説明

電流によって誘起されたスピンモーメント移行をベースとした高速かつ低電力の磁気デバイス

【課題】磁気メモリとして最適であるような構造を提供する。
【解決手段】本発明は、磁気デバイスに関するものであって、固定磁化方向を有した磁化ベクトルを備えたピン止めされた磁化層(FM1)と;変更可能な磁化方向を有した少なくとも1つの磁化ベクトルを備えた自由磁化層(FM2)と;ピン止めされた磁化層と自由磁化層とを空間的に分離する第1非磁性層であるとともに、この分離によって、ピン止めされた磁化層と自由磁化層との間の磁気的相互作用を最小化させるような、第1非磁性層(N1)と;を具備している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、広義には、例えば巨大磁気抵抗(GMR)デバイスといったような、メモリ応用や情報処理応用において使用される磁気デバイスに関するものである。より詳細には、本発明は、スピン分極した電流を使用することによってそのようなデバイスの磁気領域における磁化方向を制御したりスイッチングしたりし得るような、高速かつ低電力の方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
スピン分極した電子の流れを使用する磁気デバイスは、磁気メモリ応用において、および、情報処理応用において、興味の対象となっている。そのようなデバイスは、一般に、少なくとも2つの強磁性体電極と、これら電極どうしを分離するための例えば金属や絶縁体といったような非磁性材料と、を備えている。電極の厚さは、典型的には、1nm〜50nmという範囲とされる。非磁性材料が金属である場合には、このタイプのデバイスは、巨大磁気抵抗デバイスまたはスピンバルブデバイスとして公知である。デバイスの抵抗値は、例えば磁性体電極どうしが互いに平行であるかあるいは逆平行(すなわち、双方の磁化が、互いに平行であるものの、互いに逆向きとなっている)であるかといったように、磁性体電極どうしの磁化の相対的配向性に依存する。一方の電極は、典型的には、ピン止めされた磁化を有している。すなわち、この電極は、他方の電極と比較して、より大きな保磁力を有しており、その磁化配向性を変更するには、より大きな磁界あるいはより大きなスピン分極電流を必要とする。第2の層は、自由電極として公知なものであって、その磁化方向は、前者に対して変更することができる。情報は、この第2層の配向性によって、格納することができる。例えば、“1”を、層どうしの逆平行によって表し、かつ、“0”を、層どうしの平行によって表すことができる。あるいは逆に、“0”を、層どうしの逆平行によって表し、かつ、“1”を、層どうしの平行によって表すことができる。デバイスの抵抗値は、これら2つの状態において相違する。これにより、デバイスの抵抗値を使用することによって“0”と“1”とを識別することができる。そのようなデバイスの重要な特徴点は、そのようなデバイスが、不揮発性メモリであるということである。なぜなら、電源がオフとなった場合でさえも、磁気ハードドライブと同様に、デバイスが情報を維持するからである。磁性体電極は、側方サイズをサブミクロンとすることができる。磁化方向は、熱擾乱に関して安定なものとすることができる。
【0003】
従来の磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)の構成においては、磁界を使用することによって、自由電極の磁化方向のスイッチングを行っていた。これら磁界は、磁性体電極の近くでワイヤを流れる電流を使用して生成される。ワイヤの断面は、小さなものでなければならない。なぜなら、メモリデバイスが、複数のMRAMセルからなる稠密なアレイを構成するからである。ワイヤからの磁界が、長距離にわたる磁界を生成することにより(磁界は、ワイヤの中心からの距離の逆数に比例してしか減衰しない)、アレイをなす素子どうしの間においてクロストークが発生し、1つのデバイスは、他の複数のデバイスからの複数の磁界を受ける。このクロストークは、メモリの密度を制限し、および/または、メモリ操作におけるエラーを引き起こす。さらに、それら様々なワイヤによって生成された磁界は、電極位置において約0.1テスラに制限され、このことは、デバイスの操作速度を遅いものとする。重要なことに、従来のメモリ構成においては、さらに、スイッチング事象を引き起こすに際して、確率的な(ランダム)プロセスあるいは変動磁界を使用している。これは、本質的に、遅いものでありかつ信頼性の低いものである(例えば、非特許文献1を参照されたい)。
【0004】
特許文献1においておよび他のいくつかの文献(例えば、非特許文献2)において、 John Slonckewski氏は、スピン分極した電流を使用することによって磁性体電極の磁化配向性を直接的に変更し得るような機構について、記載している。提案された機構においては、流れている電子のスピン角運動量が、磁気領域の背景磁化に対して直接的に相互作用する。動いている電子は、それら電子のスピン角運動量の一部を背景磁化へと移行させ、これにより、この領域の磁化に対してトルクを生成する。このトルクは、この領域の磁化方向を変更することができ、これにより、この領域の磁化方向をスイッチングすることができる。さらに、この相互作用は、電流が流れている領域においてのみ作用するため、局所的なものである。しかしながら、提案された機構は、理論的なものでしかなかった。
【0005】
特許文献1は、磁気スイッチングのためにスピン運動量の移行を使用するMRAMデバイスを記載している。しかしながら、提案されたデバイスは、遅いものであり、磁化スイッチングを引き起こすに際しては、変動磁界および確率的プロセスに依存する。さらに、デバイスのスイッチングのためには、大きな電流密度が必要とされる。Slonckewski 氏は、『ラッチあるいは論理ゲート』の好ましい実施形態に関し、以下のように記載している。すなわち、「3つの磁石F1、F2およびF3の好ましい軸は、上述したように、すべて『鉛直方向』(すなわち、同じ方向あるいは向き)である。それらが同一軸に対して平行である限りにおいては、他の向きであっても、機能することができる。」と記載している。後述するように、本発明者らによるデバイスは、同一軸に対して平行ではない複数の層磁化を利用するものであり、このため、速度と信頼性と電力消費量とにおいて大いに有利である。
【0006】
また、Jonathan Sun 氏による特許文献2には、電流によって誘起された磁界を使用するデバイスが記載されており、そのようなデバイスの動作に関する実験例が示されている。しかしながら、提案されたデバイスは、様々なデバイス特性に関する一貫性が乏しく、信頼性が低い。さらに、磁気スイッチングに関して評価された時間は、大きな電流密度において、50nsecであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許第5,695,864号明細書
【特許文献2】米国特許第6,256,223号明細書
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】R. H. Koch et al., Phys. Rev. Lett. 84, 5419 (2000)
【非特許文献2】J. Slonckewski, Journal of Magnetism and Magnetic Materials 159, L1 (1996)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
スピン分極した電流の作用下において高速な動作および信頼性の高い動作を行い得るようなデバイスが、要望されている。望ましいデバイスは、磁化配向性のスイッチングに際して、より小さな電力で動作し得るとともに、より小さなしきい値電流を有しているようなデバイスである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
スピン運動量の移行を使用するデバイスの従来的構成に関する制限に鑑み、本発明の目的は、磁気メモリとして最適であるような、あるいは、磁気情報処理デバイスとして最適であるような、構造を提供することである。
【0011】
本発明の他の目的は、動作速度という観点において利点を有している磁気デバイスを提供することである。
【0012】
本発明のさらに他の目的は、信頼性という観点において利点を有している磁気デバイスを提供することである。
【0013】
本発明のさらに他の目的は、動作に際して比較的小さな電力しか必要としない磁気デバイスを提供することである。
【0014】
本発明の上記のおよび他の目的は、各層の磁化方向どうしが同一軸に沿って延在していないような複数の層を使用したデバイスによって、達成される。例えば、一実施形態においては、2つの磁気領域は、互いに直行した磁化方向を有している。
【0015】
本発明は、磁気デバイスに関するものであって、磁気デバイスは、強磁性層と非磁性層とを備えて構成されており、これら強磁性層および非磁性層を通して電流を流し得るものとされている。磁気デバイスは、固定磁化方向を有した強磁性層と、他の強磁性層と、を備えている。これら層は、印加された電流に応答して磁化方向を自由に回転させ得るものとされた非磁性領域によって、分離されている。第3の強磁性層が設けられており、この第3強磁性層も、同様に、非磁性層を介して他の層から分離されている。第3強磁性層は、固定磁化方向を有しており、自由な強磁性層の磁化方向の読出に際して使用することができる。強磁性層の磁化方向は、全く、同一軸に沿ってはいない。好ましい一実施形態においては、第1固定強磁性層の磁化方向は、層がなす平面に対して垂直とされ、一方、自由強磁性層の磁化方向は、層がなす平面上に位置している。上述したように、層どうしにわたって流れる電流は、固定磁化層から自由磁化層へとスピン角運動量を移送し、これにより、自由層の磁化に対してトルクを生成する。このトルクは、固定層の磁化方向と、自由層の磁化方向と、電流およびその電流のスピン分極に依存する比例因子と、に関する3重積ベクトルに比例する。固定層の磁化方向と自由層の磁化方向とが直交している場合に、大きなトルクが生成される。
【0016】
この大きなトルクは、自由磁化層の磁化方向に対して作用するものであって、自由磁化層の磁化方向を、層がなす平面から離れるように回転させる。自由磁化層の厚さが、幅方向および長さ方向よりも小さいことにより、層がなす平面から離れるような自由磁化層の磁化方向の回転は、層がなす平面に対して垂直な向きでもって、大きな磁界すなわち『消磁磁界』を生成する。
【0017】
この消磁磁界は、自由磁化層の磁化ベクトルを、歳差運動させる。すなわち、消磁磁界がなす方向まわりにおいて消磁する方向に回転運動させる。消磁磁界は、また、歳差の速度を決定する。大きな消磁磁界は、高速の歳差速度をもたらす。このことは、高速の磁気的スイッチングに際して、好適な状況である。本発明による磁気デバイスの利点は、層の磁気的応答を引き起こしたりあるいは制御したりするに際して、ランダムや擾乱性の力も磁界も必要としないことである。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明による磁気デバイスを示す図である。
【図2A】自由磁化層を示す図であって、図3Aに示すパルスが印加された際の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図2B】自由磁化層を示す図であって、図3Aに示すパルスが印加された際の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図2C】自由磁化層を示す図であって、図3Aに示すパルスが印加された際の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図2D】自由磁化層を示す図であって、図3Aに示すパルスが印加された際の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図2E】自由磁化層を示す図であって、図3Aに示すパルスが印加された際の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図3A】磁気デバイスに対して印加し得る電流波形を示す図である。
【図3B】磁気デバイスに対して印加し得る代替可能な電流波形を示す図である。
【図4】本発明の一実施形態によるメモリセルを示す図である。
【図5A】自由磁化層を示す図であって、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図5B】自由磁化層を示す図であって、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図5C】自由磁化層を示す図であって、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図5D】自由磁化層を示す図であって、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図5E】自由磁化層を示す図であって、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示している。
【図6A】書込操作時に図4のメモリセルに対して印加し得る電流波形を示す図である。
【図6B】図6Aに示す電流波形の印加の前後において、読出操作時にメモりセルから測定される抵抗値値を示す図である。
【図7】4状態メモリセルにおける自由磁化層を示す図である。
【図8】磁気デバイスに対して印加し得る電流波形の一例を示す図である。
【図9】図8に示す電流パルスの印加最中および印加後における自由磁化層の様々な磁化成分を示す図である。
【図10】本発明の一実施形態によるメモリセルを示す図であって、書込操作時には自由磁化層を通して正味の電流は一切流れない。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の上記のおよび他の特徴点は、添付図面を参照しつつ、本発明の例示としての好ましい実施形態に関する以下の詳細な説明を読むことにより、明瞭となるであろう。添付図面においては、同様の部材に関して、同じ符号が付されている。
【0020】
「基礎的な磁気デバイスの構造」
基本的な概念を図示するため、図1は、多層構成とされた柱形状をなす磁気デバイスを示している。この磁気デバイスは、磁化方向が固定されているピン止めされた磁化層FM1と、磁化方向が自由なものとされている自由磁化層FM2と、を備えている。ベクトルm→ (本来であれば、m の上に→を表記すべきところを、簡便的に、m の右横に→を表記する。以下同様。)は、ピン止めされた磁化層FM1の磁化ベクトルであり、また、ベクトルm→ は、自由磁化層FM2の磁化ベクトルである。ピン止めされた磁化層FM1は、スピン角運動量の発生源として機能する。
【0021】
ピン止めされた磁化層FM1および自由磁化層FM2は、第1非磁性層N1によって分離されている。第1非磁性層N1は、2つの層FM1,FM2を空間的に分離し、これにより、それらの磁気的相互作用を最小化する。柱形状をなす磁気デバイスは、典型的には、ナノメートルのサイズとされる。例えば、横方向は、およそ200nmよりも小さいものとすることができる。
【0022】
自由磁化層FM2は、実質的に、2つの付加的な層を具備してなるすなわちピン止めされた磁化層FM1と非磁性層N1とを具備してなる柱形状磁気デバイス内に嵌め込まれた磁性薄膜部材である。この層の厚さは、典型的には、およそ1nm〜50nmである。
【0023】
柱形の磁気デバイスは、例えばスパッタリングやサブミクロンのステンシルマスクを介した熱および電子ビームによる蒸発も含めたような様々な手法によって、複数層からなる積層シーケンスとして、形成することができる。これら磁気デバイスは、また、スパッタリングや熱蒸着や電子ビーム蒸着を使用した積層シーケンスによって多層フィルムを形成し;その後、材料を除去するような減肉的なナノ形成プロセスを使用することによって、例えばシリコンウェハや他の半導体ウェハや絶縁体ウェハといったような基板の表面上に柱形状の磁気デバイスを残す;といったようにして、形成することができる。
【0024】
強磁性層をなす材料は、(限定するものではないけれども)Feや;Coや;Niや;例えばNi1−xFeといったようなこれら元素どうしの合金や;強磁性金属と、例えばCuやPdやPtといったような非磁性金属と、からなる例えばNiMnSbといったような合金であって、室温において強磁性的に秩序立てられるような組成の合金や;例えばCrO やFeといったような導電性磁性酸化物;を備えている。非磁性層をなす材料は、(限定するものではないけれども)Cuや、Crや、Auや、Agや、Alを備えている。非磁性層に関する主要な要求は、層厚さと比較してより短いような短い長さスケールに関して、電子スピン方向を散乱させないことである。
【0025】
電流源が、ピン止めされた磁化層FM1と自由磁化層FM2とに対して接続される。これにより、柱状デバイスにわたって電流Iを流すことができる。
【0026】
「磁気スイッチングの方法」
柱形状の磁気デバイスに対して、電流Iが供給される。これにより、この電流Iは、ピン止めされた磁化層FM1から、第1非磁性層N1を通して、自由磁化層FM2にまで、デバイスをなす様々な層を通して流れることができる。供給された電流Iにより、ピン止めされた磁化層FM1から、自由磁化層FM2へと、角運動量が移送される。上述したように、ある磁気領域から他の磁気領域への角運動量の移送は、トルクを生成することができる。
【0027】
図2A〜図2Eは、図1に示す磁気デバイスを使用した磁気スイッチング方法における各ステップを示している。簡略化のため、図2A〜図2Eにおいては、自由磁化層FM2と、この自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ と、だけが示されている。図2Aは、電流Iを供給する前の、自由磁化層FM2の初期状態を示している。
【0028】
図2B〜図2Dに示すように、図3Aおよび図3Bに示すような形態のものとし得る電流Iを供給することにより、ピン止めされた磁化層FM1から、自由磁化層FM2にまで、角運動量を移送することができる。ピン止めされた磁化層FM1から自由磁化層FM2への角運動量のこの移送により、自由磁化層FM2の磁気モーメント上において、トルクτ→ が生成される。
【0029】
自由層の単位磁化あたりのトルクτ→ は、ベクトル3重積 a^×(m^×m^)に比例する。ここで、m^ (本来であれば、m の上に^を表記すべきところを、簡便的に、m の右横に^を表記する。以下同様。)は、自由磁化層FM2の磁気モーメントの方向における単位ベクトルであり、m^ は、ピン止めされた磁化層FM1の磁気モーメントの方向における単位ベクトルである。係数a は、電流Iと、電流Iのスピン分極Pと、自由磁化層とピン止め磁化層との間の角度の余弦cos(θ) と、に依存する。すなわち、a=h’Ig(P,cos(θ))/(mMV)である。ここで、h’は、換算プランク定数(h’=h/(2π))であり、gは、スピン分極Pとcos(θ) との関数であり、Mは、自由層の磁化密度であり、mは、電子の質量であり、さらに、Vは、自由層の容積である(非特許文献2を参照されたい)。よって、ピン止めされた磁化層FM1の磁気モーメントと、自由磁化層FM2の磁気モーメントと、が互いに垂直である場合に、大きなトルクτ→ が生成される。
【0030】
このトルクτ→ は、自由磁化層FM2の磁気モーメントに対して作用するものであって、自由磁化層FM2の磁化を引き起こし、これにより、自由磁化層FM2の磁気モーメントを、自由磁化層FM2がなす平面の外へと回転させる。自由磁化層FM2の厚さが、自由磁化層FM2の幅寸法および長さ寸法よりも小さいことのために、自由磁化層FM2がなす平面外への、自由磁化層FM2の磁気ベクトルm→ の回転は、大きな磁界すなわち『消磁磁界』を生成する。この消磁磁界は、自由磁化層FM2がなす平面に対して垂直なものである。
【0031】
この消磁磁界は、自由磁化層FM2の磁気ベクトルm→ を、歳差運動させるすなわち駆動する。これにより、自由磁化層の磁化方向は、消磁磁界の軸線回りに回転する。消磁磁界は、また、歳差運動の速度を決定する。大きな消磁磁界は、極めて大きな歳差速度をもたらし、このことは、高速磁気スイッチングに関して最適の状況である。
【0032】
したがって、高速磁気スイッチングのための磁気メモリデバイスの最適構成においては、ピン止めされた磁化層FM1の磁気モーメントを、自由磁化層FM2がなす平面に対して垂直なものとし、なおかつ、自由磁化層FM2の磁気モーメントを、複数の薄層からなる柱状体の軸線に対して垂直なものとし、さらに、自由磁化層FM2がなす平面内に位置させる。
【0033】
図2Eは、磁気スイッチングプロセスが完了した後における自由磁化層FM2を示している。図2Aおよび図2Eに示すように、磁気スイッチングプロセスにより、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ は、逆向きとなるようにして180°だけ回転され、これにより、スイッチングが達成される。
【0034】
図3Aおよび図3Bは、磁気デバイスに対して印加し得るような、電流入力に関しての、互いに異なる2つの形態を示している。図3Aに示す電流入力は、短い持続時間とされた2つの電流パルスを備えている。第1の正の電流パルスの後に、第2の負の電流パルスが続いている。電流入力のこの形態により、“1”あるいは“0”を書き込むことができる。これに代えて、2つの電流パルスが互いに逆極性である限りにおいては、第1電流パルスを負のパルスとし、かつ、第2電流パルスを正のパルスとすることができる。双方の場合において、磁気ビットの状態は、“1”から“0”へと、あるいは、“0”から“1”へと、変更される(すなわち、最終状態は、ビットの初期状態とは反対の状態となるであろう)。図3Aに示す電流入力は、上述したようなおよび図2A〜図2Eに図示したような磁気スイッチング方法において使用される。2つの電流パルスからなる電流入力を使用することにより、より高速の磁気スイッチングプロセスを達成することができる。
【0035】
第1電流パルスは、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ の歳差を開始させる。第1電流パルスの終了後に、第2電流パルスが印加され、これにより、所望の状態において歳差を停止させることができる。
【0036】
第2電流パルスは、デバイスの動作に際して、必須ではない。しかしながら、第2電流パルスは、より高速のスイッチングを可能にする。例えば、図3Bに示す電流入力は、単一の正の電流パルスから構成されている。これに代えて、単一の負の電流パルスを、磁気デバイスに対して印加することもできる。シミュレーションにより、多様なタイプの電流パルスがFM2をスイッチングし得ることが、示された。したがって、デバイスの動作は、図3に示す電流パルスに制限されるものではない。
【0037】
「メモリセルの構造」
上述した磁気デバイスは、磁気メモリを構築し得るよう、複数のメモリセルからなるアレイを構成するために、メモリセル内へと組み込むことができる。図4に示すような1つの実施形態においては、本発明による磁気デバイスは、メモリセルとして具現されたときには、多層の柱状デバイスとされ、このデバイスは、固定磁化方向を有したピン止め磁化層FM1と、自由な磁化方向を有した自由磁化層FM2と、固定磁化方向を有した読出磁化層FM3と、を具備している。m→ は、ピン止めされた磁化層FM1の磁化ベクトルであり、m→ は、自由磁化層FM2の磁化ベクトルであり、m→ は、読出磁化層FM3の磁化ベクトルである。
【0038】
ピン止めされた磁化層FM1と自由磁化層FM2とは、第1非磁性層N1によって、分離されている。第1非磁性層N1は、2つの層FM1,FM2の間の磁気的相互作用を最小化するようにして、それら2つの層FM1,FM2を空間的に分離している。自由磁化層FM2および読出磁化層FM3は、第2非磁性層N2によって、分離されている。第2非磁性層N2は、2つの層FM2,FM3の間の磁気的相互作用を最小化するようにして、それら2つの層FM2,FM3を空間的に分離している。柱形の磁気デバイスは、典型的には、ナノメートルという程度のサイズとされる。例えば、およそ200nmよりも小さいようなサイズとすることができる。
【0039】
電流源が、ピン止めされた磁化層FM1と、読出磁化層FM3と、の間に接続されている。これにより、柱状デバイス内を通して、電流Iを流すことができる。電圧計が、ピン止めされた磁化層FM1と、読出磁化層FM3と、の間に接続されている。これにより、磁気デバイスの抵抗値を測定することができ、これにより、メモリセルの論理的内容を読み出すことができる。
【0040】
「情報を書き込むための方法」
情報をメモリセル内に書き込む際には、磁気スイッチングプロセスが使用される。メモリセル内に情報の論理的ビットを格納するには、メモリセルの内部における磁化ベクトルの磁化方向を、“0”および“1”という論理値を符号化し得る可能な2つの向きのうちの一方にセットする。この磁気デバイスは、メモリセルとして具現されたときには、上述した磁気的スイッチング方法を使用することによって、情報のビットを格納することができる。電流パルスを印加することによって、磁気デバイス内の論理値を変更することができる。上述したようなかつ図4に図示したような磁気メモリデバイスは、1ビットという情報を格納する。その理由は、自由磁化層FM2が、安定した2つの磁性状態が可能とされた単一の磁化ベクトルm→ を有しているからである。
【0041】
電流Iが柱状磁気メモリデバイスに対して供給される。これにより、電流Iが、ピン止め磁化層FM1から読出磁化層FM3までにわたって、磁気メモリデバイスをなす様々な層を通して、流れることとなる。供給された電流Iにより、ピン止めされた磁化層FM1から自由磁化層FM2へと角運動量の移送が引き起こされる。
【0042】
図5A〜図5Eは、図4に示す磁気メモリデバイスを使用した情報書込方法における各ステップを示している。簡略化のため、図5A〜図5Eにおいては、自由磁化層FM2と、この自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ と、だけが示されている。図5Aは、電流Iを供給する前の、自由磁化層FM2の初期状態を示している。
【0043】
図5B〜図5Dに示すように、図3Aおよび図3Bに示すような形態のものとし得る電流Iを供給することにより、ピン止めされた磁化層FM1から、自由磁化層FM2にまで、角運動量を移送することができる。図2A〜図2Eおよび図5A〜図5Eは、磁気デバイスに対して電流を印加した結果として、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ の向きが変化することを示している。
【0044】
図6Aは、図4に示す磁気メモリデバイスに対して印加される電流入力の一形態を示している。図6Aに示す電流入力は、短い持続時間とされた2つの電流パルスを備えている。第1の正の電流パルスの後に、第2の負の電流パルスが続いている。これにより、“1”あるいは“0”を書き込むことができる。これに代えて、2つの電流パルスが互いに逆極性である限りにおいては、第1電流パルスを負のパルスとし、かつ、第2電流パルスを正のパルスとすることができる。双方の場合において、磁気ビットの状態は、“1”から“0”へと、あるいは、“0”から“1”へと、変更される(すなわち、最終状態は、ビットの初期状態とは反対の状態となるであろう)。
【0045】
第1電流パルスは、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ の歳差を開始させる。第1電流パルスの終了後に、第2電流パルスが印加され、これにより、所望の状態において歳差を停止させることができる。本発明による磁気メモリデバイスのこの実施形態においては、歳差は、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ が180°だけ回転した時点で、停止される。
【0046】
図6Bは、小さな電流を印加した場合にすなわち電流パルスと比較してはるかに小さな強度の電流を印加した場合に、図4に示す磁気メモリデバイスに対して接続された電圧計によって測定されるようなデバイスの抵抗値の一例を示している。この抵抗値は、図6Aに示す電流パルスがデバイスに対して印加された後には、増大する。図5Aに示す初期状態においては(第1の正の電流パルスの印加前においては)、抵抗値は、一定の小さな値である。図5Eに示す最終状態においては、抵抗値は、一定の大きな値である。
【0047】
したがって、図5Aに示す状態は、初期状態において“0”という論理値に対応し、図5Eに示す状態は、最終状態において“1”という論理値に対応する。図5Eに示す最終状態における自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ は、図5Aに示す初期状態における自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ と比較して、逆向きとされている。
【0048】
電流パルスの必要な振幅は、上述したようなスピン移送トルクを含有している Landau-Lifzshitz Gilbert 式といったような微小磁性に関する数式を使用することによって、数値的モデル化により評価することができる(例えば、B. Oezyilmaz et al., Phys. Rev. Lett. 91, 067203 (2003) を参照されたい)。M=1400emu/cm という磁化密度を有したCo製自由層の場合には、ギルバートの減衰パラメータαが、0.01であり、電流のスピン分極Pが、0.4であり、平面内における一軸的異方性磁界は、1000kOeである。(この場合、平面内における一軸的異方性定数Kは、K=7×10 erg/cm である。)この評価の目的のために、Co製自由層は、厚さが3nmとされ、側辺寸法が60nm×60nmとされた。本発明者らは、5mAという振幅の電流パルスであれば、層を十分にスイッチングし得ることを、見出した。デバイスをスイッチングするのに必要な電流は、Co製自由層のサイズを減少させることにより;また、例えばスピン分極度合いがより大きいようなピン止め層を使用するといったような手法によって、電流のスピン分極を増大させることにより;また、平面内の異方性を減少させることにより、すなわち、ギルバート減衰を減少させることにより;低減させることができる。この電流の振幅の場合には、35psecというパルス幅であれば、十分にデバイスをスイッチングすることができる。
【0049】
5オームというデバイス抵抗値の場合には、エネルギー消費量は、5×10−15J である。このエネルギー消費量の値は、ピン止めされた層と自由磁化層と初期的には同じ軸線に沿うように互いに位置合わせされている場合に、スピン分極した電流によって磁気デバイスをスイッチングするのに必要とされるエネルギーと比較することができる。最近の実験例により、5オームという抵抗値を有したデバイス内へと、電流をおよそ10ns間にわたっておよそ10mA供給することが要求されることが示された(R. Koch et al., preprint to be published in Phys. Rev. Lett.を参照されたい)。よって、消費されたエネルギーは、5×10−12J である。よって、比較すれば、本発明者らによるデバイスにおける電力消費量は、極めて小さい。さらに、パルスが、1A/μm といったように大きな電流密度であるにもかかわらず、非常に短時間にわたってしか作用しないことにより、一切の電子移動が起こらない。さらに、本発明者らは、長時間(およそ1分)にわたってこの値よりも5倍大きな電流密度でもってそのようなデバイスを操作したが、デバイスの損傷は、一切見受けられなかった(B. Oezyilmaz et al., Phys. Rev. Lett. 91, 067203 (2003) を参照されたい)。
【0050】
「情報の読み出し方法」
読出磁化層FM3は、磁気メモリデバイスの最も単純な具現化において、必要とされる。読出磁化層FM3は、固定磁化方向を有した磁化ベクトルm→ を有している。読出磁化層FM3の磁化ベクトルm→ は、多くの方法で固定することができる。例えば、読出磁化層FM3は、より厚いものとして形成することができる、あるいは、より大きな異方性を有した磁性材料から形成することできる、あるいは、交換バイアス現象を使用し得るよう反強磁性層に対して隣接配置することができる。交換バイアス現象においては、反強磁性層と強磁性層との間の結合のために、および、反強磁性層の大きな磁気的異方性のために、強磁性層が硬化する。このため、磁化方向を変更するに際しては、より大きな磁界およびより大きな電流が必要とされる。
【0051】
磁気メモリデバイスの抵抗値は、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ と読出磁化層FM3の磁化ベクトルm→ との間の相対的配向性に関して、非常に敏感である。磁気メモリデバイスの抵抗値は、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ と読出磁化層FM3の磁化ベクトルm→ とが互いに逆平行という位置関係とされている場合に、最大である。磁気メモリデバイスの抵抗値は、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ と読出磁化層FM3の磁化ベクトルm→ とが互いに平行という位置関係とされている場合に、最小である。したがって、単純な抵抗値測定によって、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ の向きを決定することができる。
【0052】
読出磁化層FM3の磁化ベクトルm→ の固定された向きは、自由磁化層FM2の磁化ベクトルの向きに依存して、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ に対しての平行な位置関係、または、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ に対しての逆平行な位置関係、のいずれかとなるようにして、セットされる。自由磁化層FM2スイッチの磁化ベクトルm→ の向きが、180°にわたって回転し得るようにして、スイッチングされることにより、自由磁化層FM2磁化ベクトルm→ および読出層FM3のm→ は、逆平行の位置関係、あるいは、平行な位置関係、のいずれかでなければならない。
【0053】
「複数ビットからなる情報の格納」
上述したようなかつ図4に図示されたような磁気メモリデバイスは、安定した2つの磁性状態を有しており、1ビットからなる情報を格納することができる。本発明の他の実施形態においては、磁気メモリデバイスは、複数ビットからなる情報を格納し得るよう構成することができる。図7は、安定した4つの磁性状態を有しているような自由磁化層FM2の一例を示している。安定した4つの磁性状態を有した自由磁化層FM2を備えている磁気メモリデバイスは、2ビットからなる情報を格納することができる。この実施形態においては、電流パルスを印加することにより、磁化方向を、180°ではなく90°だけ変更することができる。これは、様々な形態をなす電流パルスによって、達成することができる。例えば、電流パルスは、振幅をより小さくしたもの、および/または、持続時間がより短いもの、とすることができる。その場合、読出層(FM3)は、4つの磁化状態の各々が互いに異なる抵抗値を有しているようにして、位置合わせされる。この目的のためには、読出層の磁化方向が4つの状態のすべてに対して平行ではなくかつそれら4つの状態に対して45°でもないような平面内成分を有していることが、必要とされる。
【0054】
「例示」
磁気デバイスの動作を、スピン移送トルクを含有している Landau-Lifzshitz Gilbert 式を使用することによって、シミュレートした。
【0055】
図8は、磁気メモリデバイスに対して印加された電流入力の振幅を示している。この電流入力は、開始時間t=0において開始され、t=30psecにおいて終了する。この電流入力は、図3Aおよび図6Aに示す電流入力の場合と同様に、2つの電流パルスを備えている。
【0056】
16psecにわたって正の電流パルスを磁気メモリデバイスに対して印加することにより、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ の歳差が行われる。この16psecにわたる電流パルスの終了後に、14psecにわたる負の電流パルスが、磁気メモリデバイスに対して印加される。これにより、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ の歳差が停止され、これにより、磁化ベクトルm→ の所望の状態が達成される。磁気メモリデバイスの場合には、歳差は、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ が180°だけ回転した時点で、停止される。
【0057】
図9は、図2Bおよび図5Bに示すx方向およびy方向における自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ の磁気成分m およびm を示している。磁気成分m およびm は、図8に示すような電流入力の印加最中におよび印加後に測定される。図9は、自由磁化層FM2の磁化ベクトルm→ が、図5Aに対応する初期状態から、図5Eに対応する最終状態へと、180°にわたって反転したことを示している。磁気成分(m ,m )は、また、本発明によって示されているように、(−1,0)と(1,0)との間にわたってスイッチングすることができる。
【0058】
「利点」
高速かつ低消費電力である本発明による磁気デバイスは、読出および書込操作に際して、すなわち、論理的操作に際して、少ないエネルギーしか使用しない。励起されていない時には、情報は、大きな損失をもたらすことなく、格納されている。したがって、本発明による磁気デバイスは、メモリセルとして具現された時には、不揮発性メモリとして使用することができる。
【0059】
本発明による磁気デバイスによって提供される不揮発性メモリは、例えばコンピュータや携帯用電子機器内における使用といったような多様な応用において好適である。特に、本発明による高速でありかつ低消費電力であるような磁気デバイスは、様々な利点を提供する。本発明による高速でありかつ低消費電力であるような磁気デバイスは、有利には、フラッシュメモリや、例えば従来の磁気RAM(MRAM)や強誘電性RAM(FRAM(登録商標))といったような他のタイプの不揮発性ランダムアクセスメモリ(RAM)に、匹敵するものである。
【0060】
電流によって誘起されたトルクは、励起された磁気デバイスに対してのみ作用する、つまり、電流が印加された励起された磁気デバイスに対してのみ作用する。したがって、多数の磁気デバイスが、例えば磁気メモリといったなアレイとして構成されている場合には、電流によって誘起されたスピン移送は、アレイ内における他の素子に対しての寄生的相互作用(『クロストーク』)を生成することがない。この状況は、従来技術による磁気メモリとは相違している。従来技術による磁気メモリの場合には、磁気素子の近傍に位置したワイヤに小さな電流を流すことによって生成された磁界を使用することによって磁気的スイッチングが行われる。
【0061】
本発明によって提供されるような、電流によって誘起されたトルクによる磁気的スイッチング方法は、層の磁化方向のスイッチングに際して磁界を使用している現行の従来的方法と比較して、より高速である。本発明における読出操作および書込操作は、サブナノセカンドという時間的スケールで完了することができる。従来技術によるハードドライブは、ミリセカンドという程度のデータアクセス時間を有していることにより、本発明による磁気メモリと比較して、非常に低速である。
【0062】
本発明によって提供されるような、電流によって誘起されたトルクによる磁気的スイッチング方法は、少ない電力しか必要としない。これは、携帯用電子機器で使用するに際して、特に有利である。
【0063】
本発明によって提供されるような、電流によって誘起されたトルクによる磁気的スイッチング方法は、サブミクロンというスケールのデバイスにとっては、理想的である。なぜなら、本発明による磁気デバイスの側面寸法は、およそ200nmよりも小さなものとし得るからである。したがって、本発明によるスケールは、超高密度メモリセルの製造を可能とする。これにより、本発明によって提供される磁気メモリ内に、莫大な量の情報を格納することができる。
【0064】
本発明による高速かつ低消費電力の磁気デバイスの基本的アーキテクチャーは、単純なものである。そのため、読出操作および書込操作は、信頼性の高いものであるとともに、温度変化に対して過敏ではない。従来技術による磁気メモリデバイスとは異なり、本発明においては、スイッチング事象を引き起こすに際して、確率的な(ランダム)プロセスにもまた擾乱磁界にも依存するものではない。
【0065】
本発明の一実施形態においては、各デバイスに対して、複数ビットをなす情報を格納することができる。これにより、磁気メモリ内に、さらに多くの情報を格納することさえ可能である。
【0066】
本発明によって提供されるような、電流によって誘起されたトルクによる磁気的スイッチング方法は、論理的操作に関しても、また、磁気メモリデバイスに関しても、使用することができる。磁化の変更を引き起こすに際し、電流パルスに関して、電流パルスの形状や振幅や持続時間に依存するしきい値が存在することにより、電流パルスを組み合わせることによって、例えばANDゲートといったような論理関数を生成することができる。例えば、2つの電流パルスを組み合わせることにより、それら2つの電流パルスの合計がデバイス内を通過する電流パルスを生成することができる。様々なパルス特性(形状や、振幅や、持続期間)を選択することができ、これにより、例えば、個々のパルスではスイッチングし得ないものの、組合せパルスではスイッチングし得るものとすることができる。これは、AND操作である。NOT操作とAND操作とを組み合わせることにより、
NOT操作は単にデバイスの状態をスイッチングすることを必要とする。NAND機能を形成することができる。NAND機能は、万能のデジタル論理ゲートである(すなわち、すべてのデジタル論理機能を、NANDゲートから構成することができる)。
【0067】
本発明においては、形状および層構成は、様々なものとすることができる。例えば、本発明による磁気デバイスの一実施形態は、書込操作時に自由磁化層FM2を通して正味の電流が流れないようなものとして、構成することができる。これは、図10に図示されている。図10は、本発明の一実施形態を示す図であり、この実施形態は、電流源Aと、電流源Bと、層I2と、を備えている。層I2は、例えば、Alから形成された薄い薄い絶縁層とされる。このデバイスにおいては、層I2は、厚さが0.5〜3nmとされる。これは、量子的な機械的トンネリングによって電子が層を通過し得るに十分な薄さである。
【0068】
図10に示すデバイスにおいては、自由磁化層FM2の磁化方向を変更するために、電流パルスが、電流源Aによって印加される。電流源Aを使用することにより、電流が、FM1から非磁性層N1へと流れ、電子スピン角運動量が、非磁性層N1と自由磁化層FM2との間の境界における電子反射によって、自由磁化層FM2へと移送される。デバイスからの読出は、電流源Bを使用して行われる。電流源Bからの小さな電流が自由磁化層FM2と読出層FM3との間を通過する際に、電圧が測定される。この電圧は、層FM2と層FM3との間の相対的な磁化方向に依存することとなる。これにより、層FM2の磁化方向を決定することができ、これにより、デバイスからの読出を行うことができる。このデバイスは、トンネル接合抵抗値を大きなものとし得る(1Ohm〜100kOhm)ことにより、読出信号が大きいという利点を有している。読出信号は、10mV〜1Vという範囲とすることができる。
【0069】
現時点において好ましいと考えられるような本発明の様々な実施形態に関して上述したけれども、それら実施形態に対して様々な修正を行い得ることは、理解されるであろう。また、本発明の真の精神および範囲内に属するようなそれらすべての修正を特許請求の範囲が包含することが意図されていることは、理解されるであろう。
【符号の説明】
【0070】
FM1 ピン止めされた磁化層
FM2 自由磁化層
FM3 読出磁化層
N1 第1非磁性層
N2 第2非磁性層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁気デバイスであって、
固定磁化方向を有した磁化ベクトルを備えたピン止めされた磁化層と;
変更可能な磁化方向を有した少なくとも1つの磁化ベクトルを備えた自由磁化層と;
前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層とを空間的に分離する第1非磁性層であるとともに、この分離によって、前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層との間の磁気的相互作用を最小化させるような、第1非磁性層と;
固定磁化方向を有した磁化ベクトルを備えた読出磁化層と;
前記自由磁化層と前記読出磁化層とを空間的に分離する第2非磁性層であるとともに、この分離によって、前記自由磁化層と前記読出磁化層との間の磁気的相互作用を最小化させるような、第2非磁性層と;
を具備していることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項2】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記ピン止めされた磁化層の前記磁化方向と前記自由磁化層の前記磁化方向と前記読出磁化層の前記磁化方向との中の少なくとも1つが、これら3つの磁化方向の中の他の少なくとも1つが延在している軸線とは異なる軸線に沿って延在していることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項3】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記ピン止めされた磁化層の前記固定磁化方向が、前記自由磁化層がなす平面に対して垂直なものとされ、
前記自由磁化層の前記変更可能な磁化方向が、前記磁気デバイスの長手方向をなす軸線に対して垂直なものとされていることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項4】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記自由磁化層の前記変更可能な磁化方向と前記読出磁化層の前記磁化方向とが、逆平行な位置関係と、平行な位置関係と、の間にわたってスイッチングされることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項5】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記自由磁化層が、変更可能な磁化方向を有した単一の磁化ベクトルを備えていることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項6】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記自由磁化層の前記磁化ベクトルの前記磁化方向が、1ビットからなる情報を表すことを特徴とする磁気デバイス。
【請求項7】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記磁気デバイスが、柱状形状とされ、
前記ピン止めされた磁化層と前記第1非磁性層と前記自由磁化層と前記第2非磁性層と前記読出磁化層とが、横方向のサイズが200nmよりも小さく、かつ、1nm〜50nmという厚さを有していることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項8】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層と前記読出磁化層とが、Coと、Niと、Feと、CoとNiとからなる合金と、CoとFeとからなる合金と、NiとFeとからなる合金と、CoとNiとFeとからなる合金と、鉄ニッケル合金(Ni1−xFe)と、からなるグループの中から選択された材料から形成されていることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項9】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層と前記読出磁化層とが、
非磁性金属と;
CoとNiとからなる合金と、CoとFeとからなる合金と、NiとFeとからなる合金と、CoとNiとFeとからなる合金と、からなるグループの中から選択された材料と;
から形成され、
前記非磁性金属と前記材料とが、室温において強磁性を示すものとされていることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項10】
請求項9記載の磁気デバイスにおいて、
前記非磁性金属が、Cuと、Pdと、Ptと、からなるグループの中から選択された材料とされていることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項11】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層と前記読出磁化層とが、NiMnSbと、導電性磁性酸化物と、からなるグループの中から選択された材料から形成されていることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項12】
請求項11記載の磁気デバイスにおいて、
前記導電性磁気酸化物が、CrO およびFeのいずれかとされていることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項13】
請求項1記載の磁気デバイスにおいて、
前記非磁性層が、Cuと、Crと、Auと、Agと、Alと、からなるグループの中から選択された少なくとも1つの材料から形成されていることを特徴とする磁気デバイス。
【請求項14】
メモリシステムであって、
メモリセルを具備し、
このメモリセルが、
固定磁化方向を有した磁化ベクトルを備えたピン止めされた磁化層と;
変更可能な磁化方向を有した少なくとも1つの磁化ベクトルを備えた自由磁化層と;
前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層とを空間的に分離する第1非磁性層であるとともに、この分離によって、前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層との間の磁気的相互作用を最小化させるような、第1非磁性層と;
固定磁化方向を有した磁化ベクトルを備えた読出磁化層と;
前記自由磁化層と前記読出磁化層とを空間的に分離する第2非磁性層であるとともに、この分離によって、前記自由磁化層と前記読出磁化層との間の磁気的相互作用を最小化させるような、第2非磁性層と;
を備えたものとされ、
さらに、前記ピン止めされた磁化層と前記読出磁化層との間に接続されていて前記メモリセルを通して電流を流し得るものとされた電流源を具備していることを特徴とするメモリシステム。
【請求項15】
請求項14記載のメモリシステムにおいて、
前記ピン止めされた磁化層の前記磁化方向と前記自由磁化層の前記磁化方向と前記読出磁化層の前記磁化方向との中の少なくとも1つが、これら3つの磁化方向の中の他の少なくとも1つが延在している軸線とは異なる軸線に沿って延在していることを特徴とするメモリシステム。
【請求項16】
請求項14記載のメモリシステムにおいて、
さらに、前記ピン止めされた磁化層と前記読出磁化層との間の抵抗値を測定するための抵抗値測定手段を具備していることを特徴とするメモリシステム。
【請求項17】
請求項16記載のメモリシステムにおいて、
前記抵抗値測定手段が、前記ピン止めされた磁化層と前記読出磁化層とに対して接続された電圧計を備えていることを特徴とするメモリシステム。
【請求項18】
請求項14記載のメモリシステムにおいて、
前記電流が、単一の電流パルスを備えていることを特徴とするメモリシステム。
【請求項19】
請求項14記載のメモリシステムにおいて、
前記電流が、2つの電流パルスを備え、
一方の電流パルスが、負の電流パルスとされ、
他方の電流パルスが、正の電流パルスとされていることを特徴とするメモリシステム。
【請求項20】
請求項14記載のメモリシステムにおいて、
前記電流が、サブナノセカンドという持続時間にわたって印加されることを特徴とするメモリシステム。
【請求項21】
電流によって引き起こされたスピン運動量の移行を使用した磁気的スイッチング方法であって、
磁気デバイスに対して電流を供給し、この場合、前記電流を、2つの電流パルスを備えたものとし、さらに、一方の電流パルスを負の電流パルスとし、なおかつ、他方の電流パルスを、正の電流パルスとし;
前記電流を供給している最中に前記磁気デバイスの磁化ベクトルが180°にわたって回転した時点で、前記電流を停止させる;
という方法において、
前記電流の供給を、サブナノセカンドという持続時間にわたって行うことを特徴とする方法。
【請求項22】
メモリセルの形成方法であって、
固定磁化方向を有した磁化ベクトルを備えたピン止めされた磁化層の上に、第1非磁性層を形成し;
この第1非磁性層の上に、変更可能な磁化方向を有した少なくとも1つの磁化ベクトルを備えた自由磁化層を形成し;
この自由磁化層の上に、第2非磁性層を形成し;
この第2非磁性層の上に、固定磁化方向を有した磁化ベクトルを備えた読出磁化層を形成する;
という方法において、
前記第1および第2非磁性層によって、前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層と前記読出磁化層との間の磁気的相互作用を最小化することを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項23】
請求項22記載のメモリセル形成方法において、
前記ピン止めされた磁化層の前記磁化方向と前記自由磁化層の前記磁化方向と前記読出磁化層の前記磁化方向との中の少なくとも1つを、これら3つの磁化方向の中の他の少なくとも1つが延在している軸線とは異なる軸線に沿って延在するものとすることを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項24】
請求項22記載のメモリセル形成方法において、
さらに、前記ピン止めされた磁化層と前記読出磁化層との間に電流源を接続し、これにより、前記メモリセルを通して電流を流し得るものとすることを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項25】
請求項22記載のメモリセル形成方法において、
さらに、前記ピン止めされた磁化層と前記読出磁化層との間の抵抗値を測定することを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項26】
請求項25記載のメモリセル形成方法において、
前記抵抗値の測定に際しては、前記ピン止めされた磁化層と前記読出磁化層とに対して電圧計を接続することを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項27】
請求項22記載のメモリセル形成方法において、
前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層と前記読出磁化層とを、Coと、Niと、Feと、CoとNiとからなる合金と、CoとFeとからなる合金と、NiとFeとからなる合金と、CoとNiとFeとからなる合金と、鉄ニッケル合金(Ni1−xFe)と、からなるグループの中から選択された材料から形成することを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項28】
請求項22記載のメモリセル形成方法において、
前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層と前記読出磁化層とを、
非磁性金属と;
CoとNiとからなる合金と、CoとFeとからなる合金と、NiとFeとからなる合金と、CoとNiとFeとからなる合金と、からなるグループの中から選択された材料と;
から形成し、
前記非磁性金属と前記材料とを、室温において強磁性を示すものとすることを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項29】
請求項28記載のメモリセル形成方法において、
前記非磁性金属を、Cuと、Pdと、Ptと、からなるグループの中から選択された材料とすることを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項30】
請求項22記載のメモリセル形成方法において、
前記ピン止めされた磁化層と前記自由磁化層と前記読出磁化層とを、NiMnSbと、導電性磁性酸化物と、からなるグループの中から選択された材料から形成することを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項31】
請求項30記載のメモリセル形成方法において、
前記導電性磁気酸化物を、CrO およびFeのいずれかとすることを特徴とするメモリセル形成方法。
【請求項32】
請求項22記載のメモリセル形成方法において、
前記非磁性層を、Cuと、Crと、Auと、Agと、Alと、からなるグループの中から選択された少なくとも1つの材料から形成することを特徴とするメモリセル形成方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図2E】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−142589(P2012−142589A)
【公開日】平成24年7月26日(2012.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−43157(P2012−43157)
【出願日】平成24年2月29日(2012.2.29)
【分割の表示】特願2006−524031(P2006−524031)の分割
【原出願日】平成16年8月18日(2004.8.18)
【出願人】(594032322)ニューヨーク・ユニバーシティ (34)
【氏名又は名称原語表記】New York University
【Fターム(参考)】