説明

内燃機関の燃焼診断装置及び内燃機関の制御装置

【課題】突発的に生じる燃焼状態の大きな変化を把握しうる内燃機関の燃焼診断装置と、燃焼状態に応じた細やかな制御を行いうる内燃機関の制御装置を提供する。
【解決手段】ガスエンジン1は、シリンダ2毎のノック強度と相関のある物理量を検出するノックセンサ(筒内圧センサ26)と、このノックセンサの検出信号に対して周波数解析を行い、前記物理量に関するシリンダ2毎のパワースペクトル(102,104)を算出するパワースペクトル算出部32と、ノッキング周波数を含む所定の周波数帯域におけるパワースペクトル(102,104)の部分オーバーオール値を算出するPOA算出部34と、少なくとも前記部分オーバーオール値に基づいてガスエンジン1の各部を制御するコントローラ40とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスエンジン等の内燃機関における異常燃焼の有無を判断する燃焼診断装置及び内燃機関の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関は、安定的かつ効率的な運転を行うために、ノッキング等の異常燃焼を早期に検出し、適切なエンジン制御を行う必要がある。特に、高出力の内燃機関では、安定燃焼域が小さい傾向にあるから、燃焼状態に応じたエンジン制御を行うことが重要と考えられる。
【0003】
従来から、内燃機関の燃焼診断の一手法として、ノッキング発生確率を示すシビアリティという指標を用いたものが知られている。
例えば、特許文献1には、ノッキングの度合いであるノック度をシリンダ毎に検出し、ノック度が所定ノック度を超える頻度である評価ノッキング頻度(シビアリティ)を算出して、この評価ノッキング頻度に基づいてガスエンジンを制御する制御装置が記載されている。この制御装置は、評価ノッキング頻度が所定の閾値を超えた場合に、ガス噴射量を減少させたり、パイロット燃料噴射時期を遅らせたりして、ノッキングの発生を防止するようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−247569号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、シビアリティは、緩やかな燃焼状態の変化を捉えるのに適しているが、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化を捉えることができない。特に、ガスエンジンは、燃料の性状の影響等を受けて突発的に大きなノッキングを起こす場合があるから、シビアリティを用いた燃焼診断では十分と言えない。
【0006】
したがって、特許文献1のように評価ノッキング頻度(シビアリティ)を用いる場合、ガスエンジンの燃焼状態に応じた細やかな制御を行うことができない。
【0007】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化を把握しうる内燃機関の燃焼診断装置と、燃焼状態に応じた細やかな制御を行いうる内燃機関の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る内燃機関の制御装置は、シリンダ毎のノック強度と相関のある物理量を検出するノックセンサと、前記ノックセンサの検出信号に対して周波数解析を行い、前記物理量に関するシリンダ毎のパワースペクトルを算出するパワースペクトル算出手段と、ノッキング周波数を含む所定の周波数帯域における前記パワースペクトルの部分オーバーオール値を算出するPOA算出手段と、少なくとも前記部分オーバーオール値に基づいて内燃機関を制御するコントローラとを備えることを特徴とする。
なお、内燃機関で起こるノッキングの周波数は、シリンダのボア径と音速によって推定できることが知られており、本明細書ではこれを「ノッキング周波数」という。具体的には、ノッキング周波数=ボア径/音速の関係が成立する。
【0009】
この内燃機関の制御装置では、ノックセンサで検出されたノック強度と相関のある物理量からパワースペクトル算出手段によってパワースペクトルを求め、このパワースペクトルの部分オーバーオール値をPOA算出手段によって算出する。このようにして得られる部分オーバーオール値には、ノック強度の大きさが反映される。したがって、部分オーバーオール値を用いることによって、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化に応じて細やかな制御が可能となり、安定した運転を行うことができる。また、狭い運転領域での安定運用が可能であるから、高出力・高効率な運転を維持できる。
【0010】
上記内燃機関の制御装置において、前記コントローラは、いずれかのシリンダに関する前記部分オーバーオール値が第1閾値を超えた場合に内燃機関を停止してもよい。
【0011】
このように、部分オーバーオール値が第1閾値を超えたシリンダが一つでもあれば内燃機関を停止することで、突発的に生じる大きなノッキングに応じて即座に内燃機関を停止して、安全を確保できる。
【0012】
この場合、前記コントローラは、いずれかのシリンダに関する前記部分オーバーオール値が前記第1閾値よりも小さい第2閾値を超えた場合に、そのシリンダの負荷を下げてもよい。
【0013】
このように、部分オーバーオール値が第1閾値よりも小さい第2閾値を超えたシリンダ(すなわち、内燃機関全体を停止するまでもないが、ノッキングにつながりうる程度の比較的大きな振動が突発的に発生したシリンダ)について負荷を下げることで、該シリンダのノッキングの発生を抑制できる。これにより、より一層の安定運転を実現できる。
【0014】
上記内燃機関の制御装置は、前記部分オーバーオール値が所定の閾値を超える頻度であるシビアリティをシリンダ毎に算出するシビアリティ算出手段をさらに備え、前記コントローラは、前記部分オーバーオール値および前記シビアリティに基づいて内燃機関を制御してもよい。
【0015】
このように部分オーバーオール値およびシビアリティに基づいて内燃機関を制御することで、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化および緩やかな燃焼状態の変化に応じてより細やかな制御が可能となる。
【0016】
この場合、前記コントローラは、いずれかのシリンダに関する前記シビアリティが第3閾値を超えた場合に、そのシリンダの負荷を下げてもよい。
【0017】
このように、シビアリティが第3閾値を超えたシリンダ(すなわち、所定の強度を超える振動が頻発しているシリンダ)について負荷を下げることで、該シリンダのノッキングの発生を抑制できる。これにより、より一層の安定運転を実現できる。
【0018】
上記内燃機関の制御装置において、前記コントローラは、いずれかのシリンダに関する前記シビアリティが前記第3閾値よりも小さい第4閾値を超えた場合に、そのシリンダの着火タイミングを遅らせてもよい。
【0019】
このように、シビアリティが第3閾値よりも小さい第4閾値を超えたシリンダ(すなわち、所定の強度を超える振動がやや高い頻度で発生しているシリンダ)について着火タイミングを遅らせることで、負荷を下げることなく、該シリンダのノッキングの発生を抑制しつつ様子を見ることができる。
【0020】
上記内燃機関の制御装置は、前記部分オーバーオール値が所定の閾値を超える頻度であるシビアリティをシリンダ毎に算出するシビアリティ算出手段をさらに備え、前記コントローラは、前記シビアリティを前記部分オーバーオール値で重み付けたノック評価値に基づいて内燃機関を制御してもよい。
【0021】
このようにシビアリティを部分オーバーオール値で重み付けたノック評価値に基づいて内燃機関を制御することで、ノック評価値という一つのパラメータのみによって、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化と緩やかな燃焼状態の変化との両方を把握して、燃焼状態に応じた細やかな制御を行うことができる。
【0022】
上記内燃機関の制御装置において、ノック強度と相関のある前記物理量はシリンダの筒内圧であり、前記ノックセンサは、各シリンダの筒内圧を検出する筒内圧センサであってもよい。筒内圧センサは、各シリンダの筒内圧を直接検出してシリンダ内の燃焼状態を正確に把握して、より一層細やかな制御を行いたい場合に好適である。
あるいは、ノック強度と相関のある前記物理量はシリンダの振動レベルであり、前記ノックセンサは、各シリンダの振動レベルを検出する加速度センサであってもよい。加速度センサは、筒内圧センサに比べて安価であるから、上記内燃機関の制御装置を低コストで実現したい場合に好適である。
【0023】
上記内燃機関の制御装置はガスエンジンに適用してもよい。
ガスエンジンは、燃料の性状の影響等を受けて突発的に大きなノッキングを起こす場合がある。この点、上記内燃機関の制御装置では、ノック強度の大きさが反映された部分オーバーオール値に基づいて内燃機関の制御を行うから、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化に適切に対処して、高効率であり且つ安定した運転を実現できる。
【0024】
本発明に係る内燃機関の燃焼診断装置は、シリンダ毎のノック強度と相関のある物理量を検出するノックセンサと、前記ノックセンサの検出信号に対して周波数解析を行い、前記物理量に関するシリンダ毎のパワースペクトルを算出するパワースペクトル算出手段と、ノッキング周波数を含む所定の周波数帯域における前記パワースペクトルの部分オーバーオール値を算出するPOA算出手段と、少なくとも前記部分オーバーオール値に基づいて異常燃焼の有無をシリンダ毎に判定する異常燃焼判定手段とを備えることを特徴とする。
【0025】
この内燃機関の燃焼診断装置では、ノックセンサで検出されたノック強度と相関のある物理量からパワースペクトル算出手段によってパワースペクトルを求め、このパワースペクトルの部分オーバーオール値をPOA算出手段によって算出する。このようにして得られる部分オーバーオール値には、ノック強度の大きさが反映される。したがって、部分オーバーオール値に基づく異常燃焼の判定によって、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化を把握することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明では、ノックセンサで検出されたノック強度と相関のある物理量からパワースペクトル算出手段によってパワースペクトルを求め、このパワースペクトルの部分オーバーオール値をPOA算出手段によって算出する。このようにして得られる部分オーバーオール値には、ノック強度の大きさが反映される。したがって、部分オーバーオール値を用いることによって、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化に応じて細やかな制御が可能となり、高効率であり且つ安定した運転を行うことができる。また、部分オーバーオール値に基づく異常燃焼の判定によって、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化を把握することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】第1実施形態に係るガスエンジンの構成例を示す図である。
【図2】筒内圧センサで計測した筒内圧とクランク角度との関係の一例を示すグラフである。
【図3】筒内圧センサの検出結果から得られるパワースペクトルの一例を示すグラフである。
【図4】加速度センサで検出された振動レベルとクランク角度との関係の一例を示すグラフである。
【図5】加速度センサの検出結果から得られるパワースペクトルの一例を示すグラフである。
【図6】第2実施形態に係るガスエンジンの構成例を示す図である。
【図7】図6に示すガスエンジンにおける燃焼診断および各部制御の手順を示すフローチャートである。
【図8】部分オーバーオール値POAとシビアリティSevの経時変化の一例を示したグラフであり、(a)がサイクル毎の部分オーバーオール値を示し、(b)が過去NサイクルのシビアリティSevを示している。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、添付図面に従って本発明の実施形態について説明する。ただし、この実施形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は、特定的な記載がない限り本発明の範囲をこれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
【0029】
[第1実施形態]
図1は、第1実施形態に係るガスエンジンの構成例を示す図である。図2は、筒内圧センサで計測した筒内圧とクランク角度との関係の一例を示すグラフである。図3は、筒内圧センサの検出結果から得られるパワースペクトルの一例を示すグラフである。
以下、「内燃機関」の一例として副室式ガスエンジンを採り上げるが、本発明が他の形式のガスエンジンやディーゼルエンジンを含むあらゆる内燃機関に適用しうることは言うまでもない。なお、副室式ガスエンジンは、シリンダ内に設けられた主室とは別に設けた副室内で混合ガス燃料を着火し、副室から主室に向けて火炎を噴出することで、主室内の希薄混合ガス燃料を燃焼させる方式のガスエンジンをいう。
【0030】
図1に示すように、ガスエンジン1は、シリンダ2と、シリンダ2内に収納され往復運動するピストン3と、給気ポート4及び排気ポート5と、給気ポート4を開閉する給気弁と、排気ポート5を開閉する排気弁と、シリンダ2内の燃焼状態を判定する燃焼診断装置30と、ガスエンジン1の各部を制御するコントローラ40とを有する。
【0031】
シリンダ2とピストン3上面とで囲まれた空間は主室6である。また、シリンダ2上方には、副室8が設けられており、主室6と副室8とは、複数個(例えば4〜10個)の副室噴孔によって連通している。
【0032】
主室6の上部には、主室6内の圧力(筒内圧)を計測する筒内圧センサ(「ノックセンサ」に相当)26が設けられている。筒内圧センサ26により検出された筒内圧Pは、後述する燃焼診断装置30のパワースペクトル算出部32に送られる。
またピストン3により回転駆動されるクランク軸10には、クランク軸10のクランク角度θを検出するクランク軸角度検出器24が設けられている。クランク軸角度検出器24により検出されたクランク角度θは、後述する燃焼診断装置30のパワースペクトル算出部32に送られる。
【0033】
副室8の上部には、副室8内の混合気を火花点火するための着火装置としての点火プラグ9が設けられている。また副室8内には、副室ガス供給通路(点火用補助ガス通路)11を介して燃料ガスが供給されるようになっている。
【0034】
給気ポート4には、主室ガス供給弁22が介装された燃料ガス供給管が接続されており、不図示の過給機から供給された空気と主室ガス供給弁22を通過した燃料ガスとが給気ポート4内で混合され、希薄混合気となった気体が主室6内に給気されるようになっている。なお、図1に示すように、吸気ポート4に接続された燃料ガス供給管に主室ガス圧力調整弁23を設け、吸気ポート4内に供給される燃料ガスの流量及び/又は圧力を調整してもよい。
一方、副室ガス供給通路11には、副室ガス供給弁20が介装された燃料ガス供給管が接続されており、副室ガス供給弁20を通過した燃料ガスが副室ガス供給通路11を介して副室8内に供給されるようになっている。なお、図1に示すように、副室ガス供給通路11に接続された燃料ガス供給管に副室ガス圧力調整弁21を設け、副室8に供給される燃料ガスの流量及び/又は圧力を調節してもよい。
【0035】
燃焼診断装置30は、パワースペクトル算出部32、POA算出部34および異常燃焼判定部36により構成される。燃焼診断装置30の各部の働きは、次のとおりである。
【0036】
パワースペクトル算出部32は、筒内圧センサ26で計測された筒内圧Pと、クランク軸角度検出器24で検出されたクランク角度θを受け取って、筒内圧Pとクランク角度θとの関係から周波数解析により筒内圧パワースペクトルを取得する。
具体的には、図2に示す筒内圧Pとクランク角度θとの関係を示す筒内圧波形100を求め、この筒内圧波形100を任意のタイムウインドウΔθで周波数解析(FFT分析)し、筒内圧パワースペクトル102(図3参照)を算出する。タイムウインドウΔθは、上死点付近の任意の範囲に設定可能であり、例えば、上死点から40度のクランク角度θの範囲であってもよい。
【0037】
POA算出部34は、パワースペクトル算出部32により得られた筒内圧パワースペクトル102からノック強度の大きさを表す部分オーバーオール値(以下、「筒内圧POA」と称する。)を求める。すなわち、POA算出部34は、ノッキング周波数を含む任意の周波数帯域Δνにおける筒内圧パワースペクトル102の筒内圧POAを算出する。このときに用いる周波数帯域Δνは、例えば、ノッキング周波数±500Hzであってもよい。
ここで、ノッキング周波数はシリンダのボア径と音速によって推定でき、ノッキング周波数=ボア径/音速で求まる。また、筒内圧POAは、周波数帯域Δνにおける筒内圧パワースペクトル102の二乗平均値であり、ノック強度を反映したものである。
【0038】
異常燃焼判定部36は、POA算出部34によって求めた筒内圧POAに基づいてシリンダ2の異常燃焼の有無を判定する。
例えば、筒内圧POAが第1閾値(>第2閾値)を超えている場合には、ガスエンジン1の運転停止が必要な程度の大きな強度の振動が発生していると判断する。筒内圧POAが第2閾値を超えている場合には、ガスエンジン1の運転を停止する必要はないものの、何らかの対策が必要な程度の振動が発生していると判断する。
なお、異常燃焼判定部36による異常燃焼の有無はサイクル毎に判定する。また、シリンダ2が複数ある場合には、各シリンダ2毎に異常燃焼の有無を判定する。
【0039】
この異常燃焼判定部36の判定結果に基づいて、コントローラ40はガスエンジン1の各部を制御し、必要に応じて、ガスエンジン1の運転を停止したり、シリンダ2の負荷を下げたり、点火プラグ9の点火タイミングを遅らせたりする。
【0040】
上記構成のガスエンジン1では、筒内圧センサ26で検出された筒内圧Pからパワースペクトル算出部32によって筒内圧パワースペクトル102を求め、この筒内圧パワースペクトル102の筒内圧POAをPOA算出部34によって算出する。このようにして得られる筒内圧POAには、ノック強度の大きさが反映される。したがって、筒内圧POAに基づく異常燃焼の判定によって、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化を把握することができる。また、筒内圧POAを用いることによって、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化に応じて細やかな制御が可能となり、安定した運転を行うことができる。また、狭い運転領域での安定運用が可能であるから、高出力・高効率な運転を維持できる。
【0041】
なお、本実施形態では、シリンダ2の筒内圧Pを検出する筒内圧センサ26を用いる例を示したが、シリンダ2毎のノック強度と相関のある物理量を検出する任意のノックセンサを用いてもよい。例えば、筒内圧センサ26に替えてシリンダ2の振動レベルを検出する加速度センサを用いて、次のように、加速度センサの検出信号から求めた振動レベルスペクトルの部分オーバーオール値(以下、「振動レベルPOA」と称する。)に基づいて異常燃焼を判定してもよい。
【0042】
図4は、加速度センサで検出された振動レベルとクランク角度θとの関係の一例を示すグラフである。図5は、加速度センサの検出結果から得られるパワースペクトルの一例を示すグラフである。
パワースペクトル算出部32において、図4に示す振動レベル波形104を任意のタイムウインドウΔθで周波数解析(FFT分析)し、振動レベルパワースペクトル106(図5参照)を算出する。このとき、タイムウインドウΔθを適切な範囲に設定することで、計測対象であるシリンダ2の振動レベルだけを抽出して、他のシリンダ2の振動の影響を排除した振動レベルパワースペクトル106を各シリンダ2について取得できる。この振動レベルパワースペクトル106の周波数帯域Δνにおける振動レベルPOAをPOA算出部34によって求める。このようにして得られた振動レベルPOAは、筒内圧パワースペクトル102から求めた部分オーバーオール値(筒内圧POA)と同様にシリンダ2のノック強度を反映したものであり、異常燃焼判定部36における燃焼状態の診断に用いることができる。
【0043】
なお、加速度センサは、シリンダ2のノック強度と相関のある振動レベルを検出可能であればシリンダ2又はシリンダヘッドの任意の位置に設けてもよい。例えば、シリンダ2にシリンダヘッドを取り付けるためのヘッドボルト上、シリンダヘッドの側面又は上面に加速度センサを設けてもよい。なかでも、ヘッドボルト上は、シリンダヘッドの内部構造(冷却水通路等)による影響を受けずに、シリンダ2の燃焼状態と相関の強い振動レベルを検出可能であることが経験的に分かっており、加速度センサを設ける位置として好適である。
【0044】
[第2実施形態]
図6は、第2実施形態に係るガスエンジンの構成例を示す図である。
なお、本実施形態に係るガスエンジンは、POA算出部で求めたサイクル毎の部分オーバーオール値POAと、シビアリティとを併用して燃焼状態を診断するようにした点を除けば、上述のガスエンジン1と同様である。したがって、ここではガスエンジン1と異なる点を中心に説明し、ガスエンジン1と共通する部分には図1と同一の符号を付してその説明を省略する。
【0045】
図6に示すガスエンジン50の燃焼診断装置30は、シビアリティ算出部38を有する。シビアリティ算出部38は、POA算出部34で算出した部分オーバーオール値POA(筒内圧POA又は振動レベルPOA)が所定の閾値を超えた頻度であるシビアリティSevを算出する。シビアリティSevは、部分オーバーオール値が所定の閾値を超える頻度を示す指標であり、具体的には、過去Nサイクル中、部分オーバーオール値が所定の閾値を超えたサイクル数をn回とすると以下の式(1)で表される。
[数1]
シビアリティ(%)=n/N×100 (1)
【0046】
異常燃焼判定部36は、POA算出部34により取得した現サイクルの部分オーバーオール値POAと、シビアリティ算出部38により取得した過去NサイクルのシビアリティSevとに基づいてシリンダ2の燃焼状態を診断する。そして、異常燃焼判定部36の判定結果に基づいて、コントローラ40がガスエンジン50の各部を制御する。
【0047】
ここで、ガスエンジン50における燃焼診断装置30による燃焼診断およびコントローラ40による各部制御の手順について説明する。図7は、ガスエンジン50における燃焼診断および各部制御の手順を示すフローチャートである。
【0048】
まず、ステップS2において、POA算出部34によって部分オーバーオール値POA(筒内圧POA又は振動レベルPOA)を算出し、シビアリティ算出部38によって過去NサイクルのシビアリティSevを算出する。
図8は、部分オーバーオール値POAとシビアリティSevの経時変化の一例を示したグラフであり、図8(a)がサイクル毎の部分オーバーオール値を示し、図8(b)が過去NサイクルのシビアリティSevを示している。
【0049】
ステップS4では、現サイクルの部分オーバーオール値POAが第1閾値(図8(a)の閾値A。以下、閾値Aと称する。)よりも大きいか否かを判定する。この判定は各シリンダ2について行う。
【0050】
そして、いずれかのシリンダ2に関する部分オーバーオール値が閾値Aを超えている場合(ステップS4のYES判定)、ステップS5に進んでガスエンジン1の運転を停止する。
一方、いずれのシリンダ2についても部分オーバーオール値POAが閾値A以下である場合(ステップS4のNO判定)、ステップS6に進んで、現サイクルの部分オーバーオール値POAが第2閾値(図8(a)の閾値B(<閾値A)。以下、閾値Bと称する。)よりも大きいか否かを判定する。この判定は各シリンダ2について行う。
なお、ステップS4及び6で用いる閾値A及びBは、シビアリティSevを算出する際に用いる閾値(「所定の閾値」に相当。)よりも大きく設定されている。
【0051】
そして、いずれかのシリンダ2に関する部分オーバーオール値が閾値Bを超えている場合(ステップS6のYES判定)、ステップS7に進んでそのシリンダ2の負荷を下げた後、ステップS2に戻る。具体的には、コントローラ40の制御下において、主室ガス圧力調整弁23が吸気ポート4内に供給される燃料ガスの流量及び/又は圧力を低減し、シリンダ2の負荷を下げる。なお、シリンダ2の負荷の下げ代(例えば10〜20%)や下げ速度は任意に設定可能である。
一方、いずれのシリンダ2についても部分オーバーオール値が閾値B以下である場合(ステップS6のNO判定)、ステップS8に進んで過去NサイクルのシビアリティSevが第3閾値(図8(b)の閾値C。以下、閾値Cと称する。)よりも大きいか否かを判定する。この判定は各シリンダ2について行う。
【0052】
ステップS8において、いずれかのシリンダ2に関するシビアリティSevが閾値Cよりも大きいと判定された場合(YES判定)、ステップS9に進んでそのシリンダ2の負荷を下げた後、ステップS2に戻る。具体的には、コントローラ40の制御下において、主室ガス圧力調整弁23が吸気ポート4内に供給される燃料ガスの流量及び/又は圧力を低減し、シリンダ2の負荷を下げる。なお、シリンダ2の負荷の下げ代(例えば10〜20%)や下げ速度は任意に設定可能である。
一方、いずれのシリンダ2についてもシビアリティSevが閾値C以下である場合(ステップS8のNO判定)、ステップ10に進んで過去NサイクルのシビアリティSevが第4閾値(図8(b)の閾値D(<閾値C)。以下、閾値Dと称する。)よりも大きいか否かを判定する。この判定は各シリンダ2について行う。
【0053】
ステップS10において、いずれかのシリンダ2に関するシビアリティSevが閾値Dよりも大きいと判定された場合(YES判定)、ステップS11に進んでそのシリンダ2についてタイミングリタード(着火タイミングを遅らせること)を行った後、ステップS2に戻る。具体的には、コントローラ40の制御下において、点火プラグ9の点火タイミングを遅らせて、タイミングリタードを行う。なお、着火タイミングのリタード量(例えばクランク角度換算で2度)は任意に設定可能である。
一方、いずれのシリンダ2についてもシビアリティSevが閾値D以下である場合(ステップS10のNO判定)、ステップS12に進んで、各シリンダ2の負荷及び着火タイミングが初期設定と異なるか否かを判断する。
【0054】
いずれかのシリンダ2の負荷及び着火タイミングの少なくとも一方が初期設定と異なる場合(ステップS12のYES判定)、ステップS13に進んで、そのシリンダ2の負荷又は着火タイミングを変更してから所定期間Xを経過したか否かを判断する。そして、ステップS13において所定期間Xを経過していると判断された場合(YES判定)、ステップS14に進んで、そのシリンダ2の負荷又は着火タイミングを初期設定に戻した後、ステップS2に戻る。このとき、負荷又は着火タイミングの初期設定への戻し速度は任意に決定可能である。
【0055】
一方、ステップS12において、いずれのシリンダ2の負荷及び着火タイミングも初期設定と同一である場合(NO判定)、ステップS2に戻る。同様に、ステップS13において所定期間Xを経過していないと判定された場合(NO判定)、ステップS2に戻る。
【0056】
このような手順で燃焼診断およびガスエンジン1各部の制御を行うことで、突発的に非常に大きい強度のノッキングが発生した時点で(すなわちPOA>閾値Aの場合)、ガスエンジン1の運転を即座に停止して安全を確保できる。また、いずれかのシリンダ2について、比較的大きな強度の振動が突発的に発生した時点(すなわちPOA>閾値Bの場合)、あるいは、所定の強度を超える振動が頻発した(すなわちSev>閾値Cの場合)、そのシリンダ2の負荷を下げて安定した運転を行うことができる。さらに、比較的大きな強度の振動がやや高い頻度で発生した場合(すなわちSev>閾値Dの場合)、そのシリンダ2の着火タイミングを遅らせて、負荷を下げることなく、該シリンダ2のノッキングの発生を抑制しつつ様子を見ることができる。
【0057】
なお、本実施形態では、部分オーバーオール値POAおよびシビアリティSevという二つのパラメータを指標として燃焼状態を判定する例について説明したが、シビアリティを部分オーバーオール値で重み付けたノック評価値に基づいて異常燃焼の有無を判定するようにしてもよい。例えば、以下の式(2)で表されるノック評価値を用いてもよい。
[数2]


(ただし、i=1、2、…、Nであり、(POA)iはiサイクル目の部分オーバーオール値であり、Xiは(POA)iが所定の閾値を超えた場合は1、そうでない場合はゼロである。)
シビアリティを部分オーバーオール値で重み付けたノック評価値に基づいて内燃機関を制御することで、ノック評価値という一つのパラメータのみによって、突発的に生じる燃焼状態の大きな変化と緩やかな燃焼状態の変化との両方を把握して、燃焼状態に応じた細やかな制御を行うことができる。
【0058】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明はこれに限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変形を行ってもよいのはいうまでもない。
【符号の説明】
【0059】
1 ガスエンジン
2 シリンダ
3 ピストン
4 吸気ポート
5 排気ポート
6 主室
8 副室
9 点火プラグ
10 クランク軸
11 副室ガス供給通路
20 副室ガス供給弁
21 副室ガス圧力調整弁
22 主室ガス供給弁
23 主室ガス圧力調整弁
24 クランク軸角度検出器
26 筒内圧センサ
30 燃焼診断装置
32 パワースペクトル算出部
34 POA算出部
36 異常燃焼判定部
38 シビアリティ算出部
40 コントローラ
100 筒内圧波形
102 筒内圧パワースペクトル
104 振動レベル波形
106 振動レベルパワースペクトル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ毎のノック強度と相関のある物理量を検出するノックセンサと、
前記ノックセンサの検出信号に対して周波数解析を行い、前記物理量に関するシリンダ毎のパワースペクトルを算出するパワースペクトル算出手段と、
ノッキング周波数を含む所定の周波数帯域における前記パワースペクトルの部分オーバーオール値を算出するPOA算出手段と、
少なくとも前記部分オーバーオール値に基づいて内燃機関を制御するコントローラとを備えることを特徴とする内燃機関の制御装置。
【請求項2】
前記コントローラは、いずれかのシリンダに関する前記部分オーバーオール値が第1閾値を超えた場合に内燃機関を停止することを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項3】
前記コントローラは、いずれかのシリンダに関する前記部分オーバーオール値が前記第1閾値よりも小さい第2閾値を超えた場合に、そのシリンダの負荷を下げることを特徴とする請求項2に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項4】
前記部分オーバーオール値が所定の閾値を超える頻度であるシビアリティをシリンダ毎に算出するシビアリティ算出手段をさらに備え、
前記コントローラは、前記部分オーバーオール値および前記シビアリティに基づいて内燃機関を制御することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項5】
前記コントローラは、いずれかのシリンダに関する前記シビアリティが第3閾値を超えた場合に、そのシリンダの負荷を下げることを特徴とする請求項4に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項6】
前記コントローラは、いずれかのシリンダに関する前記シビアリティが前記第3閾値よりも小さい第4閾値を超えた場合に、そのシリンダの着火タイミングを遅らせることを特徴とする請求項5に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項7】
前記部分オーバーオール値が所定の閾値を超える頻度であるシビアリティをシリンダ毎に算出するシビアリティ算出手段をさらに備え、
前記コントローラは、前記シビアリティを前記部分オーバーオール値で重み付けたノック評価値に基づいて内燃機関を制御することを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項8】
ノック強度と相関のある前記物理量はシリンダの筒内圧であり、
前記ノックセンサは、各シリンダの筒内圧を検出する筒内圧センサであることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項9】
ノック強度と相関のある前記物理量はシリンダの振動レベルであり、
前記ノックセンサは、各シリンダの振動レベルを検出する加速度センサであることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項10】
前記内燃機関がガスエンジンである請求項1乃至9のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項11】
シリンダ毎のノック強度と相関のある物理量を検出するノックセンサと、
前記ノックセンサの検出信号に対して周波数解析を行い、前記物理量に関するシリンダ毎のパワースペクトルを算出するパワースペクトル算出手段と、
ノッキング周波数を含む所定の周波数帯域における前記パワースペクトルの部分オーバーオール値を算出するPOA算出手段と、
少なくとも前記部分オーバーオール値に基づいて異常燃焼の有無をシリンダ毎に判定する異常燃焼判定手段とを備えることを特徴とする内燃機関の燃焼診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−159048(P2012−159048A)
【公開日】平成24年8月23日(2012.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−20223(P2011−20223)
【出願日】平成23年2月1日(2011.2.1)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】