説明

PMモータの位置・速度センサレス制御装置

【課題】電流検出器や電圧検出器の増設を不要にした簡易な構成で、しかも確実な脱調検出ができる。
【解決手段】モデル電圧演算部10は、PMモータ2の電圧方程式を基にしたPMモータモデルを使って、PMモータの速度指令の速度と電流指令のdq軸電流からdq軸モデル電圧vd*,vq*を求める。脱調判定部11は、モデル電圧とインバータの電圧指令vd,vqの比較によりPMモータの脱調の有無を判定する。
または、モデル電圧を演算する際にPMモータの電流指令に代えてdq軸電流検出値を用いる、さらにまたq軸成分のモデル電圧のみを使って脱調判定をする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インバータ装置によりPMモータを位置・速度センサレス制御する装置に係り、特にPMモータの脱調検出に関する。
【背景技術】
【0002】
図4は、PMモータの位置・速度センサレス制御装置のブロック構成図を示す。この制御装置は、電流引込み法によりPMモータを制御するため、PMモータに強制的に一定電流を流し、その電流位相を強制的に回転させて磁極を強引に追従させる。電流を流す向きはどの方向でも良いが、図4ではd軸方向に流す構成としている。
【0003】
速度指令発生部1に発生する速度指令に従ってPMモータ2を速度制御する。位相演算部3は速度指令を積分して基準位相を求める。電流検出器4はインバータ(電力変換器)9の出力電流値を検出し、回転座標変換部5は、位相演算部3で求めた位相を基準位相とし、電流検出器4で検出した電流を界磁電流に同期した回転座標上の値に変換する。電流指令発生部6は、インバータ9に与える回転座標上の電流指令を発生し、この電流指令に対して電流制御部7はインバータ9の出力電流を電流指令と一致させる演算を行い、演算結果として電圧指令を出力する。逆回転座標変換部8は、電圧指令値が回転座標上における値であるため、三相の交流電圧指令に変換する。この座標変換に使用する基準位相は位相演算部3より得る。
【0004】
ここで、PMモータに強制的に一定電流を流す電流引き込み法には、一定電流信号を電流指令発生部6の例えばd軸成分に重畳させ、そのd軸電流指令によって電流制御部7が電圧を出力し、この電圧成分は位相演算部3の基準位相に一致した電圧信号に回転座標変換され、この電圧によって発生する電流に追従してPMモータ2が回転する。
【0005】
上記のように、PMモータを位置・速度センサレスで制御する装置では、負荷トルクなどの外乱によりモータが脱調し、インバータが脱調を検出できずに、そのまま駆動し続けるという問題がある。以下にその例を示す。
【0006】
図5は通常運転時のPMモータの波形を示し、速度指令に適切に追従運転していれば、速度が上昇するにつれて誘起電圧(Vq軸電圧)も上昇し、dq軸電流も正常になる。図6はPMモータが途中で負荷トルクにより脱調し、回転しなくなってしまった場合の波形を示し、脱調検出機能がないため脱調しているにもかかわらず、インバータの速度指令はそのまま上昇している。この脱調発生時には電流iqは過電流トリップするほど上昇することなく、その後負荷トルクが大きくて制御不能になっても電流id,iqは過電流レベルほど大きな電流にならず、結果的に過電流保護機能が動作せずにトリップさせられないという問題がある。
【0007】
上記のような脱調対策として、PMモータの位置・速度センサレス制御における脱調検出装置、方法が提案されている(例えば、特許文献1、2、3)。
【0008】
特許文献1では、モータ電流を検出し、その電流周期とモータに印加される電圧周期を比較し、これが不一致のときに脱調と判定する。これにより、脱調の誤検出を防止する。
【0009】
特許文献2では、PMモータの固定子巻線の電流実効値が判別レベルを越え、かつ固定子巻線に印加されている電圧と固定子巻線電流との間の力率角が90°に近い値となった場合に脱調と判定する。これにより、高速・大電流・回生モード・停止状態のいずれの状態においても脱調を検出可能とする。
【0010】
特許文献3では、直流ブラシレスモータの駆動制御装置において、整流回路とスイッチング回路(インバータ)との間の接続ライン(直流ライン)にシャント抵抗を挿接し、そのシャント抵抗に流れる通常とは逆方向の電流が設定値を越えたときに脱調と判定する。これにより、回路素子を保護可能にする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2001−25282号公報
【特許文献2】特開平9−294390号公報
【特許文献3】特開平7−87782号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来の脱調検出方式では、モータ電流や電圧を検出し、これらの実効値と基準設定値の大小比較や電流と電圧の位相比較などを行って脱調の有無を判定している。
【0013】
このため、脱調検出には、モータ駆動装置に電流や電圧の検出手段を増設する必要があり、これら検出器は演算回路等に比べて高価で大型になり、装置のコストアップにもなっている。
【0014】
本発明の目的は、電流検出器や電圧検出器の増設を不要にした簡易な構成で、しかも確実な脱調検出ができるPMモータの位置・速度センサレス制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明は、前記の課題を解決するため、PMモータの電圧方程式を基にしたPMモータモデルを使って、PMモータの速度指令の速度と電流指令の電流からdq軸モデル電圧vd*,vq*を求め、このモデル電圧とインバータの電圧指令vd,vqの比較によりPMモータの脱調の有無を判定すること、またはモデル電圧を演算する際にPMモータの電流指令に代えてdq軸電流検出値を用いること、さらにまたq軸成分のモデル電圧のみを使って脱調判定をすることとしたもので、以下の構成を特徴とする。
【0016】
(1)位相演算部はPMモータの速度指令から基準位相を求め、回転座標変換部はPMモータの検出電流を前記基準位相から界磁電流に同期した回転座標上のdq軸電流に変換し、電流制御部はdq軸電流指令id*,iq*と前記dq軸電流からPMモータの電圧指令vd*,vq*を求め、逆回転座標変換部は前記電圧指令vd*,vq*と前記基準位相からPMモータに印加する三相の交流電圧指令に変換するPMモータの位置・速度センサレス制御装置において、
PMモータの電圧方程式を基にしたPMモータモデルを使って、前記速度指令の速度と前記電流指令の電流からdq軸モデル電圧vd*,vq*を求めるモデル電圧演算部と、
前記モデル電圧と前記電圧指令vd,vqの比較によりPMモータの脱調の有無を判定する脱調判定部とを備えたことを特徴とする。
【0017】
(2)位相演算部はPMモータの速度指令から基準位相を求め、回転座標変換部はPMモータの検出電流を前記基準位相から界磁電流に同期した回転座標上のdq軸電流に変換し、電流制御部はdq軸電流指令id*,iq*と前記dq軸電流からPMモータの電圧指令vd*,vq*を求め、逆回転座標変換部は前記電圧指令vd*,vq*と前記基準位相からPMモータに印加する三相の交流電圧指令に変換するPMモータの位置・速度センサレス制御装置において、
PMモータの電圧方程式を基にしたPMモータモデルを使って、前記速度指令の速度とPMモータのdq軸検出電流からdq軸モデル電圧vd*,vq*を求めるモデル電圧演算部と、前記モデル電圧と前記電圧指令vd,vqの比較によりPMモータの脱調の有無を判定する脱調判定部とを備えたことを特徴とする。
【0018】
(3)位相演算部はPMモータの速度指令から基準位相を求め、回転座標変換部はPMモータの検出電流を前記基準位相から界磁電流に同期した回転座標上のdq軸電流に変換し、電流制御部はdq軸電流指令id*,iq*と前記dq軸電流からPMモータの電圧指令vd*,vq*を求め、逆回転座標変換部は前記電圧指令vd*,vq*と前記基準位相からPMモータに印加する三相の交流電圧指令に変換するPMモータの位置・速度センサレス制御装置において、
PMモータの電圧方程式を基にしたPMモータモデルを使って、前記速度指令の速度と前記電流指令の電流からq軸モデル電圧vq*を求めるモデル電圧演算部と、
前記モデル電圧とq軸の前記電圧指令vqの比較によりPMモータの脱調の有無を判定する脱調判定部とを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
以上のとおり、本発明によれば、PMモータの電圧方程式を基にしたPMモータモデルを使って、PMモータのdq軸モデル電圧vd*,vq*などを求め、これらのモデル電圧とインバータの電圧指令vd,vqなどと比較することによりPMモータの脱調の有無を判定するため、電流検出器や電圧検出器の増設を不要にした簡易な構成で、しかも確実な脱調検出ができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】実施形態1のPMモータの位置・速度センサレス制御装置のブロック図。
【図2】実施形態2のPMモータの位置・速度センサレス制御装置のブロック図。
【図3】実施形態3のPMモータの位置・速度センサレス制御装置のブロック図。
【図4】従来のPMモータの位置・速度センサレス制御装置のブロック図。
【図5】通常運転時のPMモータの各部波形図。
【図6】脱調時のPMモータの各部波形図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
(実施形態1)
図1は、本実施形態を示すPMモータの位置・速度センサレス制御装置のブロック図である。同図が図4と異なる部分は、脱調検出手段として、モデル電圧演算部10と脱調判定部11を追加した点にある。
【0022】
モデル電圧演算部10は、PMモータの電圧方程式を基にした演算機能を有して、速度指令発生部1が発生する速度指令と、電流指令発生部6が発生する電流指令値を用いて、PMモータに現れるdq軸のモデル電圧の導出を行う。脱調判定部11は、モデル電圧演算部10で求めたdq軸モデル電圧と、電流制御部7から出力される電圧指令の比較を行い、この比較で脱調の有無を判定する。
【0023】
PMモータの回転座標上であらわした電圧方程式は次のように表される。
【0024】
【数1】

【0025】
ここで、vd*、vq*:dq軸モデル電圧、id、iq:dq軸電流、Ra:巻線抵抗、Ld:d軸インダクタンス、Lq:q軸インダクタンス、ω:回転角速度(電気角)、Ψa:永久磁石による磁束、p:微分演算子
(1)式より、巻線抵抗Ra、d軸インダクタンスLd、q軸インダクタンスLqは既知の値であり、モデル電圧演算部10は、上記の(1)式のdq軸電流id、iqに電流指令発生部6が発生する電流指令値id*、iq*を用い、ωには速度指令発生部1が発生する速度指令値を用い、これらを用いてdq軸電圧vd*、vq*を求める。
【0026】
モデル電圧演算部10によって導出された電圧vd*、vq*と、電流制御部7によって出力された電圧vd、vqを比較し、この二つの電圧の一方または両方の差が大きければ脱調していると判定し、異常と判定してインバータ装置を停止させる。
【0027】
なお、脱調が起きるとインバータ出力電流が、電流指令値から大きくずれるが、この時にインバータの過電流検出機能で過電流が検出されない場合でも、本実施形態の方式では、脱調を検出しインバータを止めることが可能である。
【0028】
(実施形態2)
図2は、本実施形態を示すPMモータの位置・速度センサレス制御装置のブロック図である。同図が図1と異なる部分は、モデル電圧演算部11に代えてモデル電圧演算部12とした点にある。
【0029】
モデル電圧演算部12は、上記の(1)式のdq軸電流id、iqに回転座標変換部5が検出する電流検出値id、iqを用い、ωには速度指令発生部1が発生する速度指令値を用い、これらを用いてdq軸電圧vd*、vq*を求める。脱調しているかどうかの判別は実施形態1と同じに脱調判定部11で判定する。
【0030】
実施形態1の場合、上記の(1)式のdq軸電流id、iqに電流指令発生部6が発生する電流指令値id*、iq*を用いており、これは実測値でない。これらdq軸電流は、過渡状態では実際の電圧とモデル電圧の間の誤差が大きくなり、実施形態1の手法では演算するモデル電圧の誤差が大きくなる場合がある。
【0031】
そこで、本実施形態2では、dq軸モデル電圧を計算で求める際に使用するdq軸電流を指令値ではなく実際に測定した電流値id、iqを使用して求める。こうすることにより過渡状態におけるモデル電圧の精度を改善することが可能である。
【0032】
(実施形態3)
実施形態1、2ではdq軸電圧の両方を導出して比較を行っているが、モータの回転に関するのは誘起電圧の部分だけである。また、誘起電圧は永久磁石の磁束により発生する電圧が他の項の電圧より十分大きいため、q軸電圧のみの導出と比較で脱調の検出が十分可能となる。
【0033】
そこで、本実施形態では、q軸電圧のみの導出と比較で脱調の検出を行うもので、図3に本実施形態におけるPMモータの位置・速度センサレス制御装置のブロック図を示す。同図が図2と異なる部分は、q軸のモデル電圧vq*についてのみ脱調判定を行う点にある。
【0034】
モデル電圧演算部13は(1)式のq軸電圧vq*だけ求め、脱調判定部14はq軸電圧vq*と電圧制御部7が求めるq軸電圧vqの大小比較で脱調しているかどうかの判断を行う。
【符号の説明】
【0035】
1 速度指令発生部
2 PMモータ
3 位相演算部
4 電流検出器
5 回転座標変換部
6 電流指令発生部
7 電流制御部
8 逆回転座標変換部
9 電力変換器
10、12、13 モデル電圧演算部
11、14 脱調判定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
位相演算部はPMモータの速度指令から基準位相を求め、回転座標変換部はPMモータの検出電流を前記基準位相から界磁電流に同期した回転座標上のdq軸電流に変換し、電流制御部はdq軸電流指令id*,iq*と前記dq軸電流からPMモータの電圧指令vd*,vq*を求め、逆回転座標変換部は前記電圧指令vd*,vq*と前記基準位相からPMモータに印加する三相の交流電圧指令に変換するPMモータの位置・速度センサレス制御装置において、
PMモータの電圧方程式を基にしたPMモータモデルを使って、前記速度指令の速度と前記電流指令の電流からdq軸モデル電圧vd*,vq*を求めるモデル電圧演算部と、
前記モデル電圧と前記電圧指令vd,vqの比較によりPMモータの脱調の有無を判定する脱調判定部とを備えたことを特徴とするPMモータの位置・速度センサレス制御装置。
【請求項2】
位相演算部はPMモータの速度指令から基準位相を求め、回転座標変換部はPMモータの検出電流を前記基準位相から界磁電流に同期した回転座標上のdq軸電流に変換し、電流制御部はdq軸電流指令id*,iq*と前記dq軸電流からPMモータの電圧指令vd*,vq*を求め、逆回転座標変換部は前記電圧指令vd*,vq*と前記基準位相からPMモータに印加する三相の交流電圧指令に変換するPMモータの位置・速度センサレス制御装置において、
PMモータの電圧方程式を基にしたPMモータモデルを使って、前記速度指令の速度とPMモータのdq軸検出電流からdq軸モデル電圧vd*,vq*を求めるモデル電圧演算部と、前記モデル電圧と前記電圧指令vd,vqの比較によりPMモータの脱調の有無を判定する脱調判定部とを備えたことを特徴とするPMモータの位置・速度センサレス制御装置。
【請求項3】
位相演算部はPMモータの速度指令から基準位相を求め、回転座標変換部はPMモータの検出電流を前記基準位相から界磁電流に同期した回転座標上のdq軸電流に変換し、電流制御部はdq軸電流指令id*,iq*と前記dq軸電流からPMモータの電圧指令vd*,vq*を求め、逆回転座標変換部は前記電圧指令vd*,vq*と前記基準位相からPMモータに印加する三相の交流電圧指令に変換するPMモータの位置・速度センサレス制御装置において、
PMモータの電圧方程式を基にしたPMモータモデルを使って、前記速度指令の速度と前記電流指令の電流からq軸モデル電圧vq*を求めるモデル電圧演算部と、
前記モデル電圧とq軸の前記電圧指令vqの比較によりPMモータの脱調の有無を判定する脱調判定部とを備えたことを特徴とするPMモータの位置・速度センサレス制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−252503(P2010−252503A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−98594(P2009−98594)
【出願日】平成21年4月15日(2009.4.15)
【出願人】(000006105)株式会社明電舎 (1,739)
【Fターム(参考)】