説明

表面形状測定用触針式段差計及び該段差計における測定精度の改善方法

【課題】表面形状への追随性が良く、かつ、変位雑音が小さい表面形状測定用触針式段差計及び該段差計における測定精度の改善方法を提供する。
【解決手段】変位センサ20の磁性体コアに固有雑音の小さい強磁性体のコアを使用し、低雑音の差動トランスとして形成し、低雑音の差動トランスの出力を、低雑音のデジタルロックインアンプで計測し、変位の測定結果からセンサ20の固有振動に起因する雑音を、低域通過フィルターを用いて移動平均法で除去し、低域通過フィルターの遮断周波数を通常の15Hz程度よりも高くする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の表面形状を測定する触針式段差計及び該段差計における測定精度の改善方法に関するものである。
【0002】
本明細書において、用語“試料の表面形状”は試料の段差、膜厚、表面粗さの概念を包含して意味するものとする。
【背景技術】
【0003】
この種の段差計としては従来、先端が試料表面に接触する探針と、探針を試料表面に一定の負荷で接触させる針圧発生装置と、その負荷方向と直交する方向に振動して探針を試料表面に対して平行運動で往復動させる装置と、振動付加時の探針の試料に対する摩擦力に対応する振動の大きさを検出する検出装置とを備えた構造のものが知られている。
【0004】
特許文献1において、本発明者は、先に、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサを成す差動トランスの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計を提案した。
【0005】
このように変位センサに差動トランスを用いた触針式段差計では、例えばロックインアンプの手法により、センサコアの変位は低雑音で高精度に測定される(例えば、特許文献2、特許文献3及び特許文献4参照)。
【0006】
測定された変位雑音を小さくするために、測定結果には通常、遮断周波数が15Hz程度の低域通過フィルターがかけられる。それにより雑音の1秒間でのピーク−ピークが1〜2nm程度となり、表面形状測定に使用される。なお、特許文献1、3のセンサは通常よりも変位雑音は小さく、遮断周波数が15Hzの低域通過フィルターをかけたとき、雑音の1秒間でのピーク‐ピークは0.3nm程度と非常に小さい。
【0007】
触針式段差計では通常、特許文献1に記載のように探針と変位センサコアが棒状物で接続され、それらを支持する支点から離れて設置されているが、表面の凹凸への探針の追随性を良くするために、本発明者は、支点から探針までの距離を、支点からセンサコアまでの距離よりも大きくすることを提案してきた(特許文献5及び特許文献6参照)。支点から探針までの距離を、支点からセンサコアまでの距離の例えば2倍にすると、探針での変位雑音はコアでの変位雑音の2倍になる。従って、そのような配置設計では、雑音の1秒間でのピーク‐ピークが0.3nmのセンサを用いると、探針での変位雑音は0.6nmとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007-17296
【特許文献2】特開2008-122254
【特許文献3】特願2009-229525
【特許文献4】特願2010-089355
【特許文献5】特開2006-226964
【特許文献6】特開2009-20050
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述のように、変位雑音を小さくするために、変位センサでの計測結果に、低域通過フィルターがかけられ、その遮断周波数が低いと雑音は小さくなるが、表面形状への追随性が悪くなる。一方、遮断周波数を上げると追随性はよくなるが、変位雑音が大きくなる。このような問題点を解決するため、本発明は、表面形状への追随性が良く、かつ、変位雑音が小さい表面形状測定用触針式段差計及び該段差計における測定精度の改善方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、本発明の第1の発明によれば、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計における測定精度の改善方法において、
変位センサの磁性体コアに固有雑音の小さい強磁性体のコアを使用し、低雑音の差動トランスとして形成し、
低雑音の差動トランスの出力を、低雑音のデジタルロックインアンプで計測し、
変位の測定結果からセンサの固有振動に起因する雑音を、低域通過フィルターを用いて移動平均法で除去し、低域通過フィルターの遮断周波数を通常の15Hz程度よりも高くすること
を特徴としている。
【0011】
また、本発明の第2の発明によれば、支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計において、
変位センサを成し、固有雑音が小さい強磁性体のコアを使用した低雑音の差動トランスと、
低雑音の差動トランスの一次コイル及び二次コイルに接続され、低雑音の差動トランスの出力を測定する低雑音のデジタルロックイン増幅器を備えた測定回路手段と、
測定回路手段で測定した変位の測定結果から変位センサの固有振動に起因する雑音を移動平均法で除去するフィルターを備え、フィルターの遮断周波数を通常の15Hz程度よりも高くするように構成した雑音除去手段と
を有することを特徴としている。
【0012】
本発明の表面形状測定用触針式段差計において、変位センサの固有振動に起因する雑音を移動平均法で除去するフィルターは遮断周波数15Hzの低域通過フィルターであり得る。代わりに該フィルターは、バンドストップフィルターでもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の方法によれば、変位センサの磁性体コアに固有雑音の小さい強磁性体のコアを使用し、低雑音の差動トランスとして形成し、低雑音の差動トランスの出力を、低雑音のデジタルロックインアンプで計測し、変位の測定結果からセンサの固有振動に起因する雑音を、低域通過フィルターを用いて移動平均法で除去し、低域通過フィルターの遮断周波数を通常の15Hz程度よりも高くしていることにより、その固有振動数の雑音を、効果的に消し、他の周波数成分は残すことができ、その結果、低雑音と表面形状への追随性の良さとを両立させることができる。
【0014】
また本発明の装置によれば、変位センサを成し、固有雑音が小さい強磁性体のコアを使用した低雑音の差動トランスと、低雑音の差動トランスの一次コイル及び二次コイルに接続され、低雑音の差動トランスの出力を測定する低雑音のデジタルロックイン増幅器を備えた測定回路手段と、測定回路手段で測定した変位の測定結果から変位センサの固有振動に起因する雑音を移動平均法で除去するフィルターを備え、フィルターの遮断周波数を通常の15Hz程度よりも高くするように構成した雑音除去手段とを設けたことにより、変位センサの雑音密度が元々小さく、段差計の固有振動に起因する雑音を移動平均法でそれのみを効果的に除去することで、低雑音と表面形状への追随性の良さとの両立が達成できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の方法を実施している触針式段差計の構成を概略図。
【図2】図1における触針式段差計の要部を下から見た概略線図。
【図3】図1における触針式段差計のホルダー部分の構成を示すA−B線に沿った拡大部分断面図。
【図4】図1における触針式段差計のホルダー部分を下から見た図。
【図5】図1における触針式段差計の支点部の構造を示す拡大断面図。
【図6】本発明における変位測定用計測回路装置の一実施形態を示すブロック線図。
【図7】遮断周波数15Hzの低域通過フィルターをかけた後の段差計の探針での変位測定例を示すグラフ。
【図8】図7と同様の測定での1秒間でのピーク−ピークと標準偏差を6000回、10時間に渡って記録したグラフ。
【図9】遮断周波数20Hzの低域通過フィルターの振幅比の周波数特性の例を示すグラフ。
【図10】段差計における変位センサの入力換算電圧雑音密度の測定例を示すグラフ。
【図11】230Hz相当の移動平均と遮断周波数700Hzの低域通過フィルターをかけた例を示すグラフ。
【図12】230Hz相当の移動平均をかけながらSi基板上を走査した例を示すグラフ。
【図13】図12のデータに遮断周波数15Hzの低域通過フィルターをかけた結果を示すグラフ。
【図14】230Hz相当の移動平均をかけながら凹凸のある試料表面を走査した結果を示すグラフ。
【図15】図14のデータに遮断周波数15Hzの低域通過フィルターをかけた結果を示すグラフ。
【図16】図14のデータの一部を拡大して示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
本発明が適用される先に提案した触針式段差計は、添付図面の図1〜図5に示すように、棒状の第1の支持部材1を有し、であり、この第1の支持部材1はその中間部位に左右両横方向にのびる支点用針取付け部材2を備え、支点用針取付け部材2の両端には二つの支点用針3が取付けられている。これら二つの支点用針3は二つの支点受け部材4(図5)で支持され、それにより第1の支持部材1は支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持される。第1の支持部材1の一端には、変位センサ5の測定子すなわちコア6が取付けられている。この変位センサ5は探針の垂直方向変位に応じて電気信号を発生する差動トランスから成り、コイル7を備えている。
【0017】
第1の支持部材1の他端には、探針に針圧を加える針圧発生装置8のコア9が設けられ、針圧発生装置8はコイル10を備えている。コア9は、コイル10の中心から軸方向にずれた位置に配置した高透磁率部材から成っている。
【0018】
第1の支持部材1における支点用針取付け部材2の両端の二つの支点用針3を結ぶ線上を中心として、第1の支持部材1の下面には、二つの磁石11を埋め込んだホルダー12が取付けられている。ホルダー12は図3に示すように断面台形の長手方向溝13を備え、この長手方向溝13の両側壁は下方へ向ってテーパー状に開いており、水平平面に対して傾斜面を構成している。ホルダー12に埋め込まれた二つの磁石11は、図1に示すように極性が互いに逆向きになるように配置されている。二つの磁石11を内蔵したホルダー12は軽くするためにカーボンで構成されている。
【0019】
また図1、図2及び図4において、14は棒状の第2の支持部材でありその先端には探針15が下向きに取付けられ、他端は高透磁率部材16で構成されている。高透磁率部材16の長手方向の両端には上向きにのびるガイド突起17が形成され、これらガイド突起17の対向側面は上方に向って開いた傾斜面として形成される。この高透磁率部材16の傾斜面はホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と共に、第1の支持部材に第2の支持部材を取付ける際の互いの位置決めを確保すると共にガイドの役割を果たしている。第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16は第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に嵌るようにされ、その際に第2の支持部材14の他端における高透磁率部材16はホルダー12の溝の底面に接触し、二つの磁石11には接触しないように構成されている。また溝と高透磁率材部品には図3に示したような傾斜面を設け、互いの位置決めの確保と取付け時のガイドの役割を果たしている。
【0020】
第1の支持部材1及び第2支持部材14は慣性モーメントを小さくするために軽いカーボンで構成されている。一方、密度が高く質量が大きい第2支持部材14における高透磁率部材16及び第1の支持部材1におけるホルダー12内の磁石11は、支点まわりの慣性モーメントを小さくするために、支点の近くに配置している。
【0021】
さらに図3に示すように、第2支持部材14における高透磁率部材16の下側には板状部材18が設けられ、この板状部材18は磁場遮蔽効果を高めるため、高透磁率の材料で構成され、この板状部材18により交換部品を第1の支持部材1におけるホルダー12の溝13に傾けて近づけても正しい位置に収まるようにしている。
【0022】
上述のように第1の支持部材1におけるホルダー12に埋め込まれた磁石11は極性が逆になるように配置したことにより、磁気双極子が離れた場所に作る磁場が小さくなるので、差動トランス5、針圧発生装置8及び試料での磁場を小さくできる。また、この配置により磁石11の下部では磁力線が第2の支持部材14における高透磁率部材16の中を通るので、その下方及び探針位置の試料での磁場が小さくなる。
【0023】
図5には、支点用針3を受ける支点受け部材4の構造を拡大して示している。支点受け部材4は図示したように支点用針3を受ける凹面4aを備え、この凹面は逆円錐形状に構成され、支点用針3を精度よく位置決めして受けるようにされている。
【0024】
このように構成した図示触針式段差計においては、両端にそれぞれ変位センサ5及び針圧発生装置8を備え、二つの支点受け部材4に支点用針3を介して揺動自在に支持された第1の支持部材1のホルダー12に、両端にそれぞれ探針15及び高透磁率部材16を備えた第2の支持部材14を磁石の吸着力によって固定する。この場合、ホルダー12における長手方向溝13の両側壁の傾斜面と第2の支持部材14の高透磁率部材16におけるガイド突起17の対向傾斜面とにより、第2の支持部材14は第1の支持部材1のホルダー12に対して予定の位置に正確に位置決めして簡単に固定できる。
【0025】
そして、針圧発生装置8のコイル10に所定の電流を流すことにより、その電流の大きさに応じて力が発生され、この力により針圧発生装置8のコア9はコイル10の中心へ引き込まれる。それにより第1及び第2の支持部材1、14は支点用針3を介して揺動し、探針15を試料に押し当てる。試料又は検出系を走査することにより、探針15は試料表面をなぞり、その表面形状に応じて、固定された支点のまわりに第1及び第2の支持部材1、14が微小に回転運動し、差動トランス5のコア6の変位が検出され、このコア6の変位を探針15の針先の変位に換算することにより試料の表面形状や段差が測定される。
【0026】
図6には、本発明を実施している制御回路装置の一つの実施形態をブロック線図で示し、20は触針式段差計の変位センサであり、21は前置増幅器であり、22はデジタルシグナル処理回路(DSP)であり、23はアナログ入力ボードであり、24は設定、表示用のコンピュータである。デジタルシグナル処理回路(DSP)22は、前置増幅器21を介して触針式段差計の変位センサ20に接続され、変位センサ20を構成している差動トランスの二次コイルからの測定信号を受けるようにされている。またデジタルシグナル処理回路(DSP)22は、図示していないがデジタル−アナログ変換器及び電圧−電流変換回路を介して針圧付加手段の力発生用コイルに接続される。さらにデジタルシグナル処理回路(DSP)22は、RS−232Cシリアル通信系を介して設定、表示用のコンピュータ24に接続されている。またアナログ入力ボード23はデジタルシグナル処理回路(DSP)22におけるデジタル−アナログ変換器(図示していない)からアナログ電圧を受け、そして設定、表示用のコンピュータ24に接続されている。
【0027】
デジタルシグナル処理回路(DSP)22では、デジタルロックインアンプの手法により変位センサのコアの位置を算出し、コアと探針の支点からの距離の比を用いて探針の位置を算出する。一般には、その結果に低域通過フィルターをかけて雑音が低減される。かかるフィルターは、デジタルシグナル処理回路(DSP)22とアナログ入力ボード23の間に設けることができ、そして抵抗、コンデンサを使ったアナログフィルターでも計算によるデジタルフィルターでもよい。デジタルフィルターを使用する場合には、デジタルシグナル処理回路(DSP)22において低域通過フィルターをかけてもよいし、設定、表示用のコンピュータ24へデータを送信後に設定、表示用のコンピュータ24において低域通過フィルターをかけることもできる。
【0028】
図7は、特許文献4に記載のコアを特許文献2に記載の差動トランスのコイルに入れ、図1の段差計を構成して、探針の変位雑音を測定した例である。探針を2mgfで試料上に押し付け、走査はせず静止した状態で探針の変位を1msごとにモニターした。支点から探針までの距離は、支点から変位センサのコアまでの2倍あり、探針での変位雑音は変位センサのコアでの変位雑音の2倍になっている。遮断周波数15Hzの低域通過フィルターをかけており、1秒間での雑音のピーク−ピークは0.6nm程度と小さい。フィルターは無限インパルス応答のデジタルフィルターでバタワース特性の4次を用いた。
【0029】
図8には、図7の測定を繰り返して『1秒間での雑音のピーク−ピーク』と標準偏差を10時間に渡り6000回測定した結果を示している。平均はそれぞれ0.664nm、0.140nmと十分に小さい値を得た。
【0030】
図9には、低域通過フィルターの通過前後での振幅比の周波数特性の例を示す。バタワース特性4次とベッセル特性4次の遮断周波数20Hzの場合である。図7及び図8に示すデータでは15Hz以上の雑音が同様の振幅比でカットされて、それにより低雑音(時間軸で見た場合の小さい『ピーク−ピーク』)が達成できている。
【0031】
低域通過フィルターをかける前の雑音密度の測定例を図10に示す。差動トランスの励起は5kHzで行っており、測定する2次電圧信号も同じ周波数である。ロックインアンプの手法では測定信号と参照信号の掛け算の後、その5kHz成分を除去する。その除去のために5kHz分の移動平均をデジタルシグナル処理回路(DSP)22で行っている。差動トランスの2次コイルの5kHzの出力を測定信号として、デジタルシグナル処理回路(DSP)22内で生成した同じく5kHzだが位相の異なる参照信号と掛け算し、それを低域通過フィルターに通して直流成分を得ると、5kHz以外の雑音成分が除去され5kHzの成分が抽出されて、測定信号の振幅と位相情報が低雑音、高精度に測定できる。図10には測定信号と参照信号を掛けて5kHz分の移動平均を行ったデータを設定、表示用のコンピュータ24でフーリエ変換した結果で雑音の周波数特性を表わしている。周波数軸のどこでカットするかで測定結果の時間に対する応答の善し悪しが決まる。15Hz以上をカットしてしまえば、それ以上速い応答は得られなくなる。
【0032】
ところで、図10において230Hzには大きいピークがある。これは支点上の棒状部の固有振動によると考えられる。これを効果的に除去すれば、遮断周波数15Hzの低域通過フィルターはなくても低雑音が実現できる。1kHz以上の成分は必要ないので、遮断周波数700Hzの低域通過フィルターをかけ、その後、230Hzに相当する移動平均を行った結果を図11に示す。不要な高い周波数成分が除去され、230Hzの大きい雑音のピークが減少している。しかし、100数10Hzより下では応答が残っていることを示している。そして、この場合の『1秒間での雑音のピーク−ピーク』は2.3nmであった。つまり、遮断周波数15Hzの低域通過フィルターをかけなくても、図11で示すように100数10Hzまでの応答性のある変位データにおいて、実用的な使用で問題のない低雑音が得られたことになる。このことは、表面形状への応答が速く、かつ、低雑音なので、これまで見えなかった微細な表面形状が見えることになることを意味している。
【0033】
図12及び図13には、Si基板表面を探針で走査した結果の例を示す。図12に示す例は、前述の230Hz分の移動平均のみで遮断周波数15Hzの低域通過フィルターをかけていない結果であり、図13に示す例は、図12の結果に遮断周波数15Hzの低域通過フィルター(ベッセル特性、4次)をかけた結果である。探針先端の曲率半径は2.5μm、走査速度は100μm/s、探針を試料に押さえ付ける力は0.048mgfである。この力は、この種の触針式段差計としては、かなり小さい値である。試料を載せたピエゾステージを駆動し、探針で試料上の同じ箇所を5回走査した結果である。変位センサの0点は僅かながら時間変化するので、それぞれの測定結果をz方向にシフトさせて重ねてプロットした。図12及び図13において全体がたわんでいるのは、5回の走査結果が良く重なり再現性があることから、試料表面のそりと用いたステージの駆動特性によると思われる。
【0034】
図12(移動平均230Hz)では図13(遮断周波数15Hz)に比べると雑音は大きいが、例えば10μmの走査領域での、たわみを除いた雑音のピーク‐ピークは1〜2nm程度であり、実用上は問題ない。むしろ、図13での低雑音が際立っていると言える。
【0035】
図14及び図15には、凹凸のある試料表面を走査した結果を示す。探針先の曲率半径と走査速度は図12及び図13と同じで、力は0.26mgfである。図14は前述の230Hz分の移動平均のみで、図15は図14の結果に遮断周波数15Hzの低域通過フィルター(ベッセル特性、4次)をかけた結果である。そして同じ箇所での4回の走査結果を重ねてプロットしている。図16は図14(移動平均230Hz)の一部を拡大して表示している。図16において4回の測定結果に再現性があり、試料表面の凹凸を測定できていることが分かる。それに対して図15(遮断周波数15Hz)では再現性はあるものの、表面の微細な形状は見えていない。
【0036】
本発明によれば、雑音の小さい差動トランスを用いた触針式段差計において、センサ部品の固有振動に起因する雑音を移動平均などの方法で効果的に除去することにより、応答の速い表面形状測定ができ、通常では測定できない微細な表面形状が測定できるようになる。
【0037】
ところで、固有振動に起因する雑音の除去には、バンドストップフィルター(バンドエリミネイトフィルター)を用いてもよい。かかるフィルターはアナログフィルターでもデジタルフィルターでもよい。
【0038】
また、遮断周波数15Hzの低域通過フィルターをかけた場合でも、走査速度を小さくすれば、図14のような表面形状は見えてくるが、遮断周波数が1桁程度低いので、走査速度を1桁遅くする必要がある。その場合には計測器としてのスループットが1桁落ち、作業効率が大幅に低下することになる。さらに、1回の走査に10倍の時間がかかるということは、その間での変位センサ出力の0点のシフトも10倍に大きくなり、無視できないドリフトを含むような測定結果になり、再現性に問題が出てくる。
【符号の説明】
【0039】
1:第1の支持部材
2:支点用針取付け部材
3 :支点用針
4 :支点受け部材
5 :変位センサ
6 :コア
7 :コイル
8 :針圧発生装置
9 :コア
10:針圧発生装置8のコイル
15:探針
20:触針式段差計の変位センサ
21:前置増幅器
22:デジタルシグナル処理回路(DSP)
23:アナログ入力ボード
24:設定、表示用のコンピュータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計における測定精度の改善方法において、
変位センサの磁性体コアに固有雑音の小さい強磁性体のコアを使用し、低雑音の差動トランスとして形成し、
低雑音の差動トランスの出力を、低雑音のデジタルロックインアンプで計測し、
変位の測定結果からセンサの固有振動に起因する雑音を、低域通過フィルターを用いて移動平均法で除去し、低域通過フィルターの遮断周波数を通常の15Hz程度よりも高くすること
を特徴とする表面形状測定用触針式段差計における測定精度の改善方法。
【請求項2】
変位センサの固有振動に起因する雑音を移動平均法で除去するフィルターとして遮断周波数15Hzの低域通過フィルターを使用することを特徴とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
支点に揺動可能に取付けられた支持体の一端に探針を取付け、この一端に隣接して探針の垂直方向変位を検出する変位センサの磁性体コアを取付け、支持体の他端には探針に針圧を加える針圧発生装置の磁性体コアを取付け、探針が捉えた試料の表面形状を支持体の支点回りの回転運動により変位センサで測定する表面形状測定用触針式段差計において、
変位センサを成し、固有雑音が小さい強磁性体のコアを使用した低雑音の差動トランスと、
低雑音の差動トランスの一次コイル及び二次コイルに接続され、低雑音の差動トランスの出力を測定する低雑音のデジタルロックイン増幅器を備えた測定回路手段と、
測定回路手段で測定した変位の測定結果から変位センサの固有振動に起因する雑音を移動平均法で除去するフィルターを備え、フィルターの遮断周波数を通常の15Hz程度よりも高くするように構成した雑音除去手段と
を有することを特徴とする表面形状測定用触針式段差計。
【請求項4】
雑音除去手段が、低雑音の差動トランスの出力を測定する低雑音のデジタルロックイン増幅器の後段に設けられていることを特徴とする請求項3記載の表面形状測定用触針式段差計。
【請求項5】
測定回路手段がデジタルシグナル処理回路を備え、該デジタルシグナル処理回路に、変位センサの固有振動に起因する雑音を移動平均法で除去するフィルターが設けられることを特徴とする請求項3記載の表面形状測定用触針式段差計。
【請求項6】
変位センサの固有振動に起因する雑音を移動平均法で除去するフィルターが、遮断周波数15Hzの低域通過フィルターであることを特徴とする請求項3記載の表面形状測定用触針式段差計。
【請求項7】
変位センサの固有振動に起因する雑音を移動平均法で除去するフィルターが、アナログフィルターから成ることを特徴とする請求項3記載の表面形状測定用触針式段差計。
【請求項8】
測定回路手段からの出力を受ける設定、表示用のコンピュータを有し、該コンピュータに、変位センサの固有振動に起因する雑音を移動平均法で除去するフィルターが設けられることを特徴とする請求項3記載の表面形状測定用触針式段差計。
【請求項9】
デジタルシグナル処理回路に設けられるフィルターがデジタルフィルターであることを特徴とする請求項8記載の表面形状測定用触針式段差計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2013−7666(P2013−7666A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−140901(P2011−140901)
【出願日】平成23年6月24日(2011.6.24)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】