説明

鋼製部品、単気筒内燃機関、鞍乗型車両および鋼製部品の製造方法

【課題】転がり軸受に接する表面におけるフレーキングの発生が抑制され、フレーキング寿命に優れた鋼製部品およびその製造方法を提供する。
【解決手段】該鋼製部品は、転がり軸受に接する表面を有する。表面から0.1mmの深さにおいて、残留オーステナイト量が50vol%以上で、且つ、ビッカース硬さHVが710以上である。また、該鋼製部品は疲労強度を向上させるため、浸炭窒化処理が施されているか、または、浸炭処理および窒化処理が施されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼製部品およびその製造方法に関し、特に、転がり軸受に接する表面を有する鋼製部品およびその製造方法に関する。また、本発明は、そのような鋼製部品を備えた単気筒内燃機関や鞍乗型車両にも関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関には、ピストンとクランクシャフトとを連結するためにコネクティングロッドと呼ばれる(「コンロッド(con'rod)」と略称されることもある)部材が用いられている。コネクティングロッドは、棒状のロッド本体部と、ロッド本体部の一端に設けられた小端部と、ロッド本体部の他端に設けられた大端部とを備える。小端部がピストンに接続されるのに対し、大端部はクランクシャフトに接続される。より具体的には、小端部に形成された貫通孔にピストンのピストンピンが挿通される。また、大端部に形成された貫通孔にクランクシャフトのクランクピンが挿通される。これにより、コネクティングロッドがピストンおよびクランクシャフトに接続される。
【0003】
コネクティングロッドは、大端部が2つに分割された分割型と、大端部が分割されていない一体型とに大別される。一体型のコネクティングロッドは、主に単気筒の内燃機関に用いられる。
【0004】
一体型コネクティングロッドの大端部の内周面とクランクピンとの間には、フリクションロスを低減するためにニードルベアリングやボールベアリングなどの転がり軸受が配置される。内燃機関の運転時にピストンを経由して伝わる爆発力は、コネクティングロッドを転がり軸受に押し付けるので、大端部の内周面には、大きな応力が発生する。この応力が過大な場合、大端部の内周面には、フレーキング(flaking)と呼ばれる疲労破壊現象が発生する。
【0005】
コネクティングロッドにフレーキングが発生すると、内燃機関のスムーズな回転が妨げられるので、内燃機関や車両に不快な音と振動が発生して商品性や快適性を損なってしまう。そのため、コネクティングロッドにはフレーキングが発生しないことが求められる。
【0006】
従来、フレーキングの発生を抑制して長寿命化を実現するために、肌焼鋼(例えばJIS SCM420)から形成されたコネクティングロッドに対し、浸炭処理を施すことが一般に行われている。浸炭処理によってコネクティングロッドの表面から炭素を浸透させることにより、表面近傍の炭素濃度が高くなる。そのため、焼入れ後に表面硬度が高くなり、そのことによりフレーキングの発生が抑制される。
【0007】
また、特許文献1には、コネクティングロッドの表面硬度をさらに高くする技術として、高濃度浸炭処理が提案されている。この技術では、カーボンポテンシャル(CP)が0.8%以上である雰囲気下での浸炭を行う。これにより、コネクティングロッドの表面近傍に微細な粒状の炭化物が析出するとともに、表面近傍におけるマルテンサイト組織の結晶粒径が小さくなる。そのため、表面硬度が著しく高くなるので、疲労強度のいっそうの向上が可能となる。また、特許文献1には、高濃度浸炭処理と同様にコネクティングロッドの表面硬度を高くする技術として、高濃度浸炭窒化処理にも言及がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−313949号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、近年、内燃機関を高性能化した場合、一般的な浸炭処理や、特許文献1に開示されているような高濃度浸炭処理、高濃度浸炭窒化処理が施されたコネクティングロッドでは、フレーキングが比較的短時間で発生するようになってきた。そのため、フレーキング寿命が内燃機関の高性能化の妨げとなり、内燃機関のさらなる高性能化のためには、フレーキング寿命の増大(つまりコネクティングロッドの長寿命化)が必須となってきた。また、フレーキング寿命の増大は、コネクティングロッドだけでなく、転がり軸受に接する表面を有する他の鋼製部品(例えばクランクピン)にも要望されている。
【0010】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、転がり軸受に接する表面におけるフレーキングの発生が抑制され、フレーキング寿命に優れた鋼製部品およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明による鋼製部品は、転がり軸受に接する表面を有する鋼製部品であって、前記表面から0.1mmの深さにおいて、残留オーステナイト量が50vol%以上で、且つ、ビッカース硬さHVが710以上である。
【0012】
ある好適な実施形態において、前記表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量は1.1wt%以上2.2wt%未満である。
【0013】
ある好適な実施形態において、前記表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量は1.6wt%以上2.0wt%以下である。
【0014】
ある好適な実施形態において、前記表面から0.1mmの深さにおける鋼組織の結晶粒径は9μm以下である。
【0015】
ある好適な実施形態において、前記表面から0.1mmの深さにおける窒素含有量は0.03wt%以上0.19wt%以下である。
【0016】
ある好適な実施形態において、本発明による鋼製部品は、浸炭窒化処理が施されているか、または、浸炭処理および窒化処理が施されている。
【0017】
ある好適な実施形態において、前記表面近傍に析出している炭化物および炭窒化物の粒径は10μm以下である。
【0018】
ある好適な実施形態において、本発明による鋼製部品は、コネクティングロッドである。
【0019】
ある好適な実施形態において、コネクティングロッドである、本発明による鋼製部品は、ロッド本体部と、前記ロッド本体部の一端に設けられた小端部と、前記ロッド本体部の他端に設けられた大端部と、を備え、前記大端部の内周面が、転がり軸受に接する前記表面である。
【0020】
ある好適な実施形態において、本発明による鋼製部品は、クランクピンである。
【0021】
本発明による内燃機関は、上記構成を有する鋼製部品を備える。
【0022】
ある好適な実施形態において、本発明による内燃機関は、前記表面に接するように設けられた転がり軸受をさらに備える。
【0023】
本発明による自動車両は、上記構成を有する内燃機関を備える。
【0024】
本発明による鋼製部品の製造方法は、転がり軸受に接する表面を有する鋼製部品の製造方法であって、鋼から形成されたワークピースを用意する工程(A)と、前記ワークピースに対して1.1%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で浸炭処理を施してその後に窒化処理を施すか、または、前記ワークピースに対して1.1%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で浸炭窒化処理を施す工程(B)と、前記工程(B)の後に、0.07cm-1以上0.11cm-1未満の焼入れ強烈度を有する焼入れ油を用い、前記焼入れ油の表面上の雰囲気圧を5kPa以上60kPa以下に制御しながら前記ワークピースに対して焼入れを施す工程(C)と、を包含する。
【0025】
ある好適な実施形態において、前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理は、2.2%未満のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われる。
【0026】
ある好適な実施形態において、前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理は、1.6%以上2.0%以下のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われる。
【0027】
ある好適な実施形態において、前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理は、1.4%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われ、前記工程(C)は、前記焼入れ油の表面上の雰囲気圧を50kPa以上60kPa以下に制御しながら実行される。
【0028】
ある好適な実施形態において、前記工程(B)および前記工程(C)は、少なくとも前記焼入れ油の表面上の空間を減圧することができる減圧機構を備えた浸炭炉内で実行される。
【0029】
ある好適な実施形態において、前記浸炭炉は、その内部で前記工程(B)が実行される加熱室と、その内部で前記工程(C)が実行される冷却室とをさらに備え、前記減圧機構によって前記加熱室の内部および前記冷却室の内部の両方を減圧することができる真空浸炭炉である。
【0030】
ある好適な実施形態において、前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理中に、前記加熱室の内部への炭化水素の導入は複数回停止される。
【0031】
ある好適な実施形態において、前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理中に、前記加熱室の内部への炭化水素の導入が4回または5回停止される。
【0032】
ある好適な実施形態において、前記工程(B)において、前記浸炭処理と前記窒化処理との間に、前記加熱室の内部へ炭化水素およびアンモニアのいずれもが導入されないリファイニング工程が実行される。
【0033】
ある好適な実施形態において、前記工程(A)において用意される前記ワークピースは、0.1wt%以上0.4wt%以下の炭素、0.1wt%以上0.5wt%以下のケイ素および0.3wt%以上1.2wt%以下のクロムを含む鋼から形成されている。
【0034】
以下、本発明の作用を説明する。
【0035】
転がり軸受に接する表面を有する鋼製部品では、最表面ではなく、表面から約0.1mmの深さにおいて応力が最大となる。そのため、その深さにおける材料特性が、耐フレーキング性に大きな影響を与える。本発明による鋼製部品では、表面から0.1mmの深さにおける残留オーステナイト量およびビッカース硬さHVが特定の範囲に設定されている。具体的には、本発明による鋼製部品では、表面から0.1mmの深さにおける残留オーステナイト量が50vol%以上で、且つ、その深さにおけるビッカース硬さHVが710以上である。このことにより、耐フレーキング性が顕著に向上し、フレーキングの発生を長期間にわたって防止することができる。
【0036】
表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量は、1.1wt%以上2.2wt%未満であることが好ましく、1.6wt%以上2.0wt%以下であることがさらに好ましい。炭素含有量が1.1wt%未満となるような条件で製造された鋼製部品では、残留オーステナイト量が十分に多くならないことがある。また、炭化物の析出量が少なくなり、硬さが低下することがある。一方、炭素含有量が2.2%以上となるような条件で製造された鋼製部品では、炭化物の析出量が多くなりすぎ、靱性が低下することがある。
【0037】
いっそうの長寿命化を図る観点からは、表面から0.1mmの深さにおける鋼組織の結晶粒径は9μm以下であることが好ましい。
【0038】
耐フレーキング性のいっそうの向上を図る観点からは、表面から0.1mmの深さにおける窒素含有量は0.03wt%以上0.19wt%以下であることが好ましい。
【0039】
本発明による鋼製部品は、典型的には、疲労強度を向上させるため、浸炭窒化処理が施されているか、または、浸炭処理および窒化処理が施されている。その場合、表面近傍に析出している炭化物および炭窒化物の粒径は、なるべく小さいことが好ましく、具体的には10μm以下であることが好ましい。炭化物および炭窒化物の粒径が10μmを超えると、靭性が低下して十分な強度が得られないことがある。
【0040】
本発明による鋼製部品は、例えば、コネクティングロッドである。コネクティングロッドは、ロッド本体部と、ロッド本体部の一端に設けられた小端部と、ロッド本体部の他端に設けられた大端部とを備える。コネクティングロッドでは、大端部の内周面が転がり軸受に接する。本発明によると、フレーキング寿命が向上するので、鋼製部品に従来よりも高負荷をかけることが可能になる。そのため、本発明による鋼製部品がコネクティングロッドである場合、大端部の寸法を小さくし、軽量化することも可能になる。
【0041】
勿論、本発明による鋼製部品は、コネクティングロッド以外の部品であってもよく、例えば、クランクピンであってもよい。クランクピンでは、その外周面が転がり軸受に接する。
【0042】
本発明による鋼製部品(例えばコネクティングロッドやクランクピン)は、内燃機関に好適に用いられる。フリクションロスの低減が重視される仕様の内燃機関(例えばシリンダの数が1つである単気筒内燃機関)では、一般的には、コネクティングロッドの大端部の内周面とクランクピンの外周面との間に転がり軸受(例えばニードルベアリングやボールベアリング)が設けられる。転がり軸受が設けられている場合、コネクティングロッドやクランクピンが転がり軸受に押し付けられることにより、コネクティングロッドの大端部の内周面やクランクピンの外周面に応力が発生する。この応力が過大であると、フレーキングの発生が懸念されるが、本発明によれば、耐フレーキング性が向上するので、フレーキングの発生が長期間にわたって防止される。
【0043】
本発明による鋼製部品を備えた内燃機関は、各種の自動車両(例えば自動二輪車)に好適に用いられる。本発明によると、フレーキング寿命が向上するので、そのことによって鋼製部品の軽量化が可能になる(コネクティングロッドの場合について既に説明した)。そのため、内燃機関や自動車両の車体も軽量化することができるので、自動車両の走行安定性、乗り易さ、扱い易さなどが向上し、商品性が向上する。
【0044】
本発明による鋼製部品の製造方法では、鋼から形成されたワークピースに対し、浸炭処理および窒化処理が施されるか、あるいは、浸炭窒化処理が施される(工程(B))。浸炭窒化処理(または浸炭処理と窒化処理)により、鋼製部品の表面硬度が高くなり、疲労強度が向上する。また、本発明による製造方法では、上記の浸炭窒化処理や浸炭処理が、カーボンポテンシャル(CP)が1.1%以上である雰囲気下で行われる。つまり、ワークピースに対して、高濃度浸炭窒化処理または高濃度浸炭処理が施される。高濃度浸炭窒化処理または高濃度浸炭処理によれば、ワークピースの表面近傍に微細な粒状の炭化物および/または炭窒化物が析出するとともに、表面近傍におけるマルテンサイト組織の結晶粒径が小さくなる。そのため、表面硬度が著しく高くなり、疲労強度の向上効果が高い。
【0045】
さらに、本発明による製造方法では、上記の工程(B)の後に、0.07cm-1以上0.11cm-1未満の焼入れ強烈度(H値)を有する焼入れ油を用い、焼入れ油の表面上の雰囲気圧を5kPa以上60kPa以下に制御しながらワークピースに対して焼入れを施す工程(C)が行われる。0.11cm-1未満のH値を有する焼入れ油(いわゆるホットクエンチ油)を用いて減圧下で焼入れを施すと、焼入れ油の沸点が低くなるので、焼入れ初期にワークピースが焼入れ油の蒸気膜(断熱の役割を果たす)に覆われている時間(蒸気膜段階)が長くなる。そのため、焼入れ初期の冷却速度が遅くなる。しかしその一方で、蒸気膜破壊後の冷却速度は速くなるため、マルテンサイト変態自体には影響を及ぼさず、残留オーステナイト量を増加させることができる。蒸気膜段階を十分長くするためには、焼入れ油の表面上の雰囲気圧は60kPa以下であることが好ましい。また、ホットクエンチ油は、常圧ではH値が低いが、減圧によって対流段階開始温度が低下するので、そのことによって焼入れ性(対流段階における冷却性)が向上し、実効的なH値を大きくすることができる。そのため、鋼製部品の表面近傍の硬さを十分に高くすることができる。これに対し、0.11cm-1以上の焼入れ強烈度(H値)を有する焼入れ油(いわゆるコールドクエンチ油)には、一般に、蒸気膜段階を短くするための添加剤が含まれているので、このような焼入れ油(コールドクエンチ油)を用いると、たとえ減圧しても蒸気膜段階を十分に長くすることができず、残留オーステナイト量を増加させることができない。なお、工程(C)において用いられる焼入れ油の焼入れ強烈度(H値)は、0.07cm-1以上であることが好ましい。H値が0.07cm-1未満の場合、減圧の度合いによっては十分な焼入れ性が得られない(実効的なH値が十分に大きくならない)ことがある。さらに、工程(C)は、焼入れ油の表面上の雰囲気圧を5kPa以上に制御しながら実行されることが好ましい。雰囲気圧が5kPa未満である場合、焼入れ油の沸点が低くなりすぎて蒸気膜段階が長くなりすぎることがある。そのため、焼入れ性が低下して十分に高い硬さが得られないおそれがある。このように、本発明による製造方法によれば、鋼製部品の硬さを十分に高く維持しつつ、耐フレーキング性に寄与する(好影響を及ぼす)残留オーステナイト組織の量を増加させることができる。そのため、本発明による製造方法により製造された鋼製部品は、フレーキング寿命に優れる。
【0046】
工程(B)における浸炭処理または浸炭窒化処理は、2.2%未満のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われることが好ましい。カーボンポテンシャルが2.2%以上であると、炭化物の析出量が多くなりすぎ、靱性が低下することがある。
【0047】
いっそうの長寿命化を図る観点からは、工程(B)における浸炭処理または浸炭窒化処理は、1.6%以上2.0%以下のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われることが好ましい。
【0048】
また、表面近傍における鋼組織の結晶粒径を小さく(具体的には9μm以下に)することによっていっそうの長寿命化を図る観点からは、工程(B)における浸炭処理または浸炭窒化処理は、1.4%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われ、且つ、工程(C)は、焼入れ油の表面上の雰囲気圧を50kPa以上60kPa以下に制御しながら実行されることが好ましい。
【0049】
典型的には、工程(B)および工程(C)は、少なくとも焼入れ油の表面上の空間を減圧することができる減圧機構を備えた浸炭炉内で実行される。
【0050】
浸炭炉は、例えば、真空浸炭炉である。真空浸炭炉は、その内部で工程(B)が実行される加熱室と、その内部で工程(C)が実行される冷却室とをさらに備えており、減圧機構によって加熱室の内部および冷却室の内部の両方を減圧することができる。
【0051】
真空浸炭炉を用いる場合、工程(B)における浸炭処理または浸炭窒化処理中に、加熱室の内部への炭化水素の導入を複数回停止することが好ましい。これにより、カーボンポテンシャルを高い精度で調節することができ、鋼製部品の表面近傍における炭素含有量を高い精度で制御することができる。例えば、鋼製部品の表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量を1.6wt%以上2.0wt%以下に精度良く制御するためには、工程(B)における浸炭処理または浸炭窒化処理中に、加熱室の内部への炭化水素の導入を4回または5回停止することが好ましい。
【0052】
工程(B)において、浸炭処理と窒化処理との間に、加熱室の内部へ炭化水素およびアンモニアのいずれもが導入されないリファイニング工程を実行すると、表面近傍に析出している炭化物の粒径をいっそう小さくすることが可能となる。
【0053】
工程(A)において用意されるワークピースは、0.1wt%以上0.4wt%以下の炭素、0.1wt%以上0.5wt%以下のケイ素および0.3wt%以上1.2wt%以下のクロムを含む鋼から形成されていることが好ましい。炭素含有量が0.1wt%以上0.4wt%以下であることにより、熱処理(焼入れおよび焼戻し)後の鋼製部品の表面から0.1mmより深い位置における内部硬さ(ビッカース硬さHV)を200以上500以下にすることができるので、鋼製部品内部の強度および靭性を十分に高く保つことができる。また、ケイ素含有量が増加すると、耐フレーキング性は向上するが、靭性は低下するおそれがある。ケイ素含有量が0.1wt%以上0.5wt%以下であることにより、耐フレーキング性を十分に向上させ、且つ、十分な靭性を確保することができる。また、クロム含有量が増加すると、焼入れ性が良くなる。ただし、クロム含有量が過度に多くなると、焼戻し脆化が発生することがある。クロム含有量が0.3wt%以上1.2wt%以下であることにより、適切な焼入れ性を得つつ、焼戻し脆化の発生を防止することができる。
【発明の効果】
【0054】
本発明によると、転がり軸受に接する表面におけるフレーキングの発生が抑制され、フレーキング寿命に優れた鋼製部品およびその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【図1】本発明の好適な実施形態におけるコネクティングロッド1を模式的に示す図であり、(a)は平面図、(b)は(a)中の1B−1B’線に沿った断面図、(c)は(a)中の1C−1C’線に沿った断面図である。
【図2】一般的なコネクティングロッドの大端部内周面における深さ方向の応力分布(内燃機関の運転時で応力が最大になるときの応力分布)を示す図である。
【図3】本発明の好適な実施形態におけるコネクティングロッド1の製造方法を示すフローチャートである。
【図4】図3に示されている製造方法の一部の工程における処理条件の例を示す図である。
【図5】浸炭炉(真空浸炭炉)50を模式的に示す図である。
【図6】従来の製造方法の一部の工程における処理条件の例を示す図である。
【図7】コネクティングロッド1の深さ方向における炭素濃度(炭素含有量)の分布を示すグラフである。
【図8】図3に示されている製造方法の一部の工程における処理条件の例を示す図である。
【図9】コネクティングロッド1の深さ方向における硬さ分布を示すグラフである。
【図10】コネクティングロッド1の深さ方向における残留オーステナイト量分布を示すグラフである。
【図11】残留オーステナイト量およびビッカース硬さHVを変化させてフレーキング寿命への影響を検証した結果を、横軸にビッカース硬さHVをとり、縦軸にL50寿命をとってプロットしたグラフである。
【図12】残留オーステナイト量およびビッカース硬さHVを変化させてフレーキング寿命への影響を検証した結果を、横軸に残留オーステナイト量をとり、縦軸にビッカース硬さHVをとってプロットしたグラフである。
【図13】図4に示されている処理条件の改変例を示す図である。
【図14】図8に示されている処理条件の改変例を示す図である。
【図15】本発明の好適な実施形態におけるコネクティングロッド1を備えた内燃機関100を模式的に示す断面図である。
【図16】図15に示す内燃機関100を備えた自動二輪車を模式的に示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0056】
本願発明者は、高濃度浸炭処理や高濃度浸炭窒化処理が施されたコネクティングロッドにおいてもフレーキングが発生する理由を詳細に検討し、その結果、以下に説明する知見を得た。
【0057】
フレーキングの原因は、既に説明したように、ニードルベアリングやボールベアリングなどの転がり軸受から大端部の内周面に大きな応力が伝達されることにある。そのため、コネクティングロッドの表面硬度を、高濃度浸炭処理や高濃度浸炭窒化処理によって上昇させることにより、フレーキングの発生を防止することができると考えられるが、実際には、十分な効果を得ることができない。つまり、単純にコネクティングロッドの表面硬度を高くしても、十分な耐フレーキング性は得られない。
【0058】
そこで、本願発明者が、コネクティングロッドの深さ方向における応力分布を分析したところ、最表面ではなく、表面からある程度の深さにおいてもっとも大きな応力が作用することがわかった。さらに、最大応力が作用する深さにおける材料特性と、耐フレーキング性との関係を検証したところ、最大応力が作用する深さにおける残留オーステナイト量およびビッカース硬さHVを特定の範囲に設定することにより、耐フレーキング性が顕著に向上することがわかった。
【0059】
本発明は、本願発明者が見出した上記知見に基づいてなされたものである。以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。なお、以下では、コネクティングロッドを例として説明を行うが、本発明はコネクティングロッドに限定されるものではなく、転がり軸受に接する表面を有する鋼製部品に広く用いられる。
【0060】
図1(a)〜(c)に、本実施形態におけるコネクティングロッド1を示す。図1(a)は、コネクティングロッド1を模式的に示す平面図である。また、図1(b)は、図1(a)中の1B−1B’線に沿った断面図であり、図1(c)は、図1(a)中の1C−1C’線に沿った断面図である。
【0061】
コネクティングロッド1は、図1(a)および(b)に示すように、ロッド本体部10と、ロッド本体部10の一端に設けられた小端部20と、ロッド本体部10の他端に設けられた大端部30とを備える。
【0062】
ロッド本体部(軸部)10は、棒状である。ロッド本体部10の断面形状は、典型的には、図1(c)に示すように、H字状である。
【0063】
小端部20は、ピストンピンを通すための貫通孔(ピストンピン孔)22を有する。小端部20は、ピストンピンを介してピストンに接続される。小端部320の内周面(ピストンピン孔22の外縁を規定する面)20aは、典型的には、ベアリングを介さずにピストンピンと接触する。
【0064】
大端部30は、クランクピンを通すための貫通孔(クランクピン孔)32を有している。大端部30は、クランクピンを介してクランクシャフトに接続される。クランクピン孔32内には、典型的には、転がり軸受が配置されるため、大端部30の内周面(クランクピン孔32の外縁を規定する面)30aは、転がり軸受と接触する。コネクティングロッド1は、大端部30が2つに分割されていない、一体型のコネクティングロッドである。
【0065】
本実施形態におけるコネクティングロッド1は、鋼(鉄合金)から形成されている。また、コネクティングロッド1は、浸炭窒化処理が施されているか、または、浸炭処理および窒化処理が施されている。なお、コネクティングロッド1に施されている浸炭窒化処理(浸炭処理)は、比較的高いカーボンポテンシャル(CP)の雰囲気下で行われる、いわゆる高濃度浸炭窒化処理(高濃度浸炭処理)である。高濃度浸炭窒化処理(高濃度浸炭処理)によれば、コネクティングロッド1の表面近傍に微細な粒状の炭化物および/または炭窒化物が析出するとともに、表面近傍におけるマルテンサイト組織の結晶粒径が小さくなる。そのため、表面硬度が著しく高くなり、疲労強度の向上効果が高い。なお、一般的には、雰囲気のカーボンポテンシャル(CP)が0.8%以上の場合の浸炭窒化処理(浸炭処理)が高濃度浸炭窒化処理(高濃度浸炭処理)と称されるが、後述する理由から、カーボンポテンシャルは1.1%以上であることが好ましい。
【0066】
さらに、本実施形態におけるコネクティングロッド1では、大端部30の内周面30aから0.1mmの深さにおける残留オーステナイト量が50vol%以上で、且つ、その深さにおけるビッカース硬さHVが710以上である。このことにより、耐フレーキング性が顕著に向上する。
【0067】
図2に、一般的なコネクティングロッドの大端部内周面における深さ方向の応力分布(内燃機関の運転時で応力が最大になるときの応力分布)を計算した結果を示す。図2中には、内周面からの深さが負の値で示されている。例えば、深さ0.15mmの位置は、「−0.15」と表記されている。また、図2中で応力を示す複数の曲線には、1〜22の番号が付されており、番号が大きいほど大きな応力を示している。
【0068】
図2からわかるように、応力は最表面においてもっとも大きいわけではない。また、図2から、内周面から約0.1mmの深さにおいて応力が最大となることがわかる。そこで、本願発明者が、深さ0.1mmの位置における材料特性と耐フレーキング性との関係を詳細に検証したところ、深さ0.1mmの位置における残留オーステナイト量およびビッカース硬さHVが、耐フレーキング性に大きな影響を与えることがわかった。具体的には、後に検証結果ともに説明するように、この深さにおける残留オーステナイト量が50vol%で、且つ、ビッカース硬さHVが710以上であることにより、耐フレーキング性の向上効果が格段に高くなることがわかった。
【0069】
本実施形態におけるコネクティングロッド1では、大端部30の内周面30aから0.1mmの深さにおける残留オーステナイト量が50vol%以上で、且つ、その深さにおけるビッカース硬さHVが710以上であるので、耐フレーキング性が顕著に向上し、フレーキングの発生を長期間にわたって防止することができる。そのため、本実施形態におけるコネクティングロッド1は、単に高濃度浸炭窒化処理や高濃度浸炭処理が施されたコネクティングロッドに比べ、フレーキング寿命に優れる。
【0070】
残留オーステナイト組織は、高い靭性を有し、また、表面付近の微細な凹凸による、内部への応力集中を緩和する効果を奏するために、耐フレーキング性に寄与する(好影響を及ぼす)と考えられる。ただし、残留オーステナイト量が多くなると、硬さが低下してしまう。そのため、浸炭処理が施された一般的なコネクティングロッドでは、表面近傍の残留オーステナイト量は20vol%程度であり、高濃度浸炭処理が施されたコネクティングロッドでも、表面近傍の残留オーステナイト量は30〜40vol%程度である。このことからもわかるように、従来提案されていた製造方法では、表面近傍の硬さを高く維持しつつ、残留オーステナイト量を十分に増加させることは困難であった。そのため、表面近傍におけるビッカース硬さHVを710以上に維持しつつ、残留オーステナイト量を50vol%以上にすることはできなかった。
【0071】
これに対し、以下に説明する製造方法によれば、コネクティングロッドの表面近傍の硬さを高く維持しつつ、残留オーステナイト量を十分に増加させることができる。以下、図3および図4を参照しながら、本実施形態におけるコネクティングロッド1の製造方法を説明する。図3は、コネクティングロッド1の製造工程を示すフローチャートである。図4は、一部の工程における処理条件の例を示す図である。
【0072】
まず、鋼から鍛造により成形されたワークピースを用意する(工程S1)。鋼の組成に特に限定はないが、鋼の炭素(C)含有量は、0.1wt%以上0.4wt%以下であることが好ましい。炭素含有量が0.1wt%以上0.4wt%以下であることにより、熱処理(焼入れおよび焼戻し)後のコネクティングロッド1の内部硬さ(ビッカース硬さHV)を200以上500以下にすることができるので、コネクティングロッド1内部の強度および靭性を十分に高く保つことができる。
【0073】
また、鋼のケイ素(Si)含有量は、0.1wt%以上0.5wt%以下であることが好ましい。ケイ素含有量が増加すると、耐フレーキング性は向上するが、靭性は低下するおそれがある。ケイ素含有量が0.1wt%以上0.5wt%以下であることにより、耐フレーキング性を十分に向上させ、且つ、十分な靭性を確保することができる。
【0074】
さらに、クロム含有量は、0.3wt%以上1.2wt%以下であることが好ましい。クロム含有量が増加すると、焼入れ性(熱処理による硬化のし易さを示す性質)が良くなるものの、クロム含有量が過度に多くなると、焼戻し脆化(鉄合金が所定の温度範囲に長時間保持された場合に生じる脆化現象)が発生することがある。クロム含有量が0.3wt%以上1.2wt%以下であることにより、適切な焼入れ性を得つつ、焼戻し脆化の発生を防止することができる。
【0075】
このように、ワークピースの材料(コネクティングロッド1の材料)である鋼は、0.1wt%以上0.4wt%以下の炭素、0.1wt%以上0.5wt%以下のケイ素および0.3wt%以上1.2wt%以下のクロムを含むことが好ましい。炭素含有量、ケイ素含有量およびクロム含有量が上記の範囲内にある鉄合金としては、例えばJIS SCM420鋼や、JIS SCr420鋼を用いることができる。SCM420鋼は、0.18wt%以上0.23wt%以下の炭素、0.15wt%以上0.35wt%以下のケイ素、0.90wt%以上1.2wt%以下のクロム、0.60wt%以上0.85wt%以下のマンガン、0.15wt%以上0.30%以下のモリブデンを含む。SCr420鋼は、0.18wt%以上0.23wt%以下の炭素、0.15wt%以上0.35wt%以下のケイ素、0.90wt%以上1.2wt%以下のクロム、0.60wt%以上0.85wt%以下のマンガンを含む。
【0076】
なお、ここでは鍛造を例示したが、ワークピースを用意する工程における成形手法はこれに限定されるものではない。ワークピースは、例えば、焼結や鋳造、焼結鍛造などによって成形されてもよい。
【0077】
次に、ワークピースに対して機械加工を行う(工程S2)。この機械加工により、鍛造後のワークピースの外径寸法が整えられる。例えば、バリ取り、ピストンピン孔22およびクランクピン孔32の形成、小端部20および大端部30の端面加工などが行われる。このように、この工程では主に切削が行われる。
【0078】
続いて、ワークピースに対して高濃度浸炭処理を施す(工程S3)。この工程S3(および後述する工程S4〜S8)は、浸炭炉内で行われる。浸炭炉内を所定の温度に設定するとともに、カーボンポテンシャルが1.1%以上になるように炭化水素(ガス状である)を炉内に導入し、所定時間浸炭を行う。例えば、図4に示しているように、950℃で300分間、浸炭を行う。また、この高濃度浸炭処理中には、炭化水素を導入する期間Aと炭化水素の導入を停止する期間Bとが交互に複数回繰り返される。つまり、高濃度浸炭処理中に、浸炭炉内への炭化水素の導入が複数回停止される。
【0079】
その後、ガス冷却を行う(工程S4)。例えば、窒素(N2)ガスを導入することにより、冷却を行う。
【0080】
次に、ワークピースに対して窒化処理を施す(工程S5)。浸炭炉内を所定の温度に設定するとともに、アンモニアガスを浸炭炉内に導入し、所定時間窒化を行う。例えば、図4に示しているように、850℃で130分間、窒化を行う。
【0081】
続いて、ワークピースに対して焼入れ(油冷)を施す(工程S6)。この工程S6は、0.07cm-1以上0.11cm-1未満の焼入れ強烈度(「H値」と呼ばれる)を有する焼入れ油を用いて行われる。0.11cm-1未満のH値を有する焼入れ油は、一般には、ホットクエンチ油と呼ばれる。なお、本願明細書において、焼入れ油を特徴付ける「H値」は、特にことわらない限り、ほぼ常圧におけるH値を指し、より具体的には、JIS K 2242に準拠した試験方法により、油温120℃、油面上の雰囲気圧100kPa、撹拌無しで800℃から焼入れした際の冷却曲線から求められるH値(cm-1)である。また、この工程S6は、焼入れ油の表面上の雰囲気圧を5kPa以上60kPa以下に制御しながら実行される。つまり、工程S6は、常圧(標準大気圧)よりも低い雰囲気圧で(つまり減圧下で)行われる。
【0082】
次に、焼戻しを行う(工程S7)。焼戻しは、例えば、図4に示しているように、190℃で120分間行われる。その後、空冷を行う(工程S8)。
【0083】
最後に、ワークピースに対して機械加工を行う(工程S9)。例えば、小端部20の内周面20aや大端部30の内周面30aの研磨が行われる。このように、この工程では主に研磨が行われる。上述したようにして、コネクティングロッド1が完成する。
【0084】
工程S4〜S8を実行するための浸炭炉の例を図5に示す。図5に示す浸炭炉50は、加熱室51と、冷却室52とを備える。
【0085】
加熱室51の内部では、ワークピースWPに対する高濃度浸炭処理(工程S3)、窒化処理(工程S5)および焼戻し(工程S7)が実行される。加熱室51内には、加熱を行うためのヒータ53が設けられている。また、ここでは図示しないが、炭化水素ガスやアンモニアガスを導入するためのノズルも設けられており、高濃度浸炭処理の際に炭化水素は加熱室51の内部に導入される。
【0086】
冷却室52の内部では、ガス冷却(工程S4)、焼入れ(工程S6)および空冷(工程S8)が行われる。冷却室52内には、焼入れ油QOが貯留された油槽54が設けられている。
【0087】
加熱室51と冷却室52との間、および、冷却室52と外部との間には、それぞれ扉55aおよび55bが設けられている。
【0088】
浸炭炉50は、さらに、加熱室51の内部および冷却室52の内部を減圧することができる減圧機構(例えば真空ポンプ)56を備える。つまり、浸炭炉50は、いわゆる真空浸炭炉である。減圧機構56により、焼入れ油QOの表面上の空間を減圧することができる。
【0089】
上述した製造方法によれば、コネクティングロッド1の表面近傍の硬さを高く維持しつつ、残留オーステナイト量を十分に増加させることができる。その理由を説明するに先立ち、図6を参照しながら、従来提案されていた製造方法を説明する。図6は、従来の製造方法の一部の工程における処理条件を示す図である。
【0090】
従来の製造方法においても、まず、鋼から形成されたワークピースを用意し、次に、ワークピースに対して機械加工を行う。続いて、ワークピースに対して高濃度浸炭処理を施す。例えば、図6に示すように、950℃で300分間、浸炭を行う。ただし、このとき、浸炭炉内への炭化水素の導入は絶えず行われている。
【0091】
次に、ガス冷却を行い、続いて、ワークピースに対して窒化処理を行う。例えば、図6に示すように、アンモニア(アンモニアガス)を浸炭炉内に導入して850℃で130分間、窒化を行う。
【0092】
その後、ワークピースに対して焼入れ(油冷)を施す。一般的には、この工程は、0.11cm-1以上の焼入れ強烈度(H値)を有する焼入れ油を用いて行われる。0.11cm-1以上のH値を有する焼入れ油は、一般には、コールドクエンチ油と呼ばれる。また、この工程において、焼入れ油の表面上の雰囲気圧は、ほぼ常圧(約100kPa)である。
【0093】
次に、焼戻しを行う。焼戻しは、例えば、図6に示しているように、190℃で120分間行われる。その後、空冷を行い、最後に、ワークピースに対して機械加工を行う。
【0094】
このように、従来の製造方法においては、焼入れにはコールドクエンチ油が用いられる。これは、従来の製造方法では、焼入れ性が高い(つまりH値が大きい)焼入れ油を用いる必要があるからである。0.8%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で浸炭処理(あるいは浸炭窒化処理)を行った場合には、鉄の炭化物が析出するだけでなく、鋼中に存在するクロムも炭化物として析出しやすくなり、その結果、鋼母材中のクロム濃度が低下して焼入れ性が低下する。そのため、焼入れ性が高いコールドクエンチ油を用いる必要がある。コールドクエンチ油を用いる従来の製造方法では、コネクティングロッドの表面近傍の硬さを十分に高く維持しつつ、残留オーステナイト量を十分に多くすることはできない。
【0095】
これに対し、本実施形態における製造方法では、ワークピースに対して焼入れを施す工程(図3中に示す工程S6)が、0.11cm-1未満の焼入れ強烈度(H値)を有する焼入れ油を用い、焼入れ油の表面上の雰囲気圧を60kPa以下に制御しながら行われる。0.11cm-1未満のH値を有する焼入れ油(ホットクエンチ油)を用いて減圧下で焼入れを施すと、焼入れ油の沸点が低くなるので、焼入れ初期にワークピースが焼入れ油の蒸気膜(断熱の役割を果たす)に覆われている時間(蒸気膜段階)が長くなる。そのため、焼入れ初期の冷却速度が遅くなる。しかしその一方で、蒸気膜破壊後の冷却速度は速くなるため、マルテンサイト変態自体には影響を及ぼさず、残留オーステナイト量を増加させることができる。蒸気膜段階を十分長くするためには、本実施形態のように、焼入れ油の表面上の雰囲気圧は60kPa以下であることが好ましい。
【0096】
また、ホットクエンチ油は、常圧ではH値が低いが、減圧によって対流段階開始温度が低下するので、そのことによって焼入れ性(対流段階における冷却性)が向上し、実効的なH値を大きくすることができる。そのため、コネクティングロッド1の表面近傍(深さ0.1mmの位置)の硬さを十分に高くすることができる。これに対し、0.11cm-1以上のH値を有する焼入れ油(コールドクエンチ油)には、一般に、蒸気膜段階を短くするための添加剤が含まれているので、コールドクエンチ油を用いると、たとえ減圧しても蒸気膜段階を十分に長くすることができず、残留オーステナイト量を十分に増加させることができない。
【0097】
なお、焼入れを施す工程において用いられる焼入れ油のH値は、0.07cm-1以上であることが好ましい。H値が0.07cm-1未満の場合、減圧の度合いによっては十分な焼入れ性が得られない(実効的なH値が十分に大きくならない)ことがある。
【0098】
また、焼入れを施す工程は、焼入れ油の表面上の雰囲気圧を5kPa以上に制御しながら実行されることが好ましい。雰囲気圧が5kPa未満である場合、焼入れ油の沸点が低くなりすぎて蒸気膜段階が長くなりすぎることがある。そのため、焼入れ性が低下して十分に高い硬さが得られないおそれがある。
【0099】
このように、本実施形態における製造方法によれば、コネクティングロッド1の硬さを十分に高く維持しつつ、耐フレーキング性に寄与する(好影響を及ぼす)残留オーステナイト組織の量を増加させることができる。そのため、本実施形態における製造方法により製造されたコネクティングロッド1は、フレーキング寿命に優れる。また、フレーキング寿命が向上した本実施形態におけるコネクティングロッド1には、従来よりも高負荷をかけることが可能になる。そのため、大端部30の寸法を小さくし、軽量化することも可能になる。
【0100】
なお、本実施形態では、ワークピースに対し、高濃度浸炭処理と窒化処理とを別々に(順次)施す場合を説明したが、高濃度浸炭処理を施す際に窒化処理を同時に施してもよい。つまり、ワークピースに対し、高濃度浸炭窒化処理を施してもよい。
【0101】
高濃度浸炭処理(高濃度浸炭窒化処理)は、本実施形態にように、1.1%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われることが好ましい。カーボンポテンシャルが1.1%未満である場合、残留オーステナイト量が十分に多くならないことがある。また、炭化物の析出量が少なくなり、硬さが低下することがある。
【0102】
また、高濃度浸炭処理(高濃度浸炭窒化処理)は、2.2%未満のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われることが好ましい。カーボンポテンシャルが2.2%以上であると、炭化物の析出量が多くなりすぎ、靱性が低下することがある。
【0103】
高濃度浸炭処理(高濃度浸炭窒化処理)における雰囲気のカーボンポテンシャルは、表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量にほぼ対応する。従って、コネクティングロッド1の表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量は、1.1wt%以上2.2wt%未満であることが好ましい。また、後に検証結果を説明するように、いっそうの長寿命化を図る観点からは、コネクティングロッド1の表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量は、1.6wt%以上2.0wt%未満であることが好ましく、そのため、高濃度浸炭処理(高濃度浸炭窒化処理)は、1.6%以上2.0%以下のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われることが好ましい。
【0104】
さらに、いっそうの長寿命化を図る観点からは、表面から0.1mmの深さにおける鋼組織の結晶粒径が9μm以下であることも好ましい。例えば、高濃度浸炭処理(高濃度浸炭窒化処理)を、1.4%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行い、且つ、焼入れを、焼入れ油の表面上の雰囲気圧を50kPa以上60kPa以下に制御しながら実行することにより、鋼組織の結晶粒径を9μm以下にすることができる。
【0105】
また、靭性を高くする観点からは、表面近傍に析出している炭化物および炭窒化物の粒径は、なるべく小さいことが好ましく、具体的には10μm以下であることが好ましい。
【0106】
さらに、耐フレーキング性のいっそうの向上を図る観点からは、表面から0.1mmの深さにおける窒素含有量は、0.03wt%以上0.19wt%以下であることが好ましく、0.04wt%以上0.18wt%以下であることがより好ましく、0.05wt%以上0.15wt%以下であることがさらに好ましい。
【0107】
本実施形態のように真空浸炭炉を用いる場合、高濃度浸炭処理(または高濃度浸炭窒化処理)中に、加熱室51の内部への炭化水素の導入を複数回停止することが好ましい。これにより、カーボンポテンシャルを高い精度で調節することができ、コネクティングロッド1の表面近傍における炭素含有量を高い精度で制御することができる。なお、図4には、炭化水素の導入の停止を2回行う例を示したが、炭化水素の導入の停止を3回以上行ってもよい。
【0108】
なお、必ずしも真空浸炭炉を用いなくてもよい。減圧機構56は、少なくとも焼入れ油の表面上の空間を(つまり冷却室52内を)減圧することができればよい。従って、冷却室52内を減圧することができるように構成されたガス浸炭炉を用いてもよい。ガス浸炭炉を用いる場合、浸炭処理を平衡反応として行うことができるため、カーボンポテンシャルをより確実に上述した好ましい範囲(1.1%以上2.2%未満)に制御することが可能となる。
【0109】
図7に、本実施形態における製造方法によって実際に製造されたコネクティングロッド1の深さ方向における炭素濃度(炭素含有量)の分布を示す。コネクティングロッド1の材料である鋼としては、肌焼鋼(JIS SCM420)を用いた。高濃度浸炭処理等の処理条件は、図8に示す通りである。高濃度浸炭処理は、950℃で300分間行った。その際、炭化水素(具体的にはアセチレン)を導入する期間Aとして1時間、炭化水素の導入を停止する期間Bとして40分を設定し、これらを交互に3回繰り返した。つまり、加熱室51内への炭化水素の導入を3回停止した。窒化処理は、850℃で130分間行った。焼入れは、H値が0.10cm-1の焼入れ油を用い、焼入れ油の表面上の雰囲気圧を15kPaに制御しながら行った。焼戻しは、190℃で120分間行った。
【0110】
図7に示されている例では、表面から0.1mmの深さにおける炭素濃度は約1.4wt%である。なお、図7に示したような炭素濃度分布は、例えば電子線マイクロアナライザ(EPMA)により測定することができる。
【0111】
図9に、コネクティングロッド1の深さ方向における硬さ分布を示し、図10に、深さ方向における残留オーステナイト量分布を示す。図9に示されているように、表面から0.1mmの深さにおけるビッカース硬さHVは740である。また、図10に示されているように、表面から0.1mmの深さにおける残留オーステナイト量は58%である。このように、本実施形態における製造方法によれば、表面から0.1mmの深さにおけるビッカース硬さHVを710以上に維持しつつ、その深さにおける残留オーステナイト量を50vol%以上にすることができる。このコネクティングロッド1についてフレーキング寿命(累積破損確率50%の寿命であり、「L50寿命」と呼ばれる)を測定したところ、1.91×106cycleと高い数値であった。
【0112】
次に、表面から0.1mmの深さにおける残留オーステナイト量、ビッカース硬さHVを変化させ、フレーキング寿命への影響を検証した結果を説明する。
【0113】
下記表1に、H値が0.10cm-1の焼入れ油を用いて60kPa以下の雰囲気圧でワークピースに対して焼入れが施された実施例1〜10と、H値が0.11cm-1の焼入れ油を用いて100kPaの雰囲気圧でワークピースに対して焼入れが施された比較例1〜11とについて、検証結果を示す。なお、残留オーステナイト量は、X線回折手法を用いた分析機(例えばX線残留応力測定機)により測定することができる。また、表1に示す結果を、横軸にビッカース硬さHVをとり、縦軸にL50寿命をとってプロットしたものが図11であり、横軸に残留オーステナイト量をとり、縦軸にビッカース硬さHVをとってプロットしたものが図12である。図11および図12中のex1〜10は実施例1〜10に対応し、ce1〜11は比較例1〜11に対応する。また、図11中にプロットされた点に付された数値は、残留オーステナイト量を示している。
【0114】
【表1】

【0115】
表1および図11から、実施例1〜10のフレーキング寿命が、比較例1〜11のフレーキング寿命よりも長いことがわかる。また、表1および図12から、焼入れにコールドクエンチ油を用いる従来の製造方法では、残留オーステナイト量が50vol%以上になると710以上のビッカース硬さHVを維持できないのに対し、焼入れにホットクエンチ油を用いる本実施形態における製造方法では、残留オーステナイト量が50vol%以上になっても710以上のビッカース硬さHVを維持できることがわかる。
【0116】
このように、表面から0.1mmの深さにおける残留オーステナイト量を50vol%以上にし、且つ、その深さにおけるビッカース硬さHVを710以上にすることにより、フレーキング寿命を従来よりも長くし得ることがわかった。
【0117】
表2に、実施例1〜10および比較例1〜11について、表面から0.1mmの深さにおける鋼組織の結晶粒径と、期間AおよびBの繰り返し回数と、表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量とを示す。鋼組織の結晶粒径の測定は、JIS G 0551「鋼−結晶粒度の顕微鏡試験方法」中の「計数方法による評価方法」に従い、結晶粒の平均直径を求めることにより行った。また、炭素含有量の測定は、電子線マイクロアナライザ(EPMA)を用いて行った。なお、比較例3〜10については、一部の値は示されていない。
【0118】
【表2】

【0119】
実施例4および8と、実施例1〜3、7、9および10との比較から、鋼組織の結晶粒径を9μm以下にすることにより、いっそうの長寿命化が可能であることがわかる。
【0120】
また、表1および表2から、鋼組織の結晶粒径を9μm以下とするためには、表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量が1.4wt%以上で(つまり高濃度浸炭処理あるいは高濃度浸炭窒化処理を1.4%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行い)、且つ、焼き入れの際の焼入れ油の表面上の雰囲気圧が50kPa以上であることが好ましいことがわかる。
【0121】
実施例1〜3および10からわかるように、雰囲気圧が50kPa未満(ここではいずれも40kPa以下)であると、炭素含有量が十分多くても鋼組織の結晶粒径を十分に微細化することはできない。また、比較例1、2および11からわかるように、雰囲気圧が50kPa以上であっても、炭素含有量が少ないと、鋼組織の結晶粒径を十分に微細化することはできない。
【0122】
なお、既に説明したように、雰囲気圧が60kPaを超えると、蒸気膜段階を十分長くすることができず、残留オーステナイト量を十分に増やすことができないので、雰囲気圧は50kPa以上60kPa以下が好ましいといえる。
【0123】
また、実施例5および6と、実施例1〜3、7、9および10との比較から、炭素含有量を1.6wt%以上2.0wt%以下にすることによっても、いっそうの長寿命化が可能であることがわかる。従って、炭素含有量は、1.6wt%以上2.0wt%以下であることが好ましい。
【0124】
表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量を1.6wt%以上2.0wt%以下に精度良く制御するためには、高濃度浸炭処理(高濃度浸炭窒化処理)中に、期間AおよびBを4回または5回繰り返すことが好適である。つまり、加熱室51の内部への炭化水素の導入を4回または5回停止することが好ましい。
【0125】
表3に、H値が0.07cm-1の焼入れ油を用いて15kPaの雰囲気圧で焼入れが行われた実施例11、H値が0.06cm-1の焼入れ油を用いて15kPaの雰囲気圧で焼入れが行われた比較例12、H値が0.10cm-1の焼入れ油を用いて3kPa以下の雰囲気圧で焼入れが行われた比較例13およびH値が0.10cm-1の焼入れ油を用いて65kPaの雰囲気圧で焼入れが行われた比較例14について、ビッカース硬さHVと残留オーステナイト量とを示す。
【0126】
【表3】

【0127】
実施例11では、ビッカース硬さHVが710以上であるのに対し、比較例12および13では、ビッカース硬さHVは710未満である。このように、実施例11と比較例12との比較から、また、実施例11と比較例13との比較から、十分な硬さを実現する観点からは、焼入れ油のH値は、0.07cm-1以上であることが好ましく、焼入れ油の表面上の雰囲気圧は5kPa以上であることが好ましいことがわかる。また、実施例11では、残留オーステナイト量が50vol%以上であるのに対し、比較例14では、残留オーステナイト量は50vol%未満である。このように、実施例11と比較例14との比較から、残留オーステナイト量を十分に増加させる観点からは、焼入れ油の表面上の雰囲気圧は60kPa以下であることが好ましいことがわかる。
【0128】
また、高濃度浸炭処理と窒化処理との間に、加熱室51の内部へ炭化水素およびアンモニアのいずれもが導入されないリファイニング工程を実行することも好ましい。リファイニング工程により、表面近傍に析出している炭化物の粒径をいっそう小さくすることが可能となる。
【0129】
例えば、図4および図8に示した処理条件を、それぞれ図13および図14に示すように改変することができる。図13および図14に示す処理条件では、高濃度浸炭処理と窒化処理との間に、850℃で60分間(もちろんこの温度、時間に限定されるものではない)、炭化水素およびアンモニアの導入が行われないリファイニング工程が実行され、その後、ガス冷却が行われる。このようなリファイニング工程により、表面近傍に析出している炭化物の粒径をいっそう小さくすることができる。例えば、図8に示した処理条件では、炭化物の粒径が7〜9μmであったのに対し、図14に示した処理条件では、炭化物の粒径は4〜6μmであった。
【0130】
本実施形態におけるコネクティングロッド1は、内燃機関に好適に用いられる。図15に、本実施形態におけるコネクティングロッド1を備えた内燃機関100の一例を示す。内燃機関100は、クランクケース110、シリンダブロック120およびシリンダヘッド130を有している。
【0131】
クランクケース110内にはクランクシャフト111が収容されている。クランクシャフト111は、クランクピン112およびクランクウェブ113を有している。クランクピン112と、クランクウェブ113とは、別体に形成されている。つまり、クランクシャフト111は、組立て式のクランクシャフトである。
【0132】
クランクケース110の上に、シリンダブロック120が設けられている。シリンダブロック120には、円筒状のシリンダスリーブ121がはめ込まれており、ピストン122は、シリンダスリーブ121内を往復し得るように設けられている。
【0133】
シリンダブロック120の上に、シリンダヘッド130が設けられている。シリンダヘッド130は、シリンダブロック120のピストン122やシリンダスリーブ121とともに燃焼室131を形成する。シリンダヘッド130は、吸気ポート132および排気ポート133を有している。吸気ポート132内には燃焼室131内に混合気を供給するための吸気弁134が設けられており、排気ポート133内には燃焼室131内の排気を行うための排気弁135が設けられている。
【0134】
ピストン122とクランクシャフト111とは、コネクティングロッド1によって連結されている。具体的には、コネクティングロッド1の小端部20に形成されたピストンピン孔にピストン122のピストンピン123が挿通されているとともに、大端部30に形成されたクランクピン孔にクランクシャフト111のクランクピン112が挿通されており、そのことによってピストン122とクランクシャフト111とが連結されている。
【0135】
フリクションロスの低減が重視される仕様の内燃機関(例えばシリンダの数が1つである単気筒内燃機関)では、図15に示す内燃機関100のように、コネクティングロッド1の大端部30の内周面30aとクランクピン112との間には、ニードルベアリング114が設けられている。ニードルベアリング114が設けられている場合、コネクティングロッド1がニードルベアリング114に押し付けられることにより、大端部30の内周面30aに応力が発生する。この応力が過大であると、フレーキングの発生が懸念される。しかしながら、本実施形態におけるコネクティングロッド1は、耐フレーキング性に優れているので、フレーキングの発生が商品として必要な期間以上の長期間にわたって防止される。
【0136】
なお、図15には、転がり軸受としてニードルベアリング114を例示したが、転がり軸受は、ニードルベアリングのようなころ軸受に限定されるものではなく、ボールベアリング(玉軸受)であってもよい。
【0137】
図16に、図15に示した内燃機関100を備えた自動二輪車を示す。図16に示す自動二輪車では、本体フレーム301の前端にヘッドパイプ302が設けられている。ヘッドパイプ302には、フロントフォーク303が車両の左右方向に揺動し得るように取り付けられている。フロントフォーク303の下端には、前輪304が回転可能なように支持されている。
【0138】
本体フレーム301の後端上部から後方に延びるようにシートレール306が取り付けられている。本体フレーム301上に燃料タンク307が設けられており、シートレール306上にメインシート308aおよびタンデムシート308bが設けられている。
【0139】
また、本体フレーム301の後端に、後方へ延びるリアアーム309が取り付けられている。リアアーム309の後端に後輪310が回転可能なように支持されている。
【0140】
本体フレーム301の中央部には、図13に示した内燃機関100が保持されている。内燃機関100は、本実施形態におけるコネクティングロッド1を備えている。内燃機関100の前方には、ラジエータ311が設けられている。内燃機関100の排気ポートには排気管312が接続されており、排気管312の後端にマフラー313が取り付けられている。
【0141】
内燃機関100には変速機315が連結されている。変速機315の出力軸316に駆動スプロケット317が取り付けられている。駆動スプロケット317は、チェーン318を介して後輪310の後輪スプロケット319に連結されている。変速機315およびチェーン318は、内燃機関100により発生した動力を駆動輪に伝える伝達機構として機能する。
【0142】
図16に示した自動二輪車には、本実施形態におけるコネクティングロッド1を備えた内燃機関100が用いられているので、商品として必要な期間以上の長期間にわたってフレーキングの発生が防止される。また、本実施形態におけるコネクティングロッド1は、小型軽量化にも適している。高寿命化により、高負荷をコネクティングロッド1にかけることが可能になるためである。コネクティングロッド1の小型軽量化により、内燃機関100や車体も軽量化され、自動二輪車の走行安定性や、乗り易さ、扱い易さが向上し、商品性が向上する。
【0143】
なお、本実施形態におけるコネクティングロッド1を備えた内燃機関100は、自動二輪車に限定されず、自動車両全般に好適に用いられ、ライダーが跨って乗る鞍乗り型車両に特に好適に用いられる。鞍乗型車両としては、例示した自動二輪車の他、バギーなどのATVが挙げられる。
【0144】
また、本実施形態におけるコネクティングロッド1は、発電機や農作業機器などで用いられる小型内燃機関にも用いることができる。
【0145】
なお、本実施形態では、コネクティングロッドを例として説明を行ったが、本発明は、コネクティングロッドおよびその製造方法に限定されるものではない。本発明による鋼製部品は、コネクティングロッド以外の部品であってもよく、例えば、クランクピンであってもよい。クランクピンでは、その外周面が転がり軸受に接する。
【産業上の利用可能性】
【0146】
本発明によると、転がり軸受に接する表面におけるフレーキングの発生が抑制され、フレーキング寿命に優れた鋼製部品およびその製造方法が提供される。
【0147】
本発明による鋼製部品は、各種の自動車両用の内燃機関(例えば自動二輪車用の内燃機関)に広く用いられる。
【符号の説明】
【0148】
1 コネクティングロッド
10 ロッド本体部
20 小端部
20a 小端部の内周面
22 ピストンピン孔
30 大端部
30a 大端部の内周面
32 クランクピン孔
100 内燃機関

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受に接する表面を有する鋼製部品であって、
前記表面から0.1mmの深さにおいて、残留オーステナイト量が50vol%以上で、且つ、ビッカース硬さHVが710以上である鋼製部品。
【請求項2】
前記表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量が1.1wt%以上2.2wt%未満である請求項1に記載の鋼製部品。
【請求項3】
前記表面から0.1mmの深さにおける炭素含有量が1.6wt%以上2.0wt%以下である請求項2に記載の鋼製部品。
【請求項4】
前記表面から0.1mmの深さにおける鋼組織の結晶粒径が9μm以下である請求項1から3のいずれかに記載の鋼製部品。
【請求項5】
コネクティングロッドである請求項1から4のいずれかに記載の鋼製部品。
【請求項6】
ロッド本体部と、
前記ロッド本体部の一端に設けられた小端部と、
前記ロッド本体部の他端に設けられた大端部と、を備え、
前記大端部の内周面が、転がり軸受に接する前記表面である請求項5に記載の鋼製部品。
【請求項7】
クランクピンである請求項1から4のいずれかに記載の鋼製部品。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の鋼製部品を備えた内燃機関。
【請求項9】
前記表面に接するように設けられた転がり軸受をさらに備える請求項8に記載の内燃機関。
【請求項10】
請求項8または9に記載の内燃機関を備えた自動車両。
【請求項11】
転がり軸受に接する表面を有する鋼製部品の製造方法であって、
鋼から形成されたワークピースを用意する工程(A)と、
前記ワークピースに対して1.1%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で浸炭処理を施してその後に窒化処理を施すか、または、前記ワークピースに対して1.1%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で浸炭窒化処理を施す工程(B)と、
前記工程(B)の後に、0.07cm-1以上0.11cm-1未満の焼入れ強烈度を有する焼入れ油を用い、前記焼入れ油の表面上の雰囲気圧を5kPa以上60kPa以下に制御しながら前記ワークピースに対して焼入れを施す工程(C)と、を包含する鋼製部品の製造方法。
【請求項12】
前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理は、2.2%未満のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われる請求項11に記載の鋼製部品の製造方法。
【請求項13】
前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理は、1.6%以上2.0%以下のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われる請求項12に記載の鋼製部品の製造方法。
【請求項14】
前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理は、1.4%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われ、
前記工程(C)は、前記焼入れ油の表面上の雰囲気圧を50kPa以上60kPa以下に制御しながら実行される請求項11から13のいずれかに記載の鋼製部品の製造方法。
【請求項15】
前記工程(B)および前記工程(C)は、少なくとも前記焼入れ油の表面上の空間を減圧することができる減圧機構を備えた浸炭炉内で実行される請求項11から14のいずれかに記載の鋼製部品の製造方法。
【請求項16】
前記浸炭炉は、その内部で前記工程(B)が実行される加熱室と、その内部で前記工程(C)が実行される冷却室とをさらに備え、前記減圧機構によって前記加熱室の内部および前記冷却室の内部の両方を減圧することができる真空浸炭炉である請求項15に記載の鋼製部品の製造方法。
【請求項17】
前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理中に、前記加熱室の内部への炭化水素の導入が複数回停止される請求項16に記載の鋼製部品の製造方法。
【請求項18】
前記工程(B)における前記浸炭処理または前記浸炭窒化処理中に、前記加熱室の内部への炭化水素の導入が4回または5回停止される請求項17に記載の鋼製部品の製造方法。
【請求項19】
前記工程(B)において、前記浸炭処理と前記窒化処理との間に、前記加熱室の内部へ炭化水素およびアンモニアのいずれもが導入されないリファイニング工程が実行される請求項16から18のいずれかに記載の鋼製部品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2012−184502(P2012−184502A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−26001(P2012−26001)
【出願日】平成24年2月9日(2012.2.9)
【出願人】(000010076)ヤマハ発動機株式会社 (3,045)
【Fターム(参考)】