説明

走行駆動制御システム

【課題】エンジンストール傾向となるようなエンジン回転数と無段変速装置の変速比との間の不調和がもたらす走行の不安定さを回避する技術を提供する。
【解決手段】アクセル操作具による操作量に基づく回転調節量を回転調節器に付与する回転調節量付与手段と、予め設定された基準対応関係を用いて前記アクセル操作具による操作量から決定される変速制御量を前記無段変速装置の変速制御入力部に付与する変速制御量付与手段と、作業車の発進を検知する車両発進検知手段とが備えられ、変速制御量付与手段には、作業車の発進から走行に至る発進走行時間の間、基準対応関係を用いて決定される変速制御量を低速方向の抑制度をもって抑制する発進時速度抑制部55が含まれている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転調節器による調節により回転数が調節されるエンジンからの回転出力を無段変速装置を介して駆動輪に伝達する走行駆動系を備えた作業車のための走行駆動制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような走行駆動制御システムはトラクタやオフロードトラックなどの作業車に適用されており、エンジンの回転調節器(ガバナー等)が増速側に調整操作されることにともなって無段変速装置も増速側に変速操作されるように回転調節器と無段変速装置とに対する操作系がアクセル操作具と連係されている。従って、アクセル操作具を操作するだけで、エンジンの回転数の調節と、無段変速装置の変速比調節とが実現可能となる。このような作業車において、たとえば発進操作など、急激な増速操作が行われると、エンジンの回転調節器が応答性よく作動したとしても、エンジン回転数の増加が遅れると、無段変速装置の高速側への変化がエンジンの回転数の増加に先行することになる。その結果、不十分なエンジン回転数、つまり不十分なエンジン出力の状態で無段変速装置の変速比が高速側にシフトすることとなり、エンジン停止(エンジンストール)が発生しやすくなる。
【0003】
上記エンジンストールの問題を解決するため、エンジン出力を変速して走行装置に伝達する無段変速装置を備えるとともに、エンジンの調速装置が増速側に変速操作されるのに連係して前記無段変速装置が増速側に変速操作されるように、調速装置及び無段変速装置をアクセル操作具に連係させた連係手段を備え、前記連係手段が、エンジン回転数が設定回転数に上昇し、無段変速装置が設定速度状態に増速するまで、エンジン回転数の上昇変化率が無段変速装置の増速変化率より大である状態で調速装置と無段変速装置を連係操作させる、作業車の走行操作装置が提案されている(特許文献1参照)。この走行操作装置では、カムとリンクを用いた連係手段の作用により、強制的に、無段変速装置が設定速度状態に増速するまでは、エンジン回転数は無段変速装置の増速変化率より大の上昇変化率で上昇変化することになる。しかしながら、この走行操作装置では、作業車の停止から走行に至る発進時のみならず、アクセル操作具が始点から操作される時には常にエンジン回転数の増速が優先されることになる。例えば、作業車が坂道を下っている状態では、そのようなエンジン回転数増速の優先は要求されない。また、カムとリンクとによる機械的な連係では、制御スタート直後、例えば発進直後数秒間の制御応答性を良くすることは電子的な制御に比べて困難である。
【0004】
さらに、急発進時のエンジンストップを回避するために、エンジンの調速機構を操作する変速操作具の操作位置を検出する変速操作センサと、調速機構によって設定される設定エンジン回転数を検出する設定エンジン回転数センサ、エンジンの実回転数を検出する実エンジン回転数センサを備え、設定エンジン回転数と、実エンジン回転数との差の有無を判別し、この判別結果と、変速操作センサによる検出操作位置とを基に無段変速装置を変速操作する制御手段を備えた走行操作装置が提案されている(特許文献2参照)。この走行操作装置では、設定エンジン回転数センサによる設定エンジン回転数と、実エンジン回転数センサによる実エンジン回転数との差の有無を判別し、この判別結果と、変速操作センサによる検出操作位置とを基に無段変速装置を変速操作する。これにより、実エンジン回転数が調速機構による設定エンジン回転数と同一である場合と、相違している場合とでは、変速操作具の操作位置が同一であっても、無段変速装置が異なる速度の変速状態になるように無段変速装置を変速操作する。従って、実際のエンジン回転数が調速機構による設定エンジン回転数どおりにならなくても、無段変速装置が実エンジン回転数に対応した適切な速度の変速状態とされるので、急発進操作してもエンジンストールが発生しにくいという利点が得られる。しかしながら、このような走行操作装置においても、制御スタート直後、例えば発進直後数秒間におけるエンジン回転数と無段変速装置の変速比とを適切に調和させることは考慮されておらず、それを実現することは困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−255919号公報(段落番号〔0002−0009〕、図10)
【特許文献2】特開2007‐85518号公報 (段落番号〔0002−0008〕、図4)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記実情に鑑み、本発明の目的は、回転調節器による調節により回転数が調節されるエンジンからの回転出力を無段変速装置を介して駆動輪に伝達する走行駆動系を備えた作業車のための走行駆動制御システムにおいて、エンジン回転数と無段変速装置の変速比との間のエンジンストールないしはエンジンストールとはならなくてもエンジンストール傾向となるようなエンジン回転数と無段変速装置の変速比との間の不調和、つまりエンジン出力とエンジンにかかる負荷との間の不調和がもたらす走行の不安定さを回避する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
回転調節器による調節により回転数が調節されるエンジンからの回転出力を無段変速装置を介して駆動輪に伝達する走行駆動系を備えた作業車のための走行駆動制御システムにおいて、上記目的を達成するために、本発明では、人為的に操作されるアクセル操作具と、前記アクセル操作具による操作量に基づく回転調節量を前記回転調節器に付与する回転調節量付与手段と、予め設定された基準対応関係を用いて前記アクセル操作具による操作量から決定される変速制御量を前記無段変速装置の変速制御入力部に付与する変速制御量付与手段と、前記作業車の発進を検知する車両発進検知手段とが備えられ、
前記変速制御量付与手段には、前記車両発進検知手段によって検知された前記作業車の発進から走行に至る発進走行時間の間、前記基準対応関係を用いて決定される変速制御量を低速方向の抑制度をもって抑制する発進時速度抑制部が含まれている。
【0008】
この構成によると、作業車が停止状態から走行を開始する発進時において、発進から所定の時間の間だけ、アクセル操作具の操作量に基づいて決定される無段変速装置に対する変速制御量が抑制され、これによりエンジンにかかる負荷(トルク)が軽減される。その結果、発進時における、特に発進から数秒間におけるエンジン出力がエンジン負荷に十分に対処できずに、スムーズな走行ができなくなるといった不都合が解消される。
【0009】
通常走行時に行われている無段変速装置に対する基準的な変速制御量をどの程度弱めるかを示す抑制度の好適な実施形態の1つでは、前記抑制度が前記操作量に対して前記基準対応関係を用いて決定される変速制御量の上限を設定する上限値とされている。発進時におけるエンジン出力とエンジン負荷との関係を実験的に評価し、不都合のない走行が保証される変速制御量の上限値を算定し、実際に決定される変速制御量がこの上限値を超えないように抑制処理が行われる。これにより、運転者が不適に大きな操作量でもってアクセル操作具を操作したとしても、適切なエンジン出力とエンジン負荷との調和が保証される上限値に抑制される。また、坂道発進や泥道発進など特殊な状況下において、運転者が微小な操作量をもってアクセル操作具を操作した場合、上限値を下回る制御量で無段変速装置の変速が行われるので、運転者の要望する特殊な走行が可能となる。上記抑制度の、演算処理しやすい具体的な形態のためには、時々刻々と変化する操作量に関係付けられた数値としての変速制御量を減少させるような係数で表すとよい。従って、その抑制度を、前記基準対応関係を用いて決定される変速制御量を所定比率で減少させる減少係数とすることも好適である。
【0010】
この抑制度に関する別な実施形態の1つでは、前記抑制度が前記発進走行時間をパラメータとする抑制関数によって求められる。特に発進から数秒間におけるエンジン出力とエンジン負荷の不均衡がもたらすエンジンストールの可能性を低減することにあり、発進から時間が経過するほどそのエンジンストールの可能性が低下することを考慮すると、この抑制度が作業車の発進から走行に至る所定期間の発進走行時間に応じて算定できるように構成することに利点がある。発進から経過していくほどエンジン出力とエンジン負荷の不均衡が解消されていくので、前記抑制関数は前記発進走行時間の経過とともに一様に減少するかあるいは部分的に抑制度が一定となる領域を含む減少関数が好ましい。
【0011】
また、前記抑制関数のパラメータとして、前記基準対応関係を用いて決定される変速制御量を含ませ、前記抑制関数を当該変速制御量を所定比率で減少させる減少係数を導出するものとしてもよい。これにより、通常に比べて操作量に対する変速制御量の値は抑制されたものになるが、その変速制御量は人為的に操作されるアクセル操作具の操作量に倣っているため、通常時と類似した操作感を得ることが可能である。
【0012】
走行駆動系に前記駆動輪へ伝達する回転動力を変速する少なくとも高速段と低速段とを有する副変速装置が備えられている場合、発進時のエンジン出力とエンジン負荷の不均衡は車軸トルクが小さくなる副変速装置の高速段において問題となりやすい。このため、そのような副変速装置が備えられている作業車にこの走行駆動制御システムを適用する場合は、前記副変速装置が前記高速段に設定されているときのみ、前記発進時速度抑制部による前記変速制御量の抑制が実行されるように構成することが好適である。
【0013】
また、発進時のエンジン出力とエンジン負荷の不均衡は作業車の走行負荷に影響を及ぼす他の要因(上り坂走行や沼地走行など)にも依存する。従って、本発明の好適な実施形態の1つでは前記作業車の走行負荷度を算定する走行負荷算定手段が備えられており、当該走行負荷度に応じて前記抑制度を調整する走行負荷対応部が備えられている。これにより、発進時のエンジン出力とエンジン負荷の不均衡の解消がこの調整された抑制度によって好適に行われることになる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明による走行駆動制御システムを搭載したトラクタの斜視図である。
【図2】トラクタのフロアに備えられたアクセル操作具としてのアクセルペダルを含む運転操作領域を示す俯瞰図である。
【図3】本発明による車両運転評価システムの概略機能ブロック図である。
【図4】変速制御量付与手段の機能を示す機能ブロック図である。
【図5】アクセルペダルの操作挙動によって生成される基準制御量の挙動を模式的に示す説明図である。
【図6】抑制された制御量である修正制御量の上限規制を用いた生成過程を模式的に示す説明図である。
【図7】抑制された制御量である修正制御量の減少係数を用いた生成過程を模式的に示す説明図である。
【図8】別実施の形態における変速制御量付与手段の機能を示す機能ブロック図である。
【図9】別実施の形態における速度抑制テーブルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図1は、走行駆動制御システムを採用した作業車としてのトラクタの斜視図である。図2は、運転操作のためにトラクタの運転操作領域に備えられた操作具や操作パネルなどを示す俯瞰図である。この実施形態では、エンジン1の出力軸30からの動力は無段変速装置の一例である静油圧式無段変速装置(以下、HSTと略称する)2とHST変速動力をさらに複数段に変速する副変速装置32とを介して変速出力軸31に伝達され、最終的に駆動輪(前輪または後輪あるいはその両方)3を回転させる。さらに、このエンジン1の出力軸30からの動力はPTO伝動系40を経てトラクタに装備された耕耘作業機などの外部作業機4にも伝達される。PTO伝動系40には、PTO伝動系40おける動力伝達の接続/遮断を行うPTOクラッチ41が介装されている。
【0016】
このエンジン1は、燃料タンクから供給される燃料を用いた燃料噴射量を制御することでエンジン回転数を調節する回転調節器10を備えたディーゼルエンジンであり、この回転調節器10として、ここではメカ式ガバナーが用いられているが、メカ式ガバナー以外に電子式ガバナーや燃料噴射量をコンピュータ制御する調節器を採用することが可能である。さらに、この回転制御器10にはエンジン回転数をマニュアル設定するためのアクセルペダル8がリンク機構10aにより機械的に接続されており、このアクセルペダル8の操作位置(操作量)により、アクセル開度の変更、つまりエンジン回転数の変更が行われる。つまり、この実施形態では、アクセルペダル8がアクセル操作具として、その操作量を回転調節量付与手段としてのリンク機構10aを通じて回転調節器10に付与する。
【0017】
HST2は、よく知られているように、アキシャルプランジャ式に構成された可変容量型の油圧ポンプと油圧モータとからなり、エンジン1の出力軸30によって回転駆動される油圧ポンプにおける斜板角度がHST2の変速制御入力部としての斜板制御機構20によって変更されることで、吐出される圧油の吐出方向および吐出量が変更され、その圧油を受ける油圧モータの出力軸の回転が正転方向(前進)あるいは逆転方向(後進)に無段階で変速される。斜板制御機構20は、シリンダと電磁制御弁を備えており、後で詳しく説明される車両制御コントローラ5によって生成された制御量に基づく油圧制御手段からの制御信号によって動作する。この実施の形態では、斜板制御機構20は、HST2の変速制御入力部として機能する。
【0018】
アクセルペダル8は、前述したように、その操作量に応じた回転調節量を回転調節器10に与えてエンジン回転数を調節するが、同時にその操作量は車両制御コントローラ5に送られてHST2の変速制御にも用いられる。このために、アクセルペダル8の操作量(ここでは揺動角度)を検出して車両制御コントローラ5に送るアクセルセンサ8aが設けられている。アクセルセンサ8aは、例えばポテンショメータなどにより構成される。
【0019】
運転操作領域に備えられた操作具としては、アクセルペダル8以外に、PTO伝動系における動力伝達の接続/遮断を操作するPTO−SW81、前輪や後輪の車軸を制動することにより車両を停止させるブレーキ装置のためのブレーキペダル82、はHST出力の正転と逆転とを切り替える正逆転切換レバー(シャトルレバー、前後進切換レバー)83、さらにはHST2をニュートラルにすることにより車両を停止させる停止ペダル85、PTO伝動系の多段変速操作のためのPTO変速レバー86などが挙げられる。PTO−SW81、ブレーキペダル82、正逆転切換レバー83などの操作具による操作状態は、車両制御コントローラ5に入力される。また、この実施形態では、車両制御コントローラ5には、トラクタの速度を検知するための車速センサ84からのセンサ信号、さらには図示はされていないが、トラクタの傾斜、特に前後傾斜を検知する車両姿勢センサからのセンサ信号が入力される。
【0020】
車両制御コントローラ5は、マイコン制御方式で駆動し、他のECUとの間でデータ通信が可能な、ECUと呼ばれているユニットであり、主にマイコンプログラムによって種々の機能を果たす機能部を作り出すことができる。本発明に特に関係する機能部として、車両発進検知手段5Aと変速制御量付与手段5Bが挙げられる。車両発進検知手段5Aは、この実施形態では、車軸の回転を検出する車速センサ84からのセンサ信号に基づいて停止から走行への発進時を検知するように構成されている。もちろん、その他の車両発進を検知できる種々の技術を利用してもよいし、簡単には、HST2のニュートラル状態からの駆動状態への移行を斜板位置検出手段により検出して車両の発進とみなしてもよい。
【0021】
変速制御量付与手段5Bは、ここではHST斜板制御手段として構成されており、図4で示すように、アクセル操作量算定部51と、変速制御量算定部52と、基準テーブル53と、制御量出力部54と、発進時速度抑制部55と、速度抑制テーブル56といった機能部がプログラムまたはハードウエアあるいはその両方で構築される。
【0022】
アクセル操作量算定部51は、アクセルペダル8の踏み込み位置を検出するアクセルセンサ8aからのセンサ信号を処理してアクセルペダル8の操作量を算定する。変速制御量算定部52は、アクセルペダル8の所定の操作量に対応するHST2の斜板角度、正確には当該斜板角度を作り出す変速制御量を算定する。基準テーブル43は、予め決められた、アクセルペダル8の操作量とHST2に対する変速制御量との基準的な対応関係(基準対応関係)をテーブル化したものであり、変速制御量算定部52からの所定の操作量をもった呼び出しに対して対応する斜板角度を作り出す変速制御量を返すように構成されている。発進時以外の通常の運転時には、変速制御量算定部52で算定された変速制御量は基準制御量として制御量出力部54に転送され、この制御量出力部54を通じて、HST2の斜板を制御するために油圧制御手段6に送られる。
【0023】
発進時速度抑制部55は、前記車両発進検知手段5Aによって検知されたトラクタの発進から走行に至る所定発進走行時間の間、基準テーブル53に設定されている基準対応関係を用いて決定された基準制御量(変速制御量)を低速方向の抑制度をもって抑制する機能を有する。この実施形態では、抑制度は、トラクタの発進時を起点とする単位時間毎に割り当てられた基準制御量に対する抑制度を設定している速度抑制テーブル56から求められる。発進時速度抑制部55は、求められた抑制度を用いて、変速制御量算定部52によって算定された基準制御量を低速方向(斜板角度のニュートラル方向)に修正した修正制御量を算定する。この修正制御量は、制御量出力部54を通じて、HST2の斜板を制御するために油圧制御手段6に送られる。
【0024】
速度抑制テーブル56に設定されている抑制度の具体的な第1の形態は、アクセルペダル8の操作量に対して前述したような基準対応関係を用いて決定された基準制御量としての変速制御量の上限を設定する上限値である。つまり、決定された基準制御量と速度抑制テーブル56に登録されている当該基準制御量に対応する上限値とを比較して、基準制御量が上限値を上回った場合にはその基準制御量を上限値の値で置き換え、基準制御量が上限値を上回らないようにする。従って、この形態では、発進時速度抑制部55は、変速制御量算定部52が算定した基準制御量が上限値を超えないようにその値を抑制して、修正制御量として制御量出力部54に与える。基準制御量が上限値を超えない場合は、そのまま基準制御量が修正制御量として制御量出力部54に与えられる。
【0025】
速度抑制テーブル56に設定されている抑制度の具体的な第2の形態は、アクセルペダル8の操作量に対して前述したような基準対応関係を用いて決定された基準制御量としての変速制御量を発進走行時間経過に応じて求められる所定比率で減少させる減少係数である。つまり、決定された基準制御量を、速度抑制テーブル56から発進走行時間経過に応じて読み出された減少係数で低減し、その低減された基準制御量を修正制御量として制御量出力部54に与える。この形態では、発進直後の数秒だけは、アクセルペダル8の操作量の増加に対する最終的な斜板角度の増加の割合が、その他の走行状況下に比べて小さくなる。従って、上り坂などでの発進にもかかわらず、運転者が通常と変わりのないアクセルペダル8の操作を行ったとしても、HST2の負荷はそれほど大きくならず、エンジンストールが回避される。
【0026】
上記のような抑制制御は実質的には所定時間単位で行われること、及びこの抑制制御がトラクタの発進時をトリガーとして発進後所定時間、1秒から2秒程度行われることから、抑制度が発進時を起点として経過する発進走行時間をパラメータとする抑制関数によって求められる構成が好都合である。その際、速度抑制テーブル56に設定される抑制関数は毎回演算を伴う数式の形としてもよいし、その関数値をマトリックス的に記憶させることで演算を伴わないデータベースの形としてもよい。
【0027】
この抑制制御の目的は、発進直後におけるエンジン回転数の増加と斜板角度の増大によるHST2の負荷増大の不調和により生じる恐れのあるエンジンストールを回避することであるため、まずは発進直後の斜板角度の増大を抑制し、発進走行とともに、つまり発進時からの時間経過とともにその抑制は緩やかにすることが好ましい。これを実現するために、時間経過をパラメータとする抑制度を規定している関係を抑制関数とすれば、この抑制関数は発進走行時間の経過とともに抑制度を減少させるか一定とする関数が好ましい。ある程度の時間を経過すれば、抑制は必要となくなるので、つまり抑制度が0となるので、抑制関数は、減少関数ないしは、減少関数と一定値関数との合成関数となる。
【0028】
また、車両制御コントローラ5には、高低2段の副変速装置32を操作するPTO変速レバー86の操作位置も入力されているので、この実施形態では、この副変速装置32がエンジンストールが生じやすい高速段に設定されているときのみ、発進時速度抑制部55による上述したような変速制御量の抑制(基準制御量の修正)が実行されるようにすることも可能である。なお、副変速装置32としては、高低2段のほか、高中低3段、さらに多数の変速段があってもよいが、ここで重要なことは、エンジンストールが生じやすい変速段(高速側の変速段)が設定されているときに、変速制御量の抑制が実行されることである。変速制御量の抑制が実行される変速段が複数ある場合、当該変速段に応じて、つまりエンジンストールの生じやすさに応じて、速度抑制テーブル56で用いられる関係テーブル(関数)を切り替えるような構成を採用すると好適である。
【0029】
上述した変速制御量付与手段5Bの機能部の説明では、分かり易くするため、各機能部を細かく分けて説明しているが、これらの各機能部は必要に応じて統合することができる。例えば変速制御量算定部52と発進時速度抑制部55とを一体化して、発進時とそれ以外とでは異なる変速制御量が制御量出力部54に与えられるような構成を採用することも可能である。本発明で重要な点は、トラクタの発進から走行に至る発進走行時間の間、発進時以外で用いられる変速制御量以下の制御量でHST2の斜板がニュートラルから増速方向に制御されることである。
【0030】
次に、運転者のアクセルペダル8の踏み込み操作がHST2の斜板角度の制御量に変換される様子を図5のマルチグラフ表示を用いて説明する。
図5において図番91で示されたグラフは、運転者のアクセルペダル8の踏み込み挙動を示している。この踏み込み挙動グラフ91では、その横軸が踏み込みの開始、つまり実質的にはトラクタの発進を起点:t0とする時間経過であり、その縦軸が全踏み込み量(全操作量)を100%とした踏み込み量の割合である。踏み込み開始またはトラクタの発進からt1後の踏み込み位置(操作量%):a1、t3後の踏み込み位置(操作量%):a3、というようにプロットすることにより踏み込み挙動を示すグラフ91が作成されるが、ここではこの挙動を関数:a=A(t)で表現している。実際的には、刻々と変化する踏み込み位置(操作量):aは、アクセル操作量算定部51によって算定される。図5において図番92で示されたグラフは、基準テーブル53に登録されている踏み込み位置(操作量):aと特定の斜板角度を作り出す制御量(斜板角度の制御位置):bとの関係を示すグラフであり、その基準対応関係はここでは関数:b=B(a)で表現されている。特定の斜板角度を作り出す制御量:bはトラクタの走行速度に対応する。図から理解できるように、アクセルペダル8の踏み込み挙動である経時的な操作量:a=A(t)が変速制御量算定部52に与えられると、変速制御量算定部52は基準テーブル53に登録されている関数b=B(a)を用いて、時間経過とともに変化する斜板角度:b1、b2、・・・を算定することができる。その結果、経時的に基準制御量が作り出され制御量出力部54に与えられ、最終的にHST2の斜板角度が変位し、トラクタの走行速度が制御される。図5において図番93で示されたグラフは、横軸が発進からの時間経過であり、縦軸がHST2の斜板角度の変位であり、関数:a=A(t)で表される踏み込み挙動が作り出す斜板角度の経時的な変位(トラクタの走行速度):b=B(A(t))である。このように基準制御量による斜板制御では、発進直後ではその走行が不安定になる恐れがある。そのため、このような発進直後においては、変速制御量算定部52で算定された基準制御量が発進時速度抑制部55によって修正される。
【0031】
以下、発進時速度抑制部55によって基準制御量が修正制御量に修正される様子を図6のマルチグラフ表示を用いて説明する。図6では、踏み込み挙動が作り出す基準制御量、結果的には斜板角度の経時的な変位:b=B(A(t))を表しているグラフ93が速度抑制テーブル56を用いた発進時速度抑制部55による抑制処理の出発点となっている。図6において図番94で示されたグラフは、速度抑制テーブル56に登録されているアクセルペダル8の踏み込みの開始、つまり実質的にはトラクタの発進を起点とする時間経過とともに変化する斜板角度を作り出す制御量の上限値:eの挙動を示し、ここでは関数:e=E(t)で表現されている折れ線である。
【0032】
発進時速度抑制部55は、変速制御量算定部52で単位時間毎に算定される所定時間での基準制御量と当該所定時間で読み出された上限値:e=E(t)とを比較してその小さい方の値を選んで、修正制御量:bcとし、制御量出力部54に与える。発進時速度抑制部55は、上限関数:Sが2つの変数の小さい方をとるミニマム関数とすると、以下の式を実行している。
bc=M(B(A(t)),E(t))
このようにして経時的に算定される修正制御量:bcは、斜板角度の経時的な変位(結果的にはトラクタの走行速度)を作り出す。この斜板角度の経時的な変位挙動が、図6において図番95で示されたグラフである。この修正制御量がもたらす斜板角度変位挙動を示すグラフ95と、基準制御量がもたらす斜板角度変位挙動を示すグラフ93とを比べてみれば、発進時:t0から抑制制御の終了時:t7、例えば発進からの1秒〜2秒において、アクセルペダル8の操作量の増加に対する最終的な斜板角度の増加の割合が、小さくされていることがわかる。発進からの時間経過にともなって変化する上限値を規定する上限値関数:e=E(t)を実験等を通じて適切に設定するなら、上り坂などでの発進にもかかわらず、運転者が通常と変わりのないアクセルペダル8の操作を行ったとしても、HST2の負荷はそれほど大きくならず、エンジンストールが回避される。より好適な抑制制御のためには形状の異なる上限値関数:e=E(t)を複数用意して作業状況等に応じて選択的に用いると良い。
【0033】
次に、上限値関数:e=E(t)を用いるのではなく、減少係数関数を用いて基準制御量が修正制御量に修正される様子を、上述した図7のマルチグラフ表示を用いて説明する。ここでも抑制処理の出発点は、踏み込み挙動が作り出す基準制御量(結果的には斜板角度の経時的な変位):b=B(A(t))であり、グラフ93で示されている。図6において図番96で示されたグラフは、速度抑制テーブル56に登録されているアクセルペダル8の踏み込みの開始、つまり実質的にはトラクタの発進を起点とする時間経過とともに変化する、基準制御量に対する減少係数:dの挙動を示し、ここでは関数:d=D(t)で表現されている折れ線、つまり2つの直線(傾きゼロの平行直線と傾きをもった一次直線)の組み合わせである。
【0034】
発進時速度抑制部55は、変速制御量算定部52で単位時間毎に算定される所定時間での基準制御量に当該所定時間で読み出された減少係数:d=D(t)を乗算して修正制御量:bcとし、制御量出力部54に与える。この基準制御量は、発進からの経過時間に応じて設定されている減少係数によって減少されるので、発進から、例えば1〜2秒の間では、通常時のアクセルペダル操作がもたらす斜板角度よりは小さい斜板角度となる。ここでは、発進時速度抑制部55は、dを時間で変動する減少係数として、以下の式を実行している;
bc=B(A(t) )×d=B(A(t) )×D(t)。
このようにして発進からの時間に依存した修正制御量:bcは、基準制御量に基づく斜板角度の経時的な変位(トラクタの走行速度)を下回る変位を作り出す。この斜板角度の経時的な変位挙動が、図7において図番97で示されたグラフである。ここでも、発進からの時間経過にともなって変化する減少係数を規定する減少関数:d=D(t)を実験等に基づいて適切に設定するなら、上り坂などでの発進にもかかわらず、運転者が通常と変わりのないアクセルペダル8の操作を行ったとしても、HST2の負荷はそれほど大きくならず、エンジンストールが回避される。
以上、2つの抑制制御の具体例を説明したが、先に説明した上限関数を用いた抑制制御モードと、この減少関数を用いた抑制制御モードとを両方備えて、運転状態や作業状態に応じて、任意に選択できるようにしてもよい。また、わかりやすい説明のために、変速制御量算定部52で基準テーブル53を用いて算定された基準制御量を、発進時速度抑制部55が速度抑制テーブル56を用いて修正することで発進から短時間の間だけ抑制制御が実行されていたが、予め発進時速度抑制部55によって修正される修正制御量のための修正テーブルを基準テーブル53に組み込んでおいて、変速制御量算定部52で発進から短時間の間の抑制制御も含めて変速操作量を算定するように構成することができる。これは、発進時速度抑制部55が変速制御量算定部52に組み込まれ、そして速度抑制テーブル56が基準テーブル53に組み込まれた形態であり、変速制御量付与手段(HST斜板制御手段)5Bが行う機能としては同じである。
【0035】
〔別実施の形態〕
(1)図8には、トラクタの発進時の走行負荷度を算定する発進走行負荷算定部5Cと、当該走行負荷度に応じて発進時速度抑制部55が行う抑制度を調整する走行負荷補償部57が備えられた走行駆動制御システムでの、車両制御コントローラ5の機能ブロック図が示されている。発進走行負荷算定部5Cには、例えば車両姿勢センサ87からのセンサ信号が入力され、これによりトラクタの上り坂発進や下り坂発進が検知可能となる。外部作業機制御コントローラ7などからの作業情報を受け取って、トラクタがもたらす発進時の走行負荷を推定する機能を持たせてもよい。いずれにせよ、発進走行負荷算定部5Cが異なるレベルの発進時の走行負荷度を算定すると、その算定された走行負荷度に応じて、走行負荷補償部57が、発進時速度抑制部55に対してより適正な抑制処理を行うことを指令する。例えば、上り坂などのため発進時の走行負荷度が大きい場合、そのような走行負荷度にもかかわらずエンジンストールを回避できるより大きな速度抑制を行うことを指令する。そのために、速度抑制テーブル56には複数種の抑制テーブル(異なる上限関数やミニマム関数)を用意しておいて、発進走行負荷算定部5Cから送られる走行負荷度に基づいて走行負荷補償部57が適切な速度抑制テーブル56の使用を発進走行負荷算定部5Cに指示するとよい。
【0036】
(2)上述した実施形態では無段変速装置としてHST2を採用していたが、エンジン回転調節と変速比の調整が統合的に行われるような走行駆動系が構築されるなら、これに代えて、HMT(Hydraulic Mechanical Transmission)、ベルト式やチェイン式無段変速装置、さらには電気モータ式無段変速装置に対しても本発明による走行駆動制御システムを適用することができる。
【0037】
(3)上述した実施形態の図6における速度抑制テーブルに代えて、例えば図9に示す速度抑制テーブルを採用してもよい。この速度抑制テーブルでは、固定制御値区間T1(t0〜t2)と上限値遷移区間T2(t2〜t6)が設けられ、固定制御値区間T1では制限量の上限値eが所定値に固定され、上限値遷移区間T2では時間の経過に比例して徐々に制限量の上限値eが増加するよう上限値関数e=E(t)が簡略化されている。
【0038】
(4)本発明が適用できる車両としては、トラクタ以外、田植機、コンバイン、芝刈り機、土木・建築作業機、バギーなどのオフロードカーなどが挙げられる。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明は、回転調節器による調節により回転数が調節されるエンジンからの回転出力を無段変速装置を介して駆動輪に伝達する走行駆動系を備えた車両に利用することができる。
【符号の説明】
【0040】
1:エンジン
2:HST(無段変速装置)
3:駆動輪
5:車両制御コントローラ
5A:車両発進検知手段
5B:HST斜板制御手段(変速制御量付与手段)
5C:発進時走行負荷算出部
8:アクセルペダル(アクセル操作具)
20:斜板制御機構(変速制御入力部)
10:回転調節器
32:副変速装置
51:アクセル操作量算定部
52:変速制御量算定部
53:基準テーブル(基準対応関係)
54:制御量出力部
55:発進時速度抑制部
56:速度抑制テーブル
57:走行負荷補償部
t:発進走行時間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転調節器による調節により回転数が調節されるエンジンからの回転出力を無段変速装置を介して駆動輪に伝達する走行駆動系を備えた作業車のための走行駆動制御システムであって、
人為的に操作されるアクセル操作具と、
前記アクセル操作具による操作量に基づく回転調節量を前記回転調節器に付与する回転調節量付与手段と、
予め設定された基準対応関係を用いて前記アクセル操作具による操作量から決定される変速制御量を前記無段変速装置の変速制御入力部に付与する変速制御量付与手段と、
前記作業車の発進を検知する車両発進検知手段と、
が備えられ、
前記変速制御量付与手段には、前記車両発進検知手段によって検知された前記作業車の発進から走行に至る発進走行時間の間、前記基準対応関係を用いて決定される変速制御量を低速方向の抑制度をもって抑制する発進時速度抑制部が含まれている走行駆動制御システム。
【請求項2】
前記抑制度が、前記操作量に対して前記基準対応関係を用いて決定される変速制御量の上限を設定する上限値である請求項1に記載の走行駆動制御システム。
【請求項3】
前記抑制度が、前記基準対応関係を用いて決定される変速制御量を所定比率で減少させる減少係数である請求項1に記載の走行駆動制御システム。
【請求項4】
前記抑制度は前記発進走行時間をパラメータとする抑制関数によって求められる請求項1から3のいずれか一項に記載の走行駆動制御システム。
【請求項5】
前記抑制関数は前記発進走行時間の経過とともに一様に減少するかあるいは部分的に抑制度が一定となる領域を含む減少関数である請求項4に記載の走行駆動制御システム。
【請求項6】
前記駆動輪へ伝達する回転動力を変速する少なくとも高速段と低速段とを有する副変速装置が備えられており、前記副変速装置が前記高速段に設定されているときのみ、前記発進時速度抑制部による前記変速制御量の抑制が実行される請求項1から5のいずれか一項に記載の走行駆動制御システム。
【請求項7】
前記作業車の発進時の走行負荷度を算定する発進走行負荷算定部と、当該走行負荷度に応じて前記抑制度を調整する走行負荷補償部とが備えられている請求項1から6のいずれか一項に記載の走行駆動制御システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−190912(P2011−190912A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−59566(P2010−59566)
【出願日】平成22年3月16日(2010.3.16)
【出願人】(000001052)株式会社クボタ (4,415)
【Fターム(参考)】