説明

アルミニウム系窒化物結晶の製造方法および積層基板

【課題】 窒素極性を有する成長用の窒化アルミニウム結晶基板に存在する表面酸化層を適切に除去し、該基板上にHVPE法等の気相成長方法を用いて品質の良いアルミニウム系窒化物結晶をエピタキシャル成長させる
【解決手段】 窒化アルミニウム結晶基板のエッチング方法について鋭意検討した結果、窒化アルミニウム結晶基板の表面をアンモニア水溶液などの弱塩基性水溶液でエッチング処理して表面の酸化層を除去し、次いで該基板上にアルミニウム系窒化物結晶をエピタキシャル成長させることにより、下地基板の結晶性を引継いで成長層側のアルミニウム系窒化物結晶の品質が改善されることを見出した

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紫外域動作の発光ダイオード、レーザーダイオード、高出力電子デバイス等の作製およびバルク結晶基板の作製に用いることのできる窒化アルミニウム系窒化物結晶積層基板並びに半導体結晶膜の気相エピタキシャル成長法による製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化アルミニウムや窒化ガリウムといったIII族窒化物は大きなバンドギャップエネルギーを持つ。窒化アルミニウムのバンドギャップエネルギーは6.2eV程度であり、窒化ガリウムのバンドギャップエネルギーは3.4eV程度である。これらの混晶である窒化アルミニウムガリウムは、両成分比に応じ窒化アルミニウムと窒化ガリウムのバンドギャップエネルギーの間のバンドギャップエネルギーをとる。従って、これらのIII族窒化物を用いることにより、他の半導体では不可能な紫外領域の短波長発光が可能となり、白色光源用の紫外発光ダイオード、殺菌用の紫外発光ダイオード、高密度光ディスクメモリの読み書きに利用できるレーザー、通信用レーザーなどの発光光源が製造可能になる。さらに、電子の飽和ドリフト速度が高いことを利用して高速電子移動トランジスタといった電子デバイスの製造や、負の電子親和力を利用してフィールドエミッタへの応用が可能である。
【0003】
上記のような発光光源や電子デバイス等の機能を発現する部分は、基板上に数ミクロン以下の薄膜を積層して形成することで一般的に試みられている。これは公知の分子線エピタキシー(MBE:Molecular Beam Epitaxy)法、有機金属気相エピタキシー(MOVPE:Metalorganic Vapor Phase Epitaxy)法、ハイドライド気相エピタキシー(HVPE:Hydride Vapor Phase Epitaxy)法などの結晶成長方法により形成される。
【0004】
上記の発光機能を発現する積層構造を形成するための基板としては上記のIII族窒化物、特に窒化アルミニウムの結晶からなる基板が好ましいとされる。なぜならば、窒化アルミニウムや窒化ガリウムといったIII族窒化物の単体もしくは混晶を成長層として形成する際には、界面における格子不整合の影響や、成長時の温度履歴によって発生する応力の影響を最小限に抑えることが必要になるためである。この結果、成長層の転位密度や欠陥、クラックが低減し、発光効率が向上すると考えられている。また、紫外線発光層を成長する場合においては、基板として窒化アルミニウムを用いることにより、基板部分のバンドギャップエネルギーが発光層のバンドギャップエネルギーより大きくなるので、発光した紫外光が基板で吸収されず、光の取り出し効率が高くなる。
【0005】
上記のような窒化アルミニウム結晶基板の製造に関して、本発明者らはHVPE法で製造する方法を既に提案した(特開2003−303774号)。この方法によれば、非常に速い結晶成長速度が得られることから、厚膜のアルミニウム系III−V族化合物半導体結晶が実用レベルで量産することが可能となる。したがって、この方法によって得られる厚膜結晶をウェハ状に加工することによって、アルミニウム系III−V族化合物半導体結晶基板として用いることができる。このような最も好ましい基板上にMOVPE法やMBE法、HVPE法などの結晶成長法を用いて発光等を目的とした積層構造を形成することにより、高効率な発光光源が得られると期待される。なお、特開2003−303774号記載のアルミニウム系III−V族化合物半導体とは、本発明におけるアルミニウム系窒化物結晶を含むものである。
【0006】
窒化アルミニウム結晶基板として、サファイア、シリコンカーバイド、シリコン等からなる母材基板上に予め窒化アルミニウム結晶を予備成長させた基板、いわゆるテンプレート基板が存在する。該テンプレート基板では、その表面に予備成長結晶層が存在するため、基板上にアルミニウム系窒化物結晶を成長させる際には、格子定数のミスフィットが緩和された状態で成長できる。この時、エピタキシャル成長層側の結晶品質は、下地であるテンプレート基板上の予備成長層の結晶品質に強く影響される。つまり、結晶品質の良好な予備成長層が得られれば、結晶品質の良好なアルミニウム系窒化物結晶がエピタキシャル成長される。テンプレート基板は、MOVPE法やMBE法、HVPE法等の気相成長法による製造されたものの他、液相法、サファイア基板の表面窒化等の方法により製造される。このようなテンプレート基板上に、アルミニウム系窒化物結晶からなる発光等の機能を発現しうる積層構造や、基板上にさらに厚くアルミニウム系窒化物結晶、特に窒化アルミニウム結晶を成長することも頻繁に行われる。
【0007】
以上のように、窒化アルミニウム結晶基板は、発光や電子移動等の機能性を持つ積層構造や、さらに厚付けして基板を製造する際、基板に要求される材料物性を高い水準で満たし、成長層の特性をより高性能・高品質に仕上げることを可能にする。そのため、品質の良好な窒化アルミニウム結晶基板を提供することは、III族窒化物結晶の分野において最も望まれる技術の一つとして認識されている。
【0008】
【特許文献1】特開2003−303774号
【非特許文献2】Physica Status Solidi (c) 0, No.7 2498-2501 (2003)
【非特許文献3】MRS Internet Journal Nitride Semiconductor Research 7, 4, 1-6 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、窒化アルミニウム結晶基板上への成長層形成を検討する中で、大きな問題があった。すなわち、製造された窒化アルミニウム結晶基板は、基板上にさらにエピタキシャル成長層を形成するために異なる結晶成長装置の間を搬送されるが、その間に空気に晒されると窒化アルミニウム結晶基板表面が空気中の酸素や水分と反応し、表面近傍が酸化される。
【0010】
図1はMOVPE法により製造した窒化アルミニウム結晶基板(テンプレート基板)をX線光電子分光法(XPS:X-ray Photoelectron Spectroscopy)により深さ方向の元素プロファイルを測定した結果である。図1中のAl2p、O1s、N1s等は、X線光電子分光法において測定した内殻電子準位を示す。縦軸には窒化アルミニウム結晶基板に含まれる元素の濃度をatomic%で示し、横軸には基板表面からの深さを示した。この結果から、表面近傍には60atomic%を超える酸素が存在し、表面から50nmを超える深さまで酸素が検出された。すなわち、窒化アルミニウム結晶基板には表面酸化層(領域)が存在することが確かめられた。
【0011】
この表面酸化層の存在によって窒化アルミニウム結晶基板表面の結晶品質が悪化するため、基板上へのアルミニウム系窒化物結晶エピタキシャル成長が阻害され、その結果、窒化アルミニウム結晶基板本来の結晶品質が成長層に引継がれず、エピタキシャル成長層の結晶品質の向上への寄与が小さくなると考えられた。したがって、エピタキシャル成長層を形成する直前に、窒化アルミニウム結晶基板の表面酸化層を除去する前処理、すなわちエッチング処理が必要であると本発明者らは考えた。
【課題を解決するための手段】
【0012】
そこで本発明者らは、窒化アルミニウム結晶基板のエッチング方法について鋭意検討した。その結果、窒化アルミニウム結晶基板の表面を弱塩基性水溶液でエッチング処理し、次いで該基板上にアルミニウム系窒化物結晶をエピタキシャル成長させることにより、下地基板の結晶性を引継いで成長層側のアルミニウム系窒化物結晶の品質が改善されることを見出し、本発明を完成するに至った。さらに、窒化アルミニウム結晶基板の結晶極性について注目すると、本発明の方法は、窒素極性を有する窒化アルミニウム結晶基板においてその効果がより良く発現することを確認した。
【0013】
即ち、本発明は、窒素極性を有する窒化アルミニウム結晶基板の表面に存在する酸化層を弱塩基性水溶液でエッチング処理して除去し、次いで該基板上にアルミニウム系窒化物結晶をエピタキシャル成長させることを特徴とするアルミニウム系窒化物結晶の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、窒素極性を有する成長用の窒化アルミニウム結晶基板に存在する表面酸化層を適切に除去し、該基板上にHVPE法等の気相成長方法を用いてアルミニウム系窒化物結晶をエピタキシャル成長させるので、エッチングの無い場合に比べて成長層側のアルミニウム系窒化物結晶の結晶品質が向上する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明においては、窒化アルミニウム結晶基板上にアルミニウム系窒化物結晶をエピタキシャル成長させる。この窒化アルミニウム結晶基板としては、図2に示す様に窒化アルミニウム単結晶単体からなる基板、或いはサファイア、シリコン、シリコンカーバイド等の窒化アルミニウム結晶以外の結晶性母材基板上に予め窒化アルミニウム結晶の予備成長層を形成したテンプレート基板が採用される。また、これらの窒化アルミニウム結晶基板は、成長表面として窒素極性を有する窒化アルミニウム結晶(以下、窒素極性窒化アルミニウム結晶ともいう)を有するものである。
【0016】
極性とは、原子配列の方向性を示すものである。窒化アルミニウム等のIII族窒化物結晶は図3に示すような六方晶系のウルツ鉱構造をとる。この結晶構造では、c 軸方向に関して対称面が無く、c 面成長のエピタキシャル膜には表裏が生じる。Al原子に注目した場合、Al原子から垂直上側にN原子を配置する結晶をアルミニウム極性(Al極性)という。反対にN原子から垂直上側にAl原子を配置する結晶を窒素極性(N極性)という。
【0017】
極性の窒化アルミニウム結晶の物性への影響は、化学的耐久性において端的に現れる。Al極性を有する窒化アルミニウム結晶は化学耐久性に優れ、一方、N極性を有する窒化アルミニウム結晶は化学耐久性に劣るものである。例えば、非特許文献2にあるように、50℃に加熱された水酸化カリウム水溶液に窒化アルミニウム結晶を浸漬することにより、窒素極性を有する窒化アルミニウム結晶は溶解される。Al極性を有する窒化アルミニウムにおいては、表面に転位があった場合に転位からエッチングされてピットを形成するが、それ以外の表面では殆どエッチングされない。逆に、転位とピットが対応するので、ピットを計測することにより結晶表面に存在する転位密度(貫通転位密度)が計算でき、結晶品質の評価に応用されている。また、上記の通り極性によるエッチング耐性の差異から窒化アルミニウム結晶の極性判定にも応用される。
【0018】
上記塩基性水溶液は強塩基性であり、非常にエッチング速度が速いため専ら窒化アルミニウム結晶の貫通転位密度の見積りや極性判定に用いられてきた。しかし、本発明者らは、エッチング速度が緩やかになると考えられる弱塩基物質の水溶液に着目し、そのような条件下で窒化アルミニウム結晶の表面酸化領域を適切に除去することを考え検討した。
【0019】
本発明においては、弱塩基物質の水溶液(弱塩基性水溶液)を使用することが必要である。弱塩基物質とは水溶液にしたときの電離度が小さいものであり、例えばアンモニアが挙げられる。これを水溶液にすると水酸化アンモニウムになり、一部がアンモニウムイオンと水酸化物イオンに電離して塩基性を示す。電離する水酸化アンモニウムはごく一部であって、残りは水酸化アンモニウムとして水中に存在する。したがって、実効的に効く水酸化物イオンは強塩基物質を用いた場合に比べて少ないので、エッチング速度は比較的緩やかである。
【0020】
一方、強塩基物質とは水溶液にしたときの電離度が1に近いものである。例えば、水酸化カリウムや水酸化ナトリウムは電離度が1の強塩基物質であり、水溶液にするとカリウムイオン(ナトリウムイオン)と水酸化物イオンに完全に電離する。このような溶液をエッチングに用いと、エッチング速度が速くなり、制御が難しい。また、不純物として金属イオンの残留する欠点があるため好ましくない。
【0021】
本発明で用いられる弱塩基性溶液としては、金属イオンによる汚染防止やエッチング処理の制御のしやすさからアンモニア水溶液が最も好ましい。また、テトラメチルアンモニウムハイドロオキサイド、テトラエチルアンモニウムハイドロオキサイド等の水酸化有機アンモニウムも弱塩基物質であり、これらをエッチング処理に用いることも可能である。このような弱塩基物質は、金属イオンが非常に少ない高純度品の入手が容易であり好ましい。
【0022】
具体的に25%アンモニア水溶液の例で説明する。25%アンモニア水溶液を50℃に設定したホットプレート上で加熱し、そこに窒素極性を有する窒化アルミニウム結晶基板を入れて25分以内を目安にエッチング処理し、表面酸化層を除去する。処理温度、処理時間は、使用するアンモニア水の濃度や除去すべき表面酸化層の厚みに大きく依存するため、これらの要因を勘案して適宜選択される。通常、処理温度としては、室温〜100℃の範囲から選択される。また、弱塩基性溶液によるエッチング処理の前に表面に付着した有機物を除去するために有機溶媒により脱脂洗浄しても良い。
【0023】
ただし、表面酸化層が除去されてもなお窒化アルミニウム結晶基板のエッチングを続けた場合は、エピタキシャル成長するアルミニウム系窒化物結晶の結晶品質がかえって悪くなる。窒素極性の窒化アルミニウム結晶は塩基性水溶液に触れる限り、表面の溶解が進行する。このため、基板表面のモフォロジが荒れるなどの現象により、その後のエピタキシャル成長に悪影響を及ぼす。従って、エッチング処理の条件は表面酸化層を除去する程度であればよい。
【0024】
エッチング処理終了後、弱塩基性水溶液を除去するため、超純水中で窒化アルミニウム結晶基板をすすぐ。残留する塩基性イオンを中和、除去するために希塩酸などの酸水溶液中ですすいだ後、超純水ですすぐことも有効である。次いで、高純度窒素ガスを吹き付けて窒化アルミニウム結晶基板を乾燥させ、直ちに結晶成長装置に搬送する。
【0025】
本発明において、アルミニウム系窒化物結晶とは窒化アルミニウムの単体からなる結晶もしくは少なくも窒化アルミニウムを含み、残部が窒化ガリウムおよび/または窒化インジウムからなる混晶である。
【0026】
窒化アルミニウム結晶基板にアルミニウム系窒化物結晶をエピタキシャル成長させる方法としては、既存のMOVPE法、MBE法、HVPE法等の気相成長法が採用される。
【0027】
以下、エピタキシャル結晶成長の詳細についてHVPE法を例として説明するが、これに限定されるものではない。図4は本発明の気相成長装置のアルミニウム系窒化物結晶の原料ガスと窒素源ガスの合流部分を概念的に示す平面図である。41は反応管の管壁である。ここで用いる反応管の材質は石英ガラスが好適に用いられる。反応管内にはガスを一方向に流すためにキャリアガスが常時流れている。キャリアガスの種類としては水素、窒素、ヘリウム、またはアルゴンの単体ガス、もしくはそれらの混合ガスが使用可能である。あらかじめ精製器を用いて酸素、水蒸気、一酸化炭素或いは二酸化炭素等の不純ガス成分を除去しておくことが好ましい。
【0028】
反応管41には加熱装置42が配置される。本発明の方法は、コールドウォールタイプの加熱方法(高周波誘導加熱方式、光による基板加熱方式等)にも有効である。図4はホットウォールの加熱装置を用いた場合であり、反応管41を取り巻くように加熱装置42が配置されている。ホットウォールの加熱装置には公知の抵抗加熱装置や輻射加熱装置を用いればよい。反応管の所定の位置に基板保持のためにサセプタ43を設置し、エッチングが完了した窒化アルミニウム結晶基板44をサセプタ上に設置する。
【0029】
本発明は大気圧以下あるいは大気圧以上においても実施可能であるが、通常は大気圧において行われる。窒化アルミニウム結晶基板をサセプタに設置した後、上記の加熱装置により加熱する。一般的には800℃以上の温度領域で行われる。
【0030】
次いで、アルミニウム系ハロゲン化物ガス、窒素源ガスを供給し、基板上にて混合、反応させてアルミニウム系窒化物結晶をエピタキシャル成長する。アルミニウム系ハロゲン化物ガスはハロゲン化物ガス供給ノズル15から供給される。アルミニウム系ハロゲン化物ガスとしては、目的とするアルミニウム系窒化物結晶の組成に応じて、三塩化アルミニウム等のハロゲン化アルミニウムや、三塩化ガリウム等のハロゲン化ガリウム、三塩化インジウム等のハロゲン化インジウムなどのハロゲン化物ガスを適宜混合しハロゲン化物ガス供給ノズル15に供給する。
【0031】
アルミニウム系ハロゲン化物ガスの発生方法としては特許公報2003−303774号記載の通り、ハロゲン化物ガス供給ノズル15より上流側に別途反応管と加熱装置を設けてアルミニウム、ガリウム、インジウムなどのIII族金属とハロゲン化水素を反応させればよい。
【0032】
或いは、ハロゲン化アルミニウム、ハロゲン化ガリウム、ハロゲン化インジウム等のハロゲン化物そのものを加熱、気化し、キャリアガスを用いてハロゲン化物供給ノズル15に導入してもよい。この場合、ハロゲン化物には無水結晶であり、かつ不純物の少ないものが好ましい。不純物が、目的としたアルミニウム系窒化物結晶に混入すると、結晶構造の欠陥、不測の電気伝導等、不確定な物理的化学的特性をもたらすため好ましくない。
【0033】
HVPE法によるエピタキシャル成長においては、窒素源ガスを必要とする。窒素源ガスはアルミニウム系ハロゲン化物ガスを窒化してアルミニウム系窒化物結晶を得るための反応性ガスであり、通常キャリアガスに希釈して供給する。当該窒素源ガスとしては、窒素を含有する反応性ガスが採用されるが、コストと取扱易さの点で、アンモニアガスが好ましい。このキャリアガスとアンモニアガスについては、反応管全体を押し流す程度のガスを供給すればよい。
【0034】
また、アルミニウム系ハロゲン化物ガス及び窒素源ガスを供給している間、両反応ガスのノズル先端部における反応を抑制する目的でバリアガスを反応管内に供給してもよい。両反応ガスは各供給ノズル先端部においては空間的に分離されているが、ノズルから反応域を流れて基板に至る間に拡散混合される。そして基板上において反応してアルミニウム系窒化物結晶がエピタキシャル成長する。
【0035】
アルミニウム系ハロゲン化物ガスの供給量は、一般的に基板上へのアルミニウム系窒化物結晶の成長速度を勘案して決める。基板上に供給される全ガス(キャリアガス、アルミニウム系ハロゲン化物ガス、窒素源ガス、バリアガス)の標準状態における体積の合計に対するアルミニウム系ハロゲン化物ガスの標準状態における体積の割合をアルミニウム系ハロゲン化物ガスの供給分圧として定義すると、1×10−4atm〜5×10−2atmの範囲が通常選択される。窒素源ガスの供給量は、一般的に供給するアルミニウム系ハロゲン化物ガスの1〜200倍の供給量が好適に選択されるがこの限りでない。
【0036】
一定時間成長した後、アルミニウム系ハロゲン化物ガスの供給を停止して、成長を終了し、加熱装置を降温する。キャリアガスに水素を使う場合、基板上に成長したアルミニウム系窒化物結晶の再分解を防ぐ目的で、基板の温度が下がるまで窒素源ガスを流通することが望ましい。
【0037】
以上の手順により、アルミニウム系窒化物結晶を得ることができる。成長結晶層の膜厚は成長前後の基板の重量変化と、基板の表面積、成長層の密度から計算可能である。膜厚の制御は成長時間はもちろんのこと、供給するアルミニウム系ハロゲン化物ガスの供給量、窒素源ガス供給量などによって変化させることができる。
【0038】
得られたアルミニウム系窒化物結晶は前述のX線ロッキングカーブ測定により、その結晶品質を評価する。ロッキングカーブとは、試料がブラッグの回折条件を満たす角度の2倍の位置にディテクターを固定して、X線の入射角を変化させて得られる回折のことである。アルミニウム系窒化物結晶のロッキングカーブ測定は、Tilt(チルト)と呼ばれる(002)方向、ならびにTwist(ツイスト)と呼ばれる(100)方向に関して行われる。それらの半値幅の値が小さいほどアルミニウム系窒化物結晶の結晶品質が良好であると言える。欠陥が含まれるとロッキングカーブの半値幅は広くなる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明の内容を具体的に説明する。本発明においてはHVPE法により窒化アルミニウム結晶基板上に成長させた窒化アルミニウム結晶をX線ロッキングカーブにおけるTilt成分、Twist成分の半値幅により評価した。
【0040】
窒化アルミニウム結晶基板としては、c面サファイア基板上にMOVPE法により予め窒化アルミニウム予備成長結晶膜を成長させたテンプレート基板を用いた。窒化アルミニウム予備成長結晶膜の膜厚は、電界放射型走査型電子顕微鏡による断面観察から0.76μmであった。
【0041】
窒化アルミニウム結晶基板の極性判定は、水酸化カリウムによるエッチングにより行った。エッチング後に電界放射型走査型電子顕微鏡により基板断面を観察し、窒化アルミニウム膜の有無を確認し、大幅に窒化アルミニウム膜がエッチングされる場合を窒素極性と判断した。
【0042】
先ず、窒化アルミニウム結晶基板表面の金属イオンを除去するため、室温の20%高純度塩酸に5分間浸漬した。次いで、ホットプレート上で50℃に加熱した45mass%水酸化カリウム水溶液中に窒化アルミニウム結晶基板を10分浸漬してエッチングした。この際、エッチング前に窒化アルミニウム結晶基板に干渉色が見られたが、水酸化カリウム水溶液に浸漬すると速やかに干渉色が消えた。Al極性を持つ場合は、水酸化カリウム水溶液に対して強い化学的耐久性を持つため、干渉色が失われることはない。この結果、本窒化アルミニウム結晶基板が窒素極性であることが確認された。エッチング終了後、基板表面に残留する水酸化カリウムを除去するため、室温の20%高純度塩酸に10分間浸漬して中和した。次いで、超純水中にて窒化アルミニウム結晶基板を洗浄し、乾燥窒素ブローにより乾燥させた。
【0043】
エッチングした基板を電界放射型走査型電子顕微鏡により断面観察した結果、サファイア表面の予備成長させた窒化アルミニウムは殆ど残っておらず、窒化アルミニウム結晶基板は窒素極性を持つものと判定された。
【0044】
以後、窒化アルミニウム結晶基板上にアンモニア水溶液を用いたエッチングがある場合とない場合、すなわち表面酸化層を除去する場合としない場合について、HVPE法により窒化アルミニウム結晶をエピタキシャル成長した結果について記載する。
【0045】
比較例1
窒化アルミニウム結晶基板をエッチングせずに、その上に窒化アルミニウム結晶をエピタキシャル成長させた比較例である。
【0046】
図4に示される横断面の反応管を用いた。三塩化アルミニウムガスの供給方法は、特開2003−303774号に従い、金属アルミニウムと塩化水素ガスを反応させることにより三塩化アルミニウムガスを発生させた。したがって、加熱装置にはホットウォールタイプの抵抗加熱装置を用いており、先の三塩化アルミニウムガスを発生させる温度領域と、発生した三塩化アルミニウムガスと窒素源ガスを反応させる温度領域の2ゾーンの温度制御が可能な加熱装置を用いた。
【0047】
アルミナ製サセプタに1×1cmに劈開した前出の窒化アルミニウム結晶基板を設置した。昇温開始から反応管内にはエピタキシャル成長層の形成時のキャリアガスを流通した。即ち、ハロゲン化物ガス供給ノズルからは水素ガスを供給し、このときの先端のガスの線速度を290cm/sとした。また、三塩化アルミニウムガス及び窒素源のアンモニアガスのキャリアガスとして水素ガスを合計750SCCM供給した。バリアノズルには三塩化アルミニウムガスの線速度に対して0.6倍になるように窒素ガスを供給した。反応管内は総流量2250SCCMのガスを供給した状態であり、この状態で反応管温度を1100℃に昇温した。
【0048】
続いて、前記の線速度を保つように、三塩化アルミニウムガスをハロゲン化物ガス供給ノズルから、窒素源ガスとしてアンモニアガスをキャリアガスに混合して供給した。三塩化アルミニウムの供給分圧は5×10−4atmとし、アンモニアガスの供給分圧は1×10−3atmとし、窒化アルミニウム結晶の成長を開始した。この状態で60分間保持して窒化アルミニウム結晶をエピタキシャル成長させた。
【0049】
60分間成長を行った後、三塩化アルミニウムの供給を停止し、加熱装置の降温を開始した。基板上に成長した窒化アルミニウムの再分解を防ぐため、加熱装置が550℃に温度が下がるまでアンモニアガスを反応管に流通した。その後、加熱装置が室温付近まで下がったことを確認して、反応管から基板を取り出した。
【0050】
次に基板重量を秤量し、成長前後の重量変化と、基板面積、ならびに窒化アルミニウムの密度から、基板上にエピタキシャル成長した窒化アルミニウム結晶の平均膜厚を計算した。窒化アルミニウムの密度は3.27g/cmとした。基板上に成長した窒化アルミニウムの平均膜厚は1.9μmであった。
【0051】
またX線回折装置のロッキングカーブを測定したところ、Tilt成分の半値幅は42.6minであり、Twist成分の半値幅は37.2minであった。
【0052】
実施例1
窒化アルミニウム結晶基板を弱塩基性溶液によりエッチングして、表面酸化層を除去した後、その上に窒化アルミニウム結晶をエピタキシャル成長した実施例である。
【0053】
窒化アルミニウム結晶基板の弱塩基性溶液エッチングの手順は以下の通り行った。始めに、前出の窒化アルミニウム結晶基板表面をアセトン中で3分間脱脂洗浄した。エッチングには市販の25%アンモニア水溶液を用いた。室温におけるpHは12.8であった。次いで、ホットプレート上で50℃に加熱した25%アンモニア水溶液に窒化アルミニウム結晶基板を10分間浸漬しエッチングを行った。エッチング終了後は、超純水で基板を洗浄し直ちに乾燥窒素ブローにより基板を乾燥させた。この基板をHVPE装置に搬送し、サセプタ上に設置した。以後の基板上への窒化アルミニウム結晶の成長手順は比較例1と同様である。
【0054】
基板上にエピタキシャル成長した窒化アルミニウムの平均膜厚は1.3μmであった。X線ロッキングカーブを測定したところ、Tilt成分の半値幅は27.6minであり、Twist成分の半値幅は30.6minであり、窒化アルミニウム結晶基板をエッチングしない場合に比較すると結晶性が改善されていた。
【0055】
実施例2
窒化アルミニウム結晶基板のアンモニア水溶液エッチングを20分とした以外は、実施例1同様にして、窒化アルミニウム結晶をエピタキシャル成長した。その結果、窒化アルミニウム結晶の平均膜厚は1.4μmであった。また、ロッキングカーブを測定したところ、Tilt成分の半値幅は22.2minであり、Twist成分の半値幅は28.8minであり、エッチング時間が10minの場合よりもさらに良好な結晶性を示した。
【0056】
別途、同様のアンモニア水溶液エッチングを行った窒化アルミニウム結晶基板を作製し、電界放射型走査型電子顕微鏡により断面観察を行った結果、窒化アルミニウム予備成長層の膜厚は0.66μmであった。元の膜厚は0.76μmであるので20分間のエッチングで0.1μmエッチングされた。これは図1の示す窒化アルミニウム結晶基板の表面酸化層を十分に除去した程度の厚さである。窒化アルミニウム結晶基板上にエピタキシャル成長した窒化アルミニウム結晶の品質が改善した理由は、基板の表面酸化層が除去されたことによると理解できる。
【0057】
比較例2
窒化アルミニウム結晶基板のアンモニア水溶液エッチングを30分とした以外は、実施例1と同様にして、窒化アルミニウム結晶をエピタキシャル成長した。その結果、窒化アルミニウム結晶の平均膜厚は1.4μmであった。また、ロッキングカーブを測定したところ、Tilt成分の半値幅は61.2minであり、Twist成分の半値幅は41.4minであり、未処理の場合よりもむしろ結晶品質が低下した。この原因としては、窒素極性窒化アルミニウム結晶を有する窒化アルミニウム結晶基板では弱塩基性水溶液により比較的容易にエッチングが進行するが、この場合は表面酸化層以上にエッチングが進行したため、窒化アルミニウム結晶基板の表面が荒れたためと予想される。
【0058】
以上の事実を表1、図5にまとめる。
【0059】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】窒化アルミニウムテンプレート結晶基板の深さ方向元素濃度プロファイルの測定結果を示す図(X線光電子分光法)
【図2】テンプレート基板および窒化アルミニウム単結晶基板の模式図
【図3】窒化アルミニウムの結晶構造(ウルツ鉱型結晶)と極性に関する模式図
【図4】本発明で使用したハライド気相エピタキシャル成長装置のガス合流部および反応域の模式図
【図5】アンモニア水溶液エッチング時間と結晶品質の関係
【符号の説明】
【0061】
21 窒化アルミニウム結晶膜(予備成長結晶層)
22 表面酸化層(領域)
23 母材基板
24 アルミニウム系窒化物結晶層(エピタキシャル成長結晶層)
25 窒化アルミニウム結晶基板
41 反応管
42 加熱装置
43 サセプタ
44 基板
45 ハロゲン化物ガス供給ノズル
46 バリアノズル

【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒素極性を有する窒化アルミニウム結晶基板の表面に存在する酸化層を弱塩基性水溶液でエッチング処理して除去し、次いで該基板上にアルミニウム系窒化物結晶をエピタキシャル成長させることを特徴とするアルミニウム系窒化物結晶の製造方法。
【請求項2】
窒化アルミニウム結晶基板が、窒化アルミニウム単結晶基板または母材基板上に窒化アルミニウム結晶が被覆されてなるテンプレート基板である請求項1記載のアルミニウム系窒化物結晶の製造方法。
【請求項3】
弱塩基性水溶液が、アンモニア水溶液である請求項1または2記載のアルミニウム系窒化物結晶の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3記載の製造方法によって得られることを特徴とするアルミニウム系窒化物結晶積層基板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−240895(P2006−240895A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−55608(P2005−55608)
【出願日】平成17年3月1日(2005.3.1)
【出願人】(504132881)国立大学法人東京農工大学 (595)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【Fターム(参考)】