説明

圧電アクチュエータの製造方法

【課題】圧電層に作用する圧縮応力を緩和し、圧電層の見かけ上の圧電特性の低下を抑制する。
【解決手段】まず、振動板40の一表面に、エアロゾルデポジション法により圧電層41を形成する(圧電層形成工程)。そして、圧電層41が形成された振動板40を所定の温度(例えば、900℃)で加熱する(加熱工程)。その後、加熱された圧電層41が形成された振動板40を環境温度まで冷却し(冷却工程)、圧電層41の表面に複数の個別電極42をそれぞれ形成する(電極形成工程)。続いて、個別電極42を覆うように圧電層41の上面に、AD法により圧電層形成工程で用いた粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルと同様のエアロゾルを噴きつけて絶縁層60を形成する(噴きつけ工程)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電層を変形させることにより対象を駆動する圧電アクチュエータの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、振動板と振動板に形成された圧電層とを有し、電界が作用したときの圧電層の変形(圧電歪)を利用して対象を駆動する圧電アクチュエータが知られている。この圧電アクチュエータの振動板に圧電層を形成する方法としては、振動板に直接圧電層を形成する方法や、あらかじめグリーンシートを焼成して作製された圧電層を振動板に接合する方法などが挙げられるが、それらの方法の中には、圧電層形成中もしくは形成後において振動板と圧電層を加熱する必要がある方法がある。例えば、振動板に直接圧電層を形成する場合で振動板と圧電層の加熱が必要な方法としては、エアロゾルデポジション法またはゾルゲル法が挙げられる。エアロゾルデポジション法により振動板に圧電層を形成した場合には、圧電層の圧電特性を向上させるために、圧電層を所定温度に加熱する(例えば、特許文献1参照)。また、ゾルゲル法により振動板に圧電層を形成した場合には、ゲル中の溶媒を揮発させて除去するために、圧電層を加熱する。なお、圧電層が加熱されると、接合された振動板も当然のごとく加熱される。また、振動板に、グリーンシートの焼成によって得られた圧電層を接合する場合には、振動板と圧電層を熱硬化性樹脂で接着して、振動板と圧電層を加熱しながら熱硬化性樹脂を硬化させて接合する。
【0003】
【特許文献1】特開2006−173249号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、圧電層はチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)などの圧電材料からなる一方で、振動板は一般的に金属材料などの圧電材料よりも線膨張係数の大きな材料からなる。すると、上述したように振動板と圧電層を加熱した状態から環境温度まで冷却(強制的に冷却する場合や自然冷却を含む)するときの温度変化によって、圧電層よりも振動板が大きく収縮しようとして、圧電層に面方向に平行な方向の圧縮応力が生じる。圧電層に電界が作用したときの変形(圧電歪)により対象を駆動するため、圧縮応力が残留すると圧電層の変形が拘束されることとなり、変形量が小さくなる。すなわち、圧電層の見かけ上の圧電特性が低下してしまう。
【0005】
そこで、本発明の目的は、圧電層に作用する圧縮応力を緩和し、圧電層の見かけ上の圧電特性の低下を抑制した圧電アクチュエータの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の圧電アクチュエータの製造方法は、振動板と、前記振動板の一表面に形成され、電界にさらされることにより変形する活性部を有する圧電層と、前記活性部に電界を付与するために電圧が印加される電極と、を備えた圧電アクチュエータの製造方法であって、前記振動板の前記一表面に、エアロゾルデポジション法またはゾルゲル法により、前記振動板よりも線膨張係数の小さい材料からなる前記圧電層を形成する圧電層形成工程と、前記振動板に形成された前記圧電層を前記振動板とともに加熱する加熱工程と、加熱された前記振動板と前記圧電層を冷却する冷却工程と、冷却された前記圧電層の少なくとも前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、エアロゾルデポジション法により、粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつける噴きつけ工程と、を備えている。
【0007】
本発明の圧電アクチュエータの製造方法によると、圧電層の線膨張係数が振動板よりも小さいため、冷却工程後に、圧電層には圧縮応力が生じる。圧電層に圧縮応力が作用すると、圧電層の変形が拘束されることとなり、その結果、圧電層の見かけ上の圧電特性が低下してしまう。ここで、特許文献1にも記載されているように、エアロゾルデポジション法により基材に粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけると、基材にはエアロゾルが噴きつけられた側が凸となる変形が生じる。この変形により、基材の凸となる側の面には、引っ張り応力が生じ、凹となる側の面には、圧縮応力が生じる。本発明においては、冷却工程後に、圧縮応力が作用する圧電層上に、エアロゾルデポジション法により、粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけるため、振動板の凸となる側に配置されている圧電層には、引っ張り応力が生じる。したがって、冷却工程後に圧電層に作用している圧縮応力を、エアロゾルを噴きつけることによる圧電層と振動板の変形によって圧電層に生じる引っ張り応力で緩和させることができ、圧電層の見かけ上の圧電特性の低下を抑制することができる。
【0008】
また、別の観点では、本発明の圧電アクチュエータの製造方法は、振動板と、前記振動板の一表面に形成され、電界にさらされることにより変形する活性部を有する圧電層と、前記活性部に電界を付与するために電圧が印加される電極と、を備えた圧電アクチュエータの製造方法であって、前記振動板よりも線膨張係数の小さい材料からなる前記圧電層を形成する圧電層形成工程と、前記振動板と前記圧電層を加熱しながら前記振動板の前記一表面に前記圧電層を接合する接合工程と、加熱された前記振動板と前記圧電層を冷却する冷却工程と、冷却された前記圧電層の少なくとも前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、エアロゾルデポジション法により、粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつける噴きつけ工程と、を備えている。
【0009】
本発明の圧電アクチュエータの製造方法によると、同様に、冷却工程後に圧電層に作用している圧縮応力を、エアロゾルを噴きつけることによる圧電層と振動板の変形で圧電層に生じる引っ張り応力で緩和させることができ、圧電層の見かけ上の圧電特性の低下を抑制することができる。
【0010】
また、前記噴きつけ工程において、前記圧電層の前記振動板と反対側の面全域に、絶縁材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させて、絶縁層を形成することが好ましい。これによると、圧電層に生じた圧縮応力の緩和のための噴きつけ工程において堆積した絶縁層により圧電層を保護して、クラックなどを防止することができる。
【0011】
このとき、前記圧電層の前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、前記電極を形成する電極形成工程をさらに備えており、前記電極形成の後に、前記噴きつけ工程を行うことが好ましい。これによると、圧電層を保護することに加えて、電極も保護することができる。
【0012】
また、前記噴きつけ工程において、前記圧電層の少なくとも前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、導電性材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させてもよい。これによると、圧電層に生じた圧縮応力の緩和のための噴きつけ工程において圧電層に電界を付与するための電極を形成することができる。
【0013】
このとき、前記圧電層は、前記活性部となる領域を面方向に離散して複数有しており、前記噴きつけ工程において、前記圧電層の複数の前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、導電性材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させることで複数の前記電極をそれぞれ形成することが好ましい。圧電層の複数の活性部は、複数の活性部の一方の表面に跨って形成された共通電極と、各活性部の他方の表面にそれぞれ形成された個別電極とに挟まれており、これらの電極に電圧が印加されることで、電界を発生させて駆動する。これによると、圧電層の活性部となる領域の表面に個別電極をそれぞれ形成することができる。
【0014】
また、前記噴きつけ工程において、前記圧電層の前記振動板と反対側の面全域に、導電性材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させることで前記電極を形成してもよい。圧電層の複数の活性部は、複数の活性部の一方の表面に跨って形成された共通電極と、各活性部の他方の表面にそれぞれ形成された個別電極とに挟まれており、これらの電極に電圧が印加されることで、電界が付与されて変形する。これによると、圧電層の振動板と反対側の面全域に共通電極を形成することができる。
【0015】
また、前記圧電層形成工程において、前記エアロゾルデポジション法により、前記振動板の前記一表面に、圧電材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させることで前記圧電層を形成しており、前記噴きつけ工程において、前記圧電層の少なくとも前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、前記圧電層形成工程で用いた圧電材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルと同じ前記エアロゾルを噴きつけてもよい。これによると、圧電層形成工程と噴きつけ工程を同じ成膜装置を用いることができ、製造工程を簡略化することができる。
【発明の効果】
【0016】
冷却工程で圧電層に生じた圧縮応力を、その後の噴きつけ工程で生じる引っ張り応力により緩和することで、圧電層の見かけ上の圧電特性の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本実施形態に係るインクジェットプリンタの概略構成図である。
【図2】インクジェットヘッドの平面図である。
【図3】図2の部分拡大図である。
【図4】図3のIV―IV線断面図である。
【図5】インクジェットヘッドの製造工程を示す工程図であり、(a)は流路ユニット製造工程、及び、圧電アクチュエータ製造工程、(b)は接合工程である。
【図6】圧電層形成工程時のチャンバー内の概略構成図である。
【図7】変形例に係るインクジェットヘッドの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に、本発明の実施形態について説明する。本実施形態は、記録用紙に対してインクを噴射することで記録用紙に画像や文字を記録するためのインクジェットヘッドを備えた、インクジェットプリンタに本発明を適用した一例である。
【0019】
まず、本実施形態のインクジェットプリンタ1の概略構成について説明する。図1は、本実施形態のインクジェットプリンタの概略平面図である。図1に示すように、プリンタ1は、所定の走査方向(図1の左右方向)に沿って往復移動可能に構成されたキャリッジ2と、このキャリッジ2に搭載されたインクジェットヘッド3と、記録用紙Pを走査方向と直交する搬送方向に搬送する搬送機構4などを備えている。
【0020】
キャリッジ2は、走査方向(図1の左右方向)に平行に延びる2本のガイド軸17に沿って往復移動可能に構成されている。また、キャリッジ2には、無端ベルト18が連結されており、キャリッジ駆動モータ19によって無端ベルト18が走行駆動されたときに、キャリッジ2は、無端ベルト18の走行に伴って走査方向に移動するようになっている。なお、プリンタ1には、走査方向に間隔を空けて配列された多数の透光部(スリット)を有するリニアエンコーダ10が設けられている。一方、キャリッジ2には、発光素子と受光素子とを有する透過型のフォトセンサ11が設けられている。そして、プリンタ1は、キャリッジ2の移動中にフォトセンサ11が検出したリニアエンコーダ10の透光部の計数値(検出回数)から、キャリッジ2の走査方向に関する現在位置を認識できるようになっている。
【0021】
このキャリッジ2には、インクジェットヘッド3が搭載されている。インクジェットヘッド3は、その下面(図1の紙面向こう側の面)に多数のノズル30(図2参照)を備えている。このインクジェットヘッド3は、搬送機構4により図1の下方(搬送方向)に搬送される記録用紙Pに対して、図示しないインクカートリッジから供給されたインクを多数のノズル30から噴射するように構成されている。
【0022】
搬送機構4は、インクジェットヘッド3よりも搬送方向上流側に配置された給紙ローラ12と、インクジェットヘッド3よりも搬送方向下流側に配置された排紙ローラ13と、を有している。給紙ローラ12と排紙ローラ13は、それぞれ、給紙モータ14と排紙モータ15により回転駆動される。そして、この搬送機構4は、給紙ローラ12により、記録用紙Pを図1の上方からインクジェットヘッド3へ搬送するとともに、排紙ローラ13により、インクジェットヘッド3によって画像や文字などが記録された記録用紙Pを図1の下方へ排出する。
【0023】
次に、インクジェットヘッド3について説明する。図2は、インクジェットヘッドの平面図である。図3は、図2の一部拡大図である。図4は、図3のIV−IV線断面図である。図2〜図4に示すように、インクジェットヘッド3は、ノズル30や圧力室24を含むインク流路が形成された流路ユニット6と、圧力室24内のインクに圧力を付与する圧電アクチュエータ7と、を有している。
【0024】
まず、流路ユニット6について説明する。図4に示すように、流路ユニット6はキャビティプレート20、ベースプレート21、マニホールドプレート22、及びノズルプレート23を有しており、これら4枚のプレート20〜23が積層状態で接合されている。このうち、キャビティプレート20、ベースプレート21及びマニホールドプレート22は、それぞれ、ステンレス鋼などの金属材料からなる平面視で略矩形状の板である。そのため、これら3枚のプレート20〜22に、後述するマニホールド27や圧力室24などのインク流路をエッチングにより容易に形成することができるようになっている。また、ノズルプレート23は、例えば、ポリイミドなどの高分子合成樹脂材料により形成され、マニホールドプレート22の下面に接着剤で接合される。
【0025】
図2〜図4に示すように、4枚のプレート20〜23のうち、最も上方に位置するキャビティプレート20には、平面に沿って配列された複数の圧力室24がプレート20を貫通する孔により形成されている。また、複数の圧力室24は、搬送方向(図2の上下方向)に千鳥状に2列に配列されている。また、図4に示すように、複数の圧力室24は上下両側から後述の振動板40及びベースプレート21によりそれぞれ覆われている。さらに、各圧力室24は、平面視で走査方向(図2の左右方向)に長い、略楕円形状に形成されている。
【0026】
図3及び図4に示すように、ベースプレート21の、平面視で圧力室24の長手方向両端部と重なる位置には、それぞれ連通孔25、26が形成されている。また、マニホールドプレート22には、平面視で、2列に配列された圧力室24の連通孔25側の部分と重なるように、搬送方向に延びる2つのマニホールド27が形成されている。これら2つのマニホールド27は、キャビティプレート20に形成されたインク供給口28(図2参照)に連通しており、図示しないインクタンクからインク供給口28を介してマニホールド27へインクが供給される。さらに、マニホールドプレート22の、平面視で複数の圧力室24のマニホールド27と反対側の端部と重なる位置には、それぞれ、複数の連通孔26に連なる複数の連通孔29も形成されている。
【0027】
さらに、ノズルプレート23の、平面視で複数の連通孔29にそれぞれ重なる位置には、複数のノズル30が形成されている。図2に示すように、複数のノズル30は、搬送方向に沿って2列に配列された複数の圧力室24の、マニホールド27と反対側の端部とそれぞれ重なるように配置されている。
【0028】
そして、図4に示すように、マニホールド27は連通孔25を介して圧力室24に連通し、さらに、圧力室24は、連通孔26,29を介してノズル30に連通している。このように、流路ユニット6内には、マニホールド27から圧力室24を経てノズル30に至る個別インク流路31が複数形成されている。
【0029】
次に、圧電アクチュエータ7について説明する。図2〜図4に示すように、圧電アクチュエータ7は、複数の圧力室24を覆うように流路ユニット6(キャビティプレート20)の上面に配置された振動板40と、この振動板40の上面に、複数の圧力室24と対向するように配置された圧電層41と、圧電層41の上面に配置された複数の個別電極42と、複数の個別電極42を覆って、圧電層41の上面に配置された絶縁層60と、を有している。
【0030】
振動板40は、プレート20〜23と同様にステンレス鋼などの金属材料からなる平面視で略矩形状の板である。この振動板40は、キャビティプレート20の上面に複数の圧力室24を覆うように配設された状態で、キャビティプレート20に接合されている。また、導電性を有する振動板40は、圧電層41の下面側に配置されることによって、圧電層41上面の複数の個別電極42との間で圧電層41に厚み方向の電界を生じさせる、共通電極を兼ねている。この共通電極としての振動板40は、圧電アクチュエータ7を駆動するヘッドドライバ(図示省略)のグランド配線に接続されて、常にグランド電位に保持される。
【0031】
圧電層41は、チタン酸鉛とジルコン酸鉛との固溶体であり強誘電体であるチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を主成分とする圧電材料からなる。なお、PZTの線膨張係数は約2.6×10−6(1/℃)であり、ステンレス鋼の線膨張係数は約10.4×10−6(1/℃)であり、圧電層41は、ステンレス鋼からなる振動板40よりも線膨張係数が小さい圧電材料からなる。図2に示すように、この圧電層41は、振動板40の上面において、複数の圧力室24に跨って連続的に形成されている。また、この圧電層41は、少なくとも圧力室24と対向する領域において厚み方向に分極されている。
【0032】
圧電層41の上面の、複数の圧力室24と対向する領域には、複数の個別電極42がそれぞれ配置されている。各々の個別電極42は圧力室24よりも一回り小さい略楕円形の平面形状を有し、圧力室24の中央部と対向している。また、複数の個別電極42の端部からは、複数の接点部45が個別電極42の長手方向に沿ってそれぞれ引き出されている。これら複数の接点部45は、図示しないフレキシブルプリント配線板(Flexible Printed Circuit:FPC)を介してヘッドドライバ(図示省略)と電気的に接続されている。これにより、ヘッドドライバから複数の個別電極42に対して、所定の駆動電位とグランド電位の2種類の電位のうち、何れか一方の電位を選択的に付与することが可能となっている。
【0033】
絶縁層60は、圧電層41と同様にPZTからなり、複数の個別電極42を覆って、圧電層41の上面に配置されている。なお、PZTは圧電材料であるとともに、絶縁材料でもある。この絶縁層60は、クラック防止など圧電層41を保護している。また、絶縁層60は、個別電極42を保護するとともに、圧電層41の上面における隣接する個別電極42の間に介在するため、隣接する個別電極42の間に生じるマイグレーションを防止している。
【0034】
次に、インク噴射時における圧電アクチュエータ7の作用について説明する。ある個別電極42に対して、ヘッドドライバから所定の駆動電位が付与されたときには、この駆動電位が付与された個別電極42とグランド電位に保持されている共通電極としての振動板40との間に電位差が生じ、個別電極42と振動板40の間に挟まれた圧電層41に厚み方向の電界が作用する。この電界の方向は圧電層41の分極方向と平行であるから、個別電極42と対向する領域(活性部)の圧電層41が厚み方向と直交する面方向に収縮する。ここで、圧電層41の下側の振動板40はキャビティプレート20に固定されているため、この振動板40の上面に位置する圧電層41が面方向に収縮するのに伴って、振動板40の圧力室24を覆う部分が圧力室24側に凸となるように変形する(ユニモルフ変形)。このとき、圧力室24内の容積が減少するために圧力室24内のインク圧力が上昇し、この圧力室24に連通するノズル30からインクが噴射される。
【0035】
次に、上述したインクジェットヘッド3の製造工程について説明する。図5は、インクジェットヘッドの製造工程を概略的に説明する図である。図6は、AD法におけるチャンバー内の概略構成図である。本実施形態では、図5(a)に示すように、流路ユニット6と圧電アクチュエータ7とを別々の工程で製造した後、流路ユニット6の上面に圧電アクチュエータ7を接合して、図5(b)のインクジェットヘッド3を作製する。
【0036】
(流路ユニット製造工程)
まず、流路ユニット6を構成する4枚のプレート20〜23のうち、金属製のキャビティプレート20、ベースプレート21、及び、マニホールドプレート22の3枚のプレートに、圧力室24やマニホールド27などのインク流路を構成する孔を、エッチングにより形成する。また、合成樹脂製のノズルプレート23に、レーザー加工により複数のノズル30を形成する。そして、4枚のプレート20〜23を互いに積層した状態で接着剤で接合し、流路ユニット6を完成させる。
【0037】
あるいは、3枚の金属製のプレート20〜23を積層した状態で、高温(例えば、900℃程度)に加熱しながらプレート積層方向に押圧することで、3枚のプレート20〜23を金属拡散接合により接合してもよい。この場合には、金属拡散接合によって得られた3枚のプレート20〜23の積層体に、合成樹脂製のノズルプレート23を接着剤で接合する。
【0038】
(圧電アクチュエータ製造工程)
まず、振動板40の一表面に、チタン酸鉛とジルコン酸鉛との混晶であるチタン酸ジルコン酸鉛を主成分とする圧電材料を用いて、エアロゾルデポジション法(AD法)により圧電層41を形成する(圧電層形成工程)。AD法は、図6に示すように、振動板40を成膜装置50のチャンバー51内のステージ52に縁をテープで固定させるなどして保持する。そして、チャンバー51内を真空にして、チャンバー51と、圧電層41を形成する粒子と気体(キャリアガス)との混合物(エアロゾル)が封入された図示しないエアロゾル室と、の間の気圧差により、エアロゾル室に連通する噴射ノズル53からエアロゾルを振動板40に噴きつけて、粒子を高速で振動板40に衝突させるとともに、ステージ52を水平方向に往復移動させることにより振動板40上に圧電材料の粒子を堆積させる成膜法である。
【0039】
ところで、AD法によって圧電層41を形成した場合、粒子の衝突時に粒子の微細化や格子欠陥が生じることがある。そこで、圧電材料の粒子結晶を成長させるとともに結晶中の格子欠陥を修復して、圧電特性を向上させるために、前記圧電層形成工程後に成膜装置50のステージ52から取り外された、圧電層41が形成された振動板40を図示しない炉内に収容し、所定の温度(例えば、900℃)で熱処理を施す(加熱工程)。なお、アニール処理温度は900℃としていたが、圧電層41の圧電特性を向上させるためのアニール処理が可能な温度であれば、いかなる温度でもよい。
【0040】
そして、加熱された圧電層41が形成された振動板40を炉内から取り出し、環境温度まで冷却し(冷却工程)、圧電層41の表面の、複数の圧力室24と対向する領域に、スクリーン印刷、蒸着法、スパッタ法などにより複数の個別電極42をそれぞれ形成する(電極形成工程)。
【0041】
ここで、PZTからなる圧電層41は、ステンレス鋼からなる振動板よりも線膨張係数が小さいため、アニール処理によって加熱された振動板40と圧電層41を環境温度まで冷却したときの温度変化によって、圧電層41よりも振動板40が面方向に平行な方向に大きく収縮しようとして、圧電層41に面方向の圧縮応力が生じる。このように、圧電層41に圧縮応力が作用すると、圧電層41の変形が拘束されることとなり、電界作用時の圧電層41の収縮量が小さくなる。すなわち、圧電層41の見かけ上の圧電特性が低下してしまう。
【0042】
そこで、圧電層形成工程と同様の成膜装置50を用いて、個別電極42を覆うように圧電層41の上面に、AD法により圧電層形成工程で用いた粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルと同様のエアロゾルを噴きつけて絶縁層60を形成し(噴きつけ工程)、圧電アクチュエータ7の製造を完了する。
【0043】
この噴きつけ工程において、圧電層41の表面にエアロゾルが高速で衝突するときのエネルギーによって、図5(a)に示すように、エアロゾルを噴きつけられた圧電層41は噴きつけられた方向(振動板40と反対側)に向かって変形して、圧電層41には引っ張り応力が生じる。この引っ張り応力により、冷却工程において圧電層41に生じた圧縮応力を緩和することができる。このように、圧電層41に作用する圧縮応力が緩和され、圧電層41の見かけ上の圧電特性の低下を抑制することができる。なお、図5においては、振動板40と圧電層41および絶縁層60はその変形を拡大して記載しており、圧電層41に引っ張り応力が生じればよく、その変形が生じる程度のエアロゾルを圧電層41に噴きつければよい。
【0044】
このとき、振動板40と圧電層41と絶縁層60を一体の積層体としたときに、振動板40と圧電層41と絶縁層60の厚みを適宜設定して、この積層体の中立面ができるだけ振動板40側となるようにする方が好ましい。特に、この中立面が振動板40にある場合には、噴きつけ工程において圧電層41には引っ張り応力のみが生じることになり、冷却工程において圧電層41に生じた圧縮応力を効果的に緩和することができる。
【0045】
また、圧電層形成工程と噴きつけ工程を同じ成膜装置50を用いることができ、製造工程を簡略化することができる。なお、噴きつけ工程で形成された絶縁層60は、絶縁材料であるとともに圧電材料でもあるPZTからなるが、絶縁性を必要とした層であり、圧電特性を必要とした層ではないため、この噴きつけ工程後にアニール処理は必要なく、この絶縁層60とともに圧電層41が再度加熱冷却されることはなく、噴きつけ工程後に圧縮応力が生じることはない。
【0046】
その後、図5(b)に示すように、流路ユニット6の、複数の圧力室24が開口した上面に、圧電アクチュエータ7の振動板40を接着剤により接合することで、インクジェットヘッド3の製造を完了する。
【0047】
次に、前記実施形態に種々の変更を加えた変更形態について説明する。但し、前記実施形態と同様の構成を有するものについては、同じ符号を付して適宜その説明を省略する。
【0048】
本実施形態においては、圧電層41をAD法により形成していたが、ゾルゲル法により形成してもよい。このとき、ゲル中の溶媒を揮発させるため、圧電層41及び振動板40を600〜700℃で加熱する工程が必要となり、この工程が本発明における加熱工程に相当する。
【0049】
また、本実施形態においては、圧電層41の材料としてPZTを用いていたが、チタン酸バリウムや水晶、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウムであってもよい。また、絶縁層60も、圧電層41と同様にこれらチタン酸バリウムや水晶、ニオブ酸リチウム、タンタル酸リチウムであってもよい。なお、圧電層41と絶縁層60は、同じ材料であっても、異なる材料であってもよい。さらに、絶縁層60は、圧電材料に限らず、絶縁性材料であれば、ジルコニアなどのセラミックスや樹脂などのいかなる材料であってもよい。
【0050】
さらに、本実施形態においては、振動板40の材料としてステンレス鋼を用いていたが、圧電層41を形成する材料よりも線膨張係数の大きな材料であれば、他の金属材料などいかなる材料から形成されてもよい。
【0051】
加えて、本実施形態において、絶縁層60は、個別電極42を覆うように圧電層41の上面全域に形成されていたが、少なくとも圧電層41の個別電極42と対向する領域(活性部)に形成されていればよい。これにより、絶縁層60の噴きつけ工程において、活性部の圧縮応力は緩和され、この活性部の見かけ上の圧電特性の低下を抑制することができる。
【0052】
また、本実施形態においては、振動板40にAD法により直接圧電層41を形成していたが、圧電材料のグリーンシートを焼結して圧電層41を形成して(圧電層形成工程)、この圧電層41を振動板40に熱硬化性接着剤で加熱しながら接合してもよい(接合工程)。この場合においても、熱硬化性接着剤を硬化させるときに、圧電層41と振動板40を200℃程度に加熱する必要があり、この加熱された圧電層41と振動板40を冷却するときに圧電層41に圧縮応力が生じる。したがって、本実施形態と同様に、冷却された振動板40に形成された圧電層41に対して噴きつけ工程を行うことで、圧電層41に作用する圧縮応力が緩和され、圧電層41の見かけ上の圧電特性の低下を抑制することができる。
【0053】
また、噴きつけ工程後に、流路ユニット6と圧電アクチュエータ7を接合していたが、これに限られず、流路ユニット6に一体となった振動板40と圧電層41を接合した後に、圧電層41上にAD法により粒子を噴きつけて絶縁層60を形成して圧電アクチュエータ7を製造してもよい。
【0054】
さらに、本実施形態においては、噴きつけ工程において、圧電層41の上面にAD法により絶縁材料の粒子を噴きつけて絶縁層60を形成していたが、導電性材料の粒子を噴きつけてもよい。これによると、圧電層41に生じた圧縮応力の緩和のための噴きつけ工程において圧電層41に電界を付与するために必要な電極を形成することができる。この一例について以下説明する。
【0055】
1)圧電層41の複数の活性部となる領域の振動板40と反対側の表面にAD法により個別電極42を形成してもよい。これにより、個別電極42の噴きつけ工程において、圧電層41の活性部となる領域の圧縮応力は緩和され、活性部の見かけ上の圧電特性の低下を抑制することができる。この個別電極42を形成するためのAD法による噴きつけ工程は、圧電層形成工程においてエアロゾル室に封入された圧電材料の粒子と気体とのエアロゾルを、個別電極42を構成するステンレス、金または銀などの導電性を有する粒子と気体とのエアロゾルに入れ替えるか、もしくは、噴射ノズル53の連通先を圧電材料の粒子と気体とのエアロゾルが封入されたエアロゾル室から導電性を有する粒子と気体とのエアロゾルが封入されたエアロゾル室に切り換えることで、圧電層形成工程のときと同じチャンバー51内で行うことができる。また、チャンバー51内のステージ52を取り外し自在にして、圧電材料の粒子と気体とのエアロゾルが封入されたエアロゾル室を備えたチャンバー51内にこのステージ52を取り付けて、圧電層形成工程を行った後、ステージ52を取り外して、このステージ52を導電性を有する粒子と気体とのエアロゾルが封入されたエアロゾル室を備えたチャンバー内に取り付けて、噴きつけ工程を行ってもよい。
【0056】
2)図7に示すように、圧電層41の振動板40と反対側の面全域にAD法により共通電極143を形成してもよい。共通電極143の形成方法については、上述した個別電極の形成方法と同様である。このとき、圧電層41の複数の活性部となる領域の振動板40と対向する面に個別電極142を形成する。このとき、振動板40と圧電層41との間には、絶縁層150が配置される。この絶縁層150は、振動板40と個別電極142が導通するのを防止するとともに、アニール処理における加熱によって振動板40を形成する金属材料(ここでは、ステンレス鋼)が拡散して圧電層41に達してしまうのを防止する。
【0057】
また、本実施形態においては、噴きつけ工程においてAD法により圧電層41の上面に絶縁層60を形成していたが、圧電層41の上面に層を形成したくない場合には、単にAD法により圧電層41の上面に成膜しない程度の量の粒子を衝突させて、圧電層41に対して引っ張り応力を生じさせるだけでもよい。
【0058】
以上、説明した実施形態及びその変更形態では、本発明を、記録用紙にインクを噴射して画像などを記録するインクジェットヘッド用の圧電アクチュエータの製造方法に適用したが、本発明の適用対象は、このようなインクジェットヘッド用の圧電アクチュエータに限られず、様々な用途に使用される圧電アクチュエータの製造方法に適用できる。
【符号の説明】
【0059】
1 インクジェットプリンタ
3 インクジェットヘッド
7 圧電アクチュエータ
40 振動板
41 圧電層
42 個別電極
60 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動板と、前記振動板の一表面に形成され、電界にさらされることにより変形する活性部を有する圧電層と、前記活性部に電界を付与するために電圧が印加される電極と、を備えた圧電アクチュエータの製造方法であって、
前記振動板の前記一表面に、エアロゾルデポジション法またはゾルゲル法により、前記振動板よりも線膨張係数の小さい材料からなる前記圧電層を形成する圧電層形成工程と、
前記振動板に形成された前記圧電層を前記振動板とともに加熱する加熱工程と、
加熱された前記振動板と前記圧電層を冷却する冷却工程と、
冷却された前記圧電層の少なくとも前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、エアロゾルデポジション法により、粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつける噴きつけ工程と、を備えていることを特徴とする圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項2】
振動板と、前記振動板の一表面に形成され、電界にさらされることにより変形する活性部を有する圧電層と、前記活性部に電界を付与するために電圧が印加される電極と、を備えた圧電アクチュエータの製造方法であって、
前記振動板よりも線膨張係数の小さい材料からなる前記圧電層を形成する圧電層形成工程と、
前記振動板と前記圧電層を加熱しながら前記振動板の前記一表面に前記圧電層を接合する接合工程と、
加熱された前記振動板と前記圧電層を冷却する冷却工程と、
冷却された前記圧電層の少なくとも前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、エアロゾルデポジション法により、粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつける噴きつけ工程と、を備えていることを特徴とする圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項3】
前記噴きつけ工程において、前記圧電層の前記振動板と反対側の面全域に、絶縁材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させて、絶縁層を形成することを特徴とする請求項1または2に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項4】
前記圧電層の前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、前記電極を形成する電極形成工程をさらに備えており、
前記電極形成の後に、前記噴きつけ工程を行うことを特徴とする請求項3に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項5】
前記噴きつけ工程において、前記圧電層の少なくとも前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、導電性材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させることを特徴とする請求項1または2に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項6】
前記圧電層は、前記活性部となる領域を面方向に離散して複数有しており、
前記噴きつけ工程において、前記圧電層の複数の前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、導電性材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させることで複数の前記電極をそれぞれ形成することを特徴とする請求項5に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項7】
前記噴きつけ工程において、前記圧電層の前記振動板と反対側の面全域に、導電性材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させることで前記電極を形成することを特徴とする請求項5に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項8】
前記圧電層形成工程において、前記エアロゾルデポジション法により、前記振動板の前記一表面に、圧電材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルを噴きつけて、前記粒子を堆積させることで前記圧電層を形成しており、
前記噴きつけ工程において、前記圧電層の少なくとも前記活性部となる領域の前記振動板と反対側の表面に、前記圧電層形成工程で用いた圧電材料の粒子とキャリアガスとを含んだエアロゾルと同じ前記エアロゾルを噴きつけることを特徴とする請求項1に記載の圧電アクチュエータの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2010−225709(P2010−225709A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−69279(P2009−69279)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【出願人】(000005267)ブラザー工業株式会社 (13,856)
【Fターム(参考)】