説明

一液型エポキシ樹脂組成物、該組成物を用いた絶縁コイルおよび硬化繊維構造体の製造方法

【課題】工程管理が容易で汚染が少なく、製品の品質が高い一液型エポキシ樹脂組成物、およびその組成物を用いた絶縁コイルおよび硬化繊維構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】(A)常温で液状のビスフェノールA型及び/又はビスフェノールF型エポキシ樹脂、(B)常温で液状の脂環式酸無水物系硬化剤としての無水メチルハイミック酸、(C)潜在性N含有硬化促進剤としてのイミダゾール系マイクロカプセルタイプの硬化促進剤、(D)チキソ性付与剤を有し、前記(A)成分、前記(B)成分および前記(D)成分は次の関係: 6.0≦((D)成分のBET法による比表面積[m2/g])*((D)成分の添加量[g])/((A)成分および(B)成分の添加量[g])≦30を満たし、せん断速度が0.01s−1の場合における粘度の100s−1の場合における粘度に対する比R(0.01/100)が、2.0≦R(0.01/100)≦3.5である一液型エポキシ樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な一液型エポキシ樹脂組成物、さらに詳しくは、モータなどに使用される絶縁コイルおよび硬化繊維構造体を、高品質および高生産性を両立させて製造することが可能な一液型エポキシ樹脂組成物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車や鉄道をはじめとする車両や産業機械に組み込まれているモータや発電機のエナメル被覆された絶縁コイルは、使用環境における湿気、水分、塵埃などの物質の影響を受けうる。たとえば、こうした環境物質が絶縁コイル間に付着・堆積すると、化学的・物理的作用によって被覆の絶縁性が低下する。被覆の絶縁性の低下は隣接コイル素線間の短絡を引き起こし、モータの停止や発電機の起電力低下をもたらす。
【0003】
また、高速で回転運動しているモータや発電機のローターに由来する振動や、モータや発電機を搭載する自動車などの機器からの振動または衝撃によって、絶縁コイルは隣接するコイル素線および/または鉄芯との間で摩擦が発生する場合がある。この摩擦はコイル断線を引き起こす危険性があり、モータや発電機にとって致命的な障害となりうる。
【0004】
このような絶縁性の低下に起因する絶縁コイルの損傷・切断を防止するために、絶縁コイルの素線間および素線と鉄芯との間に液状のエポキシ樹脂を含浸させ、これを硬化させて絶縁コイル同士の固着及びそれらを鉄芯に接着させることが行なわれている(例えば特許文献1)。
【特許文献1】特開2001−11291号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、近年、この絶縁コイルに求められる特性は厳しくなってきており、含浸硬化の手法で製造することが困難になってきている。
例えば、自動車における駆動機構のハイブリッド化の流れも背景として自動車用のモータや発電機は小型化・高出力化しており、これに伴って絶縁コイルの巻き密度が高まってきている。巻き密度が高くなるとコイル素線の間隔が狭まるため液状のエポキシ樹脂がコイル内に入り込むことが困難となる。このためコイル内側におけるコイル素線の断線の可能性が高まってしまい、求められる品質、特に経時安定性を達成することが困難となる。これを回避するためには、含浸作業の真空度を上げたり作業時間を延ばしたりすることが必要となり、結果的に生産性の低下を招く。
【0006】
このような課題はコイルに限らず、繊維または繊維状部材(以降「繊維等」と称する。)を含む構造体(以降「繊維構造体」と称する。)を構成する繊維等の表面に液状のエポキシ樹脂を付着させて、これを硬化させてなる構造体(以降「硬化繊維構造体」と称する。)を製造する場合にも存在する。
【0007】
繊維構造体として典型的な不織布を例とすると、不織布に液状のエポキシ樹脂を含浸させて硬化させる場合には、含浸後の液だれの問題や不織布の設置方法によるエポキシ樹脂の偏りの問題があるため、液状のエポキシ樹脂の粘度を過度に低くすることは好ましくない。しかしながら、粘度が高すぎると不織布内に適切に液状のエポキシ樹脂が含浸されず、繊維構造体の中心部で強度不足が発生することが懸念される。また、不織布のフィルター機能を残したい場合には液状のエポキシ樹脂が高すぎて隣接する繊維の間が完全に埋まってしまうことを回避する必要があり、このため液状のエポキシ樹脂の粘度には上限が設定されてしまう。このように液状のエポキシ樹脂に許容される粘度範囲は広くなく、その管理は容易でない。
【0008】
本発明は絶縁コイルおよび硬化繊維構造体における上記の課題を解決しうる一液型エポキシ樹脂組成物、およびその組成物を用いた絶縁コイルおよび硬化繊維構造体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく次のような検討を行った。含浸硬化による絶縁コイルの製造では、ボビンや鉄芯に素線が券回されてなるコイルの外部から内部へと液状のエポキシ樹脂が供給されるため、巻き密度が高くなるとコイル内部でのエポキシ樹脂不足は不可避である。そこで、従来とは逆に、素線表面へのエポキシ樹脂の供給工程を巻上工程の前に配置すれば、素線の巻上作業段階にはすでに素線の表面にエポキシ樹脂が付着しているので、コイル内部でのエポキシ樹脂不足は原理的に発生しないことになる。
【0010】
このようなアイディアに基づいて絶縁コイルを製造しようとすると、従来の液状のエポキシ樹脂では全く考慮されていなかった液状のエポキシ樹脂の粘度の速度依存性が重要であることが明らかになった。
【0011】
素線表面にエポキシ樹脂を付着させる段階では必要量以上に付着したエポキシ樹脂は除去されなければならず、この作業を短時間で行いたいという要求も考慮すると付着段階での液状のエポキシ樹脂の粘度は低いことが好ましい。しかしながら、コイルを巻き上げる設備まで移動させる段階、およびコイルとして巻き上げられた素線に付着した液状のエポキシ樹脂を硬化させる段階では、液状のエポキシ樹脂が素線から過剰に垂れ落ちることは好ましくない。これらの点を考慮すると、液状のエポキシ樹脂には適切な粘度の速度依存性が求められる。具体的には、高速では粘度が低く、低速では粘度が高いという性質を有していることが求められるのである。
【0012】
係る知見に基づいて完成された本発明によれば、以下に示す一液型エポキシ樹脂組成物が提供される。
[1](A)常温で液状のビスフェノールA型及び/又はビスフェノールF型エポキシ樹脂と、(B)常温で液状の脂環式酸無水物系硬化剤としての無水メチルハイミック酸と、(C)潜在性N含有硬化促進剤としてのイミダゾール系マイクロカプセルタイプの硬化促進剤と、(D)チキソ性付与剤とを有し、前記(A)成分、前記(B)成分および前記(D)成分は次の関係:
6.0≦((D)成分のBET法による比表面積[m2/g])*((D)成分の添加量[g])/((A)成分および(B)成分の添加量[g])≦30
を満たし、せん断速度が0.01s−1の場合の粘度の100s−1の場合の粘度に対する比R(0.01/100)が、2.0≦R(0.01/100)≦3.5であることを特徴とする一液型エポキシ樹脂組成物。
【0013】
[2]せん断速度が10s−1の場合の粘度の100s−1の場合の粘度に対する比R(10/100)が、1.0≦R(10/100)≦1.2である[1]記載の一液型エポキシ樹脂組成物。
【0014】
[3]前記(D)成分は比表面積が150〜500m/gの親水性シリカである[1]または[2]に記載の一液型エポキシ樹脂組成物。
【0015】
[4]上記[1]から[3]のいずれかに記載の一液型エポキシ樹脂組成物を素線に塗布する塗布工程と、前記一液型エポキシ樹脂組成物が塗布された素線をボビンに巻いて前記素線と前記ボビンとからなるコイル体を形成する巻上工程と、当該コイル体を加熱して前記一液型エポキシ樹脂組成物を加熱硬化させて絶縁コイルを形成する加熱工程とを備えることを特徴とする絶縁コイルの製造方法。
【0016】
[5]上記[1]から[3]のいずれかに記載の一液型エポキシ樹脂組成物を、繊維を含む構造体である繊維構造体の表面に付着させる付着工程と、前記繊維構造体に付着した前記一液型エポキシ樹脂組成物を硬化させて硬化繊維構造体を形成する硬化工程とを備え、前記付着工程では、前記繊維構造体の表面に付着させる前記一液型エポキシ樹脂組成物の前記繊維構造体に対する移動速度が150mm/s以上となるように付着作業が行われることを特徴とする硬化繊維構造体の製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明の一液型エポキシ樹脂組成物は、素線に塗布される段階では素線の周りに大量に付着することがなく、その上ボビンなどへの巻き上げる工程や硬化工程での液だれも少ない。このため、垂れ落ちた液として廃棄される一液型エポキシ樹脂組成物が少なく、生産効率が高い。また、設備汚染が少ないので品質安定のための設備の清掃作業回数を減らすことができる。したがって、コイル内部の絶縁不良が発生しにくい絶縁コイルを生産性高く得ることが実現される。そして、このように絶縁コイル内部の絶縁不良が発生しにくいので、この絶縁コイルを用いたモータや発電機は高い信頼性を有している。
【0018】
また、本発明の製造方法に係る一液型エポキシ樹脂組成物を素線に塗布する工程において、一液型エポキシ樹脂組成物と素線との相対速度を制御することでその付着厚さを制御することも可能である。
【0019】
さらに、本製造方法は、コイルに限らず繊維構造体、例えば不織布を硬化させてなる硬化繊維構造体の製造に用いることも可能である。ディッピングやスプレー塗布などの方法によって、本発明に係る一液型エポキシ樹脂組成物を不織布に対して所定の相対速度で接触・通過させると、繊維等の周囲に一液型エポキシ樹脂組成物の薄い層を形成することが可能である。その上、引き続いて行われる硬化工程では繊維等に付着した液が脱離しにくいので、液だれ量が少なく、かつ硬化繊維構造体内における一液型エポキシ樹脂組成物のばらつきが少ない。したがって、生産効率が高く、かつ高品質の硬化繊維構造体を得ることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の最良の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、当業者の通常の知識に基づいて、以下の実施の形態に対し適宜変更、改良等が加えられたものも本発明の範囲に入ることが理解されるべきである。
【0021】
1.組成
(1)エポキシ樹脂
本発明の一液型エポキシ樹脂組成物の実施形態は、(A)常温で液状のビスフェノールA型及び/又はビスフェノールF型エポキシ樹脂と、(B)常温で液状の脂環式酸無水物系硬化剤としての無水メチルハイミック酸と、(C)潜在性N含有硬化促進剤としてのイミダゾール系マイクロカプセルタイプの硬化促進剤と、(D)チキソ性付与剤とを基本成分として含むものである。以下、その詳細について説明する。
【0022】
本発明で用いるエポキシ樹脂としては、1分子中に2個以上のエポキシ基を有するものの中でも、(A)常温で液状のビスフェノールA型及び/又はビスフェノールF型エポキシ樹脂を用いる。ビスフェノールA型もしくはビスフェノールF型をそれざれ単独で用いてもよいし、それらを任意の割合で混合して用いてもよいが、特にビスフェノールA型を単独で用いることが、得られる組成物の粘度及び耐熱性のバランスが優れているのでより好適である。これに対し、例えばジャパンエポキシレジン株式会社製の商品名「エピコート630」,「エピコート604」として提供されるような1分子中に3個以上のエポキシ基を有する三官能型または四官能型のエポキシ樹脂では十分な耐熱性を得ることができない。
【0023】
なお、上記エポキシ樹脂に関して、「常温」とは本発明に係る一液型エポキシ樹脂組成物を用いた製造が行われる環境温度として一般的な15〜35℃をいう。また、「液状」とは、粘度として100,000mPa・s以下の状態をいう。
【0024】
(2)硬化剤
次に、本発明で用いる硬化剤としては、常温で液状の脂環式酸無水物系硬化剤の中でも(B)無水メチルハイミック酸を用いることが必須である。常温で液状の脂環式酸無水物系硬化剤としては、無水メチルハイミック酸以外にも、メチルテトラヒドロ無水フタル酸、メチルヘキサヒドロ無水フタル酸等が知られているが、自動車用モータなどへの適用を考慮すると、これらの酸無水物では十分な耐熱性を得ることは困難である。
【0025】
硬化剤である無水メチルハイミック酸の配合割合は、通常、エポキシ樹脂成分100質量部に対し、70〜120質量部の範囲である。この範囲より硬化剤の使用量が少ないと硬化不足を補うために多くの硬化促進剤が必要とされる場合が多い。一方、この範囲を超えて配合すると、未反応の硬化剤が残りやすくなり、せん断接着強度等の性能が低下する傾向が見られるようになる。耐熱性と保存安定性との両立の観点からは、80〜110質量部の範囲とすることが特に好ましい。
【0026】
(3)硬化促進剤
本発明で用いる硬化促進剤は、潜在性N含有硬化促進剤であり、従来の一液型エポキシ樹脂組成物でも使用されているものを適用することができる。この中でも、常温ではエポキシ樹脂に不溶の固体であるが、加熱することにより溶解して硬化促進剤として機能する固体分散型潜在性N含有硬化促進剤が長期保存安定性の点で好ましい。具体例としては、常温で固体のイミダゾール化合物、ジシアンジアミド及びその誘導体、アミン−エポキシアダクト系化合物、イミダゾール−エポキシアダクト系化合物、アミン−尿素アダクト系化合物、酸性あるいは塩基性化合物の中和、中性塩である錯化合物等の単独又は2種以上の組合せを挙げることができる。これらの中で、硬化促進性と耐熱性のバランスの観点から、イミダゾール化合物が特に好ましい。イミダゾール化合物としては、無置換のものでもよいし、1位や2位などがメチル基やフェニル基、アリル基、ビニル基などで置換されたものでもよい。
【0027】
このイミダゾール化合物は反応性が高い場合が多いため、エポキシ化合物に対して過剰量のイミダゾール化合物を付加反応させてイミダゾール−エポキシアダクト系化合物としたり、イミダゾール化合物をカプセルで表面被覆してマイクロカプセルとしたりして保存安定性を高めることが好ましい。この保存安定性を高めたもののうちでも、マイクロカプセルタイプが特に耐熱性の観点で好ましく、その具体的な化合物としては、たとえば旭化成ケミカルズ(株)より販売されている商品名「ノバキュア」を挙げることができる。なお、コイルの巻密度が高い場合には、より小径のマイクロカプセルの方が均一な硬化物を得やすい。ただし、径が小さくなりすぎると凝集の問題など新たな問題が発生する可能性があるため、1〜10μm程度の径とすることが理想的である。
【0028】
潜在性N含有硬化促進剤の配合割合は、通常、エポキシ樹脂成分100質量部に対し、2〜25質量部の範囲とすることが好ましい。この範囲より潜在性N含有硬化促進剤の使用量が少ないと、酸無水物系硬化剤の量が多い場合に硬化促進機能が低下する可能性がある。一方、この範囲を超えて配合すると、硬化速度が速くなるものの保存安定性に影響を及ぼすおそれがあり、また、相対的に酸無水物系硬化剤の量が低下するためせん断接着強度に悪影響を及ぼすようになる。硬化促進機能と保存安定性との両立の観点からは、3〜20質量部とすることが望ましく、せん断接着強度の観点も考慮すると、4〜10質量部とすることが特に望ましい。
【0029】
(4)チキソ性付与剤
本発明の一液型エポキシ樹脂組成物はチキソ性付与剤を有し、次の関係を満たすことが求められる。
【0030】
6.0≦(チキソ性付与剤のBET法による比表面積[m2/g])*(チキソ性付与剤成分の添加量[g])/(エポキシ樹脂成分および無水メチルハイミック酸成分の添加量[g])≦30
以下の説明では、(チキソ性付与剤のBET法による比表面積[m2/g])*(チキソ性付与剤成分の添加量[g])/(エポキシ樹脂成分および無水メチルハイミック酸成分の添加量[g])を「チキソ性付与剤比表面積比率(T)[m2/g]」と称する。
【0031】
このチキソ性付与剤比表面積比率が上記の範囲にある場合には、後述するような優れた粘度の速度依存性が得られ、素線をはじめとする繊維等の表面に一液型エポキシ樹脂組成物を薄く付着させることができ、その一方で付着工程後は液だれの発生を抑制することが実現される。これは、一液型エポキシ樹脂組成物の主要成分であるエポキシ樹脂および無水メチルハイミック酸とチキソ性付与剤との相互作用、具体的には緩やかな化学的結合が適切な範囲の強度で発生することに起因する。すなわち、上記二成分とチキソ性付与剤との相対速度が高いときには上記二成分が有する運動エネルギーが大きいため、チキソ性付与剤はその運動を規制しきれず、結果として組成物としての粘度は高くなる。その一方で、相対速度が低いときには緩やかな化学結合によってチキソ性付与剤が上記二成分の運動を適度に規制するため、組成物としての粘度は低下するものと考えられる。
【0032】
ところが、チキソ性付与剤比表面積比率が6.0未満の場合には、上記二成分の運動を化学的に規制するサイトが相対的に少なくなる。このため相対速度が低いときでも上記二成分からなる液体が動きやすく、結果として液だれしやすくなってしまう。
【0033】
一方、チキソ性付与剤比表面積比率が30を超える場合には、上記二成分の運動を化学的に規制するサイトが相対的に多くなりすぎる。このため相対速度が高いときでも上記二成分からなる液体が動きにくく、結果として繊維等に付着する液量が多くなりすぎ、チキソ性としては高いにもかかわらずコイルおよび繊維構造体からの液だれ量が多くなってしまう。
【0034】
なおチキソ性付与剤比表面積比率Tの好ましい範囲は、10≦T≦25であり、特に好ましい範囲としては13≦T≦20が挙げられる。この範囲では、対象となる素線を含む繊維等、一液型エポキシ樹脂組成物、ならびに付着時の相対速度および環境を考慮しつつ、求める付着量に応じて最適なT値を選択すればよい。
【0035】
チキソ性付与剤の材質には、超微粒子状シリカ、超微粒子状アルミナ、超微粒子状炭酸カルシウム等を挙げることができ、単独もしくは混合して用いることができる。また、その表面特性には親水性のものや疎水性のものがあるが、いずれを用いてもよい。また、付与剤の平均粒径にも特には限定されない。
ただし、比表面積が150〜500m/g、特には250〜350m/gの親水性シリカを用いると、特に好ましい特性が得られる。
【0036】
(5)その他
本発明の一液型エポキシ樹脂組成物は前述の条件を満たしている限り、必要に応じて従来公知の各種の添加剤を含有させることができる。具体的には、反応性希釈剤、難燃剤、カップリング剤等のフィラーの表面処理剤、界面活性剤、着色剤、消泡剤などを挙げることができる。
【0037】
また、本願発明の一液型エポキシ樹脂組成物の調整方法としては特に制限はなく、例えば必須成分である(A)〜(D)成分を、また必要に応じて各種添加剤を均質に混合することにより調整することができる。なお、作業性及び混合作業時の硬化反応を防ぐためには、予め(C)成分および(D)成分を(A)成分中に十分に分散混合させてから(B)成分をさらに混合することが好ましい。
【0038】
2.粘度の速度依存性
上記の組成を有する本発明に係る一液型エポキシ樹脂組成物は、次の粘度の速度依存性を有する。
【0039】
0.01s−1程度の低せん断速度の場合には、粘度は比較的高く、100s以上の高せん断速度の場合には粘度が低下する。したがって、低速時/高速時として定義される粘度比は1より大きい値となり、特にせん断速度が0.01s−1の場合における粘度の100s−1の場合における粘度に対する比R(0.01/100)が、2.0≦R(0.01/100)≦3.5であるときに好ましい特性が得られる。
【0040】
R(0.01/100)がこの範囲にある場合には、コイルの素線をはじめとする繊維等に一液型エポキシ樹脂組成物を付着させる工程において過剰な液付着が起こりにくく、その一方で、素線の巻取りを行ったり、繊維構造体を硬化前に載置したりしたときに付着した一液型エポキシ樹脂組成物が過剰に液だれを起こすことも抑制される。
【0041】
さらに、せん断速度が10s−1の場合における粘度の100s−1の場合における粘度に対する比R(10/100)が、1.0≦R(10/100)≦1.2である場合には、付着工程における一液型エポキシ樹脂組成物と繊維等との相対速度にばらつきなどの工程条件に若干のばらつきが発生しても、一液型エポキシ樹脂組成物の付着量としては変動しにくく、工程としてのロバスト性が特に高まる。したがってR(10/100)がこの範囲にある場合には、工程管理が容易であり、かつ品質が一定な絶縁コイルおよび硬化繊維構造体を得ることが実現される。
【0042】
3.絶縁コイルの製造方法
上記の本発明に係る一液型エポキシ樹脂組成物を用いることで高品質な絶縁コイルを生産性高く製造することが可能であり、その製造方法を以下に説明する。
【0043】
(1)塗布工程
まず、本発明に係る製造方法では、含浸法とは異なり、巻上前に一液型エポキシ樹脂組成物を素線に塗布する。その厚さは、10〜1,000μmである。また、塗布方法には特には制限がなく、浸漬方式でも、吹き付け方式でも、転写方式のいずれでもよい。
【0044】
浸漬方式の場合には、一液型エポキシ樹脂組成物が入った液槽に素線が一時的に浸漬するように素線を搬送することで、その素線表面に一液型エポキシ樹脂組成物を付着させる。この通過速度は通常2〜200m/minであり、生産性の観点からは速度が速いほうが好ましい。また、本発明に係る一液型エポキシ樹脂組成物の粘度の速度依存性を考慮すると、せん断速度としては15s−1以上が適切であり、浸漬塗布時のせん断応力の伝達範囲は10mm程度であるから、150mm/s以上、すなわち約10m/min以上あることが特に好ましい。
【0045】
本発明の一液型エポキシ樹脂組成物はこの液槽を通過させる過程では素線表面への過剰の液付着を発生させないため、次工程への搬送中に素線から大量の液だれが発生することが抑制される。液付着量をより厳密に管理するために浴槽通過後に所定の口径のアパーチャーを通過させる場合であっても、このアパーチャーで除去される液量が少ないため、液飛散による汚染が発生しにくい。
【0046】
吹き付け方式の場合には、スプレーまたはシャワーの噴射口から一液型エポキシ樹脂組成物の液滴を噴射させ、これを移動する素線に衝突させることで素線表面に組成物を付着させる。本発明に係る一液型エポキシ樹脂組成物は高速での粘度が低いため、噴射口での液詰まりが発生しにくく、工程管理が容易である。その一方で、付着させるときの粘度が低いので素線に衝突した液滴の付着量が少ない。このため、付着量ばらつきが発生しにくく、よって絶縁コイルとしての品質ばらつきが少ない。
【0047】
転写方式の場合には、一液型エポキシ樹脂組成物を表面に保持した刷毛やローラなどに素線が接触した際に、一液型エポキシ樹脂組成物が素線に転写することで素線への付着が行われる。具体的には、マイヤーバー、アプリケーター、刷毛、ローラー、グラビアコーター、ダイコーター、リップコーター、コンマコーター、ナイフコーター、リバースコ−ター、スピンコーター等を用いた従来公知の塗布方法を利用することができる。いずれの方法を用いても、付着させるときの一液型エポキシ樹脂組成物の粘度は低いので、転写時または過剰の付着液の除去時に過剰な力が発生することが抑制される。このため、付着工程における付着量ばらつきが発生しにくく、よって絶縁コイルとしての品質ばらつきが少ない。
【0048】
なお、上記の塗布工程における一液型エポキシ樹脂組成物の温度は常温、すなわち15〜30℃の範囲で管理されることが好ましい。この範囲を外れると、粘度が設計範囲を超えて上昇または低下したり、固形異物が生成する可能性が高まったりして、品質管理がしにくくなる。
【0049】
(2)巻上工程
上記の塗布工程に続いて、一液型エポキシ樹脂組成物が塗布された素線をボビンに巻いて素線とボビンとからなるコイルを形成する。この巻上作業では隣接する素線との間隔が各素線に付着する一液型エポキシ樹脂組成物の付着厚さの総和よりも小さくなる場合もあり、この場合には過剰の一液型エポキシ樹脂組成物が巻き上げられたコイルから除去される。巻上時にはコイル同士が巻上力によって近接するので応力の伝達範囲は狭くなる。このため、ボビンへと巻きつくコイルに付着している一液型エポキシ樹脂組成物の実効的な粘度は低くなり、過剰の一液型エポキシ樹脂組成物の除去が効率的に行われる。したがって、過剰の一液型エポキシ樹脂組成物が巻上工程の終了後に長時間にわたって垂れ続けるような事態が発生しにくい。
【0050】
巻上工程の温度は塗布工程と同様に常温で行なってもよいし、例えば巻上中のボビンを加熱して、巻上と同時にコイルに付着した一液型エポキシ樹脂組成物の硬化を開始させてもよい。
【0051】
(3)加熱工程
上記の巻上工程で製造されたコイル体は、オーブン内の所定の位置に設置されて加熱処理される。加熱によって付着している一液型エポキシ樹脂組成物が硬化し、絶縁体としての機能が発生して絶縁コイルが製造される。
【0052】
この加熱工程においては、素線に付着している一液型エポキシ樹脂組成物はほとんど移動しない。このため組成物の粘度は高くなって液だれが発生しにくくなり、オーブン内の汚染が抑制される。また、重量によってコイルの下方に一液型エポキシ樹脂組成物が相対的に多く存在する事態にもなりにくくなり、絶縁コイル上方の絶縁性低下や全体の寸法変化も抑制される。
【0053】
加熱条件は、一液型エポキシ樹脂組成物の詳細組成によって変動はあるが、120〜180℃で行われる。また、1時間以上、好ましくは3時間以上、さらに好ましくは6時間以上、前述の温度環境を維持して硬化を確実にする。
【0054】
加熱装置は閉鎖型のオーブンを用いてバッチ式で処理してもよいし、開放型のオーブンを用いて連続式で処理してもよい。また、加熱方式は抵抗体によるヒータでもよいし、赤外線ランプでもよい。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、各種物性値の測定方法、及び諸特性の評価方法を以下に示す。
【0056】
(1)液だれ性:
エナメル被覆銅線(φ1mm)を20m/minの条件で巻き取りながら、チキソ性付与剤比表面積比率が異なるエポキシ樹脂組成物を浸漬塗布させた後の液だれ量について以下の基準で評価した。
○:温度25℃、60%RH環境下で6時間放置後も液だれが認められない。
△:上記環境下で6時間後に少量の液だれが認められる。
×:温度25℃、60%RH環境下で1時間以内に顕著な液だれが発生する。
【0057】
(2)粘度の速度依存性:
チキソ性付与剤比表面積比率が異なるエポキシ樹脂組成物の粘度を、混合した直後に粘弾性測定装置(Reologica社製 DAR−100)で測定した。φ25mmのパラレルプレートをギャップ1mmで配置し、そのギャップに0.6mlのエポキシ樹脂を供給して、25℃においてせん断掃引モード(掃引せん断速度範囲:0.001〜100s-1)で測定を行なった。得られた結果について、チキソ性付与剤比表面積比率と粘度との関係を多項式でフィッティングして、好適範囲の検討を行った。
【0058】
実施例
下記処方の樹脂組成物が得られるように各成分を計量し、まずエポキシ樹脂に硬化促進剤とチキソ性付与剤とを加え、プラネタリーミキサーにて20分間混練した。その後、硬化剤を加えさらに30分間プラネタリーミキサーにて混練して、一液性エポキシ樹脂組成物を調合した。
・エポキシ樹脂:ビスフェノールA型エポキシ樹脂エピコート828(ジャパンエポキシレジン(株)社製 エピコート828) 92質量部
・脂環式酸無水物系硬化剤:無水メチルハイミック酸 80質量部
・潜在性N含有硬化促進剤:イミダゾール系マイクロカプセルタイプ(旭化成ケミカルズ(株)社製 ノバキュアHX3742) 12質量部
・チキソ性付与剤:超微粒子状シリカ(日本アエロジル(株)社製300(BET法による比表面積:300±30m/g、一次粒子の平均径:約7nm、見掛比重:約50g/l)) 0〜20重量部
上記の配合では、チキソ性付与剤比表面積比率(T)は、0≦T≦35の範囲であった。
【0059】
得られた樹脂組成物を用いて、上記した方法で各種物性値の測定、及び諸特性の評価を行なった。その結果を表1、図1〜3に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
表1に示されるように、チキソ性付与剤を添加しない場合だけでなく、チキソ性付与剤が過剰に添加された場合、すなわちチキソ性付与剤比表面比率が大きすぎる場合にも液だれの発生が観察され、チキソ性付与剤比表面比率に好適な範囲が存在することが確認された。
【0062】
そこで、様々なせん断速度における粘度のチキソ性付与剤比表面比率依存性について確認した結果が表1の右から3列であり、これらを図示したのが図1(低速:0.01s-1)、図2(中速:10s-1)、および図3(高速:100s-1)である。なお、各図の実線は3次式で近似した結果である。図1から3に示されるように、チキソ性付与剤比表面比率(T)を高めると、基本的に粘度は上昇する。
【0063】
図1(低速:0.01s-1)から、Tが6未満の場合には粘度が5Pa・s以下となって液だれが顕著になり、T≧13とすれば粘度は10Pa・s以上となって低速での液だれ発生が効果的に抑制されることが示された。
【0064】
一方、図3から、高速においてはT>30の場合には粘度が10Pa・s以上となって組成物の付着量が過剰になり、T≦20とすれば粘度は5Pa・s以下となって付着量が少なくなることも示された。
【0065】
以上より、6.0≦T≦30が好適な範囲であり、特に好適な範囲は13≦T≦20であることが確認された。
【0066】
また、Tの増加に伴う粘度の増加傾向にはせん断速度によって変化が認められた。そこで、この違いを検討すべく粘度比Rのチキソ性付与剤比表面比率依存性をグラフ化したのが図4,5である。図4は、0.01s−1の場合における粘度の100s−1の場合における粘度に対する比R(0.01/100)とチキソ性付与剤比表面比率との関係を示す図であり、実線は3次式による近似結果である。図5は10s−1の場合における粘度の100s−1の場合における粘度に対する比R(10/100)とチキソ性付与剤比表面比率との関係を示す図であり、実線は4次式による近似結果である。なお、図4では、全体傾向を把握して明らかな不適範囲を除外することで好適範囲を判断することとしたので3次式で近似を行い、図5では特に好ましい範囲を検討したので4次式での近似を行った。
【0067】
図4に示されるように、チキソ性付与剤比表面比率が6〜30の範囲では粘度比R(0.01/100)のチキソ性付与剤比表面比率依存性が2〜3.5の範囲で安定する。特に、10〜25、さらには13〜20の範囲ではきわめて安定した特性が得られる。
【0068】
また、図5に示されるように、チキソ性付与剤比表面比率が20を超える実施例3では粘度比R(10/100)が1未満となり、速度の変動による粘度の変動幅が実施例1や2よりも大きくなることも確認された。したがって、チキソ性付与剤比表面比率が6〜20の範囲とすれば、エポキシ樹脂組成物の組成比率や巻き取り速度などの工程条件に若干の変動が発生しても、エポキシ樹脂組成物のコイルへの塗布量や液だれ性にその変動が影響しにくいことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明に係る一液性エポキシ樹脂組成物は、優れた粘度の速度依存性を有するため、塗布後巻上方式の絶縁コイル製造方法に好適であり、製造における工程管理が容易でかつ汚染が少ない。また、得られる絶縁コイルは絶縁特性が高く、品質管理基準が厳しい用途に好適である。この他、不織布などの繊維構造体が硬化してなる硬化繊維構造体の製造にも適している。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】低速(0.01s-1)での粘度とチキソ性付与剤比表面比率との関係を示す図である。
【図2】中速(10s-1)での粘度とチキソ性付与剤比表面比率との関係を示す図である。
【図3】高速(100s-1)での粘度とチキソ性付与剤比表面比率との関係を示す図である。
【図4】0.01s−1の場合における粘度の100s−1の場合における粘度に対する比R(0.01/100)とチキソ性付与剤比表面比率との関係を示す図である。
【図5】10s−1の場合における粘度の100s−1の場合における粘度に対する比R(10/100)とチキソ性付与剤比表面比率との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)常温で液状のビスフェノールA型及び/又はビスフェノールF型エポキシ樹脂と、
(B)常温で液状の脂環式酸無水物系硬化剤としての無水メチルハイミック酸と、
(C)潜在性N含有硬化促進剤としてのイミダゾール系マイクロカプセルタイプの硬化促進剤と、
(D)チキソ性付与剤とを有し、
前記(A)成分、前記(B)成分および前記(D)成分は次の関係:
6.0≦((D)成分のBET法による比表面積[m2/g])*((D)成分の添加量[g])/((A)成分および(B)成分の添加量[g])≦30
を満たし、
せん断速度が0.01s−1の場合の粘度の100s−1の場合の粘度に対する比R(0.01/100)が、2.0≦R(0.01/100)≦3.5である
ことを特徴とする一液型エポキシ樹脂組成物。
【請求項2】
せん断速度が10s−1の場合の粘度の100s−1の場合の粘度に対する比R(10/100)が、1.0≦R(10/100)≦1.2である請求項1記載の一液型エポキシ樹脂組成物。
【請求項3】
前記(D)成分は比表面積が150〜500m/gの親水性シリカである請求項1または2に記載の一液型エポキシ樹脂組成物。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の一液型エポキシ樹脂組成物を素線に塗布する塗布工程と、
前記一液型エポキシ樹脂組成物が塗布された素線をボビンに巻いて前記素線と前記ボビンとからなるコイルを形成する巻上工程と、
当該コイルを加熱して前記一液型エポキシ樹脂組成物を加熱硬化させて絶縁コイルを形成する加熱工程とを
備えることを特徴とする絶縁コイルの製造方法。
【請求項5】
請求項1から3のいずれかに記載の一液型エポキシ樹脂組成物を繊維構造体表面に付着させる付着工程と、
前記繊維構造体に付着した前記一液型エポキシ樹脂組成物を硬化させて硬化繊維構造体を形成する硬化工程とを備え、
前記付着工程では、前記繊維構造体の表面に付着させる一液型エポキシ樹脂組成物の前記繊維構造体に対する移動速度が150mm/s以上となるように付着作業が行われる
ことを特徴とする硬化繊維構造体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−248074(P2008−248074A)
【公開日】平成20年10月16日(2008.10.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−90825(P2007−90825)
【出願日】平成19年3月30日(2007.3.30)
【出願人】(000108454)ソマール株式会社 (81)
【Fターム(参考)】