説明

単結晶絶縁酸化鉄膜及びその作製方法

【課題】平滑面を有し、N等により特性が劣化されていない、スピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子のコヒーレントトンネル機構でも高効率なスピン注入が可能な、安価で高品質の単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法を実現する。
【解決手段】真空槽3(3×10−6Torr)内に置いた基板表面に、鉄成分が99.95%の金属鉄を蒸着するとともに、基板1に向けて酸化源であるオゾン成分が90%以上のオゾンガスを前記基板表面に供給し、前記基板1(温度:250℃以下)の表面に、前記鉄を酸化しながら単結晶絶縁酸化鉄膜を成膜する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トンネル磁気抵抗素子等に適用される単結晶絶縁酸化鉄膜及びその作製方法に関し、特にスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子として利用可能なγ−Fe 及びその作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、スピネル酸化鉄膜(MFe:M=Fe以外の多くの遷移金属)は、トンネル磁気抵抗(TMR:Tunnel Magnetic Resistance)素子として適用できることが知られている。このトンネル磁気抵抗素子は、近年その用途として、高性能不揮発メモリーとして利用されるMRAM(Magnetoresisive Random Access Memory)に適用可能なデバイスとして期待されている。
【0003】
そして、トンネル磁気抵抗素子の一種であり、トンネル障壁として磁性半導体を採用したスピンフィルタ効果素子は、従来から知られており、特に、スピンフィルタ効果素子のトンネル障壁として、絶縁酸化鉄膜を適用したスピンフィルタ効果素子も従来知られている(非特許文献1、特許文献1参照)。これらの文献に記載された素子では、多結晶体のトンネル障壁(絶縁層)を仮定しており、障壁の高さのみに依存したスピントンネルが起きるものである。
【0004】
また、従来型のトンネル磁気抵抗素子において、非晶質絶縁膜の代わりに単結晶絶縁膜を用いるとコヒーレントトンネル機構が現れ、磁気抵抗効果が増大することが知られている(非特許文献3参照)。
【0005】
ところで、このような特性を有する絶縁酸化鉄膜(Feエピタキシャル膜)の作製方法としてMBE法がある。MBE法(Molecular Beam Epitaxy: 分子線エピタキシャル成長法)によるFeエピタキシャル膜作製方法は、これまでに、次の2種類の方法が知られている。
【0006】
(1)酸素原子供給法
鉄を加熱して蒸発し、これを基板に蒸着するとともに、酸化源として酸素プラズマを用いて酸化鉄被膜を形成する方法。
(2)NOガス供給法
鉄を加熱して蒸発し、これを基板に蒸着するとともに、酸化源として、NOを用いて、酸化鉄被膜を形成する方法。
【0007】
【特許文献1】特開2004−39672
【非特許文献1】LeClair(Applied Physics Letters、 Vol. 80、 625(2002))
【非特許文献2】Journal Of The Japan Institute of Metals 68 (2): 82-85 (2004))
【非特許文献3】Japanese Journal of Applied Physics Vol. 43、 L588-L590 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の絶縁強磁性体の作製方法おいては、例えば、特許文献1では、スパッタリングにより作製されたものであて、単結晶の被膜を形成することはできない。そして、従来の「酸素原子供給法」は、基板表面上に作製される絶縁強磁性体の被膜が結晶成長の際に、酸素プラズマの影響により、粗面となってしまうという問題がある。また、「NOガス供給法」は、絶縁強磁性体の被膜に窒素(N)が残り、品質の劣化という問題が生じる。
【0009】
本発明は、このような従来の問題を解決することを目的とするものであり、その表面に平滑面(原子層単位での平滑な表面)を有し、N等の他の原子が含まれず、劣化されていない、高品質で安価な単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法を実現することを課題とする。
【0010】
さらに、本発明は、特許文献1等にも開示されていない、新規な構造の単結晶絶縁酸化鉄膜(δ=1/3であるが、Mは空格子の構成)を実現することを課題とする。そして、特許文献1に示される従来のスピンフィルタ効果素子のような多結晶体のトンネル障壁(絶縁層)と異なり、単結晶膜の酸化鉄被膜をスピンフィルタ(トンネル障壁)として利用し、コヒーレントトンネル機構でも高効率なスピン注入が可能なスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子を実現することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は上記課題を解決するために、真空槽内に置いた基板表面に、鉄を蒸着するとともに、基板に向けて酸化源であるガスを前記基板表面に供給し、前記基板表面に、前記鉄を酸化しながら単結晶絶縁酸化鉄膜を成膜する単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法であって、前記酸化源であるガスは、オゾンガスであることを特徴とする単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法を提供する。
【0012】
前記鉄は鉄成分が99.95%の金属鉄であり、前記酸化源であるオゾンガスはオゾン成分が90%以上の純オゾンであることが好ましい。
【0013】
前記基板の温度は、250℃以下とし、前記真空槽の酸素圧力はオゾン導入時において3×10−6Torr以上とすることが好ましい。
【0014】
本発明は上記課題を解決するために、真空槽内に置かれた基板表面に、鉄が蒸着されるとともに、酸化源であるオゾンガスが前記基板表面に供給されて、前記基板表面に前記鉄が酸化されながら成膜されて成ることを特徴とする単結晶絶縁酸化鉄膜を提供する。
【0015】
本発明は上記課題を解決するために、真空槽内に置かれた基板表面に、鉄が蒸着されるとともに、酸化源であるオゾンガスが前記基板表面に供給されて、前記基板表面に前記鉄が酸化されながら成膜されて成る単結晶絶縁酸化鉄膜であって、Feのスピネル構造にFe欠陥が存在することを特徴とする単結晶絶縁酸化鉄膜を提供する。
【0016】
前記単結晶絶縁酸化鉄膜は、少なくとも強磁性金属と非磁性金属との間に接合されて配置されスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子のスピンフィルタとして利用可能である。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜及びその作製方法によれば、次のような効果が生じる。(1)酸化源として酸素プラズマ源を利用する「プラズマ酸素供給法」と比べて、オゾン分子は、到達分子(原子)のエネルギーが低いために、基板表面に衝突して凹凸を形成するようなことがなく、より平滑な膜表面(原子層単位で平滑な表面)を得ることができる。
【0018】
(2)酸化源としてオゾンガス(純オゾン)を用い、NO等を使用せず、酸素以外の原子はないので、試料に不必要な元素が取り込まれたり、窒化したりといったプロセスは生じない。又、酸素プラズマ源による「プラズマ酸素供給法」と比べると、本発明で用いているオゾンの純度が高いため基板表面に供給されるほとんど全てのオゾン分子が高反応性である。このため、良質(組成が化学量論的に2:3、配向性が高い)γ−Fe(マグヘマイト)相の単相単結晶薄膜が成長可能である。
【0019】
(3)本発明の作製方法により得られた単結晶絶縁酸化鉄膜は、非常に高い絶縁性、高い強磁性常磁性転移温度を備えたものとなる。特に、強磁性常磁性転移温度については、単結晶絶縁酸化鉄膜をスピンフィルタ(トンネル障壁)としての利用を考えた場合、動作温度(室温)に比べてキューリー温度が遙かに高い必要がある。この点、本発明の単結晶絶縁酸化鉄膜材料の強磁性常磁性転移温度は、740〜1020Kであり、実用上、十分に高いキューリー温度である。
【0020】
(4)本発明で得られる単結晶絶縁酸化鉄膜は、単結晶膜であるため、スピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子に適用した場合に、コヒーレントトンネル機構で、高効率なスピン注入を実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜及びその作製方法を実施するための最良の形態について、その実施例を、図面を参照して、以下に説明する。
【実施例】
【0022】
(作製方法)
図1は、本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法の1つの実施例を説明する図である。この図1において、基板1の表面に、単結晶絶縁酸化鉄膜2を成膜する方法の詳細は次のとおりである。
【0023】
単結晶絶縁酸化鉄膜2の原材料は、高純度(鉄成分が99.95%)の金属鉄(純鉄)を使用する。酸化源は、オゾンガスであり、このオゾンガスは純オゾン(オゾン成分が90%以上)を使用する。基板1は、単結晶酸化マグネシウムをその結晶方位(001)面で切り出した基板を使用する。
【0024】
単結晶の(結晶方位のそろった)薄膜を成長させる場合、下地の結晶方位に影響されて成長するので、所望の面方位を持ち、かつその面の原子間隔が成長させようとしている材料のそれと、ある程度近いことが必要条件になる。本発明に係る方法で作製するマグヘマイト(あるいはマグネタイト)の場合は、MgO(001)面が丁度、酸化鉄スピネルのそれとよく適合するので、上記のとおり、単結晶酸化マグネシウムをその結晶方位(001)面で切り出した基板を用いた。もちろん、基板として酸化マグネシウム以外の単結晶でも可能である。
【0025】
真空槽3内において、原材料である鉄4はるつぼ5内に入れて、電子銃6の電子ビーム7を照射、加熱して蒸発させる。基板1は、単結晶絶縁酸化鉄膜2が成膜されるべき表面が鉄の蒸発面に対向するように、真空槽3内に置かれる(セットされる)。このような真空蒸着装置8の構成は、従来、周知である。しかし、本発明の特徴は、次のように、真空槽3内に酸化源としてのオゾンガスを導入し、このオゾンガスによって、基板1に蒸着した鉄を酸化する点にある。
【0026】
即ち、オゾン源であるオゾン発生装置9に接続された配管10及び可変リークバルブ11により、オゾンガスを真空槽3に取り付けられたノズル12に供給する。ノズル12の噴射口は、真空槽3内において基板1に向けて配設されている。このようなノズル12を用いて、オゾンガスを基板1に向けてオゾンビーム13としてビーム状に導入する。
【0027】
このように導入されたオゾンガスは、基板1の成膜されるべき表面に供給され、これにより、基板1の表面に対して、鉄の蒸気14とオゾンが反応しながらγ−Fe(マグヘマイト)相の単相単結晶薄膜が成長して、成膜される。なお、ここで、γ−Feはスピネル構造(Fe)のFe欠陥が存在した結晶構造であるため、Fe3−δと記述した場合、δ=1/3と書くこともある。
【0028】
基板1は、真空槽3内に設けたヒータ15により加熱するが、その温度は、250℃以下とする。これ以上の高い温度であると、別の酸化鉄相(Fe(マグネタイト))が形成される。又、真空槽3内の酸素圧力は、オゾン導入時において3×10−6Torr以上とする。
【0029】
なお、電子銃6により電子ビーム7の強度を制御して、鉄の蒸発量を制御する。これにより、基板表面の単結晶絶縁酸化鉄膜2の成長速度を制御し、0.05Å/秒程度に成長速度を抑えながら成長させることが重要である。
【0030】
以上のように本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜2の作製方法では、酸化源として、従来行われていなかった純オゾンを用いることを特徴としているものであり、プラズマ源として酸素原子を供給する酸素原子供給法に較べると、オゾン原子は運動エネルギーが酸素原子より低く、基板表面へ到達して衝突する力が弱いために、より平滑な膜表面(原子層単位で平滑な表面)を有するγ−Fe(マグヘマイト)相の単相単結晶薄膜が成長可能である。
【0031】
そして、基板表面に供給されるオゾンガスは、純オゾンのガスを利用するので、全てのオゾン分子が高反応性であり、しかも、「NOガス供給法」のように、酸化源としてNOを用いることがないので、成膜内に不必要な元素が取り込まれたり、窒化したりといったプロセスが生じない。このため、効率的な膜成長が生じ、しかも良質(組成が化学量論的に2:3、配向性や結晶性が高い等)な膜表面が得られる。
【0032】
さらに、本発明の作製方法により得られた単結晶絶縁酸化鉄膜2は、非常に高い絶縁性、且つ、高い強磁性常磁性転移温度を備えたものとなる。特に、強磁性常磁性転移温度については、スピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子において、スピンフィルタとしての利用を考えた場合、動作温度(室温)に比べてキューリー温度が遙かに高い必要がある。この点、本発明の単結晶絶縁酸化鉄膜材料の強磁性常磁性転移温度は、740〜1020Kであり、実用上、十分に高いキューリー温度である。
【0033】
(結晶構造)
以上の作製方法で得られたγ−Feの結晶構造(格子構造)について、以下に説明する。γ−FeについてX線回折(XRD)による構造解析を行った。XRDは、物質固有の結晶構造を反映するため、前記作製手法で得られた薄膜の結晶構造を同定することが可能である。作製した薄膜は、スピネルであるFe(マグネタイト)であるか、あるいは、さらに酸化が進み1/3のFeが欠損した結晶構造を持つγ−Feであると考えられる。XRDを行うことにより、より結晶構造の対称性が低いγ−Feに固有の反射の有無を確認した。
【0034】
その結果、図2に示すように、γ−Fe固有のブラッグ(Bragg)反射である(012)反射がある特定の方向に結晶を向けた時のみ観測された。このことから前述作製方法で成長した酸化鉄薄膜が単結晶であることを確認できた。
【0035】
また、γ−Feは、FeのBサイト(スピネルの結晶構造において、酸素原子が作る8面体の中心部に配位したFe位置)から1/3個のFeが抜けた構造であると考えられ、立方晶Feの3倍の単位胞を持つ超構造となって、このFe欠陥に起因した超格子構造の観測が期待される。
【0036】
そこで基本構造であるγ−Feの3倍構造による超格子反射を探索した。その結果、図3に超格子反射特性を示すように、 次の数1に示す結晶方位に沿って3倍周期の超格子反射が見つかった。このことは、FeのBサイトにFe欠陥が生じ、その欠陥は、3倍の超構造をもつ単位胞のある特定の位置(図4参照)を規則正しく占めていることを示している。
【数1】

【0037】
また、面内方向にはこの3倍構造の反射は見られなかった。このことから、γFeがc〜3aの 正方晶であり、かつc軸が成長方向に配向していることが明らかになった。そして、超格子反射の観測された逆格子点から、予想されるFe欠陥位置のモデルである図4が得られた。
【0038】
なお、FeのAサイト、Bサイトについて簡単に説明すると、スピネル(例えば、Fe)において、Feは酸素原子の4面体に囲まれた位置(Aサイト)と8面体位置に囲まれた位置(Bサイト)の二つの独立した原子位置を持つ。それぞれ結晶中では1:2の割合で存在しており、マグネタイト(Fe)の場合は、AサイトにFe3+が、BサイトにはFe3+ とFe2+が丁度半分ずつランダムに占める。
【0039】
(用途)
本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜は、良好な絶縁特性を示すためスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子として利用可能である。
【0040】
図5(a)は従来型のトンネル磁気抵抗素子16であり、第1の強磁性電極(例.CoFe等)17と第2の強磁性電極(Fe)18の間に、非磁性絶縁体19を設けた構造である。この構造では、図5(b)、(c)に示すように、非磁性絶縁体がトンネル障壁として作用している。
【0041】
この構造で、従来知られているとおり、図5(a)の矢印に示すように、第1の強磁性電極17と第2の強磁性電極18のそれぞれが、互いに異なる方向に磁化すると、図5(c)に示すように、両電極における↑、↓のスピンを持つ電子のフェルミレベルは逆となり、素子全体としての電気抵抗は大きくなり、電流が流れにくい(高抵抗状態)。
【0042】
しかし第1の強磁性電極17と第2の強磁性電極18が、磁界等によって同じ方向に磁化すると、図5(b)に示すように、両電極における↑、↓のスピンを持つ電子のフェルミレベルの状態は同じとなり、素子全体の電気抵抗は小さくなり電流が流れやすくなる(低抵抗状態)。
【0043】
このような構造をもつTMR素子では、磁気抵抗比(MR)は二つの強磁性電極の伝導電子のスピン偏極度、すなわちスピン分極率Pで与えられ、MR=2P/(1−P)となるが、比較的おおきなPを持つことで知られCoFeのような強磁性体でもPはたかだか0.5程度の大きさであるため、この機構を用いた場合の磁気抵抗変化率の上限はそれほど高くならない。
【0044】
図6(a)は、本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜をスピンフィルタ(トンネル障壁)として利用したスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子20である。このスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子20は、直流電源の正極側に接続した強磁性金属電極21と、負極側に接続した非磁性金属電極(例.Au等)22との間に接合するように、本発明で作製した単結晶絶縁酸化鉄膜23であるγ−Feを配置した構造である。
【0045】
図6(a)に示すスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子20では、図6(b)示すように、非磁性金属電極中では↑、↓のスピンを持つ電子は等量存在するためP=0である。しかし、本発明で作製した単結晶絶縁酸化鉄膜23であるγ−Feをトンネル障壁として用いた場合、これが強磁性体であることからエネルギー準位がスピンによって分裂する(スピン分裂)。このため↑と↓のスピンを持つ電子に対するトンネル障壁の高さが異なり、トンネル確率がスピン依存し、結果としてトンネル後の電子はスピン分極することになる(スピンフィルタ)。
【0046】
この図6(a)に示す構造のスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子20では、本発明の作製方法で得られた単結晶絶縁酸化鉄膜23がスピンフィルタ(トンネル障壁)として機能するが、図6(b)、(c)に示すように、単結晶絶縁酸化鉄膜23の↓スピン側のトンネル障壁は高くなり、一方↑スピン側のトンネル障壁は低い。
【0047】
このため、トンネル確率の高い(トンネル効果の生じやすい)↑スピン電子が支配的となる(スピン分極)。さらにトンネル後の状態(図6(b)、(c)の右側に示す強磁性金属電極内の状態)は、図6(b)の場合は、↑スピン状態が主であるためトンネル電流が多く流れて、低抵抗な状態が実現する。
【0048】
なお、ここで「↑スピン状態が主である」としたのは、トンネル確率がスピン依存するため、↑スピンを持つ電子がこの場合トンネルし易くなっているわけであるが、実際には、↓スピンの電子も零でないトンネル確率を持っているため、100%↑スピンを持つ電子だけがトンネルしてきているわけではないからである。
【0049】
しかし、強磁性金属電極21と単結晶絶縁酸化鉄膜23が互いに異なる同じ方向に磁化されるように外部から磁界をかけると、図6(c)に示すように、単結晶絶縁酸化鉄膜23をトンネル障壁を抜ける電子は、↑スピンに強く偏極しているにもかかわらず、トンネル後の状態は、↓スピン状態が主であるためトンネル電流がほとんど流れず、高抵抗状態となる。
【0050】
ところで、図6(a)に示す構造は、前記特許文献1や非特許文献1、2において検討されていることである。しかしながら、本発明で作製できる絶縁酸化鉄膜は単結晶であるため、前記非特許文献3で実現しているコヒーレントなトンネル効果、すなわちトンネル障壁をトンネルする際に電子がそのブロッホ運動量を保存したまま電極間の状態を移る効果が期待できる。この結果、より選択的に電子がトンネルし、スピンフィルタ効果が増大されて一段と大きなMR(磁気抵抗比)が観測でき、より高い磁気抵抗変化率の得られる可能性がある。
【0051】
通常観測されるトンネル現象では、トンネルする前後で電子の持つ運動量は保存されず、エネルギーのみが保存される。これは、トンネル過程での何らかの散乱が寄与していると考えられており、主に、その障壁の構造の乱れによるものと言われている。しかしながら、もし障壁層が単結晶であればこのような現象が現れる可能性が出てくる。
【0052】
以上、本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜及びその作製方法を実施するための最良の形態を実施例に基づいて説明したが、本発明はこのような実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された技術的事項の範囲内でいろいろな実施例があることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0053】
以上のとおりの本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜及びその作製方法によれば、平滑面を有し、N等により特性が劣化されていない、安価で高品質の単結晶絶縁酸化鉄膜を得ることができるから、スピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子として、MRAM等に利用され、あるいは高性能なハードディスク等の記憶装置等の用途に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0054】
【図1】本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法の実施例を説明する図である。
【図2】本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜であるγFe のブラッグ反射を示す図である。
【図3】本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜であるγFe の超格子反射を示す図である。
【図4】本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜の結晶構造を示す図である。
【図5】従来型のトンネル磁気抵抗素子を説明する図である。
【図6】本発明に係る単結晶絶縁酸化鉄膜をトンネル障壁として利用したスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子を説明する図である。
【符号の説明】
【0055】
1 基板
2 単結晶絶縁酸化鉄膜
3 真空槽
4 原材料である鉄
5 るつぼ
6 電子銃
7 電子ビーム
8 真空蒸着装置
9 オゾン発生装置
10 配管
11 可変リークバルブ
12 ノズル
13 オゾンビーム
14 鉄の蒸気
15 ヒータ
16 従来型のトンネル磁気抵抗素子
17 第1の強磁性電極
18 強磁性電極
19 非磁性絶縁体
20 スピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子
21 強磁性金属電極
22 非磁性金属電極
23 単結晶絶縁酸化鉄膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空槽内に置いた基板表面に、鉄を蒸着するとともに、基板に向けて酸化源であるガスを前記基板表面に供給し、前記基板表面に、前記鉄を酸化しながら単結晶絶縁酸化鉄膜を成膜する単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法であって、
前記酸化源であるガスは、オゾンガスであることを特徴とする単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法。
【請求項2】
前記鉄は鉄成分が99.95%の金属鉄であり、前記酸化源であるオゾンガスはオゾン成分が90%以上の純オゾンであることを特徴とする請求項1記載の単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法。
【請求項3】
前記基板の温度は、250℃以下とし、前記真空槽の酸素圧力はオゾン導入時において3×10−6Torr以上とすることを特徴とする請求項1又は2記載の単結晶絶縁酸化鉄膜の作製方法。
【請求項4】
真空槽内に置かれた基板表面に、鉄が蒸着されるとともに、酸化源であるオゾンガスが前記基板表面に供給されて、前記基板の表面に前記鉄が酸化されながら成膜されて成ることを特徴とする単結晶絶縁酸化鉄膜。
【請求項5】
真空槽内に置かれた基板表面に、鉄が蒸着されるとともに、酸化源であるオゾンガスが前記基板表面に供給されて、前記基板表面に前記鉄が酸化されながら成膜されて成る単結晶絶縁酸化鉄膜であって、Feのスピネル構造にFe欠陥が存在することを特徴とする単結晶絶縁酸化鉄膜。
【請求項6】
前記単結晶絶縁酸化鉄膜は、少なくとも強磁性金属と非磁性金属との間に接合されて配置されスピンフィルタ型トンネル磁気抵抗素子のスピンフィルタとして利用されるものであることを特徴とする請求項4又は5記載の単結晶絶縁酸化鉄膜。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−327920(P2006−327920A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−158211(P2005−158211)
【出願日】平成17年5月30日(2005.5.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年3月4日 社団法人日本物理学会発行の「日本物理学会講演概要集 第60巻 第1号(第60回年次大会)第3分冊」に発表
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】