膜体のXRDパターンの解析結果を示すグラフである。
【図5】β−Ti3O5の結晶構造を示す概略図である。
【図6】酸化チタン薄膜の用途の説明に供するグラフである。
【図7】Ti3O5単結晶の温度変化によるβ相とα相の相転移を示すグラフである。
【図8】Ti3O5単結晶の電荷非局在ユニットの割合と温度との関係、ギブスの自由エネルギーと電荷非局在ユニットの割合との関係を示す概略図である。
【図9】本発明のλ相からなる試料の電荷非局在ユニットの割合と温度との関係、ギブスの自由エネルギーと電荷非局在ユニットの割合との関係を示す概略図である。
【図10】ギブスの自由エネルギーと電荷非局在ユニットの割合と温度との関係を示すグラフである。
【図11】光照射時における温度と電荷非局在ユニットの割合との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下図面に基づいて本発明の実施の形態を詳述する。
【0018】
(1)酸化チタン薄膜体の構成
図1において、1は酸化チタン薄膜体の一例を示し、この酸化チタン薄膜体1は、例えば石英ガラスからなる基板2と、この基板2の表面に成膜された酸化チタン薄膜3とを備えている。この実施の形態における酸化チタン薄膜3は、約1.5μm程度の厚みを有し、粒径が約7nm程度のナノサイズからなる複数のTiO2粒子(例えば、石原産業株式会社製の商品名「ST−01」)が焼結することにより形成されている。
【0019】
実際上、酸化チタン薄膜3は、擬ブルッカイト構造のTi3O5の組成を有し、温度が変化することにより結晶構造が相転移し得ると共に、全ての温度領域(例えば0〜800Kの温度領域)でパウリ常磁性を示し、常磁性金属の状態が保たれ得るようになされている。これにより本発明による酸化チタン薄膜3では、従来から知られているTi3O5からなるバルク体(以下、これを従来結晶と呼ぶ)が非磁性半導体に相転移する約460K未満の温度領域でも、常磁性金属的な状態を保てる、という従来にない特性を有している。
【0020】
実際上、この酸化チタン薄膜3は、約300K以下の温度領域において、Ti3O5が常磁性金属の状態を保った単斜晶系の結晶相(以下、これをλ相とも呼ぶ)となり得る。そして、この酸化チタン薄膜3は、約300Kを超えたあたりから相転移し始め、λ相と、常磁性金属状態の斜方晶系のα相とが混相した状態となり、約500Kを超えた温度領域において結晶構造がα相のみとなり得る。
【0021】
この実施の形態の場合、約300K以下の温度領域での酸化チタン薄膜3は、図2(A)に示すように、結晶構造が空間群C2/mに属し、格子定数がa=9.835(1)Å、b=3.794(1)Å、c=9.9824(9)Å、β=90.720(9)°、単位格子の密度d=3.988g/cm3からなるTi3O5(以下、これをλ−Ti3O5と呼ぶ)となり得る。これに対して、約500K以上の温度領域での酸化チタン薄膜3は、図2(B)に示すように、結晶構造が空間群Cmcmに属し、格子定数がa=3.798(2)Å、b=9.846(3)Å、c=9.988(4)Å、d=3.977g/cm3からなるα−Ti3O5となり得る。
【0022】
(2)酸化チタン薄膜の製造方法
次に、このような酸化チタン薄膜3の製造方法について以下説明する。具体的には、ナノサイズのTiO2粒子からなる粉末体を硝酸水溶液に混入させてゾル状の原料溶液を生成する。ここでは、例えば、粉末体を構成するTiO2粒子として、粒子径が約7nm程度のアナターゼ型の光触媒たるTiO2粒子(石原産業株式会社製の商品名「ST−01」)が用いられ、これらTiO2粒子が30wt%の濃度で硝酸水溶液に混入させたゾル状の原料溶液(石原産業株式会社製の商品名「STS−01」)を用いて、当該原料溶液を成膜対象である石英ガラスの基板2の表面に塗布して、原料溶液でなるTiO2粒子層を当該基板2の表面に形成する。
【0023】
次いで、TiO2粒子層で表面がコーティングされた基板2を、水素雰囲気下(約0.05L/min)において所定温度(約1100〜1200℃)で所定時間(約5時間)の間、焼成処理する。これにより、TiO2粒子の還元反応によって、Ti3+を含んだ酸化物であるTi3O5(Ti3+2Ti4+O5)の組成を有した酸化チタン粒子が生成されると共に、焼成処理の際にこれら複数の酸化チタン粒子が焼結して膜状となった酸化チタン薄膜3が基板2の表面に形成される。
【0024】
因みに、焼成処理において、水素雰囲気を0.05L/min、温度を約1200℃、焼成時間を5時間としてところ、図3に示すように、石英ガラスの基板2上に膜厚2μm程度の酸化チタン薄膜3が形成された酸化チタン薄膜体1を製造することができた。
【0025】
(3)酸化チタン薄膜の特性
上述した製造方法によって作製された酸化チタン薄膜3は、次のような特性を有する。
【0026】
(3−1)酸化チタン薄膜体のX線回折(XRD)測定
ここで、この酸化チタン薄膜体1について、室温でXRDパターンを測定したところ、図4に示すような解析結果が得られた。図4は、横軸に回折角を示し、縦軸に回折X線強度を示している。図4に示すように、このXRDパターンでは、基板材料たる石英ガラスを示すピークが現れていると共に、この石英ガラスを示すピークの他に、特徴的なピークが現れており、この特徴的なピークがα−Ti3O5のXRDパターン(図示せず)とは異なることが確認できた。このことから、酸化チタン薄膜3を構成する結晶構造がα−Ti3O5ではないことが確認できた。
【0027】
ここで、このXRDパターンは、特徴的なピークが、本願発明者らによるPCT/JP2009/69973(これを従来の製造方法とする(図6参照))で定義したλ−Ti3O5の特徴的なピークとほぼ一致していることから、上述した製造方法によって製造された酸化チタン薄膜3の結晶構造が、従来の製造方法で製造されたλ−Ti3O5であることが確認できた。
【0028】
因みに、従来結晶(従来から知られているTi3O5からなるバルク体)は、相転移物質であり、温度が約460Kよりも高いと、結晶構造がα−Ti3O5(α相)になり、約460Kよりも低いと、結晶構造がβ−Ti3O5(β相)になることが確認されている。すなわち、約460Kよりも低い温度領域での従来結晶は、図5に示すように、空間群C2/mに属する結晶構造を有し、格子定数がa=9.748(1)Å、b=3.8013(4)Å、c=9.4405(7)Å、β=91.529(7)°、d=4.249g/cm3からなるβ−Ti3O5となる。
【0029】
このように、本発明における酸化チタン薄膜3の組成物であるλ−Ti3O5は、図2(A)に示すように、β−Ti3O5の結晶構造とは異なる結晶構造を有することからも、β−Ti3O5とは異なることが分かる。
【0030】
なお、約460K付近の極めて狭い温度領域における従来結晶では、α相及びβ相と異なる結晶構造体となることが確認されており、このときの結晶構造体についてXRDパターンの解析を行い、当該XRDパターンの特徴的なピークを、図4におけるXRDパターンの特徴的なピークと照らし合わせると、本発明によるλ−Ti3O5のXRDパターンのピークとほぼ一致する。このことから本発明による酸化チタン薄膜3には、従来結晶において約460K付近の極めて狭い温度領域でのみ発現するλ−Ti3O5が、約0〜300Kの広い温度領域でも安定して発現していることが分かる。
【0031】
(3−2)酸化チタン薄膜におけるλ相及びα相の温度依存性
ここで本発明の酸化チタン薄膜3は、0〜800Kの温度領域において、そのうち低い温度領域で結晶相がλ相になり、例えば約300K付近を越えた辺りからα相が現れ始め、温度が上昇するに従って次第にλ相が減ってα相が増えてゆき、その後α相がλ相よりも多くなり、高い温度領域で結晶相がα相のみになる。また、酸化チタン薄膜3は、加熱されてα相のみになっても、再び低い温度領域まで冷却されると、λ相が回復することから、λ相及びα相が温度に依存して発現する。
【0032】
(3−3)酸化チタン薄膜の磁気特性
上述した従来結晶では、約460Kよりも低い温度領域になるとβ相となる。このとき従来結晶は、単斜晶系の結晶構造を有し、0K付近において格子欠陥によるキュリー常磁性となり僅かな磁化があるものの、460Kよりも低い温度領域において非磁性イオンになって非磁性半導体となり得る。
【0033】
ここで、上述したように本発明の酸化チタン薄膜3は、図4に示すようなXRDパターンの特徴的なピークが、本願発明者らによるPCT/JP2009/69973で定義したλ−Ti3O5の特徴的なピークとほぼ一致していることから、当該PCT/JP2009/69973で定義した同じ物質(λ−Ti3O5の)で形成されていることが確認できる。
【0034】
従って、本発明の酸化チタン薄膜3は、PCT/JP2009/69973により得られた物質(λ−Ti3O5)と同様に、従来結晶で形成されている場合と異なり、高温から温度を下げてゆくと、結晶構造が約460K付近においてβ−Ti3O5に相転移せずに、λ−Ti3O5に相転移してゆき、常磁性金属的な挙動を示し、全ての温度領域において、α−Ti3O5と近い常磁性金属の特性を常に維持できる。すなわち、本発明の酸化チタン薄膜3は、温度変化により結晶構造がα相からλ相に相転移することから、0〜800Kの全ての温度範囲でパウリ常磁性であり、常磁性金属的な挙動を示す状態が保たれている。
【0035】
(3−4)酸化チタン薄膜の電気伝導率
また、酸化チタン薄膜3は、含まれる結晶構造がλ−Ti3O5のとき、半導体であっても金属に近い電気抵抗率を有し、所定の温度領域で発現するα−Ti3O5についてもλ−Ti3O5とほぼ同じ電気抵抗率を有する。
【0036】
(3−5)酸化チタン薄膜の圧力効果
また、本発明による酸化チタン薄膜3は、圧力を加えることにより、含まれる結晶構造の一部がλ相からβ相に相転移する。酸化チタン薄膜3は、比較的弱い圧力でもλ相からβ相に相転移し、印加圧力を高くしてゆくと、λ相からβ相に相転移する割合が次第に高くなる。
【0037】
また、圧力が加えられて一部がβ相に相転移した結晶構造を含む酸化チタン薄膜3は、熱を与えて温度を上げてゆくと、所定の温度領域でλ相とβ相とがα相に相転移する。さらに、このようにα相に相転移した結晶構造を含む酸化チタン薄膜3は、冷却されて温度が再び下がると、再びλ相に相転移する。すなわち、本発明による酸化チタン薄膜3は、圧力を加えることにより、結晶構造をλ相からβ相に相転移させることができると共に、温度変化によって結晶構造をβ相からα相、さらにはα相から再びλ相に相転移させることができる。
【0038】
(3−6)酸化チタン薄膜の光照射効果
酸化チタン薄膜体1では、基板2の表面に形成した酸化チタン薄膜3に、所定の光が照射されると、光が照射された箇所が変色し、酸化チタン薄膜3がλ−Ti3O5からβ−Ti3O5に変化する。このように本発明による酸化チタン薄膜3は、所定の光が照射されることにより、室温でλ相からβ相に光誘起相転移するという特性を有する。
【0039】
(4)動作及び効果
以上の構成において、TiO2粒子を混入させた原料溶液を基板2の表面に塗布して、TiO2粒子層を当該基板2の表面に形成し、水素雰囲気下において焼成処理することにより、基板2の表面に酸化チタン薄膜3を形成する。
【0040】
このような製造方法によって基板2の表面に形成された酸化チタン薄膜3は、低温域でλ相となると共に、高温域でα相となり、さらに高温から温度を下げていった場合に460K以下になっても従来結晶のように非磁性半導体の特性を有するβ相には相転移せずに、常磁性金属的な状態が保たれた単斜晶系の結晶相であるλ相に相転移してゆく。かくして、本発明による酸化チタン薄膜3では、460K以下の低温域でも常磁性金属の特性を常に維持することができる。
【0041】
このように、本発明では、温度が約460K付近において非磁性半導体と常磁性金属とに相転移する従来におけるバルク体とは異なり、0〜800Kの全ての温度領域において、Ti3O5の組成が常磁性金属の特性を常に維持できるという従来にない新規な物性を発現し得る酸化チタン薄膜3を提供できる。
【0042】
このような酸化チタン薄膜3は、室温において圧力が加えられることにより、λ−Ti3O5の結晶構造を、β−Ti3O5の結晶構造に相転移させることができる。また、この酸化チタン薄膜3は、印加圧力を高くしてゆくと、λ相からβ相に相転移する割合が次第に高くなることから、印加圧力を調整することによりλ相とβ相との割合を調整することができる。さらに、この酸化チタン薄膜3では、圧力が加えられてβ相に相転移した場合であっても、熱を与えてゆくことにより、所定温度領域でβ相と残りのλ相とをα相に相転移させることができる。さらに加えて、この酸化チタン薄膜3では、温度を上げてα相に相転移させた場合であっても、冷却されて温度を下げることにより、α相を再びλ相に相転移させることができる。
【0043】
また、酸化チタン薄膜3では、室温において光を照射することにより、λ−Ti3O5の結晶構造を、β−Ti3O5からなる結晶構造に相転移させることができる。この場合であっても酸化チタン薄膜3では、熱を加えて温度を上げてゆくことにより、約460K以上の温度領域でλ相とβ相とをα相に相転移させることができると共に、冷却されて温度を下げることにより、α相を再びλ相に相転移させることができる。
【0044】
また、この酸化チタン薄膜3は、安全性の高いTiのみから構成することができ、さらに、安価なTiのみから形成されていることから、全体として材料費の低価格化を図ることができる。
【0045】
(5)酸化チタン薄膜の用途
このような酸化チタン薄膜3は、当該酸化チタン薄膜3の有する光特性や電気伝導特性、磁性特性を基に、以下のような用途に利用することができる。本発明による酸化チタン薄膜3は、図6に示すように、温度が約460Kよりも低いとき、常磁性金属の特性を有するλ相の結晶構造を有しており、例えば光や圧力、電磁、磁場等による外部刺激を与えることで、非磁性半導体の特性を有するβ相に結晶構造を変化させ、磁気特性を可変させることができる。
【0046】
ここで、図6においては、横軸を温度とし、縦軸を磁化率、電気伝導度又は反射率のいずれかとしている。本発明における酸化チタン薄膜3では、低温域から高温域まで常磁性金属を維持することから、低温域から高温域まで磁化率、電気伝導度及び反射率が比較的高く保たれている。これに対して外部刺激によって結晶構造が変化したβ相では、非磁性半導体の特性を有することから、α相やλ相と比べて磁化率、電気伝導度及び反射率が低くなっている。このように、この酸化チタン薄膜3では、外部刺激を与えることにより、磁化率、電気伝導度及び反射率を変化させることができる。
【0047】
また、この酸化チタン薄膜3は、外部刺激が与えられることでβ相に変化しても、温度を上げることにより、常磁性金属の特性を有するα相の結晶構造に変化し、その後に温度を低くしてゆくと、結晶構造をα相から再びλ相に変化させることができる。このように酸化チタン薄膜3は、外部刺激によって結晶構造をλ相からβ相に相転移させることができると共に、温度変化によってβ相からα相、α相から再びλ相に相転移させることができるという特性を有しており、このような特性を用いて光スイッチングや、磁気メモリ、電荷蓄積型メモリ、光情報記録媒体等に利用することができる。
【0048】
本発明による酸化チタン薄膜3は、原料溶液を基板2の表面に塗布して、平坦化したTiO2粒子層を基板2の表面に形成し、この状態のまま焼成処理するだけで、平坦化した表面を容易に形成でき、かくして記録面を平坦化した磁気メモリや、電荷蓄積型メモリ等を提供することができる。また、本発明による酸化チタン薄膜3を用いた磁気メモリや、電荷蓄積型メモリでは、酸化チタンを原料としているため、有毒性が低くなり、かつコスト低減も図ることもできる。
【0049】
さらに、具体的には、室温において酸化チタン薄膜3に所定の光による外部刺激を与え、当該外部刺激により常磁性金属であるλ相から非磁性半導体であるβ相に結晶構造を変化させるという特性を用いて、光スイッチングに利用することができる。
【0050】
また、酸化チタン薄膜3は、室温において光や圧力、電磁、磁場による外部刺激を与え、当該外部刺激により常磁性金属であるλ相から非磁性半導体であるβ相に結晶構造を変化させるという特性を用いて、磁気メモリに利用することができる。
【0051】
実際上、このような磁気メモリとして利用する場合には、成膜対象たる支持体に酸化チタン薄膜3を磁性層として形成する。磁気メモリは、光や圧力、電場、磁場による外部刺激が与えられると、当該外部刺激により常磁性金属であるλ−Ti3O5から非磁性半導体であるβ−Ti3O5に結晶構造を変化させることにより、磁性特性を変化させ、これを基に情報を記録し得る。これにより磁気メモリでは、例えば磁性層に照射されるレーザー光の反射率の変化から、記憶された情報を読み出せ得る。かくして、酸化チタン薄膜3を磁性層として用いた磁気メモリを提供できる。
【0052】
また、電気伝導特性を有する酸化チタン薄膜3を、絶縁体で覆う構造とした場合には、ホッピング伝導やトンネル伝導によって電荷を移動させることができる。従って、酸化チタン薄膜3は、例えば、フラッシュメモリー等の電荷蓄積型メモリのフローティングゲートのような電荷蓄積層に用いることができる。かくして、酸化チタン薄膜3を電荷蓄積層とした電荷蓄積型メモリを提供できる。
【0053】
さらに、酸化チタン薄膜3は、自身に磁性特性と電気伝導特性とを有することから、新規な磁気電気(ME)効果があり、これらME効果を用いる技術に利用することができる。また、酸化チタン薄膜3は、光特性と電気伝導特性とのカップリングにより、過渡光電流による高速スイッチングにも利用することができる。
【0054】
(6)酸化チタン薄膜の光誘起相転移現象
上述した「(3−6)酸化チタン薄膜の光照射効果」では、λ相の結晶構造を有する酸化チタン薄膜3に対し、所定の光強度を有した光を照射すると、当該光強度を与えた箇所が変色してβ相となる点について説明した。ここでは、酸化チタン薄膜3に対し、光の照射を繰り返し行った場合について以下説明する。
【0055】
この場合、所定の光が照射されることによりβ相となった酸化チタン薄膜3に対し、再び所定の光を照射すると、当該光を照射した照射箇所は、β相から再びλ相となる。次いで、この酸化チタン薄膜3に対し、再び所定の光を照射すると、当該光を照射した照射箇所は、λ相から再びβ相に戻る。このように酸化チタン薄膜3は、光が照射されるたびに、λ相からβ相、及びβ相からλ相に繰り返し相転移する。
【0056】
(7)酸化チタン薄膜の熱力学的解析
ここでは、λ−Ti3O5の生成機構を理解するために、ギブスの自由エネルギー対電荷非局在ユニットの割合(x)を、平均場理論モデルのSlichter and Drickamerモデルを用いて計算した。
【0057】
ここでは、図7に示すように、約460Kより低いときに結晶構造がβ−Ti3O5(β相)となる従来結晶(Ti3O5単結晶)において、β相とα相(半導体と金属)との1次の相転移を、電荷局在系(図7中、単に局在系と示す)と電荷非局在相系(図7中、単に非局在系と示す)との相転移であるとみなした。それに従い、電荷局在ユニット(Ti3+Ti4+Ti3+O5)と電荷非局在ユニット((Ti)3・1/3O5)との割合(x)を秩序パラメータと考えた。ここで、β相とα相の相転移におけるギブスの自由エネルギーGは、以下の数1のように記述される。
【0058】
【数1】
【0059】
なお、この場合、β相(電荷局在系)のギブスの自由エネルギーGをエネルギーの基準に取り、xは電荷非局在ユニットの割合、△Hは転移エンタルピー、△Sは転移エントロピー、Rは気体定数、γは相互作用パラメータ、Tは温度である。
【0060】
α相とβ相の転移エンタルピー△Hはほぼ13kJ mol-1、転移エントロピー△Sはほぼ29J K-1mol-1であると報告されている。次いで、これらの値を用いてギブスの自由エネルギーGを計算し、ギブスの自由エネルギーGと、電荷非局在ユニットの割合xと、温度との関係を調べたところ、図8(A)及び(B)に示すような関係が確認できた。
【0061】
ところでこれとは対照的に、λ−Ti3O5のギブスの自由エネルギーGと、電荷非局在ユニットの割合xのプロットを計算するには、薄膜のλ−Ti3O5の理解が必要である。ここでは、薄膜のλ−Ti3O5における転移エンタルピー△H:5kJ mol-1と転移エントロピー△S11J K-1mol-1を用いる。
【0062】
次に、これらの値を用いて上述した数1によりギブスの自由エネルギーGを計算し、このギブスの自由エネルギーGと、電荷非局在ユニットの割合xと、温度との関係を調べたところ、図9(A)及び(B)に示すような関係が確認できた。ここで図9(B)からλ−Ti3O5では、全温度領域でエネルギー障壁が電荷局在系(主にβ相)と電荷非局在系(主にα相とλ相)との間に存在することが確認できた。このエネルギー障壁の存在により、λ−Ti3O5は、α相に転移後、温度を下げた後もβ相に転移しないという、薄膜を形成するλ−Ti3O5の温度依存性を良く説明することができる。このエネルギー障壁を越えてλ相からβ相へ転移、β相からα相へ転移するためには、図10に示すように、パルス光やCW光等の外部刺激が必要になる。また図9(A)及び(B)からは、熱平衡状態において460K以下でβ相が真の安定相になることが分かる。
【0063】
このような熱力学的解析を基にして、今回の光誘起相転移が、532nmのパルスレーザー光の照射によって、一見安定なλ相から真に安定なβ相への相崩壊によって引き起こされたと考えることができる。ここで、λ相の光学吸収は金属吸収であることから、紫外光から近赤外光(355〜1064nmのレーザー光)がこの金属−半導体転移に有効であることが分かる。
【0064】
一方、α相からλ相への戻り反応は、光-熱過程によると考えられる。β相からλ相への光誘起逆相転移は、β相のバンドギャップにおいて、Tiのd軌道から、他のTiのd軌道への励起によって引き起こされ、その後、直接λ相に転移するか、熱的にα相へと加熱された後λ相へと急冷されることが分かった。
【0065】
(8)酸化チタン薄膜を記録層とした光情報記録媒体
粒径が小さく表面に凹凸の少ない本発明による酸化チタン薄膜3は、図6に示すように、パルス光によって結晶構造をλ相からβ相に相転移させることができると共に、光によってβ相からα相に相転移させ、温度が低下することでα相から再びλ相に相転移させることができるという特徴を有している。このことから酸化チタン薄膜3を光情報記録媒体の記録層として用いることができる。この場合、光情報記録媒体は、記録層の初期化、記録層に対する情報の記録、及び記録層からの情報の再生といった3段階を実行し得るようになされている。
【0066】
(8−1)光情報記録媒体の初期化
光情報記録媒体は、情報を記録する前準備として、当該光情報記録媒体の記録層全体又はその一部を初期化する。この場合、光情報記録媒体には、光情報記録再生装置の初期化光源から初期化光を記録層の片面側から照射することにより、記録層の初期化を行う。このとき初期化光は、初期化光照射前の照射部分がβ相又はλ相のいずれかであってもα相に転移するのに十分なエネルギーを有する。記録層では、初期化光が照射された部分においてβ相からα相、さらにα相からλ相に相転移させると共に、λ相からα相、さらにα相からλ相に相転移させ、初期化光が照射された部分を全てλ相とすることで、反射率を一様にする。
【0067】
すなわち光情報記録媒体は、例えば光を照射したときの戻り光の反射率と符号「0」又は「1」とを対応付ける場合、この段階では光情報記録媒体のいずれの箇所においても一様の符号「0」(又は符号「1」)となるため、情報が一切記録されていないことになる。
【0068】
(8−2)情報の記録
光情報記録媒体に情報を記録する際には、光情報記録再生装置によって所定の光強度からなる記録用の記録光が記録層内に集光される。光情報記録媒体では、記録光が照射されることにより、目標位置を中心とした局所的な範囲で記録層の結晶構造が変化してλ相からβ相に相転移し、記録光の焦点近傍(β相)と、その周囲(λ相)との屈折率が異なることとなる。この結果、光情報記録媒体の記録層にはλ相からβ相に相転移してなる記録マークが形成される。
【0069】
(8−3)情報の再生
光情報記録媒体に記録された情報を読み出す際には、光情報記録再生装置から所定の光強度でなる読出用の読出光が記録層内に集光される。光情報記録媒体は、記録層から戻ってくる戻り光を、光情報記録再生装置の受光素子により検出させ、記録層の結晶構造の相違(記録マークの有無)により生じる反射率の違いから、記録層に記録された情報を再生することができる。なお、ここで用いる読出光は、記録層に照射した際に、当該記録層がλ相からβ相に相転移されない程度の光強度を有している。因みに、上述した実施の形態においては、記録層がβ相となった状態を記録マークが形成された状態とした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、記録層がλ相となった状態を記録マークが形成された状態としてもよい。
【0070】
なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。例えば、成膜対象として石英ガラスからなる基板2を適用したが、本発明はこれに限らず、他の基板材料でなる基板や、板状以外のフィルム等その他種々の成膜対象を適用してもよい。
【0071】
また、上述した実施の形態においては、TiO2粒子を混入させたゾル状の原料溶液を用いてTiO2粒子層を基板2上に形成するようにした場合について述べたが、本発明はこれに限らず、TiO2粒子を混入させたTiO2粒子混入溶液として、ゲル状等その他種々の状態のTiO2粒子混入溶液を用いてTiO2粒子層を基板2上に形成するようにしてもよい。さらに、本発明では、Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する酸化チタン薄膜を形成できれば、焼成処理における焼成時間及び温度、水素雰囲気等の各種条件について、その他の種々の条件を適用しても良い。
【符号の説明】
【0072】
1 酸化チタン薄膜体
2 基板(成膜対象)
3 酸化チタン薄膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
TiO2粒子混入溶液からなるTiO2粒子層が成膜対象の表面に形成され、水素雰囲気下で焼成されることで、前記成膜対象の表面に形成されており、
Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する結晶構造を有している
ことを特徴とする酸化チタン薄膜。
【請求項2】
0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持し、
少なくとも500K以上の温度領域で常磁性金属状態の斜方晶系の結晶構造となり、少なくとも300K以下の温度領域で常磁性金属状態の単斜晶系の結晶構造となる
ことを特徴とする請求項1記載の酸化チタン薄膜。
【請求項3】
TiO2粒子混入溶液からなるTiO2粒子層を成膜対象の表面に形成し、水素雰囲気下で焼成する焼成工程を備え、
前記焼成工程によって、Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する結晶構造を有した酸化チタン薄膜を、前記成膜対象の表面に形成する
ことを特徴とする酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項4】
前記焼成工程では、1100〜1200℃で焼成する
ことを特徴とする請求項4記載の酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項5】
支持体上に磁性材料を固定してなる磁性層を備え、
前記磁性層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜である
ことを特徴とする磁気メモリ。
【請求項6】
記録用の記録光が記録層に集光されることで、前記記録層に情報を記録し、読出用の読出光が前記記録層に集光されることで、前記記録層から戻ってくる戻り光の反射率の違いから、前記記録層に記録された情報を再生する光情報記録媒体において、
前記記録層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜である
ことを特徴とする光情報記録媒体。
【請求項7】
支持体上に電荷蓄積材料を固定してなる電荷蓄積層を備え、
前記電荷蓄積層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜である
ことを特徴とする電荷蓄積型メモリ。
【請求項1】
TiO2粒子混入溶液からなるTiO2粒子層が成膜対象の表面に形成され、水素雰囲気下で焼成されることで、前記成膜対象の表面に形成されており、
Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する結晶構造を有している
ことを特徴とする酸化チタン薄膜。
【請求項2】
0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持し、
少なくとも500K以上の温度領域で常磁性金属状態の斜方晶系の結晶構造となり、少なくとも300K以下の温度領域で常磁性金属状態の単斜晶系の結晶構造となる
ことを特徴とする請求項1記載の酸化チタン薄膜。
【請求項3】
TiO2粒子混入溶液からなるTiO2粒子層を成膜対象の表面に形成し、水素雰囲気下で焼成する焼成工程を備え、
前記焼成工程によって、Ti3O5の組成を有し、0〜800Kの温度領域で常磁性金属の状態を維持する結晶構造を有した酸化チタン薄膜を、前記成膜対象の表面に形成する
ことを特徴とする酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項4】
前記焼成工程では、1100〜1200℃で焼成する
ことを特徴とする請求項4記載の酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項5】
支持体上に磁性材料を固定してなる磁性層を備え、
前記磁性層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜である
ことを特徴とする磁気メモリ。
【請求項6】
記録用の記録光が記録層に集光されることで、前記記録層に情報を記録し、読出用の読出光が前記記録層に集光されることで、前記記録層から戻ってくる戻り光の反射率の違いから、前記記録層に記録された情報を再生する光情報記録媒体において、
前記記録層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜である
ことを特徴とする光情報記録媒体。
【請求項7】
支持体上に電荷蓄積材料を固定してなる電荷蓄積層を備え、
前記電荷蓄積層は請求項1又は2記載の酸化チタン薄膜である
ことを特徴とする電荷蓄積型メモリ。
【図1】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【公開番号】特開2011−241137(P2011−241137A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−117343(P2010−117343)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 経済産業省 NEDO循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト事業に関する委託研究 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度 経済産業省 NEDO循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト事業に関する委託研究 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】
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