説明

パワーサイクル寿命予測方法、寿命予測装置及び該寿命予測装置を備えた半導体装置

【課題】丸めによる誤差要因を無くし高精度な寿命予測を行うことができるパワーサイクル寿命予測方法、寿命予測装置及び該寿命予測装置を備えた半導体装置を提供する。
【解決手段】IGBTモジュールの銅ベース温度を検知する温度センサ10と、該温度センサ出力を一定のサンプリング周期でA/D変換するA/D変換器20と、A/D変換器出力から温度差を検出し、検出した温度差と予め保持されている変曲点温度差とを比較し、その比較結果から検出した温度差が予めパワーサイクル試験を経て解析されたパワーサイクル寿命カーブを近似する複数の直線のいずれの側にあるかに応じて近似させる直線の傾き及び該直線において予め設定された基準温度差について寿命データレジスタ40に保持された演算パラメータを受領して寿命計算し寿命情報を出力する寿命演算回路30と、寿命演算回路30で寿命計算を行うための演算パラメータを保持する寿命データレジスタ40と、から構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電力変換するために用いられるパワー半導体、例えばIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)から成るパワー半導体モジュール(以下、単にモジュールとも称す)のパワーサイクル寿命予測に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、パワー半導体モジュール、例えばIGBTモジュール、における動作寿命の推定(予測)には、パワーサイクル試験(断続通電試験)が適用されている。パワーサイクル試験(断続通電試験)は、例えば、IGBTモジュールを放熱フィンに固定した状態で、図5に示すような通電・遮断の電気的負荷を与え、IGBTチップの接合温度(Tj)を上昇・下降させることにより熱ストレスを発生させ、破壊するまで行う。またパワーサイクル試験には、ΔTjパワーサイクルと、ΔTcパワーサイクル(熱疲労寿命試験)と、があることが知られている(非特許文献1参照)。そして、ΔTjパワーサイクルは、図5に示すように接合温度を比較的短時間の周期で上昇・下降をさせる試験で、主にアルミワイヤ接合部およびシリコンチップ下はんだ接合部の寿命を評価するものであり、またΔTcパワーサイクル(図示せず)は、ケース温度(Tc)が任意の温度に達するまで通電し、ケース温度が任意の温度に到達した時点で通電を止め、ケース温度が通電前の状態に戻るまでの周期を1サイクルとして繰り返す試験であって、主に絶縁基板と銅ベース間のはんだ接合部およびシリコンチップ下はんだ接合部の寿命を評価するものである。
【0003】
また従来、電力変換にパワー半導体、例えばIGBT、を用いる半導体装置(パワー半導体モジュール)において、該パワー半導体モジュールの寿命を推定する寿命推定装置(以下、第1の従来技術という)が知られている。当該寿命推定装置は、例えば図6に示されるように、インバータを構成するIGBTモジュール82の寿命を推定するために、温度検出器90、リップル温度検出器93、カウンタ94、累積被害率演算部95、寿命算出部96を備え、温度検出器90は、インバータを構成するIGBTモジュール82の銅ベース温度を測定し、リップル温度検出器93は運転/停止の単位計測期間における銅ベース温度検出値からそのリップル温度を温度範囲別に測定し、カウンタ94は各リップル温度に対する発生回数を単位計測期間毎にカウントし、累積被害率演算部95はマイナー則(Miner’s law)を用いて累積被害率CDを求め、寿命算出部96は累積被害率CDから寿命L(=1/CD)を推定するようにしている(特許文献1参照)。
【0004】
また従来、電力変換にパワー半導体、例えばIGBT、パワートランジスタ、MOS-FET等を用いる半導体装置(パワー半導体モジュール)の故障予測方法(以下、第2の従来技術という)が知られている(特許文献2参照)。そして第2の従来技術は、温度変化と、その温度変化のサイクル数およびパワーサイクル寿命特性から、パワー半導体モジュールの寿命を推定している。その場合において、パワー半導体素子に生じる温度差が異なる場合、それぞれの温度差における動作可能サイクルは異なるため、各動作モードのサイクル数をそのまま使用して故障判定を行えない。そこで、一方の動作可能サイクル数Nを基準として、他方のサイクル数nは重み付けを行って故障判定を行うようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−101668号公報
【特許文献2】特開平10−38960号公報(段落0040、図7)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】両角 朗外2名「パワー半導体モジュールにおける信頼性設計技術」富士時報,Vol.74,No.2,PP.45-48,2001年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記第1の従来技術を実際にマイコン/DSP(Digital Signal Processor )等に実装する場合、検出されたリップル温度をそのまま使用して寿命計算を行うと、あらゆる温度差に対する寿命情報もしくはマイナー則による計算式が必要となる。そのうえ検出される温度差の値は、無限に存在するため、回路規模や必要となるメモリのサイズが大きくなってしまう。従って、ある温度範囲を設定しその温度範囲内の温度差は全てその温度範囲内に設定される代表温度差に丸め込まなければならない。この時、丸めによる誤差が発生するため、正確な寿命計算を行うことが不可能であるという課題がある。
【0008】
また上記第2の従来技術に示されるパワー半導体素子の故障予測方法は、パワーサイクル寿命カーブが図7に示されるように全動作温度範囲において一つの直線となることを前提とした換算式により寿命計算をしている。しかし、実際のパワーサイクル寿命カーブは一つの直線ではなく、温度範囲によって傾きが異なる複数の直線により表される。従って、一つの直線を前提とした換算式による寿命計算では誤差を生じてしまう。故に、第2の従来技術は第1の従来技術と同様に正確な寿命計算を行うことが不可能であるという課題がある。
【0009】
そこで本発明は、丸めによる誤差要因を無くし高精度な寿命予測を行うことができるパワーサイクル寿命予測方法、寿命予測装置及び該寿命予測装置を備えた半導体装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明のパワーサイクル寿命予測方法は、パワー半導体素子から成る半導体装置の全動作温度範囲を複数の温度領域に分割し、該温度領域内においてはそれぞれ設定した基準温度差におけるパワーサイクル数に重み付けした値を用いてサイクル数を算出し、該分割した温度領域間においては各算出した前記サイクル数を基にマイナー則を用いて累積ダメージを算出して寿命を予測することを特徴とする。
【0011】
また本発明のパワーサイクル寿命予測方法は、事前にパワーサイクル試験を経て解析された、複数の直線で近似されるパワーサイクル寿命カーブから、複数の直線が交差する点(変曲点)の温度差を取得するとともに前記複数の各直線における基準温度差を設定し且つ該直線の傾きを演算パラメータとして保持する過程を含み、実動作において、温度センサでパワー半導体素子の銅ベース温度を検知する過程、該温度センサ出力を一定のサンプリング周期でA/D変換する過程、および、該A/D変換出力から温度差を検出し、該検出した温度差と予め保持されている変曲点温度差とを比較し、その比較結果から前記検出した温度差が予めパワーサイクル試験を経て解析されたパワーサイクル寿命カーブを近似する複数の直線のいずれの側にあるかに応じて近似させる直線の傾き及び該直線において予め設定された基準温度差について保持された前記演算パラメータを受領して寿命計算し寿命情報を出力する過程、を含むことを特徴とする。
【0012】
また本発明のパワーサイクル寿命予測装置は、パワー半導体素子の銅ベース温度を検知する温度センサと、該温度センサ出力を一定のサンプリング周期でA/D変換するA/D変換器と、該A/D変換器出力から温度差を検出し、該検出した温度差と予め保持されている変曲点温度差とを比較し、その比較結果から前記検出した温度差が予めパワーサイクル試験を経て解析されたパワーサイクル寿命カーブを近似する複数の直線のいずれの側にあるかに
応じて近似させる直線の傾き及び該直線において予め設定された基準温度差について寿命データレジスタに保持された演算パラメータを受領して寿命計算し寿命情報を出力する寿命演算回路と、該寿命演算回路で寿命計算を行うための演算パラメータを保持する寿命データレジスタと、を備えることを特徴とする。
【0013】
また本発明のパワーサイクル寿命予測装置を備えた半導体装置は、上記したパワーサイクル寿命予測装置を半導体モジュールのケース内に取り付け一体化したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、実際のパワーサイクル寿命カーブを直線で近似し、その直線の傾きを用いて寿命計算を行う場合に生じる誤差が、動作温度範囲内を複数の領域(パワーサイクル寿命カーブの直線の傾きが異なる範囲)を個別に分けて、それぞれの領域で基準温度を設定し寿命を算出することで全動作温度範囲について近似した直線の傾きを用いて寿命計算を行う場合に生じる丸め誤差が解消されるため、精度の高い寿命予測が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態に係るパワーサイクル寿命予測装置の構成概要を示す図である。
【図2】図1に示した寿命演算回路及び寿命データレジスタの詳細を示す図である。
【図3】本発明で用いるパワーサイクル寿命カーブの例を示す図(その1)である。
【図4】本発明で用いるパワーサイクル寿命カーブの例を示す図(その2)である。
【図5】パワーサイクル試験の様子を示す図である。
【図6】従来のパワーサイクル寿命推定装置の構成概要を示す図である。
【図7】従来例で用いられているパワーサイクル寿命カーブの例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態に係るパワーサイクル寿命予測装置の構成概要を示す図である。本発明の実施形態に係るパワーサイクル寿命予測装置は、パワー半導体デバイスを組み込んだパワー半導体モジュールの寿命を予測するものである。以下において、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)を組み込んだIGBTモジュールの寿命を予測する場合を例に説明する。通常、インバータは、直流を交流に変換する回路ブロックとして当業者によく知られており、その構成要素には上述したIGBTモジュールが用いられる。また、パワー半導体素子としては 、IGBTに限らず、パワートランジスタ、MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor:金属酸化膜半導体電界効果型トランジスタ)などが使用されている。
【0017】
図1に示されるように本発明の実施形態に係るパワーサイクル寿命予測装置は、インバータの構成要素であるIGBTモジュール2の温度を測定する温度センサ10と、温度センサ10の出力を一定のサンプリング周期でA/D変換(アナログ/デジタル変換)するA/D変換器20と、寿命演算回路30と、寿命データレジスタ40から構成されている。
【0018】
ここで、温度センサ10は、IGBTモジュール内の温度を測定するものである。IGBTモジュールには、多数の接合箇所がある。具体的には、パワー半導体デバイスとしてのIGBTの裏面の電極とこのIGBTが実装される回路パターンとの間、IGBTのおもて面の電極と外部導出端子との間、回路パターンが形成された絶縁基板の回路パターンとは反対側に形成された銅箔と銅ベースとの間などである。IGBT裏面電極−回路パターン間,銅箔−銅ベース間は、例えば半田で接合される。IGBTのおもて面電極−外部導出端子間は、例えばワイヤボンディングで接続されるため、IGBTのおもて面電極−ボ
ンディングワイヤ間,外部導出端子−ボンディングワイヤ間は、例えば超音波接合される。
【0019】
このような、IGBTモジュール内部の各接合箇所がIGBTモジュールの寿命に影響し、とりわけ、発熱源となるパワー半導体素子(IGBT)に近い部分の接合箇所がパワーサイクルの影響を受けやすい。
【0020】
したがって、温度センサ10は、パワー半導体素子(IGBT)に近い部分の接合箇所の温度を測定するのが望ましい。
例えば、パワー半導体素子(IGBT)の製造過程で、そのチップ内に温度検出用のダイオードを作製しておく。そしてこの温度検出用のダイオードの熱特性を使って、チップ表面の温度を検出するようにすればよい。IGBTに温度検出用のダイオードを内蔵させることで、発熱源に極めて近い箇所の温度検出が可能となる。また、IGBTモジュール内の限られたスペースを有効に活用でき、IGBTモジュールのパッケージサイズを小型化することができる。
【0021】
なお、温度センサ10は、上記の温度検出用のダイオードに限るものではない。例えば、温度検出用のダイオードをIGBTチップとは別部品で構成し、絶縁基板上に配置してもよい。また、温度検出用の素子として、例えばサーミスタを用い、これを絶縁基板上に配置してもよい。このように、温度検出用の素子をIGBTとは別部品で構成することにより、IGBTチップの設計の自由度が増し、また、温度検出の精度も別部品の選択により自在に設定できる。また、絶縁基板上のIGBTチップに近い場所に設置すれば、発熱源に近い部分の温度を測定することができる。
【0022】
寿命演算回路30は、A/D変換器20の出力から温度差(ΔT)を検出し、本発明の寿命予測対象とするIGBTについてあらかじめパワーサイクル試験を経て導出されたパワーサイクル寿命カーブから当該IGBTが変曲点温度差(ΔTx)で2つの異なる傾斜を有する直線で近似されることを利用し、検出した温度差(ΔT)と予め保持されている変曲点(ΔTx)とを比較し、その比較結果から検出した温度差(ΔT)が2つの直線のいずれの側にあるかに応じて近似させる直線の傾き及び基準温度差についての寿命データレジスタ40から演算パラメータを受けて寿命を計算し寿命情報を出力する。寿命データレジスタ40は、寿命演算回路30から温度差(ΔT)と変曲点の温度差(ΔTx)との比較結果を受けることでそれに対応する演算パラメータを出力する。
【0023】
寿命演算回路30における寿命計算および寿命データレジスタ40に保持されている演算パラメータについては後で詳しく説明する。
なお本発明では主題ではないが、当業者に広く知られているように、インバータは、IGBTモジュール2によって構成され、制御装置4によりIGBTモジュール2をスイッチング駆動することにより、負荷へ交流電力の供給を行うものである。インバータに供給される直流電力は、例えば、商用電源からの交流電力を整流器1で整流して得る。
【0024】
具体的には、制御装置4はドライバ5を介してIGBTモジュール内の各IGBTのゲートに制御信号を加えてIGBTをスイッチングする。また、インバータの制御方法としては、PWM(Pulse Width Modulation)やPAM(Pulse Amplitude Modulation)によってスイッチング制御して、負荷へ交流の電力供給を行っている。図1の例では、負荷としてモータ3が接続されている。
【0025】
ここで上記した変曲点の温度差(ΔTx)について説明すると、従来は、図7に示すようなパワーサイクル寿命カーブが直線となるという前提の下で換算式によって寿命を計算していた。これに対し、本発明においては、実際のIGBTモジュールのパワーサイクル寿命を
測定・解析してみて、実際の製品の寿命予測の前段階で取得し保持しておく。例えば、本発明の適用対象であるIGBTモジュールのパワーサイクル寿命カーブは、図3に示されるように、温度範囲によって傾きが異なる2つの直線により表す。これは、2つの直線が交差する点、すなわち変曲点(温度差ΔTx)を挟んで、低温側の直線で表されるパワーサイクル寿命カーブにおいては、傾きがa1で基準温度差がΔTs1であり、また高温側の直線で表されるパワーサイクル寿命カーブにおいては、傾きがa2で基準温度差がΔTs2としたものである。なお、基準温度差ΔTs1,ΔTs2は図3に示されるようなIGBTのパワーサイクル寿命カーブを基に予め設定する。
【0026】
そうして変曲点の温度差ΔTxを、寿命演算回路30内のΔTx保持部32(図2参照)に、また傾きa1,a2および基準温度差ΔTs1,ΔTs2を寿命計算で用いる演算パラメータとして寿命データレジスタ40(図2参照)にそれぞれ保持しておく。保持した演算パラメータを使ってダメージ換算式によるダメージ換算を行うと共に累積ダメージ計算(マイナー則計算)を行って寿命を計算するように構成している。これらについては後述する。
【0027】
図2は、図1に示した寿命演算回路及び寿命データレジスタの詳細を示す図である。図2において、寿命データレジスタ40は、累積ダメージを計算するための演算パラメータを、nビットのデジタルデータ形式で保持する。すなわち、保持する演算パラメータとしては、
基準温度差パラメータ ΔTs:ΔTs1, ΔTs2(図4の場合には、更にΔTs3も)
ΔTsでの寿命サイクルパラメータ Ns:Ns1, Ns2(図4の場合には、更にNs3も)
サイクル寿命カーブにおける傾きパラメータ a:a1, a2(図4の場合には、更にa3も)
そのうえで寿命データレジスタ40は、ΔTx保持部/ΔT及びΔTx比較部32の出力であるΔTとΔTxとの大小関係の比較結果に基づき、予め保持している演算パラメータの中から最適なパラメータを選択し、ダメージ換算部33および累積ダメージ計算部34に出力する。またΔT検出部31は、検出したΔTをΔTx保持部/ΔT及びΔTx比較部32に出力するとともに計算命令1をダメージ換算部33に出力して計算処理を指示する。
【0028】
ダメージ換算部33では、ΔT検出部31が検出したΔTの温度サイクル数(IGBTチップ2’が受けたダメージに相当し、例えば図示した温度サイクルの各サイクルで現れたピーク振幅値をA/D変換器20でアナログデジタル変換した値)を、設定した基準温度差ΔTsにおけるサイクル数に換算する。
【0029】
検出した温度差ΔTが、ΔT<ΔTxの範囲にあるものとした場合には、すなわち、ΔTが図3の傾斜が緩やかなサイクル寿命カーブ側にあるものとした場合には、寿命データレジスタ40から、保持された演算パラメータの中からΔTs1, Ns1, a1が選択されてダメージ換算部33並びに累積ダメージ計算部34に出力される。そして図2のダメージ換算部33は、検出したΔT値、並びに寿命データレジスタ40から選択・出力された、ΔTs1, Ns1, a1を用いて換算ダメージN1を次の式(1)によって計算する。
【0030】
【数1】

また検出した温度差ΔTが、ΔT>ΔTxの範囲にあるものとした場合には、すなわち、ΔTが図3の傾斜が急なサイクル寿命カーブ側にあるものとした場合には、寿命データレジスタ40から、保持された演算パラメータとしてΔTs2, Ns2, a2が選択されてダメージ換算部33並びに累積ダメージ計算部34に出力され、図2のダメージ換算部33は、検出したΔT値、並びに寿命データレジスタ40に保持されたパラメータから選択されたデータ、すなわち、ΔTs2, Ns2, a2を用いて換算ダメージN2を、次の式(2)によって計算する。
【0031】
【数2】

そのうえで図2のダメージ換算部33は、求めた換算ダメージN1 又はN2並びに計算命令2を累積ダメージ計算部34に出力する。累積ダメージ計算部34は、ダメージ換算部33で計算した各温度領域(変曲点の温度差ΔTxより低温の領域と高温の領域)における換算ダメージ(N1又は N2)とマイナー則から全温度範囲における累積ダメージを計算する。これを詳しく説明すると、累積ダメージ計算部34は、以下の(A),(B)に示す各計算を実行する。
(A)検出したΔTを元に、N1もしくはN2が更新され、計算命令2が入力されると、以下の計算を実行する。すなわち、
1)ΔT<ΔTxの場合には、
ND1 = N1_old + N1
2)ΔT>ΔTxの場合には、
ND2 = N2_old + N2
(B)次に、上記ND1, ND2と次の式(3)を用いて累積ダメージDの値を求め、Dの値を余寿命計算・寿命判定部50に出力する。
【0032】
【数3】

上記式(3)において、累積ダメージDの値がD=1で寿命に到達するものと判断する。なお図2においては図1に示していない余寿命計算・寿命判定部50を寿命演算回路30に付加しているが、これは余寿命計算・寿命判定した結果まで提供する必要がある場合のオプションであって、寿命演算回路30の構成としては必須ではない。
【0033】
因みに、図7に示す従来例で用いられているパワーサイクル寿命カーブの場合におけるダメージ換算は、次のようにして行われている。すなわち、上記した本発明の場合と同様に、ダメージ換算部は、検出したΔTの温度サイクル数(ダメージに相当)を、設定した基準温度差ΔTsにおけるサイクル数に換算する。そのうえで、検出したΔT値、並びに寿命データレジスタ相当に保持されているデータを用いて累積ダメージNを次の式(4)によって計算する。
【0034】
【数4】

この式(4)が導出される過程をさらに説明すると、図7に示されているパワーサイクル寿命カーブにおいて、基準温度差ΔTsでの寿命サイクル数をNs、検出したΔTでの寿命サイクル数をN、直線の傾きをaとすると、次の式(5)が成り立つ。
【0035】
【数5】

ここで二つの式を統合するとともに対数表記を解除して式の表記形式を改めると、以下の式(6)にように表せる。
【0036】
【数6】

この式(6)をさらに変形することで、上記式(4)を求めることができる。このように上記式(4)によるダメージ換算式は、図7に示されるパワーサイクル寿命カーブに基づいて算出するもので、パワーサイクル寿命カーブが一つの直線(傾きa)であることを利用する。
【0037】
これに対して図3に示した本発明のパワーサイクル寿命カーブは、IGBTモジュールのパワーサイクル試験の詳しい解析により変曲点温度差ΔTxを境に分けられる温度領域によって直線の傾きが異なる特性を利用する。したがって、このような特性を持つものに対して、図7のような傾きaを持つ一つの直線で近似して上記式(4)によるダメージ換算式をあてはめると丸め誤差が発生することとなる。
【0038】
図3は、本発明の実施形態に係るパワーサイクル寿命予測装置で用いるパワーサイクル寿命カーブの例を示す図(その1)である。図3に示すとおり、本発明のパワーサイクル寿命予測装置で用いるパワーサイクル寿命カーブ(その1)は、実際のパワーサイクル寿命カーブに応じて動作温度範囲内を複数(=2つ)の領域(パワーサイクル寿命カーブの直線の傾きが異なる範囲)を個別に分けて、それぞれの領域で基準温度ΔTs1,ΔTs2を設定しダメージ換算並びに累積ダメージの算出から寿命計算を行うものである。こうすることで従来のように一つの直線の傾きaを用いてダメージ換算並びに累積ダメージの算出から寿命計算を行う場合に生じる予測誤差を解消させることができる。
【0039】
ここで図3に示すパワーサイクル寿命カーブを元に本発明のパワーサイクル寿命予測の基本概念を改めて説明すると、パワーサイクル寿命カーブで直線により表すことが出来る範囲を1つの温度範囲とし、それが複数、例えば図3に示す例はパワーサイクル寿命カーブが温度範囲として直線で近似される領域が2つの場合であり、低温領域では傾きa1の直線、また高温領域では傾きa2の直線、で近似され、両直線が交叉する変曲点の温度差がΔTxであるとする。また、低温領域における基準温度差をΔTs1、基準温度差ΔTs1におけるパワーサイクル寿命回数をNs1とし、高温領域における基準温度差をΔTs2、基準温度差ΔTs2におけるパワーサイクル寿命回数をNs2であるとする。その場合において、予測対象の半導体装置、例えば図2に示されるIGBTチップ2’ を動作させることで得られる各温度サイクルにおけるピーク振幅値をA/Dのサンプリング周期を通して検出した温度差ΔTが、
(イ)ΔT<ΔTxの領域(低温領域)では、以下の換算式
N1=(ΔTs1/ΔT)a1×Ns1
に基づいてΔTにおけるサイクル寿命回数N1を、基準温度差ΔTs1におけるサイクル寿命回数Ns1に換算(重み付け)して求める。ここでa1は近似する直線の傾きであるが上記式における重み係数でもある。
【0040】
また、同じくIGBTチップ2’ を動作させることで得られる各温度サイクルにおけるピーク振幅値をA/Dのサンプリング周期を通して検出した温度差ΔTが、
(ロ)ΔT>ΔTxの領域(高温領域)では、以下の換算式
N2=(ΔTs2/ΔT)a2×Ns2
に基づいてΔTにおけるサイクル寿命回数N2を、基準温度差ΔTs2におけるサイクル寿命回数Ns2に換算(重み付け)して求める。ここでa2は近似する直線の傾きであるが上記式における重み係数でもある。
【0041】
そのうえで、検出したΔTを元に、N1もしくはN2が更新され、計算命令2が入力されたことによって、ダメージ計算部34は、
1)ΔT<ΔTxの場合には、
ND1 = N1_old + N1
2)ΔT>ΔTxの場合には、
ND2 = N2_old + N2
によりそれぞれの温度領域で更新されたサイクル寿命回数ND1,ND2を求め、このサイクル寿命回数ND1,ND2についてマイナー則を用いて累積ダメージ(被害率)Dを、
D = (ND1/Ns1) + (ND2/Ns2)
により求め、累積ダメージ(被害率)DがD=1になるときを寿命に到達したと予測する。上記Dの算出式は、上記した式(3)そのものであり、これにて累積ダメージDの値を求め、Dの値を余寿命計算・寿命判定部50に出力する。なお図2においては図1に示していない余寿命計算・寿命判定部50を寿命演算回路30に付加しているが、上述したように、これは余寿命計算・寿命判定した結果まで提供する必要がある場合のオプションであって、寿命演算回路30の構成としては必須ではない。
【0042】
図4は、本発明の実施形態に係るパワーサイクル寿命予測装置で用いるパワーサイクル寿命カーブの例を示す図(その2)である。図4に示すとおり、本発明のパワーサイクル寿命予測装置で用いるパワーサイクル寿命カーブ(その2)は、実際のパワーサイクル寿命カーブに応じて動作温度範囲内を複数(=3つ)の領域(パワーサイクル寿命カーブの直線の傾きが異なる範囲)を個別に分けて、それぞれの領域で基準温度ΔTs1,ΔTs2,ΔTs3を設定しダメージ換算並びに累積ダメージの算出から寿命計算を行うものである。こうすることで従来のように一つの直線の傾きaを用いてダメージ換算並びに累積ダメージの算出から寿命計算を行う場合に生じる予測誤差を解消させることができる。
【0043】
次に図4に示すパワーサイクル寿命カーブを元に本発明のパワーサイクル寿命予測の基本概念を説明すると、図4はパワーサイクル寿命カーブが温度範囲として直線で近似される領域が3つの場合であり、低温領域では傾きa1の直線、また中温領域では傾きa2の直線、高温領域では傾きa3の直線、で各近似され、上記の如き傾きを有する直線が交叉する変曲点の温度差を低温側からΔTx1,ΔTx2であるとする。また、低温領域(ΔT<ΔTx1)における基準温度差をΔTs1、基準温度差ΔTs1におけるパワーサイクル寿命回数をNs1とし、中温領域(ΔTx1<ΔT<ΔTx2)における基準温度差をΔTs2、基準温度差ΔTs2におけるパワーサイクル寿命回数をNs2とし、高温領域(ΔT>ΔTx2)における基準温度差をΔTs3、基準温度差ΔTs3におけるパワーサイクル寿命回数をNs3であるとする。その場合において、予測対象の半導体装置、例えば図2に示されるIGBTチップ2’ を動作させることで得られる各温度サイクルにおけるピーク振幅値をA/Dのサンプリング周期を通して検出した温度差ΔTが、
(イ)ΔT<ΔTxの領域(低温領域)では、以下の式(7)で示される換算式
【0044】
【数7】

に基づいてΔTにおけるサイクル寿命回数N1を、基準温度差ΔTs1におけるサイクル寿命回数Ns1に換算(重み付け)して求める。ここでa1は近似する直線の傾きであるが上記式(7)における重み係数でもある。
【0045】
また、同じくIGBTチップ2’ を動作させることで得られる各温度サイクルにおけるピーク振幅値をA/Dのサンプリング周期を通して検出した温度差ΔTが、
(ロ)ΔTx1<ΔT<ΔTx2の領域(中温領域)では、以下の式(8)で示される換算式
【0046】
【数8】

に基づいてΔTにおけるサイクル寿命回数N2を、基準温度差ΔTs2におけるサイクル寿命回数Ns2に換算(重み付け)して求める。ここでa2は近似する直線の傾きであるが上記式(8)における重み係数でもある。
【0047】
さらに、同じくIGBTチップ2’ を動作させることで得られる各温度サイクルにおけるピーク振幅値をA/Dのサンプリング周期を通して検出した温度差ΔTが、
(ハ)ΔT>ΔTx2の領域(高温領域)では、以下の式(9)で示される換算式
【0048】
【数9】

に基づいてΔTにおけるサイクル寿命回数N3を、基準温度差ΔTs2におけるサイクル寿命回数Ns2に換算(重み付け)して求める。ここでa2は近似する直線の傾きであるが上記式(9)における重み係数でもある。
【0049】
そのうえで、検出したΔTを元に、N1、N2もしくはN3が更新され、計算命令2が入力されたことによって、ダメージ計算部34は、以下の式(10)
【0050】
【数10】

に示されるように、それぞれの温度領域で更新されたサイクル寿命回数ND1,ND2,ND3を求め、このサイクル寿命回数ND1,ND2,ND3についてマイナー則を用いて累積ダメージ(被害率)Dを、以下の式(11)
【0051】
【数11】

により求め、累積ダメージ(被害率)DがD=1になるときを寿命に到達したと予測する。上記式(11)に示すDの算出式は、上記した式(3)の算出式に第3項を付加したものであり、これにて累積ダメージDの値を求め、Dの値を余寿命計算・寿命判定部50に出力する。なお図2においては図1に示していない余寿命計算・寿命判定部50を寿命演算回路30に付加しているが、上述したように、これは余寿命計算・寿命判定した結果まで提供する必要がある場合のオプションであって、寿命演算回路30の構成としては必須ではない。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、上記したパワーサイクル寿命予測装置を有するパワー半導体モジュールの例に止まらず、他の熱ストレスに伴う製品寿命の予告が望まれる製品にもIPM(Intelligent
Power Module:インテリジェント・パワー・モジュール)として応用することができる。
【符号の説明】
【0053】
1 整流器
2 IGBTモジュール
2’ IGBTチップ
3 モータ
4 制御装置
5 ドライバ
10 温度センサ
20 A/D(アナログデジタル変換器)
30 寿命演算回路
31 ΔT検出部
32 ΔTx保持部/ΔT及びΔTx比較部
33 ダメージ換算部
34 累積ダメージ計算部
40 寿命データレジスタ
50 余寿命計算・寿命判定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パワー半導体素子から成る半導体装置の全動作温度範囲を複数の温度領域に分割し、該温度領域内においてはそれぞれ設定した基準温度差におけるパワーサイクル数に重み付けした値を用いてサイクル数を算出し、該分割した温度領域間においては各算出した前記サイクル数を基にマイナー則を用いて累積ダメージを算出して寿命を予測することを特徴とするパワーサイクル寿命予測方法。
【請求項2】
事前にパワーサイクル試験を経て解析された、複数の直線で近似されるパワーサイクル寿命カーブから、複数の直線が交差する点(変曲点)の温度差を取得するとともに前記複数の各直線における基準温度差を設定し且つ該直線の傾きを演算パラメータとして保持する過程を含み、実動作において、温度センサでパワー半導体素子の銅ベース温度を検知する過程、該温度センサ出力を一定のサンプリング周期でA/D変換する過程、および、該A/D変換から温度差を検出し、該検出した温度差と予め保持されている変曲点温度差とを比較し、その比較結果から前記検出した温度差が予めパワーサイクル試験を経て解析されたパワーサイクル寿命カーブを近似する複数の直線のいずれの側にあるかに応じて近似させる直線の傾き及び該直線において予め設定された基準温度差について保持された前記演算パラメータを受領して寿命計算し寿命情報を出力する過程、を含むことを特徴とするパワーサイクル寿命予測方法。
【請求項3】
パワー半導体素子の銅ベース温度を検知する温度センサと、該温度センサ出力を一定のサンプリング周期でA/D変換するA/D変換器と、該A/D変換器出力から温度差を検出し、該検出した温度差と予め保持されている変曲点温度差とを比較し、その比較結果から前記検出した温度差が予めパワーサイクル試験を経て解析されたパワーサイクル寿命カーブを近似する複数の直線のいずれの側にあるかに応じて近似させる直線の傾き及び該直線において予め設定された基準温度差について寿命データレジスタに保持された演算パラメータを受領して寿命計算し寿命情報を出力する寿命演算回路と、該寿命演算回路で寿命計算を行うための演算パラメータを保持する寿命データレジスタと、を備えることを特徴とするパワーサイクル寿命予測装置。
【請求項4】
前記寿命演算回路は、前記A/D変換器出力から温度差を検出する温度差検出部と、変曲点温度差を保持すると共に前記温度差検出部から出力される温度差と予め保持している変曲点温度差とを比較する変曲点温度差保持部/温度差及び変曲点温度差比較部と、該温度差及び変曲点温度差比較部の比較結果にしたがって前記寿命データレジスタから出力される近似させる直線の傾き、該直線において予め設定された基準温度差及び該基準温度差での寿命サイクル値を演算パラメータとして受領するとともに前記変曲点温度差保持部/温度差及び変曲点温度差比較部から変曲点温度差と検出した温度差を受領して検出した温度差を前記基準温度差による寿命サイクルに換算するダメージ換算部と、該温度差及び変曲点温度差比較部の比較結果にしたがって前記寿命データレジスタから出力される近似させる直線の傾き、該直線において予め設定された基準温度差及び該基準温度差での寿命サイクル値を演算パラメータとして受領するとともに前記ダメージ換算部から出力される換算された寿命サイクル値を受領してマイナー則によって累積ダメージを計算して出力する累積ダメージ計算部とを備え、
前記寿命データレジスタは、累積ダメージを計算するための演算パラメータとして、予めパワーサイクル試験を経て解析されたパワーサイクル寿命カーブを近似する複数の直線についての、基準温度差ΔTs、該基準温度差ΔTsでの寿命サイクル、サイクル寿命カーブにおける傾きについてのデジタルデータを保持する、
ことを特徴とする請求項3に記載のパワーサイクル寿命予測装置。
【請求項5】
前記請求項3又は4記載のパワーサイクル寿命予測装置を半導体モジュールのケース内
に取り付け一体化したことを特徴とするパワーサイクル寿命予測装置を備えた半導体装置。

【図1】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−196703(P2011−196703A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−60849(P2010−60849)
【出願日】平成22年3月17日(2010.3.17)
【出願人】(000005234)富士電機株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】