説明

遊星歯車用回転支持装置及びその製造方法

【課題】 負荷容量の大きな総ニードル軸受を採用し、しかも動トルクを低減して、遊星歯車式変速機の高回転化を可能にできる構造を実現する。
【解決手段】 遊星歯車3を支持軸4の周囲に、保持器を持たない総ニードル型のラジアルニードル軸受6により回転自在に支持する。このラジアルニードル軸受6を構成する各ニードル9、9の外周面に、固体潤滑剤製で厚さが0.05〜8μmの潤滑被膜を形成する。この構成により、ニードル9、9の本数を確保しつつ、円周方向に隣り合うニードル9、9の転動面同士が強く擦れ合う事を防止して、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば自動車用自動変速機やトランスアスクルを構成する遊星歯車装置に組み込まれる遊星歯車をキャリアに対して回転自在に支持する為の遊星歯車用回転支持装置及びその製造方法の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用自動変速機を構成する遊星歯車装置が従来から、例えば特許文献1〜4等、多くの刊行物に記載されて、広く知られている。この従来から知られた遊星歯車装置は、例えば図1〜2に示す様に、外周面に歯1aを形成した太陽歯車1と、この太陽歯車1と同心に配置され、内周面に歯2aを形成したリング歯車2との間に、複数個(一般的には3〜4個)の遊星歯車3、3を、円周方向に関して等間隔に配置している。そして、これら複数個の遊星歯車3、3の外周面に形成した歯3aを、上記両歯1a、2aに噛合させている。
【0003】
上記複数個の遊星歯車3、3は、それぞれキャリア5に設けた支持軸4の周囲に、ラジアルニードル軸受6により、回転自在に支持している。このラジアルニードル軸受6を構成する為に、上記支持軸4の中間部外周面を円筒状の内輪軌道7とし、上記遊星歯車3の内周面を円筒状の外輪軌道8としている。そして、これら内輪軌道7と外輪軌道8との間に複数本のニードル9、9を転動自在に設けて、上記ラジアルニードル軸受6を構成している。一般的にこのラジアルニードル軸受6は、保持器を持たない、所謂総ニードル軸受としている。この理由は、上記内輪軌道7と上記外輪軌道8との間に組み込むニードル9、9の本数を多くして、上記ラジアルニードル軸受6の負荷容量を確保し、遊星歯車装置により伝達可能な動力を大きくする為である。
【0004】
ところが、上記ラジアルニードル軸受6を総ニードル軸受とした場合、円周方向に隣り合うニードル9、9の転動面同士が、直接接触する。これら各ニードル9、9は、上記内輪軌道7と上記外輪軌道8との間で自転しつつ公転するが、円周方向に隣り合うニードル9、9の転動面同士が接触する部分では、自転に基づく変位方向が互いに逆になる。従って、これら円周方向に隣り合うニードル9、9の転動面同士が接触する部分では、大きな滑り摩擦が発生する。
【0005】
特に、遊星歯車式変速機の遊星歯車用回転支持装置の場合、上記各ニードル9、9には遊星歯車3の公転運動に伴う遠心力が加わり、これら各ニードル9、9が、キャリア5の径方向外側に変位する傾向になる。従って、上記円周方向に隣り合うニードル9、9の転動面同士の滑り接触部の面圧も、或る程度大きくなる。この為、この滑り接触部で、摩擦損失の大きさに大きな影響を及ぼす、接触面圧Pと滑り速度Vとの積である、所謂PV値が大きくなる。この結果、上記ラジアルニードル軸受6の動トルク(回転時の動力損失)が大きくなり、このラジアルニードル軸受6に支持された上記遊星歯車3を組み込んだ遊星歯車式変速機の高速化が難しくなる。この為従来は、遊星歯車式変速機の高速化を図る為には、遊星歯車を支持する為のラジアルニードル軸受として、保持器を組み込んだものを使用する事が考えられている。保持器を組み込んだラジアルニードル軸受の場合、円周方向に隣り合うニードルの転動面同士が擦れ合う事がない為、動トルクを低減できる代わりに、組み込み可能なニードルの数が少なくなり、ラジアルニードル軸受の負荷容量が低くなって、遊星歯車装置により伝達可能な動力を大きくする事が難しくなる。
【0006】
【特許文献1】特開平11−270661号公報
【特許文献2】特開2002−235841号公報
【特許文献3】実願平4−10627号(実開平5−62729号)のCD−ROM
【特許文献4】実公平7−52997号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上述の様な事情に鑑み、負荷容量の大きな総ニードル軸受を採用し、しかも動トルクを低減して遊星歯車式変速機の高回転化を可能にできる遊星歯車用回転支持装置及びその製造方法を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の対象となる遊星歯車用回転支持装置は、遊星歯車式変速機を構成する遊星歯車をキャリアに設けた支持軸の周囲に回転自在に支持する為、この支持軸の外周面に設けられた円筒状の内輪軌道と上記遊星歯車の内周面に設けられた円筒状の外輪軌道との間に複数本のニードルを、保持器に保持する事なく転動自在に設けている。
特に、本発明の遊星歯車用回転支持装置に於いては、上記各ニードルの外周面に、固体潤滑剤製で厚さが0.05〜8μmの潤滑被膜を形成している。
【0009】
又、本発明の遊星歯車用回転支持装置の製造方法は、上記潤滑被膜を形成するのに、請求項3に記載した様に、上記固体潤滑剤の微粒子をショット・ピーニングにより、上記各ニードルの外周面に衝突させる。潤滑被膜をこの様にして形成すれば、強固な潤滑被膜を得られて、上記各ニードルの外周面をこの潤滑被膜により、長期間に亙って覆う事ができる。
尚、上述の様なショット・ピーニングによる潤滑被膜を含めて、本発明の潤滑被膜を形成する為の固体潤滑剤の種類は、必要とする耐熱性、耐油性(ATフルード等の油により変質しない事)を確保できるものであれば特に問わない。例えば、錫、錫合金、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化硼素、ポリエチレン、PTFE等のフッ素系樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアセタール樹脂、ポリオレフィン系樹脂、ポリエステル系樹脂、金属石鹸、黒鉛、弗化カルシウム、弗化バリウム、銅系合金等が使用可能である。
上述の様な固体潤滑剤の微粒子を上記各ニードルの外周面に、強く吹き付ければ、この固体潤滑剤の微粒子が、これら各ニードルを構成する母材(軸受鋼等の硬質金属材料)中に食い込む様にして、強固な潤滑被膜を形成する。
【発明の効果】
【0010】
上述の様に構成する本発明の遊星歯車用回転支持装置によれば、支持軸の周囲に遊星歯車を回転自在に支持する為のラジアルニードル軸受として、負荷容量の大きな総ニードル軸受を採用し、しかも動トルクを低減して、遊星歯車式変速機の高回転化を可能にできる。即ち、各ニードルの転動面には、摩擦係数の小さい固体潤滑剤製の潤滑被膜が形成されているので、円周方向に隣り合うニードルの転動面同士が擦れ合っても、擦れ合い部で生じる摩擦が小さくて済む。この結果、上記ラジアルニードル軸受の動トルク(回転抵抗)を小さく抑えて、上記遊星歯車式変速機の高回転化が可能になる。
【0011】
尚、上記潤滑被膜の厚さを0.05〜8μmの範囲に規制した理由は、十分な摩擦低減効果を得られ、しかも優れた耐久性を有する潤滑被膜を得る為である。上記厚さが0.05μm未満の場合には、上記擦れ合い部の摩擦低減効果を殆ど期待できない。これに対して、上記厚さが8μmを越えると、上記潤滑被膜の一部に、局所的に凝集した部分が形成され、この潤滑被膜が当該部分から剥れ易くなり、この潤滑被膜の寿命を確保する事が難しくなる。これに対して、上記厚さを0.05〜8μmの範囲に規制すれば、十分な摩擦低減効果を得られ、しかも優れた耐久性を有する潤滑被膜を得られる。
尚、この様な潤滑被膜は、上述した本発明の製造方法により、容易に、且つ、安定して造る事ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
上述の様な本発明を実施する場合に好ましくは、請求項2に記載した様に、各ニードルの外周面と潤滑被膜の内周面との接合面に、互いに密に嵌合する多数の微小凹凸を形成する。又、この接合面に互いに密に嵌合する多数の微小凹凸を形成する為には、請求項4に記載した様に、各ニードルの外周面に予め多数の微小凹部を形成してから固体潤滑剤の微粒子をショット・ピーニングにより各ニードルの外周面に衝突させて潤滑被膜を形成する。
この場合に形成する微小凹部の深さは、0.1〜5μm程度が適切である。上記潤滑被膜は、これら各微小凹部を埋める様に、母材の表面を被覆する。
この様な構成を採用すれば、上記潤滑被膜と上記母材との結合強度をより一層向上させて、上記面に被覆した潤滑被膜を長期間に亙って残留させる事ができ、円周方向に隣り合うニードルの転動面同士の擦れ合い部で生じる摩擦の低減を、長期間に亙って有効に図れる。
即ち、上記各ニードルの外周面に潤滑被膜を形成する際に、これら各ニードルの外周面に微小凹部が存在すれば、これら各微小凹部に固体潤滑剤を充填しつつ上記潤滑被膜を形成できて、潤滑被膜と微小凹部との機械的係合に基づくアンカ効果により、(平滑な表面に潤滑被膜を被覆する場合と比較して)上記潤滑被膜と上記母材との結合強度を格段に向上させる事ができる。そして、この潤滑被膜による上記摩擦低減効果を、より長期間に亙って有効に図れる。
【0013】
尚、この様な作用・効果を得る為には、上記各微小凹部の深さを0.1μm以上確保する事が必要である。これに対して、これら各微小凹部の深さが5μmを超えると、上記作用・効果が飽和するだけでなく、これら各微小凹部を埋めて、潤滑被膜の表面粗さを適正にする為に母材の表面に被覆すべき固体潤滑剤の量が多くなり、この潤滑被膜を形成する為に要するコストが徒に嵩む。
そこで、好ましくは上記微小凹部の深さを、0.1μm以上、5μm以下とする。尚、これら各微小凹部を形成する作業は、ショット・ピーニング、或いはバレル加工により行なう。ショット・ピーニングにより行なう場合に使用するメディアとしては、鋼球、ガラスビーズ等、一般的なものを使用できる。
【実施例】
【0014】
本発明の効果を確認する為に行なった実験に就いて説明する。この実験では、図2に示す様な遊星歯車式変速機を構成する遊星歯車3を、キャリア5に設けた支持軸4の周囲に回転自在に支持する為の、総ニードル型のラジアルニードル軸受6に関して、総てのニードル9、9の外周面(実際には全表面)に固体潤滑剤製の潤滑被膜を形成した場合と、全く形成しない場合とに就いて、耐久性(寿命)を測定した。尚、各ニードル及び支持軸の材質は、総て、高炭素クロム軸受鋼2種(SUJ2)とした。又、何れの場合でもラジアルニードル軸受には、支持軸内に設けた通油孔を通じて、粘度グレードがVG7の潤滑油を供給した。油温は、常温と180℃との間で変化させた。更に、上記遊星歯車3の回転速度に就いては、公転速度を4000〜10000min-1 の範囲で、自転速度を5000〜30000min-1 の範囲で、それぞれ変化させた。実験に供したラジアルニードル軸受の仕様は、次の通りである。総ニードル型のラジアルニードル軸受6に関する限り、潤滑被膜の有無以外の条件は総て同じである。
【0015】
仕様1(総ニードル型のラジアルニードル軸受6)
支持軸4の外径(内輪軌道の直径) : 17.83mm
遊星歯車3の内径(外輪軌道の直径) : 25.838mm
各ニードル9、9の直径 : 3.996mm(本発明に属する、外周面に潤滑被膜を形成したニードルに関しては、この潤滑被膜を除いた、母材部分の直径)
各ニードル9、9の長さ : 14mm
ニードル9、9の数 : 17個×2(複列仕様、列間にスペーサを配置)
潤滑被膜 : 固体潤滑剤の種類=Sn、膜厚=2μm(5000倍のSEM像で10視野観察して測定)
【0016】
仕様2(比較の為に使用した、保持器付のラジアルニードル軸受)
支持軸の外径(内輪軌道の直径) : 17.83mm(上記仕様1と同じ)
遊星歯車の内径(外輪軌道の直径) : 25.838mm(上記仕様1と同じ)
各ニードルの直径 : 3.996mm(上記仕様1と同じ)
各ニードルの長さ : 12.3mm(保持器を設ける分上記仕様1よりも短い)
ニードルの数 : 12個×2(複列仕様、保持器を設ける分上記仕様1よりも少ない)
【0017】
この様な条件で行なった実験の結果、仕様1で、各ニードル9、9の外周面に潤滑被膜を形成していないラジアルニードル軸受6の場合には、公転速度が7000min-1 、自転速度が7400min-1 に達した状態で焼き付いた。これに対して、仕様2の、保持器付のラジアルニードル軸受は公転速度が9000min-1 、自転速度が11000min-1 の条件下で、24時間、支障なく回転した。又、短時間であれば、公転速度及び自転速度を上記速度よりも速くできた。この様な実験結果から明らかな通り、一般的な(外周面に潤滑被膜を形成していないニードル9、9を使用した)総ニードル型のラジアルニードル軸受6は、円周方向に隣り合うニードル9、9の転動面同士が強く擦れ合う為、高速回転には不向きである。一方、外周面に潤滑被膜を形成したニードル9、9を使用した(本発明の技術的範囲に属する)総ニードル型のラジアルニードル軸受6の場合には、上記保持器付のラジアルニードル軸受の場合と同様に、公転速度が9000min-1 、自転速度が11000min-1 の条件下で、24時間、支障なく回転した。この様な実験結果から、各ニードル9、9の外周面に固体潤滑剤製の潤滑被膜を形成する事で、保持器付のラジアルニードル軸受と同等の高速運転が可能である事を確認できた。
【0018】
ところで、支持軸の周囲に遊星歯車を回転自在に支持する為のラジアルニードル軸受全体としてのサイズ(内輪軌道及び外輪軌道の直径並びに軸方向寸法)を同じとして、保持器付のラジアルニードル軸受の動定格荷重と、総ニードル型のラジアルニードル軸受の動定格荷重とを比較した場合、総ニードル型のラジアルニードル軸受の動定格荷重の方が大きくなる。即ち、総ニードル型のラジアルニードル軸受は、ニードル9、9の数が、保持器付のラジアルニードル軸受よりも多い事から、例えば、前記仕様1、2の条件下では、総ニードル型のラジアルニードル軸受の動定格荷重は、保持器付のラジアルニードル軸受の動定格荷重の1.44倍となる。即ち、寿命指数{(P/C)10/3}で見た場合には、総ニードル型のラジアルニードル軸受の寿命指数は、保持器付のラジアルニードル軸受の寿命指数の3.34倍の長寿命となる。
【0019】
以上の様に、各ニードル9、9の外周面に固体潤滑剤製の潤滑被膜を形成した総ニードル型のラジアルニードル軸受を使用する、本発明の遊星歯車用回転支持装置によれば、保持器付のラジアルニードル軸受と同等の高速回転が可能であり、しかも保持器付のラジアルニードル軸受を使用した場合に比べて優れた耐久性を得られる。又、コスト的にも、各ニードルの外周面に固体潤滑剤製の潤滑被膜を形成する場合の方が、保持器を組み込む場合に比べて低コストで造れる。要するに、本発明によれば、高速運転が可能でしかも優れた耐久性を有する遊星歯車用回転支持装置を低コストで得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の対象となる遊星歯車用回転支持装置を組み込んだ遊星歯車式変速機の1例を軸方向から見た状態で示す断面図。
【図2】図1の拡大A−A断面図。
【符号の説明】
【0021】
1 太陽歯車
1a 歯
2 リング歯車
2a 歯
3 遊星歯車
3a 歯
4 支持軸
5 キャリア
6 ラジアルニードル軸受
7 内輪軌道
8 外輪軌道
9 ニードル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
遊星歯車式変速機を構成する遊星歯車をキャリアに設けた支持軸の周囲に回転自在に支持する為、この支持軸の外周面に設けられた円筒状の内輪軌道と上記遊星歯車の内周面に設けられた円筒状の外輪軌道との間に複数本のニードルを、保持器に保持する事なく転動自在に設けた遊星歯車用回転支持装置に於いて、これら各ニードルの外周面に、固体潤滑剤製で厚さが0.05〜8μmの潤滑被膜を形成した事を特徴とする遊星歯車用回転支持装置。
【請求項2】
各ニードルの外周面と潤滑被膜の内周面との接合面に、互いに密に嵌合する多数の微小凹凸が形成されている、請求項1に記載した遊星歯車用回転支持装置。
【請求項3】
請求項1に記載した遊星歯車用回転支持装置を造るのに、固体潤滑剤の微粒子をショット・ピーニングにより各ニードルの外周面に衝突させて潤滑被膜を形成する、遊星歯車用回転支持装置の製造方法。
【請求項4】
請求項2に記載した遊星歯車用回転支持装置を造るのに、各ニードルの外周面に予め多数の微小凹部を形成してから固体潤滑剤の微粒子をショット・ピーニングにより各ニードルの外周面に衝突させて潤滑被膜を形成する、遊星歯車用回転支持装置の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−234086(P2006−234086A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−50709(P2005−50709)
【出願日】平成17年2月25日(2005.2.25)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】