説明

金属試料の窒素濃度分析方法および窒素濃度分析装置

【課題】窒素濃度の高精度な分析を可能にする金属材料の窒素濃度分析方法および窒素濃度分析装置を提供する。
【解決手段】窒素濃度分析装置10は、収容室11、一次イオン照射装置12、中和電子照射装置13、連通管14、飛行室15および二次イオン検出装置16を有する。収容室11には、金属試料17が収容される。金属試料17の表面には、炭素系物質が付着している。一次イオン照射装置12から金属試料17の表面に向けてパルス状の一次イオンが照射される。これにより、金属試料17からシアン化物イオンが放出される。金属試料17から放出されたシアン化物イオンは、二次イオン検出装置16において二次イオンとして検出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属試料に一次イオンを照射して二次イオンを発生させて、その二次イオンを検出することにより窒素濃度を分析する窒素濃度分析方法および窒素濃度分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料に含有される窒素は、金属材料の硬度および応力分布等に大きく影響を与える。そのため、金属材料を用いる場合には、窒素濃度および窒素の分布状態を分析することが重要である。
【0003】
一般に、金属材料中の窒素濃度は、電子プローブマイクロアナライザー(以下、EPMAと略記する。)を用いて分析される。このEPMAを用いた窒素濃度分析では、約0.1mass%〜0.5mass%を検出下限として金属材料(金属試料)中の窒素濃度を検出することができる。しかしながら、金属材料の硬度等に影響を与え得る窒素濃度は、0.1mass%よりも大幅に低い値であることが知られている。そのため、より高精度な窒素濃度の分析を可能とする技術が望まれている。
【0004】
材料中の元素濃度を分析する他の方法としては、二次イオン質量分析計(以下、SIMSと略記する。)を用いた方法がある。例えば、特許文献1に記載されている二次イオン質量分析法では、試料の表面に一次イオンを照射して二次イオンを発生させて、その二次イオンを検出することにより試料に含有される不純物の分析を行っている。また、特許文献1には、一次イオンとは別に酸素を含むイオンを試料に注入または照射することにより二次イオンの収率が向上することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭63−282641号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、窒素はイオン化しにくい元素なので、検出される窒素イオンが正イオンであっても負イオンであっても、窒素を二次イオンとして高感度で検出することは、他の元素のイオンに比べて著しく困難である。そのため、金属材料に含有される窒素濃度を特許文献1に記載されている方法によって高感度で分析することは困難である。また、金属材料に酸素を含むイオンを注入または照射しても、二次イオンとしての窒素イオンの収率を向上させることはできない。
【0007】
本発明の目的は、窒素の高感度な分析を可能にする金属材料の窒素濃度分析方法および窒素濃度分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下に示す第1〜第3の発明を要旨とする。
【0009】
第1の発明に係る窒素濃度分析方法は、金属試料の表面に炭素系物質を付着させる工程と、金属試料の炭素系物質が付着した領域に一次イオンを照射する工程と、一次イオンの照射に基づいて発生するシアン化物イオン(CN)を二次イオンとして検出する工程とを含むものである。
【0010】
この窒素濃度分析方法においては、炭素系物質が付着した金属試料に一次イオンが照射されると、金属試料中の窒素がシアン化物イオン(CN)として検出される。これは、窒素がN(中性原子)で放出され、炭素イオン(C)との再結合によりシアン化物イオン(CN)として検出されると考えられる。これにより、金属試料中の窒素濃度の高感度な分析が可能になる。
【0011】
炭素系物質を付着させる工程は、金属試料の表面に炭素を蒸着する工程、金属試料の表面に電子ビームを照射する工程、又は金属試料の表面にフラーレンイオンを照射する工程を含んでもよい。
【0012】
第2の発明に係る窒素濃度分析方法は、金属試料の表面にフラーレンイオンを照射する工程と、金属試料のフラーレンイオンが付着した領域に一次イオンを照射する工程とを順次繰り返し、一次イオンの照射に基づいて発生するシアン化物イオン(CN)を二次イオンとして検出するものである。
【0013】
この窒素濃度分析方法においては、フラーレンイオンが付着した金属試料に一次イオンが照射されるので、金属試料中の窒素がシアン化物イオンとして検出される。それにより、金属試料中の窒素の高感度な分析が可能になる。また、フラーレンイオンの照射および一次イオンの照射が順次繰り返されるので、十分な量のシアン化物イオンを確実に発生させることができる。それにより、窒素濃度のより高精度な分析が可能になる。
【0014】
フラーレンイオンを照射する工程および一次イオンを照射する工程を同一のフラーレンイオン照射手段によって行ってもよい。この窒素濃度分析方法においては、フラーレンイオン照射手段から照射されるフラーレンイオンを一次イオンとして用いることができる。すなわち、金属試料へのフラーレンイオンの付着および一次イオンの照射が共通のフラーレンイオン照射手段によって実施される。したがって、金属試料にフラーレンイオンを付着するための手段と一次イオンを照射するための手段とを別個に設ける必要がない。この場合、窒素濃度分析の構成を簡略化することができるので、窒素濃度分析装置の製造コストを低減できる。また、金属試料にフラーレンイオンを付着させつつ二次イオンを発生させることができるので、短時間で金属試料の窒素濃度分析を行うことができる。
【0015】
第3の発明に係る窒素濃度分析装置は、金属試料を収容する収容室と、収容室に収容された金属試料の表面に炭素系物質を付着させる炭素系物質付着手段と、炭素系物質が付着した金属試料に一次イオンを照射する一次イオン照射手段と、一次イオンの照射に基づいて発生するシアン化物イオンを二次イオンとして検出する二次イオン検出手段とを備えるものである。
【0016】
この窒素濃度分析装置においては、炭素系物質付着手段により、収容室に収容された金属試料の表面に炭素系物質が付着される。そして、その炭素系物質が付着した金属試料に一次イオン照射手段により一次イオンが照射される。それにより、金属試料中の窒素がシアン化物イオンとして生成される。生成されたシアン化物イオンは、二次イオン検出手段により検出される。ここで、シアン化物イオン(CN)は窒素イオン(N)に比べて二次イオン強度が著しく高い。したがって、本発明に係る窒素濃度分析装置によれば、十分な量のシアン化物イオンを二次イオンとして検出することができる。それにより、金属試料中の窒素濃度の高精度な分析が可能になる。
【0017】
炭素系物質付着手段は、蒸着装置、電子ビーム照射装置、又はフラーレンイオン照射装置であってもよい。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、金属中の窒素を十分な量のシアン化物二次イオンとして検出することができるので、金属試料中の窒素濃度の高精度な分析が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】窒素濃度分析装置の例を示す構成図である。
【図2】本実施の形態に係る窒素濃度分析方法の例を示すフローチャートである。
【図3】窒素濃度分析装置の他の例を示す図である。
【図4】窒素濃度分析装置のさらに他の例を示す図である。
【図5】質量分析結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態に係る金属試料の窒素濃度分析方法および窒素濃度分析装置について説明する。
【0021】
1.第1の実施の形態
図1は、本実施の形態に係る窒素濃度分析方法において用いられる窒素濃度分析装置の例を示す構成図である。なお、以下の説明においては、窒素濃度分析装置として飛行時間型二次イオン質量分析計(以下、TOF−SIMSと略記する。)を例にとって、本発明の実施形態を詳しく述べる。
【0022】
図1に示すように、窒素濃度分析装置10は、例えば、収容室11、一次イオン照射装置12、中和電子照射装置13、連通管14、飛行室15および二次イオン検出装置16を有する。収容室11には、金属試料17が収容される。一次イオン照射装置12および中和電子照射装置13は、収容室11に設けられている。収容室11と飛行室15とは、連通管14によって連通されている。飛行室15内には、二次イオンを旋回させるための静電アナライザー18が設けられている。
【0023】
一次イオン照射装置12からは、例えば、金属試料17の表面に向けてパルス状の一次イオンが照射される。これにより、金属試料17の表面において二次イオンが発生する。一次イオンとしては、例えば、ガリウムイオン(Ga)またはビスマスイオン(Bi++)等を用いることができる。二次イオンの詳細は後述する。
【0024】
金属試料17において発生した二次イオンは、連通管14を介して飛行室15へ飛行する。そして、その二次イオンは、飛行室15内において静電アナライザー18を通過することにより約270°旋回した後、二次イオン検出装置16によって検出される。
【0025】
次に、上記の窒素濃度分析装置10を用いた窒素濃度分析方法について説明する。図2は、本実施の形態に係る窒素濃度分析方法を示すフローチャートである。
【0026】
図2に示すように、本実施の形態に係る窒素濃度分析方法においては、まず、金属試料の表面に炭素系物質が付着される(ステップS1)。炭素系物質は、例えば、蒸着によって金属試料の表面に付着させてもよく、高真空雰囲気中で電子ビームを金属試料の表面に照射することによって金属試料の表面に付着させてもよい。蒸着法としては、抵抗加熱法または電子ビーム法等の種々の方法を利用することができる。また、電子ビームを金属試料の表面に照射する場合には、走査型電子顕微鏡(SEM)等を利用することができる。金属試料に付着される炭素系物質としては、例えば、真空蒸着用カーボン材料等を用いることができる。
【0027】
次に、炭素系物質付着後の金属試料が窒素濃度分析装置の収容室(図1の符号11)に収容され、その金属試料の表面に一次イオン照射装置(図1の符号12)から一次イオンが照射される(ステップS2)。これにより、金属試料において二次イオンが発生する。ここで、本実施の形態においては、上述のように金属試料の表面に予め炭素系物質が付着されているので、金属試料中の窒素はシアン化物イオン(CN)を生成する。
【0028】
次に、上記ステップS2の処理により金属試料において発生した二次イオン(シアン化物イオン)が二次イオン検出装置(図1の符号16)によって検出される(ステップS3)。この検出結果に基づいて、金属試料の窒素濃度および窒素の分布状態が分析される(ステップS4)。
【0029】
窒素濃度分析においては、金属試料の表面から所定の深さ(二次イオンとしてのシアン化物イオンの検出量が安定する位置)において質量分析を開始することが好ましい。この場合、金属試料の付着物質等(雰囲気中の炭素等)の影響を排除することができるので、より正確な窒素濃度分析が可能となる。
【0030】
上記実施の形態においては、窒素濃度分析装置10とは別個の装置である蒸着装置または走査型電子顕微鏡等を用いて金属試料の表面に炭素を付着させているが、窒素濃度分析装置10と蒸着装置とが一体的に構成されていてもよく、金属試料に電子ビームを照射するための装置(例えば、電子銃)が窒素濃度分析装置10に設けられていてもよい。
【0031】
2.第2の実施の形態
第2の実施の形態に係る窒素濃度分析方法が第1の実施の形態に係る窒素濃度分析方法と異なるのは以下の点である。
【0032】
図3は、第2の実施の形態に係る窒素濃度分析方法において用いられる窒素濃度分析装置を示す図である。図3に示すように、本実施の形態に係る窒素濃度分析装置20においては、フラーレンイオンを照射するためのフラーレンイオン照射装置21が収容室11に設けられている。なお、窒素濃度分析装置20の他の構成は、図1の窒素濃度分析装置10と同様である。
【0033】
本実施の形態においては、まず、金属試料17が窒素濃度分析装置20の収容室11内に収容される。その後、フラーレンイオン照射装置21から金属試料17の表面にフラーレンイオン(C60++)が所定時間照射される。
【0034】
次に、図2のステップS2における処理と同様に、金属試料17のフラーレンが付着している領域に一次イオンが照射される。これにより、金属試料17中の窒素がシアン化物イオンとして生成される。その後、図2のステップ3における処理と同様に、金属試料17から放出されたシアン化物イオンが二次イオン検出装置16によって二次イオンとして検出される。この検出結果に基づいて、金属試料17の窒素濃度および窒素の分布状態が分析される。
【0035】
以上のように、本実施の形態においては、フラーレンイオンが付着した金属試料17に一次イオンが照射されるので、金属試料17中の窒素がシアン化物イオンとして生成される。それにより、金属試料17中の窒素濃度の高精度な分析が可能になる。また、本実施の形態においては、フラーレンイオン照射装置21を収容室11に設けることにより、収容室11内においてフラーレンイオンの付着およびシアン化物イオン(二次イオン)の生成ができる。それにより、蒸着装置等を用いて金属試料17に炭素系物質を付着させる場合に比べて、容易かつ短時間で金属試料17の窒素濃度分析を行うことができる。
【0036】
なお、フラーレンイオン照射装置21によるフラーレンイオンの注入量(Dose量)は、1.0×1014〜1.0×1016[ions/cm2]であることが好ましい。この場合、金属試料17に十分かつ適切な量のフラーレンを付着させることができるので、金属試料17の付着物質等(雰囲気中の炭素等)の影響を排除することができるとともに、二次イオンとしてのシアン化物イオンの検出量を安定させることができる。それにより、より正確な窒素濃度分析が可能となる。
【0037】
上記実施の形態においては、フラーレンイオンを所定時間照射した後に一次イオンの照射を行っているが、フラーレンイオンの照射および一次イオンの照射を交互に繰り返し行ってもよい。この場合、十分な量のシアン化物イオンを確実に発生させることができるので、窒素のより高感度な分析が可能になる。なお、フラーレンイオンおよび一次イオンを交互に照射する場合には、照射1回当たりのフラーレンイオンのDose量は、例えば、1.0×1013[ions/cm2]以上であることが好ましい。
【0038】
3.第3の実施の形態
第3の実施の形態に係る窒素濃度分析方法が第2の実施の形態に係る窒素濃度分析方法と異なるのは以下の点である。
【0039】
図4は、第3の実施の形態に係る窒素濃度分析方法において用いられる窒素濃度分析装置を示す図である。図4に示すように、本実施の形態に係る窒素濃度分析装置30においては、一次イオン照射装置12が設けられていない。なお、窒素濃度分析装置30の他の構成は、図3の窒素濃度分析装置20と同様である。
【0040】
この窒素濃度分析装置30においては、フラーレンイオン照射装置21から照射されるフラーレンイオンが一次イオンとして用いられる。すなわち、本実施の形態においては、金属試料17へのフラーレンイオンの付着および一次イオンの照射が共通のフラーレンイオン照射装置21によって実施される。その後、図2のステップ3における処理と同様に、金属試料17から放出されたシアン化物イオンが二次イオン検出装置16によって二次イオンとして検出される。この検出結果に基づいて、金属試料17の窒素濃度および窒素の分布状態が分析される。
【0041】
以上のように、本実施の形態においては、共通のフラーレンイオン照射装置21によって、金属試料17へのフラーレンイオンの付着および一次イオンの照射を実施することができる。すなわち、金属試料17にフラーレンイオンを付着するための装置と一次イオンを照射するための装置とを別個に設ける必要がない。この場合、窒素濃度分析装置30の構成の簡略化が可能になるので、窒素濃度分析装置30の製造コストを低減できる。また、金属試料17にフラーレンイオンを付着させつつ二次イオンを発生させることができるので、短時間で金属試料17の窒素濃度分析を行うことができる。
【0042】
4.他の実施の形態
上記実施の形態においては、窒素濃度分析装置としてフォーカス型のTOF−SIMSを使用する場合について説明したが、窒素濃度分析装置はフォーカス型のTOF−SIMSに限定されない。例えば、窒素濃度分析装置として、リフレクトロン型のTOF−SIMSを使用してもよい。また、窒素濃度分析装置は、TOF−SIMS等のスタティックSIMSに限定されず、ダイナミックSIMSであってもよい。また、窒素濃度分析装置として他のスタティックSIMSを使用してもよい。
【実施例】
【0043】
以下、実施例および比較例に基づいて本発明の効果を説明する。
【0044】
1.実施例1〜3および比較例1
実施例1〜3および比較例1では、二次イオンとして検出されるシアン化物イオン(CN)の二次イオン強度が、本発明によって大幅に向上することを示す。実施例1〜3および比較例1においては、供試材として、純鉄表面に生成させたFeNを用いて、シアン化物イオン(CN)および窒素イオン(N)の質量分析を行った。なお、供試材には、以下に説明する処理を行う前に鏡面研磨を施した。
【0045】
実施例1〜3においては、下記の表1に示す条件で供試材の表面に炭素系物質を付着させ、比較例1においては、供試材の表面に炭素系物質を付着させるための処理を行わなかった。具体的には、実施例1においては、蒸着装置を用いて供試材の表面に約6nmの炭素膜を形成した。実施例2においては、電界放射走査型電子顕微鏡(FE−SEM)を用いて、加速電圧15kVで電子ビームを供試材の表面に照射することにより炭素を付着させた。実施例3においては、加速電圧20kVでフラーレンイオンを供試材の表面に照射することによりフラーレンを付着させた。
【0046】
【表1】

【0047】
上記のようにして炭素系物質を付着させた実施例1〜3の供試材および炭素系物質を付着させていない比較例1の供試材の質量分析を、下記の表2に示す条件でTOF−SIMSを用いて分析した。なお、実施例1および実施例2においては、まず、深さ方向分析を行うことにより、シアン化物イオンの検出量から、窒素濃度が安定する位置(検出量が略最大となる位置)を把握した。そして、シアン化物イオンの検出量が安定した位置(供試材の表面から約0.6nmの深さ)で質量分析を開始した。また、実施例3および比較例1においては、まず、供試材の表面から所定の深さ(実施例3:約3nm、比較例1:約36nm)まで一次イオンでプリスパッタし、その後、質量分析を開始した。なお、比較例1においては、供試材の表面の付着物質(試験雰囲気中の炭素等)が質量分析結果に影響を与えることを防止するために、実施例3よりも深い位置までプリスパッタを行った。また、表2には、二次イオンとして検出されたシアン化物イオン(CN)および窒素イオン(N)の積分強度を任意単位で示している。また、表2の照射時間は、質量分析開始後の一次イオンの照射時間を示している。
【0048】
【表2】

【0049】
上記の表2から分かるように、二次イオンとして検出されるシアン化物イオンの量(積分強度)は、二次イオンとして検出される窒素イオンに比べてかなり多い。このことから、二次イオンとしてシアン化物イオンを検出することにより、窒素の検出感度が向上することが分かる。また、実施例1〜3において検出されたシアン化物イオンの量は、比較例1において検出されたシアン化物イオンの量に比べて十分に多い。このことから、金属試料の表面に炭素系物質を付着させることにより、窒素の検出感度がさらに向上することが分かる。以上の結果から、本発明に係る窒素濃度分析方法によれば、金属試料の窒素濃度の高精度な分析が可能になることが分かる。
【0050】
2.実施例4〜6
実施例4〜6においては、鉄鋼中1000ppm以下のNが、本発明により定量的に分析できることを示す。図3の窒素濃度分析装置20と同様の構成を有するTOF−SIMSを用いて、供試材の窒素濃度を分析した。実施例4の供試材としては、窒素含有量が156ppm(質量百万分率)の鉄鋼標準試料(日本鉄鋼協会:JSS GS-2b)を用い、実施例5の供試材としては、窒素含有量が621±10ppmの鉄鋼標準試料(Alpha Resources Inc.:AR662)を用い、実施例6の供試材としては、窒素含有量が1112±10ppm(Alpha Resources Inc.:AR663)を用いた。これらの供試材に対して、フラーレンの付着および質量分析を下記の表3に示す条件で行った。具体的には、各供試材に対して、フラーレンの照射および質量分析(深さ方向分析)を交互にそれぞれ繰り返し行い、シアン化物イオン(CN)および炭素イオン(C)を検出した。供試材へのフラーレンの付着は、フラーレンイオン(C60++)を照射(照射1回当たりのDose量:約1.3×1013[ions/cm2])することにより行い、質量分析の一次イオンとしてはビスマスイオン(Bi++)を用いた。シアン化物イオン(CN)および炭素イオン(C)の二次イオン強度は、フラーレンイオンの照射および質量分析を約30サイクル繰り返すことにより安定させることができる。シアン化物イオン(CN)と炭素イオン(C)の二次イオン強度(積分強度)の検出結果を表4に示す。供試材の窒素濃度が高いほどシアン化物イオン(CN)の二次イオン強度が増大していることが分かる。図5に供試材の窒素含有量と、炭素イオン(C)に対するシアン化物イオン(CN)の積分強度比(以下、CN/C積分強度比と略記する。)の関係を示す。なお、シアン化物イオン(CN)および炭素イオン(C)の二次イオン強度が十分に安定した100サイクル前後での分析結果(CN/C積分強度比)の平均値が示されている。
【0051】
【表3】

【0052】
【表4】

【0053】
図5から明らかなように、実施例4〜6の供試材のCN/C積分強度比は窒素含有量に略比例して大きくなっており、各実施例のCN/C積分強度比に基づいて求められる検量線(回帰直線)のR‐2乗値は、0.993であり極めて良好な相関が得られた。このことから、本発明に係る窒素濃度分析方法によれば、供試材(金属試料)の窒素含有量と検出されるCN/C積分強度比との間に良好な相関関係が得られることが分かる。したがって、本発明に係る窒素濃度分析方法は、任意の窒素量を含有する種々の金属試料に対して有効に利用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、種々の金属の窒素濃度分析に利用することができる。
【符号の説明】
【0055】
10 窒素濃度分析装置
11 収容室
12 一次イオン照射装置(一次イオン照射手段)
13 中和電子照射装置
14 連通管
15 飛行室
16 二次イオン検出装置(二次イオン検出手段)
17 金属試料
18 静電アナライザー
20 窒素濃度分析装置
21 フラーレンイオン照射装置(フラーレンイオン照射手段)
30 窒素濃度分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属試料の表面に炭素系物質を付着させる工程と、
前記金属試料の前記炭素系物質が付着した領域に一次イオンを照射する工程と、
前記一次イオンの照射に基づいて発生するシアン化物イオンを二次イオンとして検出する工程とを含むことを特徴とする金属試料の窒素濃度分析方法。
【請求項2】
前記炭素系物質を付着させる工程は、前記金属試料の表面に炭素を蒸着する工程、前記金属試料の表面に電子ビームを照射する工程、又は前記金属試料の表面にフラーレンイオンを照射する工程を含むことを特徴とする請求項1に記載の窒素濃度分析方法。
【請求項3】
金属試料の表面にフラーレンイオンを照射する工程と、前記金属試料のフラーレンイオンが付着した領域に一次イオンを照射する工程とを順次繰り返し、前記一次イオンの照射に基づいて発生するシアン化物イオンを二次イオンとして検出することを特徴とする金属試料の窒素濃度分析方法。
【請求項4】
前記フラーレンイオンを照射する工程および前記一次イオンを照射する工程を同一のフラーレンイオン照射手段によって行うことを特徴とする請求項3に記載の金属試料の窒素濃度分析方法。
【請求項5】
金属試料を収容する収容室と、
前記収容室に収容された金属試料の表面に炭素系物質を付着させる炭素系物質付着手段と、
前記炭素系物質が付着した金属試料に一次イオンを照射する一次イオン照射手段と、
前記一次イオンの照射に基づいて発生するシアン化物イオンを二次イオンとして検出する二次イオン検出手段とを備えることを特徴とする金属試料の窒素濃度分析装置。
【請求項6】
前記炭素系物質付着手段は、蒸着装置、電子ビーム照射装置、又はフラーレンイオン照射装置であることを特徴とする請求項5に記載の金属試料の窒素濃度分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−281704(P2010−281704A)
【公開日】平成22年12月16日(2010.12.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−135698(P2009−135698)
【出願日】平成21年6月5日(2009.6.5)
【出願人】(592244376)住友金属テクノロジー株式会社 (43)
【Fターム(参考)】