説明

電動機の制御データ更新方法と制御装置

【課題】電動機の個体差に応じてマップのデータを最適化できるようにする。
【解決手段】トルクと駆動電流及び電流位相角との関係を示すマップを参照して、目標トルクが出力されるように同期電動機の駆動装置を制御しつつ(S1)、当該同期電動機の出力軸に取り付けたトルク測定器で実トルクを測定する(S2)。この実トルクの測定結果に基づいて、目標トルクが出力されているか否か判断し(S3)、目標トルクが出力されていない場合に、現在の駆動電流の電流位相角を変更してトルク測定器で実トルクを測定することにより、当該測定トルクが最適値になる電流位相角を決定し(S4〜S6)、この決定した電流位相角に基づいてマップを更新する(S7)、電動機の制御データ更新方法を提案する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
電動機、中でも同期電動機の制御に関する技術が以下に開示される。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド自動車や電気自動車では、一般的に永久磁石同期電動機が、走行用モータ、ポンプ等に使用される。車両に搭載されるこのタイプの電動機を駆動する駆動装置は、例えば、直流電源を交流変換して駆動電流を提供するインバータを含む。インバータは、IGBT等のスイッチング素子を使用して構成され、PWM(パルス幅変調)信号によって制御される。このようなインバータを含んだ駆動装置を制御する制御装置は、例えば特許文献1に開示されるように、駆動電流、電流位相角、トルクの関係を予めマップとして記憶しており、目標とするトルクに応じてマップを参照し、駆動電流及びその電流位相角を決定してこれに応じたPWM信号を生成し、駆動装置を制御する。当該制御に必要なマップは、電動機設計時のシミュレーション解析などによって作成され、制御装置の備えるROM等に予め記憶されたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11−332298号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のように、制御装置が参照するマップは設計時に作成されるデータであるため、実際に装備される電動機の個体差やその経時的変化が考慮されておらず、必ずしも全製品で最適な制御が行われているというわけではない。この点に鑑みると、電動機の固体ごと、あるいは経時的に、マップすなわち制御データを最適化できるようにすることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0005】
当課題に対して提案するのは、
トルクと駆動電流及び電流位相角との関係を示すマップを参照して、目標トルクが出力されるように同期電動機の駆動装置を制御しつつ、当該同期電動機の出力軸に取り付けたトルク測定器で実トルクを測定し、
この実トルクの測定結果に基づいて、前記目標トルクが出力されているか否か判断し、
前記目標トルクが出力されていない場合に、現在の駆動電流の電流位相角を変更して前記トルク測定器で実トルクを測定することにより、当該測定トルクが最適値になる電流位相角を決定し、
この決定した電流位相角に基づいて前記マップを更新する、電動機の制御データ更新方法である。
【0006】
あるいは、別の態様として、
トルクと駆動電流及び電流位相角との関係を示すマップを参照して、目標トルクが出力されるように同期電動機の駆動装置を制御する制御装置であって、
前記同期電動機の出力軸に取り付けられてトルクを測定するトルク測定器を備え、
該トルク測定器により測定される実トルクの測定結果に基づいて、前記目標トルクが出力されているか否かを判断し、
前記目標トルクが出力されていない場合に、現在の駆動電流の電流位相角を変更して前記トルク測定器で実トルクを測定することにより、当該測定トルクが最適値になる電流位相角を決定し、
この決定した電流位相角に基づいて前記マップを更新する、制御装置を提案する。
【発明の効果】
【0007】
上記提案に係る制御データ更新方法及び制御装置は、トルク制御を行っている同期電動機の出力軸から実トルク(実際に出力されているトルク)を測定し、目標とするトルクが得られない場合は、実測値に従って現在の駆動電流の電流位相角を較正することができる。この較正後の値に基づいて制御データ、すなわちマップを更新することにより、電動機の個体差や経時的変化に対応してマップが最適化される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】同期電動機を駆動する駆動装置及び制御装置の実施形態を示したブロック図。
【図2】トルク測定器の取り付け状態を説明する同期電動機の断面図。
【図3】トルク測定器の構成例を示したブロック図。
【図4】トルク測定器と無線通信する通信器の構成例を示したブロック図。
【図5】回転速度とトルクの関係をマッピングした電動機の出力特性図。
【図6】同期電動機に関するd軸−q軸の電流ベクトル図。
【図7】駆動電流の電流位相角とトルクとの関係を説明する図。
【図8】駆動電流設定に使用するマップを例示した図。
【図9】マップ更新処理の一例を示したフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0009】
図1は、車載される永久磁石同期電動機を駆動する駆動装置及び制御装置の実施形態を示している。
同期電動機Mは、一例として3相のスター結線型で、U相、V相、W相の固定子コイルを含む固定子と、永久磁石を含む回転子とを有する。この同期電動機Mを制御するパワーモジュールPMは、駆動電流を提供する駆動装置1及び該駆動装置1を制御する制御装置2を有する。駆動装置1は、U相、V相、W相ごとに、IGBT等のスイッチング素子を直流電源BATの高位側と低位側の間に直列接続したインバータを有し、直流を交流変換して同期電動機Mへ提供する。その各スイッチング素子は制御装置2によるPWM信号で制御され、これに従いU相、V相、W相の各固定子コイルが、例えば正弦波通電(180度通電)で制御される。
【0010】
制御装置2は、プログラムに従い動作するマイコン等のコンピュータにより構成され、同期電動機Mの各相電流を検出する電流検出器3及びホール素子等を利用した回転角度検出器4の各検出信号に基づいて制御を実行する。本実施形態の回転角度検出器4は、回転速度検出器も兼ねており、その検出信号は回転角度エンコーダ4aを通して制御装置2へ送られる。制御装置2には、エンジンの電子制御ユニットECから運転に関する指令等の運転情報が受信される。
【0011】
制御装置2はさらに、同期電動機Mの出力軸M1に取り付けられたトルク測定器5を備える。本実施形態のトルク測定器5は、無線通信式で、通信器6から無線で電力供給を受け且つ信号を送受信する。通信器6は、パワーモジュールPMから電力供給され、トルク測定器5から受信した測定信号を制御装置2に送る。これらトルク測定器5及び通信器6の取り付け状態について、図2の断面図に示す。
【0012】
同期電動機Mは、出力軸M1の周囲に回転子M2が固定され、回転子M2の外周部位に永久磁石M3が固定されている。この出力軸M1をベアリングを介し回転自在に装着するハウジングM4では、電磁石の固定子M5が内周面に固定されている。そして、ハウジングM4内の出力軸M1端部には、回転角度検出器4が設けられる。トルク検出器5は、ハウジングM4から外へ延伸する出力軸M1の側面に形成された切欠平坦部に固定される。一方、トルク検出器5を固定した出力軸M1の切欠平坦部に対応させて、ハウジングM4の側面に鍔部M4aが突設され、この鍔部4aに通信器6が固定される。鍔部4aに固定された通信器6が、出力軸M1と共に回転するトルク測定器5に給電し且つ測定信号を受信する。
本実施形態では、ハウジングM4の鍔部M4aに通信器6を固定し、無線でトルク測定器5と通信する形態を示すが、トルク測定器5から出力軸M1の中を通して配線し、制御装置2と有線接続する形態も可能である。
【0013】
トルク検出器5は、一例として、特開2006−220574公報に開示される半導体チップ型の歪みセンサを使用することができる。この歪みセンサは、単結晶半導体基板に形成したホイートストンブリッジ回路を有し、取り付けられた軸に生じるトルクを高精度に測定する。また、同一チップに電源回路、無線回路、増幅回路等を集積して、測定信号を無線でとばすことが可能となっている(詳細は特開2006−220574公報参照)。このようなトルク検出器5及びこれと通信する通信器6の回路構成について、図3及び図4に示す。
【0014】
図3に示すようにトルク測定器5は、上記の歪みセンサ5aと、この歪みセンサ5aの出力信号を増幅する増幅回路5bと、増幅回路5bで増幅された信号を通信用に処理し、送信アンテナ5cから送信する高周波回路5dと、これら回路に電源供給する電源回路5eと、を有する。電源回路5eは、受電コイル5fを備え、外部から加えられる電磁波エネルギを電源として各回路へ供給する。
【0015】
また、図4に示す通信器6は、これも1つの半導体チップに集積された回路であり、パワーモジュールPMから電源供給される電源回路6aと、送電コイル6bから送電を行う誘導電源発生回路6cと、受信アンテナ6dを通しトルク測定器5の送信信号を受信する検波回路6eと、該受信信号を処理して制御装置2へ測定信号を送る信号復調回路6fと、を有する。この通信器6から電磁誘導方式でトルク測定器5に電源供給され、トルク測定器5から、実トルクを測定した測定信号が無線通信される。
【0016】
本実施形態の制御装置2は、図5に示す電動機出力特性のマップを、内蔵したPROM(プログラマブルROM)に記憶しており、回転角度検出器4により得られる現在の同期電動機Mの回転速度N(r/min)とトルクT(Nm)との関係から駆動電流iとその電流位相角βを決定する。
駆動電流iは、図6の電流ベクトルに示すように、回転子座標軸におけるd軸の電流成分idとこれと90°位相のq軸の電流成分iqに従い電流位相角βが決まり、この電流位相角βに応じて、例えば図7Aに示すように同期電動機Mの出力トルクが変化する。図7Aは、図8に示す電流設定のマップを作成するための基礎データをプロットしたグラフであり、同期電動機Mの設計時等にシミュレーション解析(もしくは実験)で作成され得る。図7Aのグラフは、N=0,N=100,N=200・・・(r/min)といった回転速度Nの所定の区切りごとに、トルクT、駆動電流i、その電流位相角βの関係を示している。回転速度の区切りの間の値は補完又は近い値で代用される。なお、前述の特許文献1にあるように、回転角度検出器4で検出される固定子の回転角度(θ)と回転速度Nの両方に応じてデータをプロットしてもよい。駆動電流iは、i1<i2<i3の関係にある。i=i1,i2,i3の値を示すが、より多くの電流値で作成されることは勿論である。
【0017】
図7Aに「×」で示すように、駆動電流iの各値i1,i2,i3において、トルクTのピーク値があり、当該ピーク値のトルクTを出力できるときの電流位相角βが最適値(最高効率)とされる。各回転速度Nごとに、横軸にトルクT、縦軸に電流位相角βをとって、トルクTのピーク値をプロットすると、図8Aに点線で示す電流位相角−トルクマップが作成され、これが制御装置2に記憶される。そして、各回転速度Nごとに、横軸に駆動電流i、縦軸に電流位相角βをとって、トルクTのピーク値をプロットすると、図8Bに点線で示す電流位相角−駆動電流マップが作成され、これも制御装置2に記憶される。
【0018】
制御装置2は、同期電動機Mから出力するべき目標トルクが決まると、図8A及び図8Bの点線に示す、トルクと駆動電流及び電流位相角との関係を示すマップを参照して、目標トルクを出力するように、駆動電流i及び電流位相角β(d軸電流成分id及びq軸電流成分iq)に応じたPWM信号を生成し、駆動装置1へ印加し制御する。すなわち、目標トルクに応じた電流位相角βを図8Aの電流位相角−トルクマップを参照して決定し、該決定した電流位相角βに応じた駆動電流iを図8Bの電流位相角−駆動電流マップを参照して決定する。なお、図8Bの電流位相角−駆動電流マップは、電流位相角βにd軸電流成分id及びq軸電流成分iqを対応させたマップであってもよい。そして、制御装置2は、電流検出器3で検出される各相電流に基づいて周知のフィードバック制御を実行する。すなわち、目標トルクに対応した駆動電流iとその電流位相角βが維持されるように制御する。
【0019】
図7Bに示すように、同期電動機Mにおいて、部品の経時的変化や電動機の個体差等の要因により、上述のようにして設計時にプロットしたトルク−電流位相角特性に対する誤差が生じ得る。すなわち、点線で示す設計時の特性曲線に対し、実線で示す実際の同期電動機Mの特性曲線が相異し、電流位相角βに対するトルクTのピーク値が設計値と実際の最適値とでΔβだけ違ってしまうことがある。この状態になると、制御装置2がフィードバック制御で駆動電流iとその電流位相角βを維持したとしても、同期電動機Mから実際に出力されるトルクは所望の値にはならず、不足又は過剰となる。そこで、制御装置2は、トルク測定器5による実トルクの測定を利用して、図8のマップつまり制御データの更新を図る。このマップ更新処理のフローを図9に示す。
【0020】
図9のフローチャートは、組み付け終わった同期電動機Mの出荷前テスト時、数ヶ月おきなどの所定期間ごと、同期電動機Mを交換した際、などのデータ更新可能な時期に適宜実行される。また、制御装置2がプログラムに従って実行するものとして説明するが、例えば出荷前テスト時であれば、外部からパーソナルコンピュータ(PC)を制御装置2と接続し、当該PCでマップ更新処理をソフトウエアにより実行し、制御装置2が記憶しているマップを更新する手法でもよい。
【0021】
マップ更新処理を開始した制御装置2は、ステップS1で、目標トルクを設定し、図8に示すトルクと駆動電流及び電流位相角との関係を示すマップを参照して駆動電流i及び電流位相角βを決定し、同期電動機Mが目標トルクを出力するように駆動装置1を制御する。この制御中に制御装置2は、ステップS2で、同期電動機Mの出力軸M1に取り付けたトルク測定器5の測定信号を受信する。すなわち、トルク測定器5により実トルクを測定する。このトルク測定器5により測定される実トルクの測定結果に基づいて、制御装置2はステップS3で、ステップS1の目標トルクが出力されているか否か判断する。このときの制御装置2は、トルク測定器5から受信される測定信号の所定時間の平均値を利用して判断してもよい。制御装置2は、ステップS3で目標トルクが得られていると判断した場合は、処理を終了する。もしくは、ステップS1へ戻って別の目標トルクを設定し、処理を再スタートしてもよい。
【0022】
ステップS3で目標トルクが出力されていないと判断した場合、制御装置2は、ステップS4において、現在の駆動電流iの電流位相角β、言い換えると、ステップS1〜S2で設定していた駆動電流iの電流位相角βを変更する。すなわち制御装置2は、駆動電流iの大きさは変えずにd軸電流成分idとq軸電流成分iqを変更する。これにより、例えば現在の駆動電流iが図7Aのi1であれば、その特性曲線に沿って電流位相角βが変わり、i=i1におけるトルクTのピーク値を出力する電流位相角βの値を見つけ出すことができる。制御装置2は、ステップS5で、id及びiqによって電流位相角βを変更しつつ、トルク測定器5により実トルクを測定しており、ステップS6において、トルク測定器5による測定トルクが最大となるか否かを判断する。例えば、制御装置2は、ステップS4の電流位相角β変更後に測定トルクが上昇するか下降するかを判断し、上昇するうちはステップS4から繰り返す一方、下降に転じたときは、その直前の電流位相角βを、この場合のトルク最適値であるピーク値を出力する電流位相角として決定する。
【0023】
トルクの最適値を出力する電流位相角βが決まれば、制御装置2は、ステップS7で、図8のマップ、つまり記憶した制御データを新しい値に更新する。マップにある各回転速度Nと駆動電流iの各電流値でデータを更新することで、図8中に実線で示すように、マップが新しいデータに更新されていく。
【0024】
更新対象のマップは、図8に示す例に限られず、トルク−駆動電流−電流位相角の関係を示した各種マップが更新対象となり得る。
【符号の説明】
【0025】
1 駆動装置
2 制御装置
3 電流検出器
4 回転角度検出器
5 トルク測定器
6 通信器
M 同期電動機
M1 出力軸
PM パワーモジュール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トルクと駆動電流及び電流位相角との関係を示すマップを参照して、目標トルクが出力されるように同期電動機の駆動装置を制御しつつ、当該同期電動機の出力軸に取り付けたトルク測定器で実トルクを測定し、
この実トルクの測定結果に基づいて、前記目標トルクが出力されているか否か判断し、
前記目標トルクが出力されていない場合に、現在の駆動電流の電流位相角を変更して前記トルク測定器で実トルクを測定することにより、当該測定トルクが最適値になる電流位相角を決定し、
この決定した電流位相角に基づいて前記マップを更新する、
電動機の制御データ更新方法。
【請求項2】
トルクと駆動電流及び電流位相角との関係を示すマップを参照して、目標トルクが出力されるように同期電動機の駆動装置を制御する制御装置であって、
前記同期電動機の出力軸に取り付けられてトルクを測定するトルク測定器を備え、
該トルク測定器により測定される実トルクの測定結果に基づいて、前記目標トルクが出力されているか否かを判断し、
前記目標トルクが出力されていない場合に、現在の駆動電流の電流位相角を変更して前記トルク測定器で実トルクを測定することにより、当該測定トルクが最適値になる電流位相角を決定し、
この決定した電流位相角に基づいて前記マップを更新する、制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−74769(P2013−74769A)
【公開日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−214123(P2011−214123)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(509186579)日立オートモティブシステムズ株式会社 (2,205)
【Fターム(参考)】