説明

水晶発振回路及び感知装置

【課題】共通の水晶片に2つの振動領域が設けられた水晶振動子を用いた水晶発振回路において、不要な周波数成分が低減された周波数信号を得ることのできる水晶発振回路及びこの回路を利用した感知装置を提供する。
【解決手段】互いに異なる発振周波数を取り出すための2つの振動領域105a、105bを共通の水晶片100上に設けた水晶振動子10を備えた水晶発振回路11a、11bは、各振動領域105a、105bより取り出される周波数信号中に含まれる相手側の振動領域105b、105aの発振周波数に相当する周波数成分を低減するためのバンドエリミネーションフィルタを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水晶振動子を用いて発振周波数を取り出す水晶発振回路及びこの水晶発振回路を用いて感知対象物を感知する感知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
溶液中や気体中の微量物質を感知する装置として水晶振動子からなるQCM(Quarts Crystal Microbalance )を用いた感知装置が知られている。この種の感知装置は、水晶振動子に微量物質を吸着させ、その発振周波数(共振周波数)の変化を捉えることにより当該微量物質を感知している。本件出願人は、このような感知装置を開発しており、今後種々の分野、例えば環境汚染物質であるダイオキシンや、血液あるいは血清中の特定の抗原等を極低濃度、例えばppb〜pptレベルにて感知することも可能になると期待している。
【0003】
このような感知装置に用いられる水晶振動子は温度によって周波数が変化することから、感知装置の水晶発振器においては、温度に対する周波数安定性を得るための対策が必要になる。この点に関し本件出願人は、従来、利用されているOCXO(恒温槽付水晶発振器:Oven Controlled Crystal Oscillator)のような大掛かりな装置構成を必要とせず、TCXO(温度補償水晶発振器:Temperature Compensated Crystal Oscillator)と同等に小型軽量でありながらTCXOよりも高い周波数安定性を備えた、いわゆるツインセンサ型の水晶発振回路を用いた周波数発振器を開発している(例えば特許文献1)。
【0004】
図13に概略構成を示すようにツインセンサ型の水晶発振回路700は、弾性波境界層106によって弾性的に絶縁された2つの異なる振動領域(第1の振動領域105a、第2の振動領域105b)を有する水晶片100に電極101〜104を設けて構成される水晶振動子10と、これら各振動領域105a、105bを利用して発振周波数を取り出すために水晶振動子10に対して直列に接続された、2組のコルピッツ型の発振回路111a、111bと、を備えている。
【0005】
この水晶発振回路700は、電極101、103の質量や大きさ、各発振回路111a、111b内の負荷容量を異ならせておくことにより、互いに異なる発振周波数を持つ周波数信号を得ることができる(以下、第1の振動領域105a側の出力をチャンネル1、第2の振動領域105b側の出力をチャンネル2という)。一方、第1の振動領域105aと第2の振動領域105bとは同じ水晶片100上に設けられているため、周囲の温度が変化したときに夫々のチャンネルより取り出される発振周波数の変化量がほぼ揃った周波数温度特性を得ることができる。
【0006】
そこで当該水晶発振回路700を感知装置に適用する場合には、水晶片100の一方の領域(例えば第2の振動領域105b)の電極103には感知対象を吸着可能な吸着層を設けて微量物質の感知を行う一方で、他方の領域(例えば第1の振動領域105a)の電極101には感知対象を吸着しないブロック層を設けて温度変化の影響のみを独立して検知する。この結果、感知対象の吸着と温度変化の双方の影響を受けるチャンネル2側の発振周波数から、温度変化のみの影響を受けたチャンネル1側の発振周波数を差し引くことにより、感知対象の吸着のみに対応する発振周波数の変化量を知ることができる。
【0007】
このようにツインセンサ型の水晶発振回路700は、OCXOのような大掛かりな恒温槽が不要であり、またTCXOよりも高精度の周波数安定性を得ることができることから従来型の水晶発振回路よりも高い性能を備えている。そこで本発明者は上述の水晶発振回路700を用いた感知装置を製品化するにあたり詳細な周波数特性の検討を行ったところ、各々チャンネルから出力される周波数信号中に、第1の振動領域105a、第2の振動領域105b各々に対応する設計周波数(以下、第1の振動領域105aに対応する設計周波数を第1の発振周波数、第2の振動領域105bに対応する設計周波数を第2の発振周波数という)とは異なる周波数成分(以下、不要成分という)が含まれていることを確認した。
【0008】
そこでこれらの不要成分の解析を行ったところ、各チャンネルから出力される周波数信号中には、相手側のチャンネルから出力されるべき設計周波数を持つ不要成分が比較的大きなピークを持って含まれていることが分かった。このように他方側のチャンネルから出力されるべき設計周波数を持つ不要成分が含まれてしまうことは、取得した周波数信号のデータに基づいて温度変化の影響を取り除くデータ処理を行う際の誤差要因となり、感知装置の測定の信頼性を低下させる要因となるおそれがある。
【0009】
なお特許文献2には、水晶発振回路中に特定の周波数を濾波するフィルタを備えた本発明に似た構成の技術が記載されている。しかしながら当該フィルタは水晶振動子の高調波を利用して30MHzを超える高い周波数を発振させることを目的として、当該高調波成分のみを取り出すために設けられたものであり、ツインセンサ型の水晶発振器に特有な上述の問題を解消する手段については何ら記載されていない。
【0010】
【特許文献1】特開2006−33195号公報:請求項1、第0012段落〜第0014段落、第0018段落〜第0019段落、図1、図4
【特許文献2】特表2006−510254号公報:請求項1、第0038段落〜第0040段落、図3
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明はこのような事情に基づいて行われたものであり、その目的は、共通の水晶片に第1の振動領域と第2の振動領域とが設けられた水晶振動子を用いた水晶発振回路において、不要な周波数成分が低減された周波数信号を得ることのできる水晶発振回路及びこの回路を利用した感知装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係わる水晶発振回路は、第1の発振周波数を取り出すために水晶片上に設けられた第1の振動領域と、前記第1の発振周波数とは異なる第2の発振周波数を取り出すために、当該水晶片上に設けられた弾性的な境界層を介して前記第1の振動領域とは異なる領域に設けられた第2の振動領域と、を有する水晶振動子を備えた水晶発振回路において、
前記第1の振動領域より取り出される周波数信号中に含まれる前記第2の発振周波数に相当する周波数成分を低減するための第1のバンドエリミネーションフィルタを備えたことを特徴とする。
また、他の発明に係わる水晶発振回路は、第1の発振周波数を取り出すために水晶片上に設けられた第1の振動領域と、前記第1の発振周波数とは異なる第2の発振周波数を取り出すために、当該水晶片上に設けられた弾性的な境界層を介して前記第1の振動領域とは異なる領域に設けられた第2の振動領域と、を有する水晶振動子を備えた水晶発振回路において、
前記第1の振動領域より取り出される周波数信号中に含まれる前記第1の発振周波数に相当する周波数成分のみを取り出すための第1のバンドパスフィルタを備えたことを特徴とする。
【0013】
これら各々の水晶発振回路につき、更に、前記第2の振動領域より取り出される周波数信号中に含まれる前記第1の発振周波数に相当する周波数成分を低減するための第2のバンドエリミネーションフィルタを備えてもよく、または前記第2の振動領域より取り出される周波数信号中に含まれる前記第2の発振周波数に相当する周波数成分のみを取り出すための第2のバンドパスフィルタを備えてもよい。
【0014】
これらのほか、本発明に係わる感知装置は、感知対象物を吸着するための吸着層がその表面に形成された水晶振動子を含む水晶発振回路と、この水晶発振回路から取り出される発振周波数を測定する手段と、を備え、前記吸着層に感知対象物が吸着されることによる水晶振動子の周波数の変化分に基づいて感知対象物を検出するための感知装置において、
前記水晶発振回路として上述のいずれか一つに記載の水晶発振回路を用い、第1の振動領域または第2の振動領域のいずれか一方に前記吸着層が形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係わるツインセンサ型の水晶発振回路によれば、水晶振動子の一方側の振動領域(第1の振動領域)より取り出された周波数信号への他方側の振動領域(第2の振動領域)における振動の影響を低減するため、
(1)前記他方側の振動領域の振動に起因する周波数成分(第2の発振周波数)を低減するためのバンドエリミネーションフィルタを備えているか、
(2)前記一方側の振動領域の振動に起因する周波数成分(第1の発振周波数)のみを取り出すためのバンドパスフィルタを備えている。
この結果、第2の発振周波数と同じ周波数を持つ不要成分が低減された周波数信号を出力することが可能となり、これらの構成を備えていない水晶発振回路と比較して、例えば当該水晶発振回路を感知装置に適用した場合等における測定の信頼性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本実施の形態に係わる水晶発振回路1を備えた感知装置2として、例えば血液あるいは血清中の特定の抗原を感知する機能を備えた感知装置2について説明する。図1の外観構成図に示すように、感知装置2は発振回路ユニット40と装置本体60とを備えており、発振回路ユニット40はケーブル例えば同軸ケーブル50を介して装置本体60に対して着脱自在に接続されている。装置本体60の筐体61前面に設けられた表示部608は、例えば周波数あるいは周波数の変化分等の測定結果を表示する役割を果たし、例えばLED表示画面や液晶表示画面により構成されている。
【0017】
発振回路ユニット40には、図2に外観構成を示す水晶センサ3が着脱自在に接続される。水晶センサ3は、一端側が接続端子をなすプリント基板301の上にゴムシート302を重ね、このゴムシート302に設けられた不図示の凹部を塞ぐように後述の水晶振動子10を設け、更にゴムシート302の上から上蓋ケース303を装着した構成となっている。当該構成により水晶振動子10の下面側の前記凹部が気密空間となってランジュバン型の水晶センサが構成される。上蓋ケース303には試料溶液の注入口304と試料溶液の観察口305とが設けられており、注入口304から試料溶液を注入することによって水晶振動子10の上面側の空間に試料溶液を満たすことができる。
【0018】
図3(a)に平面図、図3(b)に断面図(図3(a)中に示したA-A’方向から矢視)を示すように水晶振動子10には、例えば円形の水晶片100を直径方向に2分割して得られる半円状の2つの領域(第1の振動領域105a、第2の振動領域105b)の各々両面に例えば金からなる半円状の電極101〜104(裏面側の電極102、104は表面側の周縁部に連続形成されている)が設けられている。そして図2、図3(a)に示すように本例において電極101、103はプリント基板301上に延伸された接続端113a、113bと各々接続され、また電極102、104は同じくプリント基板301上に設けられた共通の接地端114と接続されている。
【0019】
第1の振動領域105a及び第2の振動領域105bは、例えば各領域105a、105bの水晶片100の厚みを異ならせたり、これらの領域105a、105bに設けられた電極101〜104の質量を異ならせたりすることにより、異なる設計周波数をピークに持つ周波数信号を発振することができるようになっている。そして各領域105a、105bの設計周波数である第1の発振周波数「F0」と第2の発振周波数「F1」とは、互いに重なり合わないように設計されている。
【0020】
第1の振動領域105aと第2の振動領域105bとの境界には、これらの領域105a、105bを弾性的に絶縁するための弾性波境界層106を設けてあり、領域105a、105bの振動が相互に与える影響を抑えている。本例において弾性波境界層106は、例えば水晶片100の片面に溝部を形成することによりこれらの領域105a、105bを弾性的に絶縁した構成となっているが、弾性波境界層106の構成はこれに限られるものではなく、上述の溝部を水晶片100の両面に設けてもよいし、水晶片100の両面に亘って例えば金属膜からなる導電層を形成することにより絶縁してもよい。
【0021】
この水晶振動子10の一方側の領域、例えば第1の振動領域105aに設けられた電極101には、例えば図4の左側に示すように既述の注入口304に注入される試料溶液中に含まれる感知対象物81と反応しない抗体(タンパク質)からなるブロック層82が形成されている。ブロック層82は、電極101表面への感知対象物81の吸着による第1の発振周波数「F0」の変化を防ぐ役割を果たす。即ち、第1の振動領域105aからは第1の発振周波数「F0」に対して、温度変化のみの影響を受けた発振周波数「F0’」を取り出すことができる。
【0022】
ここで電極101への感知対象物81の吸着を抑えるためには電極101を被覆せずに剥き出しの状態としてもよい。但し、本実施の形態のように血液あるいは血清中の抗原を感知対象物81とする場合等には、血液中の成分が電極101に吸着されてしまうことを防止するために、これらの成分を吸着させないある種のタンパク質をブロック層82として設けることが好ましい。
【0023】
一方、水晶振動子10の他方側の領域、例えば第2の振動領域105bに設けられた電極103には、例えば図4の右側に示すように抗原である感知対象物81と選択的に反応して結合する抗体からなる吸着層83が設けられている。吸着層83に対して感知対象物81が抗原抗体反応を起こして吸着されることによる質量負荷効果を利用して、第2の発振周波数「F1」を変化させることができる。この結果、チャンネル2からは、第2の発振周波数「F1」に対して、抗体の吸着及び温度変化の双方の影響を受けた発振周波数「F1’」を取り出すことができる。
【0024】
ここで水晶振動子10に設けられた第1の振動領域105a及び第2の振動領域105bは、同じ水晶センサ3内にて共通の試料溶液中に浸漬されるため、各々の領域105a、105bが置かれる温度条件はほぼ一致する。またこれらの領域105a、105bは共通の水晶片100上に設けられているので、第1の発振周波数「F0」と、第2の発振周波数「F1」とは互いにほぼ一致した周波数温度特性を示すようになっている。
【0025】
このような水晶振動子10を備えた水晶センサ3は、発振回路ユニット40の筐体41に接続されることにより水晶発振回路1を構成している。図5の概略構成図に示すように水晶発振回路1は、水晶振動子10の既述の接続端113a、113bを発振回路(増幅器)111a、111bを備えた発振部11a、11bと接続することにより、第1、第2の発振周波数を持つ周波数信号を出力することができる。これらの発振部11a、11bはほぼ同様の構成を備えているので、以下、例えば図6に構成例を示したチャンネル2側の発振部11bについて説明する。
【0026】
図6に示すように発振部11bは、既述の水晶振動子10をインダクタンス成分として含む周知のコルピッツ回路を発振回路111bとして含んでいる。トランジスタQ1、キャパシタC1、C2は発振回路側のインピーダンス特性を容量性、負性抵抗成分に示す役割を果たし、C1がQ1のベース-エミッタ間、C2がエミッタ-グランド間に各々接続されている。抵抗R1、R2はトランジスタQ1のベース端子にバイアス付与するバイアス抵抗である。また、インダクタL1は直流バイアス電流(Vcc)をトランジスタQ1のコレクタに供給し、発振周波数において高いインピーダンスを示す役割を果たし、抵抗R4はトランジスタQ1のエミッタに接続された負帰還抵抗である。
【0027】
更に、抵抗R3は発振回路側の負性抵抗値を調整し水晶振動子10の等価直列抵抗との整合を図り、キャパシタC3は直流成分と高周波成分とを分離すると共に水晶振動子10の負荷容量を決定する役割も果たす。以上の構成を備えることにより第2の発振部11bは、第2の振動領域105b側の水晶振動子10の振動と相俟って、既述の吸着層83に感知対象物81が吸着していない状態において第2の発振周波数、例えば「9.176MHz」を含む周波数信号を発振し、この信号をチャンネル2から出力することができる。
【0028】
一方、図示を省略した第1の振動領域105a側の第1の発振部11aも既述の第2の発振部11bとほぼ同様の構成を備えており、第1の発振周波数、例えば「9.126MHz」を含む周波数信号をチャンネル1から出力することができる。なお図6においては説明の便宜上、一体として構成されている水晶振動子10を各発振部11a、11bに接続された状態で分割して表示してある。また図6中の溶液抵抗80は、水晶振動子10を試料溶液中に浸漬することにより2つの領域105a、105b間に形成される抵抗成分を表している。
【0029】
このようにツインセンサ型の水晶発振回路1は、各チャンネルより各々第1の発振周波数、第2の発振周波数を含む周波数信号を出力可能な構成を備えているが、背景技術にて説明したようにこれらの周波数信号には相手側の発振部11b、11aの発振周波数に相当する不要成分が含まれており、感知装置2の測定の信頼性を低下させる要因となる。そこで本実施の形態に係わる水晶発振回路1は、これら相手側の発振周波数に相当する不要成分が低減された周波数信号を出力するための構成を備えている。
【0030】
上述の不要成分を低減するための構成について、チャンネル2側の第2の発振部11bを例に説明すると、例えば図5、図6に示すように第2の発振部11bは当該発振部11bにて発振された周波数信号から、第1の発振周波数に相当する不要成分を低減するためのバンドエリミネーションフィルタ112b(以下、第2のBEF112bという)を備えている。第2のBEF112bは例えば抵抗R11、R12、インダクタL11、L12、キャパシタC11〜C15を図7に示すように接続して構成される周知のラダー型フィルタであり、第1の発振周波数に相当する不要成分を接地側へと短絡させることにより、チャンネル2より出力される周波数信号から当該不要成分が出力されることを防止できる。
【0031】
第2のBEF112bは、例えば図8(b)に示すフィルタ特性を備えており、第1の発振周波数「F0(本例では9.126MHz)」の信号は「−15dB」以下まで減衰させることができる一方で、第2の発振周波数「F1(本例では9.176Hz)」の信号は殆ど減衰させずに通過させることができる。図6に示すように第2のBEF112bは例えば抵抗R3とキャパシタC3との間に直列に接続されている。ここで既述のように第1の発振周波数「F0」は温度変化の影響を受けて発振周波数「F0’」に変化する可能性があるが、温度変化の影響は高々「数十Hz」程度の範囲であり、図8(b)に示した特性を備えたBEF112bであれば当該発振周波数「F0’」についても十分に減衰させることができる。
【0032】
一方、図示を省略したチャンネル1側の第1の発振部11aについても、既述の第2の発振部11bとほぼ同様の位置に、例えば図8(a)に示したフィルタ特性を有するバンドエリミネーションフィルタ112a(以下、第1のBEF112aという)を備え、相手側チャンネルより発振される第2の発振周波数に相当する不要成分が低減された周波数信号を出力できるように構成されている。また第2の発振周波数「F1」については、抗体の吸着及び温度変化の影響を受けて発振周波数が「F1’」に変化して出力されるところ、これらの変化の影響についても高々「数十Hz」程度の範囲であるので、図8(a)に示した特性を備えたBEF112aは当該発振周波数「F1’」についても十分に減衰させることができる。なお、図5に記載したBEF112a、112bは、各発振部11a、11b中にこれらのBEF112a、112bが設けられていることを模式的に示したものであり、各発振部11a、11bにおけるフィルタ112a、112bの配置位置を示したものではない。
【0033】
図9は感知装置2のブロック図である。既述のように水晶センサ3内の水晶振動子10と発振回路ユニット40内の各発振部11a、11bとは水晶発振回路1を構成し、装置本体60に接続されている。装置本体60側の水晶発振回路1との接続部には測定回路部602が設けられている。本例では測定回路部602は、入力信号である周波数信号をディジタル処理して各チャンネルの発振周波数を測定する役割を果たす。また測定回路部602の前段には、各チャンネルからの出力信号を順次当該測定回路部602に取り込むためのスイッチ部601が設けられている。スイッチ部601は、2つの発振部11a、11bからの周波数信号を時分割して取り込む役割を果たし、各チャンネルの発振周波数を並行して求めることが可能となる。例えば1秒間をn分割(nは偶数)し、各チャンネルの発振周波数を1/n秒の処理で順次求めることにより、厳密には完全に同時に測定しているわけではないが、1秒間に少なくとも1回以上周波数を取得しているため、実質同時に各チャンネルの周波数を取得することが可能となる。
【0034】
装置本体60はデータバス603を備えており、データバス603にはCPU(中央演算処理装置)604、データ処理プログラム605を格納した記憶手段、第1メモリ606、第2メモリ607及び既述の測定回路部602が接続されている。更にデータバス603にはモニタ等の既述の表示部608やキーボード等の入力手段609が接続され、また図9には示していないが装置本体60はパーソナルコンピュータ等に接続されている。
【0035】
データ処理プログラム605は測定回路部602から出力される信号に基づいて各チャンネルの発振周波数に係わる時系列データを取得し、第1メモリ606に格納する役割を果たす。またこのデータ取得動作と同時に、同一の時間帯におけるチャンネル1から取得した発振周波数「F0’」、チャンネル2から取得した発振周波数「F1’」の各時系列データの差分「F1’−F0’」を夫々演算し、当該差分データの時系列データを取得して第2メモリ607に格納する機能も備えている。またユーザの選択に応じてこれらのデータを表示部608に表示することができるようにも構成されている。これらの機能を実現するCPU604やデータ処理プログラム605及び各メモリ606、607は発振周波数を測定する手段をなしている。
【0036】
次に上述の構成を備えた感知装置2の作用について、血液あるいは血清中のある種の抗原の濃度を求める手法を例に挙げて説明する。まず装置本体60を起動し、水晶センサ3を発振回路ユニット40の差込み口に差し込むと、各発振部11a、11bが発振を開始する。各チャンネルから出力される周波数信号はスイッチ部601を介して順次、測定回路部602に取り込まれ、A/D変換された後、各ディジタル値が信号処理されて2つのチャンネルの周波数信号から、設定周波数「F0、F1」に近い周波数「F0’、F1’」が取り出され、これらの周波数が略同時に(例えば1/2秒ずつ、ずれて)第1メモリ606に記憶する動作を継続する。
【0037】
次いでユーザが水晶センサ3に例えば食塩水を希釈液として注入すると、水晶振動子10の環境雰囲気が気相から液相に変わり、各チャンネルの周波数が低くなる。一方人体から採取した血清を例えば食塩水等の希釈液で例えば100倍に希釈した試料溶液を用意しておき、これを水晶センサ3に注入する。この結果、吸着層83の形成された第2の振動領域105b側の電極103にて抗原抗体反応が進行する場合には、質量負荷効果により周波数「F1’」の値がさらに低下する。一方、第1の振動領域105a側のチャンネル1からは、試料溶液の温度に応じて変化する周波数「F0’」が出力される。
【0038】
このようにして各チャンネルから出力された周波数の時系列データは第1メモリ606に記憶されると共に、チャンネル2の周波数「F1’」とチャンネル1の周波数「F0’」との差分が演算され、これら差分の時系列データが第2メモリ607に記憶される。差分の周波数は、各チャンネルの周波数を順次取り込むタイミングの中で求めるようにしてもよく、例えばチャンネル1の周波数「F0’」を取り込み、次いでチャンネル2の周波数「F1’」を取り込んだ後、「F1’」から「F0’」を差し引いて、その差分を第2メモリ607に書き込むといった手法でもよいし、各チャンネルの周波数の時系列データを取得した後、これらデータの時間軸を合わせて、差分の時系列データを作成してもよい。
【0039】
これら一連のデータ処理を実行するにあたり、各発振部11a、11bにはBEF112a、112bが設けられているので、各チャンネルから出力される周波数信号は相手側のチャンネルから出力されるべき周波数を持つ不要成分が低減された状態となっている。このため、これらの周波数信号から周波数「F0’、F1’」を時系列データとして取得し、またこれらの周波数の差分の時系列データを演算する際の誤差要因が低減されて信頼性の高い測定結果を出力することができる。
【0040】
続いて、例えばユーザが入力手段609により、各チャンネルの差分データを表示するコマンドを選択すると、第2メモリ607の時系列データの中から、選択された差分データを表示部608にグラフ化して表示する。こうした一連の動作の過程で環境温度が変化して各チャンネルからの周波数「F0’、F1’」が変化する場合であっても、この温度変化は共通の水晶振動子10に同じ条件で発生する。このため、これらの周波数の差分をとることにより温度変化の影響が相殺されるので、第2メモリ607に記憶されている差分データにおける周波数の低下は、水晶振動子10への抗原の吸着のみに起因するものであるといえる。また当該ツインセンサ型の水晶発振回路1を用いて低減することの可能な変動要因は温度変化に限られず、例えば外部から振動が加わった場合や試料溶液(血液や血清)の粘度が変化した場合等にも有効である。
【0041】
このようにして表示された差分データの変化量に基づき、ユーザは予め求めていた発振周波数の変化量と感知対象物の濃度との関係式(検量線)を用いて感知対象物の濃度を求めることができる。ここで差分データの変化量の決定や検量線を用いた感知対象物の濃度の決定は、感知装置2にて行ってもよいしユーザが例えば表示部608に表示されたデータを読み取って行ってもよい。
【0042】
本発明に係わるツインセンサ型の水晶発振回路1によれば以下の効果がある。水晶発振回路1は、2つのチャンネルより取り出された周波数信号中に含まれる相手側のチャンネルから出力されるべき周波数を持つ不要成分の影響を低減するために、当該不要成分を低減するBEF112a、112bを備えている。このため、当該不要成分の低減された周波数信号を出力することが可能となり、これらの構成を備えていない水晶発振回路と比較して感知装置2の測定の信頼性を向上させることができる。
【0043】
ここで、相手側のチャンネルから出力されるべき周波数を持つ不要成分を低減する手法は、実施の形態中に示したBEF112a、112bを使用する場合に限定されるものではない。例えば自チャンネル側の発振周波数のみを通過させるバンドパスフィルタ(BPF)を設けても同様の効果を得ることができる。但し、BPFを用いる場合よりもBEFを用いた方が水晶発振回路1の動作が安定することを本発明者は把握している。
【0044】
また、水晶発振回路1を成す各発振部11a、11bの構成は、実施の形態中に示したコルピッツ回路に限定されるものではなく、例えばハートレー型の発振回路を利用してもよい。また発振部11a、11b中にBEF112a、112bを設ける位置も、図6に示した実施の形態の例に限定されるものではなく、例えば各発振回路111a、111bにおけるトランジスタQ1のベース端子側にこのトランジスタQ1に対して直列にBEF112a、112bを設けるようにしてもよい。
【実施例】
【0045】
(予備実験)
BEF112a、112bを備えていないツインセンサ型の水晶発振回路1モデルを作成し、各出力端115a、115bから出力される周波数信号の周波数特性を調べた。
A.実験条件
(参照例1)
チャンネル1側の周波数信号の周波数特性を解析した。第1の発振周波数を「F0=9.167MHz」とした。
(参照例2)
チャンネル2側の周波数信号の周波数特性を解析した。第2の発振周波数を「F1=9.213MHz」とした。
【0046】
B.実験結果
チャンネル1側の周波数信号の周波数特性を図10(a)に示し、チャンネル2側の周波数特性を図10(b)に示す。各特性図の横軸は周波数[MHz]を示し縦軸は出力[dBm]を示している。
【0047】
図10(a)に示したチャンネル1側の周波数信号の解析結果によれば、第1の発振周波数「F0」の他に、比較的大きなピークを持った不要成分が4つ確認された。これら4つの不要成分の中には、2チャンネル側の発振周波数「F1」を持ち、ピークの大きなものが含まれていた。また、図10(b)に示したチャンネル2側の解析結果についても同様に、第2の発振周波数「F1」以外にも比較的大きなピークを持つ不要成分が3つ確認され、これらの中に1チャンネル側の発振周波数「F1」を持つ大きなピークを持つ不要成分が含まれていた。これらのことから、各チャンネルから出力される周波数信号には、相手側のチャンネルから出力されるべき周波数を持つ不要成分が出力されることが確認された。
【0048】
(シミュレーション)
図6に示したチャンネル2側の水晶発振回路1につきシミュレーションモデルを作成し、接続端113b(点S1と記してある)の位置より周波数を変化させながら周波数信号を入力して、自チャンネル(チャンネル2)側の発振周波数「F1」と、相手チャンネル(チャンネル1)側の発振周波数「F0」とにおいて当該水晶発振回路1が発振するか否かを調べた。
A.シミュレーション条件
(実施例)
点S1に入力する周波数信号の周波数を8.7〜9.7[MHz]まで変化させて、点S1における反射係数S(1,1)を調べた。
(比較例)
点S1に入力する周波数信号の周波数を8.7〜9.7[MHz]まで変化させて、点S1における反射係数S(1,1)を調べた。
【0049】
B.シミュレーション結果
実施例に係わるシミュレーションの結果を図11に示し、比較例の結果を図12に示す。図11、図12は右横軸を0[°]としたとき、反時計回り方向の回転角が反射波の位相を示し、原点から径方向への距離が反射係数の大きさを示している。反射信号の位相が0[°]、且つ反射係数「S(1,1)>1」のとき、その周波数にて発振が起こる。
【0050】
図11に示した実施例の結果によれば、「▼印」で示した反射信号の位相が0[°]の点において、反射係数は「S(1,1)=1.72>1」となっており、第2のBEF112bを備えたチャンネル2側の水晶発振回路1は、自チャンネルの発振周波数にて発振する。
これに対して図12に示した比較例の結果によれば、「▼印」で示した反射信号の位相が0[°]の点において、反射係数は「S(1,1)=0.77<1」となっている。即ち、第2のBEF112bを設けることによって、他チャンネル側の発振周波数における発振を抑制することができた。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】実施の形態に係わる感知装置の外観構成図である。
【図2】上記感知装置に接続される水晶センサの外観構成図である。
【図3】上記水晶センサに組み込まれる水晶振動子の平面図である。
【図4】前記水晶振動子にて抗原を感知する仕組みを表した説明図である。
【図5】上記水晶センサを組み込んだ水晶発振回路の概略構成図である。
【図6】上記水晶発振回路の構成例を示す回路図である。
【図7】上記水晶発振回路に組み込まれるバンドエリミネーションフィルタの構成例を示す回路図である。
【図8】前記バンドエリミネーションフィルタのフィルタ特性図である。
【図9】上記感知装置の構成を示すブロック図である。
【図10】従来の水晶発振回路より出力される周波数信号の周波数特性を示す特性図である。
【図11】実施例に係わる水晶発振回路の反射特性を示す特性図である。
【図12】比較例に係わる水晶発振回路の反射特性を示す特性図である。
【図13】従来型の水晶発振回路の概略構成図である。
【符号の説明】
【0052】
1 水晶発振回路
2 感知装置
3 水晶センサ
10 水晶振動子
11a 第1の発振部
11b 第2の発振部
40 発振回路ユニット
41 筐体
50 同軸ケーブル
60 装置本体
61 筐体
80 溶液抵抗
81 感知対象物
82 ブロック層
83 吸着層
100 水晶片
101〜104
電極
105a 第1の振動領域
105b 第2の振動領域
106 弾性波境界層
111a、111b
発振回路
112a 第1のBEF
112b 第2のBEF
113a、113b
接続端
114 接地端
115a、115b
出力端
301 プリント基板
302 ゴムシート
303 上蓋ケース
304 注入口
305 観察口
601 スイッチ部
602 測定回路部
603 データバス
604 CPU
605 データ処理プログラム
606 第1メモリ
607 第2メモリ
608 表示部
609 入力手段
700 水晶発振回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の発振周波数を取り出すために水晶片上に設けられた第1の振動領域と、前記第1の発振周波数とは異なる第2の発振周波数を取り出すために、当該水晶片上に設けられた弾性的な境界層を介して前記第1の振動領域とは異なる領域に設けられた第2の振動領域と、を有する水晶振動子を備えた水晶発振回路において、
前記第1の振動領域より取り出される周波数信号中に含まれる前記第2の発振周波数に相当する周波数成分を低減するための第1のバンドエリミネーションフィルタを備えたことを特徴とする水晶発振回路。
【請求項2】
第1の発振周波数を取り出すために水晶片上に設けられた第1の振動領域と、前記第1の発振周波数とは異なる第2の発振周波数を取り出すために、当該水晶片上に設けられた弾性的な境界層を介して前記第1の振動領域とは異なる領域に設けられた第2の振動領域と、を有する水晶振動子を備えた水晶発振回路において、
前記第1の振動領域より取り出される周波数信号中に含まれる前記第1の発振周波数に相当する周波数成分のみを取り出すための第1のバンドパスフィルタを備えたことを特徴とする水晶発振回路。
【請求項3】
更に、前記第2の振動領域より取り出される周波数信号中に含まれる前記第1の発振周波数に相当する周波数成分を低減するための第2のバンドエリミネーションフィルタを備えたことを特徴とする請求項1または2に記載の水晶発振回路。
【請求項4】
更に、前記第2の振動領域より取り出される周波数信号中に含まれる前記第2の発振周波数に相当する周波数成分のみを取り出すための第2のバンドパスフィルタを備えたことを特徴とする請求項1または2に記載の水晶発振回路。
【請求項5】
感知対象物を吸着するための吸着層がその表面に形成された水晶振動子を含む水晶発振回路と、この水晶発振回路から取り出される発振周波数を測定する手段と、を備え、前記吸着層に感知対象物が吸着されることによる水晶振動子の周波数の変化分に基づいて感知対象物を検出するための感知装置において、
前記水晶発振回路として請求項1ないし4のいずれか一つに記載の水晶発振回路を用い、第1の振動領域または第2の振動領域のいずれか一方に前記吸着層が形成されていることを特徴とする感知装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2009−284180(P2009−284180A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−133658(P2008−133658)
【出願日】平成20年5月21日(2008.5.21)
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【Fターム(参考)】