説明

銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法及びニッケル溶出防止用保護膜形成剤並びにニッケル溶出防止用洗浄剤

【課題】例えば、ニッケルを含むめっき処理が施された青銅、黄銅等の銅合金製の水道用バルブ、給水給湯用バルブ、管継手、ストレーナ、水栓金具、ポンプ用品、水道メーター、浄水器、給水給湯器、或いはその他の接液器材において、水道水などの流体が接液しても、ニッケルが溶出することのない銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法及びニッケル溶出防止用保護膜形成剤並びにニッケル溶出防止用洗浄剤を提供すること。
【解決手段】銅合金製接液器材にニッケルを含むめっき処理を施したニッケルの溶出防止方法において、接液器材の少なくとも接液面に、ワックスを含有する保護膜形成成分とこの保護膜形成成分を水に溶解させる溶剤成分を含んで成る保護膜形成剤を施して保護膜を形成し、この保護膜により、ニッケルの溶出を抑制するようにした銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法及びニッケル溶出防止用保護膜形成剤並びにニッケル溶出防止用洗浄剤に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、水道用、給水給湯用の配管の途中や末端部位には、水道用バルブ、給水給湯用バルブ、管継手、ストレーナ、水栓金具、ポンプ用品、水道メーター、浄水器、給水給湯器、或いはその他の接液器材が設けられており、これらの接液器材は、鋳造性、機械加工性並びに経済性に優れた青銅や黄銅などの銅合金製のものが多く用いられている。特に、青銅や黄銅製のバルブや継手等は、青銅にあっては鋳造性や機械加工性を、黄銅にあっては切削性や熱間鍛造性等の特性を良好にするため、鉛を所定量添加した合金が使用されている。しかし、このような鉛を含有した青銅・黄銅製の接液器材に水道水などの流体を供給すると、接液部表面層に析出している鉛含有金属の鉛部分が水道水に溶出するおそれがある。
【0003】
そこで、飲用に供せられる水道水は、特定の方法によって行う評価検定方法によって、鉛溶出の水質基準が規定され、これに適合するものでなければならない。鉛は人体に有害な物質であることから、その浸出量は、極力少なくする必要があり、平成15年4月に鉛浸出基準の規制が強化されるに至っている。このような状況下において、現在では、素材から鉛を除去したいわゆる鉛レス材料を用いて製造された銅合金製接液器材や、鉛を含有した従来材に酸洗浄処理、又はアルカリ洗浄処理などの各種の表面処理を施すことで鉛溶出を低減した銅合金製接液器材が流通している。
【0004】
この種の鉛溶出低減技術として、例えば、特開2002−180267号公報(特許文献1)に記載の鉛溶出防止処理法がある。同文献1には、給排水用金具をベンゾトリアゾール系各種化合物溶液に浸漬して、前記金具表面に強固な皮膜を形成し、鉛溶出を防止する技術が開示されている。
【0005】
また、特開2001−152369号公報(特許文献2)に記載の鉛溶出防止処理法は、給排水用金具を有機カルボン酸又はその塩を含有するエッチング処理液に浸漬して、前記金具表面の鉛を除去する技術として開示されている。
【0006】
さらに、現在、上述した鉛溶出の改善に加え、人体に影響を及ぼすニッケル溶出の改善が急務となりつつある。バルブ、管継手、ストレーナ、水栓金具、或いはその他の接液器材には、外部表面の美観、耐食性、及び耐摩耗性の向上等の目的でニッケルめっきをはじめとした各種めっき処理が施されている。例えば、ニッケルめっき、ニッケル合金めっき、ニッケルクロムめっき等が挙げられるが、これらニッケルを含んだめっき処理が行われると、接液器材の口元部位にめっきが回り込んで付着する。
【0007】
図1は、ニッケルクロムめっき処理が施されたJIS横水栓(CAC406製)の断面図であり、図2は、図1に示す口元部位の部分拡大断面図である。図2に示すように、めっき2が施された接液器材1の口元部位には、クロムめっき2aと複層状態にないニッケルめっき2bが存在している。これは電流密度範囲の違いによって、クロムめっき2aよりもニッケルめっき2bが口元内側に回り込むことによるものであるが、この状態において、これら接液器材1に水道水などの流体を供給すると、接液部1aに露出して付着したニッケルめっき2bが流体中に溶出するおそれがある。
【0008】
図3は、図2のB部拡大断面図であり、同図に示すように、腐食電位の高い金属である銅(接液部1a)と腐食電位の低い金属であるニッケル(ニッケルめっき2b)が接触した状態において、通電性の良い水道水などの流体が両者に接液すると電気的に導通となり、腐食電位の低いニッケル(ニッケルめっき2b)が腐食電位の高い銅(接液部1a)によりアノード分極を受けて腐食反応が起こり、ニッケルの酸化溶解が促進されるという異種金属接触腐食が発生する。さらに、ニッケルめっき2bには多数のピンホール2cが存在しており、なかにはニッケルめっき2bの下地である銅表面にまで達したものまで存在する。これに通電性の良い水道水などの流体が入り込み、この部位においても異種金属接触腐食が起こる。さらには、接液部1aに付着したニッケルめっき2bは、流体と接液することによってニッケルめっき2b自体からも溶出する。
【0009】
現在のニッケル溶出低減技術として、例えば、特開2002−155391号公報(特許文献3)に記載のニッケル溶出低減処理方法がある。この処理方法は、銅又は銅合金製給水器具に少なくともニッケルめっきを施した後にクロムめっきを施し、その後クロムめっきからはみ出しているニッケルめっきを除去する処理工程を有しており、この処理工程において、ニッケルめっきのみを溶解除去する硫酸等の酸化性薬品に給水器具を浸漬させて、ニッケルクロムめっきを施した際の口元に回り込んだニッケルめっき部分を溶解除去する技術が開示されている。
【0010】
また、特許第2836987号公報(特許文献4)には、電子部品を搭載するセラミック基体に施すニッケルめっきに、脂肪族不飽和カルボン酸による薄膜を形成して、ニッケル溶出を阻止する技術が開示されている。
【0011】
【特許文献1】特開2002−180267号公報
【特許文献2】特開2001−152369号公報
【特許文献3】特開2002−155391号公報
【特許文献4】特許第2836987号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、先に上述した鉛溶出低減を目的とした特許文献1、2では、これら公報に記載されている鉛浸出試験は、JIS S3200−7(1997年)「水道用器具−浸出性能試験方法」によるものではなく、しかも、どのくらいの量の浸出液に浸出した実測値なのか不明であり、技術的効果を確認することはできない。
【0013】
また、ニッケル溶出低減を目的とした特開2002−155391号公報(特許文献3)では、クロムめっきからはみ出しているニッケルめっきを効果的に除去することはできず、接液部位にはニッケルめっきが常に残るため、水道水などの流体を介して電気的に導通となったこの部位の異種金属接触腐食によるニッケル成分の溶出と、ニッケルめっき自体からの溶出が発生するため、ニッケルの浸出基準を到底満たせるものではない。しかも、めっきが剥れたことで、銅である地金が露出し、表面層に偏析している鉛が溶出するという問題も有している。さらに、同公報に記載のニッケル浸出試験は、JIS S3200−7(1997年)「水道用器具−浸出性能試験方法」に基づくものではあるが、どのくらいの量の浸出液に浸出した実測値なのか不明であり、ニッケル除去の技術的効果は判定できない。
【0014】
しかも、この評価試験となるJIS S3200−7は、模擬水道水によるNi浸出試験となるため、この試験を行った場合には、模擬水道水中に含まれる成分により接液器材が劣化したり、また、試験作業(通水作業、洗浄作業)時には、物理的影響による劣化のない成分を含有している必要があり、より高い鉛・ニッケル溶出防止性能が求められている。
【0015】
また、本発明者らは、この種の分野における鉛溶出・ニッケル溶出の原因をさらに解明している。図4は、図1に示すニッケルクロムめっき処理が施されたJIS横水栓(CAC406製)呼び径25A・内容積40ml内面のEPMA(X線マイクロアナライザ)によるニッケル分布を示した写真であり、図5は、鉛分布を示した写真である。なお、図1中、符号3はEPMA(X線マイクロアナライザ)分析部である。EPMA(X線マイクロアナライザ)測定の加速電圧は30KV、照射電流は10nAで実施した。図4及び図5に示すように、ニッケルクロムめっき処理が施された供試品1の内面(CAC406面)1aにおいては、ニッケルと鉛が測定面の部分的、かつ、略同位置に存在することが確認され、また、図6の電子顕微鏡写真から明らかであるように、この両元素の存在位置は、金属表面の結晶粒界位置と一致している。
【0016】
図7は、給水器具などの外面にニッケルめっき等の処理が施された器具内面における鉛とニッケルの存在状況を示した説明図である。複雑な流路を有するバルブ、管継手、ストレーナ、水栓金具、或いはその他の給水器具は、銅合金材料による砂型鋳造などにより成形されている。このように鋳造された鋳造表面は凹凸が多くあり、その中のくぼみ部には凝固時に結晶粒界4などから表面層に移動した鉛5が偏析している。特に、表面加工を施さない給水器具の内表面層は顕著であり、その状態でめっき処理を施すと、このくぼみ部の鉛5の上にめっき液が残留して乾燥し、金属ニッケルとは異なるニッケル塩6が付着するものと考えられる。水栓金具等の給水器具は、複雑な流路を有しているがゆえに、内部に残留しためっき液を排除しにくいことから、ニッケル塩6の付着が顕著になったものと考えられる。この状態において、給水器具に水道水などの流体を供給すると、鉛5とニッケル塩6が溶出する。
【0017】
このことについては、上記特許文献をはじめ、従来技術には何ら考慮されておらず、例えば、特許文献1の技術を採用しても、図14に示すように、結晶粒界30に偏析した鉛31の上にベンゾトリアゾール33による皮膜が形成されたとしても、鉛溶出を防止するには不十分であり、しかも、同図に示すように、ベンゾトリアゾール33は金属ではないニッケル塩32には皮膜を形成しないので、結果として、ニッケル塩32の溶出が進行した後に、その下部にある偏析した大量の鉛31が溶出することになり、ニッケルの溶出は勿論、鉛の溶出も防止することはできない。
【0018】
特許文献4で開示されている技術は、セラミック等の非金属にめっきを行ういわゆる無電解めっきに関する技術であるから、地金の上に金属めっきを行う技術手段とは異なり、そのまま技術を応用することはできない。
【0019】
本発明は、上述した実情に鑑み、鋭意検討の結果開発に至ったものであり、その目的とするところは、例えば、ニッケルを含むめっき処理が施された青銅、黄銅等の銅合金製の水道用バルブ、給水給湯用バルブ、管継手、ストレーナ、水栓金具、ポンプ用品、水道メーター、浄水器、給水給湯器、或いはその他の接液器材において、水道水などの流体が接液しても、ニッケルが溶出することのない銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法及びニッケル溶出防止用保護膜形成剤並びにニッケル溶出防止用洗浄剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0020】
上記の目的を達成するため、請求項1に係る発明は、銅合金製接液器材にニッケルを含むめっき処理を施したニッケルの溶出防止方法において、接液器材の少なくとも接液面に、ワックスを含有する保護膜形成成分とこの保護膜形成成分を水に溶解させる溶剤成分を含んで成る保護膜形成剤を施して保護膜を形成し、この保護膜により、ニッケルの溶出を抑制するようにした銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0021】
請求項2に係る発明は、ワックスは、低重合ポリオレフィン系物質、脂肪酸エステル系物質、脂肪酸アミド系物質、ケトン・アミン類、ポリウレタン樹脂、天然系ワックス、パラフィンワックス、マイクロクリスタレンワックスのうち選択した1種以上を含む銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0022】
請求項3に係る発明は、ワックスを前記保護膜形成剤に対して0.455wt%以上含有させた銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0023】
請求項4に係る発明は、溶剤成分は、水溶性有機溶剤とアルカリ溶剤のうち何れか一方を含んだ成分である銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0024】
請求項5に係る発明は、保護膜形成剤にベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール等のアミン物質を含有させると共に、溶剤成分にアルカリ溶剤を含有させた銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0025】
請求項6に係る発明は、接液器材の接液部位のニッケルめっき層の表面に前記保護膜形成剤で保護膜を形成し、この保護膜を介して異種金属接触腐食によるニッケル溶出を抑制するようにした銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0026】
請求項7に係る発明は、ニッケルめっき層のピンホールに、銅とニッケルを絶縁するように保護膜形成剤で保護膜を形成した銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0027】
請求項8に係る発明は、接液器材の接液部位のニッケルめっき層の表面に保護膜形成剤で保護膜を形成し、この保護膜を介して接液によるニッケルめっき自体の溶解を抑制するようにした銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0028】
請求項9に係る発明は、接液器材の少なくとも接液面に前記保護膜形成剤を施して保護膜を形成し、この接液器材の内部に残渣として付着したニッケル塩を洗浄除去した銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0029】
請求項10に係る発明は、請求項10におけるニッケル溶出防止方法において、接液器材の接液部表面層を脱鉛化した銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0030】
請求項11に係る発明は、硝酸、硫酸、ホウフッ化水素酸、フッ化ケイ酸、メタルスルフォン酸からなる無機酸のうち少なくとも1種以上と、酢酸、蟻酸、アクリル酸、酪酸、クエン酸、プロピオン酸からなる有機酸のうち少なくとも1種以上を含んだ洗浄液を混合し、この洗浄液によって接液器材の内部に残渣として付着したニッケル塩と、接液部表面層に偏析した鉛の双方、或いは何れか一方を洗浄除去するようにした銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0031】
請求項12に係る発明は、硝酸と、フッ化水素酸、塩酸、臭化水素酸からなるハロゲン酸のうち少なくとも1種以上を含んだ洗浄液を混合し、この洗浄液によって、接液器材の変色や腐食を防ぎつつ内部に残渣として付着したニッケル塩と、接液部表面層に偏析した鉛の双方、或いは何れか一方を洗浄除去するようにした銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0032】
請求項13に係る発明は、保護膜を形成するものとして、少なくともワックスを含有する保護膜形成成分とこの保護膜形成成分を水に溶解させる溶剤成分を含んで成る銅合金製接液器材のニッケル溶出防止用保護膜形成剤である。
【0033】
請求項14に係る発明は、接液器材の内部に残渣として付着したニッケル塩を除去し、かつ、前記接液器材の口元部位の金属ニッケルの除去を抑制するようにした銅合金製接液器材のニッケル溶出防止用洗浄剤である。
【0034】
更に、グリコールエーテル類、アルコール類、及びアミン類から選ばれた少なくとも1種を含んで成る有機溶剤に上記保護膜形成成分を溶解させて、EN12471規格に基づくDMG試験に適合するようにしてもよい。グリコールエーテル類としては、例えば、3−メチル3−メトキシブタノール、ブチルセロソルブなど、アルコール類としては、ベンジルアルコールなど、アミン類としては、モルホリン、モノエタノールアミン、トリエタノールアミン、トリイソプロパノールアミンのようなISO形状を有するアルカノールアミン、シクロヘキシルアミン、ジシクロヘキシルアミンのようなシクロ形状を有するアミン、長鎖のアルコールアミンなどが挙げられる。
【0035】
前記有機溶剤としては、3−メチル3−メトキシブタノール10wt%とモルホリン0.03wt%以上を含んで成るもの、3−メチル3−メトキシブタノール10wt%とモノエタノールアミン0.02wt%以上を含んで成るもの、或いは3−メチル3−メトキシブタノール10wt%とトリエタノールアミン0.05wt%以上を含んで成るものが好ましい。
【発明の効果】
【0036】
請求項1に係る発明によると、めっき処理を施した銅合金製接液器材の口元部などの接液面にニッケルめっきが付着した状態にあっても、供給された水道水などの流体にニッケルめっきが溶け出すことはなく、安全で環境にも優しい銅合金製接液器材の提供が可能となった。銅合金製接液器材としては、給水管、配管途中に設置される給水用具、例えば、水道用バルブ、給水給湯用バルブ、管継手、ストレーナ等や、給水管末端に設置される給水用具、例えば、水栓、浄水器、給水給湯器などである。
また、保護膜形成剤を保護膜形成成分と溶剤成分とし、更に、保護膜形成における主要な成分である保護膜形成成分を各種のワックスとアミン物質を組合わせることにより高い性能が要求される接液器材を提供できるニッケル溶出防止方法である。
【0037】
請求項2に係る発明によると、ニッケルめっき時のニッケル溶出を効果的に防ぐことができ、より厳しい基準に基づいた場合でもこれに対応してニッケルの溶出を抑えることができ、安全性に優れた銅合金製接液器材を設けることができる銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0038】
請求項3に係る発明によると、ニッケルの溶出レベルを極限まで抑えることができ、高い品質が求められる接液箇所にも対応した接液器材を提供できる銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0039】
請求項4に係る発明によると、ワックスやアミン物質の種類に対して適宜の水溶性有機溶剤やアルカリ溶剤を選択して組合わせることができ、保護膜の性能や機能、形成時間やコスト等のあらゆるファクターに応じて各種の性質の接液器材を提供できる銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0040】
請求項5に係る発明によると、ニッケルアレルギーなどのより厳しい要求にも対応してニッケルの溶出防止を図った接液器材を得ることができ、また、銅合金にニッケルめっき処理を施した場合のみならず他の金属にニッケルめっき処理を施した場合でもニッケル溶出防止効果を得ることができ、例えば、純ニッケル鋼に対して保護膜を形成した場合でも、厳しい評価試験にも合格できる優れたニッケル溶出防止効果を発揮できる銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法である。
【0041】
請求項6に係る発明によると、接液部並びにこの接液部位に付着したニッケルめっき層の表面に保護膜を形成することで、接液部(接液部位)とニッケルめっきとの間で電気的に導通するのを防ぎ、異種金属接触腐食によるニッケル溶出は確実に防止される。
【0042】
請求項7に係る発明によると、保護膜形成剤によってニッケルめっき層のピンホール等の欠陥部は充填されるので、異種金属接触腐食によるニッケル溶出は確実に防止される。
【0043】
請求項8に係る発明によると、保護膜の形成によって、流体と接液することによるニッケルめっき自体からの溶解を抑制する。これにより、pHなどの水質因子、流速変化、水温変化などの物理化学的な要因による影響を受けることなく、ニッケル溶出は確実に防止される。
【0044】
請求項9乃至12に係る発明によると、ニッケルを含むめっき処理が施された青銅、黄銅等の銅合金製接液器材において、接液部表面層に偏析した鉛、及び内部に残渣として付着したニッケル塩を確実に除去し、口元などの接液部位に付着したニッケルめっきの溶出を防ぐことができ、水道水などの流体が供給されても、これらは溶出することはなく、例えば、鉛については、水質基準に関する厚生労働省令に基づき、配管途中に設置される給水用具(バルブ等)は0.01mg/l、配管末端に設置される給水用具(水栓等)は特例値として0.007mg/lの浸出基準を満たし、一方、ニッケルについては、厚生労働省の水質管理目標設定項目値は0.01mg/lであることから、配管途中に設置される給水用具(バルブ等)は0.01mg/l、配管末端に設置される給水用具(水栓等)は0.001mg/lの浸出基準を満たす銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法を提供することが可能となる。特に、硝酸と、インヒビターとして塩酸を添加した洗浄液による酸洗浄処理は、保護膜形成の前処理として活性化作用の働きを有しており、酸洗浄処理と保護膜形成処理との有機的な組み合わせが実現される。
【0045】
請求項13に係る発明によると、ニッケルを含むめっき処理が施された銅合金製接液器材の接液部、並びにこの接液部位のニッケルめっき層の表面に、該表面と密に結合する強固な保護膜の形成が可能となり、しかも、ニッケルめっき層のピンホール等の欠陥部を充填することが可能であるので、接液によるニッケルめっき自体の溶出は勿論、異種金属接触腐食によるニッケル溶出を防ぐことのできるニッケル溶出防止用保護膜形成剤の提供が可能となる。
【0046】
請求項14に係る発明によると、前記接液器材の内部に残渣として付着したニッケル塩を除去し、かつ、前記接液器材の口元部位の金属ニッケルの除去を抑制することができるニッケル溶出防止用洗浄剤を提供することが可能となる。
【0047】
更に、本発明によれば、有機溶剤に溶解させて成る保護膜形成剤を、ニッケルを含むめっき処理が施された銅合金製、ステンレス鋼製、ニッケル合金製、鋼製などの玩具、文房具、装飾品、食品加工機器、医療機器、医療品等に施して、これら製品・部品等に接触することに起因するニッケルアレルギーの発症を防ぐという優れた効果も発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0048】
本発明に係るニッケル溶出防止方法を青銅・黄銅製の接液器材に適用した実施形態として、図面に基づいて説明する。ここにいう接液器材とは、給水管、配管途中に設置される給水用具とその部品、例えば、水道用バルブ、給水給湯用バルブ、管継手、ストレーナ等や、給水管末端に設置される給水用具とその部品、例えば、水栓、浄水器、給水給湯器等、或いはその他、給水管、配管に直結する完成品等を含む。
【0049】
本発明におけるニッケル溶出防止処理にあたり、鋳造後、加工を終えた銅合金製接液器材(本例では、バルブ部品)は、搬送中にお互いがぶつかり、打跡やキズがつかない様、網目状で耐熱・耐薬品性を有する専用容器内に並べるとよい。ワークは、ボディ・ボンネット等の接液部品のN個分を1ユニットとして専用容器に並べ、1ユニット単位で後述する処理を行うことにより、各部品における処理のバラツキが少なくなり、品質を一定にすることができる。なお、バルブ1台単位でその構成部品をまとめて専用容器に並べ、処理を行うようにしてもよい。
【0050】
また、並べる際には、各ワーク内に気泡が留まってしまう部位となるエアーポケットができないよう、気泡がワークの上方や側方に排除される方向にワークを配置するのがよい。接液器材の形状は複雑であるため、各処理槽における浸漬時は、揺動、或いは超音波刺激を与え、わずかに残る気泡も完全に除去することで、接液器材の接液面全体に洗浄液が接するようにするとよい。本例では、接液器材は前記専用容器に入ったままで、後述するすべての工程を行い、処理後、専用容器より取り出して組立工程に入る。また、鋳造後、加工を終えた複数の部品で構成された完成品(本例では、バルブ)の状態で後述する酸洗浄処理など行うようにしてもよい。
【0051】
次に、本発明におけるニッケル溶出防止方法の各工程について説明する。図8は、本発明におけるニッケル溶出防止方法の処理工程の一例を示したフローチャートである。脱脂工程10は、加工時の切削油や防錆油の除去を行うものである。脱脂が不十分であると、後述する鉛除去工程13で十分に鉛を除去できないため重要である。なお、対象品(本例では、バルブ部品)の汚れがひどい場合は、脱脂工程10前に湯洗工程9を設け、付着物を除去しておくと効果的である。脱脂工程10の一例を表1に示す。このうち、塩素系有機溶剤による環境への影響、及びエマルジョン洗剤によるBOD増加を防ぐため、アルカリキレート洗剤を採用するのが好ましい。
【0052】
【表1】

【0053】
脱脂工程10でアルカリ洗剤を用いた場合は、脱脂工程10後の水洗工程11にてよく洗い落とす。また、例えば、水洗槽は超音波振動装置を設けたり、複数設けて最後の水洗槽を硝酸7wt%、塩酸0.7wt%の混酸とし、容器7の移動によって持ち込まれたアルカリ洗剤成分を完全に中和除去してもよい。中和工程12では中和のために設けた本槽のpH(水素イオン指数)管理を行うことにより、水洗工程11で残存した微量なアルカリ成分を確実に除去でき、本例のように、中和工程12後に混酸から成る洗浄液を用いた鉛除去工程13が行われる場合、酸の中和による劣化を防止して確実に鉛除去を促進させるのに有効である。
【0054】
次に、鉛除去工程13について説明する。本例における鉛除去工程13では、硝酸(濃度0.5wt%〜7wt%)と塩酸(濃度0.05wt%〜0.7wt%)から成る洗浄液が入った処理槽に接液器材を浸漬して、接液部表面層に析出している鉛を効果的に除去する。特にCAC406等、鉛の含有量の多い材料の場合に、めっき工程15前に本工程13を設けているので、めっきが想定される領域の銅表面層に偏析している鉛を予め除去するので効果的である。本例の鉛除去工程13で用いている洗浄液は、硝酸と、インヒビターとして塩酸を添加した混酸から成るが、この洗浄液は硝酸等の酸を水道水或いは純水に混入したものを使用したり、又は、硝酸にインヒビター効果をもつ塩酸を混合した混酸を水道水或いは純水に混入したものを使用する。この場合、塩酸のCl-イオンが銅表面に均一に膜を作りながら鉛を浸食するので、光沢面を保持しながら鉛を浸食する。このとき鉛部分では、塩酸鉛、硝酸鉛が形成され、そしてこれらの塩はともに混酸に溶解性であるから、浸食が持続する。
【0055】
前記洗浄液に含まれる酸について詳述すると、一般に酸は、鉛を腐食(酸化)させることが知られているが、鉛は酸との反応で酸化被膜を形成し易いため、連続的な腐食をおこしにくい。しかし、硝酸、塩酸、及び酢酸等の低級な有機酸は鉛を連続的に腐食し、中でも硝酸(HNO)の腐食速度が最も高い値を示す。一方、塩酸(HCl)は、硝酸に比して鉛の腐食速度は遅いものの、銅との化合力が高いため、硝酸との混酸で酸洗した場合、硝酸と銅が化学反応して酸化銅(CuO又はCuO)を形成する以前に、接液器材の表面に塩化銅(CuCl)皮膜を形成し、硝酸による銅の腐食を抑制するいわゆるインヒビター効果を奏する。したがって、塩酸が含まれることで、接液器材表面の銅の酸化が無くなり、黒く変色するといった不具合を防止して、金属の光沢を維持できる。
【0056】
また、処理槽内で超音波洗浄、或いは揺動を行って、鉛の浸食を促進させてもよい。超音波洗浄、或いは接液器材の揺動による鉛の溶出の促進作用について説明すると、超音波洗浄は、洗浄液中の接液器材に超音波を当ることにより、洗浄液中の反応で生じた種々の鉛化合物を接液器材から速やかに除去させる効果があり、揺動は、洗浄液中の接液器材自体を揺らすことにより、鉛化合物を接液器材から除去したり、浸漬した器材中に生じた空気溜りをなくす効果がある。特に、洗浄液中の液の攪拌を高めることで、鉛との化合物を形成して鉛が溶出し易くなる。この超音波洗浄と揺動とは併用すると良い。
【0057】
本例の鉛除去工程13の洗浄液は、上記に限定されるものではなく、上述した混酸以外の酸洗浄処理でもよく、或いはアルカリ洗浄処理であってもよい。また、めっきと同時に脱鉛処理を行った後、後述するニッケル除去工程16にてニッケルを除去するようにしてもよい。勿論、鉛の含有量の少ない材料の場合には、本工程13を省略して、後述するニッケル除去工程16において、鉛及びニッケルの双方を除去することもできる。
【0058】
めっき工程15は既知のものであり、本例では、汎用性のある電解ニッケルクロムめっき処理を採用するが、勿論、これに限定するものではなく、例えば、ニッケルめっき、ニッケル合金めっきなど、実施に応じて任意である。なお、本発明で対象としているめっきは、超臨界めっき等の特殊めっきではなく、市販されている水栓やバルブ等の給水器具などに施されるめっきを対象としている。
【0059】
ここで、ニッケルを含んだめっき処理が施された接液器材におけるニッケル溶出について説明する。例えば、電気めっきであるニッケルクロムめっきでは、接液器材をめっき液中に浸漬し、電極と対向する接液器材の外面に、ニッケルをバインダーとしてクロムの層を形成する。一方、接液器材の内面(接液面等)は電極と対向しないため、めっき層は形成されないものの、接液面のうち、図1において一点斜線で囲まれた口元部位Aにはニッケルめっきが付着している。図2に示すように、めっき2が施された接液器材1の接液面1aにあたる口元部位には、クロムめっき2aと複層状態にないニッケルめっき2bが存在している。これは電流密度範囲の違いによって、クロムめっき2aよりもニッケルめっき2bが口元内側に回り込むことによる。
【0060】
上述したが、図3に示すように、腐食電位の高い金属である銅(接液部1a)と腐食電位の低い金属であるニッケル(ニッケルめっき2b)が接触した状態において、通電性の良い水道水などの流体が両者に接液すると電気的に導通となり、腐食電位の低いニッケル(ニッケルめっき2b)が腐食電位の高い銅(接液部1a)によりアノード分極を受けて腐食反応が起こり、ニッケルの酸化溶解が促進されるという異種金属接触腐食が発生する。さらに、ニッケルめっき2b層には多数のピンホール2cが存在しており、なかにはニッケルめっき2b層の下地である銅表面にまで達したものまで存在する。これに通電性の良い水道水などの流体が入り込んで、この部位においても異種金属接触腐食が起こる。さらに、接液部1aに付着したニッケルめっき2bは、流体と接液することによってニッケルめっき自体からも溶出する。
【0061】
図4〜図6に示すように、接液器材の奥深い内部について、EPMA(X線マイクロアナライザ)による分析を行った結果、ニッケル成分の存在が確認された。このニッケル成分は、めっきによる金属ニッケルではなく、めっき液中のニッケル塩(硫酸ニッケル、塩化ニッケル、水酸化ニッケル)がめっき処理後も接液器材内部に留まり、乾燥して内面に付着したものである。複雑な流路を有するバルブ、管継手、ストレーナ、水栓金具、或いはその他の給水器具は、銅合金材料による砂型鋳造などにより成形されている。このように鋳造された鋳造表面は凹凸が多くあり、その中のくぼみ部には凝固時に結晶粒界などから表面層に移動した鉛が偏析している。特に、表面加工を施さない給水器具の内表面層は顕著であり、その状態でめっき処理を施すと、このくぼみ部の鉛の上にめっき液が残留して乾燥し、金属ニッケルとは異なるニッケル塩が付着するものと考えられる。水栓金具等の給水器具は、複雑な流路を有しているがゆえに、内部に残留しためっき液を排除しにくいことから、ニッケル塩の付着が顕著になったものと考えられる。この状態において給水器具に水道水などの流体を供給すると、鉛とニッケル塩が溶出する。なお、上記のようなくぼみ部は、とりわけ形状が入り組んだ混合栓等の接液面において、鋳造成形の際にいわゆる湯じわが生ずることによっても形成され易く、ニッケル塩が付着し易い。
【0062】
次に、ニッケル除去工程16(表面活性化処理)について説明する。
ここで、一般に、銅合金製接液器材に施されるめっきはニッケルクロムめっきが多く、この際のニッケルめっきは、クロムめっきの付きまわり良くするための下地めっきとして作用すると同時に、やわらかい銅合金素地がキズ等により露出することを防ぐ目的があるため、その膜厚は数μm〜十数μmと厚く、クロムめっきが付着し難い接液器材の内面にまでニッケルめっきがまわりこんでいる。接液器材に施されるニッケルクロムめっきの用途には、主に接液器材の部品であるボールバルブのボールのような流体封止機能を求めるものと、水栓金具のような装飾性を求める用途がある。
よって、ニッケル除去工程において、表面活性化処理に用いる薬液は、クロムめっきを侵さないものであると共に、変色等めっきの装飾性を損なわないものでなければならない。
【0063】
ニッケルは、耐食性に富んだ金属であり、様々な種類の酸に対して耐食性を有している。一方、クロムめっきは、めっき表面の酸化クロム不動態皮膜により耐食性を有するようにしているため、この不動態皮膜を侵す処理成分を使用することはできない。このため、本例においては、ニッケル塩の除去成分として、無機酸や有機酸からなる混酸を処理液としている。
【0064】
無機酸は、硝酸、硫酸、ホウフッ化水素酸、フッ化ケイ酸、メタンスルフォン酸のうちの少なくとも何れか1種を含んだものとする。
また、有機酸は、酢酸、シュウ酸、蟻酸、アクリル酸、酪酸、クエン酸、プロピオン酸のうちの少なくとも何れか1種を含んだものとし、この処理液が入った処理槽に接液器材1を浸漬して、内部に残渣として付着したニッケル塩を除去する。ここで、酸の解離度がほぼ1である無機酸については、濃度を高める必要はなく、薄い濃度で使用することができる。一方、有機酸については、解離度が小さいため、高い濃度で使用する必要がある。
【0065】
このうち、特に、硝酸と、インヒビターとして塩酸を添加した洗浄液とした場合、硝酸がニッケルに作用して、硝酸ニッケルの状態で接液部表面層からニッケル塩を効果的に除去できるが、このように無機酸のうち硝酸を選択した場合には注意が必要になる。つまり、銅合金製の接液器材はその内面が銅合金素地であり、この内面を変色させたり腐食させる成分は洗浄液としては不向きであるが、硝酸を単体で使用した場合には銅合金を黒く変色させることがある。
このため、硝酸を処理液として使用する場合には、ハロゲン酸(フッ化水素酸、塩酸、及び臭化水素酸)との混酸を用いるようにすればよい。この場合、硝酸の濃度範囲としては、JIS K8541における67%硝酸0.5〜7wt%、ハロゲン酸の濃度範囲としては、JIS K8819における46%フッ化水素酸0.05〜0.7wt%、又は、JIS K8180における36%塩酸0.05〜0.7wt%、或は、JIS K8509における48%臭化水素酸0.05〜0.7wt%とするのがよい。
【0066】
この洗浄液は、給水器具の口元部位に付着したニッケルにも作用し、後述する保護膜形成の前処理として、ニッケル表面を活性化する作用も有しており、これによりニッケル表面と保護膜との結合が強化される。
ここで、一般的に、金属表面は、何らかのガス体、又は有機分子が表面に吸着しており、金属元素がむき出しの状態で大気中に存在することはない。このような金属に吸着する成分の種類や膜厚は様々であるが、例えば、クロムやアルミニウムなどの金属は、表面にガス体や有機分子が吸着したとしても、吸着した酸素との間に安定して均一の透明の酸化皮膜が形成され、金属光沢を目視することができる。また、これらの金属は、傷等によって表面が現れた場合でも、酸素との結合が強固なために比較的修復するのが早いことから、不動体皮膜とも呼ばれている。
【0067】
一方、ニッケルは、耐食性に富んだ金属であるが、上記クロムやアルミニウムとは異なり酸素との間に安定した透明の酸化皮膜が形成されないため、くすんだ金属光沢を帯びている。これは、ニッケル表面に吸着した物質が不ぞろいで存在し、光源が乱反射することも一因になっている。このニッケルの金属表面に吸着する物質は、ニッケルと強く結合しているわけでは無く、いわゆる錆のような金属表面のニッケルと化合物を形成している部分のように、機械的、又は化学的に除去する必要はない。
【0068】
金属に有機分子、ガス体が付着した場合には、表面活性化処理で除去できるが、金属は、大気中においては、表面に存在している無数の自由電子がガス体と結合して安定化した状態になりやすくなっている。これにより、後述の保護膜形成工程において、保護膜形成剤は、ニッケルと結合して保護膜を形成し、金属と結合する側鎖を持っているものの、ニッケル表面にガス体が結合して安定化した状態になっている場合、この保護膜形成剤が結合しにくくなる。
このため、ニッケル除去工程においては、表面活性化処理を行ってニッケル表面を活性化させ、更に、その後水洗工程を経ることにより、結合性に富んだ表面にし、後述の保護膜形成工程においてニッケル表面と保護膜形成剤との結合を強化できるようにしている。なお、有機分子は、アルカリ脱脂工程によりアルカリ脱脂を行っても除去可能である。
【0069】
このように、本例に示すニッケル溶出防止法では、酸洗浄処理と後述する保護膜形成処理とを有機的に組み合わせた方法としている。このとき、上記洗浄液の成分濃度、とりわけ硝酸濃度が薄いと、給水器具内部からのニッケル塩の除去が不十分となったり、給水器具の口元部位に付着したニッケル表面の活性化が不十分となる。一方、濃すぎると、処理対象である給水器具の外表面に施されたニッケルめっきの光沢等に影響を与えてしまうことがある。本実施例の酸洗浄処理における好ましい成分濃度は、例えば、無機酸として塩酸、有機酸として塩酸を使用した場合、その濃度は、硝酸0.5wt%〜7wt%、塩酸0.05wt%〜0.7wt%とするのがよい。
【0070】
また、表面活性化処理に用いる酸の注意点としては、ニッケルクロムめっき成分のニッケルとクロムを侵すことがなく、銅合金素地の変色をさせない性質を有している必要があるが、有機酸であれば、ほとんどが適用可能となっている。しかし、上述した何れの有機酸の場合にも酸の解離度が低く、濃度を高めた状態で使用する必要があるためコストアップに繋がり、酸臭も激しくなって作業効率も悪くなる。
【0071】
また、無機酸は、解離度が高いため、5〜10wt%程度の濃度であっても非酸化性の酸である硫酸であれば、表面活性化処理液としては十分に機能する。しかし、硫酸は粘性の高い酸で、かつ水で希釈して使用する際には強い発熱反応を伴うことから扱いにくい酸であるといえる。酸化性である硝酸は、無機酸としての取り扱いやすさと、めっきの外観美化やめっき表層のクロムめっき不動態皮膜保護の見地から最も好ましいが、この硝酸は、前述したように銅合金を黒色に変色させるおそれがある。
【0072】
そこで、表面活性化処理液としては、硝酸に0.1wt%濃度のハロゲン酸を添加して銅合金の変色を防止するようにしたものが最も好ましく、これにより、マイナスイオン部分がF-、Cl-、Br-と一元素で構成されたハロゲン酸が原子団の硝酸イオンよりも小さく、また、イオン力も強くなり素早く銅合金表面に結合してすぐれたインヒビター効果を発揮することが可能になっている。
【0073】
また、鉛の含有量の少ない材料を対象とする場合など、鉛除去工程13を省略する場合には、本工程16において、鉛及びニッケルを除去する。洗浄液は、例えば、硝酸と、インヒビターとして塩酸を添加した混酸から成るものであればよく、図7に示すような場合には、硝酸が先ずニッケルに作用して、硝酸ニッケルの状態で接液部表面層からニッケル塩を除去し、その後、直ちにニッケル塩の下方に存在する鉛に作用してこれを除去する。従って、この場合には一度の酸洗浄処理によって鉛とニッケルを同時に除去することになる。なお、ニッケル除去工程16で用いている洗浄液については、鉛除去工程13で詳述しているので、その説明を省略する。また、ニッケルは、例えば、水酸化ナトリウム等のアルカリ及び硫酸に対する耐食材料であることから、これらの液では、その濃度や温度に係わらず、ニッケルを除去することができない。
【0074】
次いで、鉛除去工程13、又は鉛除去工程13を省略した本工程16、又は本工程16における好ましい処理温度と処理時間について説明すると、好ましい処理温度xは、10℃≦x≦50℃の温度域であり、常温域が好適である。常温域とは、洗浄液を加熱も冷却もしない状態の温度が取り得る範囲をいい、処理される接液器材の温度や、処理槽外部の雰囲気により変動し得る温度の範囲をいう。具体的には、10℃〜30℃の範囲であり、とりわけ、15℃〜30℃が好ましく、25℃が最適である。好ましい処理時間yは、5分≦y≦30分である。
【0075】
処理温度が50℃を上回ると、洗浄液中に沸騰による気泡が目立ち始め、被処理物である接液器材中にエアーポケットが生じ易くなり、洗浄液が接液器材表面に接液しない部分が発生する。また、水及び酸の蒸発が激しくなり、洗浄液等の濃度管理が難しくなると共に、酸の蒸発により処理作業の環境が悪くなるため、処理作業域や作業者の耐酸対策が必要となる。一方、冬期における処理等で処理温度が10℃を下回ると、冷えた接液器材が処理槽に入ってきた場合、洗浄液が0℃近くに下がって凍結するおそれがあることから、接液器材を量産処理しても洗浄液が凍結するおそれのない温度として10℃以上としている。また、処理時間が30分を超える場合は、処理時間をかけても鉛除去の効率はそれほど上がらず、また、処理時間がかかりすぎて量産処理には不向きである。一方、処理時間が5分を下回る場合は、処理温度を上げても鉛の溶出防止には不十分であることから5分以上としている。勿論、これに限定するものではない。
【0076】
また、既存する接液器材にも対応可能であり、その際、例えばバルブの場合、パッキン、ガスケット等金属以外の部品も洗浄液に浸漬されるため、洗浄時間、温度、濃度によっては前記部品の劣化も考慮され、その場合は、フッ素ゴム等の耐薬品性材質の部品を用いればよい。また、本例においては、酸洗浄処理の洗浄液のうち、インヒビターとして塩酸を用いたが、酢酸やスルファミン酸などの有機酸を用いて硝酸との混酸とし、鉛・ニッケルを除去するようにしてもよい。
【0077】
ここで、本発明適用後のニッケル、鉛の浸出試験を行い、その試験結果を説明する。上述したニッケル浸出源特定試験の供試品を用いて、ニッケル除去工程としての酸洗浄処理を行ったところ、給水器具の内部に残渣として付着したニッケル塩のほとんどが除去されることを確認した。この浸出試験における酸洗浄は、硝酸4wt%+塩酸0.4wt%の混酸で行い、その試験結果を表2(酸洗浄処理後のNi、Pb浸出量(mg/l))に示す。同表に示すように、Niの浸出量(配管末端器具としての補正値)は、0.001mg/lの浸出基準を満たすものであり、Pbの浸出量(同補正値)も、0.007mg/lの浸出基準を満たすものであった。
【0078】
【表2】

【0079】
ニッケル除去工程16後には、水洗工程17にて速やかに水洗し、接液器材表面から洗浄液を取り除くようにする。
【0080】
次いで、保護膜形成工程18にて保護膜形成処理を行う。保護膜形成工程18で用いられる保護膜形成剤は、少なくとも、ワックスを含有する保護膜形成成分とこの保護膜形成成分を水に溶解させる溶剤成分を含んでいる。
ワックスは、低重合ポリオレフィン系物質、脂肪酸エステル系物質、脂肪酸アミド系物質、ケトン・アミン類、ポリウレタン樹脂、天然系ワックス、パラフィンワックス、マイクロクリスタレンワックスの何れか1つであり、より具体的には、特に、低重合オレフィン系における低重合ポリエチレンとするのがよい。
また、ワックスは、保護膜形成剤に対して0.455wt%以上含有させるようにするのがよい。
【0081】
次に、これらの保護膜形成成分と組み合わせる溶剤成分は、水溶性有機溶剤とアルカリ溶剤のうち少なくとも何れか1方を含有させるものであり、また、その主成分としては、作業性、環境性、安全性(非引火性)を高める等の理由により水が好ましい。この水は、軟化水や水道水、工業用水を用いることができるが、pHが中性である必要があり、アルカリイオン水や酸イオン水は避ける必要がある。
【0082】
水溶性有機溶剤は、水と混ざりやすく、かつ、アミン物質を溶解させやすいという特徴があり、このため、水に溶けにくいアミン物質を保護膜形成成分として用いた場合に組み合わせる成分として適用される。これにより、アミン物質を保護膜形成成分とし、水溶性有機溶剤を溶剤成分として含んだ保護膜形成剤が構成される。この場合の水溶性有機溶剤は、水と混ざりやすくアミン物質の溶解性に特に優れた低級アルコール(例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、ベンジルアルコール、ブタノール)、グリコール(例えば、グリコールエーテル(例として、3メチル3−メトキシブタノール、ブチルセロソルブ等)、アルチレングリコール、エチレングリコール)、低級ケトン(例えば、アセトン、ジエチルケトン)等の極性有機溶剤を適用するのが好ましい。
【0083】
一方の溶剤成分であるアルカリ溶剤は、水と混ざりやすく、かつ、保護膜形成成分を溶解させやすくする必要がある。このアルカリ溶剤としては、例えば、環式アミンであるモルホリン、水酸化物の水酸化ナトリウムなどがある。
また、アルカリ溶剤を溶剤成分とすることで、保護膜形成剤全体をアルカリ性に保てるため、雑菌による保護膜形成剤の腐敗を防ぐことが可能になる。
【0084】
次に、ワックスとアミン物質からなる保護膜形成成分について説明する。ワックスとアミン物質から成る保護膜形成剤は、より高いニッケル溶出抑制効果を発揮して、ニッケルアレルギーを確実に防ぐことができ、また、銅合金以外の金属、例えば、純ニッケル鋼に対して保護膜を形成したときにも、銅合金の場合と同様にニッケルの溶出防止効果を発揮できる。この場合、保護膜形成成分は、ニッケルめっきにおけるニッケルと結合するため窒素を有する成分がよく、また、撥水性を有する膜を形成するため、炭化水素を有する成分が好ましい。
【0085】
これらの条件を満たす成分がアミン物質であり、このうち、ニッケルと結合し得るのは、窒素が水素と結合している第1アミンと第2アミンである。更に、ニッケルめっきが施された接液器材に温水が流れる場合を考慮すると、保護膜形成成分として融点が高く(例えば、50℃以上)、安定した構造が好ましいことから、保護膜形成成分としては、アミン物質を含み、特に、環式構造を有する第2アミン(以下、「環式アミン」という。)を含むのがより好ましい。なお、環式構造を有する化合物であっても、窒素以外の元素、例えば、酸素や硫黄等を含んでいるフラン類やチオフェン類等は、ニッケルと結合し得ないので、対象外となる。
【0086】
本実施形態においては、アミン物質としてベンゾトリアゾール又はトリルトリアゾールを用いており、より大きな効果が発揮される。特に、保護膜形成剤としてベンゾトリアゾールを用いた場合には、ニッケルとの優れた結合力を図ることができる。ベンゾトリアゾールは水を弾く効果(撥水性)を持ったベンゼン環を外側に向け、親水性の基を内側(めっき側)にしてめっき表面と結合する。このため、ニッケルめっきとの密な結合が実現される結果、強固な保護膜の形成が可能となる。
【0087】
一方の保護膜形成剤成分の低重合ポリエチレンは、オレイン酸のような有機酸と比較すると細長い分子であり、かつ、中性物質である。この低重合ポリエチレンを用いて保護膜を形成したときにニッケル基盤上に立上がることなく図11のようにロープ状に這った状態になっている。この低重合ポリエチレンの細いロープは、縦横に張りめぐらされて基盤の目のようになり、この目の間のセル状部分に碁石のようにベンゾトリアゾール、ベンゾトリアゾール誘導体が規則的に詰まった状態になる。よって、保護膜形成剤が、前記酸洗浄処理による活性化と相まって、ニッケルとの結合がより強化される。また、ベンゾトリアゾール誘導体の例としては、トリルトリアゾールやカルボキシベンゾトリアゾールなども挙げられる。ベンゾトリアゾールの構造を示す。
【0088】
【化1】

【0089】
図11のような規則的な状態を得るには、保護膜形成剤としての液状態が安定し、また、保護膜形成剤中のトリアゾール系物質がより均一に溶解して保護膜を形成する必要がある。これを以下に詳述する。
低重合ポリエチレンのようなパラフィン系炭化水素では、熱や紫外線、酸素の影響などから酸素を伴う水酸基やカルボニル基、カルボキシル基などの親水性の置換基が分子末端部分に存在する分子がいくつか存在する。本来、パラフィン系炭化水素は非極性であるが、これらの置換基を有すると若干の極性を帯びてくる。一方、水は、通常ほとんど電離しない物質であるが、水酸化ナトリウムのような電解質を加えると水の電気導電性が高められる。加えて、水酸化ナトリウムのようなアルカリ性を示す物質が存在する水中では、親水性の置換基が存在する分子末端が水側に向き、低重合樹脂部分の疎水側は逆側に向くような規則性が現れる。このような分子により、分子末端に親水性の置換基を持たない分子にも規則性が現れ、マクロ的には乳化が安定した状態で水中に存在することができる。そして、Ni上に皮膜を形成させる際、この規則性を保ったままセル状の壁を形成し、そのセル内にベンゾトリアゾールが詰まることで、保護膜が形成されるのである。
【0090】
そして、ニッケル上に皮膜を形成させる際には、保護膜形成処理の後にエアーブローを実施したり、乾燥工程により水分を除去しても、上述のようなある程度の規則性を維持したまま保護膜を形成することができ、EN12471規格のDMG試験においても機能を発揮する皮膜を形成させることができる。
【0091】
このように、アルカリ溶剤を含有させることにより、ニッケルアレルギーに対応してよりニッケル溶出防止効果を高めた接液器材や、銅合金以外の金属にニッケル溶出防止効果を高めながら保護膜を形成した接液器材を得ることができる。
【0092】
ここで、ニッケルアレルギー対策のためにニッケル除去の度合いを判断する手法としてのEUのEuropean Council Directive94/27/EC指令のEN12471規格を説明する。この規格は、ニッケルイオンがアンモニアの存在下でDMG(ジメチルグリムオキシム)に遭遇すると赤い反応物を形成するメカニズムを利用して試験を行うようにしたものである。このDMGを用いた試験により、DMGが溶解したエタノール溶液2滴と、アンモニア溶液2滴を綿棒に滴下し、この綿棒によりテストピース(サンプル)を擦りつけたときに、綿棒の物理的接触によって生じる剥離の度合を確認することでニッケル除去の程度を判断できる。
【0093】
保護膜形成剤がDMG試験による綿棒の物理的接触に耐えうるには、成分である弱アルカリ性のベンゾトリアゾール、又は、トリルトリアゾール(ベンゾトリアゾール誘導体)とニッケルとの結合が重要なので、弱アルカリ性物質と反応してしまう解離度の高い酸は、この結合を阻害してしまうので、保護膜全体をアルカリ性に保たなければならない。このとき、本発明におけるニッケル溶出防止方法の保護膜形成剤成分として低重合ポリエチレンを用いた場合、低重合ポリエチレンは中性物質なので、解離度の高いアルカリ性物質を用いることができる。よって、溶剤成分にアルカリ金属(リチウム、ナトリウム、カリウム)やアルカリ土類金属(マグネシウム、カルシウム)からなる水酸化物を溶剤成分として加えることが可能になる。また、pHの調整剤として、アルカリ金属やアルカリ土類金属と同様に水溶性のアミン化合物でも実施可能である。
この点がオレイン酸を含む保護膜形成剤の特徴と異なるところである。なぜならば、オレイン酸は弱酸なので、アルカリ溶剤にこれらを選択すると化学反応してしまい。保護膜形成剤の機能を果たせなくなってしまうからである。
【0094】
このような特性により、図9においては、保護膜形成工程18の前に中和アルカリ処理工程21を設けて、皮膜形成剤の液管理を低減することが可能となる。具体的には、ニッケル除去工程(混酸処理工程)16から混入が予想される混酸に対し、中和アルカリ処理工程21を、保護膜形成工程(皮膜処理工程)18の前に設けることで完全に取り除くことが可能となる。この場合の中和アルカリ剤は、強いて言えば、皮膜形成剤中のアルカリ成分元素と同一であって、濃度も同一であるものが良い。このように、本槽のアルカリ性を保つように管理を行うことによって、保護膜形成成分をアミン物質とし、溶剤成分にアルカリ溶剤を含有させた場合の保護膜形成剤の液管理ではpHを管理する必要なく濃度のみの管理を行えばよく、混酸成分の混入によって保護膜形成剤が劣化するリスクをほぼ無くすことができる。更に、中和アルカリ処理工程21は、処理時間が、例えば、1分間と短いことから、図8のような水栓工程17(例えば、処理時間10分間)を用いる場合よりも、量産に適している。
【0095】
なお、アルカリ溶剤を含まない保護膜形成剤は、使用によって機能が低下するため、中和アルカリ処理工程21のアルカリ管理はpHを管理するようにし、更に、この管理は、アルカリ成分の残存が定量管理できる中和滴定法によって行うのが望ましい。これにより、中和アルカリ処理工程21における処理液のアルカリ性を常に維持することができる。なお、保護膜形成剤中のアルカリ成分が中和アルカリ処理工程槽からの持ち込み液によって希釈されるのを更に抑制するには、図8のような水栓工程17を、従来よりも短時間(例えば、処理時間1分間)の処理として追加してもよい。
【0096】
保護膜形成時には、図10に示すように、保護膜形成剤に浸漬された接液器材1の少なくとも接液面1aには、保護膜20が形成される。これにより、接液部位1aに付着したニッケルめっき2b層の表面に保護膜20が形成され、しかも、この保護膜形成剤はニッケルめっき2b層の微小なピンホール2cに入り込む。従って、接液部1aとこの接液部1aに付着したニッケルめっき2bとを絶縁し、異種金属接触腐食によるニッケル溶出を防止すると共に、接液によるニッケルめっき2b自体からのニッケル溶出も防止する。
【0097】
上記保護膜形成剤による保護膜は、給水器具の口元における接液部位のみならず、内部の接液面にも形成される。従って、鉛除去工程13において接液部表面層に偏析した鉛を除去し、ニッケル除去工程16においてニッケル塩が除去された内部の接液面にも保護膜が形成される。
【0098】
保護膜形成工程18において、ワックスを含有する保護膜形成剤と、水溶性有機溶剤とアルカリ溶剤の何れか一方を含有させた溶剤成分を含んだ保護膜形成剤により保護膜を形成した場合には、例えば、JIS S3200−7による評価試験を行った場合にも、試験で採用される模擬水道水中に含まれる成分による劣化が防がれ、また、通水作業、洗浄作業などの試験作業時における物理的影響による劣化が防がれて、優れたニッケル溶出防止機能を発揮できる。
【0099】
図8に示すように、保護膜形成工程18を経た後には、乾燥工程19にて乾燥する。この乾燥工程19により、保護膜形成剤に含まれる水分が蒸発し、ワックスやアミン物質による保護膜が銅合金やニッケルめっき層の表面に固着する。特に、酸洗浄処理と保護膜形成処理との有機的な組み合わせによって、上記洗浄液による相乗的機能が発揮されて、保護膜形成工程18で保護膜を形成した製品・部材では、極めて優れたニッケル溶出防止効果が示される。すべての工程を通過した容器は、組立工程に運ばれ、容器より接液器材(本例では、バルブ部品)を取り出し、組立・検査を行う。
【0100】
また、本例では環境問題、廃液処理コストにも配慮している。上述したように、本例の脱脂工程10ではアルカリ洗剤を用いており、本例の鉛除去工程13とニッケル除去工程16では硝酸(濃度0.5wt%〜7wt%)と塩酸(濃度0.05wt%〜0.7wt%)から成る混酸を用いており、図8に示すように、脱脂工程10で汚れたアルカリ洗剤と、鉛除去工程13及びニッケル除去工程16で重金属を含んだ混酸溶液を共に反応させて中和処理し、沈殿物・浮遊物を固体として取り除き、油分は分離して産廃処理することができるからである。その後、無害となった中和水は、工業用水としての活用も可能である。さらに、同図に示すように、脱脂工程10後の水洗工程11から排出される希薄なアルカリ性廃液と、鉛除去工程13後の水洗工程14及びニッケル除去工程16後の水洗工程17から排出される希薄な酸性廃液とを混合して中和処理し、沈殿物・浮遊物を固体として取り除き、油分は分離して産廃処理することができる。その後、無害となった中和水は、工業用水としての活用も可能である。
【0101】
更に、本発明における保護膜形成処理は、ニッケル除去工程を経ていない既存のバルブや水栓等の組立完成品に対しても行うことが可能で、この場合、組立完成品を脱脂した後、保護膜形成処理を行う。本発明の保護膜形成剤は腐食性がなく、バルブや水栓等に組み込まれている非金属のパッキンやガスケットを劣化させるおそれがないことから、完成品に対しても実施することができる。なお、保護膜は処理対象である接液部品や完成品を保護膜形成剤に浸漬処理することで形成されるが、浸漬処理ではエアーポケットを生じ易い内部形状を有する接液部品等には、スプレー等の噴霧処理を採用してもよい。
【実施例1】
【0102】
本発明におけるニッケル溶出防止方法を適用した実施例を詳述する。実際にめっき処理を施す対象である水洗金具は、その形状が様々であり、また、めっきの特徴も各作業者によって異なるため、ニッケル浸出に実際に影響を及ぼしやすい金具の口元に回り込んだニッケルめっきについてテストピース(サンプル)を用いて試験を行い、条件を共通化した状態で比較した。試験に用いたサンプルを図12に示す。テストピースは、めっき処理を行うためにつるし穴をあけ、また、周囲をビニールテープで覆って設置面積を一定にした。
【0103】
サンプルに施すめっきの条件としては、母材をCAC406とし、このCAC406のフライス加工面に不完全なめっき状況を再現するため、電解ニッケルを2〜3μmの厚さに施したものを使用する。図12におけるサンプルの表面積は、板表面の面積は、30(mm)×40(mm)×両面(2面)=2400(mm)であり、また、形成した穴もめっき工程が必要になるため、この穴の表面積を測定した。穴の表面積は、穴径5(mm)×板厚5(mm)×円周率(≒3.14)=78.5(mm)であり、その結果、板表面と穴表面の表面積の合計は、2478.5mmとなる。
【0104】
各試験片の評価方法は、JIS S3200−7部品試験によって行い、浸出液に16時間浸漬後、浸出液をICP(誘導結合プラズマ)にて分析した。このとき、一定浸出液の入ったビーカーの中に、サンプルを2枚入れることにより浸漬させた。この試験時における浸出液量を160mL、接液面積約5000mm(表面積が2478.5mmのサンプルが2枚のため)とし、これは、一般的な立水栓の容量(155mL)と接液面積(3000mm)を参考にして設定した。
【0105】
サンプルへの表面処理方法としては、図13に示した処理工程と表3における保護膜形成剤を用いて、サンプル1〜5までの各サンプルへの表面処理を行った。この試験結果を表3に示す。
【0106】
【表3】

【0107】
表3の結果より、低重合ポリエチレンが0.455wt%以上のときに、JIS S3200−7浸出試験をクリアするレベルであると判断できる。
【実施例2】
【0108】
続いて、ニッケルアレルギーに対応しためっき合金、又は、銅合金以外の金属にめっきできる保護膜形成剤を設けるための試験を行った。これは、実施例1において行った試験の結果の、サンプル3における低重合ポリエチレンが0.455wt%の場合であっても、めっきを施す金属が純ニッケル鋼である場合には、EN12471規格のDMG試験をクリアすることができなかったためであり、これらの用途にも適用可能な保護膜形成剤の成分を求めるようにした。
【0109】
この試験におけるサンプル6〜11は、実施例1と同じ条件によって形成し、更に、母材を純ニッケル製として、同一条件によって形成したものを準備した。このサンプルに対して、図13の表面処理を行い、これに対してDMG試験を行った。ここに、EN12471規格に基づくDMG試験は、汗の影響を模擬して表面を人工汗で腐食させる前処理及び加熱(50℃)が施され、その後、ニッケルイオンがアンモニアの存在下でジメチルグリオキシムに出会うと赤い反応を形成するという点に基づいている。これらの指示物質を綿棒に染み込ませ、対象物質上を強く磨耗させながら色の変化を見るもので、我々が直接ニッケル含有物質に触れることも想定した厳しいものとなっている。僅かな変色は、0.0005mg/cm/weekを超えたと判断されるため、変色無しのみが合格とされる。なお、試験時において、保護膜はエタノールに可溶であるため、エタノールをよく気化させた後に実施した。この試験結果を表4に示す。
【0110】
【表4】

【0111】
更に、ベンゾトリアゾールの誘電体であるトリルトリアゾール(ベンゾトリアゾールにメチル基がついたもの)を用いて上記と同様に試験を実施し、以下の表の結果を得た。
【0112】
【表5】

【0113】
上記の表4のサンプル6、及び表7のサンプル9のDMG試験の結果が不合格であったのは、アルカリ性に保つアルカリ成分が無く、結合に有効な連結部分が不安定であったためである。本発明における低重合ポリエチレンは、アルカリ成分と反応することがなく、よって、表4のサンプル7、表5のサンプル10のようにアルカリ溶剤として水酸化ナトリウムを使用したときにDMG試験に合格できるめっき層を形成することができる。更に、このアルカリ溶剤としては、水酸化ナトリウム以外にも、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、水酸化チタン、水酸化ナトリウムなどの強アルカリ剤を使用することが可能である。
【0114】
更に、耐食性や熱間加工性、耐応力腐食割れ特性に優れた銅基合金に、本発明におけるニッケル溶出防止方法を適用すれば、各特性に加えてニッケルの溶出を防止した銅合金製接液器材を提供することができる。また、鉛レス銅基合金を用いることで、鉛の溶出が極めて少ない銅基合金を提供することができる。この場合、図8に示すニッケル溶出防止方法の処理工程において、中和工程12、鉛除去工程13、水洗工程14を省略することができ、めっき工程15にてニッケルを含むめっきを施した後、ニッケル除去工程16、保護膜形成工程18を経ることによって、鉛・ニッケルの溶出を防止した銅合金製接液器材を提供することができる。
【0115】
本発明によれば、有機溶剤に溶解させて成る保護膜形成剤を、ニッケルを含むめっき処理が施された銅合金製、ステンレス鋼製、ニッケル合金製、鋼製等から成る、指輪、ネックレス、ピアス、イヤリング、時計(バンド)、めがね(フレーム)等の装身具、ミニカーや人形等の玩具、筆箱やクリップ等の文房具、メスや注射針等の医療機器、車椅子や松葉杖等の福祉介護機器、その他、装飾品、食品加工機器、医療品などに施して、これら製品・部品等に接触することに起因するニッケルアレルギーの発症を防ぐことができる。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明に係るニッケル溶出防止方法及びニッケル溶出防止用保護膜形成剤並びにニッケル溶出防止用洗浄剤は、青銅・黄銅製などの銅合金製接液器材をはじめ、ステンレス鋼製、ニッケル合金製、鋼製など、その他の材料から成る各種の製品・部品等にも適用することができ、ニッケル溶出を確実に防止することは勿論、更には鉛溶出をも防止しうる処理方法として、各種分野に広く提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0117】
【図1】ニッケルクロムめっき処理が施されたJIS横水栓(CAC406製)の断面図である。
【図2】図1に示す口元部位Aの部分拡大断面図である。
【図3】図2のB部拡大断面図である。
【図4】ニッケルクロムめっき処理が施されたJIS横水栓(CAC406製)内面のEPMA(X線マイクロアナライザ)によるニッケル分布を示した写真である。
【図5】ニッケルクロムめっき処理が施されたJIS横水栓(CAC406製)内面のEPMA(X線マイクロアナライザ)による鉛分布を示した写真である。
【図6】ニッケルクロムめっき処理が施されたJIS横水栓(CAC406製)内面の電子顕微鏡写真である。
【図7】ニッケルめっき等の処理が施された接液器材内面の結晶粒界における鉛とニッケルの存在状況を示した説明図である。
【図8】本発明におけるニッケル溶出防止方法の処理工程の一例を示したフローチャートである。
【図9】本発明におけるニッケル溶出防止方法の処理工程の他例を示したフローチャートである。
【図10】本発明における保護膜形成処理を経た後の接液部表面層の状態を示した断面説明図である。
【図11】低重合ポリエチレンとベンゾトリアゾールを含有する保護膜形成剤による保護膜形成状態を示した説明図である。(a)は、保護膜を平面から見た場合の構造を示す説明図である。(b)は、保護膜を断面にして見た場合の構造を示す説明図である。
【図12】テストピースの外観図である。
【図13】サンプルへの処理工程を示したフローチャートである。
【図14】従来技術による鉛溶出防止処理が施された接液器材内面の結晶粒界における状況を示した説明図である。
【符号の説明】
【0118】
1 銅合金製接液器材
1a 接液部位(接液部、接液面)
2 めっき
2a クロムめっき
2b ニッケルめっき
2c ピンホール
5 鉛
6 ニッケル塩
13 鉛除去工程
15 めっき工程
16 ニッケル除去工程
18 保護膜形成工程
20 保護膜
20a 保護膜(ベンゾトリアゾール)
20b 保護膜(有機酸)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅合金製接液器材にニッケルを含むめっき処理を施したニッケルの溶出防止方法において、前記接液器材の少なくとも接液面に、ワックスを含有する保護膜形成成分とこの保護膜形成成分を水に溶解させる溶剤成分を含んで成る保護膜形成剤を施して保護膜を形成し、この保護膜により、ニッケルの溶出を抑制するようにしたことを特徴とする銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項2】
前記ワックスは、低重合ポリオレフィン系物質、脂肪酸エステル系物質、脂肪酸アミド系物質、ケトン・アミン類、ポリウレタン樹脂、天然系ワックス、パラフィンワックス、マイクロクリスタレンワックスのうち選択した1種以上を含む請求項1記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項3】
前記ワックスを前記保護膜形成剤に対して0.455wt%以上含有させた請求項1又は2に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項4】
前記溶剤成分は、水溶性有機溶剤とアルカリ溶剤のうち何れか一方を含んだ成分である請求項1乃至3の何れか1項に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項5】
前記保護膜形成剤にベンゾトリアゾール、トリルトリアゾール等のアミン物質を含有させると共に、前記溶剤成分にアルカリ溶剤を含有させた請求項1乃至3の何れか1項に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項6】
前記接液器材の接液部位のニッケルめっき層の表面に前記保護膜形成剤で保護膜を形成し、この保護膜を介して異種金属接触腐食によるニッケル溶出を抑制するようにした請求項1乃至5の何れか1項に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項7】
前記ニッケルめっき層のピンホールに、銅とニッケルを絶縁するように前記保護膜形成剤で保護膜を形成した請求項6に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項8】
前記接液器材の接液部位のニッケルめっき層の表面に前記保護膜形成剤で保護膜を形成し、この保護膜を介して接液によるニッケルめっき自体の溶解を抑制するようにした請求項1乃至5の何れか1項に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項9】
前記接液器材の少なくとも接液面に前記保護膜形成剤を施して保護膜を形成し、この接液器材の内部に残渣として付着したニッケル塩を洗浄除去した請求項1乃至8の何れか1項に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項10】
請求項8におけるニッケル溶出防止方法において、前記接液器材の接液部表面層を脱鉛化した銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項11】
硝酸、硫酸、ホウフッ化水素酸、フッ化ケイ酸、メタルスルフォン酸からなる無機酸のうち少なくとも1種以上と、酢酸、蟻酸、アクリル酸、酪酸、クエン酸、プロピオン酸からなる有機酸のうち少なくとも1種以上を含んだ洗浄液を混合し、この洗浄液によって前記接液器材の内部に残渣として付着したニッケル塩と、接液部表面層に偏析した鉛の双方、或いは何れか一方を洗浄除去するようにした請求項9又は10に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項12】
硝酸と、フッ化水素酸、塩酸、臭化水素酸からなるハロゲン酸のうち少なくとも1種以上を含んだ洗浄液を混合し、この洗浄液によって、前記接液器材の変色や腐食を防ぎつつ内部に残渣として付着したニッケル塩と、接液部表面層に偏析した鉛の双方、或いは何れか一方を洗浄除去するようにした請求項9又は10に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止方法。
【請求項13】
前記保護膜を形成するものとして、少なくともワックスを含有する保護膜形成成分とこの保護膜形成成分を水に溶解させる溶剤成分を含んで成る請求項1乃至12の何れか1項に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止用保護膜形成剤。
【請求項14】
前記接液器材の内部に残渣として付着したニッケル塩を除去し、かつ、前記接液器材の口元部位の金属ニッケルの除去を抑制するようにした請求項9乃至13の何れか1項に記載の銅合金製接液器材のニッケル溶出防止用洗浄剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2009−242851(P2009−242851A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−89608(P2008−89608)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(390002381)株式会社キッツ (223)
【Fターム(参考)】