説明

膜磁石の製造方法および膜磁石

【課題】 スパッタ法やレーザアブレーション法では基板の加熱処理なしでは得られない固有保磁力の高い膜磁石を、基板を加熱処理することなく得られる製造方法を提供するものである。
【解決手段】 磁石材料を含む電極と導電性の基板との間に所定の間隔を設け、電極と基板との間に電圧を印加してアーク放電を発生させることにより磁石材料を基板の表面に付着させて、内部に平均粒径が20nm以上で500nm以下の強磁性結晶相が分散した膜磁石を製造する製造方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、OA機器、自動車機器などで使用される、小型モータや磁気センサなどに用いられる膜磁石の製造方法および膜磁石に関するものである。
【背景技術】
【0002】
膜磁石を製造する方法として、スパッタ法によるものや、レーザアブレーション法によるものなどが知られている。スパッタ法においては、陰極を磁石材料、陽極を基板とし、希薄ガス中で陰極と陽極との間に電圧を印加してグロー放電を発生させている。このグロー放電によりイオン化されたガスが陰極に衝突することにより陰極の磁石材料がたたき出され、このたたき出された磁石材料が陰極に対向する位置に置かれた陽極の基板上に堆積して膜磁石が形成されている(例えば、特許文献1参照)。また、レーザアブレーション法においては、磁石材料で構成されたターゲットにレーザが照射され、磁石材料が局部的に加熱蒸発されて、この蒸発した磁石材料がターゲットに対向する位置に置かれた基板上に堆積して膜磁石が形成されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開平7−120596号公報(第2頁、第1図)
【非特許文献1】N.Nakanoほか、”Fablication of Nd−Fe−B Thick−Film Magnets by High−Speed PLD Method”,IEEE Transaction on Mgnetics,vol.39、No.5,P2863−2865(第2863頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来のスパッタ法やレーザアブレーション法によって作製した膜磁石においては、膜磁石の内部に形成される強磁性結晶相の粒子が小さく、固有保磁力も低いという問題があった。その理由は、スパッタ法やレーザアブレーション法では、膜形成のエネルギーが小さいため、膜形成時の膜表面温度が300℃以上にはならず、強磁性結晶相が母相から析出するのに必要な熱エネルギーが得られないために、強磁性結晶相が析出しないか、析出してもその粒径が非常に小さいものになるからである。そのため、強磁性結晶相の粒径を大きくして固有保磁力を高くするために、膜形成中に基板加熱を行なうか、または膜形成後に加熱処理をする必要があった。しかし、この方法では、耐熱性の低い基板に固有保磁力の高い膜磁石を形成することができないという問題があった。
【0005】
この発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、スパッタ法やレーザアブレーション法では基板の加熱処理なしでは得られない固有保磁力の高い膜磁石を、基板を加熱処理することなく得られる膜磁石の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この発明に係る膜磁石の製造方法は、磁石材料を含む電極と導電性の基板とを所定の間隔を設けて配置する工程と、前記電極と前記基板とを絶縁油に浸漬させる工程と、前記電極と前記基板との間に接続された電源からパルス電圧を印加する工程と、前記印加により前記電極と前記基板との間にアーク放電を発生させる工程と、前記アーク放電のエネルギーによって前記磁石材料を溶融または飛散させ、前記磁石材料を前記基板に堆積させて膜磁石を形成させる工程とを備えたことを特徴とするものである。
この発明に係る膜磁石は、シリコン、ニッケル、コバルト、クロム、モリブデン、タングステンおよびバナジウムから選ばれた少なくとも1つの元素と、鉄との合金である基板上に、ネオジウム、鉄およびホウ素を含む組成物、サマリウムおよびコバルトを含む組成物、サマリウム、鉄、および窒素を含む組成物、鉄、アルミニウム、ニッケルおよびコバルトを含む組成物、鉄、コバルトおよびクロムを含む組成物、鉄および白金を含む組成物の少なくともいずれかの磁石材料を含み、内部に平均粒径が20nm以上で500nm以下の強磁性結晶相を分散して具備することを特徴とする膜磁石。
【発明の効果】
【0007】
この発明によれば、基板を加熱処理することなく固有保磁力の高い膜磁石を形成することができる。また耐熱性の低い基板に形成した固有保磁力の高い膜磁石を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
実施の形態1.
図1は、この発明を実施するための実施の形態1における膜磁石の製造方法を示す模式図である。図1において、磁石材料で構成された電極1と導電性を有する基板2とが所定の間隔を設けて配置されている。所定の間隔は10μm以上で500μm以下である。また、電極1と基板2とは絶縁性の油、例えば灯油の中に浸漬されている。電極1と基板2との間には、電源3が電気的に接続されており、この電源から基板2に対して電極1にピーク電圧が100〜500Vのパルス電圧が周期的に印加される。このパルス電圧の周期的な印加により電極1と基板2との間にアーク放電4が周期的に発生し、その放電エネルギーによって電極1の先端部が溶融/飛散し、電極1の構成材料である磁石材料が基板2に付着堆積されて膜磁石5が形成される。電圧の印加時間によって膜磁石5の厚さを変えることができる。このような、アーク放電を応用して電極の材料を対向する基板に堆積させる方法は、マイクロスパークコーティングとも呼ばれている。
【0009】
膜磁石5の形状は、電極1の水平断面形状を転写したものとなるため、水平断面形状が円形、楕円形、正方形、長方形、扇形などの電極を用いることで、それらの形状に一致した膜磁石を形成することが可能となる。
【0010】
上述のような構成の製造方法で、電極1としては水平断面形状が10mm×10mmで長さが50mmのNd−Fe−B系の合金粉末焼結体(焼結密度:4.3g/cm)を用い、基板2としては15mm×15mm×板厚5mmのステンレス板を用い、電極1と基板2との間にパルス電圧を印加して放電を発生させ、膜磁石5を形成した。このときのアーク放電のピーク電流は約6.0Aに設定した。また、膜磁石5の厚みは約1mmとした。電極1の磁石材料として、Nd−Fe−B系の3種類の材料を用いた。磁石材料の組成は、例えばNdが30wt%、Feが68wt%、Bが2wt%であり、以下このような組成の磁石材料を30Nd−68Fe−2Bと記載する。また、基板としてステンレス板を用いているが、ステンレス板は、600〜800℃で脆化するため、耐熱性のある材料とはいえず、600℃以上の加熱処理はできないため、本実施の形態においては、加熱処理行なっていない。なお、得られた膜磁石の材料組成比と電極1の材料組成比とはほぼ一致することを確認しており、以下の記述での電極の材料組成比は、膜磁石の材料組成比も同時に示すものとする。
【0011】
次に、作製した膜磁石の強磁性結晶相の平均粒径と固有保磁力を測定した。強磁性結晶相の平均粒径は次のような方法で測定した。透過顕微鏡による膜磁石の内部組織観察写真から強磁性結晶相の粒子の面積を測定し、この面積から円の等価直径を算出し、100個の粒子の等価直径の平均値を平均粒径とした。固有保磁力は、振動試料型磁力計で測定した。なお、この発明における固有保磁力はすべて、膜磁石の特性として重要な基板に垂直な方向の固有保磁力である。
【0012】
表1に、電極1に使用した磁石材料(膜磁石)の組成と、作製した膜磁石の強磁性結晶相の平均粒径および固有保磁力との関係を示す。サンプル1−1、1−2および1−3は、本実施の形態における膜磁石の製造方法で作製した膜磁石であり、リファレンス1−1および1−2は、比較のためにサンプル1−1と同じ組成の膜磁石をスパッタ法およびレーザアブレーション法で作製したものである。なお、サンプル1−1、1−2および1−3、リファレンス1−1および1−2の膜形成時に基板の加熱は行なっていない。
【0013】
【表1】

【0014】
表1から、本実施の形態における製造方法で作製した膜磁石は、スパッタ法やレーザアブレーションで作製した膜磁石よりも強磁性結晶相の平均粒径および固有保磁力が大きいことがわかる。このように本実施の形態においては、アーク放電を用いているため、膜形成のエネルギーがスパッタ法やレーザアブレーション法に比べて大きい。例えば、グロー放電を用いたスパッタ法と比較すると、スパッタ法では成膜領域全体での平均放電電流密度は10−2A/cmのオーダであるのに対して、アーク放電では成膜領域全体での平均放電電流密度は10A/cmのオーダであり、アーク放電を用いたときの方が放電電流密度は2桁程度高くなる。そのため、膜形成時に膜表面温度が500℃以上になり、強磁性結晶相が母相から析出するために必要な熱エネルギーが得られて強磁性結晶相の粒径が大きくなり、固有保磁力も高くなる。
【0015】
上述のように、本実施の形態においては、基板を加熱処理することなく固有保磁力の高い膜磁石を形成することができるので、耐熱性の低い基板にも固有保磁力の高い膜磁石を形成することができる。
【0016】
実施の形態2.
図2は、実施の形態2における強磁性結晶相の平均粒径と固有保磁力との関係を示した特性図である。本実施の形態においては、実施の形態1におけるサンプル1−1、1−2および1−3と同じ磁石材料組成の電極を用いて、実施の形態1と同様な方法を用いて、アーク放電の条件(例えばピーク電圧、パルス幅など)を変えて膜磁石を作製し、強磁性結晶相の平均粒径と固有保磁力との関係を調べた。
【0017】
図2からわかるように、強磁性結晶相の平均粒径が20nmより小さい場合や500nmを超える場合は固有保磁力が著しく低くなる。強磁性結晶相の粒径が小さくなると、熱擾乱の影響を強く受けるようになり、粒径が10nm以下ではその影響で固有保磁力が著しく減少し、逆に強磁性結晶相の粒径が大きくなると、粒子が多磁区構造となるため、粒径が500nm以上では磁壁移動が容易になって固有保磁力が減少する。したがって、強磁性結晶相の平均粒径は20nm以上で500nm以下であることが好ましい。
【0018】
実施の形態3.
実施の形態3は、実施の形態1と同様な製造方法において、電極を構成する磁石材料として、Nd‐Fe−B系合金、Sm−Co系合金、Sm−Fe−N系合金、Fe−Pt系合金、Co−Pt系合金、Fe−Al−Ni−Co系合金、あるいはFe−Co−Cr系合金を用いて膜磁石を作製したものである。
【0019】
膜磁石の製造方法は、実施の形態1と同様で、電極としては水平断面形状が10mm×10mmで長さが50mmの合金粉末焼結体(焼結密度:4.0〜4.5g/cm)を用い、基板としては15mm×15mm×板厚5mmのステンレス板を用い、電極と基板との間にパルス電圧を印加してアーク放電を発生させ、膜磁石を形成した。このときのアーク放電のピーク電流は約6.0Aに設定した。また、膜磁石の厚みは約1mmとした。電極と基板との間隔は10μm以上で500μm以下であり、電極と基板とは絶縁油の中に浸漬されていた。
【0020】
表2は、本実施の形態において作製した膜磁石の組成と強磁性結晶相の平均粒径および固有保磁力との関係を示す。なお、実施の形態1と同様に、例えば15Nd−71Fe−5Cr−5Co−4Bと記載されたものは、Ndが15wt%、Feが71wt%、Crが5wt%、Coが5wt%およびBが4wt%の組成比をもつ磁石材料の電極で作製した膜磁石を示している。
【0021】
【表2】

【0022】
表2からわかるように、本実施の形態においては、膜磁石の組成にNdやSmなどの希土類元素を含むサンプル2−1〜2−7は、希土類元素を含まないサンプル2−8〜2−14に比べて固有保磁力が高くなる。これは、希土類元素を含む磁石材料では、析出する強磁性結晶相の結晶磁気異方性が他の材料に比べて大きいためである。
【0023】
実施の形態4.
図3は、実施の形態4における膜磁石の製造方法を示す模式図である。図3において、磁石材料で構成された電極1と導電性を有する基板2とが所定の間隔を設けて配置されている。所定の間隔は10μm以上で500μm以下である。また、電極1と基板2とは気密槽(図示せず)内に設置されており、純度99.9%の窒素ガスで充填されている。電極1と基板2との間には、電源3が電気的に接続されており、基板2に対して電極1にピーク電圧が100〜500Vのパルス電圧が周期的に印加される。このパルス電圧の周期的な印加により電極1と基板2との間にアーク放電4が周期的に発生し、その放電エネルギーによって電極1の先端部が溶融/飛散し、電極1の構成材料である磁石材料が基板2に付着堆積されて膜磁石5が形成される。本実施の形態では、アーク放電4が発生する空間に基板2の表面に垂直な方向に磁場を印加するための、電磁コイル6が基板の周囲に設置されている。
【0024】
このような装置において、電極としては水平断面形状がφ10mmで長さが50mmの円柱状の合金粉末焼結体(焼結密度:3.5〜4.5g/cm)を用い、基板としてはφ15mm×板厚5mmの円形銅板を用い、電極と基板との間にパルス電圧を印加してアーク放電を発生させ、膜磁石を作製した。このときのアーク放電のピーク電流は約6.0Aに設定した。また、アーク放電発生時には電磁コイル6を動作させて、基板2の表面に1.0Tの磁場を印加した。なお、比較のため、同じ膜磁石の組成において、磁場を印加していない場合の膜磁石も作製した。作製した膜磁石の形状は、φ10mmで厚さ1mmの円形である。電極を構成する磁石材料として、Sm−Co系合金、Sm−Fe−N系合金、Fe−Al−Ni−Co系合金、あるいはFe−Co−Cr系合金を用いた。
【0025】
表3は、本実施の形態において作製した膜磁石の組成と、磁場印加の有無、強磁性結晶相の平均粒径、固有保磁力、残留磁化および最大エネルギー積との関係を示す。残留磁化および最大エネルギー積は、膜磁石の磁気特性を振動試料型磁力計で測定し、得られた減磁曲線から算出した。なお、固有保磁力、残留磁化および最大エネルギー積は、すべて基板に垂直な方向の値である。
【0026】
【表3】

【0027】
表3からわかるように、同じ組成の膜磁石においては、磁場印加を行なった方が固有保磁力および最大エネルギー積が大きくなる。この理由は、アーク放電によって電極の先端の磁石材料が溶融/飛散して基板2付着堆積するときに、この堆積方向と平行な磁場が印加されることによって磁場方向の磁気異方性が増大するため、基板に垂直な方向の固有保磁力が高くなるからである。
【0028】
本実施の形態のように構成された製造法で作製された膜磁石は、固有保磁力および最大エネルギー積が大きく、膜磁石の磁力が強くなるとともに、磁気特性が安定になり、この膜磁石を製品に適用した場合に、出力の向上や動作の安定化に効果がある。
【0029】
なお、本実施の形態においては、アーク放電が発生する空間に基板の表面に垂直な方向に磁場を印加して膜磁石を作製したが、必ずしも基板の表面に垂直な方向に磁場を印加する必要はない。膜磁石の用途に応じて残留磁化を強くする方向が決まるため、残留磁化を強くしたい方向に対応するように磁場を印加する方向を変えてもよい。
【0030】
実施の形態5.
実施の形態5は、実施の形態4と同様な製造方法において作製した膜磁石の組成と圧延加工試験に対する加工性との関係を調べたものである。電極としては水平断面形状がφ10mmで長さが50mmの円柱状の合金粉末焼結体(焼結密度:3.5〜4.5g/cm)を用い、基板としてはφ15mm×板厚5mmの円形チタン板を用い、電極と基板との間にパルス電圧を印加してアーク放電を発生させ、膜磁石を作製した。このときのアーク放電のピーク電流は約7.0Aに設定した。また、アーク放電発生時には電磁コイルを動作させて、基板の表面に1.0Tの磁場を印加した。電極として、Fe−Co−Ni−Al系合金粉末焼結体、Fe−Co−Cr系合金粉末焼結体、Fe−Pt系合金粉末焼結体、Nd−Fe−B系合金粉末焼結体、あるいはSm−Co系合金粉末焼結体を用いた。作製した膜磁石は、φ10mmで厚さ1mmである。この膜磁石を圧延率10%の圧延加工試験を行い、目視による割れの発生を観察した。
【0031】
表4は、本実施の形態において作製した膜磁石の組成と、強磁性結晶相の平均粒径、固有保磁力および圧延加工試験による割れの有無との関係を示す。
【0032】
【表4】

【0033】
表4からわかるように、27Nd−67Fe−5Co−1B、および25Sm−49Co−20Fe−4Cu−2Zrの膜磁石では圧延加工による割れが発生したのに対して、40Fe−34Co−15Ni−7Al−4Cu、60Fe−12Co−28Cr、35Fe−53Co−4Cr−8Vおよび22Fe−78Ptの膜磁石は圧延加工による割れの発生がない。本実施の形態においては、NdやSmなどの希土類元素を含まない膜磁石の方が、希土類元素を含んだ膜磁石より加工性に優れていることがわかった。
【0034】
実施の形態6.
実施の形態4においては、電極と基板とは気密槽(図示せず)内に設置されており、この気密槽は純度99.9%の窒素ガスで充填されていたが、実施の形態6においては、図3に示す実施の形態4と同様な製造方法において、気密槽の内部を充填する材料として、窒素ガスとは異なるガス、あるいは液体を用いて膜磁石を作製したものである。
【0035】
電極としては水平断面形状がφ10mmで長さが50mmの円柱状の合金粉末焼結体(焼結密度:4.0〜5.0g/cm)を用い、基板としてはφ15mm×板厚5mmの円形銅板を用い、電極と基板との間にパルス電圧を印加してアーク放電を発生させ、膜磁石を作製した。このときのアーク放電のピーク電流は約6.0Aに設定した。また、アーク放電発生時には電磁コイルを動作させて、基板の表面に1.0Tの磁場を印加した。作製した膜磁石の形状は、φ10mmで厚さ1mmの円形である。電極を構成する磁石材料として、Nd−Fe−B系合金、Sm−Co系合金、Sm−Fe−N系合金、Fe−Co−Ni−Al系合金、Fe−Co−Cr系合金、あるいはFe−Pt系合金を用いた。気密槽の内部を充填する材料として、窒素ガスのほかに、アルゴンガス(Ar)、空気、液体窒素、または水を用いて膜磁石を作製した。
【0036】
表5および表6は、本実施の形態において作製した膜磁石の組成と、気密槽の充填材、膜磁石の含有酸素量および固有保磁力との関係を示す。
【0037】
【表5】

【0038】
【表6】

【0039】
表5および表6からわかるように、同じ膜磁石の組成をもつサンプル間を比較したとき、気密槽内の充填材が窒素、アルゴンあるいは液体窒素の場合の方が、空気あるいは水の場合よりも高い固有保磁力をもつ膜磁石が得られる。この理由は、膜磁石の含有酸素量が、窒素、アルゴンあるいは液体窒素で気密槽を充填したときの方が、空気あるいは水で気密槽を充填したときよりも低いためと考えられる。
【0040】
上述のように、アーク放電が発生される空間が窒素、アルゴンあるいは液体窒素などの非酸化性のガスあるいは液体で充填されていると、膜磁石の作製時に膜磁石材料が酸化されることを防ぐことができるために、高い固有保磁力をもつ膜磁石が得られたと予想される。
【0041】
また、サンプル6−1〜6−23はサンプル6−24〜6−35に比べて、気密槽の充填材が同じ窒素であっても、膜磁石の含有酸素量が1桁多いが、この理由は、サンプル6−1〜6−23は、希土類元素のNdあるいはSmを含んでいるため、それらの希土類元素を含まないサンプル6−24〜6−35に比べて酸化されやすいためと考えられる。
【0042】
なお、本実施の形態においては、電極と基板とは気密槽内に設置されているが、アーク放電が発生される空間が気密槽に充填された材料で満たされていればよいので、ガスを使用する場合でも完全に密閉可能な気密槽である必要はない。また、液体窒素や水あるいは実施の形態1で述べたような絶縁油などの液体で放電が発生される空間を満たす場合は、気密槽である必要もなく、液体を貯蔵した容器の中に電極と基板とが液体に浸漬された状態でもよい。
【0043】
実施の形態7.
実施の形態7においては、実施の形態4と同様な方法で作製した4種類の膜磁石を加熱処理したものである。膜磁石の作製方法は実施の形態4と同様であるので省略する。ただし、基板材料は耐熱性を有し、約1200℃まで脆化しないニオブを用いた。作製した4種類の膜磁石の組成はそれぞれ、27Nd−67Fe−5Co−1B、25Sm−49Co−20Fe−4Cu−2Zr、37Fe−34Co−15Ni−7Al−4Cu−3Tiおよび22Fe−78Ptである。膜磁石作製後、固有保磁力を測定し、さらに200〜1100℃の加熱処理を行なったのちに再度固有保磁力を測定した。
【0044】
図4は、本実施の形態における、加熱処理温度と固有保磁力の関係を示す特性図である。図4において、加熱処理温度が0℃ときの固有保磁力は、膜磁石作製後で加熱処理前の固有保磁力を表す。
【0045】
図4から、4種類の膜磁石において、固有保磁力は、加熱処理温度が200℃以上で加熱処理前より上昇し、ある温度を超えると徐々に低下するが、その上昇の割合や上昇開始温度および減少開始温度は膜磁石の組成によって異なる。加熱処理前の固有保磁力より10%以上固有保磁力が増加する温度を好ましい加熱処理温度とすると、27Nd−67Fe5Co−1Bでは400〜700℃、25Sm−49Co−20Fe−4Cu−2Zrでは600〜1000℃、37Fe−34Co−15Ni−7Al−4Cu−3Tiでは400〜700℃、および35Fe−65Ptでは400〜900℃となる。
【0046】
本実施の形態においては、実施の形態4と同様な方法で作製した膜磁石に適切な温度範囲の加熱処理を行なえば、固有保磁力を増加させることができ、さらに特性の向上した膜磁石が得られる。
【0047】
実施の形態8.
実施の形態8においては、実施の形態4と同様な方法で膜磁石を作製したときの、基板の材料と膜磁石の密着強度との関係を調べたものである。膜磁石の作製方法は実施の形態4と同様であるので省略する。電極としては、Nd−Fe−B系、Sm−Co系、Fe−Co−Cr系あるいはFe−Pt系の合金粉末焼結体(焼結密度:3.5〜4.5g/cm)を用いた。基板としては、Fe−Ni系、Fe−Si系、Fe−Cr系、Fe−Cr−Ni系、Fe−Co−Mn系あるいはFe−Cr−W系の合金を用いた。これらの電極材料と基板材料との組み合わせで膜磁石を作製し、固有保磁力の測定と急熱急冷試験による膜磁石の剥離検査とを行った。なお、基板の材料が強磁性体の場合、膜磁石の固有保磁力の測定では、基板を裏側から切削研磨加工して基板を除去したのちに測定を行った。また、急熱急冷試験による膜磁石の剥離検査については、別途同じ条件で作製した膜磁石を、赤外線加熱ヒータを用いて数秒間で400℃まで昇温した後、引き続き冷却ガスを吹き付けて数十秒間で室温まで冷却し、最後に基板と膜磁石との剥離の有無を目視によって検査した。なお、比較のために、基板材料がFe−Cr−Ni系およびFe−Cr系については、それぞれの電極材料の組成と同じ膜磁石を、スパッタ法およびレーザアブレーション法で作製し、固有保磁力および基板からの膜磁石の剥離の有無を調べた。
【0048】
表7〜表12は、本実施の形態において作製した膜磁石の組成および基板の組み合わせと、固有保磁力および急熱急冷試験によるによる膜磁石の剥離との関係を示す。
【0049】
【表7】

【0050】
【表8】

【0051】
【表9】

【0052】
【表10】

【0053】
【表11】

【0054】
【表12】

【0055】
表7〜表12からわかるように、本実施の形態よる膜磁石の製造方法で作製した膜磁石は、膜磁石と基板との組成のどのような組み合わせにおいても、基板からの剥離はない。一方、膜磁石の製造方法として、従来のスパッタ法あるいはレーザアブレーション法を用いた場合(リファレンス8−1〜8−6)、膜磁石の基板からの剥離が発生する。
【0056】
上述のように、この発明における膜磁石の製造方法で作製した膜磁石は、磁石材料や基板材料の組成によらず膜磁石と基板との密着力が強く、膜磁石の剥離などが発生しない信頼性の高い膜磁石が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】この発明の実施の形態1における膜磁石の製造方法を示す模式図である。
【図2】この発明の実施の形態2における膜磁石の特性図である。
【図3】この発明の実施の形態4における膜磁石の製造方法を示す模式図である。
【図4】この発明の実施の形態7における膜磁石の特性図である。
【符号の説明】
【0058】
1 電極
2 基板
3 電源
4 アーク放電
5 膜磁石
6 電磁コイル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁石材料を含む電極と導電性の基板とを所定の間隔を設けて配置する工程と、
前記電極と前記基板とを絶縁油に浸漬させる工程と、
前記電極と前記基板との間に接続された電源からパルス電圧を印加する工程と、
前記印加により前記電極と前記基板との間にアーク放電を発生させる工程と、
前記アーク放電のエネルギーによって前記磁石材料を溶融または飛散させ、前記磁石材料を前記基板に堆積させて膜磁石を形成させる工程と
を備えたことを特徴とする膜磁石の製造方法。
【請求項2】
膜内部に平均粒径が20nm以上で500nm以下の強磁性結晶相を分散させることを特徴とする請求項1に記載の膜磁石の製造方法。
【請求項3】
電極と基板との間隔を10μm以上で500μm以下としてパルス電圧を印加することを特徴とする請求項1に記載の膜磁石の製造方法。
【請求項4】
電極と基板との間に、磁場を印加することを特徴とする請求項1記載の膜磁石の製造方法。
【請求項5】
磁石材料は、ネオジウム、鉄およびホウ素を含む組成物、サマリウムおよびコバルトを含む組成物、サマリウム、鉄、および窒素を含む組成物の少なくともいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の膜磁石の製造方法。
【請求項6】
磁石材料は、鉄、アルミニウム、ニッケルおよびコバルトを含む組成物、鉄、コバルトおよびクロムを含む組成物、鉄および白金を含む組成物の少なくともいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の膜磁石の製造方法。
【請求項7】
膜磁石を300℃以上1000℃以下で加熱処理する工程を備えたことを特徴とする請求項1に記載の膜磁石の製造方法。
【請求項8】
基板は、シリコン、ニッケル、コバルト、クロム、モリブデン、タングステンおよびバナジウムから選ばれた少なくとも1つの元素と、鉄との合金であることを特徴とする請求項1に記載の膜磁石の製造方法。
【請求項9】
シリコン、ニッケル、コバルト、クロム、モリブデン、タングステンおよびバナジウムから選ばれた少なくとも1つの元素と、鉄との合金である基板上に、ネオジウム、鉄およびホウ素を含む組成物、サマリウムおよびコバルトを含む組成物、サマリウム、鉄、および窒素を含む組成物、鉄、アルミニウム、ニッケルおよびコバルトを含む組成物、鉄、コバルトおよびクロムを含む組成物、鉄および白金を含む組成物の少なくともいずれかの磁石材料を備え、膜内部に平均粒径が20nm以上で500nm以下の強磁性結晶相を分散して具備することを特徴とする膜磁石。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−3917(P2011−3917A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−182501(P2010−182501)
【出願日】平成22年8月17日(2010.8.17)
【分割の表示】特願2005−231113(P2005−231113)の分割
【原出願日】平成17年8月9日(2005.8.9)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】