説明

成膜装置及び成膜方法

【課題】パーティクルの数が極めて少ない良質の薄膜を形成できる成膜装置及び成膜方法を提供する。
【解決手段】プラズマ発生部10においてアーク放電にともなって発生したプラズマは、プラズマ分離部20において斜め磁場により進行方向が曲げられ、パーティクルトラップ30に直進するパーティクルと分離される。そして、プラズマ移送部40を介して成膜チャンバ50に入り、基板51上に膜を形成する。プラズマ移送部40の少なくとも一部には、接地電圧に対し5〜15V低い電圧が印加される。この負の電圧により、正に帯電したパーティクルがプラズマと分離され、プラズマ移送部40に設けられたフィン432、防着板442a,442b及び筐体壁面に捕捉される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気記録装置に使用される磁気記録媒体の表面や磁気ヘッドの先端を保護する保護膜の形成に好適な成膜装置及び成膜方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、磁気記録装置(ハードディスクドライブ)は、コンピュータ等の情報機器だけでなく、ハードディスクビデオレコーダ等にも使用されるようになった。
【0003】
磁気記録装置では、高速で回転する円盤状の磁気記録媒体(磁気ディスク)の記録層を記録素子(書き込みヘッド)で磁化することによりデータを記録する。磁気記録媒体に記録されたデータは、再生素子(読み取りヘッド)により読み取り、電気信号に変換して出力される。
【0004】
磁気記録媒体の記録層は、磁気特性が良好なコバルト合金により形成される。しかし、そのようなコバルト合金は耐久性及び耐食性が十分でなく、磁気ヘッドとの接触や摺動による摩擦又は摩耗、湿気吸着による腐食等により特性の劣化や機械的又は化学的な損傷が生じやすい。このため、記録層の上に保護膜を形成し、更にその上に潤滑剤を塗布して、耐久性及び耐食性を確保している。
【0005】
従来、磁気記録媒体の保護膜は、酸化シリコン(SiO2)、窒化シリコン(SiNx)又は酸化アルミニウム(Al23)等により形成されていた。しかし、耐熱性、耐食性及び耐摩耗性がより優れていることから、カーボン保護膜(炭素を主成分とする保護膜)が使用されるようになった。カーボン保護膜は、スパッタリング法又はCVD(Chemical Vapor Deposition)法により形成することができる。
【0006】
近年、磁気記録装置のより一層の大容量化のため、磁気記録媒体の記録層と磁気ヘッドとの距離(磁気スペーシング)の短縮化が図られ、カーボン保護膜も一層の薄膜化が要求されている。
【0007】
現状、CVD法により形成されるカーボン保護膜の厚さは4nmが限度である。カーボン保護膜の厚さを例えば3nm又はそれ以下にすると、十分な耐久性及び耐食性を確保することができないからである。そこで、アークをプラズマ源としたFCA(Filtered Cathodic Arc)法を用いてカーボン保護膜を形成することが提案されている。
【0008】
FCA法の利点は、放電点温度が10000℃以上になるアーク放電を利用しているため、耐熱性の高い炭素でも容易に溶融又は昇華させることができることにある。そのため、CVD法と異なり、炭素のみを材料とした成膜が可能である。
【0009】
更に、FCA法により形成したカーボン保護膜は、sp3結合成分の比率が高いため、CVD法により形成したカーボン保護膜に比べて密度が高く、高硬度となる。本願発明者は、FCA法で形成した厚さ2nmのカーボン保護膜は、CVD法で形成した厚さ4nmのカーボン保護膜と同等以上の耐久性を有することを確認している。以下、FCA法により成膜する装置をFCA成膜装置という。
【0010】
ところで、FCA法では、アーク放電によりプラズマを発生させるため、カーボン保護膜を形成する場合、カーボンのパーティクル(直径が0.01〜数百μm程度の微粒子:マクロパーティクルともいう)の発生を抑えることが困難である。そのため、保護膜形成時にパーティクルが磁気記録媒体の表面に付着してしまう。パーティクルが付着した磁気記録媒体を磁気記録装置に使用すると、データの記録時又は再生時に磁気ヘッドがパーティクルに接触して損傷を受けたり、磁気記録媒体からパーティクルが離脱してその跡に空隙が発生し、耐久性及び耐食性の低下の原因となる。
【0011】
特許文献1〜5には、プラズマとパーティクルとを分離する機構を備えたFCA装置が提案されている。また、非特許文献1にはプラズマとパーティクルとを分離する磁場フィルタの構造を改良したFCA成膜装置が提案されている。
【0012】
非特許文献1のFCA成膜装置に使用される磁場フィルタはT型フィルタと呼ばれる。このT型フィルタを有するFCA成膜装置で成膜したカーボン保護膜は、耐久性を維持しつつ、従来比でパーティクルを1/100程度まで削減することができる。
【特許文献1】特開2005−216575号公報
【特許文献2】特開2002−8893号公報
【特許文献3】特開2005−158092号公報
【特許文献4】特開2003−160858号公報
【特許文献5】特許第3860954号公報
【非特許文献1】Takigawa et al. Surface and Coatings Technology 163-164,368 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述したFCA成膜装置では、磁場フィルタによりプラズマと電気的に中性なパーティクルとを分離している。しかし、アーク放電では、帯電したパーティクルも発生する。この帯電したパーティクルの一部は磁場フィルタにより進行方向が曲げられてプラズマと同じ方向に移動し、試料表面に付着してしまう。そのため、パーティクルの数が極めて少ない良質の薄膜を形成することが困難である。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の一態様によれば、ターゲットとアノードとの間にアーク放電を発生させてプラズマを生成するプラズマ発生部と、基体が配置される成膜チャンバと、前記プラズマ発生部で発生したプラズマを前記成膜チャンバに移送するプラズマ移送部とを有し、前記プラズマ移送部の少なくとも一部が前記プラズマ発生部及び前記成膜チャンバと電気的に分離され、接地電圧に対し負の電圧が印加される成膜装置が提供される。
【0015】
また、本発明の他の一態様によれば、プラズマ発生部においてターゲットとアノードとの間にアーク放電を発生させてプラズマを生成する工程と、前記プラズマ発生部で発生したプラズマをプラズマ移送部を介して成膜チャンバに移送する工程と、前記成膜チャンバ内においてプラズマ中に含まれるイオンを基体上に付着させて膜を形成する工程とを有し、前記プラズマ移送部の少なくとも一部を前記プラズマ発生部及び前記成膜チャンバから電気的に分離した状態にして、接地電圧に対し負の電圧を印加する成膜方法が提供される。
【発明の効果】
【0016】
アーク放電によりプラズマを発生させる成膜装置では、プラズマの発生にともなって正に帯電したパーティクルが発生する。本発明の一態様に係る成膜装置及び成膜方法では、プラズマ移送部の少なくとも一部に負の電圧を印加し、質量の差を利用してプラズマとパーティクルとを分離する。プラズマから分離されたパーティクルは、プラズマ移送部の壁面等に捕捉され、成膜チャンバ側に進入することが防止される。その結果、パーティクルの数が極めて少ない良質の薄膜を形成できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態について、添付の図面を参照して説明する。
【0018】
(第1の実施形態)
図1は、本発明の第1の実施形態に係る成膜装置の構造を示す模式図である。この図1に示すように、本実施形態に係る成膜装置は、プラズマ発生部10と、プラズマ分離部20と、パーティクルトラップ部30と、プラズマ移送部40と、成膜チャンバ50とを有している。これらのプラズマ発生部10、プラズマ分離部20、パーティクルトラップ部30、プラズマ移送部40及び成膜チャンバ50の筐体は、主にステンレス等の金属により形成されている。
【0019】
プラズマ発生部10、プラズマ分離部20及びパーティクルトラップ部30はいずれも筒状に形成され、下からプラズマ発生部10、プラズマ分離部20及びパーティクルトラップ部30の順で直線状に配置されて連結されている。
【0020】
プラズマ移送部40も筒状に形成されており、その一方の端部がプラズマ分離部20にほぼ垂直に接続され、他方の端部が成膜チャンバ50に接続されている。成膜チャンバ50内には、成膜すべき基板(基体)51が配置されるステージ52が設けられている。
【0021】
以下、成膜装置の各部について、より詳細に説明する。プラズマ発生部10の筐体下端部には絶縁板11が配置されており、この絶縁板11の上にはターゲット(カソード)12が配置される。また、プラズマ発生部10の筐体の下端部の外周にはカソードコイル14が設けられており、筐体の内壁面にはアノード13が設けられている。成膜時には、電源(図示せず)からターゲット12とアノード13との間に所定の電圧が印加されてアーク放電が発生し、ターゲット12の上方にプラズマが生成される。また、電源からカソードコイル14に所定の電流が供給され、アーク放電を安定化させる磁場が発生する。
【0022】
ターゲット12は、その成分がアーク放電により蒸発することによりプラズマ中に成膜材料のイオンを供給するので、成膜材料を含むもので形成されていることが必要である。本実施形態では、基板51上にカーボン保護膜を形成するので、ターゲット12としてグラファイトを使用する。なお、プラズマ発生部10には、アーク放電のトリガとなる電圧を印加するためのトリガ電極等(図示せず)が設けられている。また、プラズマ発生部10には、必要に応じてプラズマ発生部10内に反応性ガス又は不活性ガスが供給される。
【0023】
プラズマ分離部20は、図1に示すようにプラズマ発生部10よりも細径に形成されている。また、プラズマ発生部10とプラズマ分離部20との境界部分には絶縁リング21が設けられている。この絶縁リング21により、プラズマ発生部10の筐体とプラズマ分離部20の筐体とが電気的に分離されている。絶縁リング21は、例えば絶縁性が優れているフッ素樹脂により形成されている。
【0024】
プラズマ分離部20の筐体の外周には、プラズマ発生部10で発生したプラズマを筐体中心部に収束させつつ所定の方向に移動させるための磁場を発生するガイドコイル22a,22bが設けられている。また、プラズマ分離部20とプラズマ移送部40との接続部近傍には、プラズマの進行方向をほぼ90°曲げる磁場(以下、「斜め磁場」という)を発生する斜め磁場発生コイル23が設けられている。
【0025】
パーティクルトラップ部30には、プラズマ発生部10で発生したパーティクルがプラズマ分離部20の磁場の影響をほとんど受けることなく直進して進入する。パーティクルトラップ部30の上端部には、パーティクルを横方向に反射する反射板31と、反射板31により反射されたパーティクルを捕捉するパーティクル捕捉部32とが設けられている。パーティクル捕捉部32には、複数のフィン33が筐体内面に対し斜めに配置されている。パーティクル捕捉部32に進入したパーティクルは、これらのフィン33により何度も反射されて運動エネルギーを消耗し、最終的にフィン33又は筐体壁面に捕捉される。
【0026】
プラズマ移送部40には、プラズマ分離部20でパーティクルと分離されたプラズマが進入する。このプラズマ移送部40は、負電圧印加部42と連絡部46とに区画されている。負電圧印加部42とプラズマ分離部20との間、及び負電圧印加部42と連絡部46との間にはそれぞれ絶縁リング41が設けられている。これらの絶縁リング41も、絶縁リング21と同様に、フッ素樹脂のように絶縁性が優れている材料により形成されている。負電圧印加部42は、これらの絶縁リング41により、プラズマ発生部10、プラズマ分離部20及び成膜チャンバ50と電気的に分離されている。詳細は後述するが、負電圧印加部42には接地電圧(0V)に対して5〜15V程度低い電圧が印加される。
【0027】
負電圧印加部42は、更にプラズマ分離部20側の入口部43と、連絡部46側の出口部45と、それらの間の中間部44とに区画されている。入口部43の外周には、プラズマを収束しつつ成膜チャンバ50側に移動させるための磁場を発生するガイドコイル431が設けられている。また、入口部43の内側には、入口部43に進入したパーティクルを捕捉する複数のフィン432が筐体内面に対し斜めに配置されている。
【0028】
中間部44は、図1に示すように、入口部43及び出口部45の径よりも太径に形成されている。また、中間部44の入口部43側及び出口部45側にはそれぞれプラズマの流路を規制する開口部が設けられた防着板(アパーチャ)442a,442bが配置されている。但し、防着板442aの開口部が比較的上側に配置されているのに対し、防着板442bの開口部は比較的下側に配置されている。中間部44の外周には、プラズマの進行方向を曲げるための磁場を発生するガイドコイル441が設けられている。
【0029】
本実施形態においては、上述したように、中間部44は入口部43及び出口部45よりも太径に形成されている。これは、プラズマの進路を曲げるためにある程度の大きさの空間が必要なためであるが、中間部44に進入したパーティクルが中間部44内で反射を繰り返して運動エネルギーが消失し、中間部44の壁面に吸着されやすくなるという効果もある。
【0030】
入口部43及び中間部44はその中心軸が一致しているが、出口部45は防着板442bの開口部の位置から斜め下方に突き出して配置されている。
【0031】
連絡部46は、負電圧印加部42側から成膜チャンバ50に向けて徐々に径が大きくなるように形成されている。この連絡部46の内側にも、複数のフィン461が配置されている。また、連絡部46と成膜チャンバ50との境界部分の外周には、プラズマを収束しつつ成膜チャンバ50側に移動させるためのガイドコイル47が設けられている。
【0032】
成膜チャンバ50には、前述したように基板51が載置されるステージ52が設けられている。基板51は、その表面(成膜面)をプラズマが流入する方向に向けて配置される。ステージ52には、基板51をプラズマ流入方向に対し傾斜させる機構や基板51を回転させる機構が設けられていてもよい。また、成膜チャンバ50には真空装置(図示せず)が接続されており、この真空装置により成膜装置の内部空間を所定の圧力に維持することができる。基板51としては、予め記録層(磁性層)が形成された磁気記録媒体用基板や、記録素子及び再生素子が形成された磁気ヘッド用基板等を用いることができる。
【0033】
なお、フィン33,432,461及び防着板442a,442bには成膜にともなってパーティクルが付着する。パーティクルの付着量が多くなると、何らかの原因によりパーティクルがフィン33,432,461又は防着板442a,442bから離脱して成膜チャンバ50側に移動するおそれがある。このため、これらのフィン33,432,461及び防着板442a,442bは容易に交換可能な構造とし、ある程度使用したら新しいものと交換することが好ましい。負電圧印加部42の筐体自体を交換可能な構造としてもよい。
【0034】
以下、上述の構造を有する本実施形態に係る成膜装置を使用したカーボン膜の成膜方法について説明する。
【0035】
基板51上にカーボン膜を形成する場合、ターゲット12としてグラファイトターゲットを使用する。そして、真空装置を稼働させて成膜装置内の圧力を10-5Pa〜10-3Paに維持する。また、例えばアーク電流が120A、アーク電圧が25V、カソードコイル電流が10Aの条件でプラズマを発生させる。プラズマ中には、炭素のイオンが含まれる。
【0036】
プラズマ発生部10で発生したプラズマは、プラズマ分離部20に進入し、ガイドコイル20a,20bが発生する磁場によりプラズマ移送部40との接続部近傍に移動する。そして、斜め磁場発生コイル23が発生する斜め磁場により急激に進行方向が曲げられ、プラズマ移送部40に進入する。図1中の破線はプラズマの移動経路を示している。
【0037】
一方、プラズマ発生部10においてアーク放電により発生したパーティクルの大部分は、電荷をもたない、又は重量に対して極めて小さい電荷しかもたないため、ガイドコイル22a,22b及び斜め磁場発生コイル23が発生する磁場の影響をほとんど受けずに直進する。そして、パーティクルトラップ部30において反射板31により横方向に反射され、パーティクル捕捉部32のフィン33により捕捉される。図1中の矢印Aは、このようなパーティクルの移動方向を示している。
【0038】
上述したように、プラズマ発生部10で発生したパーティクルの大部分はパーティクルトラック部30内に進入し、パーティクル捕捉部32のフィン33で捕捉される。しかし、正の電荷を有するパーティクルのうちの一部は、斜め磁場発生コイル23が発生する磁場により進行方向が曲げられてプラズマとともにプラズマ移送部40内に進入する。また、筐体の内面で反射を繰り返すパーティクルの一部も、プラズマ移送部40内に進入する。これらのパーティクルのうち、筐体の内面で反射を繰り返すパーティクルは、フィン432及び防着板442a,442b等により捕捉され、成膜チャンバ50にはほとんど到達しない。
【0039】
一方、プラズマとともに負電圧印加部42内に進入した正の電荷を有するパーティクルは、負電圧印加部42に負の電圧(−5V〜−15V)が印加されているため、例えば図1中に矢印Bで示すようにプラズマから分離されて負電圧印加部42の壁面に向かい、負電圧印加部42の壁面及びフィン432等に捕捉される。特に、本実施形態では、プラズマ移送部40におけるプラズマ移送経路が直線状ではなく、複雑に湾曲した形状に設定されているため、ガス状の成膜成分に対し質量が大きいパーティクルがプラズマとともに移動することを防止でき、プラズマとパーティクルとをより確実に分離することができる。
【0040】
負電圧印加部42を通過したプラズマは、連絡部46を通って成膜チャンバ50内に入り、基板51上に炭素が堆積してカーボン膜が形成される。連絡部46の内面にもフィン461が設けられており、仮に負電圧印加部42を通過したパーティクルがあっても、その大部分はフィン461により捕捉される。
【0041】
上述したように、本実施形態においては、筐体内面で反射して成膜チャンバ50側に移動するパーティクルをフィン432,461及び防着板442a,442b等により捕捉するとともに、プラズマ移送部40の一部に負電圧印加部42を設けて正の電荷を有するパーティクルをプラズマから分離し、フィン432、防着板442a,442b及び筐体筐体壁面に捕捉する。これにより、成膜チャンバ50にパーティクルが進入することをより確実に防止できる。その結果、基板51上にパーティクルをほとんど含まない高品質、かつ高密度のカーボン膜を形成することができる。
【0042】
以下、上述した構造の成膜装置を使用してカーボン膜を実際に形成し、パーティクルの付着量を調べた結果について説明する。
【0043】
上述した構造の成膜装置を使用し、負電圧印加部42に印加する電圧を−15V、−10V、−5V、0V、+5V、+10V、+15Vとして、試料の上にカーボン膜を形成した。成膜時の条件は、アーク電流が120A、アーク電圧が25Vである。
【0044】
試料としては、直径が2.5インチ(約64mm)の磁気記録媒体用ガラス基板を用いた。但し、図2に示すように、基板61上に磁性体からなる下地層62及び記録層(Co合金層)63を形成し、その上に上述の成膜装置を使用してカーボン膜64を3nmの厚さに形成した。ターゲット12には、グラファイトを用いた。
【0045】
各試料の上にカーボン膜を形成した後、パーティクルカウンタ(CANDELA社製OSA−5100)を用いてパーティクルの数を計測した。図3は、横軸に負電圧印加部42に印加した電圧をとり、縦軸に基板1枚当たりのパーティクルの数をとって、両者の関係を示す図である。なお、図3中の破線は、一般的なCVD法により成膜したカーボン膜の2.5インチの基板1枚当たりのパーティクル数(約100個)を示している。
【0046】
この図3から、負電圧印加部42に印加する電圧を−5V〜−15Vとすると、カーボン膜に付着するパーティクルの数はCVD法により形成した場合とほぼ同等又はそれ以下になることがわかる。特に、負電圧印加部42に印加する電圧が−10Vのときは、カーボン膜に付着するパーティクルの数が最も少なかった。なお、図3に示すように、負電圧印加部42に電圧を印加しない場合(0Vの場合)、基板1枚当たりのパーティクル数は約200個であった。
【0047】
図4は、本実施形態の成膜装置で形成したカーボン膜(実施例)の膜密度とCVD法により形成したカーボン膜(比較例)の膜密度の測定結果を示す図である。なお、膜密度は、ラザフォード後方散乱法を用いて測定した。この図4からわかるように、本実施形態の成膜装置で形成したカーボン膜の膜密度は約2.7g/cm3であり、CVD法により形成したカーボン膜の膜密度(約1.7g/cm3)の約1.5倍以上であった。
【0048】
これらの実験の結果から、本実施形態の成膜装置により、膜密度が高く、かつパーティクルが極めて少ない高品質のカーボン膜が形成できることが確認された。このカーボン膜を磁気記録媒体又は磁気ヘッドの保護膜として用いることにより、磁気記録媒体又は磁気ヘッドの耐久性を向上させることができる。
【0049】
なお、上述の実施形態では負電圧印加部42に印加する電圧を直流電圧としているが、負側にバイアスをかけた交流電圧又はパルス電圧であってもよい。また、本実施形態では負電圧印加部42の筐体内面に金属が露出しているものとしているが、筐体内面を絶縁膜で覆ってもよい。
【0050】
更に、上述の実施形態では負電圧印加部42の全体に負の電圧を印加しているが、例えば防着板442a,442bのみに負の電圧を印加するようにしてもよい。なお、連絡部46にも負の電圧を印加してもよいが、連絡部46に負の電圧を印加すると成膜チャンバ50に移動するプラズマの流れを乱すおそれがある。そのため、成膜チャンバ50に近い部分には負の電圧を印加しないことが好ましい。
【0051】
負電圧印加部42の内面は、ブラスト処理(微細な凹凸を形成する処理)を施しておくことが好ましい。これにより、負電圧印加部42の内面に衝突したパーティクルが乱反射され、成膜チャンバ50側へのパーティクルの移動が抑制される。
【0052】
(第2の実施形態)
図5は、本発明の第2の実施形態に係る成膜装置の構造を示す模式図である。図5中の破線はプラズマの移動経路を示している。
【0053】
図5に示すように、第2の実施形態の成膜装置は、プラズマ発生部70と、プラズマ分離部80と、プラズマ移送部90と、成膜チャンバ100とを有している。これらのプラズマ発生部70、プラズマ分離部80、プラズマ移送部90及び成膜チャンバ100の筐体は、主にステンレス等の金属により形成されている。
【0054】
プラズマ発生部70には、第1の実施形態と同様に、絶縁板71と、ターゲット(カソード)72と、アノード73と、カソードコイル74とが設けられている。ターゲット72とアノード73との間に所定の電圧を印加することにより、ターゲット72の上方にプラズマが発生する。また、カソードコイル74に所定の電流を供給することにより、プラズマを安定化させる磁場が発生する。
【0055】
プラズマ分離部80は、ほぼ90°の角度で円弧状に湾曲した筒からなる。このプラズマ分離部80とプラズマ発生部70との境界部分には、フッ素樹脂のように絶縁性が優れている材料により形成された絶縁リング81が設けられている。プラズマ分離部80の筐体の外周には、プラズマ発生部70で発生したプラズマを筐体中心部に収束させつつ成膜チャンバ100側に移動させるための磁場を発生する複数(図5では2つ)のガイドコイル82a,82bが設けられている。また、プラズマ分離部80の内側には、プラズマ分離部80の内面に対し斜めに配置された複数のフィン83が設けられている。
【0056】
プラズマ移送部90は、プラズマ分離部80側の負電圧印加部910と、成膜チャンバ100側の連絡部920とに区画されている。負電圧印加部910とプラズマ分離部80との間、及び負電圧印加部910と連絡部920との間にはそれぞれ絶縁リング91が設けられている。これらの絶縁リング91も、絶縁リング81と同様にフッ素樹脂等の絶縁性材料により形成されている。負電圧印加部910は、これらの絶縁リング91により、プラズマ分離部80及び成膜チャンバ100と電気的に分離されている。第1の実施形態と同様に、負電圧印加部910には、接地電圧に対して5〜15V程度低い電圧が印加される。
【0057】
負電圧印加部910の入り口側にはプラズマの流路を規制する開口部が設けられた防着板(アパーチャ)92が設けられている。また、負電圧印加部910の内側には、筐体内面に対し斜めに配置された複数のフィン93が設けられている。
【0058】
連絡部920は、前述したように負電圧印加部910と成膜チャンバ100との間に配置されている。この連絡部920の筐体外周には、負電圧印加部910を通過したプラズマを成膜チャンバ100内に移送するための磁場を発生するガイドコイル94が設けられている。成膜チャンバ100には、第1の実施形態と同様に、成膜すべき基板101が配置されるステージ102が設けられている。
【0059】
以下、上述した構造を有する本実施形態に係る成膜装置を使用したカーボン膜の成膜方法について説明する。本実施形態においても、ターゲット72としてグラファイトを使用するものとする。
【0060】
成膜装置内の圧力を例えば10-5Pa〜10-3Paに維持し、ターゲット72及びアノード73間及びカソードコイル74にそれぞれ所定の電圧又は電流を供給してプラズマを発生させる。
【0061】
プラズマ発生部70で発生したプラズマは、プラズマ分離部80に進入し、ガイドコイル82a,82bが発生する磁場により筐体中心部に収束しつつ、筐体の湾曲に沿って成膜チャンバ100側に移動する。
【0062】
一方、プラズマ発生部70においてアーク放電により発生したパーティクルは、ガイドコイル81,82が発生する磁場の影響を受けず(又はほとんど受けず)、筐体内を直進する。これらのパーティクルの大部分は、プラズマ分離部80の内壁、フィン83又は負電圧印加部90の入口部に設けられた防着板92等により反射を繰り返し、最終的にプラズマ分離部80の壁面、フィン83又は負電圧印加部90の防着板92に捕捉される。
【0063】
正の電荷を有するパーティクルの一部は、プラズマとともに移動して防着板92の開口部を通り、負電圧印加部910の筐体内に進入する。しかし、負電圧印加部910の筐体には負の電圧が印加されているので、正の電荷を有するパーティクルはプラズマから分離され、負電圧印加部910の筐体内に設けられたフィン93又は筐体壁面に捕捉される。
【0064】
このようにしてパーティクルが除去されたプラズマが成膜チャンバ100内に入り、基板101上に炭素が堆積してカーボン膜が形成される。
【0065】
本実施形態においても、プラズマ移送部90の一部に負電圧印加部910を設けて正の電荷を有するパーティクルをプラズマから分離し、フィン93及び筐体壁面に捕捉する。これにより、成膜チャンバ100にパーティクルが進入することを防止でき、基板101上にパーティクルをほとんど含まない高品質、かつ高密度のカーボン膜を形成することができる。
【0066】
なお、上述した第1及び第2の実施形態では、いずれも基板上にカーボン膜を形成する場合について説明したが、これにより本発明に係る成膜装置の用途がカーボン膜に限定されるものではなく、本発明に係る成膜装置は種々の材料からなる膜の形成に使用できることは勿論である。
【0067】
以下、本発明の諸態様を、付記としてまとめて記載する。
【0068】
(付記1)ターゲットとアノードとの間にアーク放電を発生させてプラズマを生成するプラズマ発生部と、
基体が配置される成膜チャンバと、
前記プラズマ発生部で発生したプラズマを前記成膜チャンバに移送するプラズマ移送部とを有し、
前記プラズマ移送部の少なくとも一部が前記プラズマ発生部及び前記成膜チャンバと電気的に分離され、接地電圧に対し負の電圧が印加されることを特徴とする成膜装置。
【0069】
(付記2)前記負の電圧が、−5Vから−15Vまでの間の電圧であることを特徴とする付記1に記載の成膜装置。
【0070】
(付記3)前記プラズマ移送部の筐体外周に、前記プラズマ移送部内のプラズマの移送経路を湾曲させる磁場を発生するコイルが設けられていることを特徴とする付記1に記載の成膜装置。
【0071】
(付記4)前記プラズマ移送部の前記コイルが設けられた部分が、前記プラズマ移送部の他の部分よりも太径に形成されていることを特徴とする付記3に記載の成膜装置。
【0072】
(付記5)前記プラズマ移送部内に、プラズマの移送経路に対応する開口部が設けられた防着板が配置されていることを特徴とする付記1に記載の成膜装置。
【0073】
(付記6)前記プラズマ移送部が、前記プラズマ発生部側の負電圧印加部と前記成膜チャンバ側の連絡部とに区画され、前記負電圧印加部のみに前記負の電圧が印加されることを特徴とする付記1に記載の成膜装置。
【0074】
(付記7)前記連絡部のうち前記成膜チャンバ側の部分が、前記負電圧印加部側の部分よりも太径に形成されていることを特徴とする付記6に記載の成膜装置。
【0075】
(付記8)前記負電圧印加部が交換可能であることを特徴とする付記6に記載の成膜装置。
【0076】
(付記9)前記プラズマ移送部の内壁面に複数のフィンが設けられていることを特徴とする付記1に記載の成膜装置。
【0077】
(付記10)前記プラズマ発生部と前記プラズマ移送部との間に、磁場によりプラズマとパーティクルとを分離するパーティクル分離部を有することを特徴とする付記1に記載の成膜装置。
【0078】
(付記11)更に、前記パーティクル分離部で分離されたパーティクルを捕捉するパーティクルトラップ部を有することを特徴とする付記10に記載の成膜装置。
【0079】
(付記12)プラズマ発生部においてターゲットとアノードとの間にアーク放電を発生させてプラズマを生成する工程と、
前記プラズマ発生部で発生したプラズマをプラズマ移送部を介して成膜チャンバに移送する工程と、
前記成膜チャンバ内においてプラズマ中に含まれるイオンを基体上に付着させて膜を形成する工程とを有し、
前記プラズマ移送部の少なくとも一部を前記プラズマ発生部及び前記成膜チャンバから電気的に分離した状態にして、接地電圧に対し負の電圧を印加することを特徴とする成膜方法。
【0080】
(付記13)前記ターゲットとして、グラファイトを用いることを特徴とする付記12に記載の成膜方法。
【0081】
(付記14)前記基体が、磁気記録媒体用基板又は磁気ヘッド形成用基板であることを特徴とする付記12に記載の成膜方法。
【0082】
(付記15)前記負の電圧が、−5Vから−15Vまでの間の電圧であることを特徴とする付記12に記載の成膜方法。
【0083】
(付記16)前記負の電圧が、負にバイアスされた交流電圧又はパルス電圧であることを特徴とする付記12に記載の成膜方法。
【0084】
(付記17)前記プラズマ移送部を通るプラズマに対し、プラズマの移送経路を湾曲させる磁場を印加することを特徴とする付記12に記載の成膜方法。
【0085】
(付記18)前記プラズマ移送部内に、プラズマの移送経路に対応する開口部が設けられた防着板を配置することを特徴とする付記12に記載の成膜方法。
【0086】
(付記19)前記プラズマ移送部を、前記プラズマ発生部側の負電圧印加部と前記成膜チャンバ側の連絡部とに区画し、前記負電圧印加部のみに前記負の電圧を印加することを特徴とする付記12に記載の成膜方法。
【0087】
(付記20)プラズマ発生部、プラズマ移送部及び成膜チャンバを有する成膜装置を用いて磁気記録媒体を製造する磁気記録媒体の製造方法であって、
磁性膜が形成された基板を前記成膜チャンバ内に配置し、
前記プラズマ発生部において、炭素を含むターゲットとアノードとの間にアーク放電を発生させてプラズマを生成し、
前記プラズマ移送部の少なくとも一部に負の電圧を印加しつつ、前記プラズマ発生部で発生したプラズマを前記プラズマ移送部を介して前記成膜チャンバに移送し、
前記プラズマに含まれる炭素を前記基板の上に堆積させてカーボン膜を形成することを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】図1は、第1の実施形態に係る成膜装置の構造を示す模式図である。
【図2】図2は、試料の一例を示す模式断面図である。
【図3】図3は、負電圧印加部に印加した電圧と基板1枚当たりのパーティクルの数との関係を示す図である。
【図4】図4は、実施形態の成膜装置で形成したカーボン膜(実施例)の膜密度とCVD法により形成したカーボン膜(比較例)の膜密度の測定結果を示す図である。
【図5】図5は、第2の実施形態に係る成膜装置の構造を示す模式図である。
【符号の説明】
【0089】
10…プラズマ発生部、11…絶縁板、12…ターゲット、13…アノード、14…カソードコイル、20…プラズマ分離部、21…絶縁リング、22a,22b…ガイドコイル、23…斜め磁場発生コイル、30…パーティクルトラップ部、31…反射板、32…パーティクル捕捉部、33…フィン、40…プラズマ移送部、41…絶縁リング、42…負電圧印加部、43…入口部、431…ガイドコイル、432…フィン、44…中間部、441…ガイドコイル、442a,442b…防着板、45…出口部、46…連絡部、461…フィン、47…ガイドコイル、50…成膜チャンバ、51…基板(基体)、52…ステージ、61…基板、62…下地層、63…記録層、64…カーボン膜、70…プラズマ発生部、71…絶縁板、72…ターゲット、73…アノード、74…カソードコイル、80…プラズマ分離部、81…絶縁リング、82a,82b…ガイドコイル、83…フィン、90…プラズマ移送部、91…絶縁リング、910…負電圧印加部、92…防着板、920…連絡部、93…フィン、94…ガイドコイル、100…成膜チャンバ、101…基板(基体)、102…ステージ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲットとアノードとの間にアーク放電を発生させてプラズマを生成するプラズマ発生部と、
基体が配置される成膜チャンバと、
前記プラズマ発生部で発生したプラズマを前記成膜チャンバに移送するプラズマ移送部とを有し、
前記プラズマ移送部の少なくとも一部が前記プラズマ発生部及び前記成膜チャンバと電気的に分離され、接地電圧に対し負の電圧が印加されることを特徴とする成膜装置。
【請求項2】
前記負の電圧が、−5Vから−15Vまでの間の電圧であることを特徴とする請求項1に記載の成膜装置。
【請求項3】
前記プラズマ移送部の筐体外周に、前記プラズマ移送部内のプラズマの移送経路を湾曲させる磁場を発生するコイルが設けられていることを特徴とする請求項1に記載の成膜装置。
【請求項4】
前記プラズマ移送部の前記コイルが設けられた部分が、前記プラズマ移送部の他の部分よりも太径に形成されていることを特徴とする請求項3に記載の成膜装置。
【請求項5】
前記プラズマ移送部が、前記プラズマ発生部側の負電圧印加部と前記成膜チャンバ側の連絡部とに区画され、前記負電圧印加部のみに前記負の電圧が印加されることを特徴とする請求項1に記載の成膜装置。
【請求項6】
前記プラズマ発生部と前記プラズマ移送部との間に、磁場によりプラズマとパーティクルとを分離するパーティクル分離部を有することを特徴とする請求項1に記載の成膜装置。
【請求項7】
プラズマ発生部においてターゲットとアノードとの間にアーク放電を発生させてプラズマを生成する工程と、
前記プラズマ発生部で発生したプラズマをプラズマ移送部を介して成膜チャンバに移送する工程と、
前記成膜チャンバ内においてプラズマ中に含まれるイオンを基体上に付着させて膜を形成する工程とを有し、
前記プラズマ移送部の少なくとも一部を前記プラズマ発生部及び前記成膜チャンバから電気的に分離した状態にして、接地電圧に対し負の電圧を印加することを特徴とする成膜方法。
【請求項8】
前記ターゲットとして、グラファイトを用いることを特徴とする請求項7に記載の成膜方法。
【請求項9】
前記負の電圧が、−5Vから−15Vまでの間の電圧であることを特徴とする請求項7に記載の成膜方法。
【請求項10】
プラズマ発生部、プラズマ移送部及び成膜チャンバを有する成膜装置を用いて磁気記録媒体を製造する磁気記録媒体の製造方法であって、
磁性膜が形成された基板を前記成膜チャンバ内に配置し、
前記プラズマ発生部において、炭素を含むターゲットとアノードとの間にアーク放電を発生させてプラズマを生成し、
前記プラズマ移送部の少なくとも一部に負の電圧を印加しつつ、前記プラズマ発生部で発生したプラズマを前記プラズマ移送部を介して前記成膜チャンバに移送し、
前記プラズマに含まれる炭素を前記基板の上に堆積させてカーボン膜を形成することを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−13709(P2010−13709A)
【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−175784(P2008−175784)
【出願日】平成20年7月4日(2008.7.4)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】