説明

鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型

【課題】鋳鉄などの鉄系合金の半凝固および半溶融状態でのダイカストにおいて、金型の耐久寿命を向上し、生産性・品質をも向上する技術を提供する。
【解決手段】金型の内表面の全面あるいは一部に耐摩耗性、耐焼付き性に優れた被覆を施し、金型の摩耗や熱衝撃を防止する。また、金型内表面の部位によって被覆の膜厚を変えたり、被覆材質を変え最適化を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉄系合金を半溶融金型鋳造する金型に関する。
【背景技術】
【0002】
複雑形状の金属部材を大量に製造する技術としてダイカスト技術がある。この技術は金型へ溶融した金属を圧入して凝固させるものであり、アルミニウム系合金やマグネシウム系合金などの低融点の金属部材を製造する方法として有効である。ただし、鉄系合金部材をダイカスト技術で製造するには、鉄系合金は融点が高く、また金型素材の多くが同じ鉄系合金を用いていることからあまり広く用いられることはなかった。
近年、半溶融状態の鋳鉄からダイカスト技術で製造する方法が開発されつつあり、特に特許文献1では表面酸化皮膜を巻き込まないように鋳造する技術が開示されている。また、特許文献2では半溶融状態でダイカストするための鋳鉄成分が開示されている。さらに、特許文献3では金型のスカルプゲートに、Co、Cr、Ni、Cuのいずれかを被覆してNi合金の中間層のある銅合金を用いたものを用い、銅の高い熱伝導による熱衝撃を回避する技術が開示されている。
【特許文献1】特開2005−66663号公報
【特許文献2】特開2001−123242号公報
【特許文献3】特開2002−361394号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
鋳鉄の半溶融状態での温度は、その鋳鉄の融点よりは低く、例えばC:2.0%の鋳鉄の場合で約1200〜1270℃程度であるが、アルミニウム合金やマグネシウム合金の融点より非常に高い温度である。また、金型の多くも材質が鉄系合金である。これらの状況から金型は摩耗、焼き付き、鋳鉄への溶け出し等が非常に発生しやすい環境にさらされている。事実、通常の低合金用のダイカスト金型は成形品1万個以上の製造に耐えるが、現状の半溶融鋳鉄のダイカスト金型では1000個程度の製造数に対応した耐久性が限度である。このように、半溶融鋳鉄のダイカスト金型は寿命が短く、長寿命化することが望まれている。
【0004】
一方、半溶融鋳鉄のダイカスト技術は開発途上の技術であり、特許文献1に開示された酸化皮膜を巻き込まない技術や特許文献2に開示された熱衝撃を回避する技術等の周辺技術も重要である。例えば先行文献では触れられていないが、離型性のよいこと、表面粗さの変化の少ないことなども必須な技術と考えられる。
【0005】
本発明は、上記課題に鑑み、鉄系合金(亜共晶鋳鉄など)のチクソキャスティング(半溶融成形)およびレオキャスティング(半凝固成形)において、金型の内表面の高温での摩耗、成形金属による焼き付き・浸食等の発生を防止し、金型寿命を延長する技術を提供することを目的としている。
また、長寿命でありながら、離型性や熱伝導特性をも考慮をして成形性を改善する金型に関連する技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の目的を達成するため、本発明者は金型に施す皮膜について広く研究を行った。これにより以下の知見を得た。
1)以下の6種類a)〜f)の被覆材質による皮膜が金型に施すものとして適していること
a)CrC/NiCrの溶射皮膜。
b)(CrC、CrB2、CrO、TiN、ZrB2)/MCrAlYの溶射皮膜。
ただしMはFe、Co、Mo、Niのうちいずれか1種あるいは2種以上。
c)ステライトを代表とするCo、Cr、Ni、W、Mo、Cおよび不可避の不純物からな合金の溶射皮膜。
d)トリバロイを代表とするCo、Cr、Ni、Mo、Fe、Si、Cおよび不可避の不純物からな合金の溶射皮膜。
e)Ni基あるいはCo基の自溶性合金、それにWCあるいはCrC粒子を含む自溶性合金を溶射し、再溶融処理を施した皮膜。
f)Ni−P、Ni−B、Ni−W、Co−W、Co−Ni、Co−Ni−Wのいずれか1あるいは2種以上からなる電解あるいは無電解メッキの皮膜。
上記a)〜f)は共通して、耐摩耗性、耐焼付き性、熱遮蔽性に優れており、かかる金型の寿命の延長、鉄系合金成形の生産性向上、成形性改善に係わる用途に適している。
【0007】
本発明は上記の知見を基になされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
(1) 金型の母材の材質が、金型鋼(熱間工具鋼)、高速度工具鋼、CrおよびNi−Cr耐熱鋼、耐熱鋳鋼、超硬合金、Ni合金、CuおよびCu合金のいずれかであり、下記a)、b)、c)、d)、e)、f)の被覆材質のうち1つまたは2つ以上で金型内表面の一部または全体が被覆されていることを特徴とする鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
a)質量でCrC:5〜80%を含有し、残部がNiおよび/またはCrからなる被覆材質。
b)CrC、CrB、CrO、TiN、ZrBのうちいずれか1種または2種以上を合計質量で5〜80%含有し、残部がMCrAlY(MはFe、Co、Mo、Niのうちいずれか1種または2種以上)からなる被覆材質。
c)質量でCr:25〜35%、Ni:3%以下(0%を含む)、C:0.1〜2.5%、Fe:3%以下(0%を含む)、W:17%以下(0%を含む)、Mo:7%以下(0%を含む)を含有し、残部がCoおよび不可避の不純物からなる被覆材質。
d)質量でCr:5〜20%、Ni:18%以下(0%を含む)、Mo:20〜30%、C:1%以下(0%を含む)、Fe:3%以下(0%を含む)、Si:1〜5%を含有し、残部がCoおよび不可避の不純物からなる被覆材質。
e)質量で、Cr:10〜20%、B:2〜4.5%、Si:2〜5%、C:0.4〜1.1%、Fe:5%以下(0%を含む)、Co:1%以下(0%を含む)、Mo:4%以下(0%を含む)、Cu:4%以下(0%を含む)、残部Niの合金であるNi基の自溶性合金、または、質量で、Ni:30%以下(0%を含む)、Cr:15〜25%、B:1〜4%、Si:1〜3%、C:1.5%以下(0%を含む)、Fe:5%以下(0%を含む)、W:15%以下(0%を含む)、残部Coの合金であるCo基の自溶性合金、または上記Ni基の自溶性合金若しくはCo基の自溶性合金にWC若しくはCrC粒子を合計質量で5〜80%含む自溶性合金を溶射し、再溶融処理を施した被覆材質。
f)Ni−P、Ni−B、Ni−W、Co−W、Co−Ni、Co−Ni−Wのうちのいずれか1種または2種以上を電解または無電解メッキした皮膜からなる被覆材質。
(2) 前記(1)に記載のa)、b)、c)、d)の被覆材質を、プラズマ溶射、高速ガス溶射または爆発溶射で被覆したことを特徴とする前記(1)に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
(3) 射出口及びゲート部及びランナー部内表面の全面あるいは一部に、前記(1)に記載の被覆材質a)、b)、c)、d)のいずれか1種類若しくは2種類以上を10〜400μmの膜厚で、または被覆材質e)を50〜1000μmの膜厚で被覆し、
充填口内表面の全面若しくは一部に被覆材質a)、b)、c)、d)のいずれか1種類若しくは2種類以上を10〜200μmの膜厚で、または被覆材質e)を10〜500μmの膜厚で被覆し、
かつ、製品形状部内表面の全面若しくは一部に被覆材質a)、b)、c)、d)いずれか1種類若しくは2種類以上を1〜300μmの膜厚で、被覆材質e)を10〜500μmの膜厚で、または被覆材質f)を1〜100μmの膜厚で、
被覆したことを特徴とする前記(1)または(2)に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
(4) (1)に記載の被覆材質a)、b)、c)、d)のいずれか1種類または2種類以上を、
射出口及びゲート部及びランナー部内表面の全面または一部に10〜400μmの膜厚で、
、充填口内表面の全面または一部に、10〜200μmの膜厚で、
かつ、製品形状部内表面の全面または一部に1〜300μmの膜厚で、
被覆したことを特徴とする前記(1)または(2)に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
(5) 前記(1)に記載の被覆材質e)を、
射出口及びゲート部及びランナー部内表面の全面または一部に50〜1000μmの膜厚で、
充填口内表面の全面または一部に、10〜500μmの膜厚で、
かつ、製品形状部内表面の全面または一部に10〜500μmの膜厚で、
被覆したことを特徴とする上記請求項1または2に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
(6) 前記(1)に記載の被覆材質f)を、
射出口及びゲート部及びランナー部内表面の全面または一部に10〜200μmの膜厚で、
充填口内表面の全面または一部に、10〜100μmの膜厚で、
かつ、製品形状部内表面の全面または一部に1〜100μmの膜厚で、
被覆したことを特徴とする上記請求項1または2に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
【発明の効果】
【0008】
本発明により金型の長寿命化がなされ、1個の金型で修正や補修を行うことなく1万個程度あるいはそれ以上のダイカスト成形品を製造することができる。また、被覆する材質を選択したり、皮膜の厚さを変えたりすることにより、金型の長寿命化、離型性、製品精度の維持に対し、最適化が実現できる。したがって、これらにより、鉄系合金ダイカスト製品の品質を向上し製造コストを下げることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態について図面に基づいて説明する。
【0010】
図1は本発明に従う鉄系合金の成形用の金型の好適例を示す断面図である。図中1は金型、2はプランジャ、3は射出口、4はゲート、5は成形品が充填されるキャビティ、6は金型枠である。金型1は金型枠6に内装されており、分断面で開閉できる構造になっている。
【0011】
実際の成形においては、鉄系合金の成型用材料は、半溶融あるいは半凝固状態に加熱された後、射出口3に装入され、プランジャ2でゲート4を通ってキャビティ5内に充填され、直後に金型1が分断面で開き、成形品が取り出される。
【0012】
金型母材の材質は、SKD61に代表される金型鋼をはじめ、高速度工具鋼、Cr耐熱鋼、Ni-Cr耐熱鋼、耐熱鋳鋼、超硬合金、インコネル(登録商標)718などのNi合金、銅およびBe銅、Cr-Zr銅などの銅合金が好適である。なお、金型母材の熱伝導率は、鋼製では20〜40W/(m・K)であり、超硬合金では50〜80W/(m・K)、銅合金の場合は、120〜300W/(m・K)である。
【0013】
本発明においては、金型の射出口3およびキャビティ5で構成される内表面の一部あるいは全面に耐摩耗性・鉄系合金に対する耐焼き付き性、熱遮蔽性を有する被覆を施すことにより、金型の長寿命化、離型性、製品精度の維持を実現するものである。
【0014】
かかる金型内表面に被覆される皮膜に好適な材質および、その特徴は次の通りである。
a)質量でCrC:5〜80%を含有し、残部がNiおよびCrからなる被覆材質であり、これによる皮膜は高温での硬度が高く、熱伝導率も5〜20W/(m・K)と低いので、特に金型キャビティの射出口の近傍部分に当たる金型の部位に使用されるのに適している。ここで、CrCの質量が5%よりも小さい、又は80%よりも大きい場合には、充分な密着性を有する被覆が可能で、かつ好適な硬度及び熱伝導率を得ることができない。
b)CrC、CrB、CrO、TiN、ZrBのうちいずれか1種あるいは2種以上を合計質量で5〜80%含有し残部がMCrAlY(MはFe、Co、Mo、Niのうちいずれか1種あるいは2種以上)からなる被覆材質であり、これによる皮膜は高温での硬度が高く、熱伝導率も5〜10W/(m・K)と低く、かつ鉄系合金との耐反応性、耐焼き付き性に優れるので、特に金型キャビティの内表面全般に好ましく使用できる。ここで、上述したCrC等の合計質量が5%よりも小さい、又は80%よりも大きい場合には、充分な密着性を有する被覆が可能で、かつ優れた耐反応性及び耐焼き付き性を得ることができない。
c)質量でCr:25〜35%、Ni:3%以下(0%を含む)、C:0.1〜2.5%、Fe:3%以下(0%を含む)、W:17%以下(0%を含む)、Mo:7%以下(0%を含む)を含有し、残部がCoおよび不可避の不純物からなる被覆材質。ここで、Cr等の各成分の含有割合(成分組成)が上述した数値範囲を外れると、後述するように耐摩耗性が低下するとともに、摺動特性が不安定となってしまう。
d)質量でCr:5〜20%、Ni:18%以下(0%を含む)、Mo:20〜30%、C:1%以下(0%を含む)、Fe:3%以下(0%を含む)、Si:1〜5%を含有し、残部がCoおよび不可避の不純物からなる被覆材質。ここで、Cr等の各成分の含有割合(成分組成)が上述した数値範囲を外れると、後述するように耐摩耗性が低下するとともに、摺動特性が不安定となってしまう。
上記c)およびd)による皮膜は、鉄系合金に対する耐摩耗性が高く、かつ鉄系合金との摩擦における摺動特性(摩擦係数)が安定しており、特に金型キャビティの射出口近傍やダイカスト成型時に成型物の流動速度が高いランナーや成形品の薄肉部分に対応する金型の部位に使用されるのに適している。なお、熱伝導率は、5〜10W/(m・K)である。
e)質量で、Cr:10〜20%、B:2〜4.5%、Si:2〜5%、C:0.4〜1.1%、Fe:5%以下(0%を含む)、Co:1%以下(0%を含む)、Mo:4%以下(0%を含む)、Cu:4%以下(0%を含む)、残部Niの合金であるNi基の自溶性合金、あるいは、質量で、Ni:30%以下(0%を含む)、Cr:15〜25%、B:1〜4%、Si:1〜3%、C:1.5%以下(0%を含む)、Fe:5%以下(0%を含む)、W:15%以下(0%を含む)、残部Coの合金であるCo基の自溶性合金、それにWCあるいはCrC粒子を合計質量で5〜80%含む自溶性合金を溶射し、再溶融処理を施した被覆材質である。この条件を満たす被覆材質よる皮膜は、高温での硬度が高く、特に金型母材との密着性に優れるため、高温高圧力にさらされる、金型キャビティの射出口の近傍やスカルプゲートに当たる部位に使用されるのに適している。なお、熱伝導率は10〜20W/(m・K)である。
f)Ni−P、Ni−B、Ni−W、Co−W、Co−Ni、Co−Ni−Wのうちのいずれか1種あるいは2種以上を電解あるいは無電解メッキした皮膜である。これらのメッキ皮膜は、硬度が高く、耐摩耗性に優れている。また熱伝導率は5〜20W/(m・K)であるが、10μmの程度の薄膜であり、金型母材への熱伝導も低下せず、また成形品の内表面形状寸法にも変化を与えないので、金型キャビティの成形品表面で、成形品の精度を維持し、かつ冷却効果を低下させたくない部位に使用されるのに適している。
上記a)〜f)は共通して、硬度が高く耐摩耗性、成形する鉄系合金との耐焼付き性、金型母材への熱衝撃を緩和する熱遮蔽性に優れており、金型被覆材質として優れた特性を有する。よって、これらのいずれの材質を用いても、鉄系合金の半溶融あるいは半凝固成形において、少なくとも連続1万個の良品製造が可能である。
【0015】
図2は金型内表面を詳細に示す断面図である。この図に基づき、金型内表面に被覆を形成する最適な形態の一つとして、部位によって膜厚の異なる皮膜を形成する方法を説明する。射出口3の内表面およびゲート4の内表面は、鉄系合金材料が充填され、高圧で押し出される部位であり、鉄系合金成形材料の表面の酸化スケールと内表面の摺動も顕著であり、特に耐摩耗性が求められる部位であり、厚膜の被覆が好適である。膜厚として、高速ガス溶射皮膜の場合、すなわち、被覆材質a)〜d)の少なくとも1つで皮膜を形成した場合には、10〜400μmが好ましく、50〜300μmがより好ましい。ここで、膜厚が10μmよりも小さい場合には、耐摩耗性に劣り、400μmよりも大きい場合には、射出口3の内外径の寸法精度が低下してしまう。一方、自溶性合金皮膜の場合、すなわち、被覆材質e)で皮膜を形成した場合には、50〜1000μmが好ましく、100〜500μmがより好ましい。ここで、膜厚が50μmよりも小さい場合には、耐摩耗性に劣り、1000μmよりも大きい場合には、被覆の断面ないでの硬度分布がばらつくなど、被覆の品質が低下し、耐摩耗性の低下や被覆の剥離が生ずる。なお、射出口3の内表面及びゲート4の内表面に、被覆材質f)の皮膜を、膜厚が10〜200μmとなるように形成してもよい。この膜厚の数値範囲は、上述した要件(耐摩耗性や寸法精度)を好適に満たす範囲である。また、プランジャ2と射出口3の内外径の寸法精度が非常に高い精度を求められ、摩耗が問題にならない場合には、射出口3の内表面への被覆は省略しても良い。
【0016】
次に充填口7の内表面は鉄系合金成形材料の表面の酸化スケールなど不純物を捕捉する部位であり、一定の容積を有するため、金型への熱伝導を極力低下させないで、かつ金型母材への熱衝撃を緩和する熱遮蔽性を発揮する被覆膜厚とすると好ましい。具体的な膜厚として、高速ガス溶射皮膜の場合、すなわち、被覆材質a)〜d)の少なくとも1つで皮膜を形成した場合には、10〜200μmが好ましく、50〜100μmがより好ましい。ここで、膜厚が10μmよりも小さい場合には、熱衝撃を緩和しにくくなり、200μmよりも大きい場合には、金型への熱伝導が大幅に低下してしまう。また、被覆の剥離が起こりやすくなる。一方、自溶性合金皮膜の場合、すなわち、被覆材質e)で皮膜を形成した場合には、10〜500μmが好ましく、100〜200μmがより好ましい。ここで、膜厚が10μmよりも小さい場合には、熱衝撃を緩和しにくくなり、500μmよりも大きい場合には、金型への熱伝導が大幅に低下してしまう。なお。充填口7の内表面に、被覆材質f)の皮膜を、膜厚が10〜100μmとなるように形成してもよい。この膜厚の数値範囲は、上述した要件(熱伝導率や熱遮蔽性)を好適に満たす範囲である。また、金型への熱衝撃が問題とならない場合には、この部位の内表面への被覆は省略しても良い。
【0017】
さらにランナー8の内表面は、流路が狭いので、鉄系合金材料がランナー途中で凝固せず、効果的に成形品形状部9に充填が行われるようにするために、厚膜の被覆が好適である。膜厚として、高速ガス溶射皮膜の場合、すなわち、被覆材質a)〜d)の少なくとも1つで皮膜を形成した場合には、10〜400μmが好ましく、50〜300μmがより好ましい。ここで、膜厚が10μmよりも小さい場合には、鉄系合金材料がランナー途中で凝固してしまうおそれがあり、膜厚が400μmよりも大きい場合には、被覆が剥離しやすくなる。一方、自溶性合金皮膜の場合、すなわち、被覆材質e)で皮膜を形成した場合には、50〜1000μmが好ましく、100〜500μmがより好ましい。ここで、膜厚が50μmよりも小さい場合には、鉄系合金材料がランナー途中で凝固してしまうおそれがあり、膜厚が1000μmよりも大きい場合には、被覆の剥離が生じやすくなる。なお、ランナー8の内表面に、被覆材質f)の皮膜を、膜厚が10〜200μmとなるように形成してもよい。この膜厚の数値範囲は、上述した要件(鉄系合金材料の凝固及び充填)を好適に満たす範囲である。また、ランナーでの凝固が問題とならない場合には、この部位の内表面への被覆は省略しても良い。
【0018】
成形品形状部9の内表面は、成形品の形状寸法精度に影響しないように、また金型への熱伝導を低下させず、充填された成形品が適切な凝固速度で凝固するように、薄膜の被覆が望ましい。具体的な膜厚として、高速ガス溶射皮膜の場合、すなわち、被覆材質a)〜d)の少なくとも1つで皮膜を形成した場合には、1〜300μmが好ましく、50μm以下(1μm以上)がより好ましい。一方、自溶性合金皮膜の場合、すなわち、被覆材質e)で皮膜を形成した場合には、10〜500μmが好ましく、100μm以下(10μm以上)がより好ましい。一方、メッキ被覆の場合、すなわち、被覆材質f)で皮膜を形成した場合には、1〜100μmが好ましく、10〜50μmがより好ましい。ここで、高速ガス溶射皮膜、自溶性合金皮膜、メッキ皮膜の上述した膜厚の範囲を外れると、成形品の形状寸法精度、金型への熱伝導、充填された成形品の凝固速度の点で好ましくない。また、金型への熱衝撃や金型の摩耗が問題とならない場合には、この部位の内表面への被覆は省略しても良い。
【0019】
次に、図2に基づき、金型内表面に被覆を形成するもう一つの最適な形態として、部位によって異なる材質の被覆を形成する方法を説明する。金型内表面への被覆材質としては、前述a)〜f)の材質が好ましい。
【0020】
射出口3の内表面およびゲート4の内表面は、鉄系合金材料が充填され、高圧で押し出される部位であり、鉄系合金成形材料の表面の酸化スケールと内表面の摺動も顕著であり、特に耐摩耗性が求められる部位である。そのため、前述a)、b)、c)、d)、e)の被覆材質の適用が好ましい。特にゲート4は、高い面圧が作用し、鉄系合金成形材の流動速度も大きいため、高い耐摩耗性と密着性が必要であり、前述e)の被覆材質が最も好ましい。また、プランジャ2と射出口3の内外径の寸法精度が非常に高い精度を求められ、摩耗が問題にならない場合には、射出口3の内表面への被覆は省略しても良い。
【0021】
次に充填口7の内表面は鉄系合金成形材料の表面の酸化スケールなど不純物を捕捉する部位であり、一定の容積を有するため、金型への熱伝導を極力低下させないで、かつ金型母材への熱衝撃を緩和する熱遮蔽性を発揮する被覆材質が好ましい。具体的には、前述の被覆材質a),b)c),d)の適用が好ましい。また、金型への熱衝撃が問題とならない場合には、この部位の内表面への被覆は省略しても良い。
【0022】
ランナー8の内表面は、流路が狭いので、鉄系合金材料がランナー途中で凝固せず、効果的に成形品形状部9に充填が行われるようにするために、熱遮蔽性に優れた被覆材質が好ましい。具体的には前述の被覆材質a),b)c),d)の適用が好ましい。また、ランナーでの凝固が問題とならない場合には、この部位の内表面への被覆は省略しても良い。
【0023】
成形品形状部9の内表面は、成形品の形状寸法精度に影響しないような被覆材、また金型への熱伝導を低下させず、充填された成形品が適切な凝固速度で凝固するような被覆材の適用が望ましい。具体的には、前述の被覆材質f)のメッキ皮膜が最も好ましいが、さらに前述のa),b),c),d)の被覆材質を高速ガス溶射で50μm以下の薄膜で溶射したものも好ましく効果を発揮する。また、金型への熱衝撃や金型の摩耗が問題とならない場合には、この部位の内表面への被覆は省略しても良い。
【実施例1】
【0024】
図3に示す評価装置を用いて、種々の被覆材質の熱間での鉄系材料に対する耐摩耗性および耐焼き付き性を評価した。装置はピン-オン-ディスク方式であり、評価すべき被覆はディスク表面に施した。ディスク母材の形状はφ50×厚み10mmとし、ディスクの材質は試験条件によって金型鋼SKD61、耐熱鋼SCH22、Ni合金インコネル(登録商標)718、Be銅を用いた。ピン形状はφ5×長さ20mmとし、ピンの材質はSKD61の焼入れ品で硬さがHRC=48〜50のものを用いた。なお、本試験は、鋳鉄等の鉄系合金成形材と金型表面の摩耗および焼付き特性を評価するものであるが、摩耗試験を促進させる目的で、ピン材質に鋳鉄よりも強度および硬度の高い金型鋼を用いたものである。また、鋳鉄も金型鋼も同じ鉄系材料であるため、焼付き特性も同様の評価が可能と判断した。
試験条件は、回転数500r/m、ピンとディスクの摺動速度は0.92m/s、ピンの押し付け荷重は980N、雰囲気温度を400℃とした。
【0025】
表1は、本発明の種々の被覆材質について、上記の方法で耐摩耗性および耐焼付き性を他の材質と比較して評価を行った結果を示す。表2に評価に用いた被覆材の成分を示す。耐摩耗性は、30分間運転後のディスクを取り外し、ピンとの摺動面の断面観察を行い、最も摩耗した部分の厚み減少量を測定することによって評価を行った。また耐焼付き性は、試験後のディスク表面におけるピン先端材質の移着の有無を目視および断面観察を行い評価を行った。かくして評価の結果、本発明による被覆は、耐摩耗性、耐焼付き性において、いずれも優れた性能を有することが確認された。
【表1】

【表2】

【実施例2】
【0026】
次に、本発明に従う被覆を実際のダイカスト成型用試験金型に施して、鉄系合金を半溶融状態で鋳造成形した。成形品の形状を図4に示す。図に示す成形品は、鉄系合金材料の形状成形性すなわちキャビティへ内の流動特性を評価する目的で、階段状の形状となっており、最も厚みの厚い部分から順に厚みが、25mm、15mm、10mm、5mm、2.5mm、1mmとした。
【0027】
表3に、種々の条件で本発明に従う被覆を施した金型を用いて鉄系合金を半溶融状態で鋳造し、形状成形性および、金型寿命を評価した結果を示す。使用した鉄系合金の材料は、質量でC:2.4%、Si:1%その他不純物からなる鋳鉄である。素材の形状は直径φ50mm、高さ50mmの円筒形であり、成形材料の予熱温度は1250℃とし、室温から15分以内で所定温度に昇温し、保持時間を3分以上かつ5分以内とした。金型母材の材質はSKD61の焼入れ・焼戻し品で硬さがHRC=45〜47のものを用いた。また、金型の予熱は電気ヒーターにて行い、成形前の金型予熱温度は、キャビティ内表面で250〜300℃とした。成形前には、金型キャビティ内表面に二硫化モリブテンのスプレー式離型材を塗布した。形状成形性の評価は、成形品の階段状の部分の流入厚みで評価した。また金型寿命は、一定ショット数の成形の後の金型内部の摩耗状態を目視で観察した。かくして評価の結果、本発明による被覆は、耐摩耗性、耐焼付き性において、いずれも優れた性能を示し、かつ、金型内面の部位によって被覆の材質を変えたり、膜厚を最適化することによって形状成形性も改善されることが確認された。
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0028】
以上のように、本発明の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型は、鉄系合金の半溶融および半凝固状態からのダイカスト成形において広く適用でき、金型の耐用寿命を向上し、素材と金型との焼付きを防止して離型性を促進する効果が得られ、生産性の向上、成形品の品質・形状精度の向上など、大きく貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】鉄系合金の半溶融・半凝固成型用金型を示した断面図である。
【図2】本発明に係わる金型内表面の詳細断面図である。
【図3】実施例1で用いた評価装置の斜視図である。
【図4】実施例2の成形品の形状を示す斜視図である。
【符号の説明】
【0030】
1 金型
2 プランジャ
3 射出口
4 ゲート
5 キャビティ
6 金型枠
7 充填口
8 ランナー
9 成形品形状部
10 ピン
11 ディスク
12 皮膜
13 金型分断面


【特許請求の範囲】
【請求項1】
金型の母材の材質が、金型鋼(熱間工具鋼)、高速度工具鋼、CrおよびNi−Cr耐熱鋼、耐熱鋳鋼、超硬合金、Ni合金、CuおよびCu合金のいずれかであり、下記a)、b)、c)、d)、e)、f)の被覆材質のうち1つまたは2つ以上で金型内表面の一部または全体が被覆されていることを特徴とする鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
a)質量でCrC:5〜80%を含有し、残部がNiおよび/またはCrからなる被覆材質。
b)CrC、CrB、CrO、TiN、ZrBのうちいずれか1種または2種以上を合計質量で5〜80%含有し、残部がMCrAlY(MはFe、Co、Mo、Niのうちいずれか1種または2種以上)からなる被覆材質。
c)質量でCr:25〜35%、Ni:3%以下(0%を含む)、C:0.1〜2.5%、Fe:3%以下(0%を含む)、W:17%以下(0%を含む)、Mo:7%以下(0%を含む)を含有し、残部がCoおよび不可避の不純物からなる被覆材質。
d)質量でCr:5〜20%、Ni:18%以下(0%を含む)、Mo:20〜30%、C:1%以下(0%を含む)、Fe:3%以下(0%を含む)、Si:1〜5%を含有し、残部がCoおよび不可避の不純物からなる被覆材質。
e)質量で、Cr:10〜20%、B:2〜4.5%、Si:2〜5%、C:0.4〜1.1%、Fe:5%以下(0%を含む)、Co:1%以下(0%を含む)、Mo:4%以下(0%を含む)、Cu:4%以下(0%を含む)、残部Niの合金であるNi基の自溶性合金、または、質量で、Ni:30%以下(0%を含む)、Cr:15〜25%、B:1〜4%、Si:1〜3%、C:1.5%以下(0%を含む)、Fe:5%以下(0%を含む)、W:15%以下(0%を含む)、残部Coの合金であるCo基の自溶性合金、または上記Ni基の自溶性合金若しくはCo基の自溶性合金にWC若しくはCrC粒子を合計質量で5〜80%含む自溶性合金を溶射し、再溶融処理を施した被覆材質。
f)Ni−P、Ni−B、Ni−W、Co−W、Co−Ni、Co−Ni−Wのうちのいずれか1種または2種以上を電解または無電解メッキした皮膜からなる被覆材質。
【請求項2】
上記請求項1に記載のa)、b)、c)、d)の被覆材質を、プラズマ溶射、高速ガス溶射または爆発溶射で被覆したことを特徴とする請求項1に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
【請求項3】
射出口及びゲート部及びランナー部内表面の全面あるいは一部に、請求項1に記載の被覆材質a)、b)、c)、d)のいずれか1種類若しくは2種類以上を10〜400μmの膜厚で、または被覆材質e)を50〜1000μmの膜厚で被覆し、
充填口内表面の全面若しくは一部に被覆材質a)、b)、c)、d)のいずれか1種類若しくは2種類以上を10〜200μmの膜厚で、または被覆材質e)を10〜500μmの膜厚で被覆し、
かつ、製品形状部内表面の全面若しくは一部に被覆材質a)、b)、c)、d)いずれか1種類若しくは2種類以上を1〜300μmの膜厚で、被覆材質e)を10〜500μmの膜厚で、または被覆材質f)を1〜100μmの膜厚で、
被覆したことを特徴とする請求項1または2に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
【請求項4】
請求項1に記載の被覆材質a)、b)、c)、d)のいずれか1種類または2種類以上を、
射出口及びゲート部及びランナー部内表面の全面または一部に10〜400μmの膜厚で、
充填口内表面の全面または一部に、10〜200μmの膜厚で、
かつ、製品形状部内表面の全面または一部に1〜300μmの膜厚で、
被覆したことを特徴とする請求項1または2に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
【請求項5】
請求項1に記載の被覆材質e)を、
射出口及びゲート部及びランナー部内表面の全面または一部に50〜1000μmの膜厚で、
充填口内表面の全面または一部に、10〜500μmの膜厚で、
かつ、製品形状部内表面の全面または一部に10〜500μmの膜厚で、
被覆したことを特徴とする上記請求項1または2に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。
【請求項6】
請求項1に記載の被覆材質f)を、
射出口及びゲート部及びランナー部内表面の全面または一部に10〜200μmの膜厚で、
充填口内表面の全面または一部に、10〜100μmの膜厚で、
かつ、製品形状部内表面の全面または一部に1〜100μmの膜厚で、
被覆したことを特徴とする上記請求項1または2に記載の鉄系合金の半溶融・半凝固鋳造用の金型。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−136466(P2007−136466A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−329905(P2005−329905)
【出願日】平成17年11月15日(2005.11.15)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】