説明

スピントランジスタ及びそれを用いた不揮発性メモリ

【課題】トランジスタ内に含まれる強磁性体に磁化状態によって情報を記憶し、キャリアのスピンの向きに依存するトランジスタの出力特性を用いて情報を読み出す不揮発性メモリを提供すること。
【解決手段】絶縁性の非磁性体からなるトンネル障壁365と該トンネル障壁365を挟み込む強磁性体からなるソース361及び強磁性体からなるドレイン363とにより形成されるトンネル接合構造と、前記トンネル障壁365に対して形成されるゲート電極371と、を有するトランジスタ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なトランジスタに関し、より詳細にはキャリアのスピンの向きに依存する出力特性を有するトランジスタ及びそれを用いた不揮発性記憶回路(不揮発性メモリ)に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、マイクロコンピュータに代表される電子機器に使用する半導体メモリとして、動作速度および集積度の観点からDRAM(Dynamic Random Access Memory)が主に用いられてきた。しかし、DRAMでは、記憶保持のためにエネルギーが消費されること、および電源を切った場合に記憶内容が失われるなどの問題点から、近年の省エネルギー化の要求やモバイル機器への対応は難しい。このような要求に応じるためには、高速・高集積度・低消費電力といった特徴に加え、新たに不揮発性といった特徴を合わせ持つ新規なメモリが必須となる。
【0003】
MRAM(Magnetoresistive Random AccessMemory)は、DRAMと同等の動作速度、集積度を実現するのみならず、不揮発といった特徴を有する次世代メモリとして注目を集めている。MRAMでは、強磁性体の磁化の向きによって情報を記憶し、この磁化の向きによる情報をスピンバルブ素子における巨大磁気抵抗効果又は強磁性トンネル接合(MTJ:Magnetic Tunnel Junction)におけるトンネル磁気抵抗(TMR:Tunneling Magnetoresistance)効果などにより電気的に読み出す。MRAMでは強磁性体を用いているためにエネルギーを消費することなく不揮発に情報を保持することができる。
【0004】
図17は、MTJを用いたMRAMの代表的なセル構成を示す図である。図17(A)に示すように、MRAMは、1つのMTJと1つのMOS(MetalOxide Semiconductor)トランジスタとにより1ビットのメモリセルが構成されている。MOSトランジスタのゲートを読み出し用ワード線に接続し、ソースを接地し、ドレインをMTJの一端に接続し、MTJの他端をビット線に接続している。
【0005】
図17(B)に示すように、MTJは、薄い絶縁膜を2つの強磁性電極で挟み込んだトンネル接合構造を有しており、2つの強磁性電極間の相対的な磁化の向きによってトンネル抵抗が異なるTMR効果を有する。特に、2つの強磁性電極間が平行磁化を持つ場合と、反平行磁化を持つ場合とのTMRの変化率をTMR比と呼び、TMR効果の評価に用いる。
【0006】
MRAMではMTJの磁化状態、すなわち、2つの強磁性電極間の相対的な磁化の向きを、ビット線とこれに直交する書き換え用ワード線(図示せず)のそれぞれに流す電流により誘起される磁場の合成磁場によって平行磁化又は反平行磁化とすることによって情報を記憶する。
【0007】
特定のセル内に記憶された記憶情報を読み出す場合には、セルに接続される特定の読み出し用ワード線に電圧を印加してMOSトランジスタを導通させ、セルに接続される特定のビット線からMTJに読み出し用の電流(以下、「駆動電流」と称する)を流し、TMR効果に基づくMTJの電圧降下を出力電圧として検出することにより記憶された情報を読み出す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−332317号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
MTJを用いたMRAMは、強磁性体を用いていることから不揮発、低消費電力、高速といった特徴を有し、さらに、セル構造が簡単であることから高密度集積化に適している。MRAMは次世代不揮発性メモリとして期待されているが、これを実現するためには以下のような解決しなければならない課題がある。
(1)MTJでは平行磁化、反平行磁化の磁化状態に対応して2値の抵抗値を取る。MRAMでは、MTJに駆動電流を流して出力電圧としてこの抵抗値を検出する。従って、高い出力電圧を得るためにはMTJの絶縁膜の厚さを調節しトンネル抵抗を最適化する必要がある。但し、TMR比も絶縁膜の厚さに依存するため、トンネル抵抗の最適化に関して制限が加わる。
(2)さらに、正確に情報の記憶内容を読み出すためには、TMR比を大きく取り、平行磁化と反平行磁化の2つの磁化状態間における出力電圧の比を大きくする必要がある。高いTMR比を実現するためには、スピン分極率の大きな強磁性体を用い、絶縁層の形成方法、材料、膜厚等の最適化が必要である。
(3)MTJを用いたMRAMでは、動作速度を上げるために、MTJに加えるバイアスを大きくする必要がある。しかし、MTJには、強磁性電極間に生じる電圧降下が大きくなるとTMR比が減少するという原理的に避けられない問題がある。すなわち,TMRによる出力電圧の変化率はMTJに生じる電圧降下が大きくなるにしたがって小さくなる。この現象は、TMR効果そのものに基因しており、TMR効果のみによって磁化の状態を読み出す限り避けるのは難しい。
【0010】
以上の課題から、MTJでは高感度に記憶された情報を検出するために、MTJのインピーダンス(接合抵抗)を調節して出力電圧の大きさを最適化する必要がある。さらに、TMR比を大きく取り、平行磁化と反平行磁化の2つの磁化状態間における出力信号の比を大きくする必要がある。また、バイアスによってTMR比が減少しないようにTMR比の耐バイアスが必要となる。
従って、記憶素子の特性に関係なく、出力信号を記憶素子以外の周辺回路によって自由に設計することができれば、上記課題はすべて解決することができる。
【0011】
本発明は、トランジスタ内に含まれる強磁性体に磁化状態によって情報を記憶し、キャリアのスピンの向きに依存するトランジスタの出力特性を用いて情報を読み出す不揮発性メモリを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の一観点によれば、スピンフィルタ効果によってスピン偏極ホットキャリアを注入するスピンインジェクタと、この注入された前記スピン偏極ホットキャリアをスピンフィルタ効果によって選別するスピンアナライザと、を有することを特徴とするトランジスタが提供される。従って、スピン偏極ホットキャリアのスピンの向きによりトランジスタの出力特性を制御することができる。
【0013】
前記スピンインジェクタは、第1の強磁性障壁層と、この第1の強磁性障壁層の一端面に接合した第1の非磁性電極層と、上記第1の強磁性障壁層の他端面に接合した第2の非磁性電極層とを有することが好ましい。
【0014】
前記スピンアナライザは、第2の強磁性障壁層と、この第2の強磁性障壁層の一端面に接合した前記第2の非磁性電極層と、上記第2の強磁性障壁層の他端面に接合した第3の非磁性電極層とを有しており、かつ、前記スピンインジェクタと前記第2の非磁性電極層を共通にしていることが好ましい。
【0015】
第1及び第2の強磁性障壁層は、絶縁性の強磁性半導体又は強磁性絶縁体を含んで構成され、これら強磁性障壁層のエネルギーバンド端はスピン分裂によってアップスピンバンドまたはダウンスピンバンドのいずれか一方によって構成されることが好ましい。前記第2の非磁性電極層の厚さは、該第2の非磁性電極層におけるスピン偏極ホットキャリアの平均自由行程以下の厚さであることが好ましい。
【0016】
前記スピンインジェクタは、前記第1の強磁性障壁層のバンド端を構成するスピンバンドと平行なスピンを有するキャリアに対して、トンネル確率が大きく、反平行のスピンを有するキャリアに対してトンネル確率が小さい。従って、前記第1の非磁性電極から前記第1の強磁性障壁層のバンド端を構成するスピンバンドと平行なスピンを有するキャリアを前記第2の非磁性電極層へホットキャリアとして注入することができる。
【0017】
一方、前記スピンアナライザは、前記第2の強磁性障壁層のバンド端におけるスピン分裂によって、前記第2の非磁性電極に注入された前記スピン偏極ホットキャリアのスピンの向きと前記第2の強磁性障壁層のバンド端におけるスピンバンドのスピンの向きとが平行の場合に、前記スピン偏極ホットキャリアを前記第3の非磁性電極層に伝導させるが、前記スピン偏極ホットキャリアと前記第2の強磁性障壁層のバンド端におけるスピンバンドのスピンの向きが反平行の場合には、前記スピン偏極ホットキャリアを前記第3の強磁性電極に伝導させない。
【0018】
従って、同一のバイアス下にあっても前記トランジスタの出力特性は前記第1の強磁性障壁層と前記第2の強磁性障壁層の相対的な磁化の向きに依存し、第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層が平行磁化を持つ場合には電流伝送率または電流増幅率が大きく、反平行磁化の場合では電流伝送率または電流増幅率は小さい。
【0019】
また、前記第1の強磁性障壁層に対する前記第2の強磁性障壁層の相対的な磁化の向きによって情報を記憶し、この磁化状態に依存する上記トランジスタの前記出力特性によって情報を読み出す不揮発性記録回路が提供される。この記憶回路では上記トランジスタ単体でメモリセルを構成することができる。
【0020】
本発明の他の観点によれば、強磁性体を含み、キャリアのスピンの向きに依存する出力特性を有するスピントランジスタを用いて、前記強磁性体の磁化方向によって情報を記憶する手段と、前記出力特性から前記スピントランジスタ内に記憶された情報を電気的に読み出す手段とを有することを特徴とする不揮発性記憶回路が提供される。
【0021】
前記スピントランジスタは、磁化の向きを独立に制御できる強磁性体(以下,「フリー層」と称する)、磁化の向きを変化させない強磁性体(以下,「ピン層」と称する)を少なくとも1つずつ有しており、前記フリー層の磁化の向きと前記ピン層の磁化の向きとが同じである第1の状態と、磁化の向きが異なる第2の状態とを記憶情報として保持することが好ましい。
【0022】
前記スピントランジスタは、スピン偏極キャリアを注入する第1の電極構造及び前記スピン偏極キャリアを受け入れる第2の電極構造と、前記第1の電極構造から前記第2の電極構造へ伝導するスピン偏極キャリアの量を制御する第3の電極構造とを備えており、前記ピン層と前記フリー層とは前記第1から第3までの電極構造のいずれかに含まれていることが好ましい。
【0023】
マトリックス状に配置された上記スピントランジスタと、前記第3の電極構造に接続されるワード線と、前記第1の電極構造を接地する第1の配線と、前記第2の電極構造に接続されるビット線とを有する記憶回路が提供される。複数本のワード線が列方向に延在し、これと交差する方向(行方向)に複数本のビット線が延在する。ワード線とビット線との交点の近傍に上記スピントランジスタが配置される。
【0024】
上記記憶回路では、前記スピントランジスタ上で互いに電気的に絶縁された状態で交差する第1の別配線及び第2の別配線とに電流を流すことにより誘起される磁場により、前記フリー層の磁化を反転させ、前記フリー層と前記ピン層との間の相対的な磁化状態を変化させ情報を記憶する(又は書き換える)ことができる。
【0025】
前記第1の別配線および前記第2の別配線、又は、前記第1の別配線又は前記第2の別配線のいずれか一方に代えて、前記ワード線および前記ビット線、又は、前記ワード線又は前記ビット線のいずれか一方を用いることも可能である。
【0026】
上記記憶回路では、前記スピントランジスタ内に含まれる前記フリー層と前記ピン層とが平行磁化を持つ場合における、前記スピントランジスタにおける出力特性に基づき、情報の読み出しを行うことができる。
【0027】
さらに、上記記憶回路において、それぞれのビット線の一端に出力端子が形成され、それぞれのビット線から分岐し負荷を介して電源に接続する第2の配線が設けられた記憶回路が提供される。
【0028】
この場合では、前記フリー層と前記ピン層との相対的な磁化状態に依存する前記スピントランジスタの前記第1と第2の電極構造間に生じる電流による前記負荷の電圧降下に基づいて得られる出力電圧により、情報の読み出しを行うことができる。
上記回路を用いれば、トランジスタ内の磁化状態に応じた出力電圧を負荷と電源により設計できる高集積密度で高速な不揮発性記憶回路が提供できる。
【発明の効果】
【0029】
本発明のスピンフィルタトランジスタによれば、強磁性障壁層間の相対的な磁化の向きによって出力特性を大きく変化させることができる。
また、このスピンフィルタおよびこれと同等の特性を有する他のスピントランジスタをメモリセルに用いた不揮発性メモリ回路は、トランジスタ内に含まれる強磁性体間の相対的な磁化の向きによって2値の情報を記憶することができるとともに、この相対的な磁化の向きを電気的に検出することができる。さらに,本発明の不揮発性メモリ回路を用いれば,記憶情報に対する出力信号を自由に設計できる。従って、上記トランジスタを用いれば、1つのトランジスタのみで1ビットの不揮発性メモリセルを構成する高速かつ高集積密度の不揮発性記憶回路の実現が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本実施の形態によるスピンフィルタトランジスタの構成を示す図であり、図1(A)は模式的な断面図であり、図1(B)は、図1(A)に示す構成の伝導バンド(または価電子バンド)のエネルギーバンド図であり、障壁層におけるスピンバンドのスピンの向きを併せて示した図である。
【図2】本実施の形態によるトランジスタのエミッタ(第1の非磁性電極層)、ベース(第2の非磁性電極層)、コレクタ(第3の非磁性電極層)間にベース接地バイアス電圧を加えた場合のエネルギーバンド図であり、図2(A)は第1及び第2の強磁性障壁層の磁化の向きが互いに平行な場合、図2(B)は第1及び第2の強磁性障壁層の磁化の向きが互いに反平行な場合である。
【図3】本実施の形態によるスピンフィルタトランジスタのベース接地における静特性を示す図である。横軸は、図面上右方向にコレクタ−ベース電圧VCB、左方向にエミッタ−ベース電圧VEBを示し、縦軸は、エミッタ電流I、ベース電流I、コレクタ電流Iを示している。図3(A)は、エミッタとコレクタの強磁性障壁層間の磁化状態が平行磁化の場合の特性を、図3(B)は、反平行磁化の場合の特性を示している。
【図4】図4(A)は、本実施の形態によるスピンフィルタトランジスタ1を用いたメモリセルの一構成例を示す図である。図4(B)はメモリ回路の一構成例を示す図である。図4(C)の縦軸はコレクタ電流I、横軸はコレクタ−エミッタ間電圧VCEを表し、スピンフィルタトランジスタ150のI―VCE特性と、負荷抵抗による負荷直線を同一の図の上に示したものである。
【図5】図5(A)は、電流駆動型スピントランジスタの出力特性の例を模式的に示す図であり、図5(B)は、電圧駆動型スピントランジスタの出力特性の例を模式的に示す図である。
【図6】図6(A)は、本実施の形態による電圧駆動型スピントランジスタを用いたメモリセルの一構成例を示す図である。図6(B)はメモリ回路の一構成例を示す図である。図6(C)の縦軸はドレイン電流I、横軸はドレイン−ソース間電圧VDSを表し、電圧駆動型スピントランジスタ1のI―VDS特性と、能動負荷による負荷曲線を同一の図の上に示したものである。
【図7】ホットエレクトロントランジスタ型のスピントランジスタの構成例を示すエネルギーバンド図である。
【図8】熱放出注入を用いたホットエレクトロントランジスタ型のスピントランジスタの構成例を示すエネルギーバンド図である。
【図9】スピンフィルタ効果を用いたホットエレクトロントランジスタ型のスピントランジスタの構成例を示すエネルギーバンド図である。
【図10】トンネルベーストランジスタ型のスピントランジスタの構成例を示すエネルギーバンド図である。
【図11】MOSトランジスタ型のスピントランジスタの構成例を示す断面構造図である。
【図12】変調ドープトランジスタ型のスピントランジスタの構造例を示す断面構造図である。
【図13】強磁性半導体チャネルを有するMOSトランジスタ型のスピントランジスタの構成例を示す断面構造図である。
【図14】強磁性ソースと強磁性ドレインとの間に設けられた非磁性絶縁性トンネル障壁に対して、ゲート絶縁膜とゲート電極を設けた構成を有するスピントランジスタの構成例を示す断面構造図である。
【図15】強磁性ソースと強磁性ドレインとの間に設けられた絶縁性強磁性トンネル障壁に対して、ゲート絶縁膜とゲート電極を設けた構成を有するスピントランジスタの構成例を示す断面構造図である。
【図16】図16(A)は共通ソース構成を有するメモリセルの構成例を示す図である。図16(B)は、共通ソース構成を有するメモリセルの断面構造例を示す図である。
【図17】図17(A)は、MTJを用いた一般的なMRAMの構成を示す図であり、図17(B)は、MTJの動作原理を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明に係るトランジスタは、特定のスピンの向きを有するスピン偏極ホットキャリアを注入するスピンインジェクタと、この注入されたスピン偏極ホットキャリアを、そのスピンの向きに応じて選別するスピンアナライザとを有している。スピンインジェクタは、Fowler−Nordheimトンネル又はダイレクトトンネル等のトンネル効果が可能な厚さを有する第1の強磁性障壁層と、第1の強磁性障壁層の一端面に接合した第1の非磁性電極層と、第1の強磁性障壁層の他端面に接合した第2の非磁性電極層とを有している。スピンアナライザは、第2の強磁性障壁層と、第2の強磁性障壁層の一端面に接合した第2の非磁性電極層と、第2の強磁性障壁層の他端面に接合した第3の非磁性電極層とを有しており、スピンインジェクタと第2の非磁性電極層とが共通になっている。第2の非磁性電極層の厚さは、この非磁性電極層におけるスピン偏極ホットキャリアの平均自由行程以下の厚さであることが好ましい。
【0032】
すなわち、上記構成を、公知のホットエレクトロントランジスタの構成と比較すると、第1の非磁性電極層と第1の強磁性障壁層とがエミッタ及びエミッタ障壁に対応し、第2の非磁性電極層がベースに対応し、第2の強磁性障壁層と第3の非磁性電極層とがコレクタ障壁とコレクタに対応する。
【0033】
第1及び第2の強磁性障壁層は、絶縁性の強磁性半導体又は強磁性絶縁体を含んで構成される。これらの強磁性障壁層のエネルギーバンドは、磁気的な交換相互作用によりスピン分裂しており、バンド端ではこのスピン分裂によってアップスピンバンドのみ、あるいはダウンスピンバンドのみが存在する。また、一方のスピンバンドのみが存在するエネルギー幅をスピン分裂幅と呼ぶ。
【0034】
スピンインジェクタのスピンフィルタ効果においては、第1の強磁性障壁層に第1の非磁性電極層と第2の非磁性電極層とを介して電圧を印加して生じさせるFowler−Nordheimトンネル又はダイレクトトンネル等のトンネル効果において、第1の非磁性電極層のキャリアのうち第1の強磁性障壁層のバンド端におけるスピンバンドのスピンの向きに一致したスピンの向き(キャリアが電子の場合では、第1の強磁性障壁層の磁化と反平行となるスピンの向きを、キャリアが正孔の場合では、第1の強磁性障壁層の磁化と平行となるスピンの向きを指す。)を有するキャリアのトンネル確率が大きく、一致しないスピンの向き(キャリアが電子の場合では、第1の強磁性障壁層の磁化と平行となるスピンの向きを、キャリアが正孔の場合では、第1の強磁性障壁層の磁化と反平行となるスピンの向きを指す。)を有するキャリアのトンネル確率が小さいことを利用している。
【0035】
スピンアナライザのスピンフィルタ効果は、第2の強磁性障壁層のスピン分裂したバンドにスピンインジェクタからスピン偏極ホットキャリアを注入する場合において、注入されたスピン偏極ホットキャリアのスピンの向きと第2の強磁性障壁層のバンド端におけるスピンバンドのスピンの向きとが平行の場合(第1と第2の強磁性障壁層が平行磁化)に、スピン偏極ホットキャリアは第2の強磁性層のスピンバンド内を伝導して第3の非磁性電極層に到達するが、スピン偏極ホットキャリアと第2の強磁性層のバンド端におけるスピンバンドのスピンの向きが反平行の場合(第1と第2の強磁性障壁層が反平行磁化)には、スピン偏極ホットキャリアは第2の強磁性障壁層を伝導することができないことを利用する。
【0036】
上記トランジスタは以下のように動作する。
第1の非磁性電極層と第2の非磁性電極層との間に第1の電源により第1の電圧を印加し、第2の非磁性電極層と第3の非磁性電極層との間、または、第1の非磁性電極層と第3の非磁性電極層との間に第2の電源により第2の電圧を印加し、第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層との相対的な磁化の向きに応じて、第1の非磁性電極層から第2の非磁性電極層に注入されたスピン偏極ホットキャリアを、第2の強磁性障壁層と第2の電源を介して流れる電流に、または、第2の非磁性電極層と第1の電源を介して流れる電流に切り替える。
【0037】
このとき、第1の電圧は、注入されたスピン偏極ホットキャリアのエネルギーが、第2の強磁性障壁層のバンド端におけるスピンバンド端のエネルギーより大きく、スピンバンド端にスピン分裂幅を加えたエネルギーよりも小さくなるように印加する。
【0038】
上記構成によれば、第1の強磁性障壁層のバンド端におけるスピンバンドのスピンの向きと平行なスピンの向きを有する第1の非磁性電極層内のキャリアがFowler−Nordheimトンネルやダイレクトトンネル等のトンネル効果によって第2の非磁性電極層にスピン偏極ホットキャリアとして注入される。第2の非磁性電極層の厚さは、第2の非磁性電極層内におけるスピン偏極ホットキャリアの平均自由行程以下の厚さであるから、注入されたスピン偏極ホットキャリアは、エネルギーを失うことなく、第2の強磁性障壁層に到達する。加えて、スピン偏極ホットキャリアのエネルギーは、第2の強磁性障壁層のバンド端におけるスピンバンド端のエネルギーより大きく、このスピンバンド端にスピン分裂幅を加えたエネルギーよりも小さいエネルギーを有するため、注入されたスピン偏極ホットキャリアのスピンの向きが第2の強磁性障壁層のバンド端におけるスピンバンドのスピンの向きと平行である場合には、スピン偏極ホットキャリアは第2の強磁性障壁層内に発生している電界によって、このスピンバンド内を伝導し、第3の非磁性電極層に輸送され、第3の非磁性電極層と第1の非磁性電極層の間を流れる電流となる。
【0039】
一方、注入されたスピン偏極ホットキャリアのスピンの向きが第2の強磁性障壁層のバンド端におけるスピンバンドのスピンの向きと反平行である場合には、スピン偏極ホットキャリアは第2の非磁性電極層と第2の強磁性障壁層の界面で散乱(または反射)され、第2の非磁性電極層と第1の非磁性電極層との間に流れる電流となる。
【0040】
このように、第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層との相対的な磁化の向きが平行か反平行かによって、第1の強磁性障壁層を流れる電流を、第2の強磁性層を介し、第3の非磁性電極層と第1の非磁性電極層の間を流れる電流に、または、第2の非磁性電極層と第1の非磁性電極層との間に流れる電流に切り替えることができる。すなわち、第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層の相対的な磁化の向きによって、第2の強磁性障壁層を介して流れる電流を制御することができる。周知のベース接地、または、エミッタ接地のホットエレクトロントランジスタやバイポーラトランジスタの動作と対比させれば、コレクタ電流をベース電流によって制御することに対応するが、本実施の形態によるトランジスタでは、ベース電流によるコレクタ電流の電流増幅率を第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層との相対的な磁化の向きによって制御することができる。すなわち、本実施の形態によるトランジスタは、電流増幅率を制御できるトランジスタであり、ベース電流(または第1及び第2の非磁性電極間のバイアス電圧)のみならず、第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層の相対的な磁化の向きによってもコレクタ電流を制御することができる。
【0041】
また、第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層の保磁力を変えておくか、一方の磁化の向きを固定しておけば、第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層のうちのいずれか一方の磁化の向きが反転する適切な強度の磁場を印加することによって、第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層との相対的な磁化の向きを平行または反平行のいずれかに任意に変更できる。すなわち、トランジスタ内に情報を記憶させることができる。
【0042】
従って、上記トランジスタを用いてメモリセルを構成することができる。本実施の形態によるトランジスタを用いた不揮発性メモリの一例について以下に説明する。本実施の形態によるトランジスタの第2の非磁性電極層をワード線に接続し、トランジスタの第3の非磁性電極層をビット線に接続し、負荷を介してビット線を電源に接続し、トランジスタの第1の非磁性電極層を接地する。この構成によれば、特定のワード線を選択して第2の非磁性電極層にバイアスを加え、特定のビット線を選択して出力電圧(第1と第2の非磁性電極間に生じる電圧)を検出すれば、出力電圧は、トランジスタの第1の強磁性障壁層と第2の強磁性障壁層の相対的な磁化の向きに応じて変化する。すなわち、相対的な磁化の向きが平行の場合には、出力電圧が小さくなり、相対的な磁化の向きが反平行の場合には出力電圧が大きくなる。従って、記憶された情報を、出力電圧の大小により読み出すことができる。
【0043】
上記不揮発性メモリは、本実施の形態によるトランジスタをエミッタ接地トランジスタとして使用し、コレクタに電源と負荷を付加し、コレクタ電圧を出力電圧とするから、電源電圧と負荷といった周辺回路によって第1と第2の強磁性障壁層が平行磁化である場合の出力電圧と、反平行磁化である場合の出力電圧を所望の値に設計できる。従って、上記不揮発性メモリを用いれば、MTJを用いたMRAMにおける、トンネル抵抗が小さく出力電圧が小さいという問題点並びにTMR比が小さく記憶情報を判別しにくいという問題点、さらに、印加バイアスによって出力電圧の比が小さくなるという問題点を解決することができる。
【0044】
以下、上記トランジスタの構成及び動作について図面に参照しつつ詳細に説明する。尚、以下の説明を分かりやすくするため、本実施の形態によるトランジスタをスピンフィルタトランジスタと称する。
【0045】
図1は、本実施の形態によるスピンフィルタトランジスタの構成を示す図であり、図1(A)は模式的な断面図であり、図1(B)は、図1(A)に示す構成の伝導バンド(又は価電子バンド)のエネルギーバンド図であり、障壁層におけるスピンバンドのスピンの向きを併せて示した図である。但し、キャリアが正孔であればバンド端におけるスピンの向きと磁化の向きは一致するが、キャリアが電子であればバンド端におけるスピンの向きと磁化の向きは逆向きとなる。
【0046】
本実施の形態によるスピンフィルタトランジスタ1は、第1の強磁性障壁層2と、第1の強磁性障壁層2の一端面に接合した第1の非磁性電極層3と、第1の強磁性障壁層2の他端面に接合した第2の非磁性電極層4とを有して構成されるスピンインジェクタ5と、第2の強磁性障壁層6と、第2の強磁性障壁層6の一端面に接合した第2の非磁性電極層4と、第2の強磁性障壁層6の他端面に接合した第3の非磁性電極層7とを有して構成されるスピンアナライザ8と、を有して構成されている。図1(A)から明らかなように、スピンインジェクタ5とスピンアナライザ8とは、第2の非磁性電極層4を共通にしている。
【0047】
第1、第2及び第3の非磁性電極層3、4及び7として、非磁性金属、n型非磁性半導体又はp型の非磁性半導体を用いることができる。また、第2の非磁性電極層4の厚さは、スピンインジェクタから注入されたスピン偏極ホットキャリアの非磁性電極層4内における平均自由行程以下にするのが好ましい。平均自由行程よりもベース幅を短くすることにより、電流伝送率を0.5以上にすることが可能となり、電流増幅作用を得ることができる。
【0048】
第1及び第2の強磁性障壁層2、6としては、絶縁性の強磁性半導体又は強磁性絶縁体を用いることができる。強磁性障壁層のエネルギーバンドは、磁気的な交換相互作用によりスピン分裂しており、バンド端では、アップスピンのみ、あるいはダウンスピンのみが存在するエネルギー領域ができる。このスピン偏極したバンドはスピンバンドと呼ばれ、また、このエネルギー領域幅をスピン分裂幅Δと呼ぶ。
【0049】
図1(B)に示すように、強磁性障壁層2、6に矢印↑を付して示した実線は、アップスピンの存在できるバンドの端部、すなわち、アップスピンバンド端9であり、一方、矢印↓を付して示した実線は、ダウンスピンの存在できるバンドの端部、すなわち、ダウンスピンバンド端10である。図1(B)におけるアップスピンスンド端9とダウンスピンバンド端10との間は、アップスピンのみが存在できる領域である。また、ダウンスピンバンド端10よりも高いエネルギーを有する領域は、アップスピンとダウンスピンとの両方が存在できる領域である。図1(B)は、アップスピンのスピンバンドがダウンスピンのスピンバンドよりも低い場合を例示しているが、これとは逆の状態も可能である。
【0050】
第1の強磁性障壁層2は、第1の非磁性電極層3と第2の非磁性電極層4とに印加する電圧によって、Fowler−Nordheimトンネル(以後、FNトンネルと称する。)又はダイレクトトンネル等のトンネル効果によって第1の非磁性電極層3から第2の非磁性電極層4ヘキャリアの透過が可能な厚さを有している。尚、ダイレクトトンネルとは、キャリアが薄いポテンシャル障壁を直接透過する現象を言う。また,FNトンネルとは、ある印加電圧まではダイレクトトンネルによるトンネル電流が無視でき、ある値以上の電圧を印加することによって生じるポテンシャル障壁上部の三角ポテンシャルをキャリアがトンネルする現象を言う。
【0051】
第1の非磁性電極層3と第2の非磁性電極層4とに印加する電圧は、通常のメモリ回路に使用される電圧範囲で良く、例えば、数百mVから数Vのオーダーである。第2の強磁性障壁層6の厚さは、第2の非磁性電極層4から第3の非磁性電極層7にキャリアの熱放出またはトンネルによる電流(いわゆるリーク電流)が生じない程度に厚くする必要がある。
【0052】
上記の非磁性電極層3、4、7および強磁性電極層2、6は、図1(B)に示すエネルギーバンド構造を形成する。図1(B)中の非磁性電極層部分の実線11は、金属のフェルミエネルギー又はn型(p型)半導体のフェルミエネルギー又は伝導帯の底(価電子帯の頂上)のエネルギーを示す。非磁性電極層部分の実線11に対する強磁性障壁層2、6の低い方のエネルギー障壁をφで示し、スピン分裂幅をΔで表す。強磁性障壁層2と6は、異なる値のφとΔを有しても良いが、以下では、強磁性障壁層2と6とで同じ値のφとΔを持つ場合について示す。
【0053】
キャリアが電子である場合は、非磁性電極層3、4、7に非磁性金属又はn型半導体を用い、強磁性障壁層2、6に絶縁性の強磁性半導体又は強磁性絶縁体を用いる。この場合、強磁性障壁層2、6のアップスピンバンド端9及びダウンスピンバンド端10は、伝導帯の底がスピン分裂したものである。また、キャリアを正孔とする場合には、非磁性電極層3、4、7としてp型半導体を用い、強磁性障壁層2、6に絶縁性の強磁性半導体又は強磁性絶縁体を用いる。この場合には、強磁性障壁層2、6のアップスピンバンド端9及びダウンスピンバンド端10は、価電子帯頂上がスピン分裂したものである。
【0054】
次に、上記スピンフィルタトランジスタの動作原理について詳しく説明する。以後の説明においては、説明を簡単にするために、ホットエレクトロントランジスタの表記法を併用して説明する。すなわち、第1の非磁性電極層3と第1の強磁性障壁層2をエミッタ21、第2の非磁性電極層4をベース22、第2の強磁性障壁層6と第3の非磁性電極層7をコレクタ23と称し、第1の非磁性電極層3をエミッタ電極3、第3の非磁性電極層7をコレクタ電極7と称する。また、キャリアが電子の場合を例にして説明する(キャリアがホールの場合も、動作原理は本質的に同等であるので説明を省略する)。
【0055】
図2は、本実施の形態によるトランジスタのエミッタ、ベース、コレクタ間にベース接地バイアス電圧を加えた場合のエネルギーバンド図であり、図2(A)は第1及び第2の強磁性障壁層の磁化の向きが互いに平行な場合、図2(B)は第1及び第2の強磁性障壁層の磁化の向きが互いに反平行な場合であり図2(A)に対応する図である。エミッタ21とベース22間にバイアス電圧VEBを、ベース22とコレクタ23との間にバイアス電圧VCBを加えている。このときVEBの大きさは(Φ<qVEB<Φ+Δ)の関係を満たすように設定する。但し、qは電荷素量である。
【0056】
エミッタ21は、ベース22にスピン偏極したホットエレクトロンを注入するスピンインジェクタとして働く。すなわち、バイアス電圧VEBによってキャリアをエミッタ電極3から第1の強磁性障壁層2をトンネルにより通過させる場合に、第1の強磁性障壁層2の伝導帯がスピン分裂しているため、エミッタ電極3に存在するアップスピン電子24とダウンスピン電子25とでは感じる障壁高さが異なる。
【0057】
すなわち、図2(A)では、アップスピン電子24が感じる障壁高さは、第1の強磁性障壁層2のアップスピンバンド端9までのエネルギー、すなわちΦであり、ダウンスピン電子25が感じる障壁高さは、第1の強磁性障壁層2のダウンスピンバンド端10までのエネルギー、すなわち、Φ+Δである。従って、ベース−エミッタ電圧を制御することにより、感じる障壁高さが低い方のスピンを持つ電子、この場合にはアップスピンを持つ電子24を選択的にベース22にトンネル注入させることができる(この現象をスピンフィルタ効果と称する。)。
【0058】
一方、上記トランジスタのコレクタ23は、ベース22に注入されたスピン偏極ホットエレクトロンの向きを選別するスピンアナライザとして働く。すなわち、バイアス電圧VEBによってホットな状態となりベース22に注入されたスピン偏極ホットエレクトロン26は、ベース22の幅をスピン偏極ホットエレクトロン26の平均自由行程以下に設定しているため、ベース22とコレクタ23との界面までエネルギーを失うことなく、すなわち、バリスティックに到達することができる。コレクタ23の第2の強磁性障壁層6も、伝導帯のスピン分裂によって障壁高さの異なる2つの障壁が生じている。図2(A)に示すように、第1及び第2の強磁性障壁層2、6の磁化の向きが互いに平行な場合、スピン偏極ホットエレクトロン26と平行なスピンを持つ第2の強磁性障壁層6のアップスピンバンド端9は、スピン偏極ホットエレクトロン26のエネルギーより低いため、スピン偏極ホットエレクトロン26は、第2の強磁性障壁層6を越えてコレクタ電極7へ伝導し、コレクタ電流Iとなる。
【0059】
一方、図2(B)に示すように、第1及び第2の強磁性障壁層2、6の磁化方向を互いに反平行にした場合、ベース22には、ダウンスピンを有するスピン偏極ホットエレクトロン27が注入されるが、ダウンスピンを有する第2の強磁性障壁層6のダウンスピンバンド端10がスピン偏極ホットエレクトロン27のエネルギーよりも高いので、スピン偏極ホットエレクトロン27は第2の強磁性障壁層6の伝導帯を伝導できず、ベース22とコレクタ23との界面においてスピン依存散乱(又は反射)を受けてエネルギーを失い、ベース電流Iとなる。
【0060】
このように、エミッタ22の第1の強磁性障壁層2とコレクタ23の第2の強磁性障壁層6との相対的な磁化の向きにより、エミッタからコレクタヘ流れる電流の電流伝送率は大きく異なる。換言すれば、ベース電流によるコレクタ電流の電流増幅率が大きく異なる。
【0061】
図3は、本実施の形態によるスピンフィルタトランジスタのベース接地における静特性を示す図である。横軸は、図面上右方向にコレクタ−ベース電圧VCB、左方向にエミッタ−ベース電圧VEBを示し、縦軸は、エミッタ電流I、ベース電流I、コレクタ電流Iを示している。図3(A)は、エミッタとコレクタの強磁性障壁層の磁化方向が平行の場合の静特性を、図3(B)は、反平行の場合の静特性を示している。尚、図3(A)、図3(B)において、αは電流伝送率、βは電流増幅率を示し、また、添え字、↑↑及び↓↑はそれぞれ、エミッタとコレクタの強磁性障壁層の相対的な磁化方向が平行の場合と、反平行の場合とを示す。
【0062】
図3(A)に示すように、エミッタとコレクタの磁化方向が平行の場合には、エミッタ電流Iのほとんどがコレクタ電流Iとすることができる。図3(B)に示すように、磁化方向が反平行の場合には、エミッタ電流Iのほとんどがベース電流Iとすることができる。公知のホットエレクトロントランジスタ又はバイポーラトランジスタと同様に、本実施の形態によるトランジスタにおいても、ベース電流Iによりコレクタ電流Iを制御することができる。加えて、第1と第2の強磁性障壁層の相対的な磁化の向きによっても、電流増幅率を制御することができる。
【0063】
本実施の形態によるスピンフィルタトランジスタの強磁性障壁層としては、EuS、EuSe、EuO等の強磁性半導体を使用することができる。また、RFe12(Rは希土類元素を示す)等の強磁性絶縁体も使用することができる。非磁性電極層としては、非磁性体であれば良く、例えば、AlやAuなどの金属や、高濃度に不純物ドープされたSiやGaAS等の非磁性半導体でも良い。例えば、強磁性障壁層として、EuS、非磁性電極層としてAlを用いた場合、障壁高さΦ=1.4eVであり、スピン分裂幅Δ=0.36eVである。また、本実施の形態によるスピンフィルタトランジスタは、上記の材料を用い、公知の分子線エピタキシャル成長法、真空蒸着法、スパッタリング法等によって製造することができる。
【0064】
次に、本発明のスピンフィルタトランジスタをメモリセルとして用いた不揮発性メモリについて説明する。
図4(A)は、本実施の形態によるスピンフィルタトランジスタ1を用いたメモリセルの一構成例を示す図である。図4(A)に示すメモリセルでは、スピンフィルタトランジスタを多数マトリクス状に配置し、エミッタ端子Eを接地してコレクタ端子Cとベース端子Bとをそれぞれ読み出し用ビット線BLと読み出し用ワード線WLとに接続している。また、書き換え用ワード線と書き換え用ビット線を、上記スピンフィルタトランジスタ上で他の配線と電気的に絶縁した状態で交差するように配置する。この書き換え用ワード線と書き換え用ビット線として、上記の読み出し用ビット線BLと読み出し用ワード線WLとを併用しても良い。図4(A)は、併用した場合のセル構成を示す図である。図4(A)の場合では、スピンフィルタトランジスタ単体でメモリセルを構成できるとともに、配線に関しても非常に単純な構成にすることができる。従って、微細化に適したレイアウトを容易に構成することができる。図4(B)も同様のセル構成を用いている。
【0065】
次に、本実施の形態によるメモリ回路について図4(B)を参照して説明する。本実施の形態によるメモリ回路41は、スピンフィルタトランジスタ1(図1)のベースである第2の非磁性電極4をワード線42に接続し、スピンフィルタトランジスタ1のコレクタ電極である第3の非磁性電極7をビット線43に接続し、ビット線43を、負荷(R)44を介して電源(VCC)45に接続し、スピンフィルタトランジスタ1のエミッタ電極である第1の非磁性電極3を接地した構成を有している。ここでは負荷として純抵抗を用いているが、トランジスタによる能動負荷を用いても良い。
【0066】
特定のメモリセルの記憶情報を読み出すには、特定のワード線42を選択してエミッタ−ベース間にバイアスを加え、ビット線43に負荷抵抗44を介して電源45の電源電圧VCCを印加し、ビット線43にあらわれる出力電圧Vの大小によって記憶情報を読み出す。図4(C)の縦軸はコレクタ電流I、横軸はコレクタ−エミッタ間電圧VCEを表し、スピンフィルタトランジスタのI―VCE特性と、負荷抵抗44による負荷直線46を同一の図の上に示したものである。出力電圧Vは、これらの特性の交点から決定される。すなわち、第1及び第2の強磁性障壁層2、6の相互の磁化方向が、平行の場合と反平行の場合との出力信号は、それぞれ、図4(C)に示すように、V↑↑とV↓↑になる。V↑↑及びV↓↑の絶対値、及び、V↑↑とV↓↑の比は回路パラメータ(R及びVCC)により最適化できる。このように、本実施の形態による不揮発性メモリデバイスは、MTJのように素子自身の構造を調節することなく、必要な大きさの出力信号及び出力信号の比を得ることができる。
【0067】
本実施の形態によるトランジスタにおいて利用するスピンフィルタ効果は、強磁性体におけるバンドのスピン分裂を利用した効果であり、MTJのTMR効果に比べてスピンの選択率が高い。べース幅をスピン偏極ホットキャリアの平均自由行程以下に設定すれば、第1及び第2の強磁性障壁層間の相対的な磁化状態が、平行磁化の場合では、電流伝送率α(=I/Iで定義)は0.5以上になりうるが、反平行磁化の場合では、電流伝送率は極めて小さい。すなわち、平行磁化の場合と反平行磁化の場合との電流伝送率の変化は、電流増幅率β(=I/Iで定義される)でみると、さらに増幅されていることになる。この磁化状態で大きく異なるスピンフィルタトランジスタの出力特性に対して、上述した周辺回路により出力信号の最適化を行うことにより、容易に所望の出力信号の絶対値及び所望の出力信号の比を得ることができる。
【0068】
次にキャリアのスピンの向きに依存する出力特性を有するトランジスタ(以下,「スピントランジスタ」と称する)を用いた不揮発性記憶回路について説明する。
本発明に係る記憶回路は、スピントランジスタを用いた不揮発性記憶回路に関するものである。スピントランジスタは強磁性金属や強磁性半導体などの強磁性体をトランジスタ内に含み、この磁化状態によってキャリアのスピンの向きを制御して出力特性を変化させる。スピントランジスタ内部における強磁性体の磁化状態に基づき情報を記憶し、スピントランジスタ内部の磁化状態を反映したトランジスタの出力特性を用いて情報の読み出しを行う。スピントランジスタを用いれば1つのスピントランジスタで1ビットの不揮発性メモリセルを構成することが可能であり、また、記憶情報に対する出力信号の値を、このメモリセルに接続した周辺回路によって最適化することが可能である。
【0069】
より詳細には、スピントランジスタは、磁化の向きを磁場等によって独立に制御できる強磁性体層(フリー層)と、磁化の向きが固定されている強磁性体層(ピン層)と、を少なくとも1つずつ有しており、同一バイアス下であっても、フリー層とピン層との相対的な磁化の向きによってトランジスタの出力特性を制御できるトランジスタである。フリー層の磁化の向きを磁場等により変化させることにより、フリー層とピン層との相対的な磁化状態を平行磁化又は反平行磁化の2つの状態を実現することができる。この2つの磁化状態が2値の記憶情報に対応する。
【0070】
スピントランジスタでは、スピン依存散乱、トンネル磁気抵抗効果、スピンフィルタ効果等のキャリアのスピンの向きに依存して変化する伝導現象に基づいて、トランジスタ内の磁化状態に応じた出力特性を得ることが出来る。スピントランジスタは、スピン偏極キャリアを注入する第1の電極構造及びスピン偏極キャリアを受け入れる第2の電極構造と、第1の電極構造から第2の電極構造へ伝導するスピン偏極キャリアの量を制御する第3の電極構造とを備えている。
【0071】
スピントランジスタでは、スピンに依存する伝導現象以外は、一般的なトランジスタと同様の動作原理に基づき動作する。従って、スピントランジスタはバイポーラトランジスタ等の電流駆動型トランジスタと電界効果トランジスタ等の電圧駆動型トランジスタとに分類することができる。電流駆動型トランジスタでは、第1の電極構造はエミッタに、第2の電極構造はコレクタに、第3の電極構造はベースにそれぞれ対応する。本実施の形態で説明したスピンフィルタトランジスタはこの電流駆動型に分類される。
【0072】
また、電圧駆動型トランジスタの場合には、第1の電極構造はソースに、第2の電極構造はドレインに、第3の電極構造はゲートにそれぞれ対応する。スピントランジスタにおけるコレクタ電流またはドレイン電流は、同一バイアス下にあっても、スピントランジスタ内に含まれる強磁性体の磁化状態で変化する。
【0073】
スピントランジスタの詳細については後述し、以下、スピントランジスタの一般的な出力特性と、スピントランジスタを用いた不揮発性メモリについて説明する。以下では、スピントランジスタ内にフリー層とピン層の強磁性体を含み、フリー層に磁場を印加することによって、フリー層とピン層の相対的な磁化状態を平行磁化または反平行磁化を実現することができるとする。また、この磁化状態はフリー層の保磁力以上の磁場が印加されない限り安定に存在できるものとする。
【0074】
図5(A)に、電流駆動型スピントランジスタの出力特性の例を模式的に示す。通常の電流駆動型トランジスタと同様に、コレクタ電流Iはベース電流Iの大きさによって制御できるが、コレクタ電流の大きさはスピントランジスタ内に含まれる強磁性体の磁化状態にも依存する。図5(A)の場合では,スピントランジスタに同じバイアスを加えていても(I=IB1)、平行磁化の場合ではコレクタ電流I↑↑は大きく、反平行磁化の場合ではコレクタ電流I↓↑は小さい。
【0075】
図5(B)に、電圧駆動型スピントランジスタの出力特性の例を模式的に示す。通常のMOSトランジスタなどの電界効果トランジスタと同様に、ゲートーソース電圧(VGS)がしきい値Vよりも小さい場合(VGS<V)には、スピントランジスタは遮断状態でドレイン電流はほとんど生じない。V以上のVGSを印加すれば、スピントランジスタは導通状態となるが、同じバイアス下(VGS=VGS1)においても、スピントランジスタ内に含まれる強磁性体が平行磁化を持つ場合と反平行磁化を持つ場合とでドレイン電流値は異なる。図3(B)の場合では,平行磁化を持つ場合には、ドレイン電流I↑↑は大きく、反平行磁化を持つ場合には、ドレイン電流I↓↑は小さい。
【0076】
従って、スピントランジスタでは、電流駆動型,電圧駆動型ともにデバイス内に含まれるフリー層とピン層の相対的な磁化の向きを、コレクタ電流またはドレイン電流の大きさに基づいて、電気的に検出することができる。また、上記のように強磁性体では、外部からフリー層の保磁力以上の磁場が印加されない限り磁化の向きを安定に保持することができる。このため、スピントランジスタでは、デバイス内に含まれるフリー層とピン層の相対的な磁化状態を平行磁化または反平行磁化にすることによって2値の情報を記憶することができる。従って、スピントランジスタを用いれば、1つのスピントランジスタのみで1ビットの不揮発性メモリセルを構成することができる。
【0077】
以下、電圧駆動型のスピントランジスタを用いた場合を例にして、スピントランジスタを用いた不揮発性メモリについて詳述する。電流駆動型のスピントランジスタをメモリセルに用いた場合も同様にして構成することができる。
【0078】
図6(A)は、スピントランジスタを用いたメモリセルの構成例を示す図である。図6(B)は、このメモリセルに基づいて形成した記憶回路の構成例を示す図である。図6(A)と図6(B)との関係は、図4(A)と図4(B)との関係と同様である。図6(A)に示すメモリ回路では、スピントランジスタ150を多数マトリクス状に配置し、ソースSを接地してドレインDとゲートGとをそれぞれ読み出し用ビット線BLと読み出し用ワード線WLとに接続している。また、書き換え用ワード線と書き換え用ビット線を、上記スピントランジスタ150上で他の配線と電気的に絶縁した状態で交差するように配置する。この書き換え用ワード線と書き換え用ビット線として、上記の読み出し用ビット線BLと読み出し用ワード線WLとを併用しても良い。図6(A)、(B)は、併用した場合の構成を示す図である。図6(A)、(B)の場合では、1つのスピントランジスタのみでメモリセルを構成できるとともに、配線に関しても非常に単純な構成に配置することができる。
特に、MOSトランジスタに類似の形態を有する電圧駆動型のスピントランジスタでは、隣り合うメモリセルでソースを共通にするなど、微細化に適したレイアウトを容易に構成することができる。
以下、上述した書き換え/読み出し用ビット線および書き換え/読み出し用ワード線を、単に、それぞれビット線BL、ワード線WLと呼ぶ。
【0079】
情報の書き換えは、選択したメモリセル上で交差するビット線BLとワード線WLとに電流を流し、それぞれの配線に流れる電流によって誘起される磁界の合成磁界によって選択されたメモリセルのフリー層を反転させて情報を書き換える。この際、選択セルと同一のビット線BL又はワード線WLに接続している非選択セルが磁化反転しないようにするため、一方の配線のみからの磁界では磁化反転を生じないようにそれぞれの配線に流す電流値を設定しておく。
【0080】
情報の読み出しは、選択セルに接続されたワード線WLに電圧を印加してスピントランジスタを導通させてから、ビット線BLに電圧を印加してドレイン電流の大きさを検出する。このドレイン電流の大きさに基づき、フリー層とピン層との相対的な磁化状態を検出することができる。
【0081】
図6(B)は、図6(A)に示すメモリ回路のビット線端に出力端子Vと、この出力端子Vから分岐して負荷を介し電源電圧VDDに接続したメモリ回路である。図6(C)に、図6(B)に示したメモリセルの静特性と動作点とを示す。ここでは、負荷としてデプレッション型MOSトランジスタによる能動負荷160を用いているが、図4(B)のように純抵抗を用いても良い。図6(C)に示すように、情報の読出し時にはスピントランジスタ150のゲートにゲート電圧VGSを印加し、ビット線BLに負荷を介して電源電圧VDDを印加すれば、能動負荷による動作点は、ピン層とフリー層と間の磁化状態に応じて図6(C)中の負荷曲線上を動き(図中のP11とP12)、平行磁化と反平行磁化との場合の出力信号Vはそれぞれ図中のV↑↑とV↑↓となる。それぞれの出力信号の絶対値および比(V↑↑/V↑↓)は,能動負荷のトランジスタ特性やVDDなどの周辺回路のパラメータにより最適化することができる。例えば、スピントランジスタの静特性と能動負荷による負荷曲線との交点を最適化することにより、ドレイン電流比I↑↑/I↑↓が小さい場合でも大きな出力信号比を得ることができる。また、I↑↑とI↓↑の値がメモリセルによってばらついていても、能動負荷の飽和電流がI↓↑より大きく、I↑↑より小さければ、出力電圧はほとんど変動しないようにできる。さらに、情報の読み出しにセンスアンプを用いないため、高速の読み出しが可能となる。したがって、本実施の形態による記憶回路では、所望の大きさの出力信号を容易に得ることができて、さらに高速読み出しが可能になるという利点を有する。
【0082】
従来のMTJとMOSトランジスタとを用いたメモリセルでは、MTJの抵抗による出力電圧をセンスアンプによって読み取るが、出力電圧はMTJに流す電流値とMTJのインピーダンス(接合抵抗)によって決定され、出力電圧比を周辺回路で自由に調節することはできない。
【0083】
以下に、本実施の形態による不揮発性メモリ回路に適用可能なスピントランジスタの構造について図面を参照して説明する。以下、FMは強磁性金属、FSは電気伝導性強磁性半導体、IFSは絶縁性強磁性半導体、NMは非磁性体の略号である。特に、NM金属は非磁性金属、NM半導体は非磁性半導体を表す。まず、電流駆動型のスピントランジスタ群について説明を行う。
【0084】
図7は、ホットエレクトロントランジスタ型のスピントランジスタのエネルギーバンド図である。スピントランジスタ200は、エミッタ201とベース205とが、FMまたはFSで構成されている。より詳細には、スピントランジスタ200は、FM(又はFS)からなるエミッタ201と、NMからなるエミッタ障壁203と、FM(又はFS)からなるベース205と、NMからなるコレクタ障壁207と、NMからなるコレクタ211と、を有している。NMとしては非磁性金属または非磁性半導体を用いることができる。
【0085】
図7に示すスピントランジスタ200では、エミッタ201からエミッタ障壁203を介してスピン偏極ホットキャリアをベース205にトンネル注入する。エミッタ201とベース205とが平行磁化の場合には、注入されたスピン偏極ホットキャリアは、ベース205内でほとんどスピン依存散乱を受けないため、バリスティックにベース205を通過できるようにベース幅を設定しておけば,コレクタ障壁207を越えてコレクタ211に到達する。すなわち、通常のホットエレクトロントランジスタと同様のトランジスタ動作をする。
【0086】
一方、エミッタ201とベース205とが反平行磁化を持つ場合には、エミッタ201からベース205に注入されたスピン偏極ホットキャリアは、ベース205内でスピン依存散乱によりエネルギーを失い、コレクタ障壁207を越えることができずにベース電流となる。すなわち、エミッタ201とベース205とが反平行磁化の場合には、両者が平行磁化の場合に比べて電流伝送率が低下する。従って、スピントランジスタ200に同じバイアスが印加されていても、エミッタ201とベース205との相対的な磁化状態の違いにより、電流伝送率又は電流増幅率が異なる。また、スピントランジスタ200はコレクタ障壁の障壁高さを適切に選択するなどにより室温動作も可能である。
【0087】
スピントランジスタ200は、エミッタ−ベース間が平行磁化を持つ場合と反平行磁化を持つ場合とのそれぞれにおける電流伝送率の比を大きくするためにはスピン依存散乱が有効に作用できるようにベース幅を長くとる必要がある。一方、ベース幅を長くすると、エミッタとベースとが平行磁化の場合においても、電流伝送率が小さくなり、例えば0.5を下回り、増幅作用が失われるといったトレードオフが存在する。
【0088】
図8は、ベースへのスピン注入機構として熱放出を利用したホットエレクトロントランジスタ型のスピントランジスタのエネルギーバンド図である。図8に示すように、スピントランジスタ220は、FM(又はFS)からなるエミッタ221と、FM(又はFS)からなるベース225と、両者の間に設けられたNMからなるエミッタ障壁223と、を有している。さらに、ベース225とエミッタ障壁223との接合の反対側に、NMからなるコレクタ障壁227と、NMからなるコレクタ231と、を有している。エミッタ障壁223およびコレクタ障壁227には非磁性半導体を用いることができる。またコレクタ231は非磁性半導体または非磁性金属を用いることができる。
【0089】
エミッタ221とエミッタ障壁223との間はオーミックコンタクトまたはトンネルコンタクトを形成する。ベース225とエミッタ障壁223との間、ベース225とコレクタ障壁227との間は、図9に示すバンド不連続を有するように接合を形成する。このバンド不連続は、NM半導体/FM間のショットキー接合やNM半導体/FS間のへテロ接合により実現することができる。或いは、FSとFMとでショットキー接合を形成し、この際に生じるショットキー障壁をエミッタ障壁とし、FSをエミッタとし、FMをベースとして構成しても良い。
【0090】
エミッタ221に対してベース225にバイアスを印加することによりエミッタ221からエミッタ障壁223に拡散したスピン偏極キャリアは、熱放出によりベース225へホットキャリアとして注入される。エミッタ221とベース225とが平行磁化を持つ場合には、ベース225に注入されたスピン偏極ホットキャリアはスピン依存散乱を受けることなくコレクタに到達することができるが、エミッタ221とベース225とが反平行磁化の場合では、スピン偏極ホットキャリアはスピン依存散乱によってベース電流となる。このトランジスタ220においても、ベースにおけるスピン依存散乱を用いているために上記スピントランジスタ200と同様に、平行磁化および反平行磁化を持つ場合のそれぞれにおける電流伝送率の比と、平行磁化の場合における電流伝送率との間にトレードオフの関係が存在する。但し、トンネル注入を用いた上記スピントランジスタ200に比べて、電流駆動力を大きく取れるといった特徴や、室温動作を実現しやすいといった特徴がある。
【0091】
図9は、スピンフィルタ効果を用いたホットエレクトロントランジスタ型のスピントランジスタのエネルギーバンド図である。このトランジスタについては既に詳細に説明したが、簡単にその特徴を説明する。図9に示すスピントランジスタ240は、エミッタ障壁243およびコレクタ障壁247がIFSにより構成されている。NM金属(またはNM半導体)からなるエミッタ241からは、エミッタ障壁243のスピンフィルタ効果により選択的に一方のスピンを持つキャリアのみをNM金属(又はNM半導体)からなるベース245に注入することができる。ベース幅をスピン偏極率ホットキャリアの平均自由行程以下に設定してあれば、ベース245に注入されたスピン偏極率ホットキャリアは、バリスティックにベース245を伝導する。このとき、コレクタ障壁247のアップスピンバンド(図9では上向き矢印が付されているスピンバンド端)とダウンスピンバンド(図9では下向き矢印が付されているスピンバンド端)とのエネルギー分裂幅内にスピン偏極ホットキャリアが注入されるようにスピントランジスタ240をバイアスしておく。エミッタ障壁243とコレクタ障壁247とが平行磁化を持つ場合には、ベース245に注入されたスピン偏極ホットキャリアは、コレクタ障壁247のスピンフィルタ効果によって、コレクタ障壁247における低いエネルギーのスピンバンドによる障壁を乗り越え、NM金属(またはNM半導体)からなるコレクタ251へ伝播することができる。一方、エミッタ障壁243とコレクタ障壁247とが反平行磁化を持つ場合では、コレクタ障壁247のスピンフィルタ効果によって、スピン偏極ホットキャリアのほとんどはコレクタ障壁247を乗り越えることができずにベース電流となる。
【0092】
従って、スピントランジスタ240において、エミッタ障壁243とコレクタ障壁247との相対的な磁化の向きによって、電流伝送率(又は電流増幅率)が異なる。スピンフィルタ効果はスピンの選択率が極めて大きいため、このトランジスタでは平行磁化と反平行磁化のそれぞれの場合における電流伝送率の比を大きくすることができる。
【0093】
また、スピントランジスタ240では、ベース幅を十分に短くすることが可能である。従って、図7、図8に示すスピン依存散乱を利用したスピントランジスタと異なり、ベース幅に関連する電流増幅率とスピン選択性との間のトレードオフは存在しないという利点がある。
【0094】
図10は、トンネルベーストランジスタ型のスピントランジスタのエネルギーバンド図である。図10に示すように、トンネルベーストランジスタ型のスピントランジスタ260では、エミッタ261とコレクタ265にp型(又はn型)のFSを用い、トンネルベース263にn型(又はp型)のNM半導体を用いている。エミッタ−ベース間及びベース−コレクタ間は、正孔(又は電子)に対してベース263が障壁になるようなタイプIIのヘテロ接合を用いることが好ましい。また、ベース幅はエミッタからコレクタにトンネル電流が生じる程度に薄くする。
【0095】
図10に示す構造において、エミッタ261とコレクタ265とが平行磁化を持つ場合では、エミッタの多数スピンを有するキャリアは、容易にコレクタ265にトンネルできるためトンネルコンダクタンスは大きいが、エミッタ261とコレクタ265とが反平行磁化を持つ場合では、トンネル磁気抵抗効果(TMR効果)によってトンネルコンダクタンスは小さい。従って、エミッタ261とコレクタ265との相対的な磁化の状態によってコレクタ電流の大きさを制御することができる。
【0096】
このスピントランジスタ260におけるTMR比を大きくとることができれば、エミッタ−コレクタ間の磁化状態に依存するコレクタ電流の変化を大きくすることが可能となる。スピントランジスタ260で、TMR効果を有効に発揮させるためには、ベース−コレクタ接合に逆バイアスを印加した場合に空乏層がコレクタ側に広がらないようにすることが好ましい。但し、空乏層がベース側に広がると、コレクタ電流の飽和特性に問題が生じる可能性は存在する。
【0097】
上記トランジスタ260において、ベース層に空乏層が広がらないようにベース層を高濃度ドープし、ベース−コレクタ接合の空乏層がコレクタ側に広がるようにした場合には、ベースにおけるTMR効果は期待できないがコレクタに注入されたキャリアはコレクタ内でスピン依存散乱による抵抗を生じる。このスピン依存散乱を用いればエミッタ−コレクタ間の磁化状態によりコレクタ電流の大きさを変えることができる。但し、スピン依存散乱による抵抗変化は小さいことからTMR効果を用いる場合に比べてその効果が大きくない可能性がある。
【0098】
次に、電圧駆動型スピントランジスタ群について図面を参照して説明する。
図11は、MOSトランジスタ型のスピントランジスタの断面構造を示す図である。図11に示すように、MOSトランジスタ型のスピントランジスタ300は、NM半導体301上に、FMからなるソース303と、FMからなるドレイン305と、ゲート絶縁膜307を介してゲート電極311と、が形成された構造を有している。FMとNM半導体とのショットキー接合をソース303とドレイン305に用いており、その他の構成は通常のMOSトランジスタと同様である。
【0099】
ソース303からNM半導体301におけるゲート絶縁膜307の直下に形成されるチャネルに注入されたスピン偏極キャリアは、このチャネルを通ってドレイン305に到達する(以下、簡単のためチャネルに注入されたスピンのゲート電界によるRashba効果の影響を無視する)。ソース303とドレイン305とが平行磁化を持つ場合は、ドレイン305に注入されたスピン偏極キャリアはスピン依存散乱を受けることはないが、反平行磁化を持つ場合ではドレイン電極305においてスピン依存散乱による抵抗を生じる。
【0100】
従って、このトランジスタ300では、ソース−ドレイン間の相対的な磁化の向きによってコンダクタンスが異なる。
また、ソース303とドレイン305にFSを用いることにより半導体301との間にpn接合を形成し、ソースおよびドレインを形成することも可能である。
【0101】
図12は、変調ドープトランジスタ型のスピントランジスタの断面構造を示す図である。このスピントランジスタ320は、第1のNM半導体321と第2のNM半導体327との界面に生じる2次元キャリアガスに対するFM(又はFS)からなるソース323と、FM(又はFS)からなるドレイン325と、ゲート電極331とから形成された構造を有している。ソース323とドレイン325が強磁性体で構成されている以外は、通常の通常の変調ドープトランジスタと同様である。
【0102】
ソース323から、スピン偏極キャリアを、二次元キャリアガスにより形成されたチャネル333に注入する。ドレイン325に達したスピン偏極キャリアは、ドレイン325でのスピン依存散乱のため、ソース323とこのドレイン325との相対的な磁化の向きによって相互コンダクタンスが異なる。
【0103】
図13は、チャネル領域にFSを用いたMOSトランジスタ型のスピントランジスタの断面図である。図13に示すスピントランジスタ340は、FS341上に、FMからなるソース343と、NM(又はFM,FS)からなるドレイン345と、ゲート絶縁膜347を介してゲート電極351と、が形成された構造を有している。FMとFSとのショットキー接合をソース343に用いており、その他の構成は通常のMOSトランジスタと同様である。
【0104】
ソース343からショットキー障壁を通してスピン偏極キャリアをチャネル341中にトンネル注入する。このトンネル注入時のTMR効果及びFS341のチャネル内におけるスピン依存散乱によって、ソース343とFS341の相対的な磁化の向きに依存する相互コンダクタンスを実現する。
【0105】
図14に断面構造を示すスピントランジスタ360は、絶縁性のNMトンネル障壁365をFM(又はFS)からなるソース361とFM(又はFS)からなるドレイン363とで挟み込んだトンネル接合構造を有しており、トンネル障壁365に対して電界を印加できるようにゲート電極371を配置したスピントランジスタである。
【0106】
トンネル障壁365の膜厚は、ソース−ドレイン間のバイアスのみを印加した場合にFowler−Nordheim(FN)トンネルが生じない程度の厚さに設定しておくことが好ましい。ソース−ドレイン間にバイアスを印加することによって生じるトンネル障壁バンド端の三角ポテンシャルをゲート電圧により変化させることによって、FNトンネルを誘起しドレイン電流を得る。
【0107】
ソース361から注入されたスピン偏極キャリアは、ソース361とドレイン363の相対的な磁化状態に応じて、ドレイン363でスピン依存散乱を受ける。従って、ソース−ドレイン間の相対的な磁化の向きによってトランジスタの相互コンダクタンスを制御できる。
【0108】
図15に断面構造を示すスピントランジスタ380は、図14に示すスピントランジスタ360のトンネル障壁をIFSからなるトンネル障壁385に置き換えたものである。ソース381はFM又はFSである必要があるが、ドレイン383は強磁性体でなくてもよい。IFSトンネル障壁層385では、キャリアのスピンの向きによって障壁高さが異なるが、ソース381とトンネル障壁385とが平行磁化を持つ場合にトランジスタが導通状態となるようにソース−ドレイン間およびソース−ゲート間にバイアスを加える。これと同じバイアス条件下において、ソース381とトンネル障壁385が反平行磁化を持つ場合には、ソース381の多数スピンから見たトンネル障壁の高さが高くなるため、スピン偏極キャリアのトンネル確率が減少してドレイン電流が低減する。このスピンフィルタ効果によるスピン選択率は極めて大きいため、スピン分極率の大きな強磁性体をソース381として用いれば、ソース−ドレイン間の相対的な磁化の向きによる相互コンダクタンスの変化を大きくすることができる。
【0109】
以上、説明した種々のスピントランジスタは、いずれも図4又は図6に示す記憶回路用のメモリセルとして用いることができる。
また、2つの図11、14、15に示した電圧駆動型のスピントランジスタのソースを1つのソースで共通とした構造を形成することも可能である。図16(A)は共通ソース構成を有するメモリセルの構成例を示す図である。図16(B)は、共通ソース構成を有するメモリセルの断面構造例を示す図である。
【0110】
図16(A),(B)に示すメモリセル構造は、互いに隣接する第1のスピントランジスタTr1と第2のスピントランジスタTr2と、第1のスピントランジスタTr1のゲート電極G1と第2のスピントランジスタTr2のゲート電極G2とを共通接続するワード配線WLと、第1のスピントランジスタTr1の第1のドレインD1と接続する第1ビットラインBL1と、第2のスピントランジスタの第2のドレインD2と接続する第2ビットラインBL2と、第1及び第2スピントランジスタTr1、Tr2に共通の強磁性ソースSと、これを接地する配線とを有する。上記構造を用いると、ソースを共通とするために、さらに高密度化集積化に適したセル構造となる。
【0111】
特に、図11、14、15に示した電圧駆動型のスピントランジスタでは遮断時のリーク電流を最小限に抑えるために、図16(B)に示すような絶縁性の高い、例えばSOI基板などを用いるのが好ましい。
【0112】
以上、説明したように、本発明の実施の形態によるスピンフィルタトランジスタおよびその他本実施の形態で示した種々のスピントランジスタは、出力特性をデバイス内に含まれるピン層とフリー層との相対的な磁化の向きによって制御できるという特徴的な特性を持つ。この相対的な磁化状態は電力を供給しなくても状態を保持することができるいわゆる不揮発性の性質を有する。従って、この相対的な磁化状態を2値の情報として不揮発性に記憶することができる。さらに、上記の出力特性を用いれば、この相対的な磁化状態を電気的に検出することもできる。すなわち、スピントランジスタを用いれば、1つのスピントランジスタのみで1ビットの不揮発性メモリセルを構成することができる。さらに、本実施の形態によるスピントランジスタを用いた不揮発性メモリ回路を用いれば、記憶情報に対する出力信号の大きさ及び出力信号の比を自由に設計することができる。従って、本発明の実施の形態によるスピントランジスタ及びそれを用いたメモリ回路を用いれば、不揮発性メモリ回路の動作速度及び集積度を向上させることができるという利点がある。
【0113】
以上、実施の形態に沿って本発明を説明したが、本発明はこれらに制限されるものではない。その他、種々の変更、改良、組み合わせが可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0114】
1 スピンフィルタトランジスタ
2 第1の強磁性障壁層
3 第1の非磁性電極層
4 第2の非磁性電極層
5 スピンインジェクタ
6 第2の強磁性障壁層
7 第3の非磁性電極層
8 スピンアナライザ
9 アップスピンバンド端
10 ダウンスピンバンド端
11 フェルミエネルギー、伝導体の底、価電子帯の頂上
21 エミッタ
22 ベース
23 コレクタ
24 アップスピン
25 ダウンスピン
26 スピン偏極ホットエレクトロン(アップスピン)
27 スピン偏極ホットエレクトロン(ダウンスピン)
41 不揮発性メモリ
42 ワード線
43 ビット線
44 負荷抵抗
45 電源
46 負荷線
150 スピントランジスタ
157 出力端子
160 能動負荷
170 負荷曲線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性の非磁性体からなるトンネル障壁と該トンネル障壁を挟み込む強磁性体からなるソース及び強磁性体からなるドレインとにより形成されるトンネル接合構造と、前記トンネル障壁に対して形成されるゲート電極と、を有することを特徴とするトランジスタ。
【請求項2】
前記ソース及び前記ドレインに用いる強磁性体は、前記強磁性金属または強磁性半導体であることを特徴とする請求項1に記載のトランジスタ。
【請求項3】
前記トンネル障壁の厚さは前記ゲート電極に電圧を印加することによって前記ソースから前記ドレインにトンネル電流が生じる程度に調整されていることを特徴とする請求項1に記載のトランジスタ。
【請求項4】
前記ソースと前記ドレインとの相対的な磁化の向きによって、相互コンダクタンスまたは出力電流の大きさを制御できることを特徴とする請求項1に記載のトランジスタ。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか1項に記載の1つのトランジスタと、
前記トランジスタ内に含まれる強磁性体の磁化の状態を変えることにより前記トランジスタ内に情報の書き換えを行う情報書き換え手段と、
前記トランジスタの出力特性から磁化の状態として記憶された情報を読み出す情報読み出し手段とを有することを特徴とする記憶素子。
【請求項6】
請求項1から4までのいずれか1項に記載のトランジスタは、
磁化の方向を独立に制御できる強磁性体(以下「フリー層」と称する。)と、磁化の方向を変化させない強磁性体(以下、「ピン層」と称する。)と、を有しており、
前記フリー層と前記ピン層とが同じ磁化の向きを有する第1の状態及び、異なる磁化の向きを有する第2の状態とを保持できることを特徴とする請求項5に記載の記憶素子。
【請求項7】
請求項1から4までのいずれか1項に記載の1つのトランジスタを用いて、前記ピン層に対する前記フリー層の相対的な磁化の向きによって情報を記憶し、前記ピン層と前記フリー層との相対的な磁化の向きに依存する前記トランジスタの出力特性に基づいて前記トランジスタ内に記憶された情報を検出することを特徴とする請求項6に記載の記憶素子。
【請求項8】
請求項1から4までのいずれか1項に記載の1つのトランジスタと、
前記ソースと接続する第1の配線と、
前記ゲート電極と接続する第2の配線と、
前記ドレインと接続する第3の配線と
を有する記憶素子。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図17】
image rotate


【公開番号】特開2009−135533(P2009−135533A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−62278(P2009−62278)
【出願日】平成21年3月16日(2009.3.16)
【分割の表示】特願2003−86145(P2003−86145)の分割
【原出願日】平成15年3月26日(2003.3.26)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】