説明

駆動力配分装置及びその製造方法

【課題】引きずりトルクを大幅に低減することを可能とし、高価な表面処理を施さなくても、長期間にわたって安定した良好な摩擦特性と耐久性とを維持することを可能とし、更にはクラッチ伝達トルク特性のバラツキを防止することを可能とした駆動力配分装置及びその製造方法を提供する。
【解決手段】駆動力配分装置9は、第2の摩擦クラッチ50のクラッチプレートのうち一方のクラッチプレートの摺動面に紙製のフェーシングを設けている。第2の摩擦クラッチ50は、電磁石70とアーマチュア71との間に介在されている。電磁石70がアーマチュア71を吸引する荷重を第2の摩擦クラッチ50に対して直接加えることで、入力部材20と出力部材30との間のトルク伝達を行う第1の摩擦クラッチ40の締結を調整する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁式摩擦クラッチを用いた駆動力配分装置及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えば電磁式摩擦クラッチを備えた四輪駆動車における各種の駆動力配分装置が提案されている(例えば、特許文献1参照)。この特許文献1に記載された従来の駆動力配分装置は、入力部材と出力部材との間のトルク伝達を行うメインクラッチの締結を、電磁石の通電により締結するパイロットクラッチにより調整している。そのパイロットクラッチは、フロントハウジング内に設けられており、パイロットクラッチの一側には、アーマチャが配置されている。パイロットクラッチの他側には、リヤハウジングが配置されており、そのリヤハウジング内には、ヨーク内に嵌着された電磁石が配置されている。
【0003】
この従来の駆動力配分装置によれば、電磁石への通電により、ヨーク、リヤハウジング、アーマチャ、パイロットクラッチ、リヤハウジング及びヨーク間を循環する磁気回路が形成される。電磁石によりアーマチャを吸引してパイロットクラッチを押付けることでパイロットクラッチが締結される。その締結によりスラスト力を発生するカム機構により、メインクラッチに対する押付け力に変換し、その押付け力をメインクラッチへ伝達することで、入力部材から出力部材へ駆動力が伝達される。
【0004】
パイロットクラッチに対する押付け力は、電磁石の電磁コイルにより励起された磁束がパイロットクラッチを貫通してアーマチャを吸引することで発生する。そのため、パイロットクラッチは、磁気を通し易いという特性とクラッチプレートの摩擦特性との両方を兼ね備えた構成を必要とする。これにより、パイロットクラッチは鉄製であり、その鉄製のクラッチプレートの摺動面には、摩擦係合による摩耗を抑制する表面処理が施されている。磁気回路の一部を構成するリヤハウジングのパイロットクラッチの中間部と対応する部位には、非磁性体が埋設されている。
【0005】
パイロットクラッチの表面処理としては、クラッチプレートの摺動面に同心円上に設けられた多数の微細な幅の溝部、あるいは多数の格子状の溝部を形成するとともに、その摺動面の組成を窒化処理又は焼き入れ焼き戻し処理により変化させたり、クラッチプレートの摺動面にダイヤモンド状炭素薄膜を施したりしている。この表面処理により、クラッチプレートの摺動面を強化して摩耗を減らすようにしている。
【0006】
この種の駆動力配分装置の他の一例としては、例えばオイルで潤滑されたとき最適に機能する摩擦クラッチ紙をパイロットクラッチのクラッチプレート摺動面に設けた駆動力配分装置がある(例えば、特許文献2参照)。
【0007】
この特許文献2に記載された従来の駆動力配分装置は、入力部材を回転可能に支持するハウジング内に電磁石を固定している。パイロットクラッチは、入力部材の内面に設けられており、入力部材を介して電磁石が対向して配置されている。パイロットクラッチの入力部材と反対側には、電磁石のプランジャに連結されたアーマチュア(作用プレート)が対向して配置されている。
【特許文献1】特開2003−28218号公報
【特許文献2】特開2005−61629号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、オイルで潤滑されたときクラッチプレート同士が対向する2面間に介在するオイルの粘性抵抗により引きずりトルクが発生する。大きな引きずりトルクが発生する原因の一つとしては、クラッチプレート摺動面(摩擦面)が広いことにある。すなわち、オイル粘性による引きずりトルクは、クラッチプレート同士が対向する2面の面積に比例する。
【0009】
上記特許文献1に記載された従来の駆動力配分装置は、パイロットクラッチが磁気回路の一部を構成しているため、パイロットクラッチの磁気通路断面積を、磁気を通し易くする所定の広さに設定する必要がある。そのため、クラッチプレートの摺動面に加えて、クラッチプレートの摺動面としては必要としない磁気通路断面を形成しなければならず、パイロットクラッチを大きく形成せざるを得なかった。その結果、引きずりトルクを減少させるのには限界があり、引きずりトルクを小さくすることが困難となるという問題点があった。そのため、特に低温時の大きな引きずりトルクを前提としてデファレンシャルやドライブシャフトの強度を大きくして設計しなければならず、重量が嵩み、大型化し、製作コストが高騰するという問題点があった。また、低温時にはタイトコーナーブレーキング現象の発生を回避することができないなどという操縦性の悪化を招くという問題点があった。
【0010】
また、この従来の駆動力配分装置は、パイロットクラッチが鉄同士の摩擦のため、スティック・スリップによる振動、騒音が発生しやすく、対策として摺動面に種々の油溝を設けたり、耐摩耗牲を持たせたりするために窒化処理又は焼き入れ焼き戻し処理あるいはダイヤモンド状炭素薄膜を施しているが、加工コストが高くなるという問題点があった。また、これらの処理を施したとしても、油溝の摩耗などによりパイロットクラッチの摩耗特性(μ−V特性)が使用中に悪化して、車両の振動・騒音が発生するという問題点があった。また、この従来の駆動力配分装置は、磁気回路の一部を構成するリヤハウジングに埋設された非磁性体を挟んで、フロントハウジング側のアーマチュアとリヤハウジング側の電磁石とを配置し、アーマチュア及び非磁性体間にパイロットクラッチを配置した構造とされており、この非磁性体との接合構造の製作コストが高騰するという様々な問題点があった。
【0011】
一方、上記特許文献2に記載された従来の駆動力配分装置にあっては、電磁石のヨークとアーマチュア(プランジャ)の空隙が、特に軸方向の荷重に対して変形が大きいボールベアリングを介して維持されている。そのため、この従来の駆動力配分装置は、電磁式カップリングとハウジングとの位置関係に影響され、電磁石のヨークとアーマチュア(プランジャ)の空隙長が不安定となり、製品ごとにクラッチ伝達トルク特性のバラツキが発生するという問題点を有している。
【0012】
本発明は、上記従来の課題を解消すべくなされたものであり、引きずりトルクを大幅に低減することを可能とし、高価な表面処理を施さなくても、長期間にわたって安定した良好な摩擦特性と耐久性とを維持することを可能とし、更にはクラッチ伝達トルク特性のバラツキを防止することを可能とした駆動力配分装置及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明によれば、入力軸と出力軸の間のトルク伝達を行う第1の摩擦クラッチと、前記第1の摩擦クラッチの伝達トルクを調整する第2の摩擦クラッチと、前記第2の摩擦クラッチのトルクをスラスト力に変換して前記第1の摩擦クラッチへ伝達するカム機構と、前記第2の摩擦クラッチの一側に配されたアーマチュアと、前記第2の摩擦クラッチの他側に配された電磁石と、前記アーマチュア及び前記電磁石の間に形成される空隙と、前記アーマチュア及び前記電磁石の間に介在する少なくとも1つの板部材と、を備え、前記電磁石と前記アーマチュアとが互いに吸引し合う吸引力により軸方向に作用する荷重を前記第2の摩擦クラッチに対して直接付与するよう構成した駆動力配分装置が提供される。
【0014】
上記駆動力配分装置において、前記第2の摩擦クラッチは、互いに摩擦係合する複数の第1及び第2のクラッチプレートを有し、前記第1及び第2のクラッチプレートのうち一方のクラッチプレートの摺動面に紙製のフェーシングを設けた構成が好ましい。
【0015】
上記駆動力配分装置において、前記第2の摩擦クラッチが、前記アーマチュアと前記電磁石との間に介在された構成が好ましい。
【0016】
上記駆動力配分装置において、前記入力軸と同一軸線上に設けられた磁路形成部を備え、前記電磁石、前記アーマチュア及び前記第2の摩擦クラッチを前記磁路形成部の外周に配置した構成が好ましい。
【0017】
上記駆動力配分装置において、前記第2の摩擦クラッチは、前記第1及び第2のクラッチプレートの一方を前記アーマチュアに対して軸方向に移動可能に係合し、前記第1及び第2のクラッチプレートの他方を前記磁路形成部に対して軸方向に移動可能に係合した構成が好ましい。
【0018】
上記駆動力配分装置において、前記カム機構は、前記スラスト力を前記第1の摩擦クラッチへ伝達する第1カム部材と、前記第2の摩擦クラッチに連結された第2カム部材と、前記第1カム部材及び前記第2カム部材間に配されたカムボールとにより構成され、前記第2カム部材が、前記アーマチュアに対して軸方向に移動可能に係合した構成が好ましい。
【0019】
上記駆動力配分装置において、前記電磁石及び第2の摩擦クラッチの間にスラストニードルベアリングを介在させた構成が好ましい。
【0020】
上記駆動力配分装置において、前記電磁石及び前記磁路形成部は、所定の空隙をもって配された構成が好ましい。
【0021】
また、本発明によれば、上記駆動力配分装置を製造するにあたり、前記第1の摩擦クラッチ、前記第2の摩擦クラッチ、前記カム機構、前記アーマチュア、前記電磁石及び前記板部材を、第1の組合せで互いに組み付ける第1組付工程と、前記第1の組合せで互いに組み付けられた状態で、前記電磁石に予め設定された値の設定電流を流して前記第1の摩擦クラッチの前記伝達トルクを測定する測定工程と、前記測定工程にて測定された前記伝達トルクと予め設定された設定トルクとの差に基づいて前記空隙の寸法の補正量を算出する算出工程と、前記空隙が前記補正量だけ補正されるように、前記第1の組合せに対し、前記第2の摩擦クラッチ、前記アーマチュア、前記電磁石及び前記板部材の少なくとも1つを交換した第2の組合せで、前記第1の摩擦クラッチ、前記第2の摩擦クラッチ、前記カム機構、前記アーマチュア、前記電磁石及び前記板部材を互いに組み付ける第2組付工程と、を含む駆動力配分装置の製造方法が提供される。
【0022】
上記駆動力配分装置の製造方法において、前記第2の組合せは、前記第1の組合せに対して前記板部材が交換されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、第2の摩擦クラッチにおけるクラッチプレートの摺動面の面積を小さくすることができる。そのため、特にオイルの粘性による引きずりトルクを小さくすることができるようになり、デファレンシャルやドライブシャフトの強度を小さくすることができるため、小型軽量化を達成するとともに、安価に製作することができる。また、高価な油溝加工や表面処理を施さずに長期間にわたり安定した良好な摩擦特性と耐久性とを維持することができるようになる。さらに、電磁石に作用する磁気吸引力を第2の摩擦クラッチに直接加えることが可能となり、電磁石及びハウジング間の空隙長を安定化させることができるようになり、クラッチ伝達トルク特性のバラツキを抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の好適な実施の形態を添付図面に基づいて具体的に説明する。
【0025】
[第1の実施の形態]
図1は、本発明の第1の実施の形態である駆動力配分装置を備えた四輪駆動車の動力伝達系を概略的に示す説明図である。
【0026】
同図において、符号1は、FR(フロントエンジン・リヤドライブ)タイプの四輪駆動車の全体構成を概略的に示している。この四輪駆動車1の基本構成は、エンジン2、トランスミッション3、フロントデフ4、トランスファ5、左右一対の前輪車軸6,6、左右の前輪7,7、後輪用のプロペラシャフト8、前輪用プロペラシャフト13、リヤデフ10、左右一対の後輪車軸11,11、左右の後輪12,12により主に構成されている。トランスファ5内には、駆動力配分装置9が設けられている。
【0027】
上記のように構成された四輪駆動車1では、エンジン2からの駆動力は、トランスミッション3、トランスファ5、後輪用のプロペラシャフト8、リヤデフ10及び左右一対の後輪車軸11,11を介して一対の後輪12,12を直接駆動し、前輪用プロペラシャフト13、フロントデフ4及び左右一対の前輪車軸6,6を介して一対の前輪7,7を駆動する。
【0028】
(駆動力配分装置の構成)
図2は、本発明の第1実施の形態である駆動力配分装置を備えたトランスファの内部構造を示す断面図であり、図3は、駆動力配分装置の断面拡大図である。
【0029】
これらの図において、四輪駆動車1のトランスファ5は、ケース14を有している。ケース14には、ベアリング20,21を介して回転可能に支持された入力部材である主軸15が貫通されている。エンジン2からの駆動力は、トランスミッション3を介して主軸15の左側より入力され、右側の後輪用のプロペラシャフト8に直接伝達される。
【0030】
主軸15と平行な部位には、前輪出力軸16が設けられている。この前輪出力軸16の同一軸上には、スプロケットギヤ17が設けられている。このスプロケットギヤ17と対応するスプロケットギヤ18が、主軸15と同一軸上に配置されている。そのスプロケットギヤ17及びスプロケットギヤ18間には、環状のチェーンベルト19が掛け回されている。主軸15とスプロケットギヤ18との間には、駆動力配分装置9が設けられている。この駆動力配分装置9は、メインクラッチ40、電磁式のパイロットクラッチ50及びパイロットクラッチ50の締結によりメインクラッチ40への押付け力を発生するカム機構60により構成されている。
【0031】
以上のように構成された駆動力配分装置9においては、二輪駆動の際にはメインクラッチ40の締結が解除され、トランスミッション3からの駆動力の全てが、後輪用のプロペラシャフト8に伝達されるようになっている。一方、四輪駆動時にあっては、メインクラッチ40が締結状態となり、主軸15、メインクラッチ40、スプロケットギヤ18、チェーンベルト19及びスプロケットギヤ17を介して前輪出力軸16に伝達するようになっている。
【0032】
(メインクラッチの構成)
メインクラッチ40は、図3に示すように、クラッチハブ41及びクラッチドラム42を環状に形成している。このクラッチハブ41及びクラッチドラム42間には、複数のインナクラッチプレート43と複数のアウタクラッチプレート44とが設けられている。クラッチハブ41は、円環状部材41aの中央部分にハブ内筒41b及びハブ外筒41cを連結した内外二重筒構造とされている。そのハブ内筒41aは、主軸15にスプライン連結されている。ハブ内筒41a及びハブ外筒41c間に形成された空間部には、カム機構60のプレッシャリング61に向けて付勢するコイルばね45が介装されている。
【0033】
一方のクラッチドラム42の一端部は、チェーンベルト19が掛け回されたスプロケットギヤ18に連結固定されている。インナクラッチプレート43は、ハブ外筒41cにスプライン連結されている。アウタクラッチプレート44は、クラッチドラム42にスプライン連結されている。インナクラッチプレート43及びアウタクラッチプレート44のいずれか一方の摺動面には、紙製のフェーシングを取り付けることが好適である。
【0034】
パイロットクラッチ50が締結されると、カム機構60のプレッシャリング61がコイルばね45の付勢力に抗してメインクラッチ40側へ移動することで、メインクラッチ40が締結される。メインクラッチ40が締結されると、エンジン動力を前輪左右及び後輪左右に伝達する4WD(四輪駆動)モードとなる。
【0035】
(パイロットクラッチ機構の構成)
パイロットクラッチ機構の基本構成は、図3に示すように、メインクラッチ40の伝達トルクを調整するパイロットクラッチ50と、磁路を形成するための磁路形成部材53と、電磁石70と、電磁石70の通電により吸引されるアーマチュア71とにより主に構成されている。このパイロットクラッチ機構及びメインクラッチ40間に配されたカム機構60は、電磁石70の通電によりアーマチュア71を吸引してパイロットクラッチ50を締結することで生じるスラスト力をメインクラッチ40に伝達する。パイロットクラッチ50によりメインクラッチ40の伝達トルクを調整することでスプロケット18と主軸15とが断続する。
【0036】
ところで、従来の駆動力配分装置のように、磁気回路の一部を構成するパイロットクラッチに非磁性体の紙フェーシングを設けると、磁気を遮断してしまう。そのため、充分な磁気吸引力が得られなくなる。この問題を解消するため、この第1の実施の形態においては、電磁石70とアーマチュア71との間にパイロットクラッチ50を挟み込む構成とされている。この構成は、パイロットクラッチ50に磁気を通過させることなく、ケース14にメインクラッチ40及びパイロットクラッチ50を係合させていない。また、カム機構60を挟んでメインクラッチ40及びパイロットクラッチ50のそれぞれが、独立して配置されており、アーマチュア71と電磁石70とが互いに吸引し合う吸引力により軸方向に作用する荷重をパイロットクラッチ50に対して直接付加するようになっている。アーマチュア71と電磁石70とのいずれか一方、あるいはその両方が軸方向に移動する構成を有していることが好適である。
【0037】
電磁石70とアーマチュア71との間にパイロットクラッチ50を挟み込む構成は、電磁石70とアーマチュア71との間の空隙G2を安定化させるとともに、クラッチ伝達トルク特性のバラツキを少なくしている。この構成は更に、パイロットクラッチ50のクラッチプレート51,52の一方のクラッチプレート摺動面に紙フェーシングを使用することで引きずりトルクを大幅に低減しており、高価な油溝加工及び表面処理を施さなくても、長期間にわたって安定した良好な摩擦特性と耐久性とを維持することができるようにしている。また、メインクラッチ40及びパイロットクラッチ50を同一のサイズに設定する必要がなくなり、メインクラッチ40のサイズを大きく設定することでトルク容量を大きくすることが可能となる。
【0038】
(磁路形成部の構成)
主軸15には、図3に示すように、磁路形成部材53が同一軸線上に設けられ、主軸15にスプライン連結されている。この磁路形成部材53は、円筒状をなす磁性体からなる。磁路形成部材53の外周部は、パイロットクラッチ50を挟んで電磁石70とアーマチュア71とを対向して配置する配置面とされている。この構成により、パイロットクラッチ機構を集約化してコンパクトに構成することができるようになり、トランスファ5内への組付構造が簡略化できるとともに、設置スペースを有効に利用することができる。
【0039】
(パイロットクラッチの構成)
パイロットクラッチ50は、図3に示すように、磁路形成部材53とアーマチュア71との間に形成された空間部内に配されている。その空間部内には、スラストニードルベアリング54が電磁石70と対向して設けられている。パイロットクラッチ50は、複数のアウタクラッチプレート51と、複数のインナクラッチプレート52とを有しており、アーマチュア71の押付け力により締結される。そのアウタクラッチプレート51は、アーマチュア71に対して軸方向に移動可能にスプライン連結されている。一方のインナクラッチプレート52は、磁路形成部材53に対して軸方向に移動可能にスプライン連結されている。
【0040】
インナクラッチプレート52の摺動面には、摩擦フェーシングが取り付けられている。摩擦フェーシングとしては、例えば紙製のフェーシングを使用することができる。アウタクラッチプレート51の摺動面に紙製のフェーシングを取り付けてもよい。従来の鉄製クラッチプレートでは、上述したように、磁気を通すため、摩擦クラッチとしては本来必要としない広い面積を形成しなければならなかった。しかしながら、この第1の実施の形態にあっては、パイロットクラッチ50に磁気を通過させることなく、アーマチュア71が電磁石70に吸引される荷重をパイロットクラッチ50に対して直接付加するようになっているので、パイロットクラッチ50に紙製フェーシングを使用することが可能となり、そのクラッチプレートは、従来の鉄製クラッチプレートと比べてクラッチプレート摺動面の面積を小さくすることができる。これにより、オイルで潤滑されたときクラッチプレートの対向摺動面間に介在するオイルの粘性抵抗による引きずりトルクの発生を減少させている。従って、摩耗特性がよく、シャダー性能及び耐久性に優れたクラッチが得られる。なお、パイロットクラッチ50のインナクラッチプレート52の枚数としては、1枚に設定してもよく、2枚以上の枚数に設定してもよいことは勿論である。
【0041】
(電磁石の構成)
電磁石70は、コイル70a及びヨーク72により構成されている。そのヨーク72は、図3に示すように、磁路形成部材53の外周部にベアリング74を介して回転可能に支持されている。そのヨーク72は、メインクラッチ40側に開放された断面コ字状をなす円環状の凹部72aを有している。その凹部72a内には、円環状のコイル70aが嵌着固定されている。ヨーク72のコイル70aと面する部位には、非磁性部材のステンレス材等からなる円環状の板部材としての第1スラストワッシャ73が埋設されている。ヨーク72と磁路形成部材53とは、所定の空隙G1をもって配されている。
【0042】
(アーマチュアの構成)
電磁石70の通電により吸引されるアーマチュア71は、図3に示すように、小径筒部71aと大径筒部71bとからなる内外二重筒形状を有している。その小径筒部71aの内周部は、カム機構60のカムリング62にスプライン連結されている。大径筒部71bの内部には、パイロットクラッチ50及びスラストニードルベアリング54が収容されている。また、本実施形態においては、パイロットクラッチ50とスラストニードルベアリング54の間には、板部材としての第2スラストワッシャ75が介在している。アーマチュア71は、磁路形成部材53の外周部に外嵌支持されており、ヨーク72との間に所定の空隙G2を保持して軸方向移動可能に支承されている。そのアーマチュア71と電磁石70とが互いに吸引し合う磁気吸引力によりパイロットクラッチ50を押付けて締結させる。
【0043】
図示しないリード線を介して電磁石70に通電されると、パイロットクラッチ50を除いてヨーク72、磁路形成部材53、及びアーマチュア71間を循環する磁路Lを形成することができる。電磁石70とアーマチュア71との間にパイロットクラッチ50を収容して、電磁石70とアーマチュア71とが近接して配されているので、磁束漏れを低減させ、磁力を効率的に使用することが可能となる。アーマチュア71に作用する磁気吸引力は、ヨーク72及び磁路形成部材53へと伝えられ、パイロットクラッチ50への押付け力となる。電磁石70への通電電力を調整することでパイロットクラッチ50への押付け力を調整することができる。
【0044】
(カム機構の構成)
カム機構60は、図3に示すように、磁路形成部材53及びメインクラッチ40間にあって主軸15の外周面に配されており、メインクラッチ40の締結力を無段階に制御する。そのカム機構60は、第1カムでありクラッチドラム42とスプライン結合しているプレッシャリング61と、第2カムでありアーマチュア71とスプライン結合しているカムリング62と、カムリング62及びプレッシャリング61間に配されたカムボール63とにより構成されている。電磁石70に通電すると、アーマチュア71がパイロットクラッチ50側に吸引されることでパイロットクラッチ50が締結される。カムリング62とプレッシャリング61との間に回転トルクが生じることでカム機構60にスラスト力を発生させる。カム機構60のスラスト力によりプレッシャリング61がメインクラッチ40側へ移動し、メインクラッチ40が締結する。
【0045】
ところで、従来においては、パイロットクラッチに非磁性体の紙フェーシングを設けると磁気を遮断してしまうので、充分な磁気吸引力が得られないという問題がある。また、カム機構により増幅されることでメインクラッチを押付けるため、パイロットクラッチの引きずりトルクが増大する。駆動力配分装置の内部温度が低温になると、駆動力配分装置内のオイルの粘性抵抗が大きくなり、パイロットクラッチが非作動状態であっても、オイルの粘性抵抗による引きずりトルクが非常に大きくなる。低温時には、タイトコーナーブレーキング現象の発生を回避することはできず、車両操縦性の悪化を招くこととなる。
【0046】
(第1の実施の形態の効果)
これに対し、第1の実施の形態である駆動力配分装置9によると、次の様々な効果が得られる。
(1)アーマチュア71と電磁石70とが互いに吸引し合う吸引力により軸方向に作用する荷重をパイロットクラッチ50に対して直接に付与する構成としたため、パイロットクラッチ50に紙製のフェーシングを使用することができるようになり、クラッチプレート51,52の摺動面の面積を小さくすることが可能となる。それにより、オイルの粘性による引きずりトルクを大幅に低減することが可能となる。
(2)電磁石70とアーマチュア71との間の空隙G2長が安定化し、クラッチ伝達トルク特性のバラツキを少なくすることができる。
(3)オイルの粘性による低温時の引きずりトルクを大幅に小さくすることができるようになり、デファレンシャルやドライブシャフトの強度増大を避けることで小型軽量化を達成することができるとともに、安価に製作することができる。
(4)鉄製のパイロットクラッチ50に油溝加工が不要となり、高価な表面処理を必要としないため、加工コストを低減することができるとともに、長期間にわたって安定した良好な摩擦特性と耐久性とを維持することができる。
(5)ケース14に磁気を遮断するための非磁性体接合構造を設ける必要がなくなり、製作コストを低減することができる。
(6)磁路形成部材53の外周部に、パイロットクラッチ50を挟んで電磁石70とアーマチュア71とを対向して配置することで、パイロットクラッチ機構の設置構造を簡略化するとともに、ケース14内の設置スペースを有効に利用することができるようになる。
(7)パイロットクラッチ機構をコンパクトに構成することができるようになり、装置全体の軽量小型化と車載性とを向上させることが可能となる。
(8)小さな電流で大きなトルクを制御することができるので、コントローラのコストも安価となる。
【0047】
図4はアーマチュア及び電磁石の間の空隙の寸法と磁気吸引力の関係を示すグラフである。図4中には、異なる電流値の3つのグラフが図示されている。
この駆動力配分装置9では、パイロットクラッチ機構の構成部品に寸法のばらつきが存在するため、電磁石70とアーマチュア71の間の空隙G2は大きくばらつくことになる。また、図4に示すように、電磁石70に流す電流値が大きくなるほど磁気吸引力は大きくなり、電磁石70とアーマチュア71の空隙G2が大きいほど磁気吸引力は弱くなる。後者の特性により、空隙G2がばらつくと磁気吸引力がばらつき、ひいてはメインクラッチ40の伝達トルクがばらつくこととなる。本実施形態においては、アーマチュア71の押し付け荷重によりパイロットクラッチ50にトルクを生じさせ、このトルクをカム機構60により増幅してメインクラッチ40を押し付けて伝達トルクを生じさせているので、磁気吸引力のばらつきによる伝達トルクのばらつきが比較的大きくなる。
【0048】
図5はアーマチュア及び電磁石の間の空隙の寸法とメインクラッチにおける伝達トルクの関係を示すグラフである。図5中には、同一の電流値の3つのグラフが図示されている。
図5に示すように、アーマチュア71からパイロットクラッチ50、カム機構60を介してメインクラッチ40に力が伝達されるため、例え同一電流であっても伝達トルクにばらつきが生じる。
【0049】
以上のように、本実施の形態では、パイロットクラッチ機構及びカム機構60の構成部品の寸法精度、摩擦特性等のばらつきにより、伝達トルクがばらつくことになる。パイロットクラッチ機構、カム機構60の各構成部品の寸法精度、摩擦特性等を高精度に管理すれば、伝達トルクのばらつきを抑制することができるが、この方法では装置の製造コストが極めて高くなるので現実的ではない。本実施の形態では、以下の方法によりこの問題点を解決している。
【0050】
本実施の形態の駆動力配分装置9は、次の工程を経て製造される。
駆動力配分装置9の製造に先立ち、搭載される車両に応じて、予め設定された値の設定電流と、この設定電流のときのメインクラッチ40の目標とする設定トルクを取得しておく。また、図6に示すように、第1スラストワッシャ73及び第2スラストワッシャ75の合計の厚さの補正量と、メインクラッチ40の伝達トルクの変化量の関係を取得しておく。図6は、伝達トルクの設定トルクを基準とした伝達トルクと厚さの補正量との関係の一例を示すグラフである。さらに、駆動力配分装置9の製造にあたっては、複数の厚さの第1スラストワッシャ73及び第2スラストワッシャ75を準備しておく。
【0051】
まず、メインクラッチ40、パイロットクラッチ50、カム機構60、アーマチュア71、電磁石70、第1スラストワッシャ73及び第2スラストワッシャ75を、第1の組合せで互いに組み付ける(第1組付工程)。この第1の組合せは、空隙G2が予め設定された初期範囲に入るように、各部品を選択することが好ましい。
【0052】
そして、第1の組合せで互いに組み付けられた状態で、電磁石70に前述の設定電流を流してメインクラッチ40の伝達トルクを測定する(測定工程)。このように測定された伝達トルクと前述の設定トルクとの差に基づいて空隙G2の寸法の補正量を算出する(算出工程)。
【0053】
次いで算出された空隙G2が補正量だけ補正されるように、第1の組合せに対し、第1スラストワッシャ73と第2スラストワッシャ75の少なくとも一方を交換した第2の組合せで、メインクラッチ40、パイロットクラッチ50、カム機構60、アーマチュア71、電磁石70、第1スラストワッシャ73及び第2スラストワッシャ75を互いに組み付ける(第2組付工程)。ここで、交換可能な板部材である第1スラストワッシャ73及び第2スラストワッシャ75は、互いに厚さが異なっているので、例えば、空隙G2の補正量が大きい場合は第1スラストワッシャ73を優先的に交換し、補正量が小さい場合は第2スラストワッシャ75を優先的に交換すればよく、補正量の調整が簡単容易である。尚、第2組付工程の後に、設定電流を流してメインクラッチ40の伝達トルクを測定して、伝達トルクが設定トルクに対して所定の誤差範囲に収まっていないようなら、再度、第1スラストワッシャ73及び第2スラストワッシャ75の少なくとも一方を交換するようにしてもよい。
【0054】
これにより、寸法精度、摩擦特性を厳密に管理することなく、比較的安価な各構成部品を組み合わせることで、伝達トルクを所定の範囲に収めることができ、装置の製造コストを飛躍的に低減することができる。
また、組立時に測定した伝達トルクに応じて伝達トルクの特性を調整するので、部品寸法により空隙G2の寸法を管理する場合に比べて、伝達トルクのばらつきを小さくでき、実用に際して極めて有利である。
【0055】
[第2の実施の形態]
図7は、第2の実施の形態である駆動力配分装置を備えた四輪駆動車の動力伝達系を概略的に示す説明図であり、図8は、第2の実施の形態に係る駆動力配分装置の内部構造を示す断面図である。なお、これらの図において上記第1の実施の形態と実質的に同じ部材には同一の部材名と符号を付している。従って、これらの部材に関する詳細な説明は省略する。
【0056】
これらの図において、上記第1の実施の形態と大きく異なるところは、上記第1の実施の形態では、FRタイプの四輪駆動車に駆動力配分装置を備えた構成となっていたものを、この第2の実施の形態では、FF(フロントエンジン・フロントドライブ)タイプの四輪駆動車に駆動力配分装置を備えている点にある。なお、FFタイプの四輪駆動車の基本構成は、図示例に限定されるものではない。
【0057】
この四輪駆動車1の基本構成は、図7に示すように、エンジン2、トランスミッション3、フロントデフ4、トランスファ5、左右一対の前輪車軸6,6、一対の前輪7,7、プロペラシャフト8、駆動力配分装置9、リヤデフ10、左右一対の後輪車軸11,11、一対の後輪12,12により主に構成されている。駆動力伝達装置9及びリヤデフ10は、リヤデフケース22内に収容支持されるとともに、リヤデフケース22を介して車体に支持されている。
【0058】
エンジン2からトランスファ5に伝達された駆動力は、プロペラシャフト8を介して駆動力配分装置9に伝達される。その駆動力配分装置9がトルク伝達可能に連結されると、エンジン2の駆動力は、駆動力配分装置9のドライブピニオンシャフト23を介してリヤデフ10に伝達され、左右の後輪車軸11,11を介して後輪12,12に伝達される。
【0059】
(駆動力配分装置の構成)
駆動力伝達装置9の基本構成は、図8に示すように、エンジン2により回転駆動される入力部材である回転軸24と、ドライブピニオンシャフト25を回転駆動する出力部材であるクラッチドラム42と、メインクラッチ40と、メインクラッチ40の伝達トルクを調整するパイロットクラッチ50と、パイロットクラッチ50の伝達トルクをメインクラッチ40に対する押付け力に変換するカム機構60と、これらの構成部品を収容するリヤデフケース22とにより主に構成されている。
【0060】
(入力部材の構成)
回転軸24は、図8に示すように、ベアリング26を介して前部のリヤデフケース22内に回転可能に、かつ、軸方向移動不能に支承されている。回転軸24の内部には、ドライブピニオンシャフト25を同軸上に配置するとともに、相対回転可能に軸支する軸受部32が設けられている。回転軸24の先端部は、プロペラシャフト8のフランジ部に連結固定されるフランジ部27の円筒部内にナット28により締付固定されている。
【0061】
(出力部材の構成)
ドライブピニオンシャフト25には、図8に示すように、メインクラッチ40のクラッチドラム42がスプライン結合されている。このクラッチドラム42は、内筒42aと外筒42bとが連結された内外二重筒形状に形成されている。その内筒42aが、回転軸24の中空部24a内に収容されている。
【0062】
ドライブピニオンシャフト25の他端部は、一対のテーパローラベアリング29,30を介して後部のリヤデフケース22の内周面に回転可能に支承されている。ドライブピニオンシャフト25の他端部先端には、ギヤ25aが一体形成されている。このギヤ25aは、リヤデフ10の図示しないギヤ機構と噛合している。リヤデフケース22の内周面とドライブピニオンシャフト25との間には、シール31が配されている。
【0063】
(メインクラッチの構成)
メインクラッチ40は、図8に示すように、クラッチドラム42の外筒42b内にスプライン連結された複数のアウタクラッチプレート43と、回転軸24の外周部にスプライン連結された複数のインナクラッチプレート44とを有している。メインクラッチ40のパイロットクラッチ50とは反対側には、クラッチの軸方向移動を規制するスペーサ46が配されている。メインクラッチ40は、パイロットクラッチ50の締結によりメインクラッチ40側に移動するプレッシャリング61を介して締結される。
【0064】
(パイロットクラッチ機構の構成)
この第2の実施の形態に係るパイロットクラッチ機構において、上記第1の実施の形態と大きく異なるところは、磁路を形成するための磁路形成部24bが回転軸24と一体形成されていることにある。このパイロットクラッチ機構を構成する他の構成部品は、メインクラッチ40の伝達トルクを調整するパイロットクラッチ50と、電磁石70と、電磁石70の通電により吸引されるアーマチュア71とにより構成されている。
【0065】
この第2の実施の形態にあっても、パイロットクラッチ50をクラッチドラム42に係合させないで、パイロットクラッチ機構及びパイロットクラッチ50が独立して配置されており、アーマチュア71と電磁石70とが互いに吸引し合う吸引力により軸方向に作用する荷重をパイロットクラッチ50に対して直接に付与するようになっている。電磁石70とアーマチュア71との間にパイロットクラッチ50を介在させた構成により、パイロットクラッチ50のクラッチプレート51,52の一方のクラッチプレート摺動面に紙フェーシングを使用することが可能となり、パイロットクラッチ50の引きずりトルクを大幅に減少させるとともに、高価な油溝加工や表面処理を施さなくても、長期間にわたって安定した良好な摩擦特性と耐久性とを維持することができる。
【0066】
(磁路形成部の構成)
磁路形成部24bは、図8に示すように、回転軸24の一部を構成している。この磁路形成部24bの外周部には、パイロットクラッチ50を挟んで電磁石70とアーマチュア71とが対向して設けられている。この第2の実施の形態にあっては、磁路形成部24bと回転軸24とが一体化されているが、図示例に限定されるものではなく、例えば上記第1の実施の形態と同様に、磁路形成部24bを回転軸24とは別体に形成することができることは勿論である。
【0067】
(パイロットクラッチの構成)
パイロットクラッチ50は、図8に示すように、アウタクラッチプレート51とインナクラッチプレート52とを有している。そのアウタクラッチプレート51は、アーマチュア71に対して軸方向に移動可能にスプライン連結されている。インナクラッチプレート52は、回転軸24に一体形成された磁路形成部24bにスプライン連結されている。電磁石70及びパイロットクラッチ50間には、スラストニードルベアリング54が介在されている。アウタクラッチプレート51又はインナクラッチプレート52の摺動面に紙製のフェーシングを取り付けることが好適である。
【0068】
(電磁石の構成)
電磁石70は、コイル70a及びヨーク72により構成されている。そのヨーク72は、図8に示すように、リヤデフケース22に図示しない固定手段で固定されており、磁路形成部24bとの間に所定の空隙G1をもって支持されている。ヨーク72の凹部内には、円環状のコイル70aが嵌着固定されている。ヨーク72のコイル70aと面する部位には、ステンレス材等からなる円環状の第1スラストワッシャ73が埋設されている。電磁石70の通電により吸引される円環状のアーマチュア71は、ヨーク72との間に所定の空隙G2をもって軸方向に移動可能に支承されている。図示しないリード線を介して電磁石70に通電すると、ヨーク72、磁路形成部24b、及びアーマチュア71間を循環する磁路Lを形成することができる。アーマチュア71に作用する磁気吸引力は、ヨーク72及び磁路形成部24bへと伝えられ、パイロットクラッチ50への押付け力となる。電磁石70への通電電力を調整することでパイロットクラッチ50への押付け力を調整することができる。電磁石70とアーマチュア71との間にパイロットクラッチ50を収容して、電磁石70とアーマチュア71とを近接して配することで、磁束漏れを低減させ、磁力を効率的に使用することが可能となる。
【0069】
(カム機構の構成)
カム機構60は、磁路形成部24bとメインクラッチ40との間にあって回転軸24の外周面に支持されている。回転軸24とパイロットクラッチ50の締結トルクは、アーマチュア71に伝達され、アーマチュア71とスプライン結合されたカムリング62へと伝達される。カムリング62へ伝達された締結トルクは、カムボール63を介してプレッシャリング61、プレッシャリング61とスプライン結合されたクラッチドラム42へと伝達される。電磁石70に通電すると、アーマチュア71がパイロットクラッチ50側に吸引されることで、パイロットクラッチ50が締結され、カムリング62とプレッシャリング61との間に回転トルクが生じることによりカム機構60にスラスト力を発生させる。カム機構60のスラスト力によってプレッシャリング61がメインクラッチ40側へ移動し、メインクラッチ40が締結する。
【0070】
(第2の実施の形態の効果)
この第2の実施の形態である駆動力配分装置9によると、上記第1の実施の形態と同様の効果が得られ、FFタイプの四輪駆動車に効果的に使用することができるようになる。
【0071】
また、第2の実施の形態においても、前述の第1組付工程、測定工程、算出工程及び第2組付工程を経て、駆動力配分装置9が製造される。本実施形態においては、調整可能な板部材は1つであり、第1スラストワッシャ73の交換により、空隙G2の寸法を調整することにより、伝達トルクの特性を調整している。
【0072】
以上の説明からも明らかなように、本発明の実施の形態に係る駆動力配分装置は、前後輪間の駆動力配分に適用することで、前輪のみ、あるいは後輪のみを駆動する2WDモード、車両状態に応じて前後輪間の駆動力を自動制御するオートモード、最大駆動力に保持するロックモードを備えた構成とすることができる。また、トランスファを備えることなく変速機から直接出力軸に駆動力を伝達する構成のものにも適用が可能であることは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明は、例えば農業機械、建設土木機械、運搬機械等の作業用車両、バギー車及び自動車などの各種の車両における駆動力配分装置に効果的に使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0074】
【図1】本発明の代表的な実施の形態である駆動力配分装置を備えた四輪駆動車の動力伝達系を概略的に示す説明図である。
【図2】本発明の代表的な実施の形態である駆動力配分装置を備えたトランスファの内部構造を示す断面図である。
【図3】駆動力配分装置の断面拡大図である。
【図4】アーマチュア及び電磁石の間の空隙の寸法と磁気吸引力の関係を示すグラフである。
【図5】アーマチュア及び電磁石の間の空隙の寸法とメインクラッチにおける伝達トルクの関係を示すグラフである。
【図6】伝達トルクの設定トルクを基準とした伝達トルクと厚さの補正量との関係の一例を示すグラフである。
【図7】第2の実施の形態である駆動力配分装置を備えた四輪駆動車の動力伝達系を概略的に示す説明図である。
【図8】駆動力配分装置の内部構造を示す断面図である。
【符号の説明】
【0075】
1 四輪駆動車
2 エンジン
3 トランスミッション
4 フロントデフ
5 トランスファ
6 前輪車軸
7 前輪
8 (後輪用)プロペラシャフト
9 駆動力配分装置
10 リヤデフ
11 後輪車軸
12 後輪
13 前輪用プロペラシャフト
14 ケース
15 主軸
16 前輪出力軸
17 スプロケットギヤ
18 スプロケットギヤ
19 チェーンベルト
20 ベアリング
21 ベアリング
22 リヤデフケース
24 回転軸
24a 中空部
24b 磁路形成部
25 ドライブピニオンシャフト
25a ギヤ
26 ベアリング
27 フランジ部
29 テーパローラベアリング
30 テーパローラベアリング
31 シール
32 軸受部
40 メインクラッチ
41 クラッチハブ
41a 円環状部材
41b ハブ内筒
41c ハブ外筒
42 クラッチドラム
42a 内筒
42b 外筒
43 アウタクラッチプレート
44 インナクラッチプレート
45 コイルばね
46 スペーサ
50 パイロットクラッチ
51 アウタクラッチプレート
52 インナクラッチプレート
53 磁路形成部材
54 スラストニードルベアリング
60 カム機構
61 プレッシャリング
62 カムリング
63 カムボール
70 電磁石
70a コイル
71 アーマチュア
71a 小径筒部
71b 大径筒部
72 ヨーク
72a 凹部
73 第1スラストワッシャ
74 ベアリング
75 第2スラストワッシャ
G1 空隙
G2 空隙
L 磁路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力軸と出力軸の間のトルク伝達を行う第1の摩擦クラッチと、
前記第1の摩擦クラッチの伝達トルクを調整する第2の摩擦クラッチと、
前記第2の摩擦クラッチのトルクをスラスト力に変換して前記第1の摩擦クラッチへ伝達するカム機構と、
前記第2の摩擦クラッチの一側に配されたアーマチュアと、
前記第2の摩擦クラッチの他側に配された電磁石と、
前記アーマチュア及び前記電磁石の間に形成される空隙と、
前記アーマチュア及び前記電磁石の間に介在する少なくとも1つの板部材と、を備え、
前記電磁石と前記アーマチュアとが互いに吸引し合う吸引力により軸方向に作用する荷重を前記第2の摩擦クラッチに対して直接付与するよう構成した駆動力配分装置。
【請求項2】
前記第2の摩擦クラッチは、互いに摩擦係合する複数の第1及び第2のクラッチプレートを有し、
前記第1及び第2のクラッチプレートのうち一方のクラッチプレートの摺動面に紙製のフェーシングを設けた請求項1に記載の駆動力配分装置。
【請求項3】
前記第2の摩擦クラッチが、前記アーマチュアと前記電磁石との間に介在された請求項2に記載の駆動力配分装置。
【請求項4】
前記入力軸と同一軸線上に設けられた磁路形成部を備え、
前記電磁石、前記アーマチュア及び前記第2の摩擦クラッチを前記磁路形成部の外周に配置した請求項3に記載の駆動力配分装置。
【請求項5】
前記第2の摩擦クラッチは、前記第1及び第2のクラッチプレートの一方を前記アーマチュアに対して軸方向に移動可能に係合し、前記第1及び第2のクラッチプレートの他方を前記磁路形成部に対して軸方向に移動可能に係合したことを特徴とする請求項4記載の駆動力配分装置。
【請求項6】
前記カム機構は、前記スラスト力を前記第1の摩擦クラッチへ伝達する第1カム部材と、前記第2の摩擦クラッチに連結された第2カム部材と、前記第1カム部材及び前記第2カム部材間に配されたカムボールとにより構成され、
前記第2カム部材が、前記アーマチュアに対して軸方向に移動可能に係合した請求項5に記載の駆動力配分装置。
【請求項7】
前記電磁石及び第2の摩擦クラッチの間にスラストニードルベアリングを介在させた請求項6に記載の駆動力配分装置。
【請求項8】
前記電磁石及び前記磁路形成部は、所定の空隙をもって配された請求項7に記載の駆動力配分装置。
【請求項9】
請求項1から8の駆動力配分装置を製造するにあたり、
前記第1の摩擦クラッチ、前記第2の摩擦クラッチ、前記カム機構、前記アーマチュア、前記電磁石及び前記板部材を、第1の組合せで互いに組み付ける第1組付工程と、
前記第1の組合せで互いに組み付けられた状態で、前記電磁石に予め設定された値の設定電流を流して前記第1の摩擦クラッチの前記伝達トルクを測定する測定工程と、
前記測定工程にて測定された前記伝達トルクと予め設定された設定トルクとの差に基づいて前記空隙の寸法の補正量を算出する算出工程と、
前記空隙が前記補正量だけ補正されるように、前記第1の組合せに対し、前記第2の摩擦クラッチ、前記アーマチュア、前記電磁石及び前記板部材の少なくとも1つを交換した第2の組合せで、前記第1の摩擦クラッチ、前記第2の摩擦クラッチ、前記カム機構、前記アーマチュア、前記電磁石及び前記板部材を互いに組み付ける第2組付工程と、を含む駆動力配分装置の製造方法。
【請求項10】
前記第2の組合せは、前記第1の組合せに対して前記板部材が交換されている請求項9に記載の駆動力配分装置の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−257432(P2009−257432A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−106022(P2008−106022)
【出願日】平成20年4月15日(2008.4.15)
【出願人】(000154347)株式会社ユニバンス (132)
【Fターム(参考)】