説明

車両の後輪トー角制御装置

【課題】舵角センサ等のセンサが失陥した場合の後輪トー角制御装置のフェールセーフアクションが、車両挙動を乱すことも、運転者に違和感を与えることもなく適切に行われるようにすること。
【解決手段】車両が旋回している状態では、後輪トー角を中立に戻すフェールセーフアクションを行わず、車両が直進走行している場合に限って後輪トー角を中立に戻すフェールセーフアクションを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車両の後輪トー角制御装置に関し、特に、センサ失陥時のフェールセーフに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両において、車体と左右後輪のナックル、ハブキャリア等の車輪側部材とを接続するように設けられた電動アクチュエータを有し、当該電動アクチュエータの伸縮動作により、左右の後輪のトー角を可変設定する後輪トー角制御装置が知られている(特許文献1、2参照)。
【0003】
後輪トー角制御装置は、舵角センサにより検出される前輪の操舵状態や、その他のセンサにより検出される車両の走行状態、挙動に応じて左右後輪のトー角を制御することにより、後輪舵角やトーイン・トーアウトを可変設定し、旋回性能、操縦安定性の向上に寄与する。
【0004】
後輪トー角制御装置は、例えば、舵角センサが失陥した場合のフェールセーフアクションとして、故障確定後に、後輪トー角を中立(トー角ゼロ)に戻す動作を行うことが考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−30438号公報
【特許文献2】特開2008−55921号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
車両旋回中に、トー角を中立に戻すフェールセーフアクションが開始されると、旋回挙動とトー角制御動作とが重畳して車両挙動が不安定になる場合があり、そうでない場合でも運転者が違和感を感じるため、中立に戻す速度を、「十分ゆっくりな速度」に設定する必要がある。
【0007】
しかし、「十分ゆっくりな速度」は、あらゆる走行状況において、安全な速度である必要があり、そのようなフェールセーフアクションとした場合には、後輪トー角を中立に戻るまでに長い時間がかかってしまい、例えば、フェールセーフアクション中に、車両を直進させようとしても、ステアリングホイールが中立位置にある状態で、直進走行することができず、ステアリングホイールの角度が中立位置よりずれたまま直進走行しなければならなくなる。このため、直進走行することに対して運転者が違和感を感じ続けることになる。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、舵角センサ等のセンサが失陥した場合の後輪トー角制御装置のフェールセーフアクションが、車両挙動を乱すことも、運転者に違和感を与えることもなく適切に行われるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明による後輪トー角制御装置は、各種センサの信号に基づいてトー角制御の制御目標値を設定し、当該制御目標値に応じて左右後輪のトー角を可変設定する後輪トー制御装置であって、後輪トー制御に関連するセンサの失陥を判定するセンサ失陥判定手段と、前記センサ失陥判定手段によりセンサ失陥が判定された場合には、失陥していないセンサによって車両が旋回中であるかを判定する旋回判定手段と、前記センサ失陥判定手段によりセンサ失陥が判定され、且つ前記旋回判定手段によって旋回中であると判定された場合には、トー角制御の制御目標値を現状値に維持し、旋回終了後にトー角制御の制御目標値を、左右後輪のトー角を中立に戻す値に設定するフェールセーフ制御手段とを有する。
【0010】
本発明による後輪トー角制御装置は、好ましくは、前記センサ失陥判定手段は、後輪トー制御に関連するセンサとして、前輪の舵角を検出する舵角センサの失陥を判定し、前記旋回判定手段は、ステアリングホイール操作による操舵トルクを検出する操舵トルクセンサと、車体のヨーレイトを検出するヨーレイトセンサと、車体に作用する横加速度を検出する横加速度センサの少なくとも一つの出力信号より、車両が旋回中であるかを判定する。
【発明の効果】
【0011】
本発明による後輪トー角制御装置によれば、車両が旋回している状態では、後輪トー角を中立に戻すフェールセーフアクションが行われず、車両が直進走行している場合に限って後輪トー角を中立に戻すフェールセーフアクションが行われる。この場合、後輪トー角を中立に戻す速度が、ある程度速くても、車両は直進走行しているので車両挙動を乱すことがない。このようなことから、操舵角センサ等のセンサが失陥した場合の後輪トー角制御装置のフェールセーフアクションが、車両挙動を乱すことも、運転者に違和感を与えることもなく適切に行われるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明による後輪トー角制御装置が適用される四輪自動車の一つの実施例を示す全体構成図。
【図2】本実施例による後輪トー角制御装置の制御系を示すブロック線図。
【図3】本実施例による後輪トー角制御装置の処理ルーチンを示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明による後輪トー角制御装置の実施例を、図1〜図3を参照して説明する。
【0014】
まず、本発明による後輪トー角制御装置が適用される四輪自動車を、図1を参照して説明する。
【0015】
本実施例の四輪自動車1は、左右の前輪4L、4Rと、左右の後輪6L、6Rとを有する。前輪4L、4Rは、各々、タイヤ3L、3Rを装着され、左右のフロントサスペンション7L、7Rによって車体2により懸架され、ナックル9L、9Rによって車体2に対して転向自在に取り付けられている。後輪6L、6は、各々、タイヤ5L、5Rを装着され、左右のリヤサスペンション8L、8Rによって車体2により懸架され、ナックル21L、21Rによって車体2に対して転向自在に取り付けられている。
【0016】
四輪自動車1は、ステアリングホイール11の操舵によって左右の前輪4L、4Rを直接的に転舵操作する前輪操舵装置10を備えている。前輪操舵装置10は、ステアリングホイール11に連結されたステアリングシャフト12と、ステアリングシャフト12に取り付けられたピニオン13と、ピニオン13に噛合する歯部を有して車幅方向に往復動可能に設けられたラック軸14とを有する。ラック軸14の両端はタイロッド15によって左右のナックル9L、9Rに連結されている。左右の前輪4L、4Rは、ステアリングホイール11の回転操作によってラック軸14が車幅方向に移動することにより、転舵(転向)される。
【0017】
ステアリングシャフト12には前輪4L、4Rの実操舵角に相当するステアリングホイール11の回転角である操舵角を検出する操舵角センサ51が設けられている。以降、操舵角センサ51は、前輪実操舵角を示すセンサ信号を出力するものとする。また、ステアリングシャフト12には運転者によるステアリングホイール11の操作によってステアリングシャフト12に作用するトルク、つまり操舵トルクを検出する操舵トルクセンサ53が設けられている。
【0018】
四輪自動車1は、一端を車体2に連結され、他端を左側の後輪6Lのナックル21Lに連結された左側のトー角制御用の電動アクチュエータ40Lと、一端を車体2に連結され、他端を右側の後輪6Rのナックル21Rに連結された右側のトー角制御用の電動アクチュエータ40Rとを有する。左右の電動アクチュエータ40L、40Rは、電動モータ(DCモータ)と送りねじとにより構成され、電動モータの回転を送りねじによって直線運動に変換し、送りねじの直線運動により伸縮動作し、伸縮量に応じて左右の後輪6L、6Rのトー角を個別に独立して変化させる。
【0019】
電動アクチュエータ40L、40Rには、電動アクチュエータ40L、40Rの実ストローク量を検出するストロークセンサ52L、52Rが取り付けられている。
【0020】
四輪自動車1には、車速を検出する車速センサ54と、ヨーレイトを検出するヨーレイトセンサ55と、アクセルペダルの踏込量を検出するアクセルセンサ56と、ブレーキペダルの踏込量を検出するブレーキセンサ57と、車体2に作用する横加速度を検出する横加速度センサ(横Gセンサ)58と、各々設置されている。
【0021】
左右の電動アクチュエータ40L、40Rは、後輪操舵制御装置(ECU)100によって制御される。後輪操舵制御装置100は、マイクロコンピュータを含む電子制御式のものであり、上述の各センサが出力するセンサ信号を取り込む入力インタフェース部21と、制御目標トー角演算部22と、制御偏差演算部23と、操作量演算部24と、駆動電流出力部25と、出力インタフェース部26と、故障診断部27と、旋回判定部28と、フェールセーフ処理部29とを有する。
【0022】
制御目標トー角演算部22は、通常時制御として、乗員の運転操作量と車両の運動状態量、本実施例では、操舵角センサ51により検出された前輪実操舵角、車速センサ52により検出された車速、ヨーレイトセンサ55により検出されたヨーレイト、アクセルセンサ56により検出されたアクセルペダル踏込量、ブレーキセンサ57により検出されたブレーキペダル踏込量横Gセンサ58により検出された横加速度をパラメータとして、予め設定された後輪トー角制御則に従って左右後輪6L、6Rのトー角制御の目標値を個々に演算する。制御目標トー角演算部22は、左右後輪6L、6Rのトー角制御目標値を各々左右の電動アクチュエータ40L、40Rの制御目標ストローク量に換算する。
【0023】
制御偏差演算部23は、制御目標トー角演算部22によって演算された左右の電動アクチュエータ40L、40Rの制御目標ストローク量と、ストロークセンサ52L、52Rより検出された電動アクチュエータ40L、40Rの実ストローク量との差である制御偏差を、各電動アクチュエータ40L、40R毎に演算する。
【0024】
操作量演算部24は、制御偏差演算部23で算出された左右の電動アクチュエータ40L、40Rの制御偏差が各々ゼロに近づくように、所定ゲインによる比例制御等によって電動アクチュエータ40L、40Rの操作量を個々に演算する。
【0025】
これにより、左右後輪6L、6Rのトー角が制御目標値のトー角になる追従制御が行われる。この追従制御として、左右の電動アクチュエータ40L、40Rを相互に対称的に変位させることにより、左右後輪6L、6Rのトーイン/トーアウトを、適宜な条件の下に自由に選択設定することができる。この他、左右の電動アクチュエータ40L、40Rの一方を伸ばして他方を縮めれば、左右後輪6L、6Rを左右に転舵することも可能である。具体例として、各種センサによって把握される車両の運動状態に基づき、加速時には後輪6L、6Rをトーアウトに、制動時には後輪6L、6Rをトーインに変化させ、また高速走行旋回時には後輪6L、6Rを前輪舵角と同相に、低速走行旋回時には後輪6L、6Rを前輪舵角と逆相にトー角制御(転舵)して、操縦性を高める後輪トー角制御を行うことができる。
【0026】
故障診断部27は、センサ失陥判定手段をなし、入力インタフェース部21にセンサ信号を送って後輪トー制御に関連するセンサ、例えば、前輪4L、4Rの舵角を検出する操舵角センサ51の故障診断を所定の故障診断アルゴリズムに従って行い、操舵角センサ51の失陥を判定する。
【0027】
旋回判定部28は、故障診断部27によって操舵角センサ51の失陥が判定された場合に起動され、失陥していない車載のセンサによって車両が旋回中であるかを判定する。車両旋回中であることを判定するセンサとしては、本実施例では、操舵トルクセンサ53、ヨーレイトセンサ55、横Gセンサ58が挙げられる。この場合の旋回判定は、センサ出力の絶対値がセンサの種類により決まる閾値を超えているか否かの判定により行うことができる。
【0028】
フェールセーフ処理部29は、フェールセーフ制御手段であり、操舵角センサ51の失陥が判定され、且つ旋回判定部28によって旋回中であると判定された場合には、トー角制御の制御目標値を現状値に維持し、旋回終了後にトー角制御の制御目標値を、左右後輪のトー角を中立に戻す値に設定する指示を制御目標トー角演算部22に出力する。
【0029】
これにより、操舵角センサ51の失陥が判定されても、車両が旋回している状態では、後輪トー角を中立に戻すフェールセーフアクションが行われず、後輪トー角が現状維持される。その後、車両が直進走行状態になれば、後輪トー角を中立に戻すフェールセーフアクションが行われる。
【0030】
フェールセーフアクションは、車両が直進走行して場合に限って行われるので、後輪トー角を中立に戻す速度が、ある程度速くても、車両挙動を乱すことがない。このようなことから、操舵角センサ51が失陥した場合の後輪トー角制御装置のフェールセーフアクションが、車両挙動を乱すことも、運転者に違和感を与えることもなく適切に行われるようになる。
【0031】
本実施例による後輪トー角制御装置の処理ルーチンを、図3を参照して説明する。当該処理ルーチンは、所定時間毎の割り込みルーチンとして呼び出される。
【0032】
まず、各センサよりセンサ信号を入力する(ステップS11)。
【0033】
つぎに、操舵角センサ51の故障診断を行い、操舵角センサ51が失陥しているか否の判別を行う(ステップS12)。操舵角センサ51が失陥していなければ、予め設定された後輪トー角制御則に従って通常のトー角制御処理を行う(ステップS13)。
【0034】
操舵角センサ51が失陥していれば、つぎに、車両旋回中であるか否かの判別を行う(ステップS14)。車両旋回中であるか否かの判別は、失陥していない車載センサで、車両旋回中であることを判定できるセンサである操舵トルクセンサ53、ヨーレイトセンサ55、あるいは横Gセンサ58の出力値と閾値との比較により行うことができる。
【0035】
車両旋回中であれば、後輪トー角を現状維持し、後輪トー角を中立に戻すフェールセーフアクションを行わない(ステップS15)。
【0036】
これに対し、車両旋回中でない場合あるいは車両旋回が終了して直進走行になれば、後輪トー角を中立に戻すフェールセーフアクションを行う(ステップS16)。
【符号の説明】
【0037】
6L、6R 左右後輪
22 制御目標トー角演算部
23 制御偏差演算部
24 操作量演算部
27 故障診断部
28 旋回判定部
29 フェール処理部
40L、40R 電動アクチュエータ
51 操舵角センサ51
52L、52R ストロークセンサ
53 操舵トルクセンサ
54 車速センサ
55 ヨーレイトセンサ
56 アクセルセンサ
57 ブレーキセンサ
58 横加速度センサ(横Gセンサ)
100 後輪操舵制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
各種センサの信号に基づいてトー角制御の制御目標値を設定し、当該制御目標値に応じて左右後輪のトー角を可変設定する後輪トー制御装置であって、
後輪トー制御に関連するセンサの失陥を判定するセンサ失陥判定手段と、
前記センサ失陥判定手段によりセンサ失陥が判定された場合には、失陥していないセンサによって車両が旋回中であるかを判定する旋回判定手段と、
前記センサ失陥判定手段によりセンサ失陥が判定され、且つ前記旋回判定手段によって旋回中であると判定された場合には、トー角制御の制御目標値を現状値に維持し、旋回終了後にトー角制御の制御目標値を、左右後輪のトー角を中立に戻す値に設定するフェールセーフ制御手段と、
を有する後輪トー角制御装置。
【請求項2】
前記センサ失陥判定手段は、後輪トー制御に関連するセンサとして、前輪の舵角を検出する舵角センサの失陥を判定し、
前記旋回判定手段は、ステアリングホイール操作による操舵トルクを検出する操舵トルクセンサと、車体のヨーレイトを検出するヨーレイトセンサと、車体に作用する横加速度を検出する横加速度センサの少なくとも一つの出力信号より、車両が旋回中であるかを判定する請求項1記載の後輪トー角制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−234841(P2010−234841A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−82321(P2009−82321)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】