説明

電気自動車の駆動系振動を低減するアクティブ・モーター・ダンピングの方法

【課題】車両の駆動輪を駆動するための推進モーターとアンチロック・ブレーキ・システムを持つ自動車における駆動系の振動を能動的に減衰する。
【解決手段】推進モーター制御器が、ABS作動中の駆動系振動を減衰するのに有効なモーターへのトルク出力信号を生成する。モーター速度、駆動輪速度の平均、それら二つの速度の差、モーター角加速度、平均車輪角加速度、及び、それら二つの角加速度における差、の少なくとも一つに基き、トルク出力信号を生成するのに、比例、比例微分又は微分制御器を用いることが出来る。モーター速度信号と平均駆動輪速度信号を、各速度信号の高周波成分を除去するために、フィルター処理することが出来る。加えて、トルク出力信号の大きさは、正(若しくは上方)及び負(若しくは下方)のアクティブ・モーター・ダンピング限界内に制限することが出来る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モーターの作動によって振動を減衰させるアクティブ・モーター・ダンピング技術に関し、より具体的には、自動車の駆動系における望ましくない振動を最小化するモーター制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料の消費や自動車など主に内燃機関(internal combustion engine: ICE)により駆動される車両のエミッションを削減する必要性は、よく知られている。電気モーターにより駆動される車両は、このようなニーズに対処しようとするものである。別の解決策は、小型ICEを電気推進モーターのような電気モーターに一つの車両の中で組み合わせる、というものである。そのような車両は、ICE車両と電気自動車の利点を併せ持ち、ハイブリッド電気自動車(hybrid electric vehicle: HEV)と呼ばれるのが一般的である。
【0003】
様々な構成のHEVが知られている。多くのHEV特許は、ドライバーが、電動モードと内燃機関モードとの間で切り換えることを要求されるシステムを開示している。他の構成において、電気ーターが、一組の車輪を駆動し、ICEが別の組の車輪を駆動する。
【0004】
他のより有用な構成も開発されている。例えば、シリーズ・ハイブリッド電気自動車(series hybrid electric vehicle: SHEV)は、発電機と呼ばれる電気モーターに接続されたエンジン(最も一般的にはICE)を持つ車両である。発電機は、電力をバッテリー及び、推進モーターと呼ばれるもう一つのモーターへ供給する。SHEVにおいて、推進モーターは、車輪トルクの唯一の発生源である。エンジンと駆動輪との間に機械的結合は存在しない。パラレル・ハイブリッド電気自動車(parallel hybrid electric vehicle: PHEV)は、車両を駆動するのに必要な車輪トルクを供給するために、様々な程度で協働するエンジン(最も一般的にはICE)と電気モーターを持つ。加えて、PHEVにおいては、モーターを、ICEが発生するエネルギーでバッテリーを充電するための発電機として、用いることが出来る。
【0005】
パラレル/シリーズ・ハイブリッド電気自動車(parallel/series hybrid electric vehicle: PSHEV)は、PHEV構成とSHEV構成の両方の特性を持ち、ときに、「スプリット(split)」パラレル/シリーズ構成と呼ばれる。
【0006】
PSHEVの複数の形式のうちの一つにおいて、ICEは遊星歯車機構のトランスアクスルにおける2つの電気モーターと機械的に結合される。第1電気モーターつまり発電機がサン・ギアに結合される。ICEはキャリア・ギアに結合される。第2電気モーターつまり推進モーターが、トランスアクスルの別の歯車機構を介してリング(出力)ギアに結合される。エンジンはバッテリーを充電するために発電機を駆動することが出来る。発電機はまた、システムがワンウェイ・クラッチを持つ場合に、必要な車輪(出力シャフト)トルクに寄与することが出来る。推進モーターは、車輪トルクに寄与するためと、制動エネルギーを回収してバッテリーを充電するためとに、用いられる。この構成において、発電機モーターは、エンジン速度を制御するのに用いられ得るリアクショントルクを供給することが出来る。また、発電機モーターと遊星歯車機構とで実質的に、エンジンと車輪との間の無段変速機(continuously variable transmission: CVT)の作用を奏することが出来る。
【0007】
従来、HEV以外の車両において望ましくない駆動系振動を抑える一般的な方法は、駆動系振動を抑えるためのカウンター・トルクとしてオルタネーター発電機を用いるものである。例えば、特許文献1は、車両のスターター/オルタネーターを利用して、電気装置にエネルギー供給するためのトルクを発生する様々な方法を開示している。しかしながら、HEVはオルタネーターを必要としないので、特許文献1の技術はHEVに適用できない。HEVは、既に電力源としてバッテリーを持ち、そして、車載発電機により更なる電力を発生することが出来る。加えて、特許文献1は、特にABS作動中に駆動系の振動を抑えるために推進モーターを使用することを開示していない。
【0008】
しかしながら、電気モーターにより駆動される車両の設計においては、モーターが車輪よりもはるかに速く回転するのを可能とする大きな変速比を持つことが望ましい。大変速比の不利な点は、それが、車輪に反映されるモーターの回転慣性の影響を高める、ということである。
【0009】
アンチロック・ブレーキの作動中に、車輪速の急激なサイクル振動が、大きく反映されるモーター慣性と組み合わされると、駆動系のたわみを起こす場合がある。結果として、振動は、不快なNVH(noise vibration harshness)と、駆動系部品又はマウントへの損傷を引き起こす可能性がある。
【0010】
望ましくない振動を抑える方法の一つが、モーターの回転質量を下げること、又は、駆動系のたわみを低下させるためにより小さな変速比を用いることであるが、これらの解決策は、電気モーターの効率及び有効性を低下させる。
【0011】
上記の如く、駆動系におけるモーター慣性による振動を減衰すること、特にABS作動中に減衰し切ることの出来るカウンター・トルクを出力するHEV推進モーター制御が、有利で、経済的で、そして効率的である。
【特許文献1】欧州特許出願公開第1077150号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
何らかのトルク振動制御機能をモーター・トルク制御に含めることは、車両推進モーター制御器において一般的である。しかしながら、既存の方法は、シャシー振動などによる通常走行中に起こる駆動系振動を減衰することが出来るのみである。ABS動作中に車両の駆動系において電気モーターの慣性により誘起される振動を低減する、という要求は満たされていない。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、ABS作動中に自動車における駆動系振動を最小化する働きをするアクティブ・モーター減衰方法を提供する。
【0014】
本発明は、ABS作動中に推進モーターのイナーシャによる駆動系の撓みの結果として生じる望ましくない振動を能動的に減衰するように、モーター制御器により推進モーターを制御する方法を、有利に提供する。
【0015】
概略的には、ここに規定されるような、アクティブ・モーター・ダンピング(active motor damping)が、本発明の主題である。アクティブ・モーター・ダンピングは、モーター速度と平均車輪速との差、モーターの角加速度、車輪の角加速度の平均、そして、モーターの角加速度と車輪の平均角加速度との差、若しくはこれらの因数の組み合わせ、の少なくとも一つに比例するモーター・トルクを発生することにより、達成することが出来る。
【0016】
本発明の方法によれば、アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)が少なくとも一つの車輪において作動しているとき、これによる駆動系の振動を能動的に減衰するのに有効な推進モーター・トルクを発生させることにより、車両駆動系を真のゼロ・トルク状態に維持することができる。ここに規定される振動は、駆動系及び付随の構成部の振動である。
【0017】
ABS作動が起こると、本発明は、駆動系における望ましくない振動を有効に減衰する所望の出力トルク信号を発生するように、電流を推進モーターへ印加する働きをする。
【0018】
好ましい実施形態において、本発明は、自動車の少なくとも二つの駆動輪に駆動力を供給する好ましくは推進モーターである電気機械を設ける。自動車は好ましくは、電気機械の出力により駆動される少なくとも一つの駆動軸を持つ駆動系を持ち、その駆動軸は、電気機械により駆動される駆動端及び、少なくとも一つであるが好ましくは二つの駆動輪と連通するデファレンシャルに接続される端部を持つ。加えて、自動車は、ABS作動中に推進モーターの慣性により生じる望ましくない駆動系振動を減衰するために推進モーターのトルクを制御する制御器を持ち、この推進モーター制御と協働するABS制御器を備えたABSシステムを持つ。
【0019】
加えて、本発明は、モーターの回転速度を検出し、そして、少なくとも二つの駆動輪の回転速度を検出する。
【0020】
ABS作動中にモーターと車輪が回転しているとき、車輪におけるモーターの回転速度が、検出されたモーター速度を、モーターと駆動輪との間の所定の変速比により割ることにより、計算される。
【0021】
駆動輪の平均車輪速が、駆動輪それぞれの検出された速度の和を、この速度の検出される駆動輪の数で割ることにより計算される。
【0022】
推進モーターの出力トルクを制御し、そして駆動系のトルクを制御するために、計算されたモーター速度と平均車輪速の値の少なくとも一つが、比例制御器、比例微分制御器及び微分制御器の少なくとも一つに入力される。
【0023】
比例制御器を用いる実施形態において、アンチロック・ブレーキ作動中の平均車輪速と車輪における推進モーター速度との差に基づいて、推進モーターが制御される。ここで、アンチロック・ブレーキ作動中の平均車輪速と車輪における推進モーター速度との差は、速度誤差と呼ばれる。
【0024】
比例微分(proportional derivative: PD)制御器を用いる実施形態において、比例微分制御器の比例部分(比例制御部)が、上記比例制御器と同じ動作をするが、PD制御器は、更に、アクティブ・モーター・ダンピングの有効性を高めるために、検出そして計算されたモーター及び車輪速度の微分値を求める。
【0025】
それで、所望のモーター出力トルク信号を提供するために、PD制御器の比例部分が、速度誤差に基づく項を用い、そして、PD制御器の微分部分(微分制御部)が、モーター角加速度、平均車輪角加速度、及び、平均車輪角加速度と駆動輪におけるモーター角加速度との差の少なくとも一つに基づく項を用いる。
【0026】
微分制御器を用いる代替実施形態において、アンチロック・ブレーキ作動中の、駆動輪におけるモーター回転速度の微分値(モーター角加速度)、駆動輪の平均車輪速の微分値(平均車輪加速度)、及び、駆動輪におけるモーター角加速度と平均車輪加速度との差、の少なくとも一つに基づくモーター出力トルク信号を提供する。
【0027】
好ましい実施形態において、アクティブ・モーター・ダンピングの限界(active motor damping limit: AMDL)として、正若しくは上方AMDL及び負若しくは下方AMDLの少なくとも一つを選択することが出来る。正AMDLと負AMDLは、別の値とすることが出来る。そのとき、正AMDL又は負AMDLの少なくとも一つが出力トルク信号の大きさを制限するように、計算されたトルクに適用することも出来る。
【0028】
加えて、車輪速信号とモーター速度信号の両方の高周波成分を除去するために、計算された平均車輪速と計算されたモーター速度に、フィルターを適用することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
本発明は、自動車の駆動系における望ましくない振動を最小化又は排除するためのトルク制御の方法を提供する。
【0030】
本発明は、少なくとも一つ、好ましくは二つの駆動輪に駆動力を供給する推進モーターのような電気機械を持つ車両に関する。推進モーターは、電気駆動モーター制御器により制御され、そして、車両は更に、電気モーター制御器と通信するABS制御器を備えたアンチロック・ブレーキ・システムを持つ。車両は、電気自動車(electric vehicle: EV)、ハイブリッド電気自動車(hybrid electric vehicle: HEV)又は燃料電池電気自動車(fuel cell electric vehicle: FCEV)のような電気推進車両であるのが好ましい。
【0031】
本発明は、電気機械自身の慣性から生じる振動を、好ましくはABS作動中に、無くすために、電気機械のトルク出力を継続的に制御するためのシステムを提供する。図1は、具体的には、パラレル/シリーズ・ハイブリッド電気自動車構成である、可能な構成の一つを示す。
【0032】
電気機械がバッテリーと駆動軸との間に介装できることが企図され、その場合に、電気機械は、車両の駆動系に機械的に接続される。
【0033】
図1を参照すると、推進モーターを含むハイブリッド電気自動車のような自動車のパワートレイン・システムのブロック図が示されている。
【0034】
図1は、パラレル/シリーズ・ハイブリッド電気自動車(parallel/series hybrid electric vehicle: PSHEV)の(トルク・スプリット式(torque splitting))構成についてのパワートレイン10の構成の一つを示す。車両の基本構成部として含まれるエンジン12が、遊星歯車機構14へ接続される。遊星歯車機構14は、キャリア・ギア48をワンウェイ・クラッチ46を介してエンジン12へ機械的に結合する。遊星歯車機構14はまた、エンジンの出力エネルギーを、エンジン12から発電機モーターへのシリーズ経路と、エンジン12から駆動輪18, 20へのパラレル経路へ分配する。エンジン速度(RPM)は、パラレル経路を介しての機械的接続を維持しながらシリーズ経路への分配量を変更することにより、制御され得る。発電機モーター16は、発電機ブレーキ22と第1歯車機構28に接続される。発電機モーター16は、好ましくは電気的リンク54(Link)を介して、バッテリー24に電気的に接続され、バッテリー24を充電することが出来る。推進モーター26のような電気機械が、第2歯車機構30を介してパラレル経路上のエンジン12を補助する。第3歯車機構32が、第2歯車機構30及びドライブシャフト34へ接続される。電気モーター26はまた、シリーズ経路からのエネルギーを直接用いることが、つまり、発電機モーター16により生成されたエネルギーを用いることが出来、それにより、エネルギーをバッテリー24内の化学エネルギーとの間で変換することに伴う損失を低減する。
【0035】
PSHEVのパワートレイン・システム10は、パワートレイン・コントロール・モジュール(powertrain control module: PCM)36の制御の下にある。PCMの名前は、通信バス38を介して様々な観点でパワートレイン・システムの作動を制御するために、一定ののデータを処理する電子モジュールに与えられる。
【0036】
変速機40は、好ましくは「有段(step ratio)」遊星歯車変速機又は無断変速機のような自動変速機である。図1において、変速機40は実際には、前輪駆動自動車のためのトランスアクスルである。変速機40は、車両のデファレンシャル・ギア44を介して、駆動輪18, 20に結合されたドライブシャフト34を駆動し、そして、エンジン12と変速機40との間に介装されたシャフト42により駆動される。
【0037】
ハイブリッド電気自動車のパワートレインの所望の機能に応じて、エンジン12と推進モーター26との間、そして推進モーター26と発電機モーター16との間に、クラッチを設けることが出来る。
【0038】
電気自動車は一般的に、各車輪18, 20, 230, 232における摩擦ブレーキ56, 58, 216, 214のような何らかの形態の機械式サービス・ブレーキを用いる。機械式摩擦ブレーキは、油圧作動、気体作動又は電気作動のものとすることが出来る。
【0039】
制動が求められるときに、回生制動と摩擦制動とを適当な比率で作用させるために電子ブレーキ制御器(不図示)を用いることが知られている。好ましくは、ブレーキ56, 58, 214, 216は、制動信号(例えば油圧)をブレーキ・ペダル224から受けるマスター・シリンダー222と連通されている。マスター・シリンダー222及びブレーキは、図1においてフロント及びリア・ブレーキ・ライン210, 212, 226及び228として示される複数のブレーキ・ラインを介してABS制御器と更に連通されている。
【0040】
制動システムは好ましくは、アンチロック・ブレーキ・システム(anti-lock brake system: ABS)が備えるアンチロック機能を含み、その機能は、車輪の初期ロックを検出し、車輪ロック及び、その結果として、制動操作中に車両コントロールの喪失につながる可能性があるスキッドを回避するように、摩擦ブレーキ56, 58, 214, 216の作用を変化させるものである。様々な形式のアンチロック・ブレーキ・システムが現在商業的に用いられている。
【0041】
ABS制御器60が、マスター・シリンダー222、複数のブレーキ・ライン210, 212, 226, 228及び、リア車輪速センサー218, 220及びフロント車輪速センサー62, 64から選択される少なくとも一つの車輪速センサー、からABS作動データを受ける。図1においては、個々の車輪230及び232が、リンクA, B, C及びDを介してABS制御器60に接続されることが示されている。
【0042】
図1に示されるような二輪駆動構成において、車輪230, 232は非駆動輪であり、車輪18, 20は駆動輪である。しかしながら、四輪駆動構成においては、車輪230, 232もまた駆動輪となる。
【0043】
図1に示される好ましい実施形態において、駆動輪は操舵可能であり、車両の前方に配置される一方、非駆動輪230, 232は、車両の後方に配置される。図1に示される前輪駆動構成において、車輪速センサー62, 64が、駆動輪18, 20の車輪回転速度を検出する。モーター制御速度センサー66が、推進モーター26の回転速度を検出する。上記センサーのそれぞれの信号は、ハード・ワイヤ70により、又はセンサーが直接結合される他のモジュールからの少なくとも一つのデータ通信リンクを介して、推進モーター制御器68に利用可能となっている。
【0044】
加えて、後輪駆動車両又は全輪駆動車輪において、車輪速センサー218, 220が、車輪230, 232の回転速度を検出して、その速度をABS制御器60へと伝達する。
【0045】
推進モーター26は、ときに、パワートレインのトルクに正のトルクを寄与するモーターとして機能する。他のときには、推進モーター26は、パワートレイン・トルクに負のトルクを寄与する発電機として機能する。このような電気機械からの正のトルク寄与は、車両の駆動系を介して少なくとも1つの車輪に供給され、車両を推進するための推進トルクとして現れる。電気機械からの負のトルクの寄与は、車両を制動するために用いられ、駆動系に制動トルクとして現れる。
【0046】
推進モーター26は、第2歯車機構30の歯車72に機械的に結合され、そして、リンク54を介してバッテリーに電気的に結合される。第2歯車機構30の歯車72と推進モーター26とは、機械的に接続され、駆動輪18, 20を持つフロント・アクスル74に付随するデファレンシャル44に機械的に結合される出力ドライブシャフト34を介して、車輪18, 20を駆動する。
【0047】
推進モーター26はまた、シリーズ経路から直接エネルギーを用いる、つまり、発電機モーター16により生成されたエネルギーを用いる。これは、エネルギーをバッテリー24内の化学エネルギーとの間で変換することに伴う損失を低減し、そして、変換損失を差し引いた残りのエンジン・エネルギーが全て駆動輪18, 20に到達するのを可能とする。
【0048】
推進モーター26は、車両の少なくとも一つの駆動輪を駆動するために機能する電気機械のいかなるものともすることも出来る。しかしながら、本実施形態に示される推進モーターは、車両の少なくとも二つの駆動輪を駆動するための駆動力を供給する。推進モーター26は、制御モジュール18により制御される。そのような制御を有効なものとするセンサーの多くが図1には示されていないことが認識されるはずである。というのは、それらのセンサーは、本発明に密接に関係しておらず、それらの必要性は、当業者には容易に認識されるからである。
【0049】
図1は、本発明を利用する推進モーター26と推進モーター制御器68を持つハイブリッド電気自動車のブロック図により、本発明の可能な構成の一つを示す。上述のように、モーター制御器68は、PCM 36内に収容することも、別個の制御器68とすることも出来る。この制御器68は、比例フィードバック制御器を含むものとすることが出来る。この制御器はまた、比例微分フィードバック制御器を含むものとも出来る。更に別の実施形態においてこの制御器は、微分フィードバック制御器を含むものとすることも出来る。
【0050】
制御器68はまた、推進モーター26の制御のための制御回路を含むのが好ましい。モーター制御器68は、限定するものではないが、(前輪又は四輪駆動構成における)二つの駆動輪速度センサー62, 64又は(後輪又は四輪駆動構成における)車輪速センサー218, 229の少なくとも一つから選択された少なくとも一つの車輪速センサー、推進モーター速度センサー66、及び、ABS動作データ、を含む、様々な車両構成部のセンサーから入力を受けることが出来る。
【0051】
本発明のモーター制御器68は物理的に、PCM 36内に配置することも、(図1に示されるように)独立したユニットとして配置することも出来る。
【0052】
概略的には、制御器68は、車輪速、車輪速の微分値(車輪加速度)、推進モーター回転速度、推進モーター回転速度の微分値(推進モーター加速度)及びABS動作データの少なくとも一つから選択された入力を継続的に監視する動作をする。制御器は対応して、ABS作動中に、モーター速度、モーター加速度、車輪速、車輪加速度、モーター速度と車輪速との差、及び、モーター加速度と車輪加速度との差、の少なくとも一つに対応する目標推進モーター・トルク命令を発する。
【0053】
それで、推進モーターのような電気機械は、少なくとも二つの駆動輪に付随して少なくとも一つの推進モーターを持つ実施形態において、デファレンシャルへ駆動トルクを供給するように、配置することが出来る。別の実施形態において、少なくとも一つの推進モーターを、少なくとも一つの駆動輪を直接駆動するように、配置することも出来る。推進モーターは、その慣性のために駆動系で起こるトルク振動を抑制又は打消すための制御方法に従い、トルクに修正を加えることが出来る。この制御方法は、車両の動作中いつでも、好ましくは、ABS作動が生じた際に、実行することが出来る。
【0054】
モーターと車輪が回転しているとき、好ましくはABS動作中に、駆動系におけるトルクをゼロに維持するために、モーターの回転速度と各駆動輪の平均回転速度の両方が、検出及び計算され、そして、これらの値が、比例制御器、比例微分制御器及び微分制御器の少なくとも一つに入力される。
【0055】
概略的には、本発明は、好ましくはABS作動中に、推進モーター自身の慣性により引き起こされる望ましくない駆動系振動を打消すために、推進モーターの出力トルクを監視し、そして動的に修正するフィードバック制御アルゴリズムを用いる。
【0056】
振動を有効に打消す出力トルクを発生するように推進モーター・トルクを制御することにより、駆動系振動を抑制又は排除することが出来る。
【0057】
ここに規定されるようなアクティブ・モーター・ダンピング(active motor damping)が、本発明の主題である。アクティブ・モーター・ダンピングは、モーター速度と車輪速の平均との差、モーター・ローターの角加速度及び駆動輪の角加速度の平均、及び、上記因数の組み合わせの少なくとも一つに比例したモーター・トルクを発生することにより、得ることが出来る。
【0058】
図2乃至7に記載のアルゴリズムは、二輪駆動、前輪駆動又は全輪駆動車両について用いることが出来る。
【0059】
図2乃至7は、本発明のいくつかの実施形態による、ABS作動中(つまり、アンチロック・ブレーキ・システム(ABS)が少なくとも一つの駆動輪においてアクティブであるとき)に駆動系振動を抑えるのに有効な推進モーター・トルク命令の決定について、記載する。
【0060】
より具体的には、図2乃至7は、PCM 36とそれ自身のプロセッサーを持つABS制御器60とにより実行され、望ましくない駆動系振動を抑える働きをするアルゴリズムのフローチャートを示している。PCM 36及びABS制御器60を含む車両内の様々な装置の間での電子データの通信は、適切な更新速度でデータがそこを伝播される通信バス若しくはデータ・バスを介して行われる。ABS制御器60は、車輪スリップを計算するためのデータ入力として車輪速センサー情報62, 64を利用する。初期車輪ロックを示す車輪スリップと車輪減速のある種の特性が、ABS制御器60を通じてABSシステムを作動させることになる。そして、ABSの作動中には、駆動系における望ましくない振動が、推進モーター26のモーター慣性のために引き起こされる。
【0061】
モーター26の回転速度はモーター速度センサー66により検出され、駆動輪18, 20のそれぞれの車輪速Wh1, Wh2が、車輪速センサー62, 64により検出される。歯車機構30, 32が、モーター26と車輪18, 20との間の変速比を作り出す。モーターの回転速度は、それを所定の変速比で割ることにより、車輪における回転速度へ変換される。少なくとも二つの駆動輪18, 20の平均車輪速は、駆動輪それぞれの速度の和を駆動輪の数で割ることにより、計算される。ABS作動中に四輪全てがモーターに結合される四輪駆動若しくは全輪駆動車両の場合には、四輪の速度が、車輪速度の平均を演算するのに適切に因数化される必要がある。
【0062】
車輪とモーターとの間の速度差がモーター・ダンピング・トルクの基礎として用いられるとき、比例制御器は、車輪におけるモーター角速度を駆動輪角速度の平均から引くことにより得られる偏差にゲインを掛けて、モーター・トルク出力信号を計算することになる。
【0063】
上述の制御器は、速度差に基づく比例制御器である。速度差と速度差の微分とに基づく比例微分(proportional-derivative: PD)制御器を、用いることも出来る。PD制御器が用いられるとき、制御器の比例部分は比例制御器に関して述べたもののようになる一方、微分部分は、車輪の平均加速度(つまり車輪の平均速度の微分)を表わす項と、負のモーター加速度(つまり車輪におけるモーター角速度の微分)を表わす項とを、含むことになる。なお、上記加速度項の一方は、上述のように、変速比に基づき補正されている。
【0064】
モーター角加速度が、モーター・ダンピング・トルクの基礎として用いられるとき、微分制御器が、モーター加速度と微分制御器のゲインDgainとの積として、モーター・トルク出力信号を計算する。
【0065】
車輪角加速度がモーター・ダンピング・トルクの基礎として用いられるとき、微分制御器は、Dgainと平均車輪加速度の積としてモーター・トルク出力信号を計算する。
【0066】
車輪とモーターとの間の角加速度の差が、モーター・ダンピング・トルクの基礎として用いられるとき、微分制御器は、モーター角加速度の微分を二つの駆動輪の車輪角速度の平均の微分から引くことにより得られる角加速度の偏差とDgainとの積として、モーター・トルク出力信号を計算する。
【0067】
制御器の時間遅れを補償するために、更に別のロジックを用いることが出来る。
【0068】
モーター・ダンピング・トルクは、モーター・トルクが正値である最大トルク値と負値である最小トルク値との間で変化するのに要する時間を制限するために、正及び負の限界内(AMDL)に制限することが出来る。これが、スルー・レート(slew rate)限界のためのモーター・トルクの移送遅れを低減する。
【0069】
本発明の好ましい実施形態において、比例制御器が、推進モーター・トルクの出力を制御するために、設けられる。
【0070】
推進モーターは、アンチロック・ブレーキ作動中の平均車輪速と車輪における推進モーター速度との偏差に基づく出力トルク信号を発生するように制御される。
【0071】
比例制御器を用いて、車輪におけるモーター角速度を二つの車輪角速度の平均から引くことにより得られる偏差と比例制御器のゲインである定数Pgainとの積として、トルクが計算される。
【0072】
本発明の好ましい実施形態において、比例制御器が、推進モーター・トルクの出力を制御するために、設けられる。
【0073】
ABSが作動すると、両駆動輪速度が計測又は検出され、そして平均化される。車輪におけるモーター速度が、検出されたモーター速度を、モーターと駆動輪との間に存在する予め規定された変速比によって除算して、求められる。
【0074】
二つの速度の間の差が速度誤差である。速度誤差に基づいてトルク値が計算される。比例制御器は、予め規定されたか又は可変のゲインPgainを持つ。正AMDLと負AMDLの少なくとも一つから選択されるアクティブ・モーター・ダンピング限界(active motor damping limit: AMDL)を、計算されたトルク値に適用して、出力トルク信号の大きさを制限しても良い。正AMDL及び負AMDLは、異なる値とすることが出来る。
【0075】
正若しくは負のAMDL内にある実際のトルク命令が、モーター制御器によりモーターに出力され、そして、この処理は、次のABS作動又はその発生に際して繰り返される。
【0076】
より具体的には、本発明の好ましい実施形態が、図2に示されている。図2は、本発明の好ましい実施形態による比例制御器を用いることによりモーター・トルクを制御するために用いられるアルゴリズムにおける各ステップを示すフローチャートである。図2に示されるように、(これに限定されるものではないが、)フロント・アクスル74に付随する駆動輪のそれぞれの速度、電気機械若しくは推進モーター26のモーター速度(MS)及び、ABS制御器60から送信されるABS作動データを含む複数の検出値が、モーター制御器68へ入力される(ステップ82:入力の取得)。
【0077】
それから、制御器は、ABS作動中か否かを判定する(ステップ84)。ABS作動が起こっていないならば、モーター制御器は、ABS作動が起こるまで入力を監視し続ける(ステップ86, 84)。
【0078】
ABSが作動すると、検出された各車輪の回転速度を合計し、そしてその合計を検出した車輪の数で割ることにより、平均車輪速(average wheel speed: AWS)が求められる(ステップ88)。図1に示される本実施形態では、前輪駆動構成を持つHEVの二つの前輪の速度Wh1及びWh2が合計され、その和が2で割られる。
【0079】
しかしながら、四輪全てがABS作動中にモーターに接続されている四輪駆動又は全輪駆動車両の場合には、四輪の速度が、車輪速の平均を演算するために適切に因数化されなければならないことになる。
【0080】
次に車輪におけるモーター速度(MSw)が、検出されたMSを所定の変速比Kにより割ることにより、計算される(ステップ90)。
【0081】
AWSとMSwとの差を求めるために、速度誤差SEが計算される(ステップ92)。
【0082】
速度誤差SEに微分制御器のゲインPgainを掛ける(乗算する)ことにより、トルク命令値TCVが計算される(ステップ94)。
【0083】
正のアクティブ・モーター・ダンピング限界(AMDL)と負のAMDLとの間に広がるアクティブ・モーター・ダンピング限界エリアを、TCVに適用して、TCVを制限することができる(ステップ96)。正AMDLと負AMDLは、異なる値とすることが出来る。アクティブ・モーター・ダンピング限界を適用するステップは、より具体的に図3に示される以下のサブステップを実行することにより達成される。すなわち、TCVが正AMDLより大きいか否かを判定するステップ98、TCVが正AMDLを越える場合にTCVを正AMDLに設定するステップ100、TCVが正AMDLより大きくないときにTCVが負AMDLよりも小さいか否かを判定するステップ102及び、TCVが負AMDLを越えるときにTCVを負AMDLに設定するステップ104、である。
【0084】
TCVへAMDLを適用した(ステップ96)後で、モーター制御器68により出力電流信号がモーター26へ加えられ(ステップ106)、駆動系における望ましくない振動を減衰するのに有効なAMDLの範囲内の望ましい出力トルク信号を発生する。これにより作動する推進モーター26から出力トルクに関連する信号が出力された後、ステップ82乃至106が反復される(ステップ108)。
【0085】
図4は、本発明の別の好ましい実施形態による、比例微分(PD)制御器の使用によりトルクを制御するために用いられるアルゴリズムを概略的に表わす。比例微分(PD)制御器を用いる実施形態において、比例微分制御器の比例部分は、上記の比例制御器と同じ働きをするが、PD制御器は更に、アクティブ・モーター・ダンピングの有効性を高めるために、更に検出及び計算されたモーター及び車輪の速度の微分を計算する。
【0086】
そして、所望のモーター出力トルク信号を供給するために、PD制御器の比例部分が、速度誤差に基づく項を用い、そしてPD制御器の微分部分が、モーター加速度、平均車輪加速度及び、平均車輪加速度とモーター加速度との差の少なくとも一つに基づく項を用いる。また、微分制御器を用いて、更に後述されるように、トルクを制御しても良い。
【0087】
最初に、複数の変数が初期化される(ステップ112)。複数の変数を初期化するステップ112は、より詳細には図5に示されるように、複数のサブステップ114, 116, 118, 120, 122を持つ。最初のサブステップ114が、正の整数nをゼロにセットする。時点t(n)(最初は時点t(0))における駆動輪の平均車輪速が計算される(サブステップ116)。ここで、時点t(0)における平均車輪速がAWS(0)として規定される。
【0088】
そのAWS(0)は、最初の演算サイクル中の最初の微分演算において使用するために、時点t(0)におけるメモリー位置に格納される(サブステップ118)。
【0089】
車輪における初期推進モーター速度を表わす別の変数MSw(0)が、時点t(0)において最初に検出されたモーター速度MS(0)を予め規定された変速比Kで割ることにより、得られる(サブステップ120)。
【0090】
変数MSw(0)は、最初の演算サイクル中の最初の微分計算において使用するために、モーター制御器68の時点t(0)におけるメモリー位置に格納される(サブステップ122)。
【0091】
初期化ステップ112の後で、nが値1にセットされる(ステップ124)。nが1にセットされた後で、複数の入力がモーター制御器68に入力される(ステップ126)。ここで、入力は、時点t(n)においてそれぞれ車輪速センサー62, 64により検出された二つの車輪速Wh1(n), Wh2(n)、時点t(n)においてモーター・センサー68により検出された推進モーター26のモーター速度MS(n)及び、時点t(n)においてABS制御器60から送られるABS作動データ、の少なくとも一つである。
【0092】
ステップ126に開示されるように入力を受けた後で、モーター制御器68は、ABS作動中か否かを判定する(ステップ128)。ABS作動が起きていなければ、モーター制御器はnを1だけインクリメントし(ステップ130)、そしてABS作動が起きるまで(ステップ132)、入力を監視し、ステップ126乃至130を繰り返す。
【0093】
ABS作動の発生に際し、時点t(n)における平均車輪速が、検出された各車輪の速度Wh1(n), Wh2(n)を合計し、それから、その和を検出される車輪の数で割ることにより、計算される。図1に示される本実施形態では、前輪駆動構成を持つHEVの各駆動輪速度が検出され、そして平均化される。それで、二つの前輪の速度Wh1(n)及びWh2(n)が合計され、そして、二つの速度の和が、車輪の数(この例では2)で割られる(ステップ134)。
【0094】
AWS(n)を計算した後で、平均車輪加速速DWSが、時間変化ΔtにおけるAWS(n)の微分を計算することにより、計算される。ここで、Δtは、現在の時点t(n)と前回の時点t(n-1)との間の差である。それで、DWSは[AWS(n)-AWS(n-1)]/Δtに等しくなる。それから、AWS(n)が、次の演算サイクルにおける次の微分計算での使用のために推進モーター制御器68のメモリーに格納される(ステップ138)。
【0095】
AWS(n)が格納された後で、車輪におけるモーター速度MSw(n)が、MS(n)を予め規定の変速比Kで割ることにより、計算される(ステップ140)。
【0096】
MSw(n)を計算した後で、モーター速度の加速度DMSwが、ΔtによるMSw(n)の微分を計算することにより、計算される(ステップ142)。ここで、Δtは、現在の時点t(n)と前回の時点t(n-1)との間の差である。それで、DMSwは[MSw(n)-MSw(n-1)]/Δtに等しくなる。そして、MSw(n)が、次の演算サイクルにおける次の微分計算での使用のために推進モーター制御器68のメモリーに格納される(ステップ144)。
【0097】
トルクを制御するのに比例微分(PD)制御器が用いられるとき、速度誤差SEが、ABS(n)とMSw(n)との差を判定するために、計算される(ステップ146)。
【0098】
トルク命令値TCVは、速度誤差と、モーター加速度DMSw(n)、平均車輪加速度DWS及び、平均車輪加速度とモーター加速度との差(DWS-DMSw)の少なくとも一つとに基いて、計算される。
【0099】
より具体的には、TCV値は、比例微分制御器の比例部分において所定の比例ゲインPgainと速度誤差とを掛けることと、その積を、比例微分制御器の微分部分においてDMSw, DWS及び[DWS-DMSw]のうちの少なくとも一つに所定の微分ゲインDgainを掛けたものに足すことと、の両方によって、計算される(ステップ148)。
【0100】
しかしながら、トルクを制御するために微分制御器が用いられるとき、速度誤差SEを計算するステップ146は必要とされない。
【0101】
トルクを制御するのに微分制御器が用いられるとき、トルク命令値TCVは、モーター加速度DMSw(n)、平均車輪加速度DWS及び、平均車輪加速度とモーター加速度との差(DWS-DMSw)の少なくとも一つを用いて、計算される(ステップ234)。
【0102】
より具体的には、TCV値は、微分制御器の微分ゲインDgainを以下のDMSw, DWS及び(DWS-DMSw)の少なくとも一つに掛けることにより、計算される。
【0103】
TCV値が(PD制御器を用いてステップ148において又は微分制御器を用いてステップ234において)計算された後で、正AMDLと負AMDLとの間に広がるアクティブ・モーター・ダンピング限界(AMDL)がTCV値に適用される。正AMDLと負AMDLとは、異なる値とすることが出来る。AMDLをTCV値に適用するステップ150は更に、図3に示されたステップ96に関して記載されたものと同一のサブステップ持ち、それで、図3で用いられたステップ98, 100, 102, 104が、図4に示されたステップ150のサブステップを表すのに同様に用いられる。
【0104】
ステップ150を完了した後で、駆動系における望ましくない振動を減衰するのに有効なAMDLの範囲内の所望の出力トルク信号を発生するために、出力電流信号が、モーター制御器68によりモーター26へ加えられる。出力電流信号がモーター26へ加えられた後で、生成された出力信号が推進モーター26から出力され、そして、値nが1だけインクリメントされ、そしてステップ126乃至154が反復される。
【0105】
図6に示された別の実施形態において、フローチャートは、図4に開示されたものと同様のステップを持つアルゴリズムを示す。しかしながら、図6に示されたアルゴリズムは更に、計算された平均車輪速と検出されたモーター速度の両方へフィルターを適用する。ABSの作動に際して起こる振動ゆえに、車輪速信号とモーター速度信号の両方に高周波数成分が存在する可能性がある。1次ローパス・フィルターのようなローパス・フィルターを用いるフィルター処理を用いることが出来るが、振動の周波数帯域より上の推進モーター速度信号と平均車輪速信号の高周波成分を少なくとも実質的に除去し、それにより、第2モーター速度と第2平均車輪速信号を発生するものであれば、いかなるフィルターを適用することも出来る。
【0106】
複数の変数が初期化される(ステップ158)。複数の変数を初期化するステップは、より詳細に図7に示されるように、複数のサブステップ160, 162, 164, 166, 168, 170, 172を持つ。最初のサブステップ160は、正の整数nをゼロにセットする。時点t(n)(最初は時点t(0))における駆動輪の平均車輪速が計算される(サブステップサブステップ162)。ここで、時点t(0)における平均車輪速がAWS(0)として規定される。
【0107】
次に、時点t(0)におけるフィルター処理された平均車輪速度(FWS)を得るためのローパス・フィルターに関する少なくとも一つの近似的なフィルター状態が計算される(ステップ164)。ここで、時点t(0)におけるFWSは、FWS(0)として規定される。時点t(0)において計算されたAWS(n)値に適用されるローパス・フィルターに関する少なくとも一つのフィルター状態が、最初の演算サイクルにおける使用のために、モーター制御器68内のメモリーに格納される(ステップ242)。
【0108】
変数FWS(0)は、最初の演算サイクル中の最初の微分計算における使用のために、時点t(0)においてメモリーに格納される(サブステップ166)。
【0109】
車輪における初期推進モーター速度を表す別の値MSw(0)が、時点t(0)において最初に検出されたモーター速度MS(0)を変速比Kにより割ることにより、得られる。
【0110】
次に、時点t(0)におけるフィルター処理された車輪モーター速度(FMSw)を求めるためのローパス・フィルターに関する少なくとも一つのフィルター状態が計算される(サブステップ170)。ここで、t(0)におけるFWSはFWS(0)として規定される。時点t(0)において決定されたMSw(n)値に適用されるローパス・フィルターに関する少なくとも一つのフィルター状態が、最初の演算サイクルにおける使用のために、モーター制御器68内のメモリーに格納される(ステップ244)。
【0111】
変数FMSw(0)は、最初の演算サイクル中の最初の微分計算における使用のために、時点t(0)においてメモリーに格納される(サブステップ172)。
【0112】
初期化ステップ112の後で、nが値1にセットされる(ステップ174)。nが1にセットされた後で、複数の入力がモーター制御器68に入力される(ステップ176)。ここで、入力は、時点t(n)においてそれぞれ車輪速センサー62, 64により検出された二つの車輪速Wh1(n), Wh2(n)、時点t(n)においてモーター・センサー68により検出された推進モーター26のモーター速度MS(n)及び、時点t(n)においてABS制御器60から送られるABS作動データ、の少なくとも一つである。
【0113】
ステップ176に開示されるように入力を受けた後で、モーター制御器68は、ABS作動が起きているか否かを判定する(ステップ178)。ABS作動が起きていなければ、モーター制御器はnを1だけインクリメントし(ステップ180)、そしてABS作動が起きるまで(ステップ182)、入力を監視し、ステップ176乃至180を繰り返す。
【0114】
ABS作動の発生に際し、時点t(n)における平均車輪速が、検出された各車輪の速度Wh1(n), Wh2(n)を合計し、それから、その和を検出される車輪の数で割ることにより、算出される。本実施形態は、前輪駆動構成を持つHEVを提供し、それぞれの駆動輪速度が検出され、そして平均化される。それで、二つの前輪Wh1(n)及びWh2(n)が合計され、そして、二つの速度の和が、車輪の数(この例では2)で割られる。(ステップ184)
平均車輪速はそして、フィルター処理された平均車輪速FWS(n)を規定するために、先に計算されたAWS(n)へローパス・フィルターを適用することにより、フィルター処理される(ステップ186)。
【0115】
各フィルター毎に少なくとも一つのフィルター状態が、次の演算サイクルでの使用のために制御器内の少なくとも一つのメモリー位置に格納される(ステップ238, 240)。複数のフィルター状態は、フィルター計算において、フィルター処理された車輪速又は、フィルター処理されたモーター速度を計算するために用いられる値(係数など)である。
【0116】
FWS(n)を計算した後で、平均車輪加速度DWSが、時間変化ΔtにおけるFWS(n)の微分を計算することにより、計算される。Δtは、現在の時点t(n)と前回の時点t(n-1)との間の差である。そして、DWSは[FWS(n)-FWS(n-1)]/Δtに等しくなる。そして、FWSが、次の演算サイクルにおける次の微分計算での使用のために推進モーター制御器68のメモリーに格納される(ステップ190)。
【0117】
FWSが格納された後で、車輪におけるモーター速度MSw(n)が、MS(n)を予め規定された変速比Kで割ることにより、計算される(ステップ192)。
【0118】
時点t(n)において計算されたMSw(n)へローパス・フィルターを適用することにより、フィルター処理されたFMSw(n)が得られる(ステップ194)。ローパス・フィルターについての少なくとも一つのフィルター状態が、次の演算サイクル中の使用のためにモーター制御器68内のメモリーに格納される(ステップ240)。
【0119】
FMSw(n)を求めた後で、フィルター処理されたモーター速度の加速度DMSwが、ΔtによるFMSw(n)の微分を計算することにより、得られる(ステップ196)。ここで、Δtは、現在の時点t(n)と前回の時点t(n-1)との間の差である。それで、DMSwは[FMSw(n)-FMSw(n-1)]/Δtに等しくなる。そして、FMSw(n)が、次の演算サイクルにおける次の微分計算での使用のために推進モーター制御器68のメモリーに格納される(ステップ198)。
【0120】
トルクを制御するために比例微分(PD)制御器が用いられるときには、AWS(n)とMSw(n)との差を求めるために、速度誤差(SE)が計算される(ステップ200)。
【0121】
トルク命令値TCVが、速度誤差と、モーター加速度DMSw(n)、平均車輪加速度DWS及び、平均車輪加速度とモーター加速度との差(DWS-DMSw)の少なくとも一つとに基き計算される(ステップ202)。
【0122】
より具体的には、TCV値は、比例微分制御器の比例部分において所定の比例ゲインPgainと速度誤差とを掛けることと、その積を、比例微分制御器の微分部分においてDMSw, DWS及び[DWS-DMSw]のうちの少なくとも一つに所定の微分ゲインDgainを掛けたものに足すことと、の両方によって、計算される(ステップ202)。
【0123】
微分制御器を用いる別の実施形態において、駆動輪における回転モーター速度の微分(モーター角加速度)、駆動輪の平均車輪速の微分(平均車輪加速度)及び、モーター角加速度と平均車輪加速度との差の少なくとも一つに基き、アンチロック・ブレーキ作動中に好ましいモーター出力トルクを提供するように、推進モーターを制御することができる。
【0124】
しかしながら、トルクを制御するために微分制御器が用いられるとき、速度誤差SEを計算するステップ202は必要とされない。
【0125】
トルクを制御するのに微分制御器が用いられるとき、トルク命令値TCVは、モーター加速度DMSw(n)、平均車輪加速度DWS及び、平均車輪加速度とモーター加速度との差(DWS-DMSw)の少なくとも一つを用いて、計算される(ステップ236)。
【0126】
より具体的には、TCVの値は、微分制御器の微分ゲインDgainを以下のDMSw, DWS及び(DWS-DMSw)の少なくとも一つに掛けることにより、計算される。
【0127】
TCV値を計算するステップ202が実行された後で、アクティブ・モーター・ダンピング限界(AMDL)を、TCV値に適用することが出来る(ステップ204)。AMDLは、正AMDLと負AMDLとの間に広がり、ここで、正AMDLと負AMDLとは異なる値とすることが出来る。AMDLをTCV値に適用するステップ204は更に、図3に示されたステップ96に関して記載されたものと同一のサブステップ持ち、それで、図3で用いられたステップ98, 100, 102, 104が、図4に示されたステップ150のサブステップを表すのに同様に用いられる。
【0128】
ステップ204を完了した後で、駆動系における望ましくない振動を減衰するのに有効なAMDLの範囲内の所望の出力トルクを発生するために、出力電流信号がモーター制御器68からモーター26へ加えられる。出力電流信号TCがモーターへ送られた後で、出力信号が推進モーター26から出力され、そして、値nが1だけインクリメントされ、そしてステップ176乃至208が反復される。
【0129】
ABS作動の発生に依存しない本発明のシステム及び方法を用いる代替実施形態を用いても良い。その代替実施形態において、実行される方法は、図2、4及び6に開示されるものと同様のアルゴリズムを用いるが、そのステップを実行する前にABS作動が起こることを要さない。
【0130】
それで、代替実施形態の一つは、ステップ84及び86を省略するという点を除いて、図2に開示された方法と同様のものである。加えて、別の代替実施形態は、ステップ128, 130及び132を省略するという点を除いて、図4に開示された方法と同様のものである。更に別の代替実施形態は、ステップ170, 180及び182を省略するという点を除いて、図6に開示された方法と同様のものである。図2、4及び6においてABS作動に関するステップを省略することは、ABS作動が起こるか否かに関わらず、モーター制御器68が、駆動系における望ましくない振動を減衰するのに有効な推進モーター26からの出力トルク信号を継続的に監視及び生成するのを可能とする。
【0131】
上述の点から、駆動系における振動を最小にする、又は能動的に減衰するためのシステム及び方法には、複数の実施形態があることが、理解されるはずである。
【0132】
好ましい例としての実施形態が前述の詳細な説明に示されたが、膨大な数の変形例が存在し、この好ましい実施形態は、例に過ぎず、いかなる様にも、本発明の範囲、適用性または構成を限定することは意図されていない。むしろ、上述の詳細な説明は、本発明の好ましい実施形態を実施するための有用な指針を当業者に与えるものであり、請求項の思想及び範囲から逸脱することなしに、様々な変更を、例示された実施形態の機能及び構成になすことが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0133】
【図1】本発明の好ましい実施形態によるパワートレイン・システムのブロック図である。
【図2】本発明の好ましい実施形態による比例制御器を使用することによりトルクを制御するために用いられるアルゴリズムの各ステップを示すフローチャートである。
【図3】図2に示されたステップ96の各サブステップを示すフローチャートである。
【図4】本発明の好ましい実施形態による、比例微分制御器又は微分制御器のいずれかを用いることによりトルクを制御するために用いられるアルゴリズムの各ステップを示すフローチャートである。
【図5】図4に示されるステップ112の各サブステップを示すフローチャートである。
【図6】本発明の好ましい実施形態による、平均車輪速とモーター速度にローパス・フィルターを適用するステップを更に持つ、図4に示されたものと同様のアルゴリズムにおける各ステップを示すフローチャートである。
【図7】図6に示されたステップ158の各サブステップを示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0134】
18, 20 駆動輪
26 電気機械、推進モーター
60 アンチロック・ブレーキ・システム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンチロック・ブレーキ・システムを持つ自動車における駆動系振動を減衰する方法であって、
上記自動車の少なくとも二つの駆動輪に電気機械によって駆動トルクを供給する工程と、
上記アンチロック・ブレーキ・システムの作動中の駆動系の振動を減衰するように、上記電気機械のトルク出力を制御する工程と、
を有する方法。
【請求項2】
上記アンチロック・ブレーキ・システムが上記少なくとも二つの駆動輪の少なくとも一つにおいてアクティブであるとき、アンチロック・ブレーキ・システムが作動する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記電気機械にトルク出力を発生させるために、それへ電流を印加する工程、を更に有する、請求項1又は2のいずれかに記載の方法。
【請求項4】
電気機械であるモーターの回転速度を検出する工程と、
少なくとも二つの駆動輪における上記モーターの回転速度を計算する工程と、
上記少なくとも二つの駆動輪の回転速度を検出する工程と、
上記少なくとも二つの駆動輪の平均回転速度を計算する工程と、
を更に有する、請求項1〜3のいずれか1つに記載の方法。
【請求項5】
車輪におけるモーターの回転速度を計算する上記工程が、
上記検出されたモーター速度を、上記モーターと上記少なくとも二つの駆動輪との間の変速比により除算する工程、を更に有する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
上記少なくとも二つの駆動輪の平均回転速度を計算する上記工程が、
上記少なくとも二つの駆動輪のそれぞれの検出速度の和を、速度を検出した駆動輪の数により除算する工程、を更に有する、請求項4又は5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
上記モーターへの出力トルク信号を生成するために、上記車輪におけるモーター回転速度及び上記少なくとも二つの駆動輪の平均回転速度を、比例制御器、比例微分制御器、及び微分制御器の少なくとも一つに入力する工程、を更に有する、請求項4〜6のいずれか1つに記載の方法。
【請求項8】
上記電気機械の慣性により、上記駆動系振動が起こされる、請求項1〜7のいずれか1つに記載の方法。
【請求項9】
上記電気機械が推進モーターである、請求項1〜8のいずれか1つに記載の方法。
【請求項10】
アンチロック・ブレーキ・システムを持つ自動車における駆動系振動を減衰する方法であって、
上記自動車の少なくとも二つの車輪に推進モーターによって駆動トルクを供給する工程と、
アンチロック・ブレーキ・システムの作動中に駆動系振動を減衰するために、比例制御器、比例微分制御器及び微分制御器の少なくとも一つを用いて上記推進モーターのトルク出力を制御する工程と、
を有する方法。
【請求項11】
モーター出力トルクを制御するのに上記比例制御器を用いる工程を更に有し、
上記モーター出力トルクが速度誤差に基づいて制御され、この速度誤差が、アンチロック・ブレーキ作動中の少なくとも二つの駆動輪の平均車輪速と、上記少なくとも二つの駆動輪におけるモーター回転速度との差である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
上記推進モーターへのモーター出力トルク信号を生成するために上記比例微分制御器を用いる工程を更に有し、
上記比例微分制御器が、アンチロック・ブレーキ作動中の少なくとも二つの駆動輪の平均車輪速と該少なくとも二つの駆動輪におけるモーター回転速度との差に基づいて比例項を演算するとともに、上記少なくとも二つの駆動輪における上記モーター速度の微分値、該少なくとも二つの駆動輪の上記平均車輪速の微分値、及び、上記平均車輪角加速度と上記モーター角加速度との差、のうちの少なくとも1つに基づいて微分項を演算する、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
アンチロック・ブレーキ作動中に上記推進モーターへの出力トルク信号を決定するために、上記微分制御器を用いる工程、を更に有し、
上記モーター出力トルク信号が、モーター角加速度、平均車輪加速度、及び、上記角加速度と平均車輪加速度の差のうちの少なくとも1つに基づいて、決定される請求項10に記載の方法。
【請求項14】
アンチロック・ブレーキ・システムを持つ自動車における駆動系振動を減衰する方法であって、
上記自動車の少なくとも二つの車輪に推進モーターによって駆動トルクを供給する工程と、
上記少なくとも二つの駆動輪における上記推進モーターの回転速度を計算する工程と、
上記少なくとも二つの駆動輪の平均回転速度を計算する工程と、
上記推進モーターのトルク出力を制御するために、アンチロック・ブレーキ・システム作動中に、上記車輪におけるモーター回転速度、及び上記少なくとも二つの駆動輪の平均回転速度を、比例制御器、比例微分制御器及び微分制御器の少なくとも一つに入力する工程、を有する方法。
【請求項15】
上記推進モーターのトルク出力を制限するために、ポジティブ・アクティブ・モーター・ダンピング限界及びネガティブ・アクティブ・モーター・ダンピング限界を上記推進モーターへのトルク出力信号へ適用する工程、を更に有する、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
上記平均回転速度が、上記少なくとも二つの駆動輪で検出された車輪速信号の関数である、請求項14の方法。
【請求項17】
上記少なくとも二つの駆動輪の上記計算された平均回転速度信号の高周波成分を除去するために、該平均回転速度の信号をフィルター処理する工程、を更に有する、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
上記推進モーターの上記計算された回転速度信号の高周波成分を除去するために、該回転速度信号をフィルター処理する工程、を更に有する、請求項16又は17のいずれかに記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−51929(P2006−51929A)
【公開日】平成18年2月23日(2006.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−223261(P2005−223261)
【出願日】平成17年8月1日(2005.8.1)
【出願人】(503136222)フォード グローバル テクノロジーズ、リミテッド ライアビリティ カンパニー (236)
【Fターム(参考)】