説明

耐摩耗補強方法及び摺動構造体

【課題】耐摩耗性を付与するための被膜の作業性が良く、かつ耐摩耗性のバラツキが少ない耐摩耗補強方法及び摺動構造体を提供する。
【解決手段】摺動関係にある部品1,2からなり、一方の部品2の摺動面にはシール部材2bが設けられている航空機用アクチュエータAの耐摩耗補強方法において、シール部材2bと一定の反応性を有するRh(ロジウム)からなるRhめっき膜1fを他方の部品1の摺動面に設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐摩耗補強方法及び摺動構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
上記摺動構造体の1つに、航空機用の各種アクチュエータがある。航空機用のアクチュエータは、円筒状のハウジング内にベアリングを介して摺接すると共にピストンロッド(駆動軸)が連接されたピストンから構成されており、その特徴として、専用の潤滑性のある作動油によって駆動されるのではなく、航空機燃料によって駆動される場合が多い。航空機の場合、自重を極力軽くすることが要求されるので、専用の潤滑油を航空機に搭載して駆動するのではなく、航空機が必ず搭載している燃料油を用いてアクチュエータを駆動することが頻繁に行われる。このような航空機用のアクチュエータは、潤滑性に優れた潤滑油によって駆動されるのではなく、潤滑性の面で潤滑油に劣る航空機燃料によって駆動されるので、アクチュエータの摺動面における摩耗という面で、潤滑油によって駆動される一般的なアクチュエータに比較して不利である。
【0003】
このような耐摩耗性における不利を克服するために、従来の航空機用のアクチュエータでは、摺動面にCrめっきや無電解Niめっきを施したり、WC-Co(タングステンカーバイド−コバルト)を高速フレーム溶射によって被膜することが行われている。また、DLC(Diamond like Carbon)やCrN(窒化クロム)等の硬質薄膜をCVD(Chemical Vapor Deposition)あるいはPVD(Physical Vapor Deposition)によって成膜する技術の適用が試されている。
なお、本出願人は、航空機用のアクチュエータの耐摩耗性に関する先行技術文献について調査したが、適切なものを発見できなかったので、航空機用のアクチュエータとは異なる機械部品の耐摩耗性に関する先行技術文献として、下記特許文献1〜3を提示する。
【特許文献1】特開平3−51576号公報
【特許文献2】特許第3454232号公報
【特許文献3】特開2001−289330号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、Crめっきや無電解Niめっきを施す手法は、めっき面を仕上げ加工する必要がある関係で作業性が悪いと共にコスト高であり、耐摩耗性の点でも下記の溶射よりも劣る。WC-Coを高速フレーム溶射によって被膜する手法は、ハウジングの内周面にWC-Coを溶射する関係、また被膜表面を仕上げ加工する必要がある関係で、作業性が悪いと共にコスト高である。硬質薄膜をCVD等によって製膜する手法は、硬質薄膜の性質が安定せず、耐摩耗性にバラツキが発生するという問題がある。
【0005】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性を付与するための被膜の作業性が良く、かつ耐摩耗性のバラツキが少ない耐摩耗補強方法及び摺動構造体を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明では、耐摩耗補強方法に係る第1の解決手段として、摺動関係にある少なくとも一対の部品からなり、一方の部品の摺動面にはシール部材が設けられている摺動構造体の耐摩耗補強方法であって、シール部材の材料と一定の反応性を有する金属からなる耐摩耗性金属めっき膜を他方の部品の摺動面に設ける、という手段を採用する。
また、耐摩耗補強方法に係る第2の解決手段として、上記第1の手段において、シール部材がフッ素樹脂、他方の部品がアルミニウムから形成され、他方の部品の表面に下地めっき膜としての無電解Ni−P−B(ニッケル−リン−ボロン)めっき膜を形成し、この下地めっき膜上に耐摩耗性金属めっき膜としてのRh(ロジウム)めっき膜を形成する、という手段を採用する。
また、耐摩耗補強方法に係る第3の解決手段として、上記第1または第2の手段において、摺動構造体は、他方の部品が中空状のハウジング、一方の部品が前記ハウジング内を摺動自在に可動すると共にピストンロッドが連接されたピストンであり、該ピストンによって仕切られたハウジング内の2箇所の空隙に注入される作動油の圧力差によってピストンが可動するアクチュエータである、という手段を採用する。
一方、本発明では、摺動構造体に係る第1の解決手段として、摺動関係にある少なくとも一対の部品からなり、一方の部品の摺動面にはシール部材が設けられている摺動構造体であって、他方の部品の摺動面にシール部材の材料と一定の反応性を有する金属からなる耐摩耗性金属めっき膜が設けられる、という手段を採用する。
また、摺動構造体に係る第2の解決手段として、上記第1の手段において、シール部材がフッ素樹脂、他方の部品がアルミニウムから形成され、他方の部品の表面に下地めっき膜としての無電解Ni−P−B(ニッケル−リン−ボロン)めっき膜を形成し、この下地めっき膜上に耐摩耗性金属めっき膜としてのRh(ロジウム)めっき膜を形成する、という手段を採用する。
また、摺動構造体に係る第3の解決手段として、上記第1または第2の手段において、他方の部品が中空状のハウジング、一方の部品が前記ハウジング内を摺動自在に可動すると共にピストンロッドが連接されたピストンであり、該ピストンによって仕切られたハウジング内の2箇所の空隙に注入される作動油の圧力差によってピストンが可動する、という手段を採用する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、シール部材の材料と一定の反応性を有する金属からなる耐摩耗性金属めっき膜を他方の部品の摺動面に設けるので、従来のWC-Coの高速フレーム溶射による被膜やDLC等の硬質薄膜のCVD等による製膜とは異なり、耐摩耗性を付与するための被膜の作業性が良く、かつ耐摩耗性のバラツキが少ない。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態について説明する。
図1は、本実施形態に係る航空機用アクチュエータA(摺動構造体)の断面図である。この航空機用アクチュエータAは、中空円筒状のハウジング1(部品)内に円盤状のピストン2(部品)が棒状のピストンロッド3(駆動軸)と連接された状態で収納されたものであり、ピストン2によって仕切られたハウジング1内の2箇所の空隙K1,K2に外部から注入される作動油の圧力差によってピストン2及びピストンロッド3が紙面左右方向に可動する。ハウジング1はアルミ合金から形成されており、一方、ピストン2及びピストンロッド3は、ステンレスから形成された一体部品である。
【0009】
ハウジング1には、ピストンロッド3との摺動面(円筒面)にベアリング1aとシール部材1bとが設けられており、またピストン2には、ハウジング1との摺動面(円筒面)にベアリング2aとシール部材2bとが設けられている。ベアリング1a,2aは、ハウジング1とピストン2及びピストンロッド3の荷重を支えると共に摩擦抵抗を低減するためのものであり、樹脂から形成されている。シール部材1b,2bは、作動油の漏れを防止するためのものであり、フッ素樹脂から形成されている。
このように構成された本航空機用アクチュエータAは、航空機燃料(燃料油)を作動油として用いるものである。
【0010】
このような航空機用アクチュエータAにおいて、ハウジング1のベアリング1a及びシール部材1bは、ピストンロッド3の摺動面S1(円筒状の周面)と摺動し、またピストン2のベアリング2a及びシール部材2bは、ハウジング1の摺動面S2(円筒状の内周面)と摺動する。
【0011】
図2は、上記各摺動面S2の拡大断面図である。この図2に示すように、ハウジング1の摺動面S2は、アルミ合金からなる母材1cの表面に、0.5μm厚のジンケート処理膜1d、5μm厚の無電解Ni−P−B(ニッケル−リン−ボロン)めっき膜1e(下地めっき膜)、0.1μm厚のRh(ロジウム)めっき膜1f(仕上げめっき膜)が順次積層された構造を有する。なお、ピストンロッド3の摺動面S1は、母材であるステンレス上に例えばRh(ロジウム)めっき膜1fのみが形成されている。
【0012】
無電解Ni−P−Bめっき膜1eは、アルミ合金からなる母材1cを補強するためのめっき膜である。また、Rhめっき膜1fは、本実施形態における耐摩耗性金属めっき膜に相当し、シール部材(フッ素樹脂)と一定の反応性を有する金属として選定されたRh(ロジウム)からなるめっき膜である。
なお、ジンケート処理膜1dは、母材1c表面の酸化膜等を除去するためのジンケート処理によって形成されたものであり、めっき処理の技術分野において周知のものである。
【0013】
このように構成された本航空機用アクチュエータAは、ハウジング1とピストン2との間の空隙に作動油が外部から注入されることによりピストン2が可動するので、上記耐摩耗強化膜が形成されたハウジング1の摺動面S2は、作動油が介在した状態でベアリング2a及びシール部材2bと摺動する。
【0014】
しかしながら、本航空機用アクチュエータAでは、航空機燃料を作動油として用いる関係で、上記各摺動面における潤滑性が専用の潤滑油を作動油として用いる場合よりも劣る。本航空機用アクチュエータAでは、シール部材2bに対する耐摩耗性を向上させるためにRhめっき膜1fを設けている。
【0015】
一般に、フッ素樹脂が金属などの硬い材料と摩擦されたとき、バンド構造からフィルム状の移着膜を相手摩擦面に形成し、この移着膜が潤滑性に優れているために摩擦係数を小さくする効果があるとされている。一方、この移着膜は、摩擦面から剥離し易く、剥離と成形とが繰り返されることにより、フッ層樹脂が摩耗すると考えられている。
本実施形態では、シール部材2b(フッ素樹脂)がハウジング1の摺動面S2と摺動すると、Rh(ロジウム)がフッ素(F)に対して一定の反応性を有することによりRhめっき膜1fの表面にフッ化物(剥離し難い移着膜)を形成し、シール部材2bに対する耐摩耗性を発揮する。
【0016】
以下では、本航空機用アクチュエータAのRhめっき膜1fの耐摩耗性に関する実験結果について詳しく説明する。
図3は試験片の外形図、また図4は試験装置の構成図である。試験片は、アルミ合金板の片面に上記Rhめっき膜1fと同等な積層膜Fが設けられたライナ板L1(上記ハウジング1と同等のもの)と、ステンレスブロックの片面に上記シール部材2bと同等なシール部材Nが設けられたシールブロック片L2からなり、図示する寸法を有する。
【0017】
試験装置は、上記ライナ板L1を積層膜Fが上面となるようにスライドトレイTの底に固定し、このライナ板L1上にシール部材Nが所定荷重で当接するように上記シールブロック片L2を配置し、また上記航空機燃料(作動油)と同等な試験油UをスライドトレイT内に充填し、該スライドトレイTをモータMによって水平方向に往復運動させることによりライナ板L1とシールブロック片L2とを摺動させる。また、この試験装置は、モータMを含む駆動設備を除いてチャンバC内に収納されており、当該チャンバC内は図示するように窒素ガス(Nガス)雰囲気となっている。
【0018】
図5は、このような試験片及び試験装置を用いた試験結果(摩耗量の他者比較)を示すグラフであり、図6は、試験結果(摩耗量と表面粗さとの関係)を示すグラフである。図5に示すように、上記試験装置を用いて複数の上記試験片を摺動させて得られたシール部材Nの摩耗量の平均値(最左の棒グラフ)は、他の膜(HVOF膜、Ni−P−Bめっき膜またはハードCrめっき膜)を設けた試験片の摩耗量の1/3以下である。したがって、本航空機用アクチュエータAのRhめっき膜1fがハウジング1の摺動面に優れた耐摩耗性を付与するものであることが確認された。
【0019】
また、図6は、試験結果(摩耗量と表面粗さとの関係)を示すグラフである。図6に示すように、上記試験片の摩耗量(四角印で示す)は、表面粗さがNi−P−Bめっき膜を有すると共に仕上げ研磨処理を行った試験片よりも粗いにも拘らず、当該Ni−P−Bめっき膜の試験片の摩耗量(三角印で示す)よりも同等あるいはそれ以下なので、本航空機用アクチュエータAのRhめっき膜1fが表面粗さに起因して実現されているものではないことが確認された。
【0020】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、例えば以下のような変形例が考えれれる。
(1)上記実施形態では、航空機用アクチュエータAに本願発明を適用したものであるが、本願発明は航空機用アクチュエータA以外の各種摺動構造体に適用可能である。
(2)上記実施形態では、補強金属膜として無電解Ni−P−Bめっき膜1eを採用し、また耐摩耗性金属めっき膜としてRhめっき膜1fを採用したが、本発明は、これに限定されるものではない。補強金属膜については、簿材を補強できるだけの強度を有し、かつ、母材及び耐摩耗性金属めっき膜と高密着性を有するものであれば、Ni−P−Bめっき以外の膜や表面処理であっても良い。耐摩耗性金属めっき膜については、シール部材2bと一定の反応性を有する金属からなるものであれば、Rh(ロジウム)以外の金属であっても良い。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態に係わる航空機用アクチュエータA(摺動構造体)の断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係わる航空機用アクチュエータAの要部拡大断面図である。
【図3】本発明の一実施形態における試験片の外形図である。
【図4】本発明の一実施形態における試験装置の構成図である。
【図5】本発明の一実施形態における試験結果(摩耗量の他者比較)を示すグラフである。
【図6】本発明の一実施形態における試験結果(摩耗量と表面粗さとの関係)を示すグラフである。
【符号の説明】
【0022】
A…航空機用アクチュエータ、1…ハウジング(部品)、1a…ベアリング、1b…シール部材、1c…母材、1d…ジンケート処理膜、1e…無電解Ni−P−Bめっき膜、1f…Rhめっき膜(耐摩耗性金属めっき膜)、2…ピストン(部品)、2a…ベアリング、2b…シール部材、3…ピストンロッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動関係にある少なくとも一対の部品からなり、一方の部品の摺動面にはシール部材が設けられている摺動構造体の耐摩耗補強方法であって、
前記シール部材の材料と一定の反応性を有する金属からなる耐摩耗性金属めっき膜を他方の部品の摺動面に設ける
ことを特徴とする耐摩耗補強方法。
【請求項2】
前記シール部材がフッ素樹脂、前記他方の部品がアルミニウムから形成され、前記他方の部品の表面に下地めっき膜としての無電解Ni−P−B(ニッケル−リン−ボロン)めっき膜を形成し、この下地めっき膜上に前記耐摩耗性金属めっき膜としてのRh(ロジウム)めっき膜を形成することを特徴とする請求項1記載の耐摩耗補強方法。
【請求項3】
摺動構造体は、他方の部品が中空状のハウジング、一方の部品が前記ハウジング内を摺動自在に可動すると共にピストンロッドが連接されたピストンであり、該ピストンによって仕切られたハウジング内の2箇所の空隙に注入される作動油の圧力差によってピストンが可動するアクチュエータであることを特徴とする請求項1または2記載の耐摩耗補強方法。
【請求項4】
摺動関係にある少なくとも一対の部品からなり、一方の部品の摺動面にはシール部材が設けられている摺動構造体であって、
他方の部品の摺動面に前記シール部材の材料と一定の反応性を有する金属からなる耐摩耗性金属めっき膜が設けられることを特徴とする摺動構造体。
【請求項5】
前記シール部材がフッ素樹脂、前記他方の部品がアルミニウムから形成され、前記他方の部品の表面に下地めっき膜としての無電解Ni−P−B(ニッケル−リン−ボロン)めっき膜を形成し、この下地めっき膜上に前記耐摩耗性金属めっき膜としてのRh(ロジウム)めっき膜を形成することを特徴とする請求項4記載の摺動構造体。
【請求項6】
他方の部品が中空状のハウジング、一方の部品が前記ハウジング内を摺動自在に可動すると共にピストンロッドが連接されたピストンであり、該ピストンによって仕切られたハウジング内の2箇所の空隙に注入される作動油の圧力差によってピストンが可動することを特徴とする請求項4または5記載の摺動構造体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−103241(P2009−103241A)
【公開日】平成21年5月14日(2009.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−276396(P2007−276396)
【出願日】平成19年10月24日(2007.10.24)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【Fターム(参考)】