説明

トロイダル型無段変速機

【課題】パワーローラの中立位置の判定精度を高めることの可能なトロイダル型無段変速機を提供する。
【解決手段】入力ディスクおよび出力ディスクと、入力ディスクおよび出力ディスクに接触するパワーローラとを有し、パワーローラとディスクとの接触点で傾転力を生じさせて、パワーローラを傾転させるとともに、パワーローラで傾転力が生じない位置を中立位置として判定する学習制御をおこなうトロイダル型無段変速機において、パワーローラの位置を判断する位置判断手段(ステップS1)と、判断されたパワーローラの位置から、パワーローラの傾転角度が変化しないと推定されている動作範囲から求めた距離に基づいて、パワーローラの中立位置を判定する学習制御手段(ステップS6)とを有している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、入力ディスクおよび出力ディスクに接触するパワーローラを有し、そのパワーローラの動作軸線に沿った方向におけるパワーローラの位置を学習することの可能なトロイダル型無段変速機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、車両、運搬機械、産業機械などにおいて、動力源から出力されたトルクの伝達経路に変速機を設け、その変速機の入力回転数と出力回転数との間における変速比を制御する変速機が知られている。この変速機としては、前記変速比を連続的(無段階)に変更可能な無段変速機と、前記変速を不連続に変更可能な有段変速機が知られており、無段変速機の一例が、特許文献1に記載されている。この特許文献1に記載された無段変速機は、トロイダル型無段変速機である。すなわち、特許文献1に記載された無段変速機は、回転軸線を中心として回転可能に、かつ、同軸上に配置された入力ディスクおよび出力ディスクを有している。この入力ディスクおよび出力ディスクには、回転軸線に沿った方向で半径が変化する作動面が形成されており、その入力ディスクと出力ディスクとの間にローラが介在させられている。また、ローラはトラニオンにより軸受を介して回転可能に支持されており、そのトラニオンは、上下のリンクにより支持されて、縦中心軸線の回りに回転可能に構成されている。またトラニオンの下端は油圧アクチュエータのピストンに連結されており、ピストンの下方および上方に形成された油圧室に圧油が給排されることにより、前記トラニオンが前記縦中心線に沿って上下方向に変位されるように構成されている。
【0003】
そして、前記ピストンの上方および下方に形成された油圧室の油圧を制御する変速制御弁が設けられている。また、上下方向におけるトラニオンの位置は変位センサにより検出されるようになっている。さらに、前記変位センサの検出信号が入力される電子式車両運転制御装置が設けられており、その電子式車両運転制御装置から前記変速制御弁を制御する信号が出力される。上記のトロイダル型無段変速機の変速比を変更する場合、前記トラニオンが中立位置に停止している状態から、前記油圧室の油圧を制御して前記トラニオンを縦中心線に沿った方向に動作させると、前記入力ディスクとローラとの接触点で、入力ディスクの周辺側に移動する力(傾転の力)が生じ、その力によりトラニオンおよびローラが一体的に前記縦中心軸線の回りに傾転する。そして、前記トラニオンを中立位置に戻すと、前記ローラおよびトラニオンを傾転させようとする力がなくなり、その傾転角度が略一定に維持される。このようにして、前記入力ディスクおよび出力ディスクに対するローラの接触半径が制御され、トロイダル型無段変速機の変速比が制御される。
【0004】
また、特許文献1に記載されたトロイダル型無段変速機においては、実変速比を目標変速比に近づけるフィードバック制御がおこなわれる。具体的には、目標変速比と実変速比との差を、縦中心線に沿った方向における目標オフセット位置と、実オフセット位置との偏差に置き換えて、その偏差を零に近づけるフィードバック制御がおこなわれる。さらに、特許文献1に記載されたトロイダル型無段変速機においては、トラニオンの位置を検出する変位センサ自身に存在する定常誤差を補正する学習制御がおこなわれる。この学習制御に際しては、目標変速比を暫時ある所定値に固定するとともに、学習制御条件が成立した時点の変速比と、前記目標変速比とのPI制御を含む変速比制御がおこなわれる。そして、実変速比が目標変速比に対して、ある「小さな値」以内に近づいたか否かが判断される。この判断結果は当初はノーであり、やがてイエスに転じる。イエスになると、前記小さな値がトラニオンの定常誤差として求められる。なお、トロイダル型無段変速機の変速制御装置に関する技術は、特許文献2にも記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開2005−54864号公報
【特許文献2】特開平8−296723号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1に記載されているように、目標変速比を暫時所定値に固定する場合、前記傾転角が変化しなくなるローラの位置(これを中立位置とする)で、前記トラニオンを前記縦中心線方向で停止させることとなる。しかしながら、前記トラニオンの回転抵抗があるため、実際には前記ローラが中立位置に位置していなくても、サイドスリップ力に対応する傾転力の方が、前記トラニオンの回転抵抗よりも小さい場合は、事実上、トラニオンおよびローラが傾転しないことになり、トラニオンの定常誤差の学習制御の精度が低下する恐れがあった。
【0007】
この発明は、上記の技術的課題に着目してなされたものであり、入力ディスクおよび出力ディスクの回転軸線と垂直な平面内で、前記回転軸線とパワーローラの中心線とが交差する位置に、前記保持機構の動作線に沿った方向でパワーローラが位置しているものと決定する学習制御をおこなう場合に、理論上におけるパワーローラの中立位置に対して、実際に判定されるパワーローラの中立位置の精度を向上させることの可能なトロイダル型無段変速機を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、回転軸線を中心として回転可能に、かつ、同軸上に配置された入力ディスクおよび出力ディスクと、前記回転軸線と垂直な平面に形成された動作軸線に沿った方向に動作可能に配置された保持機構と、前記動作軸線と直交する中心線を中心として回転可能な状態で前記保持機構に保持され、かつ、前記入力ディスクおよび出力ディスクに接触するパワーローラとを有し、前記保持機構を前記動作軸線に沿った方向で動作させることにより、前記パワーローラとディスクとの接触点で傾転力を生じさせて、前記パワーローラを前記動作軸線を中心として傾転させるとともに、前記回転軸線と前記中心線とが交差していると推定された場合における前記動作軸線に沿った方向での前記パワーローラの位置を、そのパワーローラの中立位置として判定する学習制御をおこなうトロイダル型無段変速機において、前記動作軸線を中心とする前記パワーローラの傾転角度の実変化量が、予め定められた値未満であると判断された場合における前記動作軸線に沿った方向での前記パワーローラの位置を判断する位置判断手段と、この位置判断手段で判断された前記パワーローラの位置から、前記動作軸線に沿った方向で前記パワーローラの傾転角度が変化しないと推定されている前記パワーローラの動作範囲から求めた距離の分、前記動作軸線に沿った方向に移動した位置を、前記パワーローラの中立位置として判定する学習制御手段とを有していることを特徴とするものである。
【0009】
請求項2の発明は、請求項1の構成に加えて、前記学習制御手段は、前記位置判断手段で判断されたパワーローラの位置から、前記動作軸線に沿った方向で前記パワーローラの傾転角度が変化しないと推定されている動作範囲の距離の半分を前記動作軸線に沿った方向に移動した位置を、前記パワーローラの中立位置として判定する手段を含むことを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0010】
請求項1の発明によれば、入力ディスクおよび出力ディスクに対してパワーローラが接触し、入力ディスクと出力ディスクとの間で、パワーローラを介してトラクション伝動により動力伝達がおこなわれる。また、前記パワーローラを保持する保持機構は、前記回転軸線と垂直な平面に沿った方向の動作軸線に沿って動作可能である。さらに、前記パワーローラは、前記動作軸線と直交する中心線を中心として回転可能である。そして、前記保持機構を前記動作軸線に沿った方向に動作させると、前記パワーローラと各ディスクとの接触点で傾転力が生じて、前記パワーローラおよび保持機構が、前記動作軸線を中心として同期して傾転される。また、前記回転軸線と前記中心線とが交差する中立位置に、前記パワーローラが位置している場合は、前記傾転力が低下して前記パワーローラおよび保持機構の傾転角度は変化しない。
【0011】
ところで、前記パワーローラおよび保持機構の傾転がおこなわれない状態を、そのパワーローラの中立位置として判定する学習制御をおこなう場合、前記保持機構には回転抵抗があるため、前記パワーローラが中立位置に位置していなくても、前記傾転力の方が前記保持機構の回転抵抗よりも小さい場合は、前記パワーローラが傾転しなくなる。このように、前記動作軸線に沿った方向で、前記パワーローラが中立位置に位置していなくても、前記パワーローラの傾転力が発生しない動作範囲を不感帯と呼ぶ。その結果、理論上の中立位置に対して、実際に判定される中立位置の判定精度が低下する可能性がある。
【0012】
これに対して、請求項1に係る発明では、まず、前記パワーローラの傾転角度の実変化量が、予め定められた値未満であると判断された場合に、前記動作軸線に沿った方向での前記パワーローラの位置を判断する。一方、前記動作軸線に沿った方向で、前記パワーローラの傾転角度が変化しない動作範囲が予め求められている。そして、前記のようにして判断された前記パワーローラの位置から、前記動作範囲から求めた距離の分、前記動作軸線に沿った方向に移動した位置を、前記パワーローラの中立位置として判定する。このため、実際に判定されるパワーローラの中立位置を、理論上の中立位置に近づけることが可能であり、理論上の中立位置に対して、実際に判定されるパワーローラの中立位置の判定精度が向上する。
【0013】
つぎに、請求項2の発明の効果を説明する。前記動作軸線に沿った方向で前記パワーローラの傾転角度が変化しないと推定されている動作範囲の略中央に、前記パワーローラの理論上の中立位置があると考えられる。一方、前記動作軸線に沿った方向でパワーローラが移動すると、前記パワーローラが前記動作範囲外からその動作範囲に進入した時点で、前記パワーローラの傾転角が変化しなくなる。そこで、請求項2の発明においては、傾転角が変化しなくなったと判断されたパワーローラの位置から、前記動作軸線に沿った方向で前記パワーローラの傾転角度が変化しないと推定されている動作範囲の距離の半分を、前記動作軸線に沿った方向に移動した位置を、前記パワーローラの中立位置として判定することで、理論上の中立位置に対して、判定されるパワーローラの中立位置の判定精度を一層向上できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
つぎに、この発明をより具体的に説明する。この発明で対象とするトロイダル型無段変速機は、入力回転数と出力回転数との比である変速比を、連続的(無段階)に変更可能な無段変速機である。トロイダル型無段変速機は、入力ディスクおよび出力ディスクとを同一軸線上で回転可能に配置するとともに、これらのディスクの間にパワーローラを配置して挟み込み、そのパワーローラを介して各ディスクの間で、トラクション伝動により動力伝達するように構成した無段変速機である。入力ディスクおよび出力ディスクは、いずれも動力源の動力が伝達される経路に配置された動力伝達部材であり、入力ディスクと出力ディスクとが動力の伝達経路に直列に配置される。また、動力源から伝達される動力の伝達方向において、上流側に配置されるディスクが入力ディスクであり、下流側に配置されるディスクが出力ディスクである。さらに、この発明における保持機構は、前記トラニオンを支持する部材であり、フレーム、枠、ブラケットなどの要素を用いることが可能である。前記回転軸線は、水平方向または垂直方向のいずれに沿って設けられていてもよい。
【0015】
さらに、パワーローラは前記入力ディスクおよび出力ディスクに対してトラクションオイルを介在させて接触する中間部材であり、円板形状に構成されている。また、入力ディスクおよび出力ディスクを一対(1組)備えたいわゆるシングルキャビティ型の無段変速機に限らず、入力ディスクおよび出力ディスクを二対(2組)備えたダブルキャビティ型の無段変速機であってもよい。また、この発明で対象とするトロイダル型無段変速機は、パワーローラを挟み付ける挟圧力を発生させる第1アクチュエータ、およびトラニオンを動作軸線に沿った方向に動作(直線運動)させる第2アクチュエータを有している。これらのアクチュエータとしては、油圧シリンダや電動シリンダや空気圧シリンダなどを採用することができる。また、アクチュエータとして、ステッピングモータの回転を、ラックアンドピニオン機構を用いて、直線運動に変換する機構を用いることも可能である。さらに、この発明のトロイダル型無段変速機は、乗用車、トラック、バス、運搬車両、工作機械、産業機械などに用いることができる。
【0016】
図2および図3には、ダブルキャビティ式のハーフトロイダル型無段変速機の一例を模式的に示してある。図2は、入力ディスクおよび出力ディスクの回転軸線に沿った方向における縦断面図であり、前記回転軸線A1は直線であり、かつ、水平に配置されている。また、図3は、前記回転軸線A1と垂直な平面に沿った方向における側面図である。図2および図3に示すトロイダル型無段変速機50は、例えば、車両の駆動力源から車輪に至る動力伝達経路に配置される。ここで、駆動力源は、車輪に伝達される動力を出力する装置であり、動力の発生原理が異なる複数種類の駆動力源、または単数の駆動力源のいずれでもよい。用いることの可能な駆動力源としては、内燃機関(エンジン)、電動機、モータ・ジェネレータ、油圧モータ、フライホイールシステムなどが挙げられる。このトロイダル型無段変速機50は、トロイダル面を対向させた入力ディスク1と出力ディスク2とが、二対、同一の回転軸線A1上に配置されている。
【0017】
これらの図2,図3に示す例では、回転軸線A1に沿った方向、言い換えれば、回転軸線A1と平行な方向で所定間隔をおいて2個の入力ディスク1が配置されている。前記入力ディスク1には、前記回転軸線A1を中心とする全周に亘ってトロイダル面1Aが形成されている。さらに、前記出力ディスク2には、前記回転軸線A1を中心とする全周に亘ってトロイダル面2Aが形成されている。図4は、前記回転軸線A1に沿った方向における平面図であり、この図4の平面内において、前記トロイダル面1A,2Aは、いずれも前記回転軸線A1から外れた位置に配置された曲率中心(図示せず)を基準とする円弧形状を有している。また、前記回転軸線A1に沿った方向で、前記入力ディスク1同士の間に出力ディスク2が、いわゆる背合わせに配置されている。さらに、前記回転軸線A1に沿った方向で、前記出力ディスク2同士の間に、トロイダル型無段変速機50の出力部材としての出力ギヤ3が配置されている。このトロイダル型無段変速機50においては、入力ディスク1と出力ディスク2との間の変速比が無段階に制御される。
【0018】
各ディスク1,2および出力ギヤ3の中心部を入力軸4が貫通しており、各入力ディスク1はこの入力軸4と一体となって回転し、かつ回転軸線A1に沿った方向に移動できるように取り付けられている。これに対して出力ディスク2および出力ギヤ3は、前記入力軸4に対して回転自在に嵌合しており、かつ各出力ディスク2と出力ギヤ3とは一体となって回転するように連結されている。前記入力軸4の一方の端部(図2の左側の端部)には、入力ディスク1を抜け止めするためのロック部材としてのロックナット5が取り付けられている。これとは反対側の端部(図2での右側の端部)には、油圧シリンダ6が取り付けられている。この油圧シリンダ6は、各対の入力ディスク1と出力ディスク2とを互いに接近させる方向に押圧する挟圧力を生じさせるためのアクチュエータである。この油圧シリンダ6はシリンダ7を有しており、そのシリンダ7が入力軸4に固定されるとともに、そのシリンダ7の内部に、前記回転軸線A1に沿った方向に移動可能に収容したピストン8が、前記入力ディスク1の背面に接触させられている。したがって、そのシリンダ7とピストン8との間に油圧を供給することにより、前記ピストン8が図2で左側に向けて押圧されて、図2で右側に配置されている入力ディスク1を、図2で左側に配置されている入力ディスク1に向けて押圧する。なお、挟圧力を発生させるアクチュエータは、油圧シリンダ6に替えて、トルクを前記回転軸線A1に沿った方向の推力に変化させるカム機構や、ネジ機構などの他の機構によって構成してもよい。
【0019】
各対の入力ディスク1と出力ディスク2との間にそれぞれ複数のパワーローラ9が挟み込まれている。これらのパワーローラ9は、入力ディスク1と出力ディスク2との間でのトルクの伝達を媒介するいわゆる伝動部材であって、ほぼ円板形状をなし、入力ディスク1と出力ディスク2との間に、各ディスク1,2の円周方向に等間隔に配置されている。各パワーローラ9は、各ディスク1,2の回転に伴って自転し、また各ディスク1,2の間で傾く(傾転する)ように、それぞれトラニオン10によって保持されている。ここで、傾転および傾転角について、図2および図3および図4を参照して説明する。
【0020】
前記パワーローラ9は、前記トラニオン10によって回転可能に支持されており、そのトラニオン10は動作軸線B1を中心として、所定角度の範囲内で回転可能(傾転可能)に構成されている。前記パワーローラ9の傾転する中心も、動作軸線B1である。この動作軸線B1は、この実施例では垂直に配置されている。動作軸線B1は直線であり、回転軸線A1と垂直な平面上にある。前記動作軸線B1が、図4では便宜上、点B1として描かれている。そして、前記パワーローラ9と、前記入力ディスク1のトロイダル面1Aとが接触点S1で接触し、前記パワーローラ9と、出力ディスク2のトロイダル面2Aとが接触点S2で接触する。まず、図4に示された平面D1は、前記回転軸線A1と垂直な平面であり、この平面D1は、前記回転軸線A1に沿った方向で、前記入力ディスク1と出力ディスク2との中間に配置されていると仮定した鉛直方向の平面である。さらに、図4に示す平面において、1個のパワーローラ9が回転(自転)する基準となる中心線C1と、前記平面D1とのなす鋭角側の角度が「傾転角」であり、その傾転角が変化することを「傾転する」と記す。さらに、トロイダル型無段変速機50は、ハーフトロイダル型の無段変速機であり、図4の平面内において、前記動作軸線B1は、前記接触点S1と接触点S2とを結ぶ線分(図示せず)から外れた位置にある。
【0021】
このようなトラニオン10およびパワーローラ9の支持構造を、具体的に説明する。各トラニオン10は、パワーローラ9を自転かつ傾転自在に保持するためのものであって、中心側を向く面を平坦面とした保持部11の上下両側にトラニオン軸12が延びて形成されている。図3での上側のトラニオン軸12が軸受を介してアッパーヨーク(アッパーリンク)13に嵌合させられ、また図3での下側のトラニオン軸12が軸受を介してロアーヨーク(ロアーリンク)14に嵌合させられている。また、アッパーヨーク13は、前記回転軸線A1と平行な軸線(図示せず)を中心として揺動可能に構成され、ロアーヨーク14は、前記回転軸線A1と平行な軸線(図示せず)を中心として揺動可能に構成されている。各パワーローラ9は、各トラニオン10における前記保持部11に取り付けたピボットシャフト15によって、前記中心線C1を中心として回転(自転)可能に保持されている。また各パワーローラ9とそれぞれのトラニオン10との間にはスラスト軸受16が介装されている。なお、図3においては、便宜上、右側に示されたトラニオン10、および左側に示されたトラニオン10を支持するアッパーヨーク13およびロアーヨーク14が、左右に分離して示されているが、実際には一体成形されたアッパーヨーク13、および一体成形されたロアーヨーク14により、左右のトラニオン10が共に支持されている。
【0022】
各トラニオン10における図3での下側のトラニオン軸12は、直線的な上下動作を行うアクチュエータに連結されている。そのアクチュエータは、流体圧シリンダや、トルクを推力に変化させて出力する電動シリンダなどによって構成されており、図2および図3に示す例では、油圧シリンダ17が採用されている。具体的には、前記トラニオン軸12は、各パワーローラ9に対応して設けた油圧シリンダ17のピストン18に連結されている。これらの油圧シリンダ17は、一方のパワーローラ9を図3での上側に移動させると同時に、他方のパワーローラ9を図3での下側に移動させるように構成されている。この図3は、前記入力ディスク1を出力ディスク2側から見た図であり、この図3では、前記入力ディスク1が反時計方向に回転することを前提として説明をおこなう。
【0023】
まず、図3で右側に示された油圧シリンダ17においては、ピストン18より上側の油圧室が、トロイダル型無段変速機50の変速比を小さくする変速(アップシフト)をおこなうためのハイ油室17Hである。これとは反対の下側の油圧室が、トロイダル型無段変速機50の変速比を大きくする変速(ダウンシフト)をおこなうためのロー油室17Lとなっている。また、図3での左側に示された油圧シリンダ17においては、ピストン18より上側の油圧室が、トロイダル型無段変速機50の変速比を大きくする変速をおこなうためのロー油室17Lであり、これとは反対の下側の油圧室が、トロイダル型無段変速機50の変速比を小さくする変速をおこなうためのハイ油室17Hとなっている。そして、ハイ油室17H同士、およびロー油室17L同士が互いに連通されている。
【0024】
ここで、前記ピストン18の構成を具体的に説明すると、前記ピストン18は円板形状の外向きフランジ部を有しており、その外向きフランジ部により、前記ハイ油室17Hと前記ロー油室17Lとが区画されている。そして、外向きフランジ部には、前記ロー油室17Lの油圧が加わる受圧面18Aと、前記ハイ油室17Hの油圧が加わる受圧面18Bとが設けられている。また、前記パワーローラ9を動作軸線B1に沿った方向に動作させる制御は、前記トロイダル型無段変速機50の変速比を制御するためにおこなわれる。前記油圧シリンダ17などのアクチュエータを動作させる機構として、図2および図3に示す例では、デューティ比が制御される電磁弁19によって構成されている。この電磁弁19は、圧油の流量を制御する流量制御弁である。なお、この種の制御弁は、前述したハイ油室17Hに対する油圧の給排を制御する弁とロー油室17Lに対する油圧の給排を制御する弁との二本を設けてもよく、あるいは一本の制御弁で各油室17H,17Lに対する油圧の給排を同時に制御するように構成してもよい。
【0025】
図2および図3に示す電磁弁19は、前記ハイ油室17Hに連通するハイ側ポート21と、前記ロー油室17Lに連通するロー側ポート20と、ライン圧が入力される入力ポート22と、二つのドレーンポート23,24と、ソレノイド25と、このソレノイド25の反対側に配置されたスプリング26と、このスプリング26の押圧力によって軸線方向に移動させられて、前記ポートの連通状態を切り替えるスプール27とを有している。そして、そのスプール27は、入力ポート22および各ドレーンポート23,24をハイ側ポート21およびロー側ポート20のいずれに対しても閉じた状態、入力ポート22をハイ側ポート21に連通させると同時にロー側ポート20をドレーンポート24に連通させたアップシフト状態、これとは反対にロー側ポート20を入力ポート22に連通させると同時にハイ側ポート21をドレーンポート23に連通させたダウンシフト状態とに切り替えるように構成されている。
【0026】
したがって、電磁弁19によってハイ油室17Hおよびロー油室17Lに圧油を適宜に給排することにより、これらの油室17H,17Lに差圧が生じ、その差圧に応じた推力が油圧シリンダ17からトラニオン10に作用する。具体的には、その差圧とピストン18の受圧面積との積が推力となる。そして、受圧面18Aの面積に、ロー油室17Lの油圧を乗算した値に対応して、前記動作軸線B1に沿った方向の推力が発生する。具体的には、図3で右側に示されたトラニオン10を上側に向けて動作させる推力が発生し、図3で左側に示されたトラニオン10を下側に向けて動作させる推力が発生する。また、受圧面18Bの面積に、ハイ油室17Hの油圧を乗算した値に対応して、前記動作軸線B1に沿った方向の推力が発生する。具体的には、図3で右側に示されたトラニオン10を下側に向けて動作させる推力が発生し、図3で左側に示されたトラニオン10を上側に向けて動作させる推力が発生する。
【0027】
つぎに、前記パワーローラ9が中立位置に停止している状態から、そのパワーローラ9を、前記動作軸線B1に沿った方向に動作させる機構について説明する。このパワーローラ9の変位は、前記トラニオン10が動作軸線B1に沿った方向に動作することで達成される。つぎに、前記中立位置について、図5を参照しながら説明する。この図5は、前記平面D1に沿った方向における側面図であり、便宜上、図3に示された右側のトラニオン10、およびこのトラニオン10に支持されたパワーローラ9を示してある。また、この図5において、図3と同じ構成部分については、図3と同じ符号を付してある。さらに図5では、便宜上、前記中心線C1が前記平面D1に沿って位置している場合が示されている。さらに図5には、前記パワーローラ9と前記入力ディスク1のトロイダル面1Aとの接触点S1が示されている。そして、図5に示すように、前記回転軸線A1と垂直な平面内において、前記回転軸線A1と前記中心線C1とが交差するパワーローラ9の位置が、「パワーローラ9の中立位置」である。このように、パワーローラ9が中立位置に位置している場合、前記回転軸線A1と垂直な平面内において、前記接触点S1,S2は、前記回転軸線A1に沿った平面(図示せず)上に位置する。
【0028】
上記の電磁弁19を使用した変速制御を電気的に実行するように構成されている。すなわち、前記動作軸線B1に沿った方向で、各パワーローラ9の位置を、前記トラニオン10の位置もしくはストローク量(変位量)から間接的に検出するストロークセンサ28が設けられている。このストロークセンサ28は一例として、一方のトラニオン10のトラニオン軸12に取り付けられており、その動作軸線B1に沿った方向におけるトラニオン10の変位量を電気的に検出して検出信号として出力するように構成されている。ストロークセンサ28としては、例えば、渦電流変位センサ、静電容量型近接センサなどを用いることが可能である。さらに、いずれかの入力ディスク1の回転数を検出して電気的な信号を出力する入力回転数センサ30と、いずれかの出力ディスク2の回転数を検出して電気的な信号を出力する出力回転数センサ31とが設けられている。したがって、これらの回転数センサ30,31で検出された各回転数に基づいて、実際の変速比を求めることができる。また、特には図示しないが、上記のロー油室17Lの油圧およびハイ油室17Hの油圧を検出する油圧センサが設けられている。
【0029】
さらに、前記パワーローラ9の傾転角および傾転角の変化を検出する傾転角検知センサ33が設けられている。この傾転角検知センサ33は、例えば、トラニオン10の回転角度に基づいた検出信号を発生するものであり、例えば、磁気抵抗式非接触ポテンショメータ、ホール素子型磁気式センサなどを用いることができる。これらのストロークセンサ28および入力回転数センサ30および出力回転数センサ31および傾転角検知センサ33は、前記トロイダル型無段変速機50の変速比や、入力ディスク1および出力ディスク2に加える挟圧力を制御する電子制御装置(ECU)32に電気的に接続されている。この電子制御装置32は、マイクロコンピュータを主体として構成されたものであって、入力された信号および予め記憶しているデータならびにプログラムに従って各種の演算を行い、その演算結果に基づいて制御指令信号を出力するように構成されている。上記のトロイダル型無段変速機50は、車両に搭載することができ、その場合、この電子制御装置32には、上記のストロークセンサ28および入力回転数センサ30および出力回転数センサ31および傾転角検知センサ33からの信号が入力されるとともに、アクセル開度や車速、エンジン回転数などの各種の検出信号が電子制御装置32に入力される。
【0030】
上記のトロイダル型無段変速機50におけるトルクの伝達原理、およびトロイダル型無段変速機50における変速比(つまり、入力回転数NINと出力回転数NOUTとの比)の制御について説明する。エンジンなどの動力源から入力ディスク1にトルクが入力されると、その入力ディスク1にトラクションオイルを介して接触しているパワーローラ9にトルクが伝達され、さらにそのパワーローラ9から出力ディスク2にトラクションオイルを介してトルクが伝達される。その場合、トラクションオイルは加圧されることによりガラス転移し、それに伴う大きい剪断力によってトルクを伝達するので、各ディスク1,2は入力トルクに応じた圧力がパワーローラ9との間に生じるように押圧される。また、パワーローラ9の周速と各ディスク1,2のトルク伝達点(パワーローラ9がトラクションオイルを介して接触している接触点S1,S2)の周速とが実質的に同じであるから、パワーローラ9が傾転して、このパワーローラ9と入力ディスク1との間の接触点S1の半径と、出力ディスク2とパワーローラ9との間の接触点S2の半径とに応じて、各ディスク1,2の回転数(回転速度)が異なり、その回転数(回転速度)の比率が変速比となる。
【0031】
このようにして、トロイダル型無段変速機50の変速比を制御するパワーローラ9の傾転は、パワーローラ9を図2および図3で上下方向に移動させることにより生じる。前述のように、前記パワーローラ9が中立位置に位置している場合は、前記サイドスリップ力が生じないため、前記トロイダル型無段変速機50の変速比が略一定に維持される。これに対して、前記トロイダル型無段変速機50の変速比を変更する場合、例えば、トロイダル型無段変速機50の変速比を大きくするアップシフトを実行する場合は、前記パワーローラ9が前記中立位置に位置している状態から、前記電磁弁19を制御して油圧シリンダ17のハイ油室17Hにライン圧を供給すると、各油室17H,17Lの圧力差に基づく推力で、図3で左側に示されたパワーローラ9が、前記動作軸線B1に沿って上側に移動する一方、図3で右側に示されたパワーローラ9が、前記動作軸線B1に沿って下側に移動する。
【0032】
その結果、前記パワーローラ9にはこれを傾転させる力(サイドスリップ力)が、ディスク1,2とパワーローラ9との接触点S1,S2で生じ、図4において、前記各パワーローラ9が、前記動作軸線B1を中心として時計方向に傾転する。前記動作軸線B1に沿った方向で前記パワーローラ9の変位量を制御する場合、フィードバック制御を実行可能である。具体的には、実際の傾転角と目標とする傾転角との偏差を求め、その偏差を小さくするように実際の傾転角が制御される。そして、前記パワーローラ9の実傾転角と目標傾転角とが一致すると、前記トラニオン10が動作軸線B1方向で、前記アップシフト制御の開始前とは逆に動作されて、前記パワーローラ9が中立位置に復帰させられ、そのパワーローラ9の傾転が止まる。その結果、トロイダル型無段変速機50で目標とする変速比に維持される。
【0033】
上記の電子制御装置32は、車速およびスロットル開度などのパラメータに基づいて、車両における要求駆動力およびトロイダル型無段変速機50の目標変速比を求めるとともに、その目標変速比に基づいて、前記パワーローラ9の目標傾転角を求める。さらに、その目標傾転角と、パワーローラ9の実傾転角とを比較し、パワーローラ9の実傾転角を目標傾転角に近づけるように、電磁弁19に指令信号を出力する。その目標傾転角は、前記トラニオン10および前記パワーローラ9を、前記動作軸線B1に沿った方向にストロークさせることにより達成できる。したがって、前記パワーローラ9が中立位置に位置している場合に相当する前記トラニオン10のストローク位置からの、前記トラニオン10の移動量(オフセット量)を前記ストロークセンサ28によって検出し、その検出したオフセット量とストローク指令量との偏差を制御偏差として電磁弁19に対する指令信号(例えばデューティ比)がフィードバック制御される。さらに、前記アップシフト制御の開始後、目標傾転角と実傾転角とが一致した場合は、図3で右側に示された前記パワーローラ9を動作軸線B1に沿って下側に向けて動作させ、かつ、図3で左側に示された前記パワーローラ9を動作軸線B1に沿って上側に向けて動作させ、両方のパワーローラ9を中立位置に復帰されると、前記サイドスリップ力が生じなくなり、前記トロイダル型無段変速機50の変速比が略一定に維持される。
【0034】
一方、前記パワーローラ9が中立位置に位置している場合に、トロイダル型無段変速機50でダウンシフトをおこなう場合は、前記油圧シリンダ17のロー油室17Lにライン圧を供給すると、各油室17H,17Lの圧力差に基づく推力で、図3で左側に示されたパワーローラ9が、前記動作軸線B1に沿って下側に移動する一方、図3で右側に示されたパワーローラ9が、前記動作軸線B1に沿って上側に移動する。その結果、前記パワーローラ9にはこれを傾転させる力(サイドスリップ力)が、ディスク1,2とパワーローラ9との接触点S1,S2で生じ、図4において、前記各パワーローラ9が前記動作軸線B1を中心として反時計回りに傾転する。このダウンシフトの場合も、前記アップシフトの場合と同様にフィードバック制御がおこなわれる。さらに、前記ダウンシフト制御の開始後、目標傾転角と実傾転角とが一致した場合は、図3で右側に示された前記パワーローラ9を動作軸線B1に沿って上側に向けて動作させ、かつ、図3で左側に示された前記パワーローラ9を動作軸線B1に沿って下側に向けて動作させ、両方のパワーローラ9が中立位置に復帰されると、前記サイドスリップ力が生じなくなり、前記トロイダル型無段変速機50の変速比が略一定に維持される。
【0035】
このように、前記パワーローラ9が中立位置に位置していることを前提として、前記トロイダル型無段変速機50の変速比の制御がおこなわれる構成となっている。一方、前記トロイダル型無段変速機50においては、パワーローラ9を自転可能かつ傾転可能に支持するとともに、前記動作軸線B1に沿った方向に動作させるために、各種の部品を組み立てて構成されているため、これらの部品の組み立て誤差、これらの部品の加工誤差などにより、前記パワーローラ9でサイドスリップ力が発生しない状態に相当するトラニオン10のストローク位置、つまり、トラニオン10の中立位置が、個々のトロイダル型無段変速機50毎に異なる可能性がある。また、1基のトロイダル型無段変速機50であっても、各種の部品の経時的な摩耗や変形により、前記トラニオン10の中立位置が変化する可能性がある。このように、前記トラニオン10の中立位置が、個々のトロイダル型無段変速機50毎に異なる場合や、各種の部品の経時的な摩耗や変形により、前記トラニオン10の中立位置が変化する可能性があるにもかかわらず、前記トラニオン10の中立位置が固定されたものとして、前記トロイダル型無段変速機50の変速比を制御すると、トロイダル型無段変速機50の変速比の制御精度が低下したり、トロイダル型無段変速機50の変速比の制御応答性が低下したりする可能性がある。
【0036】
そこで、前記パワーローラ9で傾転がおこなわれないことが検出した場合に相当する前記トラニオン10のストローク位置を中立位置として学習すれば、上記のように、個々のトロイダル型無段変速機50毎に異なる場合や、各種の部品の経時的な摩耗や変形に合わせて、前記トラニオン10の中立位置を補正することが可能である。しかしながら、前記パワーローラ9が傾転しない状態は、理論的には、前記パワーローラ9の中心線C1が前記回転軸線A1と交差する状態であるが、実際には、前記パワーローラ9の中心線C1が前記回転軸線A1と交差していない場合でも、前記パワーローラ9が傾転しない可能性がある。つまり、図3および図5において、前記中心線C1と回転軸線A1とが交差する位置に相当するトラニオン10の中立位置を基準として、前記動作軸線B1に沿った方向で上方または下方に微少量トラニオン10が動作した位置では、前記パワーローラ9でサイドスリップ力が発生するものの、前記トラニオン10の回転抵抗の方が傾転力よりも大きい場合は、事実上、前記パワーローラ9の傾転はおこなわれない。すると、前記中心線C1と回転軸線A1とが交差していないにも拘わらず、前記中心線C1と回転軸線A1とが交差しているものとして、前記トラニオン10の中立位置が学習されてしまう可能性がある。つまり、理論上におけるパワーローラ9およびトラニオン10の中立位置に対して、実際のパワーローラ9およびトラニオン10の中立位置の判定制度が低下する可能性があった。
【0037】
この実施例では、理論上におけるパワーローラ9およびトラニオン10の中立位置に対して、実際のパワーローラ9およびトラニオン10の中立位置の判定制度を向上させるために、図1に示すフローチャートを実行する。なお、この実施例では、パワーローラ9の中立位置を、前記トラニオン10のストローク位置から間接的に判定している。まず、前記パワーローラ9の傾転角の変化状態が、定常状態にあるか否かが判断される(ステップS1)。ここで、定常状態とは、前記動作軸線B1に沿った方向で、前記パワーローラ9の実際の位置が、前記パワーローラ9の傾転がおこなわれない不感帯の範囲内にあることを意味する。このステップS1では、前記パワーローラ9の傾転角度の変化率dphiの絶対値が、所定値TEIZYOUPHI未満であることの判断が成立し、かつ、その判断が成立したまま所定時間が経過した時に、「定常状態にある」と判断している。
【0038】
この実施例では、前記トロイダル型無段変速機50の変速比が小さくなる方向に、前記パワーローラ9の傾転角度が変化する場合に、その傾転角度の変化率dphiを「正の変化率」として処理している。これに対して、前記トロイダル型無段変速機50の変速比が大きくなる方向に、前記パワーローラ9の傾転角度が変化する場合は、その傾転角度の変化率dphiを「負の変化率」として処理している。そして、ステップS1では、前記パワーローラ9の傾転角度の変化率が「正」または「負」のいずれである場合でも、その絶対値と所定値TEIZYOUPHIとが比較される。さらに、この実施例において、前記所定値TEIZYOUPHIおよび前記所定時間は、前記パワーローラ9の傾転角の変化に影響を及ぼすと考えられるパラメータに基づいて決定される。例えば、前記トロイダル型無段変速機50の入力回転数および入力トルクおよびパワーローラ9の傾転角度および油温などのパラメータに基づいて、前記所定値TEIZYOUPHIおよび前記所定時間が決定されて、予め電子制御装置32に記憶されている。なお、油温とは、前記パワーローラ9とディスクとの接触面に供給されるトラクションオイルの温度、または油圧シリンダ17に供給される圧油の温度、またはパワーローラ9の軸受の潤滑に供給される潤滑油の温度である。
【0039】
具体的には、入力回転数が高いほど、所定値を大きくするかまたは小さくすることが可能である。また、入力トルクが高いほど、所定値を大きくするかまたは小さくすることが可能である。また、傾転角度が大きいほど、所定値を大きくするかまたは小さくすることが可能である。さらに、油温が高いほど、所定値を大きくするかまたは小さくすることが可能である。また、入力回転数が高いほど、所時間を長くするかまたは短くすることが可能である。また、入力トルクが高いほど、所定時間を短くするか長くすることが可能である。また、傾転角度が大きいほど、所定時間を長くするかまたは短くすることが可能である。さらに、油温が高いほど、所定時間を長くするかまたは短くすることが可能である。これら、ステップS1の処理で用いる所定値および所定時間は、パラメータに対応させて予めマップ化したものを電子制御装置32に記憶しておいてもよいし、算出式を用いてリアルタイムで演算処理するように構成してもよい。
【0040】
そして、前記ステップS1で肯定的に判断された場合は、前記定常状態と判断されたことを示すフラグが立てられ、かつ、そのフラグが立てられた時点からの経過時間を示す「定常カウンタ」の測定が開始される(ステップS2)。このステップS2についで、「定常本判定中」であるか否か、言い換えれば、定常本判定フラグXTEIZYOUPHIがONされているか否かが判断される(ステップS3)。ここで、「定常本判定中」とは、前記定常状態と判断されたことを示すフラグが立てられてから、さらに、所定時間TEIZYOUTIMEが経過していることを意味する。この所定時間TEIZYOUTIMEは、前記パワーローラ9が瞬間的に定常状態になった場合と、継続してパワーローラ9が定常状態になっている場合とを区別するための時間であり、この所定時間TEIZYOUTIMEは前記電子制御装置32に記憶されている。ステップS3で否定的に判断された場合は、前記定常状態と判断されたことを示すフラグが立てられてから、所定時間TEIZYOUTIMEが経過したか否かが判断される(ステップS4)。このステップS4で否定的に判断された場合は、この制御ルーチンを終了する。これに対して、ステップS4で肯定的に判断された場合は、定常本判定フラグXTEIZYOUPHIがONされ(ステップS5)、ステップS6に進む。
【0041】
このステップS6では、前記パワーローラ9の実際の中立位置を学習する制御がおこなわれる。より具体的には、パワーローラ9の実際の中立位置の位置を、前記トラニオン10のストローク位置から間接的に判定し、かつ、学習する。まず、前記定常本判定中である場合に、その時点におけるトラニオン10のストローク位置を求める。また、前記理論上の中立位置を境界として、前記パワーローラ9で傾転が生じないと判断される範囲(不感帯)が存在するので、その不感帯に相当するストローク量の半分を、前記トラニオン10の現在ストローク位置に加算または減算する処理がおこなわれて、前記トラニオン10の中立位置を求める。さらに具体的に説明すると、前記ステップS1で判断されたパワーローラ9の実傾転角度の変化率dphiが正(零よりも大)である場合は、前記トラニオン10の現在ストローク位置から、不感帯に相当するストローク量の半分(ヒス量)を減算して、前記トラニオン10の中立位置を求める処理がおこなわれる。これに対して、前記ステップS1で判断されたパワーローラ9の実傾転角度の変化率dphiが、零以下(負を含む)である場合は、前記トラニオン10の現在ストローク位置に、不感帯に相当するストローク量の半分(ヒス量)を加算して、前記トラニオン10の中立位置を求める処理がおこなわれる。なお、ステップS6で用いる不感帯の範囲は、前記トロイダル型無段変速機50の入力回転数および入力トルクおよびパワーローラ9の傾転角度および油温などのパラメータに基づいて、予め決定され、前記電子制御装置32にマップ化されて記憶されている。さらに、算出式を用いてリアルタイムで演算することも可能である。例えば、入力回転数が高いほど、不感帯を広くするかまたは狭くすることが可能である。また、入力トルクが高いほど、不感帯を広くするかまたは狭くすることが可能である。また、傾転角度が大きいほど、不感帯を広くするかまたは狭くすることが可能である。さらに、油温が高いほど、不感帯を広くするかまたは狭くすることが可能である。
【0042】
このステップS6の処理の技術的意義を図5を参照して説明する。前述のように、前記動作軸線B1に沿った方向で、理論上の中立位置を境界として、その両側に亘って不感帯F1が存在する。これは、理論上の中立位置を境界として、パワーローラ9が上方および下方のいずれにも動作されるからである。そして、パワーローラ9が理論上の中立位置から上方に微少量動作された場合において、パワーローラ9の傾転が生じない範囲と、パワーローラ9が理論上の中立位置から下方に微少量動作された場合において、パワーローラ9の傾転が生じない範囲とが略同じであるとすれば、不感帯F1の中央に前記接触点S1が位置する状態が、前記パワーローラ9の理論上の中立位置であると考えられる。一方、前記のようなアップシフト、またはダウンシフトをおこなった後に、前記接触点S1が、前記不感帯F1の範囲外から、端部60または端部61に到達した時点で、前記のようにパワーローラ9の傾転が生じなくなり、ステップS3,S4,S5を経由してステップS6に進むと考えられる。そこで、このステップS6においては、前記動作軸線B1に沿った方向で前記不感帯F1の中央62から、不感帯F1の端部60までの距離L1、または不感帯F1の中央62から端部61までの距離L2を求めている。つまり、不感帯F1全体の半分を、現在のトラニオン10のストローク位置に加算または減算して、トラニオン10の中立位置として学習する処理をおこなっている。現在のトラニオン10のストローク位置に距離を加算する場合、学習されるトラニオン10のストローク位置は、現在のトラニオン10のストローク位置よりも上方となる。これに対して、現在のトラニオン10のストローク位置から距離を減算する場合、学習されるトラニオン10のストローク位置は、現在のトラニオン10のストローク位置よりも下方となる。
【0043】
上記のようにして、ステップS6で学習制御がおこなわれた後、学習制御が完了したことを示すフラグ「GAKUSYUEND=1」が立てられ(ステップS7)、この制御ルーチンを終了する。一方、前記ステップS3で肯定的に判断された場合は、学習制御が完了したことを示すフラグ「GAKUSYUEND=1」が立てられているか否かが判断される(ステップS8)。このステップS8で否定的に判断された場合は、ステップS6に進み、ステップS8で肯定的に判断された場合は、この制御ルーチンを終了する。さらに、前記ステップS1で否定的に判断された場合は、定常本判定フラグXTEIZYOUPHIがオフされる(ステップS9)。このステップS9についで、ステップS2で開始された「定常カウンタ」がリセットされる(ステップS10)。このステップS10についで、学習制御の完了を示すフラグがリセット「GAKUSYUEND=0」され(ステップS11)、この制御ルーチンを終了する。
【0044】
つぎに、図1に示された制御に対応するタイムチャートの一例を、図6に基づいて説明する。まず、時刻t1以前においては、トラニオン10の実傾転角度の変化率が大きいために、前記ステップS1で説明した定常状態になっていない。このため、時刻t1以前においては、定常カウンタはリセットされており、定常本判定フラグXTEIZYOUPHIはオフされており、学習完了を示すフラグはリセット「GAKUSYUEND=0」されている。さらに、トラニオン10の実ストローク位置は略一定であり、学習される中立位置も、略同じ位置にある。その後、時刻t1になると、トラニオン10の実傾転角度の変化率が「定常状態」と判定され、かつ、定常カウンタがカウントアップされている。この時刻t1以降、パワーローラ9の実傾転角度が略一定となっている。そして、時刻t2で「定常本判定中」が成立し、かつ、「定常本判定フラグXTEIZYOUPHI」がONされるとともに、学習される中立位置も変化する。その時刻t2の直後の時刻t3で中立位置の学習が完了している。さらに、時刻t4で定常本判定フラグXTEIZYOUPHIがオフされるとともに、定常カウンタがリセットされ、かつ、学習完了を示すフラグは「GAKUSYUEND=0」となる。
【0045】
さらに、この実施例の制御をおこなった場合と、比較例の制御をおこなった場合とを比較するタイムチャートの一例を、図7に示す。ここで、比較例とは、定常判定が成立した時点のトラニオンのストローク位置を中立位置として学習する制御である。比較例の制御により中立位置を学習し、かつ、実傾転角度を目標傾転角度に近づけるフィードバック制御をおこなった場合と、実施例の制御により中立位置を学習し、かつ、実傾転角度を目標傾転角度に近づけるフィードバック制御ををおこなった場合とを比べると、実傾転角度と目標傾転角との偏差は、実施例の方が比較例よりも小さくなることが分かる。なお、上記実施例では、主として図3の右側に示されたトラニオン10およびパワーローラ9について説明したが、図3の左側に示されたトラニオン10およびパワーローラ9についても、同様の原理でパワーローラ9の中立位置を学習可能である。なお、この実施例において、前記動作軸線B1は垂直方向以外の方向、例えば、水平方向に配置されていてもよい。この場合、前記トラニオン10およびパワーローラ9は、水平方向に往復動可能である。この場合、前記不感帯も水平方向の範囲であり、トラニオン10およびパワーローラ9の中立位置も、水平方向の位置で表される。
【0046】
ここで、実施例で説明した構成と、この発明の構成との対応関係を説明すると、回転軸線A1が、この発明の回転軸線に相当し、入力ディスク1が、この発明における入力ディスクに相当し、出力ディスク2が、この発明の出力ディスクに相当し、平面D1が、この発明における「回転軸線と垂直な平面」に相当し、中心線C1が、この発明の中心線に相当し、パワーローラ9が、この発明のパワーローラに相当し、動作軸線B1が、この発明の動作軸線に相当し、トラニオン10が、この発明の保持機構に相当し、接触点S1,S2が、この発明の接触点に相当し、所定値TEIZYOUPHIが、この発明における「予め定められた値」に相当し、前記不感帯F1が、この発明における「パワーローラの傾転角度が変化しないと推定されているパワーローラの動作範囲」に相当する。また、ステップS1,S2,S3,S4,S5,S6が、この発明における位置判断手段に相当し、ステップS6が、この発明の学習制御手段に相当する。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】この発明のトロイダル型無段変速機でおこなわれる制御例を示すフローチャートである。
【図2】この発明で対象とするトロイダル型無段変速機の一例を模式的に示し、回転軸線に沿った方向における側面断面図である。
【図3】図2に示すトロイダル型無段変速機の一方のキャビティを、その中央部を通る平面で切断した状態を示す模式的な側面図である。
【図4】図2に示されたトロイダル型無段変速機における入力ディスクおよび出力ディスクに対して、パワーローラが傾転している状態を示す平面図である。
【図5】図2に示すトロイダル型無段変速機の一方のキャビティを、その中央部を通る平面で切断した状態を示す模式的な側面図である。
【図6】図1のフローチャートに対応するタイムチャートの一例である。
【図7】この発明における実施例の制御と、比較例の制御とを比べたタイムチャートの一例である。
【符号の説明】
【0048】
1…入力ディスク、 2…出力ディスク、 9…パワーローラ、 10…トラニオン、 50…トロイダル式無段変速機、 A1…回転軸線、 B1…動作軸線、 C1…中心線、 D1…平面、 F1…不感帯、 L1,L2…距離、 S1,S2…接触点。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸線を中心として回転可能に、かつ、同軸上に配置された入力ディスクおよび出力ディスクと、前記回転軸線と垂直な平面に形成された動作軸線に沿った方向に動作可能に配置された保持機構と、前記動作軸線と直交する中心線を中心として回転可能な状態で前記保持機構に保持され、かつ、前記入力ディスクおよび出力ディスクに接触するパワーローラとを有し、
前記保持機構を前記動作軸線に沿った方向で動作させることにより、前記パワーローラとディスクとの接触点で傾転力を生じさせて、前記パワーローラを前記動作軸線を中心として傾転させるとともに、
前記回転軸線と前記中心線とが交差していると推定された場合における前記動作軸線に沿った方向での前記パワーローラの位置を、そのパワーローラの中立位置として判定する学習制御をおこなうトロイダル型無段変速機において、
前記動作軸線を中心とする前記パワーローラの傾転角度の実変化量が、予め定められた値未満であると判断された場合における前記動作軸線に沿った方向での前記パワーローラの位置を判断する位置判断手段と、
この位置判断手段で判断された前記パワーローラの位置から、前記動作軸線に沿った方向で前記パワーローラの傾転角度が変化しないと推定されている前記パワーローラの動作範囲から求めた距離の分、前記動作軸線に沿った方向に移動した位置を、前記パワーローラの中立位置として判定する学習制御手段と
を有していることを特徴とするトロイダル型無段変速機。
【請求項2】
前記学習制御手段は、前記位置判断手段で判断されたパワーローラの位置から、前記動作軸線に沿った方向で前記パワーローラの傾転角度が変化しないと推定されている動作範囲の距離の半分を前記動作軸線に沿った方向に移動した位置を、前記パワーローラの中立位置として判定する手段を含むことを特徴とする請求項1に記載のトロイダル型無段変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−267441(P2008−267441A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−108644(P2007−108644)
【出願日】平成19年4月17日(2007.4.17)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】