説明

光学多層膜フィルターおよびその製造方法

【課題】光学的性質を劣化させずに長期間に渡って帯電防止効果を保つことができるとともに耐薬品性に優れる光学多層膜フィルターと、該フィルターを簡便に製造する光学多層膜フィルターの製造方法を提供すること。
【解決手段】光学多層膜フィルター10は、ガラス基板1と、ガラス基板1の上面に複数層の光学薄膜2と、防汚層3と、を備えて構成される。光学薄膜2は、ガラス基板1側から高屈折率層2H1がまず積層され、積層された高屈折率層2H1の上面に低屈折率層2L1が積層され、以下、高屈折率層、低屈折率層が順次、交互に積層され、低屈折率層2L30と高屈折率層2H30との間にa−Si層21が積層され、高屈折率層と低屈折率層とが各々30層とa−Si層21との計61層の光学薄膜2を形成している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光学多層膜フィルターおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、反射防止膜、ハーフミラー、ローパスフィルター等、電子機器装置に多用される光学多層膜フィルターは、基板と基板上に蒸着等によって形成された光学薄膜とから構成される。また、この光学薄膜は、一般に酸化チタン(TiO)等からなる高屈折率膜と酸化ケイ素(SiO)等からなる低屈折率膜とが交互に積層された多層の構造を形成している。
しかし、この光学薄膜は、物性的に導電性がないため、静電気を帯びやすい。それ故、光学多層膜フィルターの表面にはほこりがつきやすく、該フィルターを組み込んだ電子機器の光学特性に悪影響を及ぼすことがある。
このような非導電性の透明基板に対する静電気対策としては、例えば、防塵ガラスの外表面に透明導電膜を設けた例が知られている(特許文献1、2参照)。このような透明導電膜は、ガラスの透明性を損なわず、しかも導電性を有することで静電気を効果的に除去することができる。透明導電膜としては、特にインジウムスズ酸化物(ITO)が好ましく用いられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−298951号公報
【特許文献2】特開2006−221142号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、ITOで構成される層は、透明性と導電性に優れるものの、酸やアルカリなどの薬品により侵されやすいという問題がある。例えば、人の汗は塩分を含んだ酸であり、この汗により、ITO層が侵食されることもある。
【0005】
本発明の目的は、光学的性質を劣化させずに長期間に渡って帯電防止効果を保つことができるとともに耐薬品性に優れる光学多層膜フィルターおよびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の光学多層膜フィルターは、基板上に形成された複数層からなる光学薄膜を有する光学多層膜フィルターであって、前記光学薄膜には、アモルファスシリコン層が含まれていることを特徴とする。
本発明によれば、光学薄膜にアモルファスシリコン層が含まれているので、帯電防止効果を発揮できる。また、アモルファスシリコン層は、光学薄膜の透明性や光学特性を阻害することもない。そして、アモルファスシリコン層は、酸やアルカリのような侵食性物質(薬品)に対する耐久性も優れている。
したがって、光学特性を損なわずに、帯電防止性、耐薬品性に優れた光学多層膜フィルターを提供することができる。すなわち、帯電防止効果が向上することにより、光学多層膜フィルターにゴミ等の付着が生じにくくなる。
【0007】
なお、アモルファスシリコン層に隣接する光学薄膜の他の層がSiO層である場合には、アモルファスシリコン層の主成分が同じSiであることから不純物とならず、層間密着性にも優れる。さらに、アモルファスシリコン層が経時変化により酸化物となったとしてもSiOになるだけであり、光学的な品質に問題を生じない。
【0008】
本発明の光学多層膜フィルターにおいて、前記アモルファスシリコン層の総厚みが1nm以上10nm以下であることが好ましい。
ここで、アモルファスシリコン層は1層(単層)である必要はなく、複数層で構成されていてもよい。
本発明によれば、アモルファスシリコン層の総厚みが1nm以上であるので、十分な導電性を発揮することができる。また、アモルファスシリコン層の総厚みが10nm以下であるので、従来の光学特性を維持することができる。なお、アモルファスシリコン層の総厚みのより好ましい範囲は2nm以上6nm以下である。
【0009】
本発明の光学多層膜フィルターにおいて、前記光学薄膜の上面に、防汚層が設けられたことが好ましい。
本発明によれば、光学薄膜に含まれるアモルファスシリコン層のアモルファスシリコンが使用環境中で酸化されることを防止することができる。このため、光学多層膜フィルターの優れた帯電防止効果を長期間持続させることができる。
【0010】
本発明の光学多層膜フィルターにおいて、前記光学薄膜が、UV−IRカット膜またはIRカット膜であることが好ましい。
この発明によれば、基板の一方の面に光学薄膜を有し、しかも従来の光学多層膜フィルターに比較して静電気が帯電しにくくホコリがつきにくい、UV−IRカットフィルター(Ultraviolet-Infrared cut filter)およびIRカットフィルター(Infrared cut filter)を得ることができる。
【0011】
本発明の光学多層膜フィルターにおいて、前記基板が、ガラス基板または水晶基板であることが好ましい。
この発明によれば、基板がガラス基板で構成されることにより、例えばCCD(電荷結合素子)などの映像素子の防塵ガラスとして、しかも所望のフィルター機能を一体的に構成した、UV−IRカットフィルターおよびIRカットフィルター機能を含む静電気の帯電しにくい光学多層膜フィルターを得ることができる。また、基板が水晶基板で構成されることにより、例えば光学ローパスフィルターとして、しかも所望のフィルター機能を一体的に構成した、UV−IRカットフィルターおよびIRカットフィルター機能を含む静電気の帯電しにくい光学多層膜フィルターを得ることができる。
【0012】
本発明の光学多層膜フィルターの製造方法は、基板上に複数層からなる光学薄膜を形成する光学多層膜フィルターの製造方法であって、前記光学薄膜を真空蒸着にて前記基板の表面に形成することを特徴とする。
本発明の製造方法によれば、内部に含まれるアモルファスシリコン層を含めて真空蒸着により光学薄膜を形成するので、簡易な装置と方法により上述した効果を奏する光学多層膜フィルターを提供することができる。また、光学薄膜の他の層にSiO層が含まれる場合は、真空蒸着機内に材料としてのSi粒を共通に用いることができるので、アモルファスシリコン層の成膜が非常に簡便である。
【0013】
なお、本発明におけるアモルファスシリコン層を成膜する際、成膜雰囲気中の残留ガスとして酸素、水、水素等が含まれることがある。したがって、アモルファスシリコン層は、残留ガスとの反応により若干の酸化あるいは水素を含有したアモルファスシリコンになっている場合がある。また、アモルファスシリコン層を成膜する際、チャンバー内に酸素を導入して成膜する場合がある。この際にアモルファスシリコン層表面が酸化反応することもある。また、アモルファスシリコン層はTiO層やSiO層などの酸化物層に挟まれていることもある。そのために多層膜界面の酸素拡散により、アモルファスシリコン層が若干酸化されることもあり得る。このように、若干の酸化あるいは水素を含有したアモルファスシリコンになっている場合でも、本発明の上述の効果を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の光学多層膜フィルターの構成を示す断面図。
【図2】本実施例における耐薬品性試験を行うためにフィルター表面に傷を付与するための装置を示す概略図。
【図3】前記フィルター表面に傷を付与するための装置の運転状態を示す概略図。
【図4】本実施例におけるアモルファスシリコン層の各厚みにおけるシート抵抗を示すグラフ。
【図5】本実施例におけるアモルファスシリコン層の各厚みにおける透過率を示すグラフ。
【図6】本実施例における防汚層の有無によるシート抵抗を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて説明する。ただし、本発明はこの実施形態によって何等限定されるものではない。
(光学多層膜フィルターの構成)
図1は、本発明に係る光学多層膜フィルター10の構成を模式的に示す断面図である。光学多層膜フィルター10は、光を透過させるためのガラス基板1と、ガラス基板1の上面に複数層の光学薄膜2と、防汚層3と、を備えて構成される。
【0016】
ガラス基板1としては、白板ガラス、BK7、サファイアガラス、ホウケイ酸ガラス、青板ガラス、SF3、及びSF7等の透明基板、一般に市販されている光学ガラスを使用することができる。本実施形態では、屈折率n=1.52の白板ガラスが直径30mm、厚さ0.3mmに成形されたものを用いる。
光学薄膜2は、可視光領域(550nm)における屈折率が1.3〜1.5である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.6である高屈折率層とが交互に積層されたものであり、最表層の低屈折率層と高屈折率層との間にアモルファスシリコン(以下、a−Siと表記する。)層が設けられる。
具体的には、図1に示すように、ガラス基板1側から高屈折率層2H1がまず積層され、積層された高屈折率層2H1の上面に低屈折率層2L1が積層され、以下、低屈折率層2L1の上面に高屈折率層、低屈折率層が順次、交互に積層される。そして、光学薄膜2の最表層である低屈折率層2L30と高屈折率層2H30との間にa−Si層21が積層され、高屈折率層と低屈折率層とが各々30層とa−Si層21との計61層からなる光学薄膜2を形成している。
【0017】
光学薄膜2の膜構成の詳細を説明する。以下の説明では、光学膜厚nd=1/4λを1として膜厚構成を表記する。具体的には、高屈折率層(H)の膜厚を1Hとして表記し、低屈折率層(L)の膜厚を同様に1Lと表記する。また、(xH、yL)のSの表記は、スタック数と呼ばれる繰り返しの回数で、括弧内の構成を周期的に繰り返すことを表している。
【0018】
光学薄膜2の膜厚構成は、設計波長550nmにおいて、第1層の高屈折率層2H1が0.60H、第2層の低屈折率層2L1が0.20L、以下、順次1.05H、0.37L、(0.68H、0.53L)、0.69H、0.42L、0.59H、1.92L、(1.38H、1.38L)、1.48H、1.52L、1.65H、1.71L、1.54H、1.59L、1.42H、1.58L、1.51H、1.72L、1.84H、1.80L、1.67H、1.77L、(1.87H、1.87L)、1.89H、1.90L、1.90H、a−Si層21、最表層の低屈折率層2L30が0.96Lの、計61層が形成されている。
【0019】
低屈折率層および高屈折率層に使用される材料としては、SiO、ZrO、TiO、TiO、Ti、Ti、Al、TaO、Ta、NbO、Nb、NbO、Nb、CeO、Y、SnO、MgF、WO、HfO、ZrO、Ta、あるいはこれらの混合物などが挙げられる。これらの材料は単独で用いるかもしくは2種以上の混合物が挙げられる。これらの中から、上記屈折率の範囲を満たす組み合わせを適宜選択すればよい。例えば、低屈折率層をSiOの層(屈折率n=1.4〜1.5)とし、高屈折率層をTiOの層(屈折率n=2.1〜2.6)とすることができる。
【0020】
a−Si層21に使用される材料としては、いわゆるアモルファスシリコンが挙げられる。
a−Si層21の厚みは、好ましくは1nm以上10nm以下、より好ましくは2nm以上6nm以下の範囲に形成される。a−Si層21の厚みが1nm未満であると、帯電防止効果を十分得ることができない。また、a−Si層21の厚みが10nmを超えても帯電防止性の向上はさほど望めず、むしろ透明性や光学特性が悪化するおそれがある。
また、a−Si層21は、層全体が連続して形成されていなくてもよく、例えば、不連続な島状に形成された層であってもよい。この場合は、層全体の平均的な厚みが上記の範囲内であればよい。
なお、a−Si層21は、複数層で形成される光学薄膜2のどの位置に形成してもよい。望ましくは表面での酸化を防止するために光学薄膜2の最外層とならない位置が望ましい。本実施形態では、a−Si層21は最外層である低屈折率層2L30の内側に隣接して設けられる。
【0021】
防汚層3は、パーフルオロアルキル基を有する分子量が1000〜10000であるフッ素含有有機ケイ素化合物を含んで形成される。
フッ素含有有機ケイ素化合物の分子量が1000未満であると、フッ素含有ケイ素化合物中のフッ素量が十分でなく、汚れの拭取り性の向上が難しい。一方分子量が10000を超えると、フッ素量は十分であるものの、光学薄膜2への処理が困難となる。例えば、真空蒸着法において、分子量が大きいゆえに蒸着源から光学薄膜2への飛翔距離が制限されるため、高真空化等の設備的負担が増加する。
フッ素含有有機ケイ素化合物は、以下の一般式(1)および(2)で表される。
【0022】
【化1】

【0023】
上記式(1)中、Rfはパーフルオロアルキル基、Xは水素、臭素、またはヨウ素、Yは水素または低級アルキル基、Zはフッ素またはトリフルオロメチル基、Rは水酸基または加水分解可能な基、Rは水素または一価の炭化水素を表す。また、a、b、c、d、eは0または1以上の整数で、a+b+c+d+eは少なくとも1以上であり、a、b、c、d、eでくくられた各繰り返し単位の存在順位は、上記式(1)において限定されない。fは0、1または2を表す。gは1,2または3を表す。hは1以上の整数を表す。
【0024】
【化2】

【0025】
上記式(2)中、Rfは−(C2k)O−(kは1〜6の整数)で表される単位を含み、分岐を有しない直鎖状のパーフルオロポリアルキレンエーテル構造を有する二価の基を表す。Rは炭素原子数1〜8の一価の炭化水素基であり、Xは加水分解性基またはハロゲン原子を表す。pは0、1または2を表す。nは1〜5の整数を表す。mおよびrは2または3を表す。
【0026】
(光学多層膜フィルターの製造方法)
次に、光学多層膜フィルターの製造方法について説明する。
イオンアシストを用いた電子ビーム蒸着(いわゆるIAD法)によりガラス基板1の上に光学薄膜2を形成して光学多層膜フィルター10を製造する。
具体的には、ガラス基板1を真空蒸着チャンバー(図示せず)内に取り付けた後、真空蒸着チャンバー内の下部に蒸着材料を充填したるつぼを配置し、電子ビームにより蒸発させる。蒸着材料として、TiO成膜用にはTiO粒(0≦Y≦2)、SiO成膜用にはSiO粒またはSi粒、アモルファスシリコン成膜用にはSi粒がそれぞれ好ましく用いられる。
同時にイオン銃によりイオン化した酸素を加速照射することにより、ガラス基板1上にTiOの高屈折率層2H1〜2H30とSiOの低屈折率層2L1〜2L30とを前記した膜厚構成で交互に成膜し、最表層である低屈折率層2L30を成膜する前にa−Si層21を成膜する。また、続けて蒸着により最表層である低屈折率層2L30の表面に防汚層3を形成する。各層の成膜条件は、使用する材料の種類に応じて適宜調整すればよい。
【0027】
(本実施形態の作用効果)
以上、説明した本実施形態によれば、以下の作用効果を奏することができる。
本実施形態では、光学薄膜2の一部にa−Si層21を設けたので、透明性や光学特性を損なわずに帯電防止効果を十分に得ることができる。しかも、a−Si層21は、酸やアルカリといった反応性(侵食性)の高い薬品に対しても十分な耐性を発揮することができる。
また、a−Si層21の厚みを1nm以上10nm以下としたので、これらの特性(帯電防止性、耐薬品性、光学特性)をバランスよく効率的に発揮することができる。
【0028】
さらに、本実施形態では、光学薄膜2の表面に防汚層3を積層させた。防汚層3により、光学薄膜2中のa−Siが使用環境中の空気や水分と反応して酸化が進行することを防止することができる。これにより、光学多層膜フィルター10のシート抵抗を低く抑えることができ、十分な帯電防止効果を維持することができる。
特に、防汚層3はフッ素含有ケイ素化合物で形成されている。フッ素含有ケイ素化合物は分子量が高いので、防汚層3に含まれるフッ素の量が多く、より撥水撥油性を向上させることができ、ゴミの付着を防止することができる。
【0029】
(変形例)
なお、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されているが、本発明は、これに限定されるものではない。
上記実施形態では、光学薄膜2が計61層構成されているが、これに限定されるものではなく、所望の光学特性に応じて適宜積層させればよい。
また、上記実施形態では、最表層である低屈折率層2L30と高屈折率層2H30との間にa−Si層21が設けられたが、a−Si層21は光学薄膜2のいずれの位置に設けられてもよい。ただし、光学薄膜2の最表層には低屈折率層を設けることが好ましい。
さらに、a−Si層21は光学薄膜2の高屈折率層の一部として設けられてもよい。例えば、最表層から順次、低屈折率層、a−Si層21、低屈折率層、高屈折率層・・・という構成にすることもできる。
【実施例】
【0030】
次に、本発明の実施例について説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものである。
【0031】
<試験1>
〔実施例1〜7、比較例1〜2〕
本実施例は、可視波長域を通過し、所定波長以下の紫外波長域と所定波長以上の赤外波長域での光の吸収が少ない良好な反射特性を有する光学多層膜フィルター(UV−IRカットフィルター)に適用した。
上述の実施形態と同様に、直径30mm、厚さ0.3mmの白板ガラス(屈折率n=1.52)をガラス基板1として用い、ガラス基板1の表面に上述の構成の光学薄膜2を真空蒸着法により形成した。なお、光学薄膜2のうち、高屈折率層およびa−Si層21の成膜はイオンアシスト法により行った。蒸発源として、低屈折率層には顆粒状のSiO、高屈折率層には顆粒状のTiO、a−Si層21には顆粒状のSi(純度99.99%)を用いた。光学薄膜2の各層の成膜条件は以下の通りである。なお、a−Si層21膜厚の測定は、光学膜厚計または水晶振動子膜厚計を用いて行った。
【0032】
(低屈折率層(SiO層)の成膜条件)
成膜速度:2.0nm/sec
流量:0sccm
成膜温度:60℃
【0033】
(高屈折率層(TiO層)の成膜条件)
成膜速度:0.2nm/sec
イオン源の加速電圧:1000V
イオン源の加速電流:150mA
流量:20sccm
成膜温度:60℃
【0034】
(a−Si層21の成膜条件)
成膜速度0.3nm/sec
イオンアシストなし
流量:0sccm
成膜温度:60℃
【0035】
次に、光学薄膜2の表面に防汚層3を真空蒸着により形成した。蒸着物質として上述の式(1)で表される組成物を含有する、ダイキン工業株式会社製のフッ素含有有機ケイ素化合物(オプツールDSX)を用いた。具体的には、オプツールDSXを、フッ素系溶剤(ダイキン工業株式会社製、デムナムソルベント)に希釈して固形分濃度を3質量%に調整し、これを多孔質セラミックス製のペレットに1g含浸させ乾燥させたものを蒸発源として使用した。蒸着は、ハロゲンランプを用いて蒸発源のペレットを630℃に加熱することにより行った。なお、蒸着時間は3分であった。
以下の表1に示す実施例1〜7および比較例1、2の光学多層膜フィルターについて、帯電防止性、耐薬品性の評価を行った。評価方法は以下の通りである。
【0036】
(シート抵抗の測定(帯電防止性))
光学多層膜フィルターのシート抵抗を、三菱ケミカル社製の測定機器(製品名「ハイレスターUP MCP−HT45」)を用いて測定した。測定条件は1000Vであり、測定時の環境は湿度55%±5%、気温25℃±3℃であった。測定結果を図4に示す。
【0037】
(ゴミの付着試験(帯電防止性))
光学多層膜フィルターの表面にベンコット(旭化成せんい株式会社製、セルロース100%)を1kgの垂直荷重で10往復擦りつけて静電気を与えた後、ごみ(2〜3mmに砕いた発泡スチロール)の付着の有無を観察して以下の基準により評価した。評価結果を表1に示す。
○:全くゴミの付着がない。
△:数個のゴミの付着がある。
×:多くのゴミが付着する。
【0038】
(耐薬品性の評価)
以下のようにして光学多層膜フィルターの表面に傷をつけ、その後、薬液浸漬を行った。そして、処理後の光学多層膜フィルターについて光学薄膜2の剥離(膜剥がれ)の有無を観察して以下の基準により耐薬品性を評価した。評価結果を表1に示す。
○:光学薄膜2の剥がれがない。
×:光学薄膜2の剥がれがある。
【0039】
(1)擦傷方法
図2(A),(B)に示すように評価用の光学多層膜フィルター10をドラム管52の内壁に4つ貼り付け、擦傷用として不織布53とオガクズ54を入れる。そして、蓋をした後、図3に示すようにドラム管52を30rpmで30分間回転させる。
(2)薬液浸漬方法
人の汗を模した薬液(純水1リットルに乳酸50g、塩を100g溶解した溶液)を50℃に保持しながら、(1)の工程後の光学多層膜フィルターを100時間浸漬する。
【0040】
【表1】

【0041】
(評価結果)
図4に示すように、a−Si層を設けた実施例2〜実施例7では、シート抵抗が小さく、優れた帯電防止性を発揮している。また、表1に示すようにゴミの付着もない。また、実施例1は、比較例1に比べてシート抵抗が小さく、ゴミの付着も少ない。
一方、a−Si層の厚みが0.0nmの比較例1ではシート抵抗が大きいために帯電防止性が得られず、ゴミが付着している。
また、表1に示すように、ITO層を設けていない実施例1〜7では、良好な耐薬品性が得られている。一方、a-Si層ではなくITO層を設けた比較例2では、ITOが薬液によって溶解し、光学薄膜2の剥離が見られる。
【0042】
<試験2>
上述の実施例1〜7および比較例1の光学多層膜フィルターの各波長における透過率を一般的に使用されている分光光度計を用いて測定した。測定結果を図5に示す。
図5では、a−Si層の厚みがそれぞれ異なる実施例1〜7および比較例1において、透過率に大きな変化がないことを示している。すなわち、従来と変わらない優れた透過率すなわち光学特性を有していると言える。
なお、図5において、a−Si層の厚みが最も厚い実施例7の透過率が最も低く、a−Si層がない比較例1の透過率が最も高くなっている。すなわち、a−Si層の厚みが厚いほど透過率が低下するが、a−Si層の厚みを1nm以上10nm以下とすることにより、透過率および光学特性により優れた光学多層膜フィルターを提供することができる。
【0043】
<試験3>
次に、以下の実施例8および比較例3の光学多層膜フィルターについて、作製直後と作製後14日経過した後のシート抵抗を、三菱ケミカル社製の測定機器(製品名「ハイレスターUP MCP−HT45」)を用いて測定した。測定結果を図6に示す。
〔実施例8〕
実施例4の光学多層膜フィルターを用いた。
〔比較例3〕
実施例4の光学多層膜フィルターの防汚層が積層されていないものを用いた。
【0044】
図6に示すように、防汚層が光学薄膜の表面に形成されている実施例8では、14日経過後であっても、シート抵抗が維持されている。すなわち、帯電防止効果を長期間に渡って維持することができる。
一方、比較例3では、14日経過後のシート抵抗が作製直後のシート抵抗に比べて格段に大きくなっている。すなわち、時間が経過するにしたがって帯電防止効果が失われている。
これは、光学薄膜に含まれるa−Si層が、使用環境中の空気(酸素や水分)と反応して徐々に酸化が進行し、シート抵抗が上昇しているためである。したがって、光学薄膜の表面に防汚層を積層することにより、水分の浸入を防ぎ、長期間に渡って帯電防止効果を奏することができる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、帯電防止効果および耐薬品性に優れた光学多層膜フィルターおよびそのような光学多層膜フィルターの製造方法であり、デジタルカメラやデジタルビデオカメラ等の撮像装置、あるいはカメラ付携帯電話やカメラ付携帯型パソコン(パーソナルコンピューター)の分野で好適に利用することができる。
【符号の説明】
【0046】
1…ガラス基板、2…光学薄膜、2H1〜2H30…高屈折率層、2L1〜2L30…低屈折率層、21…a−Si層、3…防汚層、10…光学多層膜フィルター。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に形成された複数層からなる光学薄膜を有する光学多層膜フィルターであって、
前記光学薄膜には、アモルファスシリコン層が含まれている
ことを特徴とする光学多層膜フィルター。
【請求項2】
請求項1に記載の光学多層膜フィルターにおいて、
前記アモルファスシリコン層の総厚みが1nm以上10nm以下である
ことを特徴とする光学多層膜フィルター。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の光学多層膜フィルターにおいて、
前記光学薄膜の上面に、防汚層が設けられた
ことを特徴とする光学多層膜フィルター。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれかに記載の光学多層膜フィルターにおいて、
前記光学薄膜が、UV−IRカット膜またはIRカット膜である
ことを特徴とする光学多層膜フィルター。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかに記載の光学多層膜フィルターにおいて、
前記基板が、ガラス基板または水晶基板である
ことを特徴とする光学多層膜フィルター。
【請求項6】
基板上に複数層からなる光学薄膜を形成する光学多層膜フィルターの製造方法であって、
前記光学薄膜を真空蒸着にて前記基板の表面に形成する
ことを特徴とする光学多層膜フィルターの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−237639(P2010−237639A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−210104(P2009−210104)
【出願日】平成21年9月11日(2009.9.11)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】