説明

光学物品およびその製造方法

【課題】帯電防止性および耐久性の良好な反射防止層を形成できる光学物品を提供する。
【解決手段】プラスチックレンズ基材1と、この基材1の上にハードコート層2を介して形成された透光性の反射防止層3とを有し、反射防止層3の1つの層32の表面33がシリサイド化されているレンズ10を提供する。このレンズサンプルは、シート抵抗が従来のサンプルに比較し、3桁〜6桁(103〜106)程度小さくなり、光吸収損失の大幅な増加もなく、優れた耐薬品性および耐湿性を備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズなどのレンズ、その他の光学材料あるいは製品に用いられる光学物品およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズなどの光学物品は、種々の機能を果たすための基材(光学基材)の表面に、その基材の機能をさらに強化したり、保護したりするために種々の機能を備えた層(膜)が形成されている。たとえば、レンズ基材の耐久性を確保するためのハードコート層、ゴーストおよびちらつきを防止するための反射防止層などが公知である。反射防止層の典型的なものは、ハードコート層が積層されたレンズ基材の表面に異なる屈折率を持つ酸化膜を交互に積層してなるいわゆる多層反射防止層である。
【0003】
特許文献1には、新規な、低耐熱性基材に好適な帯電防止性能を有する光学要素を提供することが記載されている。プラスチック製の光学基材上に複層構成の反射防止膜を備えた眼鏡レンズなどの光学要素において、反射防止膜が透明導電層を含み、該透明導電層をイオンアシスト真空蒸着により形成し、他の反射防止膜の構成層は、電子ビーム真空蒸着等により形成することが記載されている。導電層としては、インジウム、スズ、亜鉛等のいずれか、又は2種以上の複数を成分とする無機酸化物が挙げられており、特に、ITO(Indium Tin Oxide:酸化インジウムと酸化錫との混合物)が望ましいことが記載されている。
【特許文献1】特開2004−341052号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
基材の表面に形成される膜あるいは層に、帯電防止、電磁遮蔽などを目的として導電性を付与するために、ある程度の厚みの導電層を形成することが公知である。しかしながら、多層からなる反射防止層など、所定の光学設計や膜設計にしたがって製造される膜あるいは層に新たな厚みの層を加えるためには、新たな光学設計や膜設計が必要なり、また、新たに加えられる膜あるいは層の影響を確認する必要がある。たとえば、酸化インジウムスズ(ITO)層は、透明性と帯電防止性に優れているものの、酸やアルカリなどの薬品により侵されやすい。このため、眼鏡レンズの表面に採用すると、人の汗は塩分を含んだ酸なので、ITO層を含む反射防止層の耐久性が問題になる可能性がある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様は、光学物品(光学素子)の製造方法であり、光学基材の上に、直にまたは他の層を介して透光性の第1の層を形成することと、第1の層の表面を低抵抗化することとを有する。ある程度の厚みの導電層を形成する代わりに、既存の層の表面を低抵抗にすることにより、多層からなる反射防止層の光学設計を大きく変化させることなく、第1の層および第1の層を含む多層あるいは膜のシート抵抗を低減できる。このため、帯電防止機能および/または電磁波遮蔽機能などを備えた光学物品をいっそう容易に製造および提供できる。なお低抵抗化とは、電気的な抵抗をより低くすることであり、本願発明では層表面の電気的な抵抗をより低くすることである。
【0006】
眼鏡レンズなどの市販されている光学物品において、光学基材の表面に形成される層には、シリコン系の化合物、たとえば、酸化シリコン、有機ケイ素化合物を用いた層、または、それらを含む層が含まれることが多い。このため、シリコン系の導電構造を表面に導入することは第1の層およびそれに積層される層とのマッチングが良い。シリコン系の導電構造の1つはシリサイドであり、第1の層の表面をシリサイド化することにより、その層の表面を低抵抗化することは有効である。
【0007】
この明細書においてシリサイドとは、遷移金属ケイ素化物(遷移金属シリサイド)を示し、第1の層の表面のシリサイド化とは、表面に、シリサイドを生成する遷移金属および/またはシリコンを物理的および/または化学的な方法、たとえば、蒸着、スパッタリングなどにより打ち込み、添加および/または混合することにより改質し、第1の層のシート抵抗が低下することを示す。シート抵抗が低下することは、第1の層の表面の少なくとも一部にシリサイド、シリサイドと第1の層の組成物との混合物、および/または、シリサイドの酸化物(遷移金属ケイ素酸化物)が顕在化していると考えられるからである。
【0008】
また、表面のシリサイド化を、それによるシート抵抗の低下が帯電防止および/または電磁遮蔽という目的に適合する程度にすることにより、表面の限られた厚み(部分)をシリサイド化することになり、シリサイドによる第1の層の透光性の低下を抑制できる。すなわち、第1の層の光の吸収損失の増加を抑制できる。
【0009】
第1の層の典型的なものは、光学基材の上にハードコート層、またはプライマー層およびハードコート層を介して積層された無機系または有機系の反射防止層である。第1の層が金属酸化物を含む層の場合は、シリサイド化することは、第1の層の表面にシリコンを添加して改質することを含む。この第1の層は、多層構造の反射防止層のいずれかの1つの層または複数の層であることを含む。多層構造の反射防止層のシート抵抗を低減できる。
【0010】
シリサイド化することは、第1の層の表面にシリコンおよび金属を添加して改質することを含んでもよい。また、シリサイド化することは、第1の層の表面に遷移金属ケイ素化物を添加して改質することを含んでもよい。第1の層は、無機系または有機系の反射防止層であってもよい。第1の層の上に、直にまたは他の層を介して防汚層を形成することをさらに有してもよい。
【0011】
本発明の他の態様の1つは、光学基材と、光学基材の上に、直にまたは他の層を介して形成された透光性の第1の層とを有し、第1の層の表面がシリサイド化されている光学物品である。第1の層の表面をシリサイド化することにより、その層およびその層を含み、光学基材の上に形成された膜あるいは層のシステムのシート抵抗を低減できる。したがって、基材の表面に形成された膜あるいは層に導電性を付与でき、帯電防止、電磁遮蔽などの機能を付与あるいはその機能を向上できる。さらに、シリサイドは、ITOと比較して、酸やアルカリなどの薬品に対して安定している。このため、耐久性の低下を抑制でき、帯電防止などが要望される身の回りの物品(素子、製品)、たとえば、眼鏡のレンズ、カメラのレンズ、情報端末の表示装置、DVDなどの多種多様な光学物品に適用できる。
【0012】
第1の層の典型的なものは、無機系の反射防止層である。すなわち、光学物品が多層構造の反射防止層を有している場合は、第1の層は多層構造の反射防止層に含まれる1つの層であってよい。第1の層が反射防止層を構成する多層の複数の層であってもよい。第1の層は、有機系の反射防止層に含まれる層であってもよい。
【0013】
さらに、光学物品は、第1の層の上に、直にまたは他の層を介して形成された防汚層を有していてもよい。防汚層は撥水性能を有するので、防汚層を有する光学物品表面は、空気中の水分を保持することができない。その結果、帯電し易い。第1の層を含む光学物品であれば、防汚層を有する光学物品であっても、帯電を防止することができる。典型的な光学基材は、プラスチックレンズ基材であり、たとえば、眼鏡レンズである。
【0014】
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、眼鏡レンズと、眼鏡レンズが装着されたフレームとを有する眼鏡である。
【0015】
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品であって、一方の面が外界に面した光学物品を有し、光学物品を通して画像を透視するためのシステムである。このシステムの典型的なものは、時計、表示装置および表示装置を有する端末などの情報処理装置であり、表示装置の表面の帯電性を抑制でき、また、電磁波遮蔽能力を向上できる。
【0016】
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を通して画像を投影させるため画像形成装置とを有するシステムである。このシステムの典型的なものはプロジェターである。光学物品の典型的なものは、投射用のレンズ、ダイクロイックプリズム、カバーガラスなどである。本発明を、画像形成装置の1つであるLCD(液晶デバイス)などのライトバルブあるいはそれらに含まれる素子に適用してもよい。
【0017】
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を通して画像を取得するための撮像装置とを有するシステムである。このシステムの典型的なものはカメラである。光学物品の典型的なものは、結像用のレンズ、カバーガラスなどである。本発明を、撮像装置の1つであるCCDなどに適用してもよい。
【0018】
本発明のさらに異なる他の態様の1つは、上記の光学物品と、光学物品を通してアクセスする媒体とを有するシステムである。このシステムの典型的なものは、記録媒体を内蔵し、表面の帯電性が低いことが要望されるDVDなどの情報記録装置、美的表現を発揮する媒体を内蔵した装飾品などである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】タイプA1の層構造の反射防止層を含むレンズの構造を示す断面図。
【図2】反射防止層の製造に用いる蒸着装置を模式的に示す図。
【図3】タイプAに関連する反射防止層の層構造を示す表。
【図4】タイプAに関連するサンプルの評価結果を示す表。
【図5】図5(A)は、表面の電気抵抗を測定する様子を示す断面図、図5(B)は平面図。
【図6】図6(A)は、耐薬品性試験の擦傷工程に使用される試験装置の外観を示す図、図6(B)は試験装置の内部構造を示す図。
【図7】耐薬品性試験の擦傷工程に使用される試験装置を回転することを示す図。
【図8】耐湿性試験におけるむくみを判定する装置の概略を示す図。
【図9】図9(A)は、レンズ表面にむくみのない状態を模式的に示す図、図9(B)はレンズ表面にむくみのある状態を模式的に示す図。
【図10】図10(A)は、Siをイオンアシスト蒸着により打ち込む(添加)する様子を示す図、図10(B)は、添加されたSiにより表面が改質されシリサイド化される様子を示す図。
【図11】タイプB1の層構造の反射防止層を含むレンズの構造を示す断面図。
【図12】タイプBに関連する反射防止層の層構造を示す表。
【図13】タイプBに関連するサンプルの評価結果を示す表。
【図14】タイプCの層構造の反射防止層を含むレンズの構造を示す断面図。
【図15】シート抵抗と、シート抵抗を低減するための処理時間との関係を示す図。
【図16】シート抵抗と、光吸収損失との関係を示す図。
【図17】眼鏡の概要を示す図。
【図18】プロジェクターの概要を示す図。
【図19】デジタルカメラの概要を示す図。
【図20】記録媒体の概要を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の幾つかの実施形態を説明する。以下では、光学物品として眼鏡用のレンズを例示して説明するが、本発明を適用可能な光学物品はこれに限定されるものではない。
【0021】
図1に、典型的なレンズの構成を、基材を中心とした一方の面の側の断面図により示している。レンズ10は、レンズ基材1と、レンズ基材1の表面に形成されたハードコート層2と、ハードコート層2の上に形成された透光性の反射防止層3と、反射防止層3の上に形成された防汚層4とを含む。
【0022】
1. レンズの概要
1.1 レンズ基材
レンズ基材1は、特に限定されないが、(メタ)アクリル樹脂をはじめとしてスチレン樹脂、ポリカーボネート樹脂、アリル樹脂、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート樹脂(CR−39)等のアリルカーボネート樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエーテル樹脂、イソシアネート化合物とジエチレングリコールなどのヒドロキシ化合物との反応で得られたウレタン樹脂、イソシアネート化合物とポリチオール化合物とを反応させたチオウレタン樹脂、分子内に1つ以上のジスルフィド結合を有する(チオ)エポキシ化合物を含有する重合性組成物を硬化して得られる透明樹脂等を例示することができる。レンズ基材1の屈折率は、たとえば、1.64〜1.75程度である。この実施形態においては、屈折率は上記の範囲でも、上記の範囲から上下に離れていてもよい。
【0023】
1.2 ハードコート層(プライマー層)
ハードコート層2は、耐擦傷性を向上するものである。ハードコート層2に使用される材料として、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等を挙げることができる。ハードコート層2の一例は、シリコーン系樹脂であり、金属酸化物微粒子、シラン化合物からなるコーティング組成物を塗布し硬化させてハードコート層を形成できる。このコーティング組成物にはコロイダルシリカ、および多官能性エポキシ化合物等の成分が含まれていてもよい。
【0024】
金属酸化物微粒子の具体例は、SiO2、Al23、SnO2、Sb25、Ta25、CeO2、La23、Fe23、ZnO、WO3、ZrO2、In23、TiO2等の金属酸化物からなる微粒子または2種以上の金属の金属酸化物からなる複合微粒子である。これらの微粒子を、分散媒たとえば水、アルコール系もしくはその他の有機溶媒にコロイド状に分散させたものをコーティング組成物に混合できる。
【0025】
レンズ基材1とハードコート層2との密着性を確保するために、レンズ基材1とハードコート層2との間にプライマー層を設けてもよい。プライマー層は、高屈折率レンズ基材の欠点である耐衝撃性を改善するためにも有効である。プライマー層を形成するための樹脂としては、アクリル系樹脂、メラミン系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリビニルアセタール系樹脂、アミノ系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、ビニルアルコール系樹脂、スチレン系樹脂、シリコン系樹脂およびこれらの混合物もしくは共重合体等が挙げられる。密着性を持たせるためのプライマー層としてはウレタン系樹脂およびポリエステル系樹脂がよい。
【0026】
ハードコート層2およびプライマー層の製造方法の典型的なものは、ディッピング法、スピンナー法、スプレー法、フロー法によりコーティング組成物を塗布し、その後、40〜200°Cの温度で数時間加熱乾燥する方法である。
【0027】
1.3 反射防止層
ハードコート層2の上に形成される反射防止層3の典型的なものは無機系の反射防止層と有機系の反射防止層である。無機系の反射防止層は多層膜で構成され、例えば、屈折率が1.3〜1.6である低屈折率層と、屈折率が1.8〜2.6である高屈折率層とを交互に積層して形成することができる。層数としては、5層あるいは7層程度が好ましい。反射防止層を構成する各層に使用される無機物の例としては、SiO2、SiO、ZrO2、TiO2、TiO、Ti23、Ti25、Al23、TaO2、Ta25、NdO2、NbO、Nb23、NbO2、Nb25、CeO2、MgO、Y23、SnO2、MgF2、WO3、HfO2、Y23などが挙げられる。これらの無機物は単独で用いるかもしくは2種以上を混合して用いる。
【0028】
反射防止層3を形成する方法としては、乾式法、例えば、真空蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法などが挙げられる。真空蒸着法においては、蒸着中にイオンビームを同時に照射するイオンビームアシスト法を用いてもよい。
【0029】
有機系の反射防止層3の製造方法の1つは湿式法である。例えば、内部空洞を有するシリカ系微粒子(以下、「中空シリカ系微粒子」ともいう)と、有機ケイ素化合物とを含んだ反射防止層形成用のコーティング組成物を、ハードコート層、プライマー層と同様の方法でコーティングして形成することもできる。中空シリカ系微粒子を用いるのは、内部空洞内にシリカよりも屈折率が低い気体または溶媒が包含されることによって、空洞のないシリカ系微粒子に比べてより屈折率が低減し、結果的に、優れた反射防止効果を付与できるからである。中空シリカ系微粒子は、特開2001−233611号公報に記載されている方法などで製造することができるが、平均粒子径が1〜150nmの範囲にあり、かつ屈折率が1.16〜1.39の範囲にあるものを使用することが望ましい。この有機系の反射防止層の層厚は、50〜150nmの範囲が好ましい。この範囲より厚すぎたり薄すぎたりすると、十分な反射防止効果が得られないおそれがある。
【0030】
1.4 防汚層
反射防止層3の上に撥水膜、または親水性の防曇膜(防汚層)4を形成することが多い。防汚層4は、光学物品(レンズ)10の表面の撥水撥油性能を向上させる目的で、反射防止層3の上に、フッ素を含有する有機ケイ素化合物からなる層を形成したものである。フッ素を含有する有機ケイ素化合物としては、例えば、特開2005−301208号公報や特開2006−126782号公報に記載されている含フッ素シラン化合物を好適に使用することができる。
【0031】
含フッ素シラン化合物は、有機溶剤に溶解し、所定濃度に調整した撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)として用いることが好ましい。防汚層は、この撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を反射防止層上に塗布することにより形成することができる。塗布方法としては、ディッピング法、スピンコート法などを用いることができる。なお、撥水処理液(防汚層形成用のコーティング組成物)を金属ペレットに充填した後、真空蒸着法などの乾式法を用いて、防汚層を形成することも可能である。
【0032】
防汚層の層厚は、特に限定されないが、0.001〜0.5μmが好ましい。より好ましくは0.001〜0.03μmである。防汚層の層厚が薄すぎると撥水撥油効果が乏しくなり、厚すぎると表面がべたつくので好ましくない。また、防汚層の厚さが0.03μmより厚くなると反射防止効果が低下する可能性がある。
【0033】
2. サンプルの製造(タイプA)
2.1 実施例1(サンプルS1)
2.1.1 レンズ基材の選択およびハードコート層の成膜
ハードコート層2を形成するための塗布液(コーティング液)を次のように調製した。エポキシ樹脂−シリカハイブリッド(商品名:コンポセランE102(荒川化学工業(株)製))20重量部に、酸無水物系硬化剤(商品名:硬化剤液(C2)(荒川化学工業(株)製))4.46重量部を混合、攪拌して塗布液(コーティング液)を得た。このコーティング溶液を所定の厚さになるようにスピンコーターを用いて基材1の上に塗布してハードコート層2を成膜した。
【0034】
基材1としては、屈折率1.67の眼鏡用のプラスチックレンズ基材(セイコーエプソン(株)製、商品名:セイコースーパーソブリン(SSV))を用いた。塗布後のレンズ基材を125°Cで2時間焼成した。
【0035】
2.1.2 反射防止層の成膜
2.1.2.1 蒸着装置
次に、図2に示す蒸着装置100により無機系の反射防止層3を製造(成膜)した。例示した蒸着装置100は電子ビーム蒸着装置であり、真空容器110、排気装置120およびガス供給装置130を備えている。真空容器110は、ハードコート層2までが形成されたレンズサンプル10が載置されるサンプル支持台115と、サンプル支持台115にセットされたレンズサンプル10を加熱するための基材加熱用ヒーター116と、熱電子を発生するフィラメント117とを備えており、電子銃(不図示)により蒸発源(るつぼ)112および113にセットされた蒸着材料に熱電子114を照射し蒸発させ、レンズサンプル10に材料を蒸着する。
【0036】
さらに、この蒸着装置100は、イオンアシスト蒸着を可能とするために、容器110の内部に導入したガスをイオン化して加速し、レンズサンプル10に照射するためのイオン銃118を備えている。また、真空容器110には、残留した水分を除去するためのコールドトラップや、層厚を管理するための装置等をさらに設けることができる。層厚を管理する装置としては、例えば、反射型の光学膜厚計や水晶振動子膜厚計などがある。
【0037】
真空容器110の内部は、排気装置120に含まれるターボ分子ポンプまたはクライオポンプ121および圧力調節バルブ122により高真空、たとえば1×10-4Paに保持できる。一方、真空容器110の内部は、ガス供給装置130により所定のガス雰囲気することも可能である。たとえば、ガス容器131には、アルゴン(Ar)、窒素(N2)、酸素(O2)などが用意される。ガスの流量は流量制御装置132により制御でき、真空容器110の内圧は圧力計135により制御できる。
【0038】
基材加熱用ヒーター116は、例えば赤外線ランプであり、レンズサンプル10を加熱することによりガス出しあるいは水分とばしを行い、レンズサンプル10の表面に形成される層の密着性を確保する。
【0039】
したがって、この蒸着装置100における主な蒸着条件は、蒸着材料、電子銃の加速電圧および電流値、イオンアシストの有無である。イオンアシストを利用する場合の条件は、イオンの種類(真空容器110の雰囲気)と、イオン銃118の電圧値および電流値とにより与えられる。以下において、特に記載しないかぎり、電子銃の加速電圧は5〜10kVの範囲、電流値は50〜500mAの範囲の中で成膜レートなどをもとに選択される。また、イオンアシストを利用する場合は、イオン銃118が電圧値200V〜1kVの範囲、電流値が100〜500mAの範囲で成膜レートなどをもとに選択される。
【0040】
2.1.2.2 低屈折率層および高屈折率層の成膜
ハードコート層2が形成されたレンズサンプル10をアセトンにて洗浄し、真空容器110の内部にて約70°Cの加熱処理を行い、レンズサンプル10に付着した水分を蒸発させる。次に、レンズサンプル10の表面にイオンクリーニングを実施した。具体的には、イオン銃118を用いて酸素イオンビームを数百eVのエネルギーでレンズサンプル10の表面に照射し、レンズサンプル10の表面に付着した有機物の除去を行った。この方法により、レンズサンプル10の表面に形成する膜の付着力を強固なものとすることができる。なお、酸素イオンの代わりに不活性ガス、例えばAr、キセノン(Xe)、N2を用いて同様の処理を行ってもよいし、酸素ラジカルや酸素プラズマを照射してもよい。
【0041】
真空容器110の内部を十分に真空排気した後、電子ビーム真空蒸着法により、低屈折率層31および高屈折率層32を交互に積層して反射防止層3を製造した。
【0042】
実施例1のレンズサンプルS1(以降では、各々の実施例のサンプルはサンプルS1と呼び、共通するサンプルについてはサンプル10と呼ぶ)には、二酸化ケイ素(SiO2)層を低屈折率層31として形成し、酸化チタン(TiO2)層を高屈折率層32として形成した。図1に示すように、第1層、第3層、第5層および第7層が低屈折率層31であり、イオンアシストは行わず、真空蒸着によりSiO2層を成膜した。成膜レートは2.0nm/secとし、電子銃の加速電圧は7kV、電流は100mAとした。第2層、第4層および第6層が高屈折率層であり、酸素ガスを導入しながらイオンアシスト蒸着を行い、TiO2層を成膜した。成膜レートは0.4nm/secとし、電子銃の加速電圧は7kV、電流は360mAとした。第1〜第7層の膜厚は、44nm、10nm、57nm、36nm、25nm、36nm、101nmに管理した。この7層からなる層構造、すなわち、第1層、第3層、第5層および第7層がSiO2層、第2層、第4層および第6層がTiO2層の層構造をタイプAの層構造と呼ぶことにする。
【0043】
2.1.3 シリサイド化
第6層(TiO2層)32を成膜後、第7層(SiO2層)31を成膜する前に、蒸着装置100を用い、Si(金属シリコン)を、アルゴンイオンを用いたイオンアシスト蒸着により第6層の表面33に添加し、図1に示すように、第6層の表面33を改質した。この処理により第6層の表面33はシリサイド化したと考えられる。イオンアシスト蒸着の条件はイオン種がアルゴン、イオンアシスト電圧は1000eV、電流は150mAであり、処理時間(蒸着時間)は10秒である。そして、電子銃の加速電圧は7kV、電流は400mAとした。7層構造でシリサイド化を施したタイプの層構造をタイプA1と呼ぶことにする。
【0044】
2.1.4 防汚層の成膜
反射防止層3を形成した後、酸素プラズマ処理を施し、真空容器110内で、分子量の大きなフッ素含有有機ケイ素化合物を含む「KY−130」(商品名、信越化学工業(株)製)を含有させたペレット材料を蒸着源として、約500°Cで加熱し、KY−130を蒸発させて、防汚層4を成膜した。蒸着時間は、約3分間程度とした。酸素プラズマ処理を施すことにより最終のSiO2層の表面にシラノール基を生成できるので、反射防止層3と防汚層4との化学的密着性(化学結合)を向上できる。蒸着終了後、真空蒸着装置100からレンズサンプル10を取り出し、反転して再び投入し、上記の2.1.2〜2.1.4の工程を同じ手順で繰り返し、反射防止層の成膜、シリサイド化および防汚層の成膜を行った。その後、レンズサンプル10を真空蒸着装置100から取り出した。これにより、レンズ基材1の両面にハードコート層2、シリサイド化されたタイプA1の反射防止層3、および防汚層4を備えた実施例1のレンズサンプルS1が得られた。
【0045】
2.2 実施例2(サンプルS2)
レンズ以外の光学物品の実施例として、光学基材1としてカバーガラスを用い、その表面に反射防止層3が形成されたサンプルS2を製造した。このサンプルS2では、光学基材1は、透明な白板ガラス(B270)である。この光学基材1の上に、ハードコート層を成膜せず、直に反射防止層3を成膜した。成膜方法は、上記の2.1.2と同じである。さらに、上記の2.1.3と同様にシリサイド化した。したがって、このサンプルS2は、タイプA1の反射防止層3を備えている。また、反射防止層3の上に防汚層4を形成している。
【0046】
2.3 実施例3〜8(サンプルS3〜S8)
レンズサンプルS1と、カバーガラスのサンプル(ガラスサンプル)S2とについて、2.1.3のシリサイド化のための処理条件を変えた幾つかのサンプルS3〜S8を製造した。レンズサンプルS3およびガラスサンプルS4は、シリサイド化のためのイオンアシスト蒸着の条件をイオン種がアルゴン、イオンアシスト電圧は1000eV、電流は150mA、イオンアシスト蒸着により処理時間(蒸着時間)を5秒とした。レンズサンプルS5およびガラスサンプルS6は、シリサイド化のイオンアシスト蒸着の条件をイオン種がアルゴン、イオンアシスト電圧は500eV、電流は150mA、処理時間を10秒とした。レンズサンプルS7およびガラスサンプルS8は、シリサイド化のイオンアシスト蒸着の条件をイオン種がアルゴンと酸素の1対1、イオンアシスト電圧は250eV、電流は150mA、処理時間を5秒とした。
【0047】
2.4 比較例1、2(サンプルR1、R2)
上記の実施例により得られたレンズサンプルおよびガラスサンプルと比較するために、実施例1および実施例2と同様にレンズサンプルR1およびガラスサンプルR2を製造した。ただし、シリサイド化(2.1.3)は行わなかった。すなわち、比較例1により製造されたレンズサンプルR1は、レンズ基材1と、ハードコート層2と、シリサイド化された層を含まないタイプAの反射防止層3と、防汚層4とを含む。比較例2により製造されたガラスサンプルR2は、ガラス基材1と、シリサイド化された層を含まないタイプAの反射防止層3と、防汚層4とを含む。
【0048】
2.5 比較例3〜8(サンプルR3〜R8)
上記の実施例により得られたレンズサンプルと比較するために、透明な導電層としてITO(酸化インジウムスズ)層を備えたレンズサンプルR3〜R8を製造した。これらのレンズサンプルR3〜R8は、上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。さらに、実施例1と同様に基本的には7層からなる反射防止層3を成膜した(2.1.2参照)。
【0049】
ただし、第6層(TiO2層)を成膜後、第7層(SiO2層)を成膜する前に、酸化インジウムスズ(ITO)をイオンアシスト真空蒸着により成膜した。ITO層の成膜の際は、電子銃の加速電圧を7kV、電流値を50mAとし、ITO膜の酸化を促進させるために真空容器内に毎分15ミリリットルの酸素ガスを導入し、酸素雰囲気とした。また、イオン銃へは毎分35ミリリットルの酸素ガスを導入し、加速電圧を500V、電流値を250mAとして酸素イオンビームを照射した。また、ITO層の成膜レートは0.1nm/secとした。ITO層の膜厚は、サンプルR3〜R8で2.5、3.5、5、7、10および15nmと変えた。したがって、ITO層を含むと反射防止層3は8層構造になる。この8層構造で、ITO層を含むタイプの層構造をタイプA2と呼ぶことにする。
【0050】
さらに、この比較例3〜8においては、膜厚の異なるITO層を挟むことにより、反射防止層3の膜設計が変わり、SiO2層およびTiO2層の膜厚が異なり、タイプA2−1〜A2−6としている。サンプルR3〜R8の反射防止層3の層構造を、上述したサンプルS1〜S8、R1およびR2とともに図3に示している。なお、二酸化ケイ素(SiO2)からなる低屈折率層の波長550nmにおける屈折率nは1.462である。また、酸化チタン(TiO2)からなる高屈折率層の波長550nmにおける屈折率nは2.431である。ITO層の波長550nmにおける屈折率nは2.1である。
【0051】
3. サンプルの評価
上記により製造されたサンプルS1〜S8およびR1〜R8について、シート抵抗、ごみの付着試験、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)について評価した。それらの評価結果を図4にまとめて示している。
【0052】
3.1 シート抵抗
図5(A)および(B)に、各サンプルのシート抵抗を測定する様子を示している。この例では、測定対象、たとえば、レンズサンプル10の表面10Aにリングプローブ61を接触し、レンズサンプル10の表面10Aのシート抵抗を測定した。測定装置60は、三菱化学(株)製高抵抗抵抗率計ハイレスタUP MCP−HT450型を使用した。使用したリングプローブ61は、URSタイプであり、2つの電極を有し、外側のリング電極61Aは外径18mm、内径10mmであり、内側の円形電極61Bは直径7mmである。それらの電極間に1000V〜10Vの電圧を印加し、各サンプルのシート抵抗を計測した。
【0053】
図4に測定結果を示している。サンプルR1およびR2の測定結果が示すように、従来のレンズサンプルおよびガラスサンプルではシート抵抗は5×1013[Ω/□]である。シート抵抗を低減するために反射防止層3にITO層を含めたレンズサンプルR3〜R8では、ITO層の厚みに依存するが、シート抵抗は1.5×1011[Ω/□]〜2×1013[Ω/□]に低下する。これに対し、反射防止層3の1つの層の表面をシリサイド化したサンプルS1〜S8においては、シート抵抗が5×107[Ω/□]〜1×1010[Ω/□]となり、シート抵抗が従来のサンプルに比較し、3桁〜6桁(103〜106)程度小さくなる。すなわち、シート抵抗が1/103〜1/106になる。したがって、シリサイド化することにより大幅にシート抵抗が低下することが分かる。
【0054】
また、反射防止層3を8層構造にしてITO層を含めたサンプルR3〜R8と比較しても、シート抵抗は1桁〜6桁(101〜106)程度小さくなり、シート抵抗が1/10〜1/106になる。したがって、ITO層を含めたサンプルよりも、1つの層の表面をシリサイド化することにより大幅にシート抵抗を低下できることがわかる。そして、1つの層の表面をシリサイド化するだけでよいので、反射防止層3の膜設計を変える必要はない。
【0055】
さらに、これらの結果より、1つの層の表面をシリサイド化するだけで、シート抵抗が大幅に低下することが分かる。したがって、ある層の表面がシリサイド化されたか否かはシート抵抗を測定することにより判断できる。すなわち、この明細書においてシリサイドとは、遷移金属ケイ素化物(遷移金属シリサイド)を示し、第1の層の表面のシリサイド化とは、表面に、シリサイドを生成する遷移金属および/またはシリコンを物理的および/または化学的な方法、たとえば、蒸着、スパッタリングなどにより打ち込み、添加および/または混合することにより改質し、第1の層の表面の少なくとも一部にシリサイド、シリサイドと第1の層の組成物との混合物、および/または、シリサイドの酸化物(遷移金属ケイ素酸化物)を顕在化させることを示す。そして、第1の層の表面をシリサイド化することにより、その層に限らず、その層の上に数レイヤーを重ねてもシート抵抗が低下する。したがって、シート抵抗を測定することにより、内部の少なくとも1層の表面がシリサイド化されたか否かの判断が可能となる。
【0056】
レンズ、カバーガラスなどの光学物品の表面抵抗を低減することにより幾つかの効果が得られる。典型的な効果は、帯電防止、および電磁遮蔽である。眼鏡用のレンズにおいて帯電防止性の有無の目安は、シート抵抗が1×1012[Ω/□]以下であると考えられている。以下のごみの付着試験では、サンプルR1、R2およびR3(シート抵抗が5×1013[Ω/□]および2×1013[Ω/□])ではごみの付着が確認され、他のサンプルではごみの付着は確認されなかった。さらに、使用上の安全性などを考慮すると、上記の測定方法で測定されたシート抵抗が1×1011[Ω/□]以下であることがいっそう好ましい。サンプルS1〜S8は、上記の測定方法で測定されたシート抵抗が1×1011[Ω/□]以下、さらに、1×1010[Ω/□]以下であり、非常に優れた帯電防止性を備えていることが分かる。
【0057】
3.2 ごみの付着試験
プラスチックレンズの表面上で、眼鏡レンズ用拭き布を1kgの垂直荷重にて10往復こすりつけ、このときに発生した静電気によるごみの付着の有無を調べた。ここで、ごみとしては、発泡スチロールを約5mmの大きさに砕いたものを使用した。判断基準は以下の通りである。
○:ごみの付着が認められなかった。
△:ごみが数個付着していることが認められた。
×:数多くのごみが付着していることが認められた。
【0058】
ごみの付着がない場合は帯電防止効果に優れ、ごみの付着がある場合は帯電防止効果が劣っていると考えられる。図4に示すように、シリサイド化を施したサンプルS1〜S8の評価はすべて○であり、帯電防止効果に優れていることがわかった。また、ITO層を形成した幾つかのサンプルR5〜R8は○であり、ある程度の帯電防止効果を示している。しかしながら、ITO層を形成したサンプルR4は△であり、ITO層を形成したサンプルR3および何も導電的な膜を形成していないサンプルR1およびR2はいずれも×であり、帯電防止効果が劣っていることがわかった。
【0059】
3.3 吸収損失
光の吸収損失を測定した。光の吸収損失は、表面が湾曲していたりすると測定が難しい。このため、上記のサンプルS1〜S8のうち、ガラスサンプルS2、S4、S6およびS8について吸収損失を測定し、ガラスサンプルR2の吸収損失と比較した。
【0060】
光の吸収損失は、分光光度計を用いて反射率と透過率を測定し、(A)式にて吸収率を算出した。測定には、日立製分光光度計U−4100を使用した。
吸収率(吸収損失)=100%−透過率−反射率 ・・・・(A)
以下、吸収率は波長550nm付近の吸収率を記している。
【0061】
シリサイド化することにより若干吸収損失が上昇する傾向がみられる。しかしながら、最大でも3%程度であり、十分に透光性は高く、反射防止層3の透光性に大きな影響を与えるほど光吸収損失は増加していない。したがって、シリサイド化した層を含む層構造A1の反射防止層3は眼鏡用のレンズとして十分に使用できる。また、帯電防止を考慮するのであれば、吸収損失が0.5%のサンプルS8程度で十分にシート抵抗が小さい。したがって、シリサイド化することにより、従来とほぼ同等の吸収損失で、透光性であり(透明であり)、帯電防止性能の優れた光学物品を提供できることが分かる。
【0062】
3.4 耐薬品性
各サンプルの表面に傷をつけ、その後、薬液浸漬を行い、反射防止膜の剥がれの有無を観察して耐薬品性を評価した。
【0063】
(1)擦傷工程
図6(A)に示す容器(ドラム)71の内壁に図6(B)に示すように評価用のサンプル10を4つ貼り付け、擦傷用として不織布73とオガクズ74を入れる。そして、蓋をした後、図7に示すようにドラム71を30rpmで30分間回転させる。
【0064】
(2)薬液浸漬工程
人の汗を模した薬液(純水に乳酸を50g/L、塩を100g/L溶解した溶液)を用意した。(1)の擦傷工程を経たサンプル10を、50°Cに保持した薬液に100時間浸漬した。
【0065】
(3)評価
上記の工程を経たサンプル10を従来のサンプルであるサンプルR1およびR2を基準に目視により評価した。判断基準は以下の通りである。
○:基準のサンプルと比較し、傷がほとんど見えず、同等の透明性がある。
△:基準のサンプルに対して傷が見え、透明性が劣る。
×:基準のサンプルに対して層の剥離および多数の傷が見え、透明性が著しく低下した。
【0066】
図4に示す様にシリサイド化を施したサンプルS1〜S8の評価はすべて○であり、日常的に用いられる環境において、優れた耐薬品性を示した。一方、ITO層を成膜したサンプルR3〜R8の評価はすべて×であり、ITO層を成膜することによりサンプルの耐薬品性が低下していることが分かる。
【0067】
3.5 むくみの発生(耐湿性)の評価
(1)恒温恒湿度環境試験
作製した各サンプルを恒温恒湿度環境(60°C、98%RH)で8日間放置した。
【0068】
(2)むくみの判定方法
上記の恒温恒湿度環境試験を経た各サンプルの表面または裏面の表面反射光を観察し、むくみの有無を判断した。具体的には、図8に示すように、サンプル10の凸面10Aにおける蛍光灯75の反射光を観察した。図9(A)に示すように、蛍光灯75の反射光76の像の輪郭がくっきりと明瞭に観察できる場合は「むくみ無し」と判定した。一方、図9(B)に示すように、蛍光灯75の反射光77の像の輪郭がぼやけている、またはかすれて観察できるときは「むくみ有り」と判定した。
【0069】
(3)評価
図4に示す様にシリサイド化を施したサンプルS1〜S8についてはむくみの発生は観測されず、すぐれた耐湿性を示した。一方、ITO層を成膜したサンプルR3〜R8については、ITO層の膜厚が厚くなるとむくみの発生がみられ、ITO層を成膜することによりサンプルの耐湿性が低下する可能性があることを示している。
【0070】
3.6 総合評価
以上の各評価より、反射防止層3の1つの層の表面をシリサイド化したサンプルS1〜S8については、シート抵抗が大幅に低下し、その一方で、耐薬品性および耐湿性の劣化はなく、帯電防止などの特性を持ち、さらに、耐久性の良い光学物品であることがわかった。シリサイド化することにより、若干の吸収損失の増加が観測される。しかしながら、帯電防止および電磁波遮断などの他の目的に応じた適切な導電性が得られる程度にシリサイド化を施すことにより、吸収損失の影響は光学物品としてほとんど無視できる程度のものを提供できる。このため、ある層の表面をシリサイド化することにより、良好な透光性と、さらに、優れた帯電防止性能および電磁波遮断性能とを備えた光学物品を提供できる。
【0071】
図10(A)および(B)に、TiO2層の表面にSiを、イオンアシスト蒸着し、TiO2層の表面をシリサイド化する様子を模式的に示している。図10(A)に示すように、TiO2層の表面にSiを適当なエネルギーのイオンアシスト蒸着することにより、図10(B)に示すように、TiO2層の表面だけではなく、TiO2層の表面から若干、たとえば、1nm前後程度あるいはそれ以上の部分にSi原子が注入(添加)されTiO2とミキシングされる。すなわち、TiO2層にSi原子が叩き込まれ(打ち込まれ)、下地の材料であるTiO2と化学反応を起こし、表面の近傍が改質される。その結果、TiO2層のTi原子とSi原子とが反応し金属間化合物であるTiSi、TiSi2などのチタンシリサイドが形成されると考えられる。チタンシリサイド(たとえば、TiSi2)の抵抗率は15〜20μΩ・cm(シート抵抗(20nm)は12〜18[Ω/□])と低く、HF以外には溶けにくいという耐薬品性も高い。さらに、酸化膜(SiO2)や、TiO2層との密着性も確保できている。
【0072】
したがって、TiO2層の表面の領域の全体に、あるいは部分的に、または、チタンシリサイドの酸化物という状態であっても、チタンシリサイドが存在することにより反射防止層3の抵抗値を低減でき、導電性を向上できると考えられる。このため、シリサイド化する層は、7層構造の6層目に限定されることはなく、いずれかの層でよく、さらに、複数の層の表面をシリサイド化してもよい。
【0073】
チタンシリサイドに限らず、遷移金属ケイ素化物は一般に低抵抗であり、シリコンあるいは含有シリコン化合物が多く用いられる反射防止層との親和性もよい。したがって、TiO2層に限らずに、他の金属酸化物の層にSi原子をイオンアシスト蒸着あるいは他の方法、たとえば、通常の真空蒸着、イオンプレーティング、スパッタリング等を用いて導入・混合し、シリサイド化することは有効である。また、SiO2層の表面にTi原子などの遷移金属原子をイオンアシスト蒸着などの方法により導入・混合して表面をシリサイド化してもよい。さらに、TiSi2などのシリサイド自身を蒸着などの方法により層の表面に導入・混合して表面をシリサイド化することも可能である。
【0074】
シリサイドの他の例としては、ZrSi、CoSi、WSi、MoSi、NiSi、TaSi、NdSi、Ti3Si、Ti5Si3、Ti5Si4、TiSi、TiSi2、Zr3Si、Zr2Si、Zr5Si3、Zr3Si2、Zr5Si4、Zr6Si5、ZrSi2、Hf2Si、Hf5Si3、Hf3Si2、Hf4Si3、Hf5Si4、HfSi、HfSi2、V3Si、V5Si3、V5Si4、VSi2、Nb4Si、Nb3Si、Nb5Si3、NbSi2、Ta4.5Si、Ta4Si、Ta3Si、Ta2Si、Ta5Si3、TaSi2、Cr3Si、Cr2Si、Cr5Si3、Cr3Si2、CrSi、CrSi2、Mo3Si、Mo5Si3、Mo3Si2、MoSi2、W3Si、W5Si3、W3Si2、WSi2、Mn6Si、Mn3Si、Mn5Si2、Mn5Si3、MnSi、Mn11Si19、Mn4Si7、MnSi2、Tc4Si、Tc3Si、Tc5Si3、TcSi、TcSi2、Re3Si、Re5Si3、ReSi、ReSi2、Fe3Si、Fe5Si3、FeSi、FeSi2、Ru2Si、RuSi、Ru2Si3、OsSi、Os2Si3、OsSi2、OsSi1.8、OsSi3、Co3Si、Co2Si、CoSi2、Rh2Si、Rh5Si3、Rh3Si2、RhSi、Rh4Si5、Rh3Si4、RhSi2、Ir3Si、Ir2Si、Ir3Si2、IrSi、Ir2Si3、IrSi1.75、IrSi2、IrSi3、Ni3Si、Ni5Si2、Ni2Si、Ni3Si2、NiSi2、Pd5Si、Pd9Si2、Pd4Si、Pd3Si、Pd9Si4、Pd2Si、PdSi、Pt4Si、Pt3Si、Pt5Si2、Pt12Si5、Pt7Si3、Pt2Si、Pt6Si5、PtSiを挙げることができる。
【0075】
これらの中で、チタンシリサイドに加え、反射防止層の高屈折率層として使用されることが多い、ジルコニウム(Zr)系のシリサイド、タンタル(Ta)系のシリサイド、ネオジム(Nd)系のシリサイド、ニオブ(Nb)系のシリサイドなどは有用である。また、チタンシリサイドと同様に非常に抵抗率の低いシリサイド、たとえば、コバルト系、ニッケル系のシリサイドも有用である。
【0076】
以下では、本発明に含まれる幾つかの異なる実施例を説明する。
【0077】
4. 他のサンプル(タイプB)
4.1 実施例9(サンプルS9)
4.1.1 サンプルS9の製造
上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。さらに、実施例1と同様の蒸着装置100を用いて同様の工程で反射防止層3を成膜した(2.1.2参照)。ただし、実施例9のサンプルレンズS9には、図11に示すように、二酸化ケイ素(SiO2)層を低屈折率層31として形成し、酸化ジルコニウム(ZrO2)層を高屈折率層32として形成した。図11に示すように、第1層、第3層および第5層が低屈折率層31であり、イオンアシストは行わず、真空蒸着によりSiO2層を成膜した。成膜レートは2.0nm/secとした。第2層および第4層が高屈折率層32であり、タブレット状のZrO2焼結体材料を電子ビームで加熱蒸発させZrO2層として成膜した。成膜レートは0.8nm/secとした。第1〜第5層の膜厚は、150nm、30nm、21nm、55nm、85nmに管理した。この5層からなる層構造、すなわち、第1層、第3層および第5層がSiO2層、第2層および第4層がZrO2層の層構造をタイプBの層構造と呼ぶことにする。反射防止層3を形成した後、実施例1と同様に防汚層4を成膜した(2.1.4参照)。
【0078】
4.1.2 シリサイド化
第4層(ZrO2層)を成膜後、第5層(SiO2層)を成膜する前に、Si(金属シリコン)を、アルゴンイオンを用いてイオンアシスト蒸着して添加し、表面33を改質した。この処理により、第4層(ZrO2層)32の表面33がシリサイド化されたと考えられる。イオンアシスト蒸着の条件はイオン種がアルゴン、イオンアシスト電圧は1000eV、電流は150mAであり、イオンアシスト蒸着の時間(処理時間)は10秒である。この5層構造でシリサイド化を施したタイプの層構造をタイプB1と呼ぶことにする。
【0079】
4.2 実施例10(サンプルS10)
実施例2と同様にレンズ以外の光学物品の実施例として、光学基材1としてカバーガラスを用い、その表面に反射防止層3が形成されたサンプルS10を製造した。このサンプルS10では、光学基材1は、透明な白板ガラス(B270)である。この光学基材1の上に、ハードコート層を成膜せず、直に反射防止層3を成膜した。成膜方法は、上記の4.1と同じである。さらに、上記の4.1.2と同様にシリサイド化した。したがって、このサンプルS10は、タイプB1の反射防止層3を備えている。また、反射防止層3の上に、防汚層4を形成した。
【0080】
4.3 実施例11〜16(サンプルS11〜S16)
レンズサンプルS9と、カバーガラスのサンプル(ガラスサンプル)S10とについて、4.1.2のシリサイド化の条件を変えた幾つかのサンプルS11〜S16を製造した。レンズサンプルS11およびガラスサンプルS12は、イオンアシストを実施しないで第4層(ZrO2層)の表面に厚さ1nm程度に達するTiO2層(或いはTiOx層)を作成して下地処理した。その後、シリコンSiをイオンアシスト蒸着して添加した。この処理により、第4層(ZrO2層)32の表面33をシリサイドに改質できたと考えられる。シリサイド化のイオンアシスト蒸着の条件をイオン種がアルゴン、イオンアシスト電圧は500eV、電流は150mA、処理時間(イオンアシスト蒸着の時間)を10秒とした。
【0081】
レンズサンプルS13およびガラスサンプルS14も、イオンアシストを実施しないで第4層(ZrO2層)の表面に厚さ1nm程度のTiO2層で下地処理し、シリコンSiをイオンアシスト蒸着してシリサイド化した。シリサイド化のイオンアシスト蒸着の条件をイオン種がアルゴンと酸素の1対1、イオンアシスト電圧は250eV、電流は150mA、処理時間を10秒とした。
【0082】
さらに、レンズサンプルS15と、ガラスサンプルS16については、蒸着源としてTiSiを採用し、TiSiを第4層(ZrO2層)の表面にイオンアシストを用いずに蒸着し、第4層(ZrO2層)の表面をチタンシリサイドに改質した。
【0083】
4.4 比較例9〜11(サンプルR9〜R11)
上記の実施例により得られたレンズサンプルおよびガラスサンプルと比較するために、実施例10と同様にガラスサンプルR9を製造した。ただし、シリサイド化(4.1.2に相当)は行わなかった。すなわち、比較例9により製造されたガラスサンプルR9は、ガラス基材1と、シリサイド化された層を含まないタイプBの反射防止層3とを含む。
【0084】
比較例10においては、上記の実施例9と同様にレンズサンプルR10を製造した。ただし、シリサイド化(4.1.2)は行わず、金属Siを、イオンアシストを用いずに3nmだけ蒸着した。すなわち、第4層(ZrO2層)を成膜後、第5層(SiO2層)を成膜する前に、金属シリコンを真空蒸着により成膜し、アモルファスシリコンの層を形成した。したがって、アモルファスシリコン層を含むと反射防止層3は6層構造になる。この6層構造で、アモルファスシリコン層を含むタイプの層構造をタイプB2と呼ぶことにする。したがって、比較例10により製造されたレンズサンプルR10は、プラスチックレンズ基材1と、ハードコート層2と、アモルファスシリコン層を含むタイプB2の反射防止層3と、防汚層4とを含む。
【0085】
比較例11においては、上記の実施例9と同様にレンズサンプルR11を製造した。ただし、シリサイド化(4.1.2)は行わず、比較例3〜8と同様にITO層を形成した。すなわち、第4層(ZrO2層)を成膜後、第5層(SiO2層)を成膜する前に、ITOをイオンアシスト真空蒸着により3nm成膜し、ITO層を形成した。したがって、ITO層を含むと反射防止層3は6層構造になる。この6層構造で、ITO層を含むタイプの層構造をタイプB3と呼ぶことにする。したがって、比較例11により製造されたレンズサンプルR11は、プラスチックレンズ基材1と、ハードコート層2と、ITO層を含むタイプB3の反射防止層3と、防汚層4とを含む。
【0086】
これらの層構造を図12に纏めて示している。なお、酸化ジルコニウム(ZrO2)からなる高屈折率層の波長550nmにおける屈折率nは2.05、アモルファスシリコン(金属Si)の波長550nmにおける屈折率nは1.8〜2.0である。
【0087】
4.5 サンプルの評価
上記3.と同様に、サンプルS9〜S16およびR9〜R11について、シート抵抗、ごみの付着試験、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)について評価した。それらの評価結果を図13にまとめて示している。
【0088】
シート抵抗については、サンプルR9の測定結果が示すように、従来のガラスサンプルではシート抵抗は5×1014[Ω/□]である。これに対し、反射防止層3の1つの層の表面をシリサイド化したサンプルS9〜S16においては、シート抵抗が2×109[Ω/□]〜8×1011[Ω/□]となり、シート抵抗が従来のサンプルに比較し、3桁〜5桁(103〜105)程度小さくなる。すなわち、シート抵抗が1/103〜1/105になり、導電率が向上している。したがって、シリサイド化することにより大幅にシート抵抗が低下し、導電率が上昇することが分かる。一方、反射防止層3にアモルファスシリコン層あるいはITO層を含めたレンズサンプルR10、R11では、シート抵抗は2×1012[Ω/□]〜9×1012[Ω/□]であり、良好な帯電防止性能が得られるというほど低下していない。
【0089】
また、これらの結果より、シリサイド化の処理を施したサンプルS9〜S16においては、シート抵抗が大幅に低下していることが分かり、実際に、ZrO2層の表面がシリサイド化された面あるいは領域33に改質されていることが分かる。すなわち、ZrO2層においてもSi原子をたたき込むことにより、下地層のZrとSiとが化学反応し、ジルコニアシリサイド(Zr3Si、Zr2Si、Zr5Si3、Zr3Si2、Zr5Si4、Zr6Si5、ZrSi2)が形成されていると考えられる。また、Zr系に限らず、チタンシリサイドを蒸着させることにより、ZrO2層の表面をシリサイド(可能性としてはTiSi系)に改質できることが分かった。
【0090】
シリサイド化の効果は、特に比較例10と比較すると分かりやすい。比較例10のサンプルR10では、シリコンを蒸着しているがシート抵抗はそれほど低下していない。したがって、ある層の表面をシリサイド化することはシート抵抗を低減するために有用であり、逆に、シリサイド化されたか否かは、シート抵抗を測定することにより判断できることが分かる。
【0091】
また、これらのサンプルS9〜S16は上述した測定方法で測定されたシート抵抗が1×1012[Ω/□]以下であり、ごみの付着試験もすべて○であり、良好な帯電防止性を備えていることがわかった。しかしながら、導電層を形成しないサンプルR9およびアモルファスシリコン層を備えたサンプルR10は×であり帯電防止性が劣っていることがわかった。また、ITO層を備えたサンプルR11は、△であった。
【0092】
光の吸収損失については、タイプA1の層構造を備えたサンプルと同様に、シリサイド化することにより若干吸収損失が上昇する傾向がみられる。しかしながら、最大でも1.2%程度であり、眼鏡用のレンズとしての許容範囲である透光性を備えている。また、帯電防止を考慮するのであれば、吸収損失が0.4%または0.5%のサンプルS14またはS16により、シート抵抗が3×1010[Ω/□]以下までシート抵抗を小さくできる。したがって、シリサイド化することにより、従来とほぼ同等の吸収損失で、透光性および帯電防止性能の優れた光学物品を提供できることが分かる。
【0093】
耐薬品性については、シリサイド化を施したサンプルS9〜S16の評価はすべて○であり、日常的に用いられる環境において、優れた耐薬品性を示した。一方、ITO層を成膜したサンプルR11の評価は×であった。
【0094】
シリサイド化を施したサンプルS9〜S16も含め、すべてのサンプルについてむくみの発生は観測されず、すぐれた耐湿性を示した。
【0095】
以上の各評価より、反射防止層3の1つの層の表面をシリサイド化したサンプルS9〜S16については、先に説明したサンプルS1〜S8と同様に、シート抵抗が大幅に低下し、その一方で、耐薬品性および耐湿性の劣化はなく、帯電防止などの特性を持ち、さらに、耐久性の良い光学物品であることがわかった。したがって、チタンシリサイドに限らず、ジルコニウムシリサイドなどにより表面をシリサイド化することにより、優れた帯電防止性能および電磁波遮断性能を備えた光学物品を提供できることが分かった。
【0096】
5. 他のサンプル(タイプC)
5.1 実施例17(サンプルS17)
5.1.1 サンプルS17の製造
図14に示すように有機系反射防止層35を備えたレンズサンプルS17を製造した。まず、上記の実施例1と同様にレンズ基材1を選択し、ハードコート層2を成膜した(2.1.1参照)。このハードコート層2の表面に有機系の層35により反射防止層3を形成した。
【0097】
化学式 (CH3O)3Si−C24−C612−C24−Si(OCH33で表されるフッ素含有シラン化合物47.8重量部(0.08モル)に、有機溶剤としてメタノール312.4重量部、フッ素を含有しないシラン化合物であるγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン4.7重量部(0.02モル)加え、さらに0.1規定の塩酸水溶液36重量部を加えて混合した。その後、設定温度が25°Cの恒温槽内で2時間攪拌して、固形分比率が10重量%のシリコーンレジンを得た。
【0098】
このシリコーンレジンに、内部に空洞を有するシリカ微粒子として、中空シリカ−イソプロパノール分散ゾル(触媒化成工業(株)製、固形分比率:20重量%、平均粒子径:35nm、外殻厚み:8nm)を、シリコーンレジンと中空シリカの固形分比率が70:30となるように配合した。さらに、分散媒として、プロピレングリコールモノメチルエーテル935重量部を加えて希釈し、固形分が3重量%の組成物を得た。
【0099】
そして、この組成物に、アルミニウム(Al(III))を中心金属とする金属錯塩として、アルミニウムのアセチルアセトン(Al(acac)3)を、最終組成物(有機系反射防止層を形成するコーティング組成物)に対する固形分比率が3重量%となるように加えた後、4時間攪拌した。これにより、有機系反射防止層を形成するコーティング組成物としての反射防止処理液を得た。
【0100】
ハードコート層2が形成されたレンズサンプル10を、大気プラズマによりプラズマ処理した。その後、上記で得られた反射防止処理液を、ハードコート層2の表面に、乾燥膜厚が100nmとなるように、スピナー法を用いて塗布した。そして、温度125°Cに保たれた恒温槽内に2時間投入して、塗布された反射防止処理液の硬化を行った。これにより、ハードコート層2の上に有機系反射防止層35を形成した。さらに、反射防止層35を形成した後、実施例1と同様に防汚層4を成膜した(2.1.3参照)。このようにして、プラスチック基材1、ハードコート層2、有機系の反射防止層35、防汚層4を含むレンズサンプルS17を得た。
【0101】
5.1.2 シリサイド化
反射防止層35を成膜後、防汚層4を成膜する前に、反射防止層35の表面36に、イオンアシストの実施をせず厚さ2nm程度のTiOx層(或いはTiO2層)を作る下地処理を行い、Si原子をイオンアシスト蒸着により添加した。この処理により有機系の反射防止層35の表面をシリサイドに改質した。イオンアシスト蒸着の条件はイオン種がアルゴン、イオンアシスト電圧は1000eV、電流は150mAであり、処理時間(イオンアシスト蒸着時間)は10秒である。
【0102】
5.2 サンプルの評価
上記3.と同様に、サンプルS17について、シート抵抗、吸収損失、耐薬品性(剥がれの発生の有無)、耐湿性(むくみの発生の有無)について評価した。シート抵抗は、1×1010[Ω/□]であり、優れた帯電防止性能が得られた。波長550nm付近の光の吸収損失は0.5%程度であり、眼鏡レンズとして問題のない値であり、十分な透光性を備えている。また、耐薬品性は○であり、日常的に用いられる環境において、優れた耐薬品性を示した。むくみの発生は観測されず、すぐれた耐湿性を示した。
【0103】
以上の各評価より、有機系の反射防止層35においても、表面をシリサイド化することによりシート抵抗を低下できる。その一方で、耐薬品性および耐湿性の劣化はなく、帯電防止などの特性を持ち、さらに、耐久性の良い光学物品であることがわかった。したがって、無機系の層に限らず、有機系の層においても、表面をシリサイド化することにより、優れた帯電防止性能および電磁波遮断性能を備えた光学物品を提供できることが分かった。
【0104】
6. まとめ
図15に、上記のサンプルS1〜S16およびR3〜R8において測定されたシート抵抗をシリサイド化のためにシリコンを添加する処理時間と、ITO層を成膜するための処理時間(ITOの蒸着時間)の関係を示している。
【0105】
この図からわかるように、反射防止層3を形成する酸化物層の表面をシリサイド化することにより簡単にシート抵抗を下げることができる。したがって、帯電防止性能を得るなどの目的で、耐薬品性および耐湿性の劣化の要因になるITO層を形成する必要はない。さらに、表面の限られた領域をシリサイド化するだけで良いので、反射防止層を形成するための多層膜の膜設計を変える必要もない。また、金属酸化膜(層)の表面は、上記のようにシリコンを、イオンアシストを用いて蒸着することによりシリサイト化できる。したがって、従来の反射防止層の構成、材料および蒸着プロセスをほとんど変えずに、表面抵抗が低く、導電性の高いレンズなどの光学物品を提供できる。
【0106】
なお、シリサイト化する方法は、シリコンのイオンアシスト蒸着に限らず、スパッタなどの他のある程度のエネルギーを供給できる方法、シリサイド自体を蒸着する方法などであってもよいことは上述した通りである。
【0107】
図16に、上記のガラスサンプルS2、S4、S6、S8、S10、S12、S14およびS16、R2およびR9の光吸収損失とシート抵抗とを示している。この図からわかるように、シリサイド化し、シート抵抗が下がると、光吸収損失は微小ながら増大する傾向がある。特に、上記の測定方法により測定されたシート抵抗が1×109〜1×1010[Ω/□]近傍より低下すると、光吸収損失の増加傾向が増す。また、ごみの付着現象はシート抵抗が5×1012[Ω/□]以下になると改善することが分かっている。したがって、光吸収損失が大きく性能に影響を及ぼす光学物品においては、シリサイト化によりシート抵抗が1×109〜5×1012[Ω/□]である光学物品が好ましい。さらに、シリサイト化によりシート抵抗が1×1010〜1×1012[Ω/□]である光学物品がいっそう好ましい。
【0108】
なお、上記の実施例で示した反射防止層の層構造は幾つかの例にすぎず、本発明がそれらの層構造に限定されることはない。たとえば、3層以下、あるいは9層以上の反射防止層に適用することも可能であり、シリサイド化する層は1つの層に限定されない。また、高屈折率層と低屈折率層の組み合わせは、TiO2/SiO2、ZrO2/SiO2に限定されることはなく、Ta25/SiO2、NdO2/SiO2、HfO2/SiO2、Al23/SiO2などの系のいずれかの層の表面をシリサイド化することが可能である。
【0109】
図17に、上記のシリサイド化された層を含む眼鏡レンズ10と、眼鏡レンズ10が装着されたフレーム201とを含む眼鏡200を示している。また、図18に、上記のシリサイド化された層を含むレンズ211と、シリサイド化された層を含むカバーガラス212と、投射レンズ211およびカバーガラス212とを通して投影する光を生成する画像形成装置、たとえばLCD213とを備えたプロジェクター210を示している。また、図19に、上記のシリサイド化された層を含む撮像レンズ221と、シリサイド化された層を含むカバーガラス222と、撮像レンズ221およびカバーガラス222を通して画像を取得するための撮像装置、たとえばCCD223とを備えたデジタルカメラ220を示している。また、図20に、上記のシリサイド化された透過層231と、光学的な方法により記録を読み書きできる記録層232とを備えた記録媒体、たとえばDVD230を示している。
【0110】
本発明の光学物品は、これらのシステムの光学物品、たとえば、レンズ、ガラス、プリズム、カバー層などとして多種多様な用途を備えている。また、上記に示したシステムは例示にすぎず、当業者が本発明を利用しうる光学物品およびシステムは、本発明に含まれるものである。
【符号の説明】
【0111】
1 レンズ基材、 2 ハードコート層、 3 反射防止層、 4 防汚層、 10 レンズサンプル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基材の上に、直にまたは他の層を介して透光性の第1の層を形成することと、
前記第1の層の表面を低抵抗化することとを有する、光学物品の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記低抵抗化することは、前記第1の層の表面をシリサイド化することを含む、光学物品の製造方法。
【請求項3】
請求項2において、前記第1の層は金属酸化物を含む層であり、
前記シリサイド化することは、前記第1の層の表面にシリコンを添加して改質することを含む、光学物品の製造方法。
【請求項4】
請求項3において、前記第1の層は多層構造の反射防止層に含まれる1つの層であることを含む、光学物品の製造方法。
【請求項5】
請求項2において、前記シリサイド化することは、前記第1の層の表面にシリコンおよび金属を添加して改質することを含む、光学物品の製造方法。
【請求項6】
請求項2において、前記シリサイド化することは、前記第1の層の表面に遷移金属ケイ素化物を添加して改質することを含む、光学物品の製造方法。
【請求項7】
請求項5または6において、前記第1の層は、無機系または有機系の反射防止層である、光学物品の製造方法。
【請求項8】
請求項4または7において、前記第1の層の上に、直にまたは他の層を介して防汚層を形成することをさらに有する光学物品の製造方法。
【請求項9】
光学基材と、
前記光学基材の上に、直にまたは他の層を介して形成された透光性の第1の層とを有し、前記第1の層の表面がシリサイド化されている、光学物品。
【請求項10】
請求項9において、多層構造の反射防止層を有し、
前記第1の層は前記多層構造の反射防止層に含まれる層である、光学物品。
【請求項11】
請求項9において、前記第1の層は、無機系または有機系の反射防止層である、光学物品。
【請求項12】
請求項10または11において、前記第1の層の上に、直にまたは他の層を介して形成された防汚層をさらに有する光学物品。
【請求項13】
請求項9ないし12のいずれかにおいて、前記光学基材は、プラスチックレンズ基材である、光学物品。
【請求項14】
請求項13において、当該光学物品は眼鏡レンズである、光学物品。
【請求項15】
請求項14に記載の眼鏡レンズと、
前記眼鏡レンズが装着されたフレームとを有する眼鏡。
【請求項16】
請求項9ないし12のいずれかに記載の光学物品と、
前記光学物品を通して画像を投影させるための画像形成装置とを有するシステム。
【請求項17】
請求項9ないし12のいずれかに記載の光学物品と、
前記光学物品を通して画像を取得するための撮像装置とを有するシステム。
【請求項18】
請求項9ないし12のいずれかに記載の光学物品と、
前記光学物品を通してアクセスする媒体とを有するシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2010−186159(P2010−186159A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−197786(P2009−197786)
【出願日】平成21年8月28日(2009.8.28)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】